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特開2022-161593ヒートシンクの設計方法、及び、ヒートシンクの設計プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161593
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】ヒートシンクの設計方法、及び、ヒートシンクの設計プログラム
(51)【国際特許分類】
   H01L 23/36 20060101AFI20221014BHJP
   H05K 7/20 20060101ALI20221014BHJP
   G06F 30/10 20200101ALI20221014BHJP
   G06F 30/20 20200101ALI20221014BHJP
   G06F 111/06 20200101ALN20221014BHJP
   G06F 119/08 20200101ALN20221014BHJP
【FI】
H01L23/36 Z
H05K7/20 Z
G06F30/10 200
G06F30/20
G06F111:06
G06F119:08
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021066527
(22)【出願日】2021-04-09
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】512275916
【氏名又は名称】株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・エンジニアリングシステムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100081318
【弁理士】
【氏名又は名称】羽切 正治
(74)【代理人】
【識別番号】100132458
【弁理士】
【氏名又は名称】仲村 圭代
(74)【代理人】
【識別番号】100165146
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 博喜
(74)【代理人】
【識別番号】100211281
【弁理士】
【氏名又は名称】大木下 香織
(72)【発明者】
【氏名】下山 幸治
(72)【発明者】
【氏名】杉原 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】石川 一郎
(72)【発明者】
【氏名】田内 常夫
【テーマコード(参考)】
5B146
5E322
5F136
【Fターム(参考)】
5B146AA22
5B146DC04
5B146DJ01
5B146DJ03
5B146EA15
5E322AA01
5E322EA11
5F136BA36
5F136GA40
(57)【要約】
【課題】放熱要素が配置される空間の体積を小さくしつつ、放熱量の増大を可能とした、ヒートシンクの設計方法及び設計プログラムを提供する。
【解決手段】放熱要素は、3次元配置されたノードの集合を結ぶエッジの集合を備えた3次元構造によって構成され、エッジによって結ばれるノードはグラフ理論に基づいて選択され、集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用することによって、3次元構造のトポロジーを調整する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放熱要素を備えたヒートシンクの設計方法であって、
前記放熱要素は、3次元配置されたノードの集合を結ぶエッジの集合を備えた3次元構造によって構成され、
前記エッジによって結ばれる前記ノードはグラフ理論に基づいて選択され、
集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用することによって、前記3次元構造のトポロジーを調整することを特徴とするヒートシンクの設計方法。
【請求項2】
3次元配置されたノードの集合を結ぶエッジの集合を備えた3次元構造によって構成される放熱要素を備えたヒートシンクの設計プログラムであって、
演算回路によって、グラフ理論に基づいて、前記エッジによって結ばれる前記ノードを選択するステップと、
調整回路によって、集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用して、前記3次元構造のトポロジーを調整するステップと、
