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特開2022-155382流動接触分解装置における生成油の得率を推算する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022155382
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】流動接触分解装置における生成油の得率を推算する方法
(51)【国際特許分類】
   C10G 11/18 20060101AFI20221005BHJP
   G06Q 10/04 20120101ALI20221005BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20221005BHJP
【FI】
C10G11/18
G06Q10/04
G01N27/62 V
G01N27/62 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021058839
(22)【出願日】2021-03-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.刊行物名 平成31年度 高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業 事業報告書 2.発行日 令和2年3月31日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター [刊行物等] 1.掲載アドレス http://www.pecj.or.jp/forum http://www.pecj.or.jp/japanese/jpecforum/2020/pdf/jf016.pdf 2.掲載日 令和2年5月11日 3.公開者 佐瀬潔 [刊行物等] 1.掲載アドレス等 https://www.pecj.or.jp/wp-content/uploads/2021/02/JPEC_report_No.210201.pdf 同日中に一般財団法人石油エネルギー技術センター賛助会員企業の担当者にもメールにて発信 2.掲載日 令和3年2月12日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター [刊行物等] 1.集会名 石油学会熊本大会(第50回石油・石油化学討論会) 2.開催日 令和2年11月13日 3.公開者 松本幸太郎 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jpi2020f/top 2.掲載日 令和2年11月10日 3.公開者 松本幸太郎 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jpi2020f/proceedings/list 2.掲載日 令和3年2月1日 3.公開者 松本幸太郎
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度及び令和2年度、経済産業省、高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人石油エネルギー技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】松本 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】佐瀬 潔
【テーマコード(参考)】
2G041
4H129
5L049
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA03
2G041FA07
2G041GA05
2G041GA09
2G041KA01
2G041LA07
4H129AA02
4H129CA08
4H129CA09
4H129DA04
4H129GA03
4H129GA20
4H129KA02
4H129KB02
4H129LA14
4H129NA45
5L049AA04
(57)【要約】
【課題】流動接触分解装置類における生成油の得率を高精度で推算する新たな手法を提供する。
【解決手段】流動接触分解装置類における生成油の得率をコンピュータにより推算する方法であって、
(1)FT-ICR MSを用いる原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求めるステップ、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、上記原料油の構成成分情報から上記生成油の分子組成情報を推定するステップ、および
(3)上記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算するステップ
を含む方法を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動接触分解装置類における生成油の得率をコンピュータにより推算する方法であって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求めるステップ、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、前記原料油の構成成分情報から前記生成油の分子組成情報を推定するステップ、および
(3)前記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算するステップ
を含む、方法。
【請求項2】
前記流動接触分解装置類が、流動接触分解(FCC)装置または残油流動接触分解(RFCC)装置である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップ(2)が、前記原料油の各構成成分を、前記反応モデルにおいて予め設定される構造因子に基づいてランピングすることを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(2)が、前記原料油の各構成成分の反応比率を、前記反応モデルにおいて予め設定される回帰係数に基づき算出することを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
ステップ(3)が、前記生成油の分子組成情報と予め準備した前記生成油の沸点情報に基づき、前記生成油の得率を推算することを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記原料油の密度が0.8~1.0である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記流動接触分解装置類における原料油の反応温度が480~560℃である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記流動接触分解装置類における触媒/油比が4~9である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記原料油が重質留分である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の方法により得られる生成油の得率の推算値に基づいて、運転条件を設定する、流動接触分解装置類の運転方法。
【請求項11】
流動接触分解装置類における生成油の得率の推算装置であって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)を用いた原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子、コア分子の架橋の側鎖および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求める、原料油分析部、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、前記原料油の構成成分情報から前記生成油の分子組成情報を推定する、生成油の分子組成推定部、および
(3)前記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算する、生成油の得率推算部
を備える、装置。
【請求項12】
流動接触分解装置類における生成油の得率の推算システムであって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)を用いた原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子、コア分子の架橋の側鎖および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求める、原料油分析部、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、前記原料油の構成成分情報から前記生成油の分子組成情報を推定する、生成油の分子組成推定部、および
(3)前記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算する、生成油の得率推算部
