(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022159338
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】充填済み容器の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/08 20060101AFI20221006BHJP
【FI】
C23C8/08
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022120646
(22)【出願日】2022-07-28
(62)【分割の表示】P 2019534055の分割
【原出願日】2018-07-24
(31)【優先権主張番号】P 2017148961
(32)【優先日】2017-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002200
【氏名又は名称】セントラル硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】八尾 章史
(72)【発明者】
【氏名】長友 真聖
(72)【発明者】
【氏名】池田 晋也
(57)【要約】
【課題】含フッ素ガスの純度の低下を抑制するだけでなく、含フッ素ガスへの金属材料に由来する金属不純物の混入を防止することが可能な充填済み容器の製造方法を提供する。
【解決手段】少なくとも内面がマンガン鋼で構成されており、該内面の表面粗さRmaxが10μm以下である、金属製の保存容器を準備する工程と、上記保存容器の内面を、50℃以下で、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の第1の含フッ素ガスを含むガスと接触させるフッ素化工程と、上記保存容器の内部を不活性ガスで置換する工程と、上記保存容器の内部に、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の第2の含フッ素ガスを充填する工程と、を含むことを特徴とする充填済み容器の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも内面がマンガン鋼で構成されており、該内面の表面粗さRmaxが10μm以下である、金属製の保存容器を準備する工程と、
前記保存容器の内面を、50℃以下で、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の第1の含フッ素ガスを含むガスと接触させるフッ素化工程と、
前記保存容器の内部を不活性ガスで置換する工程と、
前記保存容器の内部に、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の第2の含フッ素ガスを充填する工程と、
を含むことを特徴とする充填済み容器の製造方法。
【請求項2】
前記第1の含フッ素ガスが、F2ガスである請求項1に記載の充填済み容器の製造方法。
【請求項3】
前記第2の含フッ素ガスが、ClF3ガス又はIF7ガスである請求項1又は2に記載の充填済み容器の製造方法。
【請求項4】
前記保存容器の内面の表面粗さRmaxが1μm以下である請求項1~3のいずれか1項に記載の充填済み容器の製造方法。
【請求項5】
前記マンガン鋼が、鉄を97質量%以上含む請求項1~4のいずれか1項に記載の充填済み容器の製造方法。
【請求項6】
金属製の保存容器に、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の含フッ素ガスが充填された充填済み容器であって、
前記保存容器は、少なくとも内面がマンガン鋼で構成されており、該内面の表面粗さRmaxが10μm以下であり、
前記保存容器の内部の前記含フッ素ガスと接触する面にて、最表面から10nmの範囲の平均値で、フッ素原子Fと鉄原子Feとのモル比F/Feが0.01以上3未満であり、酸素原子Oと鉄原子Feとのモル比O/Feが1以下であることを特徴とする充填済み容器。
【請求項7】
充填済み容器から取り出された前記含フッ素ガス中の金属不純物に含まれる金属元素の含有量が、10質量ppb未満である請求項6に記載の充填済み容器。
【請求項8】
前記モル比F/Feが0.1以上2.5以下である請求項6又は7に記載の充填済み容器。
【請求項9】
前記含フッ素ガスが、ClF3ガス又はIF7ガスである請求項6~8のいずれか1項に記載の充填済み容器。
【請求項10】
