(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022160146
(43)【公開日】2022-10-19
(54)【発明の名称】ウイルスの中和抗体の検出方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/70 20060101AFI20221012BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20221012BHJP
G01N 33/569 20060101ALI20221012BHJP
C07K 16/10 20060101ALI20221012BHJP
C12Q 1/66 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
C12Q1/70
G01N33/53 N
G01N33/569 L
C07K16/10
C12Q1/66
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021064709
(22)【出願日】2021-04-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人日本医療研究開発機構 令和2年度ウイルス等感染症対策技術開発事業(基礎研究支援)「高病原性ウイルスパンデミックに迅速対応可能なハイスループット中和抗体検査法の開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(71)【出願人】
【識別番号】000236920
【氏名又は名称】富山県
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森永 芳智
(72)【発明者】
【氏名】山本 善裕
(72)【発明者】
【氏名】川筋 仁史
(72)【発明者】
【氏名】谷 英樹
【テーマコード(参考)】
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ10
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4H045AA11
4H045AA30
4H045AA50
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】微量の乾燥血液からウイルスの中和活性を評価する方法を提供することにある。
【解決手段】濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を評価する方法は、濾紙に付着した乾燥血液を抽出して得られた血液試料と、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套し、かつ自身の遺伝子内にリポーター遺伝子が組み込まれたシュードタイプウイルスとを混合し、混合物を得る工程、混合物中の前記シュードタイプウイルスを感受性の培養細胞株に感染させる工程、及び感染後のリポーター遺伝子の発現レベルに基づいて、血液試料中のシュードタイプウイルスの中和抗体の有無を検出又は量を測定する工程、を含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を評価する方法であって、
濾紙に付着した乾燥血液を抽出して得られた血液試料と、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套し、かつ自身の遺伝子内にリポーター遺伝子が組み込まれたシュードタイプウイルスとを混合し、混合物を得る工程、
前記混合物を、前記シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株に感染させる工程、及び
前記感染後の前記リポーター遺伝子の発現レベルに基づいて、血液試料中の前記シュードタイプウイルスの中和抗体の有無を検出又は量を測定する工程、を含む方法。
【請求項2】
血液試料中の中和抗体と、前記混合物中のシュードタイプウイルスのスパイクタンパク質又は前記中和抗体に対する抗原として機能するその一部とが接触し、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株のシュードタイプウイルスによる感染を阻害する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記スパイクタンパク質はSARS-CoV-2由来のスパイクタンパク質である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を検査するためのキットであって、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套したシュードタイプウイルスと、前記シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株とを備えたキット。
【請求項5】
前記シュードタイプウイルスの遺伝子内にはリポーター遺伝子が組み込まれている請求項4に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスの中和抗体を検査するための方法に関し、より詳細には、血液中のSARS-CoV-2を含むウイルスの中和抗体を検査するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
