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特開2022-157569生体モデル用材料組成物及び生体モデル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157569
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】生体モデル用材料組成物及び生体モデル
(51)【国際特許分類】
   C08L 89/04 20060101AFI20221006BHJP
   G09B 23/28 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
C08L89/04
G09B23/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061863
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永川 栄泰
(72)【発明者】
【氏名】土屋 和彦
(72)【発明者】
【氏名】柚木 俊二
【テーマコード(参考)】
2C032
4J002
【Fターム(参考)】
2C032CA01
2C032CA06
4J002AD031
4J002AE052
4J002EH076
4J002GB00
(57)【要約】
【課題】親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有する生体モデル用材料組成物、及び、生体モデルが提供されること。
【解決手段】ケラチンと脂質とを含む、生体モデル用材料組成物、及び、生体モデル用材料組成物を用いた生体モデル。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケラチンと脂質とを含む、生体モデル用材料組成物。
【請求項2】
前記脂質の含有量は、前記ケラチンの全質量に対して1質量%~30質量%である、請求項1に記載の生体モデル用材料組成物。
【請求項3】
前記脂質は、液晶化合物を含む、請求項1又は請求項2に記載の生体モデル用材料組成物。
【請求項4】
前記液晶化合物は、コレステリック構造を形成可能な化合物である、請求項3に記載の生体モデル用材料組成物。
【請求項5】
前記液晶化合物は、下記一般式(1)で表される化合物を含む、請求項3又は請求項4に記載の生体モデル用材料組成物。
【化1】

一般式(1)中、Lは、単結合、-O(C=O)-、又は、-O(C=O)O-を表し、Rは1価の置換基又は水素原子を表す。
【請求項6】
前記ケラチンが、水溶性ケラチンを含む、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の生体モデル用材料組成物。
【請求項7】
前記水溶性ケラチンが、人毛由来のケラチン又は羊毛由来のケラチンである、請求項6に記載の生体モデル用材料組成物。
【請求項8】
ヒト爪甲モデルに用いられる、請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の生体モデル用材料組成物。
【請求項9】
請求項1~請求項8のいずれか1項に記載の生体モデル用材料組成物から形成される生体モデル。
【請求項10】
ケラチンと脂質を含む、生体モデル。
【請求項11】
ヒト爪甲モデル、又は、毛髪モデルである、請求項9又は請求項10に記載の生体モデル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、生体モデル用材料組成物及び生体モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
化粧料の機能(又は効果)及び使用感の評価は、専門パネル、並びに、ヒト及びヒト以外の動物由来の組織等を用いた方法で行われている。
近年、市場が拡大しているマニキュアや爪塗料等の化粧品の開発において(例えば、非特許文献1参照。)、例えば、爪化粧品の塗り性、保持性、及び浸透性の評価材料としては、ヒト爪甲及び遊離爪が古くから用いられている。特にヒト爪甲は、入手が困難であることに加え倫理的及び量産性の点から代替品が検討され、ヒト爪甲の代替品として牛蹄が評価素材として用いられている(例えば、非特許文献2参照。)。
近年、動物愛護の点から、化粧品開発において、動物を用いたin vivo及びin vitro評価を行うのが困難な傾向にあり、動物由来の評価材料の代わりとして、生体疑似モデル(いわゆる、生体モデル)を用いた評価が注目されている。
【0003】
例えば、ポリアクリルアミド化合物と重合剤からなるヒト爪の形状した爪モデル(特許文献1参照。)、樹脂で足の模型を作製しその一部に爪の形状物を有したもの(例えば、許文献2参照。)、ヒト爪の3次元データを取得し3Dプリンタにより爪モデルを作製する技術(例えば、特許文献3参照)、及びネイルの施術練習用の爪モデル(例えば、特許文献4参照。)等が挙げられる
【0004】
ヒト爪に化学的組成を近似させることにより、ヒト爪甲モデルのみならず毛髪をも含んだモデルが提唱されている(例えば、特許文献5及び6、並びに、非特許文献3~7参照。)。具体的には、ヒト爪甲と同様の分子構造を有するケラチンを、分子構造を変性させることなくヒト毛髪や羊毛等から抽出し、様々な工程を経てフィルムを形成させ、工程としては、グリセロールを可塑剤として添加し110℃の乾燥処理をしてシステイン結合を再生しフィルムを作製する方法(例えば、非特許文献3~5参照。)、各種塩類を添加した展開液にケラチン抽出液を混合し、形成された析出物を洗浄・乾燥してフィルムを得る方法(例えば、非特許文献6参照。)、プレキャスト法及びポストキャスト法によりフィルムを作製する方法(例えば、非特許文献7及び特許文献5参照)、等が挙げられる。
【0005】
また、例えば、羊毛等からケラチンを抽出しポリエチレングリコールを混合した後にフィルム形成させる方法(例えば、特許文献7参照。)、羊毛を100%チオグリコール酸に溶解後に成膜・乾燥し、チオグリコール酸を揮散させた後、フィルムを非加熱下に水で洗浄してフィルム中の残存チオグリコール酸を除去しケラチンのみからなるフィルムを得る方法(例えば、特許文献8参照。)、水酸化ナトリウム水溶液により毛髪からケラチン抽出物を得て、そこに物性改善剤(カルボキシメチルセルロースナトリウム塩、アルギン酸ナトリウム塩、ポリビニルアルコール等)を諸々添加してフィルム及び任意の成形体を作製する方法(例えば、特許文献9参照。)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-152793号公報
【特許文献2】特開2019-133103号公報
【特許文献3】特開2017-113176号公報
【特許文献4】実用新案登録第3168569号公報
【特許文献5】特開2017-72397号公報
【特許文献6】特開2002-332357号公報
【特許文献7】特開2011-207858号公報
【特許文献8】特開平4-91138号公報
【特許文献9】特開2016-121271号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Update on nail cosmetics, Dermatologic Therapy, 25, 481-490 (2012)
【非特許文献2】Nail swelling as a pre-formulation screen for the selection and optimisation of ungual penetration enhancers, Pharm. Res. 24 (2007) 2207-2212.
