(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161587
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】ポリシロキサン組成物、接着剤、及びポリシロキサン組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09J 183/04 20060101AFI20221014BHJP
C08G 77/388 20060101ALI20221014BHJP
【FI】
C09J183/04
C08G77/388
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021066519
(22)【出願日】2021-04-09
(71)【出願人】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(71)【出願人】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】金子 芳郎
(72)【発明者】
【氏名】中川 秀夫
(72)【発明者】
【氏名】小材 利之
(72)【発明者】
【氏名】明田 隆
【テーマコード(参考)】
4J040
4J246
【Fターム(参考)】
4J040EK031
4J040GA05
4J246AA03
4J246AB01
4J246AB02
4J246AB07
4J246BA02X
4J246BA12X
4J246BA14X
4J246BB021
4J246BB022
4J246BB02X
4J246CA55M
4J246CA55X
4J246CA76E
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4J246CA76X
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4J246CA80M
4J246CA80X
4J246CB02
4J246FB222
4J246HA32
(57)【要約】
【課題】耐熱性に優れた接着を実現することができる接着剤と、その接着剤の含有成分として用いることができるポリシロキサン組成物と、そのポリシロキサン組成物の製造方法とを提供する。
【解決手段】ポリシロキサン組成物は、主鎖と、主鎖に結合した側鎖としてのカテコール基とを有する。主鎖は、多面体オリゴシルセスキオサンよりなるかご状構造単位と、シロキサン鎖を有する鎖状構造単位との繰り返しよりなり、隣り合うかご状構造単位が鎖状構造単位で連結された構造を有する。カテコール基は、主鎖を構成する各々のかご状構造単位に結合している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多面体オリゴシルセスキオサンよりなるかご状構造単位と、シロキサン鎖を有する鎖状構造単位との繰り返しよりなる主鎖であって、隣り合う前記かご状構造単位が前記鎖状構造単位で連結された構造を有する主鎖と、
前記主鎖を構成する各々の前記かご状構造単位に結合しているカテコール基と、
を有する、ポリシロキサン組成物。
【請求項2】
前記シロキサン鎖が、D単位であるシロキサン単位が直鎖状に連結した構造を有し、
前記シロキサン鎖における前記シロキサン単位の重合度が30以下である、
請求項1に記載のポリシロキサン組成物。
【請求項3】
前記ポリシロキサン組成物における、前記多面体オリゴシルセスキオサン/前記シロキサン鎖のmol比が、1/3以上、1以下である、
請求項1又は2に記載のポリシロキサン組成物。
【請求項4】
前記カテコール基が、ウレア結合構造を介して、前記多面体オリゴシルセスキオサンに結合している、
請求項1から3のいずれか1項に記載のポリシロキサン組成物。
【請求項5】
前記鎖状構造単位が、前記シロキサン鎖の両末端に配置されたウレア結合を有する、
請求項1から4のいずれか1項に記載のポリシロキサン組成物。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載のポリシロキサン組成物を含有する、
接着剤。
【請求項7】
ウレア基を含む置換基を有する多面体オリゴシルセスキオサンよりなるかご状構造単位と、シロキサン鎖を有する鎖状構造単位とのコポリマーである前駆ポリシロキサン組成物を生成する前駆ポリシロキサン組成物生成工程と、
前記前駆ポリシロキサン組成物をカテコールアミンと反応させることにより、前記置換基に、前記ウレア基を含んで構成されるウレア結合を介して、カテコール基を導入するカテコール基導入工程と、