前記保存容器の内面の表面粗さRmaxが1μm以下である請求項6~9のいずれか1項に記載の充填済み容器。
【請求項11】
前記マンガン鋼が、鉄を97質量%以上含む請求項6~10のいずれか1項に記載の充填済み容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ClF3やIF7などの含フッ素ガスを金属製の保存容器に充填して充填済み容器を製造する方法、及び、上記充填済み容器に関する。
【背景技術】
【0002】
ClF3やIF7などの含フッ素ガスを充填する保存容器には、ステンレス鋼を用いた容器が使用されている。
【0003】
しかし、含フッ素ガスは腐食性が高いため、ステンレス鋼に接触させると、含フッ素ガスとステンレス鋼の表面が反応して、保存容器が腐食するのと同時に、例えばClF3からClFが副生したり、IF7からIF5が副生したりするため、含フッ素ガスの純度が低下する問題があった。さらに、含フッ素ガスとステンレス鋼が反応すると、金属のフッ化物とオキシフッ化物などが含フッ素ガス中に混入して、金属不純物が大量に発生する問題があった。
【0004】
金属製の保存容器と含フッ素ガスとの反応を抑制するため、金属材料の表面にフッ化物の皮膜を形成することが行われている。例えば、特許文献1には、ClF3ガスの金属への吸着抑制と、金属表面での反応抑制により、ClF3量の減少を防止する目的で、ステンレス鋼等の金属材料を80℃以下の温度でClF3に暴露し、金属材料の表面にフッ化物の皮膜を形成することが開示されている。特許文献1の実施例では、ステンレス鋼等の金属容器に濃度100%のClF3ガスを充填し、80℃で18時間保持することにより、金属容器の内面をClF3に暴露して、フッ化物の皮膜を形成している。
【0005】
また、特許文献2には、溶接する際に発生する金属析出物を抑制する目的で、良好な耐食性を有するフッ化物の皮膜を形成する際に、フッ化物の皮膜の厚さを190オングストローム以下にすることが開示されている。特許文献2の実施例では、ステンレス鋼を150℃に加熱して1%希釈F2ガスに暴露して、フッ化物の皮膜を形成している。
【0006】
本件の優先日より後に公開された文献であるが、特許文献3には、保存容器に充填したClFのフッ化反応及び吸着を抑制する目的で、ClFを含むガスとの接触によりフッ化物の不動態被膜を形成することが開示されている。特許文献3の実施例では、ClFガスを用いた10~100℃での処理により厚さ4nmの不動態被膜を形成し、F2ガスを用いた10~100℃での処理により厚さ8nmの不動態被膜を形成している。
【0007】
一方、半導体デバイスの製造においては、微細化および高集積化技術の発展により、加工の技術的難易度は年々高くなっている。このような状況の中で半導体デバイスの材料に含まれる不純物は、半導体デバイスの製造工程において、製品の歩留まりを低下させるなどの問題を引き起こす懸念がある。そこで、半導体デバイス製造プロセスなどで使用される含フッ素ガスについても、その高純度化が要求され、特に、半導体デバイスの電気特性へ与える影響が大きい金属不純物については、ガス中の濃度を10質量ppb未満に低減することが要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009-197274号公報(特許5317321号公報)
【特許文献2】国際公開第2000/034546号(特許4319356号公報)
【特許文献3】国際公開第2017/175562号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1~3のように、金属材料の表面にフッ化物の皮膜を形成すれば、含フッ素ガスと金属材料の表面との反応を抑制できるため、金属材料の腐食と、含フッ素ガスの純度の低下を抑制する効果、さらには、含フッ素ガスと金属材料との反応により生じる金属不純物の発生を抑制する効果は得られる。しかしながら、微量の金属不純物が含フッ素ガス中に混入してしまうため、金属不純物の濃度を10質量ppb未満にすることができなかった。
【0010】
例えば、フッ化物の皮膜を形成したステンレス鋼製の容器にClF3ガスを充填した場合、ステンレス鋼に含まれるCrやFe等の金属が金属不純物としてClF3ガス中に混入し、ClF3ガス中の金属不純物の濃度が経時的に増加する。
