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特開2022-158348不溶性電極および金属マグネシウムの生産方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158348
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】不溶性電極および金属マグネシウムの生産方法
(51)【国際特許分類】
   C25C 3/04 20060101AFI20221006BHJP
   C25C 7/02 20060101ALI20221006BHJP
   C22B 26/22 20060101ALI20221006BHJP
   C22B 5/02 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
C25C3/04
C25C7/02 308Z
C22B26/22
C22B5/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021063158
(22)【出願日】2021-04-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・ウェブサイトのアドレス https://ecs.confex.com/ecs/prime2020/meetingapp.cgi/Paper/142184 掲載日 令和2年7月20日 ・ウェブサイトのアドレス https://iopscience.iop.org/article/10.1149/09810.0253ecst/meta 掲載日 令和2年9月22日 ・研究集会名 PRiME 2020 開催場所 Hawaii convention center 開催日 令和2年10月6日 ・ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/hessecsj2020/top 掲載日 令和2年11月25日 ・ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/hessecsj2020/top 掲載日 令和2年11月26日 ・ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jim2021spring/subject/4H01-09-04/detail 掲載日 令和3年3月2日 ・ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jim2021spring/subject/4H01-09-04/detail 掲載日 令和3年3月19日
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】竹中 俊英
(72)【発明者】
【氏名】森重 大樹
(72)【発明者】
【氏名】三好 高雅
【テーマコード(参考)】
4K001
4K058
【Fターム(参考)】
4K001AA38
4K001BA08
4K001DA14
4K058AA11
4K058BA05
4K058BB05
4K058CB05
4K058ED03
(57)【要約】
【課題】耐久性に優れ、得られる金属Mgの純度を向上可能な、MoSiを主成分とした、不溶性の電極を実現する。
【解決手段】本発明の一実施形態に係る電極は、MoSiを主成分とし、酸素およびケイ素を含む酸化膜が表面に形成されている。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
MoSiを主成分とし、酸素およびケイ素を含む酸化膜が表面に形成された電極。
【請求項2】
前記酸化膜が、マグネシウムを含む、請求項1に記載の電極。
【請求項3】
前記酸化膜が、MgSiOおよび/またはSiOを含む、請求項1または2に記載の電極。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の電極を用い、溶融塩電解法によってマグネシウム塩を電気分解する工程を含む、金属マグネシウムの生産方法。
【請求項5】
前記溶融塩電解法に用いる溶融塩浴が、溶融性MgClと、酸化物イオンとを含む、請求項4に記載の金属マグネシウムの生産方法。
【請求項6】
前記酸化物イオンがMgOに由来する、請求項5に記載の金属マグネシウムの生産方法。
【請求項7】
