(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157235
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】ポリマー組成物
(51)【国際特許分類】
A61L 33/14 20060101AFI20221006BHJP
A61L 33/06 20060101ALI20221006BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20221006BHJP
A61L 27/34 20060101ALI20221006BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20221006BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20221006BHJP
A61L 31/10 20060101ALI20221006BHJP
A61L 31/12 20060101ALI20221006BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20221006BHJP
A61L 31/06 20060101ALI20221006BHJP
A61L 29/06 20060101ALI20221006BHJP
A61L 29/12 20060101ALI20221006BHJP
A61L 29/08 20060101ALI20221006BHJP
A61L 29/14 20060101ALI20221006BHJP
C08G 18/48 20060101ALI20221006BHJP
C08G 18/44 20060101ALI20221006BHJP
C08G 18/73 20060101ALI20221006BHJP
C08G 18/75 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
A61L33/14
A61L33/06 300
A61L27/40
A61L27/34
A61L27/18
A61L27/50 300
A61L27/50
A61L31/10
A61L31/12
A61L31/14
A61L31/06
A61L29/06
A61L29/12
A61L29/08 100
A61L29/14
C08G18/48 033
C08G18/44
C08G18/73
C08G18/75
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061344
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100146732
【弁理士】
【氏名又は名称】横島 重信
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢
(72)【発明者】
【氏名】小林 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】西村 文男
(72)【発明者】
【氏名】枝連 未奈里
(72)【発明者】
【氏名】西浦 聖人
【テーマコード(参考)】
4C081
4J034
【Fターム(参考)】
4C081AB32
4C081AB34
4C081AB35
4C081AC03
4C081AC08
4C081AC09
4C081AC12
4C081AC13
4C081AC16
4C081BA05
4C081BA14
4C081CA212
4C081CE01
4C081CE03
4C081DA03
4C081DA16
4C081DC03
4J034BA03
4J034BA07
4J034DB04
4J034DF01
4J034DF02
4J034DG01
4J034DG03
4J034DG06
4J034DG14
4J034DP12
4J034DP19
4J034HA01
4J034HA07
4J034HC03
4J034HC12
4J034HC17
4J034HC22
4J034HC46
4J034HC52
4J034HC61
4J034HC64
4J034HC67
4J034HC71
4J034HC73
4J034JA03
4J034QB14
4J034QB19
4J034RA02
(57)【要約】
【課題】ポリオキシエチレン構造を一部に有することによって生体親和性を示す新規なポリマーを含む組成物であって、特にコーティング剤として各種基材の表面に生体親和性を付与可能なポリマー組成物を提供すること。
【解決手段】 ポリマー主鎖にウレタン結合を有すると共に、当該ポリマー主鎖、及び又は当該ポリマー主鎖に対する側鎖部分にポリオキシエチレン構造を含むポリマー組成物であって、タンパク質の非特異吸着を抑制するための表面を構成する目的で使用されることを特徴とするポリマー組成物。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマー主鎖にウレタン結合を有すると共に、当該ポリマー主鎖、及び又は当該ポリマー主鎖に対する側鎖部分にポリオキシエチレン構造を含むポリマー組成物であって、
タンパク質の非特異吸着を抑制するための表面を構成する目的で使用されることを特徴とするポリマー組成物。
【請求項2】
上記ポリマー主鎖に含まれるポリオキシエチレン構造は、その末端が上記ウレタン結合によって結合されていることを特徴とする請求項1に記載のポリマー組成物。
【請求項3】
上記ポリマー主鎖は、脂肪族ポリイソシアネートに由来する構造を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のポリマー組成物。
【請求項4】
上記ポリマー主鎖は、ポリカーボネートポリオールに由来する構造を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のポリマー組成物。
【請求項5】
タンパク質の非特異吸着を抑制することによって、血液に接して使用された際に血小板の粘着頻度の低い表面を形成する目的で使用されることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のポリマー組成物。
【請求項6】
タンパク質の非特異吸着を抑制することによって、細菌の粘着頻度を低下させて防汚表面を形成する目的で使用されることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のポリマー組成物。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載のポリマー組成物を含む微粒子を水相中に分散させたことを特徴とする水分散体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、生体内組織や血液等に接して使用された際に、接触した生体内組織等によって異物であると認識され難い表面を構成する等の目的で使用されるポリマー組成物等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、生体に由来しない物質の表面に生体内組織や血液等が接触した際には、当該物質表面が異物として認識され、当該表面へ生体組織中のタンパク質が非特異吸着を生じて変性すると共に、凝固系、補体系、血小板系等の活性化が生じ、当該表面に血小板等の血球の吸着等を生じることが知られている。
【0003】
これに対して、近年、所定の構造を有する合成高分子の表面に含まれる水分子の状態に着目し、「中間水」と称される状態の水分子を含有可能な表面を形成することによって、当該表面へのタンパク質の非特異吸着や、吸着したタンパク質の変性を防止可能であることが明らかになってきている。そして、当該表面においては、血液等と接触した際の血小板等の粘着頻度が低く、また、生体内組織と接触した際に生じる炎症の抑制等が可能であることが明らかになってきている(例えば、非特許文献1を参照。)。
【0004】
上記のような「中間水」が存在することによって、物質表面へのタンパク質の非特異吸着等が抑制等される結果として、これに接触した生体内組織や血液等に生じる各種の問題を抑制可能な状態は、一般的に生体親和性(血液適合性)を有すると表現されている。
【0005】
そして、例えば、人工肺装置、透析装置、血液保存バッグ、血小板保存バッグ、血液回路、人工心臓、留置針、カテーテル、ガイドワイヤー、ステント、人工血管、内視鏡などの医療器具においては、生体内組織や血液等が当該医療器具の表面に接触することによって生じる上記のような現象を抑制するために、上記生体親和性(血液適合性)を有する状態とすることが望まれている(例えば、特許文献1を参照)。
【0006】
医療器具の生体内組織や血液等に接する表面に生体親和性を付与する方法としては、例えば、特許文献2に記載されるように、当該医療器具を構成するために適した力学特性等を有する材料を基材として、その表面に生体親和性を有する物質をコーティングなどの手段によって被膜として設ける手法が一般的である。
