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特開2022-159745固体潤滑剤、摺動部品、固体潤滑剤の製造方法、及び摺動部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022159745
(43)【公開日】2022-10-18
(54)【発明の名称】固体潤滑剤、摺動部品、固体潤滑剤の製造方法、及び摺動部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C10M 103/06 20060101AFI20221011BHJP
   C10M 103/02 20060101ALI20221011BHJP
   F16C 17/00 20060101ALI20221011BHJP
   C10N 50/08 20060101ALN20221011BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20221011BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20221011BHJP
【FI】
C10M103/06 F
C10M103/02 Z
F16C17/00 Z
C10N50:08
C10N30:06
C10N40:02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021064131
(22)【出願日】2021-04-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年11月2日、トライボロジー会議2020秋 別府の講演予稿集にて、セリサイト粉末分散金属薄膜の摩擦特性について公開した。 令和2年11月11日、トライボロジー会議2020秋 別府にて、セリサイト粉末分散金属薄膜の摩擦特性について公開した。
(71)【出願人】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(71)【出願人】
【識別番号】591275665
【氏名又は名称】三信鉱工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇佐美 初彦
(72)【発明者】
【氏名】三崎 順一
【テーマコード(参考)】
3J011
4H104
【Fターム(参考)】
3J011AA07
3J011JA01
3J011QA03
3J011SB03
3J011SB05
3J011SB15
4H104LA03
4H104PA01
4H104QA11
4H104QA13
(57)【要約】
【課題】良好な摩擦特性を有する固体潤滑剤及び摺動部品を提供する。また、そのような固体潤滑剤の製造方法及び摺動部品の製造方法を提供する。
【解決手段】固体潤滑剤10は、表面にグラファイト粒子30が付着したセリサイト粒子20を含有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にグラファイト粒子が付着したセリサイト粒子を含有することを特徴とする固体潤滑剤。
【請求項2】
摺動面に、請求項1に記載の固体潤滑剤を含む潤滑被膜が形成されていることを特徴とする摺動部品。
【請求項3】
セリサイトとグラファイトを含む原料を粉砕して、請求項1に記載の固体潤滑剤を得ることを特徴とする固体潤滑剤の製造方法。
【請求項4】
基材の表面に金属膜を成膜し、
前記金属膜に、請求項1に記載の固体潤滑剤を圧入することを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項5】
前記固体潤滑剤が圧入された前記金属膜を熱処理して、潤滑被膜を形成することを特徴とする請求項4に記載の摺動部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑剤、摺動部品、固体潤滑剤の製造方法、及び摺動部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、金型鋳造法において用いられる離型剤が開示されている。この離型剤は、離型成分として油分と固体潤滑剤を含んでいる。固体潤滑剤の一例として、セリサイトが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9-108773号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
