(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161835
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】MCI治療のための40Hz療法による治療器具
(51)【国際特許分類】
A61N 5/06 20060101AFI20221014BHJP
【FI】
A61N5/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022043680
(22)【出願日】2022-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2021066832
(32)【優先日】2021-04-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022038732
(32)【優先日】2022-03-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】719005194
【氏名又は名称】松田 智夫
(72)【発明者】
【氏名】松田 智夫
【テーマコード(参考)】
4C082
【Fターム(参考)】
4C082PA01
4C082PC10
4C082PE10
4C082PG12
4C082PG13
4C082PG20
4C082PJ04
(57)【要約】
【課題】MCIのブレインフォッグと物忘れの症状を軽減する治療器具を提供する。
【解決手段】
生体組織を透過する「生体の窓」と呼ばれる波長650~1000nmの範囲の光源を約40Hzの繰り返し周波数で明滅させるとともに10mW/cm2以下の光エネルギー密度でMCIの患部に向けて照射するPBM療法器具10と、SSVEPとASSRで約40Hzの脳波を誘導する知覚療法器具20とを併用するにあたり、位相制御装置150を用いて複数の治療器具で発生する刺激の位相差を制御して安全性を確保する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔内でフォトバイオモジュレーション(PBM)を応用したMCIの治療器具としてのPBM療法器具10であって、
前記PBM療法器具10は、LED光源30とLED光源保持部35とLED駆動装置50とを含んで構成され、
前記LED光源30は、生体組織を透過する生体の窓3と呼ばれる波長650~1000nmの範囲に出力波長を有するLED素子60と、指向性を整える光学系70を含んで構成され、
前記LED光源保持部35は、口腔内に前記LED光源30を保持して位置と照射方向を定める部材であり、
前記LED駆動装置50は、前記LED素子60に駆動電流を供給して所定値5以下の光エネルギー密度140で光束40を約40Hzの繰り返し波形で明滅させながら照射させる制御装置であり、
前記LED駆動装置50はまた、40Hz信号源210とLED駆動回路220と出力調整手段230と出力監視手段240を含んで構成され、
前記40Hz信号源210は、約40Hzの時系列波形の指令値250を出力し、
前記LED駆動回路220は、前記指令値250を入力して前記LED光源30に駆動電流を供給し、
前記出力調整手段230は、前記光エネルギー密度140を連続的または/および不連続的に調整し、
前記出力監視手段240は、前記光エネルギー密度140を間接的もしくは直接的に計測して表示する、
とともに、口腔内で照射する前記所定値5は10mW/cm2である、
ことを特徴とする、MCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項2】
請求項1において、前記PBM療法器具10はLEDランス200であって、
前記LED光源保持部35は、先端または/および先端の側面に配設した前記LED光源30の位置と照射方向を口腔内で操作する棒状の部材を備える把持部80である、
ことを特徴とする、請求項1に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項3】
請求項1において、前記PBM療法器具10はLEDマウスピース400であって、
前記LED光源保持部35は、上顎または下顎の歯列に嵌めてマウスピース座標系420における位置と照射方向の再現性を維持して口腔内に固定するマウスピース460と、前記マウスピース座標系420と頭蓋骨座標系430との2つの直交座標系の座標変換行列440を規定する3点以上の造影部材挿入可能点450と、前記LED光源30を配設する位置と照射方向の再現性を維持して前記マウスピース460に配設する連結部材470を備えるマウスピース部410である、
ことを特徴とする、請求項1に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項4】
請求項3に記載した上顎の歯列に嵌める前記マウスピース部410において、
照射目標地点490を前記光束40に含むように前記LED光源30を配設する位置と照射方向を口腔内で保持するLED基板部480をさらに備える、
ことを特徴とする、請求項3に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項5】
生体組織を透過する生体の窓3と呼ばれる波長の範囲の光源を約40Hzの繰り返し波形で明滅させて所定値5以下の光エネルギー密度140で光束40をMCIの患部に向けて照射してMCIの患部を刺激するPBM療法器具10と、SSVEPとASSRの現象を利用して光による視覚刺激と音による聴覚刺激で約40Hzの脳波を誘導する知覚療法器具20とを併用するにあたり、これらの複数種類の刺激の位相を制御する位相制御装置150を備えたMCIの治療器具であって、
前記所定値5は10mW/cm2であり、
前記位相制御装置150は、前記PBM療法器具10と前記知覚療法器具20が発生する複数種類の刺激の位相角110を位相同期するとともに、前記複数種類の刺激の位相角110の位相差120を設定して制御する同期信号130を出力する、
ことを特徴とする、MCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項6】
請求項5において、
前記PBM療法器具10は、LED光源30とLED光源保持部35とLED駆動装置50とを含んで構成され、
前記LED光源30は、生体組織を透過する前記生体の窓3と呼ばれる波長650~1000nmの範囲に出力波長を有するLED素子60と、指向性を整える光学系70を含んで構成され、
前記LED光源保持部35は、口腔内もしくは頭皮上に前記LED光源30を保持して位置と射出方向を定める部材であり、
前記LED駆動装置50は、前記LED素子60に駆動電流を供給して前記所定値5以下の光エネルギー密度140で前記光束40を約40Hzの繰り返し波形で明滅させながら照射させる制御装置であり、
前記LED駆動装置50はまた、40Hz信号源210とLED駆動回路220と出力調整手段230と出力監視手段240を含んで構成され、
前記40Hz信号源210は、約40Hzの時系列波形の指令値250を出力し、
前記LED駆動回路220は、前記指令値250を入力して前記LED光源30に駆動電流を供給し、
前記出力調整手段230は、前記光エネルギー密度140を連続的または/および不連続的に調整し、
前記出力監視手段240は、前記光エネルギー密度140を間接的もしくは直接的に計測して表示する、
とともに、
前記40Hz信号源210は、前記位相制御装置150からの前記同期信号130により他励動作100を行う、
ことを特徴とする、請求項5に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項7】
請求項6において、前記PBM療法器具10はLEDランス200であって、
前記LED光源保持部35は、先端または/および先端の側面に配設した前記LED光源30の位置と照射方向を口腔内で操作する棒状の部材を備える把持部80である、
ことを特徴とする、請求項6に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項8】
請求項6において、前記PBM療法器具10はLEDマウスピース400であって、
前記LED光源保持部35は、上顎または下顎の歯列に嵌めてマウスピース座標系420における位置と照射方向の再現性を維持して口腔内に固定するマウスピース460と、前記マウスピース座標系420と頭蓋骨座標系430との2つの直交座標系の座標変換行列440を規定する3点以上の造影部材挿入可能点450と、前記LED光源30を配設する位置と照射方向の再現性を維持して前記マウスピース460に配設する連結部材470を備えるマウスピース部410である、
ことを特徴とする、請求項6に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項9】
請求項8に記載した上顎の歯列に嵌める前記マウスピース部410において、
照射目標地点490を前記光束40に含むように前記LED光源30を配設する位置と照射方向を口腔内で保持するLED基板部480をさらに備える、
ことを特徴とする、請求項8に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項10】
請求項6において、前記PBM療法器具10はLEDパッド600であって、
前記LED光源保持部35は、底面に前記LED光源30を縦横(たてよこ)に配設し、天井面に透過板630を配設して前記光束40を照射する内部構造を備えるマトリクス方式640のLEDパッド本体610である、
ことを特徴とする、請求項6に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項11】
請求項6において、前記PBM療法器具10は前記LEDパッド600であって、
前記LED光源保持部35は、底面に前記LED光源30と反射板662ならびに導光板664および/または拡散板666から構成されるバックライト660を配設し、天井面に前記透過板630を配設して前記光束40を照射する内部構造を備えるバックライト方式650の前記LEDパッド本体610である、
ことを特徴とする、請求項6に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項12】
請求項5において、
前記知覚療法器具20は、視覚刺激器具800と聴覚刺激器具810と視聴覚位相制御装置820から構成され、
前記視覚刺激器具800は、約40Hzの繰り返し周波数で光を発する発光体170、または約40Hzの繰り返し周波数でレンズ部分の透過率を制御するLCDサングラス180であって、
前記聴覚刺激器具810は、約40Hzの繰り返し周波数で音を発する発音体160としての骨伝導イヤホン162を含むイヤホン168、ヘッドホン164、スピーカー166のうち少なくとも1台以上を含み、