を備える、システム。
【請求項13】
請求項1~10のいずれか一項に記載の方法、請求項11に記載の装置または請求項12に記載のシステムを実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項14】
請求項13に記載のコンピュータプログラムを記録した記録媒体。
【請求項15】
請求項13に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流動接触分解装置類における生成油の得率を推算する方法に関し、より詳細には、流動接触分解装置類における生成油の得率をコンピュータにより推算する方法、それに使用される装置、システム、コンピュータおよびそれを使用する方法、並びに装置をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムおよびその記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
流動接触分解は、重質油と触媒とを接触させて分解し、製品価値の高い軽質油、中間留分等に変換することを主な目的としている。流動接触分解の原料は、脱硫常圧残油(DSAR)や脱硫減圧軽油(DSVGO)等の重質油が用いられる。流動接触分解の原料である重質油、特に常圧残油には多量の金属(ニッケルやバナジウムなど)が含まれ、触媒が循環して使用されることにより金属が触媒に堆積する。
【0003】
上述のような重質油の流動接触分解に使用される装置として、流動接触分解(FCC)装置や残油流動接触分解(RFCC)装置等の流動接触分解装置類が広く使用されており、製油所の収益向上を図る技術開発の鍵と位置付けられている。しかしながら、近年では、従来型の流動接触分解(FCC)装置に、原料油である減圧軽油に加え、より重質で金属分が多い常圧残油や減圧残油を混合処理したり、残油流動接触分解(RFCC)装置の原料油としてより重質で金属分の多い減圧残油を混合処理するなど、FCC装置やRFCC装置にとってより過酷な使用状況となっている。
【0004】
このような技術状況下、重質油分解装置における生成油の得率を向上するため様々な手法が報告されている。例えば、特許文献1には、重質油にアスファルテン凝集緩和剤を添加した原料油中のアスファルテン量に対する原料油中の4環アロマ量の質量比を所定の範囲内にすることにより、流動接触分解装置類において、ガソリン留分の得率を改善する手法が開示されている。
【0005】
しかしながら、従来の流動接触分解装置類における生成油の得率を向上させる技術においては、重質油等に含まれる原料構成成分の分子構造や存在量、化学反応機構等が不明であることから、反応モデルを取り入れて生成油の得率を高精度で予測し、収益向上を図ることが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-160290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような技術状況下、本出願人は、鋭意検討した結果、流動接触分解装置類における生成油の得率の推算において、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)により得られる原料油の構成成分情報と、予め作成された構成成分の反応モデルとを組合せて用いて、流動接触分解装置類における生成油の得率を高精度で推算し得ることを見出した。本発明は、かかる知見に基づくものである。
【0008】
したがって、本発明は、流動接触分解装置類における生成油の得率を高精度で推算する新たな手法を提供することを1つの目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するため、本発明者らは、以下の本発明を創出した。即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
本発明の一実施態様において、流動接触分解装置類における生成油の得率をコンピュータにより推算する方法は、
(1)FT-ICR MSを用いる原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求めるステップ、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、上記原料油の構成成分情報から上記生成油の分子組成情報を推定するステップ、および
(3)上記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算するステップ
を含むことを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の別の実施態様においては、流動接触分解装置類における生成油の得率の推算装置、システムおよびそれらの運転方法や、それらを実行させるコンピュータプログラム、その記録媒体およびそれを記憶したコンピュータも提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、FT-ICR MSにより得られる原料油の構成成分情報と、構成成分の反応モデルとを組合せて用いて、流動接触分解装置類における生成油の得率を高精度で推算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態による方法を説明するフローチャートである。
図2】本発明の実施形態における多成分混合物(原料油)の各成分の分子構造を特定するためのステップ(1)を説明するフローチャートである。
図3】本発明の実施形態による流動接触分解装置類における生成油の得率の推算装置を説明する機能ブロック図である。
図4】本発明の実施態様によるにおいて使用されるRFCCベンチ装置の模式図である。
図5】本発明の実施態様において、RFCC反応による各留分の得率を推定する方法の一例を示すフローチャートである。
図6】本発明の実施態様による反応モデルにおいて使用されるコア番号の定義を示す図である。
図7】本発明の実施態様における、RFCC反応における(i)側鎖・架橋・脂肪族の分解、(ii)ナフテン環の開環、(iii)異性化および(iv)芳香環の生成のイメージ図である。
図8】本発明の実施態様における、コアの反応モデル構築と側鎖・架橋・脂肪族の反応モデル構築における検討の流れを示す図である。
図9】本発明の実施態様における、生成油組成から各留分得率を推定する得率予測モデル構築の検討の流れを示す図である。
図10】本発明の実施態様における、総環数1~6環コアの反応パスの一部を示す図である。
図11】本発明の実施態様において、炭素数8の側鎖・架橋・脂肪族分子関して、分解比率の算出に使用される反応速度定数を示すグラフである。
図12】本発明の実施態様において、炭素数8の側鎖・架橋・脂肪族分子関して、分解比率の算出に使用される反応速度定数の温度依存性を示すグラフである。
図13A】本発明の実施態様において、生成油の炭素数分布の推定値と実測値を比較した結果を示すグラフの一部である。
図13B】本発明の実施態様において、生成油の炭素数分布の推定値と実測値を比較した結果を示すグラフの一部である。
図13C】本発明の実施態様において、生成油の炭素数分布の推定値と実測値を比較した結果を示すグラフの一部である。
図14】本発明の実施態様において、生成油の各側鎖に結合するコアの存在量のデータシートの一部である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<定義>
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
(1)「多成分混合物」
「多成分混合物」とは、二以上の成分からなるあらゆる混合物を包括する概念である。成分の含有割合は問わない。具体的には、好ましくは、「石油」であり、さらに好ましくは、「重質油」である。より詳しくは、「多くの芳香族化合物を主たる成分とする混合物」である。
【0014】
(2)「成分」
「成分」とは、「混合物をある特定の物理的又は化学的性状を基準として括った塊」、即ち、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」を意味する。特定の物理的又は化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が挙げられる。この場合、混合物は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。或いは、「成分」を、多成分混合物を構成する一つ一つの構成員であって、「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えてもよい。ここで、「同一の」とは、「分子構造を完璧に特定し、その上で同一である」、或いは、「分子構造上の異性体(分子式は同じであるが構造が異なるもの)同士は同一のものとする」という意味と捉えてもよく、例えば、後述する「JACDのような方式で特定された構造において同一である」という意味と捉えてもよい。さらには、広く「任意に定めた基準に基づいて一括りにした分子の集合体」という意味と捉えてもよい。
【0015】
(3)「構成する」
