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特開2022-160900光異性化基を有する化合物及びその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022160900
(43)【公開日】2022-10-20
(54)【発明の名称】光異性化基を有する化合物及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C07K 4/00 20060101AFI20221013BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20221013BHJP
【FI】
C07K4/00
C09K3/00 108
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021065415
(22)【出願日】2021-04-07
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】畠中 孝彰
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA11
4H045BA12
4H045BA13
4H045BA14
4H045BA50
4H045EA60
4H045FA20
4H045FA33
4H045GA25
(57)【要約】
【解決手段】以下の式(1)で表される、化合物を提供する。この化合物は、光照射により金属イオンキレート能を調節できる。
W-(L1)n-X-(L2)m-Y (1)
(式(1)中、Xは、光異性化化合物に由来する光異性化基を表し、L1及びL2は、それぞれ独立して連結基を表し、n及びmは、0又は1を表し、W及びYは、それぞれ独立して、天然又は人工のアミノ酸残基からなるペプチド鎖を表し、金属イオンのキレート能を有する。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(1)で表される、化合物。
W-(L1)n-X-(L2)m-Y (1)
(式(1)中、Xは、光異性化化合物に由来する光異性化基を表し、L1及びL2は、それぞれ独立して連結基を表し、n及びmは、0又は1を表し、W及びYは、それぞれ独立して、天然又は人工のアミノ酸残基からなるペプチド鎖を表し、金属イオンのキレート能を有する。)
【請求項2】
前記W及びYは、1個以上のヒスチジン残基を有する、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
前記W及びYは、3個以上のヒスチジン残基を有する、請求項2に記載の化合物。
【請求項4】
前記W及びYは、3個のヒスチジン残基を有する、請求項1~3のいずれかに記載の化合物。
【請求項5】
前記Xは、アゾベンゼン誘導体に由来する単位である、請求項1~4のいずれかに記載の化合物。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の化合物を含む、銅、ニッケル、コバルト及び亜鉛からなる群から選択される1種又は2種以上の金属のイオンのキレート剤。
【請求項7】
請求項1~5のいずれかに記載の化合物の光異性化により、前記W及び/又はYが有する金属イオンキレート能を変化させる方法。
【請求項8】
前記W及びYは、3個以上のヒスチジン残基を有し、前記金属イオンは、銅、ニッケル、コバルト及び亜鉛からなる群から選択される1種又は2種以上の金属のイオンである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1~5のいずれかに記載の化合物を光異性化することにより、溶液中の前記W及びYがキレート能を有する金属イオン濃度を変化させる方法。
【請求項10】
以下の式(2)で表される化合物を、被験化合物として、前記V及びZがキレートする1又は2以上の金属イオンの存在下で、前記化合物の光異性化による前記1又は2以上の金属イオンのキレート能を評価する、方法。
V-(L1)n-X-(L2)m-Z (2)
(式(2)中、Xは、光異性化化合物に由来する光異性化基を表し、L1及びL2は、それぞれ独立して連結基を表し、n及びmは、0又は1を表し、V及びZは、それぞれ独立して、天然又は人工のアミノ酸残基からなり金属イオンのキレート能を有するペプチド又はその一部を表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、光異性化基を有する化合物及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