【0007】
エチレンオキシドを開環重合して得られ、(C2H4-O)を繰返し単位とする構造で示されるポリオキシエチレンは、一般に重合鎖の両末端に水酸基を有するためにポリエチレングリコールとも言われる。このポリエチレングリコール(以下、「PEG」と記載する場合がある。)は、優れた生体親和性を示すと共に、生体に対する毒性が低いことが知られており、医療器具の表面にPEGを含む被膜を設けることによって生体親和性を付与するための医療用材料としての使用が期待されている。
【0008】
しかしながら、PEG自体は水溶性であるため、医療用材料として血液等と接して使用した際に溶出することを防止するために、他のポリマーとの共重合体を形成する等の手段によりPEGを含む非水溶性の物質を形成し、PEGの発揮する生体親和性を維持しながら耐水溶性を付与することが必要となる。一方、PEGが生体親和性を発揮する機構は必ずしも明らかでない等の理由により、当該課題の解決のために、PEGの構造を含み生体親和性と耐水溶性を両立するための各種の手段の探索が行われている。
【0009】
例えば、特許文献3には、PEGを含む水不溶性の親水性ポリマーを有機溶媒に溶解して成形した創傷被覆シートや血管内塞栓材料が記載されている。特許文献3においては、PEGと生分解性ポリマーのブロック共重合体を形成する等によって、水不溶性のPEG系ポリマーとすることが記載されている。また、特許文献4には、生体と接触するプラスチック表面に、ガンマ線照射によってPEGをグラフト化して親水化する技術が記載されている。また、特許文献5には、PEGを含む共重合体を基材の表面で光重合させてなる被膜により、タンパク質の吸着の少ない表面を形成する技術が記載されている。
【0010】
更に、特許文献6には、PEGの構成単位を(メタ)アクリレート主鎖に対する側鎖として導入することで生体親和性を発現するポリマー組成物が記載されており、その構造に応じた所定の有機溶媒に溶解することで生体親和性を付与するためのコーティング剤として使用できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2018-17720号公報
【特許文献2】特開2020-110638号公報
【特許文献3】特開2004-339497号公報
【特許文献4】特表平9-506665号公報
【特許文献5】特開2001-98007号公報
【特許文献6】特開2017-82174号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】日本接着学会誌 Vol.51 No.9(2015)P.15~25
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
生体親和性の付与が望まれる医療器具は多種多様であり、当該医療器具を構成する材料も同様に多種多様である。また、医療器具の種類や用途等に応じて、生体親和性の付与と同時に確保されることが必要な特性が種々変化する。このため、医療器具の表面に生体親和性等を付与するために使用されるコーティング剤に要求される特性は様々であり、特に新たな特徴を有する生体親和性を示すコーティング剤等の提案に対する期待は無限に存在する。
【0014】
その一方で、物質が生体親和性を発現する機構は必ずしも明らかでなく、特に具体的な物質の構造と生体親和性の発現の相関が明らかでない。このため、上記のような生体親和性を示すコーティング剤等を設計する指針は存在せず、実際に合成等された物質を評価することによってのみ、当該物質が生体親和性を発現するか否かを明らかにすることが可能である。
【0015】
本発明は、上記PEGを一部に有することによって生体親和性を示す新規なポリマーを含む組成物であって、特にコーティング剤として各種基材の表面に生体親和性を付与可能なポリマー組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明は、ポリマー主鎖にウレタン結合を有すると共に、当該ポリマー主鎖、及び又は当該ポリマー主鎖に対する側鎖部分にポリオキシエチレン構造を含むポリマー組成物であって、タンパク質の非特異吸着を抑制するための表面を構成する目的で使用されるポリマー組成物を提供する。また、本発明は、上記ポリマー主鎖に含まれるポリオキシエチレン構造の末端が上記ウレタン結合によって結合されている上記のポリマー組成物を提供する。
【0017】
また、本発明は上記ポリマー主鎖が脂肪族ポリイソシアネートに由来する構造を含む上記のポリマー組成物を提供する。また、本発明は上記ポリマー主鎖がポリカーボネートポリオールに由来する構造を含む上記のポリマー組成物を提供する。
【0018】
また、本発明は、タンパク質の非特異吸着を抑制することによって、血液に接して使用された際に血小板の粘着頻度の低い表面を形成する目的、及び又は、細菌の粘着頻度を低下させて防汚表面を形成する目的で使用される上記のポリマー組成物を提供する。
また、本発明は上記のポリマー組成物を含む微粒子を水相中に分散させた水分散体を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るポリマー組成物によれば、PEGに由来する生体親和性を発揮すると共に、非水溶性の皮膜を形成することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明に係るポリマー組成物の血小板粘着特性を示すグラフである。
【
図2】本発明の比較例に係るポリウレタン皮膜の血小板粘着特性を示すグラフである。
【
図3】本発明に係るポリマー組成物の機械的強度を示すグラフである。
【
図4】本発明に係るポリマー組成物が含水した際の重量増加率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
上記のようにPEGは良好な生体親和性を有すると共に、生体に対する毒性が低いことが知られている。このために、所定の特性を有するポリマー構造の一部にPEGを導入することによって、PEGが発揮する生体親和性を維持しながら、耐水溶性等の特性を付与する手法について、上記のように種々の試みが行われている。
【0022】
しかしながら、PEGが有する化学的な安定性が必ずしも高くない等の理由により、PEGを固定して非水溶性にするための手段の選択肢が少なく、耐水溶性を示すと共に生体親和性を発現するコーティング剤等として各種の基材に対して広く使用可能なポリマー組成物は必ずしも得られていない。
【0023】
また、特にPEGを各種の形態で他のポリマーの構造の一部に取り込むことによって生成する水不溶性ポリマーをコーティング剤として使用する際には、一般には当該ポリマーを各種の有機溶媒に溶解した状態で基材に塗布する必要を生じる。このため、コーティングを施される基材の材質との関係において、当該ポリマーを溶解可能であると共に、基材を侵すことのない有機溶媒が存在する必要がある点で、所望の特性を有しつつ広汎な基材に対して使用可能なポリマー組成物を得ることに困難性が存在する。
【0024】
上記のような技術課題を解消し、PEGが発揮する生体親和性を維持しながら、耐水溶性等の特性を示し、且つ、各種の基材に対して広く使用可能なポリマー組成物について本発明者が鋭意検討したところ、ウレタン結合によって各種の構造が結合されてなるポリマー組成物であって、その一部にポリオキシエチレン構造を導入したポリマー組成物をコーティングしてなる表面においてはタンパク質の非特異吸着や血小板の粘着の頻度が抑制される等、生体親和性の存在を裏付ける現象を生じることを見出して、本発明に至ったものである。
【0025】
本発明に係るポリマー組成物から生成されるポリウレタンでは、以下の実施例において示すように、その構造等に応じて、従来から生体親和性を有するポリマーとして広く用いられているPMEA(ポリ-2-メトキシエチルアクリレート)やMPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)ポリマーと同程度以上のタンパク質の非特異吸着の抑制や、血小板の粘着頻度の抑制が観察される等、特に顕著な生体親和性の発現が観察される。
【0026】
本発明に係るポリマー組成物から生成されるポリウレタンが高い生体親和性を発現する機構は明らかではない。一方、生体親和性の発現はPEG等の分子の運動性に起因し、当該分子の運動性は周囲に存在する極性官能基等によって影響を受けることが明らかになっている。このような事情を考慮すれば、本発明に係るポリマー組成物から生成されるポリウレタンがポリオキシエチレン構造(PEG)を含有することによって生体親和性を発現する理由として、少なくとも当該ウレタン結合によってポリオキシエチレン構造の分子運動性が阻害等される程度が低いことが推察される。
【0027】