【0011】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、含フッ素ガスの純度の低下を抑制するだけでなく、含フッ素ガスへの金属材料に由来する金属不純物の混入を防止することが可能な充填済み容器の製造方法、及び、上記充填済み容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく種々検討した結果、含フッ素ガスへの微量の金属不純物の混入は、金属表面の終端部(フッ素化処理がなされていない場合、通常、水素や酸素、水酸基等で終端)や、金属表面に付着した水分等と、含フッ素ガスが反応し、その際に金属元素を含むオキシフッ化物が生成することによって生じるだけでなく、金属材料の表面に形成されたフッ化物皮膜が、衝撃や水分等の影響で表面から剥離し、金属パーティクルとして含フッ素ガスに混入することにより生じることが原因ではないかと考えた。そこで、金属材料の表面にフッ化物皮膜を形成せずに、フッ素原子で終端する程度のフッ素化処理を行うことで、含フッ素ガスの分解抑制と、金属不純物の含フッ素ガスへの混入防止の両立ができることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明の充填済み容器の製造方法は、少なくとも内面がマンガン鋼で構成されており、該内面の表面粗さRmaxが10μm以下である、金属製の保存容器を準備する工程と、上記保存容器の内面を、50℃以下で、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の第1の含フッ素ガスを含むガスと接触させるフッ素化工程と、上記保存容器の内部を不活性ガスで置換する工程と、上記保存容器の内部に、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の第2の含フッ素ガスを充填する工程と、を含むことを特徴とする。
【0014】
また、本発明の充填済み容器は、金属製の保存容器に、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種の含フッ素ガスが充填された充填済み容器であって、上記保存容器は、少なくとも内面がマンガン鋼で構成されており、該内面の表面粗さRmaxが10μm以下であり、上記保存容器の内部の上記含フッ素ガスと接触する面にて、最表面から10nmの範囲の平均値で、フッ素原子Fと鉄原子Feとのモル比F/Feが0.01以上3未満であり、酸素原子Oと鉄原子Feとのモル比O/Feが1以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、含フッ素ガスの純度の低下を抑制することができるとともに、含フッ素ガスへの金属材料に由来する金属不純物の混入を防止することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は本発明の実施形態の一例であり、これらの具体的内容に限定はされない。その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0017】
[充填済み容器の製造方法]
本発明の充填済み容器の製造方法は、金属製の保存容器を準備する工程と、上記保存容器の内面を、50℃以下で、第1の含フッ素ガスを含むガスと接触させるフッ素化工程と、上記保存容器の内部を不活性ガスで置換する工程と、上記保存容器の内部に第2の含フッ素ガスを充填する工程と、を含む。
【0018】
本発明の充填済み容器の製造方法において、保存容器は、少なくとも内面がマンガン鋼で構成されている。
金属元素のうち、クロムは含フッ素ガスに混入しやすいため、ステンレス鋼に比べてクロムの含有量が少ないマンガン鋼を用いることにより、保存容器に充填する含フッ素ガスへの、保存容器内面の金属材料に由来する金属不純物の混入を防ぐことができる。
【0019】
マンガン鋼は、鉄を97質量%以上含み、マンガンを1質量%以上2質量%以下含むことが好ましい。マンガン鋼にニッケルやクロムが不可避的に混入する場合であっても、ニッケルの含有量は0.25質量%以下、クロムの含有量は0.35質量%以下であることが好ましい。マンガン鋼として、例えば、JIS G 4053:2016にて規定されるSMn420、SMn433、SMn438、SMn443や、JIS G 3429:2013にて規定されるSTH11、STH12などを使用することができる。
【0020】
本発明の充填済み容器の製造方法において、保存容器は、内面の表面粗さRmaxが10μm以下である。上記内面の表面粗さRmaxは、5μm以下であることが好ましく、1μm以下であることがより好ましい。一方、上記内面の表面粗さRmaxは、0.1μm以上である場合が多い。