アゾベンゼンは、光照射により、アゾベンゼンがシス-トランス構造変換を生じることが知られている。このため、このシス-トランス構造変換を利用することで、ペプチドやタンパク質を補足したり離脱させたりすることについて報告されている(非特許文献1~2)。
【0003】
アミノ酸のヒスチジンを6個連結したペプチドが、いわゆるヒスチジンタグ(Hisタグ)として知られている。Hisタグは、特定のバッファ条件下で、銅、ニッケル、亜鉛及びコバルトなどに結合するため、Hisタグを融合したタンパク質をこうした金属を用いて精製したり検出したりすることがよく行われている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Robert J. Mart and Rudolf K. Allemann., Azobenzene photocontrol of peptidesand proteins, Chem. Commun., 2016,52, 12262
【非特許文献2】Daniel Hoersch, Soung-Hun Roh, Wah Chiu and Tanja Kortemme., Reprogramming an ATP-driven protein machine into a light-gated nanocage, NATURE NANOTECHNOLOGY, 8, 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Hisタグを介した銅イオンとキレートを解除するには、高濃度のイミダゾール、低pH、EDTAなどの強力なキレート剤の過剰使用などがあるが、いずれも、過酷な条件である。また、Hisタグに関しては、金属イオンを固定化した担体を充填したカラムを用いるクロマトグラフィーやビーズ状の担体に適用されている。しかしながら、Hisタグについては、それ以上の展開はなされていないのが現状である。また、金属イオンをキレートする公知のペプチドについても同様である。
【0006】
本明細書は、光異性化基を備える化合物及びその利用を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、アゾベンゼンなど、光照射による光異性化を生じる光異性化化合物に着目した。本発明者は、さらに、この種の光異性化化合物に由来する光異性化基とペプチドとを組み合わせることで、ペプチドの有する金属イオンキレート能を変化させることができるという知見を得た。すなわち、光異性化を利用して、ペプチドの金属イオンキレート能を調節できるという知見を得た。本明細書は、かかる知見に基づき以下の手段を提供する。
【0008】
[1]以下の式(1)で表される、化合物。
W-(L1)n-X-(L2)m-Y (1)
(式(1)中、Xは、光異性化化合物に由来する光異性化基を表し、L1及びL2は、それぞれ独立して連結基を表し、n及びmは、0又は1を表し、W及びYは、それぞれ独立して、天然又は人工のアミノ酸残基からなるペプチド鎖を表し、金属イオンキレート能を有する。)
[2]前記W及びYは、1個以上のヒスチジン残基を有する、[1]に記載の化合物。
[3]前記W及びYは、3個の以上のヒスチジン残基を有する、[2]に記載の化合物。
[4]前記W及びYは、3個のヒスチジン残基を有する、[1]~[3]のいずれかに記載の化合物。
[5]前記Xは、アゾベンゼン誘導体に由来する単位である、[1]~[4]のいずれかに記載の化合物。
[6][1]~[5]のいずれかに記載の化合物を含む、金属イオンキレート剤。
[7][1]~[5]のいずれかに記載の化合物の光異性化により、前記W及び/又はYが有する金属イオンキレート能を変化させる方法。
[8]前記W及びYは、3個以上のヒスチジン残基を有し、前記金属イオンは、銅、ニッケル、コバルト及び亜鉛からなる群から選択される1種又は2種以上の金属のイオンである、[7に記載の方法。
[9][1]~[5]のいずれかに記載の化合物を光異性化することにより、溶液中の前記W及びYがキレート能を有する金属イオン濃度を変化させる方法。
[10]以下の式(2)で表される化合物を、被験化合物として、前記V及びZがキレートする1又は2以上の金属イオンの存在下で、前記化合物の光異性化による前記1又は2以上の金属イオンとのキレーティング能を評価する、方法。
