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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022156828
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】発酵茶の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23F 3/06 20060101AFI20221006BHJP
   A23F 3/08 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
A23F3/06 T
A23F3/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021060709
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】303044712
【氏名又は名称】三井農林株式会社
(72)【発明者】
【氏名】秋林 健一
(72)【発明者】
【氏名】北條 寛
【テーマコード(参考)】
4B027
【Fターム(参考)】
4B027FB08
4B027FC01
4B027FP55
4B027FR03
4B027FR06
(57)【要約】
【課題】 発酵茶の製造工程において、発酵茶の製造過程で生じる発酵茶特有の香りを乾燥状態の茶葉に保持することのできる乾燥方法を提供すること。
【解決手段】発酵茶の製造方法において、少なくとも萎凋工程または発酵工程のいずれかを経た茶葉を減圧下で乾燥させることで、発酵茶香気成分の損失が抑制され、発酵茶特有の香りが保持された乾燥茶葉を得ることができる。乾燥の際の減圧条件は610Pa以下であることが好ましく、減圧させる際の茶葉は凍結状態であることが好ましい。また、乾燥前に茶葉を圧縮成形させることによって、乾燥時や乾燥後保管時の香気成分の損失をより抑制することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵茶の製造方法であって、少なくとも萎凋工程または発酵工程のいずれかを経た茶葉を減圧下で乾燥させることを特徴とする発酵茶の製造方法。
【請求項2】
乾燥が610Pa以下の減圧下で行われることを特徴とする請求項1に記載の発酵茶の製造方法。
【請求項3】
減圧下で乾燥させる際の茶葉が凍結状態であることを特徴とする請求項1または2に記載の発酵茶の製造方法。
【請求項4】
乾燥させる際の茶葉が圧縮成形された状態であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の発酵茶の製造方法。
【請求項5】
発酵茶の製造において、少なくとも萎凋工程または発酵工程を経た茶葉を減圧下で乾燥させることを特徴とする発酵茶香気成分の損失抑制方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵茶の製造方法に関し、詳しくは製造工程における乾燥手段に関するものである。
【背景技術】
【0002】
茶はチャノキ(学名:Camellia sinensis)の葉や茎を加工して得られる。今日、世界中には多種多様の茶が存在するが、それらは製茶時の発酵の程度によって分類されることが多く、主に発酵茶と不発酵茶に大別される。発酵には微生物が関与する微生物発酵茶(後発酵茶)と茶葉が持つ酵素の酸化作用によって茶葉成分が変化する酵素発酵とが存在する。一般的に、微生物発酵茶は茶の分類においては不発酵茶とされ、酵素発酵茶は発酵茶として扱われる(本明細書においても特に断りのない限り、発酵茶とは酵素発酵茶を意味する)。さらに発酵の程度によっても弱発酵茶、半発酵茶、発酵茶(全発酵茶)などに細分類される。
【0003】
例えば中国においては、発酵の程度と製法の違いによって6種類の茶種(不発酵茶:緑茶、黄茶、黒茶、発酵茶:白茶、青茶、紅茶)に分類されている。発酵とは狭義には、茶葉を揉捻した後に静置することによって茶葉中の酵素の作用によって茶葉中の化学成分が変化を促す工程を指すが、広義には摘採した生茶葉の酵素を熱失活させずに萎凋する工程や撹拌などによって茶葉に刺激を与える工程も茶葉内で成分的な化学変化が進行する意味で発酵に含められている。
【0004】
