(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161497
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】ラビリンスシール
(51)【国際特許分類】
F16J 15/447 20060101AFI20221014BHJP
【FI】
F16J15/447
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021066367
(22)【出願日】2021-04-09
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【弁理士】
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100181124
【弁理士】
【氏名又は名称】沖田 壮男
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(72)【発明者】
【氏名】角銅 洋実
(72)【発明者】
【氏名】高田 仁志
【テーマコード(参考)】
3J042
【Fターム(参考)】
3J042AA03
3J042BA01
3J042CA01
3J042CA10
(57)【要約】
【課題】本発明は、シール性の高いラビリンスシールの提供を目的とする。
【解決手段】本発明に係るラビリンスシールは、静止部であるハウジングと回転部との間の間隙に前記回転部の回転中心軸と平行な方向に沿って複数整列形成される絞り片を備え、前記複数の絞り片の先端と前記回転部との間に縮流部を生成し、前記複数の絞り片の間の間隙に膨張室を生成するラビリンスシールであり、前記回転部の回転中心軸線方向に沿って前記ハウジングの一側に高圧領域が前記ハウジングの他側に低圧領域が前記間隙を介して配置され、前記高圧領域と前記低圧領域を仕切るラビリンスシールであって、前記絞り片の側壁に該絞り片の厚さ方向両側に隣接する高圧側膨張室と低圧側膨張室に開口する流量調整孔が1つ以上形成されたことを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
静止部であるハウジングと回転体との間の間隙に前記回転体の回転中心軸と平行な方向に沿って複数整列形成される絞り片を備え、前記複数の絞り片の先端と前記ハウジングとの間に縮流部を生成し、前記複数の絞り片の間の間隙に膨張室を生成するラビリンスシールであり、
前記回転体の回転中心軸線方向に沿って前記ハウジングの一側に高圧領域が前記ハウジングの他側に低圧領域が前記間隙を介して配置され、前記高圧領域と前記低圧領域を仕切るラビリンスシールであって、
前記絞り片に該絞り片の厚さ方向両側に隣接する高圧側膨張室と低圧側膨張室に開口する流量調整孔が1つ以上形成されたことを特徴とするラビリンスシール。
【請求項2】
前記絞り片の前記高圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の高圧側開口部と、前記絞り片の前記低圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の低圧側開口部との間に内部流路が形成され、該内部流路の延在方向が、前記回転体の回転方向に沿って前方側に前記低圧側開口部を、前記回転体の回転方向後方側に前記高圧側開口部を配置するように傾斜されたことを特徴とする請求項1に記載のラビリンスシール。
【請求項3】
前記絞り片の前記高圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の高圧側開口部と、前記絞り片の前記低圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の低圧側開口部との間に内部流路が形成され、該内部流路の延在方向が、前記絞り片の厚さ方向に沿って基端側から先端側にかけて傾斜されたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のラビリンスシール。
【請求項4】
前記流量調整孔における高圧側開口部の開口面積が前記流量調整孔における低圧側開口部の開口面積よりも小さくされたことを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のラビリンスシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラビリンスシールに関する。
【背景技術】
【0002】
ラビリンスシールは、従来、回転機械において回転部と静止部との間の間隙で生じる流体の漏洩を非接触で抑制する機構として用いられる。このようなラビリンスシールは、前記間隙に対し複数の絞り片により流体の流路を窄めて縮流部を形成し、縮流部を通過した流体を絞り片同士の間の空間で膨張させることで圧力損失を高めて流体の漏洩を抑止する。
ラビリンスシールには様々な形状例が存在するが、一般的に軸対象構造を形成している。
【0003】
例えば、以下の特許文献1に記載の技術では、ラビリンスシールにおいて、軸の振動に対し実質的に自由に浮動するエラストマー質の本体を設け、高圧室と低圧室の間においてこの浮動する本体によりガスの過度の漏れを制御した構造が開示されている。
また、以下の特許文献2に記載のように、上流縮流部と下流縮流部を特定の方向に変位させて配置し、膨張室に流入した流体の一部を出口絞り片の根元から先端に向けて、下流縮流部に案内する案内部を設けた構造が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7-71621号公報
【特許文献2】特開2018-21574号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この種のラビリンスシールは、非接触型のシールであり、回転体と静止体の間に一定の間隙を有するため、接触型のシールに比べシール性能に劣る問題がある。
従って、ラビリンスシールにあっては、より高い流体の漏洩抑制力が求められている状況にある。
【0006】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みなされたものであって、従来のラビリンスシールに比べ、流体漏れを著しく抑制できるようにシール性能を向上させたラビリンスシールの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決する手段として、以下の構成を有する。
