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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022155721
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】ツールホルダ
(51)【国際特許分類】
   B23B 29/02 20060101AFI20221006BHJP
   B23Q 11/00 20060101ALI20221006BHJP
   B23C 9/00 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
B23B29/02 A
B23Q11/00 A
B23C9/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021059088
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】近藤 英二
(72)【発明者】
【氏名】中川 正樹
【テーマコード(参考)】
3C011
3C022
3C046
【Fターム(参考)】
3C011AA04
3C022QQ03
3C046KK02
(57)【要約】
【課題】簡素な構成でツールのびびり振動を抑制できるツールホルダを提供する。
【解決手段】ツールホルダ100は、ツールホルダ本体130と、錘140とを備える。ツールホルダ本体130は、工作機械200のスピンドル210の先端部に連結されるシャンク部110を一方の端部に有し、ツールCTを保持する保持部120を他方の端部に有する。錘140は、保持部120に取り付けられ、全体がツールホルダ本体130と一体に回転する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械のスピンドルの先端部に連結されるシャンク部を一方の端部に有し、ツールを保持する保持部を他方の端部に有するツールホルダ本体と、
前記保持部に取り付けられ、全体が前記ツールホルダ本体と一体に回転する錘と、
を備える、ツールホルダ。
【請求項2】
前記錘の質量が、前記ツールホルダ本体の質量の60%以上である、
請求項1に記載のツールホルダ。
【請求項3】
前記錘が、前記ツールホルダ本体の長さ方向に高さを有し、かつ前記ツールホルダ本体の長さ方向に直角な方向に直径を有する円板状に形成されており、
前記錘の前記高さをH、前記直径をDとしたとき、H/Dが0.5以下である、
請求項1又は2に記載のツールホルダ。
【請求項4】
前記シャンク部を前記スピンドルの前記先端部に連結した場合に、前記スピンドルの前記先端部の端面から、前記錘の重心の位置までの、前記ツールホルダ本体の長さ方向の距離が、104mm以下である、
請求項1から3のいずれか1項に記載のツールホルダ。
【請求項5】
前記保持部が、
前記ツールが挿入される被挿入部と、
前記被挿入部と前記シャンク部との間に位置し、前記被挿入部を、前記ツールの前記被挿入部に挿入された部分に押え付ける押え付け部と、
を有し、
前記錘が、前記被挿入部に固定されている、
請求項1から4のいずれか1項に記載のツールホルダ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ツールを保持した状態で工作機械のスピンドルに連結されるツールホルダに関し、特にツールのびびり振動を抑制するツールホルダに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に開示されているように、ツールホルダ本体に設けられるびびり防止構造体が知られている。このびびり防止構造体は、ツールホルダ本体を取り囲む中空環状のハウジング部材と、このハウジング部材に収容されるフリクションダンパ部材とを備える。
【0003】
ハウジング部材は、ツールホルダ本体に固定される。フリクションダンパ部材は、ハウジング部材に対して摺動可能である。これらフリクションダンパ部材とハウジング部材との間の滑り摩擦によって、ツールのびびり振動のエネルギーが吸収される。これにより、ツールのびびり振動が抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-94710号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、簡素な構成でツールのびびり振動を抑制できるツールホルダを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るツールホルダは、
工作機械のスピンドルの先端部に連結されるシャンク部を一方の端部に有し、ツールを保持する保持部を他方の端部に有するツールホルダ本体と、
前記保持部に取り付けられ、全体が前記ツールホルダ本体と一体に回転する錘と、
を備える。
【0007】
前記錘の質量が、前記ツールホルダ本体の質量の60%以上でもよい。
【0008】