【非特許文献3】Keratin film made of human hair as a nail plate model for studying drug permeation, Euro. J. Pharma. Biopharma., 78, 432-440 (2011)
【非特許文献4】Physicochemical investigations of native nails and synthetic models for a better understanding of surface adhesion of nail lacquers, Euro. J. Pharma. Sci., 131 208-217 (2019)
【非特許文献5】Infected nail plate model made of human hair keratin for evaluating the efficacy of different topical antifungal formulations against Trichophyton rubrum in vitro, Euro. J. Pharma. Biopharma., 84, 599-605 (2013)
【非特許文献6】Preparation of Translucent and Flexible Human Hair Protein Films and Their Properties, Biol. Pharm. Bull., 27(9) 1433-1436 (2004)
【非特許文献7】Convenient Procedures for Human Hair Protein Films and Properties of Alkaline Phosphatase Incorporated in the Film, Biol. Pharm. Bull., 27(1), 89-93 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献2において、牛蹄はヒト蹄よりも水の膨潤度が高く、牛蹄から得られた浸透性評価の結果をヒト爪甲に適用すると、過大評価となることが知られている。
特許文献1~3に記載の爪モデルは、素材が樹脂や金属等からなり、ヒト爪甲の持つ物理化学的組成から著しく乖離している。従って、化粧品成分の保持性や塗り性等の浸透性評価には適用不可能な爪モデルである。
【0009】
実際のヒト爪甲やヒト毛髪は親水性物質及び親油性物質の透過チャネルを有していることが知られている。特許文献5及び6、並びに、非特許文献3~7に記載の方法により作製されたケラチンフィルムは、親水性物質より構成されているため、実際の化粧品に含まれる親油性物質に対する透過チャネルを有していないという課題があった。
特許文献7~9に記載の方法で提示されているいずれの混合剤も、親水性物質の透過チャネルは有するが親油性物質の透過チャネルを有するものでなく、親水性物質および親油性物質の両方の透過チャネルを有するケラチンフィルムの作製には至っていない。
このような背景から、生体と同様に、油と水とを両方を浸透する生体モデルの開発が求められている。
【0010】
上記に鑑み、本開示に係る一実施形態が解決しようとする課題は、得られる生体モデルの親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有する生体モデル用材料組成物を提供することである。
また、本開示に係る他の実施形態が解決しようとする課題は、上記生体モデル用材料組成物から形成された生体モデルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための具体的手段には、以下の態様が含まれる。
<1> ケラチンと脂質とを含む、生体モデル用材料組成物。
<2> 前記脂質の含有量は、前記ケラチンの全質量に対して1質量%~30質量%である、<1>に記載の生体モデル用材料組成物。
<3> 前記脂質は、液晶化合物を含む、<1>又は<2>に記載の生体モデル用材料組成物。
<4> 前記脂質は、コレステリック液晶を形成可能な化合物を含む、<1>~<3>のいずれか1つに記載の生体モデル用材料組成物。
<5> 前記脂質は、下記一般式(1)で表される化合物を含む、<1>~<4>のいずれか1つに記載の生体モデル用材料組成物。
【0012】
【化1】
【0013】
一般式(1)中、Lは、単結合、-O(C=O)-、又は、-O(C=O)O-を表し、Rは1価の置換基又は水素原子を表す。
【0014】
<6> 前記ケラチンが、水溶性ケラチンを含む、<1>~<5>のいずれか1つに記載の生体モデル用材料組成物。
<7> 前記水溶性ケラチンが、人毛由来のケラチン又は羊毛由来のケラチンである、<6>に記載の生体モデル用材料組成物。
<8> ヒト爪甲モデルに用いられる、<1>~<7>のいずれか1つに記載の生体モデル用材料組成物。

<9> <1>~<8>のいずれか1つに記載の生体モデル用材料組成物から形成される生体モデル。
<10> ヒト爪甲モデル、又は、毛髪モデルである、<9>に記載の生体モデル。
【発明の効果】
【0015】
本開示に係る一実施形態によれば、得られる生体モデルの親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有する生体モデル用材料組成物が提供される。
また、本開示に係る他の実施形態によれば、上記生体モデル用材料組成物から形成された生体モデルが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本開示に係る生体モデル用材料組成物を用いて作製した生体モデルのローダミンB又はオイルレッドで染色した切片断面の一例を示した図である。
図2図2は、本開示に係る生体モデル用材料組成物を用いて作製した生体モデルのローダミンBで染色した切片断面の一例を示した図である。
