(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022159743
(43)【公開日】2022-10-18
(54)【発明の名称】予測モデル作成装置、予測モデル作成方法、プログラム、及び予測装置
(51)【国際特許分類】
C07B 61/00 20060101AFI20221011BHJP
G06N 20/00 20190101ALI20221011BHJP
【FI】
C07B61/00 Z
G06N20/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021064127
(22)【出願日】2021-04-05
(71)【出願人】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 充
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA04
4H006AC41
4H006AC46
4H006BC40
(57)【要約】
【課題】統一的な手法でより多くのカルボン酸エステルの反応性を精度よく予測する。
【解決手段】予測モデル作成装置は、カルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、カルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及びカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値を含む説明変数と、アルカリ加水分解の反応速度に関する値である目的変数との組合せを記憶する記憶装置から、説明変数と目的変数とを読み出すデータ読出部と、説明変数と目的変数との関係を学習し、反応速度の予測モデルを作成する予測モデル作成部とを備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、前記カルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び前記カルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値を含む説明変数と、前記アルカリ加水分解の反応速度に関する値である目的変数との組合せを記憶する記憶装置から、前記説明変数と前記目的変数とを読み出すデータ読出部と、
前記説明変数と前記目的変数との関係を学習し、前記反応速度の予測モデルを作成する予測モデル作成部と、
を備える予測モデル作成装置。
【請求項2】
前記ギブス自由エネルギー差に基づく値は、基準とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の素反応のギブス自由エネルギー差と、対象とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の素反応のギブス自由エネルギー差との差であり、
前記最低空軌道のエネルギー準位に基づく値は、基準とするカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位と、対象とするカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位との差であり、
前記水-オクタノール分配係数に基づく値は、基準とするカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数と、対象とするカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数との差であり、
前記アルカリ加水分解の反応速度に関する値は、基準とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度と、対象とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度との比に基づく値である
請求項1に記載の予測モデル作成装置。
【請求項3】
前記予測モデル作成部は、前記説明変数と前記目的変数とを用いて部分的最小二乗回帰を行う
請求項1又は2に記載の予測モデル作成装置。
【請求項4】
カルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、前記カルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び前記カルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値を含む説明変数と、前記アルカリ加水分解の反応速度に関する値である目的変数との組合せを記憶する記憶装置から、前記説明変数と前記目的変数とを読み出すデータ読出ステップと、
前記説明変数と前記目的変数との関係を学習し、前記反応速度の予測モデルを作成する予測モデル作成ステップと、
をコンピュータが実行する予測モデル作成方法。
【請求項5】
カルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、前記カルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び前記カルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値を含む説明変数と、前記アルカリ加水分解の反応速度に関する値である目的変数との組合せを記憶する記憶装置から、前記説明変数と前記目的変数とを読み出すデータ読出ステップと、
前記説明変数と前記目的変数との関係を学習し、前記反応速度の予測モデルを作成する予測モデル作成ステップと、
をコンピュータに実行させるプログラム。