を含む、ポリシロキサン組成物の製造方法。
【請求項8】
前記前駆ポリシロキサン組成物生成工程の前に、
アンモニウム基を含む化合物を置換基に有する多面体オリゴシルセスキオサンよりなる、前駆かご状構造単位を準備する前駆かご状構造単位準備工程と、
前記前駆かご状構造単位をカルボニル化合物と反応させることにより、前記前駆かご状構造単位の前記置換基における前記アンモニウム基を含む化合物を、前記ウレア基を含む化合物に置き換えるウレア基形成工程と、
をさらに含む、請求項7に記載のポリシロキサン組成物の製造方法。
【請求項9】
前記前駆ポリシロキサン組成物生成工程で、前記前駆ポリシロキサン組成物の生成に用いる前記鎖状構造単位が、前記シロキサン鎖の両末端に配置されたアミノ基を有し、
前記カテコール基導入工程では、前記前駆ポリシロキサン組成物と前記カテコールアミンとの反応により、前記アミノ基がウレア結合に置き換えられる、
請求項7又は8に記載のポリシロキサン組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリシロキサン組成物、接着剤、及びポリシロキサン組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ムール貝等の海洋生物から分泌される、接着特性を有するタンパク質が注目されている。そのタンパク質に含まれるカテコール基が、接着特性の発現に寄与していることが明らかとなっている。また、カテコール基の接着剤への応用が検討されている(下記特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、耐熱性に優れた接着を実現することができる接着剤と、その接着剤の含有成分として用いることができるポリシロキサン組成物と、そのポリシロキサン組成物の製造方法とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係るポリシロキサン組成物は、
多面体オリゴシルセスキオサンよりなるかご状構造単位と、シロキサン鎖を有する鎖状構造単位との繰り返しよりなる主鎖であって、隣り合う前記かご状構造単位が前記鎖状構造単位で連結された構造を有する主鎖と、
前記主鎖を構成する各々の前記かご状構造単位に結合しているカテコール基と、
を有する。
【0006】
前記シロキサン鎖が、D単位であるシロキサン単位が直鎖状に連結した構造を有し、
前記シロキサン鎖における前記シロキサン単位の重合度が30以下であってもよい。
【0007】
前記ポリシロキサン組成物における、前記多面体オリゴシルセスキオサン/前記シロキサン鎖のmol比が、1/3以上、1以下であってもよい。
【0008】
前記カテコール基が、ウレア結合構造を介して、前記多面体オリゴシルセスキオサンに結合していてもよい。
【0009】
前記鎖状構造単位が、前記シロキサン鎖の両末端に配置されたウレア結合を有していてもよい。
【0010】
本発明に係る接着剤は、上述した本発明に係るポリシロキサン組成物を含有する。
【0011】
本発明に係るポリシロキサン組成物の製造方法は、
ウレア基を含む置換基を有する多面体オリゴシルセスキオサンよりなるかご状構造単位と、シロキサン鎖を有する鎖状構造単位とのコポリマーである前駆ポリシロキサン組成物を生成する前駆ポリシロキサン組成物生成工程と、
前記前駆ポリシロキサン組成物をカテコールアミンと反応させることにより、前記置換基に、前記ウレア基を含んで構成されるウレア結合を介して、カテコール基を導入するカテコール基導入工程と、
を含む。
【0012】
前記前駆ポリシロキサン組成物生成工程の前に、
アンモニウム基を含む化合物を置換基に有する多面体オリゴシルセスキオサンよりなる、前駆かご状構造単位を準備する前駆かご状構造単位準備工程と、
前記前駆かご状構造単位をカルボニル化合物と反応させることにより、前記前駆かご状構造単位の前記置換基における前記アンモニウム基を含む化合物を、前記ウレア基を含む化合物に置き換えるウレア基形成工程と、
をさらに含んでもよい。
【0013】
前記前駆ポリシロキサン組成物生成工程で、前記前駆ポリシロキサン組成物の生成に用いる前記鎖状構造単位が、前記シロキサン鎖の両末端に配置されたアミノ基を有し、
前記カテコール基導入工程では、前記前駆ポリシロキサン組成物と前記カテコールアミンとの反応により、前記アミノ基がウレア結合に置き換えられてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る接着剤は、耐熱性に優れた接着を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施形態に係るポリシロキサン組成物の大域的な構造を示す概念図。
