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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157029
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】軟磁性合金および磁性部品。
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/153 20060101AFI20221006BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20221006BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20221006BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20221006BHJP
   H01F 1/16 20060101ALI20221006BHJP
   H01F 1/20 20060101ALI20221006BHJP
   H01F 27/25 20060101ALI20221006BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
H01F1/153 108
C22C38/00 303S
B22F1/00 Y
B22F3/00 B
H01F1/16
H01F1/20
H01F27/25
H01F27/255
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061031
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】熊岡 広修
(72)【発明者】
【氏名】吉留 和宏
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 暁斗
(72)【発明者】
【氏名】森 智子
【テーマコード(参考)】
4K018
5E041
【Fターム(参考)】
4K018AA10
4K018AA24
4K018BA16
4K018BA20
4K018BB04
4K018BB07
4K018BC01
4K018BC16
4K018BC28
4K018BC29
4K018BC32
4K018CA09
4K018KA43
4K018KA44
4K018KA58
4K018KA61
5E041AA05
5E041AA11
5E041AA19
5E041BC01
5E041BD03
5E041CA02
5E041NN01
(57)【要約】
【課題】高い耐食性を有する軟磁性合金、および、当該軟磁性合金を用いた磁性部品を提供すること。
【解決手段】FeおよびCoを含む軟磁性の合金組成を有する内部領域と、内部領域よりも表面側に存在し、Coの濃度が内部領域よりも高いCo濃化領域と、を有する軟磁性合金である。そして、Co濃化領域におけるCo濃化度が、1.2よりも大きい。
【選択図】図3A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
FeおよびCoを含む軟磁性の合金組成を有する内部領域と、
前記内部領域よりも表面側に存在し、Coの濃度が前記内部領域よりも高いCo濃化領域と、を有し、
前記Co濃化領域におけるCo濃化度が、1.2よりも大きい軟磁性合金。
【請求項2】
前記Co濃化領域が金属相である請求項1に記載の軟磁性合金。
【請求項3】
非晶質化度が85%以上である請求項1または2に記載の軟磁性合金。
【請求項4】
薄帯形状を有する請求項1~3のいずれかに記載の軟磁性合金。
【請求項5】
粉末形状を有する請求項1~3のいずれかに記載の軟磁性合金。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の軟磁性合金を含む磁性部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性合金、および、当該軟磁性合金を用いた磁性部品に関する。
【背景技術】
【0002】
インダクタなどの各種磁性部品で用いられる磁性材料として、特許文献1~3に示すような軟磁性合金が知られている。これら軟磁性合金は、フェライト材料よりも飽和磁束密度Bsが高く、良好な軟磁気特性を有する。ただし、軟磁性合金は、保存状態や使用環境によって錆などの腐食が生じることがあり、耐食性の向上が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009-293099号公報
【特許文献2】特開2007-231415号公報
【特許文献3】特開2014-167139号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記の実情を鑑みてなされ、その目的は、高い耐食性を有する軟磁性合金、および、当該軟磁性合金を用いた磁性部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、本発明に係る軟磁性合金は、
FeおよびCoを含む軟磁性の合金組成を有する内部領域と、
前記内部領域よりも表面側に存在し、Coの濃度が前記内部領域よりも高いCo濃化領域と、を有し、
前記Co濃化領域におけるCo濃化度が、1.2よりも大きい。
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、上記の特徴を有する軟磁性合金では、浸水時における錆を抑制し、耐食性が向上することを見出した。
【0007】
好ましくは、前記Co濃化領域が金属相である。
【0008】
好ましくは、前記軟磁性合金の非晶質化度が85%以上である。
【0009】
また、前記軟磁性合金は、薄帯形状を有していてもよく、粉末形状を有していてもよい。
【0010】
本発明の軟磁性合金の用途は、特に制限されず、たとえば、インダクタなどのコイル部品、フィルタ、アンテナなどの各種磁性部品に適用することができる。本発明の軟磁性合金は、上記の用途の中でも、コイル部品等における磁心(磁気コア)の材料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A図1Aは、本発明の一実施形態に係る軟磁性合金1の要部を拡大した断面図である。