前記視聴覚位相制御装置820は、前記視覚刺激器具800と前記聴覚刺激器具810との前記位相差120を設定して光の視覚刺激と音の聴覚刺激のそれぞれの位相を制御する前記同期信号130を出力する、
とともに、
前記視覚刺激器具800と前記聴覚刺激器具810は、前記視聴覚位相制御装置820からの前記同期信号130により前記他励動作100を行う、
ことを特徴とする、請求項5に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項13】
請求項12において、
前記視聴覚位相制御装置820は、前記位相制御装置150から1つの前記同期信号130を入力して前記他励動作100を行う、
ことを特徴とする、請求項12に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項14】
請求項12において、
前記視聴覚位相制御装置820は、前記位相制御装置150から2つの前記同期信号130を入力して、そのまま前記視覚刺激器具800と前記聴覚刺激器具810へ光の視覚刺激と音の聴覚刺激の位相を制御する前記同期信号130として出力する、
ことを特徴とする、請求項12に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【請求項15】
請求項12において、
前記視聴覚位相制御装置820は、前記位相制御装置150へ基準同期信号830を出力する自励動作105を行い、
前記位相制御装置150は、前記基準同期信号830を入力して前記他励動作100を行い、前記PBM療法器具10の前記位相差120を設定して前記同期信号130を出力する、
ことを特徴とする、請求項12に記載のMCI治療のための40Hz療法による治療器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知症の予防、軽減、および治療のための40Hz療法(40Hz Therapy)の技術分野において、MCIを無侵襲で安全に治療する器具を提供することを目的とする。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー型認知症(AD)における治療薬の開発戦略は、病理学的変化の進行を抑制する疾患修飾療法(Disease modification therapy)、症状を改善する症候改善療法(Symptomatic therapy)、損傷を受けた神経細胞を修復し再生を促す神経修復・再生療法(Neuro-regeneration therapy)の3種類に大別される(非特許文献1)。しかし現在に至っても、生化学物質を用いた伝統的な医薬品では、安全で有効かつ患者にとって十分に低コストな治療法は実現していない。
【0003】
現在まで「根本的な治療薬がない」といわれてきた高齢者の認知症であるが、最近になって電気・情報・システム工学の視点を加えることで障害のメカニズム解明が進展し、デジタル医薬(Digital medicine)を臨床応用した治験の成功例も増え始めている。特に、認知症を発症する以前の、生活に支障をきたしていないMCIの段階で適正な治療措置を施すことができれば、治療効果が極めて向上することが知られている。
【0004】
以下では、現在までに有効性が確認されたADのデジタル医薬による治療法を、認知症の前駆症状としての軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)の治療に応用することを目的に、デジタル医薬の背景技術をシステム工学的な視点から列記する。
【0005】
(1).システムと制御の視点
人体は、脳および全身の神経と化学プラントのような全身に分散した複雑な制御システムが健全に機能している間だけ、正常に活動することができる。特に、人体は人類が設計した設計図に基づく開発品・生産品ではないので、すでにそこにある対象物(人体)を実験と分析によって試行錯誤しながら、修理方法の完成度を高めてゆくしかない。これはサイバネティクスの学問分野に立脚したリバースエンジニアリングの視点にほかならない。
【0006】
(2).大脳における神経疾患の故障箇所究明のシステム理論
非特許文献2は、大規模な脳のネットワークと精神病理学を結びつける強力なパラダイムとしての統合トリプルネットワークモデルを提唱した論文である。この分野の方法論の進歩は、自閉症、統合失調症、認知症などの脳の接続障害についての新しい考え方を推進している。この理論では、脳を3つの大規模ネットワークに統合し、通信系の接続障害のように発生する認知などの機能障害を示している。3つの大規模ネットワークとは、過去の記憶と未来や自他に関わる堂々巡りの思惟などを司るデフォルトモードネットワーク(DMN)、今・ここにおける知覚(感情含む)を参照しながら一直線に問題解決を図るセントラルエグゼクティブネットワーク(CEN)、さらに状況変化に気付いてDMNとCENのどちらか一方だけが作動するように切替える顕著性ネットワーク(SN:Salience Network)である。
【0007】
(3).異なる脳部位の接続性と認知機能
非特許文献3は、異なる脳内部位に刺激を付与する場合、刺激の位相角(同相対逆相)を調整することにより認知障害が改善し、あるいは逆に障害が誘発される場合があることを示した重要な研究である。前頭前野と側頭領域の間で「シータ波の周波数(4~8Hz)とガンマ波の周波数(25Hz以上)との位相振幅結合(PAC)」と呼ばれるクロス周波数結合があり、作業記憶(ワーキングメモリ)に欠陥のある高齢者では、側頭領域のシータ・ガンマPACと前頭前野と側頭領域の間のシータ位相同期が不調である。また前頭側頭領域間の皮質相互作用を非同期化するように設計された交流電気刺激(tACS、transcranial alternate current stimulation)を用いて、若年成人の被験者に作業記憶障害が急速に誘発された実験結果を紹介している。
この現象は、脳内の複数個所に位相同期した複数の刺激を与える場合の位相差の設定によって治療効果(および副作用)に差異が出る可能性を示唆しており、要注意である。
【0008】
(4).40Hz療法の一種としての「知覚療法器具20」
2016年の非特許文献4で、脳神経に対する40Hzの刺激により40Hzの脳波を増強させると、アルツハイマー(AD)型認知症の原因物質であるアミロイドβとタウ蛋白を免疫細胞ミクログリアが貪食して削減する作用機序が公開された。この研究成果によりアルツハイマー症の病理学的変化の進行を抑制する疾患修飾療法(Disease modification therapy)として機能するデジタル医薬としての「40Hz療法」の基礎(特許文献1)が公知となった。
この画期的な「40Hz療法」は、SSVEPとASSRの現象を利用して光と音で視覚刺激と聴覚刺激で約40Hzの脳波を誘導する知覚療法器具20だけでなく、約40Hzの近赤外光を鼻腔から照射するフォトバイオモジュレーション(PBM)を利用したPBM療法器具10や、約40Hzの刺激を頭部に付与する磁気刺激治療(TMS、rTMS)などに応用する臨床研究が盛んに行われている。
【0009】
(5).発光体170を使用する知覚療法器具20
発光体170を使用する知覚療法器具20の臨床研究としての2021年の第2相治験の報告書(非特許文献5、非特許文献6)によれば、被験者に40Hzの光と音に集中させて周囲を観察させないように発光体170として被験者から5フィート離れて設置された2フィート角のLED発光パネルを用いて脳波を誘導した結果、デフォルトモードネットワーク(DMN)に関連した「顔と名前の連想記憶」については統計的有意性のある治療効果が得られた。しかし、セントラルエグゼクティブネットワーク(CEN)と顕著性ネットワーク(SN)に関連した治療効果は報告されていない。
【0010】
また、治験中に被験者が眠気に襲われるため、被験者の睡眠防止のために2フィート角のLED発光パネルの中央に、被験者を楽しませるモニタ画面を設置した旨が記載されている。さらに、治験期間中に被験者の睡眠の質が改善し、認知症治療に好ましい効果があったことも記載されている。
【0011】
(6).LCD素子を使用する知覚療法器具20
2019年から2020年にかけて、日米でほぼ同時期に、液晶(LCD)素子を用いて周囲光を約40Hzで明滅させて光による視覚刺激を付与する40Hz療法の治療器具(米国の特許文献2、日本の特許文献3)が出願された。
従来の発光体170を注視させる治療器具(特許文献1)では患者が周囲環境を自由に観察できないために運動療法や認知療法などの非薬物療法を40Hz療法と併用できない等の問題が生じた。その解決等として、約40Hzで明滅するLCD素子をレンズ部分に組み込んだサングラス(以下、LCDサングラス180と略記する)を通して被験者が周囲環境を自由に観察できるように改善したものである。
【0012】
このLCDサングラス180に位相同期させた約40Hzの音で聴覚刺激するためには、イヤホンやヘッドホンあるいはスピーカなどの音響機材を治療器具として使用する。この点は特許文献1などと同様である。
なおLCDサングラス180を使用する知覚療法器具20も、脳神経に対する40Hzの刺激により40Hzの脳波が増強されるため、アルツハイマー症の病理学的変化の進行を抑制する疾患修飾療法としての40Hz療法の作用機序の効果を備えている。
【0013】
なお以下では、光による視覚刺激のための治療器具として発光体170を使用する場合でも、LCDサングラス180を使用する場合でも、これらをまとめて「知覚療法器具20」と表記する。
【0014】
<備考1: 40Hzあるいは約40Hzという表記>
40Hz療法を適用する周波数について「40Hz」という表記を用いる場合であっても、治療に使用する刺激の繰り返し周波数の数値は必ずしも正確に40.0Hzである必要はなく、特許文献1や非特許文献4におけるアルツハイマー症の病理学的変化の進行を抑制する疾患修飾療法の作用機序が機能する範囲で40Hz前後の値の周波数を適用して差し支えない。この意味あいを明示的に表現したい場合には「40Hz」の代わりに「約40Hz」という表記をする場合もあるが、実質的には同じ意味である。
【0015】
<備考2: 「点滅」あるいは「明滅」という表現>
本発明の文章中で「点滅」と「明滅」という表現があるが、「点滅」は主に特許文献1の矩形波で光源を点灯/消灯の2段階で操作する文脈で使用し、「明滅」は主に特許文献3の矩形波以外の波形(例えば正弦波)で光束を多段階に明るく/暗くする文脈で使用する傾向がある。ただし、どちらも40Hz療法の作用機序を働かせる観点からは、本発明において実質的には同じ意味である。
【0016】
(7).SSVEPとASSR
