(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022159341
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】物体表面の清浄化方法
(51)【国際特許分類】
A61L 2/04 20060101AFI20221006BHJP
【FI】
A61L2/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2022120982
(22)【出願日】2022-07-12
(62)【分割の表示】P 2020067893の分割
【原出願日】2020-03-18
(71)【出願人】
【識別番号】521549350
【氏名又は名称】荒井 紅子
(72)【発明者】
【氏名】荒井 大
【テーマコード(参考)】
4C058
【Fターム(参考)】
4C058AA02
4C058AA23
4C058AA30
4C058BB02
(57)【要約】
【課題】物体表面に付着した病原体を急速に不活化または低減化し、その物体の次の利用時までに物体表面の清浄状態を実現する。
【解決手段】物体表面とは接触していない状態で薄いフィルムを高温で加熱消毒したのち、物体表面に被覆載置することで実質的に物体表面の清浄化を行う。別の方法としては、物体表面をその利用位置から待避した位置で高温加熱したのち冷却してから再び利用位置に載置することで物体表面の清浄化を行う。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱部と
前記加熱部により加熱される被加熱部と、
前記加熱部によって前記被加熱部を加熱する加熱位置と、前記被加熱部が露出した構造体表面位置とを切り替える駆動部と
を備える浄化装置を備えたハンドレール。
【請求項2】
加熱部と
前記加熱部により加熱される被加熱部と、
前記加熱部によって前記被加熱部を加熱するときに双方を覆う蓋と
を備える浄化装置を備えた便座。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体表面に付着した病原体等を不活化または低減化する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
諸外国に比べて比較的衛生状況の良好とされる本邦においても、毎年、季節性のインフルエンザやノロウイルスによる感染症が後を絶たない。また近年では新型インフルエンザや新型コロナウイルスなどの発生も、人類にとっての新たな脅威となっている。これらの感染経路は千差万別だが、共通の感染経路のひとつとして接触感染が挙げられている。保因者の手などについた病原体が、その保因者がドアノブや手すりなどを触ることによって、その物体表面に付着してしまい、そのあとで健常者が触ってしまうことによる間接接触感染の経路である。
【0003】
この接触感染を防止するために従来採られてきた方法として、エタノールや次亜塩素酸ナトリウムなどの薬品を用いた清拭による消毒法が第一に挙げられる。しかし薬剤による消毒はその薬剤のもつ消毒スペクトルに適合しない病原体には効果がないし、薬剤が病原体を消毒するまでに一定の時間(数十秒から数分)を要するし、そもそも、例えば利用者がドアノブを握るごとに薬剤による清拭で消毒をするという、頻繁な消毒方法も現実的な手段ではない。
【0004】
この課題に対する従来技術のひとつとして、抗菌や抗ウイルスをうたった表面処理の製品が世の中にだされている。それらは銀イオンを使ったものや特殊なポリマーを使ったものなどが多い。しかしこれらの多くは、付着した病原体の繁殖を無処理表面に比べて若干抑制するだけの性能であったり、数時間から数十時間をかけてゆっくり病原体を減じていくというだけの性能であったりして、やはり頻繁に利用されるドアノブなどの共用箇所に施工しても事実上、接触感染を抑制する効果はほとんど期待できない。
【0005】
このように従来の技術・製品には、ドアノブのように頻繁に病原体が付着する可能性のある物体表面の病原体を数秒から数十秒程度で急速に不活化、低減化するものは存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Issues Concerning Survival of Viruses on Surfaces ,P.Vascickova,et.al,2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
