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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022155384
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】スラッジ析出量の推算方法
(51)【国際特許分類】
   G16Z 99/00 20190101AFI20221005BHJP
   C10G 75/00 20060101ALI20221005BHJP
   G16C 20/20 20190101ALI20221005BHJP
【FI】
G16Z99/00
C10G75/00
G16C20/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021058842
(22)【出願日】2021-03-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.刊行物名 平成31年度 高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業 事業報告書 2.発行日 令和2年3月31日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター [刊行物等] 1.掲載アドレス http://www.pecj.or.jp/forum http://www.pecj.or.jp/japanese/jpecforum/2020/pdf/jf015.pdf 2.掲載日 令和2年5月11日 3.公開者 辻浩二 [刊行物等] 1.掲載アドレス等 https://www.pecj.or.jp/wp-content/uploads/2021/02/JPEC_report_No.210201.pdf 同日中に一般財団法人石油エネルギー技術センター賛助会員企業の担当者にもメールにて発信 2.掲載日 令和3年2月12日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター [刊行物等] 1.集会名 石油学会熊本大会(第50回石油・石油化学討論会) 2.開催日 令和2年11月12日 3.公開者 橋本益美 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jpi2020f/top 2.掲載日 令和2年11月10日 3.公開者 橋本益美 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jpi2020f/proceedings/list 2.掲載日 令和3年2月1日 3.公開者 橋本益美 [刊行物等] 1.集会名 30th JPI Petroleum Refining Conference 2.開催日 令和2年12月3日 3.公開者 加藤洋 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://www.sekiyu-gakkai.or.jp/jp/gyouji/20201202.html 2.掲載日 令和2年11月30日 3.公開者 加藤洋
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、経済産業省、高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人石油エネルギー技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】橋本 益美
【テーマコード(参考)】
4H129
5L049
【Fターム(参考)】
4H129AA02
4H129CA01
4H129LA13
4H129LA14
4H129NA40
4H129NA45
5L049DD02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】原油混合時にスラッジの析出量を高精度で推算する推算方法、それに使用される装置、システム、コンピュータ及びそれを使用する方法並びに装置をコンピュータに実行させるコンピュータプログラム及びその記録媒体を提供する。
【解決手段】原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法は、複数の基準原油混合物について混合組成情報及びスラッジ析出量を含む混合物性情報に基づきスラッジ析出量の推算モデルを特定するステップと、スラッジ析出量推算モデルに基づき、上記ラッジ析出量を推算するステップと、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法であって、
複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるスラッジ析出量の推算モデルを記憶した装置に基づき、前記原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するステップを含む、方法。
【請求項2】
前記原油混合物が、軽質油および重質油を含む2種以上の原油の混合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記混合組成情報が、複数の基準原油混合物における各原油の種類および原油の混合割合を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記スラッジ析出量の推算モデルが、前記原油混合物におけるスラッジ析出量の閾値または範囲に基づき設定される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
(A)前記混合物性情報に基づきスラッジ析出量の推算モデルを特定するステップ、および
(B)前記スラッジ析出量推算モデルに基づき、前記スラッジ析出量を推算するステップを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記スラッジ析出量の推算モデルが、原油混合物における不溶解価(IN)と溶解ブレンド価(SBN)との比(IN/SBN)とスラッジ析出量との相関に基づき、前記原油混合物におけるスラッジ析出量するモデルである、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記スラッジ析出量の推算モデルが、原油混合物を構成する各成分の分子構造および存在割合を特定し、そこから得られる構造情報および物性値データベースを用いた多成分凝集モデルを記憶した装置に基づいて、前記原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するモデルである、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記原油混合物に使用される軽質油に応じて平均Dagg値を設定する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の方法により得られるスラッジ析出量の推算値に基づいて、運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
【請求項10】
原油混合物におけるスラッジ析出量の推算装置であって、
複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるススラッジ析出量の推算モデルに基づき、前記原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するラッジ析出量推算部を備える、装置。
【請求項11】
原油混合物におけるスラッジ析出量の推算システムであって、
複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるスラッジ析出量の推算モデルに基づき、前記原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するスラッジ析出量推算部を備える、システム。
【請求項12】
請求項1~9のいずれか一項に記載の方法、請求項10に記載の装置または請求項11に記載のシステムを実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項13】
請求項12に記載のコンピュータプログラムを記録した記録媒体。
【請求項14】
請求項12に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油混合時のスラッジ析出量の推算方法、それに使用される装置、システム、コンピュータおよびそれを使用する方法、並びに装置をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムおよびその記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
