(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158478
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】セルロース誘導体粉末改質物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08B 11/02 20060101AFI20221006BHJP
【FI】
C08B11/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021063417
(22)【出願日】2021-04-02
(71)【出願人】
【識別番号】000204181
【氏名又は名称】太陽化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108280
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 洋平
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 真司
(72)【発明者】
【氏名】西川 秀二
(72)【発明者】
【氏名】宮本 圭一
【テーマコード(参考)】
4C090
【Fターム(参考)】
4C090AA02
4C090AA03
4C090BA28
4C090BB52
4C090BC01
4C090BD03
4C090CA04
4C090DA26
4C090DA31
(57)【要約】
【課題】 水に対する溶解性が良好で、溶解時のゲル強度が高いセルロース誘導体粉末改質物及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】 加熱処理を経たセルロース誘導体粉末改質物であって、(1)X線回折測定において2Θ(deg.)が5~15、15~25に検出されるピーク強度が加熱処理前よりも上昇し、(2)5℃における水への溶解時間が加熱処理前よりも短くなり、(3)30℃~200℃において変性温度を持たないことを特徴とするセルロース誘導体粉末改質物によって達成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱処理を経たセルロース誘導体粉末改質物であって、(1)X線回折測定において2Θ(deg.)が5~15、15~25に検出されるピーク強度が加熱処理前よりも上昇し、(2)5℃における水への溶解時間が加熱処理前よりも短くなり、(3)30℃~200℃において変性温度を持たないことを特徴とするセルロース誘導体粉末改質物。
【請求項2】
前記セルロース誘導体が、メチルセルロースである請求項1に記載のセルロース誘導体粉末改質物。
【請求項3】
セルロース誘導体粉末に対し、130℃~200℃の温度条件下にて、170J/g~530J/gの熱量を与える加熱処理工程を行うことを特徴とするセルロース誘導体粉末改質物の製造方法。
【請求項4】
前記セルロース誘導体が、メチルセルロースである請求項3に記載のセルロース誘導体粉末改質物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース誘導体粉末改質物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース誘導体は、化粧品(特許文献1)、液晶表示装置(特許文献2)、バイオプラスチック(特許文献3)などの多方面に用いられている。また、その場合に目的も多枝に富んでいる。例えば、化粧品中の微粒子として使用する場合には、のびの向上・触感に変化を与える・シワぼかし効果を付与する・ファンデーションなどの滑り性を向上する等の目的がある。
セルロース誘導体は、木材や綿花等の天然素材から得られ、食料や飼料と競合しない点で優れている。このため、合成ポリマーを用いているところに、天然ポリマーであるセルロース誘導体に代替できれば有益な技術となる。しかしながら、セルロース誘導体の特性改良は十分には開発されておらず、更なる改良の余地があった。また、セルロース誘導体は室温の水に対しては溶解し難いため、水を冷却した状態で溶解する必要があった。このとき、冷却した水に対して溶解する場合であっても、完全に溶解するまでには相当の時間を要していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-152851号公報
【特許文献2】特開2008-201902号公報
【特許文献3】再表2015-025761号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、水に対する溶解性が良好となるセルロース誘導体粉末改質物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、セルロース誘導体粉末に所定の加熱処理を施すことにより、水に対する溶解性などの性質を向上させられることを見出し、基本的には本発明を完成するに至った。
