(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022160156
(43)【公開日】2022-10-19
(54)【発明の名称】エラスティック結晶繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
D01F 9/00 20060101AFI20221012BHJP
D01D 5/06 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
D01F9/00 Z
D01D5/06 102Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021064736
(22)【出願日】2021-04-06
(71)【出願人】
【識別番号】513067727
【氏名又は名称】高知県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 正太郎
【テーマコード(参考)】
4L035
4L045
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB03
4L035BB11
4L035BB18
4L035EE20
4L045AA02
4L045DC00
(57)【要約】
【課題】本発明は、結晶性であるが柔軟性を示すという一般的には相反する特性を有し、且つリサイクルが容易なエラスティック結晶繊維を効率的に製造することが可能な方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係るエラスティック結晶繊維の製造方法は、前記エラスティック結晶繊維を構成するハロゲン化多環芳香族化合物の溶液上に、前記ハロゲン化多環芳香族化合物に対する貧溶媒の層を形成し、静置する工程を含むことを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エラスティック結晶繊維を製造するための方法であって、
前記エラスティック結晶繊維を構成するハロゲン化多環芳香族化合物の溶液上に、前記ハロゲン化多環芳香族化合物に対する貧溶媒の層を形成し、静置する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記溶液中の前記ハロゲン化多環芳香族化合物の濃度が5mg/mL以上、50mg/mL以下である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記溶液の溶媒の体積に対する前記貧溶媒の体積の比が1以上、2以下である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記溶液の溶媒として、ハロゲン化炭化水素系溶媒、エーテル系溶媒、及びケトン系溶媒から選択される1種以上の溶媒を用いる請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記貧溶媒としてアルコール系溶媒または脂肪族炭化水素系溶媒を用いる請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記ハロゲン化多環芳香族化合物が、ハロゲン化縮合多環芳香族炭化水素化合物である請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶性であるが柔軟性を示すという一般的には相反する特性を有し、且つリサイクルが容易なエラスティック結晶繊維を効率的に製造することが可能な方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
繊維とは細い糸状の物質をいい、例えば繊維が互いに絡まって糸が形成され、更に糸から織物や編物が形成される。繊維には大きく分けて天然繊維と人造繊維がある。天然繊維としては、主にセルロースからなる木綿や、タンパク質からなる羊毛や絹がある。人造繊維としては、ビスコースレーヨン等の再生繊維、ナイロン、ポリエステル、アクリル等の合成繊維、アセテート等の半合成繊維、ガラス繊維や炭素繊維などの無機繊維が挙げられる。これらのうち無機繊維は、合成樹脂と組み合わせて繊維強化プラスチックとしても用いられている。
【0003】