40Hz光の発生源が発光体170かLCDサングラス180かにかかわらず、光と音の刺激で脳波を誘導する技術はSSVEP(定常状態視覚誘発電位、Steady State Visual Evoked Potential)およびASSR(聴性定常反応、Auditory Steady State Response)と呼ばれ、SSVEPは後頭部、ASSRは前頭部と頭頂部に設置した脳波計(EEG)の電極で検出される(非特許文献7)。
つまり知覚療法器具20では、光と音それぞれに対応した脳内の異なる2つの部位に40Hzの脳波を強制的に発生させているため、光と音からなる2種類の刺激の位相差の設定の適否が40Hz療法の治療効果(または副作用)に影響する可能性がある。この点は要注意である。
【0017】
(8).フォトバイオモジュレーション(PBM)療法
フォトバイオモジュレーションは、光が細胞のミトコンドリアなどのエネルギー生成プロセスを助けて細胞代謝に好影響を及ぼし、細胞の再生成、より早い創傷治癒、痛みの軽減、機能改善という臨床的利点が生まれる現象を利用する技術である。
【0018】
フォトバイオモジュレーションの特徴として、照射する光のエネルギー密度が高すぎれば細胞が損傷し、中程度なエネルギー密度なら細胞の活動が抑えられ、微弱かつ必要十分なエネルギー密度であれば細胞が再生する。 つまり、3段階の光のエネルギー密度ごとに大幅に異なる効果が生じるうえ、細胞の種類ごとに効果に見合った光エネルギー密度が大幅に相違する特徴がある。
【0019】
特許文献4は既存のPBM療法器具10であり、頭皮の上から頭蓋骨を通して脳皮質へ光を照射し、さらに鼻腔の中から大脳の下にある頭蓋骨を通して前頭部の裏側へ光を照射する。これは、フォトバイオモジュレーションの技術を利用して、認知症で損傷を受けた神経細胞を修復して再生を促す神経修復・再生療法(Neuro-regeneration therapy)の効果を発揮しつつ、近赤外光を照射する際に光刺激を約40Hzで点滅させる40Hz療法を併用することができるので疾患修飾療法も兼ねた治療法としても期待される。
【0020】
2015年の非特許文献8では、パーキンソン病をフォトバイオモジュレーションで治療する目的で、海馬よりも奥にある黒質緻密部(Substantia nigra)に向けて口腔や脳室から近赤外(波長808nm)のレーザー光を照射すること提唱している。
この文献では、照射するエネルギー量の基礎となる人体組織ごとの光透過率は人体の死んだ組織サンプルを解剖学的手法で採取し、エネルギー吸収量が少ない光線の通過経路をコンピュータシミュレーションで算出したものである。サルの脳室内に侵襲的に光源を埋め込む方法とともに、口腔内にレーザー光源を設置する方法を提唱しているが、その場合には光出力の大きな光源を水冷しながら内視鏡を用いて標的部に光を照射することが記されている。
【0021】
なお、マウスの実験から黒質緻密部に到達させるべきエネルギー密度は1~15mW/cm2が必要とされ、シミュレーション結果の光透過率から逆算して、口腔から黒質緻密部へ向けて照射すべき光エネルギーは1平方センチメート当たり1ワット(つまり、1000mW/cm2)が必要であることが記載されている。
【0022】
この文献は「口腔から海馬を直接照射するアイディア」を提供しているとはいえ、そのような強力なレーザー光を生きた人間の患者の口腔から脳に向けて照射するのは危険であることから、生きた人間の被験者を治療するためのアイディアとしては実用性に欠けている点に注意すべきである。
つまり、この文献は「口腔から海馬を直接照射するアイディアは実用的である」ことを示すものではなく、「口腔から海馬を直接照射するには1平方センチメート当たり1ワットという危険な強さの光エネルギーが必要で、口腔から海馬を照射する方法は危険なので回避すべき」とも読める。
ちなみに、2020年の特許文献4では鼻腔からの光照射を採用しており、口腔から海馬への直接照射は採用されていない。
【0023】
一方、2021年のPBM療法器具10(特許文献5)の発明者は、指向性の鋭いLED素子を用いて、口腔から蝶形骨(大脳の下にある頭蓋骨)を透過させて脳深部の海馬に向けて、頭皮の上から頭蓋骨を通して脳皮質を照射するPBMと同程度の強い光エネルギー密度の近赤外光を実際に照射した。
この実験では患者(発明者本人が被験者)の口腔内で約20分ほど照射した結果、健忘性MCI(物忘れ)の症状について、光照射後すみやかに極めて著しい症状の改善がみられた。
しかし、その後のMRI検査で、照射目標地点周辺の細胞にごく軽微な白い影が発見された。因果関係は不明であったが、発明者は、安全性を確保しながら照射可能なエネルギー密度の水準を見出すことが今後の重要課題である点を指摘したうえで実験継続を中断している。
【0024】
(9).MCIの病変が観測される脳部位
非特許文献9によれば、MCIには物忘れなどの記憶障害を伴う「健忘性MCI(aMCI: amnestic MCI)」と、物忘れを伴わない症状の「非健忘性MCI(non-amnestuc MCI)」とがあり、917人のMCI患者のうち848人が健忘性MCIであった。さらに、MCIの患部は主に左右の扁桃体と海馬にあり、左側頭極と視床、および左右の楔前部にも広がっている。そのうち健忘性MCIでは、扁桃体と海馬および視床における灰白質の減少と認知機能の低下が明らかとなった。また、辺縁系視床はADに強く関与している、とされる。
要するに、MCIの主な病巣は左右の側頭部と脳深部にあり、その他の部位にも広がることを紹介している。
【0025】
(10).PBMにおける適正な光エネルギー密度
非特許文献10によると、PBMで照射すべき光のエネルギー密度は光の波長、パルスモード、治療期間などによって矛盾する結果が生じることが知られており、100mW/cm2未満、あるいはその5倍を推奨する研究者もいる。特に標的細胞のミトコンドリアの数が多い細胞か少ない細胞かによって異なる傾向を示す。「ミトコンドリア活性の高い細胞での効果の少ない研究事例は、過小投与よりも過剰投与が原因であることが多いようだ」とも記載している。
要するに、この文献によれば、標的とする組織細胞ごとの適正な光エネルギー密度は、1800mW/cm2から1mW/cm2未満まで桁違いに異なる事例が列挙されている。
つまり「実際に、標的とする細胞ごとに光エネルギーを照射して実験してみなければ、目的とする効果を得るための光エネルギー密度の適正な数値はわからない」ということである。
<注記>
なお、本発明では、治療器具から照射される光束40の「単位面積(cm2)当たりの電力(mW)」つまり単位「mW/cm2」で記述される物理量の名称を「エネルギー密度」と表現している。
本来の物理用語を正しく使用する意味からすれば「光束の電力密度(Power density)」と表現するべきではあるが、明細書の記述がさらに難解になるのを防止するため、あえて直感的に理解しやすい平易な用語(光エネルギー密度140)を用いて表現を統一した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0026】
【特許文献1】特表2019-502429号公報
【特許文献2】US-A1-2020/0108270号公報
【特許文献3】特開2022-002674号公報
【特許文献4】特表2020-534042号公報
【特許文献5】特開2021-100727号公報
【非特許文献】
【0027】
【非特許文献1】根本、”今後の抗認知症薬、今後開発が待たれる根本的認知症治療”、MEDICINAL、2012/5 Vol.2、No.5、120~
【非特許文献2】Vinod Menon.、” Large-scale brain networks and psychopathology: a unifying triple network model”、Trends Cogn Sci. 2011 Oct;15(10):483-506
【非特許文献3】Robert M. G. Reinhartほか、”Working memory revived in older adults by synchronizing rhythmic brain circuits”、Nature Neuroscience volume 22, pages820-827 (2019)
【非特許文献4】Hannah F Iaccarino、 Li-Huei Tsaiほか、”Gamma frequency entrainment attenuates amyloid load and modifies microglia” 、Nature . 2016 Dec 7;540(7632):230-235.
【非特許文献5】Diane Chanほか、”40Hz sensory stimulation induces gamma entrainment and affects brain structure, sleep and cognition in patients with Alzheimer’s dementia”、MedRxiv、Posted March 03, 2021.
【非特許文献6】Diane Chanほか、”4Gamma Frequency Sensory Stimulation in Probable Mild Alzheimer’s Dementia Patients: Results of a Preliminary Clinical Trial”、MedRxiv、Posted May 17, 2021.
【非特許文献7】Rafal Kusほか、”Integrated trimodal SSEP experimental setup for visual, auditory and tactile stimulation”、J Neural Eng. 2017 Dec;14(6)
【非特許文献8】A Pitzschkeほか、”Red and NIR light dosimetry in the human deep brain”,Phys Med Biol. 2015 Apr 7;60(7):2921-37.
【非特許文献9】Thomas Nickl-Jockschatほか、”Neuroanatomic changes and their association with cognitive decline in mild cognitive impairment: a meta-analysis”、Brain Struct Funct. 2012 Jan;217(1):115-25
【非特許文献10】Randa Zeinほか、”Review of light parameters and photobiomodulation efficacy: dive into complexity”、J Biomed Opt. 2018 Dec;23(12):1-17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0028】
