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特開2022-161284珪炭化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法並びに珪炭化バナジウム膜形成用基材およびその製造方法
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  • 特開-珪炭化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法並びに珪炭化バナジウム膜形成用基材およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161284
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】珪炭化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法並びに珪炭化バナジウム膜形成用基材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/42 20060101AFI20221014BHJP
   C23C 8/38 20060101ALI20221014BHJP
   C23C 24/08 20060101ALI20221014BHJP
   B23B 27/14 20060101ALN20221014BHJP
【FI】
C23C16/42
C23C8/38
C23C24/08 C
B23B27/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】23
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021065970
(22)【出願日】2021-04-08
(71)【出願人】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(72)【発明者】
【氏名】飯島 俊
(72)【発明者】
【氏名】羽深 智
(72)【発明者】
【氏名】上原 大志
【テーマコード(参考)】
3C046
4K028
4K030
4K044
【Fターム(参考)】
3C046FF11
3C046FF22
4K028BA02
4K028BA12
4K030AA03
4K030AA10
4K030AA11
4K030AA16
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA19
4K030BA36
4K030BA38
4K030BA48
4K030CA02
4K030CA17
4K030DA02
4K030FA01
4K030GA02
4K030JA01
4K030JA05
4K030JA06
4K030JA09
4K030JA10
4K030JA11
4K030JA16
4K030JA17
4K030LA21
4K030LA22
4K044AA02
4K044AB02
4K044BA18
4K044BA19
4K044BB01
4K044BB03
4K044BC05
4K044CA12
4K044CA14
(57)【要約】
【課題】珪炭化バナジウム膜と基材の密着性を向上させることが可能な珪炭化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法並びに珪炭化バナジウム膜形成用基材およびその製造方法およびその製造方法を提供する。
【解決手段】珪炭化バナジウム膜被覆部材1が、基材2bと、基材2bの表面に形成された、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層2aと、窒化層2a上に形成された珪炭化バナジウム膜3と、を有し、珪炭化バナジウム膜3は、バナジウムと、珪素と、炭素を含有し、かつ、膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面に形成された、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層と、
前記窒化層上に形成された珪炭化バナジウム膜と、を有し、
前記珪炭化バナジウム膜は、バナジウムと、珪素と、炭素を含有し、かつ、膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上である、珪炭化バナジウム膜被覆部材。
【請求項2】
前記窒化層の表面粗さRzjisが0.25μm以上である、請求項1に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
【請求項3】
前記窒化層の表面粗さRzjisが0.4μm以上である、請求項1に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
【請求項4】
前記基材が鋼材である、請求項1~3のいずれか一項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
【請求項5】
前記バナジウム元素濃度が3~15at%、前記珪素元素濃度が15~30at%、前記炭素元素濃度が60~80at%である、請求項1~4のいずれか一項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
【請求項6】
下記(1)式を満たす、請求項1~5のいずれか一項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧25at% ・・・(1)
【請求項7】
下記(2)式を満たす、請求項1~5のいずれか一項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧30at% ・・・(2)
【請求項8】
下記(3)式を満たす、請求項1~7のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≦36at% ・・・(3)
【請求項9】
下記(4)式を満たす、請求項1~8のいずれか一項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
前記珪素元素濃度/(前記バナジウム元素濃度+前記珪素元素濃度)>0.7 ・・・(4)
【請求項10】
基材の表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層を有する、珪炭化バナジウム膜形成用基材。
【請求項11】
基材の表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層を形成する窒化処理工程と、
前記窒化処理工程で形成された窒化層上に、バナジウムと、珪素と、炭素を含有し、かつ、膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上の珪炭化バナジウム膜を形成する珪炭化バナジウム膜形成工程と、を有する、珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項12】
