(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158072
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】錘切り離し装置
(51)【国際特許分類】
B63B 22/06 20060101AFI20221006BHJP
B63C 11/48 20060101ALI20221006BHJP
G01D 21/00 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
B63B22/06
B63C11/48 Z
G01D21/00 C
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021062707
(22)【出願日】2021-04-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)内閣府総合科学技術・イノベーション会議により創設された「戦略イノベーション創造プログラム(次世代海洋資源調査技術)」第2期事業、国立研究開発法人海洋研究開発機構における「海洋生態系観測と変動予測手法の開発」、産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(71)【出願人】
【識別番号】391007851
【氏名又は名称】岡本硝子株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】598003955
【氏名又は名称】海洋電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100181009
【弁理士】
【氏名又は名称】中井 日出海
(72)【発明者】
【氏名】三輪 哲也
(72)【発明者】
【氏名】池田 和正
(72)【発明者】
【氏名】窪田 孝弘
(72)【発明者】
【氏名】新井 敦
(72)【発明者】
【氏名】村上 康幸
【テーマコード(参考)】
2F076
【Fターム(参考)】
2F076BB16
2F076BB17
2F076BD01
2F076BD05
2F076BD12
2F076BE18
2F076BE19
(57)【要約】
【課題】従来の錘切り離し装置における機械的な動作上のトラブルを回避するため、機械的な動作を一切伴わないで動作し、従来の錘切り離し装置と同等の深海で動作することを実現した錘切り離し装置を提供する。
【解決手段】水中観測機体に取り付けられた錘切り離し装置であって、水中観測機体に固定したハウジングと、熱可塑性樹脂製の糸と、電気ヒーター部と、錘側プレートと、熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と、錘吊り下げ用リングからなり、熱可塑性樹脂製の糸は、ハウジング内の起点端部から第一の電気ヒーター部を通り、錘側プレート上面に設けられた熱可塑性樹脂製の糸の係止部材に係止し、次いでハウジング内の第二の電気ヒーター部を通って終点端部に戻り、錘吊り下げ用リングは錘側プレート下面に固定され、錘が吊り下げられていて、電気ヒーター部に通電して熱可塑性樹脂製の糸を溶断することのみにより、錘が切り離され水中観測機体が浮上するようになっていることを特徴とする。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮力を有する水中観測機体に取り付けられた錘を切り離すための錘切り離し装置であって、該錘切り離し装置は、前記水中観測機体に固定されるハウジングと、該ハウジング内を起点端部及び終点端部とする熱可塑性樹脂製の糸と、電気ヒーター部と、錘側プレートと、前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と、錘吊り下げ用リングからなり、前記熱可塑性樹脂製の糸は、前記ハウジング内の起点端部から第一の電気ヒーター部を通り、前記錘側プレート上面に設けられた前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材に係止し、次いで前記ハウジング内の第二の電気ヒーター部を通って前記ハウジング内の終点端部に戻り、前記錘吊り下げ用リングは錘側プレート下面に固定され、錘が吊り下げられていて、前記電気ヒーター部に通電して前記熱可塑性樹脂製の糸を溶断することのみにより前記錘が吊り下げられた錘側プレートが切り離されて、前記水中観測機体が浮上するようになっていることを特徴とする錘切り離し装置。