解決しようとする問題点は、物体表面に付着した病原体を不活化または低減化し、その物体の次の利用時までに物体表面の清浄状態を実現するというものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は次のような方法および装置を提案する。
【0009】
清浄状態として利用したい物体表面を、一時的に利用位置から待避してその待避位置で加熱処理を加える。この時の加熱条件(温度、加熱時間等)は不活化・低減化したい病原体の種類や、どの程度低減したいかという要件によって任意である。
【0010】
物体表面を待避するという意味には、加熱中にその物体表面をカバーなどで覆うという構成も考えられる。
【0011】
物体表面の加熱は、一般的に加熱温度が高ければ高いほど、病原体の不活化時間は短くなる。そこで加熱温度を高めたくなるが、一方で利用時の温度がその高温では使えない場合がほとんどである。例えば、ドアノブを200℃、10秒間加熱すれば病原体はほとんど死滅、不活化されるが、常温にもどらなければ人が触ることはできない。
【0012】
そこで、加熱消毒する物体表面は必要最小限の熱容量にとどめるというのが、本発明の主眼である。必要最小限の熱容量とは、すなわち、フィルムや薄板などの薄い材料を加熱するということである。この薄い材料のみを加熱し、所望の不活化・低減化が実現されたら、必要とされる剛性を持つ基材または骨格の上にこの薄い材料を載置するという手段である。
【0013】
この方法によれば、消毒を行う薄い材料は必要最小限の熱容量しか持たないため、高熱に加熱した直後に人の手が触れても火傷をするおそれはない。また、高温加熱後に冷却する場合でも、蓄熱している熱量がすくないため加熱時同様に急速な放熱(冷却)がなされる。また、薄い材料は外気に触れる面積が広いため、加熱後に室温の空気にさらすことだけでも急速に常温に戻る。したがって、適切な比熱、厚みを持つ材質を選択し、かつ加熱温度を設定し、人がその加熱面に触れるまでの冷却時間を設定すれば、高温加熱後に人が火傷をするおそれはない。
【0014】
また、人が直接触れる物体表面の消毒だけではなく、たとえばまな板のように表面の清浄化を求められる物体にも同様に適用できる。この場合においても、高温に加熱した後に急速に冷却することができるため、刺身などの熱を嫌う食材にも適用することができる。これにより、洗剤などの薬品を用いることなく食材ごとに頻繁に消毒を施すことができ、時間の節約にもなるため、まな板を介した食中毒を防ぐことが期待できる。
【0015】
さらに、薄い材料だけを加熱するということは、その加熱に投入するエネルギーも極めて少なくて済む。例えば、200μmの厚みの水を25℃上昇させる熱量で、10μm厚みのアルミ箔を180℃も上昇させることができる。室温が23℃としたとき、180℃上昇させて203℃にすれば、10秒程度で病原体はほとんど無毒化することができる。
【0016】
前段落を言い換えるならば、室温23℃において200℃まで加熱した10μm厚みのアルミ箔を加熱体から取り外し、その直後に手指で触っても火傷することはない。理由は、加熱体から取り外した直後からアルミ箔は23℃の大気中に速やかに放熱を開始することに加え、200μmの手指の表皮に熱が均一に加わったとしても20℃程度しか上昇しないことを意味し、ぬるま湯の湯飲み茶わんを持った程度にしか感じないためである。
【0017】
このように、構造体の表面を加熱消毒する際に、可能な限り表面を薄く分離し、その分離表面だけを高温で加熱消毒することは、消毒効率の点からも省エネルギーの点からも極めて有効な手段である。
【0018】
ここで加熱する温度と時間について記す。定性的に考えれば、可能な限り高温で可能な限り長時間加熱したほうが病原体の不活化、低減化が望めるのは間違いない。しかしながら実際の製品設計においては、効率や経済性を考慮してその装置の要求仕様に応じて設定、設計されるべきである。ただ、ひとつの目安として、殺菌が目的であるならば水の沸点以上に熱するというものがある。細菌類はウイルスとは異なり微生物であり、細胞壁内に水分を蓄えている。従って、沸点以上に細菌を熱すれば、水が気化した瞬間に膨張し細胞壁が内圧によって破壊され生存できなくなる。そのため水の沸点以上すなわち大気圧においては100℃以上に加熱し、付着した細菌類を100℃以上の状態にできれば瞬時に死滅させることができる。
【0019】
一方、ウイルス類は必ずしもそうはならない。ウイルスやファージは生物ではなく単なる化学物質であるため、100℃以上の環境でもしばらくその分子構造を保つ場合がある。そのため、利用するアルミ箔などの薄フィルムの耐熱温度と加熱体の温度と経済性、安全性を鑑みて加熱温度は決定すればよい。事前の実験では、加熱体として入手が容易で安価な、はんだごて用セラミックヒーターを12V電源に接続し加熱したところ180℃まで10数秒で上昇した。そこで安価な装置構成の実現、部品調達の観点からは180℃で10秒程度加熱する、というのがひとつの加熱条件の目安となるだろう。