「多成分混合物を構成する」とは、多成分混合物中に存在する100%すべての成分を想定するものでなくてもよい。本発明により特定される各成分の分子構造をどのように利用するかにより、どの程度の詳細さを以て成分としての分子種特定が必要になるかに応じて、「構成する各成分」を適宜決定すればよい。例えば、多成分混合物中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種のみを対象として、「構成する成分」と捉えてもよい。石油のような膨大な種類の分子種すべてについて分子構造を同定する必要性は必ずしも高いとは限らず、微量しか存在しない分子種等については、必要に応じて、無視してもよい。例えば、「多成分混合物」として、多環芳香族レジン分(PA)を対象とする場合、PAを構成する成分として、パラフィン系化合物およびオレフィン系化合物の存在は無視してもよい。
【0016】
(4)「分率」
「分率」とは、質量分率、容量分率又はモル分率等、存在割合を示すものであれば何でもよく、いずれをも含む概念である。液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出する場合は、好ましくは容量分率が用いられ、各成分の当該液相における容量分率で重み付けした加重平均値として算出される。
【0017】
(5)「分子構造を特定する」、「分子」
「分子構造を特定する」とは、上記「成分」における「分子」に関し、分子が持つ構造に関する何等かの情報を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。目的および必要性に応じて、その度合い、表示の方式を適宜選択すればよい。分子全体の構造を特定するという行為のみならず、分子の一部分についての構造に関する情報を組み込んでもよい。例えば、コア部分の構造のみを特定し、側鎖部分や架橋部分については構造を特定せず分子式のままにしておいてもよい。
本明細書において、好ましくは、後述する「JACD」で分子構造を特定する。「JACD」で構造が特定された分子というのは、後述するアトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。本明細書において、「分子」は、異性体をすべて含む概念と捉えてもよい。
【0018】
(6)「各成分の存在割合を特定する」
「各成分の存在割合を特定する」とは、混合物を構成する各成分について、それらが存在する比率を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。また、混合物を構成するすべての成分種について存在割合が特定されなければならないという意味ではなく、分析技術では検出が困難な程度の量しか存在しないような成分や特定する必要のない成分までを含めたすべての成分の存在割合を特定して初めて、「各成分の存在割合を特定した」とするものではない。かかる微量成分等については、「その他の成分」としてまとめて扱ってもよい。さらには、これらを「混合物を構成する各成分」という範囲から除外し、他の成分の存在割合を算出する上での分母に入れなくてもよい。
【0019】
(7)「すべての」
本明細書において、「すべての」とは、必ずしも「100%全部の」という意味でなくてもよい。例えば、質量スペクトルについて「すべてのピーク」という言い方をしている箇所については、文字どおり、「100%全部のピーク」という意味のみならず、例えば、その場面での検討の目的上必ずしも必要でない分子に関するピークや判別しにくいようなピーク等については、適宜、除外した上で、それ以外のピークを指すという意味と捉えてもよい。
【0020】
(8)「ピーク」
質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオン又は擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオン又は擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。本明細書では、この「質量分析において得られた、分子イオン又は擬分子イオンについてのm/zのピーク」を、「質量分析において得られたピーク」、又は単に「ピーク」ということがある。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。
【0021】
(9)「分子式」
「分子式」とは、分子を構成する元素の種類と数のみを示す式のことであり、構造は特定されていないものを指している。分子を構成する元素の種類と数がわかっているため、分子量および後述するDBE値等の情報は得ることができる。
【0022】
本発明において主として用いているフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析(以下、「FT-ICR-MS」ともいい、FT-ICR-質量分析により得られたスペクトルを「FT-ICR-質量分析スペクトル」ともいう)においては、m/zの値を小数点第4位まで決定することができる。そのため、原子の同位体の存在をも考慮した精密な質量の数合わせを行うことにより、そのピークに帰属する分子の分子式を決定することができる。分子式というのは、分子を構成する元素の種類と数のみを表すものにすぎないため、上記決定された分子式に該当する分子としては、異性体が複数存在しうる。即ち、1本のピークには、分子式が同一である複数の異性体が帰属しうる。
【0023】
ただし、FT-ICR-MSの特性上、分子式は同一であっても、例えば、その分子イオンに水素イオンが付加している等により、元の分子イオンと質量が異なることになり、そのため別のピークとして現れることがある。よって、測定上は別ピークとして現れたものであっても、分子式を構成する元素の種類と数が同一であるものは「同一の分子式」として捉えてもよい。「その分子式に該当する分子」という文言において、「その分子式」というのは、このような「同一の分子式」という意味で捉えてもよい。また、「あるピーク」という場合、上記の意味で「同一の分子式」を表しているとされた種々のm/zのピークをすべてまとめて捉えた概念と考えてもよい。
【0024】
(10)「コア」、「シングルコア」、「ダブルコア」
「コア」とは、後述の「JACD」の項で記載する「アトリビュート」の一種であって、具体的には、芳香環又はナフテン環そのもの、芳香環とナフテン環が架橋ではなく直接結合しているもの、芳香環又はナフテン環にヘテロ環が架橋ではなく直接結合しているものである。架橋又は側鎖は、コアとは別のアトリビュートであるため、「コア」とは、架橋又は側鎖を一切有しないものを意味している。
【0025】
一方、「シングルコア」とは、上記コアを1個だけ有する分子を指す概念である。分子を指す概念であるため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。「マルチコア」も分子を意味するため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。2個のコアが架橋してなる分子を「ダブルコア」という。
例えば、以下に示すナフタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアではない。
【0026】
【化1】
【0027】
(11)「DBE値」
「DBE値」とは、分子式が、「C」である場合、以下の式(1)にて算出される値である。
DBE = c- h/2+n/2 + 1 ・・・(1)
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数を示す。)
この値は、概ね、分子における不飽和性、とりわけ、二重結合および環の存在の程度を示すものである。
【0028】
(12)「JACD (ジャックディー)」「Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」
「JACD」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類およびアトリビュートの数により表示するものである。アトリビュートが他のアトリビュートのいずれの位置において結合しているかについては表示しない。
上記において、「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。芳香族化合物においては、具体的には、前述の「コア」、「架橋」および「側鎖」を指す。
この表示方式によると、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造を、必要かつ十分な程度に特定することができる。
以下の化学式で表された分子を例にとって説明する。
【0029】
【化2】
【0030】
この化合物をJACDで表すと、以下の表1のようになる。
【0031】
【表1】
【0032】
JACDで表示され、構造が特定された分子とは、アトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。
【0033】
(13)「物性値」