【請求項2】
浮力を有する水中観測機体に取り付けられた錘を切り離すための錘切り離し装置であって、該錘切り離し装置は、前記水中観測機体に固定されるハウジングと、該ハウジング内を起点端部及び終点端部とする熱可塑性樹脂製の糸と、電気ヒーター部と、錘側プレートと、前記ハウジング下面に設けられた(n-1)個の熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と、前記錘側プレート上面に設けられたn個の前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と(ここで、n≧2)、錘吊り下げ用リングからなり、前記熱可塑性樹脂製の糸は、前記ハウジング内の起点端部から第一の電気ヒーター部を通り、前記錘側プレート上面に設けられた前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と、前記ハウジング下面に設けられた前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材とを交互に縫うように通され、次いで前記ハウジング内の第二の電気ヒーター部を通って前記ハウジング内の終点端部に戻り、前記錘吊り下げ用リングは錘側プレート下面に固定され、錘が吊り下げられるようになっていて、前記電気ヒーター部に通電して前記熱可塑性樹脂製の糸を溶断することのみにより前記錘が吊り下げられた錘側プレートが切り離されて、前記水中観測機体が浮上するようになっていることを特徴とする錘切り離し装置。
【請求項3】
前記ハウジング下面から鉛直方向に2乃至4本のガイド支柱が設けられ、該ガイド支柱はその先端が前記錘側プレート上面の座穴に固定されることなく嵌合していることを特徴とする請求項1乃至2に記載の錘切り離し装置。
【請求項4】
前記ハウジング下面に設けられた前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材の位置において水平方向と糸のなす角度がsinθ=n/(n+1)を満たすθ±5度の範囲にあることを特徴とする請求項2乃至3に記載の錘切り離し装置(ここで、nは前記錘側プレート上面に設けられた熱可塑性樹脂製の糸の係止部材の数であって、n≧2)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中又は水底にある浮力体から錘を切り離して水上に浮上させるための錘切り離し装置に関する。浮力体としては、いわゆる係留系に組み込まれた様々な水中観測機、観察機器、浮きフロートなどが含まれる。
【背景技術】
【0002】
発明者らは、これまで、カメラ、ビデオカメラ、地震計や科学分析器などの観察機器、計測機器等を収納し、深海、海底、地底あるいは南極大陸などの厚い氷の中などの探査探索に用いることのできる耐圧ガラス球(特許文献1)や、これを用いた海中・海底探査機を開発してきた(非特許文献1)。さらに、発明者らは、水中や海底の環境影響評価のツールとして、画像等の長期モニタリング撮影による生態影響調査等に適した水中探査機も開発した。具体的には、透明耐圧中空ガラス球を縦に2乃至3連装したフリーフォール型深海探査ビデオカメラシステム(いわゆる「江戸っ子1号」として知られている)をベースとして、長期ビデオ撮影を可能にするためのバッテリー寿命の延長に対応可能で、さらには360度全方向撮影や種々の計測にも対応可能な連結水中探査機も開発したのである(特許文献2及び特許文献3)。
【0003】
これら水中観測機は、それ自体が容積に応じた浮力を有することから、自重では沈降せず、所定の重量を有する錘を付加して、所定の深度で浮遊させたり、ゆっくりと沈降させながら観測を継続したり、必要に応じて海底(水底)に着底させ、海底の観測を行う。
【0004】
海底(水底)や海中(水中)での所定の観測を終えたのち、これら水中観測機は海上(水上)に浮上させ、母船に回収する。ここで、水中観測機を含む係留系を自らの有する浮力で浮上させるためには、錘を切り離す必要があるのである。