図1B図1Bは、本発明の一実施形態に係る軟磁性合金1aの要部を拡大した断面図の一例である。
図2A図2Aは、X線結晶構造解析により得られるチャートの一例である。
図2B図2Bは、図2Aに示すチャートをプロファイルフィッティングすることにより得られるパターンの一例である。
図3A図3Aは、図1Aに示す測定線Lに沿って、EDXを用いたライン分析をすることにより得られるグラフの一例である。
図3B図3Bは、図1Bに示す測定線Laに沿って、EDXを用いたライン分析をすることにより得られるグラフの一例である。
図4A図4Aは、本発明の一実施形態に係る軟磁性合金1bを示す断面図である。
図4B図4Bは、図4Aに示す領域IVBを拡大した断面図である。
図5A図5Aは、図1Aに示す軟磁性合金1のEELS像の一例である。
図5B図5Bは、図1Bに示す軟磁性合金1aのEELS像の一例である。
図5C図5Cは、図4Aに示す軟磁性合金1bのSTEM像の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき詳細に説明する。
【0013】
本実施形態の軟磁性合金1は、薄帯形状、粉末形状、もしくは、その他ブロック形状等を有することができ、軟磁性合金1の形状は特に限定されない。また、軟磁性合金1の寸法も特に限定されない。たとえば、軟磁性合金1が薄帯形状である場合、薄帯の厚みは、15μm~100μmとすることができ、軟磁性合金1が粉末形状である場合、当該軟磁性合金粉末の平均粒径は、0.5μm~150μmとすることができ、0.5μm~25μmであることが好ましい。
【0014】
なお、上記の平均粒径は、レーザ回折法などの各種粒度分析法により測定することができるが、粒子画像分析装置モフォロギG3(マルバーン・パナティカル社製)を用いて測定することが好ましい。モフォロギG3では、エアーにより軟磁性合金粉末を分散させ、当該粉末を構成する粒子の投影面積を測定し、その投影面積から円相当径による粒度分布を得る。そして、得られた粒度分布において、体積基準または個数基準の累積相対度数が50%となる粒径を、平均粒径として算出すればよい。なお、軟磁性合金1が磁気コアに含まれている場合、軟磁性合金1(粉末)の平均粒径は、電子顕微鏡(SEM、STEMなど)を用いた断面観察により、断面に含まれる粒子の円相当径を計測することで算出すればよい。
【0015】
図1Aは、軟磁性合金1の表面近傍を拡大した断面図である。図1Aに示すように、軟磁性合金1は、内部領域2と、当該内部領域2よりも軟磁性合金1の表面側に位置するCo濃化領域11と、を有する。なお、本実施形態において、「内側」は、軟磁性合金1の中心により近い側を意味し、「表面側」または「外側」は、軟磁性合金1の中心からより離れた側を意味する。
【0016】
(内部領域2)
内部領域2は、軟磁性合金1の体積のうち少なくとも90vol%以上を占める軟磁性合金1の基体部である。そのため、軟磁性合金1の平均組成は、内部領域2の組成とみなすことができ、軟磁性合金1の結晶構造は、内部領域2の結晶構造とみなすことができる。なお、上記の内部領域2の体積割合は、面積割合に代替可能であり、軟磁性合金1の断面積のうち少なくとも90%以上が内部領域2である。
【0017】
内部領域2(すなわち軟磁性合金1)は、FeおよびCoを含む軟磁性の合金組成を有しており、具体的な合金組成は特に限定されない。たとえば、内部領域2は、Fe-Co系合金、Fe-Co-V系合金、Fe-Co-Si系合金、Fe-Co-Si-Al系合金などの結晶系の軟磁性合金とすることができる。さらに、内部領域2には、Pが含まれていることが好ましく、Pを含む結晶系の軟磁性合金としては、Fe-Co-Si-P系合金やFe-Co-Si-P-Cr系合金などが挙げられる。内部領域2にPが含まれることにより、内部領域2の外縁でCoが濃化しやすくなる。
【0018】
また、内部領域2は、保磁力を低くする観点から、非晶質やナノ結晶の合金組成を有していることが好ましく、非晶質やナノ結晶の軟磁性合金としては、Fe-Co-P-C系合金、Fe-Co-B系合金、もしくはFe-Co-B-Si系合金などがあげられる。より具体的に、内部領域2は、組成式((Fe(1-(α+β)CoαNiβ1-γX1γ(1-(a+b+c+d+e))SiCrを満たす合金組成を有していることが好ましく、上記組成を有することで、非晶質、ヘテロアモルファス、もしくはナノ結晶の結晶構造が得られやすい。
【0019】
上記組成式において、Bはホウ素、Pはリン、Cは炭素であり、X1は、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Al、Ga、Ag、Zn、S、Ca、Mg、V、Sn、As、Sb、Bi、N、O、Au、Cu、希土類元素、および白金族元素から選択される1種以上の元素である。希土類元素には、Sc,Yおよびランタノイドが含まれ、白金族元素には、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,およびPtが含まれる。また、α,β,γ,a,b,c,d,eは、原子数比であり、これら原子数比は、以下の要件を満足することが好ましい。
【0020】
Feに対するCoの含有量(α)は、0.005≦α≦0.700であり、0.010≦α≦0.600であってもよく、0.030≦α≦0.600であってもよく、0.050≦α≦0.600であってもよい。αが上記の範囲内であることによりBsおよび耐食性が向上する。Bsを向上させる観点では、0.050≦α≦0.500であることが好ましい。αが大きくなるほど耐食性が向上する傾向にあるが、αが大きすぎる場合にはBsが低下しやすくなる。
【0021】
また、Feに対するNiの含有量(β)は、0≦β≦0.200である。すなわち、Niを含まなくてもよく、0.005≦β≦0.200であってもよい。Bsを向上させる観点では、0≦β≦0.050であってもよく、0.001≦β≦0.050であってもよく、0.005≦β≦0.010であってもよい。βが大きくなるほど耐食性が向上する傾向にあるが、βが大きすぎる場合にはBsが低下する。
【0022】
X1は不純物として含まれていてもよく、意図的に添加してもよい。X1の含有量(γ)は、0≦γ<0.030である。すなわち、Fe、CoおよびNiの合計含有量に対して、3.0%未満をX1で置換してもよい。
【0023】