また、本発明に係るポリマー組成物は、一般に疎水性を示すポリウレタン骨格に対して、高い親水性を示すポリオキシエチレン構造を導入することにより、当該ポリオキシエチレン構造に起因する生体親和性等を発現させようとするものである。疎水性を示す構造と親水性を示す構造が隣接して存在する場合、両者間には一般に高い界面エネルギーが生じるため、分子鎖が有する自由度の範囲で各構造の再配置を生じることでポリマー内部での界面エネルギー等を緩和しようとする傾向が存在するものと推察される。
【0028】
以下の実施例に示すように、本発明に係るポリマー組成物では、生体親和性を示さないポリウレタン骨格に対して微量の重量割合のポリオキシエチレン構造を導入した際にも、従来から生体親和性を有するポリマーとして広く用いられているPMEAやMPCポリマーと同程度以上の生体親和性の発現が観察されている。
【0029】
上記の現象は、本発明に係るポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜が水相と接した際に、水相との界面エネルギーを駆動力にして、ポリウレタン骨格に導入されたポリオキシエチレン構造がポリウレタン皮膜表面に凝集するように再配置を生じ得ることを示唆するものと推察され、ポリオキシエチレン構造を非水溶性とする際に使用する骨格として、ポリウレタン骨格が好ましいことを示すものと考えられる。
【0030】
水相と接するポリウレタン皮膜の表面に存在するポリオキシエチレン構造の部位は、いわゆるポリマーブラシ等と称されるような状態となり、これがポリウレタン骨格等を覆い隠すことによって、タンパク質の非特異吸着を防止するように作用しているものと考えられる。
【0031】
なお、ポリエチレングリコール(PEG)の名称は、ポリオキシエチレンの重合鎖の末端が水酸基を有する際の名称であり、当該水酸基が関与する重合反応等によりポリマー内に導入されたポリオキシエチレン構造についてPEGの名称は必ずしも妥当でないが、本明細書においては、便宜的に一般的な用法に従って、ポリオキシエチレンとPEGの語が同じ物質を示すものとして使用し、ポリマー内に導入されたポリオキシエチレン構造についても、「ポリマー内に導入されたPEG」のように記載する場合がある。
【0032】
また、本明細書において「生体親和性」とは、タンパク質の非特異吸着や、血小板の粘着頻度が抑制される等、生体物質又は生体由来物質と接触した際に異物として認識されにくい特性を意味する。具体的には、例えば、補体活性化や血小板活性化を生じず、組織に対して低侵襲性又は非侵襲性であることを意味する。「生体親和性」には、「血液適合性」である態様も包含される。「血液適合性」とは、主に血小板の粘着や活性化に起因する血液凝固を惹起しないことを意味する。
【0033】
また、ウレタン結合を含むポリマー組成物は、ポリマー内に存在する各部の構造等によらず、一般に「ポリウレタン」と総称される。このため、本発明に係るPEGを導入したウレタン結合を含むポリマー組成物も「ポリウレタン」に分類可能であると共に、一般的なポリウレタンの合成方法によって合成することが可能である。以下、本発明に係るポリマー組成物を「ポリウレタン」と称することがある。
【0034】
本発明に係るポリマー組成物は、その使用の一形態として、適宜の溶媒に溶解して目的とする基材に塗布する等により、生体親和性を有する被膜を形成する目的で使用することができる。一方、ポリウレタンにおいては、そのポリマー鎖内に親水成分を含む等により水中に微粒子として安定に分散可能であって、いわゆる水性ポリウレタン樹脂として水分散体を形成し、当該水分散体を塗布等することによってポリウレタンの被膜を形成可能であることが知られている。
【0035】
本発明に係るポリマー組成物においても、親水基であるポリオキシエチレン構造を含有すること等により、水中に微粒子として分散して水分散体を形成することが可能である。そして、本発明に係るポリマー組成物を水分散体の形態でコーティング剤として使用することにより、有機溶媒に対する耐性が低い基材表面にも生体親和性を付与することが可能となる。
【0036】
上記のように、本発明に係るポリマー組成物は、疎水性のポリウレタン骨格に対して、高い親水性を示すポリオキシエチレン構造を導入するものであり、当該ポリマーが水相に接した際には、ポリマー内部での界面エネルギー等を緩和するためにポリマー表面にポリオキシエチレン構造が凝集するような再配置を生じるものと推察される。このため、本発明に係るポリマー組成物においては、当該ポリマー組成物を水相中に分散させた水性ポリウレタン樹脂の形態で使用することにより、ポリオキシエチレン構造に起因する生体親和性等の特性を示し易くなるものと考えられる。
【0037】
以下、本発明に係るポリマー組成物について詳しく説明する。
本発明に係るポリマー組成物は、通常のポリウレタンと同様に、ポリオールとポリイソシアネートを、溶剤を使用せずに、或いは、活性水素基を有しない有機溶媒中で反応させることにより合成することが可能であり、その合成過程において、ポリウレタンを構成するポリオールの一部としてポリエチレングリコール(PEG)を使用する他、ポリオキシエチレン構造を含むポリオールを使用することによって合成することができる。また、ポリウレタンを構成するためのポリイソシアネートとして、内部にポリオキシエチレン構造を有するものを使用することによっても、ポリマー組成物中にポリオキシエチレン構造を導入することができる。
【0038】
上記反応の際に、特に水分散体の形態で本発明に係るポリマー組成物を得ようとする際には、ポリオールに含まれる水酸基等の活性水素基とポリイソシアネートに含まれるNCO基とのモル比について、水酸基等の活性水素基を基準として、NCO基を1倍以上、好ましくは1.1倍以上とすることによって、いわゆるNCO末端ウレタンプレポリマーを生成し、当該NCO末端ウレタンプレポリマーを水相中に分散させて乳化することで、本発明に係るポリマー組成物を水分散体の形態とすることができる。本発明に係るポリマー組成物に含まれるPEGは、水相中で親水性セグメントとして機能するため、容易に水分散体の形態とすることができる。
【0039】
上記ポリオールに含まれる水酸基等の活性水素基とポリイソシアネートに含まれるNCO基とのモル比について、NCO基を水酸基等の活性水素基に対して1.2~3.0倍とすることによって、安定な乳化物を得ることができると共に、NCO末端ウレタンプレポリマーを低粘度化することが可能になる点で好ましい。
【0040】
また、上記ポリオールとポリイソシアネート間の反応は、30~130℃程度の温度において、30分から50時間程度の時間で終了し、本発明に係るポリマー組成物を生成することができる。その際に、当該反応を調整する目的でウレタンの合成に一般的に使用される触媒を加えることが可能であり、例えば、アミン化合物や、オクチル酸錫、ビスマスオクチル酸塩等の金属系触媒を使用することが出来る。
【0041】
本発明に係るポリマー組成物において、特にポリマー主鎖内にポリオキシエチレン構造を有するポリマー組成物を得ようとする場合には、適宜の分子量を有するPEGをポリオールの一部として反応系に混合することにより、その両端がウレタン結合により結合されたポリオキシエチレン構造を有するポリマー組成物とすることができる。
【0042】
また、ポリマー主鎖に対する側鎖部分にポリオキシエチレン構造を有するポリマー組成物を得ようとする場合には、いわゆる分岐型PEGに分類される成分をポリオールとして使用することができる。当該分岐型PEGとして、例えば、両端に水酸基を有するアルキレン基に含まれる水素原子を、ポリオキシエチレン構造を有する基で置換した構造のポリオールを使用することにより、ポリマー主鎖内にポリオキシエチレン構造が含まれないポリウレタンを生成することができる。
【0043】
本発明に係るポリマー組成物においては、例えば、上記のような形態でポリマー組成物全体に対して1wt%程度の重量割合でポリオキシエチレン構造を含有することで良好な生体親和性を発現することが可能であり、血小板の粘着等を有効に抑制することが可能である。また、ポリマー組成物に含まれるポリオキシエチレン構造の重量割合を増加することにより、ポリマー組成物へのポリオキシエチレン構造の導入形態等に関わらず良好な生体親和性を発現することが可能である。
【0044】
一方、本発明に係るポリマー組成物に含まれるポリオキシエチレン構造の重量割合が増加することによって、当該ポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜の強度が低下し、また水中に浸漬した際の含水率が増加する傾向が観察される。このため、本発明に係るポリマー組成物を用いて形成される皮膜などの用途に応じて、導入されるポリオキシエチレン構造の重量割合を小さくすることが好ましい。例えば、各ポリマー組成物を生成する際に使用するPEG成分を含むポリオール、及びポリイソシアネートの合計質量に対して、ポリオキシエチレン構造を含む当該PEG成分として使用したPEG、分岐PEG等が占める重量割合を40wt%、或いは30wt%以下とすることでポリウレタン皮膜の強度を維持可能となる。