前記錘が、前記ツールホルダ本体の長さ方向に高さを有し、かつ前記ツールホルダ本体の長さ方向に直角な方向に直径を有する円板状に形成されており、
前記錘の前記高さをH、前記直径をDとしたとき、H/Dが0.5以下でもよい。
【0009】
前記シャンク部を前記スピンドルの前記先端部に連結した場合に、前記スピンドルの前記先端部の端面から、前記錘の重心の位置までの、前記ツールホルダ本体の長さ方向の距離が、104mm以下でもよい。
【0010】
前記保持部が、
前記ツールが挿入される被挿入部と、
前記被挿入部と前記シャンク部との間に位置し、前記被挿入部を、前記ツールの前記被挿入部に挿入された部分に押え付ける押え付け部と、
を有し、
前記錘が、前記被挿入部に固定されていてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るツールホルダによれば、ツールホルダ本体の保持部に取り付けられた錘の全体がツールホルダ本体と一体に回転する。これにより、簡素な構成でツールのびびり振動を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】ツールホルダを工作機械のスピンドルに固定した状況を示す概念図。
図2】ツールホルダを剛性の高い治具であるイケールに固定した状況を示す概念図。
図3】(A):ツールホルダの物理モデルを示す概念図。(B):ツールホルダの振動特性を表すパラメータの測定結果を示す図。
図4】ツールホルダがイケールに固定された状態で測定された、ツール先端の動コンプライアンスのボード線図。
図5】(A):加工対象物のZ軸方向の切り込み深さの時間変化を表すグラフ。(B):比較例に係るツールホルダに保持されたツールの、ラジアル方向の変位の時間変化を表すグラフ。(C):実施例1に係るツールホルダに保持されたツールの、ラジアル方向の変位の時間変化を表すグラフ。
図6】切削開始から5秒後の、ツールの振動のスペクトル解析結果を示すグラフ。
図7】切削開始から25秒後の、ツールの振動のスペクトル解析結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1に示すように、本実施形態に係るツールホルダ100は、工作機械200に取り付けられる。そこでまず、工作機械200の構成を説明する。工作機械200は、ツール(工具;tool)CTに回転トルクを与えるスピンドル(主軸;spindle)210と、スピンドル210を支持するスピンドルヘッド(主軸頭;spindle head)220とを備える。
【0014】
以下、本明細書において“スラスト方向”とは、スピンドル210の長さ方向を指し、“ラジアル方向”とは、スピンドル210の長さ方向に直角な方向を指す。また、以下の説明の容易化のために、Z軸がスラスト方向に平行なXYZ直交座標系を定義する。
【0015】
スピンドルヘッド220は、ラジアル軸受け230を介して、スピンドル210をラジアル方向に支持している。また、スピンドルヘッド220は、図示せぬスラスト軸受けを介して、スピンドル210をスラスト方向にも支持している。
【0016】
また、工作機械200は、加工対象物WPを保持するテーブル240も備える。テーブル240は、加工対象物WPを、スピンドルヘッド220に対してX軸方向及びY軸方向に移動させることができる。スピンドルヘッド220は、テーブル240に対してZ軸方向に移動可能である。
【0017】
次に、ツールホルダ100の構成を説明する。ツールホルダ100は、Z軸方向に延在するツールホルダ本体130を備える。ツールホルダ本体130の、Z軸方向の一端部には、工作機械200のスピンドル210の先端部に連結されるシャンク部110が設けられている。ツールホルダ本体130の、Z軸方向の他端部には、ツールCTを保持する保持部120が設けられている。
【0018】
保持部120は、スラスト方向に延在するツールCTがスラスト方向に挿入される被挿入部121と、被挿入部121とシャンク部110との間に位置する押え付け部122とを有する。
【0019】
押え付け部122は、円筒状の被挿入部121よりもラジアル方向の外方に張り出した鍔状に形成されている。押え付け部122は、治具を用いてZ軸まわりの周方向に回転されることにより、被挿入部121を、ツールCTの被挿入部121に挿入された部分にラジアル方向に押え付ける。これにより、ツールCTが保持部120によって保持された状態となる。
【0020】
ツールホルダ100及びツールCTにラジアル方向の外力が作用していない中立状態においては、スピンドル210、ツールホルダ100、及びツールCTが、ラジアル方向に延びる共通の仮想中心線VL上に位置する。そして、スピンドル210の、仮想中心線VLまわりのトルクが、ツールホルダ100を介してツールCTに伝達される。
【0021】
ツールCTは、仮想中心線VLまわりに回転されることにより加工対象物WPを切削する切削ツール、具体的には、エンドミル、ボーリングバー等である。
【0022】
