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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158555
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】新規微生物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20221006BHJP
   C12P 7/56 20060101ALI20221006BHJP
   C12P 7/52 20060101ALI20221006BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20221006BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C12P7/56
C12P7/52
C12N15/31
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021063538
(22)【出願日】2021-04-02
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-08-11
(71)【出願人】
【識別番号】518051710
【氏名又は名称】ハイアマウント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100215957
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 明照
(72)【発明者】
【氏名】稿山 浩崇
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD06
4B064AD09
4B064AD33
4B064CA02
4B064DA16
4B065AA01X
4B065AA23X
4B065AC14
4B065BA22
4B065CA10
4B065CA11
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】酪酸に代表される短鎖脂肪酸を製造するために使用される有用な新規微生物を提供すること。
【解決手段】スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物(NITE P-03435)を単離し、同定した。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、配列番号1に示す塩基配列に対して95%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する新種の微生物。
【請求項2】
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する新種の微生物。
【請求項3】
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、配列番号2に示すゲノムDNAの塩基配列に対してANI値95%以上を有するゲノムDNAを有する新種の微生物。
【請求項4】
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、次の1)~9)の特性を有する新種の微生物。
1)グラム染色が陽性の桿菌であり、胞子を形成する
2)好気条件でも弱い生育が観察されるものの嫌気性菌である
3)生育温度は30~45℃あり、15℃で生育しない
4)カタラーゼ反応が陽性である
5)オキシダーゼ反応が陰性である
6)グルコースから酸を産生する
7)L-アラビノース、D-キシロース、D-ガラクトースおよびD-フラクトースを発酵し、L-ソルボースおよびズルシトールを発酵しない
8)短鎖脂肪酸のうち乳酸を主に産生する
9)単独では酪酸を産生しない
【請求項5】
29215-B1菌株(NITE P-03435)およびその変異株であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載された微生物。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載された微生物を用いて短鎖脂肪酸を製造する方法。
【請求項7】
前記短鎖脂肪酸が乳酸であることを特徴とする請求項6に記載された方法。
【請求項8】
前記短鎖脂肪酸がコハク酸であることを特徴とする請求項6に記載された方法。
【請求項9】
請求項1~5のいずれか1項に記載された微生物と酪酸生産菌を混合培養することにより酪酸を製造する方法。
【請求項10】
酪酸生産菌による発酵において、請求項1~5のいずれか1項に記載された微生物を添加することにより酪酸の生産能を高める方法。
【請求項11】
前記酪酸生産菌がクロストリジウム(Clostridium)属に属する微生物であることを特徴とする請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
