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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022160987
(43)【公開日】2022-10-20
(54)【発明の名称】正極活物質およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/58 20100101AFI20221013BHJP
【FI】
H01M4/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021197569
(22)【出願日】2021-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2021065078
(32)【優先日】2021-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】110000604
【氏名又は名称】弁理士法人 共立特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齊田 潤
(72)【発明者】
【氏名】松代 大
(72)【発明者】
【氏名】山岡 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】橋詰 太郎
(72)【発明者】
【氏名】島津 貴志
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA10
5H050BA17
5H050CA01
5H050CB02
5H050CB03
5H050CB08
5H050CB09
5H050CB12
5H050GA02
5H050HA02
(57)【要約】
【課題】オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質であって、耐久後の容量劣化が抑制されたものを提供すること。
【解決手段】
LiMnFe (Dは金属元素、Dは第13族から第16族の元素かつ価数が4以下であり、a、b、c、d、e、f、g、hは、0<a<1.5、0<b<1、0<c<1、0<d<1、0≦e<1、0≦f<1、0<g<1、0<h<5を満足する。)で表され、X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認される、正極活物質。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
LiMnFe (Dは金属元素、Dは第13族から第16族の元素かつ価数が4以下であり、a、b、c、d、e、f、g、hは、0<a<1.5、0<b<1、0<c<1、0<d<1、0≦e<1、0≦f<1、0<g<1、0<h<5を満足する。)で表され、X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認される、正極活物質。
【請求項2】
LiMnFe (Dは金属元素、Dは第13族から第16族の元素かつ価数が4以下であり、a、b、c、d、e、f、g、h、iは、0<a<1.5、0<b<1、0<c<1、0<d<1、0≦e<1、0≦f<1、0<g<1、0<h<5、0<i<1を満足する。)で表され、
X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認されるか、及び/又は、
前記DがCr、Ti、Vから選ばれる少なくとも一種である、
正極活物質。
【請求項3】
前記dが0.05/100~2.5/100の範囲内である、請求項1又は2に記載の正極活物質。
【請求項4】
前記Dがケイ素を含み、前記dおよびfの関係が1.5d≦f≦2.5dを満足する、請求項1~請求項3の何れか一項に記載の正極活物質。
【請求項5】
前記Dがマグネシウムを含む、請求項1~請求項4の何れか一項に記載の正極活物質。
【請求項6】
X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認される、請求項1~請求項5の何れか一項に記載の正極活物質。
【請求項7】
前記DがCr、Ti、Vから選ばれる少なくとも一種である、請求項1~請求項6の何れか一項に記載の正極活物質
【請求項8】
請求項1~請求項7の何れか一項に記載の正極活物質を製造する方法であって、
タングステン化合物と還元剤との反応生成物、リチウム源、マンガン源、鉄源、リン源および水を含む活物質原料を加熱する工程を含む、正極活物質の製造方法。
【請求項9】
請求項1~請求項7の何れか一項に記載の正極活物質を有する正極。
【請求項10】
請求項9に記載の正極を有するリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリビン構造の正極活物質とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯端末、パーソナルコンピュータ、電気自動車などの電源として、容量に優れるリチウムイオン二次電池が使用されている。リチウムイオン二次電池の容量をより高くするためには、高容量の正極活物質及び高容量の負極活物質を採用すればよい。
例えば、LiCoO、LiNiO、LiNi1/3Co1/3Mn1/3等の層状岩塩構造の正極活物質は、高容量の正極活物質として知られている。また、Si含有負極活物質はリチウムの吸蔵能力が高いため、高容量の負極活物質として知られている。
【0003】
しかしながら、層状岩塩構造の正極活物質を採用したリチウムイオン二次電池や、Si含有負極活物質を採用したリチウムイオン二次電池は、短絡などの異常が生じた際に、発熱量が大きいとの欠点があった。
【0004】
かかる欠点を解消するため、層状岩塩構造の正極活物質と比較して低容量であるものの熱安定性に優れるオリビン構造の正極活物質を採用する手段がある。当該正極活物質に組み合わせる負極活物質としては、Si含有負極活物質と比較して低容量であるものの熱安定性に優れる黒鉛を採用する手段がある。
オリビン構造の正極活物質及び負極活物質として黒鉛を備えるリチウムイオン二次電池は、文献に記載されている。
【0005】
特許文献1には、オリビン構造の正極活物質を具備するリチウムイオン二次電池は安全性に優れる旨が記載されており(0014段落を参照)、そして、オリビン構造のLiFePOを正極活物質として備え、負極活物質として黒鉛を備えるリチウムイオン二次電池が具体的に記載されている(実験例1~6を参照)。
【0006】
特許文献2には、オリビン構造の正極活物質は熱安定性が高い旨が記載されており(0011段落を参照)、そして、オリビン構造のLiFePOを正極活物質として備え、負極活物質として黒鉛を備えるリチウムイオン二次電池が具体的に記載されている(実施例1~3を参照)。
【0007】
特許文献3には、オリビン構造の正極活物質としてのリン酸鉄リチウム(LiFePO)およびリン酸マンガンリチウム(LiMnPO)が紹介され、さらにこれらの固溶体であるリン酸鉄マンガンリチウムも紹介されている。特許文献3の背景技術の欄には、このうちリン酸鉄マンガンリチウムについては、鉄に対するMnの元素比が大きくなるほど、平均作動電圧が高くなり、エネルギー密度は大きくなることが期待される旨が説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010-123300号公報
【特許文献2】特開2013-140734号公報
【特許文献3】特開2014-56721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上記したリン酸鉄マンガンリチウムは、エネルギー密度が高く正極活物質として有用と期待される半面、正極活物質として好適とは言い難い性質を有する。
【0010】
例えば、特許文献3には、リン酸鉄マンガンリチウムの理論放電容量および理論作動電圧の発現は、鉄に対するマンガンの元素比が大きくなる程困難になる旨が説明されている。さらに同特許文献3には、この不具合は、リン酸鉄マンガンリチウムが電子伝導性およびイオン導電性に劣ること、および、充放電によってリン酸鉄マンガンリチウムの構造に変化が生じることに起因する旨が説明されている。
リン酸鉄マンガンリチウムの構造変化は、正極活物質としてのリン酸鉄マンガンリチウムの容量劣化を招くと考えられる。
【0011】
なお、特許文献3には、リン酸鉄マンガンリチウムにニオブをドープしたリン酸化合物においては、その構造が安定化し、電子伝導性およびイオン導電性を高められる旨が開示されている(例えば〔0032〕~〔0034〕段落参照)。
【0012】
本発明の発明者は、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質であって、耐久後の容量劣化が抑制された、新規な正極活物質を開発することを志向した。
【0013】
本発明はかかる事情に鑑みて為されたものであり、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質であって、耐久後の容量劣化が抑制されたものを提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の発明者は、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質につき、その耐久後の容量劣化が生じる要因を鋭意研究した。その結果、リチウムイオン二次電池の充放電に伴い生じるフッ化水素が、当該正極活物質の劣化の一因となり得るという着想を得た。
【0015】
つまり、電解液に含まれるリチウム塩としては、LiPF等のフッ素を含有するものが一般に用いられている。一般的なリチウムイオン二次電池の電解液には微量の水が存在するために、当該電解液中には、リチウム塩と水との反応によりフッ化水素が生じると考えられる。そしてこの種の電解液を用いたリチウムイオン二次電池においては、電解液中のフッ化水素と正極活物質とが反応することにより、正極活物質が劣化する可能性がある。
【0016】
本発明の発明者は、この着想を基に更なる研究を重ね、特定の元素を特定の状態で正極活物質に含有させることにより、当該正極活物質をフッ化水素から保護し得ることという知見を得た。かかる知見に基づき、本発明の発明者は本発明を完成した。
【0017】
本発明の正極活物質は、
LiMnFe (Dは金属元素、Dは第13族から第16族の元素かつ価数が4以下であり、a、b、c、d、e、f、g、hは、0<a<1.5、0<b<1、0<c<1、0<d<1、0≦e<1、0≦f<1、0<g<1、0<h<5を満足する。)で表され、X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認される、正極活物質である。
また、本発明の正極活物質は、
LiMnFe (Dは金属元素、Dは第13族から第16族の元素かつ価数が4以下であり、a、b、c、d、e、f、g、h、iは、0<a<1.5、0<b<1、0<c<1、0<d<1、0≦e<1、0≦f<1、0<g<1、0<h<5、0<i<1を満足する。)で表され、
X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認されるか、及び/又は、
前記DがCr、Ti、Vから選ばれる少なくとも一種である、
正極活物質である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の正極活物質は、耐久後にも容量劣化し難い。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】評価例1における、実施例1~実施例3および比較例1の正極ハーフセルの放電容量を表すグラフである。
図2】評価例2における、参考例1の正極ハーフセルの放電容量を表すグラフである。
図3】評価例5における、実施例4の正極活物質のSEM像である。
図4】評価例5における、実施例4の正極活物質のSEM像である。
図5】評価例5における、実施例4の正極活物質のEDX像である。
図6】評価例5における、実施例4の正極活物質のEDX像である。
図7】評価例5における、実施例4の正極活物質のEDX像である。
図8】評価例5における、実施例4の正極活物質のEDX像である。
図9】評価例6における、実施例4の正極活物質のXPSチャートである。
図10】評価例6における、実施例2の正極活物質のXPSチャートである。
図11】評価例6における、実施例3の正極活物質のXPSチャートである。
図12】評価例7における、比較例2~5のリチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験の結果を表すグラフである。
図13】評価例8における、比較例2の正極活物質のXPSチャートである。
図14】評価例12における、実施例17、実施例18及び比較例6のリチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験の結果を表すグラフである。
図15】評価例19における、実施例16および比較例6のリチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明を実施するための形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「x~y」は、下限x及び上限yをその範囲に含む。そして、これらの上限値及び下限値、並びに実施例中に列記した数値も含めてそれらを任意に組み合わせることで新たな数値範囲を構成し得る。更に、上記の何れかの数値範囲内から任意に選択した数値を新たな数値範囲の上限、下限の数値とすることができる。
【0021】
本発明の正極活物質は、下式(1)で表され、X線光電分光法によりタングステンに由来するピークが確認される、正極活物質である。
LiMnFe 式(1)
(Dは金属元素、Dは第13族から第16族の元素かつ価数が4以下であり、a、b、c、d、e、f、g、hは、0<a<1.5、0<b<1、0<c<1、0<d<1、0≦e<1、0≦f<1、0<g<1、0<h<5を満足する。)
【0022】
または、本発明の正極活物質は下式(1-1)で表され、X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認されるか、及び/又は、前記DがCr、Ti、Vから選ばれる少なくとも一種である、正極活物質である。
LiMnFe 式(1-1)
(Dは金属元素、Dは第13族から第16族の元素かつ価数が4以下であり、a、b、c、d、e、f、g、h、iは、0<a<1.5、0<b<1、0<c<1、0<d<1、0≦e<1、0≦f<1、0<g<1、0<h<5、0<i<1を満足する。)
【0023】
