(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158674
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】加齢性嗅覚低下の改善剤
(51)【国際特許分類】
A61K 33/00 20060101AFI20221006BHJP
A61P 11/02 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
A61K33/00
A61P11/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021063733
(22)【出願日】2021-04-02
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白井 智大
(72)【発明者】
【氏名】吉川 敬一
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086HA01
4C086HA23
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA12
4C086MA13
4C086MA59
4C086NA14
4C086ZA34
(57)【要約】
【課題】加齢に伴う嗅覚低下を改善する加齢性嗅覚低下の改善剤の提供。
【解決手段】水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせを有効成分とし、経鼻吸入により投与される加齢性嗅覚低下の改善剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせを有効成分とし、経鼻吸入により投与される加齢性嗅覚低下の改善剤。
【請求項2】
水粒子が、1分間当たりの噴霧量として0.1~2mLの用量で投与される、請求項1記載の加齢性嗅覚低下の改善剤。
【請求項3】
水蒸気が、10分間水蒸気発生量として500~2000mgの用量で投与される、請求項1記載の加齢性嗅覚低下の改善剤。
【請求項4】
匂いへの曝露の前に投与される請求項1~3のいずれか1項記載の加齢性嗅覚低下の改善剤。
【請求項5】
吸入器又は蒸気発生具を用いて投与される、請求項1~4のいずれか1項記載の加齢性嗅覚低下の改善剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加齢性嗅覚低下の改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
嗅覚も、視覚や聴覚等の他の感覚と同様に、加齢と共に徐々に低下する。加齢性嗅覚低下は、食品の腐敗やガス漏れ等の危険な臭いの察知、回避を困難にするだけでなく、日常生活の質(QOL)を大きく低下させ、身体的、精神的に悪影響を及ぼす。
【0003】
匂い物質は、鼻腔内に入った後、嗅裂部の嗅粘膜にある嗅粘液に溶け込み、嗅上皮に発現している嗅神経細胞の嗅覚受容体によって認識される。嗅覚受容体は匂い物質を結合して活性化し、嗅神経細胞に電気的興奮を引き起こす。この電気的興奮が神経接続を介して高次脳へと伝達されることにより匂いが知覚される。
嗅覚低下の要因には、匂い物質の嗅神経細胞への通り道が塞がる鼻閉、炎症、感染の後遺症で嗅覚組織に異常が生じる感冒後嗅覚障害、頭蓋内の嗅覚路の障害により生じる中枢性(神経、脳)嗅覚低下が挙げられる。アルツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経変性疾患の前駆症状として嗅覚障害が現れることも明らかになっている。
また、加齢に伴い嗅覚系の組織に様々な変化が生じ、嗅覚低下の成因に関わることが報告されている。嗅上皮の組織学的変化では、嗅神経細胞や、嗅神経細胞に分化する基底細胞が消失し、呼吸上皮組織へ置き換わること等が知られている(非特許文献1)。マウスでは、嗅上皮変性の箇所と、粘膜固有層の嗅粘液の産生を行うボウマン腺の組織学的変性箇所も一致することが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