セリサイト(絹雲母)は六角板状の層状構造をもつ微細なフィロケイ酸塩鉱物であり、主に化粧品に使用されているが、へき開性を有することから固体潤滑剤としての利用も期待されている。しかし、セリサイトの固体潤滑剤としての利用は、石英や長石などのアブレシブ摩耗の要因となる硬質粒子が混在すること、親油性が低く油中への分散が難しいことから十分に検討されていない。
【0005】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、良好な摩擦特性を有する固体潤滑剤及び摺動部品を提供することを解決すべき課題としている。また、そのような固体潤滑剤の製造方法及び摺動部品の製造方法を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1発明の固体潤滑剤は、表面にグラファイト粒子が付着したセリサイト粒子を含有することを特徴とする。
【0007】
第1発明の固体潤滑剤は、摺動面に潤滑油またはグリースが存在する環境下で用いられる場合に良好な摩擦特性を有する。また、第1発明の固体潤滑剤は高温環境下で好適に使用することができる。
【0008】
第2発明の摺動部品は、摺動面に上記の固体潤滑剤を含む潤滑被膜が形成されていることを特徴とする。
【0009】
第2発明の摺動部品の摺動面によれば、摩擦抵抗を小さくでき、また、摺動面を摺動する相手材への移着を抑制できる。これにより、摺動部品の摺動特性を向上できる。
【0010】
第3発明の固体潤滑剤の製造方法は、セリサイトとグラファイトを含む原料を粉砕して、上記の固体潤滑剤を得ることを特徴とする。
【0011】
第3発明の固体潤滑剤の製造方法によれば、セリサイトよりも粉砕されやすいグラファイトが微細化されて、簡易に、良好な摩擦特性及び耐熱性を有する固体潤滑剤を製造できる。
【0012】
第4発明の摺動部品の製造方法は、基材の表面に金属膜を成膜し、前記金属膜に、上記の固体潤滑剤を圧入することを特徴とする。
【0013】
第4発明の摺動部品の製造方法によれば、固体潤滑剤の配向性を向上でき、摺動部品の摺動特性を向上できる。
【0014】
したがって、良好な摩擦特性を有する固体潤滑剤及び摺動部品を提供することができる。また、そのような固体潤滑剤の製造方法及び摺動部品の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】(A)は実施例に係る固体潤滑剤のSEM像である。(B)は実施例に係る複合粒子のSEM像である。
図2】(A)は複合粒子のSEM像を模式的に表す斜視図である。(B)は(A)のII-II線断面図である。
図3】(A)は摺動部品を模式的に表す平面図である。(B)は(A)のIII-III線断面図である。
図4】(A)は摺動部品を模式的に表す拡大平面図である。(B)は(A)のIV-IV線断面図である。
図5】潤滑被膜の傾斜組成を概念的に表す図である。
図6】実施例1及び比較例1~3の摩擦特性の評価結果を示すグラフである。
図7】実施例1及び比較例1~3の試験後の摩擦面の光学顕微鏡像と断面曲線である。
図8】実施例1~4の摩擦特性の評価結果を示すグラフである。
図9】実施例2~4の試験後の摩擦面の光学顕微鏡像と断面曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明における好ましい実施の形態を説明する。
【0017】
第4発明の摺動部品の製造方法は、前記固体潤滑剤が圧入された前記金属膜を熱処理して、潤滑被膜を形成してもよい。この方法によれば、潤滑被膜の密着性が向上し、摺動部品の摺動特性を向上できる。
【0018】
以下、一実施形態に係る固体潤滑剤10、摺動部品40、固体潤滑剤10の製造方法、及び摺動部品40の製造方法を詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0019】
1.固体潤滑剤10
固体潤滑剤10は、表面にグラファイト粒子30が付着したセリサイト粒子20を含有する。以下、「表面にグラファイト粒子30が付着したセリサイト粒子20」を「複合粒子11」とも称する。
【0020】