感染症の原因微生物に対して免疫を獲得しているかを知るための指標として、抗体が利用される。抗原である原因微生物に対して免疫を獲得しているかどうかを確認するには、単なる抗体の有無を調べるだけでは不十分であり、病原微生物の病原性を中和する機能性を有する抗体である中和抗体の有無又はレベル(濃度、量、シグナル強度)を調べる必要がある。
【0003】
中和抗体の評価は、生きたウイルスが感受性のある細胞株に感染する現象が血液成分を混ぜることにより阻害されるかを捉えるものである。パンデミックの場合、病原性で未知の部分が多いウイルスは、一般的な感染実験環境であるバイオセーフティーレベル2(BSL2)での取り扱いが許可されないが、シュードタイプウイルスという、外殻は当該ウイルスで内部はBSL2で取り扱い可能な別のウイルスからなるウイルスを作製することで、BSL2環境での取り扱いが可能となる。
【0004】
本発明者らは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスとして知られるSARS-CoV-2について、シュードタイプウイルスを作製し、通常の血清だけでなく、血球成分を含んだ全血を患者試料として用いて、中和抗体を評価可能であることを確認している(Chemiluminescence reduction neutralization test(CRNT法)、非特許文献1)。この中和抗体の評価方法自体は、SARS-CoV-2に限らず、今後新たに脅威となるウイルスが出現した場合でも一般的に行うことができる、ウイルスと細胞の共培養を基本とする技術である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Virol J. 2021 18:16. doi: 10.1186/s12985-021-01490-7.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載されているような従来の方法は、被検者の静脈より採血した血液を測定試料として用いるものである。静脈採血は、採血技術保有者、採血場所、採血容器が必要となる。静脈採血は患者の負担も大きい。また、採血を行うためには、採血者と被採血者との物理的接触機会と、一定の採血時間の確保が必要なため、パンデミックでは医療従事者及び/又は患者の感染リスクを伴う作業となる。これらは、多くの人で中和抗体を評価するうえでの障壁となると共に、被検者を限定してしまう。
【0007】
本発明の課題は、微量の乾燥血液からウイルスの中和活性を評価する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
被検者の指先等から濾紙採血を行うことも可能であるが、得られる乾燥血液がSARS-CoV-2を含むウイルスの中和抗体に利用できるかは確認されていない。また、濾紙に付着する乾燥血液の血液量は微量であるため、従来の血清を用いた中和抗体の評価方法では測定するための十分な量が得られず、評価不可能であった。さらに、中和抗体の評価方法では活性を維持して血液中の抗体を回収することが重要であり、血液の乾燥などにより抗体が活性を失う中和抗体の評価は困難と考えられていた。
【0009】
本発明者は、濾紙採血を利用することで、微量の血液を測定する方法で中和抗体を評価できることを見出し、発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、以下に記載の実施形態を包含する。
【0011】
項1.濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を評価する方法であって、
濾紙に付着した乾燥血液を抽出して得られた血液試料と、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套し、かつ自身の遺伝子内にリポーター遺伝子が組み込まれたシュードタイプウイルスとを混合し、混合物を得る工程、
前記混合物を、前記シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株に感染させる工程、及び
前記感染後の前記リポーター遺伝子の発現レベルに基づいて、血液試料中の前記シュードタイプウイルスの中和抗体の有無を検出又は量を測定する工程、を含む方法。
【0012】
項2.血液試料中の中和抗体と、前記混合物中のシュードタイプウイルスのスパイクタンパク質又は前記中和抗体に対する抗原として機能するその一部とが接触し、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株のシュードタイプウイルスによる感染を阻害する項1に記載の方法。
【0013】
項3.前記スパイクタンパク質はSARS-CoV-2由来のスパイクタンパク質である項2に記載の方法。
【0014】
項4.濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を検査するためのキットであって、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套したシュードタイプウイルスと、前記シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株とを備えたキット。
【0015】
項5.前記シュードタイプウイルスの遺伝子内にはリポーター遺伝子が組み込まれている項4に記載のキット。