本発明の正極活物質は、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質における基本骨格であるLiMna1Feb1PO(a1、b1は、a1+b1=1、0<a1<1、0<b1<1を満足する。)を有するものと考えられ、さらに、WOを必須とし、必要に応じてその他の元素を含有するものともいい得る。
【0024】
本発明の正極活物質においては、タングステンの一部は、LiMna1Feb1POの結晶粒界に析出し、他の一部は結晶構造の内部に存在すると考えられる。タングステンの当該他の一部は、恐らく、LiMna1Feb1POのメタルサイトすなわちFeまたはMnのサイトに置換されると推測される。結晶構造の内部に存在するタングステンはWOを含むと考えられ、当該WOに起因して、本発明の正極活物質からの遷移金属の溶出が抑制されると考えられる。なお、結晶粒界に析出したタングステンは、本発明の正極活物質をフッ化水素から保護する役割を担うと考えられる。これらの協働により、本発明の正極活物質は、耐久後にも容量劣化し難く、耐久性に優れるといい得る。
【0025】
なお、本発明の正極活物質がWOを含むことは、X線光電分光法により確認できる。具体的には、本発明の正極活物質をX線光電分光法により分析すると、WOに由来するピークが確認される。具体的な方法については実施例の欄に例示する。
以下、本発明の正極活物質の詳細を説明する。
【0026】
本発明の正極活物質は、上式(1)または(1-1)で表されるものであり、基本骨格であるLiMna1Feb1PO(a1、b1は、a1+b1=1、0<a1<1、0<b1<1を満足する。)に、さらに、WOを必須とし、必要に応じてその他の元素を含有するものと考えられる。したがって、本発明の正極活物質もまたオリビン構造を有すると考えられる。
【0027】
式(1)および(1-1)におけるaの範囲として、0.8<a<1.2、0.9<a<1.1、a=1を例示できる。また、式(1)および(1-1)におけるhの範囲として、3<h<5、3.5<h<4.5、3.8<h<4.2、h=4を例示できる。
【0028】
式(1)および(1-1)におけるbおよびcの範囲として、0.5≦b≦0.9、0.1≦c≦0.5や、0.6≦b≦0.8、0.2≦c≦0.4、更には0.7≦b≦0.8、0.2≦c≦0.3を例示できる。
【0029】
本発明の正極活物質において、タングステンはメタルサイトに置換されることが好ましい。メタルサイトを構成する金属であるマンガンおよび鉄に対してタングステンの量が過大であれば、正極活物質の容量が低下し、当該タングステンの量が過少であれば正極活物質の耐久性向上効果が低下する。したがって、タングステンの量には好ましい範囲が存在する。
【0030】
具体的には、本発明の正極活物質におけるタングステンの量は、式(1)および(1-1)におけるdが0.05/100~2.5/100の範囲内となる量であるのが好ましい。
換言すると、タングステンの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素、すなわち、マンガン元素、鉄元素、タングステン元素およびD元素の合計を100原子%としたときに、0.05~2.5原子%の範囲内となる量であるのが好ましい。
【0031】
上記dのより好ましい範囲として、0.05/100~1.5/100の範囲内、0.05/100~1.0/100の範囲内、0.1/100~0.5/100の範囲内、0.1/100~0.3/100の範囲内を例示できる。
【0032】
ところで、本発明の発明者は、リチウムイオン二次電池の充放電に伴って正極活物質に含まれる遷移金属が溶出することが、当該正極活物質の劣化の他の一因となり得るという着想を得た。
【0033】
オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質には、遷移金属として鉄やマンガンが含まれる。これらの遷移金属は、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質において、酸素と結合した状態で存在すると考えられている。
ここで、電解液中のフッ素は、酸素よりも電気陰性度が高いために、遷移金属である鉄やマンガンを酸素から奪い得る。これにより、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質から鉄やマンガンが溶出する可能性があり、その結果、正極活物質の容量が劣化する可能性がある。なお、正極活物質から溶出した鉄やマンガンは負極に析出してリチウムと不可逆的に結合し、その結果、正極活物質が劣化し、その容量が低下すると考えられる。
【0034】
本発明の発明者は、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質において、鉄やマンガンの一部を、酸素と強く結合し得る金属元素で置換することを志向した。具体的には、上記式(1)および(1-1)におけるDとして、酸素と強く結合し得る金属元素を用いれば良い。このことにより、上記した鉄やマンガンの溶出を抑制することが可能であり、ひいては、正極活物質の容量劣化を抑制することが可能である。
【0035】
当該Dの元素としては、具体的には、マグネシウム、コバルト、ニッケル、ニオブ、バナジウム、テルル、アルミニウム、チタン、亜鉛、銅、ビスマス、クロム、亜鉛、カルシウムまたはジルコニウムを例示できる。このうち、クロム、チタン、バナジウムは、Dの元素として特に好ましい。本発明の正極活物質は、Dとして、これらの元素を単独で含んでも良いし、これらの元素を複数含んでも良い。
【0036】
本発明の正極活物質において、Dの元素がメタルサイトに置換される場合、メタルサイトを構成する金属であるマンガンおよび鉄に対してDの元素の量が過大であれば、正極活物質の容量が低下し、当該Dの元素の量が過少であれば正極活物質の耐久性向上効果が低下する。したがって、Dの元素の量にもまた好ましい範囲が存在する。
【0037】
具体的には、本発明の正極活物質におけるDの元素の量は、式(1)および(1-1)におけるeが0.5/100~10/100の範囲内となる量であるのが好ましい。
換言すると、Dの元素の量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素、すなわち、マンガン元素、鉄元素、タングステン元素およびD元素の合計を100原子%としたときに、0.5~10原子%の範囲内となる量であるのが好ましい。
【0038】
上記eのより好ましい範囲として、1/100~5/100の範囲内、2/100~4/100の範囲内を例示できる。
【0039】
元素がクロムを含む場合、正極活物質におけるクロム量の好ましい範囲として、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.1~10原子%の範囲内、1~2.5原子%の範囲内または2~4原子%の範囲内を挙げ得る。
【0040】
元素がチタンを含む場合、正極活物質におけるチタン量の好ましい範囲として、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.5~10原子%の範囲内、1~10原子%の範囲内、1.5~6原子%の範囲内、1.5~4原子%の範囲内を挙げ得る。
【0041】
元素がバナジウムを含む場合、正極活物質におけるバナジウム量の好ましい範囲として、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0原子%以上10原子%以下、0原子%以上3原子%以下、0.5原子%以上2.9原子%以下、0.8原子%以上2.9原子%以下、1.0原子%以上2.9原子%以下、1.5原子%以上2.8原子%以下の各範囲を例示できる。
【0042】
さらに、D元素がマグネシウムを含む場合、正極活物質におけるマグネシウム量の好ましい範囲として、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.5~10原子%の範囲内、1~10原子%の範囲内、1~8原子%の範囲内、2~5原子%の範囲内を挙げ得る。
【0043】
さらに、本発明の発明者は、メタルサイトがタングステンで置換される場合には、結晶中性、すなわち、結晶の電気的中性が崩され、その結果、正極活物質の容量劣化が生じ得るという着想を得た。
つまり、メタルサイトを構成する鉄がタングステンで置換される場合、鉄の価数(2価)とタングステンの価数(4価)との間には2の差があるために、正極活物質を構成する原子価が釣り合わなくなる。これにより、正極活物質の結晶中性が維持されなくなり、1価のリチウムが当該結晶から欠損し易くなると考えられる。そしてその結果、正極容量が低下する虞がある。
【0044】
本発明の発明者は、鉄とタングステンとの価数の差を補い得る元素によって正極活物質のリンサイトを置換することで、上記した正極活物質を構成する原子価を釣り合わせることができると考えた。こうすることで、正極活物質の結晶中性を維持でき、上記したリチウムの欠損を抑制でき、ひいては正極容量の低下を抑制することが可能である。
【0045】
すなわち、本発明の正極活物質は、上記式(1)および(1-1)におけるD元素として、第13族から第16族の元素かつ価数が4以下のものを含有することが好ましい。これにより、本発明の正極活物質にタングステンを含みつつ、本発明の正極活物質の結晶中性を維持することが可能である。換言すると、本発明の正極活物質においては、メタルサイトをタングステンで置換すると同時にリンサイトをD元素で置換するのが好ましい。
なお、当該D元素はケイ素またはホウ素であるのが好ましい。
【0046】
本発明の正極活物質におけるD元素の量fは、タングステンの量dに応じて、正極活物資を構成する原子価が釣り合うように適宜適切に決定すれば良い。D元素の価数とリンの価数との差をzとすると、タングステンの量dに対するD元素の量fはf=2d/zと定義される。当該fの好ましい範囲としては、0.75×(2×d/z)≦f≦1.25×(2×d/z)を例示できる。当該fのより好ましい範囲は0.9×(2×d/z)≦f≦1.1×(2×d/z)である。
なお、例えばD元素がケイ素であれば、リンが+5価、ケイ素が+4価であることからz=1となり、D元素の量f=2dとなる。この場合、上記の0.75×(2×d/z)≦f≦1.25×(2×d/z)より、1.5d≦f≦2.5dの範囲が得られ、0.9×(2×d/z)≦f≦1.1×(2×d/z)より1.8d≦f≦2.2dの範囲が得られる。この場合、D元素の量fはタングステンの量dの2倍であるのが特に好ましい。
【0047】
既述したように、本発明の正極活物質がタングステンを含むことは、X線光電分光法(所謂XPSまたはESCA)により確認できる。
ここで、本発明の正極活物質において、タングステンの一部は、結晶の内部に存在すると推測される。当該タングステンは、酸素と結合し、主としてWOとして存在すると推測される。このため、本発明の正極活物質をX線光電分光法により分析すると、当該WOに由来するピークが検出される。
【0048】
タングステンの他の一部は、LiMna1Feb1POの結晶粒界に析出すると考えられる。当該タングステンは、酸素と結合し、主としてWOとして存在すると推測される。
当該WOはフッ化水素酸への溶解度が低いために、本発明の正極活物質は、全体として、結晶粒界に存在するタングステンによってフッ化水素から保護されると考えられる。
【0049】
このため、本発明の正極活物質をX線光電分光法により分析すると、WOに由来するピークに加えて、WOに由来するピークも検出されると考えられる。結晶粒界に析出するタングステンは正極活物質をフッ化水素から保護するのに寄与すると考えられるため、本発明の正極活物質からはWOに由来するピークも検出されることが好ましい。
なお、b、c、d、e、f、gの好ましい関係として、b+c+d+e=0.8~1.2かつf+g=0.8~1.2、b+c+d+e=1かつf+g=1、を例示できる。
【0050】
ところで、本発明の正極活物質は、さらに、フッ素を含むのも好ましい。つまり、既述したLiMnFe 式(1-1)におけるiが0<iであるのが好ましい。
この場合のフッ素は、上記した基本骨格であるLiMna1Feb1POの酸素のサイトに置換されると推測される。何れの場合にも、上記式(1-1)におけるh、iの関係は、h>iかつh+i=1かつであるのが好ましい。
【0051】
後述するように、本発明の正極活物質は、フッ素を含有することで、容量、寿命および抵抗のバランスが向上すると考えられる。当該フッ素の量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに、0.1~10原子%の範囲内となる量であるのが好ましい。当該フッ素の量のより好ましい範囲としては、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに、0.5~20原子%、1~10原子%、2~10原子%、または3~8原子%となる量を例示できる。または、当該フッ素の量の好ましい範囲として、0.2~5原子%の範囲内、0.5~2原子%の範囲内を例示することもできる。
【0052】
本発明の正極活物質には、導電性向上のための炭素コート層を形成しても良い。炭素コート層を形成する場合、本発明の正極活物質は粒子状であるのが良い。
【0053】
本発明の正極活物質の形状は特に制限されないが、平均粒子径でいうと、100μm以下が好ましく、0.01μm以上10μm以下がより好ましく、1μm以上10μm以下が最も好ましい。
なお、本明細書において特に説明のない場合には、平均粒子径とは、一般的なレーザー回折式粒度分布測定装置で計測した場合のD50の値を意味する。
本発明の正極活物質を製造する方法を以下に説明する。
【0054】
本発明の正極活物質は、既述したように、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質と同様の基本骨格を有する。したがって、本発明の正極活物質を製造する方法としては、オリビン構造を有するリン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質すなわちLiMna1Feb1PO(a1、b1は、a1+b1=1、0<a1<1、0<b1<1を満足する。)の製造方法や、オリビン構造を有するリン酸鉄リチウムすなわちLiFeb2b3PO(MはMn、Co、Ni、Cu、Mg、Zn、V、Ca、Sr、Ba、Ti、Al、Si、B、Te、Mo、Bi、Nb、Cr、Zrから選ばれる少なくとも1の元素である。b2、b3は0.6≦b2+b3≦1.1を満足する。)、またはオリビン構造を有するLiFePOの製造方法に準拠した方法を採用できる。
具体的には、上記したLiMna1Feb1PO、LiFeb2b3PO、LiFePOの製造方法に基づき、その原料がリチウム源、マンガン源、鉄源、タングステン源、リン源、酸素源、および、必要に応じてD源、D源、フッ素源を適切な元素比で含むようにして、正極活物質を製造すれば良い。