ツールCTを仮想中心線VLまわりに回転させつつ、加工対象物WPをテーブル240によってXY平面に平行な方向に送ることにより、加工対象物WPの切削が行われる。従来、その切削の最中に、ツールCTにびびり振動が発生することがある。なお、ここでいうびびり振動とは、具体的には、特定の振動源がなくても自励的に発生する再生びびり振動のことを指す。
【0023】
ツールCTの直径が小さいほど、また被挿入部121からのツールCTの繰り出し長さが長いほど、また被挿入部121が細長いほど、加工対象物WPと接触する干渉の問題が発生しにくい一方で、びびり振動が発生しやすい。びびり振動は、加工対象物WPの加工精度、加工能率等を低下させる要因となる。
【0024】
そこで、本実施形態に係るツールホルダ100は、ツールCTのびびり振動を抑制するために、ツールホルダ本体130に取り付けられた錘140を備える。
【0025】
錘140は、保持部120の被挿入部121に固定されている。錘140は、Z軸方向に高さを有し、かつZ軸に直角なラジアル方向に直径を有する円板状に形成されている。錘140は、Z軸まわりの周方向に被挿入部121を取り囲んでおり、被挿入部121の外周面に密接している。錘140の、被挿入部121への固定の方法としては、例えば、ねじによる締結、焼き嵌め等を用いることができる。
【0026】
錘140は、特許文献1に係るびびり構造体とは異なり、全体として一体物の剛体とみなすことができる。即ち、スピンドル210が回転したとき、錘140の全体が、ツールホルダ本体130と一体に回転する。
【0027】
また、錘140は、既存の磁気軸受けとは異なり、磁化される必要がないため外部に開放されている。即ち、ツールホルダ100及びスピンドルヘッド220は、コイルを保持した状態で錘140を包囲する包囲部材を備えない。ツールホルダ100をスピンドル210の先端部に連結した状態で、錘140は外部に開放されている。包囲部材が不要であるため、包囲部材が加工対象物WPに接触する干渉の問題を回避でき、加工対象物WPを複雑な形状へと加工することができる。
【0028】
以下、錘140の存在によってツールCTのびびり振動が抑制されることを裏付ける実験結果について説明する。
【0029】
[実験結果1]
図2を参照し、まず、実験の条件について説明する。錘140には、高さHが26mmであり、直径Dが78mmの円板状の金属を用いた。また、錘140の質量は、ツールホルダ本体130の質量の約64%とした。具体的には、ツールホルダ本体130の質量は780gであり、錘140の質量は500gである。
【0030】
ツールホルダ100のシャンク部110は、図1に示すスピンドル210を模擬した治具であるイケール300に固定した。イケール300の端面EFから、錘140の重心の位置までの、Z軸方向の距離をLとする。なお、端面EFは、図1に示すスピンドル210の先端部の端面に相当する。
【0031】
L=70mmである場合を実施例1とする。L=87mmである場合を実施例2とする。L=104mmである場合を実施例3とする。また、錘140を省略したツールホルダ100を比較例とする。
【0032】
図3(A)に示すように、ツールホルダ100は、端面EFに吊り下げられた1自由度の振り子400としてモデル化することができる。振り子400は、上端(以下、支点ともいう。)が端面EFに回動可能に支持された腕410と、腕410の下端に固定された質点420と、腕410のラジアル方向の揺動を妨げる態様で腕410と端面EFとの間に介在するばね430及びダッシュポット440とよりなる。ばね430とダッシュポット440は、並列に接続されている。
【0033】
質点420の質量は、ツールホルダ100の等価集中質量mに相当する。ばね430のばね定数は、ツールホルダ100のねじりばね定数Kに相当する。ダッシュポット440の粘性減衰係数は、ツールホルダ100のねじり粘性減衰係数Cに相当する。
【0034】
但し、質点420の、支点まわりの周方向の変位Lθを計測するのは困難であるため、実測にかかるのは、質点420のラジアル方向の変位xである。そこで、ツールホルダ100を、質点420がラジアル方向に振動する直線振動系と捉え直す。その直線振動系における、ばね定数k、粘性減衰係数cが、実測にかかる。
【0035】
図3(B)に、等価集中質量m、直線振動系のばね定数k、及び直線振動系の粘性減衰係数cの測定結果を示す。また、図3(B)には、C=cLなる関係式より算出したねじり粘性減衰係数Cの値、及びK=kLなる関係式より算出したねじりばね定数Kの値も示す。
【0036】
等価集中質量m、直線振動系のばね定数k、及び直線振動系の粘性減衰係数cは、ツールホルダ100の、仮想中心線VLの位置からのラジアル方向への変位のしにくさを表す物理量である。
【0037】
図3(B)に示すように、実施例1-3についての等価集中質量m、ばね定数k、及び粘性減衰係数cの値は、それぞれ対応する比較例についての値よりも大きくなる傾向が認められた。
【0038】
このことから、錘140の有る実施例1-3の場合の方が、錘140の無い比較例の場合よりも、ツールホルダ100がラジアル方向に変位しにくいと言える。つまり、錘140の存在が、びびり振動の抑制に役立つことが確認された。