しかしながら、加齢に伴う嗅覚低下に対しては、例えば、非特許文献3で、高齢者に対していくつかの匂いを継続的に嗅がせて嗅覚を刺激する嗅覚トレーニングを行い、嗅覚低下を予防することができたとの報告があるものの、加齢性嗅覚低下を短時間で改善する有効な方法は現在のところ知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J Neurosci, 2018 38(31): 6806-6824
【非特許文献2】Cell and Tissue Research, 2009 335: 489-503
【非特許文献3】J Am Geriatrics Soc, 2014 62(2): 384-386
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、加齢に伴う嗅覚低下を短時間で改善する加齢性嗅覚低下の改善剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
匂い知覚の最初のステップは匂い物質の嗅粘液への溶け込みである。そこで、本発明者は、嗅粘液分泌に着目し鋭意検討したところ、年齢と嗅粘液量は有意な負の相関を示し、加齢に伴って嗅粘液分泌は減退すること、それが加齢性嗅覚低下を引き起こす一因となっていることを見出した。そして本発明者は、嗅覚感度を向上させるべく、嗅粘液量を増加あるいは嗅粘液の分泌を促進させる方法を検討した。その結果、高齢者に対して、匂いへの曝露の前に、水粒子又は水蒸気を鼻腔に吸入させることによって、嗅粘液量の増加あるいは嗅粘液の分泌促進に基づいて嗅覚感度が向上し、嗅覚低下を改善できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせを有効成分とし、経鼻吸入により投与される加齢性嗅覚低下の改善剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、水粒子又は水蒸気の経鼻吸入により、加齢に伴う嗅覚低下の改善を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】匂い物質に対する匂い感覚強度評価値の平均値と嗅粘液量の相関を示す。
【
図3】匂い感覚強度スコアと匂い嗜好性スコアを示す。
【
図4】水蒸気発生量を測定する装置の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
後記実施例に示すとおり、高齢者に対して、匂いへの曝露の前に、ネブライザー又は蒸気発生具を用いて水粒子又は水蒸気を鼻腔に吸入させると、匂いに対する同定能及び感覚強度が向上し、検知閾値が低下(検知閾値スコアが向上)する。匂い同定能は匂いの種類を判別する能力、匂い感覚強度は匂いを知覚する強さ、匂い検知閾値は匂いの存在を感知する最小濃度である。
ヒトの嗅粘液量を測定すると、加齢に伴って嗅粘液量は減少し、年齢と嗅粘液量は有意な負の相関を示した(
図1)。また、匂い物質に対する匂い感覚強度評価値の平均値と嗅粘液量は有意な正の相関を示した(
図2)。これらの結果は、加齢に伴って嗅粘液分泌は減退し、それが加齢性嗅覚低下を引き起こす一因となることを示している。
ネブライザーを用いて水粒子を吸入することにより、水粒子が嗅裂に到達することは鼻腔模型を用いたin vitro実験によって証明されている(Visualization and Quantification of Nasal and Olfactory Deposition in a Sectional Adult Nasal Airway Cast, Pharm. Res, 2016 33:1527-1541)。そのため、吸入した水粒子は嗅裂に到達し、嗅粘膜にある嗅粘液と混ざり合い、嗅粘液量は増加すると考えられる。また、鼻腔内湿度は吸入する空気の湿度に応じて高くなることが知られている(生体防御における鼻腔・副鼻腔の役割、日本胸部臨床,1996,55巻11月増刊)。そのため、蒸気発生具から発生した水蒸気の吸入によって鼻腔内湿度が高くなり、鼻腔内粘液の蒸散は減少し、嗅粘液量は増加すると考えられる。
このことから、匂い曝露の前の水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせの経鼻吸入によって、嗅粘液量が増加しあるいは嗅粘液の分泌が促され、これに基づいて嗅覚感度が向上し、嗅覚低下を改善できることが見出された。
【0012】
