(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157526
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】電池電極用複合材料、リチウムイオン電池用電極及びリチウムイオン電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/131 20100101AFI20221006BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20221006BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
H01M4/131
H01M4/62 Z
H01M4/36 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061805
(22)【出願日】2021-03-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第2期)」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100151127
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 勝雅
(74)【代理人】
【識別番号】100151644
【弁理士】
【氏名又は名称】平岩 康幸
(72)【発明者】
【氏名】松田 厚範
(72)【発明者】
【氏名】武藤 浩行
(72)【発明者】
【氏名】グエン フ フイ フク
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA07
5H050BA17
5H050CA07
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB12
5H050DA09
5H050DA13
5H050EA01
5H050HA02
(57)【要約】
【課題】充放電特性に優れたリチウムイオン電池、並びに、このようなリチウムイオン電池を与える電池電極用複合材料及びリチウムイオン電池用電極の提供。
【解決手段】本発明の電池電極用複合材料は、Li原子、P原子及びS原子を含む固体電解質と、Li原子及びF原子を含む化合物とを含有するマトリックス相、並びに、該マトリックス相の中に分散されつつ含まれ、且つ、Li原子と、Co原子、Ni原子及びMn原子から選ばれた少なくとも1種と、O原子とを含む複合酸化物を含有する分散相を備える。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Li原子、P原子及びS原子を含む固体電解質と、Li原子及びF原子を含む化合物とを含有するマトリックス相、並びに、該マトリックス相の中に分散されつつ含まれ、且つ、Li原子と、Co原子、Ni原子及びMn原子から選ばれた少なくとも1種と、O原子とを含む複合酸化物を含有する分散相を備えることを特徴とする電池電極用複合材料。
【請求項2】
Li原子及びF原子を含む前記化合物が、LiBF4、LiPF6、LiAsF6、LiSbF6、LiN(SO2F)2、LiN(SO2CF3)2、LiN(SO2C2F5)2、LiC(SO2CF3)3、LiSO3CF3及びLiSO3C4F9から選ばれた少なくとも1つである請求項1に記載の電池電極用複合材料。
【請求項3】
前記分散相は、前記複合酸化物からなるコア部と、該コア部の表面の少なくとも一部がリチウムイオン伝導性酸化物により被覆された被覆部とを備える複合体からなる請求項1又は2に記載の電池電極用複合材料。
【請求項4】
前記リチウムイオン伝導性酸化物が、Li原子と、他の金属原子と、O原子とを含む複合酸化物である請求項3に記載の電池電極用複合材料。
【請求項5】
前記リチウムイオン伝導性酸化物がLiNbO3である請求項3又は4に記載の電池電極用複合材料。
【請求項6】
前記固体電解質が、Li3PS4及びLi6PS5X1(X1はCl原子、Br原子又はI原子)から選ばれた少なくとも1つを含む請求項1乃至5のいずれか一項に記載の電池電極用複合材料。
【請求項7】
前記マトリックス相が、更に、LiX2(X2はCl原子、Br原子又はI原子)を含有する請求項1乃至6のいずれか一項に記載の電池電極用複合材料。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれか一項に記載の電池電極用複合材料を含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極。
【請求項9】