前記酪酸生産菌がクロストリジウム ブチリカム(Clostridium butyricum)に属する微生物であることを特徴とする請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物に関する。より具体的には、天然素材から短鎖脂肪酸を製造する発酵に用いられる微生物に関する。ここで、短鎖脂肪酸とは、一般に炭素数が2から4の脂肪酸のことであるが、炭素数が6までを含めて考える場合もあり、酪酸、プロピオン酸、酢酸、乳酸、コハク酸等が含まれる。これらの短鎖脂肪酸は主に糖質の微生物発酵により産生される。
【0002】
短鎖脂肪酸の大部分は大腸粘膜組織から吸収され、上皮細胞の増殖や粘液の分泌、水やミネラルの吸収のためのエネルギー源として利用される。また、一部は血流に乗って全身に運ばれ、肝臓や筋肉、腎臓などの組織でエネルギー源や脂肪を合成する材料として利用される。その他にも短鎖脂肪酸には、腸内を弱酸性の環境にすることで有害な菌の増殖を抑制したり、大腸の粘膜を刺激して蠕動運動を促進したり、ヒトの免疫反応を制御するなどさまざまな機能があることが知られている。特に、酪酸は腸上皮細胞の最も重要なエネルギー源であり、抗炎症作用など優れた生理効果を発揮する。
【背景技術】
【0003】
本発明に係る酪酸、プロピオン酸、酢酸、乳酸、コハク酸などの短鎖脂肪酸については、例えば非特許文献1によると、腸内細菌による植物繊維の嫌気発酵過程で生成される短鎖脂肪酸が酪酸であり、酪酸の作用を調べたところ、酪酸は制御性T細胞の発生のみを促進することが確認されており、同文献は「慢性腸炎モデルマウスに酪酸化でんぷん飼料を与えたところ、移入細胞から制御性T細胞の発生が大腸で促進され腸内炎症の改善が認められた」と報告している。
【0004】
また、非特許文献2には、制御性T細胞(Treg)には胸腺由来のtTregと抹消で誘導されるpTregの2種類が確認され、pTregはTH17リンパ球のマスター転写因子であるRORγtと関連しており、pTregの誘導にはClostridium目のクラスターIV、XIVaによって産生される酪酸が関与し、短鎖脂肪酸、特に酪酸が大腸のpTregの誘導に重要であることが報告されている。
【0005】
さらに、非特許文献3は、「短鎖脂肪酸は宿主のエネルギー源として利用されるほか、体重増加抑制、摂取、糖代謝改善、インシュリン感受性亢進など、宿主のエネルギー恒常性維持に欠かせない役割を果たしていることが近年の研究で明らかになりつつある」と報告し、短鎖脂肪酸の供給源である難消化性多糖類を含む植物繊維の摂取の重要性を指摘しており、同文献には短鎖脂肪酸の特に酪酸による脂肪酸受容体GPR41、GPR43、GPR109aおよび01fr78を介した様々な分子メカニズムが詳細に紹介されている。
【0006】
そして、非特許文献4は、嫌気性環境下で赤痢菌と酪酸菌(Clostridium butyricum MIYAIRI588株)との混合培養を行い少ない菌量でも赤痢菌の発育抑制が観察されたと報告している。近年、特に酪酸または酪酸菌の生体内おける炎症抑制作用が注目されていることを伝えている。
【0007】
そしてまた、非特許文献5には、大腸内に常在する腸内細菌叢で産生される短鎖脂肪酸の内、酪酸は体調の必須栄養素であり、上皮細胞でエネルギーとして消費されるのみならず、酪酸の代謝障害が潰瘍性大腸炎の一因になるとの報告をし、また短鎖脂肪酸の生理作用として、カルシウム等のミネラル吸収促進、コレステロール合成抑制、さらに酪酸による大腸がん発症抑制など、それらの分析結果を提示している。
【0008】
非特許文献6に記載されるように、本発明に係る新種の微生物が属するスポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に含まれる公知の属であるスポロラクトバチルス(Sporolactobacillus)属は、有芽胞乳酸菌として知られており、分類学的には、「Bergey’s manual of Systematic Bacteriology」において、Sporolactobacillus inulinusのみの1属1種として記載されており、分類学上の記載が乏しいままであった。その後の遺伝子に基づく分子系統学の発展により、2009年の「Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology Second Edition」においては、スポロラクトバチルス(Sporolactobacillus)属は、S.inulinusの他にS.kafuensis、S.lactis、S.lactosus、S.laevolactics、S.nakayamae subsp. nakayamae、S.nakayamae subsp. racemicusおよびS.terraeの6分類群が追加して記載されている。また、その他にもS.dextrus、S.pectinivorans、S.putidus、S.shoreae、S.shoreicorticis、S.spathodeaeおよびS.vineaeが新種として提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「制御性T細胞の発生を制御する腸内細菌代謝産物」早川盛偵 生物型薬学 Vol.50 No.8 2014 ファルマシア
【非特許文献2】「アレルギー疾患と腸内細菌叢」下条直樹 実験医学増刊Vol.37-No.2 2019『腸内細菌叢』編集=大野博司 羊土社 2019年2月1日発行