さらに、軟磁性合金を構成する各元素の原子数比の和を1としたとき、Fe,Co,Ni,およびX1の合計含有量の原子数比(1-(a+b+c+d+e))は、0.720≦(1-(a+b+c+d+e))≦0.950であることが好ましく、0.780≦(1-(a+b+c+d+e))≦0.890であることがより好ましい。当該要件を満足することでBsが向上しやすくなる。また、0.720≦(1-(a+b+c+d+e))≦0.890であることにより、非晶質が得られやすい。
【0024】
aは、Bの原子数比であって、0≦a≦0.200であることが好ましく、Bsを向上させる観点では、0≦a≦0.150であることがより好ましい。
【0025】
bは、Pの原子数比であって、0≦b≦0.100であることが好ましい。すなわち、Pは含有されなくともよく、Bsと耐食性を両立して向上させる観点では、0.001≦b≦0.100であることがより好ましく、0.005≦b≦0.080であることがさらに好ましく、0.005≦b≦0.050であることが特に好ましい。
【0026】
cは、Siの原子数比であって、0≦c≦0.150であることが好ましい。すなわち、Siは含有されなくともよく、Bsと耐食性を両立して向上させる観点では、0.001≦b≦0.070であることがより好ましい。
【0027】
dは、Cの原子数比であって、0≦d≦0.050であることが好ましい。すなわち、Cは含有されなくともよく、Bsと耐食性を両立して向上させる観点では、0≦d≦0.020であることがより好ましい。
【0028】
eは、Crの原子数比であって、0≦e≦0.050であることが好ましい。すなわち、Bsを向上させる観点ではCrは含有されなくともよく、Bsと耐食性を両立して向上させる観点では、0.001≦d≦0.020であることがより好ましい。
【0029】
上述した内部領域2の組成(すなわち軟磁性合金1の組成)は、たとえば、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)を用いて分析することができる。この際、ICPで酸素量を求めることが難しい場合には、インパルス加熱溶融抽出法を併用することができる。また、ICPで炭素量および硫黄量を求めることが難しい場合には、赤外吸収法を併用することができる。
【0030】
また、ICPの他に、電子顕微鏡に付随のEDX(エネルギー分散型X線分析)やEPMA(電子プローブマイクロアナライザー)で組成分析を実施してもよい。たとえば、樹脂成分を有する磁気コアに含まれている軟磁性合金1については、ICPによる組成分析が難しい場合があり、この場合は、EDXやEPMAを用いて組成分析をしてもよい。また、上述したいずれの方法でも詳細な組成分析が難しい場合は、3DAP(3次元アトムプローブ)を用いて組成分析を実施してもよい。3DAPを用いる場合には、分析する領域において樹脂成分や表面酸化などの影響を除外して軟磁性合金1、つまり内部領域2の組成を測定することができる。3DAPでは、軟磁性合金1の内部において小さな領域(例えばΦ20nm×100nmの領域)を設定して平均組成を測定することができるためである。
【0031】
なお、EDXやEELS(電子エネルギー損失分光)を用いて、軟磁性合金1の表面近傍の断面をライン分析した場合、内部領域2は、Feの濃度やCoの濃度が安定した領域として認識できる(図3A参照)。また、たとえば、内部領域2におけるマッピング分析により得られる平均組成を、軟磁性合金1の組成とすることができる。この場合、マッピング分析は、EDXやEELSを用いて実施し、その際の測定箇所は、軟磁性合金1の表面から深さ方向に100nm以上離れた領域(内部領域2に該当)とし、測定視野は、256nm×256nm程度の範囲とすればよい。
【0032】
内部領域2の結晶構造(すなわち軟磁性合金1の結晶構造)は、結晶質、ナノ結晶、非晶質とすることができ、非晶質であることがより好ましい。換言すると、内部領域2の非晶質化度X(すなわち軟磁性合金1の非晶質化度X)は、85%以上であることが好ましい。非晶質化度Xが85%以上の結晶構造は、概ね非晶質で構成される構造、もしくは、ヘテロアモルファスからなる構造、である。ここでヘテロアモルファスからなる構造とは、非晶質中に僅かに結晶が存在する構造を意味する。すなわち、本実施形態において、「非晶質の結晶構造」とは、非晶質化度Xが85%以上の結晶構造であって、当該非晶質化度Xを満足する範囲で結晶が含まれていてもよいことを意味する。
【0033】
なお、ヘテロアモルファスからなる構造の場合、非晶質中に存在する結晶の平均結晶粒径は、0.1nm以上10nm以下であることが好ましい。また、本実施形態では、「ナノ結晶」とは、非晶質化度Xが85%未満であって、かつ、平均結晶粒径が100nm以下(好ましくは3nm~50nm)である結晶構造を意味し、「結晶質」とは、非晶質化度Xが85%未満であって、かつ、平均結晶粒径が100nmを超過する結晶構造を意味する。
【0034】
非晶質化度Xは、XRDを用いたX線結晶構造解析により測定することができる。具体的に、本実施形態に係る軟磁性合金1に対して、XRDによる2θ/θ測定を行い図2Aに示すようなチャートを得る。この際、回折角2θの測定範囲は、非晶質由来のハローが確認できる範囲に設定し、たとえば、2θ=30°~60°の範囲とすることが好ましい。
【0035】
次に、下記の(2)式に示すローレンツ関数を用いて、図2Aに示すようなチャートに対して、プロファイルフィッティングを行う。このプロファイルフィッティングでは、XRDによる実測の積分強度と、ローレンツ関数を用いて算出した積分強度との誤差を1%以内に設定することが好ましい。このプロファイルフィッティングにより、図2Bに示すような結晶性散乱積分強度Icを示す結晶成分パターンα、非晶性散乱積分強度Iaを示す非晶成分パターンα、およびそれらを合わせたパターンαc+aを得る。そして、ここで得られた結晶性散乱積分強度Icと非晶性散乱積分強度Iaとを下記の(1)式に導入することで、非晶質化度Xが求められる。
【0036】
X=100-(Ic/(Ic+Ia)×100)…(1)
Ic:結晶性散乱積分強度
Ia:非晶性散乱積分強度
【数1】
【0037】
なお、非晶質化度Xの測定方法は、上記のXRDを用いた方法に限定されず、EBSD(結晶方位解析)や電子線回折により測定してもよい。
【0038】
(Co濃化領域11)