【
図2】実施形態に係るポリシロキサン組成物の製造方法を示すフローチャート。
【
図3】実施例1-6に係るポリシロキサン組成物の製造工程の一部を示す概念図。
【
図4】実施例1-6に係るポリシロキサン組成物の製造工程の残部を示す概念図。
【
図5】実施例1-6に係るポリシロキサン組成物のフーリエ変換赤外分光法(FT-IR)スペクトルを示すグラフ。
【
図6】実施例1-4に係るポリシロキサン組成物のプロトン核磁気共鳴(
1H-NMR)スペクトルを示すグラフ。
【
図8】(a):実施例1に係る同種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(b):実施例2に係る同種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(c):実施例3に係る同種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(d):実施例4に係る同種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(e):実施例5に係る同種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(f):実施例6に係る同種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真。
【
図9】(a):実施例1に係る異種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(b):実施例3に係る異種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(c):市販参考例1に係る異種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真、(d):市販参考例2に係る異種材接着評価用サンプルの耐熱性試験の結果を示す写真。
【
図10】実施例1-6に係る同種材接着評価用サンプルの応力ひずみ線図。
【
図11】実施例1-6及び市販参考例1-9に係る同種材接着評価用サンプルの、接着面の面積を減少させた場合の応力ひずみ線図。
【
図12】実施例1-3に係る同種材接着評価用サンプルの、2日間にわたって水に浸漬した後の応力ひずみ線図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、上述した本発明に係るポリシロキサン組成物の一具体例として、実施形態に係るポリシロキサン組成物について説明する。
【0017】
図1に、本実施形態に係るポリシロキサン組成物の大域的な化学構造を示す。本実施形態に係るポリシロキサン組成物は、主鎖(main chain)に、側鎖としての複数のカテコール基が結合した構造を有する。
【0018】
主鎖は、多面体オリゴシルセスキオサン(polyhedral oligomeric silsesquioxane;POSS)よりなるかご状構造単位と、シロキサン鎖(siloxane chain)を有する鎖状構造単位とが繰り返し配列されたコポリマーよりなる。主鎖は、全体として直鎖状を成しており、隣り合うかご状構造単位が鎖状構造単位で連結された構造を有する。
【0019】
多面体オリゴシルセスキオサンは、T単位であるシロキサンが3次元の格子状に連結された多面体の骨格構造をもつ。
図1には、8つのT単位よりなる6面体の骨格構造を例示したが、多面体であれば特に6面体に限定される訳ではない。多面体オリゴシルセスキオサンは、ポリシロキサン組成物の硬化体が加熱を受けた場合でも、多面体の骨格構造を安定して維持する剛直性を有する。
【0020】
カテコール基は、主鎖の長さ方向に離散的に繰り返し配列された多面体オリゴシルセスキオサンの各々に結合しており、主鎖に対する側鎖を構成している。カテコール基は、主として、ポリシロキサン組成物の強力な接着性の発現に寄与する。
【0021】
シロキサン鎖は、有機置換基をもつD単位、即ち、ジオルガノシロキサン単位が直鎖状に繰り返し配列されたポリマーである。
図1には、有機置換基としてメチル基を例示したが、有機置換基はこれに限らない。有機置換基としては、例えば炭素数が10以下のもの、具体的には、炭素数10以下のアルキル基を用いることができる。
【0022】