【請求項6】
カルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、前記カルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び前記カルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値を含む説明変数、及
び前記アルカリ加水分解の反応速度に関する値である目的変数の関係を学習した前記反応速度の予測モデルと、予測対象のカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、前記予測対象のカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び前記予測対象のカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値とを読み出すデータ読出部と、
読み出された前記予測モデルと、予測対象のカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、前記予測対象のカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び前記予測対象のカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値とを用いて、前記アルカリ加水分解の反応速度に関する値の予測値を算出する予測部と、
を備える予測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、予測モデル作成装置、予測モデル作成方法、プログラム、及び予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、カルボン酸エステル類のアルカリ加水分解速度を予測するための技術が提案されている。例えば、非特許文献1では、化合物の生分解性を予測することを目的として、18種類のカルボン酸エステルに対し、量子化学計算により活性化自由エネルギーを求め、活性化自由エネルギーを用いてアルカリ加水分解速度を予測する方法が開示されている。しかしながら、カルボン酸エステルの種類によっては、弱い相関しか得られなかったとされている。
【0003】
また、Hammett則により、芳香族カルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度を含む反応性を予測できること、Taft則により、脂肪族カルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度を含む反応性を予測できることは知られている(例えば非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】小畑友洋、岩井志帆、隅本倫徳、堀憲次、「理論及び実験的手法を併用したエステル類の加水分解性予測に関する情報化学的研究」、第36回情報化学討論会、2013年10月31日
【非特許文献2】藤田稔夫、「生理活性物質の定量的構造活性相関-Hansch-Fujita法の基礎-」、日本農薬学会誌、2013年、38巻1号、p2-19
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Hammett則、Taft則を用いる手法は、予測の精度は高いが、化合物の構造に含まれる置換基に対し、予測に用いるパラメータが存在するか、別途パラメータを実験的に求める必要がある。また、Hammett則から予測される反応性は、芳香族カルボン酸エステル、Taft則から予測される反応性は、酢酸エステル誘導体に限られ、これらを統一的に予測する手法は知られていなかった。
【0006】
そこで、本技術は、統一的な手法でより多くのカルボン酸エステルの反応性を精度よく予測することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に係る予測モデル作成装置は、カルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、カルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及びカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値を含む説明変数と、アルカリ加水分解の反応速度に関する値である目的変数との組合せを記憶する記憶装置から、説明変数と目的変数とを読み出すデータ読出部と、説明変数と目的変数との関係を学習し、反応速度の予測モデルを作成する予測モデル作成部とを備える。
【0008】
また、ギブス自由エネルギー差に基づく値は、基準とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の素反応のギブス自由エネルギー差と、対象とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の素反応のギブス自由エネルギー差との差であり、最低空軌道のエネルギー
準位に基づく値は、基準とするカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位と、対象とするカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位との差であり、水-オクタノール分配係数に基づく値は、基準とするカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数と、対象とするカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数との差であり、アルカリ加水分解の反応速度に関する値は、基準とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度と、対象とするカルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度との比に基づく値であってもよい。