原油を貯蔵する原油タンクには、スラッジと呼ばれるペースト状の物質が蓄積される。原油タンクに蓄積されるスラッジの成分としては、「石油留分」が起因するワックス、アスファルテン、レジン、飽和分、芳香族分等と、「夾雑物」が起因する水、鉄(錆)、土砂等が挙げられる。このようなスラッジは、設備に対して次のような影響を及ぼすことが一般的に懸念されている。即ち、スラッジが原油タンク内に蓄積し、原油を精製する下流の工程に送り込まれた場合、原油供給ポンプの故障を招いたり、熱交換器やフィルタの目詰まり、反応器における触媒への悪影響等を誘引しかねない。また、タンク底板に蓄積したスラッジは腐食の原因にもなる。
【0003】
一方で、国内で未利用の原油の多くは重質あるいは超重質原油に分類される。これら未利用原油は粘度の高さや硫黄分の多さから国内製油所で使用する場合、比較的軽質な在来型原油との混合により性状の調製が必要となる。しかしながら、未利用原油と在来型原油との混合によりスラッジが析出し、貯蔵タンク内への堆積や熱交換器などの閉塞等が懸念される。したがって、原料油の混合の際のスラッジの析出量を予め予測して、スラッジにより経済的損害を回避することが従前検討されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、2種以上の石油を混合する際に、アスファルテンが溶質の状態を保持するために、不溶解価INと、溶解ブレンド価SBNとを指標として、石油を組み合わせることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2001-505953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、原油の混合割合等によっては、不溶解価INと、溶解ブレンド価SBNを指標として、スラッジの析出量を高精度で推算することが困難な場合があることが本出願人による検討により明らかとなった。さらに、出願人は鋭意検討した結果、複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるスラッジ析出量の推算モデルを用いると、原油混合時のスラッジの析出量を高精度で推算しうることを見出した。本発明はかかる知見に基づくものである。
【0007】
したがって、本発明は、原油混合時にスラッジの析出量を高精度で推算する新たな技術的手段を提供することを一つの目的としている。
【0008】
上記の目的を達成するため、本発明者らは、以下の本発明を創出した。即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
本発明の一実施形態においては、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法であって、
複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるスラッジ析出量の推算モデルを記憶した装置に基づき、原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するステップを含む方法が提供される。
【0009】
また、本発明の別の実施形態においては、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算装置、システムおよびそれらの運転方法や、それらを実行させるコンピュータプログラム、その記録媒体およびそれを記憶したコンピュータも提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、原油混合時にスラッジの析出量を高精度で推算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態による原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法を説明するフローチャートである。
図2】本発明の一実施形態における多成分凝集モデル(MCAM)を使用手順についてのフローチャートである。
図3】本発明の一実施形態による原油混合物におけるスラッジ析出量の推算装置を説明する機能ブロック図である。
図4】軽質原油と重質原油を評価対象とした相溶性試験の手順を示す図である。
図5】各原油の溶解ブレンド価(SBN)と不溶解価(IN)の評価結果について、APIとの関係を整理した図である。
図6】ドライスラッジ試験法の概要と原油混合特性評価装置を示す図である。
図7A】Wiehe法による相溶性試験結果(IN/SBN値)に基づくスラッジ析出量の予測式の作成を検討した際の予測値と実測値の関係を示す図である。
図7B】検証用試料を用いた場合のWiehe法による相溶性試験結果(IN/SBN値)に基づくスラッジ析出量の予測値と実測値との関係を示す図である。
図8A】軽質原油αと、重質原油AまたはEとを混合し、Wiehe値(IN/SBN)、混合原油中の重質原油割合、混合原油中のアスファルテン(As)量(%)、ドライスラッジ量×5(wt%)との関係を分析した結果を示すグラフである。
図8B】軽質原油βと、重質原油AまたはEとを混合し、Wiehe値(IN/SBN)、混合原油中の重質原油割合、混合原油中のアスファルテン(As)量(%)、ドライスラッジ量×5(wt%)との関係を分析した結果を示すグラフである。
図9】原油βと混合時のスラッジ量(実測)とMCAM解析の結果(Dagg>18)の関係を示す図である。
図10】原油βと混合時のスラッジ量(実測)とMCAM解析の結果(Dagg>11)の関係を示す図である。
図11】原油αおよびβと各原油混合比率における積算Dagg値の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<定義>
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
【0013】
(1)「石油」
本明細書において、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。
(2)「成分」
「成分」とは、「混合物をある特定の物理的または化学的性状を基準として括った塊」、即ち、「ある特定の物理的または化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」を意味する。特定の物理的または化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が挙げられる。この場合、混合物は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。或いは、「成分」を、多成分混合物を構成する一つ一つの構成員であって、「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えてもよい。ここで、「同一の」とは、「分子構造を完璧に特定し、その上で同一である」、或いは、「分子構造上の異性体(分子式は同じであるが構造が異なるもの)どうしは同一のものとする」という意味と捉えてもよく、例えば、後述する「JACDのような方式で特定された構造において同一である」という意味と捉えてもよい。さらには、広く「任意に定めた基準に基づいて一括りにした分子の集合体」という意味と捉えてもよい。
【0014】
(3)「構成する」
石油等の多成分混合物を「構成する」とは、多成分混合物中に存在する100%すべての成分を想定するものでなくてもよい。本発明により特定される各成分の分子構造をどのように利用するかにより、どの程度の詳細さを以て成分としての分子種特定が必要になるかに応じて、「構成する各成分」を適宜決定すればよい。例えば、多成分混合物中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種のみを対象として、「構成する成分」と捉えてもよい。石油のような膨大な種類の分子種すべてについて分子構造を同定する必要性は必ずしも高いとは限らず、微量しか存在しない分子種等については、必要に応じて、無視してもよい。例えば、「多成分混合物」として、多環芳香族レジン分(PA)を対象とする場合、PAを構成する成分として、パラフィン系化合物およびオレフィン系化合物の存在は無視してもよい。
【0015】
(4)「分率」
「分率」とは、質量分率、容量分率またはモル分率等、存在割合を示すものであれば何でもよく、いずれをも含む概念である。液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出する場合は、好ましくは容量分率が用いられ、各成分の当該液相における容量分率で重み付けした加重平均値として算出される。
【0016】
(5)「分子構造を特定する」、「分子」