【0055】
オリビン構造の正極活物質の製造方法として、以下の文献などに記載された方法を参考に製造してもよい。
【0056】
特開平11-25983号公報
特開2002-198050号公報
特表2005-522009号公報
特開2012-79554号公報
【0057】
ここで、本発明の正極活物質の製造方法は、水溶液中で行うのが好ましい。このため、タングステン源は水に可溶であるのが好ましい。そして、本発明の正極活物質の製造方法においては、タングステン源たるタングステン化合物を水に可溶な状態にする工程を有するのが好ましい。
具体的には、本発明の正極活物質の製造方法は、タングステン化合物を還元剤により還元する工程を有するのが好ましい。当該方法を本発明の製造方法と称する。
本発明の製造方法において、タングステン化合物を還元剤により還元する工程は、本発明の正極活物質を合成するのに先立って行っても良いし、本発明の正極活物質を合成する際に同時に行っても良い。
【0058】
つまり、本発明の製造方法の一態様として、
タングステン化合物を還元剤により還元し、その反応生成物を得る工程、および、
当該反応生成物と正極活物質用のその他の原料、すなわち、リチウム源、マンガン源、鉄源、リン源および水を加熱し反応させる工程、を有する製造方法を例示できる。反応させる工程では、必要に応じて、D源、D源またはフッ素源を加えても良い。
または、本発明の製造方法の他の一態様として、
タングステン化合物、還元剤、リチウム源、マンガン源、鉄源、リン源および水を加熱し反応させる工程、を有する製造方法を例示できる。この場合にも、反応させる工程では、必要に応じて、D源、D源またはフッ素源を加えても良い。この場合、反応系内においてタングステン化合物と還元剤との反応生成物が生じ、当該反応系内でタングステン化合物と還元剤との反応生成物と、その他の原料とが共存する。
【0059】
このように、何れの場合にも、反応系内には、タングステン化合物と還元剤との反応生成物と、正極活物質用のその他の原料とが共存する。これらの原料を総称して活物質原料と称する。具体的なタングステン化合物としては、タングステン酸、タングステン酸アンモニウムを例示できる。当該活物質原料はゲル状を呈するのが好ましい。
【0060】
活物質原料におけるリチウム源、マンガン源、タングステン源、鉄源、リン源および、必要に応じて追加されるD源、D源、フッ素源としては、その他の元素の持ち込み量が少ないよう、酸化物または水酸化物を用いるのが好ましい。場合によっては、水酸化物をアルコキシ基で置換したアルコキシドを用いても良い。アルコキシ基の炭素数は少ない方が好ましく、炭素数3以下、2以下、または1以下であるのが良い。
【0061】
還元剤としては、タングステン化合物を還元可能なものを用いれば良く、炭素数の少ないもの、または、正極活物質を合成する際に炭素がCOガス等として反応系から消失するものが好ましい。具体的な還元剤としては、ギ酸、ヒドラジン、カテコール、ピロガロール、アスコルビン酸を例示できる。このうちギ酸またはヒドラジンは、還元剤として特に好ましい。
【0062】
本発明の正極活物質を合成する工程において、活物質原料を加熱する温度は特に問わないが、200℃以上800℃以下であるのが好ましく、300℃以上700℃以下であるのがより好ましい。
【0063】
以下、本発明の正極活物質を備える正極およびリチウムイオン二次電池について説明する。
【0064】
本発明の正極活物質を備える正極は、具体的には、集電体と、集電体の表面に形成された、正極活物質を含有する正極活物質層とを備える。
【0065】
集電体は、リチウムイオン二次電池の放電又は充電の間、電極に電流を流し続けるための化学的に不活性な電子伝導体をいう。集電体としては、銀、銅、金、アルミニウム、マグネシウム、タングステン、コバルト、亜鉛、ニッケル、鉄、白金、錫、インジウム、チタン、ルテニウム、タンタル、クロム、モリブデンから選ばれる少なくとも一種、並びにステンレス鋼などの金属材料を例示することができる。
【0066】
集電体は公知の保護層で被覆されていても良い。集電体の表面を公知の方法で処理したものを集電体として用いても良い。
【0067】
集電体は箔、シート、フィルム、線状、棒状、メッシュなどの形態をとることができる。そのため、集電体として、例えば、銅箔、ニッケル箔、アルミニウム箔、ステンレス箔などの金属箔を好適に用いることができる。箔状の集電体(以下、集電箔という。)の場合は、その厚みが1μm~100μmの範囲内であることが好ましい。
【0068】
オリビン構造の正極活物質は、LiCoO、LiNiO、LiNi1/3Co1/3Mn1/3等の層状岩塩構造の正極活物質に比べて電子伝導性に乏しい。そのため、表面が粗い集電箔を用いること、具体的には、面粗さの算術平均高さSaが0.1μm≦Saである集電箔を用いることで、集電箔と正極活物質層間の抵抗を低減させることが好ましい。
【0069】
面粗さの算術平均高さSaとは、ISO 25178で規定される面粗さの算術平均高さを意味し、集電箔の表面における平均面に対する各点の高さの差の絶対値の平均値である。
【0070】
表面が粗い集電箔を準備するには、金属製の集電箔を炭素で被覆する方法や、金属製の集電箔を酸やアルカリで処理する方法で製造してもよいし、市販の表面が粗い集電箔を購入してもよい。
【0071】
正極活物質層は、本発明の正極活物質以外の正極活物質を含み得る。本発明の正極活物質以外の正極活物質は特に限定しないが、上記したLiCoO、LiNiO、LiNi1/3Co1/3Mn1/3等の層状岩塩構造を有するものを選択するのが好適である。
本発明の正極活物質のようなオリビン構造を有する正極活物質は、層状岩塩構造を有する正極活物質に比べて、熱耐性に優れるものの容量については劣ることが知られている。一方、上記した層状岩塩構造を有する正極活物質は、熱耐性に劣るものの高容量であることが知られている。
このように、本発明の正極活物質と互いに補いあう特性を有する層状岩塩構造の正極活物質を、本発明の正極活物質と併用することで、リチウムイオン二次電池の電池特性を向上させることが可能である。
【0072】
正極活物質層における本発明の正極活物質の割合として、70~99質量%の範囲内、80~98質量%の範囲内、90~97質量%の範囲内を例示できる。
【0073】
正極活物質層は、正極活物質以外に、導電助剤、結着剤、分散剤などの添加剤を含むことがある。
このうち導電助剤は、電極の導電性を高めるために添加される。そのため、導電助剤は、電極の導電性が不足する場合に任意に加えればよく、電極の導電性が十分に優れている場合には加えなくても良い。
【0074】
導電助剤は化学的に不活性な電子伝導体であれば良く、炭素質微粒子であるカーボンブラック、黒鉛、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber)、カーボンナノチューブ、及び各種金属粒子等が例示される。カーボンブラックとしては、アセチレンブラック、ケッチェンブラック(登録商標)、ファーネスブラック、チャンネルブラック等が例示される。これらの導電助剤を単独又は二種以上組み合わせて正極活物質層に添加することができる。
【0075】
導電助剤の配合量は特に限定されない。正極活物質層における導電助剤の割合は、1~7質量%の範囲内が好ましく、2~6質量%の範囲内がより好ましく、3~5質量%の範囲内がさらに好ましい。
【0076】
結着剤は、正極活物質や導電助剤を集電体の表面に繋ぎ止める役割をするものである。結着剤としては、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、フッ素ゴム等の含フッ素樹脂、ポリプロピレン、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂、ポリイミド、ポリアミドイミド等のイミド系樹脂、アルコキシシリル基含有樹脂、ポリ(メタ)アクリレート系樹脂、ポリアクリル酸、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、スチレンブタジエンゴムを例示できる。
【0077】
結着剤の配合量は特に限定されない。正極活物質層における結着剤の割合は、0.5~7質量%の範囲内が好ましく、1~5質量%の範囲内がより好ましく、2~4質量%の範囲内がさらに好ましい。
【0078】
導電助剤及び結着剤以外の分散剤などの添加剤は、公知のものを採用することができる。
【0079】
集電体の表面に正極活物質層を形成するには、ロールコート法、ダイコート法、ディップコート法、ドクターブレード法、スプレーコート法、カーテンコート法などの従来から公知の方法を用いれば良い。具体的には、活物質、溶剤、並びに必要に応じて結着剤及び導電助剤を混合してスラリー状の活物質層形成用組成物を製造し、当該活物質層形成用組成物を集電体の表面に塗布後、乾燥する。溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドン、メタノール、メチルイソブチルケトン、水を例示できる。電極密度を高めるべく、乾燥後のものを圧縮しても良い。
【0080】
また、特開2015-201318号等に開示される製造方法を用いて活物質層を形成してもよい。
具体的には、活物質と結着剤と溶媒とを含む合剤を造粒することで湿潤状態の造粒体を得る。当該造粒体の集合物を予め定められた型枠に入れ、平板状の成形体を得る。その後、転写ロールを用いて平板状の成形体を集電体の表面に付着させることで正極活物質層を形成することができる。
または、上記の造粒体を集電体の表面に直接供給しつつ、これらを圧着し一体化することで、集電体の表面に正極活物質層を形成しても良い。
【0081】
本発明の正極活物質を備えるリチウムイオン二次電池は、本発明の正極活物質を備える正極、負極、電解液、及び必要に応じてセパレータを含む。
【0082】
負極は、集電体と、集電体の表面に形成された負極活物質層を有する。負極活物質層は負極活物質を含み、さらに、導電助剤、結着剤、分散剤などの添加剤を含むことがある。
集電体、導電助剤および結着剤は、正極で説明したものを採用すればよい。分散剤は公知のものを採用することができる。負極は、正極で説明した製造方法と同様の方法で製造すればよい。
【0083】
負極活物質としては、リチウムを吸蔵及び放出可能な炭素系材料、リチウムと合金化可能な元素、リチウムと合金化可能な元素を有する化合物、あるいは高分子材料などを例示することができる。
【0084】
炭素系材料としては、難黒鉛化性炭素、天然黒鉛、人造黒鉛、コークス類、グラファイト類、ガラス状炭素類、有機高分子化合物焼成体、炭素繊維、活性炭あるいはカーボンブラック類が例示できる。ここで、有機高分子化合物焼成体とは、フェノール類やフラン類などの高分子材料を適当な温度で焼成して炭素化したものをいう。高分子材料としては、具体的にポリアセチレン、ポリピロールを例示できる。
【0085】
リチウムと合金化可能な元素としては、具体的にNa、K、Rb、Cs、Fr、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Ag、Zn、Cd、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、Biが例示でき、特に、Si又はSnが好ましい。
【0086】
リチウムと合金化可能な元素を有する化合物としては、具体的にZnLiAl、AlSb、SiB、SiB、MgSi、MgSn、NiSi、TiSi、MoSi、CoSi、NiSi、CaSi、CrSi、CuSi、FeSi、MnSi、NbSi、TaSi、VSi、WSi、ZnSi、SiC、Si、SiO、SiO(0<v≦2)、SnO(0<w≦2)、SnSiO、LiSiOあるいはLiSnOを例示できる。また、リチウムと合金化反応可能な元素を有する化合物として、スズ合金(Cu-Sn合金、Co-Sn合金等)などの錫化合物を例示できる。
【0087】
電解液は、非水溶媒とこの非水溶媒に溶解された電解質とを含んでいる。
【0088】
非水溶媒としては、環状エステル類、鎖状エステル類、エーテル類等が使用できる。環状エステル類としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、フルオロエチレンカーボネート、ガンマブチロラクトン、ビニレンカーボネート、2-メチル-ガンマブチロラクトン、アセチル-ガンマブチロラクトン、ガンマバレロラクトンを例示できる。鎖状エステル類としては、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、ジブチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、エチルメチルカーボネート、プロピオン酸アルキルエステル、マロン酸ジアルキルエステル、酢酸アルキルエステル等を例示できる。エーテル類としては、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、1,2-ジメトキシエタン、1,2-ジエトキシエタン、1,2-ジブトキシエタンを例示できる。電解液には、これらの非水溶媒を単独で用いてもよいし、又は、複数を併用してもよい。
【0089】
ここで、エチレンカーボネート及びプロピレンカーボネートから選択されるアルキレン環状カーボネートは高誘電率の非水溶媒であり、リチウム塩の溶解及びイオン解離に寄与すると考えられる。
また、一般に、アルキレン環状カーボネートがリチウムイオン二次電池の充電時に還元分解されることにより、負極表面にSEI(Solid Electrolyte Interphase)被膜が形成されることが知られている。かかるSEI被膜の存在に因り、特に負極が黒鉛を備える場合に、リチウムイオンの可逆的な挿入及び離脱が可能になると考えられている。
【0090】
アルキレン環状カーボネートは電解液の非水溶媒として有益ではあるものの、高粘度である。そのため、アルキレン環状カーボネートの割合が高すぎると、電解液のイオン伝導度や電解液中でのリチウムイオンの拡散に悪影響を及ぼす場合がある。また、アルキレン環状カーボネートは融点が比較的高いため、アルキレン環状カーボネートの割合が高すぎると、低温条件下にて、電解液が固化するおそれがある。
【0091】
他方、プロピオン酸アルキルエステルの一種であるプロピオン酸メチルは、低誘電率、低粘度、かつ、融点が低い非水溶媒である。
電解液の非水溶媒として、アルキレン環状カーボネートとプロピオン酸メチルとが共存するものを用いることで、アルキレン環状カーボネートの不利な点をプロピオン酸メチルが相殺する。すなわち、プロピオン酸メチルは、電解液の低粘度化、イオン伝導度の好適化、リチウムイオンの拡散係数の好適化及び低温条件下での固化防止に寄与し得る。よって、非水溶媒として、アルキレン環状カーボネートとプロピオン酸メチルとが共存するものを用いるのが好適である。