ここで、表面粗さRmaxは、JIS B 0601:1982にて規定される最大高さのことであり、断面曲線の基準長さの範囲内において、表面のうねりを除いた粗さ曲線の一番高い山と一番低い谷との高低差を意味する。
【0021】
表面粗さ(最大高さ)が大きい場合、金属材料の表面のガス吸着性能が増加する。そのため、金属材料の表面粗さが大きい場合、金属材料の表面にO2等の大気成分が吸着して残存するため、それが脱離して金属材料に接触する含フッ素ガスに混入し、保存容器内で保存される含フッ素ガスの純度が低下する原因となる。また、金属材料の表面粗さが大きい場合、金属材料の表面に残存する水分が含フッ素ガスと反応し、HF等の不純物が発生する原因にもなる。したがって、金属材料の表面粗さを小さくすることで、表面に吸着する大気成分や表面に残存する水分を減らし、含フッ素ガスの純度低下を抑制することができる。
【0022】
本発明の充填済み容器の製造方法においては、例えば、保存容器の内面を研磨することにより、内面の表面粗さRmaxを10μm以下にすることができる。
【0023】
保存容器の内面を研磨する方法は、所定の粗度まで研磨できれば特に限定されないが、例えば、バフ研磨処理、電解研磨処理、バレル研磨処理などを用いることができる。
【0024】
バフ研磨処理とは、布や紙製の研磨布で、必要に応じて研磨材を用いて、金属材料を研磨する方法である。電解研磨処理とは、電解液中で電気を流すことによって、金属材料の表面を研磨する方法である。
【0025】
バレル研磨処理とは、容器の内部に、研磨材、溶媒、添加剤などを含む研磨懸濁液を加えて密栓した後、容器を自転運動と公転運動とを組み合わせて回転させることで、容器の内面に研磨材を接触させ、内面を研磨する方法である。研磨材の材質としては、ダイヤモンド、ジルコニア、アルミナ、シリカ、窒化ケイ素、炭化ケイ素、シリカ-アルミナ、鉄、炭素鋼、クロム鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。研磨処理に用いる溶媒は、特に限定されないが、通常は水が用いられる。研磨処理に用いる添加剤としては、pH調整剤、界面活性剤、防錆剤などが挙げられる。
【0026】
研磨処理の終了後、水やアルコールを用いて、表面に付着した研磨材などを除去し、金属材料の表面を洗浄する。その後、表面を乾燥する。
【0027】
本発明の充填済み容器の製造方法においては、上記保存容器の内面を、50℃以下で、第1の含フッ素ガスを含むガスと接触させるフッ素化処理を行う。
【0028】
フッ素化処理は、50℃以下で行い、金属材料の表面を、フッ素原子と酸素原子のいずれかで終端させる。これにより、水素原子や水酸基で終端された部分と含フッ素ガスとの反応による、HF等の不純物の発生を抑制することができる。
【0029】
フッ素化処理の温度が50℃を超えると、含フッ素ガスと金属材料の表面との反応が激しくなり、金属フッ化物の皮膜が形成されてしまうことが多い。また、フッ素化処理の温度が50℃を超えると、フッ素化処理の際に、金属材料の表面の酸素原子が、OF2などとして脱離し、フッ素原子に置換されてしまう。
【0030】
本発明の充填済み容器の製造方法において、フッ素化処理は、40℃以下で行うことが好ましく、30℃以下で行うことがより好ましい。フッ素化処理の温度の下限値は特に限定されないが、フッ素化処理は、0℃以上で行うことが好ましく、10℃以上で行うことがより好ましい。
【0031】
第1の含フッ素ガスは、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種のガスである。フッ素化処理に用いられる第1の含フッ素ガスは、保存容器内で保存される第2の含フッ素ガスと異なっていてもよいし、同じであってもよい。第1の含フッ素ガスは、F2ガスであることが好ましい。F2ガスはFのみで構成されており、ClFやIF5などの副生成物が発生しないため、保存容器内で保存される含フッ素ガスの純度の低下を抑制することができる。
【0032】
フッ素化処理の圧力は特に限定されないが、例えば、10kPa以上1MPa以下の範囲で適宜設定することができる。フッ素化処理は、例えば、大気圧下で行ってもよい。
【0033】
フッ素化処理の時間は特に限定されないが、例えば、1分以上24時間以下の範囲で、適宜設定することができる。フッ素化処理にかかる時間は、フッ素化処理の温度又は圧力、フッ素化処理に用いる含フッ素ガスの含有量などに左右されるが、フッ素化処理に用いる含フッ素ガスの圧力が減少しなくなった時点をフッ素化処理の終点とすることができる。なお、後述する各実施例では、フッ素化処理に充分な時間をとっており、フッ素化処理が完了していると考えられる。