例えば、代表的な発酵茶である紅茶は、「摘採」「萎凋」「揉捻」「発酵」「乾燥」の工程を順次経て製造される。紅茶は華やかな香り、爽快な渋み、赤橙色を帯びた鮮やかな水色が大きな特徴となっているが、これらは「萎凋」「揉捻」「発酵」工程中に酵素が作用することによって生じるものである。発酵茶の製造工程において、「乾燥」工程の役割は主に水分を減少させて保存性を高めることにある。一般的に「乾燥」の工程では、透気乾燥機や流動層乾燥機、回転ドラム乾燥機、水乾機などが用いられ、これらはいずれも熱風を茶葉に接触させることによって行われるが、その際に茶葉中の香気成分が損失されてしまうという問題がある。また、紅茶の製造においては、発酵工程後の乾燥初期段階で高温処理し、酵素反応の進行を停止させるが、その際には特に香りの損失や発酵が進んでしまう問題もある。発酵茶の製造における「萎凋」や「発酵」の工程では、酵素反応や酸化反応によって茶葉中の香気前駆体から発酵茶特有の香気成分が生じる。このような香気成分は揮発性が高く、熱風による乾燥工程で失われやすい。
【0005】
そのため、発酵茶の製造工程で生じる香りの損失を抑制する手段が検討されてきた。例えば、特許文献1には茶葉の加工工程において揉捻された茶葉を乾燥機に投入せずに急速冷凍することによって、香りの質が良く、その成分量が多い状態で保存する手段が開示されている。また、特許文献2には生茶葉を加熱処理して酵素失活させ、1次乾燥させて得られる乾燥茶葉に対し、生茶葉の破砕物を含む水懸濁液を付与し、生茶葉の有する酵素によって発酵処理し、再び加熱処理して酵素失活させ、2次乾燥させることで、リナロールやゲラニオールなどの香気成分を豊富に含んで高い香気を有すると共に、緑茶の風味も維持された半発酵茶が得られることが開示されている。
【0006】
その他、緑茶に関しては生茶葉が有する青々としたフレッシュな香りや色調が尊重されるため、それらを保持する手段が検討されている。例えば特許文献3には、緑茶を製造する過程において、茶葉を蒸す蒸熱工程の後、茶葉を真空乾燥させることを特徴とする茶の製造方法が提案されており、この方法によれば茶葉の酸化を防止し、葉色の青味を鮮明に保つことができるため、緑茶である煎茶や礪茶などの商品性を高められることが開示されている。さらに、生葉の色調や成分をそのまま保持することを目的として、生茶葉を減圧蒸熱工程と減圧乾燥工程を備え、風味や香りが良好で色見が鮮やかであり、健康に有効な成分を多く含む簡素茶葉の製造方法(特許文献4)や、生葉を洗浄し水で濡らした状態で真空庫内に入れ、真空引きすることにより前記水の気化熱で前記生葉を凍結させる前処理を施した後、真空凍結乾燥処理により乾燥させる、酸化を抑制し、生葉本来の香味と有効成分を変えることなく、長期保存に耐える生葉加工品の製造方法(特許文献5)が提案されている。
【0007】
さらに、緑茶における爽快な青葉の香りをドリンク製造時のレトルト殺菌後に残存させる目的で、荒茶製造時に生葉を萎凋させ、その後に短時間で殺青する方法(特許文献6)や、均質な発酵茶葉を工業的規模で効率よく製造する方法として、生葉を熱風で処理して水分含率を調整し、発酵に適する温度で維持しながら粗揉する工程を含む発酵茶葉の製造方法(特許文献7)なども提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006-217803号公報
【特許文献2】特開2014-054219号公報
【特許文献3】特開平03-127938号公報
【特許文献4】特開2014-036650号公報
【特許文献5】特開平11-346702号公報
【特許文献6】特開2019-170356号公報
【特許文献7】特開2017-093469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
茶葉の乾燥工程や香りを維持する方法については上記のようにいくつかの方法が提案されている。しかしながら、それらは最終的な茶葉の乾燥に熱風が利用されていたり、生の茶葉の風味や色調を残すためのものであったりと、発酵茶に特有の香りを乾燥状態の茶葉に保持できる手段を開示するものではなく、さらなる改善が強く望まれていた。したがって、本発明の目的は、発酵茶の製造工程において、発酵茶の製造過程で生じる発酵茶特有の香りを乾燥状態の茶葉に保持することのできる乾燥方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討する過程で、発酵茶の製造工程において萎凋、揉捻、発酵の操作中に感じられる香りが熱風乾燥した茶葉にあまり感じられないことに着目し、熱風乾燥以外の乾燥方法について鋭意検討を重ねた。