【0009】
また、予測モデル作成部は、説明変数と目的変数とを用いて部分的最小二乗回帰を行うようにしてもよい。
【0010】
また、本開示に係る予測装置は、カルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、カルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及びカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値を含む説明変数、及びアルカリ加水分解の反応速度に関する値である目的変数の関係を学習した反応速度の予測モデルと、予測対象のカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、予測対象のカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び予測対象のカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値とを読み出すデータ読出部と、読み出された予測モデルと、予測対象のカルボン酸エステルのアルカリ加水分解の二段階の素反応それぞれのギブス自由エネルギー差に基づく値、予測対象のカルボン酸エステルの最低空軌道のエネルギー準位に基づく値、及び予測対象のカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数に基づく値とを用いて、アルカリ加水分解の反応速度に関する値の予測値を算出する予測部とを備える。
【0011】
なお、課題を解決するための手段に記載の内容は、本開示の課題や技術的思想を逸脱しない範囲で可能な限り組み合わせることができる。また、課題を解決するための手段の内容は、コンピュータ等の装置若しくは複数の装置を含むシステム、コンピュータが実行する方法、又はコンピュータに実行させるプログラムとして提供することができる。なお、プログラムを保持する記録媒体を提供するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0012】
開示の技術によれば、統一的な手法でより多くのカルボン酸エステルの反応性を精度よく予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、予測装置の構成の一例を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、予測装置が実行する学習処理の一例を示す処理フロー図である。
【
図4】
図4は、予測装置が実行する予測処理の一例を示す処理フロー図である。
【
図5】
図5は、カルボン酸エチルエステルの耐アルカリ性の実測値と予測値を示す図である。
【
図6】
図6は、カルボン酸エチルエステルの耐アルカリ性の実測値と予測値を示す図である。
【
図7】
図7は、セルロースエステル誘導体の耐アルカリ性(pH12)の実測値と予測値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ予測装置の実施形態について説明する。
【0015】
本実施形態では、部分的最小二乗(PLS:Partial Least Squares)回帰を用いて、
カルボン酸エステルの既知のアルカリ加水分解速度を学習した予測モデルを作成する。PLS回帰は、例えば統計解析ソフトR version 4.0.0(library PLS)を用いて実行する
ことができる。目的変数は、アルカリ加水分解の速度定数に関する値である。具体的には、基準とするカルボン酸エステルの速度定数と、対象のカルボン酸エステルの速度定数との相対値であり、例えば、これらの速度定数の比を対数化したものを用いることができる。また、説明変数は、反応前後のギブス自由エネルギーの差に関する値、基質であるカルボン酸エステルの最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)のエ
ネルギー準位に関する値、及び基質であるカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数(logP)に関する値を用いる。また、説明変数の各々も、基準とするカルボン酸エステルの値と、対象のカルボン酸エステルの値との相対値であり、例えば、これらの値の差を用いることができる。
【0016】
カルボン酸エステルのアルカリ加水分解は、以下のように2段階の反応機構で成り立っている。なお、R
1、R
2は任意の置換基である。
【化1】
なお、出発物、中間体、生成物のギブス自由エネルギーを、それぞれdG
1、dG
2、dG
3とする。また、中間体と出発物とのギブス自由エネルギー差dG
te_e、生成物と中間体とのギブス自由エネルギー差dG
a_teは、それぞれ以下の式(1)、式(2)で求められる。
dG
te_e=dG
2-dG
1 ・・・(1)
dG
a_te=dG
3-dG
2 ・・・(2)
ギブス自由エネルギー及びLUMOのエネルギー準位は、例えばGaussian(登録商標)を用いて、化合物の構造に基づいて算出が可能である。また、水-オクタノール分配係数は、Scigress(登録商標)を用いて算出することができる。なお、エステル結合が連続するポリマーやオリゴマーは、速度定数や上述した中間体を規定することが難しいため、本実施形態ではいわゆる低分子のカルボン酸エステルを対象とする。