【0045】
また、本発明に係るポリマー組成物におけるPEG成分の上記重量割合を20wt%以下とすることにより、当該ポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜の強度や、水中に浸漬した際の含水率を、ポリオキシエチレン構造を含有しないポリウレタン皮膜と同程度にすることができる点で好ましい。
【0046】
上記で使用されるPEGの平均分子量として、200~3000の範囲のものが好ましく使用することができる。PEGの重量割合の少ないポリマー組成物を合成する際には、上記の範囲内で比較的に平均分子量が200~1000程度のPEGを使用することで、PEGの添加に起因するポリマー組成物の強度低下を抑制することが可能である。一方、PEGの重量割合の大きいポリマー組成物を合成する際には、使用するポリイソシアネートの分子量等との関係で、比較的に平均分子量が大きいPEGを使用することで、大きな重量比でPEGを導入することができる。
【0047】
また、本発明に係るポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜においては、ポリマー主鎖内にポリオキシエチレン構造を含む構造とした場合と比較して、当該ポリマー主鎖に対する側鎖内にポリオキシエチレン構造を含む構造とした際に、少量のポリオキシエチレン構造の含有量において良好な生体親和性が発現すると共に、ポリオキシエチレン構造の含有量の含有量を増加させた際の強度低下や含水率の拡大が抑制される傾向が観察される。
【0048】
上記本発明に係るポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜において、ポリオキシエチレン構造が導入されるポリマー内の箇所に応じて生体親和性の発現等に違いを生じる理由は以下のように推察される。
上記のように、本発明に係るポリマー組成物が水相に接触した際には、分子鎖が有する自由度の範囲で、疎水性のポリウレタン骨格に対して導入された親水性のポリオキシエチレン構造が水相との界面部分に凝集するように再配置を生じることによって、少ないポリオキシエチレン構造の導入量によっても良好な生体親和性が発現されるものと推察される。そして、当該ポリオキシエチレン構造の再配置の生じ易さを考慮した際には、ポリマー主鎖内で両端を固定されたポリオキシエチレン構造と比較した場合に、当該ポリマー主鎖に対する側鎖として一端のみが固定され、また、主鎖と比較して分子量が小さな側鎖に含まれるポリオキシエチレン構造において再配置の自由度が大きいために、より生体親和性の発現等を生じ易いと考えられる。
【0049】
また、分岐型PEGとして、特に両端に水酸基を有するアルキレン基等に含まれる水素原子をポリオキシエチレン構造を有する基で置換した構造のポリオールを使用することにより、ポリマー主鎖内にポリオキシエチレン構造が含まれず、側鎖部分のみにポリオキシエチレン構造が含まれるポリウレタンが生成され、特に当該ポリウレタンが含水した状態での強度が確保しやすい点でも好ましい。
【0050】
本発明に係るポリマー組成物においては、その使用の目的などに応じて、単一の構造、分子量を有するPEG、分岐型PEGが使用されても良く、又は異なった構造や分子量を有するPEG等を適宜の割合で混合してポリオールの一部として使用することもできる。特に、ポリマー主鎖内、及び当該ポリマー主鎖に対する側鎖部分に導入されるポリオキシエチレン構造の割合や分子量を調整することにより、生体親和性の発現と、その他の機械的な特性等を使用の目的に応じて調整することが可能である。
【0051】
本発明に係るポリマー組成物を合成する際に、PEGと共に使用されるポリオールとして、一般にポリウレタンの合成に使用されるポリオールを特に制限無く使用することが可能であり、ポリカーボネートポリオール、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、炭化水素系ポリオール、又は分子量400以下の低分子量ポリオール等を、単独又は2種以上が組み合わせて使用することができる。
【0052】
ポリカーボネートポリオールは、例えば、脂肪族ポリオールや脂環式ポリオールを、炭酸エステルやホスゲン等のカーボネート誘導体と反応させることで得られるポリオールである。ポリカーボネートポリオールは内部にカーボネート結合を有するために、ポリカーボネートポリオールを含有するポリウレタンは一般的に強度に優れる傾向がある点で好ましい。
【0053】
本発明においては、特に脂肪族ポリオールを含むポリカーボネートポリオールが好ましく用いられる。当該脂肪族ポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、1,4-ブタンジオール、1 ,3-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール、1,3-プロピレングリコール、1,2-プロピレングリコール、1,6-ヘキサンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、ネオペンチルグリコール等が挙げられ、これらは単独又は2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0054】
ポリエステルポリオールは、例えば、前記の低分子量ポリオールと多価カルボン酸とを反応させてなるエステル化縮合物であって、末端が水酸基で終端される構造を有するものである。前記多価カルボン酸としては、例えば、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバシン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、テトラヒドロフラン酸、エンドメチンテトラヒドロフラン酸、又はヘキサヒドロフタル酸などが挙げられる。
【0055】
ポリエーテルポリオールは、例えば、前記低分子量ポリオール等に、エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド、ブチレンオキサイド等のアルキレンオキサイドを付加重合したものである。本発明に係るポリマー組成物においては、PEGをポリオールの一部として使用する他に、エチレンオキサイドを含むポリエーテルポリオールを使用することによってもポリマー組成物内にPEGの構造を導入することが可能である。
【0056】
炭化水素系ポリオールは、炭化水素鎖の末端を水酸基で終端したもので、例えば、ポリブタジエンポリオール、ポリイソプレンポリオール、水添ポリブタジエンポリオール、又は水添ポリイソプレンポリオール等を使用することができる。
【0057】
分子量が400以下の低分子量ポリオールは、本発明に係るポリマー組成物におけるPEGの重量割合を大きくする際に有効に使用される。分子量が400以下の低分子量ポリオールとして、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2-プロピレングリコール、1 ,3-プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、3-メチルペンタンジオール(MPD)、1,6-ヘキサンジオール(1,6-HD)、1,8-オクタンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、ビスフェノールA、水添ビスフェノールA、シクロヘキサンジメタノール、グリセリン、トリメチロールプロパン等が挙げられる。
【0058】
PEGと共に使用されるポリオールとして、耐水性に優れた被膜が得られることから、ポリカーボネートポリオールを含有することが好ましい。ポリカーボネートポリオールの含有量は特に限定されないが、PEGを除いたポリオール成分100質量部のうち、90質量部以上が好ましく、95質量部以上とすることがより好ましい。
本発明に係るポリマー組成物を合成する際に使用されたポリオールは、その末端の水酸基がイソシアネートと反応してウレタン結合を形成し、ポリマー組成物の主鎖部分に当該ポリオールに由来する構造が導入される。
【0059】
本発明に係るポリマー組成物を合成する際に使用されるポリイソシアネートは、一般にポリウレタンの合成に使用されるポリイソシアネートを特に制限無く使用することが可能であり、脂肪族ポリイソシアネート、脂環族ポリイソシアネート、芳香族ポリイソシアネート等を、単独又は2種以上が組み合わせて使用することができる。
【0060】
上記脂肪族ポリイソシアネートとして、例えば、テトラメチレンジイソシアネート、ドデカメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート(HMDI)、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、2,4,4-トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート、2-メチルペンタン-1,5-ジイソシアネート、3-メチルペンタン-1,5-ジイソシアネート等を使用することができる。