繊維は様々な用途に使われているが、共通してリサイクルが難しいという欠点がある。例えばセルロースは、微生物により分解されるが化学的に分解することは極めて難しい。タンパク質は比較的容易に化学分解可能であるが、得られたアミノ酸を繊維に再構成するには多大なコストがかかり、実際的ではない。合成繊維も、モノマーに化学分解するには多大なエネルギーが必要であるし、また自然界で生分解され難いという問題もある。繊維を分解しないでリサイクルする方法もあるが、それには洗浄や加工に多大なコストがかかる。
【0004】
ところで本発明者は、エラスティック結晶という新しい素材を開発している。結晶とは、原子、分子、イオンが規則正しく配列している固体をいい、一般的には硬くて脆い。しかしエラスティック結晶は、結晶でありながら柔軟性を示し、力の負荷により変形し、負荷を除くと元の形に戻るという性質を示す(非特許文献1~6)。また、かかるエラスティック結晶は、特定の有機溶媒に溶解することができるため容易にリサイクルできる。更に、かかるエラスティック結晶は、特定方向に裂いて繊維状にすることも可能である(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Shotaro Hayashiら,Angew.Chem.Int.Ed.,2016,55,2701-2704
【非特許文献2】Shotaro Hayashiら,Scientific Reports,7:9453,1-10
【非特許文献3】Shotaro Hayashiら,Cryst.Growth Des.,2017,17,6158-6162
【非特許文献4】Shotaro Hayashiら,Chem.Eur.J.,2018,24,8607-8512
【非特許文献5】Shotaro Hayashiら,Angew.Chem.Int.Ed.,2018,57,17002-17008
【非特許文献6】Shotaro Hayashiら,Angew.Chem.Int.Ed.,2020,59,16195-16201
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、従来の繊維にはリサイクルが難しいという問題がある。一方、本発明者が開発したエラスティック結晶は、リサイクルが容易であるし、繊維状に裂くことも可能である。しかし、結晶を所定方向に裂くという方法は、繊維の製造方法としては効率が悪いという問題がある。
そこで本発明は、結晶性であるが柔軟性を示すという一般的には相反する特性を有し、且つリサイクルが容易なエラスティック結晶繊維を効率的に製造することが可能な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、エラスティック結晶繊維を構成するハロゲン化多環芳香族化合物の溶液上に貧溶媒の層を形成して静置すれば、溶媒同士が徐々に拡散混合されて結晶が繊維状に成長することを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0008】
[1] エラスティック結晶繊維を製造するための方法であって、
前記エラスティック結晶繊維を構成するハロゲン化多環芳香族化合物の溶液上に、前記ハロゲン化多環芳香族化合物に対する貧溶媒の層を形成し、静置する工程を含むことを特徴とする方法。
[2] 前記溶液中の前記ハロゲン化多環芳香族化合物の濃度が5mg/mL以上、50mg/mL以下である前記[1]に記載の方法。
[3] 前記溶液の溶媒の体積に対する前記貧溶媒の体積の比が1以上、2以下である前記[1]または[2]に記載の方法。
[4] 前記溶液の溶媒として、ハロゲン化炭化水素系溶媒、エーテル系溶媒、及びケトン系溶媒から選択される1種以上の溶媒を用いる前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記貧溶媒としてアルコール系溶媒または脂肪族炭化水素系溶媒を用いる前記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 前記ハロゲン化多環芳香族化合物が、ハロゲン化縮合多環芳香族炭化水素化合物である前記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明方法により製造されるエラスティック結晶繊維は、結晶でありながら柔軟性も示すことから、繊維材料として優れている。また、リサイクルが難しい従来の繊維とは異なり、特定の有機溶媒に溶解可能であるため、容易にリサイクルできる。更に、エラスティック結晶繊維は高い撥水性を示し、また蛍光性や紫外線吸収性を示すため、高機能素材として利用され得る。かかるエラスティック結晶繊維は、本発明方法により効率的に製造できる。よって本発明は、新たな繊維材料を提供可能な技術として、産業上非常に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明方法で製造した結晶の写真である。
