(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161388
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】セラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/486 20060101AFI20221014BHJP
C04B 41/80 20060101ALI20221014BHJP
C04B 35/64 20060101ALI20221014BHJP
C04B 37/00 20060101ALI20221014BHJP
【FI】
C04B35/486
C04B41/80 A
C04B35/64
C04B37/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021066168
(22)【出願日】2021-04-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)令和2年9月4日公開(会誌掲載プログラム) https://confit.atlas.jp/guide/event/jspm2020a/static/ProgramPDF https://www.jspm.or.jp/application/files/5016/0279/6462/6710-RevisedProgram.pdf (2)令和2年10月13日公開(講演概要PDF) https://confit.atlas.jp/guide/event/jspm2020a/static/abstract https://confit.atlas.jp/guide/event/jspm2020a/subject/2-II-13/advanced (3)令和2年10月28日公開 粉体粉末冶金協会2020年度秋季大会(第126回講演大会) オンライン開催
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造推進事業「強電界下力学特性評価と強電界修復技術」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】森田 孝治
(72)【発明者】
【氏名】内藤 楓貴
【テーマコード(参考)】
4G026
【Fターム(参考)】
4G026BA05
4G026BB05
4G026BC01
4G026BE04
4G026BF57
4G026BG12
(57)【要約】
【課題】 第二相および異種元素等の修復材を必ずしも必要とすることなく、セラミックス焼結体中の亀裂損傷を効率的に修復する方法を提供すること。
【解決手段】 本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法は、セラミックス焼結体を300℃以上1200℃以下の温度範囲で加熱することと、セラミックス焼結体にフラッシュ現象を生じさせる臨界電圧値を超える電界を印加し、保持することとを包含する。電界を印加し、通電状態を保持しながら、セラミックス焼結体を加熱時の温度より高く1500℃以下の温度範囲で保持してもよい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法であって、
前記セラミックス焼結体を300℃以上1200℃以下の温度範囲で加熱することと、
前記セラミックス焼結体にフラッシュ現象を生じさせる臨界電圧値を超える電界を印加し、通電状態を保持することと
を包含する、方法。
【請求項2】
前記セラミックス焼結体は、ドープまたはアンドープジルコニアである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ドープジルコニアは、イットリア安定化ジルコニアまたはイットリア部分安定化ジルコニアである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記加熱することは、前記セラミックス焼結体を700℃以上1100℃以下の温度範囲で加熱する、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に20V/cm以上60V/m以下の範囲の電界を印加する、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に25V/cm以上50V/m以下の範囲の電界を印加する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に90mA/mm2以上800mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流す、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に150mA/mm2以上600mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流す、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体を30秒以上60分以下の時間保持する、請求項1~8