図1(A)は、固体潤滑剤10を走査型電子顕微鏡(SEM、Scanning Electron Microscope)で観察したSEM像であり、(B)は複合粒子11のSEM像である。複合粒子11は、セリサイト粒子20にグラファイト粒子30が機械的に接合している。このような複合粒子11は、セリサイト粉末とグラファイト粉末の混合粉末を乾式で粉砕して得ることができる。複合粒子11は、図1及び図2に示されるように、セリサイト粒子20の表面がグラファイト粒子30で被覆されている。なお、図2図3は、説明の便宜のために、セリサイト粒子20及びグラファイト粒子30の大きさ、形状、及び配置を適宜変更して模式的に描いている。
【0021】
「固体潤滑剤」は、2つの物体が相対運動をする時、摩擦低減や焼きつき防止、金型寿命の向上などを目的に、物体間に介在させる物質のことである。固体潤滑剤10は、図3及び図4に示す摺動部品40の潤滑被膜41の一成分として用いられている。
【0022】
1-1.セリサイト粒子20
セリサイト粒子20は、雲母の1種である絹雲母の精製物であるセリサイト粉末の粉砕物である。セリサイト粒子20は、層状構造をなし、へき開性を有している。セリサイト粒子20は、薄片状で配向性がよく、潤滑性に優れる。セリサイト粒子20は、複合粒子11の潤滑性の向上に寄与している。セリサイト粒子20は、約1200℃まで耐える耐熱性を有している。
【0023】
セリサイト粉末は、セリサイトの含有率が95.0質量%以上であることが好ましく、99.0質量%以上であることがより好ましい。詳細には、セリサイト粉末としては、SiOが45vol%以上50vol%未満であり、Alが33vol%以上38vol%未満であり、KOが8vol%以上の組成を満たし、かつX線回折にてマスコバイト以外のピークを認めない高純度なセリサイトが好適である。このようなセリサイト粉末としては、愛知県北設楽郡東栄町の振草地域で産出される振草産絹雲母が好適に用いられる。振草産絹雲母とは、振草地域の大峠環状複合岩体での熱水変質作用によって形成されたセリサイトである。振草産絹雲母は、石英や長石など他の鉱物の含有率が1.0%以下であることが確認されている。固体潤滑剤として一般的に使用されている二硫化モリブデンは現在すべて輸入に依存しているのに対し、上記のセリサイトは国内での生産が可能であるため安定した供給が期待できる。
【0024】
振草産絹雲母の特徴としては、先ず、結晶の積層方法に特徴がある。結晶の積層方法の違いによって生じる雲母のポリタイプには、「1M型(単斜格子)」、「2M1型(2層単斜格子)」、格子「2M2型(2層単斜格子)」、「3T型(3層三方格子)」等が知られるが、振草産絹雲母は、様々なポリタイプが存在せず、ほぼ純粋な「2M1型」であり、世界的にも貴重な資源である。形状も、高いアスペクト比(XY軸最長粒子径/Z軸最長粒子径=20以上)を有し、粒子個々の平均的な大きさ(平均粒子径)は約10μmであり、これらの特徴から、絹のような自然で美しい光沢と滑らかな感触が振草産絹雲母にはある。
【0025】
振草産絹雲母は、例えば次のようにして原鉱から固体潤滑剤10に用いる原料として得る。先ず、採掘された原鉱を選別し、水と共にスラリー化して原鉱をほぐして水中に分散させる。この分散操作で、絹雲母は水中に分散し続けるが大きく重たい硫化鉱物等の随伴鉱物は沈殿するという特性を利用して、不純物を取り除き純粋な絹雲母のみを集める「水簸選鉱」を行って他の鉱物が完全に除去される。次に、湿式サイクロン分級機を用いて粒度分布調整を行い、さらに水洗を繰り返し、脱水、乾燥、解砕を経て振草産絹雲母を得る。このようなセリサイト粉末は、一般的には化粧品原料として用いられている。市販品としては三信鉱工社製、セリサイト FSE等がある。
【0026】
1-2.グラファイト粒子30
グラファイト粒子30は、グラファイト粉末の粉砕物である。グラファイト粒子30は、へき開性を有している。グラファイト粒子30は、セリサイト粒子20よりも細かい粒子状をなしている。グラファイトは、セリサイトよりも粉砕されやすい材料であり、セリサイト粉末とグラファイト粉末を混合して粉砕することで、セリサイト粒子20よりも微細粒化されたグラファイト粒子30を得ることができる。グラファイト粒子30は、セリサイト粒子20よりも親油性が高く、複合粒子11の親油性の向上に寄与している。グラファイト粒子30は、約500℃まで耐える耐熱性を有している。
【0027】
1-3.任意成分