「分子構造を特定する」とは、上記「成分」における「分子」に関し、分子が持つ構造に関する何等かの情報を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。目的および必要性に応じて、その度合い、表示の方式を適宜選択すればよい。分子全体の構造を特定するという行為のみならず、分子の一部分についての構造に関する情報を組み込んでもよい。例えば、コア部分の構造のみを特定し、側鎖部分や架橋部分については構造は特定せず分子式のままにしておいてもよい。
【0017】
本明細書において、好ましくは、後述する「JACD」で分子構造を特定する。「JACD」で構造が特定された分子というのは、後述するアトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。本明細書において、「分子」は、異性体をすべて含む概念と捉えてもよい。
【0018】
(6)「各成分の存在割合を特定する」
「各成分の存在割合を特定する」とは、混合物を構成する各成分について、それらが存在する比率を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。また、混合物を構成するすべての成分種について存在割合が特定されなければならないという意味ではなく、分析技術では検出が困難な程度の量しか存在しないような成分や特定する必要のない成分までを含めたすべての成分の存在割合を特定して初めて、「各成分の存在割合を特定した」とするものではない。かかる微量成分等については、「その他の成分」としてまとめて扱ってもよい。さらには、これらを「混合物を構成する各成分」という範囲から除外し、他の成分の存在割合を算出する上での分母に入れなくてもよい。
【0019】
(7)「すべての」
本明細書において、「すべての」とは、必ずしも「100%全部の」という意味でなくてもよい。例えば、質量スペクトルについて「すべてのピーク」という言い方をしている箇所については、文字どおり、「100%全部のピーク」という意味のみならず、例えば、その場面での検討の目的上必ずしも必要でない分子に関するピークや判別しにくいようなピーク等については、適宜、除外した上で、それ以外のピークを指すという意味と捉えてもよい。
【0020】
(8)「ピーク」
質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオンまたは擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。本明細書では、この「質量分析において得られた、分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zのピーク」を、「質量分析において得られたピーク」、または単に「ピーク」ということがある。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。
【0021】
(9)「分子式」
「分子式」とは、分子を構成する元素の種類と数のみを示す式のことであり、構造は特定されていないものを指している。分子を構成する元素の種類と数がわかっているため、分子量および後述するDBE値等の情報は得ることができる。
本発明において主として用いているフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析(以下、「FT-ICR MS」ともいい、FT-ICR MSにより得られたスペクトルを「FT-ICR MSスペクトル」ともいう)においては、m/zの値を小数点第4位まで決定することができる。そのため、原子の同位体の存在をも考慮した精密な質量の数合わせを行うことにより、そのピークに帰属する分子の分子式を決定することができる。分子式というのは、分子を構成する元素の種類と数のみを表すものにすぎないため、上記決定された分子式に該当する分子としては、異性体が複数存在しうる。即ち、1本のピークには、分子式が同一である複数の異性体が帰属しうる。
【0022】
ただし、FT-ICR MSの特性上、分子式は同一であっても、例えば、その分子イオンに水素イオンが付加している等により、元の分子イオンと質量が異なることになり、そのため別のピークとして現れることがある。よって、測定上は別ピークとして現れたものであっても、分子式を構成する元素の種類と数が同一であるものは「同一の分子式」として捉えてもよい。「その分子式に該当する分子」という文言において、「その分子式」というのは、このような「同一の分子式」という意味で捉えてもよい。また、「あるピーク」という場合、上記の意味で「同一の分子式」を表しているとされた種々のm/zのピークをすべてまとめて捉えた概念と考えてもよい。
【0023】
(10)「コア」、「シングルコア」、「ダブルコア」「ヘテロコア」
「コア」とは、後述の「JACD」の項で記載する「アトリビュート」の一種であって、具体的には、ヘテロ環またはナフテン環そのもの、ヘテロ環とナフテン環が架橋ではなく直接結合しているもの、ヘテロ環またはナフテン環に芳香環が架橋ではなく直接結合しているものである。架橋または側鎖は、コアとは別のアトリビュートであるため、「コア」とは、架橋または側鎖を一切有しないものを意味している。
【0024】
一方、「シングルコア」とは、上記コアを1個だけ有する分子を指す概念である。分子を指す概念であるため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。「マルチコア」も分子を意味するため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。2個のコアが架橋してなる分子を「ダブルコア」という。
例えば、以下に示すナフタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアではない。
【0025】
【化1】
なお、ヘテロ原子を含むコアを「ヘテロコア」とも称する。
【0026】
(11)「DBE値」
「DBE値」とは、分子式が、「C」である場合、以下の式(1)にて算出される値である。
DBE = c- h/2+n/2 + 1 ・・・(1)
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数を示す。)
この値は、概ね、分子における不飽和性、とりわけ、二重結合および環の存在の程度を示すものである。
【0027】
(12)「JACD (ジャックディー)」「Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」
「JACD」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類およびアトリビュートの数により表示するものである。アトリビュートが他のアトリビュートのいずれの位置において結合しているかについては表示しない。
【0028】
上記において、「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。芳香族化合物においては、具体的には、前述の「コア」、「架橋」および「側鎖」を指す。
この表示方式によると、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造を、必要かつ十分な程度に特定することができる。
以下の化学式で表された分子を例にとって説明する。
【0029】
【化2】
【0030】
この化合物をJACDで表すと、以下の表1のようになる。
【0031】
【表1】
【0032】
JACDで表示され、構造が特定された分子とは、アトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。
【0033】
(13)「物性値」
「物性値」とは、物質の物理的または化学的な性質や性状、特性を表現するものであれば、名称の如何に拘わらず、「物性値」に含まれる。本明細書において、「物性値」とは、これらに限定されるものではないが、例えば、融点、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、蒸気圧、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、沸点、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等である。
【0034】
(14)「石油に関する装置」
本明細書において、「石油に関する装置」とは、蒸留装置や抽出装置をはじめ、改質装置、水素添加反応装置、脱硫装置等の化学反応を伴う装置等、石油の処理に関する装置をすべて含む。「石油に関する装置」を総じて、「石油精製装置」ともいう。
【0035】
<原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法>
本発明の一実施形態によれば、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法は、
複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるスラッジ析出量の推算モデルを記憶した装置に基づき、上記原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するステップを含むことを特徴としている。