従って、本発明は、水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせを有効成分とし、経鼻吸入により投与される加齢性嗅覚低下の改善剤を提供する。また、本発明は、経鼻吸入により投与される加齢性嗅覚低下の改善剤の製造における水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせの使用を提供する。また、本発明は、経鼻吸入により加齢性嗅覚低下を改善するための水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせの使用を提供する。また、本発明は、対象に水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせを有効量で経鼻吸入することを含む、加齢性嗅覚低下の改善方法を提供する。
ここで、水粒子又は水蒸気のヒトへの使用は、治療的使用であってもよいが、非治療的使用であってもよい。「非治療的」とは、医療行為を含まない、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない、より具体的には医師、又は医療従事者もしくは医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
【0013】
本発明において、「加齢性嗅覚低下」とは、加齢に伴う嗅覚機能の低下を意味する。嗅覚機能は、匂いの種類を判別する同定能力、匂いの存在を感知する能力、匂いの強弱を感知する能力、匂いの違いを嗅ぎ分ける能力を含む。
また、「改善」とは、症状又は状態の好転、症状又は状態の悪化の防止又は遅延、あるいは症状の進行の逆転、防止又は遅延をいう。
【0014】
本発明で知覚される匂いの種類としては特に限定されず、一般的に知られる危険物質又は毒性物質(例えば、ガス賦香物、硫化水素、塩素ガス、腐敗物等)の匂い;一般的に用いられる香料(例えば、ムスク、シベット、カストリウム、アンバーグリス等の動物性香料;植物由来の精油;ローズ、ジャスミン、ネロリ、ラベンダー、クローブ、ペパーミント、サンダルウッド、シナモン、レモン、オレンジ、ベルガモット等の植物性香料等)の香り;食品又はその材料の匂い;悪臭又は不快臭(例えば、体臭、腋臭、口臭、糞便臭、尿臭、タバコ臭、カビ臭、生乾き臭、腐敗臭、生ごみ臭、汚水臭、排気臭、ダクト臭、排ガス臭等);その他匂いを有する物質(例えば、化粧品、医薬品、洗浄剤、日用品等)の匂い等が挙げられる。
【0015】
嗅覚機能を評価する手法としては、ヒトの場合、官能評価による同定検査法(匂いの種類を回答する方法)、閾値検査法(匂いの存在を感知する最低濃度を決定する方法)、匂い強度試験(感じる匂いの強さを種々の尺度で回答する方法)、匂い嗜好性試験(感じる匂いの嗜好性を種々の尺度で回答する方法)、弁別検査法(異なる匂いを選択する方法)、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)等が挙げられる。これらの試験では、市販の検査キットであるオープンエッセンス(富士フィルム和光純薬(株))、T&Tオルファクトメーター(第一薬品産業(株))、Sniffin’ Sticks(登録商標)(Burghart Medizintechnik)等を用いても良いし、香料等匂いを呈する分子を単独又は混合し、適宜希釈して用いても良い。
【0016】
本発明において、水粒子又は水蒸気を経鼻吸入させる手段は特に限定されるものではない。例えば、ネブライザー等の水粒子吸入が可能な吸入器により吸入させる方法、空気中の酸素と反応することにより発熱すると共に水蒸気を発生し、温められた水蒸気を対象に供給可能な蒸気発生具により吸入させる方法等が挙げられる。
ネブライザーは、超音波ネブライザー、メッシュ式ネブライザー、コンプレッサー式ネブライザーが好ましく使用される。
水粒子の粒子径は、10μm未満であることが好ましく、1~8μmであることがより好ましい。ここで、水粒子の粒子径は、光散乱法によって測定される有効径である。
【0017】
蒸気発生具は、水蒸気を発生可能な水蒸気発生体を備える公知のものを用いることができる。例えば、接顔側端部に対象の鼻を覆うことが可能な開口を有する有底筒状のマスク本体と、前記マスク本体の内部空間に水蒸気を発生可能な水蒸気発生体とを備える蒸気発生具(特開2020-192309号公報、特開2020-192310号公報等)が挙げられる。