請求項8に記載のリチウムイオン電池用電極を備えることを特徴とするリチウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池を構成する正極等の電極の形成材料として好適な電池電極用複合材料及びそれを含むリチウムイオン電池用電極並びにリチウムイオン電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、充電時には正極からリチウムがイオンとして脱離して負極へ移動して吸蔵され、放電時には負極から正極へリチウムイオンが挿入されて戻る構造の二次電池である。このリチウムイオン電池は、エネルギー密度が大きく、長寿命である等の特徴を有しているため、ノート型のパーソナルコンピューター、カメラ等の家電製品や、携帯電話機等の携帯型電子機器又は通信機器、パワーツール等の電動工具等の電源として広く用いられており、最近では、電気自動車(EV)、ハイブリッド電気自動車(HEV)等に搭載される大型電池にも利用されている。このようなリチウムイオン電池において、可燃性の有機溶剤を含む電解液に代えて固体電解質を用いると、安全装置の簡素化が図られるだけでなく、製造コスト、生産性等にも優れることから、各種材料の研究が盛んに進められている。なかでも、硫化物を含む固体電解質は、導電率(リチウムイオン伝導度)が高く、電池の高出力化を図るうえで有用であるといわれている。
【0003】
硫化物固体電解質は、従来、電解液のように高電位で分解する有機溶剤を含まないため、電位窓が広い、即ち、電位的に安定であり、酸化分解しないと考えられてきた。しかしながら、近年、特許文献1に記載のように、硫化物固体電解質は、特に高電位に対して不安定であり、高電位にさらされる活物質と接する界面で電気分解し、電気分解した硫化物固体電解質のイオン伝導性が極めて低いため、電池の充放電特性の低下をもたらすことが分かってきた。近年、高電位領域において、わずかながら、酸化分解することが分かってきた。
上記特許文献1には、硫化物材料を含む硫化物層と、硫化物材料が酸化されてなる酸化物を含む酸化物層とを備え、酸化物層は、硫化物層の表面に位置し、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy、X線光電子分光)深さ方向分析により測定される酸化物層の最表面の酸素/硫黄元素比率をxとし、XPS深さ方向分析により測定される、SiO2換算スパッタレートで酸化物層の最表面より32nm位置の酸素/硫黄元素比率をyとすると、1.28≦x≦4.06、かつ、x/y≧2.60を満たす硫化物固体電解質材料及びそれを含む電池が開示されている。
【0004】
また、リチウムイオン電池の充放電特性は、電極の構成にも少なからず依存するといわれており、例えば、特許文献2には、正極活物質と固体電解質との界面をリチウムイオンが移動する際の抵抗(界面抵抗)を低減させるために、ニオブ酸リチウムを含有する被覆層が表面の少なくとも一部に形成されているコバルト酸リチウムを含む正極活物質と、固体の硫化物を含む固体電解質と、を有し、XPS分析による電子状態分析で検出されるメインピークよりも低エネルギー側に、該メインピークとは異なるピークが検出されるニオブが被覆層に含有される電極体を備えるリチウムイオン電池が開示されている。また、特許文献3には、コバルト元素、ニッケル元素、及びマンガン元素のうち少なくともいずれか1つを含み且つリチウム元素及び酸素元素をさらに含む活物質粒子、並びに当該活物質粒子表面の全部又は一部を被覆する酸化物系固体電解質を含有する複合粒子と、該複合粒子表面の76.0%以上をさらに被覆する硫化物系固体電解質とを備えることを特徴とする、複合活物質が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-26321号公報
【特許文献2】特開2010-73539号公報
【特許文献3】特開2014-154407号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、充放電のサイクル特性に優れたリチウムイオン電池、並びに、このようなリチウムイオン電池を与える電池電極用複合材料及びリチウムイオン電池用電極を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下に示される。
[1]Li原子、P原子及びS原子を含む固体電解質と、Li原子及びF原子を含む化合物とを含有するマトリックス相、並びに、該マトリックス相の中に分散されつつ含まれ、且つ、Li原子と、Co原子、Ni原子及びMn原子から選ばれた少なくとも1種と、O原子とを含む複合酸化物を含有する分散相を備えることを特徴とする電池電極用複合材料。