(1)本形態に係るラビリンスシールは、静止部であるハウジングと回転体との間の間隙に前記回転体の回転中心軸と平行な方向に沿って複数整列形成される絞り片を備え、前記複数の絞り片の先端と前記ハウジングとの間に縮流部を生成し、前記複数の絞り片の間の間隙に膨張室を生成するラビリンスシールであり、前記回転体の回転軸線方向に沿って前記ハウジングの一側に高圧領域が前記ハウジングの他側に低圧領域が前記間隙を介して配置され、前記高圧領域と前記低圧領域を仕切るラビリンスシールであって、前記絞り片に該絞り片の厚さ方向両側に隣接する高圧側膨張室と低圧側膨張室に開口する流量調整孔が1つ以上形成されたことを特徴とする。
【0008】
本形態によれば、流量調整孔を設けたことにより、回転体の回転状態において、シール下流側の流体の一部に流量調整孔を介しシール上流側に逆流させる効果が得られる。
また、流量調整孔を設けたことにより、複数の絞り片によって間隙に区画される複数の膨張室の圧力損失を上昇させる効果が得られる。
これらの効果により、複数の膨張室における渦流の発生を抑制し、流体の流れを円滑にして間隙におけるシール性能を向上できる。
【0009】
(2)本発明に係るラビリンスシールにおいて、前記絞り片の前記高圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の高圧側開口部と、前記絞り片の前記低圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の低圧側開口部との間に内部流路が形成され、該内部流路の延在方向が、前記回転体の回転方向に沿って前方側に前記低圧側開口部を、前記回転体の回転方向後方側に前記高圧側開口部を配置するように傾斜されたことが好ましい。
【0010】
(3)本発明に係るラビリンスシールにおいて、前記絞り片の前記高圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の高圧側開口部と、前記絞り片の前記低圧側膨張室に連通する前記流量調整孔の低圧側開口部との間に内部流路が形成され、該内部流路の延在方向が、前記絞り片の厚さ方向に沿って基端側から先端側にかけて傾斜されたことが好ましい。
(4)本発明に係るラビリンスシールにおいて、前記流量調整孔における高圧側開口部の開口面積が前記流量調整孔における低圧側開口部の開口面積よりも小さくされたことが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、シール下流側の膨張室の流体の一部に流量調整孔を介しシール上流側の膨張室に逆流させる効果と、複数の絞り片によって区画される複数の膨張室の圧力損失を上昇させる効果により、流量調整孔を有しないラビリンスシールに比べ、回転体と静止部の間隙における良好なシール性能を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、ラビリンスシールの絞り片の構造について検証するためにシミュレーション解析に供した解析モデルの計算領域全景を示す説明図であり、ラビリンスシールを含むロータの回転に乗った回転系を想定した場合の解析モデルを示す説明図である。
【
図2B】
図2Bは、ラビリンスシールの絞り片に形成した流量調整孔の一具体例を示す説明図である。
【
図3】
図3は、解析モデルで用いた回転系による全体構造を想定した場合、絞り片の高圧側の側面を示す斜視図である。
【
図4】
図4は、解析モデルで用いた回転系による全体構造を想定した場合、絞り片の低圧側の側面を示す斜視図である。
【
図5】
図5は、解析モデルで用いた回転系における絞り片を平面状に展開した場合、絞り片の低圧側側面を示す斜視図である。
【
図6】
図6は、解析モデルで用いた回転系における絞り片の低圧側側面を示す斜視図である。
【
図7】
図7は、絞り片に流量調整孔を設けていない解析モデルについてシミュレーション解析した場合に得られた圧力分布について説明するための解析図である。
【
図8】
図8は、
図7に示す解析モデルにおいてロータの軸方向断面における流体の流速分布を求めた結果を示す解析図である。
【
図9】
図9は、絞り片に流量調整孔を設けた解析モデルについてシミュレーション解析した場合に得られた圧力分布について説明するための解析図である。
【
図10】
図10は、
図9に示す解析モデルにおいてロータの軸方向断面における流体の流速分布を求めた結果を示す解析図である。
【
図13】
図13は、シミュレーション解析に用いる解析モデルおいて圧力評価面と周方向流速の評価面を示す説明図である。
【
図14】
図14は、シミュレーション解析に用いる解析モデルおいてロータの軸方向流速の評価面と流量の評価面を示す説明図である。
【
図15】
図15は、ロータの回転数30000rpmの場合、各圧力評価面における平均圧力分布を示すグラフである。
【
図16】
図16は、ロータの回転数30000rpmの場合、各圧力評価面における流体の旋回速度分布を示すグラフである。
【
図17】
図17は、ロータの回転数30000rpmの場合、各圧力評価面における流体の軸方向速度分布を示すグラフである。
【
図18】
図18は、ロータの回転数30000rpmの場合、各圧力評価面における流体の全体流量を示すグラフである。
【
図19】
図19は、ロータの回転数30000rpmの場合、複数の膨張室と流量調整孔における流体の流出入状態の一例を示す説明図である。
【
図20】
図20は、ロータの回転数30000rpmの場合、絞り片上流側側面領域における流体の流れの一例を示す拡大図である。
【
図21】
図21は、絞り片に流量調整孔を設けていない解析モデルについてシミュレーション解析した場合に得られた、ロータの回転数0、10000、20000、30000rpmの各々の場合の流体の軸方向速度を対比して示すグラフである。
【
図22】
図22は、絞り片に流量調整孔を設けた解析モデルについてシミュレーション解析した場合に得られた、ロータの回転数0、10000、20000、30000rpmの各々の場合の流体の軸方向速度を対比して示すグラフである。
【
図23】
図23は、絞り片に流量調整孔を設けた解析モデルについてロータの回転数0rpmの場合のシミュレーション解析により得られた、複数の膨張室と流量調整孔における流体の流出入状態を示す説明図である。
【
図24】
図24は、絞り片に流量調整孔を設けた解析モデルについてロータの回転数0rpmの場合のシミュレーション解析により得られた、絞り片上流側側面領域における流体の流れを示す拡大図である。
【
図25】
図25は、絞り片に流量調整孔を設けていない解析モデルについてロータの回転数0rpmの場合のシミュレーション解析により得られた流体の旋回速度を示すグラフである。
【
図26】
図26は、絞り片に流量調整孔を設けていない解析モデルと流量調整孔を設けた解析モデルについて、ロータの回転数10000rpmの場合のシミュレーション解析により得られた流体の旋回速度を対比して示すグラフである。