【0092】
電解質としては、LiPF、LiClO、LiAsF、LiBF、FSOLi、CFSOLi、CSOLi、CSOLi、CSOLi、C11SOLi、C13SOLi、CHSOLi、CSOLi、CSOLi、CFCHSOLi、CFSOLi、(FSONLi、(CFSONLi、(CSONLi、FSO(CFSO)NLi、FSO(CSO)NLi、(SOCFCFSO)NLi、(SOCFCFCFSO)NLi、FSO(CHSO)NLi、FSO(CSO)NLi、LiPO、LiBF(C)、LiB(Cを例示できる。これらの電解質は単独でも用いても良いし2種以上を併用しても良い。
【0093】
電解液における電解質の量は特に限定しないが、1.0モル/L~2.5モル/Lの範囲内、1.2モル/L~2.2モル/Lの範囲内を例示できる。
【0094】
セパレータとしては、公知のものを採用すればよく、ポリテトラフルオロエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリイミド、ポリアミド、ポリアラミド(Aromatic polyamide)、ポリエステル、ポリアクリロニトリル等の合成樹脂、セルロース、アミロース等の多糖類、フィブロイン、ケラチン、リグニン、スベリン等の天然高分子、セラミックスなどの電気絶縁性材料を1種若しくは複数用いた多孔体、不織布、織布などを挙げることができる。また、セパレータは多層構造としてもよい。具体的には、電極とセパレータ間の高い接着性を実現するためにセパレータに接着層を設けた接着型のセパレータや、セパレータに無機フィラー等を含むコーティング膜を形成することで高温耐熱性を高めた塗布型セパレータなどを挙げることができる。
【0095】
リチウムイオン二次電池の具体的な製造方法について説明する。例えば、正極と負極とでセパレータを挟持して電極体とする。電極体は、正極、セパレータ及び負極を重ねた積層型、又は、正極、セパレータ及び負極の積層体を捲いた捲回型のいずれの型にしても良い。正極の集電体及び負極の集電体から外部に通ずる正極端子及び負極端子までを、集電用リード等を用いて接続した後に、電極体に電解液を加えてリチウムイオン二次電池とするとよい。
【0096】
また、リチウムイオン二次電池の電極として、双極型電極を用いた場合の具体的な製造方法について説明する。例えば、一の双極型電極の正極活物質層と、一の双極型電極と隣り合う双極型電極の負極活物質層とがセパレータを介して対向するように積層し電極体とする。電極体の周縁を樹脂等で被覆することで、一の双極型電極と一の双極型電極と隣り合う双極型電極との間に空間を形成し、当該空間内に電解液を加えてリチウムイオン二次電池とするとよい。
【0097】
本発明のリチウムイオン二次電池の形状は特に限定されるものでなく、円筒型、角型、コイン型、ラミネート型等、種々の形状を採用することができる。
【0098】
本発明のリチウムイオン二次電池は、車両に搭載してもよい。車両は、その動力源の全部あるいは一部にリチウムイオン二次電池による電気エネルギーを使用している車両であればよく、例えば、電気車両、ハイブリッド車両などであるとよい。車両にリチウムイオン二次電池を搭載する場合には、リチウムイオン二次電池を複数直列に接続して組電池とするとよい。リチウムイオン二次電池を搭載する機器としては、車両以外にも、パーソナルコンピュータ、携帯通信機器など、電池で駆動される各種の家電製品、オフィス機器、産業機器などが挙げられる。さらに、本発明のリチウムイオン二次電池は、風力発電、太陽光発電、水力発電その他電力系統の蓄電装置及び電力平滑化装置、船舶等の動力及び/又は補機類の電力供給源、航空機、宇宙船等の動力及び/又は補機類の電力供給源、電気を動力源に用いない車両の補助用電源、移動式の家庭用ロボットの電源、システムバックアップ用電源、無停電電源装置の電源、電動車両用充電ステーションなどにおいて充電に必要な電力を一時蓄える蓄電装置に用いてもよい。
【0099】
以上、本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例0100】
以下に、実施例、比較例及び参考例などを示し、本発明をより具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0101】
(実施例1)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.57g、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)4水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物4.17g、タングステン源としてタングステン酸0.076g、還元剤としてギ酸0.3g、ケイ素源としてオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)0.13g、および、リン源として85%リン酸6.99gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
なお、実施例1においては、ケイ素が式(1)におけるD元素に相当する。
【0102】
実施例1の活物質原料において、タングステンの量は、マンガン、鉄およびタングステンの合計、すなわち、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.5原子%となる量であった。また、ケイ素の量は、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに1.0原子%となる量であった。さらに、リチウム:(マンガン、鉄およびタングステンの合計):(ケイ素とリンとの合計)は1:1:1であった。なお、活物質原料におけるリチウム、マンガン、鉄、タングステン、ケイ素およびリンの元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。以下の実施例及び比較例についても同様である。
【0103】
実施例1の正極活物質原料における各元素の組成を、後述する各実施例、比較例1及び参考例1の正極活物質原料における各元素の組成とともに、後述する表1に示す。
【0104】
上記のゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、実施例1の正極活物質を製造した。
【0105】
〔正極の製造〕
実施例1の正極活物質、導電助剤としてアセチレンブラック及び結着剤としてポリフッ化ビニリデンを、正極活物質と導電助剤と結着剤の質量比が85:5:10となるように混合し、溶剤としてN-メチル-2-ピロリドンを添加してスラリー状の正極活物質層形成用組成物とした。正極用集電体としてアルミニウム箔を準備した。アルミニウム箔の表面に正極活物質層形成用組成物を膜状に塗布した後に溶剤を除去して製造された正極前駆体を、厚み方向にプレスすることで、アルミニウム箔の表面に正極活物質層が形成された正極を製造した。
なお、正極の目付け量の目標値は14mg/cmであり、正極活物質層の密度の目標値は1.9g/mLであった。ここで、正極の目付け量とは、正極の集電箔の片面1平方センチメートルの面積上に存在する正極活物質層の質量を意味する。
【0106】
〔正極ハーフセルの製造〕
エチレンカーボネート、メチルエチルカーボネートおよびジメチルカーボネートを体積比3:3:4で混合した混合溶媒に、LiPFを濃度1モル/Lで溶解しかつ(FSONLiを濃度0.1モル/Lで溶解して母液とした。当該母液に対して1質量%に相当する量のビニレンカーボネートを加えて溶解することで、電解液を製造した。
対極として、厚さ0.2μmのリチウム箔が貼り付けられた銅箔を準備した。
セパレータとしてポリオレフィン製の多孔質膜を準備した。正極、セパレータ、対極の順に積層して極板群とした。極板群を二枚一組のラミネートフィルムで覆い、三辺をシールした後、袋状となったラミネートフィルムに電解液を注入した。その後、残りの一辺をシールすることで、四辺が気密にシールされ、極板群及び電解液が密閉されたラミネート型電池を得た。これを実施例1の正極ハーフセルとした。
【0107】
〔リチウムイオン二次電池の製造〕
負極活物質として黒鉛、結着剤としてカルボキシメチルセルロース及びスチレンブタジエンゴムを、黒鉛とカルボキシメチルセルロースとスチレンブタジエンゴムの質量比が97:2.2:0.8となるように混合し、溶剤として水を添加してスラリー状の負極活物質層形成用組成物とした。負極用集電体として銅箔を準備した。銅箔の表面に負極活物質層形成用組成物を膜状に塗布した後に溶剤を除去して製造された負極前駆体を、厚み方向にプレスすることで、銅箔の表面に負極活物質層が形成された負極を製造した。
なお、負極の目付け量は4.8mg/cmであり、負極活物質層の密度は1.1g/cmであった。
【0108】
正極活物質層として実施例1の正極活物質、導電助剤としてアセチレンブラック及び結着剤としてポリフッ化ビニリデンを、正極活物質と導電助剤と結着剤の質量比が85:5:10となるように混合し、溶剤としてN-メチル-2-ピロリドンを添加してスラリー状の正極活物質層形成用組成物とした。正極用集電体としてアルミニウム箔を準備した。アルミニウム箔の表面に正極活物質層形成用組成物を膜状に塗布した後に溶剤を除去して製造された正極前駆体を、厚み方向にプレスすることで、アルミニウム箔の表面に正極活物質層が形成された正極を製造した。
なお、正極の目付け量の目標値は14mg/cmであり、正極活物質層の密度の目標値は1.9g/cmであった。
【0109】
エチレンカーボネート、メチルエチルカーボネートおよびジメチルカーボネートを体積比3:3:4で混合した混合溶媒に、LiPFを濃度1モル/Lで溶解しかつ(FSONLiを濃度0.1モル/Lで溶解して母液とした。当該母液に対して1質量%に相当する量のビニレンカーボネートを加えて溶解することで、電解液を製造した。
セパレータとしてポリプロピレン製の多孔質膜を準備した。正極と負極でセパレータを挟持して電極体とした。この電極体を上記の電解液と共に、袋状のラミネートフィルムに入れて密閉することで、実施例1のリチウムイオン二次電池を製造した。
【0110】
(実施例2)
実施例2の正極活物質の製造方法では、活物質原料におけるタングステンの量が、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素、すなわち、マンガン、鉄およびタングステンの合計を100原子%としたときに1原子%となる量であり、ケイ素の量が、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに2原子%となる量であった。これ以外は、実施例1と同様にして、実施例2の正極活物質、正極ハーフセル及びリチウムイオン二次電池を製造した。なお、実施例2においても、ケイ素がD元素に相当する。
【0111】
(実施例3)
実施例3の正極活物質の製造方法では、活物質原料におけるタングステンの量が、マンガン、鉄およびタングステンの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であり、ケイ素の量が、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに6原子%となる量であった。これ以外は、実施例1と同様にして、実施例3の正極活物質、正極ハーフセル及びリチウムイオン二次電池を製造した。なお、実施例3においても、ケイ素がD元素に相当する。
【0112】
(実施例4)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.57g、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)4水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物3.66g、タングステン源としてタングステン酸0.076g、マグネシウム源として酢酸マグネシウム4水和物0.394g、還元剤としてギ酸0.3g、ケイ素源としてオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)0.13g、および、リン源として85%リン酸6.99gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
このゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、実施例4の正極活物質を製造した。
なお、実施例4においては、マグネシウムが式(1)におけるD元素に相当し、ケイ素が式(1)におけるD元素に相当する。
【0113】
実施例4の活物質原料において、タングステンの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素、すなわち、マンガン、鉄、タングステンおよびマグネシウムの合計を100原子%としたときに0.5原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。ケイ素の量は、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに1原子%となる量であった。さらに、リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):(ケイ素とリンとの合計)の元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
実施例4の正極活物質を用い、実施例1と同様にして、実施例4の正極ハーフセル及びリチウムイオン二次電池を製造した。
【0114】
(比較例1)
比較例1の正極活物質の製造方法では、活物質原料がタングステンおよびケイ素を含まず、リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素):リン元素の比は1:1:1であった。また、比較例1の正極活物質の製造方法においては、タングステン酸、ギ酸0.3gおよびオルトケイ酸テトラエチルを用いなかった。これ以外は、実施例1と同様にして、比較例1の正極活物質、正極ハーフセル及びリチウムイオン二次電池を製造した。
【0115】
(比較例2)
比較例2の正極活物質の製造方法では、比較例1の正極活物質をタングステンコートした。具体的な手順は以下の通りである。
タングステンアルコキシド〔W(OC〕0.074gをエタノール100mlに溶解して、コート溶液を得た。このコート溶液に、比較例1の正極活物質10gを投入し、これらをエバポレータにより100℃で3~5時間減圧加熱し、溶媒を揮発させた。その後、残った固形分を500℃で1時間、窒素雰囲気下で加熱することで、比較例2の正極活物質を製造した。なお、比較例2の正極活物質において、コート対象である比較例1の正極活物質に対するタングステンの量は、比較例1の正極活物質100質量%に対して0.74質量%であった。
