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特開2022-158529低水素透過性構造体およびその製造方法
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  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図1
  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図2A
  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図2B
  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図3A
  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図3B
  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図3C
  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図4
  • 特開-低水素透過性構造体およびその製造方法 図5
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158529
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】低水素透過性構造体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20221006BHJP
【FI】
C23C28/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021063498
(22)【出願日】2021-04-02
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520124752
【氏名又は名称】株式会社ミライズテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 康雄
(72)【発明者】
【氏名】大西 真司
【テーマコード(参考)】
4K044
【Fターム(参考)】
4K044AA03
4K044BA12
4K044BA13
4K044BA18
4K044BA21
4K044BB03
4K044BB04
4K044BC00
4K044CA13
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】製品形状に対する制限を緩和しつつ優れた低水素透過性を実現可能な、クロムを含有する鉄系材料を基材とする低水素透過性構造体およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】クロムを含有する鉄系材料を基材(2)とする低水素透過性構造体(1)における、基材の最表面(21)は、炭素-水素結合を有する。基材の最表面に対する炭素-水素結合の導入は、基材をアルカリ性薬液で処理することで行われる。そして、炭素-水素結合を有する、基材の最表面の上には、薄膜が形成される。薄膜は、酸化チタン膜、酸化アルミニウム膜、および窒化アルミニウム膜のうちの少なくともいずれか1つを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロムを含有する鉄系材料を基材(2)とする低水素透過性構造体(1)であって、
前記基材の最表面(21)は炭素-水素結合を有する、
低水素透過性構造体。
【請求項2】
前記最表面の上に形成された薄膜(3)をさらに備えた、
請求項1に記載の低水素透過性構造体。
【請求項3】
前記薄膜は、酸化チタン膜を有する、
請求項2に記載の低水素透過性構造体。
【請求項4】
前記薄膜は、酸化アルミニウム膜を有する、
請求項2または3に記載の低水素透過性構造体。
【請求項5】
前記薄膜は、窒化アルミニウム膜を有する、
請求項2または3に記載の低水素透過性構造体。
【請求項6】
クロムを含有する鉄系材料を基材(2)とする低水素透過性構造体(1)の製造方法であって、
前記基材をアルカリ性薬液で処理することで、前記基材の最表面(21)に炭素-水素結合を導入する、
低水素透過性構造体の製造方法。
【請求項7】
前記アルカリ性薬液は第4級アンモニウム水酸化物の溶液である、
請求項6に記載の低水素透過性構造体の製造方法。
【請求項8】
前記基材の前記最表面の上に、薄膜(3)を形成する、
請求項6または7に記載の低水素透過性構造体の製造方法。
【請求項9】
前記薄膜は、酸化チタン膜を有する、
請求項8に記載の低水素透過性構造体の製造方法。
【請求項10】
前記薄膜は、酸化アルミニウム膜を有する、
請求項8または9に記載の低水素透過性構造体の製造方法。
【請求項11】
前記薄膜は、窒化アルミニウム膜を有する、
請求項8または9に記載の低水素透過性構造体の製造方法。
【請求項12】
前記薄膜は、気相成長法により形成する、
請求項8~11のいずれか1つに記載の低水素透過性構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロムを含有する鉄系材料を基材とする低水素透過性構造体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、電解研磨処理されたステンレス鋼表面に、不動態化した皮膜を被覆した、水素バリア機能を有するステンレス鋼を開示する。また、特許文献1は、上記のような、水素バリア機能を有するステンレス鋼の製造方法を開示する。かかる製造方法は、以下の通りである。ステンレス鋼表面を電解研磨した後、クロム酸と硫酸との混合溶液からなる処理液で陽極電解して酸化クロム皮膜を形成し、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理で陰極電解して酸化クロム皮膜を硬化し、その後、硝酸に浸漬して、不動態化皮膜を形成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2018-188728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術においては、ステンレス鋼表面を電解研磨処理する際に、対向電極が必要となる。処理対象物の表面と対向電極の表面との間には、一定距離のギャップを設ける必要がある。このため、処理対象物の形状にあわせて対向電極の形状を加工する必要があった。また、加工が可能な処理対象物の形状に制限があった。すなわち、複雑な形状を有する処理対象物への適用が困難であった。
