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特開2022-157515多能性幹細胞、神経細胞及びその応用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157515
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】多能性幹細胞、神経細胞及びその応用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20221006BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20221006BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20221006BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221006BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20221006BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20221006BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20221006BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N5/0735
C12N5/0793
C12Q1/02
C12N15/09 110
C12N15/63 Z
C12N15/12
C12N15/11 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061793
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】田邉 寛和
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 摂
(72)【発明者】
【氏名】増山 仁
(72)【発明者】
【氏名】申 義庚
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 耕一
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
(72)【発明者】
【氏名】前田 純宏
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QR77
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】外来性プロモーターを使用することなく細胞内タウを可視化して定量することが可能である神経細胞、及び上記神経細胞を製造することができる多能性幹細胞を提供すること、上記の多能性幹細胞又は神経細胞を用いる物質のスクリーニング方法、及び上記方法でスクリーニングされた物質を提供すること、並びにTargeting vectorとgRNAを含むキットを提供すること。
【解決手段】タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように、内因性タウ遺伝子に隣接して導入された、レポーター分子をコードするDNAを有する、多能性幹細胞。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように、内因性タウ遺伝子に隣接して導入された、レポーター分子をコードするDNAを有する、多能性幹細胞。
【請求項2】
多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、請求項1に記載の多能性幹細胞。
【請求項3】
多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項1又は2に記載の多能性幹細胞。
【請求項4】
レポーター分子が蛍光タンパク質である、請求項1から3の何れか一項に記載の多能性幹細胞。
【請求項5】
レポーター分子をコードするDNAが、内因性タウ遺伝子の上流側に位置している、請求項1から4の何れか一項に記載の多能性幹細胞。
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項に記載の多能性幹細胞から分化した神経細胞。
【請求項7】
タウタンパク質とレポーター分子との融合タンパク質が発現している、請求項6に記載の神経細胞。
【請求項8】
タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように、内因性タウ遺伝子に隣接して導入された、レポーター分子をコードするDNAを有する、神経細胞。
【請求項9】
株化神経細胞または初代神経細胞である、請求項8に記載の神経細胞。
【請求項10】
レポーター分子が蛍光タンパク質である、請求項8又は9に記載の神経細胞。
【請求項11】
レポーター分子をコードするDNAが、内因性タウ遺伝子の上流側に位置している、請求項8から10の何れか一項に記載の神経細胞。
【請求項12】
請求項1から5の何れか一項に記載の多能性幹細胞又は請求項6から11の何れか一項に記載の神経細胞を用いる、物質のスクリーニング方法。
【請求項13】
タウの発現量の増減の評価、又はタウの細胞内における分布の評価を、レポーター分子の発現に基づいて行う、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
タウの発現量の増減を、レポーター分子の発現強度に基づいて評価する、請求項12又は13に記載の方法。
【請求項15】
請求項12から14の何れか一項に記載の方法でスクリーニングされた物質。
【請求項16】
タウ遺伝子挿入部位の上流および下流のHomology armとレポーター分子をコードするDNAを含むTargeting vectorと、タウ遺伝子の切断部位を決定するgRNAを含む、キット。
【請求項17】
タウ遺伝子挿入部位の上流のHomology armが配列番号1に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列であり、タウ遺伝子挿入部位の下流のHomology armが配列番号2に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列であるか、あるいはタウ遺伝子挿入部位の上流のHomology armが配列番号3に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列であり、タウ遺伝子挿入部位の下流のHomology armが配列番号4に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列である、請求項16に記載のキット。
【請求項18】
gRNAが配列番号5又は6に記載の配列と90%以上の同一性を有する配列を標的配列とする、<17>に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように改変された多能性幹細胞に関する。本発明はさらに、上記多能性幹細胞から分化した神経細胞に関する。本発明はさらに、上記の多能性幹細胞又は神経細胞を用いる物質のスクリーニング方法、及び上記方法でスクリーニングされた物質に関する。本発明はさらに、Targeting vectorとgRNAを含むキットに関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病等の神経変性疾患の発症メカニズムは多岐に渡るため、様々なメカニズムに基づいた治療薬の研究開発が期待されている。タウは、神経変性疾患の発症に関わる主要因子であると考えられており、神経変性疾患の患者の脳内において増加する。またタウの蓄積量と認知機能低下に相関があることが報告されており、タウは、神経変性疾患の治療ターゲットとして期待されている。しかし、どのようにタウ蓄積が引き起こされるのか、またそのタウ蓄積をどのように制御すれば治療に繋がるのか、タウ蓄積の下流で何が起こっておりどのように制御されるべきかについては未だ明らかになっていない。そのため、タウを標的とした創薬の研究ツールとして、細胞内におけるタウの増減、局在変化を可視化定量できるヒト神経細胞の樹立が望まれていた。
【0003】
タウ蛍光タンパク質の融合体遺伝子を利用して、細胞内タウを可視化定量する細胞評価系についての報告はある。例えば、非特許文献1には、タウを発現しない非神経細胞(HEK293T)に対して、外部からRFP-Tau遺伝子を導入し、外来性プロモーター制御により人工的にRFP-Tauを発現させ、RFPの蛍光によりタウと微小管との共局在性を定量する方法、およびウェスタンブロッティングによりRFP-Tauタンパク質を定量する方法が記載されている。非特許文献1においては、細胞が非神経細胞であることに加え、外来性プロモーターによる人工的な発現であり、タウ遺伝子自身のプロモーターに依存した神経細胞内での発現や、タウの神経細胞内での発現や分布を測定するものではない。非特許文献2には、マウスにおいて変異Tau-GFPを導入し、外来性プロモーターにより発現促進させ、マウス脳内におけるタウの局在及び発現量をGFP蛍光により可視化することが記載されている。非特許文献3においても、外来性プロモーターにより強制的にタウを発現させることが記載されている。
【0004】
非特許文献4には、Ngn2 (Tet-on)の発現により、ヒトiPS細胞から神経細胞を作製することが記載されている。非特許文献4においては、発現したタウを蛍光染色により定量している。
【0005】
特許文献1には、細胞株での特定遺伝子の特定部位のスプライシングの有無をGFPの発現で評価する系が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Human Molecular Genetics, 2015, Vol. 24, No. 14 3971-3981
【非特許文献2】J Neurosci. 2017 Nov 22; 37(47): 11485-11494