【非特許文献3】「宿主代謝制御と腸内細菌叢」木村郁夫 実験医学増刊Vol.37-No.2 2019『腸内細菌叢』編集=大野博司 羊土社 2019年2月1日発行
【非特許文献4】「酪酸菌(Clostridium butyricum MIYAIRI588株)による腸管病原菌抑制作用」黒岩豊秋 小張一峰 岩永正明 感染症学雑誌 第64巻第3号 平成2年3月20日
【非特許文献5】「プレバイオテックスから大腸で酸性される短鎖脂肪酸の生理効果」原博(北海道大学大学院農学研究科) 腸内細菌学雑誌 16:35-42、2002
【非特許文献6】「変敗食品由来のSporolactobacillus属菌の再同定」遠田昌人 東洋食品研究所 研究報告書 32、51-55(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、酪酸に代表される短鎖脂肪酸を製造するために使用される有用な新規微生物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、新規微生物を見出し、これを単離、同定することにより、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、例えば、以下の各発明に関する。
[1]
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、配列番号1に示す塩基配列に対して95%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する新種の微生物。
[2]
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、配列番号1に示す塩基配列に対して98.7%以上の同一性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する新種の微生物。
[3]
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、配列番号2に示すゲノムDNAの塩基配列に対してANI値95%以上を有するゲノムDNAを有する新種の微生物。
[4]
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、次の1)~9)の特性を有する新種の微生物。
1)グラム染色が陽性の桿菌であり、胞子を形成する
2)好気条件でも弱い生育が観察されるものの嫌気性菌である
3)生育温度は30~45℃あり、15℃で生育しない
4)カタラーゼ反応が陽性である
5)オキシダーゼ反応が陰性である
6)グルコースから酸を産生する
7)L-アラビノース、D-キシロース、D-ガラクトースおよびD-フラクトースを発酵し、L-ソルボースおよびズルシトールを発酵しない
8)短鎖脂肪酸のうち乳酸を主に産生する
9)単独では酪酸を産生しない
[5]
29215-B1菌株(NITE P-03435)およびその変異株であることを特徴とする[1]~[4]のいずれかに記載された微生物。
[6]
[1]~[5]のいずれかに記載された微生物を用いて短鎖脂肪酸を製造する方法。
[7]
前記短鎖脂肪酸が乳酸であることを特徴とする[6]に記載された方法。
[8]
前記短鎖脂肪酸がコハク酸であることを特徴とする[6]に記載された方法。
[9]
[1]~[5]のいずれかに記載された微生物と酪酸生産菌を混合培養することにより酪酸を製造する方法。
[10]
酪酸生産菌による発酵において、[1]~[5]のいずれかに記載された微生物を添加することにより酪酸の生産能を高める方法。
[11]
前記酪酸生産菌がクロストリジウム(Clostridium)属に属する微生物であることを特徴とする[9]または[10]のいずれかに記載の方法。
[12]
前記酪酸生産菌がクロストリジウム ブチリカム(Clostridium butyricum)に属する微生物であることを特徴とする[11]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって得られた新規微生物は、スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種である。この新種微生物は、酪酸に代表される短鎖脂肪酸を産生するために有用であり、また、その他の様々な用途にも使用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】29215-B1菌株のコロニー像である。
図2】29215-B1菌株のグラム染色像である。
図3】29215-B1菌株の芽胞像(矢印)である。
図4】16S rDNAの部分塩基配列に基づき作成した29215-B1菌株(SIID29215-B1と表示)の系統樹である。左上の線はスケールバー、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値、株名の末尾のTはその種の基準株(Type strain)を意味する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
(29215-B1菌株)
本発明に係る29215-B1菌株は、スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物であって、次の1)~9)の特性を有する。
