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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157343
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】低水素系被覆アーク溶接棒
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/365 20060101AFI20221006BHJP
   B23K 35/30 20060101ALN20221006BHJP
【FI】
B23K35/365 P
B23K35/365 F
B23K35/30 330A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061509
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】高橋 将
(72)【発明者】
【氏名】渡部 雅大
(72)【発明者】
【氏名】三浦 瑠太
(72)【発明者】
【氏名】小松 実紗子
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA02
4E084AA03
4E084AA04
4E084AA07
4E084AA08
4E084AA09
4E084AA17
4E084AA18
4E084AA23
4E084AA44
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA11
4E084BA12
4E084CA03
4E084CA16
4E084CA23
4E084CA25
4E084CA26
4E084CA29
4E084CA32
4E084CA33
4E084DA02
4E084EA07
(57)【要約】
【課題】 難吸湿である特性及び被覆の耐脱落特性を向上させた低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】 低水素系被覆アーク溶接棒において、被覆剤全質量に対する質量%で、金属炭酸塩の合計:30~55%、金属弗化物の合計:8~20%、TiO換算値の合計及びZrO換算値の合計の1種又は2種の合計:2~8%、SiO換算値の合計:5~8%、Al換算値の合計:0.2~1.5%、Na換算値の合計:1.1~1.5%、K換算値の合計:0.8~1.0%、Li換算値の合計:0.02~0.07%、Si:2~5%、Mn:1~6%、Fe:4~30%、Ti:0.5~2.0%、ヘクトライト:0.1~1.0%を含有し、前記被覆剤を鋼心線に低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で25~45%の被覆率で塗装することを特徴とする。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、
前記被覆剤は、被覆剤全質量に対する質量%で、
金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:30~55%、
金属弗化物の1種又は2種以上の合計:8~20%、
Ti酸化物のTiO換算値の合計及びZr酸化物のZrO換算値の合計の1種又は2種の合計:2~8%、
Si酸化物のSiO換算値の合計:5~8%、
Al酸化物のAl換算値の合計:0.2~1.5%、
Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計:1.1~1.5%、
K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計:0.8~1.0%、
Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計:0.02~0.07%、
Si:2~5%、
Mn:1~6%、
Fe:4~30%、
Ti:0.5~2.0%、
ヘクトライト:0.1~1.0%、
残部は不純物からなる被覆剤を、鋼心線に低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で25~45%の被覆率で塗装したことを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
被覆剤全質量に対する質量%で、
Ni:12.0%以下であることを特徴とする請求項1に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
被覆剤全質量に対する質量%で、
金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計:0.10%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項4】
被覆剤全質量に対する質量%で、