Co濃化領域11は、Coの濃度が前述した内部領域2よりも高い領域である。本実施形態において、このCo濃化領域11は、内部領域2から連続する非晶質の金属相であることが好ましく、内部領域2の外周縁の少なくとも一部を覆っている。軟磁性合金1の断面において、内部領域2に対するCo濃化領域11の被覆率は、特に限定されないが、たとえば、50%以上とすることができ、80%以上であることがより好ましい。
【0039】
Co濃化領域11の存在有無やその被覆率は、STEM(走査透過型電子顕微鏡)またはTEM(透過型電子顕微鏡)で軟磁性合金1の表面近傍の断面を観察し、その際にEDXまたはEELSを用いたマッピング分析を実施することで確認できる。たとえば、図5Aに示す画像(EELS像)が、EELSによるマッピング分析結果の一例である。当該EELS像では、Coの分布を示しており、Coの濃淡がコントラストの明暗により表されている。図5Aにおいて、内部領域2は、Coの濃度分布にほとんど濃淡が存在しない領域として認識することができる。そして、内部領域2の端縁において、コントラストが明るくなっており、Co濃度が内部領域2よりも高いことがわかる。このCo濃度の高い領域がCo濃化領域11であり、Coに関するEELS像によりCo濃化領域11の存在有無を確認できる。
【0040】
このマッピング分析により特定されるCo濃化領域11の平均厚みt1は、0.3nm以上であることが好ましい。t1の上限は、特に限定されず、たとえば30.0nm以下とすることができる。当該好適範囲内でt1を厚くすることで、耐食性に対しより良好な結果が得られる。なお、平均厚みt1は、測定視野を変えて少なくとも3箇所以上でCo濃化領域11の厚みを測定し、算出することが好ましい。
【0041】
上記のようにCo濃化領域11は、厚みが極めて薄い場合があり、Co濃化領域11を特定する際には、マッピング分析だけでなくライン分析も併用することが好ましい。図3Aは、図1Aに示す測定線Lに沿ってライン分析した結果を例示した模式図であり、縦軸が各元素の検出強度(すなわち特性X線の強度)、横軸が最表面10からの距離(深さ)である。図3Aに示すように、ライン分析結果では、FeやCoの濃度が安定している内部領域2の端縁において、Co濃度が高くなるピークが確認でき、このCoのピークが存在する箇所がCo濃化領域11である。換言すると、Co濃化領域11では、Co濃度の極大値が存在し、上述したピークの有無により、Co濃化領域11の存在有無を確認することができる。
【0042】
また、前述したように、前記ピークが存在するCo濃化領域11は、金属相であることが好ましい。Co濃化領域11の相状態は、前述したライン分析、マッピング分析、もしくは、STEMまたはTEMに付随のEELS(電子エネルギー損失分光)検出器を用いた解析により確認できる。たとえば、EELSにより得られるスペクトルを解析すると、Co濃化領域11における酸化物のCoと金属Coとの割合を算出でき、酸化物のCoよりも金属Coの割合が多い場合には、Co濃化領域11が金属相であると定義する。また、Co濃化領域11の外側に酸化物層(後述するSB酸化層12,Fe酸化層13,被覆層20など)が存在する場合、マッピング分析やライン分析では、Co濃化領域11における酸素の検出強度が、酸化物層よりも低くなる。このような解析により、Co濃化領域11が金属相であることがわかる。
【0043】
また、本実施形態では、Co濃化領域11におけるCo濃化度を、内部領域2のCo物質量比(C2Co)に対するCo濃化領域11のCo物質量比(C11Co)の比(C11Co/C2Co)として定義する。当該Co濃化度は、1.20超過であり、1.50以上であることが好ましい。なお、Co濃化度の上限値は、特に限定されず、たとえば、20以下とすることができる。
【0044】
Co濃化領域11を形成していない内部領域2からなる軟磁性合金を基準合金とすると、当該基準合金に対する本実施形態の軟磁性合金1の耐食性は、Co濃化度が高いほど向上する傾向となる。つまり、Co濃化度と耐食性との間には正の相関が見受けられる。なお、軟磁性合金1の内部領域2がPを所定量含むことで、Co濃化度が高くなりやすく、耐食性がさらに向上する傾向となる。
【0045】
Co濃化度の算出に使用するC2CoおよびC11Coは、EELSを用いた成分分析により測定する。具体的に、C2Coは、内部領域2で検出されたFeとCoの合計に対するCoの物質量比であり、EELSスペクトルの解析により算出する。同様に、C11Coは、Co濃化領域11で検出されたFeとCoの合計に対するCoの物質量比である。すなわち、各領域におけるCoの物質量比は、Co/(Fe+Co)で表され、不純物(測定試料の作製時に混入する元素など)の影響を排除するために、分母を(Fe+Co)としている。なお、当該分析における分解能は0.5nm以下に設定することが好ましく、C2Coは、軟磁性合金1の最表面10から内部に向かって深さ0.2μm以上の箇所で測定することが好ましい。また、Co濃化度は、上記の測定を少なくとも5箇所以上の視野で実施し、その平均値として算出することが好ましい。
【0046】
なお、Co濃化領域11では、主要な構成元素としてCoが検出され、その他に、Feなどの内部領域2を構成している元素が含まれている。そして、Co濃化領域11では、Coの濃化と同様に、他の元素の濃化が発生していてもよく、他の元素としては、たとえばPが挙げられる。この場合、マッピング分析やライン分析では、軟磁性合金1の深さ方向においてCoの濃化度が高い領域と重複するようにPの高濃度域が観測されることがある。
【0047】
軟磁性合金1は、上記のとおり、Co濃化領域11を含む特徴的な表層組織を有している。特に、本実施形態では、図1A図3Aに示すように、Co濃化領域11が、最表面側に位置し、軟磁性合金1の最表面10を構成している。ただし、Co濃化領域11の外側には、その他の表層組織が存在していてもよい。
【0048】
たとえば、図1Bに示す軟磁性合金1aのように、Co濃化領域11の表面側を覆うように、Siまたは/およびBを含むSB酸化層12が形成してあってもよい。このSB酸化層12は、SiおよびBから選択される少なくとも1種の元素の濃度が内部領域2よりも高い領域であり、SiまたはBのいずれか一方、もしくは、SiおよびBの両方が濃化している。
【0049】