【0005】
上記した、いわゆる「江戸っ子1号」や連結水中探査機に用いられている錘切り離し装置を、
図1及び
図2を用いて説明する。
図1中、101が連結水中探査機本体であり、102はワイヤーに吊り下げられた錘であり、連結水中探査機本体と錘の間に錘切り離し装置103が設置されている。錘切り離し装置は、連結水中探査機本体にボルト止めされたハウジングにカンチレバー105が熱可塑性樹脂製の糸106で固定されており、錘切り離しに際しては、連結水中探査機本体の指令伝達球(トランスポンダー球)から水中ケーブルを通じて錘切り離しを指令する信号が電気ヒーター部104に伝えられると、電気ヒーター部内部にある電気ヒーターコイルに通電され、それにより発生する熱で熱可塑性樹脂製の糸が切断される。熱可塑性樹脂製の糸106が切断されると、錘102が吊り下げられているカンチレバー105が開き、錘が吊り下げられているワイヤーのリングがカンチレバーから外れ、錘が解放される仕組みになっている。
【0006】
しかしながら、上記従来の錘切り離し装置では、実際に錘切り離し信号を送信しても水中観測機が海面に浮上してこないというトラブルがあった。浮上してこないことから水中観測機本体を回収できていないので、トラブルの原因は明確には特定されていないが、電気系統のトラブルの他、錘切り離し装置における機械的な動作上のトラブルが考えられた。より具体的には、熱可塑性樹脂製の糸が電気的に切断されても、カンチレバーが開かないというトラブルが想定された。
【0007】
水中観測機を浮上させる装置としては、例えば、特許第6253026号や特許第5800296号によれば、球体の水中観測機の底部に設置されたアンカー(錘)を切り離す装置であって、交流電力が流れて閉ループ部材が溶断されると、球面上の回動アームの拘束が解除され、該回動アームがアンカー連結部材の張力によって水中観測機本体から離れる方向に回動し、アンカー係止リングが回動アームから抜けることにより、水中観測機体を浮上させるという装置が開示されている。しかしながら、これらの装置は、球形の水中観測機に取り付けられた箱形のアンカー(錘)を切り離す機構を用いており、小型でコンパクトな水中観測機を切り離す目的に用いることが難しかった。
【0008】
なお、上記した水中観測機に用いられる錘切り離し装置において、糸を溶断する機構としては、特許第5812486号で開示された溶断装置を用いることができる。
【0009】
この他の切り離し装置としては、水中観測機と水中固定具を連結する固定係合部材とケーブルを、密閉室にガスを噴射した圧力でピストンを動かして固定係合部材の係合を解除するとともに切断刃によってケーブルを切断する方式(特許文献7)や、球形の浮力体と錘を連結する金属板または金属線を強制的に電蝕させて切断する電蝕方式(特許文献8)が開示されている。これらはいずれも重量増による大型化や切断時間の予測が難しいなど動作性に問題があったため、やはり小型でコンパクトな水中観測機を切り離す目的に用いることが難しかった。
【0010】
さらに、この他の切り離し装置としては、特許文献9中に記載されたものがある。この切り離し装置の詳細は不明であるが、母船上から信号を発すると切り離し装置が作動し、切り離しフックが開いて、錘が取り付けられたチェーンを外す仕組みになっている。この切り離し装置でも、機械的トラブルによって切り離しフックが作動せず、水中計測装置が回収できないというトラブルが想定される。
【0011】
なお、フックを開閉するタイプの切り離し装置は、水中音響切離装置として商品化されている(非特許文献2)。資料によると、最大吊り荷重(=最大切離し荷重)が2,000kgや4,540kgと重く、装置も大型で重くなっている。やや小型のものもあるが、それでも最大吊り荷重が455kg(最大切離し荷重は180kg)であって、最大の欠点は、沿岸域の最大深度500mまでしか用いることができない点である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】WO/2017/191693
【特許文献2】特開2019-111941号公報
【特許文献3】WO/2019/131076
【特許文献4】特許第6253026号公報
【特許文献5】特許第5800296号公報
【特許文献6】特許第5812486号公報