シロキサン鎖は、ポリシロキサン組成物の硬化体が加熱を受けた場合に、熱歪みを吸収可能な柔軟性を有する。但し、この柔軟性が過剰であると、ポリシロキサン組成物の硬化体が軟化しやすくなる。そこで、適度な柔軟性をシロキサン鎖に付与するために、シロキサン鎖におけるジオルガノシロキサン単位の重合度(以下、自然数Nで表す。)は、2を下限値として、31以下が好ましく、20以下がより好ましく、15以下がより好ましく、10以下がより好ましく、8以下がより好ましく、5以下がより好ましい。
【0023】
なお、
図1では、シロキサン鎖における、両端部の有機ケイ素化合物を除く中央部分の重合度をnと表記している。シロキサン鎖の一端部の有機ケイ素化合物は、ジオルガノシロキサン単位に該当するため、シロキサン鎖全体としての、ジオルガノシロキサン単位の重合度Nは、N=n+1で与えられる。
【0024】
以上説明した多面体オリゴシルセスキオサンが示す剛直性と、シロキサン鎖が示す柔軟性とをバランスよく備え、耐熱性のさらなる向上を図るために、ポリシロキサン組成物における、多面体オリゴシルセスキオサン/シロキサン鎖のmol比は、1/3以上、1以下であることが好ましい。
【0025】
次に、本実施形態に係るポリシロキサン組成物の製造方法について説明する。
【0026】
まず、本実施形態に係るポリシロキサン組成物の前駆体である前駆ポリシロキサン組成物を生成する。次に、その前駆ポリシロキサン組成物の側鎖にカテコール基を導入することで、本実施形態に係るポリシロキサン組成物を得る。
【0027】
本願発明者らの研究によれば、カテコール基の導入は、ウレア結合構造を介して行うと特に効率的である。即ち、カテコール基の導入率を高めるには、ウレア結合構造を利用することが望ましい。そこで以下、ウレア結合構造を利用してカテコール基を導入する、ポリシロキサン組成物の製造方法を具体的に説明する。
【0028】
図2に示すように、まず、アンモニウム基を含む化合物を置換基に有する多面体オリゴシルセスキオサンよりなる、かご状構造単位の前駆体(以下、前駆かご状構造単位という。)を準備する(前駆かご状構造単位準備工程S1)。
【0029】
次に、前駆かご状構造単位をカルボニル化合物と反応させることにより、前駆かご状構造単位の置換基におけるアンモニウム基を含む化合物を、ウレア基を含む化合物に置き換える(ウレア基形成工程S2)。
【0030】
これにより、ウレア基を含む置換基を有する多面体オリゴシルセスキオサンよりなるかご状構造単位が得られる。なお、本明細書において、ウレア基とは、-NH-CO-N=で表される基、又は-NH-CO-N<で表される基を指す。
【0031】
次に、そのウレア基を含む置換基を有する多面体オリゴシルセスキオサンよりなるかご状構造単位と、シロキサン鎖を有する鎖状構造単位とのコポリマーである前駆ポリシロキサン組成物を生成する(前駆ポリシロキサン組成物生成工程S3)。
【0032】
次に、その前駆ポリシロキサン組成物をカテコールアミンと反応させることにより、かご状構造単位の置換基に、ウレア基を含んで構成されるウレア結合を介して、カテコール基を導入する(カテコール基導入工程S4)。
【0033】
上述したように、ウレア結合を介することで、カテコール基の導入率を高めることができる。以上により、かご状構造単位の置換基が、ウレア結合と、そのウレア結合に結合したカテコール基とを有する、本実施形態に係るポリシロキサン組成物が得られる。
【0034】
得られたポリシロキサン組成物は、接着剤の含有成分、具体的には主成分として使用することができる。ここで“主成分”とは、50wt%を超える含有量を意味し、100wt%を含む概念とする。
【実施例0035】
以下、
図2に示した製造方法の実施例を、
図3及び
図4を参照して説明する。
【0036】
図3に示すように、まず、NH
3OTfを置換基に有する、8つの頂点をもつ多面体オリゴシルセスキオサン(以下、Am-T
8-POSSと表記する。)を準備した。なお、Am-T
8-POSSは、下記文献[1]に従い、アミノ基含有有機トリアルコキシシランの超強酸であるトリフルオロメタンスルホン酸(HOTf)水溶液を触媒及び溶媒に用いた加水分解及び縮合反応により合成した。
[1]Y. Kaneko et al., Inorg. Chem., 2017, 56, 4133-4140
【0037】
本工程は、
図2に示した前駆かご状構造単位準備工程S1の一例である。即ち、Am-T
8-POSSは、既述の前駆かご状構造単位の一例であり、その置換基に含まれるNH
3OTfは、既述のアンモニウム基を含む化合物の一例である。
【0038】