前記窒化層の表面粗さRzjisが0.25μm以上である、請求項11に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項13】
前記窒化層の表面粗さRzjisが0.4μm以上である、請求項11に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項14】
前記窒化処理工程において、水素ガスおよび窒素ガスをプラズマ化することで前記基材の窒化処理を行う、請求項11~13のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項15】
前記基材が鋼材である、請求項11~14のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項16】
前記珪炭化バナジウム膜形成工程において、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭化水素ガスおよび水素ガスを供給し、プラズマ化学蒸着法によって前記珪炭化バナジウム膜を形成する、請求項11~15のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項17】
前記珪炭化バナジウム膜形成工程において、アルゴンガスをさらに供給し、前記塩化バナジウムガス、前記珪素源ガス、前記炭化水素ガス、前記水素ガスおよび前記アルゴンガスの流量比が1:0.25~2:3~20:20~35:0.5~2である、請求項16に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項18】
前記バナジウム元素濃度が3~15at%、前記珪素元素濃度が15~30at%、前記炭素元素濃度が60~80at%である、請求項11~17のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項19】
下記(1)式を満たす、請求項11~18のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧25at% ・・・(1)
【請求項20】
下記(2)式を満たす、請求項11~18のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧30at% ・・・(2)
【請求項21】
下記(3)式を満たす、請求項11~20のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≦36at% ・・・(3)
【請求項22】
下記(4)式を満たす、請求項11~21のいずれか一項に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
前記珪素元素濃度/(前記バナジウム元素濃度+前記珪素元素濃度)>0.7 ・・・(4)
【請求項23】
基材の表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層を形成する窒化処理工程を有する、珪炭化バナジウム膜形成用基材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、珪炭化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法並びに珪炭化バナジウム膜形成用基材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、プレス加工や鍛造加工に用いられる金型や、切削工具、鍛造工具、自動車部品等の基材表面には、被成型材の加工時における接触摩擦に起因した金型表面の摩耗や被成型材の傷つきを防ぐため、基材よりも高硬度の硬質皮膜を基材表面に形成することが知られている。特許文献1には、基材表面に対して、基材密着性と耐摩耗性に優れた硬質皮膜の一種である、バナジウムと、炭素と、珪素を含む珪炭化バナジウム膜(VSiC膜)をイオンプレーティング法により形成した珪炭化バナジウム膜被覆部材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7-300649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
珪炭化バナジウム膜被覆部材は、用途によっては部材表面に大きな面圧がかかった状態で使用される。例えば珪炭化バナジウム膜被覆部材が鍛造用金型として使用される場合には、成形を行う度に部材表面に大きな面圧がかかる。このような状態で珪炭化バナジウム膜被覆部材が使用される場合、基材と珪炭化バナジウム膜との間の密着性が不十分であると、珪炭化バナジウム膜の剥離が生じ、製品寿命が著しく低下する。このため、プレス加工や鍛造加工に用いられる金型や、切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品等の表面に形成される珪炭化バナジウムと基材のさらなる密着性向上が望まれていた。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、珪炭化バナジウム膜と基材の密着性を向上させることが可能な珪炭化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法並びに珪炭化バナジウム膜形成用基材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、珪炭化バナジウム膜を形成する基材の表面に所定の表面粗さとなる窒化層を形成し、その窒化層上に珪炭化バナジウム膜を形成することで、基材との密着性が高い珪炭化バナジウム膜の被覆部材が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
上記課題を解決する本発明の一態様は、以下に列挙されるものである。
[1]基材と、前記基材の表面に形成された、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層と、前記窒化層上に形成された珪炭化バナジウム膜と、を有し、前記珪炭化バナジウム膜は、バナジウムと、珪素と、炭素を含有し、かつ、膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上である、珪炭化バナジウム膜被覆部材。
[2]前記窒化層の表面粗さRzjisが0.25μm以上である、[1]に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
[3]前記窒化層の表面粗さRzjisが0.4μm以上である、[1]に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
[4]前記基材が鋼材である、[1]~[3]のいずれかに記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
