(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161701
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】アーク溶接用シールドガスおよび鋼材のアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/16 20060101AFI20221014BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20221014BHJP
【FI】
B23K9/16 J
B23K9/173 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021066709
(22)【出願日】2021-04-09
(71)【出願人】
【識別番号】000158312
【氏名又は名称】岩谷産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【弁理士】
【氏名又は名称】北野 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100137246
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 勝也
(72)【発明者】
【氏名】大石 尚哉
(72)【発明者】
【氏名】藤川 敦士
(72)【発明者】
【氏名】石井 正信
(72)【発明者】
【氏名】木村 駿介
(72)【発明者】
【氏名】吉田 佳史
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB08
4E001CA01
4E001CA03
4E001DD02
4E001DD04
(57)【要約】
【課題】作業環境におけるMnの低減を達成可能なアーク溶接用シールドガスおよび鋼材のアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】アーク溶接用シールドガスは、亜鉛めっき層を有さない鋼材21の消耗電極式アーク溶接に用いられるアーク溶接用シールドガスである。このアーク溶接用シールドガスは、5体積%を超え20体積%未満の二酸化炭素と、80体積%を超え95体積%未満のアルゴンとを含有し、残部が不可避的不純物からなる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛めっき層を有さない鋼材の消耗電極式アーク溶接に用いられるアーク溶接用シールドガスであって、
5体積%を超え20体積%未満の二酸化炭素と80体積%を超え95体積%未満のアルゴンとを含有し、残部が不可避的不純物からなる、アーク溶接用シールドガス。
【請求項2】
7体積%以上の二酸化炭素を含有する、請求項1に記載のアーク溶接用シールドガス。
【請求項3】
亜鉛めっき層を有さない鋼材を準備する工程と、
シールドガスによりシールドしつつ前記鋼材と溶接ワイヤとの間にアークを形成して前記鋼材および前記溶接ワイヤを加熱して溶融させ、溶融池を形成する工程と、
前記溶融池を凝固させる工程と、を備え、
前記シールドガスは、請求項1または請求項2に記載のアーク溶接用シールドガスである、鋼材の溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アーク溶接用シールドガスおよび鋼材のアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼材の消耗電極式アーク溶接においては、消耗電極である溶接ワイヤと鋼材との間にアークが形成される。アークの熱エネルギーにより鋼材および溶接ワイヤが溶融し、溶融池が形成される。この溶融池が凝固することにより溶接が達成される。
【0003】
アーク溶接においては、高温のアークにより鋼材や溶接ワイヤを構成する種々の成分が気化し、これが固化することによりヒュームが生成する。適切な作業環境を確保する観点から、ヒュームの発生を抑制することが求められる。たとえば、亜鉛メッキ鋼板の溶接においては、高温のアークによって気化した亜鉛が固化することで、亜鉛ヒュームが形成される。これに対し、亜鉛ヒュームを抑制する種々の技術が提案されている(たとえば、特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-179484号公報
【特許文献2】特開2002-192365号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