図3図3は、本開示に係る生体モデル用材料組成物を用いて作製した生体モデルのローダミンBで染色した切片断面の一例を示した図である。
図4図4は、本開示に係る生体モデル用材料組成物を用いて作製した生体モデルのオイルレッドで染色した切片断面の一例を示した図である。
図5図5は、本開示に係る生体モデル用材料組成物を用いて作製した生体モデルのオイルレッドで染色した切片断面の一例を示した図である。
図6図6は、本開示に係る生体モデル用材料組成物を用いて作製した生体モデルのオイルレッドで染色した切片断面の一例を示した図である。
図7図7は、ローダミンB又はオイルレッドで染色した比較例1の切片断面の一例を示した図である。
図8図8は、ローダミンB又はオイルレッドで染色した比較例2の切片断面の一例を示した図である。
図9図9は、実施例及び比較例の赤外分光分析(ATR-IR)の測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下において、本開示に係る内容について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本開示に係る代表的な実施態様に基づいてなされることがあるが、本開示はそのような実施態様に限定されるものではない。
本開示において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を意味する。本開示に段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において、2以上の好ましい態様の組み合わせは、より好ましい態様である。
【0018】
本開示において、組成物中の各成分の量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合は、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
本開示において、全固形分とは、組成物の全組成から溶剤を除いた成分の総質量をいう。本開示における固形分は、25℃における固形分である。
本開示において、「工程」との用語には、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0019】
(生体モデル用材料組成物)
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、ケラチンと脂質とを含む。
上述のとおり、従来のヒト爪甲、ヒト毛髪等の代替モデルは、それらの主成分であるケラチンを用いるところまでの模倣に留まっていた。ケラチンは親水性高分子化合物であるため、ケラチンを基材とした爪甲モデル及び毛髪モデルでは、親水性物質に対して良好な透過性を示すが、親油性物質がほとんど透過せず、親油性物質の透過についての改良が求められていた。
一方でヒト爪甲、ヒト毛髪等は、内部に何等かの親油性物質の透過チャネルを有しているという報告があり、親水性物質のみならず親油性物質に対しても良好な透過性を示す。親水性物質及び親油性物質の両方に対する透過性を有する点で、ケラチンを基材とした従来爪甲モデル及び毛髪モデルと、ヒト由来の生体モデルとの相違は、甚だ大きかった。
ケラチン基材における親油性物質の透過性を向上するために、例えば、公知の乳化技術を用いることで、爪甲モデル及び毛髪モデルにおける、親水性物質及び親油性物質の両方に対する透過性を向上するように思われる。界面活性剤を油と水に混合することで、油と水の間の界面エネルギーが低下し、水マトリクス中(すなわち、水の連続相)に油の微粒子が浮遊(分散)した状態(O/Wエマルション)又はその逆である、油マトリクス(油の連続相)中に水の粒子が分散した状態(W/Oエマルション)が形成され、マクロには均一な混合状態となる。しかし、ミクロレベルではマトリクス(すなわち、水又は油の連続相)側のみが連通しているため、油がマトリクスの場合は水滴が独立し、水がマトリクスの場合は油滴が独立することになる。
このため、親水性と親油性の両立は仕組み上困難であった。このような事情から、親水性であるケラチンをマトリクスとし、親油性物質を透過させるチャネルを持つケラチンベースの爪甲及び毛髪モデルが待望されていた。
本発明者らは鋭意検討した結果、本開示に係る生体モデル用材料組成物が上記構成を有することで、得られる生体モデルの親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有することを見出した。上記構成を有することにより、化学的にケラチン分子に脂質が結合してケラチンが膜化されることにより、親水性高分子であるケラチンのマトリクスに親油性チャネルが形成されると推定している。
また、本開示に係る生体モデル用材料組成物が上記構成を有することで、得られる生体モデルを透過性評価に用いた場合、浸透の均一性にも優れると推定している。
以下、本開示に係る生体モデル用材料組成物の各構成について、以下に説明する。
【0020】
<脂質>
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、脂質を含む。脂質としては、例えば、脂肪酸及びそのエステル化合物、リン脂質及び糖脂質などが挙げられる。
脂肪酸及びそのエステル化合物としては、例えば、飽和脂肪酸、及び不飽和脂肪酸並びにこれらのエステル化合物が挙げられる。
リン脂質としては、例えば、ホスファチジン酸、ビスホファチジン酸、レシチン(ホスファチジルコリン)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルメチルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセリン、ジホスファチジルグリセリン(カルジオリピン)等のグリセロリン脂質などが挙げられる。