【0036】
複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して推算モデルを特定することにより、被検対象となる原油混合物において高精度のスラッジ析出量の推算を実現しうることは当業者にとって意外な事実である。
【0037】
本発明の一実施形態によれば、被検対象となる原油混合物を構成する原油は、軽質油および重質油を含む2種以上の原油とされる。
上記重質油は、好ましくはJIS K2254に準拠する軽油の沸点(360℃)より高い沸点を有する留分である。常圧蒸留の残油分の具体例としては、原油の常圧蒸留によって搭底から得られる重質油(沸点:約400℃以上)等が挙げられ、重質油は常圧残油と称される。
【0038】
本発明の一実施形態によれば、スラッジ析出量の推算モデルの設定に用いられる複数の基準原油混合物中の原油の種類や数は、高精度の推算を実現する観点からは、被検対象である原油混合物を構成する原油と同一であることが好ましい。例えば、被検対象となる原油混合物を構成する原油が軽質油および重質油の2種からなる場合、複数の基準原油混合物を構成する原油は、軽質油および重質油の2種であることが好ましい。
【0039】
また、本発明の好ましい実施形態によれば、スラッジ析出量の推算モデルの設定に用いられる複数の基準原油混合物中の原油のうち少なくとも1種は、被検対象である原油混合物を構成する原油と同種または同一であることが好ましい。例えば、被検対象となる原油混合物が軽質油αと重質油Aの2種から構成される場合、複数の基準原油混合物は、被検対象に含まれる軽質油αと、被検対象に含まれない重質油B、CまたはD等とから構成されることが好ましい。
【0040】
また、本発明の好ましい実施形態によれば、基準原油混合物の数は、特に限定されないが、推算精度確保の観点から、相関関係が確認される範囲に設定することが好ましい。
【0041】
また、複数の基準原油混合物における混合組成情報は、上述のような原油混合物を構成する原油の種類、数等の他、混合される原油の混合割合を含むことが好ましい。複数の基準原油混合物は、高精度なスラッジ析出量の推算モデルを設定する観点からは、原油混合物と同一の混合割合のみならず、複数の異なる混合割合の混合物を含むことが好ましい。
【0042】
したがって、本発明の好ましい実施態様によれば、混合組成情報およびスラッジ析出量混合組成情報が、複数の基準原油混合物における各原油の種類および原油の混合割合を含む。
【0043】
また、複数の基準原油混合物における混合物性情報の好適な例としては、上述のような混合組成情報およびスラッジ析出量の他、例えば、原油混合物における不溶解価(IN)、溶解ブレンド価(SBN)、不溶解価(IN)と溶解ブレンド価(SBN)との比(IN/SBN)、アスファルテン量、ハンセン溶解度指数値(以下、「HSP値」ともいう)、平均凝集度等が挙げられる。例えば、後述する図8A図8Bに示されるように、原油混合物における不溶解価(IN)と溶解ブレンド価(SBN)との比(IN/SBN)、原油混合物中のアスファルテン量および原油混合割合と、スラッジ析出量との関係をプロットした関係図を作成し、候補となる推算モデルによる予測値と、基準原油混合物におけるスラッジ析出量(実測値)とが相関を示すか確認することにより、スラッジ析出量の推算モデルを適切に設定してもよい。また、例えば、後述する図9図10に示されるように、ハンセン溶解度指数値、平均凝集度を指標として推算モデルを適切に設定してもよい。
【0044】
また、スラッジ量の推算モデルの設定においては、候補となる推算モデルによる予測値と、基準原油混合物におけるスラッジ析出量(実測値)とが相関を示す範囲または閾値を特定し、特定の範囲内でスラッジ量の推算モデルを設定してもよい。したがって、本発明の好ましい実施形態によれば、上記スラッジ析出量の推算モデルは、上記原油混合物におけるスラッジ析出量の閾値または範囲に基づき設定される。
【0045】
本発明の原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法は、図1に示されるように、スラッジ析出量の推算モデルを特定し、当該推算モデルを用いてスラッジ析出量を推算する2段階で実施してもよい。
したがって、本発明の好ましい実施形態によれば、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算方法は、
(A)複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報に基づきスラッジ析出量の推算モデルを特定するステップ、および
(B)前記スラッジ析出量推算モデルに基づき、上記スラッジ析出量を推算するステップを含む。
【0046】
スラッジ析出量推算モデルは、上記方法により、公知のモデルから選択してもよく、上記混合物性情報に基づく統計分析等により作成してもよい。
【0047】
<Weihe法>
本発明の一実施形態によれば、上記方法により特定されるスラッジ析出量の推算モデルは、原油混合物における不溶解価(IN)と溶解ブレンド価(SBN)との比(IN/SBN)とスラッジ析出量との相関に基づき、原油混合物におけるスラッジ析出量するモデルである。かかるスラッジ析出量の推算モデルは、Weihe法ともいい、Irwin A.Wiehe、Raymond J Kennedy,G.Dickakian, EnergyFuels,2001,15, 5,1057-1058または特許文献1の記載に準じて実施することができる。これら文献の開示内容は引用することにより本明細書の一部とされる。
【0048】
本発明の一実施形態によれば、Weihe法において、まず、アスファルテン量を求める。各原油におけるアスファルテン量情報を、公知の測定方法により取得することができる。例えばn-ヘプタンを原油に加え、空気冷却管をつけてn-ヘプタン不溶解分試験器で混合物を還流煮沸し、放置冷却し、得られた混合液からろ紙を用いてアスファルテン分を分離することができる。また、アルファルテン量は、公知の文献等に記載された情報を使用してもよい。
【0049】
(不溶解価(IN)および溶解ブレンド価(SBN))
本発明の一実施形態によれば、アスファルテンを含有する原油に対する不溶解価および溶解ブレンド価を決定するためには、原油と試験液混合物との少なくとも2つの体積比において試験液混合物に対する原油の溶解性を試験する必要がある。試験液混合物は、様々な割合で2種の液体を混合することによって調製されるが、試験用非溶剤として同じn-ヘプタンを選択し、試験用溶剤としてトルエンを選択するのが好ましい。
【0050】
最初の試験では、便宜的に原油と試験液混合物との体積比を選択する。例えば、原油1mlに対して試験液混合物5mlである。次に、種々の既知の割合でn-ヘプタンおよびトルエンをブレンドすることにより、試験液の様々な混合物を調製する。原油と試験液混合物とが所定の体積比となるように混合する。その後、アスファルテンが溶解性か不溶性であるかを決める。通常、50~600倍の倍率の光学顕微鏡を用い、試験液混合物と原油とのブレンド1滴をガラススライドとガラスカバースリップとの間に入れて透過光により観察する顕微鏡法を適用する。
【0051】
また、試験液混合物と原油とのブレンド1滴を1枚の濾紙の上に滴下してから乾燥させるスポット試験法が用いることが好ましい。アスファルテンを溶解するトルエンの最小のパーセントとアスファルテンを析出するトルエンの最大のパーセントを決定し、これらの限界値の間のトルエンパーセントで更に多くの試験液混合物を調製し、油と試験液混合物との所定の体積比で油とブレンドして、アスファルテンが可溶か不溶かを決定することができる。このプロセスは、目的の値が所望の精度の範囲内で決定されるまで続けられる。最終的には、アスファルテンを溶解するトルエンの最小のパーセントとアスファルテンを析出するトルエンの最大のパーセントとの平均値を目的の値とする。これは、原油と試験液混合物との所定の体積比R1における最初のデータ点T1である。
【0052】
第2のデータ点は、原油と試験液混合物との異なる体積比を選択して第1のデータ点のときと同じプロセスを実施することにより決定できる。このほか、第1のデータ点を決定したトルエンパーセントよりも小さいトルエンパーセントを選択し、アスファルテンが丁度析出を開始するまで既知量の原油にn-ヘプタンを添加することもできる。この時点での試験液混合物中の所定のトルエンパーセントT2における原油と試験液混合物との体積比R2が第2のデータ点となる。
【0053】
好ましくは、不溶解価INは、次式:
【数1】
で与えられ、溶解ブレンド価SBNは、次式:
【数2】
で与えられる。
【0054】
(原油の混合物)
各原油に対する溶解ブレンド価が決定されると、原油の混合物に対する溶解ブレンド価は次式で与えられる。
【0055】
【数3】
式中、V1は、混合物中の原油1の体積である。
【0056】