【0061】
本発明に係るポリマー組成物においては、ポリイソシアネートとして脂肪族ポリイソシアネートを用いた場合に、当該ポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜において高い強度が得られる傾向が見られると共に、水相中に浸漬した際の重量増加が抑制される傾向が見られる。
上記観点から、本発明に係るポリマー組成物を生成する際には、脂肪族ポリイソシアネートが好ましく使用され、例えば、使用するポリイソシアネート100質量部に対する脂肪族ポリイソシアネートの割合が80質量部以上、より好ましくは90質量部以上とすることで強度の高いポリウレタン皮膜を形成することができる。
【0062】
前記脂環族ポリイソシアネートとして、例えば、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、水添キシリレンジイソシアネート、4,4’-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(H12MDI)、1,4-シクロヘキサンジイソシアネート、メチルシクロヘキシレンジイソシアネート、1,3-ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサン等を用いることができる。
【0063】
また、前記芳香族ポリイソシアネートとして、トリレンジイソシアネート(TDI)、2,2’-ジフェニルメタンジイソシアネート、2,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、4,4’-ジベンジルジイソシアネート、1,5-ナフチレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、1,3-フェニレンジイソシアネート、1,4-フェニレンジイソシアネート等が挙げられる。
本発明に係るポリマー組成物を合成する際に使用されたポリイソシアネートは、その末端がポリオール等が有する水酸基と反応してウレタン結合を形成し、ポリマー組成物の主鎖部分に当該ポリイソシアネートに由来する構造が導入される。
【0064】
上記ポリオールとポリイソシアネートを反応させてウレタン結合を生じる際の反応媒として使用される有機溶媒として、一般にポリウレタンの合成に使用される活性水素基を有しない有機溶媒であれば制限無く使用することができる。例えば、ジオキサン、メチルエチルケトン、ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、N - メチル- 2 - ピロリドン、トルエン、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート等を使用することができる。
【0065】
また、上記ポリマー組成物を微粒子として水相中に分散させた水分散体とする際には、各種の鎖伸長剤により高分子量化をおこなうことができる。鎖伸長剤としては、特に限定されないが具体的には、エチレンジアミン、トリメチレンジアミン、ピペラジン、イソホロンジアミン、ジエチレントリアミン、ジプロピレントリアミン、トリエチレンテトラミン等のポリアミン、エチレングリール、ジエチレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール、1,3-プロピレングリコール、1,2-プロピレングリコール、1,6-ヘキサンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、ネオペンチルグリコール等のポリオールが挙げられる。また、水相中に存在する水分子により高分子量化をおこなうことができる。
【0066】
上記ポリマー組成物を水中において分散乳化を行う場合に、乳化剤として界面活性剤を使用してもよい。界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、非イオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤等が挙げられる。これらの界面活性剤は、1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。
【0067】
非イオン界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、炭素数8~24のアルコール類、炭素数8~24のアルケノール類、多環フェノール類、炭素数8~44のアミン類、炭素数8~44のアミド類、炭素数8~24の脂肪酸類、多価アルコール脂肪酸エステル類、油脂類、ポリプロピレングリコールのアルキレンオキサイド付加物、多環フェノール類のアルキレンオキサイド付加物、プルロニック(登録商標)型非イオン界面活性剤等が挙げられる。多環フェノール類のアルキレンオキサイド付加物としては、特に限定されないが、例えば、ポリオキシエチレンジスチリルフェニルエーテル型非イオン界面活性剤、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンジスチリルフェニルエーテル型非イオン界面活性剤、ポリオキシエチレントリスチリルフェニルエーテル型非イオン界面活性剤、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレントリスチリルフェニルエーテル型非イオン界面活性剤等が挙げられる。ここで、非イオン界面活性剤中に2種以上のアルキレンオキサイドが付加している場合、ブロック付加であってもランダム付加であってもよい。
【0068】
アニオン界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、アルコール類、アルケノール類、前記非イオン界面活性剤のアルキレンオキサイド付加物のアニオン化物等が挙げられる。
カチオン界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、炭素数8~24のモノアルキルトリメチルアンモニウム塩、炭素数8~24のジアルキルジメチルアンモニウム塩、炭素数8~24のモノアルキルアミン酢酸塩、炭素数8~24のジアルキルアミン酢酸塩、炭素数8~24のアルキルイミダゾリン4級塩等が挙げられる。
【0069】
界面活性剤としては、他の成分との混合性に優れる観点から、非イオン界面活性剤が好ましく、多環フェノール類のアルキレンオキサイド付加物、プルロニック(登録商標)型非イオン界面活性剤がより好ましい。
界面活性剤の使用量としては、上記ポリマー組成物の固形分100質量部に対し、0.5質量部以上が好ましく、2質量部以上がより好ましい。また、10質量部以下が好ましく、8質量部以下がより好ましい。
【0070】
本発明に係るポリマー組成物は、ポリマー組成物を予め微細な分散体として水相中に分散した水分散体とし、これを被膜を形成する基材の表面に塗布等することによりコーティング剤として使用することができる。本発明に係るポリマー組成物を水分散体として使用することにより、溶媒としての有機溶剤を使用せずに基材の表面に塗布することが可能となり、特に有機溶剤に対する耐性が低い基剤にも使用可能になる点で好ましい。
【0071】
本発明に係るポリマー組成物を水分散体とする方法は特に限定されず、例えば、上記ポリオールとポリイソシアネートを、活性水素基を有しない有機溶媒中で反応させてウレタン結合を形成させた後、水と混合して攪拌することで分散乳化を行うことにより本発明に係るポリマー組成物の水分散体とすることができる。
【0072】
以下に実施例に示すように、本発明に係るポリマー組成物により形成された被膜の表面においてはタンパク質の非特異吸着の抑制が観察されると共に、所定の血漿タンパクの存在下において血小板の粘着頻度の低下が観察される。このことから、本発明に係るポリマー組成物は、タンパク質の非特異吸着を抑制するための表面を構成する目的で好適に使用可能なものであり、特に生体親和性の発現が求められる人工臓器や医療用具等の表面を構成する材料として使用することが可能である。
【0073】
「人工臓器」や「医療用具」の例としては、血液等の生体物質に接触する部位を有する人工臓器や医療用具が挙げられ、具体的には、血液フィルター、人工肺装置、透析装置、血液保存バッグ、血小板保存バッグ、血液回路、人工心臓、留置針、カテーテル、ガイドワイヤー、ステント、人工血管、内視鏡が挙げられるが、これらに限定されない。
【0074】