【0039】
また、図3(B)に示すように、ばね定数k及び粘性減衰係数cの値は、実施例3、2、1の順番に、即ち、既述の距離Lが短いほど、大きくなる傾向が認められた。この結果によれば、びびり振動を抑制するうえで、錘140の位置は、スピンドル210の端面EFに近い方が好ましいと言える。
【0040】
一方、ねじりばね定数K及びねじり粘性減衰係数Cは、錘140の位置というよりも、むしろ図2に示すイケール300あるいは図1に示すスピンドル210と、シャンク部110との連結構造に大きく依存する物理量である。実際、図3(B)に示すように、ねじりばね定数K及びねじり粘性減衰係数Cの値は、実施例1-3の間でほぼ同じになることが確認された。この結果は、図3(B)に示すばね定数k及び粘性減衰係数cの値の妥当性を首肯させるものである。
【0041】
[実験結果2]
ツールCTの1回転あたりの切り込み深さが同じである場合、ツールCTの動コンプライアンスの実部の極小値の絶対値が小さいほど、びびり振動が発生しにくいということが知られている。つまり、ツールCTの動コンプライアンスは、びびり振動の発生のしにくさを評価するための指標となる。
【0042】
そこで、実施例1及び比較例について、ツールCTの動コンプライアンスを実測した。なお、ツールホルダ100は、図2に示したように、イケール300に固定した状態とした。その状態で、ツールCTの先端をインパルスハンマーで打った場合の、ツールCTの先端の変位の時間変化を測定した。その測定結果、即ちインパルス応答をフーリエ変換した周波数応答が、動コンプライアンスである。
【0043】
図4に、その動コンプラインスのボード線図を示す。実線が実施例1についてのボード線図を示し、破線は比較例についてのボード線図を示す。上段のグラフが動コンプライアンスGのゲイン|G|を表すゲイン線図であり、下段のグラフが動コンプライアンスGの位相∠Gを表す位相線図である。
【0044】
図4に示すように、実施例1及び比較例のいずれの場合も、動コンプライアンスGのゲイン|G|にピーク値が存在する。但し、動コンプライアンスGのゲイン|G|のピーク値は、錘140の有る実施例1の方が、錘140の無い比較例よりも小さい。
【0045】
ゲイン|G|のピーク値が小さいほど、びびり振動が発生しにくいと言える。従って、図4に示すゲイン線図は、錘140の存在がびびり振動の抑制に役立つことを示している。具体的には、比較例でのゲイン|G|のピーク値は約277μm/Nであり、実施例1でのゲイン|G|のピーク値は、約132μm/Nである。即ち、ツールホルダ100に錘140を設けたことで、ゲイン|G|のピーク値を約1/2に抑えることができた。
【0046】
また、図4に示すように、錘140の有る実施例1では、錘140の無い比較例に比べると、ゲイン|G|のピークの位置が、周波数の高い方向にシフトされている。このことから、錘140を備えることにより、ツールCTの回転数を高めても共振に至りにくいことが分かる。このことも、びびり振動の抑制に寄与すると言える。
【0047】
[実験結果3]
実際にびびり振動が発生するか否かを調べるために、ツールCTを保持したツールホルダ100をスピンドル210に連結し、かつツールCTによって加工対象物WPを切削した。ツールCTには、直径が6mmで、らせん角度(helix angle)が25度のエンドミルを用いた。ツールCTの、ツールホルダ100からの突き出し長さは65mmとした。
【0048】
また、スピンドル210の回転数は5000rpmとした。また、ツールCTの、周方向の刃の数は2枚である。従って、切削中において、ツールCTには、(5000×2)/60≒166.7Hzの強制振動が与えられる。
【0049】
図5(A)に、加工対象物WPのZ軸方向の切り込み深さ(axial depth of cut)の時間変化を示す。縦軸が加工対象物WPの切り込み深さを表し、横軸は、図5(A)-(C)に共通の切削時間(cutting time)を表す。
【0050】
図5(A)に示すように、切削時間の経過に伴って、加工対象物WPの切り込み深さが直線的に増加する条件で切削を行った。具体的には、ツールCTのZ軸方向の位置を固定した状態で、XZ断面において7度傾斜した表面をもつ加工対象物WPをX軸方向に1.33mm/sの送り速度で移動させた。
【0051】
以上の条件で実際に切削を行いつつ、ツールCTのラジアル方向の変位をレーザ変位計で測定した。その測定結果を図5(B)及び(C)示す。
【0052】
図5(B)は、比較例に係る、錘140の無いツールホルダ100を用いた場合の、ツールCTのラジアル方向の変位(displacement)の時間変化を表す。図5(B)に示すように、比較例では、ツールCTの切り込み深さが小さい切削開始の直後においても、既に大きな振幅を示しており、かつその振幅はその後もほぼ一定に保たれている。これは、ツールCTに再生びびり振動が発生したことを示している。
【0053】