本発明が解決しようとする課題が2つある。
【0029】
(1).第1の課題(従来法における治療効果の不十分さ)
MCIの主な病巣は主に左右の側頭部と脳深部にあり、この2つの部位に治療効果を及ぼすことが重要である。また脳内各部の認知機能の連携(つまり機能的接続性)の良し悪しは、脳波のコヒーレンス(位相同期)を目安にすることによって推定することができる。
【0030】
従来の「発光体170を使った知覚療法器具20」の治験報告書によると、40Hzの脳波のコヒーレンスは頭皮に設けた脳波電極の多くで増加することが報告されたが、詳細な情報は一般公開されなかった。また、脳深部におけるコヒーレンスの増加の有無に関しても非公表であった。
さらに、治験後に実施した被験者の認知能力の改善に関する評価テストでは、当初の期待よりも治療効果が少ない評価項目が多く見られた。
これは従来の知覚療法器具20の治療効果が不十分な脳部位がある可能性を示す。
【0031】
発明者も、従来の「LCDサングラス180を使用した知覚療法器具20」による追試を行ったが、MCI患者の場合には、コヒーレンスの増加が見られる脳波電極は主に前頭部と頭頂部および後頭部を含む頭皮全面の約50%から約70%にすぎず、特に左右の側頭部でコヒーレンスの増加に不安定さが目立った。脳深部のコヒーレンスについては発明者は検証手段を持っていないため不明である。
【0032】
要するに、従来の知覚療法器具20を用いて約40Hzの刺激を付与できる前頭部と頭頂部および後頭部ではコヒーレンスが比較的安定に増加しているものの、約40Hzの刺激を付与できない側頭部と脳深部についてはコヒーレンスが安定に増加する確証がない。
つまり、左右の側頭部と脳深部に対しては約40Hzの刺激が付与されていないため、「従来の知覚療法器具20だけではMCIの治療効果が不十分な可能性がある」
【0033】
(2).第2の課題(刺激手段併用における安全確保)
従来の知覚療法器具20で約40Hzの刺激が不足しているのであれば、フォトバイオモジュレーションの技術を利用したPBM療法器具10を併用して約40Hzの光エネルギー照射を行って刺激を補強してやるだけで、簡単に問題が解決するように思えるかもしれない。
【0034】
しかしながら、複数の脳内部位にそれぞれ異なる刺激を付与する場合、刺激の位相差を適切に設定すれば認知障害が改善し、位相差の値が不適切であれば認知障害が誘発される(非特許文献3)ことが知られており、複数の刺激の間の位相差を適正に管理することに注意が必要である。
【0035】
発明者自身の経験でも、知覚療法器具20を実験している最中に、位相同期した光と音の2つの刺激の位相差が+90度に設定されたとき、身の危険を感ずるほどの異常に強烈な睡魔と若干の頭痛に襲われたことがある。複数の刺激における位相同期の位相差の設定によって治療効果(あるいは副作用)に大きな影響が出ることは事実である。
【0036】
つまり、知覚療法器具20やPBM療法器具10を併用して(つまり同時に使って)複数種類の刺激を与えて脳内の異なる部位に脳波を強制的に発生させる場合には、脳内の多数の部位で脳波が干渉や相殺あるいは同期不具合などの現象を起し、脳内の機能間接続性や認知機能に影響を及ぼす可能性がある。
それゆえに。複数種類の刺激を併用する場合には、知覚療法器具20やPBM療法器具10で発生させる約40Hzで繰り返す刺激の波形における位相差の管理に十分注意しないと危険である。
【0037】
まして、刺激手段としての知覚療法器具20やPBM療法器具10などの複数の治療器具を位相同期させない状態で同時に使用すれば、40Hz近傍の周波数で繰り返される複数の刺激ごとの僅かな周波数誤差に起因して、時間の経過とともに、複数の刺激の位相差が0度から±180までの間で無管理のまま変動し続ける、という危険な状態が発生する。
【課題を解決するための手段】
【0038】
(1).第1の課題の解決策(従来法における治療効果の不十分さ)
「従来の知覚療法器具20だけではMCIの治療効果が不十分な可能性がある」という問題を解決するには、脳深部と左右の側頭部に新たな刺激を付与するPBM療法器具10を追加的に設け、これら複数の刺激手段を組み合わせて約40Hzの共通の周波数で位相同期させて脳への刺激を補強すればよい。
【0039】
脳深部については特許文献5に記載されたように、口腔から海馬へ最短距離で光照射すればよい。そのためにはまず、適切な光エネルギー密度の上限値を見出すことが最優先課題である。
そのうえで、海馬や左右の扁桃体や視床などに加え側頭部の裏側(つまり脳深部側)を約40Hzで刺激できるPBM療法器具10を実現すればよい。
【0040】
また、左右の側頭部については、頭皮の上から光エネルギーで刺激する従来のBM療法器具10を、知覚療法器具20や脳深部を刺激するPBM療法器具10と併用できるように改良することにより、左右の側頭部で不足する約40Hzの刺激を補強することが実現できる。
【0041】
本発明では、BM療法器具10に適切な光エネルギー密度を把握するため、発明者自身を被験者とする実験を行って治療効果の得られる数値を見出した。さらに、日常生活に支障のないMCI患者が自分ひとりで使用できる単純な構成の治療器具を実現した。その具体的な内容を後述の実施例1で詳細に説明する。
また、左右の側頭部と脳深部を照明する治療器具についても単純な構成の治療器具を実現した。「側頭部の裏側(脳深部側)と脳深部」については実施例2に、「側頭部の表側(頭皮側)」については実施例3にそれぞれ詳細に説明する。
【0042】
(2).第2の課題の解決策(刺激手段併用における安全確保)
既に述べたように、従来の知覚療法器具20と本発明のPBM療法器具10とでは刺激を付与する脳部位が異なる。また、複数の治療器具で刺激手段を組み合わせて併用する際には、複数の刺激の位相差を適切な数値に設定できる安全確保の手段が必要である
【0043】
そこで、各脳部位間の刺激の位相差を安全に管理するために、それぞれの刺激の位相差を統括的に制御する位相制御装置150を設ける。
さらに、従来の知覚療法器具20と本発明のPBM療法器具10には、複数種類の刺激の位相差を外部からの同期信号130で制御できる他励動作100の機能などを付加する。この位相制御装置150の詳細については実施例4に詳細に説明する。
【発明の効果】
【0044】
従来の知覚療法器具20としてのLCDサングラス180とヘッドホン164の組み合わせでも、軽度な「ブレインフォッグ」の症状ならば1時間以内に軽減できていた。しかし、脳深部にMCIの患部がある「物忘れ」の症状には治療効果が薄かった。
【0045】
本発明の実施例1、実施例2、実施例3で開示するPBM療法器具10を使用した場合、従来技術では改善されなかった軽度な「物忘れ」の症状を1時間以内に軽減できるようになった。
【0046】
実施例4では、知覚療法器具20とPBM療法器具10を併用して、同時に発生していた軽度な物忘れとブレインフォッグの症状を1時間以内に軽減できるようになった。
【0047】
なお、MCIが進行して「強い物忘れ」と「強いブレインフォッグ」の症状が併発している重度な患者の場合には、上記の1時間以内の治療では症状を軽減できない場合がある。
【0048】
その場合には、本発明の治療器具を、例えば毎日1時間ずつの治療を3ヶ月継続するなど、医療機関による治験にもとづく用法・用量で継続的な治療法を適用するとよい。あるいは運動療法や認知療法との併用や、適切な医薬品があればそれと併用するなども含め、医師の指導にもとづいて治療するとよい。
【0049】
つまり本発明により、軽度から重度まで、あるいは物忘れやブレインフォッグの症状に応じて適切な治療器具を単独あるいは組み合わせてMCIを治療できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【
図1】知覚療法器具20による脳波発生部位と、MCIの患部
【
図2】約40Hzの光と音の刺激を用いる知覚療法器具20の事例
【
図3】(実施例1)口腔内で単方向に照射する40Hz光源のLEDランス
【
図4】(実施例2)口腔内で多方向に照射する40Hz光源のLEDマウスピース
【
図5】(実施例3)頭皮側から側頭部を光刺激するLEDパッド
【
図7】(実施例4)複数の刺激源を統括する位相制御装置
【発明を実施するための形態】
【0051】
(1).MCIの患部周辺における知覚療法器具20の効果
図1は、知覚療法器具20による脳波発生部位と、MCIの患部を示す。
図中の(L)は、40Hzの光による刺激が40Hzの脳波を発生する後頭部の部位であり、また(S)は、40Hzの音による刺激が40Hzの脳波を発生する前頭部から頭頂部にかけての広い部位である。
さらに、MCIの主要な患部のうち、脳深部の海馬・扁桃体・視床にかけての部位を(A)で示し、側頭部の側頭極などにかけての部位を(B)に黒色で示す。
【0052】
なお、(A)や(B)以外の部位でも、脳梗塞の後遺症などによって機能間接続性の低下を起すMCIの患部が発生することもあり、海馬などの損傷や萎縮に起因した物忘れの症状を伴わず、ブレインフォッグだけの症状が起きる患者もいる。その場合には知覚療法器具20で前頭部から後頭部にかけての広い部位を刺激すれば、軽いブレインフォッグであれば症状が改善されることがある。
【0053】
ADの治療器具に関する第2相治験の報告書(非特許文献5、非特許文献6)によると、40Hzの光刺激と音刺激によって、前頭部・頭頂部の(S)および後頭部の(L)だけでなく、側頭部の頭皮の脳波電極と、脳深部に埋め込んだ脳波電極でも40Hz脳波の「振幅の増大」が確認された。その結果、40Hzの脳波により免疫細胞ミクログリアがアルツハイマー症の原因物質(アミロイドβとタウ蛋白)を貪食する作用機序が脳全体に及ぶ旨が記載されている。
発明者がLCDサングラス180とイヤホン等を用いて行った追試でも、頭皮全体に設けた脳波電極の全てで40Hz脳波の「振幅の増大」が確認されたため、同様の作用機序によってADを予防する「疾患修飾療法」として機能していることがわかる。
【0054】
一方、脳の大規模ネットワークの機能間接続性の低下による認知障害を改善する観点からは、位相同期した40Hzの光と音の刺激に影響されて、40Hz脳波の「振幅の増大」だけでなく「コヒーレンスも増加」することが重要である。
コヒーレンスを増加させて大規模ネットワークの接続障害による認知障害の症状を取り除く治療法は、MCIの症状を改善するための「症候改善療法」として機能する。
【0055】
しかし、第2相治験の報告書(非特許文献5、非特許文献6)によると、頭皮で計測したEEG信号の電極間コヒーレンスの詳細データは公開されず、コヒーレンスが上昇した旨だけが記載されている。また、脳深部におけるコヒーレンスに関するデータも公開されていない。
【0056】
