(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022155763
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】電極板の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/139 20100101AFI20221006BHJP
【FI】
H01M4/139
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021059151
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】520184767
【氏名又は名称】プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】弁理士法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 洸太
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA19
5H050BA17
5H050CA08
5H050CA09
5H050GA02
5H050GA03
5H050GA22
5H050HA12
5H050HA14
(57)【要約】
【課題】しわ,そりの発生を防止しつつ電極板を製造することができる電極板の製造方法を提供すること。
【解決手段】本開示技術では,集電箔2とその表面上の電極層3とを有し,幅方向の一部が集電箔2と電極層3とをいずれも有する塗工部4であるとともに,幅方向の残部が集電箔2を有し電極層3を有しない非塗工部5である電極板1を製造するに際して,塗工部4を厚み方向にプレスする本プレス工程と,本プレス工程の前または後に非塗工部5の集電箔2をプレスすることで,本プレス工程の後における塗工部4の集電箔2と非塗工部5の集電箔2との伸び差を緩和する矯正プレス工程と,本プレス工程と矯正プレス工程とのうち後で行われる方の工程よりも前に,集電箔2における塗工部4と非塗工部5との境界部7を,集電箔2の温度がその融点に達しない範囲内で加熱する加熱工程とを行う。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
集電箔とその表面上の電極層とを有し,幅方向の一部が前記集電箔と前記電極層とをいずれも有する塗工部であるとともに,幅方向の残部が前記集電箔を有し前記電極層を有しない非塗工部である電極板を製造する電極板の製造方法であって,
前記塗工部を厚み方向にプレスする本プレス工程と,
前記本プレス工程の前または後に前記非塗工部の前記集電箔をプレスすることで,前記本プレス工程の後における前記塗工部の前記集電箔と前記非塗工部の前記集電箔との伸び差を緩和する矯正プレス工程と,
前記本プレス工程と前記矯正プレス工程とのうち後で行われる方の工程よりも前に,前記集電箔における前記塗工部と前記非塗工部との境界部を,前記集電箔の温度がその融点に達しない範囲内で加熱する加熱工程とを行う電極板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示技術は,電極板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から,電池等における電極板として,集電箔とその表面上の電極層とを有するものが用いられている。電極板は一般的に,集電箔に電極層を塗工することで製造される。集電箔のうち一部分が,電極層を有しない非塗工部とされる。電池における集電構造のためである。電極層の塗工を受けた電極板に対して,電池に組み込んだ状態での充放電性能のためのプレスを行うことがある。
【0003】
そのプレスの技術として,特許文献1に記載されているものを挙げることができる。同文献の技術では,塗工部の部分へのプレスを行うロールプレス機の入側にしわ発生防止装置を設置している。しわ発生防止装置は,非塗工部の部分をプレスすることで,電極板におけるしわ,そりの発生を防止する装置である。ロールプレス機でのプレスが塗工部のみに作用することによる集電箔の不均一な伸びがしわやそりの原因となるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記した従来の技術には,次のような問題点があった。しわ発生防止装置を備えていてもなお,しわ,そりの発生を防止しきれない場合があるのである。その理由は,搬送される電極板の幅方向位置が本来の位置からずれることがあるためである。この位置ずれが起こっている状態では非塗工部の一部が,しわ発生防止装置でもロールプレス機でもプレスされないままとなり,伸びの不均一が残ってしまうためである。特許文献1のしわ発生防止装置では蛇行検知を行い位置ずれに対処するようにしてはいるが,位置ずれを完全には修正できるものではない。