「物性値」とは、物質の物理的又は化学的な性質や性状、特性を表現するものであれば、名称の如何に拘わらず、「物性値」に含まれる。本明細書において、「物性値」とは、これらに限定されるものではないが、例えば、沸点、融点、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、蒸気圧、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等である。
【0034】
(14)「石油」
本明細書において、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。
【0035】
<流動接触分解装置類における生成油の得率をコンピュータにより推算する方法>
本発明の一実施形態によれば、図1に示される通り、流動接触分解装置類における生成油の得率をコンピュータにより推算する方法であって、
(1)FT-ICR MSを用いる原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求めるステップ、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、上記原料油の構成成分情報から上記生成油の分子組成情報を推定するステップ、および
(3)上記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算するステップ
を含む方法が提供される。
【0036】
ステップ(1):FT-ICR MSを用いる原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求めるステップ
図2のフローチャートを参照して、本実施形態における多成分混合物(原料油)の各成分の分子構造を特定するための、ステップ(1)を説明する。
ステップS1(質量分析)(図2のS1)
ステップ1は、多成分混合物に対しFT-ICR MSを行い、得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップである。即ち、重質油に対しFT-ICR MSを行い、それにより得られたすべてのピークについて、各ピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子式に該当する分子の存在割合を特定するステップである。
【0037】
FT-ICR-質量分析計によれば、試料をソフトイオン化して分子イオン又は擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行うことができる。
【0038】
本発明の一実施態様によれば、原料油は、重質留分であることが好ましい。より具体的には、原料油は、脱硫常圧残油(DSAR)や脱硫減圧軽油(DSVGO)等の脱硫重質油等が挙げられるが、好ましくは脱硫常圧残油(DSAR)、脱硫減圧軽油(DSVGO)またはそれらの組合せである。
【0039】
ステップS2(衝突誘起解離)(図2のS2)
ステップS2は、多成分混合物に対し衝突誘起解離を行うステップである。「衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation、以下、「CID」ともいう。)」とは、分子をイオン化し、これをアルゴン等の不活性ガスに衝突させ、架橋および側鎖を切断する操作をいう。通常、当該多成分混合物を構成する各成分における架橋および側鎖が切断されるように、衝突エネルギーを与えることが好ましい。架橋および側鎖を切断することにより、コアごとのフラグメントイオンが生成される。このコアは、衝突誘起解離では切断し得なかった炭素数0~4程度の脂肪族基を側鎖として有していることがある。
【0040】
多成分混合物に対しFT-ICR-MSを行ったとき、得られるピークのm/zから、多成分混合物を構成する分子の分子式を決定することができるが、その分子の「コア」に関する情報は得られない。そこで、さらに、衝突誘起解離を行って、多成分混合物を構成する各分子中の架橋および側鎖を切断すれば、多成分混合物全体の中に存在するコアの種類を知ることができる。
【0041】
衝突誘起解離を行う条件としては、分子中の架橋および側鎖を有効に切断できる衝突エネルギー、例えば、10~50kcal/モルが好ましく、20~40kcal/モルがより好ましい。なお、40kcal/モルは、分子量を700とすると32eVに相当する。
【0042】
ステップS3(各コアの構造および存在割合の特定)(図2のS3)
ステップS3は、ステップ2の衝突誘起解離により生成した各フラグメントイオンについて、FT-ICR-MSを行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造および存在割合を特定するステップである。
【0043】
(ア)まず、各フラグメントイオンを構成するコアについて、その構造を特定する方法を説明する。
具体的には、前記ステップ2で得られたコアに関する情報と、予め用意しておいたコア構造リストに記載されているコアに関する情報とを照合し、各コアの構造を特定する方法である。
詳しくは、以下のとおりである。
i. 衝突誘起解離後におけるコアに関する情報の取得
衝突誘起解離後の各フラグメントイオンのFT-ICR-MSにおいては、コアの部分は同じであっても、側鎖として炭素数が0~4程度の脂肪族基を有するフラグメントイオンは、その側鎖の種類に応じて、各々質量が異なるため、別々のピークとして現れる。
【0044】
そこで、コアに側鎖として炭素数が0~4の脂肪族基を持つものについて、これら各種の質量を予め算出しておき、上記現れた別々のピークを種々比較照合すれば、コアそのものの質量を割り出すことが可能となる。
【0045】
この方法を用いて、ステップ2において、衝突誘起解離後に得られたピークの各々について、そのピークに帰属されるコアは、質量がいくつで、O,N又はS原子等のヘテロ原子がいくつ存在し、またDBE値から芳香環がいくつ存在しているかという情報を得ることができる。
【0046】
ii.衝突誘起解離後におけるコアの構造の特定
衝突誘起解離後におけるコアの構造を特定する方法として、予め、多成分混合物の各成分分子を構成すると想定できる各種のコアをモデルとしてリスト化した、「コア構造リスト」を作成しておき、当該リストに格納されているコアの分子量、ヘテロ原子の種類と数等の情報と上記にて得られたコアの情報を照合して、このリストの中から最も妥当と考えられるコアのモデルを選択し、そのコアを当該コアとして該当させるという方法がある。この方法により、衝突誘起解離後のFT-ICR-MSにて得られたすべてのピークに対して、コアが割り付けられ、その構造を知ることが可能となる。
【0047】
iii.コア構造リスト
上記コア構造リストに格納するコアの種類については、特に限定されるものではなく、いかなるものであってもよいが、格納するコアの選定の妥当性が各コアの構造特定の妥当性に直結することになる。
試料である多成分混合物そのものの内容に応じて、予め「コア構造リスト」を作成しておくのが好ましい。例えば、多成分混合物が石油の場合、これまでの石油に関する知見をもとにして、予め、「石油の分子構造特定用のコア構造リスト」を作成しておき、それを用いればよい。
【0048】
リストの作成においては、基本となる芳香環における環数、芳香環に直接結合するナフテン環の種類と数(カタ型かペリ型かという違いも含む)および直接結合の態様(即ち、基本芳香環のどの位置にどういう形でナフテン環が結合しているのかという態様)等、諸条件を勘案して、適当数のコアを格納するのがよい。
【0049】
例えば、芳香環の大きさは6環までとすることや、ヘテロ原子はN、O、Sを想定し、ヘテロ環の種類としては10個程度とすること等、計算上の便宜を考慮してリストを作成すればよい。
【0050】
iv.コア構造リストからの選定
コア構造リストには、「分子量、DBE値およびヘテロ原子の種類と数がすべて同じであるが、構造式が異なる」というものが複数存在している場合がある。この場合、それらの複数のうちどれを第一優先として選定するかについては、適宜、ルールを決めておけばよい。例えば、優先性として、次の1~3が挙げられる。
1.芳香環のみから成るものを優先する。
2.不飽和結合の多いものを優先する。
3.環数の少ないものを優先する。
【0051】
(イ)次に、各コアの存在割合を特定する方法を説明する。
前述のとおり、ステップS2において衝突誘起解離後に得られた各々のピークの高さから、そのm/z、即ち、その質量を持つコアの存在割合を求めることができる。
本ステップS3で得られた衝突誘起解離後の各コアの構造は、後にステップS5にて用いられることになり、また、衝突誘起解離後の各コアの存在割合は、後にステップS4にて用いられることになる。
【0052】
ステップS4(クラスごとのコアの存在態様および存在割合の推定)(図2のS4)
ステップS1におけるピークの各々に帰属する分子を、「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
言い換えれば、ステップS1におけるすべてのピークに帰属する分子について、ステップS1にて特定された各々の分子式における「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
【0053】
以下、ステップS4について詳説する。