【0116】
〔正極の製造〕
比較例2の正極活物質、導電助剤としてアセチレンブラック及び結着剤としてポリフッ化ビニリデンを、正極活物質と導電助剤と結着剤の質量比が90:5:5となるように混合し、溶剤としてN-メチル-2-ピロリドンを添加してスラリー状の正極活物質層形成用組成物とした。正極用集電体としてアルミニウム箔を準備した。アルミニウム箔の表面に正極活物質層形成用組成物を膜状に塗布した後に溶剤を除去して製造された正極前駆体を、厚み方向にプレスすることで、アルミニウム箔の表面に正極活物質層が形成された比較例の正極を製造した。
なお、正極の目付け量の目標値は16mg/cmであり、正極活物質層の密度の目標値は1.9g/mLであった。
【0117】
〔リチウムイオン二次電池の製造〕
負極活物質として黒鉛、結着剤としてカルボキシメチルセルロース及びスチレンブタジエンゴムを、黒鉛とカルボキシメチルセルロースとスチレンブタジエンゴムの質量比が97:2.2:0.8となるように混合し、溶剤として水を添加してスラリー状の負極活物質層形成用組成物とした。負極用集電体として銅箔を準備した。銅箔の表面に負極活物質層形成用組成物を膜状に塗布した後に溶剤を除去して製造された負極前駆体を、厚み方向にプレスすることで、銅箔の表面に負極活物質層が形成された負極を製造した。
なお、負極の目付け量の目標値は6.8mg/cmであり、負極活物質層の密度の目標値は1.4g/cmであった。
【0118】
エチレンカーボネートとプロピオン酸メチルとを体積比15:85で混合した混合溶媒に、LiPFを濃度1.2モル/Lで溶解し母液とした。当該母液に対して1質量%に相当する量のビニレンカーボネート、および、1質量%に相当する量のリチウムジフルオロ(オキサラート)ボラートを加えて溶解することで、電解液を製造した。
セパレータとしてポリプロピレン製の多孔質膜を準備した。正極と負極でセパレータを挟持して電極体とした。この電極体を上記の電解液と共に、袋状のラミネートフィルムに入れて密閉することで、比較例2のリチウムイオン二次電池を製造した。
【0119】
(比較例3)
比較例3の正極活物質の製造方法では、コート溶液におけるタングステンアルコキシドの量を0.148gとしたこと以外は比較例2と概略同じ方法で、比較例3の正極活物質およびリチウムイオン二次電池を得た。なお、比較例3の正極活物質におけるタングステンアルコキシドの量は、コート対象である比較例1の正極活物質100質量%に対して1.48質量%であった。
【0120】
(比較例4)
比較例4の正極活物質の製造方法では、コート溶液におけるタングステンアルコキシドの量を0.222gとしたこと以外は比較例2と概略同じ方法で、比較例4の正極活物質およびリチウムイオン二次電池を得た。比較例4の正極活物質におけるタングステンアルコキシドの量は、コート対象である比較例1の正極活物質100質量%に対して2.22質量%であった。
【0121】
(比較例5)
比較例1の正極活物質を用い、比較例2と概略同じ方法で、比較例5のリチウムイオン二次電池を得た。比較例1のリチウムイオン二次電池は、正極活物質にタングステンを含まない。
【0122】
(参考例1)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.7g、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)5水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物3.75g、マグネシウム源として酢酸マグネシウム4水和物0.393g、および、リン源として85%リン酸7.06gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
このゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、参考例1の正極活物質を製造した。
なお、参考例1においては、マグネシウムが式(1)におけるD元素に相当する。
【0123】
参考例1の活物質原料において、マグネシウムの量は、マンガン、鉄およびマグネシウムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。また、リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):リンは1:1:1であった。なお、活物質原料におけるリチウム、マンガン、鉄、マグネシウムおよびリンの元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
【0124】
参考例1の正極活物質を用い、実施例1と同様にして、参考例1の正極ハーフセル及びリチウムイオン二次電池を製造した。
【0125】
(実施例5)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.57g、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)4水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物3.70g、マグネシウム源として酢酸マグネシウム4水和物0.394g、タングステン源としてタングステン酸0.038g、還元剤としてギ酸0.3g、ケイ素源としてオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)0.064g、フッ素源としてLiF0.016g、および、リン源として85%リン酸7.03gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
このゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、実施例5の正極活物質を製造した。
【0126】
なお、実施例5においては、マグネシウムが式(1-1)におけるD元素に相当し、ケイ素が式(1-1)におけるD元素に相当する。
また、実施例5の正極活物質における各元素の組成比において、LiFに由来するLi量は考慮しないものとする。以下の実施例等においても同様である。
【0127】
実施例5の活物質原料において、タングステンの量は、マンガン、鉄、タングステンおよびマグネシウムの合計を100原子%としたときに0.25原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、マンガン、鉄、タングステンおよびマグネシウムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。ケイ素の量は、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに0.5原子%となる量であった。フッ素の量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに1原子%となる量であった。さらに、リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):(ケイ素とリンとの合計)の元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
実施例5の正極活物質を用い、以下のように実施例5のハーフセルを製造した。
【0128】
実施例5の正極活物質を3質量部に対して、導電助剤としてのアセチレンブラック(AB)を1質量部、ABと結着剤としてのポリテトラフルオロエチレン(PTFE)との混合物(AB:PTFE(質量比)=2:1)を1質量部、及び、適量のN-メチル-2-ピロリドンを混合して、スラリーを製造した。正極用集電体として厚み10μmのアルミニウム箔を準備した。当該正極集電体の表面に、ドクターブレードを用いて、上記スラリーを膜状に塗布した。スラリーが塗布された正極集電体を80℃、15分間乾燥することで、N-メチル-2-ピロリドンを除去した。その後、プレスすることで、正極集電体上に正極活物質層が形成された実施例5の正極を製造した。
【0129】
実施例5の正極を径11mmに裁断し、評価極とした。厚さ500μmの金属リチウム箔を径13mmに裁断し対極とした。セパレータとしてガラスフィルター(ヘキストセラニーズ社)及び単層ポリプロピレンであるcelgard2400(ポリポア株式会社)を準備した。対極、ガラスフィルター、celgard2400、評価極の順に、2種のセパレータを対極と評価極で挟持し電極体とした。この電極体をコイン型電池ケースCR2032(宝泉株式会社)に収容し、さらに実施例1と同じ電解液を注入して、コイン型電池を得た。これを実施例5のハーフセルとした。
【0130】
(実施例6)
実施例6の正極活物質の製造方法では、活物質原料におけるフッ素の量が、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%となる量であった。これ以外は、実施例5と同様にして、実施例6の正極活物質及びハーフセルを製造した。なお、実施例6においても、マグネシウムが式(1-1)におけるD元素に相当し、ケイ素が式(1-1)におけるD元素に相当する。
実施例6の活物質原料において、タングステンの量は、マンガン、鉄、タングステンおよびマグネシウムの合計を100原子%としたときに0.25原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、マンガン、鉄、タングステンおよびマグネシウムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。ケイ素の量は、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに0.5原子%となる量であった。さらに、リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):(ケイ素とリンとの合計)の元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
【0131】
(実施例7)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.57g、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)4水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物3.45g、マグネシウム源として酢酸マグネシウム4水和物0.394g、タングステン源としてタングステン酸0.038g、クロム源として酢酸クロム水和物(クロムを22質量%含有)0.217g、還元剤としてギ酸0.3g、ケイ素源としてオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)0.064g、および、リン源として85%リン酸7.023gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
このゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、実施例7の正極活物質を製造した。当該実施例7の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例7のハーフセルを製造した。
【0132】
実施例7の正極活物質を用いて、実施例1と同様にしてリチウムイオン二次電池を製造した。なお、実施例7のリチウムイオン二次電池において、負極の目付け量は5mg/cm、負極活物質層の密度は1.35g/cm、正極の目付け量の目標値は14mg/cm、および、正極活物質層の密度の目標値は1.8g/cmであった。
【0133】
実施例7においては、マグネシウムおよびクロムが式(1)におけるD元素に相当し、ケイ素が式(1)におけるD元素に相当する。
実施例7の活物質原料において、タングステンの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウムおよびクロムの合計を100原子%としたときに0.25原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウムおよびクロムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。クロムの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウムおよびクロムの合計を100原子%としたときに1.5原子%となる量であった。ケイ素の量は、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに0.5原子%となる量であった。リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):(ケイ素とリンとの合計)の元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
【0134】
(実施例8)
実施例8の正極活物質の製造方法では、活物質原料における鉄の量がマンガン、鉄、タングステン、マグネシウムおよびクロムの合計を100原子%としたときに18.75原子%となる量であり、クロムの量がマンガン、鉄、タングステン、マグネシウムおよびクロムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。これ以外は、実施例7と同様にして、実施例8の正極活物質及びハーフセルを製造した。
また、実施例8の正極活物質を用いて、実施例7と同様にして実施例8のリチウムイオン二次電池を製造した。
【0135】
なお、実施例8においても、マグネシウムおよびクロムが式(1)におけるD元素に相当し、ケイ素が式(1)におけるD元素に相当する。
実施例8の活物質原料において、タングステンの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウムおよびクロムの合計を100原子%としたときに0.25原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウムおよびクロムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。ケイ素の量は、ケイ素およびリンの合計を100原子%としたときに0.5原子%となる量であった。リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):(ケイ素とリンとの合計)の元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