Cr及びMoの1種又は2種の合計:6.0%以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低水素系被覆アーク溶接棒に関し、特に難吸湿である特性及び被覆の耐脱落特性を向上させた低水素系被覆アーク溶接棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
低水素系被覆アーク溶接棒は、アーク安定性が良好で、耐割れ性や溶接金属の靱性が優れていることから、拘束が強い箇所や高張力鋼の溶接に広く使用されている。
【0003】
一方、最近の溶接構造物の大型化にともない、使用鋼材の高強度化が要望されている。しかし、高強度化に伴い、溶接施工においては溶接割れを防止するための管理が重要となり、特に耐割れ性の優れた被覆アーク溶接棒を得るには溶接金属の拡散性水素が極めて低いことが主要な条件となる。低水素系被覆アーク溶接棒の使用においては、その特性を維持するために、一般的には溶接棒使用前に300~400℃で30~60分程度乾燥し、100~150℃の温度に保てる容器に保管しておき、ここから取り出して使用する。使用前に大気放置しておくと、その環境条件により溶接棒が吸湿し、このまま溶接を行うと拡散性水素が上昇し、溶接割れが発生する恐れがある。特に現場溶接では、複数の乾燥設備の準備が困難であり、また、乾燥設備との往復距離が長くなり、工数の増加となる。併せて現場への溶接棒運搬時や、溶接時の取り回しの際に、衝撃により被覆が部分的に脱落し使用不可になることもある。これらより、難吸湿の特性を高め、長時間大気放置可能であり、且つ被覆の耐脱落特性を高めた低水素系被覆アーク溶接棒の開発要望が高い。
【0004】
このような状況に対し、耐吸湿性の向上や被覆の固着性向上の手段として、種々提案がされている。例えば、特許文献1には、NaO/KOの重量比と炭酸ガス雰囲気での焼成、リチウムの含有により低水素化と耐吸湿性向上を目的とした被覆アーク溶接棒に関する技術の開示がある。しかし、特許文献1に記載の技術は、被覆の固着性がやや不十分で耐脱落性に問題がある。
【0005】
一方、特許文献2には、AlF、LiFにより耐吸湿性に優れた被覆アーク溶接棒の技術の開示がある。しかし、特許文献2に記載の技術は、仮付け用被覆アーク溶接棒に関するものであり、本溶接や溶接継手での使用は困難となる。
【0006】
また、特許文献3には、ヘクトライトによる被覆の固着性向上を目的とした被覆アーク溶接棒の技術の開示がある。しかし、特許文献3に記載の技術は、耐脱落性は良いが、難吸湿性に問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭56-109191号公報
【特許文献2】特開2018-89673号公報
【特許文献3】特開昭57-160597号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、特に難吸湿である特性及び被覆の耐脱落特性を向上させた低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、
(1)鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、被覆剤全質量に対する質量%で、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:30~55%、金属弗化物の1種又は2種以上の合計:8~20%、Ti酸化物のTiO換算値の合計及びZr酸化物のZrO換算値の合計の1種又は2種の合計:2~8%、Si酸化物のSiO換算値の合計:5~8、Al酸化物のAl換算値の合計:0.2~1.5%、Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計:1.1~1.5%、K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計:0.8~1.0%、Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計:0.02~0.07%、Si:2~5%、Mn:1~6%、Fe:4~30%、Ti:0.5~2.0%、ヘクトライト:0.1~1.0%を含有し、残部は塗装剤、不純物からなる被覆剤を、鋼心線に低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で25~45%の被覆率で塗装することを特徴とする。
【0010】
(2)被覆剤全質量に対する質量%で、Ni:12.0%以下であることを特徴とする(1)記載の低水素系不服アーク溶接棒。
【0011】
(3)被覆剤全質量に対する質量%で、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計:0.10%以下であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【0012】
(4)被覆剤全質量に対する質量%で、Cr及びMoの1種又は2種の合計:6.0%以下であることを特徴とする(1)~(3)のいずれか1に記載の低水素系被覆アーク溶接棒にある。
【発明の効果】
【0013】