(ア)ステップS1において、すべてのピークについて分子式が特定されているため、その分子式におけるヘテロ原子の種類とその数およびDBE値が判明する。したがって、本ステップでは、この「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」に基づいて、すべてのピークに帰属させた分子それぞれを、「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」ごとに括られたそれぞれの「クラス」の中に編入する。
「ヘテロ原子の種類と数」とは、詳しくは、「ヘテロ原子の種類とその種類ごとのヘテロ原子の数」である。ヘテロ原子とは、好ましくは、窒素原子、硫黄原子および酸素原子であるため、「ヘテロ原子の種類と数」とは、好ましくは、「窒素原子、硫黄原子および酸素原子のそれぞれの数」ということもできる。よって、ヘテロ原子に関して言えば、「窒素原子の数、硫黄原子の数および酸素原子の数のすべてが一致するもの」が同一の「クラス」に入ることになる。
【0054】
(イ)次に、(ア)に記載した「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」で括られた各クラスにおいて、そのクラスに属する各分子が、どういうシングルコア又はマルチコアであるのかを推定する。また、それらのシングルコアおよびマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのかを推定する。
これらの推定を行うにあたっては、実際の計算上の便宜から、いくつかの仮定を設けて行うのが好ましい。
ここで、「マルチコア」は、どういうコアどうしが架橋して結合しているのかにより、いろいろな組み合わせがありうる。しかしながら、本モデルでは、マルチコアはそれを構成するシングルコアに分割して、シングルコアはそれぞれどういう割合で存在するのかを推定する。例えば、ダブルコア(シングルコア-架橋-シングルコア)が存在する場合、本モデルでは、シングルコアに分割して、すべてシングルコアとして存在するものとみなす。より具体的には、ダブルコア(シングルコア(4環)-架橋-シングルコア(5環))は総環数9のダブルコアであるが、シングルコア(4環)とシングルコア(5環)があるとみなす。
【0055】
(ウ)上記のように、FT-ICR-MSにて得られたピークの各々に帰属する分子について、ヘテロ原子の種類と数およびDBE値が同じものからなるクラスごとに括り直したが、そのクラスに属する分子は、シングルコア又はマルチコアである。これらのシングルコア又はマルチコアが、どういうコアをもって構成されるのかを推定する好ましい方法について、以下、説明する。
【0056】
そのクラスに属する分子が、シングルコアである場合は、そのクラスに該当するヘテロ原子の種類と数およびDBE値を持つシングルコアが該当する。そのクラスに属する分子が、マルチコアである場合は、当該マルチコアを構成している複数のコア中に存在する同じ種類のヘテロ原子ごとの数の和およびこれら複数のコアのDBE値の和が、当該クラスのヘテロ原子の種類と数およびDBE値と一致するように、コアを組み合わせたものが該当する。複数のコアのヘテロ原子の種類に応じた数の和およびDBE値の和がそのクラスのヘテロ原子の種類と数およびDBE値に該当すればよいのであるから、マルチコアを構成する複数のコアの組み合わせは、通常、1つとは限らず、数通り存在する。
【0057】
(エ)次に、「そのクラスに属する各分子であるシングルコアおよびマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのか」を推定する。
好ましくは、最初に、マルチコアの存在割合は、そのマルチコアを構成している複数のコアそれぞれの存在割合の積であると仮定し、これを推定値とする。
【0058】
ステップS5(コア構造、側鎖および架橋の決定)(図2のS5)
ステップS5は、ステップS4において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖および架橋を決定して割り付けるステップである。
【0059】
(ア)「ステップS4において存在態様が推定された各分子」に対し、「それらを形成するコアの構造を決定する」とは、以下のi~iiiの操作により行うものである。
i.ステップS4で存在態様が推定されたマルチコアの場合は、それを構成しているコアごとに分けて(解除して)とらえる。
【0060】
ii.ステップS4で存在態様がシングルコアであると推定されたものおよび上記iのようにマルチコアを解除して生成したコアのすべてについて、同じ「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」のものごとにそれぞれの「クラス」に括り直す。因みに、ここでいう「クラス」は、もともとのシングルコアおよびマルチコアを解除して得られたコアに関する概念であり、ステップS4で述べた分子に関する「クラス」とは別のものである。
【0061】
iii.上記iiで括られた「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」のすべての「クラス」に関し、その「クラス」に存在しているコアのすべてについて、具体的な構造を割り付ける。
【0062】
(イ)以下のi~iiiの操作により、さらに側鎖および架橋を決定する。
i.上記により、シングルコア又はマルチコアのコアの部分の構造は特定することができたが、コアの部分のみの存在を想定しただけでは、対象とする試料についてFT-ICR-MSにて得られたピークのm/zが示す質量に合致しない。即ち、コアの部分に関与している炭素、水素およびヘテロ原子に基づく質量を合計しても、FT-ICR-MSにて得られたピークのm/zで示される質量と差が生じる。
そこで、その質量の差分は、コアに結合している側鎖およびコアどうしを結合させている架橋の存在に由来するものと考え、差分が解消するように炭素の数および水素の数を割り出し、それを側鎖および架橋としてコアに割り付ける。
例えば、あるm/z=nのピークに対して、上記の手順により、コア1とコア2が架橋してなるあるダブルコアが割り付けられたとする。このとき、
その質量の差分(d)=n-(コア1の質量+コア2の質量)
が、側鎖および架橋の存在に由来するものとなる。
【0063】
ii.上記iにおいては、側鎖および架橋として割り付ける炭素の数および水素の数は求められるが、まだ、どういう構造の側鎖および架橋かは決定できていない。そこで、どういう構造の側鎖および架橋が相当するのかを推定するにあたっては、想定される側鎖および架橋の組合せの存在確率を考慮して、例えば、以下のようなルールを決めておき、それに従って推定すればよい。ルールとしては、側鎖や架橋を構成する炭素の数の上限や側鎖の本数等の条件を予め定めておけばよい。
【0064】
iii.上記iにおいて、その質量の差分に相当する側鎖又は架橋が存在しない場合は、コア1とコア2が単に結合しているという構造を当てはめてもよい。
(ウ)上記にて決定した側鎖および架橋を「コアに割り付ける」とは、どのコアのどの位置に側鎖や架橋が結合しているかを決定することまでを包含する意味ではない。
【0065】
(エ)このようにして、ステップS5により、ステップS4において存在態様が推定された各シングルコア又はダブルコアに対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖および架橋を決定することができる。
【0066】
上記のステップS1~ステップS5により、多成分混合物を構成する各成分について、その分子構造をJACDで特定し、またその存在割合を特定することができる。
【0067】
次に、本実施形態における多成分混合物の構成成分情報取得ステップを説明する。
ステップS6(構成成分情報の取得)(図2のS6)
ステップS1~S5により、JACDを用いて特定された多成分混合物の各成分の分子構造から、各構成成分の物性値を取得する。
これらの物性値は、上記のようにして特定された多成分混合物の各成分の分子構造について、全石油分子データベース(Comcat)を用いて特定することが好ましい。
【0068】
Comcatとは、JACDと各物性値とが紐付けられた「JACD-物性値データベース」のことである。該データベースへの登録分子数は、約2,500万件であり、石油に含まれる全成分は、すべてComcatに含まれる分子から構成されると仮定したモデル系解析において、利用可能である。
【0069】
該データベースに登録されている物性値は、沸点、融点、ハンセン溶解度指数値(「HSP値」ともいう)、臨界湿度、臨界圧力、臨界体積、蒸気圧、液体密度、気体粘度、液体粘度、表面張力、双極子モーメント、分極率、イオン化ポテンシャル、生成熱、エンタルピー、エントロピー、自由エネルギー、熱容量等の約200種の物性値である。
【0070】
これらの物性値は、通常、原子団寄与法や分子軌道法を用いて算出される。原子団寄与法とは、ある物質の物性値を求めるにあたり、その物質の化学構造を特定し、存在する各種の原子団、即ち、「基」が持つ固有のパラメータ値をもとに、その物質の物性値を算出するという方法である。即ち、その物質が持つ「基」が特定されることが前提となる。また、分子軌道法においても、まず、その物質が持つ「基」が特定され、それをもとに構造が特定されることが前提となる。
【0071】