V-(L1)n-X-(L2)m-Z (2)
(式(2)中、Xは、光異性化化合物に由来する単位を表し、L1及びL2は、それぞれ独立して連結基を表し、n及びmは、0又は1を表し、V及びZは、それぞれ独立して、天然又は人工のアミノ酸残基からなり金属イオンキレート能を有するペプチド又はその一部を表す。)
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例に開示される化合物の光照射による光異性化を示す図である。
図2】実施例に開示される化合物の光照射によるNiイオンに対する親和性評価結果を示すである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書は、光異性化部位を有するペプチド及びその利用に関する。本明細書に開示される化合物は、光照射により、そのペプチドの金属イオンのキレーティング能力を変化させることができる。キレーティング能力の変化としては、例えば、金属イオンキレートを増強や減少、異なる金属イオンに対するキレテーティング能の発現などが挙げられる。本明細書に開示される化合物は、光照射による光異性化部位の光異性化は、光異性化部位に連結されるペプチドの金属イオンキレート能力に影響を及ぼすことを初めて見出したことに基づくものである。
【0011】
一般に、光異性化分子は光照射により分子の立体構造が大きく変化する。例えば、アゾベンゼンはTrans体とCis体で、その両末端の距離がそれぞれ13オングストローム、6オングストロームと大きく異なる。このような異性化は、分子全体の溶液中における構造を大きく変化させると考えられる。こうした分子内における構造変化が、ペプチドが有する金属イオンへの親和性の変化を生じさせるものと考えられる。
【0012】
本明細書に開示の化合物によれば、光照射(光スィッチング)により金属イオンに対するキレーティング能力を変化させることができる。このため、この化合物に光照射することで、金属イオンとの結合及び解離とを容易に行うこともできる。
【0013】
本明細書において、光異性化とは、光照射による可逆的に異性化することをいい、異性化は、シスートランス異性化などの光幾何異性化、光閉開環異性化などが挙げられる。以下、本明細書の開示について説明する。
【0014】
[光異性化基を有する化合物]
本明細書に開示される化合物(以下、本化合物ともいう。)は、以下の式(1)で表される。
【0015】
W-(L1)n-X-(L2)m-Y (1)
【0016】
本化合物は、式(1)において、Xは光異性化基であり、L1及びL2は、それぞれ独立して連結基を表し、n及びmは、それぞれ0又は1を表し、W及びYは、それぞれ独立して、天然及び/又は人工のアミノ酸残基を有するペプチド鎖を表す。
【0017】
(光異性化基)
光異性化基は当技術分野で公知であり、任意の公知の光異性化基を、本化合物含ませることができる。特に限定するものではないが、適切な光異性化基として、アゾベンゼン、環状アゾベンゼン及びアゾヘテロアレーンならびにその誘導体;スピロピラン及びその誘導体;トリフェニルメタン及びその誘導体;4,5-エポキシ-2-シクロペンテン及びその誘導体;フルギド及びその誘導体;チオインジゴ及びその誘導体;ジアリールエテン及びその誘導体;ジアリルエテン及びその誘導体;過密アルケン(overcrowded alkene)及びその誘導体;ならびにアントラセン及びその誘導体に由来する光異性化基が挙げられるが、これらに限定されない。
【0018】
アゾベンゼン化合物として、例えば、アゾベンゼン骨格を有する化合物であればよく、オルト位、メタ位及び/又はパラ位に1又は2以上の同一であってもよい置換基を有するアゾベンゼン化合物が挙げられる。アゾベンゼン化合物は、公知のアゾベンゼン化合物を適宜用いることができる。特に限定するものではないが、例えば4-(アミノメチル)フェニルアゾ安息香酸、4,4’-ジカルボキシアゾベンゼン、2,2’-ジカルボキシアゾベンゼン、4,4’-ジアミノアゾベンゼン、4,4’-ジニトロアゾベンゼンが挙げられる。本化合物は、ペプチド鎖を備えるため、製造を考慮すると、光異性化基の前駆体としては、アミノ基とカルボキシル基をそれぞれのベンゼン環に備えることが有利な場合がある。
【0019】