原油の混合物の相溶性に対する判定基準は、原油の混合物の溶解ブレンド価が混合物中のどの原油の不溶解価よりも大きいことである。従って、原油のブレンド中のいずれかの成分油の溶解ブレンド価がブレンド中のいずれかの成分の不溶解価よりも小さいかまたは等しい場合、このブレンドは非相溶性を呈する可能性がある。
【0057】
Weihe法が適用される範囲は、特に限定されないが、原油混合物におけるスラッジ析出量の高精度の推算の観点から、スラッジ析出量(予測量)が比較的低レベルの範囲であることが好ましい。Weihe法が適用されるスラッジ析出量(予測値)の範囲としては、通常1%以下であり、好ましくは0.9%以下であり、より好ましくは0.5%以下であり、より一層好ましくは0.25%以下であり、さらに好ましくは、さらに好ましくは0.1%以下である。
【0058】
<MCAM>
また、本発明の別の実施形態によれば、上記方法により特定されるスラッジ析出量の推算モデルは、原油混合物を構成する各成分の分子構造および存在割合を特定し、そこから得られる構造情報および物性値データベースを用いた多成分凝集モデルである。かかるスラッジ析出量の推算モデルは、多成分凝集モデル(Multi-Component Aggregation Model:MCAM)ともいい、特開2019-13270号の記載に準じて実施することができる。かかる文献の開示内容は、引用することにより本明細書の一部とされる。MCAMを使用することは、原油の組合せによらず、原油混合物の平均凝集度(Dagg)とスラッジ析出量との相関関係に基づきスラッジ析出量を推算する上で有利である。
【0059】
以下、図2のフローチャートを参照して、MCAMを適用する際の一実施形態の各ステップを説明する。
(1)ステップ1(質量分析)(図2のS1)
ステップ1は、多成分混合物に対し質量分析を行い、得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップである。即ち、多成分混合物に対し質量分析を行い、それにより得られたすべてのピークについて、各ピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子式に該当する分子の存在割合を特定するステップである。
【0060】
質量分析は、超高分解能の質量分析計を用いるのが好ましい。具体的には、FT-ICR-質量分析計を用いて、公知の方法、即ち、試料をソフトイオン化して分子イオンまたは擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行う。
【0061】
(2)ステップ2(衝突誘起解離)(図2のS2)
ステップ2は、多成分混合物に対し衝突誘起解離を行うステップである。「衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation、以下、「CID」ともいう。)」とは、分子をイオン化し、これをアルゴン等の不活性ガスに衝突させ、架橋および側鎖を切断する操作をいう。通常、当該多成分混合物を構成する各成分における架橋および側鎖が切断されるように、衝突エネルギーを与えることが好ましい。架橋および側鎖を切断することにより、コアごとのフラグメントイオンが生成される。このコアは、衝突誘起解離では切断し得なかった炭素数0~4程度の脂肪族基を側鎖として有していることがある。
【0062】
多成分混合物に対しFT-ICR-質量分析を行ったとき、得られるピークのm/zから、多成分混合物を構成する分子の分子式を決定することができるが、その分子の「コア」に関する情報は得られない。そこで、さらに、衝突誘起解離を行って、多成分混合物を構成する各分子中の架橋および側鎖を切断すれば、多成分混合物全体の中に存在するコアの種類を知ることができる。
衝突誘起解離を行う条件としては、分子中の架橋および側鎖を有効に切断できる衝突エネルギー、例えば、10~50kcal/モルが好ましく、20~40kcal/モルがより好ましい。なお、40kcal/モルは、分子量を700とすると32eVに相当する。
【0063】
(3)ステップ3(各コアの構造および存在割合の特定)(図2のS3)
ステップ3は、ステップ2の衝突誘起解離により生成した各フラグメントイオンについて、質量分析、好ましくは、FT-ICR-質量分析を行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造および存在割合を特定するステップである。
【0064】
(ア)まず、各フラグメントイオンを構成するコアについて、その構造を特定する方法を説明する。
具体的には、前記ステップ2で得られたコアに関する情報と、予め用意しておいたコア構造リストに記載されているコアに関する情報とを照合し、各コアの構造を特定する方法である。
詳しくは、以下のとおりである。
i. 衝突誘起解離後におけるコアに関する情報の取得
衝突誘起解離後の各フラグメントイオンのFT-ICR-質量分析においては、コアの部分は同じであっても、側鎖として炭素数が0~4程度の脂肪族基を有するフラグメントイオンは、その側鎖の種類に応じて、各々質量が異なるため、別々のピークとして現れる。
そこで、コアに側鎖として炭素数が0~4の脂肪族基を持つものについて、これら各種の質量を予め算出しておき、上記現れた別々のピークを種々比較照合すれば、コアそのものの質量を割り出すことが可能となる。
この方法を用いて、ステップ2において、衝突誘起解離後に得られたピークの各々について、そのピークに帰属されるコアは、質量がいくつで、O,NまたはS原子等のヘテロ原子がいくつ存在し、またDBE値から芳香環がいくつ存在しているかという情報を得ることができる。
【0065】
ii. 衝突誘起解離後におけるコアの構造の特定
衝突誘起解離後におけるコアの構造を特定する方法として、予め、多成分混合物の各成分分子を構成すると想定できる各種のコアをモデルとしてリスト化した、「コア構造リスト」を作成しておき、当該リストに格納されているコアの分子量、ヘテロ原子の種類と数等の情報と上記にて得られたコアの情報を照合して、このリストの中から最も妥当と考えられるコアのモデルを選択し、そのコアを当該コアとして該当させるという方法がある。
この方法により、衝突誘起解離後のFT-ICR-質量分析にて得られたすべてのピークに対して、コアが割り付けられ、その構造を知ることが可能となる。
【0066】
iii.コア構造リスト
上記コア構造リストに格納するコアの種類については、特に限定されるものではなく、いかなるものであってもよいが、格納するコアの選定の妥当性が各コアの構造特定の妥当性に直結することになる。
試料である多成分混合物そのものの内容に応じて、予め「コア構造リスト」を作成しておくのが好ましい。例えば、多成分混合物が石油の場合、これまでの石油に関する知見をもとにして、予め、「石油の分子構造特定用のコア構造リスト」を作成しておき、それを用いればよい。
リストの作成においては、基本となる芳香環における環数、芳香環に直接結合するナフテン環の種類と数(カタ型かペリ型かという違いも含む)および直接結合の態様(即ち、基本芳香環のどの位置にどういう形でナフテン環が結合しているのかという態様)等、諸条件を勘案して、適当数のコアを格納するのがよい。
例えば、芳香環の大きさは6環までとすることや、ヘテロ原子はN、O、Sを想定し、ヘテロ環の種類としては10個程度とすること等、計算上の便宜を考慮してリストを作成すればよい。
【0067】
iv.コア構造リストからの選定
コア構造リストには、「分子量、DBE値およびヘテロ原子の種類と数がすべて同じであるが、構造式が異なる」というものが複数存在している場合がある。この場合、それらの複数のうちどれを第一優先として選定するかについては、適宜、ルールを決めておけばよい。例えば、優先性として、次の1~3が挙げられる。
1.芳香環のみから成るものを優先する。
2.不飽和結合の多いものを優先する。
3.環数の少ないものを優先する。
【0068】
(イ)次に、各コアの存在割合を特定する方法を説明する。
前述のとおり、ステップ2において衝突誘起解離後に得られた各々のピークの高さから、そのm/z、即ち、その質量を持つコアの存在割合を求めることができる。
本ステップ3で得られた衝突誘起解離後の各コアの構造は、後にステップ5にて用いられることになり、また、衝突誘起解離後の各コアの存在割合は、後にステップ4にて用いられることになる。
【0069】
(4)ステップ4(クラスごとのコアの存在態様および存在割合の推定)(図2のS4)
ステップ1におけるピークの各々に帰属する分子を、「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
言い換えれば、ステップ1におけるすべてのピークに帰属する分子について、ステップ1にて特定された各々の分子式における「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
【0070】
以下、ステップ4について詳説する。