[2]Li原子及びF原子を含む上記化合物が、LiBF4、LiPF6、LiAsF6、LiSbF6、LiN(SO2F)2、LiN(SO2CF3)2、LiN(SO2C2F5)2、LiC(SO2CF3)3、LiSO3CF3及びLiSO3C4F9から選ばれた少なくとも1つである上記[1]に記載の電池電極用複合材料。
[3]上記分散相は、上記複合酸化物からなるコア部と、該コア部の表面の少なくとも一部がリチウムイオン伝導性酸化物により被覆された被覆部とを備える複合体からなる上記[1]又は[2]に記載の電池電極用複合材料。
[4]上記リチウムイオン伝導性酸化物が、Li原子と、他の金属原子と、O原子とを含む複合酸化物である上記[3]に記載の電池電極用複合材料。
[5]上記リチウムイオン伝導性酸化物がLiNbO3である上記[3]又は[4]に記載の電池電極用複合材料。
[6]上記固体電解質が、Li3PS4及びLi6PS5X1(X1はCl原子、Br原子又はI原子)から選ばれた少なくとも1つを含む上記[1]乃至[5]のいずれか一項に記載の電池電極用複合材料。
[7]上記マトリックス相が、更に、LiX2(X2はCl原子、Br原子又はI原子)を含有する上記[1]乃至[6]のいずれか一項に記載の電池電極用複合材料。
[8]上記[1]乃至[7]のいずれか一項に記載の電池電極用複合材料を含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極。
[9]上記[8]に記載のリチウムイオン電池用電極を備えることを特徴とするリチウムイオン電池。
【発明の効果】
【0008】
本発明の電池電極用複合材料及びリチウムイオン電池用電極によれば、充放電のサイクル特性に優れたリチウムイオン電池を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明のリチウムイオン電池の要部を示す概略断面図である。
【
図2】実験例1-1~1-3で得られた固体電解質組成物又は固体電解質の導電率の温度依存性を示すグラフである。
【
図3】実験例1-1~1-3で得られた固体電解質組成物又は固体電解質の電位-電流曲線である。
【
図4】実験例1-4~1-6で得られた固体電解質組成物又は固体電解質の導電率の温度依存性を示すグラフである。
【
図5】実験例1-4~1-6で得られた固体電解質組成物又は固体電解質の電位-電流曲線である。
【
図6】〔実施例〕で作製した全固体形リチウムイオン電池を含む充電試験用測定セルを示す概略断面図である。
【
図7】実験例1~2及び比較例1で得られたリチウムイオン電池の充放電特性を示すグラフである。
【
図8】実験例1~2及び比較例1で得られたリチウムイオン電池の充放電サイクル試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の電池電極用複合材料は、Li原子、P原子及びS原子を含む固体電解質(以下、「硫黄系固体電解質(A1)」という)と、Li原子及びF原子を含む化合物(以下、「含フッ素化合物」という)とを含有するマトリックス相、並びに、該マトリックス相の中に分散されつつ含まれ、且つ、Li原子と、Co原子、Ni原子及びMn原子から選ばれた少なくとも1種と、O原子とを含む複合酸化物を含む分散相を備える。
【0011】
本発明の電池電極用複合材料の形態は、上記構成を有する限りにおいて、特に限定されず、粉体、造粒体、ペースト状、スラリー状等とすることができる。
【0012】
上記マトリックス相は、硫黄系固体電解質(A1)及び含フッ素化合物を含有する相であり、好ましくは、これらの混合物からなる相である。
【0013】
上記硫黄系固体電解質(A1)は、Li原子、P原子及びS原子を含む化合物であれば、特に限定されず、他の原子を更に含む化合物であってもよい。
上記硫黄系固体電解質(A1)としては、Li2S-P2S5系固体電解質及びLi2S-P2S5-LiX1系固体電解質(X1はCl原子、Br原子又はI原子)が挙げられる。具体的な化合物として、Li3PS4、Li7P3S11、Li2P2S6、Li7P2S8X1(X1はCl原子、Br原子又はI原子)、Li6PS5X1(X1はCl原子、Br原子又はI原子)等が挙げられる。これらのうち、Li3PS4及びLi6PS5X1(X1はCl原子、Br原子又はI原子)が好ましい。上記マトリックス相に含まれる硫黄系固体電解質(A1)は、1種又は2種以上とすることができる。
【0014】
上記含フッ素化合物は、Li原子及びF原子を含む化合物であれば、特に限定されず、他の原子を更に含む化合物であってもよい。