複合粒子は、セリサイト粒子20とグラファイト粒子30の他に任意成分を含んでいてもよい。任意成分としては、金属粒子が例示される。このような複合粒子として、表面にグラファイト粒子と金属粒子が付着したセリサイト粒子が例示される。
金属粒子は、錫(Sn)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、及びニッケル(Ni)からなる群より選ばれた1種以上の金属粒子であることが好ましい。上記の複合粒子は、セリサイト粒子に、グラファイト粒子及び金属粒子が機械的に接合している。このような複合粒子は、セリサイト粉末、グラファイト粉末、及び上記の金属粉末の混合粉末を乾式で粉砕して得ることができる。
【0028】
任意成分は、固体潤滑剤に求められる性能や、摺動部品40の材質等に応じて適宜選定できる。例えば、錫の融点は約230°Cである。金属粒子として錫粒子を含む複合粒子は、熱処理によって、固体潤滑剤の接合強度が向上する効果が期待できる。図4に示すように、複合粒子が金属膜42と複合化した潤滑被膜41として用いられる場合には、複合粒子は青銅粒子を含むことが好ましい。複合粒子が青銅粒子を含む構成では、より一層、潤滑被膜41の移着と摺動面40Aの摩耗を抑制できる。これは、熱処理によって、複合粒子の周囲にCuとSnと金属膜成分(例えばZn)の合金組織が形成されるためであると推測される。
【0029】
1-4.セリサイト粒子20とグラファイト粒子30のブレンド比
セリサイト粒子20とグラファイト粒子30のブレンド比は、グラファイト粒子30によってセリサイト粒子20を被覆できる範囲で適宜設定できる。セリサイト粒子20とグラファイト粒子30の質量部でのブレンド比(セリサイト粒子/グラファイト粒子)は、例えば、90/10~10/90であり、好ましくは90/10~50/50である。
複合粒子11が任意成分を含む場合には、任意成分の配合量は、この発明の目的を損なわない範囲で適宜設定できる。
【0030】
1-5.複合粒子11の大きさ
複合粒子11は、全体として略板状の粒子である。図2は、複合粒子11のSEM像の模式図であり、複合粒子11の厚さTと、厚さ方向と直交する方向における最大径Dが示されている。この複合粒子11の厚さ方向はセリサイトの結晶構造のc軸方向と一致している。
複合粒子11の最大径Dは、特に限定されない。セリサイトの結晶構造の維持及び複合粒子11の分散性の観点から、複合粒子11の最大径Dの平均値は、例えば、1μm以上20μm以下であることが好ましい。
なお、複合粒子11の最大径Dの平均値は、10個の複合粒子11の最大径Dを走査型電子顕微鏡で測定し、その測定値の平均として求めることができる。複合粒子11の最大径Dの平均値は、例えば原料となるセリサイト粉末の平均粒径や複合粒子11を製造する際の粉砕条件を変更して、適宜調整できる。
【0031】
2.固体潤滑剤10の製造方法
固体潤滑剤10の製造方法は、セリサイトとグラファイトを含む原料を粉砕する工程を含んでいる。詳細には、固体潤滑剤10の製造方法は、セリサイト粉末とグラファイト粉末を含む混合粉末を、遊星ボールミルを用いて乾式で粉砕する乾式粉砕工程と、乾式粉砕工程で得られた粉砕物を、遊星ボールミルを用いて湿式で粉砕する湿式粉砕工程とを含んでいる。このような乾式粉砕工程によれば、セリサイト粒子20にグラファイト粒子30を好適に接合させることができる。湿式粉砕工程によれば、複合粒子11を微細化することができる。
【0032】
3.摺動部品40
摺動部品40は、図3及び図4に示すように、摺動面40Aに、固体潤滑剤10を含む潤滑被膜41が形成されている。摺動部品40は、例えば、潤滑油またはグリースの潤滑環境下で摺動する部品である。摺動部品40は、例えば、産業機械、航空機、車両などの機械に用いられる。摺動面40Aは、耐摩耗性、低摩擦特性、及び耐焼き付き性を有している。
【0033】
この摺動部品40は、基材43と、基材43の表面を被覆する潤滑被膜41と、を備えている。基材43の構成材料は特に限定されない。基材43の構成材料は、銅(Cu)合金等の金属材料であることが好ましい。
【0034】
潤滑被膜41は、金属膜42に固体潤滑剤10が分散して複合化された構成である。金属膜42の構成材料及び組成は特に限定されない。金属膜42は、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、錫(Sn)、銀(Ag)、及びこれらの合金からなる群より選ばれた金属材料や、SnS(硫化錫)等の金属硫化物を用いることができる。潤滑被膜41は、基材43との界面に、図5に示すような傾斜組成域41Aを有していることが好ましい。傾斜組成域41Aは、金属膜42の成分と基材43の成分が相互拡散して、界面と直交する方向について組成が徐々に変化している領域である。この構成によれば、潤滑被膜41の密着性を向上できる。