前記電気分解する工程において、陽極の電圧が6.3V未満である、請求項4~6のいずれか1項に記載の金属マグネシウムの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不溶性電極および金属マグネシウムの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム(以下、単にMgとも称する。)を生産する代表的な方法として、熱還元法(Si還元法)と、溶融塩電解法とが存在する。現在、Mgのおよそ8割は、熱還元法により生産されている。熱還元法は、溶融塩電解法に比べて設備および操作は簡易であるが、COの排出量は非常に多い。そこで、発生するCOを削減するために、溶融塩電解法に注目が集まっている。
【0003】
溶融塩電解法では、一般的に、陽極に炭素を用いる。金属Mgを溶融塩電解法により生産する場合、原料となる塩化マグネシウム(MgCl)は吸湿性が高いため、MgClの高度な脱水が必要となる。MgClの脱水が不十分であると、電気化学反応により前記炭素電極と、溶融塩中の溶存酸素とが反応してCOが発生し、前記炭素電極が消耗することが知られている(例えば、非特許文献1)。前記炭素電極が消耗すると、炭素電極の交換が必要になり、さらに、炭素の溶融塩中への混入等が生じ、電解効率の低下にも繋がる。
【0004】
そのため、陽極の消耗を回避するために、不溶性の電極が望まれていた。このような不溶性の電極として、特許文献1には、ダイヤモンド結晶(DLC)を炭化モリブデンの表面にコーティングすることで、消耗を抑制可能な電極が開示されている。また、非特許文献2には、La0.7Sr0.3FeO3-δにNiを添加した、非消耗性酸素発生陽極について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-224282号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本鉱業会誌/85 977('69-9) 802-810
【非特許文献2】2020合同WEB討論会~第52回溶融塩化学討論会・第44回電解技術討論会 -ソーダ工業技術討論会-・第40回水素エネルギー協会大会 講演要旨集、2B10、P112-113
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された電極は、保護膜であるDLCが薄く、かつ一度損傷すると修復が困難であるため、長時間の使用が難しい。一方、前記保護膜を、耐久性に優れる程度に厚くすることは、技術的に困難である。したがって、耐久性の観点から改善の余地があった。
【0008】
非特許文献2に記載の不溶性電極は、溶融塩の電解を行うと、電極の原料であるFeまたはNi等が溶融塩中に溶出し、析出したMgに不純物として混入する。FeおよびNiはMgに対する忌避材料であるため、少量が含まれるだけで、得られるマグネシウムの質が大きく低下するという問題があった。
【0009】
本発明の一態様は、耐久性に優れ、得られる金属Mgの純度を向上可能な、MoSiを主成分とした、不溶性の電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討した結果、MoSiを主成分とし、表面に酸素およびケイ素を含む酸化膜が形成された電極を用いることによって、前記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の構成を含む。
<1>MoSiを主成分とし、酸素およびケイ素を含む酸化膜が表面に形成された電極。
<2>前記酸化膜が、マグネシウムを含む、<1>に記載の電極。
<3>前記酸化膜が、MgSiOおよび/またはSiOを含む、<1>または<2>に記載の電極。
<4><1>~<3>のいずれかに記載の電極を用い、溶融塩電解法によってマグネシウム塩を電気分解する工程を含む、金属マグネシウムの生産方法。
<5>電解液が溶融性MgClと、酸化物イオンとを含む、<4>に記載の金属マグネシウムの生産方法。
<6>前記酸化物イオンが、MgOに由来する<5>に記載の金属マグネシウムの生産方法。
<7>前記電気分解をする工程において、陽極の電圧が6.3V未満である、<4>~<6>のいずれかに記載の金属マグネシウムの生産方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様によれば、耐久性に優れ、得られる金属Mgの純度を向上可能な、MoSiを主成分とする不溶性の電極を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例において調製したMoSi電極のサイクリックボルタモグラムを示すグラフである。