亜鉛めっき層を有さない鋼材の溶接においても、ヒュームが問題となる場合がある。アーク溶接において、溶融池に大気中の酸素や窒素が侵入して金属の酸化物や窒化物が形成されると、凝固後の溶融池、すなわち溶接部の強度が低下する。このような現象を抑制する観点から、溶融池が形成される領域を取り囲むようにシールドガスが流され、酸素や窒素の侵入が阻害される。しかし、シールドガスによって酸素や窒素の侵入を完全に防止することは難しい。そのため、溶接ワイヤとしてシリコン(Si)やマンガン(Mn)を含有するワイヤが採用される。Mnは、酸素と結びついてMnOなどの酸化物を含むスラグを形成する。このスラグが溶融池の表面を覆うことで、溶融池への酸素や窒素の侵入がさらに抑制される。しかし、MnOの沸点はアークの温度よりも低い。そのため、アークの熱によって気化したMnOに起因してヒューム中にMnが含まれる場合がある。このMnは労働安全衛生法上の有害物質である塩基性マンガンの一部となる。そのため、ヒューム中のMnの低減が求められる。作業環境におけるMnの低減を達成可能なアーク溶接用シールドガスおよび鋼材のアーク溶接方法を提供することが、本開示の目的の1つである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のアーク溶接用シールドガスは、亜鉛めっき層を有さない鋼材の消耗電極式アーク溶接に用いられるアーク溶接用シールドガスである。このアーク溶接用シールドガスは、5体積%を超え20体積%未満の二酸化炭素(CO2)と、80体積%を超え95体積%未満のアルゴン(Ar)とを含有し、残部が不可避的不純物からなる。
【0007】
本開示の鋼材の溶接方法は、亜鉛めっき層を有さない鋼材を準備する工程と、シールドガスによりシールドしつつ上記鋼材と溶接ワイヤとの間にアークを形成して鋼材および溶接ワイヤを加熱して溶融させ、溶融池を形成する工程と、溶融池を凝固させる工程と、を備える。シールドガスは、上記本開示のアーク溶接用シールドガスである。
【発明の効果】
【0008】
上記本開示のアーク溶接用シールドガスおよび鋼材のアーク溶接方法によれば、作業環境におけるMnの低減を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】溶接の手順の概略を示すフローチャートである。
【
図2】溶接の手順を説明するための概略断面図である。
【
図3】シールドガスに含まれる二酸化炭素の割合と作業環境におけるMn濃度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[実施形態の概要]
本開示に従ったアーク溶接用シールドガスは、亜鉛めっき層を有さない鋼材の消耗電極式アーク溶接に用いられるアーク溶接用シールドガスである。このアーク溶接用シールドガスは、5体積%を超え20体積%未満の二酸化炭素と、80体積%を超え95体積%未満のアルゴンとを含有し、残部が不可避的不純物からなる。
【0011】
本開示に従った鋼材の溶接方法は、亜鉛めっき層を有さない鋼材を準備する工程と、シールドガスによりシールドしつつ上記鋼材と溶接ワイヤとの間にアークを形成して鋼材および溶接ワイヤを加熱して溶融させ、溶融池を形成する工程と、溶融池を凝固させる工程と、を備える。シールドガスは、上記本開示のアーク溶接用シールドガスである。
【0012】
本発明者らは、鋼材の消耗電極式アーク溶接の作業環境におけるMn濃度に影響を及ぼす要因について検討を行った。その結果、シールドガスとして二酸化炭素とアルゴンとの混合ガスを採用するとともに、二酸化炭素の含有量を20体積%未満とすることにより、作業環境におけるMn濃度を低減できることを見出した。一方、本発明者らの検討によれば、二酸化炭素の含有量を5体積%以下とすると、スパッタの発生が顕著となり、溶接部の品質が低下する。本開示のアーク溶接用シールドガスおよび鋼材の溶接方法においては、シールドガスは、5体積%を超え20体積%未満の二酸化炭素を含有する。そのため、作業環境におけるMn濃度の低減とスパッタの抑制とを両立することができる。このように、本開示のアーク溶接用シールドガスおよび鋼材の溶接方法によれば、作業環境におけるMnの低減を達成することができる。
【0013】
上記本開示のアーク溶接用シールドガスおよび鋼材の溶接方法において、アーク溶接用シールドガスは、7体積%以上の二酸化炭素を含有していてもよい。これにより、アークを安定させ、スパッタの発生を一層抑制することができる。
[実施形態の具体例]