上記含フッ素化合物としては、LiBF4、LiPF6、LiAsF6、LiSbF6、LiN(SO2F)2、LiN(SO2CF3)2、LiN(SO2C2F5)2、LiC(SO2CF3)3、LiSO3CF3、LiSO3C4F9等が挙げられる。上記マトリックス相に含まれる含フッ素化合物は、1種又は2種以上とすることができる。
【0015】
上記マトリックス相における硫黄系固体電解質(A1)及び含フッ素化合物の含有割合は、本発明の効果が十分に得られることから、両者の合計を100mol%とした場合に、それぞれ、好ましくは50~99mol%及び1~50mol%、より好ましくは60~95mol%及び5~40mol%、更に好ましくは70~90mol%及び10~30mol%である。
【0016】
更に、上記マトリックス相は、必要に応じて、固体電解質及び含フッ素化合物以外の他の成分を含有することができる。他の成分としては、LiX2(X2はCl原子、Br原子又はI原子)等が挙げられる。
上記マトリックス相が他の成分を含有する場合、その含有割合は、硫黄系固体電解質(A1)及び含フッ素化合物の合計量を100質量部とした場合に、好ましくは5~60質量部、より好ましくは10~40質量部である。
【0017】
次に、上記分散相は、Li原子と、Co原子、Ni原子及びMn原子から選ばれた少なくとも1種と、O原子とを含む複合酸化物(以下、「複合酸化物(C)」という)を含有する相であり、リチウムイオンを吸蔵又は放出する活物質として作用する成分である。本発明において、上記分散相は、この複合酸化物(C)のみからなる単相型分散相であってよいし、複合酸化物(C)からなるコア部の表面の少なくとも一部がリチウムイオン伝導性酸化物(以下、「リチウムイオン伝導性酸化物(D)」という)により被覆された構造を有する複合体からなる複合型分散相、即ち、コア部と、コア部の表面の少なくとも一部がリチウムイオン伝導性酸化物(D)により被覆された被覆部とを備える複合体からなる複合型分散相であってもよい。
【0018】
上記複合酸化物(C)としては、Li原子と、Co原子、Ni原子及びMn原子から選ばれた少なくとも1種と、O原子とからなる化合物(以下、「複合酸化物(C1)」という);これらの原子に加えて、更に、他の金属原子(Cu、V、Nb、Mo、Ti、Cr、Zr、Zn、Na、K、Ca、Mg、Pt、Au、Ag、Ru、W等)又はハロゲン原子を含む化合物等が挙げられる。これらのうち、複合酸化物(C1)が好ましい。尚、本発明において、上記分散相を構成する複合酸化物(C)は、1種又は2種以上とすることができる。
【0019】
上記複合酸化物(C1)は、好ましくは、下記一般式(1)で表される化合物である。
LimNixCoyMnzOn (1)
(式中、mは、0<m≦2を満たす数であり、nは、0<n/m≦4を満たす数であり、x、y、zは、0≦x≦2、0≦y≦2、0≦z≦2、を満たし、0<(x+y+z)/m≦2を満たす数である)
【0020】
上記一般式(1)で表される化合物としては、LiCoO2、LiNiO2、LiMn2O4、LiCoMnO4、Li2NiMn3O8、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2、LiNi0.5Co0.2Mn0.3O2等が挙げられる。
【0021】
上記分散相が複合型分散相である場合、複合酸化物(C)からなるコア部の表面の少なくとも一部を被覆するリチウムイオン伝導性酸化物(D)は、リチウムイオン伝導性を有し、上記複合酸化物(C)と異なるものであれば、特に限定されない。
【0022】
上記リチウムイオン伝導性酸化物(D)としては、硫黄系固体電解質(A1)と、複合酸化物(C)との間の界面抵抗の増加が抑制されることから、高い表面酸性度を有する、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化タングステン(WO3)、酸化チタン(TiO2)、酸化ホウ素(B2O3)、酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化ガリウム(Ga2O3)等の酸化物、並びに、リチウムイオンを有する、Li原子と、他の金属原子と、O原子とを含む化合物(複合酸化物)が好ましい。
後者の複合酸化物における他の金属原子としては、Nb原子、Al原子、Mo原子、Si原子、Fe原子、Zr原子、W原子、V原子、Ti原子、Ta原子等が挙げられる。これらのうち、Nb原子が好ましい。後者の複合酸化物としては、LiNbO3、LiNbO2、LiAlO2、Li2MoO4、Li4SiO4、Li4FeO4、Li4ZrO4、Li2W2O7、Li3VO4、Li4Ti5O12、LiTaO3等が挙げられる。これらのうち、LiNbO3、Li4Ti5O12及びLiTaO3が好ましく、LiNbO3が特に好ましい。