図2】実施例において調製したMoSi電極の横断面を、SEM-EDXによって観察および分析した結果を示す図である。
図3】実施例において調製したMoSi電極を、X線回析によって分析した結果を示すグラフである。
図4】実施例において調製したMoSi電極を陽極として用い、電解時の電圧を変更した場合の前記電極の重量変化を示すグラフである。
図5】実施例において行った金属マグネシウムの析出について、MgOの添加量を変更した場合の金属マグネシウムの純度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔1.電極〕
本発明の一実施形態に係る電極(以下、本電極とも称する。)は、MoSiを主成分とし、表面に酸素およびケイ素を含む酸化膜が形成されている。
【0015】
本発明者は、溶融塩電解法に用いる溶融塩化物中に水分、あるいは溶存酸素が存在することを逆手に取り、溶融塩中にて陽分極を行うことによって、電極材料であるMoSiの表面に安定な酸化物を形成できることを見出した。これにより、溶存酸素による電極の消耗を防ぐことができる。また、当該酸化物を保護膜として用いることにより、電解中に酸化膜が損傷したとしても、自己修復が可能であることを見出した。さらに、Mo、およびSiは、共に金属Mgに含まれていても致命的な材料特性の悪化とならないことを見出し、得られる金属Mgの純度を向上可能であることも見出した。
【0016】
(1-1.電極の成分)
本電極は主成分としてMoSiを含有する。本明細書において、「主成分としてMoSiを含有する」とは、本電極に含まれる全物質の重量に対するMoSiの重量の割合が50%超であることを意味する。前記全物質には、前記酸化膜も含まれる。前記割合は、60重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることがより好ましく、99重量%以上であることがさらに好ましく、100重量%であることが最も好ましい。なお、前記電極に含まれ得るMoSi以外の成分としては、例えば、Mg、またはCa等を挙げることができる。
【0017】
前記MoSiは、発熱体として工業的に製造および利用されているため、本電極の主成分としてMoSiを用いることによって、電極を安価に製造することができる。前記MoSiは、高温下において電気抵抗が低下するため、電極材料として適している。
【0018】
また、従来の電極の成分とは異なり、前記MoSiは、添加した酸化物イオンだけでなく、溶融塩化物中の水分に由来する酸化物イオンとも反応して酸化膜を形成することができる。そのため、溶融塩化物に対する脱水方法を簡便にすることが可能となり、金属Mgの生産性が向上する。
【0019】
さらに、MoSiの構成元素であるMoおよびSiは、金属Mgと共に少量存在していても、金属Mgの材料特性に影響を与えない。つまり、非特許文献2に記載の電極のように、忌避元素がMgと共に存在することがない。
【0020】
そのため、本電極の主成分がMoSiであることにより、Mg本来の材料特性を十分に保持した金属Mgを得ることができる。
【0021】
本電極の主成分であるMoSiは、例えば化学的に合成されたものを用いてもよいし、市販品(例えば、棒状MoSi)等を用いてもよい。入手容易性の観点からは、市販品を用いることが好ましい。
【0022】
本電極は上述した成分以外に、通常電極に含まれ得る結着剤、導電材等をさらに含んでいてもよい。これらの成分は公知の電極製造技術によって本電極に固着させることができる。
【0023】
(1-2.電極の酸化膜)
本電極の表面に形成される前記酸化膜は、酸素およびケイ素を含む。前記酸化膜が本電極の表面に形成されていることによって、電極が保護され、MoSi由来のモリブデンイオンの溶融塩中への溶出が抑制される。そのため、長時間の電解を行ったとしても電流のほとんどが塩素ガスの発生に消費され、電極の消耗が抑制される。
【0024】
つまり、本願発明では、炭素電極を陽極として用いる場合のように、陽極が消耗するという問題が生じない。炭素電極を用いる場合は、MgClを無水とする際に、水に由来する水酸化マグネシウム、酸化マグネシウム等が生じる。この水酸化マグネシウム等が電気分解されて生じる酸素が、炭素と反応してCOまたはCOを生成することにより、炭素電極が消耗する。それゆえに、炭素電極を用いる従来の溶融塩電解法では、MgClの脱水を厳密に行う必要がある。
【0025】