その結果、萎凋と揉捻を経て発酵処理した茶葉を減圧下で乾燥することによって、乾燥後の茶葉中に発酵茶特有の香りが大量に残存することを見出し、本発明を完成するに至った。また、減圧乾燥する際の茶葉を、圧縮成形した状態で凍結させることで、保存時の香り損失を抑制できることも見出した。さらに、ポリフェノールなどの呈味成分の抽出効率も熱風乾燥に比較して向上されることを確認した。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]発酵茶の製造方法であって、少なくとも萎凋工程または発酵工程のいずれかを経た茶葉を減圧下で乾燥させることを特徴とする発酵茶の製造方法。
[2]乾燥が610Pa以下の減圧下で行われることを特徴とする[1]に記載の発酵茶の製造方法。
[3]減圧下で乾燥させる際の茶葉が凍結状態であることを特徴とする[1]または[2]に記載の発酵茶の製造方法。
[4]乾燥させる際の茶葉が圧縮成形された状態であることを特徴とする[1]から[3]のいずれかに記載の発酵茶の製造方法。
[5]発酵茶の製造において、少なくとも萎凋工程または発酵工程を経た茶葉を減圧下で乾燥させることを特徴とする発酵茶香気成分の損失抑制方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、発酵茶の製造過程で生じる発酵茶特有の香りが乾燥状態の茶葉においても保持される製造方法を提供することができる。また、本発明の製造方法で得られる茶葉は、ポリフェノールなどの呈味成分の抽出効率が向上するという特徴を有する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本明細書において、特別な記載がない場合、「%」は質量%を示す。また、「下限値~上限値」の数値範囲は、特に他の意味であることを明記しない限り、「下限値以上、上限値以下」の数値範囲を意味する。
【0014】
本発明は発酵茶葉の製造工程に関するものである。本発明における発酵茶葉とは、原料茶葉として、チャノキ(学名:Camellia sinensis)の葉や茎などの摘採物を原料として、少なくとも萎凋、または発酵を含む工程を得て製造された乾燥茶葉(荒茶や仕上げ茶)を意味する。原料茶葉は、緑茶、烏龍茶、紅茶などの加工用に用いられる一般的な品種で構わないが、発酵茶に分類される紅茶や烏龍茶用に改良された品種は萎凋や発酵の操作によって香りが強く発現するために特に好ましい。このような茶葉品種としては例えば国産品種ではべにふうき、べにひかり、べにほまれ、べにふじなどを好適に使用できる。また、海外産品種でも、大葉種であるアッサム種や小葉種である中国種、これらを交配させたハイブリッド種のうち、発酵茶の生産に使用されている品種が好適であり、これらを原料に用いた発酵茶の生産に本技術を適用するのが特に有効となる。
【0015】
本発明において、発酵とは摘採した生茶葉の酵素を熱失活させずに萎凋する工程や撹拌や揉捻などによって茶葉に刺激を与える工程、その後に静置して発酵を促す発酵工程によって、茶葉中の酵素の働きによって発酵茶特有の香りが発揚されることを意味する。したがって、本発明の発酵茶葉とは茶葉中酵素の作用を利用した発酵工程によって香りが引き出された茶葉を指し、詳しくは、少なくとも萎凋工程または発酵工程を経て製造される茶葉を意味する。これによって定義される茶葉種としては例えば、白茶などの弱発酵茶、包種茶や烏龍茶などの半発酵茶、紅茶などの発酵茶を挙げることができる。弱発酵茶や半発酵茶では萎凋工程で葉中の水分減少を引き金にして、加水分解酵素が作用して配糖体として存在する香気前駆体を分解することで発酵茶特有の香りが引き出される。また、紅茶では萎凋工程に加えて、揉捻された茶葉を発酵させることで茶葉中の酸化酵素が作用し、ポリフェノール類の酸化に伴った脂質の酸化分解や萎凋工程で生じた香りの成分変化などが引き起こされることによって発酵茶特有の香りが引き出される。本発明では、このような発酵茶特有の香りを乾燥状態の茶葉に保持させる手段を提供するものである。
【0016】
発酵茶の一般的な製造フローとしては例えば以下の通りである。本発明の製造法では乾燥の工程を減圧乾燥とすることに特徴があり、その他の工程は以下の一般的なフローで製造すればよい。
<紅茶>
生葉 → 萎凋 → 揉捻 → 発酵 → 乾燥