本発明の発明者は、自らを被験者として、研究用の多チャンネルデジタル脳波計OpenBCI(登録商標)を使用して、位相同期した40Hzの光と音の刺激を用いて追試を行った。その結果、コヒーレンス増大が観測されたのは全電極の組み合わせ全体の約50%から約70%であった。
【0057】
具体的には、光と音の刺激で誘導された脳波が発生する(S)地点と(L)地点に囲まれた前頭部・頭頂部および後頭部に設置したEEG電極については、ほぼ全ての電極間でコヒーレンス増大が観測された。しかしながら、左右の側頭部については約50%となり、おまけに観測される部位が常に変動しており不安定だった。
発明者は脳深部について脳波を計測する手段を持っていないが、脳深部は脳波が誘導されて発生する(S)や(L)のような脳部位には囲まれていない、という意味では左右の側頭部と同様であり、脳深部のコヒーレンス増大も不安定である可能性が高い。
【0058】
以上の説明を簡単にまとめれば、「知覚療法器具20による脳波計側データを分析すると、脳深部と側頭部については、MCIを治療するための40Hzの脳波のコヒーレンス増大が不十分な可能性がある」という問題点が明らかになる。
【0059】
(2).40Hzの光と音の刺激で消せるMCI症状と、消せないMCI症状
発明者は、2018年に罹患した脳皮質における脳梗塞の後遺症によるブレインフォッグを解消する目的からLCDサングラス180(特許文献3)を開発し、この知覚療法器具20を用いて「非健忘性MCI」としての軽いブレインフォッグの症状を非侵襲で30分以内に消すことに成功した。
しかし、海馬が関連する「健忘性MCI」としての軽い「物忘れ」の症状が現れてからは、「物忘れ」の症状を消すことはできず困っていた。
【0060】
そこで2021年までに、海馬に向けて約40Hzで明滅する近赤外光を照射するPBM療法器具10も開発し、軽い「物忘れ」の症状も30分以内に消すことに成功(特許文献5)した。しかし、強すぎる光束40は脳細胞を傷める懸念があり、安全な照射量(光エネルギー密度140)を究明する課題とともに、治療器具としての完成度を高める必要性などの課題を持っていた。
なお、以下では「生体組織を透過する生体の窓3と呼ばれる波長域(650~1000nm)の近赤外光」を簡略化して「近赤外」あるいは「近赤外光」と表記している。これは一般的な技術用語の「近赤外線(波長800nm~1200nm、または700nm~2500nm)」を表すものではないので、ご注意いただきたい。
【0061】
本発明では、(1)約40Hzで明滅する近赤外光を照射するPBM療法器具10の安全性を高めた実施例を紹介するとともに、(2)海馬のみならずMCIの患部としての扁桃体、視床から側頭極などに向けて約40Hzで明滅する近赤外光を照射する際の使いやすさを高めたPBM療法器具10を紹介し、さらに(3)知覚療法器具20にPBM療法器具10を組み合わせて併用する治療を行うための治療器具も紹介する。
【0062】
以下では、まず、軽いブレインフォッグの症状を消せる知覚療法器具20について従来技術と応用事例を簡単に説明し、その後、本発明に関する実施例を用いて詳細に説明する。
【0063】
(3).知覚療法器具20
図2は、軽いブレインフォッグの症状を解消する効果のある、位相同期させた約40Hzの光と音による治療器具としての知覚療法器具20の事例である。
【0064】
図2(a)は従来技術であり、第2相治験の報告書(非特許文献5、非特許文献6)に記載された治験器具を模式的に描いた図である。治験器具は1辺が2フィート(約61cm)の正方形のLEDパネル172とスピーカー166を被験者から5フィート(約152cm)の位置に置き、40Hzの点滅光とクリック音を被験者に供給する。
【0065】
図2(b)は、白色で明るいLED電球174を約40Hzで点滅させ、白色で半透明な光学的散乱板をレンズ代わりに嵌め込んだ光拡散メガネ176を透過した光を見続けながら、光の刺激に位相同期したクリック音をヘッドホン164で聞く音刺激を付与する応用事例である。
従来は、薄暗くて小さなLED電球174を部屋の片隅に置いて約40Hzで点滅させるだけの治療法も行われたが、光の刺激が不足することが原因で、誘導される約40Hz脳波の振幅増加が不十分でコヒーレンス増加も僅かしかない問題があった。
その対策として、
図2(b)の事例では、網膜のできるだけ多数の錐体細胞をSSVEPによる脳波誘導に参加させることで強い脳波を誘導する目的から、明るい3原色の光を知覚する錐体細胞が十分に動作できるように、目に入る白色の光刺激は視野全体を覆うようにするとともに、目に入る光の明るさは600Lux以上であることが望ましい。
ベッドで寝たきりの患者であれば、できるだけ顔面に近い位置に約40Hzで点滅するきわめて明るいLED電球174を設置するとよい。なお40Hzの脳波を効率的に発生させるためには、白色の光を使うことで、光の3原色に対応する網膜の3種類の錐体細胞を均等に刺激することが望ましい。そのため、視野全体にわたって目の前が白い光で覆われるように白色の光源を使い、白色の光拡散メガネ176をかけて治療する。
なお、目を開けたままで白色の光の点滅を見ることが治療効果を安定にするために重要である。目を閉じて瞼の血管を透過する赤い光を見たり、治療中に居眠りすると治療効果が低下する。
【0066】
図2(c)も応用事例である。晴れた昼間の明るい屋外でLCDサングラス180を約40Hzで明滅させ、南向きの白色のタイルや漆喰の大きな壁の前に太陽を背にして座って光刺激を受ける治療法である。この状態でLCDサングラス180に入射する直前の照度を計測すると、日本の東京付近で4000Luxから数万Luxである。音の刺激はLCDサングラス180に位相同期した約40Hzのクリック音をイヤホン168で聞く。
【0067】
図2(d)も従来技術(特許文献3)であり、LCDサングラス180を屋外での運動療法と併用する事例を示す。なお、太陽光を直視すると瞳孔が閉じ、約40Hzで明滅させた光刺激が弱くなって脳に伝わりにくくなるので、なるべく太陽を背にするか、つば付きの帽子をかぶるなど、太陽を直視しないよう心がけると良い。色の暗い物体を見ても光刺激は弱くなるので、なるべく色の明るい物体を見るようにしながら、光の明滅(ちらつき)がはっきり感知できるように視点移動すると、ブレインフォッグを消す効果が強くなる。
また、音刺激は野外散歩などの交通安全のため、周囲の物音も聞こえるように骨伝導イヤホン162の使用をお勧めする。
【0068】
以上、
図2を用いて説明したように、従来技術あるいは応用事例において、知覚療法器具20は視覚刺激器具800と聴覚刺激器具810からなり、
視覚刺激器具800は、約40Hzの繰り返し周波数で光を発するLEDパネル172やLED電球74のような発光体170、または約40Hzでレンズ部分の透過率を制御するLCDサングラス180であって、
聴覚刺激器具810は、約40Hzの繰り返し周波数で音を発する発音体160としての骨伝導イヤホン162を含むイヤホン168、ヘッドホン164、スピーカー166のうち少なくとも1台以上を含む。
つまり両耳で聞くことを前提にして発音体160はステレオでもモノラルでもよいし、スピーカ-166は1台でもそれ以上でも良い。、
【実施例0069】
この実施例1では、MCIに対する症候改善療法に使用するデジタル医薬の治療器具において、生体組織を透過する生体の窓3と呼ばれる波長域(650~1000nm)の近赤外光を約40Hzの繰り返し波形で明滅させて、口腔から海馬などのMCIの患部に向けて照射して約40Hzで刺激する治療器具を紹介する。
実施例1で説明する治療器具の名称は「LEDランス200」と呼び、発明内容のイメージは
図3に示す。
【0070】
(1).発明事項
この実施例1では、以下の2つの発明事項を中心にして、この発明事項の技術思想と設計内容が明らかになるように詳細に説明を進める。
なお実施例1には、さらに細かい事項を規定する発明事項が多数含まれるが、説明の煩雑さを避けるため、下記の2つの発明事項だけを抽出して重点的に説明する。
【0071】
<実施例1の発明事項A>
LEDランス200に関する主要な発明事項は下記の通りである。
『MCIに対する症候改善療法に使用するデジタル医薬の治療器具において、
生体組織を透過する生体の窓3と呼ばれる波長の範囲の光源を約40Hzの繰り返し波形で明滅させるとともに、所定値5以下の光エネルギー密度140でMCIの患部に向けて口腔内から照射するPBM療法器具10としてのLEDランス200であって、
【0072】
前記LEDランス200は、LED光源30と把持部80とLED駆動装置50を含んで構成され、
前記LED光源30は、前記生体の窓3の波長650~1000nmの範囲に出力波長(またはピーク波長)を有する光束40を照射するLED素子60の半導体チップ65と、前記光束40の指向性の半値角を整える光学系70を含んで構成され、
前記把持部80は、前記LEDランス200を手で持って保持しながら、前記LEDランス200の先端に配設した前記LED光源30を口腔の内部に挿入したうえで前記LED光源30の位置と照射方向を操作する棒状の部材であって、
前記LED駆動装置50は、前記LED素子60に駆動電流を供給して前記LED光源30から前記所定値5としての10mW/cm2以下の前記光エネルギー密度140で前記光束40を照射させる装置であって、
【0073】
前記LED駆動装置50はまた、40Hz信号源210とLED駆動回路220と出力調整手段230と出力監視手段240を含んで構成され、
前記40Hz信号源210は、前記LEDランス200の前記LED光源30が発する前記光束40の約40Hzの時系列波形の指令値250を出力し、
前記LED駆動回路220は、前記40Hz信号源210が出力した前記指令値250を入力して前記LED光源30に駆動電流を供給し、
前記出力調整手段230は、前記LED光源30から照射する前記光束40の前記光エネルギー密度140を連続的または/および不連続的に調整し、
前記出力監視手段240は、前記LEDランス200が照射する前記光エネルギー密度140を間接的もしくは直接的に計測して表示する
ことを特徴とする、MCI治療のための40Hz療法による治療器具』
【0074】
<実施例1の発明事項B>
さらに、40Hz信号源の他励・自励・切替えの機能に関してまとめると、下記のようになる。
『前記40Hz信号源210が発する前記指令値250は、
前記LED駆動装置50に配設した自励と他励の切替え手段260によって他励動作100もしくは自励動作105により生成するものであって、
前記他励動作100で生成する場合には、前記40Hz信号源210の内部に組み込んだ信号源を、外部から入力する同期信号130に位相を同期させて前記指令値250を発生し、
前記自励動作105で生成する場合には、前記40Hz信号源210の内部に組み込んだ信号源で独自に前記指令値250を発生する、
ことを特徴とする、