実際に、図5Bが、図1Bに示す軟磁性合金1aのEELS像の一例であり、図5Bに示す3つのEELS像は、いずれも同一箇所を測定した結果である。図5BのBに関するEELS像(中央:B-K)では、Coが濃化しているCo濃化領域11よりも表面側において、コントラストが明るくなっており、当該箇所におけるBの濃度が、内部領域2やCo濃化領域11よりも高くなっていることが確認できる。図5Bの場合、このB濃度が高い領域がSB酸化層12である。
【0050】
SB酸化層12は、内部領域2にSiまたは/およびBが含まれる場合に、Co濃化領域11の形成過程で生成することがあり、非晶質の酸化物相であることが好ましい。さらに、SB酸化層12の平均厚みt2は、0.5nm以上であることが好ましい。t2の上限は、特に限定されず、たとえば30nm以下とすることができる。
【0051】
また、Co濃化領域11の外側に、Feを含むFe酸化層13が形成してあってもよい。このFe酸化層13は、Co濃化領域11を形成する過程で、Co濃化領域11と一緒に生成する場合があり、Fe酸化層13では、Feの濃度が、Co濃化領域11や内部領域2よりも高くなる。なお、図1Bに示すように、SB酸化層12が存在する場合、Fe酸化層13は、SB酸化層12よりも表面側に位置することが好ましく、さらに、SB酸化層12よりも結晶化面積比が高いことが好ましい。
【0052】
実際に、図5BのFeに関するEELS像(右側:Fe-L)では、SB酸化層12よりも表面側で、コントラストが明るくなっており、軟磁性合金1aの最表面でFe濃度が高い領域が存在することが確認できる。図5Bでは、当該領域がFe酸化層13であり、Fe酸化層13が軟磁性合金1aの最表面10を構成している。本実施形態において、Fe酸化層13の平均厚みt3は、1nm以上であることが好ましい。t3の上限は、特に限定されず、たとえば50nm以下とすることができる。
【0053】
図3Bは、図1Bに示す測定線Laに沿ってEDXによるライン分析を実施した結果を模擬的に示すグラフである。SB酸化層12が存在する場合、図3Bに示すように、Coのピークよりも表面側において、Siまたは/およびBのピークが観測され、なおかつ、このSiまたは/およびBのピークと重複するように酸素の検出強度が高くなる。また、SB酸化層12の表面側にさらにFe酸化層13が存在する場合には、Siまたは/およびBのピークよりも表面側において、Feのピークが確認できる。このように、SB酸化層12やFe酸化層13の存在有無は、EDXやEELSを用いたライン分析により確認でき、その他、図5Bに示すようなマッピング分析などにより確認することも可能である。
【0054】
また、図4Aおよび図4Bに示す軟磁性合金1bのように、Co濃化領域11の外側には、絶縁性の被覆層20が形成してあってもよい。この被覆層20は、Co濃化領域11を形成した後に、コーティングなどの表面処理により形成する被膜であって、その平均厚みは、5nm以上100nm以下であることが好ましく、50nm以下であることがより好ましい。つまり、被覆層20を形成した場合、軟磁性合金1bの最表面10は、被覆層20により構成され、被覆層20が、Co濃化領域11、SB酸化層12、Fe酸化層13よりも軟磁性合金1bの表面側に位置する。実際に、図5C図4Aに示す軟磁性合金1bのSTEM像の一例である。当該STEM像では、軟磁性合金1bの最表面10にコントラストが明るい領域が確認でき、当該領域が被覆層20である。
【0055】
このように軟磁性合金1の表層組織には、Co濃化領域11以外に、その他の層(SB酸化層12、Fe酸化層13、被覆層20など)が含まれ得るが、その他の層が存在する場合であっても、Co濃化領域11は、内部領域2と接する側に存在する。そして、最表面からCo濃化領域11までの垂線距離d1(図1B図4B参照)は、200nm以下であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましく、50nm以下であることがさらに好ましい。特に、被覆層20が存在せずに、SB酸化層12またはFe酸化層13が最表面10を構成している場合には、前記垂線距離d1は、30nm以下であることが好ましく、20nm以下であることがより好ましい。
【0056】
なお、Co濃化領域11を解析する際の測定試料は、FIB(集束イオンビーム)を用いたマイクロサンプリング法により作製することが好ましい。たとえば、軟磁性合金1の最表面10に厚み30nm程度の加工時における表面保護のためにPt膜をスパッタリングにより形成し、その後、FIBにより、最表面から深さ約2μm程度の範囲を切り出し、薄片試料を得る。そして、当該薄片試料を加工して、深さ方向と直交する方向の厚みを20nm以下まで薄くする。この薄膜化した試料を、TEMやHRTEM観察用の測定試料として使用すればよい。
【0057】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金1の製造方法について説明する。
【0058】
軟磁性合金1の基体部(内部領域2)は、各種溶解法により製造できるが、特に、溶融金属(溶湯)を急冷する方法で製造することが好ましい。急冷により非晶質の軟磁性合金1が得られやすくなるためである。たとえば、薄帯形状の軟磁性合金1は、単ロール法により製造でき、粉末形状の軟磁性合金1は、アトマイズ法により製造できる。以下では、単ロール法により軟磁性合金薄帯を得る方法と、アトマイズ法の一例としてガスアトマイズ法により軟磁性合金粉末を得る方法と、を説明する。
【0059】
単ロール法では、まず、軟磁性合金1を構成する各元素の原料(純金属等)を準備し、目的の合金組成となるように秤量する。そして、各元素の原料を溶解し、母合金を作製する。母合金を作製する際の溶解方法は、特に限定されず、たとえば、所定の真空度のチャンバー内で高周波加熱により溶解させる方法がある。
【0060】
次に、上記の母合金を加熱して溶解させ、溶融金属を得る。溶融金属の温度は、目的の合金組成の融点を考慮して設定すればよく、たとえば、1200~1600℃とすることができる。単ロール法では、この溶融金属を、ノズルなどを利用して冷却された回転ロールに供給することで、ロールの回転方向に向かって軟磁性合金薄帯が製造される。この際、ロールの回転速度、ノズルとロールとの間隔、溶融金属の温度などを制御することで、得られる薄帯の厚さを調整することができる。また、ロールの温度や回転速度は、軟磁性合金が非晶質となりやすい条件に設定すればよく、たとえば、ロール温度は20~30℃であることが好ましく、回転速度は、20~30m/secとすることが好ましい。なお、チャンバー内の雰囲気は、特に限定されず、たとえば、大気雰囲気もしくは不活性ガス雰囲気とすることができる。