【非特許文献3】Neuron. 2007 Feb 1;53(3):337-51
【非特許文献4】Stem Cell Reports. 2017 Oct 10; 9(4): 1221-1233
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO2008/102903号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1から3に記載されているような外来性プロモーターを使用して発現したタウは、細胞内の分布や機能がヒト体内のものとは異なる可能性がある。また、マウスとヒトではタウタンパク質の構造や発現するアイソフォームが異なるため、神経細胞内外のタウの結合や放出の様式が異なっている可能性がある。さらに、アルツハイマー病のモデルマウスにおいては、神経毒性物質に対して、マウス神経細胞と比較してヒト神経細胞がより脆弱であること、タウ病理が強く発現することが報告されているなど、タウを介した神経細胞の応答が、生物種により異なる可能性がある。そこで、ヒト神経細胞において、内因性のタウ発現制御下で発現したタウを可視化し、タウ発現量や局在の簡便な評価を可能にする細胞の確立が期待されていた。また、非特許文献4においては、蛍光染色を用いているため、染色操作のばらつき(細胞の剥がれなど)を制御することが難しい上に、抗体の特異性によって全てのタウ分子種を可視化出来ていない可能性が高い。また、定量精度が抗体の性質に左右される。
【0009】
本発明は、外来性プロモーターを使用することなく細胞内タウを可視化して定量することが可能である神経細胞、及び上記神経細胞を製造することができる多能性幹細胞を提供することを解決すべき課題とする。本発明はさらに、上記の多能性幹細胞又は神経細胞を用いる物質のスクリーニング方法、及び上記方法でスクリーニングされた物質を提供することを解決すべき課題とする。本発明はさらに、Targeting vectorとgRNAを含むキットを提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、先ず、レポーター分子をコードするDNAを内因性タウ遺伝子に隣接して導入することにより、タウタンパク質をレポーター分子との融合タンパク質として発現できるようにした多能性幹細胞を作製した。本発明者は次いで、上記の多能性幹細胞を神経細胞に分化させることによって、細胞内タウを可視化して分析することが可能である神経細胞を製造することに成功した。本発明は上記知見に基づいて完成したものである。
【0011】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
<1> タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように、内因性タウ遺伝子に隣接して導入された、レポーター分子をコードするDNAを有する、多能性幹細胞。
<2> 多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、<1>に記載の多能性幹細胞。
<3> 多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、<1>又は<2>に記載の多能性幹細胞。
<4> レポーター分子が蛍光タンパク質である、<1>から<3>の何れか一に記載の多能性幹細胞。
<5> レポーター分子をコードするDNAが、内因性タウ遺伝子の上流側に位置している、<1>から<4>の何れか一に記載の多能性幹細胞。
<6> <1>から<5>の何れか一に記載の多能性幹細胞から分化した神経細胞。
<7> タウタンパク質とレポーター分子との融合タンパク質が発現している、<6>に記載の神経細胞。
<8> タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように、内因性タウ遺伝子に隣接して導入された、レポーター分子をコードするDNAを有する、神経細胞。
<9> 株化神経細胞または初代神経細胞である、<8>に記載の神経細胞。
<10> レポーター分子が蛍光タンパク質である、<8>又は<9>に記載の神経細胞。
<11> レポーター分子をコードするDNAが、内因性タウ遺伝子の上流側に位置している、<8>から<10>の何れか一に記載の神経細胞。
<12> <1>から<5>の何れか一に記載の多能性幹細胞又は<6>から<11>の何れか一に記載の神経細胞を用いる、物質のスクリーニング方法。
<13> タウの発現量の増減の評価、又はタウの細胞内における分布の評価を、レポーター分子の発現に基づいて行う、<12>に記載の方法。
<14> タウの発現量の増減を、レポーター分子の発現強度に基づいて評価する、<12>又は<13>に記載の方法。
<15> <12>から<14>の何れか一に記載の方法でスクリーニングされた物質。
<16> タウ遺伝子挿入部位の上流および下流のHomology armとレポーター分子をコードするDNAを含むTargeting vectorと、タウ遺伝子の切断部位を決定するgRNAを含む、キット。
<17> タウ遺伝子挿入部位の上流のHomology armが配列番号1に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列であり、タウ遺伝子挿入部位の下流のHomology armが配列番号2に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列であるか、あるいはタウ遺伝子挿入部位の上流のHomology armが配列番号3に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列であり、タウ遺伝子挿入部位の下流のHomology armが配列番号4に記載の配列と90%以上の同一性をもつ配列である、<16>に記載のキット。
<18> gRNAが配列番号5又は6に記載の配列と90%以上の同一性を有する配列を標的配列とする、<17>に記載のキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明の多能性幹細胞及び神経細胞によれば、細胞内における内因性タウの発現量および分布を評価することが可能である。本発明の多能性幹細胞及び神経細胞によれば、外来性のタウ遺伝子導入は不要であり、また外来性プロモーターを使用することなく、内因性タウの発現を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、CRISPR-Cas9によるMAPT遺伝子のN末端へのTagGFP2融合を示す。
図2図2は、CRISPR-Cas9によるMAPT遺伝子のC末端へのTagGFP2融合を示す。
図3図3はCSIV-miR9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdTベクターのマップを示す。
図4図4は、神経細胞誘導に用いたベクターの模式図を示す。
図5図5は、iPS細胞由来神経細胞におけるTagGFP2-Tau蛍光を示す。
図6図6は、 蛍光Tau定量および明視野神経突起長の解析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。
本明細書において、“NP_”、“NM_”、“NG_”とそれに続く数字は、NCBI(National Center for Biotechnology Information)データベースに標準配列(Reference Sequence)として登録されているアミノ酸配列(NP_~)、転写物のヌクレオチド配列(NM_~)、ゲノムDNA配列(NG_~)のIDを各々表す。
【0015】
<多能性幹細胞>
本発明の多能性幹細胞は、タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように、内因性タウ遺伝子に隣接して導入された、レポーター分子をコードするDNAを有している。
【0016】
「多能性幹細胞」とは、生体を構成するすべての細胞に分化しうる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経て自己と同一の分化能を有する娘細胞を生み出す能力(自己複製能)とを併せ持つ細胞をいう。分化多能性は、評価対象の細胞を、ヌードマウスに移植し、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)のそれぞれの細胞を含むテラトーマ形成の有無を試験することにより、評価することができる。
【0017】
多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができるが、分化多能性および自己複製能を併せ持つ細胞である限り、これに限定されない。好ましくはES細胞又はiPS細胞を用いる。更に好ましくはiPS細胞を用いる。多能性幹細胞は、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の細胞である。多能性幹細胞は、特に好ましくはヒト多能性幹細胞である。本発明の最も好ましい態様では、多能性幹細胞として、ヒトiPS細胞が用いられる。
【0018】