【
図2】
図2は、本発明方法で製造し且つ接着剤で固定化した結晶の拡大写真である。
【
図3】
図3は、本発明方法で製造した結晶のエラスティック特性を示す写真である。
【
図4】
図4は、本発明方法で製造した結晶の拡大写真である。
【
図5】
図5は、本発明方法で製造した結晶の拡大写真である。
【
図6】
図6は、本発明方法で製造した結晶の拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係るエラスティック結晶繊維の製造方法は、エラスティック結晶繊維を構成するハロゲン化多環芳香族化合物の溶液上に、ハロゲン化多環芳香族化合物に対する貧溶媒の層を形成し、静置する工程を含む。
【0012】
本発明に係るエラスティック結晶繊維は、ハロゲン化多環芳香族化合物により構成されている。一般的な多環芳香族化合物は、剛直な直鎖状構造を有し、その結晶は、隣接する分子間のCH-π相互作用により、一つの分子面が別の分子の側面と向き合ったedge-to-face構造またはherringbone構造を有する。それに対して、本発明に係るハロゲン化多環芳香族化合物の結晶は、ハロゲノ基によりCH-π相互作用が抑制されるために分子間のπ-π相互作用が優勢になり、分子面同士が積層されたface-to-face構造を有し、その結果、結晶に力が加わると分子面間で滑りが生じて結晶であるにもかかわらず変形することができ、また力が除かれるとπ-π相互作用により元の形状に戻るというエラスティック特性を示すと考えられる。
【0013】
なお、多環芳香族化合物を構成する全ての環が芳香族炭化水素環であるものを多環芳香族炭化水素化合物といい、少なくとも1つ環がヘテロ芳香族環であるものを多環ヘテロ芳香族化合物というものとする。多環ヘテロ芳香族化合物のヘテロ原子としては、酸素原子、窒素原子、及び硫黄原子から選択される1以上のヘテロ原子が挙げられる。ヘテロ原子は、分子間のCH-π相互作用を抑制する機能も示す。
【0014】
多環芳香族化合物を構成する芳香族環としては、例えば、ベンゼン環の他、フラン環、チオフェン環、ピロール環、オキサゾール環、イソキサゾール環、チアゾール環、イソチアゾール環、ピラゾール環、イミダゾール環などの5員ヘテロ芳香族環;ピラン環、チオピラン環、ピリジン環、ピラジン環、ピリミジン環、ピリダジン環などの6員ヘテロ芳香族環が挙げられる。
【0015】
本発明に係るエラスティック結晶繊維においてハロゲノ基は、分子間のCH-π相互作用を抑制して分子間のπ-π相互作用を優勢とし、結晶がエラスティック特性をもつよう機能する。ハロゲノ基を有さない多環芳香族化合物の結晶にもエラスティック特性を示すものもあるが、ハロゲノ基を有する多環芳香族化合物で構成されたエラスティック結晶繊維の方が押し並べて性能が高いといえる。ハロゲノ基としては、フルオロ(-F)、クロロ(-Cl)、ブロモ(-Br)、及びヨード(-I)を挙げることができる。
【0016】
多環芳香族化合物はハロゲノ基の他、一般的な置換基を有していてもよい。ハロゲノ基以外の置換基としては、例えば、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、水酸基、ニトロ基、シアノ基、オキソ基、及びアミノ基が挙げられる。アミノ基には、無置換のアミノ基(-NH2)のほか、1個の上記C1-6アルキル基に置換されたモノC1-6アルキルアミノ基と2個のC1-6アルキル基に置換されたジC1-6アルキルアミノ基が含まれるものとする。かかるアミノ基としては、アミノ;メチルアミノ、エチルアミノ、n-プロピルアミノ、イソプロピルアミノ、n-ブチルアミノ、イソブチルアミノ、t-ブチルアミノ、n-ペンチルアミノ、n-ヘキシルアミノ等のモノC1-6アルキルアミノ;ジメチルアミノ、ジエチルアミノ、ジ(n-プロピル)アミノ、ジイソプロピルアミノ、ジ(n-ブチル)アミノ、ジイソブチルアミノ、ジ(n-ペンチル)アミノ、ジ(n-ヘキシル)アミノ、エチルメチルアミノ、メチル(n-プロピル)アミノ、n-ブチルメチルアミノ、エチル(n-プロピル)アミノ、n-ブチルエチルアミノ等のジC1-6アルキルアミノを挙げることができる。