【特許文献7】特開平8-271291号公報
【特許文献8】特開2006-30124号公報
【特許文献9】特開2004-359081号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】http://edokko1.jp/product
【非特許文献2】https://www.hydro-sys.com/detail.php?pid=64
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
背景技術で述べてきたように、水中での錘切り離し装置の一般的なものは、大型で、数トンの力に耐え、切離しができるようになっている。これらは、軍事利用では機雷の設置、水産利用では生けすの設置、科学分野では、水中観測装置やブイの設置など、軍事、科学分野、海洋土木に至るまで、多岐に渡る。しかしながら、これまでは、沿岸域から深海にわたるまで、100kg以下程度の小型の観測機器を錘で固定し、所定の観測の後に、この錘を切り離して、観測機器を浮上させ回収する錘切り離し装置が存在しなかった。
【0015】
特許文献2及び特許文献3に開示したのは、電気ヒーターで熱可塑性樹脂製の糸を軟化させて溶断する方式であったが、糸の吊り強度が弱い点が不安視されていた。そこで、梃子の原理を使い、カンチレバーから熱可塑性樹脂製の糸まで距離をとって糸にかかる負荷を低減していた。しかしながら、梃子の原理を利用するため、カンチレバー部品が必要となり、機械的な動作が必要となった。
【0016】
本発明の目的は、(1)従来の錘切り離し装置における機械的な動作上のトラブルやリスクを軽減し回避するため、機械的な動作を一切伴わないで、熱可塑性樹脂製の糸の溶断のみにより動作すること、(2)従来の錘切り離し装置よりも小型でコンパクトであること、(3)従来の錘切り離し装置と同等の深海で動作すること、を実現した錘切り離し装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記従来の課題を解決するため本発明は、浮力を有する水中観測機体に取り付けられた錘を切り離すための錘切り離し装置であって、該錘切り離し装置は、前記水中観測機体に固定されるハウジングと、該ハウジング内を起点端部及び終点端部とする熱可塑性樹脂製の糸と、電気ヒーター部と、錘側プレートと、前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と、錘吊り下げ用リングからなり、前記熱可塑性樹脂製の糸は、前記ハウジング内の起点端部から第一の電気ヒーター部を通り、前記錘側プレート上面に設けられた前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材に係止し、次いで前記ハウジング内の第二の電気ヒーター部を通って前記ハウジング内の終点端部に戻り、前記錘吊り下げ用リングは錘側プレート下面に固定され、錘が吊り下げられていて、前記電気ヒーター部に通電して前記熱可塑性樹脂製の糸を溶断することのみにより、前記錘が吊り下げられた錘側プレートが切り離されて、前記水中観測機体が浮上するようになっていることを特徴とする錘切り離し装置である。
【0018】
図3を用いて説明すると、水中観測機体の両側に3つのボルトで固定されたハウジング内に熱可塑性樹脂製の糸6が、ハウジング内の始点端部から電気ヒーター部4を経由してハウジング下部に設けられた穴を通って錘側プレート8の上面に固定された錘側の係止部材11に係止され、さらにハウジング下部に設けられた穴を通ってハウジング内部に戻り、第二の電気ヒーター部4を経由してハウジング内の終点端部まで設けられている。錘側プレート8の下面には錘用リング12が設けられ、錘が懸垂されている。
【0019】
ここで、一対の電気ヒーター部4の構造は
図8のようになっている。すなわち、熱可塑性樹脂製の糸6は、収納チューブ19の中を通っていて、収納チューブの中央部に、電熱線を巻いた電気ヒーターコイルが形成された円筒状碍子が設けられている。電気ヒーター用端子(コネクタ)を通じて電熱線に電気が流されると電気ヒーターコイルが発熱し、その位置で熱可塑性樹脂製の糸が溶断される仕組みになっている(特許文献6)。糸が溶断されると錘側プレートの係止部材11から糸が抜けて、錘側プレートとの連結が外れてフリーとなり、水中観測機体1は自らの浮力で水面に浮上して回収されるのである。なお、