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体を前記加熱することにおける温度より高く1500℃以下の温度範囲で保持する、請求項1~9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体を1000℃以上1500℃以下の温度範囲で保持する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記セラミックス焼結体は、0.3μm以上1.2μm以下の範囲の粒径を有する、請求項1~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記セラミックス焼結体は、98%以上の焼結密度を有する、請求項1~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体の粒径が150%以上250%以下の範囲で成長するまで行う、請求項1~13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
前記亀裂損傷は、1μm以上200μm以下の範囲の長さを有する、請求項1~14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
前記加熱することは、前記セラミックス焼結体を加熱しながら保持する、請求項1~15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
前記加熱することは、前記セラミックス焼結体を加熱しながら10分以上60分以下の時間、保持する、請求項16に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミックス材料の破壊強度は、微小な亀裂損傷の影響を受けるため、工業的に使用する際にこのような亀裂損傷を修復させる技術が知られている(例えば、非特許文献1~3を参照)。
【0003】
非特許文献1によれば、SiC粒子が分散したアルミナセラミックスは自己治癒セラミックスとして知られる。高温下において、微小亀裂に存在するSiC粒子が酸素と反応し、SiO2相に変化し、形成されたSiO2相が亀裂間隙の空間を埋め、亀裂損傷を修復する。
【0004】
非特許文献2によれば、Ti金属と複合化したアルミナセラミックスは自己治癒セラミックスとして知られる。室温下で陽極酸化することにより、微小亀裂に存在する金属Tiが酸素と反応し、TiO2相に変化し、形成されたTiO2相が亀裂間隙を埋め、亀裂損傷を修復する。
【0005】
いずれの技術も修復材として第二相を母材に分散させておく必要がある。このような第二相の分散は、母材の本来の物性等に影響を与える可能性があり、第二相を用いることなく、セラミックスを修復する技術の開発が期待されている。
【0006】
非特許文献3は、スピネル(MgAl2O4)焼結体に生じた亀裂損傷が、1600℃、100時間のアニールによって修復することを報告する。しかしながら、アニール時間が長く、非効率のため、実用化には至っていない。
【0007】
一方、セラミック圧粉成型体に電圧を印加した状態で昇温すると、ある温度において圧粉体を流れる電流が急峻に増加するフラッシュ現象が生じることが知られており、このようなフラッシュ現象を利用したセラミックスの製造技術がある(例えば、非特許文献4を参照)。
【0008】
最近では、このようなフラッシュ現象を利用した接合技術がある(例えば、非特許文献5を参照)。非特許文献5は、2つの3mol%イットリア安定化ジルコニア(3Y-TZP)セラミックスに一軸性の外部応力を加えながら、フラッシュ現象を生じさせることにより、2つの3Y-TZPセラミックスが接合することを報告する。このようにフラッシュ現象は、焼結以外にも利用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】T.Osadaら,Science and Technology of Advanced Materials,2020,Vol.21,No.1,593-608
【非特許文献2】S. Shiら,J.Am.Ceram. Soc.,2019,102,4236-4246
【非特許文献3】F.Tavangarianら,Materials Science & Engineering:A,641,2015,201-209
【非特許文献4】吉田 英弘ら,J.Jpn.Soc.Powder Powder Metallurgy,Vol.64,No.10,2017
【非特許文献5】J.Xieら,Journal of the European Ceramic Society,39,2019,3173-3179
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、第二相および異種元素等の修復材を必ずしも必要とすることなく、セラミックス焼結体中の亀裂損傷を効率的に修復する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法は、前記セラミックス焼結体を300℃以上1200℃以下の温度範囲で加熱することと、前記セラミックス焼結体にフラッシュ現象を生じさせる臨界電圧値を超える電界を印加し、通電状態を保持することとを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記セラミックス焼結体は、ドープまたはアンドープジルコニアであってもよい。