1)グラム染色が陽性の桿菌であり、胞子を形成する
2)好気条件でも弱い生育が観察されるものの嫌気性菌である
3)生育温度は30~45℃あり、15℃で生育しない
4)カタラーゼ反応が陽性である
5)オキシダーゼ反応が陰性である
6)グルコースから酸を産生する
7)L-アラビノース、D-キシロース、D-ガラクトースおよびD-フラクトースを発酵し、L-ソルボースおよびズルシトールを発酵しない
8)短鎖脂肪酸のうち乳酸を主に産生する
9)単独では酪酸を産生しない
【0017】
本発明に係る29215-B1菌株は、受託番号:(NITE P-03435)として独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されている。
【0018】
本発明に係る29215-B1菌株は、配列番号1で示す1475個の塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する。
【0019】
本発明に係る29215-B1菌株は、配列番号2で示す3967327個の塩基配列からなるゲノムDNAを有する。
【0020】
本発明に係る29215-B1菌株は、実施例に記載された、形態観察および生理・生化学的性状試験、16S rDNAの部分塩基配列解析並びにゲノム塩基配列のANI解析の結果、スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属することは確認されたものの、スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する公知の属に分類される公知の種には属さず、公知の属に属さない新種の微生物であることが判明した。
【0021】
(変異株)
本発明には、29215-B1菌株の変異株も含まれる。本発明における変異株とは、29215-B1菌株に対して、薬剤処理及び/又は紫外線照射等の突然変異を誘発したうえでスクリーニングする手法、自然突然変異、形態変異、トランスフェクション等の遺伝子工学的手法により、その物理的特性や化学的特性が改変されたものであり、29215-B1菌株の新種としての分類学的性質を維持したものである。例えば、上記1)~9)の全ての特性を有し、後述する16S rDNA配列を用いた菌種同定において少なくとも98.7%以上の同一性を維持するか、あるいはゲノムDNAの塩基配列を用いたANI解析において少なくとも95%以上の同一性を維持しているものである。
【0022】
(16S rRNA遺伝子の部分塩基配列解析)
rRNAとは、リボソームを構成するRNAであり、細菌では、その大きさによって23S rRNA、16S rRNA、5S rRNAに分類される。それらをコードするのがrRNA遺伝子(rDNA)である。rRNAはウィルスを除く全生物に存在し、タンパク質合成に関わる重要な分子であるため、進化速度が比較的遅く、種のレベルにおいて高い相同性を示すことが知られている。また、分子進化中立説に基づいた塩基配列の置換率を用いることで生物の系統をより正確かつ定量的に解析することが可能である。
【0023】
Wooseら(Proc.Natl.Acad.Sci.87:4576-4579,1990)によりsmall subunits rRNA(原核生物では16S rRNA)遺伝子配列を用いた全生物の系統分類法が提案されたことから、細菌の系統分類には、約1500塩基の16S rDNA配列が用いられている。細菌分類の教科書といえるBergey’s Manual of Systematic Bacteriologyも16S rDNAの配列情報を基盤とする分子系統関係を反映させた第2版が出版されている。
【0024】
現在では200万配列以上の16S rDNA配列が決定され、日本DNAデータバンク、GenBankやEMBLなどの公的な遺伝子バンクに登録されている。また、ミシガン州立大学の微生物センターにより、細菌の分類のためのrDNA配列のデータベースや解析支援アプリケーションがRibosomal Database Projectとして提供されている。
【0025】
細菌は、基準株とのDNA-DNAハイブリダイゼーションの相同性が70%以上の場合、同種であると定義(Wayneら、Int.J.Syst.Bacteriol.37:463-464,1987)される。一方、16S rDNA配列を用いた菌種同定においては、98.7%以上の同一性があれば、同種である可能性が高いとされている(Stackebrandtら、Microbiology Today.152-155,2006)。
【0026】
29215-B1菌株の16S rRNA遺伝子(配列番号1)についてBLAST検索を行った結果、最も同一性が高いSporolactobacillus putidusの基準株(Type strain)の16S rDNAの塩基配列(AB374522)に対する同一性(Identity)でさえ92.0%しかなかった。
【0027】
(ゲノムDNAのANI解析)