【0017】
<装置構成>
図1は、予測装置1の構成の一例を示すブロック図である。予測装置1は、一般的なコンピュータであり、通信インターフェース(I/F)11と、記憶装置12と、入出力装置13と、プロセッサ14とを備えている。通信I/F11は、例えばネットワークカードや通信モジュールであってもよく、所定のプロトコルに基づき、他のコンピュータと通信を行う。記憶装置12は、RAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)等の主記憶装置、及びHDD(Hard-Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)、フラッシュメモリ等の補助記憶装置(二次記憶装置)であってもよい。主記憶装置は、プロセッサ14が読み出すプログラムや他のコンピュータとの間で送受信する情報を一時的に記憶したり、プロセッサ14の作業領域を確保したりする。補助記憶装置は、プロセッサ14が実行するプログラムや他のコンピュータとの間で送受信する情報等を記憶する。入出力装置13は、例えば、キーボード、マウス等の入力装置、モニタ等の出力装置、タッチパネルのような入出力装置等のユーザインターフェースである。プロセッサ14は、CPU(Central Processing Unit)等の演算処理装置であり、プログラムを実行するこ
とにより本実施形態に係る各処理を行う。
図1の例では、プロセッサ14内に機能ブロックを示している。すなわち、プロセッサ14は、所定のプログラムを実行することにより
、データ入出力部141、前処理部142、モデル作成部143、検証部144、及び予測部145として機能する。
【0018】
データ入出力部141は、例えば記憶装置12からデータを読み出したり、記憶装置12へデータを書き込んだりする。また、入出力装置13を介してデータを表示させるようにしてもよい。前処理部142は、予測モデルを作成する学習処理の入力データや、予測処理の入力データを標準化する。例えば、温度などの測定条件が異なる測定値について所定の調整を行うようにしてもよい。モデル作成部143は、学習対象のカルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度の予測モデルを作成する。学習には、例えばPLS回帰を用いることができる。検証部144は、作成された予測モデルの予測精度を検証する。検証には、例えばLeave One Out法を用いることができる。予測部145は、作成された予測モ
デルを用いて、予測対象のカルボン酸エステルについて加水分解速度を予測する。
【0019】
以上のような構成要素が、バス15を介して接続されている。
【0020】
<学習処理>
図2は、予測装置1が実行する学習処理の一例を示す処理フロー図である。なお、記憶装置12には、学習対象のカルボン酸エステルの加水分解速度を表すデータ(例えば速度定数)、並びに、出発物、中間体及び目的物のギブス自由エネルギー、出発物であるカルボン酸エステルの最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)のエ
ネルギー準位、及び出発物であるカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数は、上述の通り量子化学計算により算出され、予め記憶装置12に記憶されているものとする。
【0021】
予測装置1のデータ入出力部141は、学習対象のカルボン酸エステルの加水分解速度を表すデータを記憶装置12から読み出す(
図2:S1)。
図3は、学習データの一例を示す図である。
図3の表は、「No.」、「カルボン酸エステル」、「溶媒」、「温度」、「アルカリ加水分解速度」の各列を含む。「No.」の列には、便宜上、レコードを特定するための通し番号が登録されている。「カルボン酸エステル」の列には、カルボン酸エステルを示す識別情報が登録されている。識別情報は、例えばSMILES記法等を用いて記述することができる。「溶媒」の列には、溶媒の割合を示す値が登録されている。「温度」の列には、測定環境の温度を示す値が登録されている。「加水分解速度」の列には、加水分解速度に応じた値が登録されている。なお、本実施形態では、学習対象のデータに、溶媒濃度や測定温度などの測定条件が異なるデータが含まれるものとする。
図2のS1においては、
図3に示すようなデータのほか、出発物、中間体及び目的物のギブス自由エネルギー、出発物であるカルボン酸エステルの最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)のエネルギー準位、及び出発物であるカルボン酸エステルの
水-オクタノール分配係数が読み出されるものとする。
【0022】
また、予測装置1の前処理部142は、学習に用いるデータに対して前処理を行う(
図2:S2)。本ステップでは、溶媒濃度や測定温度などの測定条件が異なるデータについて、各条件下での測定データがあるカルボン酸エステルを基準として、アルカリ加水分解速度の値を標準化するものとする。
図3の例では、No.1、No.3のレコードに示すように、酢酸エチル(O=C(OCC)C)が、溶媒70AT%、温度24.8℃の条件下と、溶
媒60AT%、温度25.0℃の条件下とで共通に測定されており、アルカリ加水分解速度の比はkt1:kt3である。例えば、溶媒70AT%、温度24.8℃の測定条件を基準とする場合、溶媒60AT%、温度25.0℃の条件下で測定されたNo.4の加水分解速度kt4は、kt1/kt3倍することで、標準化を行う。すなわち、基準とする化合物の異なる測定条件における測定値の比に基づいて、基準とする測定条件に標準化するための係数を決定し、基準以外の測定条件における測定値に乗じる。なお、同一の条件で測定したデータを用意できる場合は、標準化を実行しないようにしてもよい。