本発明の低水素系被覆アーク溶接棒によれば、難吸湿である特性及び被覆の耐脱落特性を向上させた、溶接作業性及び機械的性能も良好で高品質な溶接接手を得ることができる低水素系被覆アーク溶接棒を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、上述した課題を解決するために、難吸湿である特性及び被覆の耐脱落特性を向上させた低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤の組成成分について詳細に検討した。
【0015】
その結果、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物、K弗化物、Li酸化物及びLi弗化物のNa換算値、K換算値及びLi換算値の含有量を適正とすることで難吸湿特性を得ることができ、ヘクトライトの含有量を適正にすることで被覆の耐脱落特性を向上することができることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成した。
【0016】
以下、本発明における低水素系被覆アーク溶接棒について、被覆剤中の各組成の限定理由について詳細に説明する。なお、低水素系被覆アーク溶接棒の各成分組成における含有率は、被覆剤全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載する。
【0017】
[金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:30~55%]
金属炭酸塩は、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム等を指し、アークの熱で分解してCOガスを発生し、溶接金属を大気から保護する効果がある。金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計が30%未満では、シールド効果が不足し、ブローホールが発生しやすくなる。一方、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計が55%を超えると、アークが不安定となってビード形状が不良となり、スラグ剥離性も悪くなる。従って、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計は30~55%とする。
【0018】
[金属弗化物の1種又は2種以上の合計:8~20%]
金属弗化物は、蛍石、弗化マグネシウム、弗化アルミニウム等を指し、溶融スラグの流動性を調整してビード形状を良好にする効果がある。金属弗化物の1種又は2種以上の合計が8%未満では、溶融スラグの流動性が悪くなり、スラグ被包が不安定となってビード形状が不良になる。一方、金属弗化物の1種又は2種以上の合計が20%を超えると、被覆筒の形状が不完全となって片溶け状態となり、アークが不安定となる。従って、金属弗化物の1種又は2種以上の合計は8~20%とする。
【0019】
[Ti酸化物のTiO換算値の合計及びZr酸化物のZrO換算値の合計の1種又は2種の合計:2~8%]
Ti酸化物及びZr酸化物は、ルチール、酸化チタン、チタンスラグ及びジルコンサンド、ジルコニア等から添加され、溶融スラグの粘性を調整してビード形状を良好にする効果がある。Ti酸化物のTiO換算値の合計及びZr酸化物のZrO換算値の合計の1種又は2種の合計が2%未満であると、スラグの粘性が低下し、ビード形状が不良になる。一方、Ti酸化物のTiO換算値の合計及びZr酸化物のZrO換算値の合計の1種又は2種の合計が8%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなってスラグの流動性が悪くなるので、ビード形状が不良となる。従って、Ti酸化物のTiO換算値の合計及びZr酸化物のZrO換算値の合計の1種又は2種の合計は2~8%とする。
【0020】
[Si酸化物のSiO換算値の合計:5~8%]
Si酸化物は、珪砂、ジルコンサンド、長石、水ガラス等から添加され、溶融スラグの粘性を高め、適切な粘性のスラグを確保してビード形状を良好にする効果がある。Si酸化物のSiO換算値の合計が5%未満では、溶融スラグの粘性が低くなり、ビード形状が不良となる。一方、Si酸化物のSiO換算値の合計が8%を超えると、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が不良になる。従って、Si酸化物のSiO換算値の合計は5~8%とする。
【0021】
[Al酸化物のAl換算値の合計:0.2~1.5%]
Al酸化物は、アルミナ等から添加され、アークを安定させるとともにビード形状を良好にする効果がある。Al酸化物のAl換算値の合計が0.2%未満であると、アークが不安定となりビード形状が不良となる。一方、Al酸化物のAl換算値の合計の合計が1.5%を超えると、スラグがガラス状となってスラグ剥離が不良になる。従って、Al酸化物のAl換算値の合計は0.2~1.5%とする。
【0022】
[Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計:1.1~1.5%]
Na酸化物は、水ガラスの珪酸ソーダ等から主に添加され、溶接棒製造時の塗装性及び溶接時のアークの安定性を向上する効果がある。また、Na弗化物の弗化ソーダや珪弗化ナトリウム、Na酸化物の曹長石や硼酸ナトリウムからも添加され、溶接作業性確保の上からも必要である。Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計が1.1%未満では、アークが不安定になる。またNa換算値の合計が1.1%未満では、生産時の塗装性が悪くなり、被覆の耐脱落性も低下する。一方、Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計が1.5%を超えると、難吸湿性が低下し、アークの吹き付けが強くなり過ぎ不安定となる。従って、Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計は1.1~1.5%とする。
【0023】
[K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計:0.8~1.0%]
K酸化物は、水ガラスの珪酸カリウム等から主に添加され、溶接時のアークの安定性を向上する効果がある。また、K弗化物の珪弗化カリウムや弗化カリウム、K酸化物のカリ長石からも添加され、溶接作業性確保の上からも必要である。K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計が0.8%未満では、アークが不安定になる。一方、K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計が1.0%を超えると、難吸湿性が低下し、アークの吹き付けが弱く不安定なる。従って、K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計は0.8~1.0%とする。
【0024】
[Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計:0.02~0.07%]
Li酸化物及びLi弗化物は、弗化リチウム、弗化アルミニウム、水ガラスの珪酸リチウム等から添加され、被覆剤の難吸湿性を向上させる効果がある。Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計が0.02%未満では、難吸湿性の特性が得られない。一方、Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計が0.07%を超えると、難吸湿性は向上するが溶接棒製造時、塗装後の乾燥速度が速くなりすぎて被覆剤表面に微小な割れが発生し、耐脱落性も低下する。従ってLi酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計:0.02~0.07%とする。
【0025】
[Si:2~5%]
Siは、金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等から添加され、溶接金属の脱酸を目的として使用されるとともに、溶接作業性の面からも必要である。Siが2%未満では、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなる。一方、Siが5%を超えると、溶接金属の粒界に低融点酸化物を析出させ、溶接金属の靱性が低下する。従って、Siは2~5%とする。
【0026】
[Mn:1~6%]
Mnは、金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等から添加され、Siと同様に脱酸剤として重要であり、溶接金属組織を微細化して溶接金属の靱性及び強度を高める効果がある。Mnが1%未満では、溶接金属の強度及び靭性が低下する。また、Mnが1%未満では、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなる。一方、Mnが6%を超えると、焼入れ性が強く作用し、溶接金属の靭性が低下する。従って、Mnは1~6%とする。
【0027】
[Fe:4~30%]
Feは、鉄粉やFe-Mn,Fe-Moといった鉄合金粉や鉄酸化物から添加され、アークの電位傾度を低下させてアーク長を短くして被覆剤の片溶けを防止させる効果がある。またFeは、溶着量が増加するので作業能率を向上させる効果もある。Feが4%未満では、アーク長が長くなって、溶接途中にアークが消失しやすく、被覆剤の片溶けが発生し、アークが不安定となる。一方、Feが30%を超えると、スラグ剤が少なくなるため、スラグの被包が不均一となり、ビード形状が不良となる。従って、Feは4~30%とする。
【0028】
[Ti:0.5~2.0%]