を備えることを特徴とするヒートシンクの設計プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータなどの電子機器の放熱に用いられるヒートシンク、並びに、このヒートシンクの設計方法及び設計プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のヒートシンクは、基材の一面に、互いに平行に複数の板状のフィンを設けた構造を有し、熱伝導率の高いアルミニウム等の材料を用いて、鋳造、押し出し成形、機械加工などの方法によって形成していた(例えば特許文献1、2)。このヒートシンクにおいては、互いに同一の形状を有する多数のフィンが一定の間隔で配置され、これにより、フィンに沿った空気の流れが形成され、放熱効率の向上に寄与していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭57-193049号公報
【特許文献2】特開昭63-235031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のヒートシンクにおいては、所定の放熱効率を得るために、基材の一面の全体に渡って多数のフィンが配置された構成を有するため、隣り合うフィンの間にスペースはあるものの、実質的には両端のフィンを側壁とし、基材を底壁とする立体と同等の体積を占めることとなっていた。
【0005】
そこで本発明は、放熱要素が配置される空間の体積を小さくしつつ、放熱量の増大を可能としたヒートシンク、並びに、このヒートシンクの設計方法及び設計プログラムを提供することを目的としている。本発明のさらなる目的は、設置するときの姿勢によらずに、安定した放熱性能を発揮できるヒートシンクの設計方法及びヒートシンクの設計プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明のヒートシンクの設計方法は、放熱要素を備えたヒートシンクの設計方法であって、放熱要素は、3次元配置されたノード(点)の集合を結ぶエッジ(点と点を結ぶ線)の集合を備えた3次元構造によって構成され、エッジによって結ばれるノードはグラフ理論に基づいて選択され、集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用することによって、3次元構造のトポロジーを調整することを特徴としている。
【0007】
本発明のヒートシンクの設計プログラムは、3次元配置されたノードの集合を結ぶエッジの集合を備えた3次元構造によって構成される放熱要素を備えたヒートシンクの設計プログラムであって、演算回路によって、グラフ理論に基づいて、エッジによって結ばれるノードを選択するステップと、調整回路によって、集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用して、3次元構造のトポロジーを調整するステップと、を備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、放熱要素が配置される空間の体積を小さくしつつ、放熱量の増大を可能としたヒートシンクを実現することができる。また、集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用することで、グラフ理論によって表現された3次元構造の最適化計算を効率的に実現することができ、従来の構成のヒートシンクに対して、放熱性能の改善と材料コストの低減を同時に実現可能とする設計方法を見出すことができる。また、この設計方法及び設計プログラムによれば、放熱要素が配置される空間の体積を小さくしつつ、放熱量の増大を可能とするとともに、設置するときの姿勢によらず安定した放熱性能を発揮するヒートシンクを実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施形態に係るヒートシンクの設計プログラムに用いることが可能な演算装置の構成例を示すブロック図である。
図2】流路に彫られた溝のパターンをグラフ理論で表現した例を示す図である。
図3】本発明の実施形態における3次元ラティス構造の例を示す図である。
図4】本発明の実施形態における最適化計算の手順を示すフローチャートである。
図5】本発明の実施形態における熱流体解析の対象領域と境界条件のモデルを示す図である。
図6】本発明の実施形態における最適化計算で探索されたサンプルデータの散布図を、目的関数空間でプロットしたグラフである。
図7】既製品のヒートシンクの構造と発生する流れ場を可視化した図である。
図8】本発明の実施形態における3次元ラティス構造を備えた2目的最適解に係るヒートシンクのうち、サンプル名09-001の構造と発生する流れ場を可視化した図である。