実施例1の発明事項Aに記載の、MCI治療のための40Hz療法による治療器具』
【0075】
(2).実施例1の課題
発明者は特許文献5において自らを被験者として近赤外光を海馬に照射した。その結果、MCIの「物忘れ」の症状は解消し、この治療法が有効であることが確認された。しかし、後日のMRI検査で海馬周辺の脳細胞に微小な白い影が発見されたため、因果関係は不明ながらも実験継続を中止した。実施例1ではMCIの患部に向けて照射する照射量、つまり光エネルギー密度140、を適正な範囲に設定して安全性を確保する治療器具を実現することが課題である。
また、知覚療法器具20によるコヒーレンスの増加を補う目的から、知覚療法器具20と併用して位相同期した約40Hzの刺激をMCIの患部へ与えることも課題である。
【0076】
(3).解決策
この治療器具の位置づけを、フォトバイオモジュレーション(PBM)技術を応用したPBM療法器具10である、と考えることによって解決方法が明確になる。すなわちPBMの技術における、照射する光エネルギー密度140が高すぎれば細胞が損傷し、中程度なら細胞の活動が抑えられ、微弱でも必要十分であれば細胞が再生する、という特徴を利用する。
本発明では微弱な光エネルギー密度140を利用するが、その場合であっても脳の細胞を約40Hzの光の明滅で強制的に刺激することに変わりはないので、知覚療法器具20によるコヒーレント増加を補うための補助的な刺激として利用できる。そのためには、知覚療法器具20と併用するための同期信号130をLEDランス200に入力して他励動作100で作動させればよい。
【0077】
そこで、特許文献5の実験に比べて光エネルギー密度140を桁違いに下げて、必要十分に「物忘れ」の症状を解消できる範囲でなるべく微弱な光エネルギー密度140を適用して治療することにした。
しかし、PBMで照射すべき光エネルギー密度140の数値は対象組織の細胞の種類によって異なり、さらに光エネルギー密度140の有効な数値には個人差があることにも配慮が必要である。
【0078】
それゆえに、このPBM療法器具10の設計方針として、「様々な観点から安全性を担保するとともに、各患者個人が自分固有(あるいはその時点での症状を改善するため)の最適値を探求できるようにする」という技術思想に到達した。
【0079】
(4).光エネルギー密度の選定の基準
光エネルギー密度140の上限値は、人体に損傷が生じない安全な範囲で設定する必要がある。
非特許文献10によれば、PBMの実験実施条件として100mW/cm2未満ないしその5倍の高密度パワーを推奨する研究者もいる。ところがその一方、薬理効果の点では1mW/cm2未満の低密度パワーで十分有用であるとする研究者もいる。
仮に有用そうな数値が文献に書かれていても、実際に役に立つ有効な数値は照射対象の細胞や組織の種類や期待する効果あるいは照射条件などの使い方によって全く異なるので、文献に記載された光エネルギー密度の数値だけを容易に真似ても全く役に立たない。
【0080】
このため、文献情報に頼ることは断念し、自分自身が被験者になって様々な光エネルギー密度140で試したところ、下記の結果を得た。
【0081】
<結果1>
指向性が鋭いLED素子自体の先端から1cm離れた位置で計測して瞬時最大値が約100mW/cm2を超える高い光エネルギー密度140の約40Hzで明滅する光束40を、口腔内で20分間ほど照射したら、つい先ほどの出来事が映像とともに走馬灯のごとく脳裏によみがえった。
その後、MRIで撮影した画像に白い影が発見され、危険性も考慮して実験を中断した。
【0082】
<結果2>
指向性を大幅に広げる光学レンズをLED素子に装着し、その先端から1cm離れた位置で計測して瞬時最大値が10mW/cm2の光エネルギー密度140の約40Hzで明滅する光束40を、口腔内で20分間ほど照射したのち、偶然、駐車場へ行ったところ、駐車していた自動車のナンバープレートをちらりと見ただけで映像として記憶できた。映像は3日後には記憶から消えたが、その間に何度も反芻して思い出したため、3日後以降はナンバープレートの内容を文字情報として思い出せた。その後、特に健康上の問題は発生していない。
【0083】
この2つの事例の実験結果は、発明者自身にとっては「異常に強い記憶力」と呼べるレベルであり、MCIの治療を目的とした海馬への刺激としては「必要以上の過剰投与」であると判断する。
そこで今後は、健康被害なく安全に「口腔内から海馬に向けて約40Hzで明滅しながら光束40を照射する治療器具」に利用できる光エネルギー密度140の上限値として、LED素子に装着した光学系70の先端から1cm離れた位置で光束40を計測して瞬時最大値10mW/cm2(1平方センチメートルあたり10ミリワット)という数値を適用することにした。
【0084】
そこで、さらに光エネルギー密度140を下げて、一時的に物忘れの症状を改善できる症候改善療法としての使い方を前提に、実験を継続した。
<結果3>
発明者自身にとって「物忘れ」の状態から「自分本来の記憶力」まで30分程度の治療で修復できる光エネルギー密度140を求めて試行錯誤したが、LEDの光学レンズ先端から1cm離れた位置で数mW/cm2から1mW/cm2以下まで、その日の体調や「物忘れ」の度合いによって変化する。どうやら一定の最適値はないようである。したがって、治療器具としては、10mW/cm2を上限値として1mW/cm2以下の弱い光も治療に使えるように出力調整しながら試行錯誤できるように設計する必要がある。
【0085】
そこで、本発明の全てのPBM療法器具10の光エネルギー密度140を、所定値5としての10mW/cm2を上限とし、これよりも小さい範囲で使用するものとする。そのうえで光エネルギー密度140を更に下げることができるように、LED光源30の駆動電流をLED駆動装置50で調整するための出力調整手段230を設けることにした。
なお、この所定値5は、本発明の全ての実施例で共通して適用し、必要十分な効果が得られた。
【0086】
(5).実施例1の設計方針
そこで以下では、実施例1の治療器具の設計方針は下記の5点とする。
1)この治療器具は、MCI患者本人が手に持って試行錯誤的に使用できるものとして設計する。
2)照射可能な光エネルギー密度は可変とし、脳細胞を損傷しない観点から上限値だけを定める。
3)照射する光エネルギー密度は、MCIの物忘れの解消に有効な範囲でできる限り微弱にすることで、損傷した脳細胞の再生をも意図したPBMによる治療器具とする。
4)治療器具の光エネルギー密度の上限値を制限する手段が故障したら、安全性を確保する目的で即物的に照射不能にするフェイルセーフ機能を装備すること。
5)治療器具の光エネルギー密度の設定ミスを防ぐため、患者自身で出力を監視する機能を設ける。
【0087】
(6).実施例1の図の説明
図3は実施例1の、口腔内で照射する40Hz光源のLEDランス200を説明する図である。実施例1で説明する治療器具「LEDランス200」は、MCI患者本人が棒状の把持部80を手に持って試行錯誤的に使用できる器具である。そのため、MCIの患部としての海馬に隣接する扁桃体、視床、あるいは側頭極など、患者自身の自覚症状が改善される状況を自分自身で感じながら、効き目のある部位に向けて微弱な近赤外光を照射することができる。
【0088】
図3(a)と
図3(b)は海馬の位置を示す図である。LED光源30が発する光束40は脳の下側の頭蓋骨(蝶形骨など)も含めて脳内の生体組織を透過して海馬などを照射する。
【0089】
図3(c)は海馬を照射するためにLEDランス200を口腔に入れる図である。LEDランス200を手で持って保持しながら、LEDランス200の先端に配設したLED光源30を口腔の内部に挿入したうえでLED光源30の位置と照射方向を操作する棒状の部材としての把持部80を備える。
海馬の正確な位置はMCI患者自身にはわからないので、治療してくれる医師の指導に従ってだいたいのイメージを掴んでおくと良い。なお、LEDランス200が照射する光束40は幅が広いので、LEDランス200の中心の光軸が厳密に海馬に命中しなくても、広がった光束40の中に海馬を含むようにすれば十分である。
【0090】
図3(d)はLEDランス200の構成を示す図である。LEDランス200の後端から電線を介してLED駆動装置50に接続する。上記のLED光源30は、生体の窓3の波長650~1000nmの範囲に出力波長(またはピーク波長)を有する光束40を照射するLED素子60の半導体チップ65と、光束40の指向性の半値角を整える光学系70を含んで構成される。
把持部80の先端あるいは先端近くの側面に複数のLED光源30を配設して、複数の光束40を照射することにより、LEDランス200が照射する複数の光束40から構成される全体的な光束40の指向性を広げることができる。また、LEDランス200の先端近くを屈曲させたうえで、その側面にもLED光源30を設けることで同時に複数方向へ向けて照射することもできる。
【0091】
なお、半導体チップ65の光放射の指向性や、樹脂製透明ケースに封入されたLED素子60の光放射の指向性は多様であるから、光束40の指向性の半値角を整える光学系70の設計は、光エネルギー密度140の上限としての所定値5や、LED光源30が過熱しない実用的な駆動電流を考慮しながら、広がった光束40の中に海馬を含むように半値角を整えるものとする。もちろん、LED素子60の樹脂製透明ケースの先端のレンズ形状だけで設計条件に合致するなら、そのままこの光学系70として利用できる。
【0092】
LED駆動装置50には患者自身が出力を調整するための出力調整手段230としての出力調整つまみと、患者自身が出力を監視するための出力監視手段240としての電流計を備えている。なお、近赤外光を照射するLED光源30の最大駆動電流はLED駆動装置50に内蔵した制御回路で上限設定する。
【0093】
図3(e)はLED駆動装置50の制御系の構成を説明する図である。
LED駆動装置50はまた、40Hz信号源210とLED駆動回路220と出力調整手段230と出力監視手段240およびバッテリーなどの電源を含んで構成され、
40Hz信号源210は、LEDランス200のLED光源30が発する光束40の約40Hzの時系列波形の指令値250として、繰返し周期40Hzの任意波形(例えば正弦波、デューティ比を選定できる矩形波、三角波、階段状波形、あるいは1ミリ秒ごとの出力をメモリに記憶して指定した波形など)の指令電圧を制御用マイクロコンピュータを使って出力する。
【0094】
LED駆動回路220は、40Hz信号源210が出力した指令値250を入力してLED光源30に駆動電流を供給する。