一方、本願発明によれば、前記酸化膜の形成によって電極の消耗が抑制される。そのため、炭素電極を用いる場合のように、前記水酸化マグネシウム等の存在に起因する電極の消耗が生じることがない。それゆえ、MgClの脱水を厳密に行う必要がない。
【0026】
溶融塩電解法は、エネルギー消費、CO排出量低減等の点で、熱還元法よりも有利であり、環境への影響に鑑みると、今後拡充されてゆくことが望まれる。しかしながら、金属Mgの製造法としては、現状では熱還元法が主流である。その一因として、溶融塩電解法は、厳密な脱水による高純度MgClの調製という煩雑な工程を必要とすることが挙げられる。
【0027】
上述した通り、本願発明によれば、MgClの脱水を厳密に行う必要がない。そのため、前記煩雑な工程を回避することができる。その結果、環境への影響が少ないという溶融塩電解法の利点を備え、かつ、簡便に金属Mgを製造可能な方法を提供することができる。
【0028】
また、溶融塩電解法によりMgClを含む溶融塩から金属Mgを生産する場合、陽極からは高温(約700℃)の塩素ガスが発生し続けるが、本電極は酸化膜を有することにより、塩素ガスによる電極の腐食を抑制することができる。
【0029】
前記酸化膜は、例えば、上述した棒状MoSiを用いて、MgClおよび酸化物イオンを含む溶融塩浴中にて電解(例えば、定電位電解)を行い、MoSiが表面において不働態化する現象を発生させることによって形成することが好ましい。この方法によって前記酸化膜を形成することにより、表面の酸化膜が稠密となるため、電極を十分に保護することができる。
【0030】
加えて、電解中に何らかの理由により電極表面の酸化膜が損傷したとしても、酸化膜を再形成することができる。すなわち、酸化膜の自己修復が可能であるため、前記電極を長期間に渡って安定して使用することができる。
【0031】
前記酸化物イオンは、分子式O2-で表される2価の陰イオンである。前記溶融塩浴中に前記酸化物イオンが含まれていることにより、MoSiに酸化膜を形成することができる。前記酸化物イオンを溶融塩浴中に得る方法は特に限定されないが、例えば、MgCl水和物を脱水した際に生じる酸化物より得てもよい。MgCl水和物を脱水すると、加水分解によりMg(OH)が生じ、さらに反応が進むとMgOとなるため、MgO由来の酸化物イオンを得ることができる。また、必要に応じて、溶融塩浴中にMgO等の酸化物を添加してもよい。
【0032】
前記電解時の電圧の上限値は、酸化膜の剥離を生じにくくする観点から、Mg電析電位を基準として、6.3V未満であることが好ましく、6.0V以下であることがより好ましく、5.0V以下であることがさらに好ましい。電解時の電圧の下限値は、酸化膜による電極の保護効果を高める観点から、1.9V以上であることが好ましく、2.5V以上であることがより好ましく、3.7V以上であることがさらに好ましい。
【0033】
前記酸化膜は、例えばMoSi表面における、以下の反応によって形成されると推測される。なお、下記反応式は溶融塩浴中にMgOを添加した場合の反応式であり、酸化物イオンはMgOに由来する。また、下記反応式は推測であり、本発明の反応機構を限定するものではない。
MoSi+4O2-→Mo3++2SiO+11e
SiO+ MgO→MgSiO
Mg+ 3O2-+Si→MgSiO+4e
上記反応式によって酸化膜が形成される場合、当該酸化膜はMgSiO、およびSiOを含有する。上記反応式に示す通り、前記酸化膜はMoSiを酸化することによって得られるため、不可避的にケイ素および酸素を含有する。
【0034】
前記酸化膜は薄く稠密であることが好ましい。具体的には、酸化膜の厚みは、0.01~4.0μmであることが好ましく、0.5~2.0μmであることがより好ましく、0.1~1.0μmであることがさらに好ましい。前記酸化膜の厚みは、電極を十分に保護し、かつ、本電極の導電性を向上させる上で好ましい。
【0035】
前記酸化膜は、本電極の表面に形成されることが好ましい。本明細書中、「酸化膜が表面に形成される」とは、溶融塩浴中の本電極の表面が、前記酸化膜によって被覆されていることを意味する。前記酸化膜が本電極表面を被覆することにより、モリブデンイオンの溶出を抑制し、かつ、本電極の耐久性を向上させることができる。
【0036】
前記酸化膜は、酸素およびケイ素以外の元素を含んでいてもよい。前記酸化膜に含まれ得る元素としては例えば、Mg、カルシウム(Ca)、リチウム(Li)、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、ストロンチウム(Sr)、ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、およびアルミニウム(Al)等が挙げられる。前記酸化膜の強度、および析出する金属Mgの純度をさらに向上させ得るため、酸化膜に含まれる元素はMgであることが好ましい。