Tiは、金属Ti、Fe-Ti等から添加され、脱酸剤として有効であると同時に、アークの電位傾度を低下させてアークを安定化させる効果がある。またTiは、溶接金属のミクロ組織を微細化して靭性を向上させる効果がある。Tiが0.5%未満では、溶接金属のミクロ組織が微細化されず、溶接金属の靭性が低下する。一方、Tiが2.0%を超えると、溶接金属中のTi酸化物の析出が増加し、溶接金属の靱性が低下する。従って、Tiは0.5~2.0%とする。
【0029】
[ヘクトライト:0.1~1.0%]
ヘクトライトは粘土鉱物の一種であって、Na0.3(MgLi)Si10(F,OH)などの組成を有する。ヘクトライトは被覆剤への分散性が良好で、製造時の被覆剤の粘性を高めて塗装直後の疵や欠けを防止し塗装性を向上させる。またヘクトライトは、被覆剤の固着性を良好にして被覆剤の耐脱落性も向上させる。ヘクトライトが0.1%未満であると、塗装性、耐脱落性の特性が得られない。一方、ヘクトライトが1.0%を超えると、塗装性は良好で被覆剤の脱落も生じなくなるが、被覆筒が強固になり過ぎ、溶接時にアーク電圧が上昇してアーク切れが生じやすくなり、アークが不安定となる。従って、ヘクトライトは0.1~1.0%とする。
【0030】
[被覆率:低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%で25~45%]
被覆剤の鋼心線の外周への被覆率は、溶接時の耐シールド性に大きく影響する。被覆率が低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%(以下、単に%という。)が25%未満では、被覆剤自体が少なくなってシールド不足となり、溶接金属中のN含有量が増加して溶接金属の靱性が低下する。一方、被覆剤の被覆率が45%を超えると、スラグ量が過多となってアークが不安定になる。従って、被覆率は25~45%とする。
【0031】
[Ni:12.0%以下]
Niは、金属Niから添加され、溶接金属の強度及び靭性を向上させる元素である。一方、Niが12.0%を超えると、溶接金属の靭性が低下する。従って、Niは12.0%以下とする。
【0032】
[金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計:0.10%以下]
Bは、金属B、Fe-B、Fe-Mn-B、硼砂、コレマナイト等から添加され、微量で焼入れ性を向上させて粒界フェライトの生成抑制に有効な元素で、溶接金属の靭性の向上に効果がある。一方、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計が0.10%を超えると、溶接金属の靭性が低下する。従って、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計は0.10%以下とする。
【0033】
[Cr及びMoの1種又は2種の合計:6.0%以下]
Crは、金属Cr、Fe-Cr等、Moは、金属Mo、Fe-Mo等から添加され、溶接金属の強度をより向上させる効果がある。一方、Cr及びMoの1種又は2種の合計が6.0%を超えると、溶接金属の靭性が低下する。従って、Cr及びMoの1種又は2種の合計は6.0%以下とする。
【0034】
なお、本発明の低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤は、上記の成分以外の残部として塗装剤と合金粉とに含まれる不純物である。
【0035】
塗装剤は、生産性の観点から含有されており、塗装剤の含有量は、例えば0.1~1.0%である。
【0036】
不純物は、原材料に含まれる成分や、製造の過程で混入される成分であって、被覆剤に意図的に含有させた成分ではない成分である。被覆剤に含まれる不純物としては、有機物、合金粉及び塗装剤に含まれるPやSなどが挙げられる。不純物の総量は望ましくは2%以下、より望ましくは1%以下である。
【0037】
また、使用する鋼心線は、例えば、JIS G3523 SWY11や、軟鋼、低合金鋼が挙げられる。鋼心線のPは靭性を低下させるので0.010%以下、Sはスラグの流動性を悪くするので0.010%以下、NはBとの結合力が強く焼き入れ性を低下させるので0.01%以下であることが好ましい。
【実施例0038】
以下、実施例により本発明の効果を具体的に説明する。
【0039】
本実施例は、溶接棒塗装機を用い、表1に示す組成成分の直径4mm、長さ400mmの鋼心線を用いて、表2及び表3に示す組成成分の被覆剤を、表2に示す被覆率で塗装した後、乾燥させて各種低水素系被覆アーク溶接棒を試作した。
【0040】
なお、表1、表2及び表3について「-」との表記はその成分を意図的に含有させていないことを意味する。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【0044】
製造した溶接棒の吸湿水分量、拡散性水素量、被覆の脱落率、溶接作業性、機械性能及び溶接欠陥について調査した。
【0045】
[吸湿水分量]
難吸湿性の評価は、吸湿水分量にて評価した。溶接棒を350℃、1時間で乾燥した後、温度30℃、湿度80%雰囲気に保たれた恒温恒湿槽内にて7時間放置する。乾燥前後の被覆の重量割合を測定し、0.4%以内のものを良好とした。
【0046】
[拡散性水素量]