次に、Am-T8-POSS(6.0mmol unit,1.5616g)に6.0mLの脱水DMFを加えて溶解させ、またトリエチルアミン[(MW=101.19g/mol,純度:99%):18mmol=1.8398g]に3.0mLの脱水DMF(N,N-ジメチルホルムアミド)を加えて溶解させ、また1,1’-カルボニルジイミダゾール[(MW=162.15 g/mol,純度:97%):12mmol=2.0060g]に12.0mLの脱水DMFを加えて溶解させ、得られたAm-T8-POSS、トリエチルアミン、及び1,1’-カルボニルジイミダゾールのDMF溶液を混合した。その後、その混合溶液を室温で15分間撹拌し、その後反応溶液を酢酸エチル630mLに投入して析出した生成物をデカンテーションにより回収し、減圧乾燥を行うことで、アミド結合にイミダゾールがつながれた構造を置換基に有する多面体オリゴシルセスキオサン(以下、POSS-CImと表記する。)を得た。
【0039】
本工程は、
図2に示したウレア基形成工程S2の一例である。本工程で使用した1,1’-カルボニルジイミダゾールは、既述のカルボニル化合物の一例である。また、
図3に示す、アミド結合にイミダゾールがつながれた構造は、全体として、既述のウレア基-NH-CO-N<を含む化合物の一例である。
【0040】
一方で、シロキサン鎖を有する鎖状構造単位の具体例として2種類のものを準備した。
【0041】
第1の鎖状構造単位は、両末端アミン変性オリゴジメチルシロキサン(以下、ODMS-APと表記する。)である。ODMS-APは、1,1,3,3,5,5,7,7,9,9,11,11-ドデカメチルヘキサシロキサン[(MW=430.94g/mol,純度:96%):1mmol=0.4489g]にアリルアミン[(MW=57.09g/mol,純度:98%):2mmol=0.1165g]を混合し、さらに白金触媒[Platinum(0)-1,3-Divinyltetramethyldisiloxane Complex(19.0-21.5% as Pt)(contains 1,3-Divinyltetramethyldisiloxane),0.25mol%,4.1μL]を加えて、Ar雰囲気下、80℃で6時間加熱攪拌することで得た。
【0042】
第2の鎖状構造単位は、両末端アミン変性ポリジメチルシロキサン(以下、PDMS-APと表記する。)である。PDMS-APには、市販のものを用いた。
【0043】
図3には、ODMS-AP及びPDMS-APの一般構造式を示している。
図3に示すように、ODMS-AP及びPDMS-APはいずれも、直鎖状のシロキサン鎖と、そのシロキサン鎖の両末端に配置された、アミノ基としてのアミノプロピルとを有する。
【0044】
また、
図3では、シロキサン鎖における、両端部のケイ素化合物を除く中央部分の重合度(以下、主要部重合度という。)をnと表記している。ODMS-APの主要部重合度nは、4である。一方、PDMS-APの主要部重合度nは、約30である。
【0045】
次に、第1の鎖状構造単位であるODMS-AP(0.15mmol,0.0818g)に3.0mLの脱水THF(テトラヒドロフラン)を加えて溶解させ、またPOSS-CIm(0.15mmol,0.2451g)に3.0mLの脱水DMFを加えて溶解させ、得られたODMS-APのTHF溶液とPOSS-CImのDMF溶液とを混合した後、Ar雰囲気下、室温で1時間撹拌することで、前駆ポリシロキサン組成物(以下、POSS-CIm-ODMSと表記する。)を得た。なお、本工程は、
図2に示す前駆ポリシロキサン組成物生成工程S3の一例である。
【0046】
同様にして、第2の鎖状構造単位であるPDMS-AP(0.15mmol,0.3750g)に6.0mLの脱水THFを加えて溶解させ、またPOSS-CIm(0.15mmol,0.2451g)に3.0mLの脱水DMFを加えて溶解させ、得られたPDMS-APのTHF溶液とPOSS-CImのDMF溶液とを混合した後、Ar雰囲気下、室温で1時間撹拌することで、前駆ポリシロキサン組成物(以下、POSS-CIm-PDMSと表記する。)を得た。なお、本工程も、
図2に示す前駆ポリシロキサン組成物生成工程S3の一例である。
【0047】
図4を参照し、説明を続ける。3-ヒドロキシチラミン塩酸塩(ドーパミン塩酸塩)[(MW=189.64g/mol,純度:98%):1.8mmol=0.3483g]に1.2mLの脱水DMFを加えて溶解させ、またトリエチルアミン[(MW=101.19g/mol,純度:99%):3.6mmol=0.3680g]に1.2mLの脱水DMFを加えて溶解させ、得られた各溶液を混合した。その混合溶液を、先に作製したPOSS-CIm-ODMSの反応溶液に加えて、Ar雰囲気下、約50℃で2時間加熱撹拌した。その後、反応溶液を酢酸エチル250mLに投入し、析出した生成物を遠心分離機によって分離し、デカンテーションすることで回収した。さらに、回収した生成物を水(約8mL)で5回洗浄することで、ポリシロキサン組成物(以下、POSS-ODMS-Ph(OH)