【0020】
また、ウイルスにはエンベロープと呼ばれる被膜付きのものとエンベロープのないものがある。例えばインフルエンザウイルスやコロナウイルスはエンベロープ付きのタイプであり、ノロウイルスはエンベロープが付いていないタイプである。直感的には被膜がついている方が外的耐性を備えているように思われるが実際には異なる。エンベロープタイプは、そのエンベロープさえ破れてしまえば不活化できてしまうからである。一方でエンベロープ無しのタイプは、その構造自体を破壊しなければ不活化できない。従って、エンベロープタイプのものは、細菌の加熱消毒と同様に、水の沸点以上で加熱することによりエンベロープ内部の水分が気化しエンベロープを内部から破壊することが期待できる。
【0021】
つまり、細菌およびエンベロープ付きウイルスに対する加熱消毒の目安として、水の沸点以上での加熱温度が効果的であり、エンベロープ無しのウイルスに対しては装置構成部品の入手性の観点から180℃以上での加熱温度が効率的であるといえる。これが装置を実設計する際の目安となるだろう。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、清浄化を必要とする物体の表面を急速に、かつ、省エネルギーに、かつ、自動的に消毒、減毒することができる。これにより、物体表面が頻繁に汚染されるドアノブや手すりや便座やまな板表面など、その汚染機会ごとに清浄化を求められる社会ニーズに応えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】 本発明の実施形態の一例である、ドアノブ等の把持構造の概略構成である。
図1aは把持構造の透視図である。
図1bは把持部の断面をとった透視図である。
図1cは駆動部のカバーを外した状態の透視図である。
図1dは把持部の断面模式図である。
【
図2】 本発明の実施形態の一例である、ドアノブ等の押し引き構造の概略構成である。
【
図3】
図2の形態を半分に分割した、実施形態の一例である。
図3aはドアなどの単純な押し箇所や押しボタンに用いたりする例である。
図3bは水平に用いることでまな板に用いたり、手術具等の医療器具の一時置き場に利用したりする例である。
図3cはペルチェ素子を利用した構成を示している。
【
図4】 エスカレータのハンドレールに適用した構成例である。
【
図5】 物体表面を待避するのではなく、一時的に蓋構造を覆いかぶせて加熱する構成の一例である。
【
図6】 本発明の実施の基本構成の概念図の一例である。フィルムを用いた例を示してある。
【
図7】 本発明の実施の基本構成の概念図の一例である。薄板を用いた例を示してある。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の核心となる部分は、清浄化したい機能構造物(手すり、まな板、便座等)の最小限の表面厚み部分のみを加熱消毒する、ということである。しかしながら、清浄化したい部分を薄く、あるいは小さくしすぎると剛性や耐久性の問題が生じる場合が考えられる。逆にある程度厚くすると、加熱時間および冷却時間に時間がかかるため頻繁な利用に耐えられなかったり、多大な所要エネルギーを要したりするという弊害がある。
【0025】
したがって、厚さや装置の構造は、病原体を何秒以内にどれだけ減じたのちに再利用状態に復帰するか、という設計要件に基づいた加熱条件を満足するものであるべきであり、その設計実現手段は無数にあり一概には決められない。以下の実施例は、それらの実設計に耐えうる構成のうちの、本発明を用いた一例のみを示すものである。
【実施例0026】
図1は、本発明の実施例のひとつであり、ドアノブ、手すり、つり革、ドアの鍵など握ったり押したり引いたりする把持構造体での実施例を示してある。
把持部1は支持構造体8、回転駆動支持体7、加熱体6、薄フィルム4で構成されている。1つあるいは複数の回転駆動支持体7は回転アクチュエータ3によって回転駆動することで、薄フィルム4を構造体に沿って走行させる。
【0027】
薄フィルム4は、利用時表面5(すなわちこの場合利用者が把持する際に皮膚が接触する把持部表面)から待避した位置に載置されている加熱体6に接触加熱されたときに消毒、減毒される。そして消毒、減毒された薄フィルム4は再び利用時表面5へと走行される。
【0028】