【
図27】
図27は、絞り片に流量調整孔を設けていない解析モデルと流量調整孔を設けた解析モデルについて、ロータの回転数20000rpmの場合のシミュレーション解析により得られた流体の旋回速度を対比して示すグラフである。
【
図28】
図28は、ラビリンスシールの絞り片の構造について検証するためにシミュレーションソフトに与えた解析モデルの計算領域全景を示す説明図であり、ラビリンスシールを含むロータの回転に乗った回転系を想定し、絞り片に流量調整孔を設けていない場合の構造を示す説明図である。
【
図29】
図29は、
図28に示す解析モデルに対し全周換算で20個の流量調整孔を絞り片に設けた場合の試験モデルを示す説明図である。
【
図30】
図30は、
図28に示す解析モデルに対し全周換算で5個の流量調整孔を絞り片に設けた場合の試験モデルを示す説明図である。
【
図31】
図31は、
図28に示す解析モデルに対し全周換算で10個の流量調整孔を絞り片に設けた場合の試験モデルを示す説明図である。
【
図32】
図32は、
図28~
図31に示す4つの試験モデルに関し、ロータの回転数0、10000、20000、30000rpmの各々の場合において全周換算の漏れ流量を求めた結果を示すグラフである。
【
図33】
図33は、
図28~
図31に示す4つの試験モデルに関し、ロータの回転数30000rpmの各々の場合において流路内における圧力分布を求めた結果を示すグラフである。
【
図34】
図34は、
図28~
図31に示す4つの試験モデルに関し、ロータの回転数30000rpmの各々の場合において段間および上下流における流体の平均の旋回速度分布を求めた結果を示すグラフである。
【
図35】
図35は、絞り片に流量調整孔を設けていない試験モデルに関し、ロータの回転数30000rpmの場合において流体の上流側速度分布を求めた結果を示すグラフである。
【
図36】
図36は、絞り片に流量調整孔を設けていない試験モデルに関し、ロータの回転数30000rpmの場合において下流側の流体の速度分布を求めた結果を示すグラフである。
【
図37】
図37は、
図28~
図31に示す4つの試験モデルに関し、ロータの回転数30000rpmの場合においてロータとケーシングの間隙での流体の流量を示すグラフである。
【
図38】
図38は、
図28~
図31に示す4つの試験モデルに関し、ロータの回転数30000rpmの場合において流量調整孔を介する流体の流量を示すグラフである。
【
図39】ラビリンスシールのシール性に関し、ロータの回転数20000rpmの場合に得られるCd値を用い、シミュレーション解析結果と実測値を比較して示すグラフである。
【
図40】ラビリンスシールのシール性に関し、ロータの回転数20000rpmの場合に得られる正規化Cd値を用い、シミュレーション解析結果と実測値を比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
「第1実施形態」
以下、本発明の第1実施形態を挙げて本発明の詳細について説明するが、本発明は以下に説明する実施形態に制限されるものではない。
図1は、本発明の第1実施形態に係るラビリンスシールの構造について検証するためにCFD解析(数値流体力学解析)に供した解析モデルの計算領域全景を示す説明図であり、ラビリンスシールを含むロータの回転に乗った回転系を想定した場合の解析モデルを示している。
【0014】
図1において符号1は、ロータAの外周面の1/10周(36度)分の領域を示し、この外周面領域1を計算領域として適用したCDF解析(数値流体力学)に用いるシミュレーション解析を実施して流体の流れの解析を行った。
このシミュレーション解析には、SIMENS株式会社製STARCCM+の解析ソフトv14.04.013(v2019.2.1)を使用した。
ロータAの外周面領域1には、ロータAの回転中心軸と平行な方向に沿うように突条型の絞り片2が複数形成されていると仮定する。各絞り片2はロータの中心軸と平行な方向に所定の間隔をあけて配列されていると仮定する。
【0015】
ロータAの周囲にはロータAの周面に対し一定の間隙を介してロータの外周面を取り囲む固定されたハウジング(ケーシング)が存在すると仮定し、このハウジング内でロータAが中心軸周りに回転すると仮定する。即ち、絞り片を複数備えるロータAの回転に乗った回転系で計算し、定常解析を行う。
ロータAの外周面とハウジングの内周面との間には間隙(クリアランス)が形成されるが、この間隙において、ロータAの外周面の絞り片2の先端とハウジングの内周面との間には微細な間隙に相当する縮流部d(
図2A参照)が形成されると仮定する。ロータAの回転中心軸と平行な方向に隣接する2つの絞り片2の間には、隣接する絞り片2とロータAの外周面とハウジングの内周面とに囲まれる膨張室Bが形成されると仮定する。
【0016】
ハウジング内にロータAが収容され、ロータAが回転される場合、ロータAの中心軸の延長方向一側にはハウジングの一側として、高圧の流体が存在する高圧領域Hが設けられ、ロータAの中心軸の延長方向他側にはハウジングの他側として、低圧の流体が存在する低圧領域Lが設けられると仮定する。上流境界は圧力もしくは流量条件、下流境界は圧力条件を与える。
適用する流体は温度78Kの液体窒素を想定し、密度(839.06Kg/m3)、粘性係数(2.211×10-4Pas)、比熱(2021.5J/Kg/K)、熱伝導率(0.15977W/m/K)を固定値として与えた。
【0017】
前述のように、ロータAの外周面に複数の絞り片2が形成され、ロータAの中心軸延長方向の一側が高圧領域H、ロータAの中心軸延長方向の他側が低圧領域Lとされる。このため、各絞り片2の厚さ方向一側に隣接して絞り片2、2間に高圧側膨張室が生成され、各絞り片2の厚さ方向他側に隣接して絞り片2、2間に低圧側膨張室が生成されると仮定する。
各絞り片2の側面に、該絞り片2の厚さ方向両側に隣接する高圧側膨張室と低圧側膨張室に連通する流量調整孔3が形成されていると仮定する。この流量調整孔3は絞り片2の厚さ方向一側に隣接する高圧側膨張室に開口する開口部3Aを有し、絞り片2の厚さ方向他側に隣接する低圧側膨張室に開口する開口部3Bを有し、高圧側膨張室への開口部と低圧側膨張室への開口部の間に内部流路が形成されていると仮定する。開口部3Aについては、
図2等に例示するようにダイヤマーク形状に設定している。開口部3A、3Bの開口面積と形成位置については、後に
図29を元に説明するL2モデルの形状を採用した。
内部流路を考慮した解析モデルのメッシュM(
図2Aに例示)の数は、約300万と設定した。ソルバーはSTARCCM+、乱流モデルはRealizable k-εモデルを用いた。なお、