【0014】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
図1を参照して、本実施の形態の鋼材の溶接方法では、まず被溶接物である鋼材が準備される(S10)。この工程(S10)では、
図2を参照して、たとえば亜鉛めっき層を有さない鋼材である鋼板21が準備される。鋼板21を構成する鋼の成分組成は特に限定されるものではなく、たとえばJIS(日本工業規格)に規定される軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、ステンレス鋼などであってもよい。
【0015】
次に、溶接トーチを用いて溶融池が形成される(S20)。
図2を参照して、溶接トーチ10は、中空円筒形状を有する溶接ノズル11と、溶接ノズル11に取り囲まれるように配置され、電源(図示しない)に接続されたコンタクトチップ12とを含む。コンタクトチップ12には、貫通孔12Aが形成されている。溶接ワイヤ13は、送給ロール14によってコンタクトチップ12の貫通孔12Aを通って溶接ノズル11の先端側へと送られる。コンタクトチップ12の貫通孔12Aの径は、溶接ノズル11の先端付近の領域において小さくなっている。この領域において、コンタクトチップ12と溶接ワイヤ13とは接触している。このようにして、コンタクトチップ12に接触しつつ、溶接ワイヤ13が溶接ノズル11の先端側へと連続的に供給される。溶接ワイヤ13としては、たとえばJISに規定される炭酸ガス溶接用溶接ワイヤであるYGW12を採用することができる。溶接ワイヤ13は、Cu(銅)めっき層を有していなくてもよい。
【0016】
溶接ノズル11は、側面に配置され、シールドガスを導入するための導入口11Aを有している。また、溶接ノズル11とコンタクトチップ12との隙間は、シールドガスの流路となっている。当該流路を流れるシールドガスは、溶接ノズル11の先端から吐出される。このような構造を有する溶接トーチ10を用いて、工程(S20)を実施することができる。
【0017】
鋼板21を一方の電極とし、溶接ワイヤ13を他方の電極として鋼板21と溶接ワイヤ13との間に電圧を印加すると、溶接ワイヤ13と鋼板21との間にアークβが形成される。アークβは、矢印α1に沿って導入口11Aから導入され、溶接ノズル11の先端から矢印α2に沿って吐出されるシールドガスによって、周囲の大気からシールドされる。アークβの熱により、鋼板21の一部および溶接ワイヤ13の先端が溶融する。溶接ワイヤ13の先端が溶融して形成された液滴は、鋼板21の溶融した領域へと移行する。これにより、溶融した鋼板21と溶接ワイヤ13とが混ざり合った液体領域である溶融池31が形成される。
【0018】
次に、溶融池の形成領域を移動させつつ、先に形成した溶融池を凝固させる工程(S30)が実施される。この工程(S30)では、形成されるべきビード(溶接部)の延在方向である矢印γに沿って、溶接トーチ10を鋼板21に対して相対的に移動させる。その結果、溶融池31が形成される領域が順次移動し、先に形成された溶融池31は凝固して、ビード32となる。そして、接合されるべき領域に沿ってビード32を形成することで溶接が完了する。
【0019】
ここで、本実施の形態の鋼材の溶接方法においては、シールドガスとして5体積%を超え20体積%未満の二酸化炭素と80体積%を超え95体積%未満のアルゴンとを含有し、残部が不可避的不純物からなるアーク溶接用シールドガスが採用される。不可避的不純物の含有量は、たとえば0.1体積%以下であることが好ましい。また、不可避的不純物としての水の含有量は80体積ppm以下であることが好ましい。シールドガスにおける二酸化炭素の含有量を20体積%未満とすることにより、作業環境におけるMn濃度を低減することができる。また、シールドガスにおける二酸化炭素の含有量を、5体積%を超えるものとすることにより、スパッタの発生を抑制することができる。このように、本実施の形態におけるシールドガスおよびこれを用いた鋼材の溶接方法によれば、作業環境におけるMnの低減を達成することができる。
【0020】
なお、シールドガスにおける二酸化炭素の含有量は、スパッタをより確実に抑制する観点から7体積%以上とすることが好ましく、10体積%以上としてもよい。一方、シールドガスにおける二酸化炭素の含有量は、作業環境におけるMn濃度をより確実に抑制する観点から15体積%以下としてもよく、13体積%以下としてもよい。
【実施例0021】