[5]前記バナジウム元素濃度が3~15at%、前記珪素元素濃度が15~30at%、前記炭素元素濃度が60~80at%である、[1]~[4]のいずれかに記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
[6]下記(1)式を満たす、請求項[1]~[5]のいずれかに記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧25at% ・・・(1)
[7]下記(2)式を満たす、請求項[1]~[5]のいずれかに記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧30at% ・・・(2)
[8]下記(3)式を満たす、[1]~[7]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≦36at% ・・・(3)
[9]下記(4)式を満たす、[1]~[8]のいずれかに記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材。
前記珪素元素濃度/(前記バナジウム元素濃度+前記珪素元素濃度)>0.7 ・・・(4)
[10]基材の表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層を有する、珪炭化バナジウム膜形成用基材。
[11]基材の表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層を形成する窒化処理工程と、前記窒化処理工程で形成された窒化層上に、バナジウムと、珪素と、炭素を含有し、かつ、膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上の珪炭化バナジウム膜を形成する珪炭化バナジウム膜形成工程と、を有する、珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[12]前記窒化層の表面粗さRzjisが0.25μm以上である、[11]に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[13]前記窒化層の表面粗さRzjisが0.4μm以上である、[11]に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[14]前記窒化処理工程において、水素ガスおよび窒素ガスをプラズマ化することで前記基材の窒化処理を行う、[11]~[13]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[15]前記基材が鋼材である、[11]~[14]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[16]前記珪炭化バナジウム膜形成工程において、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭化水素ガスおよび水素ガスを供給し、プラズマ化学蒸着法によって前記珪炭化バナジウム膜を形成する、[11]~[15]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[17]前記珪炭化バナジウム膜形成工程において、アルゴンガスをさらに供給し、前記塩化バナジウムガス、前記珪素源ガス、前記炭化水素ガス、前記水素ガスおよび前記アルゴンガスの流量比が1:0.25~2:3~20:20~35:0.5~2である、[16]に記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[18]前記バナジウム元素濃度が3~15at%、前記珪素元素濃度が15~30at%、前記炭素元素濃度が60~80at%である、[11]~[17]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
[19]下記(1)式を満たす、[11]~[18]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧25at% ・・・(1)
[20]下記(2)式を満たす、[11]~[18]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≧30at% ・・・(2)
[21]下記(3)式を満たす、[11]~[20]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
(前記炭素元素濃度-前記バナジウム元素濃度-前記珪素元素濃度)≦36at% ・・・(3)
[22]下記(4)式を満たす、[11]~[21]のいずれかに記載された珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
前記珪素元素濃度/(前記バナジウム元素濃度+前記珪素元素濃度)>0.7 ・・・(4)
[23]基材の表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層を形成する窒化処理工程を有する、珪炭化バナジウム膜形成用基材の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、珪炭化バナジウム膜と基材の密着性を向上させることが可能な珪炭化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法並びに珪炭化バナジウム膜形成用基材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一実施形態に係る珪炭化バナジウム膜被覆部材の概略構成を示す図である。
図2】本発明の一実施形態に係る珪炭化バナジウム膜の形成装置の概略構成を示す図である。
図3】試験片の形状を示す図である。
図4】ボールオンディスク試験の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0011】
図1は、本実施形態に係る珪炭化バナジウム膜被覆部材の概略構成を示す図である。
【0012】
珪炭化バナジウム膜被覆部材1は、珪炭化バナジウム膜形成用基材2と、珪炭化バナジウム膜形成用基材2の表面に形成された珪炭化バナジウム膜3で構成されている。
【0013】
珪炭化バナジウム膜形成用基材2は、基材2bと、基材2bの表面に形成された窒化層2aで構成されている。
【0014】
基材2bの材料は特に限定されず、珪炭化バナジウム膜被覆部材1の用途に応じて適した材料が用いられる。例えば、基材2bの材料としては、各種鋼材が用いられる。本明細書における鋼材とは、鉄を主成分とし、2%以下の炭素と、その他の成分からなる材料である。金型や工具などに用いられる鋼材としては、以下に説明するダイス鋼や高速度工具鋼、マトリックスハイスなどがある。
【0015】
ダイス鋼は、冷間金型用の合金工具鋼の一種である。高硬度に焼き入れが可能で、焼き入れ歪みが少なく、耐摩耗性に優れていることから、広く用いられている。ダイス鋼は、バナジウム、モリブデン、タングステン、クロムなどを含有する。JIS(日本工業規格)における鉄鋼系材料記号としては「SKD」が用いられ、代表的な鋼種としてはSKD-11、SKD-61などがある。