前記水蒸気発生体は、被酸化性金属、炭素成分及び水を含んでいることが好ましい。被酸化性金属は、空気中の酸素と反応することにより酸化反応熱を発する金属であり、かかる発熱によって水から蒸気を発生させる。被酸化性金属としては、例えば、鉄、アルミニウム、亜鉛、マンガン、マグネシウム及びカルシウムから選ばれる1種又は2種以上の粉末や繊維が挙げられる。また、炭素成分としては、吸水剤として作用し、保水能、酸素供給能及び触媒能を有する、活性炭、アセチレンブラック、黒鉛等が挙げられる。
【0018】
本発明において、水粒子又は水蒸気の有効量は、経鼻吸入により加齢性嗅覚低下を改善できる限り特に限定されず、対象の種や年齢、本来の嗅覚感度、鼻腔形状等に応じて適宜調整することができる。
水粒子の場合、1分間当たりの噴霧量として、0.1mL以上であることが好ましく、0.5mL以上であることがより好ましく、また、2mL以下であることが好ましく、1.5mL以下であることがより好ましい。
また、1回当たりの水粒子の吸入時間は、1分間以上であることが好ましく、2分間以上であることがより好ましく、また、10分間以下であることが好ましく、7分間以下であることがより好ましい。
【0019】
また、水蒸気の場合は、水蒸気発生開始から10分間に放出させる累積水蒸気発生量(10分間水蒸気発生量)として、500mg以上であることが好ましく、700mg以上であることがより好ましく、900mg以上であることが更に好ましく、また、2000mg以下であることが好ましく、1700mg以下であることがより好ましく、1400mg以下であることが更に好ましい。
ここで、10分間水蒸気発生量は、
図4に示される装置30を用いて、次のように測定される数値である。
図4に示す装置30は、アルミニウム製の測定室(容積2.1L)31と、測定室31の下部に除湿空気(湿度2%未満、流量2.1L/分)を流入させる流入路32と、測定室31の上部から空気を流出させる流出路33と、流入路32に設けられた入口温湿度計34及び入口流量計35と、流出路33に設けられた出口温湿度計36及び出口流量計37と、測定室31内に設けられた温度計(サーミスタ)38とを備えている。温度計38としては、温度分解能が0.01℃程度のものを使用する。
【0020】
水蒸気発生体の肌側に位置する面の表面温度の測定は、測定環境温度30℃(30±1℃)において水蒸気発生体を酸素遮断袋から取り出し、水蒸気発生体の肌側に位置する面、すなわち水蒸気放出面を上にして測定室31に載置し、金属球(4.5g)をつけた温度計38をその上に載せて計測する。また、この状態で下部より除湿空気を流し、入口温湿度計34と出口温湿度計36で計測される温度及び湿度から測定室31に空気が流入する前後の絶対湿度の差を求め、さらに入口流量計35と出口流量計37で計測される流量から水蒸気発生体が放出した水蒸気量を算出する。そして、水蒸気発生体を酸素遮断袋から取り出した時点を起点とし、10分後までに測定された水蒸気量の総量を、10分間水蒸気発生量とする。
1回当たりの水蒸気の吸入時間は、5分間以上であることが好ましく、7分間以上であることがより好ましく、また、20分間以下であることが好ましく、15分間以下であることがより好ましい。
【0021】
本発明の加齢性嗅覚低下の改善剤は、任意の適用計画に従って、経鼻吸入によって投与され得る。即時的に嗅覚感度を向上させることができる点から、対象に対し、匂いへの曝露の前に、投与することが好ましい。具体的には、匂いへの曝露前30分以内に、更に匂いへの曝露前10分以内に投与することが好ましい。匂いへの曝露前の投与の例としては、例えば、調理の前、食事の前、洗濯の前、掃除の前に水粒子、水蒸気又はこれらの組み合わせの経鼻吸入を行うことが挙げられる。
投与期間は適宜決定することができ、例えば、1日以上が好ましく、7日以上がより好ましく、30日以上がさらに好ましい。
【0022】
本発明の加齢性嗅覚低下の改善剤の適用対象としては、加齢性嗅覚低下の改善を所望するか又は必要とする哺乳動物が挙げられる。哺乳動物の種類としては、例えば、ヒト、チンパンジー、サル等の霊長類、マウス、ラット等のげっ歯類が挙げられる。好ましくは霊長類であり、より好ましくはヒトである。加齢性嗅覚低下の改善を所望する又は必要とするヒトとしては、加齢により嗅覚の衰えた者(例えば、高齢者)が挙げられる。
【実施例0023】
実施例1
1.嗅粘液の採取