鋼材の溶接を実際に行い、シールドガスに含まれる二酸化炭素の割合が作業環境におけるMn濃度およびスパッタの発生に及ぼす影響を確認する実験を行った。実験の手順は以下の通りである。
【0022】
鋼材の溶接は、上記実施の形態において説明した方法に従って実施した。鋼板21として、JISに規定されるSS400からなり、亜鉛めっき層を有さない厚み25mmの鋼板を準備した。そして、鋼板21の表面の酸化物層を除去したうえで、上記実施の形態の工程(S20)および(S30)を実施することにより、鋼板21に一定の長さのビードを形成した。このとき、シールドガスとしてArとCO2との混合ガスを採用するとともに、CO2の含有量を変化させた。溶接機として、短絡くびれ検出制御機能を有する溶接機を採用した。溶接ワイヤ13としては、直径1.2mmのYGW12(Cuめっき層を有さないもの)を使用した。そして、溶接時の作業環境におけるMn濃度、および溶接時のスパッタの発生状態について調査した。
【0023】
(Mn濃度の測定)
溶接作業中における溶接トーチ10周辺の大気を採取し、大気1m3あたりに含まれるヒューム中のMnの質量を測定し、これを溶接作業が実施される空間(作業環境)におけるMn濃度として評価した。より具体的には、ヒューム中のレスピラブル粒子(ISO7708 Air quality-Particle size fraction definitions for health-related sampling参照)を捕集し、レスピラブル粒子中に含まれるMnの質量を測定した。ヒュームは、日本国厚生労働省が定める作業環境測定基準(労働省告示第四十六号)の別表第一の規定に沿って、分粒装置を用いるろ過捕集方法により捕集した。また、Mn量の分析は、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法により実施した。
【0024】
(スパッタの発生状態)
溶接作業中におけるスパッタの発生状態および溶接後における溶接部(ビード)の状態を目視にて調査した。
【0025】
(Mn濃度の測定の測定結果)
図3に、Mn濃度の測定結果を示す。
図3において横軸はシールドガスにおけるArの割合に対応する。シールドガスは、ArとCO
2との混合ガスである。シールドガスにおけるAr以外の部分がCO
2である。たとえば、Arが80体積%である場合、CO
2は20体積%である。
図3において、縦軸は作業環境におけるMn濃度に対応する。Mn濃度は、作業環境の大気1m
3に含まれるヒューム中のMnの質量を意味する。
【0026】
図3を参照して、シールドガスにおけるArの含有量が80体積%を超えると、すなわちCO
2の含有量が20体積%未満になると、作業環境におけるMn濃度はCO
2の含有量が少なくなるにしたがって小さくなる。このことから、ArとCO
2との混合ガスであるシールドガスにおけるCO
2の含有量は、20体積%未満であることが好ましく、15体積%以下、さらには13体積%以下とすることが好ましいことが確認される。
【0027】
(スパッタの発生状態の評価)
表1に、スパッタの発生状態の評価結果を示す。表1においてAはスパッタの発生がほとんどなく、良好な溶接が達成されたことを示す。Bは、スパッタの発生は見られたものの、溶接部の品質が許容可能であったことを示す。Cは、スパッタの発生が顕著で、溶接部の品質が劣ることを示す。
【0028】
【0029】
表1を参照して、CO2の含有量が5体積%を超える場合、好ましくは7質量%以上である場合、溶接部の品質を許容可能なものとできることが確認される。特に、CO2の含有量が10質量%以上20質量%未満の場合、スパッタの発生が有効に抑制されることが確認される。
【0030】
以上の実験結果より、本開示のアーク溶接用シールドガスおよび鋼材のアーク溶接方法によれば、作業環境におけるMnの低減を達成することができることが確認される。なお、発明者らは、上記直径1.2mmの溶接ワイヤに代えて、直径1.2mmを超える直径1.4mmの溶接ワイヤ、直径1.2mm以下である直径1.0mmおよび直径0.9mmの溶接ワイヤを用いた同様の実験を実施し、同様の結果を得ている。
【0031】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、特許請求の範囲によって規定され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
10 溶接トーチ、11 溶接ノズル、11A 導入口、12 コンタクトチップ、12A 貫通孔、13 溶接ワイヤ、14 送給ロール、21 鋼板、31 溶融池、32 ビード。