糖脂質としては、例えば、グルコシルセラミド、ガラクトシルセラミド等のスフィンゴ糖脂質などが挙げられる。
脂質は、脂肪酸エステル化合物を含むことが好ましく、透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、液晶化合物を含むことがより好ましく、液晶化合物であることが更に好ましい。
液晶化合物とは、液晶構造を有する化合物を意味し、液晶とは、結晶状態と液体状態との中間の状態であり、分子配向は何らかの秩序を保っているものの、結晶状態と比べて、3次元的な位置の秩序を失った状態を示す。
液晶(すなわち、液晶構造)の確認には、X線回折を用いることができる。液晶はその構造の配列からネマティック相、コレステリック相、スメクティック相等に分けられ、それぞれの構造に特有のX線回折パターンを得られる。従って、得られたX線回折パターンから液晶構造の確認が可能である。
【0021】
液晶化合物としては、ネマティック構造、スメティック構造、コレステリック構造及びディスコティック構造等を形成する液晶化合物が挙げられる。脂質が液晶化合物である場合、透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、室温(25℃)付近で液晶構造を有する化合物であることが好ましく、コレステリック構造を形成可能な液晶化合物(コレステリック液晶化合物)であることがより好ましく、下記一般式(1)で表される化合物であることが更に好ましい。
脂質が室温付近で液晶構造を有することにより、後述するケラチンとの相溶性が向上し、親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルの形成を更に促進させることができる。
【0022】
本明細書において「室温付近」とは、本開示の技術が属する技術分野で一般的に許容される誤差であり、かつ、本開示の技術の趣旨を逸脱しない範囲内の誤差(℃)±30℃の範囲の温度を示し、好ましくは、25±25℃の範囲のいずれかの温度であることが好ましい。
コレステリック構造の確認は、上述の液晶構造の確認方法と同様の方法を用いることができる。
本明細書において、コレステリック構造とは、棒状液晶分子又は円盤状液晶分子が螺旋状に配列された構造(相状態)のことを意味する。
コレステリック液晶化合物の形状は、特に制限はなく、棒状コレステリック液晶化合物、円盤状コレステリック液晶化合物等が挙げられる。
【0023】
【化2】
【0024】
一般式(1)中、Lは、単結合、-O(C=O)-、又は、-O(C=O)O-を表し、Rは1価の置換基又は水素原子を表す。
【0025】
1価の置換基としては、ハロゲン原子、又は、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基若しくはこれらの組み合わせにより表される基が挙げられる。脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基又はこれらの組み合わせにより表される基は、置換基を有していてもよい。置換基としては、ハロゲン原子、カルボキシ基、及び、アルコキシ基が挙げられる。
ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、及びヨウ素原子等が挙げられる。これらの中でも、ハロゲン原子としては、塩素原子又は臭素原子であることが好ましい。
【0026】
脂肪族炭化水素基は、飽和脂肪族炭化水素基であってもよいし、不飽和脂肪族炭化水素基であってもよい。また、脂肪族炭化水素基は、直鎖又は分岐鎖の脂肪族炭化水素基であってもよい。
上記不飽和脂肪族炭化水素基が含む不飽和結合の数は、1つであってもよいし、2以上であってもよい。不飽和結合の数が2以上である場合、二重結合のみであってもよいし、三重結合のみであってもよいし、これらの結合が混在していてもよい。透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、不飽和脂肪族炭化水素基としては、不飽和二重結合を有する不飽和脂肪族炭化水素基であることが好ましい。また、不飽和二重結合の数としては、1~3であることが好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることが更に好ましい。
【0027】
芳香族炭化水素基としては、例えば、置換又は非置換のフェニル基及び置換又は非置換のアラルキル基が挙げられる。
アラルキル基としては、例えば、置換又は非置換のフェニルアルキル基(ただし、ベンジル基を除く。)及び置換又は非置換のベンジル基が挙げられ、置換又は非置換のベンジル基が好ましい。
【0028】
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、脂肪族炭化水素基としては、置換若しくは無置換の炭素数1~20の脂肪族炭化水素基又は置換若しくは無置換の炭素数6~20の芳香族炭化水素基であることが好ましく、無置換の炭素数1~20の飽和脂肪族炭化水素基又は無置換の炭素数10~20の不飽和脂肪族炭化水素基であることがより好ましく、無置換の炭素数12~18の不飽和炭化水素基であることが更に好ましく、不飽和二重結合の数が1~3(好ましくは1又は2、更に好ましくは1)である無置換の炭素数12~18の不飽和炭化水素基であることが特に好ましい。
【0029】
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、一般式(1)で表される化合物は、一般式(1A)で表される化合物であることがより好ましい。
【0030】
【化3】
【0031】
一般式(1A)中、Rは脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基又はこれらの組み合わせにより表される基を表す。