【0061】
ガスアトマイズ法では、上記の単ロール法と同様にして1200~1600℃の溶融金属を得た後、当該溶融金属をチャンバー内で噴射させ、粉体を作製する。具体的に、溶融金属を吐出口からチャンバー内の冷却部に向けて吐出し、その際に、吐出した滴下溶融金属に向けて高圧ガスを噴射する。高圧ガスの噴射により滴下溶融金属はチャンバー内で飛散し、その後、冷却部(冷却水)に衝突することで急冷固化され、軟磁性合金粉末となる。このガスアトマイズ法で得られる軟磁性合金粉末の粒子形状は、通常球形であり、軟磁性合金粉末の平均円形度は0.8以上であることが好ましく、0.9以上であることがより好ましく、0.95以上であることがさらに好ましい。
【0062】
高圧ガスとしては、窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムガスなどの不活性ガス、もしくは、アンモニア分解ガスなどの還元性ガスを使用することが好ましく、高圧ガスを噴射する圧力は、2.0MPa以上10MPa以下とすることが好ましい。また、吐出する溶融金属の噴射量は、0.5kg/min以上4.0kg/min以下とすることが好ましい。当該ガスアトマイズ法では、溶融金属の噴射量に対する高圧ガスの圧力の比率により、軟磁性合金粉末の粒子径や形状を調整することができる。
【0063】
上記のようにして薄帯状または粉末状の軟磁性合金を得た後、この軟磁性合金を、所定の圧力状態での酸素濃度雰囲気において低温で熱処理することで、Co濃化領域11を形成する。
【0064】
具体的に、熱処理時の保持温度は、軟磁性合金が結晶化しない温度とすることが好ましく、たとえば、200℃~400℃であることが好ましく、200℃~300℃であることがより好ましい。また、温度保持時間は、0.5時間~3.0時間とすることが好ましい。加熱炉内の酸素濃度は、20ppm以上2000ppm以下とすることが好ましく、100ppm以上1000ppm以下とすることがより好ましい。さらに加熱炉内は、上記のとおり酸素濃度を管理しつつ、アルゴンガスや窒素ガスなどの不活性ガスを導入して正圧とし、加熱炉内のゲージ圧は、0.15kPa以上0.50kPa以下とすることが好ましく、0.30kPa以上0.45kPa以下とすることがより好ましい。なお、ゲージ圧とは、絶対圧(絶対真空を0Paとした場合の圧力)から大気圧を差し引いた圧力を意味する。
【0065】
このような条件で熱処理することで、軟磁性合金1の表層側に、所定の特徴を有するCo濃化領域11が形成される。また、軟磁性合金1にSiまたは/およびBが含まれる場合には、上記の熱処理により、SB酸化層12が形成されることがあり、熱処理の条件によっては、Fe酸化層13が形成される場合がある。なお、軟磁性合金1を結晶質もしくはナノ結晶とする場合(すなわち非晶質化度Xを85%未満とする場合)は、上述したCo濃化領域11を形成するための熱処理を実施する前に、結晶性を制御するための前工程熱処理を実施してもよい。
【0066】
図4Aおよび図4Bに示すように被覆層20を形成する場合には、上記の熱処理によりCo濃化領域11を形成した後に、リン酸塩処理、メカニカルアロイング処理、シランカップリング処理、水熱合成などの被膜形成処理を施せばよい。形成する被覆層20の種類としては、リン酸塩、ケイ酸塩、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、鉛ガラス、アルミノケイ酸ガラス、ホウ酸塩ガラス、硫酸塩ガラスなどが挙げられる。なお、リン酸塩としては、たとえば、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸化カドミウムなどが挙げられ、ケイ酸塩としては、ケイ酸ナトリウムなどが挙げられる。被覆層20を形成した場合は、軟磁性合金1を含む磁気コアにおいて耐電圧の向上などが期待できる。
【0067】
以上の工程により所定のCo濃化領域11を有する軟磁性合金1が得られる。本実施形態の軟磁性合金1は、インダクタなどのコイル部品、フィルタ、アンテナなどの各種磁性部品に適用することができ、特に、インダクタなどのコイル部品における磁気コアに適用することが好ましい。なお、軟磁性合金1を含む磁気コアには、樹脂成分が含まれていてもよく、軟磁性合金1と、その他の磁性粒子とを混ぜ合わせて磁気コアを形成してもよい。
【0068】
(実施形態のまとめ)
本実施形態の軟磁性合金1では、FeおよびCoを含む軟磁性の合金組成を有する内部領域2の外側に、所定の特徴を有するCo濃化領域11が形成してあり、このCo濃化領域11におけるCo濃化度が、1.20超過である。このような特徴を有することで、軟磁性合金1の浸水時における錆を抑制し、耐食性を向上させることができる。
【0069】
また、非結晶化度が85%以上である非晶質の軟磁性合金1においてCo濃化領域11を形成することで、高い飽和磁束密度Bsを確保しつつ、軟磁性合金1の耐食性をさらに向上させることができる。
【0070】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【実施例0071】
以下、具体的な実施例に基づいて、本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、下記に示す表において、※を付した試料番号が比較例である。
【0072】
実験1
実験1では、ガスアトマイズ法により軟磁性合金粉末を作製した。ガスアトマイズでは、溶融金属の噴射温度:1500℃、溶融金属の噴射量1.2kg/min、高圧ガスの圧力:7.0MPa,冷却水の水圧:10MPaに設定し、体積基準における平均粒径(D50)が15~30μmの範囲内にある軟磁性合金粉末を得た。そして、当該軟磁性合金粉末に対して表1に示す条件で熱処理を施し、試料2~5,7~16に係る軟磁性合金を得た。また、実験1では、熱処理を実施していない試料1,6に係る軟磁性合金も作製し、当該試料1または試料6を基準として、以下に示す評価を実施した。
【0073】
<軟磁性合金粉末の組成および結晶構造>