【0023】
また、前処理部142は、前処理として、基準とするカルボン酸エステルの速度定数に対する、学習対象のカルボン酸エステルの標準化された速度定数の比率を示す値を対数変換する。また、前処理部142は、前処理として、中間体と出発物とのギブス自由エネルギー差、目的物と中間体とのギブス自由エネルギー差、基質であるカルボン酸エステルの最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)のエネルギー準位、及
び基質であるカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数について、それぞれ基準とするカルボン酸エステルの値と学習対象のカルボン酸エステルの値との差を算出する。
【0024】
また、予測装置1のモデル作成部143は、アルカリ加水分解速度の学習処理を行う(
図2:S3)。本ステップでは、モデル作成部143は、目的変数とするアルカリ加水分解の速度定数に関する値と、説明変数とする、反応前後のギブス自由エネルギーの差に関する値、基質であるカルボン酸エステルの最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)のエネルギー準位に関する値、及び基質であるカルボン酸エステルの
水-オクタノール分配係数に関する値を用いて、PLS回帰を行う。目的変数及び説明変数は、S2において前処理が行われた値を用いるものとする。PLS回帰によって得られる回帰式を予測モデルと呼ぶ。PLSによれば、学習データが比較的少ない場合や、説明変数の間に相関が高い場合であっても計算できる。
【0025】
また、予測装置1の検証部144は、作成された予測モデルの精度を検証する(
図2:S4)。検証は、例えばLeave One Out法を用いて行うことができる。すなわち、データ
のうち1つをテストデータとし、その他を学習データとして作成した上述の予測モデルの性能を検証する。また、順にテストデータと学習データとを入れ替えて繰り返し予測モデルの作成と検証を行い、結果を平均して最終的な予測モデルの評価を行うものとする。
【0026】
そして、データ入出力部141は、作成された予測モデル及び検証結果を記憶装置12に格納する(
図2:S5)。
【0027】
<予測処理>
図4は、予測装置1が実行する予測処理の一例を示す処理フロー図である。なお、学習処理で作成された予測モデルが、予め記憶装置12に記憶されているものとする。また、予測対象のカルボン酸エステルである出発物、中間体及び目的物のギブス自由エネルギー、予測対象のカルボン酸エステルのLUMOのエネルギー準位、及び予測対象のカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数は、上述の通り量子化学計算により算出され、予め記憶装置12に記憶されているものとする。
【0028】
予測装置1の予測装置1のデータ入出力部141は、予測対象のカルボン酸エステルに関するデータを記憶装置12から読み出す(
図4:S11)。本ステップでは、予測対象のカルボン酸エステルである出発物、中間体及び目的物のギブス自由エネルギー、予測対象のカルボン酸エステルのLUMOのエネルギー準位、及び予測対象のカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数が読み出されるものとする。
【0029】
また、予測装置1の前処理部142は、予測に用いるデータに対して前処理を行う(
図4:S12)。本ステップでは、前処理部142は、前処理として、中間体と出発物とのギブス自由エネルギー差、目的物と中間体とのギブス自由エネルギー差、基質であるカルボン酸エステルのLUMOのエネルギー準位、及び基質であるカルボン酸エステルの水-オクタノール分配係数について、それぞれ基準とするカルボン酸エステルの値と予測対象のカルボン酸エステルの値との差を算出する。
【0030】
また、予測装置1の予測部145は、記憶装置12に記憶されている予測モデルとS2
で算出された値とを用いて、予測処理を行う(
図4:S13)。本ステップでは、S2で算出された値を予測モデルに当てはめ、アルカリ加水分解の反応速度に関する値を算出する。
【0031】
そして、データ入出力部141は、アルカリ加水分解の反応速度に関する値を記憶装置12に格納する(
図4:S14)。なお、出力先は、モニタ等の入出力装置13であってもよい。
【実施例0032】
<実施例1>
学習対象のデータを、以下の文献から抽出した。
(1)C.H.BAMFORD、C.F.H.TIPPER、”Comprehensive Chemical Kinetics”, vol 10, p168-169 (1972), Elsevier Publishing Co.
(2)藤田稔夫、「生理活性物質の活性と立体効果」、有機合成化学第36巻第10号(1978)
(3)北条卓、宇高正徳、吉田善一、「オルト効果(第4報)置換安息香酸エチルの水中
におけるアルカリ加水分解速度」、有機合成化学第23巻第11号(1965)
(4)北条卓、宇高正徳、吉田善一、「オルト効果(第6報)置換オルト・トリル酸エチルのアルカリ加水分解におけるオルト効果の置換基効果」、有機合成化学第23巻第12号(1965)
(5)OWEN H. WHEELER, CHAO, and J. R. SANCHEZ-CALDAS, ”Kinetics of Saponification of Some Cyclic Esters”, 26, p2505 (1961)
【0033】
また、統計解析ソフト R version 4.0.0(library PLS)を用いてPLSによる解析及