【0034】
本発明の充填済み容器の製造方法においては、フッ素化処理の後、保存容器の内部を不活性ガスで置換する。
不活性ガスとしては、アルゴンガスやヘリウムガスなどの希ガスのほか、窒素ガスなどを使用することができる。
【0035】
本発明の充填済み容器の製造方法においては、不活性ガスで置換した後の保存容器の内部に、第2の含フッ素ガスを充填する。
【0036】
第2の含フッ素ガスは、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種のガスである。第2の含フッ素ガスは、ハロゲン間化合物であるClF3、IF7及びBrF5からなる群から選ばれる少なくとも一種のガスであることが好ましく、中でも、実用性の高いClF3ガス又はIF7ガスであることがより好ましい。
【0037】
以上により、充填済み容器が得られる。本発明の充填済み容器の製造方法では、[充填済み容器]において説明する充填済み容器を好ましく製造することができる。
【0038】
例えば、本発明の充填済み容器の製造方法では、保存容器の内部の含フッ素ガスと接触する面にて、最表面から10nmの範囲の平均値で、フッ素原子Fと鉄原子Feとのモル比F/Feが0.01以上3未満であり、酸素原子Oと鉄原子Feとのモル比O/Feが1以下である充填済み容器を製造することができる。モル比F/Feは、0.05以上3未満であることが好ましく、0.1以上2.5以下であることがより好ましく、0.5以上2以下であることがさらに好ましい。また、モル比O/Feは、0.8以下であることが好ましい。
【0039】
[充填済み容器]
本発明の充填済み容器は、金属製の保存容器に含フッ素ガスが充填された充填済み容器である。
【0040】
本発明の充填済み容器においては、保存容器の内部の含フッ素ガスと接触する面にて、最表面から10nmの範囲の平均値で、フッ素原子Fと鉄原子Feとのモル比F/Feが0.01以上3未満であり、酸素原子Oと鉄原子Feとのモル比O/Feが1以下である。
【0041】
モル比F/FeとO/Feは、X線光電子分光分析(XPS)の積分強度比で算出することができる。XPSでは、材料のごく表面の情報が得られるが、アルゴンエッチングを行うことで、深さ方向の情報を得ることができる。なお、アルゴンエッチングによるエッチング速度は装置や処理条件によって異なるため、あらかじめ標準試料などを用いて、エッチング処理時間に対するエッチング量の相関を調べておく必要がある。そして、一定の時間間隔でエッチングを行いながら各元素の測定を行い、深さに対する元素の構成比に関するデータを取得し、その結果から、表面から10nmの範囲の平均値を計算することができる。例えば、XPSでは、MgKα線(1253.6eV)やAlKα線(1486.6eV)の軟X線を試料に照射し、試料表面から放出される光電子の運動エネルギーを計測することで、試料表面を構成する元素の種類、存在量、化学結合状態に関する知見を得る。
【0042】
本発明の充填済み容器において、モル比F/Feは、0.01以上3未満であり、0.05以上3未満であることが好ましく、0.1以上2.5以下であることがより好ましく、0.5以上2以下であることがさらに好ましい。
【0043】
金属材料を構成する鉄又はマンガンは、フッ素化すると、フッ化鉄(III)又はフッ化マンガン(III)となる。そのため、モル比F/Feが3未満である場合、金属材料の表面は化学量論比でフッ化鉄(III)又はフッ化マンガン(III)となっておらず、フッ化物の皮膜は形成されていない。したがって、フッ化物の皮膜からフッ化物が剥離して含フッ素ガス中に金属不純物として混入することを抑制することができる。
【0044】
モル比F/Feが0.01未満である場合、金属材料の表面のフッ素原子の終端量が少ないため、金属の未終端(OHやHで終端)部分と含フッ素ガスが反応し、HF等の不純物が発生する原因となる。
【0045】
一方、モル比F/Feが3を超える場合、金属材料の表面にフッ素化合物の皮膜が形成されるため、この被膜が剥離する等によって、金属不純物として発生するとともに、皮膜が剥離した後の金属表面が含フッ素ガスと反応し、金属不純物が発生する原因となる。
【0046】
本発明の充填済み容器において、モル比O/Feは、1以下であり、0.8以下であることが好ましい。金属材料の表面に酸素が多いと、酸素結合部分と含フッ素ガスが反応し、含フッ素ガス中に金属不純物として混入しやすい、金属のオキシフッ化物(MOxFy)を生成する原因となる。一方、酸素の混入を完全に防ぐことは難しいため、モル比O/Feは、0.01以上である場合が多い。