前記ドープジルコニアは、イットリア安定化ジルコニアまたはイットリア部分安定化ジルコニアであってもよい。
前記加熱することは、前記セラミックス焼結体を700℃以上1100℃以下の温度範囲で加熱してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に20V/cm以上60V/m以下の範囲の電界を印加してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に25V/cm以上50V/m以下の範囲の電界を印加してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に90mA/mm2以上800mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体に150mA/mm2以上600mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体を30秒以上60分以下の時間保持してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体を前記加熱することにおける温度より高く1500℃以下の温度範囲で保持してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体を1000℃以上1500℃以下の温度範囲で保持してもよい。
前記セラミックス焼結体は、0.3μm以上1.2μm以下の範囲の粒径を有してもよい。
前記セラミックス焼結体は、98%以上の焼結密度を有してもよい。
前記電界を印加し、通電状態を保持することは、前記セラミックス焼結体の粒径が150%以上250%以下の範囲で成長するまで行ってもよい。
前記亀裂損傷は、1μm以上200μm以下の範囲の長さを有してもよい。
前記加熱することは、前記セラミックス焼結体を加熱しながら保持してもよい。
前記加熱することは、前記セラミックス焼結体を加熱しながら10分以上60分以下の時間、保持してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法は、セラミックス焼結体を300℃以上1200℃以下の温度範囲で加熱することと、セラミックス焼結体にフラッシュ現象を生じさせる臨界電圧値を超える電界を印加し、通電状態を保持することとを包含する。上記温度範囲で加熱することによって、セラミックス焼結体の導電性が高くなり、通電に伴うフラッシュ現象を生じさせやすくなる。さらに、臨界電圧値を超える電界を印加し、フラッシュ現象を生じさせれば、第二相や異種元素等の修復材を必ずしも使用することなく亀裂損傷が自己治癒的に短時間で修復される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する工程を示すフローチャート
【
図2】本発明のセラミックス焼結体の修復に使用する装置を示す模式図
【
図5】例6の棒状試験片の修復処理前の亀裂損傷の様子を示すSEM像
【
図7】例17の棒状試験片の修復処理前の亀裂損傷の様子を示すSEM像
【
図9】例6の棒状試験片に印加した電圧、電流および加熱温度の変化を示す図
【
図10】例6および例17の棒状試験片に印加した電力の変化を示す図
【
図11】例6の棒状試験片のフラッシュ現象前後の様子を示す図
【
図12】例6の棒状試験片の修復処理後の亀裂損傷の様子を示すSEM像
【
図14】例17の棒状試験片の修復処理後の亀裂損傷の様子を示すSEM像
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
【0015】
図1は、本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する工程を示すフローチャートである。
図2は、本発明のセラミックス焼結体の修復に使用する装置を示す模式図である。
【0016】
本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷の修復に使用される例示的な装置200は、セラミックス焼結体210を収容する炉220と、セラミックス焼結体210に電圧を印加し、電流を流す電源230と、炉220内の温度を測定する熱電対240と、フラッシュ現象発生時のセラミックス焼結体210の温度を測定するパイロメータ250と、電源230の電圧値および電流値と、熱電対240が測定した温度と、パイロメータ250が測定した温度とを記録する記録計260とを備える。電源230は、直流電源であってもよいし、交流電源であってもよいが、以降では直流電源であるものとして説明する。
図2に示す装置を用いて、本発明の方法を説明する。
【0017】
本発明のセラミックス焼結体210の亀裂損傷を修復する方法は、以下のステップを包含する。
ステップS110:セラミックス焼結体210を300℃以上1000℃以下の温度範囲で加熱する。