「人工臓器」や「医療用具」を構成し、本発明に係るポリマー組成物によって表面に被膜が形成される基材の材質や形状は、特に制限されない。例えば、材質としては、木錦、麻等の天然ポリマー、ナイロン、ポリエステル、ポリアクリロニトリル、ポリオレフィン、ハロゲン化ポリオレフィン、ポリウレタン、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ(メタ) アクリレート、エチレン- ビニルアルコールコポリマー、ブタジエン- アクリロニトリルコポリマー等の合成ポリマー及びそれらの混合物が挙げられる。また、金属、セラミクス及びそれらの複合材料等も例示される。人工臓器や医療用具が、複数種の基材より構成されていても構わない。
例えば、形状としては、多孔質体、繊維、不織布、粒子、フィルム、シート、チューブ、中空糸や粉末等の形状を有する基材の表面に、本発明に係るポリマー組成物を適用して皮膜を形成することができる。
【0075】
人工臓器や医療用具等に、細菌付着防止特性及び/ 又は炎症抑制特性を付与する際には、生体内組織や血液と接する表面の少なくとも一部、好ましくは生体内組織や血液と接する表面のほぼ全体に、本発明に係るポリマー組成物を適用して皮膜を形成することが好ましい。
【0076】
本発明に係るポリマー組成物は、生体内組織や血液と接して使用される人工臓器や医療用具の全体を構成する材料、又はその表面部を構成する材料として用いることが可能であり、体内埋め込み型の人工器官や治療器具、体外循環型の人工臓器類、手術縫合糸、カテーテル類( 血管造影用カテーテル、ガイドワイヤー、PTCA用カテーテル等の循環器用カテーテル、胃管カテーテル、胃腸カテーテル、食道チューブ等の消化器用カテーテル、チューブ、尿道カテーテル、尿菅カテーテル等の泌尿器科用カテーテル) 等の医療用具の血液と接する表面の少なくとも一部、好ましくは血液と接する表面のほぼ全体が、本発明に係るポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜で構成されることが望ましい。また、本発明に係るポリマー組成物で構成されるポリウレタン皮膜は、止血剤、生体組織の粘着材、組織再生用の補修材、薬物徐放システムの担体、人工膵臓や人工肝臓等のハイブリッド人工臓器、人工血管、塞栓材、細胞工学用の足場のためのマトリックス材料等に用いてもよい。
これらの人工臓器や医療用具においては、血管や組織への挿入を容易にして組織を損傷しないため、更に表面潤滑性を付与してもよい。
【0077】
具体的には、本発明に係るポリマー組成物を、血液フィルターを構成する基材表面の少なくとも一部にコーティングしてもよい。また、血液バッグと前記血液バッグに連通するチューブの血液と接する表面の少なくとも一部に本発明に係るポリマー組成物をコーティングしてもよい。また、チューブ、動脈フィルター、遠心ポンプ、ヘモコンセントレーター、カーディオプレギア等からなる器械側血液回路部、チューブ、カテーテル、サッカー等からなる術野側血液回路部から構成される体外循環血液回路の血液と接する表面の少なくとも一部を本発明に係るポリマー組成物でコーティングしてもよい。
【0078】
本発明に係るポリマー組成物を留置針組立体に使用する際には、先端に鋭利な針先を有する内針と、前記内針の基端側に設置された内針ハブと、前記内針が挿入可能な中空の外針と、前記外針の基端側に設置された外針ハブと、前記内針に装着され、かつ前記内針の軸方向に移動可能なプロテクタと、前記外針ハブと前記プロテクタとを連結する連結手段とを備えた留置針組立体の、血液と接する表面の少なくとも一部が本発明のポリマー組成物でコーティングされてもよい。また、長尺チューブとその基端(手元側) に接続させたアダプターから構成されるカテーテルの血液と接触する表面の少なくとも一部が本発明に係るポリマー組成物でコーティングされてもよい。
【0079】
ガイドワイヤーの血液と接触する表面の少なくとも一部が本発明に係るポリマー組成物でコーティングされてもよい。また、金属材料やポリマー材料よりなる中空管状体の側面に細孔を設けたものや金属材料のワイヤやポリマー材料の繊維を編み上げて円筒形に成形したもの等、様々な形状のステントの血液と接触する表面の少なくとも一部が本発明に係るポリマー組成物でコーティングされてもよい。
【0080】
本発明に係るポリマー組成物を人工心肺に使用する際には、多数のガス交換用多孔質中空糸膜をハウジングに収納し、中空糸膜の外面側に血液が流れ、中空糸膜の内部に酸素含有ガスが流れるタイプの中空糸膜外部血液灌流型人工肺の、中空糸膜の外面もしくは外面層に、本発明に係るポリマー組成物が被覆されている人工肺としてもよい。
透析液が充填された少なくとも一つの透析液容器と、透析液を回収する少なくとも一つの排液容器とを含む透析液回路と、前記透析液容器を起点とし、又は、前記排液容器を終点として、透析液を送液する送液手段とを有する透析装置であって、その血液と接する表面の少なくとも一部が本発明に係るポリマー組成物でコーティングされてもよい。
【0081】
本発明に係るポリマー組成物を「人工臓器」や「医療用具」等の表面に保持させる方法としては、通常の塗布法によるコーティングの他に、放射線、電子線及び紫外線によるグラフト重合、基材の官能基との化学反応を利用して導入する方法等の公知の方法が使用されてもよい。この中でも特にコーティング法は製造操作が容易であるため、実用上好ましい。更にコーティング方法についても、塗布法、スプレー法、ディップ法等が特に制限なく、目的に応じて適用することができる。本発明に係るポリマー組成物により形成される皮膜の膜厚は特に制限されない、例えば、0.1μm~1mm程度の膜厚を有する皮膜として使用することができる。
【0082】
本発明に係るポリマー組成物の塗布法によるコーティング処理は、本発明に係るポリマー組成物の水分散体を用いる他に、適当な溶媒に本発明の生体親和性ポリマー組成物を含む組成物を溶解した溶液に対して、コーティングを行う部材を浸漬した後、余分な溶液を除き、ついで風乾させる等の簡単な操作で実施できる。また、コーティングを行う部材に本発明に係るポリマー組成物をより強固に固定化させるために、コーティング後に熱を加え、本発明に係るポリマー組成物との接着性を更に高めることもできる。また、表面を架橋することで固定化してもよい。架橋する方法として、コモノマー成分として架橋性モノマーを導入してもよい。また、電子線、γ線、光照射によって架橋してもよい。
【0083】
また、本発明に係るポリマー組成物から生成されるポリウレタン表面へのタンパク質の非特異吸着や、その後の変性、多層吸着が抑制可能であることを利用して、本発明に係るポリマー組成物を、細菌の粘着頻度を低下させることによって各種の生物的な汚染を防止するための防汚表面を形成する目的で使用することも可能である。つまり、大腸菌等が物質表面に接着する際にも、当該物質表面に吸着しているタンパク質等を足場とすることが知られており、本発明に係るポリマー組成物のようにタンパク質の吸着頻度が低い表面においては、大腸菌の接着頻度が低下することが期待される。
【0084】
防汚表面を形成する用途として、例えば、医療現場で水を用いて各種器具や汚物を洗浄する際の流し台等を始めとして、一般用の流し、浴場、トイレ等、各種タンパク質や細菌を含む水が接する表面に対して、本発明に係るポリマー組成物を用いることで、当該水に含まれるタンパク質や細菌の吸着が抑制されることが期待される。
当該防汚材料は、感染症予防用材料や細菌付着防止用材料として使用される他、船底や護岸等の生物が生息する水と接する部分であって、各種生物の付着が問題となる部分に用いることで生物の付着を防止する生物防着材料として使用することができる。
以下、本発明について実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明は当該実施例等に限定して理解されるものではない。
【実施例0085】
[ポリウレタンの水分散体の合成]
(実施例1)
攪拌機、還流冷却管、温度計および窒素吹き込み管を備えた4つ口フラスコを使用して、反応媒としてのメチルエチルケトン90質量部に対して、ポリオール成分(A成分)としての1,6-ヘキサンジオールのポリカーボネートジオール(PCD(1,6-HD)、宇部興産株式会社製、製品名;ETERNACOLL UH-100、数平均分子量 約1000、平均水酸基価110mgKOH/g)を49.9質量部、ポリエチレングリコール(第一工業製薬(株)製、製品名;PEG-1000、数平均分子量 約1000、平均水酸基価110mgKOH/g)を33.3質量部、及びポリイソシアネート成分(B成分)としてのヘキサメチレンジイソシアネート(HMDI)(デュラネート50MS,旭化成ケミカルズ製)を16.8質量部、反応触媒として有機錫系化合物(bis (neodecanoyloxy) dioctylstannane, Songwon Industrial Co., Ltd.)0.0035質量部を加えて、75℃で4時間反応させることでウレタンプレポリマーを生成させ、当該ウレタンプレポリマーがメチルエチルケトンに溶解してなる溶液を得た。
【0086】