【0047】
本発明の充填済み容器において、保存容器は、少なくとも内面がマンガン鋼で構成されている。マンガン鋼は、鉄を97質量%以上含み、マンガンを1質量%以上2質量%以下含むことが好ましい。
その他、マンガン鋼については、[充填済み容器の製造方法]において説明したとおりである。
【0048】
本発明の充填済み容器において、保存容器は、内面の表面粗さRmaxが10μm以下である。上記内面の表面粗さRmaxは、5μm以下であることが好ましく、1μm以下であることがより好ましい。一方、上記内面の表面粗さRmaxは、0.1μm以上である場合が多い。
[充填済み容器の製造方法]において説明したとおり、金属材料の表面粗さが大きい場合、金属材料の表面に大気成分や水分が残存するため、保存容器内で保存される含フッ素ガスの純度が低下する原因となる。また、[充填済み容器の製造方法]により充填済み容器を製造する場合、金属材料の表面に多量の大気成分が吸着していると、フッ素化処理後の金属材料の表面のモル比O/Feが大きくなってしまうため好ましくない。
【0049】
本発明の充填済み容器において、保存容器に充填される含フッ素ガスは、ClF3、IF7、BrF5、F2及びWF6からなる群から選ばれる少なくとも一種のガスである。含フッ素ガスは、ハロゲン間化合物であるClF3、IF7及びBrF5からなる群から選ばれる少なくとも一種のガスであることが好ましく、中でも、実用性の高いClF3ガス又はIF7ガスであることがより好ましい。
【0050】
以上のように、本発明の充填済み容器では、保存容器内で保存される含フッ素ガスへの、保存容器の内面の金属材料に由来する金属不純物の混入を防ぐことができる。
【0051】
保存容器中に保存する含フッ素ガスの充填量や圧力は、ガスの種類によって異なる。例えば、沸点(1気圧)と蒸気圧(35℃、ゲージ圧)が、ClF3が約12℃と0.14MPa、IF7が約5℃と0.17MPa、BrF5が約40℃と-0.02MPaであり、蒸気圧以上の圧力で充填すると保存容器内では液化するため、保存容器中の充填量は重量で制御することが好ましい。一方、F2は、ClF3やIF7、BrF5と異なり、通常使用する圧力や温度の範囲では液化することが無いため、充填量は圧力に依存する。
【0052】
本発明の充填済み容器においては、充填済み容器から取り出された含フッ素ガス中の金属不純物に含まれる金属元素の含有量が、10質量ppb未満であることが好ましく、5質量ppb未満であることがより好ましい。特に、含フッ素ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量が、いずれも10質量ppb未満であることが好ましく、いずれも5質量ppb未満であることがより好ましい。
金属不純物に含まれる金属元素の含有量は、誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)を用いて求めることが可能である。
【0053】
また、本発明の充填済み容器において、充填済み容器から取り出された含フッ素ガスの純度は、99.9体積%以上であることが好ましく、99.9体積%を超えることがより好ましい。
含フッ素ガスの純度は、フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)及びガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)を用いて含フッ素ガス中のHF、O2などの不純物を分析することにより求めることが可能である。
【実施例0054】
以下、本発明をより具体的に開示した実施例を示す。なお、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0055】
[実施例1]
マンガン鋼(記号STH12、Mn:1.35~1.70質量%、C:0.30~0.41質量%、その他Si、P、Sを含む)で構成された、3.4L型ボンベの内面を、電解研磨によって研磨した。研磨後の内面の表面粗さは、同じ研磨条件で処理したテストピース(容器を20mm×20mmに切断した金属片)を接触式表面粗さ計、及び、原子間力顕微鏡(AFM)で測定して評価した。その結果、表面粗さRmaxは、1μm以下であった。
【0056】
その後、40℃で、第1の含フッ素ガスとしてF2ガスを希釈せずに大気圧で24時間封入して内面をフッ素化処理した後、ヘリウムガスで置換した。
【0057】
ボンベの内面の組成は、同様の条件で処理した前述のテストピースをX線光電子分光光度計にて評価した。その結果、F/Feが1.94であり、O/Feが0.65であった。