このときの加熱体6はニクロム線のような電熱線でもいいし、セラミックヒーターでもいいし、バーナー型アイロンのように間接的に火炎をあててもよい。あるいは高温の液体をパイプに通すことで間接的に熱してもよい。
【0029】
薄フィルム4は回転駆動支持体7で支持されることにより、剛性をもってその場所を維持する。把持構造体が片持ち構造の場合は把持部内部に載置される支持構造体8および回転駆動支持体7によってその剛性が保たれる。把持構造体が両持ちの場合も同様ではあるが、支持構造体8を両側から引っ張って構成することができるため、ワイヤーなどの軽量部材で代替して構成することも可能である。
【0030】
把持構造体2は利用されたことを自動的に検知する。検知方法は、本体にとりつけた振動計でもいいし、把持によりひずみが生じたことを検知するひずみゲージでもいいし、光検知式の非接触センサでもよい。あるいは、能動的に利用者が操作できるスイッチや、音声指示に反応するマイクが備わっていてもよい。
【0031】
利用されたことを検知した把持構造体2は、利用者が手を放すなどして利用を終えた状態も同様に検知し、利用終了後すぐにあるいは一定時間後、薄フィルム4の走行を開始する。加熱体6もこのときに加熱を行い、加熱体6に接触通過する薄フィルム4を加熱することによって順次消毒、減毒を行う。
【0032】
把持利用表面の全体が消毒、減毒状態になったら薄フィルム4の走行をやめ、再利用可能状態となる。
【0033】
このとき、再利用可能状態、利用者による利用中状態、利用者が利用を終了した状態、把持構造体が消毒工程を行っている状態のいくつかあるいはすべてにおいて、その状態を示すランプの点灯や音声の発出機能も搭載する。
【0034】
加熱体6と薄フィルム4の接触長が、薄フィルム4の利用時表面5長より長ければ、利用者が把持構造体2を利用しているときにも並行して加熱処理をしておくことによって、利用終了後に迅速に薄フィルム4を走行させて、次の利用に備えることができる。すなわち、利用中の時間と加熱消毒時間を並行して行えるために、タクトタイムの短縮ができる。
【0035】
加熱体6と薄フィルム4の接触長が、薄フィルム4の利用時表面5長より長くない場合においても、もちろん利用者が把持構造体2を利用している最中に、加熱処理を並行して行うことは可能である。ただしそれ以外の部分に関しては、利用者の利用が終了後に、薄フィルム4を順次走行させながら加熱体6に接触させて加熱消毒しなければならない。
【0036】
このとき、薄フィルム4は同一方向だけに回転させてもよいし、逆転させてもよい。また、
図1において薄フィルム4は始点と終点を連結してループ状にしているが、連結せずに開放しておいて、一方向に巻き取り後に逆転して利用してもよいし、すべて巻き取り直してからもういちど一方向から利用しだしてもよい。つまり例えていえば、カセットテープを一方向から再生して片面の再生後にオートリバース機能によって逆方向にテープを再生させてもよいし、片面の再生後にすべて巻き戻して同じ片面をふたたび再生してもよい、という利用方法の意味である。
【0037】
なお、加熱する時間と温度は計測してあり、病原体の所望の不活化、低減化が行われ、かつ火傷と故障を含めた装置の過熱を防ぐための温度制御がなされている。
【0038】
薄フィルム4は、アルミ箔のほか、樹脂フィルムでもいいし、樹脂フィルムにアルミ箔等の金属を蒸着させたものでもよい。樹脂フィルムの一例としてポリイミドフィルムが挙げられる。例えばカプトンフィルム(登録商標)という商品名で知られるデュポン社のポリイミドフィルムは耐熱温度が約400℃であり、本発明で想定する200℃程度までの加熱温度には充分耐えられる。またフィルム厚みの種類も多数あるため、利用時での残存熱量・温度と耐久性の観点を踏まえて、その製品仕様に適した厚みを選択することができる。その他、装置加熱仕様温度に耐えられる材質であればどのような薄フィルム4であっても構わない。
【0039】
このように本発明を用いれば、把持部1の清浄化が施される。それとともに、加熱によって表面に付着した水分も蒸発させることができる。トイレのドアノブなどでよくあることだが、前の利用者が濡れた手でドアノブを触り、その水滴がドアノブに残っていることがある。こういった不快感、不清潔さも本発明で副次的に解決することができる。
この構成において、中央内部に加熱体6は載置する。利用時表面5の利用が検知されると、利用終了後に薄フィルム4が走行して加熱体6へと位置決めされるのは実施例1と同様である。このとき、薄フィルム4と加熱体6の接触長が充分長ければ、装置利用時や待機時といった、薄フィルム4の非走行時に予め加熱消毒しておくことができるため、時間の節約になるのも実施例1と同様である。