び予測モデルの作成を行った。Scigress ver 2.9を用いて、水-オクタノール分配係数を算出した。また、Gaussian 16 (DFT / B3LYP / 6-311G(d, p), scrf(solvent = water)
により、構造最適化および振動解析を行い、LUMO、ギブス自由エネルギーの算出を行った。結果、脂肪族カルボン酸41種、芳香族カルボン酸31種(無置換1種、o-置換芳香族カルボン酸9種、m-置換芳香族カルボン酸9種、p-置換芳香族カルボン酸12種)を得た。なお、汎関数B3LYPは、ヨウ素が計算対象外のため、収集したデータ中、ヨウ素を含むカルボン酸エチルエステル2種を除外した。
【0034】
データセット中、脂肪族カルボン酸については、測定条件が、溶媒70AT%、温度24.8℃の酢酸エチルの速度定数を基準として上述した標準化を行った。また、芳香族カルボン酸エチルエステルについては、測定条件が、溶媒60AT%、温度25.0℃安息香酸エチルの速度定数を基準として上述した標準化を行った。また、一部のデータについては、同一の測定条件で測定された酢酸エチル又は安息香酸エチルの測定結果がないため、複数の文献に測定結果が記載された他のカルボン酸エステルを基準として、同様の標準化を行った。
【0035】
以上のようにして得られた学習データを用いてPLS回帰により予測モデルを作成したところ、主成分数3で、予測モデルの精度を示す決定係数R
2は0.829、予測性を示す値Q
2は0.803であった。
図5は、カルボン酸エチルエステルの耐アルカリ性の実測値と予測値を示す図である。
図5の横軸は実測値、縦軸は予測値を示す。実測値と予測値とは良好な相関を示しているといえる。
【0036】
<実施例2>
酢酸エステルの加水分解速度の学習データとして、実施例1で挙げた文献(1)から、17種類の酢酸エステルを収集した。また、実施例1と同様に前処理を行い、PLS回帰により予測モデルを作成したところ、主成分数1で、予測モデルの精度を示す決定係数R
2は0.729、予測性を示す値Q
2は0.549であった。
図6は、カルボン酸エチルエステルの耐アルカリ性の実測値と予測値を示す図である。
図6の横軸は実測値、縦軸は予測値を示す。実施例1よりも予測の精度は低いものの、実測値と予測値とはおおむね良好な相関を示しているといえる。
【0037】
<実施例3>
本開示による加水分解速度の予測値に基づき、材料の特性予測を行うことができる。実施例3では、セルロース誘導体の多孔質フィラメントについて、対応するカルボン酸エチルエステルの加水分解速度からpH12での耐アルカリ性を予測するためのモデル(以下、カルボン酸エステルのアルカリ加水分解速度を学習した予測モデルと区別するため、「第2の予測モデル」と呼ぶ)を作成した。耐アルカリ性の指標を目的変数、他の物性又は構造情報を説明変数として、線形回帰分析により第2の予測モデルを作成することができる。また、作成された第2の予測モデルに対して、実施例1で予測したカルボン酸エチルエステルの数値を適用して、実施例1の予測結果の精度を確認した。
【0038】
第2の予測モデル作成のため、特開2018-154807号公報、国際公開第2017/175752号、特開2018-145383号公報、及び国際公開第2017/175600号に記載の、19種のセルロース誘導体の耐アルカリ性試験結果(pH12での中空糸膜またはフィラメントの引張強度の低下速度)を利用した。収集したデータを用い、PLS回帰により第2の予測モデルを作成したところ、主成分数2で、予測モデルの精度を示す決定係数R2は0.930、予測性を示す値Q2は0.882であった。
【0039】
作成した第2の予測モデルを用いて、実施例1の予測モデルで算出した2-エチルヘキシルセルロース(2EtHex:置換度2.4)の耐アルカリ性を予測したところ、196時間との結果が得られた。一方、実験により得た実測値は、240時間以上であった。
図7は、セルロースエステル誘導体の耐アルカリ性(pH12)の実測値と予測値を示す図である。
図7の横軸は実測値、縦軸は予測値を示す。実測値と予測値とは良好な相関を示しているといえる。
【0040】
<効果>
本開示によれば、脂肪族、芳香族等に関わらず、カルボン酸エステルについて統一的に反応性の予測を行うことができる。また、説明変数に採用したギブス自由エネルギー、LUMO、logPといった指標は、出発物の化合物の構造が与えられれば量子化学計算によって算出できる。すなわち、実験が不要であり、安定した状態の構造に基づいて算出される値であるため遷移状態を扱うよりも比較的計算負荷は少ないといえる。一方、例えば活性化エネルギーを量子化学計算で求める場合は、遷移状態の構造を用いるため計算量も多く予測精度の低下につながる。
【0041】
<その他>
また、本開示は、上述した処理を実行する方法やコンピュータプログラム、当該プログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体を含む。当該プログラムが記録された記録媒体は、プログラムをコンピュータに実行させることにより、上述の処理が可能となる。ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、データやプログラム等の情報を電気的、磁気的、光学的、機械的、または化学的作用によって蓄積し、コンピュータから読み取ることができる記録媒体をいう。このような記録媒体のうちコンピュータから取り外し可能なものとしては、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、光ディスク、磁気テープ、メモリカード等がある。また、コンピュータに固定された記録媒体としては、HDDやSSD(Solid State Drive)、ROM等がある。