【0023】
上記複合型分散相を構成する複合体において、リチウムイオン伝導性酸化物(D)からなる被覆部は、複合酸化物(C)からなるコア部の全表面に存在することが好ましい。尚、被覆部の厚さは、特に限定されないが、平均値は、好ましくは1~20nm、より好ましくは2~10nmである。
【0024】
上記マトリックス相の中に含まれる分散相の形状及びサイズは、特に限定されない。分散相の形状は、球体、楕円球体、多面体、不定形状等とすることができる。また、分散相のサイズ(粒子径)は、1~50μmとすることができる。
【0025】
本発明の電池電極用複合材料において、マトリックス相及び分散相の質量比は、特に限定されないが、電池容量の観点から、両者の合計を100質量%とした場合に、それぞれ、好ましくは5~70質量%及び30~95質量%、より好ましくは10~40質量%及び60~90質量%である。
【0026】
本発明の電池電極用複合材料を構成するマトリックス相の中には、上記分散相以外に、炭素材料、金属粉末、金属化合物等からなる導電助剤が含まれていてもよい。これらのうち、炭素材料が好ましく、例えば、グラフェン等の板状導電性物質;カーボンナノチューブ、炭素繊維等の線状導電性物質;ケッチェンブラック、アセチレンブラック、デンカブラック(商品名)、サーマルブラック、チャンネルブラック等のカーボンブラック、黒鉛等の粒状導電性物質等を用いることができる。
【0027】
本発明の電池電極用複合材料の製造方法は、その形態により、適宜、選択されたものとすることができるが、造粒体とする場合には、以下の成分を原料(好ましくは粉体)として用い、これらを混合した後、得られた粉体混合物を成形する方法により製造することができる。
(1)原料として、硫黄系固体電解質(A1)と、含フッ素化合物と、複合酸化物(C)と、必要に応じて、導電助剤とを用いる方法
(2)原料として、硫黄系固体電解質(A1)、含フッ素化合物、複合酸化物(C)からなるコア部と、該コア部の表面の少なくとも一部がリチウムイオン伝導性酸化物(D)により被覆された被覆部とを有する複合体、及び、必要に応じて、導電助剤を用いる方法
(3)原料として、硫黄系固体電解質(A1)、含フッ素化合物、複合酸化物(C)、複合酸化物(C)からなるコア部と、該コア部の表面の少なくとも一部がリチウムイオン伝導性酸化物(D)により被覆された被覆部とを有する複合体、及び、必要に応じて、導電助剤を用いる方法
【0028】
上記方法(2)及び(3)で用いる複合体は、例えば、転動流動層コーティング装置を用いる方法により得られたものとすることができる。この装置は、複合酸化物(C)からなる粉末を導入ガスにより流動層とした状態で、リチウムイオン伝導性酸化物(D)の分散体、又は、リチウムイオン伝導性酸化物(D)の前駆体の溶液又は分散液を噴霧し、その後、必要により加熱処理を行って、複合酸化物(C)からなる粉末の表面に膜を形成するものである。形成される膜の量又は厚さは、液の噴霧量、噴霧速度等で制御することができる。
【0029】
これらの方法(1)~(3)において、上記の原料を混合する方法は特に限定されず、従来、公知のセラミック粉末の混合物を調製するための、乾式混合法が好ましく適用され、例えば、乳鉢、ビーズミル、ボールミル(遊星型ボールミル等)、振動ミル、ターボミル、メカノフュージョン、ディスクミル等を用いる方法とすることができる。
【0030】
また、粉体混合物を成形する方法は、特に限定されず、従来、公知のプレス成形法等が好ましく適用される。成形の際には、原料の変質、原料どうしの反応等が発生しない限りにおいて、加熱を行ってもよい。
【0031】
本発明の電池電極用複合材料は、リチウムイオン電池用電極、好ましくは正極の形成材料として好適である。
【0032】
本発明のリチウムイオン電池用電極は、上記本発明の電池電極用複合材料を含む物品であり、通常、薄肉体等の定形構造体である。
本発明のリチウムイオン電池用電極は、上記のマトリックス相及び分散相からなる本発明の電池電極用複合材料のみにより得られたものであってよいし、上記のマトリックス相及び分散相からなる本発明の電池電極用複合材料と、導電助剤、バインダー、他の固体電解質等の他の成分とを用いて得られたものであってもよい。
【0033】
上記バインダーとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリヘキサフルオロプロピレン(PHFP)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、フッ化ビニリデン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体等の含フッ素樹脂;ポリプロピレン、ポリエチレン等のポリオレフィン系樹脂;エチレン・プロピレン・非共役ジエン系ゴム(EPDM等)、スルホン化EPDM、天然ブチルゴム(NBR)等が挙げられる。