で表される脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基としては、上述の脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基と同義であり、好ましい態様も同様である。
透過性及び浸透の均一性に優れる観点から、Rとしては、脂肪族炭化水素基であることが好ましく、無置換の炭素数1~20の脂肪族炭化水素基であることがより好ましく、無置換の炭素数1~20の飽和脂肪族炭化水素基又は炭素数10~20の不飽和脂肪族炭化水素基であることが更に好ましく、不飽和二重結合の数が1~3(好ましくは1又は2、更に好ましくは1)である無置換の炭素数12~18の不飽和炭化水素基であることが特に好ましい。
【0032】
本開示に係る生体モデル用材料組成物に含まれる脂質の具体例を以下に示すが、本開示では、以下の具体例に限られるものではない。
【0033】
【化4】
【0034】
【化5】
【0035】
【化6】
【0036】
【化7】
【0037】
【化8】
【0038】
【化9】
【0039】
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、脂質の含有量は、後述するケラチンの全質量に対して0.5質量%~30質量%であることが好ましく、1質量%~30質量%であることが好ましく、1質量%~20質量%であることがより好ましく、1質量%~10質量%であることが更に好ましい。
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、ケラチン分子に対して特定の脂質(親油性化合物)を特定の量を含有することにより、親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネル形成をより向上させることができる。
【0040】
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、脂質を1種単独で含んでいてもよいし、2種以上含んでいてもよい。
脂質を2種以上含む場合、脂質の合計含有量が上記範囲内であることが好ましい。
【0041】
本開示に係る生体モデル用材料組成物に含まれる脂質は、液晶化合物と液晶構造を有さない化合物(非液晶化合物)とを含んでいてもよい。透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、非液晶化合物の含有量としては、組成物の全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましく、0質量%以上1質量%以下であることが更に好ましい。
【0042】
<ケラチン>
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、ケラチンを含む。
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、ケラチンとしては、水溶性ケラチンであることが好ましい。
本明細書において、水溶性とは、25℃における水に対して、ケラチンが1質量%以上溶解することを意味する。
水溶性ケラチンを得る方法としては、ケラチンを水溶化する公知の方法を用いることができ、具体的には、ケラチン分子間及び分子内に存在する水素結合(>NH…0=C<)及びS-S結合を切断する方法であれば特に限定されない。
上記結合の切断は、例えば、酸化剤、還元剤、酵素等により結合を切断してもよい。
生体中に存在時の構造を保持したケラチンがより得られやすいという観点から、水溶性ケラチンを得る方法は、酸化又は還元処理を含むことが好ましく、還元処理を含むことがより好ましい。
さらに、安価で、簡便な抽出方法で水溶性ケラチンが得られやすいという観点から、酸化又は還元処理が好ましく、ケラチンの特長であるS-S結合の再生可能という観点から、還元処理を含むことがより好ましい。
【0043】
酸化処理に用いられる酸化剤としては、例えば、過酢酸、過ギ酸等が挙げられる。
還元処理に用いられる還元剤としては、ジスルフィド結合(S-S結合)用還元剤が好適に用いることができ、具体的には、例えば、ジチオトレイトール、グルタチオン、チオグリコール酸、ホスフィン化合物等が挙げられる。還元剤の中でも、ハンドリングが容易な点から、ホスフィン化合物が好ましく、トリアルキホスフィンがより好ましい。
【0044】
また、水溶性ケラチンを得る方法において、水素結合の切断をより促進する観点から、上記還元剤と合わせて、カオトロピック剤(変性剤)を用いることが好ましい。
カオトロピック剤としては、尿素、ホルムアミド、グアニジン塩等が挙げられる。これらの中でも尿素及びチオ尿素が好ましい。
上記の酸化又は還元処理において、尿素等のカオトロピック剤を併用することで、ケラチン分子間の水素結合が切断されやすくなりケラチンの水溶性を促進することができる。
【0045】
水溶性ケラチンを得る方法において、熱処理を更に行ってもよい。熱処理の温度としては、ケラチンが変性しない温度であれば、適宜設定することができる。
【0046】
水溶性ケラチンを得る方法におけるpHとしては、適宜設定することができ、例えば、pH8~pH10であることが好ましい。
【0047】
水溶性ケラチンを得る方法において、上記酸化処理又は還元処理の前に、ケラチンを前処理することを含んでいてもよい。
ケラチンの前処理としては、中性洗剤を用いた洗浄、水洗、及び風乾を行うことが好ましい。また、必要により、ケラチンを裁断又は粉砕してもよい。
【0048】
ケラチンの原料としては、特に制限はなく、毛、皮膚、ひづめ、角、鱗、爪等が挙げられる。これらの中でも、ケラチンの原料としては、毛が好ましい。