図9】本発明の実施形態における3次元ラティス構造を備えた2目的最適解に係るヒートシンクのうち、サンプル名08-001の構造と発生する流れ場を可視化した図である。
図10】本発明の実施形態における3次元ラティス構造を備えた2目的最適解に係るヒートシンクのうち、サンプル名10-002の構造と発生する流れ場を可視化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態に係るヒートシンクの設計方法及び設計プログラムについて図面を参照しつつ詳しく説明する。
【0011】
本実施形態におけるヒートシンクは、放熱要素を備えており、この放熱要素は、3次元配置されたノードの集合を結ぶエッジの集合を備えた3次元構造を備える。ノードは、各放熱要素の始点と終点を構成する節点又は頂点である。エッジは、1つの放熱要素を構成する2つのノードを結ぶ枝状、辺状、線状、又は、柱状の要素である。エッジの太さや、エッジが延びる方向に直交する断面形状は、ヒートシンクの仕様、製造工程における公差などに応じて設定することができる。エッジの集合によって結ばれるノードの集合は、以下に述べるグラフ理論に基づいて選択され、集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用することによって、3次元構造のトポロジーが調整されている。
【0012】
集団探索ベースとした最適化アルゴリズムとしては、任意のアルゴリズムを用いることができ、例えば、以下に述べる遺伝的アルゴリズムのほか、メメティックアルゴリズム、パス再結合法、アントコロニー法、粒子群最適化、差分進化法を用いることができる。
【0013】
ノードの集合は、3次元空間内にノードを分散配置したもののほか、一部又は全てを基材上の任意の位置に配置する構成も可能である。ここで、基材の形状は、特に限定されないが、例えば、表面が平面状の板状、表面が曲面をなす形状、球状、半球体などが挙げられる。また、ノードを基材上に配置するとは、基材の表面に配置する場合のほか、表面に対向する裏面上、側面上、内面に配置する場合も含みうる。
【0014】
一部のノードを基材上に配置させる場合、残りのノードを基板から離れた3次元空間内に配置させる。エッジは基材の表面に対する任意の面外方向に延びるように設定される。ここで、基材の表面の面外方向とは、表面から離れる方向であって、より詳細には、基材の表面に配置されたノードについて、その配置位置の表面から離れる方向である。また、面外方向は、基材の表面に配置されたノードのすべてについて同一の方向とすることも可能であるが、表面に配置されたノードの一部又は全てについて、互いに異なった方向としてもよい。
【0015】
上述のようにノードの一部を基材上に配置させる構成では、残りのノードを、基材の表面の面外方向において複数層を積層させるように配置し、全体として3次元ラティス構造(格子状の構造)を形成することもできる。この積層数は任意に設定できる。
【0016】
また、基材の表面の法線方向から見た平面視における形状は、3次元構造のトポロジーが調整されていれば、任意の形状とすることができる。このような平面視形状としては、例えば、正方形、三角形その他の正多角形、円形が挙げられる。
【0017】
さらに、ノードの一部を基材上に配置させる構成において、エッジの集合は、基材の表面に配置されたノードを始点とするエッジを第1エッジと、第1エッジに対して、直接、又は、ほかのエッジを介して連結された第2エッジと、から構成される。ノードの集合を、基材の表面の面外方向において複数層を積層させるように配置する3次元ラティス構成において、第1エッジと第2エッジはそれぞれ、積層の方向に対して所定角度以下、例えば45度以下で延びるように設定される。
【0018】
上記トポロジーは、ヒートシンクに関わる目的関数に基づいて、最大化又は最小化するように調整される。目的関数の数は、ヒートシンクの仕様などに応じて任意に設定できる。目的関数としては、例えば、ヒートシンクの放熱効率を表す指標、ヒートシンクの材料コストを表す指標、ヒートシンクに係る熱流体性能を表す指標が挙げられる。これらの指標は、目的関数として単独で用いることもできるが、2つ以上を組み合わせて用いることもできる。ヒートシンクの放熱効率を表す指標を用いる場合、この指標が最大化するようにトポロジーが調整され、ヒートシンクの材料コストを表す指標を用いる場合、この指標が最小化するようにトポロジーが調整される。熱流体性能を表す指標については、例えば単位時間当たりの流量としては最大化するように調整される。
【0019】