【0058】
ボンベ内に、第2の含フッ素ガスとして、金属不純物(Fe、Mn、Cr、Ni)濃度5質量ppb未満、純度99.9体積%超のIF7ガスを2kg、0.17MPa(ゲージ圧、35℃)で封入し、常温(20~25℃)で1ヶ月保管した。保管後のIF7ガスの一部を抜き出し、金属不純物の濃度、HFの濃度、及び、ガスの純度を測定した。その結果、金属不純物に含まれるFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0059】
[実施例2]
第2の含フッ素ガスをWF6ガスに変更する以外は、実施例1と同様に行った。保管後のWF6ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0060】
[実施例3]
第2の含フッ素ガスをClF3ガスに変更する以外は、実施例1と同様に行った。保管後のClF3ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0061】
[実施例4]
第2の含フッ素ガスをF2ガスに変更する以外は、実施例1と同様に行った。但し、ボンベ内にはF2ガスを0.5MPa(ゲージ圧、35℃)の圧力で封入した。保管後のF2ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0062】
[実施例5]
F2ガスを封入してフッ素化処理する条件を、常温(20~25℃)に変更する以外は、実施例1と同様に行った。ボンベの内面の組成は、同様の条件で処理したテストピースのXPS測定より、F/Feが0.82であり、O/Feが0.33であった。また、保管後のIF7ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0063】
[実施例6]
第1の含フッ素ガス及び第2の含フッ素ガスを金属不純物(Fe、Mn、Cr、Ni)濃度5質量ppb未満、純度99.9体積%超のClF3ガスに変更し、2kg、0.14MPa(ゲージ圧、35℃)で封入する以外は、実施例1と同様に行った。ボンベの内面の組成は、同様の条件で処理したテストピースのXPS測定より、F/Feが1.56であり、O/Feが0.48であった。また、保管後のClF3ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0064】
[実施例7]
第1の含フッ素ガスをIF7ガスに変更する以外は、実施例1と同様に行った。保管後のIF7ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0065】
[実施例8]
電解研磨の条件を変化させてボンベの内面の表面粗さRmaxを4μmに変更する以外は、実施例1と同様に行った。ボンベの内面の組成は、同様の条件で処理したテストピースのXPS測定より、F/Feが1.15であり、O/Feが0.62であった。保管後のIF7ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量はいずれも5質量ppb未満であり、ガスの純度は99.9体積%超で保管前と変わらなかった。HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0066】
[比較例1]
電解研磨の条件を変化させてボンベの内面の表面粗さRmaxを12μmに変更し、さらに、F2ガスを用いたフッ素化処理を行わない以外は、実施例1と同様に行った。ボンベの内面の組成は、F/Feが0であり、O/Feが2.25であった。保管後のIF7ガス中のFeの含有量は20質量ppbであり、10質量ppbを超えていた。さらに、ガスの純度は99.9体積%未満であり、HFの濃度は100体積ppmを超えていた。
【0067】
[比較例2]
F2ガスを用いたフッ素化処理を行わない以外は、実施例1と同様に行った。保管後のIF7ガス中のFeの含有量は18質量ppbであり、10質量ppbを超えていた。さらに、ガスの純度は99.9体積%未満であり、HFの濃度は100体積ppmを超えていた。
【0068】
[比較例3]
電解研磨の条件を変化させてボンベの内面の表面粗さRmaxを12μmに変更する以外は、実施例1と同様に行った。ボンベの内面の組成は、F/Feが1.2であり、O/Feが1.46であった。保管後のIF7ガス中のFeの含有量は11質量ppbであり、10質量ppbを超えていた。なお、ガスの純度は99.9体積%超であったが、HFの濃度は100体積ppmを超えていた。