(ア)ステップ1において、すべてのピークについて分子式が特定されているため、その分子式におけるヘテロ原子の種類とその数およびDBE値が判明する。したがって、本ステップでは、この「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」に基づいて、すべてのピークに帰属させた分子それぞれを、「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」ごとに括られたそれぞれの「クラス」の中に編入する。
「ヘテロ原子の種類と数」とは、詳しくは、「ヘテロ原子の種類ごとのそのヘテロ原子の数」である。ヘテロ原子とは、好ましくは、窒素原子、硫黄原子および酸素原子であるため、「ヘテロ原子の種類と数」とは、好ましくは、「窒素原子、硫黄原子および酸素原子のそれぞれの数」ということもできる。よって、ヘテロ原子に関して言えば、「窒素原子の数、硫黄原子の数および酸素原子の数のすべてが一致するもの」が同一の「クラス」に入ることになる。
【0071】
(イ)次に、(ア)に記載した「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」で括られた各クラスにおいて、そのクラスに属する各分子が、どういうシングルコアまたはマルチコアであるのかを推定する。また、それらのシングルコアおよびマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのかを推定する。
これらの推定を行うにあたっては、実際の計算上の便宜から、いくつかの仮定を設けて行うのが好ましい。
ここで、「マルチコア」は、どういうコアどうしが架橋して結合しているのかにより、いろいろな組み合わせがありうる。ただし、マルチコアを形成する複数個のコアのDBE値の和およびヘテロ原子の種類に応じた数の和は、そのクラスに属しているものは、皆、同じ値である。
【0072】
(ウ) 上記のように、FT-ICR-質量分析にて得られたピークの各々に帰属する分子について、ヘテロ原子の種類と数およびDBE値が同じものからなるクラスごとに括り直したが、そのクラスに属する分子は、シングルコアまたはマルチコアである。これらのシングルコアまたはマルチコアが、どういうコアをもって構成されるのかを推定する好ましい方法について、以下、説明する。
【0073】
そのクラスに属する分子が、シングルコアである場合は、そのクラスに該当するヘテロ原子の種類と数およびDBE値を持つシングルコアが該当する。そのクラスに属する分子が、マルチコアである場合は、当該マルチコアを構成している複数のコア中に存在する同じ種類のヘテロ原子ごとの数の和およびこれら複数のコアのDBE値の和が、当該クラスのヘテロ原子の種類と数およびDBE値と一致するように、コアを組み合わせたものが該当する。複数のコアのヘテロ原子の種類に応じた数の和およびDBE値の和がそのクラスのヘテロ原子の種類と数およびDBE値に該当すればよいのであるから、マルチコアを構成する複数のコアの組み合わせは、通常、1つとは限らず、数通り存在する。
【0074】
(エ)次に、「そのクラスに属する各分子であるシングルコアおよびマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのか」を推定する。
好ましくは、最初に、マルチコアの存在割合は、そのマルチコアを構成している複数のコアそれぞれの存在割合の積であると仮定し、これを推定値とする。
【0075】
(5)ステップ5(コア構造、側鎖および架橋の決定)(図2のS5)
ステップ5は、ステップ4において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖および架橋を決定して割り付けるステップである。
【0076】
(ア)「ステップ4において存在態様が推定された各分子」に対し、「それらを形成するコアの構造を決定する」とは、以下のi~vの操作により行うものである。
i.ステップ4で存在態様が推定されたマルチコアの場合は、それを構成しているコアごとに分けて(解除して)とらえる。
【0077】
ii.ステップ4で存在態様がシングルコアであると推定されたものおよび上記iのようにマルチコアを解除して生成したコアのすべてについて、同じ「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」のものごとにそれぞれの「クラス」に括り直す。因みに、ここでいう「クラス」は、もともとのシングルコアおよびマルチコアを解除して得られたコアに関する概念であり、ステップ4で述べた分子に関する「クラス」とは別のものである。
【0078】
iii.上記iiで括られた「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」のすべての「クラス」に関し、その「クラス」に存在しているコアのすべてについて、具体的な構造を割り付ける。
【0079】
(イ)以下のi~iiiの操作により、さらに側鎖および架橋を決定する。
i.上記により、シングルコアまたはマルチコアのコアの部分の構造は特定することができたが、コアの部分のみの存在を想定しただけでは、対象とする試料についてFT-ICR-質量分析にて得られたピークのm/zが示す質量に合致しない。即ち、コアの部分に関与している炭素、水素およびヘテロ原子に基づく質量を合計しても、FT-ICR-質量分析にて得られたピークのm/zで示される質量と差が生じる。
そこで、その質量の差分は、コアに結合している側鎖およびコアどうしを結合させている架橋の存在に由来するものと考え、差分が解消するように炭素の数および水素の数を割り出し、それを側鎖および架橋としてコアに割り付ける。
例えば、あるm/z=nのピークに対して、上記の手順により、コア1とコア2が架橋してなるあるダブルコアが割り付けられたとする。このとき、
その質量の差分(d)=n-(コア1の質量+コア2の質量)
が、側鎖および架橋の存在に由来するものとなる。
【0080】
ii.上記iにおいては、側鎖および架橋として割り付ける炭素の数および水素の数は求められるが、まだ、どういう構造の側鎖および架橋かは決定できていない。そこで、どういう構造の側鎖および架橋が相当するのかを推定するにあたっては、想定される側鎖および架橋の組合せの存在確率を考慮して、例えば、以下のようなルールを決めておき、それに従って推定すればよい。ルールとしては、側鎖や架橋を構成する炭素の数の上限や側鎖の本数等の条件を予め定めておけばよい。
iii.上記iにおいて、その質量の差分に相当する側鎖または架橋が存在しない場合は、コア1とコア2が単に結合しているという構造を当てはめてもよい。
(ウ)上記にて決定した側鎖および架橋を「コアに割り付ける」とは、どのコアのどの位置に側鎖や架橋が結合しているかを決定することまでを包含する意味ではない。
【0081】
(エ)このようにして、ステップ5により、ステップ4において存在態様が推定された各シングルコアまたはダブルコアに対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖および架橋を決定することができる。
【0082】
上記のステップ1~ステップ5により、多成分混合物を構成する各成分について、その分子構造をJACDで特定し、またその存在割合を特定することができる。
【0083】
本発明においては、前記多成分混合物が、ある多成分混合物を2以上の任意の部分に分画することにより得られた一つの分画物であってもよい。即ち、前記における「多成分混合物」を、大きな括りの「多成分混合物A」を分画して得られた一つの分画物Iと捉えた場合、「多成分混合物A」は、分画物I、分画物II・・など、分画の数だけの分画物の混合物と捉えることができる。分画物IIについても、分画物Iで行った方法と同様の方法により、分画物IIを構成する各成分の分子構造を特定することができる。
【0084】
(6)ステップ6(融点およびハンセン溶解度指数値の取得)(図2のS6)
ステップ(1)~(5)により、JACDを用いて特定された多成分混合物の各成分の分子構造から、各成分の融点およびハンセン溶解度指数値を取得する。
これらの物性値は、上記のようにして特定された多成分混合物の各成分の分子構造について、全石油分子データベース(Comcat)を用いて特定することが好ましい。
【0085】
Comcatとは、JACDと各物性値とが紐付けられた「JACD-物性値データベース」のことである。該データベースへの登録分子数は、約2,500万件であり、石油に含まれる全成分は、すべてComcatに含まれる分子から構成されると仮定したモデル系解析において、利用可能である。
【0086】
該データベースに登録されている物性値は、融点、ハンセン溶解度指数値、沸点、臨界湿度、臨界圧力、臨界体積、蒸気圧、液体密度、気体粘度、液体粘度、表面張力、双極子モーメント、分極率、イオン化ポテンシャル、生成熱、エンタルピー、エントロピー、自由エネルギー、熱容量等の約200種の物性値である。
【0087】