【0034】
本発明のリチウムイオン電池は、上記本発明のリチウムイオン電池用電極を備える物品であり、
図1に示す構造を有する。
図1のリチウムイオン電池10は、リチウムイオン電池用電極である正極11及び負極13、並びに、これらの正極11と負極13との間に配され、両者の間でリチウムイオンを交換する電解質層15を備える。本発明のリチウムイオン電池は、更に、正極11の集電を行う正極集電体と、負極15の集電を行う負極集電体とを、正極11及び負極13のそれぞれ、外表面側に備えることができる(図示せず)。上記のように、リチウムイオン電池10の正極11は、上記本発明の電池電極用複合材料を含むことが好ましい。
【0035】
負極13は、通常、負極活物質を含み、更に、バインダー、導電助剤等を含むことができる。負極活物質としては、炭素材料;リチウム、インジウム、アルミニウム、ケイ素等の金属又はこれらを含む合金が挙げられる。
【0036】
電解質層15は、固体電解質を含むものであれば、特に限定されない。固体電解質としては、酸化物系固体電解質、硫化物系固体電解質、ポリマー電解質、LiBH4とその関連水素化物等を用いることができる。
上記電解質層15は、実質的に固体電解質からなるものであることが好ましい。
【0037】
正極集電体17又は負極集電体19は、例えば、ステンレス鋼、金、白金、銅、亜鉛、ニッケル、スズ、アルミニウム又はこれらの合金等からなるものとすることができ、板状体、箔状体、網目状体等を有することができる。
【0038】
本発明のリチウムイオン電池は、上記本発明の電池電極用複合材料からなる電極、即ち、硫黄系固体電解質(A1)及び含フッ素化合物を含有するマトリックス相と分散相とを備えるため、従来、高電位に対して不安定な性質となる傾向にある硫化物固体電解質が活物質と接する界面で電気分解し、電気分解した硫化物固体電解質のイオン伝導性が低くなって、電池の充放電特性の低下をもたらす不具合を抑制することができる。この効果は、特に、分散相が、上記複合型分散相であるときに顕著である。
【実施例0039】
1.製造原料
固体電解質の製造に用いた原料は、以下の通りである。
1-1.五硫化二リン(P2S5)粉体
Aldrich社製「P2S5」(商品名)を用いた。純度は99%、粒子径は100μmである。
1-2.硫化リチウム(Li2S)粉体
三津和化学薬品社製「Li2S」(商品名)を用いた。純度は99.9%、粒子径は約50μmである。
1-3.塩化リチウム(LiCl)粉体
富士フイルム和光純薬社製「LiCl」(商品名)を用いた。純度は99.9%、粒子径は数十μmである。
1-4.四フッ化ホウ素酸リチウム(LiBF4)粉体
富士フイルム和光純薬社製「LiBF4」(商品名)を用いた。純度は99.9%、粒子径は数μmである。
1-5.リチウムビス(フルオロスルホニル)イミド(LiFSI)粉体
日本触媒社製の「LiN(SO2F)2」(商品名)を用いた。純度は99%、粒子径は数μmである。
【0040】
2.固体電解質組成物又は固体電解質の製造及び評価
上記の原料を用いて固体電解質組成物又は固体電解質を製造し、導電率の温度依存性を評価した。
【0041】
実験例1-1(固体電解質組成物S1の製造)
硫化リチウム(Li2S)粉体と、五硫化二リン(P2S5)粉体と、塩化リチウム(LiCl)粉体と、四フッ化ホウ素酸リチウム(LiBF4)粉体とを、Li2S、P2S5、LiCl及びLiBF4のモル比が、5:1:2:0.5となるように秤量し、これらを混合した。次いで、混合粉末を直径10mmのジルコニアボールとともにFrisch社製遊星型ボールミル機(容器:ジルコニア製)に入れ、メカニカルミリング(回転数600rpm、20時間)を行い、Li6PS5Cl及びLiBF4をモル比80:20で含む固体電解質組成物S1を得た。
【0042】
その後、以下の方法で、固体電解質組成物の導電率の温度依存性を評価した。具体的には、得られた固体電解質組成物を、一軸油圧プレス機を用いて、円板形状の試験片(サイズ:半径5mm×高さ0.6mm)とし、アルゴンガス雰囲気下、測定用ユニット(ガラス容器)に入れた状態で、調温器に接続したリボンヒーター及び断熱材を測定用ユニット(ガラス容器)の周りに巻き付け、SOLATRON社製IMPEDANCE ANALYZER「S1260」(型式名)を用いて、室温から徐々に加熱し、25℃、50℃、70℃、90℃又は110℃で導電率を測定した。尚、導電率は、試験片を各温度に保持し始めてから1時間静置した後、測定した。また、導電率は、低温側から、各温度で、順次、測定したが、段階的に昇温して測定を行うのではなく、例えば、50℃で測定した後、一旦、25℃に戻し、その後、昇温して70℃で測定するという方法を採用した。