【0005】
本発明は、上記に例示した事情等に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明は、例えば、製品形状に対する制限を緩和しつつ優れた低水素透過性を実現可能な、クロムを含有する鉄系材料を基材とする低水素透過性構造体およびその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の、低水素透過性構造体(1)は、クロムを含有する鉄系材料を基材(2)とするものであって、前記基材の最表面(21)は炭素-水素結合を有する。
請求項6に記載の、低水素透過性構造体(1)の製造方法は、
クロムを含有する鉄系材料からなる基材(2)をアルカリ性薬液で処理することで、前記基材の最表面(21)に炭素-水素結合を導入する工程を含む。
【0007】
なお、出願書類中の各欄において、各要素に括弧付きの参照符号が付されている場合がある。この場合、参照符号は、同要素と後述する実施形態に記載の具体的構成との対応関係の単なる一例を示すものである。よって、本発明は、参照符号の記載によって、何ら限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態に係る低水素透過性構造体の概略的な構成を示す断面図である。
図2A図1に示された低水素透過性構造体を製造する過程を概略的に示す断面図である。
図2B図1に示された低水素透過性構造体を製造する過程を概略的に示す断面図である。
図3A図2Aおよび図2Bに示された基材における水素透過性の評価結果を示すグラフである。
図3B図2Aおよび図2Bに示された基材のX線光電子分光法によるFe2pスペクトルを示すグラフである。
図3C図2Aおよび図2Bに示された基材のX線光電子分光法によるC1sスペクトルを示すグラフである。
図4図1に示された低水素透過性構造体における水素透過性の評価結果を示すグラフである。
図5図1に示された低水素透過性構造体における水素透過性の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(実施形態)
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。なお、一つの実施形態に対して適用可能な各種の変形例については、当該実施形態に関する一連の説明の途中に挿入されると、当該実施形態の理解が妨げられるおそれがある。このため、変形例については、当該実施形態に関する一連の説明の途中には挿入せず、その後にまとめて説明する。
【0010】
(構成)
図1を参照すると、本実施形態に係る低水素透過性構造体1は、基材2と薄膜3とを備えている。すなわち、低水素透過性構造体1は、基材2と薄膜3との接合体様の構造を有している。基材2は、クロムを含有する鉄系材料、すなわちステンレス鋼により形成されている。薄膜3は、酸化チタン膜、酸化アルミニウム膜、または窒化アルミニウム膜を有している。具体的には、薄膜3は、例えば、単層の酸化アルミニウム膜により形成され得る。あるいは、薄膜3は、例えば、単層の酸化チタン膜により形成され得る。あるいは、薄膜3は、例えば、単層の窒化アルミニウム膜により形成され得る。あるいは、薄膜3は、例えば、酸化アルミニウム膜と酸化チタン膜とを交互に積層した積層膜により形成され得る。あるいは、薄膜3は、例えば、窒化アルミニウム膜と酸化チタン膜とを交互に積層した積層膜により形成され得る。
【0011】
薄膜3は、基材2の最表面21に接合されている。基材2の最表面21は、炭素-水素結合を有している。すなわち、基材2には、炭素-水素結合を有する最表層22が設けられている。基材2の最表面21に導入される炭素-水素結合の量は、ピーク強度比R285/288で示すと、R285/288≧8であることが好適である。ピーク強度比R285/288は、X線光電子分光法によるC1sスペクトルにおける、炭素-水素結合に対応する結合エネルギー285eVのピークと、基材2の最表面21に残留し得る有機物由来の炭素-酸素結合に対応する結合エネルギー288eVのピークとの比である。
【0012】
(製造方法)
図2Aおよび図2Bを参照しつつ、図1に示された構成を有する低水素透過性構造体1の製造方法の概要について説明する。
【0013】
まず、図2Aに示されているように、クロムを含有する鉄系材料からなる基材2を用意する。用意した基材2をアセトン等の有機溶剤で脱脂処理した後、基材2の最表面21をアルカリ性薬液で処理する。かかるアルカリ薬液処理により、図2Bに示されているように、基材2の最表面21に、炭素-水素結合を導入することができる。アルカリ性薬液としては、第4級アンモニウム水酸化物の溶液が好適に用いられる。利用可能な第4級アンモニウム水酸化物は、具体的には、例えば、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド(すなわちTMAH)、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド(すなわちTEAH)、テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド、等であり、TMAHが特に好適に用いられ得る。なお、第4級アンモニウム水酸化物は1種または2種以上を用いることができる。
【0014】
図2Bに示された基材2の最表面21の上に、気相成長法(例えばALD)により、薄膜3を形成することで、図1に示された低水素透過性構造体1が得られる。ALDは原子層堆積法の略称である。
【0015】
図3は、SUS316Lからなる基材2の最表面21に対するアルカリ薬液処理による低水素透過性の向上効果を示す。図中、「処理前」はアルカリ薬液処理前すなわち図2Aの構成の場合を示し、「処理後」はアルカリ薬液処理後すなわち図2Bの構成の場合を示す。アルカリ薬液処理は、TMAHの25wt%水溶液を用いて行い、処理条件は90℃,2分である。図3Aに示されているように、基材2の最表面21にアルカリ薬液処理することで、水素透過係数が約1/20に低減した。