自覚する鼻症状がない健常な男女30名(20代から60代まで、各年代6名ずつ)に対し、リドカイン噴霧による局所麻酔後、左右の嗅裂(Olfactory Cleft, OC)及び下鼻道の4箇所に医療用スポンジ(滅菌ベンシーツ(登録商標)XR、0.7cm×0.7cm、川本産業)を挿入し、5分間静置した。静置後、スポンジを引き抜いて1.5mLチューブに入れ、すぐにドライアイス下で保冷した。続いてスポンジを挿入したチューブの底に針で孔をあけ、その下に別の1.5mLチューブを設置して高速遠心機(10,000r/min、10分)でスポンジを絞り、嗅粘液を回収した。回収した嗅粘液の重量を測定し、左右の嗅裂由来の粘液の平均値を、各パネルの嗅粘液量とした。
図1に示すように、各パネルの嗅粘液量と年齢をプロットすると、有意な負の相関を示した(r=-0.66、p<0.0001、Spearman’s correlation)。
【0024】
2.嗅粘液採取パネルの嗅覚感度の測定
前述の30名のパネルに対し、嗅粘液を採取する前後で6種類の匂い物質を嗅いでもらい、匂いに対する感覚強度を質問した。匂い物質は、p-クレゾール(p-Cresol)、アセチル-p-クレゾール(p-Cresyl acetate)、cis-3-ヘキセノール(cis-3-Hexenol)、cis-3-ヘキセニル アセテート(cis-3-Hexenyl acetate)、イソボルネオール(Isoborneol)、酢酸イソボルニル(Isobornyl acetate)(以上、東京化成工業(株))の6種類を用いた。イソボルネオール及び酢酸イソボルニルは1v/v%、その他は0.1v/v%のミネラルオイル(Sigma-Aldrich)溶液に調製した。これらの匂い溶液を1mLずつガラスバイアルに入れ、試験サンプルとした。
各パネルは、6種類の匂い溶液を嗅ぎ、1:感じない、2:かすかに感じる、3:弱く感じる、4:やや強く感じる、5:強く感じる、6:非常に強く感じる、7:極端に強く感じる、これら7点から1つを選択した。
その結果、
図2に示すように、嗅粘液採取前の各匂い物質に対する感覚強度評価値の平均値と嗅粘液量をプロットすると、有意な正の相関を示した(r=0.46、p<0.01、Spearman’s correlation)。
これらの結果より、加齢によって嗅粘液分泌が減退することが示され、それが嗅覚低下の一因となることが示唆された。
【0025】
実施例2 ネブライザーによる即時的な匂いの感じ方の変化
自覚する鼻症状がない健常な男女5名(50代及び60代、パネルA~E)に対し、ネブライザーを使用する前後で3種類の嗅覚試験を行った。ネブライザーは超音波式ネブライザNE-U07(オムロン(株)、噴霧粒子径:1~8μm、噴霧量1mL/min)を用い、Milli Q水を5分間噴霧して鼻腔より吸引した。嗅覚試験は、(1-1)匂い同定能、(1-2)匂い検知閾値、(1-3)匂い感覚強度の3種類で、各試験は週を変えた別日に実施した。
【0026】
1-1.匂い同定能試験
匂い同定能は、オープンエッセンス(富士フィルム和光純薬(株))を用いて測定した。パネル5名は12種類の匂いを順に嗅いで、該当する匂いと思われるものを4択より選択した(回答は無臭、分からないも含めた6択より選択)。1回目の試験より、1週間以上をあけて、ネブライザー使用後に同様の試験を行った。
表1に示すように、1回目に比べ、ネブライザー使用後では全てのパネルで正答数が上昇した(p<0.01、ratio paired t-test)。
【0027】
【0028】
1-2.匂い検知閾値試験
検知閾値試験は2種類の匂い物質について行った。1つは2-フェニルエチルアルコール(PEA、東京化成工業(株))で、0.1v/v%のミネラルオイル溶液をもっとも高濃度の溶液とし、順次ミネラルオイルを用いて2倍希釈した溶液を16点準備した。もう1つはアンブレットリド(Ambrettolide、Sigma-Aldrich)で、8v/v%のミネラルオイル溶液をもっとも高濃度の溶液とし、PEAと同様に濃度の異なる溶液を16点準備した。これらの匂い溶液を1mLずつガラスバイアルに入れ、試験サンプルとした。PEAとアンブレットリドの検知閾値は、それぞれ週を変えた別日に測定した。