本発明においては、上述のように、多成分混合物を構成する各成分について、存在する各種の原子団が特定されるため、各種の原子団が持つ公知の固有のパラメータ値を用いて、その成分の物性値を算出することができる。さらに、各成分の存在割合も特定されているため、この存在割合を考慮すれば、適宜、各成分の持つ物性値から全体の多成分混合物の物性値を推算することが可能となる。
【0072】
ステップ(2):予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、原料油の構成成分情報から生成油の分子組成情報を推定するステップ
本発明の一実施態様によれば、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の予め作成された反応モデルを準備する。
上記反応モデルの作成においては、まず、原料(重質油)および生成油について、各化合物をコア分子、側鎖、架橋、脂肪族分子等の構造因子に分類し、ランピングすることが好ましい。したがって、本発明の好ましい実施態様によれば、ステップ(2)は、原料油の各構成成分を、反応モデルにおいて予め設定される構造因子に基づいてランピングすることを含む。
【0073】
また、本発明の一実施態様によれば、反応モデルでは、コア分子の反応モデルと、側鎖・架橋・脂肪族分子の反応モデルを組み合わせることが好ましい。
【0074】
(コア分子)
本発明の一実施態様によれば、コア分子の反応モデルは、以下の一部または全部の規則に従うものとする。
-総環数8環以上は全てCokeに移行すると仮定し、総環数7環は脱水素パスおよびCoke移行パス、総環数1~6環は開環パス、脱水素パスおよびCoke移行パスを経由するものとし、それぞれコア毎に所定の開環比率、脱水素比率およびCoke移行比率を設定する。開環比率、脱水素比率およびCoke移行比率はコア毎に公知情報に基づいて設定してもよい。
-また、総環数1、2環のみ、側鎖・架橋・脂肪族の環化・脱水素によりコアが生成する(コア生成量が増加する)ものする。側鎖・架橋・脂肪族の環化・脱水素比率はコア毎に公知情報に基づいて設定してもよい。
【0075】
(側鎖・架橋・脂肪族分子)
また、本発明の一実施態様によれば、側鎖・架橋・脂肪族分子の反応モデルは、以下の一部または全部の規則に従うものとする。
-炭素数11~80は分子の中心で分解するパス、炭素数4~10はオレフィンとパラフィンに分配した後、それぞれの分解パスを設定する。オレフィンについては環化・脱水素によりコアが生成するパスを設定して、炭素数毎に所定の分解比率、環化比率を設定する。分解比率、環化比率は公知情報に基づいて設定してもよい。
-炭素数2~3は原料油をオレフィンとパラフィンに分配した後、分子の中心で分解するパスを作成して、炭素数毎に分解比率を設定する。分解比率は公知情報に基づいて設定してもよい。
-側鎖・架橋・脂肪族の環化・脱水素によるコアの生成およびCoke移行パスを作成し、所定のコア化比率およびCoke化比率を設定する。コア化比率およびCoke化比率は公知情報に基づいて設定してもよい。
【0076】
また、本発明の一実施態様によれば、原料油の種類(密度等)、触媒の種類、反応温度、触媒/オイル比等の反応条件にかかわらず、上記反応モデルによる生成油の推定値と実測値が合致するように、各設定値(各構成成分または構成因子に関する反応比率)を設定することが好ましい。複数の種類の原料油に関する教師データに基づき反応条件に応じて回帰係数を算出し、(各構成成分または構成因子に関する反応比率)が変化するように反応モデルを作成しておくことが好ましい。したがって、本発明の好ましい実施態様によれば、ステップ(2)は、原料油の各構成成分の反応比率を、上記反応モデルにおいて予め設定される回帰係数に基づき算出することを含む。各構成成分の反応比率および反応条件に応じた回帰係数は、上述のような教師データまたは公知情報の基づき設定してもよい。
【0077】
また、反応モデルにおいては、精度の高い推定実現の観点からは、生成油について、例えば、残油(以下、「HCO」ともいう)、中間留分(以下、「LCO」ともいう)、軽質油(以下、「FG」ともいう)、ガス(以下、「GAS」ともいう)のようにブロック化してそれぞれの得率を算出することが好ましい。
【0078】
本発明の一実施態様によれば、反応モデルに適用される原料油の密度は、特に限定されないが、好ましくは0.8~1.0であり、より好ましくは0.85~0.97であり、より一層好ましくは0.88~0.95である。
【0079】
本発明の一実施態様によれば、反応モデルに適用される触媒は、特に限定されず、バナジウム、ニッケル、亜鉛、鉄またはコバルト等が挙げられるがこれらに限定されない。流動接触分解反応の効率的な実施の観点からは、バナジウム、亜鉛、ニッケル、鉄またはコバルトを担持した触媒(特開2003-27065号公報等)、バナジウム金属をモレキュラーシーブの小孔内にカチオン種として導入したゼオライトを含有する触媒(特許第3545652号公報等)、さらには、バナジウム金属とともにランタン、セリウム等の希土類元素をモレキュラーシーブの小孔内に導入したゼオライトを含有する触媒(特許第3550065号公報等)等を用いてもよい。
【0080】
本発明の一実施態様によれば、反応モデルに適用される触媒/油比は、特に限定されないが、流動接触分解反応の効率的な実施の観点からは、好ましくは4~9であり、より好ましくは4~8であり、より一層好ましくは5~7.5である。
【0081】
本発明の一実施態様によれば、反応温度は、特に限定されないが、流動接触分解反応の効率的な実施の観点からは、好ましくは480~560℃であり、より好ましくは500~550℃であり、より一層好ましくは520~540℃である。
【0082】
本発明の一実施態様によれば、上記反応モデルに基づいて、原料油の構成成分情報から生成油の分子組成情報を推定する。より具体的な実施態様によれば、本ステップにおいては、生成油におけるコア分子、側鎖、架橋、脂肪族分子の種類および存在量を含む分子組成情報を推定する。
【0083】
ステップ(3):生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算するステップステップ
本発明の一実施態様によれば、生成油の分子組成情報に基づいて、生成油の得率を推算する。
【0084】
本ステップにおいては、まず、生成油の分子組成情報におけるコア分子、側鎖、架橋、脂肪族分子の情報に基づいて生成油の各構成成分(化合物)およびその存在量を推定する。本推定は、上述のような教師データまたは公知情報の基づき実施することができる。
【0085】
生成油中の各構成成分の物性値情報は、Comcatのデータベースに登録されている各構成成分の沸点情報を使用することが好ましい。生成油の分子組成中の各構成成分にComcatを用いて沸点を付与すれば、任意の分画温度において各構成成分がどの程度存在量で生成油中に含有されるかを予測でき、ひいては生成油の得率を高精度で算出することが可能となる。
【0086】
各構成成分の沸点情報を使用する場合、上記生成油の得率は上記反応モデルと各構成成分の蒸留曲線(沸点と、各構成成分の積算の存在量との相関関係を示すグラフ)を記録した簡易シミュレーターを使用して実施することが可能である。
【0087】
<流動接触分解装置類における生成油の得率の推算装置およびシステム>
次に、図3を参照して、本発明の流動接触分解装置類における生成油の得率の推算装置の一実施形態を説明する。図3は、流動接触分解装置類における生成油の得率の推算装置の機能ブロック図である。図3では、情報の入力および出力を行うインタフェースの図示を省略している。
【0088】
図3において、流動接触分解装置類における生成油の得率の推算装置1は、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)を用いた原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求める、原料油分析部10、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、上記原料油の構成成分情報から上記生成油の分子組成情報を推定する、生成油の分子組成推定部20、および
(3)上記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算する、生成油の得率推算部30
を備える。
【0089】
原料油分析部10は、イオン化部11と、構成成分情報分析部12とから構成することができる。イオン化部11は、APPI法、Ag-ESI法、LDI法、およびAg-LDI法等の種類を選択できるように単数または複数のイオン化装置を備えていてもよく、イオン化装置は、シリンジ、ネブライザー(Nebulizer)、ベイポライザー(Vaporizer)、ランプ(UVランプ等)を備え、キャピラリー等によりFTICR-MSの本体部分の質量分析計に接続していてもよい。
【0090】