【0016】
この理由を検討するため、基材2の最表面21を、X線光電子分光法により分析した。その結果を図3Bおよび図3Cに示す。図3BはFe2pスペクトルを示し、図3CはC1sスペクトルを示す。図中、点線は「処理前」に対応し、実線は「処理後」に対応する。
【0017】
図3Bに示されているように、Fe2pスペクトルにおける酸化鉄に対応する711eV付近のピークが、アルカリ薬液処理により顕著に低下した。その一方で、図3Cに示されているように、アルカリ薬液処理後の試料のC1sスペクトルにおいて、炭素-水素結合に対応する顕著なピークが発生していた。
【0018】
これらのスペクトルは、基材2の最表面21における構造が、アルカリ薬液処理により、鉄-酸素の結合構造から炭素-水素の結合構造に変化していることを示している。すなわち、基材2の最表面21あるいはその付近に存在する鉄原子との間で酸化鉄(Fe)を形成する酸素原子に対して、アルカリ薬液処理により、TMAHに起因する炭素-水素結合を有する有機物分子イオン(CHが吸着することで、メチル基が基材2の最表面21に導入されるものと考えられる。
【0019】
より詳細には、図3Cに示されているように、アルカリ薬液処理前の試料のC1sスペクトルにおいて、炭素-水素結合に対応する285eVピークとともに、有機物由来の288eVピークが明確に発生していた。これに対し、アルカリ薬液処理後の試料のC1sスペクトルにおいて、炭素-水素結合に対応する285eVピーク強度が顕著に上昇するとともに、有機物由来の288eVピークはノイズレベルから僅かに識別可能な程度にまで低下していた。ここで、テトラメチルアンモニウムイオン(CHは、288eVピークに対応する炭素-酸素結合を有しない。このため、アルカリ薬液処理前の試料のC1sスペクトルにおける285eVピークも、288eVピークに対応する有機物と同じ有機物に由来するものであると考えられる。これに対し、アルカリ薬液処理後の試料のC1sスペクトルにおける285eVピークは、基材2の最表面21に導入されたテトラメチルアンモニウムイオン(CHにおけるメチル基に由来するものであると考えられる。なお、ピーク強度比R285/288は、処理前の場合は1.8であり、処理後の場合は8.3であった。
【0020】
図4および図5は、アルカリ薬液処理後の基材2の最表面21の上に薄膜3を形成することによる低水素透過性の向上効果を示す。図中、「膜種」は薄膜3を構成する膜の種類および構造を示し、「なし」は基材2の最表面21に対してアルカリ薬液処理を施しただけ(すなわち薄膜3の形成前)のものに相当する。
【0021】
図4および図5に示されているように、薄膜3の追加により、水素透過係数が約1/10以上低減した。その理由を以下考察する。基材2の最表面21に炭素-水素結合を導入することで、ALD膜である薄膜3が形成しやすくなる。そして、基材2と薄膜3との密着性が向上することで、低水素透過性すなわち水素バリア性が向上する。
【0022】
このように、本実施形態においては、電解研磨に代えてアルカリ薬液処理を行うことで、処理対象物の形状に対する制限が良好に緩和される。具体的には、複雑な形状を有する処理対象物への適用が可能となる。したがって、本実施形態によれば、製品形状に対する制限を緩和しつつ優れた低水素透過性を実現可能な、クロムを含有する鉄系材料を基材とする低水素透過性構造体1およびその製造方法を提供することが可能となる。また、基材2と薄膜3との密着性を向上させることができ、以て低水素透過性構造体1における低水素透過性すなわち水素バリア性が向上する。
【0023】
(変形例)
本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。故に、上記実施形態に対しては、適宜変更が可能である。以下、代表的な変形例について説明する。以下の変形例の説明においては、上記実施形態との相違点を主として説明する。また、上記実施形態と変形例とにおいて、互いに同一または均等である部分には、同一符号が付されている。したがって、以下の変形例の説明において、上記実施形態と同一の符号を有する構成要素に関しては、技術的矛盾または特段の追加説明なき限り、上記実施形態における説明が適宜援用され得る。
【0024】
上記実施形態に関し、電解研磨に代えてアルカリ薬液処理を行うことによる製品形状の自由度向上という効果について説明した。しかしながら、本発明は、かかる記載に限定されない。すなわち、例えば、製品形状が比較的単純で電解研磨が可能である場合、電解研磨の後にアルカリ薬液処理を行うことで、低水素透過性構造体1における低水素透過性すなわち水素バリア性を向上させることができる。
【0025】
薄膜3の形成方法は、ALDに限定されず、一般的な物理蒸着あるいは化学蒸着等を用いることが可能である。膜種類、積層数、等についても、特段の限定はない。
【0026】
上記実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、構成要素の個数、量、範囲等の数値が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに特定の数値に限定される場合等を除き、その特定の数値に本発明が限定されることはない。同様に、構成要素等の形状、方向、位置関係等が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に特定の形状、方向、位置関係等に限定される場合等を除き、その形状、方向、位置関係等に本発明が限定されることはない。
【0027】
変形例も、上記の例示に限定されない。すなわち、例えば、上記に例示した以外で、複数の実施形態同士が、技術的に矛盾しない限り、互いに組み合わされ得る。同様に、複数の変形例が、技術的に矛盾しない限り、互いに組み合わされ得る。
【符号の説明】
【0028】
1 低水素透過性構造体
2 基材
21 最表面
3 薄膜
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図3C
図4
図5