【0006】
本開示技術は,前記した従来の技術が有する問題点を解決するためになされたものである。すなわちその課題とするところは,しわ,そりの発生を防止しつつ電極板を製造することができる電極板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示技術の一態様における電極板の製造方法は,集電箔とその表面上の電極層とを有し,幅方向の一部が集電箔と電極層とをいずれも有する塗工部であるとともに,幅方向の残部が集電箔を有し電極層を有しない非塗工部である電極板を製造する方法であって,塗工部を厚み方向にプレスする本プレス工程と,本プレス工程の前または後に非塗工部の集電箔をプレスすることで,本プレス工程の後における塗工部の集電箔と非塗工部の集電箔との伸び差を緩和する矯正プレス工程と,本プレス工程と矯正プレス工程とのうち後で行われる方の工程よりも前に,集電箔における塗工部と非塗工部との境界部を,集電箔の温度がその融点に達しない範囲内で加熱する加熱工程とを行うものである。
【0008】
上記態様における電極板の製造方法では,電極板に対して,本プレス工程を行うだけでなく矯正プレス工程をも行う。両プレス工程はどちらを先に行ってもよいが,後で行う方のプレス工程より前に,加熱工程を行う。加熱工程を行うことで境界部の集電箔を軟化し,伸び性を向上させておく。これにより,プレス工程による伸び率の差からストレスが掛かる場所である境界部の集電箔のそり,破断の発生を防止する。その一方で集電箔のうち塗工部から離れた部分は加熱工程の対象としないことで,非塗工部の集電箔全体としてのしわの発生を防止する。
【発明の効果】
【0009】
本開示技術によれば,しわ,そりの発生を防止しつつ電極板を製造することができる電極板の製造方法が提供されている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施の形態で製造する電極板の斜視図である。
【
図5】本形態における加熱工程を示す断面図である。
【
図6】比較例における加熱工程を示す断面図である。
【
図7】非塗工部の全体にしわが発生した状況を示す平面図である。
【
図8】非塗工部の大部分にはしわが発生していない状況を示す平面図である。
【
図9】破断しやすさの確認試験を実施した状況を示す平面図である。
【
図10】加熱工程を行ったことにより破断が発生しなかった状況を示す平面図である。
【
図11】加熱工程を行わなかったことにより破断が発生した状況を示す平面図である。
【
図12】引っ張り試験の試験片を切り出す状況を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下,本開示技術を具体化した実施の形態について,添付図面を参照しつつ詳細に説明する。本形態は,
図1に示す電極板1を製造する方法として本開示技術を具体化したものである。
図1の電極板1は,集電箔2とその表面上の電極層3とを有している。電極板1では,幅方向の一部が集電箔2と電極層3とをいずれも有する塗工部4となっており,幅方向の残部が集電箔2を有し電極層3を有しない非塗工部5となっている。電極板1の幅方向における両端付近に非塗工部5があり,中央を含む残部が塗工部4である。
【0012】
本形態では,電極板1がリチウムイオン電池の正極板である場合について説明する。このため集電箔2はアルミ箔であり,電極層3の主成分はニッケルコバルトマンガン酸リチウムであることとする。本形態では,集電箔2の表面上への電極層3の形成が済んでいる状態を出発材とし,この出発材に対して下の2つのプレス工程を行うことで電極板1を完成させる。これら2つのプレス工程を経ていない段階のものを電極板1と称することもあるがそれは本開示技術においては未完成のものである。
1. 本プレス工程
2. 矯正プレス工程
【0013】
本プレス工程は,電極板1のうち塗工部4の部分を厚み方向にプレスする工程(
図2)である。電極層3の密度を上昇させることで電極板1の充放電性能を向上させるために行われる。矯正プレス工程は,電極板1のうち非塗工部5の部分の集電箔2を厚み方向にプレスする工程(
図3)である。本プレス工程と矯正プレス工程との順序は,どちらが先でもよい。
【0014】
本プレス工程に加えて矯正プレス工程を行うのは,集電箔2の伸びの不均一を緩和するためである。本プレス工程では前述のように,塗工部4を厚み方向にプレスする。これにより圧縮されるのは主として電極層3である。より硬い集電箔2は,電極層3に比べればあまり圧縮されない。しかし全く圧縮されない訳ではなく多少は圧縮される。このため,全く圧縮されない非塗工部5の集電箔2と多少圧縮される塗工部4の集電箔2とで伸び率の差が生じる。この伸び率の差による集電箔2の破損あるいは変形を防止するため,矯正プレス工程を行うのである。