【発明の効果】
【0016】
本発明の中和抗体の評価方法によれば、微量の乾燥血液でもSARS-CoV-2のような新しいタイプのウイルスを含むウイルスの中和活性を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】希釈血清の麻疹抗体値と濾紙採血産出希釈率の比率のグラフ。
【
図2】濾紙採血からの微量法と血清からの通常法によるSARS-CoV-2ウイルス中和抗体の測定値を示すグラフ。
【
図3】濾紙採血からの微量法と血清からの通常法によるSARS-CoV-2ウイルス中和抗体の測定値の検体の希釈との相関を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のいくつかの態様によれば、濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を評価する方法であって、濾紙に付着した乾燥血液を抽出して得られた血液試料と、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套し、かつ自身の遺伝子内にリポーター遺伝子が組み込まれたシュードタイプウイルスとを混合し、混合物を得る工程、前記混合物中の前記シュードタイプウイルスをシュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株に感染させる工程、及び感染後のリポーター遺伝子の発現レベルに基づいて、血液試料中のシュードタイプウイルスに対する中和抗体の有無を検出又は量を測定する工程を含む方法が提供される。
【0019】
目的となるウイルスとは、本態様のウイルスの中和抗体の評価方法の対象となるウイルスを指す。
【0020】
本明細書において、ウイルスの中和抗体を測定する方法には、ウイルスの中和抗体の有無を検出又はウイルスの中和抗体の量を決定する方法が含まれる。本手法で評価できるウイルスは、SARS-CoV-2、SARS-CoV、MERS-CoVなどを含むがこれらに限定されない。
【0021】
被検者から採取した血液を濾紙に染み込ませ、乾燥させる。かかる乾燥血液が付着した濾紙(以下、「乾燥血液濾紙」と称する) を試験検体として用いる。本態様によるウイルスの中和抗体の検査方法に必要な、患者から採取する血液の量は、約1~5μl程度でも十分であり、静脈採血による通常法で必要な量と比較して劇的に少ない。
【0022】
被検者は健常者であってもよいし、ウイルスの感染が疑われる者であってもよいし、ウイルスに既に感染している者であってもよい。或いはウイルス感染に伴う症状又は疾患の兆候が見られるか、かかる症状又は疾患を患っている者であってもよい。
【0023】
濾紙は被検者から血液を採取するために使用可能な任意の濾紙であってよい。濾紙のサイズは任意のサイズとすることができる。濾紙のサイズは、通常、乾燥血液濾紙を運搬及び/又は保存するのに便利なサイズであることが好ましい。
【0024】
濾紙に付着した乾燥血液の濾紙からの抽出は公知の方法により行うことができる。抽出温度は血液中の成分の変性が抑制される温度が好ましく、例えば4~30℃、好ましくは4~25℃程度が挙げられるがこれに限定されない。抽出時間は例えば30分~1日程度が挙げられるが、これに限定されない。例えば、乾燥血液の濾紙からの抽出は血液抽出用の抽出液を用いて行うことができる。抽出液としては、生理食塩水、トリス緩衝液、リン酸緩衝液などの緩衝液;細胞培養用培地が挙げられるがこれらに限定されない。特に、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株の培養用の培地を抽出液として用いると、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株を培養した培地と一致するため、培地の希釈による培地中の栄養素の変動が生じにくく、培地条件の安定化の点で好適である。また、抽出液は、血液中の成分の安定化の目的で、非ヒト血清、無機塩類、界面活性剤などを含有してもよい。
【0025】
本態様によるウイルスの中和抗体の評価方法では、ウイルスへの感染リスクを低減するため、人工的にプラスミドDNAから作製したシュードタイプウイルスを利用する。シュードタイプウイルスとは、目的とするウイルスの外被タンパク質(例えばエンベロープタンパク質、スパイクタンパク質、又はウイルスの中和抗体に対する抗原として機能するそれらの一部)を外套したウイルスを指す。元の基盤となるウイルスとして、水疱性口内炎ウイルス(VSV)やレトロウイルス、レンチウイルスなどが知られており、本明細書でもこれらのウイルスを用いることができる。シュードタイプウイルスを作製できるVSVベクターには、自身の遺伝子内にリポーター遺伝子が組み込まれており、標的細胞に感染するとリポーター遺伝子の発現により感染性を評価することができる。リポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ、蛍光タンパク質、着色タンパク質等が挙げられる。
【0026】
ルシフェラーゼとしては、ウミボタル、ヒオドシエビ、発光昆虫(ホタル、ヒカリコメツキ等)、発光ミミズ、ラチア、ウミシイタケ、オワンクラゲ(エクオリン)等の各種発光生物由来のルシフェラーゼが例示される。蛍光タンパク質としては、遺伝子改変型の蛍光タンパク質が挙げられ、例えば、グリーン蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP),青色蛍光タンパク質(BFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP)、DsRED、赤色蛍光タンパク質(RFP)等が例示される。着色タンパク質としては、フィコシアニン、フィコエリトリンが挙げられる。この中でも、シグナル検出の感度が高い点や定量性が高い点で、ルシフェラーゼ遺伝子が好ましい。