図3の構成では、糸の係止部材は錘側プレート上面に1個設けられているだけであり、側面から見た糸の形状はV型である。V型の場合、大気中において、糸に働く張力は、錘の重量Mの1/2に等しくなる。
【0020】
さらに本発明は、浮力を有する水中観測機体に取り付けられた錘を切り離すための錘切り離し装置であって、該錘切り離し装置は、前記水中観測機体に固定されるハウジングと、該ハウジング内を起点端部及び終点端部とする熱可塑性樹脂製の糸と、電気ヒーター部と、錘側プレートと、前記ハウジング下面に設けられた(n-1)個の熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と、前記錘側プレート上面に設けられたn個の前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と(ここで、n≧2)、錘吊り下げ用リングからなり、前記熱可塑性樹脂製の糸は、前記ハウジング内の起点端部から第一の電気ヒーター部を通り、前記錘側プレート上面に設けられた前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材と、前記ハウジング下面に設けられた前記熱可塑性樹脂製の糸の係止部材とを交互に縫うように通され、次いで前記ハウジング内の第二の電気ヒーター部を通って前記ハウジング内の終点端部に戻り、前記錘吊り下げ用リングは錘側プレート下面に固定され、錘が吊り下げられていて、前記電気ヒーター部に通電して前記熱可塑性樹脂製の糸を溶断することのみにより前記錘が吊り下げられた錘側プレートが切り離されて、前記水中観測機体が浮上するようになっていることを特徴とする錘切り離し装置である。
【0021】
n=2の場合として、水中観測機体本体側のハウジング下面に1個の熱可塑性樹脂製の糸の係止部材を設け、錘側プレート上面に2個の熱可塑性樹脂製の糸の係止部材を設けた例を
図4に示す。水中観測機体1の両側にハウジングが3個のボルトで固定され、ハウジング内部には、熱可塑性樹脂製の糸の始点端部と終点端部が設けられている。途中の経路には、ハウジング内の始点側及び終点側に電気ヒーター部4が、錘側プレート上面には2つの係止部材が、水中観測機体に取り付けられたハウジング下面には1つの係止部材が設けられている。電気ヒーター部は前述したように
図8に示した構造を有し、通電によって熱可塑性樹脂製の糸が溶断されるようになっている。錘側プレート8の下面には錘2を懸垂するための錘用リング12が設けられている。
【0022】
図4中の錘切り離し装置3を拡大したものが
図5である。始点端部を出た熱可塑性樹脂製の糸は第一の電気ヒーター部4を通り、ハウジング下部の穴を抜けて錘側プレート8に設けられた第一の係止部材11に係って向きを上方に変え、水中観測機体本体に取り付けられたハウジング下面にある係止部材10に係り再び向きを変え、次に錘側プレート8に設けられた第二の係止部材11に係って向きを上方に変え、ハウジング下面に設けられた穴を通ってハウジング内部に戻り、第二の電気ヒーター部4を通って、終点端部に至る。この場合、側面から見た熱可塑性樹脂製の糸の形状はW型(逆M型)である。そして、計算から、ハウジング側係止部材10の位置において水平に対する糸のなす角度θ(
図7中に図示した)が42度±5度程度の時に、糸に働く張力が均一に最少となることがわかった。錘の重量をMとしたとき、大気中において、糸に働く張力はM/4となる。すなわち、ハウジング側に1個、錘側プレート上面に2個の係止部材を設け、それらを縫うように糸を張った場合(すなわちW型に糸を張った場合)、錘側プレート上面に1個の係止部材を設けて糸を張った場合(すなわちV型)に比べて、滑車の原理により、糸に働く張力を1/2に低減することができる。このことは、水中観測機体の容積が増し、浮力も増大したとき、錘を重くする必要があるが、糸をW型に張った場合、糸6に働く張力を低減させることができるので、糸6の径を太くする必要がないことを意味している。なお、
図5において、電気ヒーター部4への通電によって熱可塑性樹脂製の糸6が溶断された後の状態を
図6に示した。錘2が着底している場合、錘側プレート8及び付属する部品は錘側に沈降していき、水中観測機体1とハウジング及び付属部品は上方に浮上していく。