【0136】
(実施例9)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.57gg、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)4水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物3.14g、マグネシウム源として酢酸マグネシウム4水和物0.394g、タングステン源としてタングステン酸0.038g、チタン源として硫酸チタン(IV)30質量%溶液を1.22g、バナジウム源として酸化バナジウム(V)0.044g、還元剤としてギ酸0.3g、フッ素源としてLiF0.079g、および、リン源として85%リン酸7.06gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
このゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、実施例9の正極活物質を製造した。当該実施例9の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例9のハーフセルを製造した。また、正極活物質層として実施例9の正極活物質を用いたこと以外は、実施例7のリチウムイオン二次電池と同様にして、実施例9のリチウムイオン二次電池を製造した。
【0137】
実施例9においては、マグネシウム、チタンおよびバナジウムが式(1-1)におけるD元素に相当する。
実施例9の活物質原料において、タングステンの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.25原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。チタンの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに2.5原子%となる量であった。バナジウムの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.8原子%となる量であった。リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):リンの元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
【0138】
(実施例10)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.57g、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)4水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物3.74g、マグネシウム源として酢酸マグネシウム4水和物0.394g、タングステン源としてタングステン酸0.038g、チタン源として硫酸チタン(IV)30質量%溶液を1.22g、クロム源として酢酸クロム水和物(クロムを22質量%含有)0.434g、還元剤としてギ酸0.3g、フッ素源としてLiF0.0396g、および、リン源として85%リン酸7.06gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
【0139】
上記したゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、実施例10の正極活物質を製造した。当該実施例10の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例10のハーフセルを製造した。
さらに、実施例10の正極活物質を用いて実施例7と同様にして実施例10のリチウムイオン二次電池を製造した。
【0140】
実施例10においては、マグネシウム、チタンおよびクロムが式(1-1)におけるD元素に相当する。
実施例10の活物質原料において、タングステンの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウム、チタンおよびクロムの合計を100原子%としたときに0.25原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウム、チタンおよびクロムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。チタンの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウム、チタンおよびクロムの合計を100原子%としたときに2.5原子%となる量であった。クロムの量は、マンガン、鉄、タングステン、マグネシウム、チタンおよびクロムの合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。フッ素の量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに2.5原子%となる量であった。リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):リンの元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
【0141】
(実施例11)
〔正極活物質の合成〕
純水50mlに、リチウム源としてLiOH1水和物2.57g、pH調整剤としてリンゴ酸8.21g、マンガン源として酢酸マンガン(II)4水和物11.25g、鉄源として硫酸鉄(II)7水和物3.19g、マグネシウム源として酢酸マグネシウム4水和物0.394g、タングステン源としてタングステン酸0.038g、クロム源として酢酸クロム水和物(クロムを22質量%含有)0.434g、還元剤としてギ酸0.3gおよび、リン源として85%リン酸7.06gを溶解し、50℃で12時間加熱して、ゲル状の活物質原料を得た。
このゲル状の活物質原料を60℃で24時間真空乾燥し、その後、窒素雰囲気下350℃で5時間加熱し、次いで、窒素雰囲気下650℃で15時間加熱することで、実施例11の正極活物質を製造した。当該実施例11の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例11のハーフセルを製造した。
【0142】
実施例11においては、マグネシウムおよびクロムが式(1-1)におけるD元素に相当する。
実施例11の活物質原料において、タングステンの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.25原子%となる量であった。また、マグネシウムの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。クロムの量は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに3原子%となる量であった。リチウム:(メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計):リンの元素比は1:1:1であった。なお、活物質原料における上記の各物質の元素比は、正極活物質におけるこれらの元素比と概略一致する。
【0143】
(実施例12)
実施例12の正極活物質の製造方法では、活物質原料にクロムを含まず、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに鉄が19.25原子%であった。フッ素の量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%となる量であった。これ以外は、実施例10と同様にして実施例12の正極活物質を製造した。実施例12の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例12の正極及び正極ハーフセルを製造した。
【0144】
(実施例13)
実施例13の正極活物質の製造方法では、活物質原料にクロムを含まず、バナジウムを含んでいた。実施例13の活物質原料では、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに鉄が18原子%であり、バナジウムが1.25原子%であった。フッ素の量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%となる量であった。これ以外は、実施例10と同様にして実施例13の正極活物質を製造した。実施例13の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例13の正極及び正極ハーフセルを製造した。
【0145】
(実施例14)
実施例14の正極活物質の製造方法では、活物質原料にクロムを含まず、バナジウムを含んでいた。実施例14の活物質原料では、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに鉄が16.75原子%であり、バナジウムが2.5原子%であった。フッ素の量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%となる量であった。これ以外は、実施例10と同様にして実施例14の正極活物質を製造した。実施例14の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例14の正極及び正極ハーフセルを製造した。
【0146】
(実施例15)
実施例15の正極活物質の製造方法では、活物質原料にクロムを含まず、バナジウムを含んでいた。実施例15の活物質原料では、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに鉄が16.25原子%であり、バナジウムが3原子%であった。フッ素の量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%となる量であった。これ以外は、実施例5と同様にして実施例15の正極活物質を製造した。実施例15の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、実施例15の正極及び正極ハーフセルを製造した。
【0147】
(実施例16)
実施例16の正極活物質の製造方法では、活物質原料におけるフッ素の量が、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%となる量であった。これ以外は、実施例10と同様にして実施例16の正極活物質を製造した。実施例16の正極活物質を用い、実施例7と同様にして、実施例16の正極及びリチウムイオン二次電池を製造した。
【0148】
(実施例17)
実施例17の正極活物質の製造方法では、活物質原料にケイ素を含まなかった。また、活物質原料におけるフッ素の量が、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%となる量であった。これ以外は、実施例5と同様にして実施例17の正極活物質を製造した。実施例17の正極活物質を用い、実施例5と同様にして実施例17の正極及びハーフセルを製造し、実施例7と同様にして実施例17の正極及びリチウムイオン二次電池を製造した。
【0149】
(実施例18)
実施例18の正極活物質の製造方法では、活物質原料にケイ素を含まなかった。また、活物質原料におけるフッ素の量が、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに1原子%となる量であった。これ以外は、実施例5と同様にして実施例18の正極活物質を製造した。実施例18の正極活物質を用い、実施例5と同様にして実施例18の正極及びハーフセルを製造し、実施例7と同様にして実施例18の正極及びリチウムイオン二次電池を製造した。
【0150】
(比較例6)
比較例1の正極活物質を用い、実施例5と同様にして、比較例6のハーフセルを得た。比較例1の正極活物質を用い、実施例7と同様にして、比較例6のリチウムイオン二次電池を製造した。比較例6のハーフセル及びリチウムイオン二次電池は、正極活物質にタングステンを含まない。
【0151】
【表1】
【0152】
〔評価例1 正極ハーフセルの容量〕
実施例1~実施例3および比較例1の正極ハーフセルに対して、25℃、0.1Cの一定電流にて、4.3Vまで充電を行い、2.5Vまで放電を行った。このときの放電容量を測定した。結果を図1に示す。
【0153】
図1に示すように、放電容量は比較例1の正極ハーフセルで最大であり、実施例1>実施例2>実施例3の順に低下した。この結果から、放電容量を考慮すると、正極活物質におけるタングステンの量には好適な範囲があるといえる。具体的には、タングステンの量の好ましい範囲は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに、0.05~2.5原子%、0.05~1.5原子%、0.05~1.0原子%、0.05~0.8原子%、または、0.05~0.5原子%といい得る。
換言すると、LiMnFe 式(1)
において、タングステンの量すなわちdの好ましい範囲は、0.05/100~2.5/100の範囲内、0.05/100~1.5/100の範囲内、0.05/100~1.0/100の範囲内、0.05/100~0.8/100の範囲内、または、0.05/100~0.5/100の範囲内といい得る。
【0154】
〔評価例2 正極ハーフセルの容量〕
参考例1の正極ハーフセルにつき、評価例1と同様にして放電容量を測定した。結果を図2に示す。なお、図2には評価例1における比較例1の正極ハーフセルの結果を併記した。
【0155】
図2に示すように、参考例1の正極ハーフセルの放電容量は、比較例1の正極ハーフセルの放電容量と同等であった。この結果から、正極活物質におけるマグネシウム量が、既述したメタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに、3原子%以下であれば、マグネシウム未添加の場合に比べて正極活物質の容量低下がないことがわかる。
なお、参考例1においては比較例1に対して容量低下がみられないことから、正極活物質におけるマグネシウム量の好ましい範囲の上限は、上記の3原子%よりも大きい値であるといい得る。具体的には、容量を考慮すると、正極活物質におけるマグネシウム量の好ましい範囲として、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに、0.5~5原子%の範囲内、0.5~4原子%の範囲内を例示できる。
換言すると、LiMnFe 式(1)