2と表記する。)を得た。なお、POSS-ODMS-Ph(OH)
2は乾燥すると不溶化するため、エタノール溶液として回収し、保存した。
【0048】
また、同様に、3-ヒドロキシチラミン塩酸塩(ドーパミン塩酸塩)[(MW=189.64g/mol,純度:98%):1.8mmol=0.3483g]に1.2mLの脱水DMFを加えて溶解させ、またトリエチルアミン[(MW=101.19g/mol,純度:99%):3.6mmol=0.3680g]に1.2mLの脱水DMFを加えて溶解させ、得られた各溶液を混合した。その混合溶液を、先に作製したPOSS-CIm-PDMSの反応溶液に加えて、Ar雰囲気下、約50℃で2時間加熱撹拌した。その後、反応溶液を酢酸エチル330mLに投入し、析出した生成物を遠心分離機によって分離し、デカンテーションすることで回収した。さらに、回収した生成物を水(約8mL)で5回洗浄することで、ポリシロキサン組成物(以下、POSS-PDMS-Ph(OH)2と表記する。)を得た。なお、POSS-PDMS-Ph(OH)2は乾燥すると不溶化するため、エタノール溶液として回収し、保存した。
【0049】
上記各工程は、
図2に示したカテコール基導入工程S4の一例である。上記各工程で使用したドーパミン塩酸塩は、既述のカテコールアミンの一例である。上記各工程によれば、
図4に示すように、かご状構造単位であるPOSSの置換基R’’に、ウレア結合につながれた形態でカテコール基が導入される。このカテコールは、
図1に示したように、ポリシロキサン組成物の側鎖を構成する。
【0050】
また、上記各工程によれば、
図3に示した、シロキサン鎖の両末端に結合していたアミノ基が、
図4に示すように、ウレア結合に置き換えられる。このように、上記各工程を経て得られた鎖状構造単位は、シロキサン鎖の両末端に配置されたウレア結合を有する。この鎖状構造単位は、
図1に示したように、ポリシロキサン組成物の側鎖を構成する。なお、
図1では、かご状構造単位とシロキサン鎖との間に介在するウレア結合の図示を省略している。
【0051】
以上において、前駆ポリシロキサン組成物生成工程S3における、POSS-CImと、ODMS-AP又はPDMS-APとの仕込み比(モル比)を種々異ならせることで、実施例1-6に係る、6種類のポリシロキサン組成物を得た。
【0052】
表1に、POSS-CImと、ODMS-AP又はPDMS-APとの仕込み比を示す。また、表1には、ドーパミン塩酸塩の仕込み比も記した。
【0053】
【0054】
図5に、実施例1-6に係るポリシロキサン組成物のFT-IRスペクトルを示す。実施例1-6のいずれにおいても、ウレア結合に由来する吸収ピークが1632cm
-1付近及び1575cm
-1に観測された。このことは、既述のカテコール基導入工程S4でウレア結合がきちんと形成されたことを示している。
【0055】
また、FT-IRスペクトルには、シロキサン結合に由来する吸収ピーク、及びケイ素原子とメチル基との結合に由来する吸収ピークも確認された。
【0056】
図6は、実施例1-4に係るポリシロキサン組成物の
1H-NMRスペクトルを示す。
1H-NMRスペクトルには、ウレア結合に隣接するメチレンプロトンに由来するシグナルf、及びカテコール成分の芳香環に由来するシグナルiが観測された。
【0057】
さらに、Am-T8-POSS及びジメチルシロキサン鎖のケイ素原子に隣接するメチレンプロトンに由来するシグナルc、bが確認され、POSSとシロキサン鎖が連結したポリマーにカテコール成分が導入された構造を有していることが示唆された。
【0058】
以下、実施例1-6に係るポリシロキサン組成物を接着剤として用いた場合の評価結果について説明する。
【0059】
図7を参照し、評価用のサンプルの作成手順を説明する。一対のアルミニウム板のそれぞれにペースト状のポリシロキサン組成物を塗布し、かつポリシロキサン組成物を塗布した領域(以下、接着面という。)どうしを張り合わせてクリップで固定し、150℃で12時間加熱乾燥させた。なお、接着面の面積は125mm
2とした。このようにして、実施例1-6に係る同種材接着評価用サンプルを得た。
【0060】
まず、耐熱性の評価結果について説明する。実施例1-6に係る同種材接着評価用サンプルの各々に5kgの重りを吊り下げた状態で、各同種材接着評価用サンプルをオーブンで加熱した。加熱温度は、徐々に上昇させた。加熱中、重りの荷重は、一対のアルミニウム板の接着面に対し、せん断力として作用する。