出力調整手段230は、LED光源30から照射する光束40の光エネルギー密度140を連続的または/および不連続的に調整するため、LED駆動回路220の増幅率を可変抵抗器やスイッチで変更してLED光源30のLED素子60に供給する駆動電流を設定すればよい。あるいは、図示省略するが、40Hz信号源210の側でボリウム等を使って指令値の振幅や平均値などの波形のパラメータを指定できる。もちろん制御用マイクロコンピュータのプログラムのパラメータを調整してもよい。
出力監視手段240は、LEDランス200が照射する光エネルギー密度140を間接的もしくは直接的に計測して表示する。
図4(e)では電流計を用いて光エネルギー密度140の相対的な増減を間接的
に計測している。あるいは、図示は省略するが、LED光源30の光束40を分割して光センサで検出して直接的に計測して表示しても良い。
【0095】
もし、フィードバック抵抗回路の短絡などの電子回路の故障で不適切な大電流がLED光源30のLED素子60に流れ、過剰に光エネルギー密度140が高い光束40が照射されると脳細胞を損傷するおそれがある。そこでフェイルセーフの目的で、
図3(e)に示すように例えば20mAあるいは30mAなどの高感度ヒューズをLED駆動電流が流れる主回路に直列に設ける。
図中では省略するが、複数個の高感度ヒューズを直列接続して不良品のヒューズによる不溶断事故の発生確率を下げたり、ヒューズ溶断時に治療の中断を知らせる警告音を発するブザー等の駆動回路を備えても良い。
【0096】
ちなみに、別置きの筐体にLED素子やレーザー光源を収納し、光ファイバーで光エネルギーをLEDランス200まで伝送する構成方法やLEDランス200の多様な形状と構造が特許文献5に公開されているので、当業者であれば本発明にもとづいて容易に設計変更が可能であろう。
【0097】
なお、40Hz信号源210が発する指令値250は、
LED駆動装置50に配設した自励と他励の切替え手段260によって他励動作100もしくは自励動作105により生成するものであって、
他励動作100で生成する場合には、40Hz信号源210の内部に組み込んだ信号源を、外部から入力する同期信号130に位相を同期させて指令値250を発生し、
自励動作105で生成する場合には、40Hz信号源210の内部に組み込んだ信号源で独自に指令値250を発生する。
【0098】
つまり、LED駆動装置50は他励動作100と自励動作105の切替えスイッチを備えることができる。LEDランス200を単独使用する場合には40Hz信号源210を自励動作105に切替えて、内蔵した信号源を用いて約40Hzの繰返し周期の指令値250としての信号を自発的に出力する。
あるいはLEDランス200を他の治療器具と組み合わせて使用する場合には他励動作100に切替え、約40Hzの同期信号130を取り込んで、外部からの約40Hzの同期信号130に位相が合うように各繰返し周期ごとに指令値250としての信号の位相をリセットするなどの方法により信号を出力させる。
【0099】
ちなみに、自励と他励の切替え手段260としては手動式の切替えスイッチでもよい。あるいは外部から同期信号130が入力されたことを検出すれば他励動作100で動作し、外部から同期信号130が入力されなければ自励動作105で動作するように自動式の切替えスイッチを用いてもよい。
もちろん、自励動作105あるいは他励動作100の専用機として設計変更する場合には、自励動作105あるいは他励動作100だけの機能として設計変更すればよいので自励と他励の切替え手段260は不要である。
【0100】
図3(f)は、
図3(e)のLED駆動装置50の簡単な回路例である。
40Hz信号源210は制御用マイクロコンピュータを用いてアナログ出力AOから前述の任意波形の指令電圧を出力する。この図では、LED光源30で発生させる基本周波数40Hzで明滅する光束40の波形に高調波成分の80Hzや120Hzが混入しないようにするため、指令電圧の波形は下限値0V、上限値3V、平均値1.5Vの正弦波とした。
【0101】
LED駆動装置50は、電源電圧が+5Vであることに対応して、フルスイング型のオペアンプOP1を用いてLED駆動用のトランジスタTR1を駆動する。TR1のエミッタ側にはR5,R6,R7,SW1およびVR1で構成されるフィードバック抵抗回路を設け、LED光源30のLED素子60を通過する電流で生じる電圧降下を電圧フィードバック信号として、オペアンプOP1による差動増幅回路を動作させている。
例えばフィードバック抵抗回路の総合値が300Ωの場合、LED駆動回路から出力される電流値の波形は下限値0mA、上限値10mA、平均値5mAの正弦波となる。
なお、電流計にはLED光源30に通電している電流のほぼ平均値が表示されるので、概ね5mAと表示される。
【0102】
出力調整手段230は、LED光源30から照射する光束40の光エネルギー密度140を連続的または/および不連続的に調整する。
このフィードバック抵抗回路は出力調整手段230としても利用しており、例えば、医師の処方箋に従って治療器具を販売する薬局などの専門職員が、LED駆動装置50に内蔵したスイッチSW1をON-OFFすることにより、LED光源30のLED素子60に通電する電流の上限値などを不連続的に切替えて電流レンジの切替えを行う。また、治療を行う患者自身が出力調整つまみに連動した可変抵抗VR1を調整すれば、LED光源30のLED素子60に通電する駆動電流を連続的に調整できる。
【0103】
出力監視手段240は、LEDランス200が照射する光エネルギー密度140を間接的もしくは直接的に計測して表示する。
この電流計の表示は、患者自身の過去の症状改善の経験と比較する目的で、治療する際に照射する光エネルギー密度140を間接的に監視する出力監視手段240である。したがって、表示の再現性さえ相対的に保てればよく、表示の絶対値の精度はさほど問題ではない。この電流計の表示は、MCI患者本人が自分の症状に応じて光エネルギー密度140を増減することを意思決定したり、治療中に通常と大幅に異なる光エネルギー密度140を誤って使用していないかどうかを本人や介護者がチェックするために使用する。もし十分な信頼性が確保できるなら、デジタル表示式の電流計やデータ記録機能付きの電流計を適用してもよい。
あるいは、LEDランス200が出力する光束40を分割してその強度を直接的に計測する半導体照度計(つまりフォトダイオード)を備え、光エネルギー密度140を計測して監視してもよいことはいうまでもない。
【0104】
非特許文献8では、口腔内に入れるレーザー光源を内視鏡と組み合わせることが提案されている。そのアイディアを応用して、例えば通信用の近赤外LED(波長850nm)をLEDランス200に使って約40Hzの光を照射する場合には、波長850nmに感度を持った安価な赤外線カメラ用の撮像半導体で映像を観察できる。そこで、LEDランス200の先端に小型赤外線カメラも設け、光照射時に間歇的に撮影し、患者本人が治療中に光照射している部位の映像をモニタ画像を使って観察すれば、医師の指導どおりの照射方向に光を再現性よく向けることができ、治療効果を高める効果がある。
【0105】
なお、40Hz信号源210を自励動作105に切替えて、内蔵した信号源を用いて約40Hzの繰返し周波数の信号を出力する方法としては、例えば特許文献3を参考にしてメモリに記憶した任意波形を経過時間に合わせて制御用マイクロコンピュータで発生することができる。あるいは制御用マイクロコンピュータのOSがマイクロ秒単位で計数する経過時間に応じて、出力すべき指令電圧を正弦波関数などの時間関数を使って定義してもよい。
他励動作100する方法も、例えば立体テレビを観賞するための3Dアクティブメガネがテレビから発信される位相同期信号に同期して左右のLCD素子のレンズを交互に点滅させる設計事例を例に挙げるまでもなく、記憶した信号波形や関数定義した信号波形を、外部から入力される同期信号のパルスに合わせてリセットするなどの方法で指令電圧を出力できる。いずれにせよ、40Hz信号源210の自励動作105と他励動作100および自励と他励の切替え手段260の回路設計は、当業者なら既存技術の設計変更で容易に実現できる。
【0106】
(7).実施例1の注意点
MCI患者が治療器具LEDランス200を使用する場合に重要な3つの注意点がある。
【0107】
[注意点1]
フォトバイオモジュレーション(PBM)技術による治療器具は、光エネルギー密度140が必要十分であれば微弱でも細胞を再生させて修復できる特徴がある。一方、LEDランス200は、光エネルギー密度140を高くして照射すると記憶力が一時的に急激に向上するため、ある種の「強い快感」を感じる場合がある。
そのため、MCI患者としての「物忘れ」の症状を改善するという本来の目的を忘れ、「記憶力を強化してやろう」と欲張って光エネルギー密度140を過剰投与すると、個人差はあるものの、細胞再生の働きが低下するうえに、かえって細胞を損傷させる場合もある。
だから、あえて記憶力を強化しようと欲張って光エネルギー密度140を上げ過ぎるべきではない。
【0108】
[注意点2]
機械は故障するものである。もしLEDランス200の先端で光を広げている光学系70が外れるなどの不具合が生じてLED素子60の指向性が鋭くなると、光軸方向の光エネルギー密度140が急上昇して脳細胞を損傷する危険もある。
その危険を回避するため、生体の窓の波長域のLED光源30ではあるが、その光分光特性として人間の目で赤い色がわずかでもに見えるLED光源30(例えば波長850nm以下で生体の窓の範囲内の赤色光)を適用することが望ましい。そうすれば、治療行為を行う直前に、暗い場所でLEDランス200を30度以上に大きく傾けて、LED素子60の半導体チップ65の部分がわずかに赤色に光っていることを確認することで光学系70の故障の有無をチェックできる。もしどの方向に大きく傾けてもLED光源30の発光が通常通りに目視できれば、光学特性に大きな欠損はない可能性が高い。
【0109】
[注意点3]
もし光学系が正常でも、光学系に唾液などの液体が付着して光学特性が不用意に変わることもありうる。念のため、口腔に入れて治療中に光学系の表面に水滴などが著しく付着するようであれば、ときどき水滴などを拭き取ることをお勧めする。
【0110】
(8).実施例1の効果
本発明のMCIの治療器具LEDランス200を使用することにより、物忘れの症状に苦しむ健忘性MCI患者本人が、自分の自覚症状に応じて治療器具を操作して、物忘れの症状を症候改善療法として一時的に改善して治療することができる。
【0111】
また、治療器具LEDランス200が照射する光束40は約40Hzで明滅(あるいは点滅と表記しても同義語である)するので、特許文献1や非特許文献4に記載された作用機序によって、MCIの病状がアルツハイマー症へ進行するリスクを予防もしくは遅延する効果がある。
【0112】
さらに、治療器具LEDランス200が照射する光束40は微弱であるため、フォトバイオモジュレーションの作用機序によって、既に損傷を受けていたMCIの患部の細胞を再生させる効果もある。