ANI(Average Nucleotide Identity:平均ヌクレオチド同一性)解析は、対照株(検体)と比較株の完全長ゲノム配列やドラフトゲノム配列の同一性(ANI値)をコンピュータ上で計算し、種の異同を判断する。一般に、ANI値が95%以上であれば同種、95%未満であれば別種(新種)と判定される。DNA-DNAハイブリッド形成試験とANI解析には正の相関があり、DNA-DNAハイブリッド形成試験における種の境界値「70%」は、ANI値で「95%」に相当する(Int J Syst Microbiol 2007;57:81-91)。
【0028】
まず、ANI解析に用いるゲノムDNAの配列情報を取得する必要があるが、シーケンサーとして、PacBio(商標) RS II(Pacific Biosciences社製)を用いることにより、完全長ゲノム配列が取得可能である。なお、ゲノムDNAの抽出・精製時には断片化をなるべく抑えることが必須である。
【0029】
ANI値の算出方法については、Rodriguez-RらによるThe enveomics collection: a toolbox for specialized analyses of microbial genomes and metagenomes. PeerJ Preprints 2016;4:e1900v1(https://peerj.com/preprints/1900v1.pdf)に詳しく記載されている。
【0030】
29215-B1菌株のゲノムDNAの塩基配列(配列番号2)および16S rDNAの部分塩基配列解析において最も同一性の高かったSporolactobacillus putidusのゲノムDNAの塩基配列を対比した結果、ANI値は79.10%であった。
【0031】
(細菌形態観察および生理・生化学的性状試験)
単離された微生物の形態学的な特徴や生理・生化学的な性状を調べ、帰属分類群を同定することを目的として以下の試験を行った。
1 細菌形態観察
コロニーの色調、細胞形態、グラム染色性および芽胞形成能(培養24~48時間)
2 細菌第一段階試験
コロニー性状、細胞形態、運動性観察
カタラーゼ、オキシダーゼ、O/Fテストなどの生理生化学的性状試験
3 細菌第二段階試験
生理・生化学的性状試験用キット(API)による炭素源の資化性、酸化/発酵性および酵素活性などの試験
帰属種・近縁種の同定に有効な追加試験
【0032】
(有機酸測定試験)
単離された微生物を用いた発酵により取得される短鎖脂肪酸の種類とその産生量を決定するために試験を行った。
【0033】
29215-B1菌株は乳酸を主に産生している。29215-B1菌株は、単独では酪酸を産生しないものの、酪酸産生菌としてよく知られたクロストリジウム ブチリカム(Clostridium butyricum)の基準株の酪酸産生能を高める働きがある。
【実施例0034】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
(実施例1)29215-B1菌株の単離・同定
1 菌株の単離
岐阜県ハイアマウント株式会社の食品原料製造工場の途中工程で得られる発酵液から29215-B1菌株を単離した。
すなわち、発酵液に含まれる微生物を探査するべくMRS寒天培地を用いて37℃環境において嫌気培養し29215-B1菌株のコロニーを単離した。
【0036】
2 分類学的性質
29215-B1菌株について形態観察および生理・生化学的性状試験(以下の「細菌第一段階試験」および「細菌第二段階試験」)を実施し、類似の性状を示す菌群を決定した。
(1)方法
ア 培養条件
・培地 MRS寒天培地(Oxoid UK)
・培養温度 37℃
・培養期間 4日から6日間
・その他 嫌気培養
イ 細菌第一段階試験
光学顕微鏡による形態観察およびBarrowおよびFelthamらの方法(Cowan and Steel‘s Manual for the Identification of Medical Bacteria. 3rd edition. Cambridge:University Press;1993)に基づき、カタラーゼ反応、オキシダーゼ反応、ブドウ糖からの酸/ガス産生、ブドウ糖の酸化/発酵(O/F)について試験を行った。
ウ 細菌第二段階試験
細菌第二段階試験には以下のキットを用いた。また、英国NCIMB Ltd.との技術提携事項および分類・同定の関連文献に従い、追加試験を実施した。
・使用キット API50CHL(bioMerieux FRA)
【0037】
(2)結果
29215-B1菌株は、図1に示すようなコロニー像を有し、図2に示すようにグラム染色で陽性となる。また、図3に示すように芽胞(矢印)を有している。
【0038】
29215-B1菌株について、細菌第一段階試験の結果をまとめると表1のようになる。
【表1】
【0039】
29215-B1菌株について、細菌第二段階試験の結果をまとめると表2のようになる。
【表2】

【0040】
29215-B1菌株について、追加試験の結果をまとめると表3のようになる。
【表3】
【0041】
(3)考察
細菌第一段階試験の結果、29215-B1菌株は、運動性を有さないグラム陽性桿菌で、芽胞を形成し、グルコースから酸を生成し、カタラーゼ反応は陽性、オキシダーゼ反応は陰性を示した(表1、図1~3)。
【0042】
細菌第二段階試験の結果、29215-B1菌株は、L-アラビノース、D-キシロース、D-ガラクトースおよびD-フラクトースなどを発酵し、L-ソルボースおよびズルシトールなどを発酵しなかった(表2)。
【0043】