ES細胞は、例えば、着床以前の初期胚、上記の初期胚を構成する内部細胞塊、単一割球等を培養することによって樹立することができる(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Thomson,J.A. et al.,Science,282,1145-1147(1998))。初期胚として、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を用いてもよい(Wilmut et al.(Nature,385,810(1997))、Cibelli et al.(Science,280,1256(1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素,44,892(1999))、Baguisi et al.(Nature Biotechnology,17,456(1999))、Wakayama et al.(Nature,394,369(1998);Nature Genetics,22,127(1999);Proc.Natl.Acad.Sci.USA,96,14984(1999))、Rideout III et al.(Nature Genetics,24,109(2000)、Tachibana et al.(Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer,Cell(2013)in press)。初期座として、単為発生胚を用いてもよい(Kim et al.(Science, 315,482-486(2007))、Nakajima et al.(Stem Cells,25,983-985(2007))、Kim et al.(Cell Stem Cell,1,346-352(2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells,9,432-449(2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells,10,11-24(2008))。上掲の論文の他、ES細胞の作製についてはStrelchenko N., et al.Reprod Biomed Online.9:623-629,2004;Klimanskaya I.,et al.Nature 444:481-485,2006;Chung Y., et al.Cell Stem Cell 2:113-117,2008;Zhang X., et al Stem Cells 24:2669-2676,2006;Wassarman,P.M.et al.Methods in Enzymology,Vol.365,2003等が参考になる。尚、ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も、本発明の方法に用いられる胚性幹細胞に含まれる。
【0019】
ES細胞の中には、保存機関から入手可能なもの、或いは市販されているものもある。例えば、ヒトES細胞については京都大学再生医科学研究所(例えばKhES-1、KhES-2およびKhES-3)、WiCell Research Institute、ESI BIOなどから入手可能である。
【0020】
EG細胞は、始原生殖細胞を、LIF(白血病阻止因子)、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)、SCF(幹細胞因子)の存在下で培養すること等により樹立することができる(Matsui et al., Cell,70,841-847(1992)、Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,95(23),13726-13731(1998)、Turnpenny et al.,Stem Cells,21(5),598-609,(2003))。
【0021】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。
【0022】
iPS細胞の作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4),663-676, 2006;Takahashi, K,et al:Cell 131(5),861-72,2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28およびNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858),1917-1920,2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M,et al:Nat.Biotechnol.26(1),101-106,2008)、Oct3/4およびKlf4の2因子(Kim J B,et al:Nature454(7204),646-650,2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B,et al:Cell 136(3),411-419,2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S,Joo JY,et al:Cell Stem Cell 4,381-384,2009; Kim D,Kim CH,Moon JI,et al:Cell Stem Cell 4,472-476,2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al:Nat.Biotechnol.26(7),795-797,2008; Huangfu D,et al:Nat.Biotechnol.26(11),1269-1275,2008;Silva J, et al: PLoS. Biol.6(10),e253,2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al:Science 318(5858),1917-1920,2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al:Science 322(5903),945-949,2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science322(5903),949-953,2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP,Mohseni P, et al: Nature458,766-770,2009;Kaji K,Norrby K, Pac a A,et al:Nature458,771-775,2009;Yusa K, Rad R,Takeda J, et al:Nat Methods 6,363-369,2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J,Hu K,Smuga-Otto K,Tian S,et al:Science 324,797-801,2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0023】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1およびCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0024】
iPS細胞は、例えば、FUJIFILM Cellular Dynamics,Inc.、国立大学法人京都大学、又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。
【0025】
本発明の多能性幹細胞は、上記した多能性幹細胞に、レポーター分子をコードするDNAを、内因性タウ遺伝子に隣接して導入することによって製造することができる。レポーター分子をコードするDNAが、内因性タウ遺伝子に隣接して導入されていることにより、本発明の多能性幹細胞においては、タウタンパク質をレポーター分子との融合タンパク質として発現することができる。
【0026】
内因性タウ遺伝子としては、野生型タウ遺伝子または変異型タウ遺伝子のいずれでもよいが、好ましくは野生型タウ遺伝子である。
【0027】
タウ(microtubule-associated protein tau、MAPTとも呼ばれる)は、ヒトでは第17番染色体(17q21.1)に存在するMAPT遺伝子(Official full name:microtubule-associated protein tau、Official symbol;MAPT、NG_007398.1)にコードされるタンパク質で、選択的スプライシングによって生じる6つのアイソフォームが同定されている。
【0028】
各アイソフォームは、N末端側の特徴的な29アミノ酸配列(N)の数(0-2個)と、C末端側の微小管結合に関与する反復配列(R)の数(3又は4個)が異なるため、これらの配列の数によって、0N3R型(352アミノ酸、NP_058525.1、NM_016841.4)、1N3R型(381アミノ酸、NP_001190180.1、NM_001203251.1)、2N3R型(410アミノ酸、NP_001190181.1、NM_001203252.1)、0N4R型(383アミノ酸、NP_058518.1、NM_016834.4)、1N4R型(412アミノ酸、NP_001116539.1、NM_001123067.3)、2N4R型(441アミノ酸、NP_005901.2、NM_005910.5)に分類されている(カッコ内に、一例として、ヒトの各アイソフォームのアミノ酸残基数、標準アミノ酸配列のID、転写物の標準ヌクレオチド配列のIDを示す)。
【0029】
本発明におけるタウ遺伝子は、ヒト以外の哺乳動物(例えば、マウスやラットなどのげっ歯類、又はマーモセットなどの霊長類)のタウ遺伝子であってもよい。哺乳動物の生体の脳において選択的スプライシングによって生じる可能性のあるタウタンパク質のアイソフォームは、上記した0N3R型、1N3R型、2N3R型、0N4R型、1N4R型、及び2N4R型の6種類である。
ヒトの胎児期の脳では3R型タウのみが発現するが、ヒト成人脳では上記6種類すべてが発現し、正常人では、4R型(4リピートタウ)と3R型(3リピートタウ)の発現比(=4リピートタウ/3リピートタウ)は同程度である。
マウスでは新生仔までは3R型タウのみが発現するが、離乳期以降は4R型タウのみが発現する。
ラットおよびマーモセットでも、脳では新生仔までは3R型タウのみが発現するが、離乳期以降は4R型タウのみが発現する。
本発明では、特に定めがない限り、タウとは、3リピートタウ及び4リピートタウのいずれでもよい。
【0030】
内因性タウ遺伝子としては、変異型タウ遺伝子でもよい。変異型タウ遺伝子としては、FTDP-17の家系より同定された変異型タウ遺伝子が挙げられる。変異には、(i)タウタンパク質のアミノ酸配列を変化させる変異と、(ii)4リピートタウ/3リピートタウの発現比を上昇または低下させる変異が知られている。