また、構成成分情報分析部12は、FTICR-MSと、石油成分についての情報がデータベースとして格納された記憶部と、演算部とから構成することができ、FTICR-MSにより取得された各成分の情報と、記憶部に格納された情報とに基づき、演算部において各成分の各分組成情報分析することができる。演算部および記憶部には、例えば、本出願人による特開2014-218643号公報および特表2020-502495号公報に記載のデータベースおよびプログラム(JACD (ジャックディー)(Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)等)が記憶され、コア分子、コア分子の側鎖および脂肪族分子の構造、コア分子の架橋および存在量を含む原料油の構成成分情報の分析が実施される。
【0091】
生成油の分子組成推定部20では、予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、構成成分情報分析部12から取得される原料油の構成成分情報から上記生成油の分子組成情報を推定する。
【0092】
生成油の得率推算部30では、上記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算する。得率推算部30は、各構成成分の物性情報(沸点等)を記憶する記憶部を有していてもよく、公知の演算装置によって構成することができる。分子組成推定部20と生成油の得率推算部30とは、一つの演算装置により一体的に構成してもよい。
【0093】
上記装置は、複数のユニットが結合したシステムとして構成してもよい。したがって、本発明の別の態様によれば、流動接触分解装置類における生成油の得率の推算システムであって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)を用いた原料油分析の結果に基づいて、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報を求める、原料油分析部、
(2)予め作成した、コア分子、コア分子の側鎖、コア分子の架橋および脂肪族分子の反応モデルに基づいて、上記原料油の構成成分情報から上記生成油の分子組成情報を推定する、生成油の分子組成推定部、および
(3)上記生成油の分子組成情報に基づいて生成油の得率を推算する、生成油の得率推算部
を備えるシステムが提供される。
【0094】
本発明において、生成油の得率を推算する一連の処理は、ハードウェア又はソフトウェア、又はこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0095】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的又は永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0096】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0097】
本発明の方法は、上記コンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータで好適に実施することができる。
【0098】
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的に又は個別に実行されてもよい。また、本明細書において、システムとは、複数の装置の論理的集合構成であり、各構成の装置が同一筐体内にあるものに限定されるものではない。
本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能である。
【実施例0099】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0100】
試験例1:RFCC装置によるDSARの分解試験
(1)RFCC装置およびサンプルの準備
DSARをRFCCベンチ装置にて処理し、得られた生成油を常圧蒸留条件下で、ガソリン等の軽質分(FG:FCC Gasoline)、中間留分(LCO:Light Cycle Oil)および残油(Slurry Oil)に分留し、原料油であるDSAR の組成との相関を解析することで、DSAR中の各分子が分解反応等を経てどの留分に移行するかを検討した。
【0101】
図4の模式図に示されるRFCCベンチ装置(流動床式)を用いて分解試験を実施した。RFCC反応試験に供した原料油および評価条件を表2に示す。
【0102】
【表2】
【0103】
初めに、再生塔に所定量の触媒をセットし、続いて系内を窒素ガス、再生塔を空気で加圧状態にして触媒循環を確立させた。系内を所定の反応温度に、再生塔は触媒再生温度に昇温させた。目標温度に到達した後、所定量の原料油を噴霧した。触媒循環量が所定の触媒/油比(C/O)に安定した時点から生成油の回収を開始した。生成物はフラクショネーターで気液分離を行い、液成分はレシーバーより回収した。触媒は再生塔にて触媒再生を行いながら循環と反応を継続し、所定量の生成油液成分が回収できるまで試験を継続した。なお、触媒再生過程で生じる排出ガスは再生塔より排出される。
【0104】
試験は表3に示す反応条件で行い、生成油を回収するとともに、分解生成ガスおよび再生塔で発生した燃焼ガスの分析も併せて実施した。
【0105】
【表3】
【0106】
(2)RFCCベンチ装置の生成油の蒸留分画の取得
RFCCベンチ装置の生成油は、軽質油、中間留分および残油を含んでいるため、常圧蒸留装置を用いて軽質油と中間留分・残油に分画した。各留分のカット範囲を表4に示す。
【0107】
【表4】
【0108】
(3)蒸留分画物の組成分析
蒸留分画により3分画された試料油および原料油を以下の分析法で分析を行った。
(ア)軽質油
蒸留試験により初留から204℃以下までを回収した成分は、以下の条件にてGC-FID(定量)およびGC-MS(定性)分析を実施した。
使用装置:島津製作所製GCMS-QP2010シリーズ
GCカラム:Rtx-5MS
内径:0.25mm
膜厚:0.25μm
長さ:30m
カラム温度:40℃(5分保持)-5℃/分昇温(52分)-300℃(8分保持)
検出器:FID、EI(MS)
【0109】
(イ)中間留分
蒸留試験により204~343℃以下までを回収した成分は、以下の条件にてGC-FID(定量)およびGC-MS(定性)分析を実施した。
使用装置:島津製作所製GCMS-QP2010シリーズ
GCカラム:Rtx-5MS
内径:0.25mm
膜厚:0.25μm
長さ:30m
カラム温度:40℃(5分保持)-1℃/分昇温(260分)-300℃(8分保持)
検出器:FID、EI(MS)
【0110】
(ウ)残油(以降、HCOと略す)および原料油
蒸留試験により蒸留残渣として回収した成分、および原料油のDSAR/DSVGO混合物とDSVGO単品の分析を行った。具体的には、始めにヘプタン溶媒を用いてソックスレー抽出によりアスファルテンを分離する。得られたヘプタン可溶分をシリカ/アルミナを積層したガラスカラムを用いて、飽和分から多環芳香族分まで6分画し、得られた分画試料はフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(FTICR-MS)を用いて、成分の同定を行った。なお、FT‐ICR-MS測定では、親イオン(ParentIon)を観測するモードと娘イオン(DaugHTEr Ion)を観測するモードを併用し、JACDコードに変換した。
【0111】
(4)RFCCベンチ試験結果
分子反応モデル構築に向け、ベンチ試験結果を基に側鎖アルキル基の分解やナフテン環の分解・脱水素、コーク生成ルート等の反応パスを明らかにすることを目的にさらに詳細検討を行った。ベンチ試験結果を表5に示す。
【0112】
【表5】
【0113】
原料油が異なるcase1とcase2を比較すると、ガス分(炭素数1~4)の得率は同じであった。一方で、FGおよびLCO得率はcase2の方が高く、HCOおよびCoke得率はcase1の方が高かった。
【0114】
また、原料油の不飽和度分布を確認したところ、case1は不飽和0~50の成分を有するのに対し、case2は最大でも25であった。case1はcase2よりも芳香族性に富んでいることから、HCOおよびCokeの得率が高い。触媒が異なるcase1とcase3を比較すると、FG得率はcase1の方が高かったが、LCO、HCOおよびCoke得率はcase3の方が高かった。case3は脱水素能を高めるために触媒にNiを10,000wt.ppm担持していることから、case1よりも脱水素反応が進行し、LCO以上の留分が多く生成していた。
【0115】
(5)原料油とRFCC反応生成物の解析
解析に用いるデータは、図5に示す方法で行い、各留分のデータをRFCC反応の得率に合うように補正を行った。ここで得られたデータは、「コア構造」「架橋構造」「側鎖構造」「脂肪族」の4種の部分構造で構成される。反応モデルの検討では、コアの反応モデルと側鎖・架橋・脂肪族の反応モデルに分けて検討を行った。また、コア番号の定義を図6に示す。
【0116】
(6)RFCC反応前後のマテリアルバランス
また、表6~8にcase1~3の反応前後の部分構造別のコア、架橋、側鎖および脂肪族の分配量とCoke生成量を示す。生成油はH2~HCO各留分の合計値を示している。
【0117】
【表6】
【0118】
【表7】
【0119】
【表8】
【0120】