シュードタイプウイルスは、BSL3やBSL4(BSL:バイオセーフティーレベル)で取り扱わなければならないウイルス種であっても外被タンパク質のみを用いて作製するものであるため、一般的な感染実験環境であるBSL2で取り扱い可能となる点で有利である。例えば、被検者の乾燥血液中のSARS-CoV-2ウイルスに対する中和抗体の有無を調べたい場合に、SARS-CoV-2ウイルスのスパイクタンパク質又はそのC末端のアミノ酸が欠損した改変スパイクタンパク質を発現するVSVシュードタイプウイルスを用いると、被検者の乾燥血液中のSARS-CoV-2ウイルスに対する中和抗体の有無を特異的に検出又は決定できる。
【0027】
濾紙に付着した乾燥血液を抽出して得られた血液試料と、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套したシュードタイプウイルスとを混合すると、血液試料がウイルスの中和抗体を含む場合には、血液試料中の中和抗体と、得られた混合物中のシュードタイプウイルスの外被タンパク質又は中和抗体に対する抗原として機能するその一部とが接触し、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株のシュードタイプウイルスによる感染を阻害する状態となる。
【0028】
血液試料と、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套したシュードタイプウイルスとを反応させる時間は通常1時間以上が好ましい。また、反応させる温度は通常、37℃前後が好ましい。
【0029】
次に、上記反応条件で処理したシュードタイプウイルスを、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株に感染させる。シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株は、適宜選択することができる。例えばSARS-CoV-2のシュードタイプウイルスに感受性の高い培養細胞株としては、VeroE6/TMPRSS2細胞などが挙げられる。
【0030】
混合物中のシュードタイプウイルスを、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株に感染させる場合、37℃の温度条件下で1時間以上吸着させ、その後培養培地を添加して37℃の温度条件下で24時間培養することが好ましい。
【0031】
次に、感染後のリポーター遺伝子の発現レベルに基づいて、血液試料中のシュードタイプウイルスに対する中和抗体の有無を検出又は量を測定する。シュードタイプウイルスの中のリポーター遺伝子の発現レベルは、公知の分析機器を用いてリポーター遺伝子による発光量の測定により算出することができる。
【0032】
血液試料がウイルスの中和抗体を含む場合、中和抗体との反応によりシュードタイプウイルスの感染を阻害する状態となり、血液試料がウイルスの中和抗体を含まない場合と比較して、シュードタイプウイルスに感受性のある培養細胞株に感染できるシュードタイプウイルスの感染量は減少する。シュードタイプウイルスに感染した培養細胞株の感染率は、対照(例えば血液試料がウイルスの中和抗体を含まない場合)と比較したリポーター遺伝子の発現レベルを測定することにより評価することができる。リポーター遺伝子の発現レベルの測定は、市販のキットを用いて行うことができる。例えばリポーター遺伝子がルシフェラーゼの場合、PicaGene Luminescence Kit (TOYO B-Net Co., LTD, Tokyo, Japan) 及びGloMax Navigator System G2000 (Promega Corporation, Madison,WI)などの市販のキットを用いてルシフェラーゼの相対発光量(RLU)を測定することができる。リポーター遺伝子の発現レベルは、シュードタイプウイルスの感染量の指標とすることができる。
【0033】
ある被検者由来の血液を濾紙に付着させた乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を検査すると仮定する。本態様の方法により測定されたリポーター遺伝子の発現レベルが、ウイルスの中和抗体を含まない血液試料を用いた場合のリポーター遺伝子の発現レベルよりも低い場合に、かかる被検者の血液には中和抗体が存在すると判定することができる。本態様の方法により測定されたリポーター遺伝子の発現レベルが、ウイルスの中和抗体を含まない血液試料を用いた場合のリポーター遺伝子の発現レベルと同じかそれよりも高い場合に、かかる被検者の血液には中和抗体が存在しないと判定することができる。
【0034】
本態様のウイルスの中和抗体の評価方法は、驚くべきことに、数μLという微量の血液でも、非特許文献1に示すような静脈採血に匹敵する高い精度でウイルスの中和抗体を評価することができる。さらに、予想外なことに、採血した血液を濾紙乾燥血液の様式としても、抽出した血液がウイルスの中和抗体を評価するのに十分な活性を有する。また、静脈採血による血液試料を用いた通常の中和抗体評価法(通常法)では、全血60μLという比較的多量の採血が必要であったが、本態様のウイルスの中和抗体の評価方法によれば、静脈採血に伴う採血容器や医療従事者の労力は不要となり、被検者の負担も大幅に軽減される。