【0035】
金属膜42は、単層構造であってもよく、多層構造であってもよい。図3(B)に示すように、金属膜42が基材43に第1層42A、第2層42Bがこの順に積層した多層構造である場合には、基材43から第2層42Bにかけて傾斜組成域を有していることが好ましい。この場合、第1層42Aは、第2層42Bよりも融点が低い金属膜であることが好ましい。第1層42Aとしては、亜鉛(Zn)膜が好適である。金属膜42が多層構造である場合には、第1層42Aによって基材43との密着性を確保しつつ、相手材や使用環境等に応じて第2層42Bの材質を適宜選択できる。
【0036】
金属膜42の厚さは特に限定されない。金属膜42の厚さは、固体潤滑剤10の接合強度を向上する観点から、固体潤滑剤10の厚さTよりも大きいことが好ましい。金属膜42の厚さは、潤滑被膜41の軟化を抑制する観点から、10μm以下であることが好ましい。
【0037】
複合粒子11は、例えば、厚さ方向(c軸方向)が摺動面40Aに略直交するように、すなわち、セリサイト粒子20の扁平面が摺動面40Aと略平行となるように配向している。なお、複合粒子11が配向するとは、複合粒子11が無配向(等方)に分散した構成に比して、所定の方向に向く複合粒子11の割合が多いことを意味する。この構成によれば、摺動面40Aを摩擦した場合に、セリサイト粒子20の結晶の層間で滑りが発生しやすく、摩擦係数を低減できる。
【0038】
4.摺動部品40の製造方法
摺動部品40の製造方法は、基材43の表面に金属膜42を成膜する成膜工程と、金属膜42に固体潤滑剤10を圧入する圧入工程と、固体潤滑剤10が圧入された金属膜42を熱処理して、潤滑被膜41を形成する熱処理工程とを含んでいる。
【0039】
4-1.成膜工程
成膜工程では、ショットブラスト、ショットピーニング、湿式鍍金、電気メッキ、物理蒸着法(真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング等)、化学蒸着法等の一般的な成膜方法を用いることが可能である。これらの中でも、ショットブラスト、ショットピーニング等のような投射による成膜方法を用いることが好ましい。投射による成膜方法を用いる場合には、金属膜42の表面に凹凸形状が付与され、固体潤滑剤10を好適に圧入できる。成膜工程では、潤滑被膜41の傾斜組成化を図る観点から、異なる金属材料の多層膜を形成してもよい。
【0040】
4-2.圧入工程
圧入工程では、金属膜42の表面に固体潤滑剤10を塗布し、ローラーバニシング等の手法により金属膜42に固体潤滑剤10を圧入する。このような構成によれば、圧入時の圧力によって、セリサイト粒子20の扁平面が金属膜42の表面と略平行となるように複合粒子11を配向させることができる。
【0041】
4-3.熱処理工程
熱処理工程では、固体潤滑剤10が圧入された金属膜42を、所定温度で、所定時間保持する。所定温度は、金属膜42の金属種に応じて適宜設定できる。所定時間は、金属膜42の金属種や摺動部品40のサイズに応じて0.5時間~5時間に設定できる。熱処理条件は、基材43の構成材料と金属膜42の構成材料との相互拡散反応が生じる熱処理条件であることが好ましい。このような熱処理を行うことによって、潤滑被膜41と基材43との界面に傾斜組成域41Aを好適に形成できる。また、多層構造の金属膜42において、熱処理条件は、各層間で相互拡散反応が生じる熱処理条件であってもよい。
【0042】
5.他の実施形態
上記の実施形態以外にも、固体潤滑剤は種々の用途に用いることができる。固体潤滑剤は、鍛造素材と金型との摩擦を低減するため、鍛造素材と金型との間に介在させる離型剤として用いられてもよい。固体潤滑剤は、テフロン(登録商標)等の離型剤よりも耐熱温度が高く、高温環境下で好適に使用することができる。
【0043】
固体潤滑剤の製造方法及び摺動部品の製造方法は、本実施形態の方法に限定されない。セリサイト粒子の表面にグラファイト粒子が付着していれば、セリサイト粒子とグラファイト粒子の接合態様は限定されない。潤滑被膜に樹脂被膜を用いる場合には、固体潤滑剤を分散させた樹脂材料を基材に塗布して、潤滑被膜を形成してもよい。熱処理工程は任意の工程であり、摺動部品の材質、用途等によっては行わなくてもよい。熱処理条件は、基材の構成材料と金属膜の構成材料との相互拡散反応が生じない熱処理条件であってもよい。