スピロピラン誘導体として、1,3,3-トリメチルインドリノベンゾピリロスピラン;1,3,3-トリメチルインドリノ-6’-ニトロベンゾピリロスピラン;1,3,3-トリメチルインドリノ-6’-ブロモベンゾピリロスピラン;1-n-デシル-3,3-ジメチルインドリノ-6’-ニトロベンゾピリロスピラン;1-n-オクタデシ-1-3,3-ジメチルインドリノ-6’-ニトロベンゾピリロスピラン;3’,3’-ジメチル-6-ニトロ-1’-[2-(フェニルカルバモイル)エチル]スピロ;[2H-1-ベンゾピラン-2,2’-インドリン];1,3,3-トリメチニルインドリノ-8’-メトキシベンゾピリロスピラン;及び1,3,3-トリメチルインドリノ-β-ナフトピリロスピランが挙げられるが、これらに限定されない。スピロピランまたはスピロピラン誘導体に対応するメロシアニン型も使用に適している。
【0020】
トリフェニルメタン誘導体として、マラカイトグリーン誘導体が挙げられるが、これに限定されない。具体的には、例えば、ビス[(ジメチルアミノ)フェニル]フェニルメタノール、ビス[4-(ジエチルアミノ)フェニル]フェニルメタノール、ビス[4-(ジブチルアミノ)フェニル]フェニルメタノール、及びビス[4-(ジエチルアミノ)フェニル]フェニルメタンが挙げられる。
【0021】
4,5-エポキシ-2-シクロペンテン誘導体として、例えば、2,3-ジフェニル-1-インデノンオキシド及び2’,3’-ジメチル-2,3-ジフェニル-1-インデノンオキシドが挙げられる。
【0022】
環状アゾベンゼン及びアゾヘテロアレーン化合物として、11,12-ジヒドロジベンゾ[c,g][1,2]ジアゾシン-5-オキシド、ヘテロジアゾシン、例えば、Hammerich et al. J.Am.Chem.Soc.,2016,138(40),pp13111-13114に記載されている光スイッチ、ならびにその開示を参照により本明細書に援用するCalbo et al. J.Am.Chem.Soc.,2017,139(3),pp1261-1274に記載されているアゾヘテロアレーン光スイッチ、例えば、3-ピラゾール(3pzHまたは3pzMe)、5-ピラゾール(5pzHまたは5pzMe)、3-ピロール(3pyHまたは3pyMe)、トリアゾール及びテトラゾール(tetまたは3tri)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
フルギド誘導体として、イソプロピリデンフルギド及びアダマンチリデンフルギドが挙げられるが、これらに限定されない。
【0024】
ジアリルエテン誘導体として、例えば、1,2-ジシアノ-1,2-ビス(2,3,5-トリメチル-4-チエニル)エタン;2,3-ビス(2,3,5-トリメチル-4-チエチル)無水マレイン酸;1,2-ジシアノ-1,2-ビス(2,3,5-トリメチル-4-セレニル)エタン;2,3-ビス(2,3,5-トリメチル-4-セレニル)無水マレイン酸;及び1,2-ジシアノ-1,2-ビス(2-メチル-3-N-メチルインドール)エタンが挙げられる。
【0025】
ジアリールエテン誘導体として、置換パーフルオロシクロペンテン-ビス-3-チエニル及びビス-3-チエニルマレイミドが挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
過密アルケンとして、シス-2-ニトロ-7-(ジメチルアミノ)-9-(2’,3’-ジヒドロ-1’H-ナフト[2,1-b]チオピラン-1’-イリデン)-9H-チオキサンテン及びトランス-ジメチル-[1-(2-ニトロ-チオキサンテン-9-イリデン)-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾ[f]チオクロメン-8-イル]アミンが挙げられるが、これらに限定されない。過密アルケンは文献に記載されている。例えば、terWiel et al.(2005)Org.Biomol.Chem.3:28-30;及びGeertsema et al.(1999)Agnew CHem.Int.Ed.Engl.38:2738を参照のこと。
【0027】
他の光異性化基として、例えば、ジアゾケトン、アジ化アリール、ジアゼレン、及びベンゾフェノンを含む、親和性標識に一般的に使用される反応基が挙げられる。
【0028】
(連結基)