【0016】
高速度工具鋼は、ハイスとも呼ばれ、ダイス鋼と比較して耐摩耗性、耐衝撃性、靭性に優れた材料である。JISにおける鉄鋼系材料記号としては「SKH」が用いられ、JISではJISG4403にまとめられている。代表的な鋼種としてはSKH-51、SKH-55などがある。
【0017】
マトリックスハイスは、高速度工具鋼よりも炭素量を低く抑えることで、共晶炭化物を低下させると共にマトリックス中の合金元素比率を高め、これにより高硬度、高靭性、高耐熱性が得られるよう設計された材料である。一般的に市場に供給されている製品としては、日立金属工具鋼株式会社のYXR3、YXR7、YXR33などがある。これらの材料は、工具鋼の中でも高い寸法精度が要求される金型、せん断加工に用いられるパンチ、刃物などに用いられる。このため、上述の高硬度、高靭性、高耐熱性の特徴を強化するためには、本実施形態で示すような表面コーティングが重要な役割を担うこととなる。
【0018】
珪炭化バナジウム膜形成用基材2の窒化層2aは、化合物層および拡散層の少なくともいずれか一方からなる層であり、基材2bに対し、窒化処理を行うことで形成される。窒化層は、鉄窒化物で考えると、γ’相(Fe4N)、ε相(Fe2-3N)及び準安定相のα”相(Fe16N)などから構成される。本願の例においてはこれらに準じて合金元素も含んだ窒化物が構成されている。例えば鋼材としてダイス鋼や高速度工具鋼、マトリックスハイスが用いられる場合は、バナジウム、モリブデン、タングステン、クロムなどの窒化物が析出される。窒化層2aが基材2bの表面に存在することで、珪炭化バナジウム膜形成用基材2と珪炭化バナジウム膜3の化学的な相性が改善し、格子の不整合も解消される。これによって珪炭化バナジウム膜形成用基材2と珪炭化バナジウム膜3の密着性をより向上させることができる。なお、珪炭化バナジウム膜形成用基材2と珪炭化バナジウム膜3の密着性をより向上させる観点からは、窒化層2aには化合物層が形成されていないことが好ましい。
【0019】
基材2bの表面に窒化層2aが形成されていることの確認は、「JIS G 0562 鉄鋼の窒化層深さ測定方法」の規定に従い、珪炭化バナジウム膜形成用基材2の切断面を腐食させ、金属顕微鏡を用いて、腐食させた切断面の着色状態を観察することで行われる。顕微鏡画像では、窒化層2aの化合物層は白色に着色され、窒化層2aの拡散層は黒色に着色されるため、窒化層2aにおける化合物層の有無や、窒化層2aと基材2bとの境界を視覚的に判別することが可能である。
【0020】
窒化層2aの窒化深さは特に限定されないが、20~250μmであることが好ましい。窒化層2aの窒化深さが20μm以上である場合には、例えば窒化による硬さの変化など、深さ方向における特性の変化が急激に起こることを抑制することができる。一方、窒化深さが250μm以下である場合には、窒化処理時間を短くすることができ、過剰な窒化を抑制することができ、窒化層の表面粗さを制御しやすい。なお、窒化層2aの“窒化深さ”とは、窒化層2aの表面から、基材硬さ×1.15HVの硬さとなる位置までの距離である。“基材硬さ”は、次の方法で測定される。まず、「JIS G 0562 鉄鋼の窒化層深さ測定方法」の規定に従い、窒化層が形成された試験片の切断面を研磨および鏡面仕上げする。続いて、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて25gfの荷重でビッカース硬さ試験を行い、その結果に基づいて試験片表面からの硬さ推移曲線を作成する。そして、その推移曲線において硬さの値が収束した点を特定し、この点の硬さの値を基材硬さとする。
【0021】
基材2bの表面に形成される窒化層2aは、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下である。後述の実施例で示すように、珪炭化バナジウム膜形成用基材2は、基材2bの表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層2aを有することで、珪炭化バナジウム膜形成用基材2と珪炭化バナジウム膜3の密着性を向上させることができる。この効果をより高める観点においては、窒化層2aの表面粗さRzjisは好ましくは0.25μm以上であり、さらに好ましくは0.4μm以上である。
【0022】
(珪炭化バナジウム膜)
珪炭化バナジウム膜被覆部材1は、表面粗さRzjisが0.2μm以上1.0μm以下の窒化層2a上に、珪炭化バナジウム膜3を有している。珪炭化バナジウム膜3は、バナジウム(V)、珪素(Si)、炭素(C)を含有し、かつ、バナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上の膜である。珪炭化バナジウム膜3は、膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計は、より好ましくは91at%以上であり、さらに好ましくは、92at%以上である。
【0023】
珪炭化バナジウム膜3中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度は、電子プローブマイクロアナライザー(以下、EPMAと称す)による組成分析によって測定することができる。なお、珪炭化バナジウム膜3の膜厚が1μm以下の場合には、EPMAの測定結果に基材の成分組成の影響が含まれる。このため、膜厚の薄い珪炭化バナジウム膜3の組成分析を行う際には、事前に基材2bのみのEPMA測定を実施し、珪炭化バナジウム膜3の成膜後のEPMAの測定結果から基材由来のバナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度を差し引く必要がある。
【0024】
珪炭化バナジウム膜3は、バナジウム元素濃度が3~15at%、珪素元素濃度が15~30at%、炭素元素濃度が60~80at%であることが好ましい。バナジウム元素濃度は、より好ましくは4~15at%である。
【0025】
珪炭化バナジウム膜3中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度は、下記(1)式を満たすことが好ましく、これにより、珪炭化バナジウム膜形成用基材2と珪炭化バナジウム膜3の密着性をさらに向上させることができる。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧25at%・・・(1)
【0026】
また、下記(2)式を満たす場合には、珪炭化バナジウム膜被覆部材1に接触する相手部材との摩擦係数を小さくすることができる。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧30at% ・・・(2)
【0027】
下記(3)式を満たす場合には、珪炭化バナジウム膜3の硬度を高めることができる。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≦36at% ・・・(3)