【0017】
ハロゲノ基は、多環芳香族化合物の長軸方向を軸として線対称になるよう2以上置換していることが好ましい。かかる2以上のハロゲノ基により、隣接する分子間のCH-π相互作用をより有効に抑制することが可能になる。同様の理由で、ハロゲノ基以外の置換基や、多環ヘテロ芳香族化合物中のヘテロ原子は、縮合多環ヘテロ芳香族化合物の長軸方向に線対称になるよう2以上置換していることが好ましい。
【0018】
以下、ハロゲン化多環芳香族化合物をその構造に基づくタイプ別に示すが、ハロゲン化多環芳香族化合物は、その結晶がエラスティック特性を示す限り、以下の具体例に限定されるものではない。
【0019】
(1)ハロゲン化縮合多環芳香族化合物
縮合多環化合物とは、2つの芳香族環がそれぞれの環の辺を互いに1つ共有してできる縮合環(condensed-ringまたはfused-ring)を有する化合物であり、一般的に下記式(I)で表されるものをいう。
【0020】
【化1】
[式中、環A~Cは独立して芳香族環を示し、環A~C自体が縮合多環基であってもよく、mは0以上、5以下の整数を示し、mとしては4以下が好ましい。]
【0021】
縮合多環芳香族化合物としては、例えば、以下の化合物を挙げることができる。
【化2】
【0022】
(2)ハロゲン化芳香族環集合化合物
芳香族環集合化合物(aromatic ring assemblies compound)は、2以上の芳香族環が、当該芳香族環の数より1つ少ない一重結合で互いに結合されている化合物であり、例えば、下記式(II)で表される化合物が挙げられる。
【0023】
【化3】
[式中、環D~Fは独立して芳香族環を示し、環D~F自体が縮合多環基であってもよく、nは0以上、5以下の整数を示し、nとしては4以下が好ましい。]
【0024】
芳香族環集合化合物としては、例えば、以下の化合物を挙げることができる。
【化4】
[式中、RはC
1-6アルキル基を示し、XはC-FまたはNを示す。]
【0025】
(3)ハロゲン化共役架橋芳香族化合物
2以上の芳香族単環および/または芳香族縮合環が、共役基で結合されている化合物である。共役基としては、結合すべき芳香族環と共役している二価の基であれば特に制限されないが、例えば、エタンジイル基(-CH=CH-)、二価β-ジケト基(-C(OH)=CH-C(=O)-)、イミノ基(-CH=N-)、及びこれら基が結合して形成された二価の基が挙げられる。これら共役基は、置換可能であれば、C1-6アルキル基などの一般的な置換基を有していてもよく、シアノ基やニトロ基を更に共役した形で有することが好ましい。共役架橋芳香族化合物としては、例えば、以下の化合物を挙げることができる。
【0026】
【0027】
本発明方法では、エラスティック結晶繊維を構成するハロゲン化多環芳香族化合物の溶液を用いる。当該溶液の溶媒は、ハロゲン化多環芳香族化合物を適度に溶解できる常温常圧で液体のものであれば特に制限されないが、例えば、ハロゲン化炭化水素系溶媒、エーテル系溶媒、及びケトン系溶媒から選択される1種以上の溶媒が挙げられる。ハロゲン化炭化水素系溶媒としては、例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素などのクロロメタン;ブロモホルム等のブロモメタン;ヨードメタン等のヨウ化メタン;1,2-ジクロロエタン等のクロロエタンが挙げられる。エーテル系溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、メチルエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等が挙げられる。ケトン系溶媒としては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。
【0028】
ハロゲン化多環芳香族化合物の溶液の濃度は、エラスティック結晶繊維が有効に得られる範囲で適宜調整すればよい。当該濃度が低過ぎると、結晶化に過剰に時間がかかるおそれがあり得、当該濃度が高過ぎると、所望の直径を有する結晶繊維が得られないおそれがあり得る。例えば、当該濃度を5mg/mL以上、50mg/mL以下に調整することができる。前記濃度を当該範囲内に調整することで、ハロゲン化多環芳香族化合物をより確実に繊維状に結晶化させること可能になる。当該濃度としては、30mg/mL以下または25mg/mL以下が好ましく、20mg/mL以下がより好ましい。