【0037】
前記酸化膜は、MgSiOおよび/またはSiOを含むことが好ましい。前記酸化膜がMgSiOを含むことにより、本電極の耐久性がさらに向上する。また、SiOはMoSiの酸化によって生じ、本電極の表面に酸化膜を形成する際に不可避的に生成される。
【0038】
〔2.マグネシウムの生産方法〕
本発明の一実施形態に係る金属Mgの生産方法(以下、本生産方法とも称する。)は、本電極を用い、溶融塩電解法によってマグネシウム塩を電気分解する工程を含む。本電極を用いてMg塩を電気分解することにより、電極が消耗せず、電極由来の不純物が溶融塩中に溶出しないため、従来使用されている電極を用いた場合よりも、効率的に電気分解を実施し、得られる金属Mgの純度を向上させることができる。
【0039】
本生産方法において、本電極は、陽極として用いられることが好ましい。本電極を陽極として用いることにより、長時間の電解が可能となり、かつ得られる金属Mgの純度を向上させることができる。
【0040】
本生産方法において、陰極は、金属Mgの生産に使用可能な電極であれば特に限定されない。陰極の材料としては、溶融塩電解法において陰極として通常用いられる材料、例えば、銅、白金、および金等が挙げられる。
【0041】
溶融塩電解法では、溶媒としての水を用いない。すなわち、溶融塩電解法は例えば、Mg塩の融点以上の温度下、本電極を陽極、銅プレートを陰極とし、溶融したMg塩を含む溶融塩浴中にて電解反応を行うことにより実施することができる。この場合、金属Mgが陰極に析出する。
【0042】
前記溶融性Mg塩としては特に限定されず、例えば、塩化物、硫酸塩、酢酸塩、酸化物、炭酸マグネシウム、その他の塩、およびこれらの組み合わせ等であってもよい。入手が容易であり、溶融塩電解法による還元が容易であり、金属Mgを効率的に得られる観点から、前記溶融性Mg塩は、塩化物(MgCl)であることが好ましい。
【0043】
前記電気分解する工程において使用される溶融塩浴は、溶融性MgClと、酸化物イオンとを含有することが好ましい。本明細書中「溶融性MgCl」とは、MgClを融点(714℃)以上に加熱し融解させた状態、すなわちMg2+とClのイオンを含む状態を意味する。溶融性MgClは電離している状態であるため、溶融塩浴は酸化物イオンを含有することが可能となる。
【0044】
上述した通り、溶融塩中に酸化物イオンが含まれることによって、電解中であっても、本電極の表面においてMoSiの酸化反応が継続的に行われるため、電解中に酸化膜を自己修復することが可能となる。
【0045】
前記溶融塩浴に含まれる溶融性MgClの濃度は、5重量%以上であることが好ましく、10重量%以上であることがより好ましく、20重量%以上であることがさらに好ましい。MgClの濃度が上記下限値の要件を満たすことにより、十分な量の金属Mgを電解によって得ることができる。MgClの濃度は高ければ高い程好ましいが、現実的には90重量%以下であってもよい。
【0046】
前記溶融塩は、本発明の目的を妨げない範囲で、溶融性MgCl以外の塩化物を含んでいてもよい。そのような塩化物としては例えば、LiCl、NaCl、CaCl、KCl、GaCl、BaCl、およびSrCl等が挙げられる。
【0047】
前記塩化物の含有量としては、溶融塩全体に対して80重量%以下であることが好ましく、60重量%以下であることがより好ましく、20重量%以下であることがさらに好ましく、全く含まないことが最も好ましい。
【0048】
前記溶融塩はさらに、本発明の目的を妨げない範囲で、酸化物を含んでいてもよい。そのような酸化物としては例えば、MgO、CaO、GaO等が挙げられる。前記酸化物の含有量としては、溶融塩全体に対して5重量%以下であることが好ましく、3重量%以下であることがより好ましく、1重量%以下であることがさらに好ましい。
【0049】
前記溶融塩浴を得る方法としては、特に限定されない。前記溶融塩浴は、例えば、海水を濾過して得た苦汁、あるいは海水の逆浸透膜処理において排出された高濃度塩水等を脱水した後、前記酸化物イオンを添加することによって得てもよい。なお、この場合高度な脱水を行う必要はなく、溶融塩中に微量の水分が残留していてもよい。
【0050】