上記溶液を45℃まで冷却し、6.0質量部に相当する界面活性剤(製品名;ノイゲンEA-157、第一工業製薬(株)製)と、0.05質量部に相当するシリコン系の消泡剤を加えたものに対して、水1408質量部を徐々に加えながら、ホモジナイザーを使用してウレタンプレポリマーを液相中に乳化分散させることで分散体とした。その後、水による鎖伸長反応を1時間行った後に、これを減圧下、50℃の環境に保持して反応媒のメチルエチルケトンを蒸発除去することで、不揮発成分を約7.3%含有するポリウレタン水分散体を得た。
【0087】
(実施例2~10)
上記PCD(1,6-HD)、HMDIの量比、及び、使用するPEGの量比、平均分子量、構造等を種々変化させて、実施例1と同様の方法でポリウレタン水分散体を製造した。表1には、実施例2~10において使用した各原料成分の内訳(質量部)を、実施例1と合わせて示す。
【0088】
なお、表1において、PEG-600(第一工業製薬(株)製、製品名;PEG-600S、数平均分子量:約600、平均水酸基価187mgKOH/g)、PEG-2000(第一工業製薬(株)製、製品名;PEG-2000、数平均分子量:約2000、平均水酸基価56mgKOH/g)はポリエチレングリコールである。また、ブランチPEGは、両端に水酸基を有するアルキレン鎖の水素原子を、ポリオキシエチレン構造を含む基等で置換した構造を有するジオール(YmerN120,Perstorp社製)であり、数平均分子量が約1020、平均水酸基価110mgKOH/gである。
【0089】
【0090】
(実施例11~17)
上記ポリオール成分(A成分)、及びポリイソシアネート成分(B成分)の種類や量比、及び、使用するPEGの量比、平均分子量、構造等を種々変化させて、実施例1と同様の方法でポリウレタン水分散体を製造した。表2には、実施例11~17において使用した各原料成分の内訳(質量部)を示す。
なお、表2において、ポリエステルポリオール(MPD/AA; 3-メチル-1,5-ペンタンジオール/アジピン酸)は、数平均分子量が約1000(クラポールP-1010:クラレ製)のものを使用した。また、ポリテトラメチレングリコール(PTMG)は、数平均分子量が約1000(PloyTHF 1000S:BASFジャパン製)のものを使用した。
【0091】
【0092】
(比較例1)
以下のようにして、PEGを含有しないウレタンプレポリマーが水相中に分散したポリウレタン水分散体を得た。
攪拌機、還流冷却管、温度計および窒素吹き込み管を備えた4つ口フラスコを使用して、反応媒としてのメチルエチルケトン90質量部に対して、ポリオール成分(A成分)としての1,6-ヘキサンジオールのポリカーボネートジオール(PCD(1,6-HD)、宇部興産株式会社製、製品名;ETERNACOLL UH-100、数平均分子量 約1000、平均水酸基価110mgKOH/g)を70.1質量部と、ジメチロールプロピオン酸(DMPA)を6.3質量部、及びポリイソシアネート成分(B成分)としてのヘキサメチレンジイソシアネート(HMDI)23.6質量部を加えて、75℃で4時間反応させることでウレタンプレポリマーを生成させ、当該ウレタンプレポリマーがメチルエチルケトンに溶解してなる溶液を得た。当該溶液において、不揮発分に対する遊離のイソシアネート基含有量は1.97%であると見積もられた。
【0093】
上記溶液を45℃まで冷却し、トリエチルアミン(TEA)4.7質量部を加えて中和し、水354.5質量部を徐々に加えながら、ホモジナイザーを使用し乳化分散させることで分散体とした。その後、水による1時間鎖伸長反応を行った後に、これを減圧、50℃の環境に保持して反応媒のメチルエチルケトンを蒸発除去することで、不揮発成分を約26.4%含有するポリウレタン水分散体を得た。
【0094】
(比較例2~4)
表3には、比較例2~4において使用した各原料成分の内訳(質量部)を、比較例1と合わせて示す。比較例2~4では、上記PCD(1,6-HD)とHMDIの量比、ポリオール成分(A成分)としてのジメチロールプロピオン酸(DMPA)の使用等について、表3に示すようにした以外は、比較例1と同様の方法でポリウレタン水分散体を製造した。
【0095】
【0096】
(比較例5)
表3に示す組成でポリオール成分(A成分)、ポリイソシアネート成分(B成分)を混合し、特に比較例5では反応触媒として有機錫系化合物(bis (neodecanoyloxy) dioctylstannane, Songwon Industrial Co., Ltd.)0.02質量部を加えて、比較例1と同様にウレタンプレポリマーのメチルエチルケトン溶液を得た。
その後、この溶液を45℃まで冷却し、硫酸ジメチル5.9質量部を添加し、4級化反応を行ったのち、水455.5質量部を徐々に加えながら、ホモジナイザーを使用し乳化分散させることで分散体とした。その後、水による1時間鎖伸長反応を行った後に、これを減圧、50℃の環境に保持して反応媒のメチルエチルケトンを蒸発除去することで、不揮発分約18.6%のポリウレタン水分散体を得た。
【0097】
(比較例6)
反応触媒を使用しない以外は、表3に示す組成で、比較例5と同様の操作を行うことで不揮発分約26.5%のポリウレタン水分散体を得た。
【0098】
上記実施例1~17及び比較例1~6において、合成したウレタンプレポリマーのメチルエチルケトン溶液において、不揮発分に対する遊離のイソシアネート基含有量をJIS K 7301に準じて測定した結果を表4~6に示す。また、各ポリウレタン水分散体内の不揮発分の重量について、JIS K 6828-1:2003(ポリウレタン水分散体の不揮発分の重量)に準じた測定を行った結果を表4~6に併せて示す。
【0099】
【0100】
【0101】
【0102】
[タンパク質の吸着性の評価]
以下の方法により、上記実施例5,実施例13,比較例3に係るポリマー組成物についてタンパク質(フィブリノーゲン)の吸着性を評価した。
上記ポリマー組成物を用いてポリプロピレン製の96wellプレート上にポリウレタン皮膜を形成するために、各ポリマー組成物の水分散体を凍結乾燥させて各ポリマーを単離した後、ジクロロメタン(CH2Cl2)に溶解して0.2(wt/v%)の溶液としたものを96Wellプレート内に滴下/乾燥して、その底部に各ポリウレタン皮膜を形成してサンプルとした。また、比較のために、生体親和性を示さないPP(ポリプロピレン)、及び、高い生体親和性を示すことが知られているPMEAと、MPC(2-Methacryloyloxyethyl phosphorylcholine)をBMA(ブチルメタアクリレート)と共重合させて非水溶化したポリマーの各皮膜を同様に形成したものを使用した。
【0103】
上記各サンプルに対して、単位面積当たりのフィブリノーゲン量が156(μg/cm2)となるように調整した水溶液を供給した状態で、37℃で1時間のインキュベートを行った後、水溶液を除き、PBS(-)を用いてウェルを洗浄した。その後、各wellに吸着したフィブリノーゲンを水相に回収するため、0.5%のSDS+1NのNaOH水溶液を30μL加えて2時間インキュベートした。その後、Micro BCA Protein Assay Kit(Thermo Fischer Scientific社製)を用いたタンパク質の定量を行った。
上記測定の結果を表7に示す。生体親和性を示さないPP表面に3.8(μg/cm2)のフィブリノーゲン量が吸着する一方で、生体親和性を示すことが知られているPMEA、MPCポリマーの表面には、それぞれ0.8(μg/cm2)、1.7(μg/cm2)のフィブリノーゲンが吸着することが観察された。
【0104】
上記に対して、本発明に係る実施例5,13においては、それぞれ1.7(μg/cm2)、0.8(μg/cm2)のフィブリノーゲンの吸着が観察され、当該実施例5,13に係るポリウレタン皮膜表面でのタンパク質の吸着性がPMEA、MPCポリマーと同程度であることが示された。一方、ポリオキシエチレン構造を導入していない比較例5に係るポリウレタン皮膜表面でのフィブリノーゲンの吸着量は3.0(μg/cm2)であり、PPに近いタンパク質の吸着性を示すことが示された。
上記の結果から、本発明においてポリウレタン骨格内にポリオキシエチレン構造を導入することにより、タンパク質の吸着を抑制することが可能であることが示される。
【0105】
【0106】
[ポリウレタン水分散体を用いて作成されるポリウレタン皮膜の評価]
上記実施例1~17、及び、比較例1~6で得られた各ポリマー組成物の水分散体を、乾燥後の膜厚が200μmとなるようにテフロン(登録商標)コ-ティングシャーレに投入して、20℃で3日間、80℃で1時間乾燥をさせた後、更に120℃で30分乾燥して水分散体中に分散したウレタンプレポリマーを相互に融着させることでポリウレタン皮膜として、以下の各試験を行った。
【0107】
(血小板粘着指数の評価)