【0028】
下記(4)式を満たす場合には、珪炭化バナジウム膜3の耐熱性を向上させることができる。
珪素元素濃度/(バナジウム元素濃度+珪素元素濃度)>0.7・・・(4)
【0029】
珪炭化バナジウム膜3の膜厚は、珪炭化バナジウム膜被覆部材1の用途に応じて適宜設定されるが、例えば金型の基材上に珪炭化バナジウム膜3を形成する場合は、膜厚は0.5~4μmであることが好ましい。
【0030】
なお、珪炭化バナジウム膜3は、密着性向上の効果を損なわない範囲でバナジウム元素と、珪素元素と、炭素元素以外の元素を含んでいてもよい。バナジウム元素と、珪素元素と、炭素元素以外の元素としては、例えば珪炭化バナジウム膜形成工程で供給される原料ガスやアルゴンガスに含まれるフッ素、塩素、水素、アルゴンや、後述する珪炭化バナジウム膜の形成装置のチャンバー内に残存するガスに含まれる酸素、窒素などが挙げられる。珪炭化バナジウム膜3に含まれるバナジウム元素と、珪素元素と、炭素元素以外の元素は、9at%以下に制限されていることが好ましく、8at%以下に制限されていることがより好ましい。
【0031】
次に、珪炭化バナジウム膜形成用基材2および珪炭化バナジウム膜被覆部材1の製造方法について説明する。本実施形態においては、基材2bの表面に表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層2aを形成することで珪炭化バナジウム膜形成用基材2を作製する。その後、窒化層2a上に珪炭化バナジウム膜3を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材1を作製する。
【0032】
まず基材2bを準備する。基材2bは、表面粗さRzjisが0.1μm以下となるまで研磨されていることが好ましい。基材2bの表面粗さRzjisが0.1μm以下であることにより、窒化層2aを基材2bの表面に均一に形成することができ、より密着性が向上すると考えられる。
【0033】
<窒化処理工程>
次に、基材2bの窒化処理を行い、珪炭化バナジウム膜形成用基材2を作製する。窒化処理工程では、基材2bの表面に、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層2aを形成する。
【0034】
窒化層2aを形成する為の窒化処理装置および後述する珪炭化バナジウム膜被覆部材1の形成装置としては、例えば図2に示すようなプラズマ処理装置10が用いられる。プラズマ処理装置10は、基材2bが搬入されるチャンバー11と、陽極12および陰極13と、陽極12と陰極13との間にパルス電圧を印加する直流のパルス電源14とを備えている。チャンバー11の上部には各原料ガスが供給されるガス供給管15が接続され、チャンバー11の下部にはチャンバー11内のガスを排気するガス排気管16が接続されている。ガス排気管16の下流側には真空ポンプ(不図示)が設けられている。陰極13は基材2bを支持する支持台としての役割も有しており、チャンバー11内に搬入された基材2bは陰極13上に載置される。チャンバー11の内部にはヒーター(不図示)が設けられており、ヒーターによりチャンバー11内の雰囲気温度が調節されることで基材2bの温度が調節される。
【0035】
なお、プラズマ処理装置10の構成は本実施形態で説明した構成に限定されない。例えば直流のパルス電源14に代えて高周波電源を用いてもよいし、原料ガスを供給するシャワーヘッド(不図示)を設け、それを陽極12として用いてもよい。また、ヒーターを設けずにグロー電流のみで基材2bを加熱してもよい。すなわち、プラズマ処理装置10は、チャンバー11内に供給される原料ガスをプラズマ化することが可能であって、基材2bに窒化層2aを形成できる構成であればよい。
【0036】
基材2bの窒化処理方法は特に限定されず、例えばプラズマ窒化処理やガス窒化処理などが適用可能である。ただし、珪炭化バナジウム膜をプラズマ化学蒸着法で形成し、窒化処理をプラズマ窒化処理で行う場合は、基材2bの窒化処理と珪炭化バナジウム膜3の形成を同一のプラズマ処理装置で行うことが可能となる。したがって、別々の装置を使用する場合と比較して効率良く珪炭化バナジウム膜被覆部材1を製造する観点では、基材2bの窒化処理はプラズマ窒化処理によって行うことが好ましい。また、窒化処理はプラズマ窒化処理を同一のプラズマ処理装置で行うことで、表面の酸化などの影響を防ぐことができるため好ましい。また、基材2bの冷却や洗浄工程などの処理をせずに成膜できるため、効率良く珪炭化バナジウム膜被覆部材1を製造することが可能となる。
【0037】
プラズマ窒化処理は、プラズマ処理装置内に供給した水素ガスおよび窒素ガスをプラズマ化し、基材2bの表面に窒化層2aを形成する窒化処理である。このプラズマ窒化処理時には、水素ガスおよび窒素ガス以外にアルゴンガスを適宜供給してもよい。アルゴンガスは、アルゴンイオンが他の分子をイオン化させることによってプラズマの安定化やイオン密度の向上に寄与する。窒化層2aの表面粗さRzjisは、窒化処理時間、供給する水素ガスと窒素ガスの分圧比、電圧、電流密度やDuty比などを適宜変更することによって制御することができる。
【0038】
プラズマ窒化処理の処理時間は、生産性の観点から30~300分にすることが好ましい。より好ましくは、60~240分である。
【0039】
プラズマ処理装置内の窒素分圧と水素分圧との比である窒素分圧/水素分圧は、0.15~2.0であることが好ましく、これにより基材2bが窒化しやすくなる。窒化層2a中の化合物層の形成を抑制する観点からは、窒素分圧/水素分圧を1.0以下にすることが好ましく、0.70以下にすることがより好ましい。一方、窒素分圧/水素分圧の下限は、0.25以上にすることが好ましい。プラズマ窒化処理時におけるチャンバー11内の圧力は、30~200Paであることが好ましい。
【0040】
プラズマ窒化処理時の電源電圧は、1000~2500Vであることが好ましく、より好ましくは1200~2000Vである。プラズマ窒化処理時の電流密度は、0.2~0.7mA/cm2であることが好ましく、より好ましくは0.3~0.6mA/cm2である。1周期あたりの電圧印加時間で定義される以下の式で算出されるDuty比は、5~60%であることが好ましい。
Duty比(%)=100×印加時間(ON time)/{印加時間(ON
time)+印加停止時間(OFF time)}
【0041】
本実施形態における珪炭化バナジウム膜形成用基材2は、以上の窒化処理によって製造される。
【0042】
<珪炭化バナジウム膜形成工程>
次に、プラズマ化学蒸着法によって珪炭化バナジウム膜形成用基材2の窒化層2aの上に珪炭化バナジウム膜3を形成する。
【0043】
珪炭化バナジウム膜3を形成するための原料ガスとして、プラズマ処理装置10のチャンバー11内に塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭化水素ガスおよび水素ガスを供給し、パルス電源14を用いて陽極12と陰極13の間にパルス電圧を印加する。これにより、陽極12と陰極13の間においてチャンバー11内に供給した原料ガスがプラズマ化し、窒化層2a上に珪炭化バナジウム膜3が形成される。これにより、本実施形態における珪炭化バナジウム膜被覆部材1が製造される。