【0031】
上記(i)のタイプの変異は、通常、最も長いアイソフォームである2N4R型(441アミノ酸、NP_005901.2、NM_005910.5のアミノ酸配列をベースとして、タウタンパク質に生じるアミノ酸変異で表される。例えば、“P301S”という記載は、NP_005910.5のアミノ酸配列の第301位のプロリン残基(P)がセリン残基(S)に置換したタウタンパク質を生じる遺伝子変異であることを意味し、“K280Δ”は、上記配列の第280位のリジン残基が欠失したタウタンパク質を生じる遺伝子変異(すなわち、変異型タウタンパク質をコードしている)を意味する。これまで、FTDP-17の家系より同定された(i)のタイプの変異部位はエクソン9-13に集中していることから、エクソン9-13に変異を有するタウ遺伝子でもよい。変異としては、例えば、A152T、K257T、I260V、G272V、N297K、K280Δ、L284L、N296N、P301L、P301S、S305N、S305S、V337M、E342V、G389R、及びR406Wから選ばれる1以上の変異が挙げられる。
【0032】
上記(ii)のタイプの変異としては、FTDP-17の家系よりイントロン10内の変異が多数同定されており、それらの変異型タウ遺伝子でもよい。野生型タウ遺伝子のイントロン10の塩基配列としては、NG_007398.1の第120983-124833番目の塩基からなる塩基配列が例示される。このうち、スプライシング時に形成されるステムループ及びその近傍、すなわち、イントロン10の第1-20番目のヌクレオチドに1以上の変異を有するタウ遺伝子が好ましく、そのような例として、第3、11、12、13、14、16、又は19番目の塩基が置換されたMAPT遺伝子が挙げられる。
【0033】
本発明の神経細胞は、変異型タウ遺伝子を有する多能性幹細胞から分化誘導した神経細胞でもよい。変異型タウ遺伝子を有する多能性幹細胞としては、変異型タウ遺伝子を内因性に保有する動物の体細胞から作製された多能性幹細胞が挙げられる。
【0034】
レポーター分子としては、ルシフェラーゼなど発光を触媒する酵素、発色タンパク質、発光タンパク質、又は蛍光タンパク質などの、可視化による検出が可能なタンパク質が挙げられる。レポーター分子としては、BiFC(bimolecular fluorescence complementation:二分子蛍光補完)やNanoLuc(登録商標)(化学発光)などの遺伝子内相補による検出系を用いてもよい。BiFCにおいては、蛍光タンパク質を2つに分断し、それぞれを解析したい2種のタンパク質に融合させる。細胞内で2つの融合タンパク質が近接すると、蛍光タンパク質の立体構造が再構築されて蛍光が生じる。NanoLuc(登録商標) 2 分子テクノロジー(NanoBiT:NanoLuc(登録商標) Binary Technology)においては、Large BiT(LgBiT ; 18 kDa)およびSmall BiT(SmBiT ; 11 アミノ酸ペプチド)のサブユニットをそれぞれ標的タンパク質との融合体として発現させ、タンパク質間相互作用が起こるとサブユニットの相補性が促進され発光酵素として明るい光が生じる。レポーター分子としては、好ましくは蛍光タンパク質である。蛍光タンパク質の種類は特に限定されず、任意の蛍光タンパク質を使用することができる。蛍光タンパク質の具体例としては、以下のものを挙げることができる。なお、BFPは青色蛍光タンパク質、CFPはシアン蛍光タンパク質、GFPは緑色蛍光タンパク質、YFPは黄色蛍光タンパク質、RFPは赤色蛍光タンパク質を意味する。
【0035】
【表1】
【0036】
レポーター分子をコードするDNAを、内因性タウ遺伝子に隣接して導入するための方法としては、ZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)、TALEN(タレン)、又はCRISPR/Cas9などのゲノム編集技術を使用することができるが、好ましくはCRISPR/Cas9を使用することができる。CRISPR-Cas9とは、ゲノム上の狙った箇所を認識するguide RNA(gRNA)と、核酸分解酵素Cas9を細胞に導入することにより,gRNAと相補的塩基配列を持つ特異的DNA鎖に二本鎖切断を引き起こす技術である。gRNAは好ましくはsingle guide RNA(sgRNA)である。ゲノム編集の対象である核内の内因性タウ遺伝子にアクセスするために、Cas9とsgRNAを細胞内の核内へと導入する必要がある。導入のためのベクターとしては、プラスミドベクター又はウイルスベクターを使用することができる。Cas9とsgRNAは、エレクトロポレーション法またはリポフェクション法などにより細胞に導入することができる。
【0037】
レポーター分子をコードするDNAは、内因性タウ遺伝子の上流側に位置していてもよいし、内因性タウ遺伝子の下流側に位置していてもよいが、好ましくは内因性タウ遺伝子の上流側に位置している。即ち、レポーター分子は、タウタンパク質のN末端側に融合していてもよいし、タウタンパク質のC末端側に融合していてもよいが、好ましくはタウタンパク質のN末端側に融合している。レポーター分子がタウタンパク質のN末端側に融合している場合には、タウおよびレポーター分子の発現が強くなり、蛍光観察などによるタウの検出がより容易になる。レポーター分子をコードするDNAと内因性タウ遺伝子は、連結して一つのタンパク質として発現されていれば、リンカーがあってもなくてもよい。遠すぎると途中で離れてしまう可能性があるため,リンカーは100塩基以内が好ましく、より好ましくは70塩基以内であり、最も好ましくは3塩基以内である。リンカーが翻訳された後のアミノ酸としては、50アミノ酸以内が好ましく、より好ましくは30アミノ酸以内であり、最も好ましくは1アミノ酸以内が好ましい。
【0038】
Targeting vectorは、gRNA配列によって決定されるタウ遺伝子の切断部位付近(N末端またはC末端)から上流及び下流のタウ遺伝子配列と相同性を持つ必要がある。上流の相同性配列をleft homology arm、下流の相同性配列をright homology armと呼ぶ。left homology armおよびright homology armは合計1600 bp前後である。好ましくはそれぞれ約800bpずつである。Homology armはタウ遺伝子配列と全く同一である必要はなく、gRNA認識配列にsilent mutationを入れておくことが好ましい。Targeting vectorは、left homology armおよびright homology armの内側に、タウ遺伝子に挿入するレポーター分子をコードするDNAを有する。好ましくは、レポーター分子をコードするDNAに加えて、薬剤耐性遺伝子や蛍光タンパク質をコードするDNAを有する。より好ましくは、薬剤耐性遺伝子や蛍光タンパク質をコードする遺伝子は両端にPiggyBac配列を持つ形で配置する。薬剤耐性遺伝子は、Puromycin耐性遺伝子、G418耐性遺伝子、Hygromycin耐性遺伝子、BlasticidinS耐性遺伝子などである。好ましくは、Hygromycin耐性遺伝子である。蛍光タンパク質は表1に記載のものがあるが、好ましくはmRFP耐性遺伝子である。また、Targeting vectorはGancyclovir感受性遺伝子を有することが好ましい。
【0039】
gRNAはタウ遺伝子の切断部位を設定する配列であり、タウ遺伝子のN末端またはC末端の配列を認識する標的配列を含む。標的配列はPAM配列(NGG)下流に20塩基程度で設定することが好ましい。gRNAは好ましくはsgRNAである。
【0040】
本発明によれば、タウ遺伝子挿入部位の上流および下流のHomology armとレポーター分子をコードするDNAを含むTargeting vectorと、タウ遺伝子の切断部位を決定するgRNAを含む、キットが提供される。
一例においては、タウ遺伝子挿入部位の上流のHomology armが配列番号1に記載の配列と90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上)の同一性をもつ配列であり、タウ遺伝子挿入部位の下流のHomology armが配列番号2に記載の配列と90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上)の同一性をもつ配列である。別の例においては、タウ遺伝子挿入部位の上流のHomology armが配列番号3に記載の配列と90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上)の同一性をもつ配列であり、タウ遺伝子挿入部位の下流のHomology armが配列番号4に記載の配列と90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上)の同一性をもつ配列である。
好ましくは、gRNAは配列番号5又は6に記載の配列と90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上)の同一性を有する配列を標的配列とする。
【0041】
レポーター分子をコードするDNAを導入した多能性幹細胞は、多能性幹細胞の培養に適した培地を使用して培養することができる。多能性幹細胞としてiPS細胞を使用する場合には、例えば、StemFit(登録商標)AK02N(味の素)、mTeSR(登録商標)1(Stemcell Technologies社)又はStemFlex(登録商標)等を使用することができる。培養は、プレート(例えば、6wellプレート等)上で行ってもよいし、フラスコ内で行ってもよいが、好ましくはプレート上で行うことができる。培養期間は特に限定されず、例えば、1日~10日間培養することができる。好ましくは5日~8日である。
【0042】
上記した培養により増殖した細胞を回収し、細胞が保持するタウ遺伝子の近傍の配列をDNAシーケンスにより確認することにより、レポーター分子をコードするDNAが導入されていることを確認することができる。
【0043】
<神経細胞>