毛としては、人毛であっても、獣毛であってもよい。獣毛としては、例えば、羊、鳥等の獣毛が挙げられ、これらの中でも、人毛との組成が近い点から、羊毛であることが好ましい。羊毛は、特にその種を限定するものではないが、例えば、メリノ種、リンカーン種等の羊毛が挙げられる。
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、ケラチンとしては、人毛由来のケラチン又は羊毛由来のケラチンであることが好ましく、羊毛由来のケラチンであることがより好ましい。
【0049】
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、ケラチンとしては、水溶性ケラチンであることが好ましく、人毛のケラチン又は羊毛由来の水溶性ケラチンであることがより好ましく、羊毛由来の水溶性ケラチンであることが更に好ましい
【0050】
ケラチンの分子量としては、水溶性ケラチンの作製条件に応じて適宜設定することができ、例えば、還元処理により得られた水溶性ケラチンの分子量としては、20kDa~100kDaであることが好ましく、40kDa~60kDaであることがより好ましい。
ケラチンの分子量は、SDS-PAGE(SDS-ポリアミドゲル電気泳動)により求められる。
【0051】
ケラチンの含有量としては、組成物の全質量に対して、85質量%~99.5質量%であることが好ましく、90質量%~99質量%であることがより好ましい。
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、ケラチンを1種単独で含んでいてもよいし、2種以上を含んでいてもよい。
【0052】
<<その他の成分>>
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、上記脂質及びケラチン以外の成分(その他の成分)を更に含んでいてもよい。
その他の成分としては、無機物質、賦形剤、安定化剤等が挙げられる。
その他の成分の含有量としては、組成物の全質量に対して、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、3質量%以下であることが更に好ましく、0質量%以上1質量%以下であることが特に好ましい。
【0053】
本開示に係る生体モデル用材料組成物の調製方法としては、例えば、脂質及びケラチンを任意の割合で混合する方法が挙げられる。混合方法は、制限されず、公知の方法を利用できる。
また、上記脂質は、有機溶媒に溶解させて用いてもよい。脂質を溶解させる有機溶媒としては、例えば、エタノール、アセトン等が挙げられる。
【0054】
本開示に係る生体モデル用材料組成物は、生体モデルの作製に好適に用いることができ、透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、ヒト爪甲モデル及び毛髪モデルに用いることが好ましく、ヒト爪甲モデルに用いることがより好ましい。
【0055】
<生体モデル>
本開示に係る生体モデルは、上記脂質及び上記ケラチンを含む。透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、本開示に係る生体モデルは、上記生体モデル用材料組成物から形成された生体モデルであることが好ましく、ヒト爪甲モデル又は毛髪モデルであることがより好ましく、ヒト爪甲モデルであることが更に好ましい。
【0056】
生体モデルの形状は、所望に応じて適宜成形することができる。生体モデルの成形方法としては、公知の成形方法が挙げられる。
【0057】
例えば、ヒト爪甲モデルの形状としては、板状又はフィルム状であってもよい。
本開示に係る生体モデルを板状又はフィルム状に作製方法としては、例えば、基材上に上記生体モデル用材料組成物を塗布して形成し、必要に応じて、基材から剥離して用いればよい。
【実施例0058】
以下、実施例により本開示を詳細に説明するが、本開示はその主旨を越えない限り、本開示はこれらに制限されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」、「%」は質量基準である。
【0059】
<<水溶性ケラチンの調製>>
尿素600質量部、チオ尿素396質量部、トリス(3-ヒドロキシプロピル)ホスフィン36.5質量%~38.4質量%水溶液(商品名;ヒシコーリンP540、日本化学工業(株))280質量部、及びトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン塩酸塩6.16質量部にイオン交換水600mLを添加し溶解させた後、全量を2Lにメスアップした。さらに、1N(mol/L、以下同じ。)塩酸水溶液を用いてpH8.5に調整することにより抽出溶液を得た。
100%ウール(商品名;カナディアン3S、ハマナカ(株))14.4質量部を、抽出溶液315mLに添加した後、50℃、4日間加熱攪拌し、還元ケラチンの抽出処理を行った。抽出終了後、得られた粗抽出液から遠心分離(17,000rpm(revolutions per minute、以下同じ)、30分、25℃)により残渣を除去した。さらに、透析チューブ(製品名:Spectra Por7、MWCO 8kDa、REPLIGEN社製))を用いて、2L、次いで10Lのイオン交換水で2~3日間透析した後、析出した不溶物を遠心分離(17,000rpm、30分、25℃)により除去し、溶液濃度21.2mg/mLの還元ケラチン抽出液(水溶性ケラチン)484mLを得た。ここで得られた抽出液中のケラチン分子量をSDS-PAGEで測定した結果、40kDa~60kDaであった。
【0060】
<透過チャネルの有無の評価>
実施例1~6並びに比較例1及び2で得られたケラチンフィルム(ヒト爪甲モデル)を下記の親水性物質及び/又は親油性物質の浸透性試験をそれぞれ行い、透過チャネルの有無を評価した。