こうして、本願発明に係るセルロース誘導体粉末改質物は、加熱処理を経たものであって、(1)X線回折測定において2Θ(deg.)が5~15、15~25に検出されるピーク強度が加熱処理前よりも上昇し、(2)5℃における水への溶解時間が加熱処理前よりも短くなり、(3)30℃~200℃において変性温度を持たないことを特徴とする。
【0006】
また、本願発明に係るセルロース誘導体粉末改質物の製造方法は、セルロース誘導体粉末に対し、130℃~200℃の温度条件下にて170J/g~530J/gの熱量を与える加熱処理工程を行うことを特徴とする。
本発明において、前記セルロース誘導体が、メチルセルロースであることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、水に対する溶解性が向上し、溶解時のゲル強度が増加するセルロース誘導体粉末改質物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】X線回折測定を行ったときの代表的なチャート図である。
【
図2】DSC解析を行ったときの代表的なグラフ(比較例1及び実施例5)である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明する。本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施できる。
セルロース(cellulose)は、分子式(C6H10O5)nで表される多糖類であり、D-グルコースがβ-1,4結合した親水性の直鎖状高分子で、ベータグルカンの一種である。植物細胞の細胞壁と食物繊維を構成する主成分であり、天然植物の質量の約1/3を占めており、地球上で最も多く存在する炭水化物である。自然状態ではヘミセルロースやリグニンと結合して存在する。セルロースを構成するグルコース基本単位には、2位および3位に第二級ヒドロキシ基、6位に第一級ヒドロキシ基という3個のヒドロキシ基を有している。各ヒドロキシ基間には、セルロース分子内および分子間で水素結合が形成されるのでセルロース自身は比較的剛直な性質を有しており、水や有機溶剤などに溶解しない。
【0010】
セルロース誘導体とは、セルロース分子中の一つ以上のヒドロキシ基にエーテル結合またはエステル結合で置換基を導入したものを意味する。セルロース誘導体は、導入された置換基によって、溶解性・熱的性質・化学的性質などが異なる。セルロース誘導体の性質は、セルロース自身の重合度・置換度・置換基分布などの条件によって変化する。本発明のセルロース誘導体としては、特に限定されないが、例えばメチルセルロースが含まれる。
加熱処理工程においては、温度が120℃よりも低い場合には、十分な改質が行えず、200℃よりも高い場合には、セルロース誘導体を分解等してしまうことがあるので好ましくない。熱量として、170J/gよりも少ない場合には、十分な改質が行えないので好ましくない。熱量の上限は特に限られないが、長時間の処理を行うことで、生産効率が低下するので、適当な熱量に区切ることができる。
【0011】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。
<メチルセルロース改質品(セルロース誘導体粉末改質物)の製造(1)>
25℃にて100gのメチルセルロース(分子量65~70万、メトキシ化度粉末25.0~33.0%、2%水溶液の粘度60000~120000mPs・s)を金属トレーに載せ、厚さ5mm以下に薄く広げた。その後、表1に示す条件にて、トレーごとオーブンにて加熱を行い、「メチルセルロース改質品」である実施例1~7を調製した。なお、オーブン温度は、加熱加工条件よりも10℃高く設定しておき、オーブン内の各例が加熱加工条件(℃)に到達したこと(達温)を確認した。到達に必要な熱量については、比熱容量を測定し算出した。比較例1として、オーブン加熱を行わなかったものを、比較例2として、120℃で加熱加工したものを用いた。
【0012】
【0013】
<比熱容量の測定>
各実施例の比熱容量は、JIS
K7123を参考として分析を行った。測定には、比熱容量測定(DSC法)を用い、表2の条件にて実施した。
【表2】
【0014】
<メチルセルロース改質品(セルロース誘導体粉末改質物)の製造(2)>
25℃にて100gのメチルセルロース(分子量50~55万、メトキシ化度27.5~31.5%、2%水溶液の粘度3500~5600mPs・s)を金属トレーに載せ、厚さ5mm以下に薄く広げた。その後、表3に示す条件にて、トレーごとオーブンにて加熱を行い、「メチルセルロース改質品」である実施例8~14を調製した。到達に必要な熱量については、<比熱容量の測定>に記載の方法にて比熱容量を測定し算出した。比較例3として、オーブン加熱を行わなかったものを、比較例4として、120℃で加熱加工したものを用いた。