試験は、最初にもっとも薄い匂い溶液とブランク溶液2つ(ミネラルオイルのみ)を嗅いでもらい、匂い溶液が入っていると思われるバイアルを選択してもらった。正答の場合は同濃度でもう一度評価し、2連続で正答を選択した場合を1Runの閾値スコアとした。不正解の場合は順に匂い溶液の濃度を高くし、2連続で正答できる濃度まで実施した。2Run目は1Runで正答した濃度よりも4段階濃い溶液から実施し、2連続で正答が続くかぎり溶液を薄くして実施した。最後に2連続で正答した濃度を2Runの閾値スコアとした。次に2Runのスコア濃度よりも5段階濃い溶液から、1Run目と同様に試験を実施し、3Run目のスコアとし、4Run目は3Run目のスコア濃度よりも4段階濃い溶液から、2Run目と同様の方法で試験を実施した。もっとも薄い濃度を嗅げた場合のスコアを「15」、もっとも濃い濃度のみを嗅げた場合のスコアを「0」とし、もっとも濃い濃度を嗅げなかった場合のスコアも「0」として扱った。4Runの平均を閾値スコアとした。
1回目の検知閾値測定後、連続してネブライザーを使用し、使用後の検知閾値試験を同様に行った。アンブレットリドの検知閾値試験においては、パネルAがネブライザー使用前にもっとも薄い濃度の溶液を嗅ぎ分けることができたため、試験を中止した。また、パネルEはネブライザー使用後の検知閾値試験中に疲労感を訴えたため、解析対象外とした。
各パネルの検知閾値スコアは表2のようになり、統計的な有意差はないが、ネブライザーの使用によって概ね検知閾値スコアが向上する傾向が示された。
【0029】
【0030】
1-3.匂い感覚強度
パネルB-Eに対して、p-クレゾール(0.01v/v%)、アセチル-p-クレゾール(0.1v/v%)、cis-3-ヘキセノール(0.01v/v%)、cis-3-ヘキセニル アセテート(0.1v/v%)、イソボルネオール(1v/v%)、酢酸イソボルニル(1v/v%)の6種類の匂い物質のミネラルオイル溶液(ガラスバイアルに各1mLを入れたもの)に対する感覚強度の評価を行った(パネルAは試験日程の都合で未実施)。
評価基準は前述と同様で、1:感じない、2:かすかに感じる、3:弱く感じる、4:やや強く感じる、5:強く感じる、6:非常に強く感じる、7:極端に強く感じる、これら7点から1つを選択した。連続してネブライザーを使用し、使用後に再び感覚強度の評価を行った。
各パネルの各化合物に対するスコアは表3のようになり、全ての評価値についてネブライザー使用前後の感覚強度スコアを比較すると、有意にスコアが向上した(p<0.05、paired t-test)。
【0031】
【0032】
実施例3 蒸気発生具による健常シニアの即時的な匂いの感じ方の変化
自覚する鼻症状がない健常な男女10名(50代及び60代)に対し、鼻を覆うカップ内に水蒸気を発生する市販の蒸気発生カップ(花王(株)、水蒸気発生量1080mg/10min)を10分間使用する前後で、10種類の匂いについて匂い感覚強度及び嗜好性の評価を行った。p-クレゾール(0.01v/v%)、アセチル-p-クレゾール(0.1v/v%)、cis-3-ヘキセノール(0.01v/v%)、cis-3-ヘキセニル アセテート(0.1v/v%)、イソボルネオール(0.1v/v%)、酢酸イソボルニル(1v/v%)、メロン(Melon)の香り(成分非開示、10ppm)、グリーンアップル(Green Apple)の香り(成分非開示、0.1v/v%)のミネラルオイル溶液(ガラスバイアルに各1mLを入れたもの)、ならびに市販の醤油(2μLを濾紙にしみこませガラスバイアルに入れたもの)、だしパック(10mgをガラスバイアルに入れたもの)を用いた。
匂い感覚強度は実施例1の評価基準と同様で、1:感じない、2:かすかに感じる、3:弱く感じる、4:やや強く感じる、5:強く感じる、6:非常に強く感じる、7:極端に強く感じる、これら7点から1つを選択した。
【0033】
嗜好性については、メロンの香り及びグリーンアップルの香りは、-3:非常に不快、-2:不快、-1:少し不快、0:どちらでもない、1:少し快、2:快、3:非常に快の7点より選択して、スコアとした。醤油及びだしパックの香りは、-3:非常に不味そう、-2:不味そう、-1:少し不味そう、0:どちらでもない、1:少し美味しそう、2:美味しそう、3:非常に美味しそうの7点より選択してスコアとした。
【0034】
その結果、
図3に示すように、全ての感覚強度評価結果(N=100)及び嗜好性評価結果(N=40)について、蒸気発生具の使用前後のスコアを比較すると、匂い感覚強度については有意傾向、嗜好性については有意な差をもってスコアが向上した(匂い感覚強度:p=0.07、嗜好性:p<0.01、paired t-test)。