【0023】
同様に、n=3の場合として、水中観測機体に固定したハウジング下面の係止部材を2個にし、錘側プレート上面の係止部材を3個にした場合の構成を
図9に示す。この場合、側面から見た熱可塑性樹脂製の糸の形状はVVV型となる。そして、計算から、ハウジング側係止部材部にける水平に対する糸のなす角度θが49度±5度程度の時に、糸に働く張力が均一かつ最少となることがわかった。滑車の原理により、錘の重量をMとしたとき、糸に働く張力は、大気中において、M/6となる。すなわち、ハウジング側に2個、錘側プレート上面に3個の係止部材を設け、それらを縫うように糸を張った場合(すなわちVVV型に糸を張った場合)、錘側プレート上面に1個の係止部材を設けて糸を張った場合(すなわちV型)に比べて、糸に働く張力を1/3に低減することができる。
【0024】
以上の状況を一般化して表すと、錘側プレート上面の係止部材の数をn個、水中観測機体に固定したハウジング下面の係止部材の数を(n-1)個とした場合、n=1の場合が
図3に示された構成であり、n=2の場合が
図5に示された構成であり、n=3の場合が
図9に示された構成である。n=4とした場合は、ハウジング側の係止部材における糸と水平のなす角θが53度±5度程度のとき、糸に働く張力が均一かつ最少となり、その張力は錘の重量をMとしたとき、M/8(=2n)となる。すなわち、錘側プレートに設ける係止部材の数をnとしたとき、ハウジング側下面の係止部材の位置における糸と水平のなす角を適切に調整することにより、糸に働く張力をM/2nに低下させることができるのである。ハウジング側下面の係止部材の位置における糸と水平のなす角θは、糸に働く張力をベクトルで表し、鉛直方向及び水平方向でどの位置でも均一に釣り合うようにして決定することができる。前記したnを用いて表すと、ハウジング下面の係止部材の位置における糸と水平のなす角θは、sinθ=n/(n+1)となる。実用的な観点では、nの最大値は4と考えられる。
【0025】
ここで、本発明の錘切り離し装置のハウジング下面から複数本のガイド支柱を設け、錘側プレートの上面に座穴(ざぐり)を設け、前記ガイド支柱先端を前記座穴に嵌合させておくことが望ましい。これにより、水中観測機体本体や錘の水平方向の揺れやねじれによる負荷が前記熱可塑性樹脂製の糸にかかることを抑えることができる。錘切り離しに際し、熱可塑性樹脂製の糸が溶断されたときには、前記ガイド支柱の先端が前記錘側プレートの座穴から何らの抵抗を受けることなく上方に抜け、水中観測機体が浮上できる。
【0026】
前記ガイド支柱は
図3~
図7及び
図9において符号7を付して表されたものであり、通常4本設けるのが望ましいが、対角上に2本あるいは3本とすることもできる。前記錘側プレート上面の座穴は
図7中の符号9で表されたものであって、ガイド支柱をねじ止めするものではなく、単にガイド支柱先端が座穴にはまり込むようになっている。
【0027】
以上を、
図7を用いて改めて整理すると、本発明の錘切り離し装置3は、水中観測機体1と錘2の間に設置され、前記水中観測機体本体とはハウジングで連結され、錘は錘用リング12に懸垂される。前記ハウジング内部には、錘2及び錘側プレート8を懸垂する熱可塑性樹脂製の糸6が、一方の始点端部15から電気ヒーター部4を通ってハウジングの外に出て、錘側の係止部材11に係止し向きを変え、次いでハウジング下面に設けられた係止部材10に係止し再び向きを変え、錘側プレートの第二の係止部材11に係止して向きを変え、再びハウジング内に戻り、第二の電気ヒーター部4を通って終点端部15に固定される。なお、ハウジング下面の係止部材10の位置において、糸6と水平のなす角θを図示した。水中観測機体の回収に際しては、電気ヒーター部4に通電し、電気ヒーターコイル20の発熱によって、熱可塑性樹脂製の糸6が溶断される。糸6が電気ヒーター部で溶断されると糸6の張力が消失し、水中観測機体1とハウジングは、錘2が懸垂された錘側プレート8とは分離することとなり、ガイド支柱7の先端も前記錘側プレートの座穴9から何ら抵抗を受けることなく上方に抜け、水中観測機体とハウジングは浮力によって水面に浮上することになる。一方、錘側プレート8は錘側(下方)に沈降していく。
【0028】