ステップS120:セラミックス焼結体210にフラッシュ現象を生じさせる臨界電圧値を超える電界を印加し、通電状態を保持する。
ステップS110により、セラミックス焼結体210の導電性が高くなり、ステップS120のフラッシュ現象を生じさせやすくなる。さらに、ステップS120において臨界電圧値を超える電界を印加し、通電に伴うフラッシュ現象を生じさせれば、第二相や異種元素等の修復材を必ずしも使用することなく亀裂損傷が自己治癒的に短時間で修復される。各ステップを詳述する。
【0018】
本願の方法を適用できるセラミックス焼結体210には、特に制限はなく、原料粉末の成形体を焼成して得られる単結晶体を意図する。例示的には、ドープまたはアンドープの、ジルコニア(ZrO
2)、MgAl
2O
4、Y
2O
3、BaTiO
3、Co
2MnO
4、ITO(Indium Tin Oxide)、IZO(Indium Zinc Oxide)、AZO(Aluminum Zinc Oxide)、GZO(Gallium Zinc Oxide)、BST(Barium Strontium Titanate)、STO(Strontium Titanate)、In
2O
3、SnO
2、ZnO、TiO
2、Al
2O
3等を主成分とする金属酸化物焼結体、Si
3N
4、AlN、TiN、ZrN、Ti
2AlN等を主成分とする窒化物、SiC、TiC、Ti
3SiC
2、Ti
2AlC等を主成分とする炭化物などの非酸化物焼結体であってよい。例えば、例示した金属酸化物焼結体であれば、フラッシュ現象が生じることが知られている(例えば、非特許文献4の
図7を参照)。
【0019】
なお、ドープジルコニアとしては、イットリア添加ジルコニアが知られており、その酸化イットリウムの添加量に応じて、イットリア安定化ジルコニア(例えば、酸化イットリウムの添加量が8mol%以上12mol%以下)、イットリア部分安定化ジルコニア(例えば、酸化イットリウムの添加量が1mol%~8mol%未満)と呼ばれる。
【0020】
セラミックス焼結体210は、好ましくは、98%以上の焼結密度を有する。焼結密度が98%以上であれば、ステップS120において十分な電界を印加でき、フラッシュ現象を効率的に誘起できる。なお、本願明細書の焼結密度は、アルキメデス法によって測定され真密度に対する百分率(相対密度)で表す。
【0021】
セラミックス焼結体210は、好ましくは、0.3μm以上1.2μm以下の範囲の粒径を有する。このような粒径を有していれば、ステップS120においてフラッシュ現象によって亀裂損傷の修復が促進し得る。より好ましくは、セラミックス焼結体210は、0.7μm以上0.9μm以下の範囲の粒径を有する。ステップS120において、セラミックス焼結体210の粒成長を伴い亀裂損傷を修復できる。本願明細書のセラミックス焼結体の粒径は、電子顕微像を用い、単位面積当たりの粒子数から算出した。詳細には、鏡面研磨したセラミックス焼結体表面の走査型電子顕微鏡像より結晶粒の見かけの平均粒子径を測定し、これに計量形態学に基づき求められる1.225の係数を乗じた値を粒径として算出した。なお、平均粒子径は、100個以上の結晶粒より求めた平均値とした。
【0022】
本願の方法を適用できるセラミックス焼結体210が有する亀裂損傷とは、マイクロメートルオーダの亀裂であり、例えば、1μm以上200μm以下の長さを有し、0.5μm以上2μm以下の範囲の幅を有し、1μm以上100μm以下の範囲の深さを有する亀裂損傷である。
【0023】
ステップS110において、好ましくは、セラミックス焼結体210を700℃以上1100℃以下の温度範囲で加熱する。この範囲であれば、ステップS120においてフラッシュ現象の誘起を促進できる。より好ましくは、セラミックス焼結体210を750℃以上850℃以下の温度範囲で加熱する。加熱は、セラミックス焼結体210が酸化物であれば、大気下で行ってよく、セラミックス焼結体210が窒化物や炭化物といった非酸化物焼結体であれば、窒素、アルゴン等の還元性雰囲気下で行ってよい。
【0024】
ステップS110においてセラミックス焼結体210が所定の温度に到達すれば、ステップS120を実施してよいが、ステップS110において、所定の温度においてセラミック焼結体210を保持してもよい。これにより、セラミックス焼結体210中に残留する応力を除去できる。保持時間は、好ましくは、10分以上60分以下の範囲であってよい。これにより、ステップS120におおける亀裂損傷の修復を促進できる。あるいは、残留応力の保持をステップS110に先だって実施してもよい。
【0025】
ステップS120において、セラミックス焼結体210がフラッシュ現象を生じていることは、
図2の炉220が有する窓から目視確認できる。セラミックス焼結体210がフラッシュ現象を生じると、セラミックス焼結体210全体が発光し得る。このように、セラミックス焼結体210の発光状況を確認しながら、電界を印加し、通電状態を保持してもよい。
【0026】