ヒートシンクの放熱効率を表す指標及びヒートシンクに係る流体に関する熱流体性能としては、例えば、ヒートシンクの総伝熱量Q、温度勾配、ヒートシンク下部の通気口と上部の通気口の形状比率(給排気比率)が挙げられ、ヒートシンクの材料コストを表す指標としては、ヒートシンクを構成する材料の体積V、材料の単価が挙げられる。それぞれの指標は、上記例示に限定されることはなく、例えば、ヒートシンクの放熱効率を表す指標として、材料の体積Vを用いることもある。また、各指標を任意の比率で組み合わせて用いることもできる。総伝熱量Qは、例えば、基材を熱源とし、作動流体を空気として評価される。
【0020】
ここで、トポロジーの調整は、ヒートシンクの製造まで考慮した場合は、ノードの集合とエッジの集合の設計値に対する造形限界の特定も含めることが好ましい。ヒートシンクを、3Dプリンタその他の付加製造によって製造する場合には、付加製造における造形限界の特定が含まれ、例えば、付加製造によって製造されたヒートシンクの伝熱性能や固有歪みの実験結果に基づくフィードバックが含まれる。
【0021】
トポロジーの調整に用いる応答曲面法としては、例えばKrigingモデルを用いることができる。
【0022】
ヒートシンクの設計は、演算回路、調整回路、記憶回路などを備えた、コンピュータ、スマートフォンなどの演算機能を有する装置に設計プログラムを実行させることによって行う。このような演算装置としては、例えば図1に概略構成を示すようなコンピュータがある。
【0023】
図1に示すコンピュータは、制御回路11と、この制御回路11に接続された、演算回路12、調整回路13、記憶部14、入力部15、及び、表示部16を備える。制御回路11、演算回路12、及び、調整回路13は、コンピュータが備える演算装置で構成される。記憶部14は、設計に必要な情報が予め保存された記憶装置である。入力部15は、キーボード、タッチパッドその他の入力装置であり、設計に必要な情報を入力可能である。表示部16はディスプレイその他の表示装置であり、入力部15から入力された情報や、記憶部14に保存された情報や、演算回路12による演算結果、調整回路13による調整結果、及び、設計プログラムによる設計の情報を表示可能である。
【0024】
上記設計プログラムは、少なくとも演算回路12によって、グラフ理論に基づいて、エッジによって結ばれるノードを選択するステップと、調整回路13によって、集団探索ベースとした最適化アルゴリズムと応答曲面法を併用して、3次元構造のトポロジーを調整するステップと、を備える。
【0025】
以下に、本実施形態についてより詳細に説明する。
本実施形態では、コンピュータなどの電子機器の熱除去に用いられるヒートシンクをトポロジー最適化により設計している。ヒートシンクの性能向上に着目した先行研究は数多くなされているが、ここではそれに加えて材料コストにも着目して多目的最適化に取り組んでいる。発明者らは過去に、ヒートシンクのフィンの2次元押し出し構造を対象として、自然物(木の枝、植物の葉脈、気管支など)に類似した構造とみなし、これをLindenmayer Systems(L-systems)と呼ばれる再帰型データ形式文法を用いて表現することで、既存設計に比べて性能は同等で材料コストは大幅に削減できる新しいヒートシンクを、多目的最適化により創出した。
【0026】
これに対して、本実施形態では、新たに、ヒートシンクの3次元ラティス構造を対象として、これをグラフ理論によって表現することで、より複雑かつ微細なヒートシンクの多目的最適化を図っている。
【0027】
<グラフ理論>
グラフ理論は、ノード(節点・頂点)の集合と、それらを結ぶエッジ(枝・辺)の集合によって、ノードの繋がり方を抽象化する理論である。鉄道やバスなどの路線図を例にとると、駅(ノード)がどのように路線(エッジ)で結ばれているかが問題となる一方、線路が具体的にどのような曲線を描いているかは本質的な問題とならないことが多い。つまり、駅と駅の繋がり方が主に重要な情報であり、これがグラフ理論の担う役割である。
【0028】
ここでは、流路に彫られた溝(マイクロ混合器)のパターンをグラフ理論で表現した例を図2(a)、(b)に示す。図2(b)に示す溝のパターンを、図2(a)に示すように3×3=9ノードを結ぶエッジとして表現する場合、すべてのノードを結んだときのエッジの総数は=36である。このグラフは、次式の9×9の隣接行列Aを用いて表現される。
【0029】
【数1】
【0030】