【0029】
本発明方法では、ハロゲン化多環芳香族化合物の溶液を容器内で調製するか、或いは調製した上で容器に入れ、当該溶液層の上に、ハロゲン化多環芳香族化合物に対する貧溶媒の層を形成し、静置する。その結果、ハロゲン化多環芳香族化合物の溶液の溶媒と貧溶媒が徐々に混和し、全体に対するハロゲン化多環芳香族化合物の溶解性が低下することにより、繊維状の結晶が成長できると考えられる。
【0030】
結晶化に使用する容器は、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液層上に貧溶媒層を形成できる範囲で適宜選択すればよい。例えば、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液の量に対して容器の断面積が十分に小さい場合、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液と貧溶媒との接触面積が小さく、貧溶媒層の形成がより容易になることがある。ハロゲン化多環芳香族化合物溶液量に対する容器の断面積は、例えば、0.1cm2/mL以上、5cm2/mL以下とすることができる。当該比としては、0.2cm2/mL以上が好ましく、0.5cm2/mL以上がより好ましく、また、3cm2/mL以下または2cm2/mL以下が好ましく、1cm2/mL以下がより好ましい。
【0031】
ハロゲン化多環芳香族化合物に対する貧溶媒は、エラスティック結晶繊維が有効に製造できるものであれば特に制限されないが、ハロゲン化多環芳香族化合物に対する溶解性が比較的低く、またハロゲン化多環芳香族化合物溶液の溶媒と適度な相溶性を示し、当該溶液層上に貧溶媒層を形成できるものから選択する。具体的には、例えば、粉末状のハロゲン化多環芳香族化合物1gを溶媒中に入れて20±5℃で5分ごとに強く30秒間振り混ぜるとき、30分以内に溶ける溶媒量が100mL以上であるものから選択すればよい。かかる貧溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、2-プロパノール等のアルコール系溶媒;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素系溶媒が挙げられる。
【0032】
ハロゲン化多環芳香族化合物溶液層上に貧溶媒層を形成するには、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液上に貧溶媒を少量ずつ静かに注ぐことが好ましい。例えば、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液を含む容器の内壁面に沿って貧溶媒を少量ずつ添加することにより、貧溶媒層を良好に形成することが可能になる。
【0033】
貧溶媒の使用量は、エラスティック結晶繊維が有効に製造できる範囲で適宜調整すればよいが、例えば、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液の体積に対して、体積比で0.5以上、3倍以下とすることができる。当該比としては、1以上、2以下が好ましい。
【0034】
本発明方法では、容器中、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液層上に貧溶媒層を形成し、当該容器を静置することにより、ハロゲン化多環芳香族化合物溶液の溶媒と貧溶媒を徐々に混和させ、エラスティック結晶繊維を成長させる。
【0035】
静置時の温度は、エラスティック結晶繊維が良好に成長できる範囲で適宜調整すればよいが、例えば、0℃以上、40℃以下とすることができる。当該温度としては、10℃以上が好ましく、15℃以上がより好ましく、また、35℃以下または30℃以下が好ましく、25℃以下がより好ましく、20±5℃とすることができる。また、静置温度は常温とし、特に温度調節をしないこともできる。
【0036】
静置時間もエラスティック結晶繊維が良好に成長できる範囲で適宜調整すればよいが、例えば、10分間以上、2日間以下とすることができ、エラスティック結晶繊維は徐々に成長するため、エラスティック結晶繊維が所望の長さになった時点で静置を中止することができる。