【0113】
さらにまた、フォトバイオモジュレーションによってMCIの患部の脳細胞に約40Hzの刺激を与えるので、知覚療法器具20の治療器具と併用する際の位相差を適正に管理すれば、MCIのブレインフォッグと物忘れの症状を同時に治療することができる。(詳細は実施例4)
また、MCIによって判断力が低下した患者が使用することに配慮して、医療機関による検査と診察を経て処方箋が患者に提供され、器具寸法や制御パラメータなどの仕様にもとづいて注文生産品(又は制御パラメータ等を調整した標準品)を患者や介護者がデジタル医薬品の専門業者などから購入して使用するものと構想して技術思想を組み立てる。
したがって、光エネルギー密度140の調整手段は、専門業者が処方箋に沿ってパラメータ設定するために必要なので、実施例1と同様に光エネルギー密度140を調整する出力調整手段230も設けるものとする。
なお、治療器具の故障時には高感度フューズで過大な出力を遮断するフェイルセーフ設計や、照射状況に異常がないかどうか駆動電流を計測して間接的に出力を監視する手段、あるいは照射光の一部を計測して直接的に出力を監視する手段を設けることで事故防止を図る点も、実施例1と同様である。
患者の検査に使用するマウスピース部410の右端点Pr,正面中央点Pc,左端点Plに造影剤(X線撮影では鉛、CTではヨード液、MRIではガドリニウム製剤や鉄製剤など)を封入することが可能で、骨格や脳各部の撮影後には造影剤を無封入状態で使うことも可能とする。
あるいは計測時には造影剤を封入したマウスピース部410を使用し、計測後の治療時には造影剤を封入していない同一寸法で作られたマウスピース部410を使用してもよい。
上述の3つの点、右端点Pr,正面中央点Pc,左端点Plを造影部材挿入可能点450と呼ぶ。
この造影部材挿入可能点450は、マウスピースの3次元座標系と頭蓋骨の3次元座標系の座標変換のための座標変換行列440を算出するためにX線、CT又はMRIで座標を計測するための代表点である。
計測が終了し、長い期間にわたる治療期間中に造影剤が漏れ出すと健康被害を生じる懸念もある。そこで安全性向上のため、マウスピース部410を患者の歯列に固定して患者の検査を実施して、頭蓋骨および脳内各部の座標計測が終了し、その患者に適用するための座標変換のための座標変換行列440が確定したら、それ以降の患者の治療には造影剤を封入していない同一寸法のマウスピース部410を使用することが望ましい。
マウスピース座標系420は、左端点plから右端点prに向かってx軸を定義し、正面中央点pcからx軸へ向けて垂線を引き、その交点をマウスピース座標系420の原点p0とする。原点p0から正面中央点pcへ向けてy軸を定義する。 最後に、原点p0を通り、x軸とy軸に直角に上向きのz軸を定義する。したがって、マウスピース座標系420は右手系の3次元の直交座標系である。
このようにマウスピース座標系420を定義することにより、3つの造影部材挿入可能点450によりマウスピース座標系420の原点p0とxy平面、ならびにxy平面と直交して上向きのz軸の方向が一意に定義される。
したがって、原点p0から右端点prの長さをaとし、原点p0から正面中央点pcへの長さをbとすると、マウスピース座標系420における各点の座標は、原点p0=[0,0,0]、右端点pr=[a,0,0]、正面中央点pc=[0,b,0]である。
ちなみに、原点p0から左端点plの長さをcとすれば、左端点pl=[-c,0,0]である。
次に、頭蓋骨座標系430は、被験者の頭蓋骨の左側の耳孔から右側の耳孔へX軸を定義し、被験者の頭蓋骨の大泉門からX軸へ向けて垂線を下ろし、その交点を頭蓋骨座標系430の原点とし、この原点から頭蓋骨の大泉門へ向けてZ軸を定義する。最後に、頭蓋骨座標系430の原点を通ってX軸とZ軸に直交するように前向きにY軸を定義する。したがって、頭蓋骨座標系430も右手系の3次元の直交座標系である。
このように定義した頭蓋骨座標系430を用いてX線装置やCTやMRIによる複数方向からの撮影を経て造影部材挿入可能点450の3つの座標を計測することにより、マウスピース座標系420の原点p0から頭蓋骨座標系430の原点への平行移動と、xyz軸の回転移動量が一意に定義される。
マウスピース座標系420における原点p0=[0,0,0]の頭蓋骨座標系430における座標値P0は、X線装置などで計測した左端点PL、右端点PR、正面中央点PCの座標点を用いてマウスピース座標系420の原点p0の上述の定義から求められる。このX線装置などで計測した頭蓋骨座標系430におけるマウスピース座標系420の原点p0に該当する座標値P0をP0=[Vx,Vy,Vz]とすれば、この値からマウスピース座標系420と頭蓋骨座標系430の平行移動行列が算出される。
さらにマウスピース座標系420における右端点pr=[a,0,0]と正面中央点pc=[0,b,0]の2点についても頭蓋骨座標系430で計測した右端点PRと正面中央点PCの座標値に同様な平行移動を行えば、マウスピース座標系420と頭蓋骨座標系430のそれぞれの原点周りの回転移動行列が一意に算出される。
したがって、3つの造影部材挿入可能点450に造影剤を入れたマウスピース部410を口腔内の歯列に嵌めて、X線装置などで3つの造影部材挿入可能点450(つまり、左端点pl、右端点prおよび正面中央点pc)の頭蓋骨座標系430における座標値を計測することにより、両座標系の間の平行移動行列と回転移動行列が一意に定義される。
また、マウスピース座標系420と頭蓋骨座標系430はどちらも右手系であるとともに、どちらの長さの単位も物理量のSI単位系なので、長さの縮尺比は1:1である。またマウスピース座標系420と頭蓋骨座標系430の線形変換には幾何学的な剪断の関係は存在しない。
したがって、2つの3次元直交座標系における公知のアファイン変換などを利用しながら、マウスピース座標系420と頭蓋骨座標系430の座標変換行列440とその逆行列が定義できる。そこで、マウスピース座標系420の上で計測したLED光源30の座標上の位置と照射方向と、CTやMRIなども使って頭蓋骨座標系430の上で計測したMCIの患部の座標とを重ねあわせると、同一の3次元直交座標系の上でLED光源30とMCIの患部を表示できる。
つまり、3次元CADなどの設計ツールを用いて図面を描画しながら、LED光源30を海馬などのMCIの患部の座標に向けて照射するために、マウスピース座標系420上におけるLED光源30の位置と照射方向を設計することができる。
なお、座標変換行列440を算出して規定するには、造影部材挿入可能点450としてマウスピース座標系420の定義で説明した左端点pl、右端点prおよび正面中央点pcの最低限3点あればよい。しかし、計測精度を高める目的で造影部材挿入可能点450を増して3点以上にしても構わない。
この8本の光軸の向きと光束40の広がりは、マウスピース座標系420で記述された海馬などのMCIの患部の位置を含むように、LED基板部480の形状とLED光源30としての表面実装型LED素子の取り付け位置と光軸方向を決定した。
光束40のひろがりを広く設計しているため、光軸の中心がピンポイントでMCIの患部の中心位置に命中しなくとも、広がった光束40の中にMCIの患部がきちんと含まれるようにすればよい。なお、産業利用する段階では、LED基板部480は、患者の口腔の上部の形状に合わせて3次元プリンタなどで精細な形状に作成すれば、患者の口の中での違和感を減らすことができる。
また、試作品の段階では、LED基板部480の配線やLED光源30としての表面実装型LED素子が口腔内の唾液で漏電しないように食品用ラップで梱包して実験した。産業利用する段階では、近赤外光を効率よく透過する透明に近い防水カバー等で覆うことが必須である。
参考まで、手作りレンズの加工方法を述べる。手鏡などの平坦な表面に厚さが一様な保護フィルムを貼り、治具を作って表面実装型LED素子を下向きに立てて仮止めする。次に保護フィルムとLED素子の間に紫外線硬化型の透明接着剤BONDIC(商標登録)を流し込んで紫外線で硬化させると、表面張力の影響で図示のような裾野を持った形状の透明な試作レンズの光学系70ができあがる。
なお、試作したLED光源30を鏡面から引き剥がす際に、手作りレンズによる光学系70がLED素子60から外れやすい。そこで、接着剤を流し込む前にLED素子60の半球状の頭部の等高線に沿ってダイヤモンドカッターで横方向に溝を切削加工しておくと、接着の強度が向上して光学系70がLED素子60から外れにくくなる。
つまり、LED駆動装置50の基本構成の設計思想は実施例1と同様で、40Hz信号源210とLED駆動回路220を電流計と高感度ヒューズとLED光源30に接続し、電源から駆動電力を供給している。本実施例では8個のLED光源30を直列に接続し、同一の駆動電流値で駆動している。LEDの電圧降下に対応して電源電圧は15Vとした。
電流計の機能は、実施例1と同様の出力監視手段240であり、治療中に過去と比較して同程度の駆動電流が正常に供給されているかどうかを確認するための光エネルギー密度140の間接的な監視手段である。もちろん、LEDが発光した光束を分割して光エネルギー密度140を直接的に監視するフォトダイオードなどを設けて光の出力を表示して監視してもよい。
つまり、40Hz信号源210には、実施例1と同様に、外部からの同期信号130と位相同期した指令電圧を発生する他励動作100と、内部の信号源によって指令電圧を自立的あるいは単独に自発的に発生する自励動作105を切替える手動の切替えスイッチをLED駆動装置50に設けることができる。あるいは、外部からの同期信号130の有無で他励動作100と自励動作105を自動切換えしてもよいし、他励動作100または自励動作105の専用の製品を設計するなら切り替えなくてもよい。
試作品ではLED光源30に唾液等が侵入して電子回路が短絡しないように食品用の透明ラップで保護したが、産業応用の段階で実際の商品としてマウスピース460を製作する場合には、近赤外光を透過する透明な樹脂素材の中にLED光源30と電線の取り出し部分を防水処理して封入する設計とすることが望ましい。
また、治療器具LEDマウスピース400が照射する光束40は約40Hzで明滅するので、特許文献1に記載された作用機序によって、病状がアルツハイマー症へ進行するリスクを予防もしくは遅延する効果がある。
さらに、治療器具LEDマウスピース400が照射する光束40は微弱であるため、フォトバイオモジュレーションの作用機序によって、既に損傷を受けていたMCIの患部の細胞を再生させる効果もある。
さらにまた、フォトバイオモジュレーションによってMCIの患部の脳細胞に約40Hzの刺激を与えるので、知覚療法器具20の治療器具と併用する際の位相差を適正に管理すれば、MCIのブレインフォッグと物忘れの症状を同時に治療することができる。(詳細は実施例4)