導電率の温度依存性を示すグラフを
図2に示す。
【0043】
次に、固体電解質組成物の容量を、電位掃引(サイクリックボルタンメトリー)法で評価した。具体的には、SUS/Li-In合金箔/固体電解質組成物/SUS の構成のセルを作製し、電圧範囲3.0-6.5V vs. Li/Li
+でCV測定を行い、電圧掃引速度を0.1mV/Sで変化させたときの酸化還元電流を調べた。
電位-電流曲線を
図3に示す。
【0044】
実験例1-2(固体電解質組成物S2の製造)
四フッ化ホウ素酸リチウム(LiBF
4)粉体に代えて、リチウムビス(フルオロスルホニル)イミド(LiFSI)粉体を用いた以外は、実験例1-1と同じ操作を行い、Li
6PS
5Cl及びLiFSIをモル比80:20で含む固体電解質組成物S2を得た。
その後、実験例1-1と同様の操作を行って、固体電解質組成物の導電率の温度依存性を示すグラフ、及び、電位-電流曲線を作製した(
図2及び
図3参照)。
【0045】
実験例1-3(固体電解質S3の製造)
硫化リチウム(Li
2S)粉体と、五硫化二リン(P
2S
5)粉体と、塩化リチウム(LiCl)粉体とを、Li
2S、P
2S
5及びLiClのモル比が、5:1:2となるように秤量し、これらを混合した。次いで、混合粉末を直径10mmのジルコニアボールとともにFrisch社製遊星型ボールミル機(容器:ジルコニア製)に入れ、メカニカルミリング(回転数600rpm、20時間)を行い、Li
6PS
5Clからなる固体電解質S3を得た。
その後、実験例1-1と同様の操作を行って、固体電解質の導電率の温度依存性を示すグラフ、及び、電位-電流曲線を作製した(
図2及び
図3参照)。
【0046】
図2より、50℃を超える温度において、固体電解質組成物S1及びS2のリチウムイオン導電性は、固体電解質S3より優れることが分かる。
また、
図3より、固体電解質組成物S1及び固体電解質組成物S2の場合は、電位が約4.0Vまでであれば、電流値の上昇が確認されず、固体電解質の酸化劣化が発生せず、電位窓が広い、即ち、電位的に安定な電極形成が可能であることが分かる。従って、固体電解質組成物S1及び固体電解質組成物S2は、リチウムイオン電池の正極電極の構成材料として好適である。一方、固体電解質S3の場合は、電位が約3.3Vを超えると電流が流れてしまい、電位窓が狭いことが明らかである。
【0047】
実験例1-4(固体電解質組成物S4の製造)
硫化リチウム(Li
2S)粉体と、五硫化二リン(P
2S
5)粉体と、四フッ化ホウ素酸リチウム(LiBF
4)粉体とを、Li
2S、P
2S
5及びLiBF
4のモル比が、3:1:0.5となるように秤量し、これらを混合した。次いで、混合粉末を直径10mmのジルコニアボールとともにFrisch社製遊星型ボールミル機(容器:ジルコニア製)に入れ、メカニカルミリング(回転数600rpm、20時間)を行い、Li
3PS
4及びLiBF
4をモル比80:20で含む固体電解質組成物S4を得た。
その後、実験例1-1と同様の操作を行って、固体電解質組成物の導電率の温度依存性を示すグラフ、及び、電位-電流曲線を作製した(
図4及び
図5参照)。尚、固体電解質組成物の導電率の測定温度は、25℃、50℃、70℃、90℃、110℃、130℃、150℃とした。
【0048】
実験例1-5(固体電解質組成物S5の製造)
硫化リチウム(Li
2S)粉体と、五硫化二リン(P
2S
5)粉体と、四フッ化ホウ素酸リチウム(LiBF
4)粉体と、塩化リチウム(LiCl)粉体とを、Li
2S、P
2S
5、LiBF
4及びLiClのモル比が、15:5:6:4となるように秤量し、これらを混合した。次いで、混合粉末を直径10mmのジルコニアボールとともにFrisch社製遊星型ボールミル機(容器:ジルコニア製)に入れ、メカニカルミリング(回転数600rpm、20時間)を行い、Li
3PS
4、LiBF
4及びLiClをモル比50:30:20で含む固体電解質組成物S5を得た。
その後、実験例1-4と同様の操作を行って、固体電解質組成物の導電率の温度依存性を示すグラフ、及び、電位-電流曲線を作製した(
図4及び
図5参照)。
【0049】
実験例1-6(固体電解質S6の製造)
硫化リチウム(Li
2S)粉体と、五硫化二リン(P
2S
5)粉体とを、Li
2S及びP
2S
5のモル比が、3:1となるように秤量し、これらを混合した。次いで、混合粉末を直径10mmのジルコニアボールとともにFrisch社製遊星型ボールミル機(容器:ジルコニア製)に入れ、メカニカルミリング(回転数600rpm、20時間)を行い、Li