拡散性水素量の測定には、溶接棒を、350℃、1時間で乾燥した後、温度30℃、湿度80%雰囲気に保たれた恒温恒湿槽内にて7時間放置した溶接棒を用いた。電流極性は交流を用い、溶接電流は160A、溶接速度18cm/分にて溶接を行った。JIS Z 3118に準じて拡散性水素量を測定し、8ml/100g以下のものを良好とした。
【0047】
[被覆の脱落率]
耐脱落性の評価は、被覆の脱落率で評価した。約1.5kgの溶接棒を板厚6mmで作成した55mm×300mm×500mmの鋼製の箱に入れ、この箱の長手方向を軸として1分間で40回転の速度で5分間回転させ、被覆剤の脱落した重量割合を測定した。その脱落率が2.0%未満を良好とした。
【0048】
[溶接作業性]
溶接作業性の評価は、JIS G 3106 SM490Aの板厚16mm、幅100mm、長さ450mmの鋼板を用い、交流溶接にて、下向、水平すみ肉、立向上進溶接を行い、総合的に感応評価をした。
【0049】
(アーク状態)
溶接時にアークが安定しており、溶接中にアークが消失せずに、一定のアーク長が得られ、アークの直進性に乱れが無いものを良好とした。
【0050】
(ビード形状)
両止端部が揃い、余盛高さ、ビード幅、波目や表面状態が一定なものを良好とした。
【0051】
(スラグ流動性)
溶接中に健全な溶融池が得られ、溶融スラグが溶融池に侵入せずに、溶接棒先端に溶融スラグが接触しなかった場合を良好とした。
【0052】
(スラグ剥離性)
溶接後、凝固スラグをチッピングハンマーにて叩いた時、スラグに亀裂が入り、その後簡単に除去できる場合を良好とした。
【0053】
[機械性能の評価]
JIS G 3106 SM490Aの板厚20mmの鋼板を用い、JIS Z 3211に準じて、電流極性は交流を用い、溶接電流は150~170A、予熱・パス間温度は90~110℃で溶着金属試験体を作製した。
【0054】
機械性能の評価は、溶着金属の引張強さ及び-20℃でのシャルピー衝撃試験での吸収エネルギーにより評価し、引張強さ490MPa以上で吸収エネルギーが80J以上であるものを良好とした。
【0055】
[溶接欠陥]
溶接欠陥(ブローホールなど)は、機械試験片採取前に、JIS Z 3104「鋼溶接継手の放射線透過試験法」により溶接金属におけるきずを判定した。透過写真から「附属書4表1 きずの種別」で第1種~4種のどのきずに該当するか判断し、「6.きずの分類」できずを1類~4類に分ける。このうち1類:A、2類:B、3類及び4類:Cとして、AとBは良好、Cは不良とした。
【0056】
これらの分析結果及び調査結果を表4にまとめて示す。
【0057】
【表4】
【0058】
表2、表3及び表4中、溶接棒No.1~No.27が本発明例、溶接棒No.28~No.48は比較例である。本発明例である溶接棒No.1~No.27は、金属炭酸塩の合計、金属弗化物の合計、Ti酸化物のTiO換算値の合計及びZr酸化物のZrO換算値の合計の1種又は2種の合計、Si酸化物のSiO換算値の合計、Al酸化物のAl換算値の合計、Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計、K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計、Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計、Si、Mn、Fe、Ti、ヘクトライトが適量で、被覆剤の被覆率も適正あるので、吸湿水分量及び拡散性水素量が低く、被覆の脱落率が低く、アークが安定し、ビード形状が良好であり、スラグ流動性及びスラグ剥離性が良好であった。また、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーともに良好で、溶着金属中に溶接欠陥も無く満足な結果であった。
【0059】
溶接棒No.10はNi及び金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計が適量添加されているので、溶着金属の引張強さが700MPa以上、吸収エネルギーが170J以上得られた。
【0060】
溶接棒No.14は、Ni及びCr及びMoの1種又は2種の合計が適量添加されているので、溶着金属の引張強さが780MPa以上の高強度を示しても、溶着金属の吸収エネルギーが80J以上得られた。
【0061】
溶接棒No.17は、Ni、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計及びCr及びMoの1種又は2種の合計が適量添加されているので、溶着金属の引張強さが780MPa以上の高強度を示しても、溶着金属の吸収エネルギーが152Jと高値が得られ極めて満足な結果であった。
【0062】
溶接棒No.22、No.24は、Cr及びMoの1種又は2種の合計が適量添加されているので、溶着金属の引張強さが700MPa以上得られた。
【0063】
溶接棒No.23、No.25はNiが適量添加溶されているので、溶着金属の引張強さが700Mpa以上、溶着金属の吸収エネルギーが150J以上得られた。