【0015】
【0016】
<メチルセルロース改質品(セルロース誘導体粉末改質物)の製造(3)>
25℃にて100gのメチルセルロース(分子量16~17万、メトキシ化度29.0~31.5%、2%水溶液の粘度525~980mPs・s)を金属トレーに載せ、厚さ5mm以下に薄く広げた。その後、表4に示す条件にて、トレーごとオーブンにて加熱を行い、「メチルセルロース改質品」である実施例15~21を調製した。到達に必要な熱量については、<比熱容量の測定>に記載の方法にて比熱容量を測定し算出した。比較例5として、オーブン加熱を行わなかったものを、比較例6として、120℃で加熱加工したものを用いた。
【0017】
【0018】
<メチルセルロース改質品(セルロース誘導体粉末改質物)の製造(4)>
25℃にて100gのメチルセルロース(分子量1~2万、メトキシ化度27.5~31.5%、2%水溶液の粘度12~18mPs・s)を金属トレーに載せ、厚さ5mm以下に薄く広げた。その後、表5に示す条件にて、トレーごとオーブンにて加熱を行い、「メチルセルロース改質品」である実施例22~28を調製した。到達に必要な熱量については、<比熱容量の測定>に記載の方法にて比熱容量を測定し算出した。比較例7として、オーブン加熱を行わなかったものを、比較例8として、120℃で加熱加工したものを用いた。
【0019】
【0020】
<X線回折法(XRD)による解析>
加熱処理による改質前後において、物理化学的にどのような変化が起こっているかを確認するための評価の一つとして、格子結晶ピークの変化をXRDによって解析した。
代表例として、比較例1~8、実施例1,2,5,7~9,12,14~16,19,21~23,26及び28を表6に示す条件下でXRDを実施した。
【0021】
【0022】
表7には、各例の測定結果を示した。
図1には、X線回析測定を行ったときに代表的なチャートを示した。
【0023】
【0024】
実施例1,2,5,7は、比較例1,2に比べると、いずれも2Θ(deg.)が5~15,15~25に見られるシャープなピークの強度が上昇した。
実施例8,9,12,14は、比較例3,4に比べると、いずれも2Θ(deg.)が5~15,15~25に見られるシャープなピークの強度がが上昇した。
実施例15,16,19,21は、比較例5,6に比べると、いずれも2Θ(deg.)が5~15,15~25に見られるシャープなピークの強度が上昇した。
【0025】
実施例22,23,26,28は、比較例7,8に比べると、2Θ(deg.)が5~15,15~25に見られるシャープなピークの強度が上昇した。
なお、データとしては示さないが、上記以外の実施例についても、比較例に比べると、2Θ(deg.)が5~15、15~25に見られるシャープなピークの強度が上昇するという同様の結果を示した。
【0026】
<溶解温度の解析(1)>
ゲル強度を指標として、溶解温度の変化を確認した。メチルセルロースは水に溶解した後、加熱することによりゲル化する。このとき、水への溶解が不十分であるとメチルセルロースが本来もつゲル強度が十分に発揮されず、ゲル強度が弱くなってしまう。逆に、メチルセルロースが水に完全に溶解していると本来もつゲル強度が最大限に発揮される。このため、加熱ゲル化させた際のゲル強度を指標として、実施例と比較例の溶解温度を測定した。
代表例として、比較例1~8、実施例1,2,5,7~9,12,14~16,19,21~23,26及び28を用いた。80℃に加熱したイオン交換水を用意し、プライミックス社製ホモディスパーを用いて、1000rpmで攪拌しながら2W/W%濃度となるように各例の粉末を添加分散させた。その後、各サンプルを冷却溶解した後、耐熱カップへ充填し、フタをした後にウォーターバス内で80℃まで加熱し、表8の条件下にてゲル強度を測定した。
【0027】
【0028】
表9には、各例においてゲル強度が最も大きくなったときの冷却溶解温度、溶解時間及び80℃加熱時のゲルの強度を示した。なお、比較例3,5,7、実施例8,14,15,21,22,28に関しては、溶解温度が異なる結果について二つのデータを示した。
メチルセルロースの水分散液を5℃まで冷却し、溶解し続けた際に溶解が進むと、その後に80℃まで加熱した時のゲル強度が高くなる。5℃で溶解し続けた際に溶解時間が24時間以内でゲル強度がこれ以上上昇しなくなった時の値をそのメチルセルロースの最大ゲル強度とした。
(1)ゲル強度が最大ゲル強度に達していた場合、または(2)最大ゲル強度に達していないときでも、処理前に比べてゲル強度が上昇した場合には、溶解が始まっていることから溶解温度が上昇したとみなし、その温度を溶解温度とした。
表中、「溶解時間短縮率」とは、処理前のメチルセルロースを5℃溶解時に要する溶解時間に対して、加熱処理後の溶解時間が短くなった比率を表している。式で表すと次の通りである。