【0037】
成長したエラスティック結晶繊維は、常法に従って単離することができる。例えば、放置、加熱、減圧などにより、溶媒を留去して結晶繊維を乾燥すればよい。また、デカンテーションにより溶媒を除去してもよい。更に、結晶繊維が壊れない範囲で、濾過や遠心分離などにより結晶繊維を単離してもよい。
【0038】
本発明方法で製造されるエラスティック結晶繊維は、結晶であるにもかかわらずエラスティック特性を示し、適度な力を付加することにより変形させることが可能であり、また力を除くことにより元の形状に戻すことも可能である。また、本発明のエラスティック結晶繊維を構成するハロゲン化多環芳香族化合物は、蛍光特性を示すものが多いが、適度な力の付加により蛍光特性を変化させることも可能である。
【0039】
本発明に係るエラスティック結晶繊維は、繊維形状を有し、製造条件の調整により、例えば直径は200nm以上、100μm以下、長さは1mm以上、5cm以下にすることができる。
【0040】
本発明に係るエラスティック結晶繊維は、絡ませることにより糸状にすることが可能であり得、また、合成樹脂中に分散させることにより、繊維強化プラスチックを得ることも可能であり得る。この際、無機物である従来の炭素繊維やガラス繊維を有機高分子である合成樹脂中に分散させることは難しいことがあるが、本発明に係るエラスティック結晶繊維は有機化合物で構成されているため、合成樹脂中への分散は容易であると考えられるし、更に、特定の有機溶媒に対する溶解性が高いことから、従来の繊維と異なり、極めて容易に再利用することができる。
【実施例0041】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0042】
実施例1
直径約3cmのビーカー中、9,10-ジブロモアントラセン(100mg)をジクロロメタン(10mL)に溶解させた。当該溶液上に、メタノール(10mL)をゆっくり注ぎ、メタノール層を形成し、室温で1日静置した。次いで、ピンセット等を用いて生じた結晶をビーカーから慎重に取り出し、常温常圧下で自然乾燥させた。得られた結晶の写真を
図1に示す。
図1の写真の通り、上記方法で得られた結晶は繊維状のものであった。
【0043】
また、得られた繊維状結晶をほぐし、エポキシ系接着剤(「アラルダイト(登録商標)」ハンツマン社製)で固定した上で、実体顕微鏡で観察した。固定された結晶の実体顕微鏡写真を
図2に示す。
図2の写真の通り、上記方法で得られた結晶には、直径約500nmの繊維状結晶が含まれていることが明らかとなった。
【0044】
更に、得られた長さ約1cmの結晶の端部をエポキシ系接着剤(「アラルダイト(登録商標)」ハンツマン社製)でピンに固定し、暗室中、ブラックライトを照射した。なお、9,10-ジブロモアントラセンは、比較的長波の紫外光の照射により強い黄緑色の蛍光を発する。
端部を固定化した結晶(
図3(1))を、透明プラスチック板を使って横から押したところ、折れることなく曲げることができ(
図3(2))、プラスチック板を除くと元の形状に戻った(
図3(3))。更に逆方向から力を加えても逆方向に折り曲げることができ(
図3(4))、プラスチック板を除くと元の形状に戻った(
図3(5))。
この様に、本発明方法で得られた繊維状結晶は、明確なエラスティック特性を示した。
【0045】
実施例2
ジクロロメタン(10mL)をクロロホルム(10mL)に変更した以外は実施例1と同様にして、エラスティック結晶繊維を製造した。得られた結晶の実体顕微鏡写真を
図4に示す。
図4の写真の通り、上記方法で得られた結晶は、直径約10μmまたはそれ以下の繊維状結晶が絡まっているものであった。
【0046】
実施例3
メタノール(10mL)をエタノール(10mL)に変更した以外は実施例1と同様にして、エラスティック結晶繊維を製造した。得られた結晶の実体顕微鏡写真を
図5に示す。
図5の写真の通り、上記方法で得られた結晶は、直径約10μmまたはそれ以下の繊維状結晶が絡まっているものであった。
【0047】
実施例4
ジクロロメタン(10mL)をクロロホルム(10mL)に変更し、メタノール(10mL)をエタノール(10mL)に変更した以外は実施例1と同様にして、エラスティック結晶繊維を製造した。得られた結晶の実体顕微鏡写真を
図6に示す。
図6の写真の通り、上記方法で得られた結晶は、おおよそ10~30μm程度の繊維状結晶が絡まっているものであった。