3PS
4からなる固体電解質S6を得た。
その後、実験例1-4と同様の操作を行って、固体電解質の導電率の温度依存性を示すグラフ、及び、電位-電流曲線を作製した(
図4及び
図5参照)。
【0050】
図4より、固体電解質組成物S5のリチウムイオン導電性は、固体電解質組成物S4及び固体電解質S6より優れることが分かる。
また、
図5より、固体電解質組成物S4及び固体電解質組成物S5の場合は、電位が約4.7Vまでであれば、電流値の上昇が確認されず、固体電解質の酸化劣化が発生せず、電位窓が広いことが分かる。一方、固体電解質S6の場合は、電位が約3.5Vを超えると電流が流れてしまい、電位窓が狭いことが明らかである。
【0051】
3.電池電極用複合材料、正極電極及びリチウムイオン電池の製造並びに評価
上記で得られた固体電解質組成物S1、S2又は固体電解質S3と、下記に示す活物質及び炭素繊維とを用いて、電池電極用複合材料を製造した。その後、この電池電極用複合材料を正極電極の形成に用い、固体電解質S3(電解質層用)及びLi-In合金箔(負極電極用)と併用して、
図1の構造を有する全固体形のリチウムイオン電池を作製した。
(1)活物質
転動流動層コーティング装置を用いて、ニッケルマンガンコバルト酸リチウム(LiNi
0.5Mn
0.3Co
0.2O
2)粒子表面にLiNbO
3を被覆させて得られた、LiNbO
3被覆粒子(粒子径:3~10μm、被覆部の厚さ:5nm)である。
(2)炭素繊維
昭和電工社製気相法炭素繊維「VGCF」(商品名)を用いた。
【0052】
実施例1
固体電解質組成物S1と、活物質と、炭素繊維とを、質量比50:50:3で秤量し、これらを、乳鉢及び乳棒を用いて混合し、電池電極用複合材料を得た。
一方、固体電解質S3の粉末を、一軸油圧プレス機を用いて加圧成形し、電解質層用の予備成形体(円板形状、半径:5mm、厚さ:0.5mm)とした。
その後、この電解質層用予備成形体を、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)製の筒状体17の内部に収容した状態で、その一方の表面側の全体に、上記で得られた電池電極用複合材料約25mgを充填し、一軸油圧プレス機を用いて加圧成形を行い、板状の正極電極とした。更に、電解質層用予備成形体の他方の面に、負極電極用のLi-In合金箔(厚さ0.1mm、直径5mm)を張り付け、正極電極11、電解質層15及び負極電極13を、順次、備える、全固体形のリチウムイオン電池10を得た(
図1及び
図6参照)。
次に、このリチウムイオン電池10を収納した筒状体17の両側から、それぞれ、ステンレス-ニッケルの導通部を挿入し、治具で固定して、測定セルを得た(
図6参照)。そして、この測定セルをガラス容器(図示せず)に封入し、ガラス容器内の気体をアルゴンガスに置換して、充放電試験を行った。充放電試験は、測定セルを含むガラス容器を、30℃に設定した電気炉に入れ、NAGANO社製充放電装置「BTS-2004H」(型式名)を用い、(0.1-3.0V vs Li-In、Cレート:0.1C)の条件で行った。その結果を
図7に示す。
また、この充放電試験を、サイクル数を60回として行ったところ、
図8のグラフを得た。
【0053】
実施例2
固体電解質組成物S1に代えて、固体電解質組成物S2を用いた以外は、実施例1と同様にして電池電極用複合材料を得た。そして、リチウムイオン電池を製造し、充放電試験を行った。その結果を
図7及び
図8に示す。
【0054】
比較例1
固体電解質組成物S1に代えて、固体電解質S3を用いた以外は、実施例1と同様にして電池電極用複合材料を得た。そして、リチウムイオン電池を製造し、充放電試験を行った。その結果を
図7及び
図8に示す。
【0055】
図7及び
図8から明らかなように、Li原子及びF原子を含む化合物を含有する固体電解質組成物S1及びS2を用いて得られた正極電極を備える実施例1及び2のリチウムイオン電池は、比較例1のリチウムイオン電池に比べて、放電容量、サイクル特性ともに優れていることが分かる。これは、本発明の電池電極用複合材料を用いて形成した電極を備えるリチウムイオン電池において、充放電を繰り返すと電極に含まれる固体電解質の早期の酸化劣化が抑制されることを意味する。
本発明の電池電極用複合材料は、パソコン、カメラ等の家電製品や、電力貯蔵装置、携帯電話機等の携帯型電子機器又は通信機器、パワーツール等の電動工具等の電源、更には、電気自動車(EV)、ハイブリッド電気自動車(HEV)等に搭載される大型電池を構成するリチウムイオン電池の電極の構成材料として好適である。