ステップS120において、好ましくは、セラミックス焼結体210に20V/cm以上60V/cm以下の範囲の電界を印加する。これにより、セラミックス焼結体210に効率的に通電を生じさせ、フラッシュ現象を生じさせることができる。より好ましくは、セラミックス焼結体210に25V/cm以上50V/cm以下の範囲の電界を印加する。なおさらに好ましくは、セラミックス焼結体210に25V/cm以上30V/cm以下の範囲の電界を印加する。
【0027】
ステップS120において、好ましくは、セラミックス焼結体210に90mA/mm2以上800mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流すように電界を印加する。これにより、セラミックス焼結体210に効率的にフラッシュ現象を生じさせることができる。より好ましくは、セラミックス焼結体210に150mA/mm2以上600mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流すように電界を印加する。なおさらに好ましくは、セラミックス焼結体210に150mA/mm2以上200mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流すように電界を印加する。
【0028】
ステップS120において、フラッシュ現象を誘起した際のセラミックス焼結体210の保持温度は、パイロメータ250によって観察できるが、好ましくは、セラミックス焼結体210の保持温度は、ステップS210における加熱温度より高く1500℃以下の温度範囲であってよい。これにより、亀裂損傷の修復が促進する。好ましくは、セラミックス焼結体210の保持温度は、1000℃以上1500℃以下の温度範囲である。さらに好ましくは、セラミックス焼結体210の保持温度は、1200℃以上1500℃以下の温度範囲である。なおさらに好ましくは、セラミックス焼結体210の保持温度は、1200℃以上1300℃以下の温度範囲である。
【0029】
ステップS120において、好ましくは、フラッシュ現象が誘起したセラミックス焼結体210の保持時間に制限はなく、亀裂損傷の大きさに応じて適宜選択されるが、例示的には、30秒以上60分以下の時間保持する。
【0030】
ステップS120における印加電界、電流密度および保持時間は亀裂損傷の大きさによっても適宜選択できるが、例示的には以下ような条件が可能である。例えば、セラミックス焼結体210が15μm以上25μm以下の範囲の長さの亀裂損傷を有するイットリア安定化ジルコニアの場合、セラミックス焼結体210に25V/cm以上30V/cm以下の範囲の電界を印加し、150mA/mm2以上200mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流し、1200℃以上1300℃以下の温度範囲で加熱し、8分以上12分以下の時間保持することが好ましい。これにより、亀裂損傷の全体を修復できる。
【0031】
例えば、セラミックス焼結体210が45μm以上55μm以下の範囲の長さの亀裂損傷を有するイットリア安定化ジルコニアの場合、セラミックス焼結体210に25V/cm以上30V/cm以下の範囲の電界を印加し、150mA/mm2以上200mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流し、1200℃以上1300℃以下の温度範囲で加熱し、15分以上25分以下の時間保持することが好ましい。これにより、亀裂損傷の全体を修復できる。
【0032】
例えば、セラミックス焼結体210が150μm以上170μm以下の範囲の長さの亀裂損傷を有するイットリア安定化ジルコニアの場合、セラミックス焼結体210に25V/cm以上30V/cm以下の範囲の電界を印加し、150mA/mm2以上200mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流し、1200℃以上1300℃以下の温度範囲で加熱し、30分以上50分以下の時間保持することが好ましい。これにより、亀裂損傷の全体を修復できる。
【0033】
例えば、セラミックス焼結体210が55μm以上65μm以下の範囲の長さの亀裂損傷を有するイットリア部分安定化ジルコニアの場合、セラミックス焼結体210に45V/cm以上55V/cm以下の範囲の電界を印加し、550mA/mm2以上650mA/mm2以下の範囲の電流密度の電流を流し、1400℃以上1500℃以下の温度範囲で加熱し、5分以上10分以下の時間保持することが好ましい。これにより、亀裂損傷の全体を修復できる。
【0034】
ステップS120において、フラッシュ現象による亀裂損傷の修復に伴い、粒成長が生じ得る。このため、セラミックス焼結体210の粒径が、ステップS110時におけるそれの150%以上250%以下の大きさとなるまでステップS120を行ってもよい。
【0035】
以上説明してきたように、本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法は、特別の修復材を使用することなく、単にセラミックス焼結体にフラッシュ現象を誘起させ、保持することによって、わずか数分~数十分の短時間で亀裂損傷を修復できる。なお、金属チタン、SiC等の修復材を適用することにより、さらに短時間で修復でき得る。
【0036】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例0037】