隣接行列Aにおいて、Aij=1はノードiとjを結ぶエッジが存在することを意味し、Aij=0はエッジが無いことを意味する。また、Aij=・で表記される対角項は意味を持たない。この例では、混合効率に影響しないエッジ、具体的には、流れ方向に平行な溝であって、Aij=*で表記される9本、を除外できるため、最終的には27本のエッジが残る。すなわち、27個のパラメータ(設計変数)によって溝のパターンを表現できる。
【0031】
<最適化問題の定義>
本実施形態においては、ヒートシンクの3次元ラティス構造を、図3(a)に示すように7×7×3=147ノード(ノード間隔=8.3mm)を結ぶエッジとして表現する。別言すると、基材20の表面21に対して、7×7に配置されたノードが、表面21の法線方向Dnに沿った積層方向Dsに3層積層されている。平置きされたヒートシンクに生じる流れの対称性を考慮すると、図3(b)に示すように各層(7×7=49ノード)で設計領域を1/8(10ノード、薄いグレーの領域で表記)に減らすことができる。さらに、1~2層目(10×2=20ノード、大きな丸印P1で表記)と2~3層目(10×2=20ノード、小さな丸点P2で表記)を独立に設計することとする。
【0032】
図3(c)に示すように各層を結んだ20=190エッジの中から、図3(d)に示すように造形可能、すなわち積層方向Dsとなす角度が45度以下となるように、34エッジだけを残す。その結果、34×2=68エッジが残る。よって、68個の設計変数によって3次元ラティス構造を表現できる。
【0033】
設計変数は0~1の実数として与え、0~0.2の場合にはエッジ無し、0.2~1の場合にはエッジ有りと判定する。エッジ1本は直径2.6mmの中実円柱に置換する。設計領域(50mm×50mm×15mm)からはみ出す部分を切り取り、下側にベース部30(50mm×50mm×6mm)を取り付けることで、図3(e)に示すようなソリッドデータを得ることができる。
【0034】
目的関数としては、ヒートシンクの性能としての放熱効率を表す指標や、材料コストを表す指標が含まれる。本実施形態では、総伝熱量Qに基づいてトポロジーを最大化させ、かつ、ラティス体積V(3次元ラティス構造の体積)に基づいてトポロジーを最小化させる。総伝熱量Qは、熱流体解析により評価し、ラティス体積Vは、エッジ全長に置き換えて自作コードで解析的に評価する。また、すべてのエッジが熱伝達に貢献するように、全エッジがベース部30と連結していることを制約条件として考慮する。
【0035】
本実施形態では、最適化のための計算手法として、生物の進化を模擬した集団探索ベースとした最適化アルゴリズムである、遺伝的アルゴリズム (Genetic Algorithm)(以下「GA」と言う)を用いる。GAは、目的関数の性質(微分可能性、非線形性、多峰性など)を問わず様々な最適化問題に適用できるだけでなく、局所最適解に陥ることなく大域的最適解の発見が期待される。本実施形態で対象とする、非線形の支配方程式で記述される熱流体力学問題、そして構造のトポロジー変化によって性能が敏感(すなわち多峰的)に変化する最適化問題においては、GAは有力な解法となる。これまでに多種多様なGAが提案されているが、ここでは、世界で最も有名で、多数の性能検証及び応用実績のあるNon-Dominated Sorting Genetic Algorithm II (以下「NSGA-II」と言う)を用いる。
【0036】
一方、GAは、集団を構成する多数の解について目的関数を評価する必要があるため、最適化計算に要する全コストが膨大となる。特に、熱流体解析などの大規模数値計算によって目的関数を評価する場合には、計算コストの面からGAの単独利用は現実的ではない。そこで、計算コストを削減するために応答曲面(別名サロゲートモデル)を併用する(応答曲面法)。応答曲面とは、入力(設計変数)xに対する出力(目的関数)f(x)のサンプルデータを学習することで、ブラックボックスであるf(x)の応答を、以下に示す代数式Bとして近似表現したものである。
【0037】
【数2】
【0038】
代数式Bを通して、任意の入力値に対する出力値を瞬時に推定できるため、目的関数評価そして最適化全体に要する計算時間を大幅に削減できる。ただし、応答曲面は目的関数の近似に過ぎず、そこで生じる誤差は最終的に得られる最適解の品質に影響するため、解探索の過程で近似誤差を慎重に取り扱う必要がある。
【0039】
本実施形態では、応答曲面として、Kriging応答曲面を用いる。他の応答曲面は目的関数f(x)の近似値である代数式Bだけをモデル化するのに対して、Krigingは近似値(代数式B)と、その不確かさ、すなわち近似誤差(次式で示す)と、の2つをモデル化できる。
【0040】
【数3】
【0041】