<烏龍茶・包種茶>
生葉 → 萎凋(日光・室内) → 撹拌(揺青) → 殺青(釜炒り) → 揉捻 → 乾燥
<白茶>
生葉 → 自然萎凋(自然発酵) → 乾燥
【0017】
本発明において、萎凋とは、茶葉中の配糖体分解酵素の働きを促進させるために、茶葉中の水分を減少させる工程である。萎凋の方法は、日光を茶葉にあてる日光萎凋、室内で通風する室内萎凋やその際に葉を揺り動かす揺青などが挙げられる。本発明における萎凋工程は、これらに限定されるものではなく、茶葉中の水分が減少して酵素が有効に働く状態となる方法であれば、従来公知の方法が用いることができる。水分の減少量としては、萎凋前の重量に対して好ましくは5~65%、さらに好ましくは10~50%を減少させる条件がよい。また、白茶などの弱発酵茶、包種茶や烏龍茶などの半発酵茶では5~30%、発酵茶である紅茶では20~60%の重量が減少する条件が好ましいが、必ずしもこれらに限定されるものではなく、所望する香味に応じて適宜調整すればよい。
【0018】
本発明において揉捻とは、茶葉を揉みこむ工程を意味する。本発明においては、半発酵茶の製造では萎凋後に殺青した茶葉に対して行い、発酵茶では萎凋した茶葉に対して行う。茶葉を揉捻することによって茶葉の組織が破壊され、飲用時の浸出操作で茶葉中成分が抽出されやすくなる。また、発酵茶では組織の破壊によって茶葉中の酸化酵素とポリフェノールが接触することになり、酵素による酸化発酵が進行しやすくなる。揉捻の方法は限定されるものではないが、古くから行われてきた手揉み方法のほか、揉捻機を用いた機械式揉捻を用いてもよい。また、紅茶の製造においては海外で主に利用されているCTC(Crush, Tear and Curl)機やLTP機(Lawrie Tea Processer)、ローターバン(Rotorvane)機を使用することもできる。揉捻の条件は目標とする茶葉の香味や物性、使用する装置の特性によって適宜設定すればよい。
【0019】
紅茶の製造に本発明の技術を適用する場合には、一般的な紅茶の製造で行われる酸化発酵の工程を設けてもよい。その場合、揉捻された茶葉を解きほぐし、一定の温度条件で静置することで酸化発酵を進行させる。発酵工程での条件は特に限定されるものではなく、茶葉の状態や目的の香味に応じて適宜設定すればよいが、15~40℃の温度範囲で発酵させるのが好ましく、20~30℃がより好ましい。また、発酵時間は30分~6時間が好ましく、1~3時間がより好ましいが、発酵時の環境温度によって、低温では長く、高温では短くするのが一般的である。発酵の進行によって茶葉は赤褐色に変化し、香りはより複雑になり、紅茶特有の外観・香味となる。
【0020】
本発明では、乾燥を減圧下で行うことに特徴があり、この条件を採用することによって萎凋や発酵によって形成された香りの損失を抑制して、乾燥直前の香気成分の状態を保持したまま乾燥茶葉とすることができる。減圧条件下では空気中の水蒸気分圧が下がり、水の沸点が低下するため、低い温度で乾燥が進行する。すなわち、圧力を低下させることによって常温以下の温度条件で乾燥することができる。一般的に発酵茶の製造においては熱風を用いて高温で乾燥するが、乾燥する際の茶葉温度の上昇によって、急速に酸化発酵が進行してしまう。そのため、影響を加味して前工程までに茶葉の発酵状態を調整する必要がある。一方、本発明の減圧下での乾燥では水分が揮発する際には蒸発潜熱によって、茶葉温度が低下し、減圧操作によって雰囲気の酸素量も減少するため、酸化反応はほとんど進行しなくなる。そのため、本発明では最適な発酵状態になったところで乾燥を開始しても乾燥中の変化はごく僅かであるため、安定した発酵状態の茶葉を得ることができる。また、湿潤状態で熱風乾燥する場合、水分と同時に香気成分が揮発することが避けられないが、本発明では水分を優先して蒸発させることができるため、より多くの香気成分が保持される点で、従来の熱風乾燥法に比べて明らかに優れている。
【0021】