【実施例0044】
以下、実施例及び比較例により本発明を更に具体的に説明する。
【0045】
1.実施例及び比較例の固体潤滑剤の作製
(1)実施例1(Sericite+Graphite)
平均粒径5μmのセリサイト粉末とグラファイト粉末を、表1に記載の組成で配合した混合粉末を準備した。この混合粉末を、遊星ボールミルを用いて乾式で2時間粉砕した後、湿式で8時間粉砕して、実施例1の固体潤滑剤を得た。つまり、実施例1の固体潤滑剤は、セリサイト粒子とグラファイト粒子のみからなる複合粒子を含有する。
(2)比較例1(Sericite)
混合粉末の代わりに、平均粒径5μmのグラファイト粉末を用いた他は実施例1と同様にして、比較例1の固体潤滑剤を得た。
(3)比較例2(Graphite)
混合粉末の代わりに、平均粒径5μmのグラファイト粉末を用いた他は実施例1と同様にして、比較例2の固体潤滑剤を得た。
(4)比較例3(MoS
混合粉末の代わりに、平均粒径5μmの二硫化モリブデン粉末を用いた他は実施例1と同様にして、比較例3の固体潤滑剤を得た。
(5)実施例2(Sericite+Graphite+Sn)
平均粒径5μmのセリサイト粉末、グラファイト粉末、及び錫粉末を、表1に記載の組成で配合した混合粉末を準備した。その他は実施例1と同様にして、実施例2の固体潤滑剤を得た。つまり、実施例2の固体潤滑剤は、セリサイト粒子、グラファイト粒子、及び錫粒子のみからなる複合粒子を含有する。
(6)実施例3(Sericite+Graphite+Zn)
平均粒径5μmのセリサイト粉末、グラファイト粉末、及び亜鉛粉末を、表1に記載の組成で配合した混合粉末を準備した。その他は実施例1と同様にして、実施例3の固体潤滑剤を得た。つまり、実施例3の固体潤滑剤は、セリサイト粒子、グラファイト粒子、及び亜鉛粒子のみからなる複合粒子を含有する。
(7)実施例4(Sericite+Graphite+Cu+Sn)
平均粒径5μmのセリサイト粉末、グラファイト粉末、銅粉末、及び錫粉末を、表1に記載の組成で配合した混合粉末を準備した。その他は実施例1と同様にして、実施例4の固体潤滑剤を得た。つまり、実施例4の固体潤滑剤は、セリサイト粒子、グラファイト粒子、銅粒子、及び錫粒子のみからなる複合粒子を含有する。
【0046】
【表1】
【0047】
2.実施例及び比較例の摺動部品の作製
摺動部品の基材にはZn40%含有黄銅(C3604)を使用した。旋削によって外径44mm、内径20mm、厚さ7.5mmのディスク形状の基材を作製し、基材の一端面をラップ盤で鏡面仕上げした。その後、基材の一端面上に平均粒径180μmの亜鉛粉末を約0.6MPaでショットピーニングと同様な処理で投射し厚さ約1μmのZn膜を成膜した。Zn膜の上に平均粒径70μmの錫粉末を同様な手法で投射し厚さ約2μmのSn膜を成膜した。この成膜面に有機溶媒に懸濁した実施例及び比較例の固体潤滑剤を塗布し、ローラーバニシングで圧入した。その後、240℃、3時間、大気雰囲気下の条件で熱処理を施し、潤滑被膜が形成された実施例及び比較例の摺動部品の試験片を得た。
【0048】
3.摩擦特性の評価試験
各試験片について、摩擦特性を評価した。摩擦特性は、3個の球体を相手材とした3ボールオンディスク型装置を用いて評価した。球体には、各試験片との接触面が直径2.5mmの平面となるように研磨された直径6.25mmのクロム軸受鋼SUJ2の球体を用いた。3個の球体は、直径33mmのピッチ円周上に等間隔で固定した。試験条件は、負荷荷重300N、試験速度0.5m/s、試験距離1000mとした。潤滑油には、自動車用エンジン油(粘度指数0W-8)を用いた。試験は、室温22℃~25℃、相対湿度40%~60%環境下で行った。
【0049】
4.評価結果
(1)実施例1及び比較例1~3
図6は、実施例1及び比較例1~3の摩擦特性の評価結果を示すグラフである。図6のグラフは、縦軸が摩擦係数であり、横軸が摺動距離(m)である。
実施例1(Sericite+Graphite、四角印)の摩擦係数は、実験初期から摺動距離100mの間に0.05から0.02まで減少し、その後も減少傾向を示し、実験終了時には0.01程度となった。