電気ヒーター部を始点端部側と終点端部側に一対設けている理由は、電気信号の不具合により糸が溶断されないケースが発生した場合でも、どちらか一方の電気ヒーターが動作すれば糸が溶断されるからであって、安全率を見込んだものである。電気ヒーターが動作せず糸が溶断されないケースがたとえ1/10程度あるとしても、2つの電気ヒーターが両方とも動作しないケースは1/100に低減されるからである。なお、錘切り離しを指令する信号は、探査機本体に装備されているトランスポンダー機器やタイマーなどから、水中ケーブルを通じて電気ヒーター部4の電気ヒーター用端子(コネクタ)16に伝達される。
【0029】
ハウジング下面に設けられる係止部材及び錘側プレート上面に設けられる係止部材は、全長にわたってねじを切ったアイボルトとすることが望ましい。アイボルトの実効長さ(面からの長さ)はねじ部に装着するナットの位置で調整することができる。アイボルトの実効長さを調整することにより、ハウジング側アイボルトの位置における糸の水平からの角度を調整することができる。また、ガイド支柱は、先に錘側プレートの座穴の位置に配置し、その後、錘側プレートのアイボルトの位置を調整することにより適切に嵌合させることができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明の錘切り離し装置によれば、錘を懸垂している熱可塑性樹脂製の糸を電気ヒーターで溶断するだけで、何ら機械的動作を生じさせることなく、直接的に水中観測機体と錘とを分離し、水中観測機体を水面に浮上させることができる。また、水中観測機体が大型化して錘の重量が増大した場合でも、糸を太くして強度を増大させる必要がないので、糸を確実に溶断することができる。
【0031】
本発明の錘切り離し装置は、従来の錘切り離し装置や市販の音響水中切り離し装置と比べて小型でコンパクトである。また、発明者らが従来用いていたカンチレバー方式の錘切り離し装置と比べても同等か、よりコンパクトなものとなっている。
【0032】
さらに本発明の錘切り離し装置は、この後、実施例で示すように、従来のカンチレバー方式(
図2)と同様に4,000m以上の深海においても用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】
図1は従来技術の水中観測機、錘切り離し装置及び錘の説明図である。
【
図2】
図2は従来技術の錘切り離し装置の拡大図である。
【
図3】
図3は本発明の錘切り離し装置の第一のタイプ(V型)の説明図である。
【
図4】
図4は本発明の錘切り離し装置の第二のタイプ(W型)と錘の接続図である。
【
図5】
図5は本発明の錘切り離し装置の第二のタイプ(W型)の説明図である。
【
図6】
図6は本発明の錘切り離し装置の第二のタイプ(W型)の説明図である(熱可塑性樹脂製の糸が溶断された後の図である)。
【
図7】
図7は本発明の錘切り離し装置の第二のタイプ(W型)の錘切り離し前後の状態を示す図である。
【
図8】
図8は本発明の錘切り離し装置に用いられる電気ヒーター部の詳細図である。
【
図9】
図9は本発明の錘切り離し装置の第三のタイプ(VVV型)の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明において用いることのできる水中観測機体としては、いわゆる「江戸っ子1号」と命名されている海中・海底観測機(非特許文献1)や「江戸っ子1号」を複数連装することで長期モニタリング撮影による生態影響調査等を可能にした連結水中探査機(特許文献2及び特許文献3)等に限定されず、浮力を有する水中観測機体でありさえすれば、ハウジングを水中観測機体に固定することによって本発明の錘切り離し装置の適用が可能である。さらに言えば、水中観測機体や浮き(フロート)に限定されず、様々な係留系の一部として用いられる部品の回収にも利用可能である。
【0035】
錘の重量は水中観測機体の有する浮力と同等かそれを上回ることが必要である。錘の重量が水中観測機体の浮力と同等の場合、水中観測機体は水中に留まり続け、浮遊状態での観察が可能である。錘の重量が水中観測機体の浮力よりも重い場合、水中観測機体は沈降し、錘の重量から、水中観測機体の浮力を引いた荷重で落下する。落下速度は設置時間の短縮から、自由落下速度が望ましいが、水中観測機体の浮力を引いた荷重が大きすぎると着底時に水中観測機体にかかる衝突力が大きく、内在する機器が破損する可能性がある。そのため普通は錘の重量は浮力に10kgから30kgを加算した重さが適切であって、この場合、水中を約1m/secの速度で沈降する。なお、水中観測機体が海底を観察する場合は、着底環境の潮流に負けないようにするため錘の重量を重くするか、錨のような構造を施すのが望ましい。