において、マグネシウムの量すなわちeの好ましい範囲は、0.5/100~5/100の範囲内、0.5/100~4/100の範囲内といい得る。
【0156】
〔評価例3 リチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験〕
実施例4、参考例1および比較例1のリチウムイオン二次電池に対して、高温充放電サイクル試験を行った。
【0157】
60℃で、1Cの一定電流にて、SOC100%となるまで充電し、その後SOC10%となるまで放電する高温充放電サイクルを150回繰り返した。
各リチウムイオン二次電池につき、初回の充放電時における放電容量を100%として、150回目の充放電時における放電容量の百分率を算出した。当該百分率を各リチウムイオン二次電池における容量維持率とした。各リチウムイオン二次電池の容量維持率を表2に示す。
【0158】
【表2】
【0159】
表2に示すように、正極活物質にマグネシウムを加えた参考例1のリチウムイオン二次電池は、マグネシウムなしの比較例1のリチウムイオン二次電池に比べて、容量維持率が3%程度向上した。このことは、正極活物質にマグネシウムすなわちD元素を加えることにより、正極活物質の劣化が抑制されたことを意味する。
【0160】
また、表2に示すように、正極活物質にマグネシウムおよびタングステンを加えた実施例4のリチウムイオン二次電池は、正極活物質にマグネシウムのみを加えた参考例1のリチウムイオン二次電池に比べて、さらに容量維持率が2%程度向上した。この結果から、正極活物質にタングステンを加えることにより、正極活物質の劣化がさらに抑制されることがわかり、タングステンを含む本発明の正極活物質の有用性が裏付けられる。
【0161】
〔評価例4 リチウムイオン二次電池の充放電容量〕
実施例2、3および比較例1のリチウムイオン二次電池に対して、0.4Cレートで4.0VまでCC-CV充電を行った。その後、1Cレートで2.5Vまで2時間かけてCC-CV放電を行った。これにより、各リチウムイオン二次電池の充電容量及び放電容量を確認した。
各リチウムイオン二次電池の充電容量及び放電容量を表3に示す。
【0162】
【表3】
【0163】
表3に示すように、タングステンの量が多いほど、リチウムイオン二次電池の充電容量および放電容量は低下するものの、正極活物質におけるタングステンの量が、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに1原子%以下であれば、リチウムイオン二次電池の充電容量及び放電容量は十分な値を示すといい得る。
【0164】
〔評価例5 正極活物質の表面分析〕
実施例4の正極活物質につき、走査電子顕微鏡(SEM)による撮像を行った。結果を図3および図4に示す。また、SEMに付属のエネルギー分散型X線分光法(SEM-EDX)により、図3および図4と同じ領域について正極活物質の表面における組成を分析した。結果を図5図8に示す。なお、図5および図6において淡色で表示される部分はマンガンの検出された部分であり、図7において淡色で表示される部分はマグネシウムの検出された部分であり、図8において淡色で表示される部分はタングステンの検出された部分である。
【0165】
図5図7に示すように、マンガンおよびマグネシウムは正極活物質の全体に均一に固溶されていると考えられる。これに対して、図8に示すように、タングステンの一部は結晶粒界に偏析していると考えられる。
【0166】
既述した評価例3の結果から、実施例4の正極活物質は、容量劣化し難く、優れた耐久性を示すが、これは、タングステンの一部が結晶粒界に偏析して正極活物質を保護しているためと推測される。
【0167】
〔評価例6 正極活物質の表面分析〕
実施例2~実施例4の正極活物質につき、X線光電分光法(XPS)により、表面における化学結合状態を分析した。具体的な測定条件は、線源:Al-Kα線(1486.6eV)、X線ビーム径:200μm、加速電圧:15kV、出力:50.35W、測定時間:1時間、透過エネルギー:2.95eV、ステップ毎の経過時間(Time Per Step):20ミリ秒、測定範囲:2mm×2mmであった。
結果を図9図11に示す。なお、図9は実施例4の正極活物質をXPS分析した結果を表すチャートであり、図10は実施例2の正極活物質をXPS分析した結果を表すチャートであり、図11は実施例3の正極活物質をXPS分析した結果を表すチャートである。
【0168】
図9図11に示すように、実施例2~実施例4の正極活物質の表面からは、WOすなわち6価のタングステンに由来するピーク、および、WOすなわち4価のタングステンに由来するピークが検出された。この結果から、実施例2~実施例4の正極活物質はタングステンを含むこと、当該正極活物質の表面には、主として、フッ化水素に対する保護効果の高いWOが存在することがわかる。
【0169】
さらに、評価例4の結果を考慮し図10および図11を比較すると、リチウムイオン二次電池の充放電容量低下を抑制するためには、正極活物質のXPSチャートにおいて30~34eVに現れるWOに由来するピークの高さは、34~36eVに現れるWOに由来するピークの高さよりも低いのが好ましく、34~36eVに現れるWOに由来するピークの高さの1/2以下であるのがより好ましいといい得る。
【0170】
〔評価例7 リチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験〕
比較例2~5のリチウムイオン二次電池に対して、高温充放電サイクル試験を行った。
60℃で、1Cの一定電流にて、SOC100%となるまで充電し、その後SOC10%となるまで放電する高温充放電サイクルを繰り返した。
各リチウムイオン二次電池につき、初回の充放電時における放電容量を100%とする放電容量の百分率をサイクル毎に算出した。当該百分率を各リチウムイオン二次電池における容量維持率とした。試験はn=2で行った。各リチウムイオン二次電池の容量維持率を図12に示す。
【0171】
図12に示すように、容量維持率に関しては、タングステンコートした正極活物質を用いた比較例2~4のリチウムイオン二次電池は、タングステンコートのない正極活物質を用いた比較例5のリチウムイオン二次電池と同程度であった。この結果から、単に正極活物質にタングステンコートを施すだけでは、正極活物質における耐久後の容量劣化を抑制できないことがわかる。
【0172】
〔評価例8 正極活物質の表面分析〕
比較例2の正極活物質につき、X線光電分光法(XPS)により、表面における化学結合状態を分析した。結果を図13に示す。
【0173】
図13に示すように、比較例2の正極活物質の表面からは、WOすなわち6価のタングステンに由来するピークが検出されたものの、WOすなわち4価のタングステンに由来するピークは検出されなかった。この結果から、比較例2の正極活物質、すなわち、正極活物質にタングステンコートを行ったものについてはWOが形成されないことがわかる。
評価例8の結果と評価例7の結果とを考慮すると、比較例2の正極活物質からWOが検出されなかったことと、正極活物質における耐久後の容量劣化が抑制されないこととが関連づけられる。つまり、タングステンコートでは正極活物質の結晶の内部にタングステンが入らず、遷移金属の溶出が十分に抑制されないと推測され、正極活物質における耐久後の容量劣化を抑制するためには、X線光電分光法によりWOに由来するピークが確認されることが重要であることが理解される。
【0174】
〔評価例9 ハーフセルの充電容量〕
実施例5、6および比較例6のハーフセルに対して、25℃、0.1Cレートで2.5Vから4.3VまでCC-CV充電を行い、初期充電容量を確認した。各ハーフセルの初期充電容量につき、比較例6のハーフセルの初期充電容量を100%としたときの百分率を算出した。
各ハーフセルの初期充電容量(%)を表4に示す。
【0175】
【表4】
【0176】
〔評価例10 ハーフセルの充電容量〕
実施例17、実施例18及び比較例6の各ハーフセルに対して、評価例9と同様に初期充電容量を確認した。各ハーフセルの初期充電容量につき、比較例6のハーフセルの初期充電容量を100%としたときの百分率を算出した。
各ハーフセルの初期充電容量(%)を表5に示す。
【0177】
【表5】
【0178】
表4に示すように、正極活物質にフッ素を加えたことで、初期充電容量が向上する。既述したように、フッ素は酸素サイトに置換されると推測される。このため、初期充電容量が向上を考慮する場合、正極活物質におけるフッ素の量の好ましい範囲は、酸素とフッ素との合計を400原子%としたときに1~20原子%の範囲内、2~10原子%の範囲内、3~8原子%の範囲内といい得る。
【0179】
表5に示すように、実施例18のハーフセルの初期充電容量は比較例6のハーフセルの初期充電容量と同程度であるが、実施例17のハーフセルの初期充電容量は比較例6のハーフセル及び実施例18のハーフセルの初期充電容量に比べて増大していた。
実施例17及び実施例18は正極活物質にケイ素を含まないため、この結果から、正極活物質にケイ素を含まない場合にも、初期充電容量を考慮すると正極活物質に含まれるフッ素の量は多い方が好ましいといい得る。また、この結果から、正極活物質に含まれるフッ素の量は、上記した範囲内、すなわち、酸素とフッ素との合計を400原子%としたときに1~20原子%の範囲内、2~10原子%の範囲内、3~8原子%の範囲内であるのがより好適であることが裏付けられる。
【0180】
さらに、実施例17のハーフセル及び実施例18のハーフセルは正極活物質にケイ素を含まないため、初期放電容量を考慮すると、正極活物質にケイ素を含まなくても良く、フッ素を含めば良いともいい得る。
【0181】
〔評価例11 リチウムイオン二次電池の5秒放電抵抗〕
実施例17、実施例18及び比較例6の各リチウムイオン二次電池に対して、25℃、0.05CレートでSOC80%まで充電し、その後60℃で20時間静置することで、コンディショニングを行った。コンディショニング後に、温度25℃、SOC60%まで充電し、その後、1C,2C,3C,4Cの順で各々5秒間CC放電した際の電圧降下量(放電前電圧と4C放電5秒後電圧との差)及び電流値からオームの法則により放電抵抗(直流抵抗)を測定した。結果を表6に示す。なお、表6には、比較例6のリチウムイオン二次電池の抵抗値(Ω)を100%としたときの実施例17及び実施例18のリチウムイオン二次電池の抵抗値を百分率(%)で示した。
【0182】
【表6】
【0183】
表6に示すように、正極活物質にフッ素及びD元素としてのマグネシウムを含む実施例17のリチウムイオン二次電池及び実施例18のリチウムイオン二次電池は、フッ素もマグネシウムも含まない比較例6のリチウムイオン二次電池に比べて、放電抵抗が低減した。
また、正極活物質にフッ素を1原子%含む実施例18のリチウムイオン二次電池は、正極活物質にフッ素を5原子%含む実施例17のリチウムイオン二次電池に比べて、放電抵抗がさらに低減していた。
【0184】
この結果から、正極活物質がフッ素および/またはD元素としてのマグネシウムを含むことで、リチウムイオン二次電池の放電抵抗が低減し、導電性が向上することがわかる。また、放電抵抗の低減を考慮すると、正極活物質に含まれるフッ素の量は、酸素とフッ素との合計を400原子%としたときに0.1~10原子%の範囲内、0.2~5原子%の範囲内、0.5~2原子%の範囲内であるのがより好適であることいい得る。
【0185】
〔評価例12 リチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験〕
実施例17、実施例18及び比較例6のリチウムイオン二次電池につき、上記のコンディショニングの後に、60℃で、1Cの一定電流にて、SOC100%となるまで充電し、その後SOC10%となるまで放電する高温充放電サイクルを繰り返した。このときのカットオフ電圧は2.57Vまたは初期容量すなわちSOC100%に対してSOC90%となる電圧である。上記の高温充放電サイクルに際し、放電容量を随時測定して、初回の充放電時における放電容量を100%として百分率を算出した。そして当該百分率を各リチウムイオン二次電池における容量維持率とした。各リチウムイオン二次電池の容量維持率の推移を図14に示す。図14においてはサイクル数の平方根を横軸とした。
【0186】
図14に示すように、実施例17のリチウムイオン二次電池及び実施例18のリチウムイオン二次電池は、何れも、比較例6のリチウムイオン二次電池よりもサイクル特性が向上していた。実施例17のリチウムイオン二次電池及び実施例18のリチウムイオン二次電池は、正極活物質にフッ素及びD元素としてのマグネシウムを含む点で、比較例6のリチウムイオン二次電池と相違する。したがって、この結果から、正極活物質にフッ素および/またはD元素としてのマグネシウムを含むことで、リチウムイオン二次電池のサイクル特性が向上するといい得る。
【0187】
さらに既述した評価例10~評価例12の結果を勘案すると、リン酸鉄マンガンリチウム系の正極活物質に導入する元素として、フッ素と、D元素としてのマグネシウムとを併用することが、リチウムイオン二次電池の電池特性向上に有用ともいい得る。
【0188】
〔評価例13 ハーフセルの充電容量〕
実施例7、8および比較例6のハーフセルに対して、評価例9と同様に初期充電容量を確認し、各ハーフセルの初期充電容量につき、比較例6のハーフセルの初期充電容量を100%としたときの百分率を算出した。
各ハーフセルの初期充電容量(%)を表7に示す。
【0189】
【表7】
【0190】
表7に示すように、正極活物質に含まれるタングステンの量を適切な範囲内、具体的にはメタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときのタングステンの量を0.25原子%近傍の値とすることで、ハーフセルの初期容量低下を抑制することが可能である。
これは既述した評価例1および図1の結果と同様であり、タングステン量の好適な範囲も評価例1に記載したとおりである。
評価例13の結果からは、さらに、タングステンとともにマグネシウムおよび/またはクロムを正極活物質に加えることによって、タングステンに由来する容量低下をさらに抑制することが可能であるともいい得る。
【0191】
容量低下の抑制を考慮する場合、正極活物質におけるマグネシウム量の好ましい範囲は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.5~10原子%の範囲内、1~10原子%の範囲内、1~8原子%の範囲内、2~5原子%の範囲内といい得る。また、正極活物質におけるクロム量の好ましい範囲は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.2~5原子%の範囲内、0.3~5原子%の範囲内、0.5~3原子%の範囲内、1~2.5原子%の範囲内といい得る。