図2Aに示すメッシュMの上端位置にハウジングの内周面が存在するので、絞り片2の上面とメッシュMの上端位置との間に形成される間隙が縮流部dを示している。
開口部3A、3Bの形成位置については、
図2Bを元に後に説明する左辺部8cの傾きにより設定する。
図2Bに示す左辺部8cと底辺部8aのなす角度は
図29に示すようにL2モデルでは0°に設定する。なお、後述するL4モデル(
図31参照)では左辺部8cと底辺部8aのなす角度を5°に設定している。この角度が小さくなると、ロータの製作が困難になるため、実際に試作し実験に用いたL4モデルではL2モデルに対し角度を大きくした。なお、内部流路の延在方向は、直線トンネル形状としている。また、
図2Aに示すように開口部3Bの形状は全て同一形状である。
【0018】
図1、
図2Aに示す解析モデルを適用した回転系をロータとして具体化した構成の一例を
図2B、
図3、
図4に示す。
このロータ4は、リング盤状のロータ本体5の外周面全周に沿って複数(
図3、
図4では5個)の絞り片6が形成されている。絞り片6は、ロータ本体5の外周面5aから外方に突出するように形成されたリング状の突条である。絞り片6は、いずれも一定の突出高さを有し、一定の厚さを有する。複数の絞り片6は、
図3、
図4に示すようにロータ本体5の回転中心軸線Oと平行な方向に所定の間隔をあけてロータ本体5の外周面に配列されている。
図3は、絞り片6において高圧側に向く側面6aを視認できようにロータ本体5を斜め方向から見た斜視図である。
図4は、絞り片6において低圧側に向く側面6bを視認できようにロータ本体5を斜め方向から見た斜視図である。
【0019】
図3に示すように絞り片6の高圧側の側面には、各々の周回りに所定の間隔で高圧側に開口する高圧側開口部7が形成されている。
図4に示すように、絞り片6の低圧側の側面6bには、各々の周回りに所定の間隔で低圧側に開口する低圧側開口部8が形成されている。絞り片6の周方向に高圧側開口部7または低圧側開口部8が形成されている個数は特に制限はないが、例えば、5個~40個程度、より具体的には、5個~20個程度設けることができる。後述する如く高圧側開口部7から流体を高圧側膨張室に吐出させる関係から、高圧側開口部7の開口面積が重要である。高圧側開口部7の開口面積が、大きくなり過ぎると、ラビリンスシールとしての流体の漏れが多くなる。20個程度の高圧側開口部7を設けたとして、絞り片6の側面の全面積に対し開口率は7.5%程度と計算できる。なお、開口率が高すぎて有効性がなくなる開口率は20%程度と考えられ、20%以下においてできるだけ低い開口率を維持することが望ましい。
【0020】
図3に示すように高圧側開口部7は小さな楕円型に形成され、
図4に示すように低圧側開口部8は、高圧側開口部7より開口面積の大きい逆台形状に形成されている。低圧側開口部8は
図2Bに拡大して示すようにロータ本体5の回転方向に沿う横長の逆台形状に形成され、絞り片6の低圧側側面6bの基端部においてロータ本体5の外周面5aに沿うように開口されている。ここで示した高圧側開口部7と低圧側開口部8の形状は特に制限はない。
【0021】
図5は、ロータ本体5に形成されている絞り片6をロータの外周面5aとともに平面状に展開した場合、高圧側の絞り片6の低圧側側面を示す斜視図である。
図6は、ロータ本体5に形成されている絞り片6をロータ本体5の外周面5aとともに平面状に展開した場合、低圧側の絞り片6の低圧側側面を示す斜視図である。
図5に示すように最も高圧側に位置する最高圧側の絞り片6には高圧側開口部7、低圧側開口部8などは形成されていない状態で先に説明したシミュレーション解析を行う。
図6に示すように最も低圧側に位置する最低圧側の絞り片6には高圧側開口部7、低圧側開口部8などは形成されていない状態で先に説明したシミュレーション解析を行う。
【0022】
低圧側開口部8は、
図2Bに示すようにロータ本体5の外周面5aに沿う底辺部8aと、底辺部8aの右端からほぼ90°の角度で立ち上がる右辺部8bと、底辺部8aの左端から90°より低い角度で斜め左方向に立ち上がる左辺部8cを有する。更に、低圧側開口部8は、左辺部8cの上端から前記底辺部8aに対しほぼ90°の角度で延出する延長部8dと、前記右辺部8bの上端と延長部8dの上端を結ぶ上辺部8eを有し、全体として側面視逆台形状に形成されている。
【0023】
絞り片6に形成されている高圧側開口部7と低圧側開口部8の間には、
図2Bに拡大して鎖線で示す立体形状の内部流路9が形成されている。内部流路9の内部高さは、絞り片6の高さ方向(突出方向)において低圧側開口部8の高さよりも若干高い。内部流路9の上部側の横幅は低圧側開口部8の横幅よりも若干横長に形成されている。
【0024】
図2Bにおいて内部流路9の上部奥側(
図2Bに示す回転方向と反対側の上部)は、
図2Bに示す低圧側開口部8の左端上部側(
図2Bに示す回転方向と反対側の上端部)より若干奥側まで延在されている。
図2Bにおいて内部流路9の上部奥側には絞り片6の高圧側開口部7に連通する連通路10が絞り片6の厚さ方向に形成されている。絞り片6の高圧側開口部7と低圧側開口部8は、絞り片6の内部に形成されている内部流路9と連通路10を介し連通されている。
本実施形態において、連通路10は内部流路9の一部を構成しており、連通路10を有する分、内部流路9は低圧側開口部8より若干横長に形成されている。
【0025】
以上説明のように絞り片6には、絞り片6の低圧側側面6bと高圧側側面6aに開口し、高圧側開口部7と低圧側開口部8と内部流路9からなる流量調整孔11が形成されている。
絞り片6を有するロータ4は、ハウジングの内面との間に一定の間隙を有しながら回転し、ラビリンスシールを構成する。
ロータ4とハウジングの内面との間に形成されている間隙について、ロータ4の回転中心軸延長方向の一側には高圧側領域が配置され、ロータ4の回転中心軸延長方向の他側には低圧側領域が配置される。また、ロータ4の回転中心軸に平行な方向に沿って複数の絞り片6が配置されているので、上述の間隙は、ロータ4の回転中心軸に平行な方向に沿って隣接する絞り片6、6に挟まれる領域に相当する複数の膨張室12に仕切られている。また、絞り片6の外周端とハウジングの内周面との間に、膨張室12に連通する縮流部13(
図2B参照)が形成される。
ロータ4の回転中心軸Oの延長方向一側が高圧領域、他側が低圧領域とされるので、ロータ4とハウジングの内面の間隙に形成されるラビリンスシールは、高圧領域と低圧領域を仕切るシールであると説明できる。
【0026】
図2Bに示す内部流路9の形状は特殊な形状を有しているが、内部流路9において重要なことは、ロータ4の回転により低圧側開口部8周りの流体を内部流路9側に吸入し、高圧側開口部7から突出できるようなポンプ機能を有することである。