この不確かさCの情報を参考にすることで、応答曲面上で大域的最適解の存在が期待される位置を確率論的に特定できる。ここでは、最大化すべき目的関数f(x)について、現在までに探索された目的関数の最適値fmaxからの改善量の期待値EI[f(x)](Expected Improvement)を次式により算出する。
【0042】
【数4】
【0043】
ここで、Fは平均B、分散Cとした正規分布に従う確率分布、PDF(F)はFの確率密度分布である。元の目的関数f(x)を最大化する代わりに、Kriging応答曲面上で期待値EI[f(x)]を最大化する解x*を最適化計算により探索する。このx*において目的関数f(x*)を評価したものを新たなサンプルデータとして追加した後、Kriging応答曲面を更新する。以上のようにサンプルデータの追加を繰り返すことで、大域的最適解の探索と応答曲面の精度向上を同時に達成できる。
【0044】
本実施形態における最適化計算の手順を図4に示す。1つ目の目的関数である総伝熱量Qは、サンプルデータが与えられている条件では熱流体解析により評価、その他の条件ではKriging応答曲面により近似評価する。2つ目の目的関数であるラティス体積Vは、エッジ全長に置き換えて自作コードで解析的に評価する。
【0045】
図4に示す手順において、最初に、Latin Hypercube Sampling(LHS)によって68設計変数空間内に一様に初期サンプルデータ(計98点)を作成する(ステップS1)。そして、各点に対応するヒートシンクの構造データを作成して熱流体解析によりQを評価した後、Qを近似するKriging応答曲面を構築する(ステップS2)。
【0046】
次に、Kriging応答曲面上で推定されるEI[Q]が最大となり、かつ、体積V(エッジ全長の解析値)が最小となるPareto最適解を、NSGA-II(集団サイズ200、世代数200、突然変異率約1.5%)で探索する(ステップS3)。ここで、Pareto最適解とは、すべての目的関数について、ほかのどの解よりも劣っていない解を意味する。2目的関数空間で得られる無数のPareto最適解集合の中から、極限解として、期待値EI[Q]の最大解と体積Vの最小解との2つと、残りの解集合をK平均法により3分割したときの各重心に最も近い解の3つについて、熱流体解析を実施し、これらの結果(最大で計5点)をサンプルデータに追加した後、Kriging応答曲面を更新する(ステップS4)。以上の更新作業を繰り返すことで、必要最小限の熱流体解析回数(すなわちサンプル点数)で効率的にPareto最適解を探索する。
【0047】
つづいて収束判定を行う(ステップS5)。この収束判定としては、例えば、EI[Q]が既定の閾値未満になって収束したか否か、又は、エッジ放熱要素の形状のトポロジーが更新されなくなり収束したか否かを判定する。
【0048】
収束判定において、収束していないと判定した場合(ステップS5でNo)、サンプルを現在のサンプル点に追加してKrigingモデルを更新する(ステップS1)。
【0049】
一方、収束判定において、収束したと判定した場合(ステップS5でYes)は最適化の処理を終了する。以上の手順により、必要最小限の回数で効率的にPareto解を探索することができる。
【0050】
<熱流体解析>
熱流体解析は、図5において立方体状に示す領域A1と境界条件において実施する。作動流体は空気である。ヒートシンク底面(領域A1の底面Ab)を熱源とし、第1種境界条件として一定温度323.15Kを与える。領域A1の周囲では、熱を充分に逃がすように第3種境界条件(293.15K)を設定する。ここでは、自然対流をモデル化するためにブシネスク近似を用いる。市販の流体解析ソフトウェア「ANSYS Fluent 2019 R1.2」の圧力ベースソルバーを用いて、ヒートシンクの総伝熱量Qを評価する。支配方程式は、連続の式、定常非圧縮性Navier-Stokes方程式、定常エネルギー方程式である。また、Pseudo Transient法を用いて圧力ベース連成型ソルバーの疑似非定常アルゴリズムを有効にする。その結果、支配方程式に非定常項が効率的に追加され、安定性と収束性が向上する。表1に、本実施形態で用いた計算スキームを示す。
【0051】
【表1】
【0052】
熱流体解析用の計算格子は、カットセル法(最小要素サイズ0.2mm)によって生成する。一般的な物体適合格子法に比べて、カットセル法はトポロジー最適化の過程で探索される複雑な構造に対しても、格子を自動生成できる。また、物体表面を単純な階段状のセルで表現する直交格子法と異なり、物体表面と交差するセルを切断して物体に沿った格子を抽出するカットセル法は、壁面の隣でも検査体積が定義されるため、保存則が満たされるという特徴を持つ。
【0053】