これらの物性値は、通常、原子団寄与法や分子軌道法を用いて算出される。原子団寄与法とは、ある物質の物性値を求めるにあたり、その物質の化学構造を特定し、存在する各種の原子団、即ち、「基」が持つ固有のパラメータ値をもとに、その物質の物性値を算出するという方法である。即ち、その物質が持つ「基」が特定されることが前提となる。また、分子軌道法においても、まず、その物質が持つ「基」が特定され、それをもとに構造が特定されることが前提となる。
本発明においては、上述のように、多成分混合物を構成する各成分について、存在する各種の原子団が特定されるため、各種の原子団が持つ公知の固有のパラメータ値を用いて、その成分の物性値を算出することができる。さらに、各成分の存在割合も特定されているため、この存在割合を考慮すれば、適宜、各成分の持つ物性値から全体の多成分混合物の物性値を推算することが可能となる。
【0088】
(7)ステップ7(液相成分と非液相成分への分離)(図2のS7)
上記のステップ(1)~(6)において、各成分の分率、融点およびハンセン溶解度指数値を取得し、所望の温度Tを設定する。
多成分混合物を構成する各成分のうち、所望の温度T未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、該所望の温度T以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する。
ここで所望の温度Tとは、上記で定義したとおりである。
【0089】
(8)ステップ8(液相全体の平均HSP値の算出)(図2のS8)
ステップ(7)において液相成分として分類された各成分のHSP値について、各成分の当該液相における容積分率で重み付けした加重平均値を、液相全体の平均HSP値として算出する。各成分について、密度、分子量等の物性に関する諸情報を予め取得しておくことにより、容積分率を算出することができる。
【0090】
(9)ステップ9(液相全体と各非液相成分とのHSP値の差の算出)(図2のS9)
ステップ(8)において算出した液相全体の平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差(Δδ)を算出する。
【0091】
(10)ステップ10(Δδに基づく各成分の分類の更新)(図2のS10)
非液相成分における各成分を、ステップ(9)において算出した差(Δδ)に基づいて、液相成分または非液相成分として再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分へ編入して、液相成分および非液相成分を更新する。
この再分類における更新は、非液相成分における各成分について、一つずつ順番に行ってもよいし、複数の成分ごとに行ってもよい。
【0092】
(11)ステップ11(更新後の液相全体の平均HSP値の算出)(図2のS11)
ステップ(10)において更新した後の液相成分における各成分のHSP値について、各成分の当該更新後の液相における容積分率で重み付けした加重平均値を、更新後の液相全体の平均HSP値として算出する。
【0093】
(12)ステップ12(ステップ9~11の繰り返し)(図2のS12)
ステップ(9)~(11)を、ステップ(10)において液相成分として再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで繰り返す。
【0094】
(13)ステップ13(非液相成分の凝集度の算出)(図2のS13)
所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分の凝集度Dを算出する。
【0095】
(14)ステップ14(凝集度に基づく非液相成分の分類)(図2のS14)
最終段階での更新後の非液相成分における各成分を、凝集度Dに基づいて、凝集相成分と固相成分とに分類する。
【0096】
(15)ステップ15(凝集相成分の平均凝集度の算出)(図2のS15)
ステップ14で分類した凝集相成分の平均凝縮度Dを算出する。
【0097】
(16)ステップ16(多成分混合物の性状の出力-スラッジ析出量の推算)(図2のS16)
上記ステップから得られた情報により、多成分混合物の性状を出力し、スラッジ析出量を推算する。
【0098】
また、本発明の一実施形態によれば、MCAMを適用する場合、高精度のスラッジ析出量の推算を実現する観点からは、原油混合物に使用される軽質油に応じて平均Dagg値を設定することが好ましい。原油混合物に使用される軽質油の平均Dagg値に応じてスラッジ析出量の相関が向上することは意外な事実である。本発明の一実施形態によれば、軽質油の平均Dagg値は、好ましくは11以上であり、より好ましくは18以上である。
【0099】
また、MCAMが適用される範囲は、特に限定されないが、スラッジ析出量の高精度の推算の観点からは、スラッジ析出量(予測量)が比較的高レベルの範囲であることが好ましい。MCAMが適用されるスラッジ析出量(予測値)の範囲としては、通常1%以上であり、好ましくは1~10%であり、より好ましくは1~5%である。
【0100】
<スラッジ析出量の推算装置/システム>
また、本発明の一実施態様によれば、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算装置であって、複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるススラッジ析出量の推算モデルに基づき、上記原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するラッジ析出量推算部を備える装置が提供される。
【0101】
以下、図3を参照して、本発明の原油混合物におけるスラッジ析出量の推算装置の具体的な一実施形態を説明する。図3は、実施形態のスラッジ析出量の推算装置1の機能ブロック図である。コンピュータに本発明のプログラムを実行させることにより、コンピュータがスラッジ析出量の推算装置として機能する。
なお、図3では、情報の入力および出力を行うインタフェースの図示を省略している。
【0102】
図3において、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算装置1は、
(A)複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報に基づきスラッジ析出量の推算モデルを特定するスラッジ析出量推算モデル選択部10、および
(B)上記スラッジ析出量推算モデルに基づき、上記スラッジ析出量を推算するスラッジ析出量推算部20を含む。
【0103】
本装置1は、1つのCPUで構成してもよいし、通信回線を介して互いに接続された複数の装置で構成されてもよい。
【0104】
スラッジ析出量推算モデル選択部10は、複数の基準原油混合物について混合組成情報、スラッジ析出量その他の混合物性情報や、公知のスラッジ析出量の推算モデルを記憶した記憶部と、記憶部の情報に基づき統計解析等により適切なスラッジ析出量の推算モデルを特定する演算部とから構成されてもよい。
【0105】
スラッジ析出量推算部20は、スラッジ析出推算モデル選択部10にて特定されるスラッジ析出推算モデル用いて、被検対象となる原油混合物のスラッジ析出量の推算を実施するように、例えば、FT-ICR-質量分析装置等の分析装置、データベースを格納した記憶部、演算部等を備えていてもよい。
【0106】
本発明の精製効率の推算装置の各部は、一体的に構成していてよいが、各部を所望により別体として構成してもよい。このような独立した各部により原油混合物におけるスラッジ析出量の推算を実施する場合、スラッジ析出量の推算装置は、スラッジ析出効率を推算するシステムとして提供することができる。
【0107】
したがって、本発明の別の実施形態によれば、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算システムであって、複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報を参照して予め設定されるスラッジ析出量の推算モデルに基づき、上記原油混合物におけるスラッジ析出量を推算するスラッジ析出量推算部を備えるシステムが提供される。本発明の好ましい実施形態によれば、原油混合物におけるスラッジ析出量の推算システムは、
(A)複数の基準原油混合物について混合組成情報およびスラッジ析出量を含む混合物性情報に基づきスラッジ析出量の推算モデルを特定するスラッジ析出量推算モデル選択部10、および
(B)上記スラッジ析出量推算モデルに基づき、上記スラッジ析出量を推算するスラッジ析出量推算部20を含む。
【0108】
<スレッジ析出量の推算コンピュータプログラム等>
本発明において、JACDを用いた分子構造の推定、推定された分子構造情報と物性値との紐付け、および凝集モデルを用いた多成分混合物の性状の推定の一連の処理は、ハードウェアまたはソフトウェア、またはこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0109】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的または永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0110】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0111】