【0069】
[比較例4]
IF7ガスを80℃で24時間封入してフッ素化処理を行う以外は、実施例1と同様に行った。ボンベの内面の組成は、F/Feが4.52であり、O/Feが0.57であった。保管後のIF7ガス中のFeの含有量は11質量ppbであり、10質量ppbを超えていた。ガスの純度は99.9体積%超であり、HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0070】
[比較例5]
F2ガスを80℃で24時間封入してフッ素化処理を行う以外は、実施例1と同様に行った。保管後のIF7ガス中のFeの含有量は10質量ppbであった。ガスの純度は99.9体積%超であり、HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0071】
[比較例6]
マンガン鋼に代えてステンレス鋼(SUS304)で構成されたボンベを用い、ClF3ガスを80℃で24時間封入してフッ素化処理を行い、第2の含フッ素ガスをClF3ガスに変更する以外は、実施例1と同様に行った。保管後のClF3ガス中のCrの含有量は150質量ppbを超えていた。ガスの純度は99.9体積%超であり、HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0072】
[比較例7]
マンガン鋼に代えてステンレス鋼(SUS304)で構成されたボンベを用いる以外は、実施例1と同様に行った。保管後のIF7ガス中のCrの含有量は100質量ppbを超えていた。ガスの純度は99.9体積%超であり、HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0073】
[比較例8]
マンガン鋼に代えてステンレス鋼(SUS304)で構成されたボンベを用い、F2ガスを80℃で24時間封入してフッ素化処理を行う以外は、実施例1と同様に行った。保管後のIF7ガス中のCrの含有量は100質量ppbを超えていた。ガスの純度は99.9体積%超であり、HFの濃度は100体積ppm未満であった。
【0074】
実施例1~8及び比較例1~8を以下の表1及び表2にまとめた。
【0075】
【0076】
【0077】
表1に示すように、50℃以下でフッ素化処理を行った実施例1~8においては、保管後の含フッ素ガス中のFe、Mn、Cr、Niの含有量がいずれも5質量ppb未満であり、HFの濃度が100体積ppm未満であり、含フッ素ガスの純度が99.9体積%超であった。表2に示すように、実施例1、5、6及び8では、いずれもモル比F/Feが0.01以上3未満であり、モル比O/Feが1以下であった。
【0078】
なお、ボンベの内面の表面粗さRmaxが4μmである実施例8においては、ボンベの内面の表面粗さRmaxが1μm以下である実施例1に比べて、衝撃時の剥離による不純物や、長期間保存した際の不純物が生じやすいと考えられる。
【0079】
一方で、ボンベの内面の表面粗さが高く、フッ素化処理を行わなかった比較例1では、ボンベの内面に吸着した大気成分が放出され、さらには、この大気成分とIF7ガスが反応したことにより、IF7ガスの純度が低下したと考えられる。
また、比較例1では、フッ素化処理を行わなかったため、マンガン鋼の表面がFで終端されておらず、マンガン鋼とIF7ガスが反応し、マンガン鋼に由来するフッ化鉄やオキシフッ化鉄がIF7ガス中に混入したため、Feの含有量が10質量ppbを超えたと考えられる。
さらに、比較例1では、マンガン鋼の表面がHやOHで終端された部分とIF7ガスが反応することによりHFが発生したため、HFの濃度が100体積ppmを超えたと考えられる。
【0080】
比較例2では、ボンベの内面の表面粗さが低いものの、フッ素化処理を行わなかったため、比較例1と同様、IF7ガスの純度が低く、HFの濃度が100体積ppmを超え、Feの含有量が10質量ppbを超えたと考えられる。
【0081】
比較例3では、フッ素化処理を行っているが、ボンベの内面の表面粗さが高いため、IF7ガスの純度は低下しないものの、金属不純物の含有量が多く、HFの濃度も高くなったと考えられる。
【0082】
比較例4及び5では、80℃で過度のフッ素化処理を行ったため、ボンベの内面にフッ化物の皮膜が形成されてしまい、フッ化物の皮膜のフッ化鉄に由来してFeの含有量が10質量ppbを超えたと考えられる。
【0083】
比較例6~8では、ボンベの内面がステンレス鋼で構成されているため、金属不純物に含まれるCrの含有量が非常に多くなったと考えられる。