前記溶融塩中に含まれる酸化物イオンの濃度は、0.01~0.2重量%であることが好ましく、0.05~0.2重量%であることがより好ましく、0.1~0.2重量%であることがさらに好ましい。酸化物イオンの濃度が上記下限値の要件を満たすことにより、得られる金属マグネシウムの純度を向上させることができる。なお、前記溶融塩中に含まれる酸化物イオンの溶解度は、mass%により表すと、約0.2mass%である。
【0051】
前記酸化物イオンは、MgOに由来することが好ましい。
【0052】
前記溶融塩中の前記酸化物イオンは、前記溶融塩の原料として用いた物質に元々含まれていてもよいし、必要に応じて添加された酸化物に由来してもよい。濃度を調節しやすいという観点から、添加された酸化物に由来することが好ましい。
【0053】
前記酸化物としては析出する金属Mgに影響を与えるものでなければ特に限定されず、例えばMgO、CaO、およびGaO等が挙げられる。この中でも、上述した通り、MgClを脱水することによって簡便に得られるため、MgOが好ましい。また、得られる金属Mgの純度を向上させ、本電極の表面において自己修復される酸化膜の耐久性を向上させる観点から、前記酸化物はMgOであることが好ましい。
【0054】
前記電気分解する工程において、陽極の電圧は、Mg電析電位を基準として、6.3V未満であることが好ましく、6.0V以下であることがより好ましく、5.0V以下であることがさらに好ましい。陽極の電圧が上記の上限値の要件を満たすことにより、電解中に本電極の前記酸化膜が剥離することを、上記要件を満たさない場合よりも効果的に抑制することができる。陽極の電圧の下限値は特に限定されないが、効率的に金属Mgを析出させる観点から、例えば1.9V以上であってもよく、本電極の表面を十分に不働態化させる観点から、例えば3.7V以上であってもよい。
【0055】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0056】
本発明の一実施例について以下に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
[MoSi電極の製造方法]
アルゴンによって満たされたグローブボックスに、50gのMgCl-NaCl-CaCl(重量割合は20:50:30)を入れ、1重量%のMgOを添加し、溶融塩浴を調製した。
【0058】
発熱体用の研磨MoSi棒(株式会社モトヤマより購入)を陽極、銅プレートを陰極として用いて、観察窓を有する電気炉にて、定電位電解を行った(電圧3.1V(Mg電析電位基準)、アルゴン雰囲気下、約720℃、4時間)。電解終了後、表面が酸化膜に覆われたMoSi電極を得た。
【0059】
〔試験1:MoSi電極のサイクリックボルタモグラム〕
前記定電位電解中、HAL3001A(北斗電工製)を用いて、MoSi電極のサイクリックボルタモグラムを測定した。スキャン速度を100mVs-1とした。なお、参照電極として銀、および塩化銀を用いた。測定結果を図1に示す。
【0060】
図1において、縦軸は電流密度、横軸は電位を示す。図1に示すように、陽極であるMoSiにおける電流密度は急激に増加した後、急激に減少した。このことから、MoSiからモリブデンイオンが短時間溶出した後、表面に酸化膜が形成され、不働態化現象が発生したことが分かる。
【0061】
〔試験2.MoSi電極表面の分析〕
前記[MoSi電極の製造方法]において得たMoSi電極の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)-エネルギー分散型X線分光法(EDX)、およびX線回析(XRD)による測定に供し、元素分布を確認し、存在する化合物の分析を行った。なお、測定装置として、日本電子製のJSX-1000Sエネルギー分散形蛍光X線分析装置(XRF)を用いた。前記[MoSi電極の製造方法]において製造した電極を、断面が円形となるように切断し、切片を得た。得られた切片を樹脂によって封入し、試料として用いた。
【0062】
図2は、前記MoSi電極の断面をSEM-EDXによって測定した結果を示す。図2は、同じ試料の同じ断面において、異なる元素の分布を測定した結果を示している。図2の左上はMoSi、右上はSi、左下はO、右下はMgの元素分布の測定結果である。各画像の右側が表面側、左側が電極基材(MoSi)側である。各画像中、色の濃い部分は元素分布が少ないことを意味し、色の薄い部分は元素分布が多いことを意味する。
【0063】
図2より、前記MoSi電極内部には、基材であるMoSiが多く存在しており、Si、OおよびMgは主に前記MoSi電極の表面に多く存在していることが分かる。したがって、前記MoSi電極の表面には、Si、OおよびMgを含む酸化膜が形成されていることが示された。