[試料の調製]
8mol%Y2O3添加立方晶ZrO2粉末8YCSZ(イットリア安定化ジルコニア、TZ-8Y、東ソー株式会社製、純度>99.97%、粒径:100nm~300nm)、または、3mol%Y2O3添加立方晶ZrO2粉末3YTZP(イットリア部分安定化ジルコニア、TZ-3Y、東ソー株式会社製、純度>99.97%、粒径:100nm~300nm)を出発原料とした。
【0038】
それぞれの粉末を30MPaで一軸圧縮し、圧粉成型した。圧粉成型体を350MPaで10分間冷間等方圧加圧し、より緻密な圧粉成型体を得た。成型体を、大気中、1250℃、40時間無加圧焼結し、焼結体を得た。理論密度(6.09g/cm3)から相対焼結密度を求めたところ、8YCSZ焼結体および3YTZP焼結体の焼結密度はいずれも98%以上であり、空孔率は2%以下であった。
【0039】
8YCSZ焼結体および3YTZP焼結体から約2mm×1~2mm×25~30mmの棒状試験片を切り出した。切り出した棒状試験片をダイヤモンドペーストで鏡面研磨し、1μmのダイヤモンドペーストで仕上げ研磨した。棒状試験片を大気中、1100℃で30分間熱処理し、鏡面研磨によって生じた残留応力を除去した。
【0040】
このような棒状試験片を、走査型電子顕微鏡(SEM、株式会社日立ハイテク製、SU8000)を用いて観察し、粒径を算出した。観察結果を
図3に示す。
【0041】
図3は、8YCSZ焼結体のSEM像を示す図である。
【0042】
図3によれば、8YCSZ焼結体は、均一な粒度分布を持つ等軸結晶粒からなる微細構造を有した。細部に着目すると、100nm~200nmのナノサイズの残留気孔が粒界に見られたものの、空孔率も2%以下であった。3YTPZ焼結体も、結晶粒は小さいものの同様の微細孔を有した。粒径を算出したところ、8YCSZ焼結体および3YTZP焼結体の粒径は、それぞれ、0.8μmおよび0.35μmであった。粒径の算出は、SEM像から単位面積当たりの粒子数から算出した。詳細には、鏡面研磨した8YCSZ焼結体表面のSEM像より結晶粒の見かけの平均粒子径を測定し、これに計量形態学に基づき求められる1.225の係数を乗じた値を粒径として算出した。なお、平均粒子径は、任意に選んだ100個の粒子の短径を測長し、平均した値であった。
【0043】
図4は、棒状試験片に導入した亀裂損傷を示す模式図である。
図4に示すように、棒状試験片にビッカース圧子を用いて、荷重0.3kgf、1kgfおよび5kgfで種々の長さの微視亀裂を導入した。荷重0.3kgfによる亀裂損傷の長さL
0は、18μm~24μmの範囲であり、荷重1kgfによる亀裂損傷の長さL
0は、47μm~60μmの範囲であり、5kgfによる亀裂損傷の長さL
0は、150μm~172μmの範囲であった。このようにして8YCSZ焼結体からなる棒状試験片1~35と、3YTZP焼結体から棒状試験片36とを準備した。棒状試験片の両端に白金ペーストを塗布し、その上に白金線を巻回し、電源230(
図2)と接続し、炉220(
図2)に設定した。簡単のため、後述の例1~例36で用いた棒状試験片1~36を表1にまとめて示す。
【0044】
【0045】
[例1~例18]
赤外線加熱炉220を採用した
図2に示す装置200を用いて、8YCSZ焼結体からなる棒状試験片を大気中800℃に加熱した(
図1のステップS110)。昇温速度は100℃/分であった。800℃に到達すると、8YCSZ焼結体の臨界電圧値を超える電界を印加し、保持した(
図1のステップS120)。詳細には、表2に示すように、電界を印加し、電流を流した。また、このとき、300℃/分の昇温速度で表2に示す温度まで加熱し、表2に示す時間保持した。その後、電界、電流の印加および加熱をやめ、降温し、炉220から取り出した棒状試験片の亀裂損傷の変化をSEMを用いて調べた。結果を
図9~
図18および表3に示す。
【0046】
[例19~例35]
電界および電流の印加をしない以外は、例1~例18と同様に、8YCSZ焼結体からなる棒状試験片を加熱した。亀裂損傷の変化をSEMを用いて調べた。結果を
図16~
図18および表3に示す。
【0047】
[例36]
加熱炉220を採用した
図2に示す装置200を用いて、3YTZP焼結体からなる棒状試験片を大気中1000℃に加熱した(
図1のステップS110)。昇温速度は100℃/分であった。1000℃に到達すると、3YTZP焼結体の臨界電圧値を超える電界を印加し、保持した(
図1のステップS120)。このとき、50V/mの電界を印加し、600mA/mm
2の電流密度で電流を流し、1450℃で5分間保持した。亀裂損傷の変化をSEMを用いて調べた。結果を表3に示す。
【0048】
簡単のため、以上の例1~例36の亀裂修復の条件を表2にまとめて示す。
【0049】
【0050】
図5は、例6の棒状試験片の修復処理前の亀裂損傷の様子を示すSEM像である。
図6は、
図5の拡大図を示す図である。
図7は、例17の棒状試験片の修復処理前の亀裂損傷の様子を示すSEM像である。
図8は、
図7の拡大図を示す図である。
【0051】
図5は、荷重0.3kgfで形成された亀裂損傷を示し、