【0061】
図8に、本耐熱性試験の結果を示す。実施例4に係る同種材接着評価用サンプルは、120℃の耐熱性を示した。即ち、一対のアルミニウム板の接着状態が120℃に達するまで維持された。また、実施例5に係る同種材接着評価用サンプルは、180℃の耐熱性を示した。また、実施例6に係る同種材接着評価用サンプルは、170℃の耐熱性を示した。
【0062】
また、実施例1-3に係る同種材接着評価用サンプルでは、250℃に達しても一対のアルミニウム板の接着状態が維持された。即ち、実施例1-3に係る同種材接着評価用サンプルは、250℃以上の耐熱性を示した。
【0063】
以上のとおり、実施例1-6に係る同種材接着評価用サンプルが120℃以上の耐熱性を示すことを確認した。これは、ポリシロキサン組成物よりなる接着剤において、多官能性化合物であるPOSSによる架橋と、加熱によるカテコール基どうしの架橋とによりネットワーク構造が形成された結果、接着剤の高温下における軟化が抑えられたためと推察される。
【0064】
なお、実施例1-3と実施例4-6とでの製造条件の違いは、表1に示したように、鎖状構造単位としてPDMSを用いたかODMSを用いたかにある。
図8に示した耐熱性試験の結果によれば、特に優れた耐熱性を得るためには、鎖状構造単位としては、PDMSよりもODMSを用いる方が好ましいと言える。
【0065】
即ち、鎖状構造単位を構成するシロキサン鎖における、ジオルガノシロキサン単位の重合度Nは5以下であることが特に好ましいと言える。なお、この重合度Nは、既述の主要部重合度nとの間に、N=n+1の関係を有する。
【0066】
次に、異種材間での熱間接着性を調べるために、代表して実施例1、3に係るポリシロキサン組成物を接着剤に用いて、上述した評価用サンプルの作成手順と同様の要領で、一対のアルミニウム板とステンレス板とを張り合わせた評価用サンプル(以下、異種材接着評価用サンプルという。)を作製した。
【0067】
また、比較のために、市販参考例1として、市販のアクリル樹脂系接着剤(二液ラジカル重合型)を用いた異種材接着評価用サンプルも作製した。また、市販参考例2として、市販のミクロ鉄粉入りエポキシ系接着剤を用いた異種材接着評価用サンプルも作製した。
【0068】
そして、
図8の場合と同様に、上記各異種材接着評価用サンプルの各々に5kgの重りを吊り下げた状態で、各異種材接着評価用サンプルをオーブンで加熱した。
【0069】
図9に、本耐熱性試験の結果を示す。実施例1、3に係る異種材接着評価用サンプルでは、150℃まで加熱しても隔離は生じず、また室温まで冷却しても接着を維持した。一方、市販参考例1では140℃で剥離が生じ、市販参考例2では100℃で剥離が生じた。
【0070】
実施例1、3の耐熱性が市販参考例1、2の耐熱性に勝った理由として、多官能性化合物であるPOSSによる架橋と、加熱によるカテコール基どうしの架橋とで高温下における接着剤の軟化が適度に抑えられつつも、ODMS成分の柔軟性により、異種材料間の熱膨張係数の違いに起因する熱歪みが緩和されたことが考えられる。
【0071】
次に、室温における接着特性の評価結果について述べる。室温下で、上述した実施例1-6に係る同種材接着評価用サンプルにおける一対のアルミニウム板を互いの接着面に平行な方向に引き離す引張せん断試験を行い、応力ひずみ線図を計測した。
【0072】
図10に、実施例1-6に係る同種材接着評価用サンプルの応力ひずみ線図を示す。実施例4に係る同種材接着評価用サンプルは、1.82MPaのせん断強度を示した。実施例6に係る同種材接着評価用サンプルは、2.64MPaのせん断強度を示した。実施例5に係る同種材接着評価用サンプルは、5.52MPaのせん断強度を示した。
【0073】
また、実施例1-3に係る同種材接着評価用サンプルは、使用した引張せん断試験機で測定可能な最大応力である8.16MPa(1020N)まで引っ張っても、サンプルの接着面は剥離せず、特に強力な接着性が確認された。この結果によっても、室温で特に優れた接着性を得るためには、鎖状構造単位としては、PDMSよりもODMSを用いる方が好ましいと言える。
【0074】
次に、実施例1-3に係る同種材接着評価用サンプルの、剥離する時のせん断応力を確認するために、同種材接着評価用サンプルにおける接着面の面積を小さくしたうえで、再び応力ひずみ線図を計測した。
【0075】
図11に、その結果を示す。実施例1に係る同種材接着評価用サンプルは、接着面の面積を54mm