【0064】
図3は、前記MoSi電極の断面をXRDによって測定した結果を示す。図3より、前記MoSi電極の断面には、MoSi、MgSiO、およびSiOが存在することが分かる。図2および図3に示された結果より、前記MoSi電極表面の酸化膜は、MgSiOおよびSiOを含むことが示された。
【0065】
〔試験3.MoSi電極の重量変化の測定〕
前記MoSi電極を陽極、銅プレートを陰極、溶融塩浴として前記[MoSi電極の製造方法]において作製した溶融塩浴を用いて、溶融塩電解法により、金属Mgの析出を行った。電解を行う際、陽極の電圧をそれぞれ1.9V、3.1V、6.3Vに設定し、一定時間ごとに各陽極の重量を測定した。結果を図4に示す。
【0066】
図4中、陽極の重量は、初期値を0として、相対値を示している。図4より、陽極の電位が1.9V、および3.1Vである場合は、陽極の重量に変化が見られないことが分かる。また、陽極の電位が6.3Vである場合は、時間とともに陽極の重量が減少していき、4時間後に5g程度の重量の減少が観察された。これは、MoSi電極表面の酸化膜が剥離したことに由来すると推測される。したがって、MoSi電極は、溶融塩電解法による金属Mgの析出に用いる場合、電圧として6.3V未満が好適であることが示された。
【0067】
ここで、前記MoSi電極の代わりに、炭素電極を陽極として、同様の条件にて溶融塩電解法に用いた場合を推定する。溶融塩浴中のMgCl濃度は20重量%であり、溶融塩浴へのMgOの溶解度は一般に0.2重量%程度である。そのため、炭素電極を用いて電解を行って、原料であるMgClおよびMgOが全量消費される場合の反応式は、以下の通りとなる。
【0068】
49MgCl+MgO+0.5C→50Mg+49Cl+0.5CO
したがって、工業生産において、炭素電極を陽極としてMgを1t生産した場合、およそ5kgの炭素が消耗されると予測される。
【0069】
〔試験4.金属Mgの純度測定〕
試験3で用いた溶融塩浴には、酸化物イオンの供給源として、MgOが含まれている。前述したように、当該MgOは、炭素電極を陽極として溶融塩電解を行う場合、炭素電極が消耗する原因となる。そのため、この場合、MgOは、溶融塩浴中の不純物と言える。
【0070】
一方、MgOが、炭素電極の消耗を惹起しつつも、析出するMgの純度に影響を与えないのであれば、炭素電極の代わりに本発明の一実施形態に係る電極を用いて溶融塩電解を行った場合も、析出するMgの純度はMgOの影響を受けないと考えられる。
【0071】
そこで、本実施例では、陽極として炭素電極を用いた場合に、溶融塩浴中のMgOが析出するMgの純度に与える影響について検討した。
【0072】
陰極としてはBNスリーブで面積を規制したMo線を用い、電析または浮上したMg金属を捕集するため、前記Mo線をBN隔壁(底空き)で覆った。陽極としては黒鉛棒を用い、参照電極としては、HB隔膜を用いたAg/AgCl電極を用いた。
【0073】
MgOの添加量を0モル%、0.1モル%、および1モル%にそれぞれ変更したこと以外は試験3と同様の溶融塩浴を用い、溶融塩電解(定電位電解)を行った。なお、電解時の過電圧は0.10V、0.15Vまたは0.20Vとした。ここで、過電圧0.10Vの試験は、MgO添加量が0モル%の場合は2回、0.1モル%の場合は1回、1モル%の場合は2回行った。また、過電圧0.15Vの試験は、MgO添加量が0モル%、0.1モル%、1モル%の場合について、各1回ずつ行った。さらに、過電圧0.20Vの試験は、MgO添加量が0モル%の場合は5回、0.1モル%の場合は3回、1モル%の場合は5回行った。析出した金属Mgの純度を、上述したXRFを用いた蛍光X線分析によって測定した。結果を図5に示す。
【0074】
図5に示すように、析出した金属は、いずれも純粋な金属Mgであった。よって、溶融塩浴中のMgOが析出するMgの純度に与える影響は、有意ではないと考えられる。
【0075】
この結果から、本発明の一実施形態に係る電極を用いた場合も、析出するMgの純度にMgOが影響を与えることはないと考えられる。よって、前記電極を用いることにより、電極の消耗を抑制し、かつ、純度の高い金属Mgを得ることができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、溶融塩電解法に使用可能な不溶性の電極、および金属マグネシウムを生産するための方法として利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5