親水性物質及び親油性物質の両方の浸透性が確認される場合、ヒト爪甲モデルは、親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有しているといえる。
なお、親水性物質及び親油性物質の浸透性試験のいずれか一方のみ行っていないヒト爪甲モデルであっても、当該ヒト爪甲モデルに含まれる脂質の含有量よりも少ない脂質を含むヒト爪甲モデルにおいて親水性物質又は親油性物質の浸透性が確認されていれば、当該ケラチンフィルムは、親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有していると判断することができる。
【0061】
<<親水性物質の浸透性試験>>
親水性物質として2mLのローダミンB水溶液(250μg/mL)を注加した5mLのスクリュー管に、下記実施例1~3並びに比較例1及び2で作製したケラチンフィルム(約1cm四方)を10分間浸漬した。浸漬終了後、キムワイプを用いてフィルムに付着したローダミンB水溶液を拭き取り、凍結包埋剤・4%CMC(カルボキシメチルセルロースナトリウム)で包埋した後、凍結ミクロトームを用いて10μmのケラチンフィルム切片を作製し、スライドガラス上に載せ、正立顕微鏡を用いてケラチンフィルムの断面観察を行い(倍率:×40倍)、ケラチンフィルム表面からのローダミンBの浸透の深さをImageJを用いて計測した。
ケラチンフィルム表面からのローダミンBの浸透の深さの値は大きいほど、親水性物質の浸透性に優れ、親水性物質の透過チャネルを有しているといえる。
【0062】
<<親油性物質の浸透性試験>>
親油性物質として1.5mL~2.0mLのオイルレッド/イソプロパノール水溶液(濃度30mg/10mLのオイルレッドイソプロパノール溶液:イオン交換水=容積比3:2)を注加した5mLのスクリュー管に、下記実施例1、及び4~6並びに比較例1及び2で作製したケラチンフィルム(約1cm四方)を2時間浸漬した。浸漬終了後、キムワイプを用いてケラチンフィルムに付着したオイルレッド/イソプロパノール水溶液を拭き取り、凍結包埋剤・4%CMC(カルボキシメチルセルロースナトリウム)で包埋した後、凍結ミクロトームを用いて10μmのケラチンフィルム切片を作製し、スライドガラス上で正立顕微鏡を用いてフィルムの断面観察(倍率:×60倍)を行い、ケラチンフィルム表面からのオイルレッドの浸透の深さをImageJを用いて計測した。
ケラチンフィルム表面からのオイルレッドの浸透の深さの値は大きいほど、親油性物質の浸透性に優れ、親油性物質の透過チャネルを有しているといえる。
【0063】
<浸透の均一性の評価>
上記親水性物質及び/又は親油性物質の浸透性の試験を行い、ローダミンB及び/又はオイルレッドが浸透した深さを数か所で測定し、その値の平均値及び標準偏差をそれぞれ求めた。
標準偏差の値が小さい程、浸透の均一性に優れるといえる。
【0064】
〔赤外分光分析〕
後述する実施例作製したコレステロールオレートを含むケラチンフィルム及び比較例1(無添加ケラチンフィルム)を赤外分光分析(ATR-IR、型番:FT/IR-6100、日本分光社製)に供した。比較例2(爪甲遊離縁)をコントロール試料とした。
【0065】
(実施例1)1質量%の脂質を含むケラチンフィルムの作製と浸透性試験
-生体モデル用材料組成物の調製-
還元ケラチン抽出液5mLに、脂質成分として、濃度5mg/mLのコレステロールオレ―ト(一般式(1)中、Lが-O(C=O)-であり、Rが、飽和二重結合の数が1である無置換の炭素数17の不飽和炭化水素基である液晶化合物。)/エタノール溶液0.21mLを添加した後、10分間~15分間、60℃湯浴中で振とうしてフィルム調製液(生体モデル用材料組成物)を得た。なお、コレステロールオレート(脂質)の含有量は、ケラチンの全質量に対して1質量%であった。
-ヒト爪甲モデルの作製-
さらに、得られたフィルム調製液を3.5cmφポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、50%rhで乾燥乾固した後、60℃、2日間静置した。次いで110℃で3時間熱処理することにより、1質量%コレステロールオレートを含むケラチンフィルム(ヒト爪甲モデル)を得た。
得られたケラチンフィルムを上記の親水性物質及び親油性物質の浸透性試験に供した。結果を図1に示す。図1(a)は親水性物質の浸透性試験の結果を示す。また、図1(b)は、親油性物質の浸透性試験の結果を示す。
ローダミンB及びオイルレッドの浸透の深さはそれぞれ19.6±1.9μm及び10.6±0.7μmであり、親水性物質及び親油性物質のいずれもが浸透したことがわかる。
実施例1の生体モデル用材料組成物より作製されたヒト爪甲モデルは、親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有していることが確認された。
【0066】
(実施例2)2質量%の脂質を含むケラチンフィルムの作製と浸透性試験
濃度5mg/mLのコレステロールオレート/エタノール溶液の添加量を0.41mLに変更した以外は、実施例1と同様にして、フィルム調製液(生体モデル用材料組成物)を調製した。なお、コレステロールオレート(脂質)の含有量は、ケラチンの全質量に対して2質量%であった。
このフィルム調製液を用いて、2質量%コレステロールオレートを含むケラチンフィルム(ヒト爪甲モデル)を得た。得られたケラチンフィルムを親水性物質の浸透性試験に供した。結果を図2に示す。
ローダミンBの浸透の深さが22.4±0.9μmであり、実施例1と同程度であることがわかる。
【0067】
(実施例3)4質量%の脂質を含むケラチンフィルムの作製と浸透性試験