【0064】
溶接棒No.26、No.27は金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計が適量添加されているので、吸収エネルギーが150J以上得られた。
【0065】
比較例中溶接棒No.28は、SiO換算値の合計が多いので、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が不良であった。また、Feが少ないので、アーク長が長くなって、溶接途中にアークが消失しやすく、被覆剤の片溶けが発生し、アークが不安定であった。
【0066】
溶接棒No.29は、Al換算値の合計が多いので、スラグがガラス状となって、スラグ剥離が不良であった
【0067】
溶接棒No.30は、金属弗化物の合計が少ないので、溶融スラグの流動性が悪くなり、スラグ被包が不安定となってビード形状が不良であった。
【0068】
溶接棒No.31は、SiO換算値の合計が少ないので、ビード形状が不良であった。また、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種のB換算値の合計が多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0069】
溶接棒No.32は、金属弗化物の合計が多いので、片溶け状態となり、アークが不安定であった。
【0070】
溶接棒No.33は、TiO換算値及びZrO換算値の1種又は2種の合計が少ないので、スラグの粘性が低下し、ビード形状が不良であった。また、Cr及びMoの1種又は2種の合計が多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0071】
溶接棒No.34は、金属炭酸塩の合計が多いので、アークが不安定となってビード形状が不良になり、スラグ剥離性も不良であった。
【0072】
溶接棒No.35は、Al換算値の合計が少ないので、アークが不安定でビード形状が不良であった。また、Siが少ないので、溶着金属中にブローホールが発生した。
【0073】
溶接棒No.36は、金属炭酸塩の合計が少ないので、ブローホールが発生した。また、Niが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0074】
溶接棒No.37は、TiO換算値及びZrO換算値の1種又は2種の合計が多いので、スラグの流動性が悪くなり、ビード形状が不良であった。
【0075】
溶接棒No.38は、Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計が多いので、吸湿水分量及び拡散性水素量が多く、アークの吹付けが強くなり過ぎて不安定であった。また、Siが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0076】
溶接棒No.39は、Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計が少ないので、吸湿水分量及び拡散水素量が多かった。
【0077】
溶接棒No.40は、Na酸化物及びNa弗化物の1種又は2種以上のNa換算値の合計が少ないので、アークが不安定であったまた、被覆の脱落率も高かった。さらに、Tiが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0078】
溶接棒No.41は、K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計が多いので、吸湿水分量及び拡散水素量多く、アークの吹付けが弱く不安定であった。また、Mnが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0079】
溶接棒No.42は、Li酸化物及びLi弗化物の1種又は2種以上のLi換算値の合計が多いので、被覆の脱落率が高かった。また、Mnが少ないので、溶接金属中にブローホールが発生し、さらに、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが低値であった。
【0080】
溶接棒No.43は、K酸化物及びK弗化物の1種又は2種以上のK換算値の合計が少ないので、アークが不安定であった。また、Tiが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0081】
溶接棒No.44は、Feが多いので、スラグの被包が不均一となり、ビード形状が不良となった。
【0082】
溶接棒No.45は、ヘクトライトが多いので、溶接時にアーク電圧が上昇してアーク切れが生じてアークが不安定であった。
【0083】
溶接棒No.46は、被覆率が低いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0084】
溶接棒No.47は、ヘクトライトが少ないので、被覆の脱落率が高かった。
【0085】
溶接棒No.48は、被覆率が高いので、アークが不安定であった。