図5(C)は、実施例1に係る、錘140の有るツールホルダ100を用いた場合の、ツールCTのラジアル方向の変位の時間変化を表す。図5(C)に示すように、実施利1では、ツールCTの振幅は、切削時間の経過とともに、即ち、ツールCTの切り込み深さの増大とともに、徐々に大きくなっている。これは、正常に切削が行われたことを表しており、びびり振動は発生していないことを表す。
【0054】
以上のとおり、図5(B)にみられるびびり振動は、ツールホルダ100に錘140を備え付けたことで、図5(C)に示すとおり回避された。また、全体の切削時間にわたり、図5(C)に示す振幅の方が、図5(B)に示す振幅よりも小さいことが分かる。このことから、錘140はツールCTの振幅を抑える効果も有すると言える。
【0055】
図6は、切削開始から5秒後の時点を含む0.25秒間分の、ツールCTのラジアル方向の変位の時系列データをフーリエ変換した結果である。実線は実施例1についてのスペクトル解析結果を示し、破線は比較例についてのスペクトル解析結果を示す。切削開始の直後である5秒後においても、錘140の無い比較例の場合は、約720Hzの位置に鋭いピークPcが立つ。このピークPcは、図5(B)に示す振動の支配的な成分、即ちびびり振動を表す。一方、錘140の有る実施例1の場合は、ピークPcほどの際立ったピークはみられないため、びびり振動は発生していないと言える。
【0056】
図7は、切削開始から25秒後の時点を含む0.25秒間分の、ツールCTのラジアル方向の変位の時系列データをフーリエ変換した結果である。実線は実施例1についてのスペクトル解析結果を示し、破線は比較例についてのスペクトル解析結果を示す。錘140の無い比較例の場合は、25秒後においても、依然としてびびり振動を表すピークPcがみられる。
【0057】
なお、錘140の有る実施例1と比較例とでは、周波数166.7Hzのあたりに鋭いピークPfがみられる。このピークPfが位置する周波数約166.7Hzは、既述のとおり、スピンドル210の回転数に伴う強制振動の周波数を表す。従って、ピークPfの存在は、正常に切削が行われたことを意味する。
【0058】
また、錘140の有る実施例1の場合、ピークPf以外には、際立ったピークがみられない。このため、錘140の有る実施例1は、びびり振動が発生しなかったと言える。
【0059】
以上、実験結果1-3で示されたように、錘140の存在によって、ツールCTのびびり振動を抑制できることが分かった。
【0060】
既述のように、錘140は、特許文献1に係るびびり構造体とは異なり、全体がツールホルダ本体130と一体に回転する一体物の剛体である。また、錘140は、既存の磁気軸受けとは異なり、ツールホルダ本体130に磁気的な力をラジアル方向に及ぼすものではなく、対をなす電磁コイルが不要であるため外部に開放されている。このため、ツールホルダ本体130への錘140の据え付けは、構成の複雑化を招きにくい。即ち、ツールホルダ100の構成は、簡素で済む。
【0061】
なお、錘140による、びびり振動の抑制効果をより確実に得るためには、錘140の質量は、ある程度大きい方が望ましい。具体的には、錘140の質量は、ツールホルダ本体130の質量の60%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、80%以上であることがより好ましい。また、工具交換に要するエネルギーの増大を抑えるため、錘140の質量は、ツールホルダ本体130の質量の100%以下であることが好ましい。
【0062】
なお、上述した実験結果1及び2は、ツールホルダ100を回転させずに静止させた状態において、錘140が、びびり振動を抑制する効果をもつことを示した。ツールホルダ100を回転させている状態においては、錘140は、びびり振動を抑制するジャイロ効果をさらに奏する。即ち、回転中の錘140がもたらすジャイロ効果は、ツールホルダ本体130の回転軸を、図1に示す仮想中心線VLの位置に保とうとする。
【0063】
このようなジャイロ効果をより確実に得るためには、錘140の形状は、扁平な円板状であることが好ましい。具体的には、図2に示すように、錘140の高さをH、直径をDとしたとき、ジャイロ効果をより確実に得るためには、H/Dの値は、0.5以下であることが好ましく、0.4以下であることがより好ましく、0.3以下であることがより好ましい。
【符号の説明】
【0064】
100…ツールホルダ、
110…シャンク部、
120…保持部、
121…被挿入部、
122…押え付け部、
130…ツールホルダ本体、
140…錘、
200…工作機械、
210…スピンドル、
220…スピンドルヘッド、
230…ラジアル軸受け、
240…テーブル、
300…イケール、
400…振り子、
410…腕、
420…質点、
430…ばね、
440…ダッシュポット、
CT…ツール、
EF…端面、
Pc…びびり振動を表すピーク、
Pf…強制振動を表すピーク、
VL…仮想中心線、
WP…加工対象物。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7