【0036】
熱可塑性樹脂製の糸の材質としては、ポリエチレン製、ナイロン製、フロロカーボン製、ポリエステル製、ポリプロピレン製等々の市販されているものを利用することができる。それぞれ太さは0.1号~200号と種類が多く、標準張力強度(耐荷重性)も0.1kg~360kgと材質や太さに応じて多岐にわたっているので、適切なものを選択して利用することができる(一般には、号数x(3~4)x1ポンド(454g)が標準張力強度となる)。軟化温度も120℃~180℃程度であり、電気ヒーター部内部の電気ヒーターコイルの発熱によって容易に溶断することができる。
【0037】
錘側プレート上面の係止部材の数がn個、水中観測機体に固定したハウジング下面の係止部材の数が(n-1)個であるとき、ハウジング下面の係止部材の位置における糸と水平のなす角θが、sinθ=n/(n+1)となるときに糸に働く張力が均一かつ最少となり、大気中での張力は錘の重量をMとしたとき、M/2nとなる(ここで、n≧2)。従って、熱可塑性樹脂製の糸の材質・太さが同一であっても、係止部材の数nを増やすことによって、実質的な耐荷重性を増強できる。
【0038】
ここで、錘側プレート上面の係止部材の数n、sinθ、θ(°)、錘の重量をMとしたときの糸に働く張力を表1にまとめた。実用的な観点では、nの最大値は4と考えられる。また、表1のθ値は計算による理論値であって、実用上はθ±5度の範囲に収めれば良い。なお、ハウジング下面の係止部材の位置における糸と水平のなす角θを、
図7の「切り離し前」に例示した。
【0039】
【実施例0040】
(ガラス球フロートの切離しの実施)
ガラス球フロートはその浮力を用いて、主に小型の水中観測機体などを浮上させる目的で使用される。一般にこの役割のための構成としては、上からガラス球フロート、観測機体、切り離し装置、錘の順で連結される。本実施例では観測機体を省略し、ガラス球フロートに直接切り離し装置を介して錘を吊り下げた実施例を、
図10を用いて以下に説明する。既に述べてきたように、観測等が終了した際には、データ回収等のために観測機体から錘を切り離す作業が必要となる。ここでは13インチの耐圧中空ガラス球3個をチェーンで連結し、ガラス球フロート201とした。13インチ中空ガラス球の海中での浮力は1球当たり約10kgあり、3球で30kgの浮力を有する。観測機体を省略して直接吊り下げた錘202は重量が40kgであり、錘202と前記ガラス球フロート201を切り離し装置203で
図10に示すように連結した。切り離し装置には15号(直径0.64mm)のよつ編みポリエチレン糸を用いた。15号のよつ編みポリエチレン糸の標準張力強度(耐荷重性)は80kgである。錘202の重量40kgとガラス球フロート201の浮力30kgとで、よつ編みポリエチレン糸には合計70kgの張力がかかる。従って、よつ編みポリエチレン糸1本のみで直接つないだ場合には、よつ編みポリエチレン糸の張力にはわずか10kgの余裕しかなく、環境変化による追加荷重がかかると容易に糸が切れてしまう状態であったが、
図10に示すように係止部材を利用してよつ編みポリエチレン糸をW型で結線し、糸に働く張力を1/4(約18kg)に軽減したところ安定して係留できた。これを水深330mの海底にフリーフォールで設置した後、ガラス球フロート201の回収のため、船上の音響装置から切り離し信号を送ると、中空ガラス球に内蔵されたトランスポンダ(図示せず)から水中ケーブル205を通じて電気ヒーター部204に通電され、電気ヒーター部内部にある電気ヒーターコイルが発熱してよつ編みポリエチレン糸が熱で切断される。船側の音響受信装置とガラス球フロート側の音響受信装置23との距離を観測しているが、実際には通電後約17秒で、ポリエチレン糸が溶断して、錘側プレートと付属部品は錘202側に落下し、ガラス球フロート201が約5分後に海面に浮上し、約5分後にガラス球フロートを回収できた。