【0044】
塩化バナジウムガスとしては、例えば四塩化バナジウム(VCl)ガス、三塩化酸化バナジウム(VOCl)ガスなどが用いられる。なお、ガスを構成する元素の数が少なく、かつ、珪炭化バナジウム膜3中の不純物を取り除くことが容易になるという観点では、四塩化バナジウムガスを用いることが好ましい。また、四塩化バナジウムガスは、入手が容易で、常温において液体であり、ガスとしての供給が容易であるため、この観点からも用いることが好ましい。
【0045】
珪素源ガスとしては、例えばモノメチルシランガス、ジメチルシランガス、トリメチルシランガス、テトラメチルシランガス、四塩化珪素ガス、四フッ化珪素ガス等のシラン系ガスなどが用いられる。
【0046】
炭化水素ガスとしては、例えばメタンガス、エタンガス、エチレンガス、アセチレンガスなどが用いられる。ここで例示されるガスは単独で供給されてもよいし、2種以上のガスが混合されて供給されてもよい。
【0047】
珪炭化バナジウム膜形成工程で供給される原料ガスに四塩化珪素ガスが含まれる場合、珪炭化バナジウム膜3には、バナジウム、珪素および炭素を除いた残部に必然的に不純物としての塩素が含まれる。塩素は水素ガスと結合しやすいことから、原料ガスに水素ガスが含まれる場合には、塩化バナジウムガスから発生する塩素が水素と結合して系外に排出されやすくなる。これにより、珪炭化バナジウム膜3中への塩素の混入を抑えることができる。
【0048】
なお、珪炭化バナジウム膜3の残部には、塩素以外にも不可避的不純物が含まれ得る。珪炭化バナジウム膜形成工程において、チャンバー11内に塩化バナジウムガスおよび四塩化珪素ガスが供給される場合、チャンバー11内に供給される水素ガスの体積流量は、塩化バナジウムガスの体積流量と四塩化珪素ガスの体積流量の合計に対して5倍~25倍であることが好ましい。なお、アルゴンガスは、アルゴンイオンが他の分子をイオン化させることによってプラズマの安定化やイオン密度の向上に寄与するため、必要に応じてチャンバー11内に供給されてもよい。
【0049】
珪炭化バナジウム膜形成工程においては、塩化バナジウムガスと、珪素源ガスと、炭化水素ガスと、水素ガスと、アルゴンガスの流量の比が1:0.25~2:3~20:20~35:0.5~2であることが好ましい。これにより、膜中のバナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度の合計が90at%以上となる珪炭化バナジウム膜3が得られやすくなる。なお、本明細書において、上記流量比の算出の際に用いられる“塩化バナジウムガスの流量”、“珪素源ガスの流量”、“炭化水素ガスの流量”、“水素ガスの流量”、“アルゴンガスの流量”とは、0℃、1atmにおける体積流量である。
【0050】
珪炭化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー11内の圧力は、例えば30~200Paであることが好ましい。また、珪炭化バナジウム膜形成工程において直流のパルス電源14から印加される電力は、100~1000Wであることが好ましい。また、直流のパルス電源14から印加される電圧は、1000~2000Vであることが好ましい。Duty比は、10%~60%であることが好ましい。珪炭化バナジウム膜3の膜中のバナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度は、各原料ガスの流量、パルス電源の電力、パルス電源の電圧、Duty比を適宜設定することで制御することができる。
【0051】
以上のような珪炭化バナジウム膜形成工程によって、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層2a上に、バナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度の合計が90at%以上となる珪炭化バナジウム膜3が形成される。このようにして製造された珪炭化バナジウム膜被覆部材1は、珪炭化バナジウム膜形成用基材2と珪炭化バナジウム膜3の密着性に優れている。
【0052】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【実施例0053】
基材2bの表面にプラズマ窒化処理により窒化層2aを形成した珪炭化バナジウム膜形成用基材2を作製した後、珪炭化バナジウム膜形成用基材2の窒化層2aの上に、プラズマ化学蒸着処理により珪炭化バナジウム膜3を形成した珪炭化バナジウム膜被覆部材1を作製し、各種評価を実施した。基材2bの窒化処理および珪炭化バナジウム膜3の形成を行う装置は、図2に示される構造のプラズマ処理装置を用い、電源としては直流のパルス電源を使用した。
【0054】
基材2bは、高速度工具鋼の一種であるSKH-51から成るφ22mmの丸棒を6~7mm間隔で切断し、図3のように切断された丸棒の成膜面を鏡面研磨し、成膜面の表面粗さRzjisを0.085μmにしたものを使用した。なお、窒化層2aおよび珪炭化バナジウム膜3は、基材2bの鏡面研磨した側の面に形成される。
【0055】
(実施例1)
以下、実施例1における上記基材の窒化処理方法および珪炭化バナジウム膜の形成方法について説明する。なお、窒化処理条件および珪炭化バナジウム膜の形成条件については、後述の表1、表2にも記載している。また、以下の説明における各ガスの体積流量は、それぞれ0℃、1atmにおける体積流量である。
【0056】
まず、プラズマ処理装置のチャンバー内に基材をセットし、60分間チャンバー内を真空引きし、チャンバー内の圧力を25Pa以下まで小さくする。このとき、チャンバー内に設けられたヒーターは作動させない。なお、チャンバー内の雰囲気温度はシース熱電対で測定している。続いて、ヒーターの設定温度を550℃とし、基材のベーキング処理を60分間行う。その後、ヒーターの電源を切り、120分間形成装置を放置してチャンバー内を冷却する。
【0057】
次に、チャンバー内に100ml/minの体積流量で水素ガスを供給し、排気量を調節してチャンバー内の圧力を100Paとする。そして、ヒーターの設定温度を525℃とし、30分間チャンバー内の雰囲気を加熱する。
【0058】
<窒化処理工程>
その後、水素ガスの流量を80ml/minにすると共にチャンバー内に窒素ガスおよびアルゴンガスを供給する。本工程においては、窒素ガスの流量を20ml/minとし、アルゴンガスの流量を3ml/minとする。このとき、チャンバー内の全圧は排気量が調節されることで58Paに維持される。実施例1における窒素分圧と水素分圧の分圧比である窒素分圧/水素分圧は0.25であった。その後、パルス電源の電圧を1400V、Duty比を40%に設定し、ユニポーラ出力形式で直流パルス電源を作動させる。ここでパルス電源の電圧が上げられることによって電極間では水素ガス、窒素ガスおよびアルゴンガスがプラズマ化した状態となる。これにより、基材の表面から窒素が侵入し、基材の表面に窒化層が形成される窒化処理を120分行い、珪炭化バナジウム膜形成用基材を得た。