case1~3で共通して、側鎖の存在量が原料油から生成油で大きく減少し、反対に脂肪族の存在量が大きく増加していた。また、コアは原料油の30.8~32.0wt.%から生成油で37.1~37.6wt.%まで増加した。これより、側鎖・架橋の分解による脂肪族の生成、および側鎖・架橋・脂肪族の環化・脱水素によるコアの生成が確認できた。
【0121】
(7)RFCC反応の解析
主なRFCC反応である(i)側鎖・架橋・脂肪族の分解、(ii)ナフテン環の開環、(iii)異性化および(iv)芳香環の生成のイメージを図7に示す。ペトロリオミクス技術では側鎖・架橋・脂肪族の炭素数分布、コアを構成するナフテン環/芳香環の構造および個数を詳細に分析することができる。これより、RFCC反応前後のデータをペトロリオミクス技術で解析することにより、(i)側鎖・架橋・脂肪族の分解、(ii)ナフテン環の開環および(iv)芳香環の生成の3点を推論することが可能である。この3点に着目してRFCCベンチ試験case1、case2およびcase3のデータを解析・比較することにより、RFCC反応を評価し、RFCC得率予測モデルの構築を行った。
【0122】
コアの反応モデル構築と側鎖・架橋・脂肪族の反応モデル構築における検討の流れを図8、および生成油組成から各留分得率を推定する得率予測モデル構築の検討の流れを図9に示す。なお、図8および図9においては、架橋の記載がないが、記載がない場合は、側鎖に架橋を含めて検討を行っている。
【0123】
a-コアの反応モデル構築
原料油および生成油に存在する「基本コア&ナフテン」の種類とその存在量を表9に示す。
【0124】
【表9】
【0125】
総環数8環以上は原料油存在量=Cokeとし、総環数7環は脱水素反応が主とし開環反応はない、総環数1~6環は開環反応と脱水素反応が競合し一部はCoke化する、と仮定して、「基本コアナフテン」間の反応パスを設定した。
【0126】
総環数1~6環コアの反応パスの一部を図10に示す。なお、ここで以下を前提とした。
-反応パス末端かつ総環数3~6環のコアからCokeが生成すると仮定する。
-総環数1、2環のコアからはCokeは生成しないと仮定する。
【0127】
次に、この反応パスに基づいて各コアの開環反応と脱水素反応、およびCoke移行の比率を推定するために、ナフテン環の開環/脱水素比率の推定シートを作成した。推定シートでは、総環数3~6環の各コアに開環/脱水素/未反応比率を与え、原料油存在量との乗算によりコア間の逐次的な反応を表現しており、各コアの開環/脱水素/未反応比率を生成油のコア組成の「実測値」と「推定値」が合うように設定した。各コアの反応比率を表10に示す。
【0128】
【表10】
【0129】
また、反応パス末端(芳香環のみのコア)かつ総環数3~6環のコアからCokeが生成するとの仮定(未反応+Coke 移行比率=1)に基づき、当該コアの未反応比率とCoke化比率を設定した。
【0130】
その結果、総環数3~6環について、生成油の「実測値」と「推定値」が一致した。各コアの反応比率をみると、総環数の小さいコアほど開環比率が高く、総環数が同じ場合には、ナフテン環が多いコアほど開環比率が高かった。
【0131】
また、総環数1、2環に関する推定行った。ここで、総環数1、2環コアの「推定値」の不足分は、側鎖・脂肪族の環化・脱水素によるコアの生成量と考え、側鎖・脂肪族からコアが生成する反応パスを設定した。
【0132】
次に、case2と異なる原料油を評価したベンチ試験case1を用いて、モデルの汎用性を検証した。ベンチ試験case2で設定した反応比率を用いて、ベンチ試験case1の反応を推定した。
【0133】
その結果、存在量および序列は「実測値」と「推定値」でほぼ一致した。この結果から、case1とcase2の原料油組成の違いであれば、同じ反応比率を適用できることが確認された。
【0134】
b-側鎖・架橋・脂肪族の反応モデル構築
次に、側鎖、架橋と脂肪族の反応モデルについて検討した。RFCCベンチ試験におけるcase1およびcase2の生成油中の側鎖・架橋・脂肪族の炭素数分布を確認した結果、原料油中の側鎖・架橋(平均炭素数:約25)は殆どがβ位で切断されて脂肪族を生成し、脂肪族(平均炭素数:約30)は逐次的に分解されて炭素数6前後の脂肪族となった。
【0135】
そこで、側鎖・架橋・脂肪族の反応モデルの構築に当たっては、表11に示す反応パス設定の方法を用いた。
【0136】
【表11】
【0137】
そして、生成油の実測値と推定値が整合するように、表10の方法に基づき、側鎖・架橋・脂肪族の炭素数毎に未反応比率、分解比率、および環化比率を設定した。
【0138】
具体的には、表12に示されるように、炭素数21~80の側鎖・架橋・脂肪族は生成油(実測)にほとんど存在していないため、全て分解したと仮定した。
【0139】
【表12】
【0140】
また、表13に示されるように、炭素数11~20の側鎖・架橋・脂肪族は生成油(実測)の存在量と合うようにまず未反応比率を設定し、未反応以外は炭素鎖の中心で分解し、パラフィン(P)、オレフィン(O)が等量生成するとした。
【表13】
【0141】
また、表14および15に示されるように、炭素数4~10はオレフィンとパラフィンで反応ルートが異なるので、生成油FGのオレフィン/パラフィン比率(実測値:0.45/0.55[wt比])を用いてオレフィンとパラフィンに分配した後、分解パスとオレフィンの環化によるナフテン環生成パスを設定した。
【0142】
【表14】
【0143】
【表15】
【0144】
その内、図11および図12に示される通り、炭素数5~8の分解比率については、公開情報(鹿児島大学修士論文参照)の反応速度定数を基に分解比率を決定した。
【0145】
また、表16に示される通り、炭素数2~3は中心で分解すると仮定した。
【0146】
【表16】
【0147】
以上のようにしてcase2について、各反応比率を調整し生成油の炭素数分布の推定値と実測値を比較した結果を図13A~Cに示す。生成油の推定値と実測値はほぼ一致した。
【0148】
次に、コアの反応モデルにおいて課題となっていた側鎖・架橋・脂肪族からのコア生成について検討した。コアの反応モデルにおける総環数1、2環コアの「推定値」での不足分を側鎖・架橋・脂肪族からのコア生成と考え、側鎖・架橋脂肪族の反応モデルで調整した。なお、側鎖・架橋・脂肪族からのコア生成の収率は9wt%となった。
【0149】
次に、case2で設定した反応比率を同触媒で原料油が異なるcase1に展開し、本モデルの汎用性を確認した。その結果、case2とcase1の原料油の違いでは、case2で設定した分解比率を適用可能であった。
【0150】
次に、case1で設定した反応比率を同原料油で触媒が異なるcase3に適用した。
【0151】
c-予測得率モデルの構築
コアの反応モデル、および側鎖・芳香族の反応モデルから推定した生成油の存在量と物性推算システム(一般財団法人 石油エネルギー技術センター保有)により算出された沸点リストから、生成油の得率を推定する方法を検討した。
【0152】
case1~case3の生成油に関して、側鎖と脂肪族の炭素数分布(実測)を比較した。その結果、側鎖の炭素数分布はcase1~case3でほぼ同一であるのに対し、脂肪族の炭素数分布はcase1~case3で異なった。このため、「生成油(推定)の側鎖=生成油(実測)の側鎖」とし、「生成油(推定)の脂肪族=生成油(推定)の側鎖・脂肪族―生成油(実測)の側鎖」とした。
【0153】
ここで、生成油(実測)中のコアにおける側鎖の有無を確認したところ、約8割が側鎖の結合があり、約2割が側鎖の結合が無いことが分かった。そこで、生成油(推定)のコアの側鎖については、式(1)により各コアにおける側鎖の存在量を推定した。
【0154】
各コアの側鎖の炭素数nの存在量=(各コアの存在量×0.8)/(全コアの存在量×0.8)×(生成油側鎖(実測=推定)の炭素数nの存在量)(1)
【0155】
生成油(推定)の側鎖の炭素数分布を表17に示す。
【表17】
【0156】
また、図14に示されるデータシートを作成し、生成油(推定)の各側鎖に結合するコアの存在量を算出した。
【0157】
各コアに側鎖を結合させて、生成油(推定)の「脂肪族」、「コア」、「コア+側鎖」の存在量を算出した。一方、側鎖の炭素数とコアのデータに基づき、物性推算システムにより各分子の沸点を推算した。
【0158】
ベンチ試験case2において、生成油(推定)の「脂肪族」、「コア」、「コア+側鎖」の存在量と沸点リストから、生成油得率を算出した結果を表18に示す。その結果、実測値と推定値でほぼ一致した。
【0159】
【表18】
【産業上の利用可能性】
【0160】
本発明によれば、FT-ICR MSにより得られる原料油の構成成分情報と、構成成分の反応モデルとを組合せて用いて、流動接触分解装置類における生成油の得率を高精度で推算することができる。さらには、流動接触分解装置類における生成油の得率を高精度に推算することは、流動接触分解装置類の運転の安定性および運転効率を飛躍的に向上させることに寄与するものである。
【符号の説明】
【0161】
1 生成油の得率の推算装置
10 原料油分析部
11 イオン化部
12 構成成分情報分析部
20 生成油の分子組成推定部
30 生成油の得率推算部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13A
図13B
図13C
図14