このため、流量調整孔11の高圧側開口部7と、流量調整孔11の低圧側開口部8を連通する内部流路9が形成され、内部流路9の延在方向が、ロータ(回転体)5の回転方向に沿って前方側に低圧側開口部8を有し、回転方向後方側に高圧側開口部7を有するように傾斜している点に特徴を有する。
また、内部流路9の延在方向が、絞り片6の基端側から先端側にかけて傾斜している点に特徴を有する。
以上の条件を満足するならば、内部流路9の形状は問わない。例えば、高圧側開口部7と内部流路9と低圧側開口部8の形状がラッパ状や漏斗状などの種々の形状であっても良い。
【0027】
図2Bに示す流量調整孔11を設けた絞り片2を備えたロータ4をハウジングの内部に収容し、ロータ4を回転させた場合、ロータ4とハウジングの間の間隙における流体の流れを解析するために、
図1と
図2に示す解析モデルと前述の解析条件の基、CFD解析を行った。
なお、前述の間隙において、ロータ4の回転中心軸と平行な方向に膨張室と縮流部が交互に配置されるので、以下の説明において、膨張室と縮流部が交互に配置された領域をラビリンスと呼称して説明することがある。また、高圧側から低圧側に向かい、ロータ4の回転中心軸と平行な方向に膨張室と縮流部とが交互に配置されるので、最高圧側から順次1段目の膨張室、2段目の膨張室、3段目の膨張室などのように膨張室の順番について「段」を用いて説明することがある。
【0028】
図2Bに示す流量調整孔11を設けていない孔なしの絞り片を備えたロータをハウジングの内部に収容し、ロータを回転させた場合、ロータとハウジングの間の間隙における流体の流れを解析するために、
図1と
図2に示す解析モデルと前述の解析条件の基、CFD解析を行った。この解析では、入口圧力境界1MPa、出口圧力境界0.1MPaに設定している。その結果を
図7と
図8に示す。
図7は、ロータ表面の圧力分布を示している。
図8はロータの軸方向断面における速度分布を示す。以下、解析結果を示す各図において、便宜的に膨張室を符号12で示し、縮流部を符号13で示すことがある。
【0029】
図7に示すように、流量調整孔3を設けていない、通常ラビリンスの圧力分布は周方向には均一で、各段の膨張室12内部は遠心力により外側ほど圧力が高くなっている。
また、
図8に示す軸方向断面内においては、複数の膨張室12において生じる縦渦による局所的な圧力分布が観察された。
流量調整孔3を設けていない、通常ラビリンスでは、
図8に示すように膨張室12において強い縦渦が外側と内側に2つ生じており、いずれの膨張室でも同様の速度分布となっている。
【0030】
図2Bに示す流量調整孔11を設けた絞り片を備えたロータをハウジングの内部に収容し、ロータを回転させた場合、ロータとハウジングの間の間隙における流体の流れを解析するために、
図1と
図2に示す解析モデルと前述の解析条件の基、CFD解析を行った。
この解析では、入口圧力境界1MPa、出口圧力境界0.1MPaに設定し、1/10周分の領域を計算している。この解析では、
図9に示すように流量調整孔について、ロータの回転軸方向に絞り片2の周方向に流量調整孔11を設けた条件で解析した。
その結果を
図9と
図10に示す。
図9は、ロータ表面の圧力分布を示している。
図10はロータの軸方向断面における速度分布を示す。
なお、
図9は全周で20個の調整孔を有するL2モデル(
図29参照)の解析結果を示している。このため、
図9に示されている解析領域において調整孔は周周りに2つ存在している。
【0031】
流量調整孔3を設けた絞り片を備えたラビリンスでは、各段の絞り片の下流側に空いた流量調整孔の開口部より流体が入り、上流側の面に空いた開口部から流体が抜ける流れが生じるため、膨張室内部の流れが、通常ラビリンスを設けた
図8に比較して異なるため、内部の圧力分布も異なる。流量調整孔3を備えたラビリンスでは、
図10に示すように絞り片の内部流路への流体の流れ込みにより、通常ラビリンスで観察される縦渦構造は弱くなっている。
【0032】
図8に示す結果のうち、高圧側から3段目と4段目の膨張室12における速度分布の拡大図を
図11に示し、
図10に示す結果のうち、高圧側から3段目と4段目の膨張室における速度分布の拡大図を
図12に示す。
図11に示すように通常ラビリンスでは、縦渦及びそれに伴う圧力低下が観察されたが、
図12に示すように流量調整孔3を備えたラビリンスでは、外側に縦渦構造が観察されるが、内側では観察されず、内部流路への流体の流れ込みを確認できた。
【0033】
図13は、流量調整孔3を設けた絞り片を5つ配列させたシミュレーション解析において、圧力および周方向流速を測定するための入口面、評価面1、評価面2、評価面3、評価面4、出口面をそれぞれ設定した位置を示している。
入口面は、上流側から1段目の絞り片の手前側に充分離間した位置において、絞り片の上流側面と平行な面を設定した。評価面1~評価面4は2段目~5段目までの絞り片の各々の上流側の面を設定した。出口面は5段目の絞り片から充分離間した位置において前述の各評価面と平行な面を設定した。
【0034】
図14は、流量調整孔3を設けた絞り片を5つ配列させたシミュレーション解析において、軸方向流速および流量を評価するための評価面5、評価面6、評価面7、評価面8、評価面9をそれぞれ設定した位置を示している。1段目の絞り片の上流側の外周縁領域を評価面5、2段目の絞り片の上流側の外周縁領域を評価面6、3段目の絞り片の上流側の外周縁領域を評価面7、4段目の絞り片の上流側の外周縁領域を評価面8、5段目の絞り片の上流側の外周縁領域を評価面9に設定した。
図13と
図14に示すいずれのシミュレーション解析条件においても、絞り片2の上流側の半径方向27.5mmの位置に0.07mm
2の大きさの開口部を設け、絞り片の下流側の半径方向54mmの位置に3.49mm
2の大きさの開口部を設け、両開口部間を直線的なトンネル形状の内部流路で連結した流量調整孔を20(全周換算)個設けた条件で解析した。
【0035】
図15は、ロータの回転数を30000rpmに設定し、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに備えた場合と、流量調整孔を設けていない絞り片をロータに備えた場合の圧力分布の解析結果を比較して示すグラフである。これらの解析において、上下流での圧力境界条件を同じにしているので、絞り片の内部流路の有無で全体の圧力降下は同等である。
【0036】
図15に示すように各膨張室における段間の圧力は、内部流路の無い絞り片を適用したラビリンスでは1段目における圧力降下が最も大きく(全体の約45%)なる。内部流路を設けた絞り片を適用したラビリンスにおいても1段目の圧力降下が最も大きいが、他の段との差は小さく、各膨張室において均等に近い圧力降下となる。