<結果と考察>
初期サンプルデータ(点P11)と、最適化計算で探索された追加サンプルデータの散布図を、目的関数空間(横軸:総伝熱量Q(単位W)、縦軸:体積V(単位m))でプロットしたものを図6に示す。追加サンプルデータは、(a)総伝熱量Qの最大化と、体積Vの最小化と、の2目的最適化(応答曲面を10回更新)による結果(点P12)、及び、(b)総伝熱量Qの最大化のみの1目的最適化(応答曲面を18回更新)による結果(点P13)である。上記(a)の2目的最適化では、応答曲面を10回更新しており、上記(b)の1目的最適化では応答曲面を18回更新した。
【0054】
これらのサンプルデータの中で、Pareto最適解となる実施例のヒートシンクを小さな丸点P14で示している。加えて、比較例として、図7に示す、櫛歯状の放熱要素を有し、押し出し成形によって2次元フィン構造とした、既製品のヒートシンク(21F50)を点P15で示す。点P15に示すヒートシンクは、点P14で示す、Pareto最適解となる実施例のヒートシンクと同じサイズとしており、フィン部50mm×50mm×15mm、ベース部50mm×50mm×6mmとしている。さらに、図3(e)のようにすべてのエッジにラティスを配置した構造(フルラティス構造)のデータも、点P16として併せてプロットしている。
【0055】
図6より、初期サンプルデータ(P11)に比べて、2目的最適解(点P14)は総伝熱量Q及び体積Vの双方について改善している。例えば、2目的Pareto最適解のうちQが最大となるもの(09-001、「9回目の更新で得られた追加サンプルデータの1点目」の意)は、既製品(P15)に比べて総伝熱量Qが22%向上(増大)し、体積Vは53%削減(減少)できている。また、2目的最適化による追加サンプルデータ(点P14)の分布から、総伝熱量Qの最大化と体積Vの最小化の間にトレードオフ関係があることが示された。次に、1目的最適解(点P13)のうち最も総伝熱量Qの大きな点(14-001)に着目すると、2目的最適解(09-001)のサンプル(図8に示すサンプル)の近くに位置している。このことから、2目的最適解(09-001)は総伝熱量Q最大化の設計限界におおよそ達している、すなわち、これ以上総伝熱量Qを最大化することは不可能である、と言える。
【0056】
次に、代表的な最適解と既製品について説明する。ヒートシンクの構造と、ヒートシンクで発生する流れ場を可視化したものを図7図10に示す。図7は、複数の板状のフィンFが互いに平行に設けられた既製品(図6においてサンプル名「21F50」で示す。)について示し、図8図10は、3次元ラティス構造を備えた2目的最適解について示している。図8図10に示すサンプルは、エッジEの集合を備えた放熱要素が、基材20の表面21の法線方向Dnにおいて、基材20側から3つの層L1、L2、L3の3層が順に積層された3次元ラティス構造を有している。さらに、このサンプルを基材20の表面21の法線方向Dnに沿って見たときに、正方形状の基材20の四辺に対応する四方向D1、D2、D3、D4について互いに対称な四方対称な形状を有している。
【0057】
図8は、9回目の更新で得られた追加サンプルデータの1点目(図6において「サンプル名09-001」で示す。)を示し、図9は、8回目の更新で得られた追加サンプルデータの1点目(図6においてサンプル名「08-001」で示す。)を示し、図10は、10回目の更新で得られた追加サンプルデータの2点目(図6においてサンプル名「10-002」で示す。)を示している。
【0058】
図7図10の各図において、(a)はサンプルの全体形状を示す斜視図であり、(b)~(d)は以下に述べる範囲における熱分布を示している。黒色の濃度が高いほど温度が高いことを示している。
【0059】
図7において、(b)は基材120の法線方向Dnにおいて基材120に近い高さ範囲における熱分布を示し、(c)は、(b)に示す範囲と(d)に示す範囲の間の中間の高さ範囲における熱分布を示し、(d)は最も高い範囲における熱分布を示している。
【0060】
図8図10の各図において、(b)は、ラティス構造の下側の層、すなわち、基材20側の第1層L1及び第2層L2、における熱分布を示し、(c)は、ラティス構造の上側の層、すなわち、第2層L2及び第3層L3、における熱分布を示し、(d)は第3層L3(最遠層)における熱分布を示している。
【0061】