減圧で乾燥させる際に使用する装置は、茶葉を出し入れすることのできる密閉容器を有し、容器内を減圧し、蒸発した水分を密閉容器から排出できるものであればよい。減圧には油回転式真空ポンプなどが利用できる。具体的な減圧乾燥の操作としては、前記の密閉容器内に茶葉を設置し、内部を減圧することによって茶葉の乾燥が進行する。乾燥工程での圧力(気圧)は、好ましくは610Pa以下、より好ましくは110Pa以下、さらに好ましくは10Pa以下である。圧力を610Pa以下とすることによって、気化熱で茶葉が冷却されて凍結した状態で水分が昇華される。すなわち、凍結乾燥を行うことができる。圧力をより低くできる場合には外部から加熱して輻射熱を茶葉に与え、昇華を促進させてもよい。その際の温度条件は凍結状態を維持できる程度に設定すれば良いが、好ましくは60℃以下、より好ましくは40℃以下である。なお、減圧乾燥させる際の茶葉温度は常温程度から開始しても気化熱で凍結させることができるが、あらかじめ凍結状態としておくことが香気成分の保持の点で好ましい。乾燥は茶葉中の水分量が10%以下となるまで継続するが、茶葉中の結合水までを取り除く必要はない。そのため、乾燥後の茶葉中の水分量は2~10%、好ましくは3~8%である。
【0022】
茶葉を熱風で乾燥させた場合、その影響で茶葉は収縮して細く引き締まった状態となる。一方、本発明の減圧乾燥では揉捻で縒れた状態が戻って開きやすい。そこで、乾燥前に茶葉を圧縮成形することによって揉捻で締まった状態を維持することができる。この際、圧縮成形枠に通気部分があれば枠内に収めたまま減圧乾燥させても良いし、圧縮成形した状態で凍結させておけば、圧縮成形枠から開放しても圧縮状態を維持したまま乾燥させることもできる。圧縮成形枠は金属性や樹脂製のメッシュ状のものや臼状に一部の面が開放されているものを用いてもよい。また、一旦圧縮したものを不織布やメッシュ状の袋に詰めたものでもよい。成形の形状は特に限定されるものではないが、例えば立方体や円柱体、球体などを挙げることができる。圧縮状態で乾燥させることによって茶葉の表面積を減少させることができるため、保管中の茶葉の香気損失や酸化などの経時変化を抑制することができる。成形する際の圧力は茶中の水分が絞り出されない程度に押し固められればよく、例えば0.5~5.0MPaの条件を提示できる。
【0023】
本発明の製造方法で得られる発酵茶葉は、従来の茶葉では乾燥時に揮発してしまうような揮発性の高い軽やかな香気成分が保持されているため、ティーポットや急須などを用いて飲用に供するリーフティーやティーバッグのような利用形態に適している。本発明の製造方法において、圧縮成形して乾燥する際に乾燥する茶葉量を一定量とすれば、計量の手間を省略可能な塊状の茶葉とすることもできる。また、本発明の製造方法で得られる茶葉は、呈味成分の損失が少なく、且つ成分が浸出されやすい物理構造を持つため、速やかに浸出液を得ることが可能である。そのことから、熱水抽出に比べて浸出が緩慢になる低温抽出に有利であり、例えば水出し用の発酵茶製品に好適に利用することができる。
【実施例0024】
以下に本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0025】
[試験例1]
秋冬番期に摘採したべにふうきを用いて紅茶を製造した。茶園から生葉を摘採した後、約28℃の環境下でメッシュ上に生茶葉(2.4Kg)を静置し、扇風機で穏やかに風を当てながら重量が1.7kg(重量減少率29.2%)になるまで萎凋させた。次いで、約40分間手揉みで揉捻し、室温37℃、湿度50%の環境下で発酵させた。発酵の経過時間が1、2、3時間となったところでそれぞれ仕込み量の凡そ1/3量ずつを取り出し、各発酵時間の茶葉をさらに2分して一方を真空凍結乾燥機(凍結乾燥機 FDU-2110型、東京理化器械株式会社)を用いて到達減圧度4.0Paで約20時間減圧乾燥させて実施例1(発酵1時間)、実施例2(発酵2時間)および実施例3(発酵3時間)を得た。もう一方は棚式熱風焙煎機(全自動焙茶乾燥機CS-303型、皆盛電機有限公司)を用いて90℃で1時間熱風乾燥させ、比較例1(発酵1時間)、比較例2(発酵2時間)および比較例3(発酵3時間)を得た。
【0026】
これら茶葉と参考例として、代表的産地の紅茶市販品について、以下に示すSPME-GC/MS法で香気成分の機器分析を行った。試験品以外の参考例として、代表的産地の紅茶市販品(参考例1:アッサム、参考例2:ウバ、参考例3:ダージリン)についても同様に評価し、その結果を表1に示した。
【0027】
《SPME-GC/MSによる香気成分分析及び定量方法》