連結基L1及びL2は、異なっていてもよし、同一であってもよい。連結基は、当該分野において周知であり、適宜公知の連結基を用いることができる。特に限定するものではないが、連結基は、2つの基または1~100原子の長さの鎖、例えば、1、2、3、4、5、6、8、10、12、14、16、18、20、またはそれ以上の長さの炭素原子の鎖を接続する共有結合であり、連結基は、直鎖、分岐、環状または単一原子であってもよい。分岐する連結基において分岐とは3つ以上の基を接続する連結部分を指す。また例えば、連結基の主鎖の1、2、3、4または5つ以上の炭素原子を、硫黄、窒素または酸素ヘテロ原子で置換される。また例えば、連結基の主鎖は、連結性官能基、例えば、エーテル、チオエーテル、アミノ、アミド、スルホンアミド、カルバメート、チオカルバメート、尿素、チオ尿素、エステル、チオエステルまたはイミンを含む。本化合物は、ペプチド鎖を備えるため、アミド結合が有用である。
【0029】
例えば、連結基の主鎖原子間の結合は飽和または不飽和であってもよく、いくつかの場合では、連結基の主鎖に、1つ、2つ、または3つ以下の不飽和結合が存在する。また例えば、連結基は、1つ以上の置換基、例えば、アルキル、アリールまたはアルケニル基を含み得る。リンカーには、限定されないが、ポリエチレングリコール;エーテル、チオエーテル、第3級アミン、直鎖または分岐であり得るアルキル、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、1-メチルエチル(イソプロピル)、n-ブチル、n-ペンチル、1,1-ジメチルエチル(t-ブチル)などが含まれ得る。また例えば、連結基主鎖には、環状基、例えば、アリール、複素環またはシクロアルキル基が含まれ、環状基の2つ以上の原子、例えば、2、3または4個の原子が含まれる。連結基は、切断可能であっても切断不可能であってもよい。
【0030】
連結基は、光異性化基にもよるが、本化合物が備えていてもよいし備えていなくてもよい。
【0031】
(ペプチド鎖)
W及びYはいずれも、ペプチド鎖である。本化合物が備えるペプチド鎖は、それぞれ、金属イオンキレート能を有することができる。こうしたペプチドとしては、公知の金属イオンキレート能(結合能)を有するペプチド及びその一部を用いることができる。こうしたペプチドとしては、例えば、特開2016-88846号公報、特開2016-117663号公報、特開2017-222614号公報、特表2017-512249号公報、特開2019-176833号公報等に開示するペプチドが挙げられる。
【0032】
また例えば、ヒスチジン残基、システイン残基、メチオニン残基などが、金属イオンキレート能力に貢献することが知られている。
【0033】
また例えば、Hisタグとして知られる、ヒスチジン残基が6個連続したペプチドが挙げられる。これらは、銅、ニッケル、コバルト及び亜鉛などの金属のイオンと結合する。
【0034】
また例えば、W及びYは、天然のアミノ酸残基(L体)のほか、人工アミノ酸残基(D体やそのほかの化学修飾を含むアミノ酸残基)を含んでいてもよい。W及びYは、それぞれ独立して金属キレート能を有するように適宜修飾された公知のアミノ酸残基を1個又は2個以上含むことができる。
【0035】
W及びYは、同一であっても異なっていてもよい。特に限定するものではないが、同一であれば、W及びYが備える金属イオンキレート能力の増強や減少の程度が大きくなる場合がある。また例えば、W及びYは、こうした金属イオンのキレート能力を有するペプチド又はその一部とすることができる。例えば、W及びYは、それぞれ、少なくとも1個のヒスチジン残基を備えることができる。また例えば、2個以上のヒスチジン残基を備えることもできる。また例えば、3個又は4個以上のヒスチジンを備えることもできる。ヒスチジン残基の上限は特に限定するものではないが、例えば、8個以下であり、また例えば、7個以下であり、また例えば、6個以下である。複数個のヒスチジンを含む場合、複数個のうち、少なくとも2個又は3個のヒスチジン残基を連続して備えることが好ましい。
【0036】
W及びYのペプチド鎖は、金属イオンキレート能力を有するとして公知のペプチドであれば用いることができる。一方、ペプチド鎖が有する最適なペプチド残基数及びその組成は、こうしたペプチド鎖を備える本化合物を適宜合成し、本化合物に対する光照射によって金属イオンキレート能力(変化)を評価することで決定することができる。
【0037】