また、追加試験の結果、29215-B1菌株は、15℃で生育せず、好気条件下では弱いながら生育した(表3)。
【0044】
これらの性状は、実施例2に記載する16S rDNAの部分塩基配列解析において、最も高い相同率が示されたスポロラクトバチルス(Sporolactobacillus)属の性状(Kitahara K, Lai CL, On the spore formation of Sporolactobacillus inulinus. Journal of General and Applied Microbiology. 1967;13:197-203)と比較した結果、一致する点があるものの、相違点も確認された。特に、カタラーゼ反応で陽性を示した点は、スポロラクトバチルス(Sporolactobacillus)属の特徴とは異なる。
【0045】
(実施例2)29215-B1菌株の16S rDNAの部分塩基配列解析
ア 方法
29215-B1菌株の16S rDNAの部分塩基配列(配列番号1)を微生物同定データベース(細菌用「DB-BA」)に対してBLAST検索を行った。
【0046】
イ 結果
BLAST検索の結果の上位30塩基配列について相同率ととも表4に記載した。最も相同率が高いSporolactobacillus putidusの基準株(Type strain)の16S rDNAの塩基配列(AB374522)に対する同一性(Identity)でさえ92.0%しかなかった。
【表4】
【0047】
図4には、16S rDNAの部分塩基配列に基づき作成した29215-B1菌株(SIID29215-B1と表示)の系統樹を記載した。左上の線はスケールバー(0.01と表示されたバーの長さは1%の相違塩基を意味する)、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値、株名の末尾のTはその種の基準株(Type strain)を意味する。
【0048】
ウ 考察
29215-B1菌株は、スポロラクトバチルス(Sporolactobacillus)属に属するいずれの種の基準株(Type strain)とも92%以下の同一性しか有しておらず、公知の属であるスポロラクトバチルス(Sporolactobacillus)属に属するとはいえない。
【0049】
(実施例3)29215-B1菌株のゲノム塩基配列のANI解析
(1)29215-B1菌株のゲノムDNAの抽出・精製
陰イオン交換カラムNucleobond AXG20(MACHEREY-NAGEL,DE)を用いて29215-B1菌株のゲノムDNAを抽出・精製した。得られたゲノムDNAは、超微量分光光度計NanoDrop One(Thermo Fisher Scientific,USA)を用いて、純度:A260/A280≧1.8、A260/A230≧1.6であり、濃度:20μg(150ng/μL)以上であることを確認した。また、アガロース電気泳動(0.5%アガロース、30V、1時間)を用いて、得られたゲノムDNAが次世代シーケンスに使用できる程度に断片化が少ないことを確認した。
【0050】
(2)29215-B1菌株のゲノムDNAの塩基配列の決定
次世代シーケンサーPacBio RS II(Macrogen)を用いて29215-B1菌株のゲノムDNAの塩基配列を決定した。29215-B1菌株のゲノムDNAは3967327個の塩基配列からなる(配列番号2)。
【0051】
(3)29215-B1菌株のゲノムDNAの塩基配列を用いたANI解析
ア 方法
29215-B1菌株のゲノムDNAの塩基配列(配列番号2)および実施例2の16S rDNAの部分塩基配列解析において最も相同率の高かったSporolactobacillus putidusのゲノムDNAの塩基配列を対比することにより、平均ヌクレオチド同一性(Average Nucleotide Identity;ANI)値を算出した。ここで、ANI値の算出方法については、Rodriguez-RらによるThe enveomics collection: a toolbox for specialized analyses of microbial genomes and metagenomes. PeerJ Preprints 2016;4:e1900v1(https://peerj.com/preprints/1900v1.pdf)に詳しく記載されている。
【0052】
イ 結果
29215-B1菌株とSporolactobacillus putidusの間のANI値は79.10%であった。ここで、Gorisらによる文献(DNA-DNA hybridization values and their relationship to whole-genome sequence similarities. Int J Syst Microbiol 2007;57:81-91)によれば、DNA-DNAハイブリダイゼーション(DDH)値の70%に相当するANI値の95%以上が同種と判断する基準値である。してみれば、29215-B1菌株は、ANI値の95%以上ではないからSporolactobacillus putidusに属する微生物とはいえず、ANI値95%以上とはかけ離れたANI値79.10%のゲノムDNAを有しており、スポロラクトバチルス(Sporolactobacillus)属に属する新種の微生物であるとも言えない。