図7に示す既製品(サンプル名:21F50)では、周囲の冷たい空気が、隣り合うフィンFの隙間に沿って、すなわち、フィンFが延びる方向に沿った二方向Da、Dbだけから、ヒートシンク内へ入っており、(b)、(c)、(d)から分かるように、ヒートシンクから熱を受けて温められた空気は基材120から離れるように上昇していく。図7に示す既製品では、基材120の法線方向Dnに沿って見た平面視で正方形状の基材120の2辺に対応する方向Da、Dbのみから空気を取り込むため、ヒートシンクの取り付けの姿勢、方向によって、吸熱・放熱性能が大きく影響されやすい。
【0062】
一方、図8図10に示す2目的最適解では、ヒートシンクの構造が四方対称であるため、周囲の冷たい空気は、基材20の四辺に対応する四方向D1、D2、D3、D4のすべてから取り込まれる。各図の(b)、(c)に示すように、取り込まれた空気は中央部分で暖められ、(d)に示すように第3層L3から放出される。このことから、図8図10に示す、最適化されたヒートシンクでは、図7に示す既製品と比較して、取り付け方向が性能に与える影響が小さいことが分かり、ロバストな設計がなされていると言える。
【0063】
さらに、図8図10の2目的最適解同士を比較する。これらのラティス構造に共通する構成は、ラティス構造の下側の層である、第1層L1~第2層L2の側部に、空隙Gb(インテーク、通気口)が存在し、かつ、ラティス構造の上側の層である、第2層L2~第3層L3の中央部で、ラティスが密であることである。エッジEの配置密度は、基材20から離れた層ほど、すなわち第1層L1から第3層L3へ向かうほど、基材20の表面21の面方向の外側部分よりも中央部分の方が高くなっている。また、第3層L3は、基材20の法線方向Dnの上方へ開いた空隙Gt(通気口)を有している。
【0064】
上記インテークは、ヒートシンクの四方(四つの方向D1~D4)から、周囲の冷たい空気を取り込むことを可能とし、これによってヒートシンク中央部まで十分に空気を行き届かせることができていると考えられる。これに対して、図7に示す既製品では、インテークは、平面視四角形状の基材120の2辺に対応する位置のみであり、周辺の空気の流れによっては空気が流入するのは一方のインテークのみからとなる場合も想定されるため、周囲から取り込んだ空気がヒートシンク中央部まで行き届かせることは容易ではない。
【0065】
図8図10に示す2目的最適解のヒートシンクでは、取り込んだ空気がヒートシンクから十分に熱を奪えるように、大半の空気が通過する中央部に密なラティスを集中的に配置させているため、入り込んだ空気を空隙Gb(インテーク)から逃がすことを抑え、かつ、第3層L3へ向かう流れが形成しやすくなることから、ヒートシンク内で熱を奪って暖まった空気を第3層L3から外へ放出しやすくなり、これにより放熱性能の改善に大きな効果を発揮できると考えられる。さらに、図8図10に示す2目的最適解のヒートシンクでは、ラティス構造の下側の層にインテークとしての空隙Gb(通気口)を有し、かつ、第3層L3の中央部でラティスが密に配置するという構成を満足しながら、ラティスを適宜間引くことで、性能(Q)と材料コスト(V)のバランスを調整することができる。
【0066】
これに対して、図7に示す既製品は、上述のように、流入した空気が中央部まで到達しづらく、また、中央部において空気の流れを抑えて上方へ空気を逃がしやすくする構成も備えていないため、インテーク近傍で、周辺から流入した空気と、ヒートシンク内で暖められた空気とが混在し、空気の流れが停滞することで十分な放熱性能を発揮することが困難となることも考えられる。
【0067】
以上説明したように、本実施形態では、ヒートシンクの3次元ラティス構造について、性能改善及び材料コスト削減を目指した多目的最適化を実施した。その結果、グラフ理論によって表現されたラティス構造を、GAとKriging応答曲面を併用して最適化することで、最適化計算を効率的に実現することができた。そして、既製品(2次元押し出しのフィン構造)に比べて、性能改善及び材料コスト削減を実現可能とする3次元ラティス構造を見出すことができた。この3次元ラティス構造は、従来のヒートシンクに見られない、放熱性能と低い材料コストを両立させた斬新なものである。さらに、性能改善のためのラティス構造の特徴と、それを裏付ける熱流体現象を特定することができた。
【符号の説明】
【0068】
11 制御回路
12 演算回路
13 調整回路
14 記憶部
15 入力部
16 表示部
20、120 基材
21 表面
30 ベース部
A1 領域
Ab 底面
D1、D2、D3、D4、Da、Db 方向
Dn 法線方向
Ds 積層方向
E エッジ
F フィン
Gb 空隙(通気口)
Gt 空隙(通気口)
L1、L2、L3 3次元ラティス構造の層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10