図16は、ロータの回転数を30000rpmに設定し、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに備えた場合と、流量調整孔を設けていない絞り片をロータに備えた場合の旋回速度の解析結果を比較して示すグラフである。
膨張室の段間における旋回速度(評価面における平均)は、下流ほど大きくなる傾向は両方に観察されるが、内部流路を設けた絞り片を備える方が速度の絶対値は若干小さくなる傾向が見られた。
【0037】
図17は、ロータの回転数を30000rpmに設定し、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに備えた場合と、流量調整孔を設けていない絞り片をロータに備えた場合において、絞り片とハウジングの隙間における流体の軸方向速度をシミュレーション解析した結果を比較して示すグラフである。
絞り片とケーシングの隙間における流体の軸方向速度は、絞り片に内部流路がある構成のラビリンスは、内部流路のないラビリンスに比べて、約30%程度小さくなった。
【0038】
図18は、ロータの回転数を30000rpmに設定し、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに備えた場合と、流量調整孔を設けていない絞り片をロータに備えた場合において、全体流量をシミュレーション解析した結果を比較して示すグラフである。
図18に示すように、全体の流量も対応し、ロータの回転数30000rpmの場合、内部流路ありの絞り片を用いたラビリンスの方が、内部流路を設けていない絞り片を用いたラビリンスより30%程度全体流量が低下している。
【0039】
図19と
図20は、ロータの回転数を30000rpmに設定し、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに備えた場合に、絞り片の内部流路に流体が出入している状態をシミュレーション解析した結果を示す。
図19は各段の膨張室において絞り片下流側側面を視認できる角度で流体の速度分布を示した結果を示し、
図20は各段の膨張室において絞り片上流側側面を視認できる角度で流体の速度分布を示した結果を示すグラフである。
【0040】
図19に示すように、絞り片下流側側面に開口している流量調整孔の開口部に対し、膨張室から流体が流入するか、流量調整孔の開口部から膨張室内に流体が流出している状態を確認することができた。
図20に示すように、絞り片上流側側面に開口している流量調整孔の開口部に対し、膨張室から流体が流入するか、流量調整孔の開口部から膨張室内に流体が流出している状態を確認することができた。
【0041】
図19と
図20に示す結果から、流量調整孔を設けた絞り片を整列形成したロータをハウジング内で回転させ、ラビリンスシールを構成した場合、以下の現象を生じることが分かった。即ち、上流側の膨張室から下流側の膨張室に、順次、絞り片外周側の縮径部を介し流体が流れる流路の他に、流量調整孔を介し隣接する膨張室間で流体の出入を行う流れを生じることが明らかとなった。
【0042】
図21と
図22は、高圧側(上流側)から低圧側(下流側)に、19個の絞り片を整列形成したロータの場合、15段目の絞り片から19段目の絞り片までの領域における流体の軸方向速度をシミュレーション解析により求めた結果を示す。
図21は、流量調整孔を設けていない絞り片を備えたロータを適用した場合を示し、
図22は、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに適用した場合を示す。
【0043】
図21と
図22において、軸方向速度の実線は絞り片外周とハウジングの間の間隙(縮流部:クリアランス)における軸方向流速を示し、点線は流量と間隙面積(クリアランス面積)から推算した流速を示す。
図21と
図22に示す結果は、ロータの回転数を0rpm、10000rpm、20000rpm、30000rpmの何れかに設定した4つのケースを想定し、シミュレーション解析している。
図21に示すように、流量調整孔を設けていない絞り片を備えた通常のラビリンスにおいて、クリアランスにおける流速は、流量から推算の流速とほぼ一致している。
【0044】
これに対し、内部流路有りの絞り片を備えたロータの場合、
図22のグラフにおける点線は入口流量がクリアランスにのみ流れたと想定した場合の流速を示しているので、実線との差分は、絞り片の内部流路を通過する流量に依存する差である。
図22に示すように、内部流路を備えた絞り片を備えたロータの場合は、回転数が小さいほどクリアランスの流速は流量から想定される流速よりも小さくなっているが、これは内部流路を通過して下流方向に流れる流量分が存在していることを示している。
図22に示すように、回転数が30000rpmの場合は、実線の方が破線よりも大きくなっているので、この差は絞り片の内部流路を通過して上流側に逆流している分が大きいため、と予測される。
【0045】
図23と
図24は、ロータの回転数を0rpmに設定し、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに備えた場合に、絞り片の内部流路に流体が出入している状態をシミュレーション解析した結果を示す。
図23は各段の膨張室において絞り片下流側側面を視認できる角度で流体の速度分布を示した結果を示し、
図24は各段の膨張室において絞り片上流側側面を視認できる角度で流体の速度分布を示した結果を示すグラフである。
【0046】
図23と
図24に示すように、ロータの回転数が0rpmの場合であっても、ロータの回転軸線の延長方向の一側(
図23と
図24において左側)は高圧領域であり、他側(
図23と
図24において右側)は低圧領域であるため、流体の流動が発生する。
【0047】
図23と
図24に示す流体の速度分布から分かるように、ロータが回転していない状態であっても、流量調整孔を介し隣接する膨張室間で流体の出入を行う流れを生じることが明らかとなった。
このことは、ラビリンス全体として考えると、高圧領域から低圧領域にかけて、絞り片とハウジングの間に生じる間隙(クリアランス)に加え、流量調整孔を追加して設け、高圧領域から低圧領域に向かって流体が流動するための流路断面積を大きくしているにも拘わらず、シール性が向上していることを意味する。高圧領域と低圧領域を結ぶ流路の断面積を大きくしているにも拘わらず、高圧領域から低圧領域への流体の漏れ量を削減できるところに本発明構造は大きな特徴を有する。
【0048】