W及びYのペプチド鎖は、それぞれ、金属イオンキレート能力を発揮するペプチド鎖以外のアミノ酸残基やペプチド鎖を含むことができる。また、W及びYのペプチド鎖の長さは特に限定するものではない。例えば、アミノ酸残基数として、1個以上1000個以下程度とすることができ、また例えば、2個以上600個以下、また例えば、2個以上500個以下、また例えば、2個以上300個以下、また例えば、2個以上200個以下、また例えば、2個以上100個以下、また例えば、2個以上80個以下、また例えば、2個以上60個以下、また例えば、2個以上50個以下、また例えば、2個以上40個以下、また例えば、2個以上30個以下、また例えば、2個以上20個以下、また例えば、2個以上10個以下、また例えば、2個以上8個以下などとすることができる。
【0038】
(本化合物の製造)
本化合物は、公知のペプチドの固相合成法等を用いて合成することができる。例えば、通常のペプチド合成に用いられるようにアミノ酸残基のアミノ基をFMOC又はBOCで保護した誘導体を準備する。また、光異性化化合物のアミノ基もFMOC又はBOCで保護した誘導体を準備する。次いで、そのC末端となるアミノ酸残基を固相に固定し、順次意図した誘導体の連結を固相反応により実施する。本明細書によれば、こうした本化合物の製造方法も提供される。
【0039】
(本化合物の利用)
本化合物は、光照射により、本化合物の金属イオンのキレーティング能力を変化させることができる。照射される光の波長は、用いる光異性化基の種類によって異なる。例えば、光異性化基としてアゾベンゼン又はその誘導体を用いる場合には、紫外光を照射することで、トランス体からシス体へと光異性化反応が生じ、これにより、金属イオンキレート能力が変化する。また、熱又は可視光を照射することで、シス体からトランス体に戻る。適切な波長や熱は、置換基などによっても異なり、適宜設定されるものである。
【0040】
本化合物が有する金属イオンのキレーティング能力は、ペプチド鎖によって決定される。W及びYが本来的に備える金属イオンキレート能力が本化合物が発現する金属イオンキレート能力に貢献する。例えば、本化合物が、W及びYとしてヒスチジン残基を3個連続して備える場合、本化合物は、Hisタグに由来する金属イオンのキレーティング能力を発現しまた変化させることができ、具体的には、銅、ニッケル、コバルト及び亜鉛からなる群から選択される1種又は2種以上の金属のイオンのキレーティング能力を変化させることができる。
【0041】
本化合物によれば、本化合物の金属イオンとのキレーティング能力の調節能を用いて、金属イオンとのキレーティング能の発現ないし増強により、金属イオンを捕捉し、金属イオンとのキレーティング能の消失ないし低下により、金属イオンを開放することができる。また、本化合物によれば、金属イオンを含む溶液中において、金属イオン濃度を変化させることができる。本化合物によれば、光照射によって、金属イオンキレート能力を変化させることができるため、光照射によって金属イオンの捕捉、回収、分離が可能であるとともに、容易に本化合物を再利用することができる。
【0042】
以上の実施形態によれば、本化合物を含有する金属イオンキレート剤も提供される。また、以上の実施形態によれば、本化合物に光照射することにより、本化合物を光異性化することで、本化合物の金属イオンキレート能力を変化させる方法も提供される。また、以上の実施形態によれば、本化合物を光照射により光異性化することにより、溶液中の本化合物がキレート可能な金属イオンの濃度を変化させる方法が提供される。
【0043】
(金属イオンのキレーティング能力の評価方法)
本明細書に開示される評価方法は、下の式(2)で表される化合物を、被験化合物として、式(2)中のV及びZがキレートする1又は2以上の金属イオンの存在下で、前記被験化合物の光異性化による前記1又は2以上の金属イオンのキレーティング能力を評価する方法とすることができる。
【0044】
V-(L1)m-X-(L2)n-Z (2)
(式(2)中、Xは、光異性化基を表し、L1及びL2は、それぞれ独立して連結基を表し、n及びmは、それぞれ0又は1を表し、V及びZは、それぞれ独立して、天然及び/又は人工のアミノ酸残基を有するペプチド鎖を表す。)
【0045】
光異性化基及び連結基については、既述の本化合物と同一の実施態様が適用される。また、V及びZについても、既述の本化合物のW及びYと同一の実施態様が適用される。また、金属イオンキレート能力を有するとして公知のペプチドの一部について適用することが好適である。こうすることで、本化合物のW及びYのペプチド鎖として採用する最適なペプチド残基数及びその組成を決定することができる。
【0046】
金属イオンのキレーティング能力の変化は、特に限定するものではないが、例えば、後述する実施例に開示される方法を採用することができる。すなわち、ITC(Isothermal Titration Calorimetry)にて、ターゲットとする金属イオンとの結合親和性を評価することができる。