本発明の方法は、上記コンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータで好適に実施することができる。
【0112】
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的にまたは個別に実行されてもよい。また、本明細書において、システムとは、複数の装置の論理的集合構成であり、各構成の装置が同一筐体内にあるものに限定されるものではない。
【実施例0113】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0114】
試験例1
(1)各種原油の評価
軽質原油と重質原油を評価対象として、図4に示す相溶性試験を実施した。
【0115】
各原油のSBNとINの評価結果について、APIとの関係を整理すると図5に示す。相SBNはAPIと相関性が高く、APIの大きな軽質原油ほどSBNが小さくなる傾向を示すことが分かった。
【0116】
WieheのOil Compatibility Modelモデルから、軽質原油ほど、アスファルテン近傍のレジン成分が希薄になり飽和分の比率が増えることから、アスファルテンに対する原油の溶媒力が低下する現象がすべての原油で見られるためと推測される。
【0117】
一方、INについては、APIとの相関性は低く、原油産地やアスファルテンの構造やその分布といった他の要因に起因していると思われた。
【0118】
そこで、INとアスファルテン量を産地に分けて解析した結果、中東産や南米産原油のINはアスファルテン量と良い相関を示しているが、北米産原油は相関していない結果となった。これは、北米産原油の多くはオイルサンドに含まれる油を溶媒で抽出したビチューメン(Bitumen)を多く含むため、天然に生成される原油とは異なり、アスファルテン量が多い原油においてもアスファルテンを溶かし込むアスファルテン近傍の成分も同様に増えるため、結果としてアスファルテンの析出しやすさ、すなわちINは殆ど変わらないことが推測された。
【0119】
(2)各種原油の混合評価
各種原油の評価結果を基に実施した在来型原油L(API:33.0)と非在来型・超重質原油A,B,C,E,H,I,J,MおよびPとの混合評価結果を表2、在来型原油α(API:40.1)と非在来型・超重質原油A,B,C,E,H,I,J,MおよびPとの混合評価結果を表3、在来型原油β(API:41.7)と非在来型・超重質原油A,B,C,E,H,I,J,MおよびPとの混合評価結果を表4に示す。
【0120】
左列に原油L,α或いはβの体積比率を表し、枠の右上にはIrwin Wieheらの式より求めた混合原油の相溶性(INmax/SBNmix)を示した。
【0121】
【数4】
【0122】
試料調製はSBNの高い原油A,B,C,E,H,I,J,MおよびPにSBNの低い原油L,α或はβを加えて混合し、温調付試料保管庫に25℃で1日静置した。評価は静置後の試料の状態を顕微鏡観察し、スラッジ析出の有無を確認した結果を〇×で記載した。左下にはドライスラッジ試験(ISO 10307-1 準拠)結果を示す。なお、試験結果には原油混合特性評価装置(図6)を用いた結果も含まれる。
【0123】
【表2】
【表3】
【表4】
【0124】
得られた各種原油の混合評価結果を基に、Wiehe法による相溶性試験結果(IN/SBN値)に基づくスラッジ析出量の予測式の作成を検討した結果、図7Aに示される通り、スラッジ析出量1.0%の範囲で相関が確認された。さらに上記予測式を用いて検証用試料により予測値と実測値を確認したところ、図7Bに示される通り、相関が確認された。Wiehe法は、原油の混合割合やスラッジ析出量の範囲を選択して使用すれば、高精度の推算が可能であることが示唆される。
【0125】
(3)各種原油の混合割合と、スラッジ析出に関する検討
軽質原油αまたはβと、重質原油AまたはEとを混合し、Wiehe値(IN/SBN)、混合原油中の重質原油割合、混合原油中のアスファルテン(As)量(%)、ドライスラッジ量×5(wt%)との関係を分析した。
【0126】
結果は、図8Aおよび図8Bに示される通りであった。
図8Aおよび図8Bでは、混合原油中のAs量とAsの相溶性(IN/SBN)の間に相反関係が見られ、両者が交わる混合割合付近においてスラッジ析出量が最大となった。この結果から、スラッジ析出挙動の違いは、原油の組合せによりAs量とAs溶解性との関係が変化するためと推察される。
【0127】
また、上述のような図8Aおよび図8Bに示される相関関係から、原料油の混合割合によっては、精度の高いスラッジ析出予測を実施する観点から、Wiehe法以外の方法を選択することが好ましい場合があることが示唆される。
【0128】
(4)各種原油のJACD構築
各種原油の混合評価で見られたスラッジ析出予測について原油の詳細構造データからMCAMを用い、スラッジの析出の有無やその量を予測する手法について検討を行った。MCAMはハンセン溶解度指数値(HSP値)、温度、モル分率から算出される各成分の凝集度(Dagg)を求めることが出来る。また、原油に含まれる各成分のHSPは本出願人が開発した構造から原子団寄与法によりHSPを求める上述の手法で求めることができる。原油留分のうちAR留分についてはFT-ICR-MSにて測定を行ったHSP算出に必要なJACDデータ(構造データ)があるが、その他の軽質留分についてはFT-ICR-MSの適応範囲外でありJACDデータが無い。そのため、様々な分析結果から軽質留分の組成をJACD化する手法が必要である。
【0129】
軽質留分のJACD構築方法に従い、原油のナフサ留分についてはPONA分析結果からJACD化を行った。灯軽油留分についてはHPLCまたはGC×GC分析結果からJACD化した。HPLCは成分の極性に応じて分離する手法であり、試料組成を飽和分(Sa)、環式脂肪族(O)、1環芳香族(1A)、2環芳香族(2A)そして3環以上の芳香族(3A+)に分類することができる。GC×GCは現在主流になりつつある分析手法であり、極性の異なる2つのカラムを使いて試料中の組成を沸点と極性(構造属性)に応じて詳細に分離する分析手法である。
【0130】
灯油留分の組成に関して、原油αとβは直鎖脂肪族炭化水素の炭素数11付近をピークとして環式脂肪族炭化水素や1環芳香族炭化水素に分布が見られた。また、軽油留分に関しても、原油αとβは、炭素数15~21の範囲を中心に、炭素数12~26の範囲に分布しており、原油種間で炭素分布の差があまり大きくないことが推察された。
【0131】
一方、重質原油の灯軽油留分に関しては、原油の混合比率が少ないことから推定誤差も許容されるとして、HPLC分析結果からJACDを構築する方法を用いた。
【0132】
(5)各種原油のMCAM結果と実在ドライスラッジ試験結果検証
【0133】
軽質原油αに対して原油Eを体積割合で5%,20%および40%混合し作成したJACDを用いてMCAMで解析した。ラッジ量とMCAMの推定値とが一致するDagg値を求めるため、各Dagg値における析出スラッジ量と実在スラッジ量との相関分析を実施した。
【0134】
その結果、Dagg値で18を閾値にした場合に相関係数(R)が最も1に近く、実在スラッジ量との相関性が高くなることが分かった。
【0135】
また、原油αで求めた閾値を原油βにも適用しMCAM解析を行った。原油βに対して原油A,B,C,E,IおよびJを体積割合で5%および20%混合し作成したJACDを用いてMCAMで解析を実施した。閾値は原油αと同様にDagg>18を使用した結果とスラッジ量を図9に示す。
【0136】
また、原油αとの混合時と同様に相関分析を実施した結果、Dagg>11が導き出された。図10にDagg>11でのMCAM析出予測とスラッジ量の比較を示す。原油βと混合した原油AおよびEは混合割合毎の析出量の桁数や析出挙動も整合している結果となった。
【0137】
なお、原油がαとβでDaggの閾値が異なる結果について考察するために、原油AおよびEとの混合時の積算Dagg値の結果を図11に示した。原油αよりも更に軽質な原油βと混合した方がスラッジ量は増加する結果に対して、積算Dagg値を見ると原油βと混合した方が各混合比率もと比例してDagg値は減少する傾向を示している。
【0138】
以上の結果から、軽質原油毎に異なるDaggの閾値を設定することにより、スラッジ析出量の実測値と、MCAM予測値とが相関しうることが分かった。
【符号の説明】
【0139】
1 スラッジ析出量の推算装置
10 スラッジ析出量推算モデル選択部
20 スラッジ析出量推算部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9
図10
図11