本発明は、上記した本発明の多能性幹細胞から分化した神経細胞に関する。
本発明の神経細胞は、タウタンパク質がレポーター分子との融合タンパク質として発現されるように、内因性タウ遺伝子に隣接して導入された、レポーター分子をコードするDNAを有する細胞である。本発明の神経細胞は、株化神経細胞または初代神経細胞のいずれでもよい。
本発明の神経細胞は、タウタンパク質とレポーター分子との融合タンパク質を発現することができる。レポーター分子の具体例、好ましい形態は、本明細書中上記した通りである。本発明の神経細胞においては、細胞内タウを、レポーター分子の発現を指標として可視化又は定量することができる。
【0044】
多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する方法としては、特に限定されないが、低分子化合物処置などを用いて多能性幹細胞から神経幹細胞を作製後、神経細胞へ誘導する方法と、遺伝子発現などにより神経細胞へ直接誘導する方法がある。
多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する方法としては、例えば、
(1)無血清培地中で培養して胚様体(神経前駆細胞を含む細胞塊)を形成させて分化させる方法(SFEB法:Watanabe K., et al, Nat.Neurosci., 8:288-296, 2005; SFEBq法:Wataya T., et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 105:11796-11801, 2008);
(2)ストローマ細胞上で培養して分化させる方法(SDIA法:Kawasaki H., et al, Neuron, 28:31-40, 2000);
(3)薬剤を添加したマトリゲル上で培養して分化させる方法(Chambers S.M., et al, Nat.Biotechnol., 27:275-280, 2009);
(4)サイトカインの代替物として低分子化合物を含む培地中で培養して分化する方法(米国特許第5,843,780号);
(5)多能性幹細胞に神経誘導因子(neurogenin2(Ngn2)等)を導入し発現させることで分化させる方法(WO2014/148646;及びZhang Y., et al, Neuron,78:785-98,2013);
(6)多能性幹細胞にmiR-9/9*-124を導入し発現させることで分化させる方法;
及びこれらの方法の組み合わせ等が挙げられる。
【0045】
上記のうち、(5)多能性幹細胞にneurogenin2を導入して発現させる方法は、短期間且つ高効率で成熟した神経細胞が得られることから好ましい。さらに、(6)多能性幹細胞にmiR-9/9*-124を導入し発現させることで分化させる方法も好ましい。多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する方法としては、好ましくは、Ngn2単独またはNgn2とmiR-9/9*-124の発現により神経細胞へ直接誘導する方法である。最も好ましくは、TET-onプロモーターによるNgn2単独またはNgn2+miR-9/9*-124発現によって神経細胞へ誘導する方法である。
【0046】
Neurogenin2タンパク質は発生期において神経細胞への分化を促進することが知られる転写因子であり、そのアミノ酸配列はヒトではNP_076924、マウスではNP_033848で例示される。neurogenin2遺伝子(Official full name:neurogenin2、Official symbol:NEUROG2、Ngn2遺伝子とも呼ばれる)はNeurogenin2タンパク質をコードするDNAのことであり、例えば、標準配列として登録されているNM_009718(マウス)もしくはNM_024019(ヒト)、又はそれらの転写派生体(transcript variant)のヌクレオチド配列を有するDNAが挙げられる。また、上記標準配列及び転写派生体の配列を有する核酸に、ストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補性を有するDNAであってもよい。
【0047】
ストリンジェントな条件とは、複合体又はプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC(Saline Sodium Citrate Buffer)、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の洗浄条件、さらに厳しくは「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件で洗浄しても正鎖と相補鎖とがハイブリダイズ状態を維持する条件を挙げることができる。具体的には、このような相補鎖として、対象の正鎖の塩基配列と完全に相補的な関係にある塩基配列からなる鎖、及び上記鎖と少なくとも90%、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、いっそう好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる鎖を例示することができる。
【0048】
多能性幹細胞におけるNeurogenin2の発現は、Neurogenin2をコードする核酸(DNA又はRNA)又はNeurogenin2(タンパク質)を、多能性幹細胞に導入することによって実施することができる。
多能性幹細胞におけるmiR-9/9*-124の発現は、miR-9/9*-124をコードする核酸(DNA又はRNA)を、多能性幹細胞に導入することによって実施することができる。
【0049】
本発明において、Neurogenin2をコードする核酸、およびmiR-9/9*-124をコードする核酸を細胞に導入する場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体等のベクターをリポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクション等の手法を用いて多能性幹細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター等が例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)等が含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物用プラスミドを使用し得る。ベクターには、Neurogenin2タンパク質またはmiR-9/9*-124を発現させるための制御配列(プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト等)を含むことができ、さらに、必要に応じて薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列等を含んでもよい。特に、所望の時期にNeurogenin2タンパク質またはmiR-9/9*-124の発現を迅速に誘導できるように、タンパク質のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列が誘導可能なプロモーター配列に機能的に接合していることが好ましい。
【0050】
誘導可能なプロモーターとしては、薬剤応答性プロモーターを挙げることができ、その好適な例として、テトラサイクリン応答性プロモーター(tetO配列が7回連続したテトラサイクリン応答配列(TRE)を有するCMV最小プロモーター)が挙げられる。例えば、Tet-On/Off Advanced発現誘導システムが例示されるが、テトラサイクリンの存在下において対応する遺伝子を発現させられることが望ましいことから、Tet-Onシステムが好ましい。すなわち、reverse tetR(rtetR)及びVP16ADとの融合タンパク質(rtTA)を同時に発現させるシステムである。なお、Tet-Onシステムは、Clontech社から入手して用いることができる。また、cumate応答性プロモーター(Q-mateシステム、Krackeler Scientific社、National Research Council(NRC)社等)、エストロゲン応答性プロモーター(WO2006/129735、及びGenoStat誘導性発現システム、Upstate cell signaling solutions社)、RSL1応答性プロモーター(RheoSwitch哺乳類誘導性発現システム、New England Biolabs社)等も好適に用いることができる。このうち、発現誘導物質の特異性の高さと毒性の低さから、テトラサイクリン応答性プロモーターとcumate応答性プロモーターが特に好ましく、最も好ましくはテトラサイクリン応答性プロモーターである。
【0051】
cumate応答性プロモーターを用いる場合には、CymRリプレッサーを多能性幹細胞内で発現する様式を合わせ持つことが好適である。
また、制御配列及び上記プロモーターの調節因子(rtTA及び/又はCymRリプレッサー等)は、neurogenin2遺伝子またはmiR-9/9*-124を導入したベクターによって供給されてもよい。
【0052】
テトラサイクリン応答性プロモーターを用いた場合には、テトラサイクリン又はその誘導体であるドキシサイクリン(doxycycline、本願では以降、DOXと略記)を培地に所望の期間含んだ状態で所望の細胞を培養することでNeurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を維持することができる。また、cumate応答性プロモーターを用いた場合には、培地にcumateを所望の期間含んだ状態で所望の細胞を培養続けることで、Neurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を維持することができる。
【0053】
薬剤応答性プロモーターを用いた場合にも、培地から対応する薬剤を除去する(例えば、薬剤を含まない培地に置換する)ことで、Neurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を停止することができる。