【0015】
本形態では,上記2つのプレス工程に加えて,加熱工程をも行う。本形態の加熱工程では,電極板1の全体を加熱するのではなく,
図4に示すように,塗工部4と非塗工部5との境界部7を加熱する。加熱工程を行う目的は,境界部7の集電箔2を軟化させることである。非塗工部5と塗工部4との前述の伸び率の差が確定するときに当該箇所の集電箔2が軟化済みであれば,破損あるいは変形を防止できるからである。このためプレス工程の実施時期は,上記2つのプレス工程のうち後で行われるものより前である必要がある。よって,加熱工程を含めた3つの工程の実施順序は,次の4通りが可能である。
・本プレス工程→→加熱工程→→→→矯正プレス工程
・矯正プレス工程→加熱工程→→→→本プレス工程
・加熱工程→→→→本プレス工程→→矯正プレス工程
・加熱工程→→→→矯正プレス工程→本プレス工程
【0016】
本発明者は,加熱工程による集電箔2の軟化の効果を検証する試験を行ったので,その結果を説明する。行ったのは,次の3通りの試験である。
・しわ発生状況の確認試験
・破断しやすさの確認試験
・引っ張り試験
【0017】
まず,しわ発生状況の確認試験を説明する。この試験では,電極板1に対して加熱工程を行い次いで本プレス工程を行ったときの,本プレス工程後における境界部7の集電箔2のしわの発生状況を確認した。その際,加熱工程について,境界部7のみを対象とするもの(
図5参照,本形態に相当)と,非塗工部5全体を対象とするもの(
図6参照,比較例)との2通りを行い,比較した。加熱にはIHヒータ8を用いた。
【0018】
この試験における加熱条件は,以下の通りとした。
・加熱温度:250℃
・加熱時間:1.2秒
【0019】
加熱温度は,IHヒータ8による加熱領域を出た直後における集電箔2の温度を放射温度計で測定し,その測定値が上記の温度になるようにIHヒータ8の出力を調整することで制御した。集電箔2が溶融してしまうほどの高い加熱温度とする訳にはいかないことはもちろんであり,この試験では上記の温度とした。電極層3が充放電性能を維持できる上限温度が集電箔2の融点より低い場合,加熱温度はその上限温度未満でなければならないが,上記の温度であればその問題もない。加熱時間は,
図5,
図6の紙面に垂直な方向への電極板1の搬送速度により上記のように調整した。
【0020】
この試験におけるプレス条件は,以下の通りとした。
・プレス荷重(線圧):20kN/cm
・ロール径:300mm
・通し速度:1.0m/分
【0021】
試験実施後における非塗工部5の集電箔2のしわの発生状況には,加熱位置による違いがあった。
図6のように非塗工部5全体を加熱したものでは,
図7に示すように非塗工部5の集電箔2の全体にしわ9が発生した。非塗工部5の全体が加熱工程で軟化していたためと考えられる。これに対して
図5のように境界部7のみを加熱したものでは,
図8に示すように,非塗工部5の集電箔2のうち塗工部4との境界付近にのみしわ9が発生した。集電箔2のうち塗工部4から離れた部位には,多少のうねりは発生したもののしわ9は発生しなかった。加熱工程で軟化していたのが境界部7のみであるためと考えられる。
【0022】
この試験では矯正プレス工程を実施しなかったので本形態の製造方法を全部再現した訳ではないが,それでも上記のしわ9の発生状況の相違は,加熱位置を適切に選択することの意義を物語っている。
図7のように非塗工部5の全体にしわ9が発生したのでは,後の捲回工程や集電端子部材の取り付け工程等に支障が出ることが予想されるからである。これではまた,矯正プレス工程を加熱工程より後に行う場合には,矯正プレス工程自体にも支障があることになる。これに対して,本形態のように加熱位置を境界部7のみとすることで,加熱工程後においても非塗工部5の大部分にはしわがない状態を得ることができる。
【0023】
次に,破断しやすさの確認試験を説明する。この試験では,加熱工程を
図5のように行った場合(本形態に相当)と,加熱工程を行わなかった場合(比較例)とで,本プレス工程後における集電箔2の破断の起こりやすさを比較した。この試験は,
図9に示すように非塗工部5の集電箔2を,幅2mm分残して切り取った状態で行った。このようにした理由は,非塗工部5の幅を狭くすることでそこに本プレス工程時の引っ張り応力を集中させ,境界部における伸び率の差を強調することにある。この試験における加熱条件およびプレス条件は,前述のしわ発生状況の確認試験における条件と同じとした。
【0024】
加熱工程を行ったものでは,本プレス工程実施後においても,