【実施例0047】
以下、本明細書の開示をより具体的に説明するために具体例としての実施例を記載する。以下の実施例は、本明細書の開示を説明するためのものであって、その範囲を限定するものではない。
【実施例0048】
(光異性化基を備えるペプチド誘導体の合成)
本実施例では、アミノ酸残基として、以下に示すL-ヒスチジン(H)及び光異性化化合物として、以下に示す4-(アミノメチル)フェニルアゾ安息香酸を用いて、光異性化基とペプチド鎖とを有するペプチド誘導体(本化合物の一例である。)を合成した。このペプチド誘導体は、(アミノメチル)フェニルアゾ安息香酸(AMPB)のアミノ基末端、カルボキシ基末端それぞれにヒスチジンがアミド結合した分子構造を有する。このペプチド誘導体では、光異性化基は、各ベンゼンのパラ位にペプチド鎖が連結している。比較例として、ヒスチジン残基が6個連結したペプチド(Hisタグ)及び3個連結したペプチドも合成した。
【0049】
【化1】
【0050】
【化2】
【0051】
ペプチド誘導体は、アミノ基がFmoc化されたヒスチジン、同様にアミノ基がFOC化されたAMPBを用いた。これらの誘導体を固相合成法により連結し、合成ペプチドを得た。固体体樹脂より切り出し脱保護した合成ペプチドは、逆送HPLCにて精製し、凍結乾燥した。なお、FMOC化、固相合成、切り出し、脱保護、精製等は、常法に従い行った。
【実施例0052】
(光照射による合成分子中のアゾベンゼンのシス-トランス構造変換)
実施例で合成したペプチド誘導体を0.1mg/mlの濃度でPBSに溶解し、350nmもしくは400nmの波長の光を照射した後、250nm-800nmの吸光度を測定した。結果を図1に示す。
【0053】
図1(A)に示すように、溶解したペプチド誘導体は、330nm付近に極大を持っていることから、この状態でのペプチド誘導体の光異性化基であるアゾベンゼンはトランス体であることがわかる。次いで、同じく図1(A)に示すように、このペプチド誘導体に350nmの波長のレーザー光を5秒及び10秒照射した。350nmのレーザー光を10秒照射すると、330nmのピークは消失した。このことから、ペプチド誘導体中のアゾベンゼンがシス体に構造変換したことがわかった。
【0054】
また、図1(B)に示すように、シス体に変化したペプチド誘導体に400nmの波長のレーザー光を10秒、20秒及び40秒照射した。レーザー光の照射時間に応じて、330nm付近の吸収が大きくなり、極大が再度出現した。このことから、ペプチド誘導体のアゾベンゼンは、トランス体に構造変換したことがわかった。
【0055】
以上のことから、アゾベンゼンなどの光異性化基は、ペプチド鎖を有していても、光照射によりアゾベンゼンのシス-トランス構造変換(光異性化)を繰り返し制御できることがわかった。
【0056】
また、アゾベンゼンのシス-トランス構造変換は、熱によっても誘導されることが知られている。ペプチド誘導体中のアゾベンゼンをシス体に変換させた後、常温の暗室下に一定時間放置し、放置前後の吸収スペクトルを測定した。その結果、図2(C)に示すように、少なくとも常温において2時間はシス体の状態を保持できることが分かった。
【実施例0057】
(シス体、トランス体のNiイオンに対する親和性)
合成ペプチドをTBS(Tris 50mM、NaCl 500mM)に溶解し、ITC(Isothermal Titration Calorimetry)にて、Hisタグが高い親和性(キレーティング能力)を示すニッケルイオンとの結合親和性を評価した。実験は25℃条件下で行った。結果を図2に示す。
【0058】
図2に示すように、実施例1で合成したペプチド誘導体(H3-Azo-H3)はトランス体とシス体におけるNi2+に対する解離定数からみて、トランス体は、シス体に比較して、Ni2+に対する親和性が4~5倍向上した。また、解離定数からみて、トランス体のNi2+に対する親和性は、従来のHisタグ(His6個や3個)よりも高いことがわかった。また、解離定数からみて、ペプチド誘導体のシス体のNi2+に対する親和性が、従来のHisタグよりも低いことがわかった。
【0059】
以上のことから、光異性化部位で連結したペプチド鎖を有するペプチド誘導体は、光異性化によりその金属キレーティング能力を増強及び減少(発現又は消失)など、変化を生じさせうることがわかった。
図1
図2