【0054】
本発明において、Neurogenin2をコードする核酸や、miR-9/9*-124をRNAの形態で導入する場合、例えばエレクトロポレーション、リポフェクション、マイクロインジェクション等の手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。細胞内でのNeurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を維持するため、複数回、例えば、2回、3回、4回、又は5回等、導入を行っても良い。
【0055】
本発明において、Neurogenin2をタンパク質の形態で導入する場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクション等の手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。細胞内でのNeurogenin2の発現を維持するため、複数回、例えば、2回、3回、4回、又は5回等、導入を行っても良い。
【0056】
本発明において、神経細胞誘導のためにNeurogenin2またはmiR-9/9*-124を多能性幹細胞で発現させる期間は、特に上限はないが、ヒト多能性幹細胞の場合には、2日間以上、好ましくは3日間以上、さらに好ましくは4日間以上である。
【0057】
Neurogenin2やmiR-9/9*-124を導入し発現させることで分化させる方法の発現誘導以降は、多能性幹細胞を、神経細胞への分化誘導に適した培地(神経分化用培地と呼ぶ)中で培養することが好ましい。そのような培地としては、基本培地のみ、又は、神経栄養因子を添加した基本培地を用いることができる。本発明における神経栄養因子とは、神経細胞の生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体のリガンドであり、例えば、Nerve Growth Factor(NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor(BDNF)、Neurotrophin 3(NT-3)、Neurotrophin 4/5(NT-4/5)、Neurotrophin 6(NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor(EGF)、Hepatocyte Growth Factor(HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1(IGF1)、Insulin Like Growth Factor 2(IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6(IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor(CNTF)及びLIF等が挙げられる。このうち、好ましい神経栄養因子は、GDNF、BDNF、及び/又はNT-3である。
【0058】
基本培地としては、例えば、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12(F12)培地、Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(DMEM/F-12)培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium培地(Lifetechnologies社)、及びこれらの混合培地などが包含される。
【0059】
基本培地には血清が含有されていてもよいし、無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2 supplement(Thermo Fisher Scientific)、B27 supplement(Thermo Fisher Scientific)、B27 Plus supplement(Thermo Fisher Scientific)、Culture One supplement(Thermo Fisher Scientific)、アルブミン、トランスフェリン、アポトランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよく、また、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Thermo Fisher Scientific)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンなどの1つ以上の物質も含有してもよい。
【0060】
本発明では、神経分化用培地として、Neurobasal plus Mediumに、B27 Plus supplement、Culture One supplement、Glutamax、dbcAMP、L-ascorbic acid、Y27632、DAPT(N-[N-(3,5-Difluorophenacetyl-L-alanyl)]-(S)-phenylglycine t-butyl ester)を添加した培地を使用することが特に好ましい。
【0061】
神経細胞の分化誘導を行う際の培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0062】
本発明における神経細胞とは、好ましくは、β-III tubulin、NeuN、N-CAM(neural cell adhesion molecule)、MAP2(microtubule-associated protein 2)から成る神経細胞に特異的なマーカー遺伝子を少なくとも1以上発現し、且つ、β-III tubulin陽性の突起(以降、神経突起と呼ぶ)を有する細胞である。
【0063】
本発明においてより好ましい神経細胞は、形態的に成熟した神経細胞であり、さらに好ましくはグルタミン酸作動性神経細胞である。ここで、形態的に成熟した神経細胞とは、細胞体が肥厚し、且つ、神経突起が十分に伸展(目安として、神経突起長が細胞体の直径の約5倍以上に伸展)した神経細胞である。
【0064】
<スクリーニング方法>
本発明は、上記した本発明の多能性幹細胞又は神経細胞を用いる、物質のスクリーニング方法に関する。さらに本発明は、上記したスクリーニング方法でスクリーニングされた物質に関する。
【0065】
本発明の神経細胞は、中枢神経疾病に対する薬剤候補物質のスクリーニングや病態メカニズム解析に利用可能である。本発明においては、タウの発現量の増減の評価、又はタウの細胞内における分布の評価を、レポーター分子の発現に基づいて行うことができる。好ましくは、タウの発現量の増減は、レポーター分子の発現強度に基づいて評価することができる。レポーター分子として蛍光タンパク質を使用する場合には、蛍光タンパク質に融合したタウの発現により、タウの発現量の増減の評価、又はタウの細胞内における分布の評価を、蛍光の発現に基づいて行うことができるため、薬剤などの物質のスクリーニングを簡易的に行うことができる。
【0066】
本発明の神経細胞は生きたままで、レポーター分子の発現をリアルタイムにモニタリングすることができる。モニタリングに使用することができる機器としては、蛍光顕微鏡、共焦点顕微鏡、CCD(Charge Coupled Device)カメラなどがある。また、リアルタイムでのモニタリングが不要な場合にはホルマリン等で神経細胞を固定した後に観察することもできる。さらに、固定後にタウまたは蛍光タンパク質に対する抗体を用いて染色することも可能であるが、固定および染色操作による細胞の剥がれや染色のばらつきなどが定量結果に影響を及ぼす可能性があるため、非染色での解析が望ましい。
【0067】
本発明においては、例えば、
(1)本発明の神経細胞と被験物質とを接触させる工程;
(2)上記神経細胞におけるタウ発現量を測定する工程;及び
(3)工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(2)で測定したタウ発現量が、工程(1)において被験物質と接触させなかった場合のタウ発現量よりも低値であった場合、上記被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程;
を含む、タウオパチーの予防又は治療薬のスクリーニング方法が提供される。
工程(1)において被験物質と接触させなかった場合のタウ発現量より低値であるとは、低ければ特に限定されるものではないが、被験物質と接触させなかった場合のタウ発現量を100%とすると、被験物質との接触により、好ましくは80%以下、より好ましくは50%以下へタウ発現量を低下させる作用を持つ被験物質を選択する。
【0068】
本発明のスクリーニング方法は、タウオパチーの予防又は治療薬と成り得る化合物又はリード化合物のスクリーニングにおいて有用である。
タウオパチーとしては、アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease;AD)、第17染色体遺伝子に連鎖しパーキンソニズムを伴う前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia with Parkinsonism linked to chromosome 17;FTDP-17)、前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia;FTD)、ピック病(Pick’s disease)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)、大脳皮質変性症(corticobasal degeneration;CBD)、嗜銀顆粒性認知症(嗜銀性顆粒病)、神経原線維変化型認知症、石灰沈着を伴うび慢性神経原線維変化病(DNTC)等が挙げられる。
【0069】
被験物質としては、例えば、タンパク質、ペプチド、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、合成低分子化合物、天然化合物、細胞抽出物、植物抽出物、動物組織抽出物、血漿、海洋生物由来の抽出物、細胞培養上清、及び微生物発酵産物等が挙げられる。