血小板粘着試験は以下の方法で行った。アメリカ合衆国で採血された実験用購入血であるヒト全血は、採血後5日以内で実験に使用した。冷蔵状態にあったヒト全血を室温下で30分程度置くことで常温に戻した。その後、転倒混和を3回行い、遠心分離機(テーブルトップ遠心機 2420、KUBOTA)により1500rpmで5分間遠心分離した。この時の上澄み(淡黄色半透明)を約500μL採取し、これを多血小板血漿(Platelet Rich Plasma; PRP)とした。採取後、さらに4000rpmで10分間遠心分離し、上澄み(淡黄色透明)を約2mL採取し、これを少血小板血漿(Platelet Poor Plasma; PPP)とした。血球計算盤を用いてPBS(-)にて800倍に薄めたPRP中の血小板をカウントすることでPRP中の血小板濃度を算出し、播種濃度が3.0×107 cells/cm2になるようにPRPをPPPで希釈し、血小板懸濁液を調製した。
【0108】
上記で作成してシャーレから剥離し、予め生理食塩水で十分に湿潤させた各ポリウレタン皮膜表面を予めに、上記で調製した血小板懸濁液を450μL(約300μL/cm2)載せて、37℃で1時間インキュベートすることで血小板を粘着させた。その後、血小板懸濁液を除去し、PBSにより洗浄を2回行った後、1%グルタルアルデヒド(25%グルタルアルデヒド、polyscience, Inc. 01909を1/25にPBS(-)で希釈したもの)溶液に浸漬して37℃で2時間インキュベートすることで粘着した血小板を基板上に固定化させた。固定化後、PBS(-)(10分)、PBS(-):水=1:1(8分)、水(8分、10分)に各1回ずつ浸漬させることで洗浄を行った。洗浄後、3時間風乾させたのちに、シリカゲルを入れた容器内で1日以上乾燥を行った。乾燥後、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope; SEM、KEYENCE、3Dリアルサーフェスビュー顕微鏡 VE-9800)で基板表面を観察することで、各ポリウレタン皮膜表面に粘着した血小板の数をカウントした。
【0109】
一方、血液適合性を示さないことが知られているPET(Polyethylene Terephthalate)膜表面に対して、上記と同様の方法で血小板を粘着させた際の血小板粘着数をカウントしてネガティブコントロールとし、当該PET表面でのカウント数で上記各ポリウレタン皮膜表面での血小板粘着数を除することで標準化した値を「血小板粘着指数」とした。当該血小板粘着指数によれば、評価に使用する血液の状態に由来する血小板粘着頻度の相違が除外され、サンプル表面が示す血液適合性の程度を適正に評価することができる。
【0110】
また、生体親和性を示す表面における血小板粘着の程度を明らかにするために、高い生体親和性を示すことが知られているPMEAと、MPCをBMA(ブチルメタアクリレート)と共重合させて非水溶化したポリマーについても、上記と同時に血小板粘着試験を行い、これをポジティブコントロールとした。
【0111】
(耐水性の測定)
上記で作成した各ポリウレタン皮膜をシャーレから剥離して、所定の大きさ(2cm×4cm)に切断して評価サンプルとした。当該評価サンプルについて、試験液としての水道水(20℃)に4時間浸漬する前後の重量を測定して、下記式により重量増加率を求めることで、各ポリウレタン皮膜の耐水性を評価した。
重量増加率=(浸漬後重量-浸漬前重量)/浸漬前重量×100(%)
【0112】
(機械的特性の測定)
上記で作成した各ポリウレタン皮膜をシャーレから剥離して、JIS K6301(2010)に準じ、幅10mm、長さ100mmの短冊状に切断して引張試験用の評価サンプルとした。
試験は、引張試験機〔オリエンテック社製、製品名「テンシロンUTM-III-100」〕を用いて、チャック間距離50mm、引張速度500mm/分にて、温度23℃(相対湿度55%)で引張試験を行い、各サンプルが示す最大引張応力を測定し、当該最大引張応力をサンプルの初期断面積で除することで最大点強度(N/mm2)とした。
上記各試験の結果を、表8~10にまとめて示す。
【0113】
【0114】
【0115】
【0116】
[評価結果]
(1)血小板粘着試験
図1には、本発明に係るポリマー組成物により構成される各ポリウレタン皮膜表面での血小板粘着指数を、当該ポリマー組成物に導入されたポリオキシエチレン構造の量に対してプロットした結果を示す。なお、
図1,3,4においては、各ポリマーを生成する際に使用したPEG成分を含むポリオール、及びポリイソシアネートの合計質量に対して、当該PEG成分として使用したPEG,分岐PEGが占める質量割合を「PEG導入量(wt%)」として記載した。
【0117】
また、
図2には、PEGを含有しない比較例1~6に係る各ポリウレタン皮膜表面での血小板粘着数を示す。
図1,2においては、PET表面で観察された血小板粘着数を100として、各サンプル表面で観察された血小板粘着数の程度(血小板粘着指数)をそれぞれ示す。なお、
図1等において、「○」で示すものはポリマー主鎖内にポリオキシエチレン構造を有するものであり、「▲」で示すものはポリマーの側鎖部分にポリオキシエチレン構造を有するものである。
【0118】
図1に示すように、PEGを導入した本発明に係るポリマー組成物により構成される各ポリウレタン皮膜においては、そのポリマー構造の違いや、PEG導入量に応じて血小板粘着指数に違いを生じる一方で、いずれの皮膜においても40以下の血小板粘着指数を示すことが示され、特に
図2に示すポリオキシエチレン構造を導入しないポリウレタン(比較例1~6)と比較して生体親和性が改善されることが示された。
【0119】
また、表9に示すように、高い生体親和性を示すPMEAやMPCポリマーが15程度以下の血小板粘着指数を示した(
図1内のグレーの範囲)のに対して、所定の組成を有する本発明に係るポリマー組成物においては、当該ポリマーと同程度以下の血小板粘着指数が得られたことから、本発明に係るポリマー組成物が高い生体親和性を示すことが推察された。
【0120】
特に、ポリマーの側鎖部分にポリオキシエチレン構造を導入したポリマー(▲)においては、ポリオキシエチレン構造の導入量が3.0wt%の場合(実施例7)においてもPMEA等と同程度以下の血小板粘着指数を示し、少量のポリオキシエチレン構造を導入によって高い生体親和性を示すことが推察された。
一方、
図2に示すように、PEGを含有しない各ポリウレタン皮膜(比較例1~6)の表面では、当該ポリウレタンの微細構造等に関係なく、生体親和性を示さないPETと同程度の結晶板粘着を生じることが明らかとなった。この結果は、本発明に係るポリウレタン皮膜が示す生体親和性は、ポリウレタン自体の構造に由来するものでなく、本発明においてポリウレタンに導入したポリオキシエチレン構造(PEG)に起因して発現したものであることが示唆された。
【0121】
(2)ポリウレタン皮膜の強度試験
図3には、本発明に係るポリマー組成物により構成される各ポリウレタン皮膜が示す最大点強度と、当該ポリウレタンに導入されたPEG(ポリオキシエチレン構造)の導入量(wt%)との関係を示す。
図3に示すように、一般にポリオキシエチレン構造の導入量の増加に従って、最大点強度が低下する傾向が観察された。一方、PEGの導入量を30wt%以下とすることにより、ポリオキシエチレン構造の導入していないポリウレタン皮膜(比較例1)と同程度の強度が維持されることが示された。
【0122】
更に、特にPEG成分以外のポリオールとしてポリカーボネートポリオールを使用し、ポリイソシアネートとして脂肪族ポリイソシアネートを使用するポリマーや、ポリマーの側鎖部分にポリオキシエチレン構造を導入したポリマーにおいて、最大点強度が高くなる傾向が見られた。
【0123】
(3)耐水性評価試験
図4には、水中への浸漬によって本発明に係るポリマー組成物により構成される各ポリウレタン皮膜が含水時に示す重量増加率と、当該ポリウレタンに導入されたPEG量(wt%)との関係を示す。
図4に示すように、一般にPEG導入量の増加に従って、水中への浸漬による含水率が増加し、耐水性が低下する傾向が観察された。一方、PEGの導入量を30wt%以下とすることにより、ポリオキシエチレン構造の導入していないポリウレタン皮膜(比較例1)と同程度の重量増加率が維持され、所定の耐水性を有することが示された。また、いずれのポリマー組成物においても、水相中に溶出する様子は観察されず、非水溶性を示した。
【0124】
更に、特にPEG成分以外のポリオールとしてポリカーボネートポリオールを使用し、ポリイソシアネートとして脂肪族ポリイソシアネートを使用するポリマーにおいては、他の構造のポリオール/ポリイソシアネートを使用するポリマーに対して含水による重量増加率が小さいことが示された。
また、特にポリマーの側鎖部分にポリオキシエチレン構造を導入したポリマー(実施例5)においては、ポリオキシエチレン構造の導入量の増加に伴う重量増加率の増加が抑制される傾向が見られた。
本発明に係るポリマー組成物によれば、PEG等のポリオキシエチレン構造に由来する生体親和性が発揮されると共に、非水溶性の皮膜を形成することが可能であり、容易に生体親和性を有する表面を形成することが可能となる。