図7は、荷重5kgfで形成された亀裂損傷を示す。
図5および
図7によれば、棒状試験片の表面には、左右対称の四角錐状のくぼみが刻印されており、くぼみの四隅から亀裂損傷が発生していた。
図6および
図8によれば、例6および例17の棒状試験片は、それぞれ、24μmおよび153μmの長さの亀裂損傷を有した。その幅は100nm~1μm以下であり、深さは長さと同等の24μmおよび153μm程度であった。
【0052】
図9は、例6の棒状試験片に印加した電圧、電流および加熱温度の変化を示す図である。
図10は、例6および例17の棒状試験片に印加した電力の変化を示す図である。
【0053】
図9によれば、電圧を印加すると、電圧値が一旦上昇し、次いで電流値の急激な上昇に伴い、電圧値は急激に減少した。
図10(A)および(B)は、それぞれ、例6および例17の電力の変化を示すが、
図9の変化に伴い、いずれも、出力値が突然上昇しており、フラッシュ現象が生じたことが確認された。例1~例5、例7~例16、例18および例36も同様であった。
【0054】
図11は、例6の棒状試験片のフラッシュ現象前後の様子を示す図である。
【0055】
炉220の窓から例6の棒状試験片のフラッシュ現象前後の様子を観察した。
図11(A)は、電界を印加前の様子であり、
図11(B)は、電界を印加後の様子である。
図11(B)に示すように、通電状態を保持し、電界を印加すると、例6の棒状試験片は、全体にわたって明るく発光し、フラッシュ現象が生じたことが分かった。図示しないが、例1~例5、例7~例16、例18および例36も同様に発光することを確認した。
【0056】
これらから、表2に示す条件は、8YCSZ焼結体および3YTZPの臨界電圧値を超える条件であることが分かった。
【0057】
図12は、例6の棒状試験片の修復処理後の亀裂損傷の様子を示すSEM像である。
図13は、
図12の拡大図を示す図である。
図14は、例17の棒状試験片の修復処理後の亀裂損傷の様子を示すSEM像である。
図15は、
図14の拡大図を示す図である。
【0058】
図12および
図13と、
図5および
図6とを比較すると、本発明の修復処理により、修復材を用いることなく、亀裂損傷が短時間で完全に修復することが分かった。
図14および
図15と、
図7および
図8とを比較すると、本発明の修復処理により、亀裂長さが短くなり、損傷が修復することが分かった。
【0059】
【0060】
表3において、修復後の亀裂長さLは、SEM像から算出した修復処理後の亀裂損傷の長さであり、修復長さΔLは、修復前の亀裂損傷の長さL0と修復後の亀裂長さLとの差(L0-L)である。亀裂修復率(%)は{(L0-L)/L0}の百分率である。粒成長率(%)は、修復後の粒径を修復前の粒径で除した値の百分率である。
【0061】
図16は、修復率と修復時間との関係を示す図である。
図17は、修復長さと修復時間との関係を示す図である。
図18は、粒径と修復時間との関係を示す図である。
【0062】
図16によれば、フラッシュ現象を利用し、1230℃で修復した例4~例6と、フラッシュ現象を利用せず、同じ1230℃で修復した例22~例24とに着目すると、例4~例6の亀裂修復率は、例22~例24のそれの3倍以上であり、劇的に向上することが分かった。同様にフラッシュ現象を利用した例1~例3と、フラッシュ現象を利用しない例19~例21とに着目すると、例1~例3の亀裂修復率は、例19~例21のそれの2倍以上であり、向上した。
【0063】
表3によれば、いずれの条件においても、フラッシュ現象を利用することによって、亀裂修復率が向上することが示される。また、例36に着目すると、3YTZP焼結体においても、フラッシュ現象により短時間で亀裂修復することが分かった。このように、本発明の方法はジルコニアからなるセラミックス焼結体に適用できることが示された。
【0064】
図17によれば、フラッシュ現象を利用した例16~例18と、フラッシュ現象を利用しない例33~例35とに着目すると、いずれも亀裂修復の長さは、修復時間の増加に伴い増大するが、例16~例18の亀裂修復の長さは、劇的に増大し、フラッシュ現象により修復が促進することが示された。なお、亀裂損傷を100%修復するには、フラッシュ現象の保持時間(修復時間)を延ばせばよい。
【0065】
図18によれば、特に亀裂修復率の高い例4~例6に着目すると、最大200%まで粒成長することが分かった。このことから、セラミックス焼結体の粒成長が進む程、十分な物質移動を起こすまでフラッシュ現象を保持することが有効であることが示された。
【0066】
以上説明してきたように、セラミックス焼結体を300℃以上1200℃以下の温度範囲で加熱し、それにフラッシュ現象を生じさせる臨界電圧値を超える電界を印加し、通電状態を保持することによって、修復材を必要とすることなく、また、外部応力を必要とすることなく、自己治癒的に亀裂損傷が修復することが示された。
本発明のセラミックス焼結体の亀裂損傷を修復する方法は、第二相や異種元素等の修復材を必ずしも必要とせず、さらに短時間で自己治癒的に亀裂損傷を修復できるので、セラミックス焼結体の亀裂損傷の修復が求められている自動車、宇宙・航空、電子機器等のセラミックス部材への利用が可能である。