比較例1(Sericite、丸印)の摩擦係数は、実験初期には0.05程度であり、摺動距離の増加に伴い減少し、実験終了時には0.02程度となった。
比較例2(Graphite、ダイヤ印)の摩擦係数は、実験初期から0.07程度と高く、摺動距離の増加に伴い増加し、実験終了時は0.09程度となった。
比較例3(MoS、三角印)の摩擦係数は、実験初期には0.06程度で摺動距離の増加に伴い減少した。比較例3の摩擦係数は、摺動距離200mでは比較例1より低い0.03程度であったが、実験終了時には0.02となり、比較例1の場合と同程度となった。
【0050】
図7は、実施例1及び比較例1~3の試験後の摩擦面の光学顕微鏡像と断面曲線である。上段が相手材(球体)の光学顕微鏡像と断面曲線であり、下段が試験片(ディスク)の光学顕微鏡像と断面曲線である。断面曲線のスケールは、左側に矢印にて示した。
比較例2(Graphite)は、相手材(球体)に変色がみられ、試験片(ディスク)に深さ1μm程度の摩耗がみられた。このことから、比較例2では、試験片側の潤滑被膜が相手材側に移着したと考えられる。
一方、実施例1(Sericite+Graphite)は、比較例2(Graphite)及び比較例3(MoS)と比して相手材(球体)の変色が少なかった。実施例1は、比較例2及び比較例3よりも試験片(ディスク)の潤滑被膜の移着が抑制されていた。
【0051】
(2)実施例1~4
図8は、実施例1~4の摩擦特性の評価結果を示すグラフである。図8のグラフは、縦軸が摩擦係数であり、横軸が摺動距離(m)である。
実施例1(Sericite+Graphite、四角印)の摩擦係数は上述のとおりである。
実施例2(Sericite+Graphite+Sn、三角印)の摩擦係数は、摺動距離100mで0.09程度と高く、摺動距離400mで0.07程度まで減少するものの、実験終了時には実施例1,3,4と比べ高い値となった。
実施例3(Sericite+Graphite+Zn、ダイヤ印)の摩擦係数は、摺動距離100mで0.03程度であるが摺動距離の増加に伴い増加し、実験終了時には0.04程度となり、実施例1と比べ高くなった。
実施例4(Sericite+Graphite+Cu+Sn、丸印)の摩擦係数は、実験初期の0.05程度から摺動距離100mの0.01程度まで急減し、その後実験終了時まで0.01程度の低い値を維持した。
【0052】
図9は、実施例2~4の試験後の摩擦面の光学顕微鏡像と断面曲線である。上段が相手材(球体)の光学顕微鏡像と断面曲線であり、下段が試験片(ディスク)の光学顕微鏡像と断面曲線である。断面曲線のスケールは、左側に矢印にて示した。
実施例2(Sericite+Graphite+Sn)は、相手材(球体)に変色がみられ、試験片(ディスク)に摩耗がみられた。
実施例3(Sericite+Graphite+Zn)は、相手材(球体)の一部が変色し、試験片(ディスク)には深さ1μm以上の摩耗はみられないものの摺動面に変色がみられた。
実施例4(Sericite+Graphite+Cu+Sn)は、相手材(球体)の断面曲線は実施例1~3と比べ変動が少なく、試験片(ディスク)にも深さ1μm以上の摩耗はみられなかった。このことから、実施例4では潤滑被膜の移着と摺動面の摩耗が抑制されたと考えられる。
【0053】
5.実施例の効果
実施例1(Sericite+Graphite)の摩擦特性を評価した結果、相手材への移着が抑制され、摩擦係数が低減することが分かった。また、実施例4(Sericite+Graphite+Cu+Sn)は、実施例1よりも摩擦係数が更に低減した。実施例1及び実施例4は、二硫化モリブデンと比して摩擦係数が低い固体潤滑剤として利用可能であることが示唆された。また、実施例2~4の結果から、任意成分の金属種を変更することで摩擦特性を適宜設計し得ることが示唆された。
【0054】
本発明は上記で詳述した実施形態に限定されず、本開示の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【符号の説明】
【0055】
10…固体潤滑剤、11…複合粒子、20…セリサイト粒子、30…グラファイト粒子、40…摺動部品、40A…摺動面、41…潤滑被膜、41A…傾斜組成域、42…金属膜、42A…第1層、42B…第2層、43…基材
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8
図9