ガスアトマイズ法により得られた軟磁性合金粉末の組成を、ICPにより測定した。その結果、実験1の試料1~5では、軟磁性合金粉末(すなわち内部領域2)が、Fe0.7Co0.3の平均組成を有していることが確認できた。一方、実験1の試料6~16では、軟磁性合金粉末(すなわち内部領域2)が、組成式:(Fe0.7Co0.30.820.110.02Si0.030.01Cr0.01(原子数比;α=0.300,β=0,γ=0,a=0.110,b=0.020,c=0.030,d=0.010,e=0.010)を満たす合金組成を有していることが確認できた。
【0074】
また、実験1の軟磁性合金粉末に対してXRDによるX線結晶構造解析を実施したところ、実験1の試料1~5では、軟磁性合金粉末(すなわち内部領域2)が、非晶質化度X:85%未満の結晶質であることが確認できた。一方、実験1の試料6~16では、軟磁性合金粉末(すなわち内部領域2)が、非晶質化度X:85%以上の非晶質であることが確認できた。
【0075】
<表層組織の解析>
実験1の各試料に係る軟磁性合金について、FIBを用いたマイクロサンプリング法により表層近傍の薄片試料を採取した。そして、当該薄片試料を用いて、TEM-EDXによるマッピング分析を行い、Co濃化領域11(P濃化領域11aおよびCo濃化領域11b)の有無を調査した。また、TEM-EELSによる特定領域での成分分析を実施し、Co濃化領域11におけるCo濃化度を測定した。表層組織の解析結果を表1に示す。なお、EELSによる解析では、Co濃化領域11が、非晶質の金属相であることが確認できた。
【0076】
<飽和磁束密度Bs>
各試料に係る軟磁性合金のBsを、振動試料型磁力計(VSM)を用いて、磁場1000kA/mの条件で測定した。測定結果を表1に示す。このBsについては、1.50T以上を良好と判断し、1.70T以上をさらに良好と判断した。
【0077】
<浸水試験>
まず、浸水試験を実施する前に、各試料に係る軟磁性合金を用いて磁気コアサンプルを作製した。磁気コアサンプルは、以下の手順により作製した。軟磁性合金100質量部に対して3質量部のエポキシ樹脂を混ぜ合わせて顆粒を得た。そして、当該顆粒を金型に充填し、4ton/cmの圧力で加圧成形し、外形11mmφ、内径6.5mmφ、高さ1.0mmであるトロイダル形状の磁気コアサンプルを得た。
【0078】
上記で得られた磁気コアサンプルの耐食性を評価するために、浸水試験を実施した。浸水試験では、磁気コアサンプルを水道水中に浸漬させ、目視で錆が観察されるまでの時間(錆発生時間)を計測した。実験1では、熱処理を実施していない試料1または試料6の錆発生時間T1を基準とし、各試料の耐食性を評価した。具体的に、実験1では、錆発生時間がT1(試料1または試料6の錆発生時間)に対して1.2倍未満であったサンプルを「F(不合格)」とし、錆発生時間がT1に対して1.2倍以上であったサンプルを「G(良好)」と判断した。上記の「F,G」による2段階評価の結果を表1に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
表1に示すように、Co濃化領域11が形成され、なおかつ、Co濃化度が1.20超過である試料(3~5,8~16)において、基準合金(試料1または試料6)に対する相対的な耐食性が良好となることが確認できた。なお、試料3~5,8~16では、最表面10からCo濃化領域11までの垂線距離d1が30nm以下であることが確認できた。これらの結果から、所定の特徴を有するCo濃化領域11を軟磁性合金の表面側に形成することで、高いBsを維持しつつ、耐食性を向上できることが立証できた。
【0081】
なお、表1では、錆発生時間の具体的数値を省略しているが、Co濃化度が高くなるほど、基準合金に対する相対的な耐食性がより良好となる傾向が確認できた。
【0082】
実験2
実験2では、合金組成を変えて試料2-1~2-90に係る軟磁性合金を得た。ICPにより分析した各試料の合金組成を表2~表7に示す。
【0083】
具体的に、表2に示す試料2-1~2-14では、組成式:(Fe1-αCoα0.840.11Si0.030.01Cr0.01(原子数比;β=0,γ=0,a=0.110,b=0,c=0.030,d=0.010,e=0.010)を満たしたうえで、Coの原子数比αを変更して軟磁性合金を作製した。
【0084】
また、表3に示す試料2-15~2-34では、Co,Ni,X1の原子数比を、α=0.300,β=0,γ=0に固定したうえで、メタロイド(B,P,Si,C)およびCrの原子数比を変更して軟磁性合金を作製した。
【0085】
また、表4に示す試料2-35~2-38では、組成式:(Fe(1-(0.3+β)Co0.3Niβ0.840.11Si0.030.01Cr0.01(原子数比;α=0.300,γ=0,a=0.110,b=0,c=0.030,d=0.010,e=0.010)を満たしたうえで、Niの原子数比βを変更して軟磁性合金を作製した。
【0086】
また、表5~表7に示す試料2-39~2-90では、組成式((Fe0.7Co0.30.975X10.0250.840.11Si0.030.01Cr0.01(原子数比;α=0.300,β=0,γ=0.025,a=0.110,b=0,c=0.030,d=0.010,e=0.010)を満たしたうえで、X1の元素種を変更して軟磁性合金を作製した。
【0087】
なお、実験2の各軟磁性合金は、いずれも、非晶質化度Xが85%以上であることが確認できた。また、実験2では、合金組成ごとに、所定の熱処理を実施した試料と、実施していない試料とを作製しており、表2~表7では、熱処理を実施した場合を「Y」と表記し、熱処理を実施していない場合を「N」と表記した。また、実験2における熱処理の条件は、保持温度:200℃,保持時間:1h,加熱炉内の酸素濃度:100ppm,加熱炉内のゲージ圧:0.30kPaとした。
【0088】
また、実験2の各試料2-1~2-90においても、実験1と同様に、Bsの測定と、浸水試験とを実施した。実験2の浸水試験では、同一組成で熱処理を実施していない試料の錆発生時間Tを基準とし、熱処理を実施した試料の錆発生時間をTとして、T/T<1.2であったサンプルを「F(不合格)」、1.2≦T/Tであったサンプルを「G(良好)」と判断した。評価結果を表2~表7に示す。
【0089】
【表2】
【0090】
【表3】
【0091】
【表4】
【0092】
【表5】
【0093】
【表6】
【0094】
【表7】
【0095】