フードプロセッサーで粉砕した茶葉100mg及び塩化ナトリウム3.0g、イオン交換水10mLを20mL容のSPMEバイアルに入れ、内部標準物質としてシクロヘプタノール(東京化成工業製)を終濃度500ppbとなるように添加したものを分析試料とした。香気成分を固相マイクロ抽出法(SPME:Solid phase Micro Extraction)により回収し、ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS分析)に供した。GC/MS分析条件は以下の通りである。内部標準物質に対する各香気成分のピークエリアの比率(IS比)をピークエリア値とした。
【0028】
<SPME-GC/MS条件>
・GC:TRACE GC ULTRA(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・MS:TSQ QUANTUM XLS(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・SPMEファイバー:50/30μm Divinylbenzene/Carboxen/Polydimethylsiloxane Stableflex(シグマアルドリッチ社)
・抽出:60℃、30分
・カラム:SUPELCO WAX10 0.25mmI.D.×60m×0.25μm(シグマアルドリッチ社)
・オーブンプログラム:40℃で2分間保持した後、160℃まで3℃/分で昇温し、その後280℃まで10℃/分で昇温
・キャリアーガス:ヘリウム(100kPa、一定圧力)
・インジェクター温度:スプリットレス、240℃
・イオン源温度:200℃
・イオン化:電子イオン化
・イオン化電圧:70eV
・測定モード:スキャン
・評価成分とそのモニタリングイオン:(E)-2-hexen-1-al:m/z=69、(Z)-3-hexen-1-ol):m/z=67、(E)-2-hexen-1-ol:m/z=57、linalool oxide(cis and trans-franoid):m/z=93、linalool:m/z=93、hotrienol:m/z=71、phenylacetaldehyde:m/z=91、methyl salicylate:m/z=120、geraniol:m/z=69、β-damascenone:m/z=121、2-phenylethylalcohol:m/z=91
【0029】
また、実施例2、比較例2、参考例3の茶葉に対し、官能による評価を行った。評価者は香味や異臭についての識別やそれらの濃度識別についてトレーニングされ、日常業務として茶葉の鑑定を担当している専門パネラー5名とした。評価には、各茶葉3.0gを95℃の熱水180gで3分間抽出した抽出液を用いた。評価項目は、参考文献1(におい・かおり環境学会誌、2014年、45巻、5号、p.344-350)に記載された紅茶の香り分類に従い、グリーン、ウッディー、ドライ、フラワリー、フルーティー、スイート、ロースト、スパイシー、クールとして感じられる香りについて、1点(低評価)~7点(高評価)で、比較例1-2を4点とした基準で相対評価させ、5名の評価点を平均化した。官能評価の結果を表2に示した。
【0030】
さらに、抽出時の成分浸出量についての検討を行った。実施例1と比較例1の茶葉3.0gを常温のイオン交換水180mLに浸漬して静置して水出し抽出した。抽出開始から30、60、90、120分経過時に撹拌してから採取した2mLの抽出液をメンブレンフィルターで濾過し、この濾液中のカテキン類、テアフラビン類、ポリフェノールの濃度を測定した。カテキン類の測定は参考文献2(特開2018-134052号公報)に記載された条件を採用し、8種のカテキン類:エピカテキン(EC)、エピカテキンガレート(ECg)、エピガロカテキンガレート(EGCg)、ガロカテキン(GC)、カテキン(C)、ガロカテキンガレート(GCg)およびカテキンガレート(Cg)含量を合算した合計値を求めた。テアフラビン類の測定は参考文献3(特開2010-35548号公報)に記載された条件を採用した。分析で得られた4種のテアフラビン(TF1、TF2A、TF2BおよびTF3)含量を合算した合計値を求めた。ポリフェノールの測定は、参考文献4(文部科学省科学技術・学術政策局政策課資源室監修、「日本食品標準成分表2015年度版(七訂)分析マニュアル・解説」、建帛社2016年2月、p.242-243)に記載された条件を採用した。これらの結果を表3に示した。
【0031】
【表1】
【0032】
【表2】
【0033】
【表3】
【0034】