2とした場合に、16.2MPaのせん断強度を示した。実施例2に係る同種材接着評価用サンプルは、接着面の面積を35mm
2とした場合に、14.9MPaのせん断強度を示した。実施例3に係る同種材接着評価用サンプルは、接着面の面積を42.5mm
2とした場合に、18.1MPaのせん断強度を示した。
【0076】
また、
図11には、市販参考例1-9として、市販の接着剤を用いて作製した同種材接着評価用サンプルの応力ひずみ線図も示している。
市販参考例1は、市販のアクリル樹脂系接着剤(二液ラジカル重合型)を用いたものであり、接着面の面積を40mm
2としたところ、14.0MPaのせん断強度を示した。
市販参考例2は、市販のミクロ鉄粉入りエポキシ系接着剤(二液付加反応型)を用いたものであり、接着面の面積を48mm
2としたところ、13.4MPaのせん断強度を示した。
市販参考例3は、市販のポリ酢酸ビニル系接着剤(水分散乾燥固化型)を用いたものであり、接着面の面積を125mm
2としたところ、0.7MPaのせん断強度を示した。
市販参考例4は、市販のシアノアクリル酸エステル系接着剤(湿気硬化型)を用いたものであり、接着面の面積を125mm
2としたところ、1.6MPaのせん断強度を示した。
市販参考例5は、市販のシアノアクリル酸エステル系接着剤(湿気硬化型)を用いたものであり、接着面の面積を125mm
2としたところ、3.1MPaのせん断強度を示した。
市販参考例6は、市販のエポキシ系接着剤(二液付加反応型)を用いたものであり、接着面の面積を125mm
2としたところ、3.9MPaのせん断強度を示した。
市販参考例7は、市販のシアノアクリル酸エステル系接着剤(湿気硬化型)を用いたものであり、接着面の面積を125mm
2としたところ、4.4MPaのせん断強度を示した。
市販参考例8は、市販のシアノアクリル酸エステル系接着剤(湿気硬化型)を用いたものであり、接着面の面積を125mm
2としたところ、4.3MPaのせん断強度を示した。
市販参考例9は、市販の酢酸ビニル樹脂系接着剤(熱溶融型)を用いたものであり、接着面の面積を125mm
2としたところ、4.6MPaのせん断強度を示した。
【0077】
図11に示すように、実施例1-3に係る同種材接着評価用サンプルは、常温下において、市販参考例1及び2と比べて遜色がなく、かつ市販参考例3-9と比べて、はるかに優れたせん断強度を示すことが確認された。
【0078】
次に、耐水性の評価結果について述べる。代表して、実施例1-3に係る同種材接着評価用サンプルについて、耐水性を調べた。具体的には、同種材接着評価用サンプルを2日間にわたって水に浸漬させた後、水を拭き取り、直ちに応力ひずみ線図を計測した。
【0079】
図12に、その結果を示す。実施例2に係る同種材接着評価用サンプルは、4.69MPaのせん断強度を示し、実施例3に係る同種材接着評価用サンプルは、5.28MPaのせん断強度を示した。また、実施例1に係る同種材接着評価用サンプルは、使用した引張せん断試験機で測定可能な最大応力である8.16MPa(1020N)まで引っ張っても、サンプルの接着面は剥離せず、特に強力な耐水性が確認された。
【0080】
表1に示したように、実施例1では、実施例2、3に比べると、仕込みの段階で、鎖状構造単位の前駆体であるODMS-APに対する、かご状構造単位の前駆体であるPOSS-CImの割合が高い。そして、ポリシロキサン組成物における、多面体オリゴシルセスキオサン/シロキサン鎖のmol比は、表1に示した仕込み比にほぼ等しいとみなせる。即ち、実施例1に係るポリシロキサン組成物に占めるカテコール基の割合は、実施例2、3に係るポリシロキサン組成物に占めるカテコール基の割合よりも高い。
【0081】
図12で、実施例1が実施例2、3に比べて優れた耐水性を示した理由は、ポリシロキサン組成物に占めるカテコール基の割合が高いため、カテコール基と材料の表面との間の強い相互作用によって水分子が浸透できず、ポリシロキサン組成物の膨潤が抑制されたためであると推察される。
本開示に係る接着剤は、例えば、耐熱性が求められる箇所の接着に用いることができる。一具体例として、本開示に係る接着剤は、自動車における、エンジン周りあるいはマフラー周りといった、加熱を受ける部位を構成する部材どうしの接着に用いることができる。本開示に係る接着剤の硬化物は耐熱性を有するので、エンジンの作動に伴う発熱を受けても、丈夫な接着構造を安定して維持することができる。
また、本開示に係る接着剤は、異種材料どうしの接着にも用いることができる。これにより、異種材料を適材適所に配置したマルチマテリアル構造の実現が可能となる。マルチマテリアル構造は、自動車、航空機等の輸送機の軽量化に資する。