【0029】
「溶解時間短縮率」=加熱処理後の5℃溶解時の溶解時間/処理前のメチルセルロース5℃溶解時の溶解時間×100
また、「溶解性向上率」とは、処理前のメチルセルロースを20℃溶解後、80℃にて加熱しゲル化させたときのゲル強度を100とし、加熱処理後のメチルセルロースを同20℃で溶解後に80℃にて加熱しゲル化させた際のゲル強度が上昇した比率を表している。式で表すと次のとおりである。
「溶解性向上率」 =(加熱処理後のメチルセルロースを20℃で溶解後、80℃にて加熱しゲル化させた際のゲル強度)/(処理前のメチルセルロースを20℃溶解後、80℃にて加熱しゲル化させた際のゲル強度)×100
表中に示す処理前の比較例と、処理後に該当する実施例の組は、下記の通りである。比較例1に対して、実施例1,2,5,7が該当し、比較例3に対して、実施例8,9,12,14が該当し、比較例5に対して、実施例15,16,19,21が該当し、比較例8に対して、実施例22,23,26,28が該当する。
【0030】
【0031】
完全溶解までの温度と時間は、比較例1,2では5℃、12時間を要したが、実施例1では5℃、6時間、実施例2,5,7では5℃、1時間であった。比較例3,4では5℃、12時間を要したが、実施例8,9,12,14では5℃、0.7時間であった。比較例5,6では5℃、1時間を要したが、実施例15,16,19,21では5℃、0.5時間であった。比較例7,8では5℃、1時間を要したが、実施例22,23,26,28では5℃、0.5時間であった。このように、加熱処理後のものは、(1)加熱処理前と同じ温度においては、より短い時間で溶解することが分かった。
また、比較例1,3,5,7の20℃では、各例の5℃における溶解時間と比べると、溶解時間が短くなった。これは(熱処理を行っていない無改質の)メチルセルロースでは、高温にすると溶解が進まず、見かけ上の溶解時間が短くなったことを示している。このことは、80℃加熱ゲル強度が、5℃で溶解したときのデータよりも低くなったことで理解できる。
これに対し、実施例1,2,5,7の20℃では、比較例1の20℃における溶解時間と比べると、溶解時間は同じであるが、80℃加熱ゲル強度が大きくなった。これは、改質したメチルセルロースでは、高温下でも溶解が進むことを示している。
【0032】
また、実施例8,9,12,14の20℃では、比較例3の20℃における溶解時間と比べると、溶解時間は同じであるが、80℃加熱ゲル強度が大きくなった。これは、改質したメチルセルロースでは、高温下でも溶解が進むことを示している。
また、実施例15,16,19,21の20℃では、比較例5の20℃における溶解時間と比べると、溶解時間は同じであるが、80℃加熱ゲル強度が大きくなった。これは、改質したメチルセルロースでは、高温下でも溶解が進むことを示している。
また、実施例22,23,26,28の20℃では、比較例7の20℃における溶解時間と比べると、溶解時間は同じであるが、80℃加熱ゲル強度が大きくなった。これは、改質したメチルセルロースでは、高温下でも溶解が進むことを示している。
以上のことから、加熱処理前と比べて加熱処理後は20℃溶解時において80℃加熱ゲル強度が高くなっており、溶解温度が上昇したと理解できる。
なお、データとしては示さないが、加熱処理前と同じ温度で溶解時間を調べると、全ての実施例において、溶解時間が短くなった。更に、データとしては示さないが、上記以外の実施例についても、上記と同様の結果を示したことから、加熱処理によって固いゲルとなることが分かった。
このように、加熱処理前に比べると、加熱処理後の方が高い温度で溶けることから、加熱処理前よりも高い温度で溶解しても硬いゲルとなることが分かった。
【0033】
<示差走査熱量測定(DSC)による解析>
加熱処理による改質前後において、物理化学的にどのような変化が起こっているかを確認するための評価の一つとして、変性温度をDSCによって解析した。
代表例として、比較例1~8、実施例1,2,5,7~9,12,14~16,19,21~23,26及び28を表10に示す条件下でDSCを実施した。
【0034】
【0035】
表11には、各例の測定結果を示した。また、
図2には、比較例1及び実施例5のDSC測定チャートの結果を示した。
加熱処理前の比較例1~8には、いずれも150℃~180℃の間に変性温度(吸熱ピーク)が確認された。これに対し、加熱処理後の実施例1,2,5,7~9,12,14~16,19,21~23,26及び28には、変性温度が確認されなかった。なお、データとしては示さないが、上記以外の実施例についても、変性温度が確認されなかった。
【0036】
【0037】
なお、データとしては示さないが、上記以外の実施例についても、加熱処理後には、変性温度が確認されなかった。
このように本実施形態によれば、水に対する溶解性が向上し、溶解時のゲル強度が増加するセルロース誘導体粉末改質物を提供できた。