濃度5mg/mLのコレステロールオレート/エタノール溶液の添加量を0.84mLに変更した以外は、実施例1と同様にしてフィルム調製液(生体モデル用材料組成物)を調製した。なお、コレステロールオレート(脂質)の含有量は、ケラチンの全質量に対して4質量%であった。このフィルム調製液を用いて、4質量%コレステロールオレートを含むケラチンフィルム(ヒト爪甲モデル)を得た。得られたケラチンフィルムを親水性物質の浸透性試験に供した。結果を図3に示す。
ローダミンBの浸透の深さが20.8±1.1μmであり、実施例1及び実施例2と同程度であることがわかる。また、実施例1~3の結果から、コレステロールオレートの添加量はローダミンBの浸透性に影響を与えないことがわかる。
【0068】
(実施例4)3質量%の脂質を含むケラチンフィルムの作製と浸透性試験
濃度5mg/mLのコレステロールオレート/エタノール溶液の添加量を0.63mLに変更した以外は、実施例1と同様にしてフィルム調製液(生体モデル用材料組成物)を調製した。なお、コレステロールオレート(脂質)の含有量は、ケラチンの全質量に対して3質量%であった。このフィルム調製液を用いて、3質量%コレステロールオレートを含むケラチンフィルム(ヒト爪甲モデル)を得た。得られたケラチンフィルムを親油性物質の浸透性試験に供した。結果を図4に示す。
オイルレッドの浸透の深さが17.5±2.7μmであり、実施例1よりもオイルレッドの浸透性が向上し、親油性物質の透過チャネルの成形を促進していることがわかる。
【0069】
(実施例5)5質量%の脂質を含むケラチンフィルムの作製と浸透性試験
5mgコレステロールオレート/エタノール溶液の添加量を1.32mLに変更した以外は、実施例1と同様にしてフィルム調製液(生体モデル用材料組成物)を調製した。なお、コレステロールオレート(脂質)の含有量は、ケラチンの全質量に対して5質量%であった。このフィルム調製液を用いて、5質量%コレステロールオレートを含むケラチンフィルム(ヒト爪甲モデル)を得た。得られたケラチンフィルムを親油性物質の浸透性試験に供した。結果を図5に示す。オイルレッドの浸透の深さが110μmより深く、実施例1及び実施例4よりもオイルレッドの浸透性が向上し、親油性物質の透過チャネルの成形を促進していることがわかる。
【0070】
(実施例6)10質量%の脂質を含むケラチンフィルムの作製と浸透性試験
濃度5mg/mLのコレステロールオレート/エタノール溶液の添加量を2.63mLに変更した以外は、実施例1と同様にしてフィルム調製液(生体モデル用材料組成物)を調製した。なお、コレステロールオレート(脂質)の含有量は、ケラチンの全質量に対して10質量%であった。このフィルム調製液を用いて、10質量%コレステロールオレートを含むケラチンフィルムを得た(ヒト爪甲モデル)。得られたケラチンフィルムを親油性物質の浸透性試験に供した。結果を図6に示す。
オイルレッドの浸透の深さは5質量%コレステロールオレートを含むケラチンフィルムと同様に110μmより深く、実施例1及び実施例4よりもオイルレッドの浸透性が向上し、親油性物質の透過チャネルの成形を促進していることがわかる。
【0071】
実施例1、4、5、及び6の結果から、コレステロールオレート添加量により親油性物質の浸透性、すなわち、親油性物質の透過チャネルの成形を調節することが可能であることがわかる。
【0072】
また上記実施例6で得られたケラチンフィルムを用いて上記の赤外分光分析を行った。これらのスペクトルの特性比較から、脂質由来の3,000cm-1付近(C-H伸縮)の吸収において、脂質(コレステロールオレート)を含むケラチンフィルムは、爪甲遊離縁に近似した吸収スペクトルを示した。
【0073】
(比較例1)無添加ケラチンフィルムの作製と浸透性試験
還元ケラチン抽出液にコレステロールオレート/エタノール溶液を添加しないこと以外は、実施例1と同様にしてフィルム調製液(生体モデル用材料組成物)を調製し、このフィルム調製液を用いて、無添加ケラチンフィルム(ヒト爪甲モデル)を得た。得られたケラチンフィルムを親水性物質及び親油性物質の浸透性試験に供した。結果を図7に示す。
ローダミンBの浸透の深さはそれぞれ19.4±1.8μmと実施例1~3と同程度であったのに対し、オイルレッドの浸透は見られなかった。本結果から、コレステロールオレート/エタノール溶液を添加しなかった無添加ケラチンフィルムでは親油性物質(脂質)透過チャネルが形成されていないことが示された。
【0074】
また上記比較例1で得られたケラチンフィルムを用いて、上記の赤外分光分析を行った。結果を図9に示す。無添加ケラチンフィルムでは脂質由来の3,000cm-1付近(C-H伸縮)の吸収がみられないことがわかる。
【0075】
(比較例2)爪甲遊離縁(ヒト爪)の浸透性試験
幅約3mmの爪甲遊離縁の浸漬時間を1週間としたこと以外は、実施例1~5と同様にして親水性物質及び親油性物質の浸透性試験に供した。結果を図8に示す。
ローダミンBの浸透性は爪甲遊離縁の上側と下側とで大きく異なったため、上側と下側とで浸透の深さをそれぞれ測定した。その結果、浸漬時間1週間における爪甲遊離縁の浸透の深さは、上側で42.5±7.8μm、下側で23.8±2.3μmであり、上側と下側とでは深さが大きく異なっただけでなく、その誤差(標準偏差)も実施例1~3と比較して大きかった。
オイルレッドの浸透の深さは上側が24.9±7.8μmであり、下側が17.6±3.0μmであり、上側の誤差(標準偏差)が実施例4~6と比較して大きかった。本結果から、ヒト爪のデータはばらつき(標準偏差の値)が大きく浸透の均一性が乏しいことがわかる。
【0076】
以上の結果から、本開示に係る実施例1~6の生体モデル用材料組成物を用いて作製した生体モデルは、比較例1及び2の生体モデルに比べて、親水性物質及び親油性物質の両方の透過チャネルを有し、かつ、浸透の均一性に優れることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9