ここまでのシミュレーション解析結果から、絞り片に内部流路があると、内部流路を通過して絞り片の上流側と下流側の間の流体の移動が発生することがわかった。また、上流側の圧力が高いので、内部流路を通過する流体は上流側から下流側への流れが主となるが、回転数が大きい(30000rpm)場合は、上流側への流体の移動が起こっていると推測できる。
【0049】
上流側と下流側の圧力差が同じ場合の解析条件では、内部流路を有しない絞り片を備えたロータを適用したラビリンスの方が、内部流路を有しない絞り片を備えたロータを適用した通常のラビリンスよりも、漏れ流量は小さくなる。また、ロータの回転数に関し、回転数が大きいほど漏れ流量が小さくなることもわかった。
また、内部流路のあるラビリンスが通常ラビリンスよりも漏れ流量が少なくなるのは、内部流路を通過して下流側から上流側へ流体が流れることよりも、流路が複雑になることによる圧損の増大が要因としては大きいとも考えられるが、ロータが高速で回転する場合は、内部流路による流体輸送の効果も期待できると考えられる。
【0050】
次に、絞り片に内部流路を設けた場合と設けていない場合について、前述したシミュレーション解析により、旋回速度の違いについて解析した。
図25は、高圧側(上流側)から低圧側(下流側)に、14個の絞り片を整列形成したロータの場合、入口側絞り片、11段目の絞り片~14段目の絞り片、出口側絞り片までの各領域における流体の旋回速度をシミュレーション解析により求めた結果を示す。
【0051】
図25は、流量調整孔を設けていない絞り片を備えたロータを適用した場合と、流量調整孔を20個設けた絞り片をロータに適用した場合を比較して示す。
図26は、ロータの回転数を10000rpmに設定した場合の各位置の絞り片毎の旋回速度を示し、
図27は、ロータの回転数を20000rpmに設定した場合の各位置の絞り片毎の旋回速度を示し、先に示した
図16は、ロータの回転数を30000rpmに設定した場合の各位置の絞り片毎の旋回速度を示す。
【0052】
図25に示すように、ロータの回転が無い場合、内部流路を設けていない構成では基本的に旋回流れは生じないが、内部流路を絞り片に設けたロータを備えたラビリンスでは、流体はロータの回転方向と同じ向きの旋回流れとなる。これは、内部流路がロータの旋回方向に空いているので、絞り片の上流側開口部から流入した流体が絞り片の下流側開口部から流出する際に旋回速度成分を持つからと考えられる。
【0053】
図26、
図27、
図16に示すようにロータの回転数が高くなると、絞り片に内部流路あり、なしともに、ロータの回転により流体は旋回速度を持つが、10000rpmでは内部流路あり、の構成の方が若干旋回成分は大きくなり、20000rpmではほぼ同等、30000rpmでは内部流路ありの構成の方が旋回成分は若干小さくなっている。
このことから、ロータの回転数が低い場合は圧力差によって、流体が絞り片の内部流路内を上流側から下流側に向かって流れるために、旋回速度が加速される傾向となる。ところが、ロータの回転数が大きくなると、内部流路を下流側から上流側に流れる流体の影響で旋回速度が小さくなる効果を生じていると考えられる。
【0054】
図28は、先に
図1に基づきシミュレーション解析の基本条件について説明した場合と同様に、シミュレーションソフトに与えた解析モデルの計算領域全景を示す説明図である。
図28は、絞り片に内部流路を設けていないロータの場合の外周面の1/10周(36度)分の領域を示す。
この領域を基本とし、ロータ外周の絞り片に対し内部流路を全周換算で20個設けた場合の計算領域全景(1/10周)を
図29に示し、ロータ外周の絞り片に対し内部流路を全周換算で5個設けた場合の計算領域全景(1/5周)を
図30に示し、ロータ外周の絞り片に対し内部流路を全周換算で10個設けた場合の計算領域全景(1/5周)を
図31に示す。
【0055】
図29~
図31に示す各シミュレーション解析モデルにおける、全周換算の漏れ流量についてシミュレーション解析を行った結果を
図32に示す。
内部流路のない絞り片を備えたロータを備えたモデル(L1モデル:
図28参照)は、他の内部流路を設けたモデル(L2モデル:
図29、L3モデル:
図30、L4モデル:
図31)に比較して明らかに漏れ流量は大きくなっている。
内部流路のある絞り片を備えたロータを具備するモデル間での差は小さいが、回転数が大きいほどその差は小さくなる。解析モデル(L2:
図29)は回転数が小さいほど他の解析モデル(L3モデル、L4モデル)よりも漏れ流量は大きくなる傾向を示している。
いずれの解析モデルにおいても回転数が大きいほど漏れ流量は小さくなる。
CFD解析では、絞り片内に内部流路を設けることによって、明らかに漏れ流量を小さくできることを示している。
【0056】
図29~
図31に示す各シミュレーション解析モデルに対し、ロータ回転数を30000rpmに設定した場合、内部流路における圧力分布についてシミュレーション解析を行った結果を
図33に示す。圧力評価面は前述の通りとした。
内部流路の無いモデル(L1モデル:
図28)では、1段目の絞り片における圧損が全体の圧損の約半分程度となり、下流の段ではほぼ均等な圧損となった。
【0057】
絞り片に内部流路を設けたロータを備えた解析モデルでは、1段目の絞り片では若干大きな圧損となるが下流側の圧損と大きな差は見られず、下流側に向かって絞り片ごとに、ほぼ均等な圧力降下を示した。
図33に示すように、解析モデル(L3モデル、L4モデル)は
図30、
図31に示す通り、1段目の絞り片に内部流路を設けていないが、1段目の絞り片から内部流路のある解析モデル(L2モデル:
図29)と同様の圧力分布を示している。
【0058】
図29~
図31に示す各シミュレーション解析モデルに対し、ロータ回転数を30000rpmに設定した場合、段間および上下流における平均の旋回速度分布についてシミュレーション解析を行った結果を
図34に示す。速度評価面は前述の通りとした。
図34に示すように、いずれの解析モデルにおいても1段目の絞り片を超えたときに大きな旋回速度を得、その後は絞り片を超える毎に若干の旋回速度の増となった。なお、解析モデルによって増加の程度は異なった。また、最後の段間でどのモデルにおいても同等の旋回速度となった。
【0059】
内部流路のない絞り片を備えたロータを適用した解析モデル(L1:
図28)は、流路中間での旋回速度は最も大きくなっている。これはL1モデルではすべての流体がクリアランスを通過するため、ロータ最外部の周速の最も大きなところの影響を受けるためと考えられる。
この点、内部流路を設けた絞り片があると、上流側から内部流路に流れ込んだ流体が下流側の膨張室の内側に流れ込んだ流体の流れを乱すことによって、旋回速度成分を弱めた効果に繋がっていると考えられる。
【0060】