表1に示した機器分析の結果、本発明の実施品(実施例1から3)では、それぞれ対応する比較例(比較例1から3)に比べて、香気成分が凡そ2倍程度含まれていることが確認された。特に花様の香りとしてlinaloolやgeraniol、linalool oxide、新鮮果実様の香りとして(E)-2-hexen-1-al、若草様の香りとして(Z)-3-hexen-1-olの差異が目立っていた。また、これら特徴は代表的産地の海外製品に比べても顕著に多いことが分かった。表2に示した官能評価の結果はこれら成分含量の特長を支持しており、グリーン(若草様)、フラワリー(花様)の香りに優れていることが確認された。このような香りは発酵茶に特有の華やかで軽やかな香りであり、本発明の製造方法が採用する乾燥方法ではこれら香りが損失されにくい特徴が示された。また、表3に示した成分浸出量の結果においては、いずれの分析項目についても本発明の実施例1は比較例1に比べて浸出速度が速く、また浸出量も多いことが確認された。このことから、減圧乾燥で調製された茶葉は熱風乾燥の茶葉に比べてポリフェノール成分の損失が少なく、且つこれら成分が浸出されやすい構造となっていることが示唆された。
【0035】
[試験例2]
二番期に摘採したべにふうきを用いて紅茶を製造した。茶園から生葉を摘採した後、約30℃の環境下で茶葉の重量が凡そ45%減少するまで萎凋させ、冷凍保管した。この茶葉を解凍し、約40分間手揉みで揉捻し、37℃、湿度50%の環境下で1.5時間発酵させた。この茶葉を熱風乾燥したものを比較例4、減圧乾燥したものを実施例4、マイナス80℃で冷凍してから減圧乾燥したものを実施例5とした。また、発酵後の茶葉5g(乾燥重量2.0g)を容積9cmの直方体(内寸20×25×18mm)のプラスチックケースに約1.0Mpaの圧力で押し込んで圧縮成形した。これを熱風乾燥したものを比較例5、減圧乾燥した物を実施例6、-80℃で冷凍してから減圧乾燥した物を実施例7とした。熱風乾燥は棚式熱風焙煎機(名称・型番、メーカー全自動焙茶乾燥機CS-303型、皆盛電機有限公司)を用い、比較例4は90℃で1時間熱風乾燥させ、比較例5は90℃で1時間の後に60℃で6時間熱風乾燥させた。実施例4から7の減圧乾燥条件は真空凍結乾燥機(凍結乾燥機 FDU-2110型、東京理化器械株式会社)を用いて到達減圧度4.0Paで約20時間減圧乾燥させた。これらについて、試験例1と同様にして官能評価を行った。ただし、抽出液の調製は各茶葉2.0gを95℃の熱水120gで3分間抽出したものとし、評価項目は試験例1の評価において特に特徴的であった「グリーン」「フラワリー」と感じられる香りに限定し、それらを比較例4を基準(各項目4点)として評価した。その結果を表4に示した。
【0036】
【表4】
【0037】
表4に示した官能評価の結果より、比較例4の熱風乾燥品に比較して実施例4の減圧乾燥品の香りが強いことは試験例1と同様の結果であった。このことに加え、凍結状態から減圧乾燥した実施例5では香り強度がさらに高まっていた。圧縮成形した場合には、熱風乾燥との差異はさらに拡大した。圧縮成形品を熱風乾燥した比較例5ではそのまま熱風乾燥した比較例4に比べて香り成分の損失が大きかったが、減圧乾燥した実施例6と実施例7ではいずれの香り強度も高いレベルで保持されていた。圧縮成形して乾燥させる場合、形状的な利点(コンパクト、計量不要など)があるが、熱風乾燥では内部の水分を抜くために乾燥時間が長くなってしまうため、その間に劣化が進行したものと考えられた。その点において、乾燥中の成分劣化や香気成分の損失が少ない減圧乾燥が有効であった。また、凍結状態で減圧乾燥させた実施例5および7ではそれぞれ、非凍結の状態から減圧乾燥させた実施例4および6に比較してフラワリーな香りが強く感じられており、その点において、より華やかな印象を与えていた。
【0038】
[試験例3]
[試験例2]で調製した実施例5から7の茶葉をアルミ袋へ充填し、4℃の冷蔵庫内または37℃の恒温器内で48時間保管した。これらについて、試験例2と同様に官能評価を行い、経時変化の影響を確認した。評価はそれぞれの保管条件における実施例5を基準(各項目4点)として評価した。その結果を表5に示した。
【0039】
【表5】
【0040】
表5に示した官能評価の結果より、圧縮成形した実施例6および7は圧縮成形していない実施例5に対する評価が加温保管後に高まっていた。この結果は実施例5の香りが加温によって低下したことを意味しており、圧縮成形品では保管中の香り成分の損失や劣化が圧縮成形していないものに比べて相対的に抑制され、保存安定性に優れていることが確認された。