【0192】
〔評価例14 リチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験〕
実施例7及び実施例8のリチウムイオン二次電池に対して、高温充放電サイクル試験を行った。
具体的には、25℃、0.05CレートでSOC80%まで充電し、その後60℃で20時間静置することで、コンディショニングを行った。コンディショニング後に、60℃で、1Cの一定電流にて、SOC100%となるまで充電し、その後SOC10%となるまで放電する高温充放電サイクルを100回繰り返した。
このときのカットオフ電圧は2.57Vまたは初期容量すなわちSOC100%に対してSOC90%となる電圧である。
【0193】
各リチウムイオン二次電池につき、初回の充放電時における放電容量を100%として、各サイクルの放電容量の百分率を算出した。当該百分率を各リチウムイオン二次電池における容量維持率とした。100サイクル時の実施例7のリチウムイオン二次電池の容量維持率及び実施例8のリチウムイオン二次電池の容量維持率(%)を、表8に示す。なお、試験はn=2で行い、表8にはその平均値を示した。
【0194】
【表8】
【0195】
表8に示すように、100サイクル時の各リチウムイオン二次電池の容量維持率は、実施例7のリチウムイオン二次電池で80%、実施例8のリチウムイオン二次電池で88%であった。この結果から、耐久性向上の観点からは、正極活物質に含まれるクロム量が多い方が好適といい得る。また耐久性向上の観点からは、正極活物質におけるクロム量の好ましい範囲として、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに1原子%以上、1.5原子%以上、2原子%以上、3原子%以上、の各範囲を挙げ得る。このときのクロム量に上限はないが、強いて挙げるならば、10原子%以下の範囲内、5原子%以下の範囲内である。
【0196】
〔評価例15 ハーフセルの充電容量〕
実施例9、実施例10、実施例12~実施例15および比較例6のハーフセルに対して、評価例9と同様に初期充電容量を確認し、各ハーフセルの初期充電容量につき、比較例6のハーフセルの初期充電容量を100%としたときの百分率を算出した。
各ハーフセルの初期充電容量(%)を表9に示す。
【0197】
【表9】
【0198】
タングステンとともにマグネシウム、チタン、バナジウムおよびフッ素を正極活物質に加えた実施例9、実施例13~実施例14および、タングステンとともにマグネシウム、チタン、クロムおよびフッ素を正極活物質に加えた実施例10では、正極活物質にタングステンを加えていない比較例6よりも初期充電容量が向上した。
【0199】
この結果から、タングステンに加えて、チタン、バナジウム、クロムから選ばれる少なくとも一種の元素をフッ素と併用することは、初期充電容量の向上に有効であると考えられる。さらに、タングステンとともに正極活物質に加えるのに好適な元素として、フッ素を必須とし、マグネシウム、チタン、バナジウム、クロムから選ばれる少なくとも一種を用いるのが好適だとも考えられる。そして、実施例10のハーフセルの初期容量は実施例9のハーフセルの初期容量よりも高い値を示したことから、特に、正極活物質にクロムを加える場合には初期充電容量の向上が顕著になるとも考えられる。
【0200】
次に、正極活物質に含まれるバナジウムの量に着目して評価例13の結果を検討する。
実施例9、実施例12~実施例15のリチウムイオン二次電池は、正極活物質に含まれるバナジウムの量において相違する。具体的には、正極活物質に含まれるマンガン元素、鉄元素、タングステン元素およびD元素の合計、すなわちメタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素を100原子%としたときのバナジウムの量は、実施例9のリチウムイオン二次電池で0.8原子%、実施例12のリチウムイオン二次電池で0原子%、実施例13のリチウムイオン二次電池で1.25原子%、実施例14のリチウムイオン二次電池で2.5原子%、実施例15のリチウムイオン二次電池で3原子%である。
【0201】
このような実施例9、実施例12~実施例5のリチウムイオン二次電池において、その充電容量は実施例14>実施例13>実施例9>実施例12>実施例15であった。
このことから、正極活物質に含まれるバナジウムの量には特に好適な範囲があると考えられる。具体的には、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときの好ましいバナジウムの量としては、0原子%以上3原子%未満、0.5原子%以上2.9原子%以下、0.8原子%以上2.9原子%以下、1.0原子%以上2.9原子%以下、1.5原子%以上2.8原子%以下の各範囲を例示できる。
【0202】
一方、容量低下の抑制を考慮する場合、正極活物質におけるチタン量の好ましい範囲は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.5~10原子%の範囲内、1~10原子%の範囲内、1.5~6原子%の範囲内、1.5~4原子%の範囲内といい得る。正極活物質におけるクロム量の好ましい範囲は、メタルサイトを構成し得るリチウム以外の金属元素の合計を100原子%としたときに0.1~10原子%の範囲内、0.5~8原子%の範囲内、1~6原子%の範囲内、2~4原子%の範囲内といい得る。
【0203】
〔評価例16 ハーフセルの充電容量〕
実施例11および比較例6のハーフセルに対して、評価例9と同様に初期充電容量を確認し、各ハーフセルの初期充電容量につき、比較例6のハーフセルの初期充電容量を100%としたときの百分率を算出した。
各ハーフセルの初期充電容量(%)を表10に示す。
【0204】
【表10】
【0205】
表9に示すように、正極活物質にタングステンとともにマグネシウム及びクロムを含む実施例11のハーフセルでは、正極活物質にタングステンを含まない比較例6のハーフセルよりも初期充電容量が向上した。
なお、評価例14における実施例11のハーフセルの初期充電容量(%)は、評価例13における実施例10のハーフセルの初期充電容量(%)に比べてやや劣る。これは、実施例11のハーフセルが正極活物質にチタン及びフッ素を含まないことに因るものと推測され、この結果からも、初期充電容量の向上を考慮すると正極活物質にはタングステンとともにチタン及びフッ素を配合するのが特に好適といい得る。
【0206】
〔評価例17 リチウムイオン二次電池の放電容量〕
実施例9、実施例10、実施例16および比較例6のリチウムイオン二次電池に対して、25℃、0.05CレートでSOC80%まで充電し、その後60℃で20時間静置することで、コンディショニングを行った。コンディショニング後に、25℃、1Cレートで4.2Vまで2時間かけてCC-CV充電を行った。その後、1/3Cレートで3Vまで5時間かけてCC-CV放電を行った。これにより、各リチウムイオン二次電池の放電容量を確認した。
【0207】
各リチウムイオン二次電池の放電容量を後述する評価例18の結果とともに表11に示す。なお、表11においては、比較例6のリチウムイオン二次電池の放電容量を100%として、各実施例のリチウムイオン二次電池の放電容量を百分率で示した。
なお、各リチウムイオン二次電池は、4.2VでSOC100%となり、3.0VでSOC0%となる。
【0208】
【表11】
【0209】
表11に示すように、実施例9のリチウムイオン二次電池は、比較例6のリチウムイオン二次電池よりも、初期放電容量が大きい。これは、実施例9のリチウムイオン二次電池では、タングステンとともにマグネシウム、チタン、バナジウムおよびフッ素を正極活物質に加えたことに因るものと考えられる。換言すると、正極活物質の酸素サイトの一部をフッ素で置換し、かつ、メタルサイトの一部をタングステンおよび既述したDの元素で置換することで、リチウムイオン二次電池の初期充電容量が向上する。
【0210】
元素に着目して評価する。
実施例9のリチウムイオン二次電池と実施例16のリチウムイオン二次電池とは、正極活物質がD元素としてバナジウムを含む又はクロムを含む点で互いに相違する。
【0211】
表11に示すように、実施例9のリチウムイオン二次電池は実施例16のリチウムイオン二次電池に比べて初期放電容量が高かったことから、初期容量を考慮するとD元素としてクロムを含むよりもD元素としてバナジウムを含む方が好適といい得る。
【0212】
フッ素に着目して評価する。
実施例10のリチウムイオン二次電池と実施例16のリチウムイオン二次電池とは、正極活物質におけるフッ素の含有量において互いに相違する。具体的には、実施例10のリチウムイオン二次電池における正極活物質のフッ素含有量は2.5原子%であるのに対し、実施例16のリチウムイオン二次電池における正極活物質のフッ素含有量は5原子%である。
【0213】
表11に示すように、実施例10のリチウムイオン二次電池は実施例16のリチウムイオン二次電池に比べて初期放電容量が高かったことから、初期容量を考慮すると、正極活物質におけるフッ素含有量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに5原子%である場合よりも2.5原子%である場合の方が好適といい得る。
さらに上記の結果から、初期容量を考慮した場合の好ましいフッ素含有量の範囲として、正極活物質においてフッ素および酸素の合計を400原子%としたときに0原子%超10原子%以下、1原子%以上5原子%以下、1.5原子%以上4原子%以下、または2原子%以上3原子%以下を例示できる。
【0214】
〔評価例18 リチウムイオン二次電池の抵抗測定〕
実施例9、実施例10、実施例16および比較例6のリチウムイオン二次電池に対して、上記のコンディショニング後に、温度25℃、SOC60%まで充電し、その後、1C、2C、3C、4Cの順で各々5秒ずつCC放電をした際の電圧変化量(放電前電圧と4C放電5秒後電圧との差)及び電流値からオームの法則により放電抵抗(直流抵抗)を測定した。結果を上記の評価例17の結果とともに表11に示す。なお、表11においては、比較例6のリチウムイオン二次電池の放電抵抗を100%として、各実施例のリチウムイオン二次電池の放電抵抗を百分率で示した。
【0215】
表11に示すように、実施例9のリチウムイオン二次電池は、比較例6のリチウムイオン二次電池よりも、抵抗が小さい。これは、実施例9のリチウムイオン二次電池では、タングステンとともにマグネシウム、チタン、バナジウムおよびフッ素を正極活物質に加えたことに因るものと考えられる。換言すると、正極活物質の酸素サイトの一部をフッ素で置換し、かつ、メタルサイトの一部をタングステンおよび既述したDの元素で置換することで、リチウムイオン二次電池の導電性が向上する。
【0216】
元素に着目して評価する。
実施例9のリチウムイオン二次電池と実施例16のリチウムイオン二次電池とは、実施例9のリチウムイオン二次電池がD元素としてバナジウムを含むのに対し、実施例16のリチウムイオン二次電池がD元素としてクロムを含む点で互いに相違する。
【0217】
表11に示すように、実施例9のリチウムイオン二次電池は実施例16のリチウムイオン二次電池に比べてさらに抵抗が小さいことから、抵抗を考慮するとD元素としてクロムを含むよりもD元素としてバナジウムを含む方が好適といい得る。
【0218】
フッ素に着目して評価する。
実施例10のリチウムイオン二次電池と実施例16のリチウムイオン二次電池とは、正極活物質におけるフッ素の含有量において互いに相違する。既述したように、実施例10のリチウムイオン二次電池における正極活物質のフッ素含有量は2.5原子%であるのに対し、実施例16のリチウムイオン二次電池における正極活物質のフッ素含有量は5原子%である。
【0219】
表11に示すように、実施例16のリチウムイオン二次電池は実施例10のリチウムイオン二次電池に比べて放電抵抗が低いことから、放電抵抗を考慮すると、正極活物質におけるフッ素含有量は、フッ素および酸素の合計を400原子%としたときに2.5原子%である場合よりも5原子%である場合の方が好適といい得る。
さらに上記の結果から、放電抵抗を考慮した場合の好ましいフッ素含有量の範囲として、正極活物質においてフッ素および酸素の合計を400原子%としたときに2.5原子%以上、3.5原子%以上、4.5原子%以上、または5原子%以上を例示できる。この場合のフッ素量の好ましい範囲に特に上限はないが、50原子%以下、20原子%以下、10原子%以下を例示できる。
【0220】
〔評価例19 リチウムイオン二次電池の高温充放電サイクル試験〕
実施例9、実施例16および比較例6のリチウムイオン二次電池に対して、高温充放電サイクル試験を行った。
具体的には、実施例9、実施例16および比較例6のリチウムイオン二次電池に対して、上記のコンディショニング後に、60℃で、1Cの一定電流にて、SOC100%となるまで充電し、その後SOC10%となるまで放電する高温充放電サイクルを繰り返した。このときのカットオフ電圧は2.57Vまたは初期容量すなわちSOC100%に対してSOC90%となる電圧である。
【0221】
各リチウムイオン二次電池につき、初回の充放電時における放電容量を100%として、各サイクルの放電容量の百分率を算出した。当該百分率を各リチウムイオン二次電池における容量維持率とした。実施例9のリチウムイオン二次電池及び比較例6のリチウムイオン二次電池の42サイクル目における容量維持率を表12に示し、実施例16のリチウムイオン二次電池及び比較例6のリチウムイオン二次電池の容量維持率の推移を図15に示す。
【0222】
【表12】
【0223】
表12に示すように、実施例9のリチウムイオン二次電池では、比較例6のリチウムイオン二次電池に比べて、容量維持率が向上している。換言すると、実施例9のリチウムイオン二次電池は比較例6のリチウムイオン二次電池に比べてサイクル特性に優れる。
この結果から、正極活物質の酸素サイトの一部をフッ素で置換し、かつ、メタルサイトの一部をタングステンおよび既述したDの元素で置換することで、リチウムイオン二次電池の容量、導電性、およびサイクル特性の全てがバランスし、リチウムイオン二次電池に優れた電気特性が付与されるといい得る。
【0224】
また図15に示すように、実施例16のリチウムイオン二次電池は比較例6のリチウムイオン二次電池に比べてサイクル経過に伴う容量維持率の低下が小さい。この結果からも、正極活物質の酸素サイトの一部をフッ素で置換し、かつ、メタルサイトの一部をタングステンおよび既述したDの元素で置換することの有用性が裏付けられる。さらに、この結果から、Dの元素としてバナジウムにかえてクロムを選択する場合にも、リチウムイオン二次電池に優れたサイクル特性が付与されることがわかる。
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