図10に示すように非塗工部5(集電箔2)に破断が発生しなかった。これに対して,加熱工程を行わなかったものに本プレス工程を行った後では,
図11に示すように非塗工部5(集電箔2)に破断箇所10が発生した。
【0025】
この試験でも矯正プレス工程を実施しておらず本形態の製造方法を全部再現してはいないが,それでも上記の破断の発生状況の相違は,加熱工程を行うことの意義を物語っている。
図11で破断箇所10が発生していることから,この試験の条件が,境界部7に掛かる引っ張り応力に関してかなり厳しい条件であることが分かる。
図10で破断が発生していないことは,境界部7の集電箔2を加熱工程であらかじめ軟化させておくことで,厳しい条件の引っ張り応力が掛かっても破断には至らせないようにすることができることを意味している。
【0026】
続いて,引っ張り試験を説明する。この試験では,加熱工程を
図5のように行った後の電極板1における非塗工部5の集電箔2について,引っ張り試験を行い伸び率を測定した。加熱工程の加熱条件は,前述の各試験における条件と同じとした。この引っ張り試験では
図12に示すように,加熱工程後の電極板1の非塗工部5の中の2通りの位置から試験片11を切り出した。一方は塗工部4にすぐ隣接する位置で,これは加熱工程で加熱を受けた領域である境界部7に属するものである。もう一方は塗工部4から離れた縁辺寄りの位置で,これは加熱工程で加熱を受けていないものである。両者5枚ずつの試験片11を切り出して試験に供した。
【0027】
この試験ではこれら2通りの位置から切り出した試験片11を引っ張り試験機で引っ張り,破断に至る直前までの伸び率を比較した。結果を
図13に示す。
図13に「非加熱部」として示しているのが縁辺寄りの位置からの試験片11の伸び率であり,「加熱部」として示しているのが境界部7からの試験片11の伸び率である。いずれも5枚の試験片11の結果の平均値である。両者を比較すると,「加熱部」の伸び率が「非加熱部」に対して1.5倍程度あることが分かる。
【0028】
この試験では加熱工程のみを実施しており,本形態の製造方法を全部再現している訳ではない点では前述の各試験と同様であるが,それでも加熱工程を行うことによる集電箔2の材質の変化を知ることができる点で意義がある。加熱工程の影響を受けた領域内の集電箔2は,加熱工程の影響を受ける前の集電箔2と比較して,明らかに伸び性が高いということである。本プレス工程と矯正プレス工程との両方を経るとストレスが強く掛かる可能性のある箇所,すなわち境界部7に対してあらかじめ加熱工程を施しておくことで,集電箔2の破損あるいは変形を防止することができる。
【0029】
以上詳細に説明したように本実施の形態によれば,集電箔2の表面上の電極層3の形成が済んでいる状態の電極板1に対して,塗工部4をプレスする本プレス工程と,非塗工部5をプレスする矯正プレス工程とを行うこととしている。そして,両プレス工程のうち後で行われる方のものより前に,境界部7に対して加熱工程を行っておくこととしている。このようにすることで,境界部7の集電箔2の伸び性をあらかじめ向上させておく。
【0030】
これにより,両プレス工程による伸び率の差が集中することとなる境界部7においても,集電箔2の破損あるいは変形が防止されるようにしている。その一方で集電箔2のうち塗工部4から離れた部分は加熱工程の対象としないようにしている。これにより,非塗工部5の集電箔2の大部分には余計なしわ寄りが生じないようにしている。
【0031】
境界部7を加熱工程の対象とすることは,本プレス工程と矯正プレス工程とでプレスの対象位置に僅かにずれがあった場合に特に有意義である。このような場合には,電極板1における左右両方の境界部7の一方にて,本プレス工程と矯正プレス工程とのいずれでもプレスを受けない領域が僅かながら発生することとなる。その領域には,本プレス工程と矯正プレス工程との両方が行われた後には,非常に狭い範囲内に顕著な伸び率の差が集中することとなる。境界部7の集電箔2の伸び性があらかじめ向上されていることで,そのような場合でも当該領域における集電箔2の破損あるいは変形が防止される。かくして,しわ,そりの発生を防止しつつ電極板を製造することができる電極板の製造方法が実現されている。
【0032】
本実施の形態および実施例は単なる例示にすぎず,本開示技術を何ら限定するものではない。したがって本開示技術は当然に,その要旨を逸脱しない範囲内で種々の改良,変形が可能である。例えば,対象となる電極板の種類は,リチウムイオン電池の正極板に限らず他のものでもよい。加熱工程で用いる加熱手段は,IHヒータには限られない。
【符号の説明】
【0033】
1 電極板
2 集電箔
3 電極層
4 塗工部
5 非塗工部
7 境界部
8 IHヒータ