【0070】
また、被験物質は、(1)生物学的ライブラリー法、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他のアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997) Anticancer Drug Des. 12: 145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993)Proc.Natl.Acad.Sci. USA 90:6909-13;Erb et al.(1994)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 91:11422-6;Zuckermann et al.(1994)J.Med.Chem.37:2678-85;Cho et al.(1993)Science 261:1303-5;Carell et al.(1994) Angew.Chem.Int.Ed.Engl.33:2059;Carell et.al.(1994)Angew.Chem.Int.Ed.Engl.33:2061;Gallop et al.(1994)J.Med.Chem.37:1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992)Bio/Techniques 13:412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991)Nature 354:82-4)、チップ(Fodor(1993)Nature 364:555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89:1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990)Science 249:386-90;Devlin(1990)Science 249:404-6;Cwirla et al.(1990)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:6378-82;Felici(1991)J.Mol.Biol.222:301-10;米国特許出願公開第2002/0103360号)として作製され得る。
【0071】
本発明において、被験物質と神経細胞を接触させることは、神経細胞の培養液へ被験物質を添加することで行ってもよい。接触は、蛍光などの指標の変化が確認できる時間であれば、特に限定されないが、例えば、1日以上、2日以上、3日以上、4日以上、5日以上、6日以上、7日以上である。添加される被験物質の濃度は化合物の種類(溶解性、毒性等)によって適宜調節可能である。
【0072】
被験物質と神経細胞を接触させる際に用いる、神経細胞の培養液は、神経細胞を培養できる培地であれば、特に限定されないが、例えば、上述した神経分化用培地が挙げられる。
【0073】
被験物質と神経細胞を接触させる際の培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0074】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例0075】
(1)遺伝子編集によるTagGFP2-Tau遺伝子を持つiPS細胞の作製
タウ遺伝子に対する遺伝子編集は健常者由来ヒトiPS細胞201B7株(iPSアカデミアジャパンより入手)に対して実施した。ヒトiPS細胞はiMatrix(ニッピ)でコーティングした6well plateに播種し、StemFit(登録商標)AK02N(味の素)を用いてフィーダーフリー培養した。培養したヒトiPS細胞をTrypLE select(Thermo Fisher Scientific)で剥離し、遠心により細胞ペレットを取得した。細胞ペレットをNeon buffer R(sgRNA、Cas9 protein、およびtargeting vectorを含む)と混和したのち、Neon(Thermo Fisher Scientific)を用いたエレクトロポレーションによって導入した。Targeting vectorはHR710PA-1 vector(System Bioscience社から購入)に対し、タウ遺伝子とのhomology arm(LHA,RHA)、挿入する蛍光タンパク質遺伝子配列(TagGFP2)、およびPiggyBac配列(5’ITRおよび3’ITR)に挟まれた株選択に使用する遺伝子領域(EF1-RFP-T2A-Hyg)を挿入することで作製した(図1及び図2)。タウ遺伝子とのhomology arm(LHA,RHA)の塩基配列を以下に示す。また、切断するゲノム配列を認識させるsgRNA(Thermo Fisher Scientific)の配列を以下に示す。
【0076】
Left homology arm (N末端へのTagGFP2挿入用)
TTTTGCTGCCAGTTGACATCTGATTGAACCATCTCTTCACTTCTCCGTGCCTCACTTTCCTTACCAGACAGGCTCTGCTGATGCTGTCCCTCTCCTGTTCAGTCGTGCCCTCACCGTTAAAGAGAAAGAGCAAACTGCTGGGCAGCAGCATTGATTTTTTTAATGAAGTGGAAAGAGAGCTGGGAATAACAAGTCGGGCCCACCTCACCTGCCTCACCTGGTGGGTTTATTTGTTTTGTTTTTTTTTTTTTGTTTTGAGACAGAGTTTCACCCTGTCACCCAGGCTGGAGTGCAGTGGTGTAATCTCAGCTCACTGCAACCTCCACCTGCCAGGTTCAATTGATTCTCCTGCCTCAGCCTCCCCAGTAGCTGGGATTACAGGCACCTGCCACATGCCTGGCTAATTATTGTATTTTTAGTAGAGATGGGGTTTTACCATGTTGGCCAGGCTGGTCTCGATCCCCTGACCTCAGGTGATCCACCCACCTCGGCCTCCCAAAGTGCTGAGATCACAGGCGTGAGCCACCATGCCTGGCCGTCACCTGGTGGTGTTGAATATGAACTGCTGCGGTGTTGGTAAATTAAGCAAGCAGATAGATGTAAATAACGCTTGGGCAGGAATATGGAGCACGGGATGAGGATGGGCGGCCAACTGTTAGAGAGGGTAGCAGGGAGGCTGAGATCTGCCTGCCATGAACTGGGAGGAGAGGCTCCTCTCTCTCTTCACCCCCACTCTGCCCCCCAACACTCCTCAGAACTTATCCTCTCCTCTTCTTTCCCCAGGTGAACTTTGAACCAGG(配列番号1)
【0077】
Right homology arm (N末端へのTagGFP2挿入用)
ATGGCTGAGCCCCGCCAGGAGTTCGAAGTGATGGAAGATCACGCTGGGACGTACGGGTTGGGGGACAGGAAAGATCAGGGGGGCTACACCATGCACCAAGACCAAGAGGGTGACACGGACGCTGGCCTGAAAGGTTAGTGGACAGCCATGCACAGCAGGCCCAGATCACTGCAAGCCAAGGGGTGGCGGGAACAGTTTGCATCCAGAATTGCAAAGAAATTTTAAATACATTATTGTCTTAGACTGTCAGTAAAGTAAAGCCTCATTAATTTGAGTGGGCCAAGATAACTCAAGCAGTGAGATAATGGCCAGACACGGTGGCTCACGCCTGTAATCCCAGCACTTTGGAAGGCCCAGGCAGGAGGATCCCTTGAGGCCAGGAATTTGAGACCGGCCTGGGCAACATAGCAAGACCCCGTCTCTAAAATAATTTAAAAATTAGCCAGGTGTTGTGGTGCATGTCTATAGTCCTAGCTACTCAGGATGCTGAGGCAGAAGGATCACTTGAGCCCAGGAGTTCAAGGTTGCAGTAAGCTGTGATTATAAAACTGCACTCCAGCCTGAGCAACAGAGCAAGACCCTGTCAAAAAAAAAAGAAAAGAAAAAAGAAAGAAAGAAATTTACCTTGAGTTACCCACATGAGTGAATGTAGGGACAGAGATTTTAGGGCCTTAACAATCTCTCAAATACAGGGTACTTTTTGAGGCATTAGCCACACCTGTTAGCTTATAAATCAGTGGTATTGATTAGCATGTAAAATATGTGACTTTAAACATTGCTTTTTATCTCTTACTTAGATC(配列番号2)
【0078】
Left homology arm (C末端へのTagGFP2挿入用)
ATACTAAGCAGCCTGTGTATCTATACACTCACACGTGTTTGTTTATGTGTGGAATATCTCTGGAGGGTACACAAGAAACTTAAAATGATCACTGTCTCTGGGGAGGGTACCTGGGTGCCTGGGAGGCAGGTCAGGGAAGGAGTGGGCACAGGTATTACCAATTGGAAGACAATAAAAACAACAGCTCCTGGCCAGGCGCAGTGGCTCACGCCTGTAATGGCAGCACTCTGAGAGGCTGAGGCGGGCAGATTGCTTGCGTCCAGGAGTTCAAGACCAGCCTGGGCAACATAGCAAAACCCCGTTTCTATTAAAAATACAAAAAATTAGCCAGGTGTGGTGGCATGCACCTGTAATCCCAGCTACTCGGGAGGCTGAGGTGGGAGAATCACCTGAGCCTGGGAGGTCAAGGCTGCAGTGAGGTGAGATTGTGCCACCGCACTCTAGCCTGGGCGATAGAGCAAGACCCTGTCTCAAAAACAAACAAAAAACAGTCCCTGGCACTCTGGGCCAGGCCTGGCAGGGCAGTTGGCAGGGCTGGTCTTTCTCTGGCACTTCATCTCACCCTCCCTCCCTTCCTCTTCTTGCAGATTGAAACCCACAAGCTGACCTTCCGCGAGAACGCCAAAGCCAAGACAGACCACGGGGCGGAGATCGTGTACAAGTCGCCAGTGGTGTCTGGGGACACGTCTCCACGGCATCTCAGCAATGTCTCCTCCACCGGCAGCATCGACATGGTAGACTCGCCCCAGCTCGCCACGCTAGCTGACGAGGTGTCTGCCTCCCTGGCCAAGCAGGGTTTG(配列番号3)