【0053】
(実施例4)有機酸測定試験
(1)方法
29215-B1菌株を含む微生物(2種の混合菌を含む)の培養液中に存在する有機酸の濃度について高速液体クロマトグラフィーを用いて測定した。測定対象の有機酸は、コハク酸、乳酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、iso-酪酸、n-酪酸、iso-吉草酸、n-吉草酸の9物質である。
(培養条件)
・培地 GAM Broth”Nissui”(Nissui Pharmaceutical,Japan)
・培養温度 37℃
・培養時間 72時間
・その他条件 嫌気培養
アネロパウチ・ケンキシステム(Mitsubishi Gas Chemical,Japan)
(前処理)
培養液を孔径0.20μmのメンブレンフィルターでろ過し、試料溶液とした。
(測定条件)
・システム 島津有機酸分析システム(Shimadzu,Japan)
・カラム Shim-pack SCR-102(H)、300mm×8mm ID、2本直列で使用
・ガードカラム Shim-pack SCR-102(H)、50mm×6mm ID
・溶離液 5mmol/L p-トルエンスルホン酸
・反応液 5mmol/L p-トルエンスルホン酸、100μmol/L EDTA、20mmol/L Bis-Tris
・流速 0.8mL/min
・オーブン温度 45℃
・検出器 電気伝導度検出器CDD-10A
【0054】
(2)結果
表5に記載するような有機酸の濃度が検出された。
【表5】
【0055】
(3)考察
表5に記載されたように、29215-B1菌株は乳酸を主に産生している。29215-B1菌株は、単独では酪酸を産生しないものの、酪酸産生菌としてよく知られたクロストリジウム ブチリカム(Clostridium butyricum)の基準株(NBRC 13949T)の酪酸産生能を高める働きがある。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によって得られたスポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する新種の微生物は、単独で又は酪酸生産菌との混合培養により、短鎖脂肪酸を製造するために利用することができる。
【受託番号】
【0057】
(1)寄託機関名:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
(2)連絡先:〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8
電話番号 0438-20-5580
(3)受託番号:NITE P-03435
(4)識別の表示:SIID29215-B1
(5)受託日:2021年3月12日
図1
図2
図3
図4
【配列表】
2022158555000001.app
【手続補正書】
【提出日】2021-05-18
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する微生物である29215-B1菌株(NITE P-03435)。
【請求項2】
スポロラクトバチルス科(Sporolactobacillaceae)に属する微生物である29215-B1菌株(NITE P-03435)の変異株であって、29215-B1菌株が有する次の1)~10)の特性を維持した変異株。
1)グラム染色が陽性の桿菌であり、胞子を形成する
2)好気条件でも弱い生育が観察されるものの嫌気性菌である
3)生育温度は30~45℃あり、15℃で生育しない
4)カタラーゼ反応が陽性である
5)オキシダーゼ反応が陰性である
6)グルコースから酸を産生する
7)L-アラビノース、D-キシロース、D-ガラクトースおよびD-フラクトースを発酵し、L-ソルボースおよびズルシトールを発酵しない
8)短鎖脂肪酸のうち乳酸を主に産生する
9)単独では酪酸を産生しない
10)酪酸生産菌による発酵において酪酸の生産能を高める
【請求項3】
配列番号1に示す塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する、請求項2に記載された変異株
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項に記載された微生物を用いて短鎖脂肪酸を製造する方法。
【請求項5】
前記短鎖脂肪酸が乳酸であることを特徴とする請求項に記載された方法。
【請求項6】
前記短鎖脂肪酸がコハク酸であることを特徴とする請求項に記載された方法。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載された微生物と酪酸生産菌を混合培養することにより酪酸を製造する方法。
【請求項8】
酪酸生産菌による発酵において、請求項1~のいずれか1項に記載された微生物を添加することにより酪酸の生産能を高める方法。
【請求項9】
前記酪酸生産菌がクロストリジウム(Clostridium)属に属する微生物であることを特徴とする請求項又はに記載の方法。
【請求項10】
前記酪酸生産菌がクロストリジウム ブチリカム(Clostridium butyricum)に属する微生物であることを特徴とする請求項に記載の方法。