【0059】
<珪炭化バナジウム膜形成工程>
続いて、塩化バナジウムガスとしての四塩化バナジウムガスの体積流量を3ml/min、珪素源ガスとしてモノメチルシランガスの体積流量を4.5ml/min、炭水素ガスとしてのメタンガスの体積流量を30ml/min、水素ガスの体積流量を78ml/min、アルゴンガスの体積流量を3ml/minに設定してプラズマ処理装置のチャンバー内に各ガスを供給する。換言すると、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭化水素ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:11.5:26:1となる状態で各ガスをチャンバー内に供給する。このとき、排気量を調節してチャンバー内の圧力を58Paとする。そして、パルス電源の電圧を1400V、Duty比を20%に設定した。このときのパルス電源の電力は241Wであった。これにより、プラズマ化したバナジウム、珪素、炭素が窒化層に吸着し、窒化層上にバナジウム、珪素、炭素を含有する珪炭化バナジウム膜が形成される。この状態を180分間維持し、珪炭化バナジウム膜形成用基材上に珪炭化バナジウム膜が被覆された珪炭化バナジウム膜被覆部材を得た。
【0060】
(実施例2)
実施例1の窒化処理工程において、窒化処理時間を60分に変更したことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜形成用基材を得た。また、珪炭化バナジウム膜形成工程において、メタンガスの体積流量を10ml/min、水素ガスの体積流量を98ml/minに設定し、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭化水素ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比を1:1.5:4.8:33:1となる状態で各ガスをチャンバー内に供給したこと、パルス電源の電力を364Wに、Duty比を40%に設定したことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材を得た。
【0061】
(実施例3)
実施例1の窒化処理工程において、窒化処理時間を240分に変更して珪炭化バナジウム膜形成用基材を得たことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材を得た。
【0062】
(実施例4)
実施例1の珪炭化バナジウム膜形成工程において、珪炭化バナジウム膜の形成時間を315分に変更したことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材を得た。
【0063】
(実施例5)
実施例1の珪炭化バナジウム膜形成工程において、珪炭化バナジウム膜の形成時間を420分に変更したことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材1を得た。
【0064】
(実施例6)
実施例1の珪炭化バナジウム膜形成工程において、珪素源ガスとして供給していたモノメチルシランガスの代わりに四塩化珪素ガスを体積流量4.5ml/minで供給し、メタンガスの体積流量を15ml/min、水素ガスの体積流量を98ml/minに設定し、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭化水素ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:5:33:1となる状態で各ガスをチャンバー内に供給し、パルス電源の電を364Wに、Duty比を40%に設定し、珪炭化バナジウム膜の形成時間を300分にしたことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材を得た。
【0065】
(比較例1)
基材に対し、窒化処理を実施せずに実施例6と同様の条件で珪炭化バナジウム膜を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材を得た。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
次に、実施例1~6の珪炭化バナジウム膜形成用基材の試験片と、窒化処理を実施していない比較例の基材の試験片に対し、窒化層の形成状態の確認と、窒化層の表面粗さRzjisの測定を行った。また、実施例1、3~6の珪炭化バナジウム膜形成用基材の試験片に対し、窒化深さの測定を行った。
【0069】
<窒化層の形成状態の確認>
試験片を表面に対し垂直方向に切断し、エメリー紙で断面を研磨し、バフで研磨面を鏡面仕上げした。そして、JIS G 0562に規定された硝酸アルコール法(ナイタール法)に基づき、硝酸とエタノールとを混合し、得られた硝酸3%の腐食液に試験片を5分間浸漬させた。その後、金属(光学)顕微鏡を用いて試験片の断面を倍率1000倍で観察し、顕微鏡画像で黒色に着色された部分を視認することができた試験片については、窒化層に拡散層が形成されたと判断し、表3に「有」と記載し、黒色部分を視認できなかった場合は「無」と記載した。また、顕微鏡画像で白色に着色された部分を視認することができた試験片については、窒化層に化合物層が形成されたと判断し、表3に「有」と記載し、白色部分を視認できなかった場合は「無」と記載した。
【0070】
<窒化深さ測定>
試験片の基材硬さを測定し、窒化深さ(窒化層の表面から、基材硬さ×1.15HVの硬さとなる位置までの距離)を測定した。測定した結果を表3に記載する。なお、基材硬さの値は、JIS G 0562の規定に従い、窒化層が形成された試験片の切断面を研磨および鏡面仕上げした後、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて25gfの荷重でビッカース硬さ試験を行い、その結果から硬さ推移曲線を作成し、その推移曲線において硬さの値が収束した点の値を用いた。
【0071】
<表面粗さ測定>
表面粗さ測定には、3Dレーザー顕微鏡(キーエンス社製VK-X120)を用いた。対物レンズの倍率を50倍として、0.2mm×1.2mmのレーザー顕微鏡像を取得したのち、顕微鏡付属のマルチファイル解析アプリケーションの複数線粗さ計測機能により窒化層の表面粗さRzjisを測定した。そして、試験片の長辺方向に15本のラインプロファイルを取得し、それぞれのラインプロファイルから得られた表面粗さRzjisを平均することで、表面粗さRzjisの値を得た。実施例1~3の珪炭化バナジウム膜形成用基材の試験片の窒化層の表面粗さRzjisおよび窒化処理を実施していない比較例1の基材の試験片に対し表面粗さRzjisを測定した結果を表3に記載する。
【0072】