【0079】
Right homology arm (C末端へのTagGFP2挿入用)
TCAGGCCCCTGGGGCGGTCAATAATTGTGGAGAGGAGAGAATGAGAGAGTGTGGAAAAAAAAAGAATAATGACCCGGCCCCCGCCCTCTGCCCCCAGCTGCTCCTCGCAGTTCGGTTAATTGGTTAATCACTTAACCTGCTTTTGTCACTCGGCTTTGGCTCGGGACTTCAAAATCAGTGATGGGAGTAAGAGCAAATTTCATCTTTCCAAATTGATGGGTGGGCTAGTAATAAAATATTTAAAAAAAAACATTCAAAAACATGGCCACATCCAACATTTCCTCAGGCAATTCCTTTTGATTCTTTTTTCTTCCCCCTCCATGTAGAAGAGGGAGAAGGAGAGGCTCTGAAAGCTGCTTCTGGGGGATTTCAAGGGACTGGGGGTGCCAACCACCTCTGGCCCTGTTGTGGGGGTGTCACAGAGGCAGTGGCAGCAACAAAGGATTTGAAACTTGGTGTGTTCGTGGAGCCACAGGCAGACGATGTCAACCTTGTGTGAGTGTGACGGGGGTTGGGGTGGGGCGGGAGGCCACGGGGGAGGCCGAGGCAGGGGCTGGGCAGAGGGGAGAGGAAGCACAAGAAGTGGGAGTGGGAGAGGAAGCCACGTGCTGGAGAGTAGACATCCCCCTCCTTGCCGCTGGGAGAGCCAAGGCCTATGCCACCTGCAGCGTCTGAGCGGCCGCCTGTCCTTGGTGGCCGGGGGTGGGGGCCTGCTGTGGGTCAGTGTGCCACCCTCTGCAGGGCAGCCTGTGGGAGAAGGGACAGCGGGTAAAAAGAGAAGGCAAGCTGGCAGGAGGGTG(配列番号4)
【0080】
N-TagGFP2 Tau sgRNA:
AGGTGAACTTTGAACCAGGA(配列番号5)
【0081】
C-TagGFP2 Tau sgRNA:
ACAATTATTGACCGCCCCAG(配列番号6)
【0082】
エレクトロポレーション処置の後、StemFit(登録商標)を添加し遠心した。細胞ペレットをStemFit(登録商標)(10μmol/L Y27632を含む)に懸濁し、iMatrixコーティングした6well plateにおいて培養した。培養3日目に100μg/mLのHygromycinを添加したStemFit(登録商標)に培地交換し、培養5日目に2.5μg/mLのGancyclovir(富士フイルム和光純薬)を添加したStemFit(登録商標)に培地交換した。増殖したコロニーを顕微鏡下でピックし、単一細胞由来のクローンを取得した後、細胞の持つタウ遺伝子の配列をDNAシーケンスで確認することで、目的配列が挿入されていることを確認した。さらに、薬剤耐性遺伝子配列を除去するため、GeneJuice(Novagen)を用いたリポフェクションによりExcision only Piggybac vector(System Bioscience社から購入)を導入し、StemFit(登録商標)を用いて培養した。コロニーを顕微鏡下でピックし、単一細胞由来のクローンを取得した。その後、細胞の持つタウ遺伝子の配列をDNAシーケンスで確認することで、目的配列が挿入されていることを確認し、TagGFP2-Tau遺伝子を持つiPS細胞クローンを選択した。
【0083】
(1)レンチウイルスの作製
非特許文献(Mitsuru Ishikawa,et al.,Cells 2020,9,532;)の方法に従ってレンチウイルスの作製を行った。簡潔に記載すると、パッケージングコンストラクト(pCAG-HIVgp)、VSV-GおよびRev発現コンストラクト(pCMV-VSV-G-RSV-Rev)、self-inactivating (SIN)レンチウイルスベクターコントストラクト(CSIV-miR9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdT)の3種類のプラスミドを、HEK293T細胞にポリエチレンイミン(Polysciences)を用いてトランスフェクションすることでレンチウイルスを産生させた。さらに、培養上清を超遠心により濃縮し、レンチウイルスを濃縮した。濃縮後、lenti-Gostix PLUS(タカラバイオ)を用いて力価の測定を行い、実験に用いた。
CSIV-miR9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdT(図3)を示す。
【0084】
(2)iPS細胞へのTET-on誘導性Ngn2およびmiR-9/9*-124ベクターの導入
非特許文献(Mitsuru Ishikawa,et al.,Cells 2020,9,532;)の方法に従って、図4に示すようなTransposaseベクター(pCMV-HyPBase-PGK-Puro)、rtTAベクター(PB-CAGrtTA3G-IH)、Neurogenin2(Ngn2)ベクター(PB-TET-PH-lox66FRT-NEUROG2)を作製した。これらベクターをStemFit(登録商標)で培養したiPS細胞に対して、GeneJuice(Novagen)を用いたリポフェクションで導入し、さらに、miR-9/9*-124遺伝子を含むレンチウイル(CSIV-miR9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdT)をiPS細胞に導入した。その後、Puromycin、Hygromycin, Blasticidin Sを用いた薬剤セレクションによって、ベクターが安定導入されたiPS細胞株を取得した。
【0085】
(3)iPS細胞由来神経細胞におけるTagGFP2-Tau蛍光の確認
(2)で作製したiPS細胞をTrypLE selectで剥離し、Poly-D-lysine(PDL)およびiMatrixでコーティングした96well plateまたは384well plateに播種した。Doxycycline(DOX)を含む神経誘導培地(Neurobasal plus培地(Thermo Fisher Scientific)に2%のB27 Plus supplement(Thermo Fisher Scientific)、1%のCulture One supplemet(Thermo Fisher Scientific)、200μmol/LのbcAMP、200μmol/LのL-ascorbic acid、10μmol/LのY27632、10μmol/LのDAPT(N-[N-(3,5-Difluorophenacetyl-L-alanyl)]-(S)-phenylglycine t-butyl ester)、4μg/mlのDoxを添加したもの)で培養することで神経細胞へ分化誘導した。分化誘導開始から6日目以降は神経維持培地(Neurobasal plus培地に2%のB27 Plus supplement、1%のCulture One supplement、200μmol/LのdbcAMP、200μmol/LのL-ascorbic acid、10ng/mLのBDNF(Brain-derived neurotrophic factor)を添加したもの)で培地交換し、19日間培養した後、蛍光顕微鏡で観察した。未編集のiPS細胞由来神経細胞をネガディブコントロールとして観察を行った。結果を図5に示す。図5に示す通り、N末端型(TagGFP2-Tau)神経細胞およびC末端型(Tau-TagGFP2)神経細胞の両方で蛍光が観察された。N末端型(TagGFP2-Tau)神経細胞の方が、C末端型(Tau-TagGFP2)神経細胞より蛍光が強かった。
【0086】
(4)蛍光Tau定量および明視野神経突起長の解析
神経誘導5日目の神経細胞をTrypLE Selectで剥離した。PDLおよびiMatrixによりコーティングした96well plateに対し、1×10cells/wellの細胞数で播種した。培養には神経再播種培地(Neurobasal plus:DMEM/F12 HAM=1:1の培地に、2%のB27 Plus supplement、1%のCulture One supplemet、200μmol/LのdbcAMP、200μmol/LのL-ascorbic acid、2μg/mlのDoxを添加したもの)を用いて培養した。また、神経細胞に対して1~2μmol/LのTau Accell siRNA(Dharmacon, #D-001910-03)を処置し、約2週間培養した。生細胞のまま、TagGFP2-Tauの蛍光撮像(Excitation 485nm/Emission 535nm)および明視野撮像を、In Cell Analyzer 6000(GEヘルスケア)を用いて行った。神経突起における蛍光強度、または陽性神経突起長をタウ発現量の指標とすることで神経細胞内のタウ発現を定量した。また、明視野撮像によって神経突起長により神経細胞毒性を定量した。結果を図6に示す。図6に示す通り、TagGFP2蛍光強度およびTagGFP2陽性突起長が低下していたことから、神経細胞内のタウ量が低下していることを検出できた。さらに、Tau siRNA処置により位相差突起長が明確に変化しなかったことも同時に確認できた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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