図34において、上流側(inlet)と下流側(outlet)において、解析モデル毎に平均旋回流速が異なる、これは、これらの領域で流体の流れ方向での循環流が生じており、解析モデルによって循環流の大きさ、強さが異なるため、評価面での平均旋回速度の違いとなっていると考えられる。
図35は、
図28に示す解析モデル(L1モデル)の上流側の速度ベクトルを示し、
図36は、
図28に示す解析モデル(L1モデル)の下流側の速度ベクトルを示している。各図に示した縦線は評価面の位置を示す。
【0061】
図37は、
図29~
図31に示す各シミュレーション解析モデルに対し、ロータ回転数を30000rpmに設定した場合、各段の絞り片におけるロータとハウジングの間隙(クリアランス)における流体の流量を示す。
内部流路の無いモデル(L1モデル:
図28)では、すべての流体が間隙(クリアランス)を通過するので、どの間隙位置でも流速は等しくなり、また前述のように内部流路を絞り片に設けた解析モデルよりも流量自体が大きいので、他の解析モデルよりも大きな流量を示している。
【0062】
内部流路を絞り片に設けたモデル(L2モデル:
図29、L3モデル:
図30、L4モデル:
図31)は各段で変化している。
図37中の破線は全体流量(
図32の30000rpmのところにプロットされた値)を示している。中間領域において全体流量よりも間隙流量(クリアランス流量)が特にL3モデルとL4モデルにおいて小さくなっている。逆に、最終段においては全体流量よりも間隙流量が大きくなっている。
【0063】
図38は、
図29~
図31に示す各シミュレーション解析モデルに対し、ロータ回転数を30000rpmに設定した場合、各段の絞り片の内部流路を流れる流体の流量を示す。
L1モデルは内部流路が存在しないので0となっている。また、L3モデル、L4モデルは、第1段の絞り片には、内部流路がないので、0となっている。
L3モデル、L4モデルは、流路中間において正の流量となっており、これは内部流路を通過して下流側に流れている流量を示している。これは、
図37においてクリアランス流量が全体流量に対して少なくなっていることに対応している。
【0064】
L2モデルの流路中間では、極微少の流れとなっている(中段の絞り片Pl7では極微小の負の流れとなっている)。
いずれの解析モデルにおいても、最後の段の内部流路流量は明らかに負になっている。これは内部流路を通過して上流側に流れていることを示している。下流の段では圧力差が小さくなるので、回転の効果によって流路内部を逆流したものと考えられる。その分、クリアランス流量が増大していることが
図37から分かる。
【0065】
以上説明した如く、本発明に係るラビリンスシールによれば、絞り片に絞り片の上流側と下流側を連結する内部流路を設けることで、ラビリンスシールとして、全体の漏れ流量を3割程度減少させることができるとCFD解析で例示できた。
絞り片を複数段設けた構造において、1段目の圧損は内部流路を設けていない解析モデルの方が大きいが、2段目以降では内部流路ありの解析モデルの方が段毎の圧損は大きくなる。絞り片とハウジングの間の間隙(クリアランス)を通過する流体の流量は、内部流路内の方が大きいので、内部流路を通過することによる圧損が段毎の圧損を決めていると考えられる。
【0066】
次に、CFD解析で例示した構造をラビリンスシールの実際の構造に適用した場合、全体の漏れ流量を減少できる構造を実現できた例について説明する。
図39は、ラビリンスシールのシール性に関し、ロータの回転数20000rpmの場合に得られるCd値を用い、シミュレーション解析結果と実測値を比較して示すグラフである。
Cd値とは、オリフィス流れにおける流出係数(JIS Z8762)であり、差圧と流量の関係を示す。
上述のCFD解析では、ロータの回転数20000rpmの場合、解析により得られたシール流量からCd値算出を行うことにより、
図39に示すCd値が得られる。
図39に示す実測値は、上流圧0.5MPa、回転数20000rpmの条件で、
図31に示したL4モデルにより得られたCd値である。Cd値は以下の関係式で算出することができる。
Cd=(質量流量)/(開口面積)/(2×流体密度×差圧)
0.5)
なお、開口面積は絞り片6の隙間のみを考慮しており、流量調整孔の開口面積は考慮していない。
【0067】
図39に示すように、ロータの回転数20000rpmの場合、Cd値の比較から、上述のCFD解析によるシミュレーション解析結果と実機による測定結果は良好な一致性が見られた。
この結果から、上述のように実施してCFD解析により得られた結果は、実機においても同等の結果が得られると推定できる。
【0068】
図40は、ラビリンスシールのシール性に関し、ロータの回転数20000rpmの場合に得られる正規化Cd値を用い、シミュレーション解析結果と実測値を比較して示すグラフである。
正規化Cd値とは、(通常ラビリンスシールのCd値で割り戻すことで、通常ラビリンスシールCd値に対して正規化したCd値(通常ラビリンスシールCd値に対する割合)を示す。
上述のCFD解析では、ロータの回転数20000rpmの場合、(
図39のCd値に対して、通常ラビリンスシールのCd値で割り戻す計算)を行うことにより、
図39に示す正規化Cd値が得られる。
図39に示す実測値は、(上流圧0.5MPa、回転数20000rpm)の条件で、
図31に示すL4モデルにより得られた正規化Cd値である。
【0069】
図39に示すように、ロータの回転数20000rpmの場合、正規化Cd値の比較から、上述のCFD解析によるシミュレーション解析結果と実機による測定結果は良好な一致性が見られた。
この結果から、上述のように実施してCFD解析により得られた結果は、実機においても同等の結果が得られると推定できる。
【0070】
ところで、上述の実施形態においては、ロータAあるいはロータ4の外周に絞り片2あるいは絞り片6を設けてハウジングとの間に形成される間隙にラビリンスシールを形成した例について説明した。しかし、本発明は、固定部であるハウジング側に絞り片2あるいは絞り片6を設け、回転するシャフトの外周には絞り片を設けない構成のラビリンスシールに適用することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係るラビリンスシールは、ポンプ、自動車エンジン、航空エンジン、ロケットエンジン等の回転機械全般に適用することができる。また、ラビリンスシールに設けられる絞り片に流量調整孔を設けるのみで実施できるので、低コストで実施できる特徴を有し、産業の発展に寄与する。
【符号の説明】
【0072】
A…ロータ、1…外周面領域、2…絞り片、3…流量調整孔、4…ロータ、5…ロータ本体、5a…外周面、6…絞り片、7…高圧側開口部、8…低圧側開口部、9…内部流路、10…連通路、11…流量調整孔、12…膨張室、13…縮流部。