【0035】
さらに、通常法では96ウェルプレートを利用していたため、2重測定する場合、コントロールに必要となるウェルを除いて収容可能な検体は最大44検体となり、同時処理可能な検体数に限りがあったが、本態様のウイルスの中和抗体の評価方法は、微量の血液で実施できるため、より多検体を同時処理することができる。
【0036】
本態様の中和抗体の評価方法によれば、SARS-CoV-2のような新しいウイルス又は既知のウイルスを含むウイルスの中和活性を、微量の乾燥血液から評価することができる。このため、本態様の中和抗体の評価方法を、例えば、SARS-CoV-2を含む新しいウイルス感染症に対するワクチンの予防効果を評価したり、集団免疫獲得状況を評価したりする用途に利用することができる。
【0037】
本発明の別のいくつかの態様によれば、濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を検査するためのキットであって、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套したシュードタイプウイルスと、前記シュードタイプウイルスを感染させる培養細胞株とを備えたキットが提供される。本態様のキットは、本発明の濾紙に付着した乾燥血液を用いてウイルスの中和抗体を評価する方法を実施するために好適に用いられる。好ましくは、シュードタイプウイルスの遺伝子内にはリポーター遺伝子が組み込まれている。
【0038】
濾紙に付着した乾燥血液、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套したシュードタイプウイルス、ならびにシュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株については、上記のウイルスの中和抗体の評価方法の態様に関して説明した通りである。
【0039】
かかる態様のキットを用いて、被検者から採取した血液を濾紙に付着させた乾燥血液を検査し、測定されたリポーター遺伝子の発現レベルが、対照(例えば血液試料がウイルスの中和抗体を含まない場合)のリポーター遺伝子の発現レベルよりも低い場合に、かかる被検者の血液には中和抗体が存在すると判定することができる。本態様のキットを用いて測定されたリポーター遺伝子の発現レベルが、対照のリポーター遺伝子の発現レベルと同じかそれよりも高い場合に、かかる被検者の血液には中和抗体が存在しないと判定することができる。
【0040】
本態様のキットはさらに、目的となるウイルスの外被タンパク質を外套したシュードタイプウイルスを収容するための第1の容器と、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株を収容するための第2の容器とを備えていてもよい。
【0041】
本態様のキットはさらに、シュードタイプウイルスに感受性の培養細胞株を培養するための細胞培養用培地が含まれていてもよく、そのような培養用培地は上記第2の容器に入れられていてもよい。細胞培養用培地については上記のウイルスの中和抗体の評価方法の態様に関して説明した通りである。
【0042】
本態様のキットはさらに、被検者から採取した血液を付着させるための濾紙と、該濾紙に付着した乾燥血液を抽出するための抽出液を備えていてもよい。抽出液については上記のウイルスの中和抗体の評価方法の態様に関して説明した通りである。
【0043】
本態様のキットはさらに、本発明のウイルスの中和活性を評価する方法を実施するための手順などを記載した取扱説明書を備えていてもよい。
【0044】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例0045】
実施例1 濾紙乾燥血液を用いたウイルスの中和抗体の測定方法の確立
まず、中和抗体の評価に利用可能な血液量を確保できるかを調べるために、指先採血用器具(テルモ株式会社製 採血用穿刺針メディセーフ ファインタッチディスポ)を用いて採血量を調べた。針長0.8mmと1.5mmでは、採血量はそれぞれ15.3±1.4μL、18.8±1.2μL(各n=4、平均±標準誤差)であった。スタンプ法により採血用濾紙(ADVANTEC社製 採血用濾紙)に吸着させた場合、単位面積当たりの吸着血液量は0.33~0.40μL/mm2であった(n=3)。続いて、濾紙乾燥血液と溶出に用いる溶媒量との関係を知るために、生理食塩水に浸した場合の血液回収効率をヘモグロビンの吸光度であるOD560で測定したところ、溶媒量に反比例することを確認した。濾紙吸着血液量を最低値の0.33μL/mm2として、1枚の濾紙の吸着血液量と、濾紙面積と添加溶媒量から回収される希釈倍率とを算出した(表1)。
【0046】
【0047】
表1の算出した濾紙採血による希釈率の妥当性を確かめるために、濾紙採血用の血液を採血した患者からの実際の静脈採血から作成した希釈血清検体を比較対象として、麻疹抗体キット(デンカ生研社製、ウイルス抗体EIA「生検」麻疹IgG)により希釈麻疹抗体値を測定し、希釈血清における麻疹抗体値と濾紙採血による希釈率との相関関係を評価した。その結果、ADVANTEC社製採血用濾紙(濾紙A)ならびにWhatman社製採血用(濾紙B)濾紙ともに、6倍希釈濾紙採血(算出値)は、麻疹抗体値測定における8倍希釈血清に、50倍希釈濾紙採血(算出値)は、麻疹抗体値測定における32倍希釈血清に近似した値を示し、算出式の妥当性を確認した(