表2~表7に示すように、所定の熱処理を実施した試料では、熱処理を実施していない試料よりも高い耐食性が得られた。この結果から、実験2で示した合金組成の範囲では、所定の特徴を有するCo濃化領域11(P濃化領域11aおよびCo濃化領域11b)を形成することで、高いBsを維持しつつ耐食性を向上できることがわかった。
【0096】
なお、表2の結果について補足しておくと、内部領域2におけるCo含有量(すなわち軟磁性合金のCo含有量)が多くなるほど、錆発生時間が長くなる傾向となった。つまり、内部領域2におけるCo含有量が多いほど、絶対評価としての耐食性は高くなった。ただし、表2の試料2-14に示すように、内部領域2におけるCo含有量が高いと、Co濃化度が反って低くなりやすい傾向となった。そして、相対的な耐食性の向上効果(すなわち基準合金に対する耐食性)は、試料2-14よりも、Co濃化度が高い他の試料2-2,4,6,8,10,12のほうが、良好な結果となった。つまり、この結果から、Co濃化度が高いほど、基準合金(濃化領域を形成するための熱処理を実施していない試料)に対する耐食性の向上効果がより高まる傾向が確認できた。
【0097】
実験3
実験3では、非晶質化度Xが85%以上である非晶質の軟磁性合金粉末(試料3-1,3-2)と、非晶質化度Xが85%未満であるナノ結晶の軟磁性合金粉末(試料3-3,3-4)と、非晶質化度Xが85%未満である結晶質の軟磁性合金粉末(試料3-5,3-6)と、を製造し、軟磁性合金の結晶構造の違いによる耐食性への影響を調査した。
【0098】
実験3において、各試料の結晶構造は、前工程熱処理により制御した。具体的に、実験3の試料3-1,3-2では、前工程熱処理を実施しなかったため非晶質の軟磁性合金粉末が得られた。なお、試料3-1,3-2は、実験1における試料6,14に対応している。また、実験3の試料3-3,3-4では、保持温度:500℃で前工程熱処理を実施することで、ナノ結晶の軟磁性合金粉末が得られた。また、実験3の試料3-5,3-6では、保持温度:650℃で前工程熱処理を実施することで、結晶質の軟磁性合金粉末を得た。なお、上記の前工程熱処理におけるその他の条件は、昇温速度:100℃/min、炉内雰囲気:Ar雰囲気、加熱炉内のゲージ圧:0.0kPaとして、Co濃化領域11を形成させない状態で結晶構造を制御した。
【0099】
実験3の各試料における軟磁性合金の組成は、いずれも、(Fe0.7Co0.30.820.110.02Si0.030.01Cr0.01で共通である。また、実験3では、結晶構造ごとに、Co濃化領域11を形成するための熱処理を実施した試料と、実施していない試料とを作製しており、表8において、熱処理を実施した場合を「Y」と表記し、熱処理を実施していない場合を「N」と表記した。なお、前工程熱処理を実施した試料(3-4,3-5)では、前工程熱処理の後に、Co濃化領域11を形成するための熱処理を実施した。実験3における当該熱処理の条件は、保持温度:200℃,保持時間:1.0h,加熱炉内の酸素濃度:100ppm,加熱炉内のゲージ圧:0.3kPaとした。
【0100】
また、実験3においても、実験2と同様にして、Bsの測定と、浸水試験とを実施した。実験3の浸水試験では、同一の結晶構造において、熱処理を実施していない試料の錆発生時間Tを基準とし、熱処理を実施した試料の錆発生時間をTとして、T/T<1.2であったサンプルを「F(不合格)」、1.2≦T/Tであったサンプルを「G(良好)」と判断した。実験3の評価結果を表8に示す。
【0101】
【表8】
【0102】
表8に示すように、ナノ結晶または結晶質の軟磁性合金でも、非晶質の場合と同様に、所定の熱処理によりCo濃化領域11bを形成した試料3-4,3-6では、熱処理を実施していない試料3-3,3-5よりも耐食性が向上することがわかった。また、表8に示す試料3-3~3-5の結果と、試料3-1,3-2の結果とを対比すると、軟磁性合金が非晶質である場合に、基準合金に対する錆発生時間がより長くなり、相対的な耐食性の向上効果が特に良好となることがわかった。
【0103】
実験4
実験4では、単ロール法により 薄帯形状の軟磁性合金試料(試料4-1,4-2)を作製した。薄帯作成の条件は、ロールに噴射する溶融金属の温度:1300℃,ロール温度:30℃,ロール回転速度:25m/secとした。チャンバー内は大気雰囲気とした。上記の条件により得られた軟磁性合金薄帯は、厚みが20~25μm,短手方向の幅約5mm,薄帯の長さ約10mであった。
【0104】
また、実験4においても、実験1と同様にして、ICPにより試料4-1,4-2の合金組成を測定したところ、いずれも、組成式:(Fe0.7Co0.30.820.110.02Si0.030.01Cr0.01(原子数比;α=0.300,β=0,γ=0,a=0.110,b=0.020,c=0.030,d=0.010,e=0.010)を満たしていることが確認できた。さらに、試料4-1,4-2に係る軟磁性合金薄帯の結晶構造をXRDにより測定したところ、いずれも、非晶質化度X:85%以上の非晶質であることが確認できた。
【0105】
試料4-1の軟磁性合金薄帯については、熱処理を施すことなく、表層組織の解析、Bsの測定、および浸水試験)を実施した。一方、試料4-2の軟磁性合金薄帯に対しては、表9に示す条件で熱処理を施し、その後、試料4-1と同様の評価を実施した。なお、軟磁性合金薄帯の浸水試験では、薄帯を任意の大きさ(長さ約4cm×幅約5mm)に切り出すことで試験用サンプルを準備し、薄帯状の試験用サンプルを水道水中に浸漬させた。実験4における合否判定の方法は、実験1と同様である。実験4の各試料の評価結果を、表9に示す。なお、表9には、試料4-1,4-2と同じ合金組成である軟磁性合金粉末の実験結果(実験1の試料6,14)も示してある。
【0106】
【表9】
【0107】
表9に示すように、軟磁性合金が薄帯形状を有する場合においても、所定の熱処理によりCo濃化領域11bを形成することで、高いBsを維持しつつ耐食性を向上できることが確認できた。
【符号の説明】
【0108】
1,1a,1b … 軟磁性合金
2 … 内部領域
10 … 最表面
11 … Co濃化領域
12 … SB酸化層
13 … Fe酸化層
20 … 被覆層
図1A
図1B
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図5C