次に、実施例1~6、比較例1の珪炭化バナジウム膜被覆部材に対し、珪炭化バナジウム膜の膜厚測定、珪炭化バナジウム膜の組成分析、スクラッチ試験、硬さ測定、耐熱性評価および摩擦評価試験(ボールオンディスク試験)を実施した。
【0073】
<膜厚測定>
基材上に形成された珪炭化バナジウム膜の膜厚は、試験片を垂直に切断して切断面を鏡面研磨した後、金属顕微鏡の倍率を1000倍として切断面を観察し、観察した画像情報に基づいて算出することで測定した。測定した結果を表3に記載する。
【0074】
<組成分析>
分析条件は次の通りである。測定した結果を表3に記載する。
測定装置:EPMA(日本電子株式会社製JXA-8530F)
測定モード:半定量分析
加速電圧:15kV
照射電流:1.0×10-7
ビーム形状:円
ビーム径設定値:50μm
分光結晶:LDE6H, TAP, LDE5H, PETH, LIFH, LDE1H

なお、珪炭化バナジウム膜の膜厚が1μm以下の場合には、EPMAの測定結果に基材の成分組成の影響が含まれる。このため、膜厚の薄い珪炭化バナジウム膜の組成分析を算出する場合には、事前に基材のみのEPMA測定を実施しておき、珪炭化バナジウム膜の形成後のEPMAの測定結果から基材由来のバナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度および塩素元素濃度を差し引く必要がある。
【0075】
<スクラッチ試験>
スクラッチ試験機(csm社製Revetest)を用い、基材と珪炭化バナジウム膜の密着性を評価した。スクラッチ試験は、先端曲率100μmの円錐形ダイヤモンド圧子を用い、最小荷重1N、最大荷重100N、荷重速度100N/分、スクラッチ速度5mm/分、スクラッチ距離5mmにて実施された。そして、圧子と試験片の接触箇所周辺の珪炭化バナジウム膜が破壊されたときの荷重、すなわち基材から珪炭化バナジウム膜が剥離したときの荷重である臨界荷重を測定し、この臨界荷重に基づいて基材と珪炭化バナジウム膜の密着性を評価した。スクラッチ試験における臨界荷重が大きいほど、基材から珪炭化バナジウム膜が剥離しにくく、基材と珪炭化バナジウム膜の密着性が高いことを示す。なお、珪炭化バナジウム膜の膜厚が0.5~5.0μmの範囲内であれば、膜厚の違いに起因するスクラッチ試験結果のばらつきが無視できるほどに小さくなる。
【0076】
<硬さ測定>
Fischer Instruments製のFISCHER SCOPE(登録商標)H100Cを用いたナノインデンテーション法により実施する。具体的には、最大押し込み荷重を3mNとして試験片にバーコビッチ型のダイヤモンド圧子を押し込み、連続的に押し込み深さを計測する。得られた押し込み深さの計測データからフィッシャー・インストルメンツ社製のソフトウエアである「商品名:WIN-HCU(登録商標)」を用いて、マルテンス硬さと、そのマルテンス硬さから換算されるビッカース硬さを算出する。算出されたビッカース硬さは測定装置の画面に表示され、この数値を測定点における膜の硬度として扱う。本実施例では、各試験片の最表面の任意の20点のビッカース硬さを求め、得られた硬度の平均値を膜のビッカース硬さとした。測定した結果を表3に記載する。
【0077】
<耐熱性評価>
まず、常温(25℃)にて試験片の表面硬さを測定する。次に、試験片を熱処理炉に収容し、目標温度まで60分かけて加熱する。そして、試験片を目標温度でさらに60分間保持した後に120分以上、放冷する。これらの処理はすべて大気雰囲気下で行う。放冷後、常温(25℃)にて再び試験片の表面硬さを測定する。熱処理時の目標温度は、常温から1000℃までの範囲において100℃刻みで設定され、目標温度毎に1つの試験片を準備して熱処理試験を実施した。そして、熱処理後の表面硬さ/熱処理前の表面硬さ≧0.75となった時の最大目標温度を、その膜種、成膜条件での耐熱温度とした。
【0078】
<摩擦評価試験(ボールオンディスク試験)>
ボールオンディスクス試験機は、CSM Instruments社製の「Tribometer」を用いた。ディスクは、実施例1~3、5および比較例の珪炭化バナジウム膜被覆部材の試験片である。ディスクに接触させるボールとして、炭素鋼のS45Cからなる直径が6mmのボールを使用した。温度が23~24℃、湿度が21%の環境下で、図4に示すように、ボールをディスクに接触させ、ボールに5Nの荷重を加えながら、摺動速度が0.167m/sとなるようにディスクを回転させた。ボールとディスクの接触点はディスクの中心から半径6mmの点である。そして、ディスクとボールの摺動距離が100mに達した際のディスクとボールとの摩擦係数を、基材上に形成された珪炭化バナジウム膜の摩擦係数の測定値とした。
【0079】
【表3】
【0080】
(まとめ)
実施例1~6と比較例の結果に鑑みると、表面粗さRzjisが0.2μm以上、1.0μm以下の窒化層を有する珪炭化バナジウム膜形成用基材上に珪炭化バナジウム膜を形成することで、密着性が向上することがわかった。実施例1、3~6と実施例2の比較によれば、窒化層の表面粗さRzjisが0.4μm以上であることで、より高い密着性を備える珪炭化バナジウム膜被覆部材を得られることがわかった。
【0081】
実施例1、3~6と実施例2の比較によれば、下記(1)式を満たすことで、より密着性が向上することがわかった。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧25at% ・・・(1)
【0082】
実施例1、5と実施例2、3の比較によれば、下記(2)式を満たすことで、珪炭化バナジウム膜被覆部材に接触する相手部材との摩擦係数が小さくなることがわかった。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧30at% ・・・(2)
【0083】
実施例2、3、6と実施例1、4、5の比較によれば、下記(3)式を満たすことで、珪炭化バナジウム膜の硬度が高まることがわかった。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≦36at% ・・・(3)
【0084】
実施例1、4、5と実施例6の比較によれば、下記(4)式を満たすことで、珪炭化バナジウム膜の耐熱性が向上することがわかった。
珪素元素濃度/(バナジウム元素濃度+珪素元素濃度)>0.7・・・(4)
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明に係る珪炭化バナジウム膜形成用基材および珪炭化バナジウム膜被覆部材は、大きな面圧がかかった状態で使用される金型や切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品等に用いられる珪炭化バナジウム膜を形成るための基材および珪炭化バナジウム膜被覆部材として好適に利用することできる。
【符号の説明】
【0086】
1 珪炭化バナジウム膜被覆部材
2 珪炭化バナジウム膜形成用基材
2a 窒化層
2b 基材
3 珪炭化バナジウム膜
10 プラズマ処理装置
11 チャンバー
12 陽極
13 陰極
14 パルス電源
15 ガス供給管
16 ガス排気管
図1
図2
図3
図4