図1)。
【0048】
なお、通常法による中和抗体評価では、96ウェルプレートを利用し、その中で培養した細胞株に生きたウイルスを感染させる。改良法である微量法では、384ウェルプレートを利用することで、1ウェルあたりに必要とする量を、通常法で必要とする量と比較して、培養細胞を含む培養液で1/2、血液試料で1/4、シュードタイプウイルスを含む液で1/9として測定可能であることを確かめた。
【0049】
以上より、4 mmパンチ大の濾紙採血を100μLで溶出した場合を例にとると、血清200倍希釈に相当する濃度での中和抗体測定が、標準法では3回分、微量法では14回分確保できることが確認された。
【0050】
実施例2 濾紙乾燥血液を用いた被検者におけるSARS-CoV-2に対する中和抗体値の測定
COVID-19に罹患していると診断された患者の協力を得て、同日に採取した濾紙乾燥血液と静脈採血血清での新型コロナウイルスSARS-CoV-2に対する中和抗体値を比較した(26症例、28検体)。濾紙乾燥血液を4 mmパンチで抜き取り、100μLのDMEM培地(ナカライテスク社製)で溶出して微量法で測定した中和抗体と、静脈採血血清を通常法で測定した中和抗体とを比較した。
【0051】
以前に報告したように、水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus, VSV)を基盤としたSARS-CoV-2シュードタイプウイルスを作製するにあたり、SARS-CoVのスパイクタンパク質(Sタンパク質)のC末端の19アミノ酸を欠損させたSタンパク質を外套したシュードタイプウイルスで感染性が高かったことから(J Gen Virol.2005;86:2269-74; J Virol. 2009;83:712-21.)、本実施例においてもSARS-CoV-2のSタンパク質のC末端の19アミノ酸を欠損させたSタンパク質を外套したシュードタイプウイルスを作製し、本実施例の通常法及び微量方法に用いた。シュードタイプウイルスの作製方法についてはTani et al. Virol J (2021) 18:16を参照されたい。簡単に説明すると、293T細胞にC末端の19アミノ酸を欠損させたSARS-CoV-2のSタンパク質を発現するプラスミドDNAをトランスフェクションする。24時間後に、該トランスフェクトした293T細胞に、親ウイルスである、自身のエンベロープ遺伝子の代わりにリポーター遺伝子が組み込まれており、一過性にVSVのGタンパク質を外套した*G-VSVΔG/Lucを一定量感染させる。2時間ウイルスを細胞に吸着させた後、感染しなかったウイルスを培地で洗い出す。24時間培養後、培養上清を回収し、SARS-CoV-2のSタンパク質を外套したシュードタイプウイルスを得る。19アミノ酸を欠損させたSタンパク質は欠損させていないSタンパク質よりもより多くシュードタイプウイルスに外套されており、感染性も高いことが明らかとなっている(Tani et al. Virol J (2021) 18:16)。
【0052】
静脈採血血清を用いた通常法では、血清をDMEM培地(ナカライテスク社製)で希釈し、SARS-CoV-2のSタンパク質を外套したシュードタイプウイルスを含むウイルス液と9:1に混合後、VeroE6/TMPRSS2細胞(NIBIOHN JCRB細胞バンクから入手)を収容した96ウェルプレートに1ウェルあたり100μL添加し、2ウェル準備する。24時間後にウイルスに組み込まれた発光酵素であるルシフェラーゼの基質を10μL添加し、発光をGloMaxプレートリーダー(プロメガ社製)で測定し、2重測定の平均値を、血清非含有の測定値と比較した場合のパーセンテージとして算出する。詳しくは、Tani et al. Virol J (2021) 18:16を参照されたい。
【0053】
微量法では、濾紙乾燥血液をDMEM培地(ナカライテスク社製)で血清換算200倍相当に希釈し、この希釈液57μLとSARS-CoV-2のSタンパク質を外套したシュードタイプウイルスを含むウイルス液3μLとを混合後1時間室温静置し、VeroE6/TMPRSS2 細胞を播種した384ウェルプレートに該混合物を1ウェルあたり22.5μL添加し、これを2ウェル準備した。24時間後にウイルスに組み込まれた発光酵素であるルシフェラーゼの基質を2.5μL添加し、発光をGloMaxプレートリーダー(プロメガ社製)で測定し、2重測定の平均値を、血清非含有の測定値と比較した場合のパーセンテージとして算出した。
【0054】
濾紙採血からの中和抗体値(縦軸)と、静脈採血検体からの中和抗体値(横軸)は、正の相関を示した(
図2)。十分に中和抗体を保有していることを確認した3例については、更に検体を200倍、800倍、3200倍、12800倍に希釈して相関性を確認した(
図3)。この検証に用いた濾紙乾燥血液は採血後3~31日間、常温で保存されたものであり、約1か月は安定であることを確認した。
本発明の濾紙乾燥血液を用いたウイルスの中和抗体の検出方法は、被検者及び医療従事者の感染リスクの軽減、採血した血液試料の保管・輸送の簡便性、濾紙乾燥血液の長期間の安定性、及び多検体処理能から、国内外で広く被検者における中和抗体獲得状況の調査に利用することができる。