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特開2022-161869導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子
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  • 特開-導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161869
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20221014BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20221014BHJP
   C22F 1/04 20060101ALN20221014BHJP
【FI】
C22C21/00 A
C22F1/00 602
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 661A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686B
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692Z
C22F1/00 694A
C22F1/04 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022062813
(22)【出願日】2022-04-05
(31)【優先権主張番号】P 2021065817
(32)【優先日】2021-04-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1) 令和3年4月14日、池田 義仁、山下 淳、中山 栄浩、猿渡 直洋が「軽金属学会 第140回春期大会」の概要集にて、「導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子」に関する研究について「6000系アルミニウム合金板の応力緩和特性に及ぼす添加元素の影響」のタイトルのもとに公開した。 令和3年5月16日、池田 義仁、山下 淳、中山 栄浩、猿渡 直洋が「軽金属学会 第140回春期大会」にて、「導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子」に関する研究について「6000系アルミニウム合金板の応力緩和特性に及ぼす添加元素の影響」のタイトルのもとに公開した。 (2) 令和3年4月14日、山下 淳、池田 義仁、布村 紀男、中山 栄浩、猿渡 直洋が「軽金属学会 第140回春期大会」の概要集にて、「導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子」に関する研究について「6000系アルミニウム合金中金属間化合物の機械特性の第一原理計算」のタイトルのもとに公開した。 令和3年5月16日、山下 淳、布村 紀男、中山 栄浩、猿渡 直洋が「軽金属学会 第140回春期大会」にて、「導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子」に関する研究について「6000系アルミニウム合金中金属間化合物の機械特性の第一原理計算」のタイトルのもとに公開した。
(71)【出願人】
【識別番号】000006895
【氏名又は名称】矢崎総業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】池田 義仁
(72)【発明者】
【氏名】山下 淳
(72)【発明者】
【氏名】海野 晃祐
(72)【発明者】
【氏名】多々良 和佳
(72)【発明者】
【氏名】中山 栄浩
(72)【発明者】
【氏名】猿渡 直洋
(57)【要約】
【課題】高い導電性を有しつつも、応力緩和特性及び耐力に優れた導電部材用アルミニウム合金板、及び当該導電部材用アルミニウム合金板を用いた端子を提供する。
【解決手段】導電部材用アルミニウム合金板1は、ケイ素:0.2~0.75質量%、銅:0.3~1.25質量%、マグネシウム:0.45~0.9質量%、亜鉛:0~2.0質量%、及び鉄:0~1.75質量%を含有し、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有し、アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなる複数の晶出物2及び複数の析出物5が分散し、晶出物2の粒子径が1μm以上であり、析出物5の粒子径が1μm未満である。端子10は、導電部材用アルミニウム合金板1を備える。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素:0.2~0.75質量%、銅:0.3~1.25質量%、マグネシウム:0.45~0.9質量%、亜鉛:0~2.0質量%、及び鉄:0~1.75質量%を含有し、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有し、
アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなる複数の晶出物及び複数の析出物が分散し、
前記晶出物の粒子径が1μm以上であり、前記析出物の粒子径が1μm未満である、導電部材用アルミニウム合金板。
【請求項2】
前記析出物において、アルミニウムの含有量は90原子%以上であり、銅の含有量は0.1原子%以上である、請求項1に記載の導電部材用アルミニウム合金板。
【請求項3】
前記析出物は、アルミニウム、銅、ケイ素及びマグネシウムを含有する金属間化合物からなり、前記金属間化合物としてAlCuSiMg四元系のQ’相が形成される、請求項1又は2に記載の導電部材用アルミニウム合金板。
【請求項4】
前記晶出物において、アルミニウムの含有量は50原子%以上であり、銅の含有量は1原子%以上である、請求項1又は2に記載の導電部材用アルミニウム合金板。
【請求項5】
前記晶出物の数が6000個/mm以上である、請求項1又は2に記載の導電部材用アルミニウム合金板。
【請求項6】
前記晶出物は、アルミニウム、鉄、銅及びケイ素を含有する金属間化合物からなる、請求項1又は2に記載の導電部材用アルミニウム合金板。
【請求項7】
JCBA T309:2004に準じて測定した、150℃で1000時間加熱した際の応力緩和率が30%以下であり、
JIS H4000:2014に準じて測定した0.2%耐力が150MPa以上であり、導電率が45%IACS以上である、請求項1又は2に記載の導電部材用アルミニウム合金板。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の導電部材用アルミニウム合金板を備える、端子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電部材用アルミニウム合金板及びそれを用いた端子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化のニーズに伴い、アルミニウム電線の車両への搭載が拡大している。そして、このようなアルミニウム電線に接続される金属端子としては、一般に電気特性に優れる銅又は銅合金が用いられている。ただ、アルミニウム電線の導体と金属端子との間で材質が異なると、導体と金属端子との接合部で腐食が発生しやすくなる。そのため、端子材料として、従来の銅に代わり、低コスト及び軽量であり、さらにアルミニウム電線との腐食リスクが小さいアルミニウム合金を使用することが検討されている。
【0003】
ただ、従来のアルミニウム合金を用いた端子では、ボルト締結部に応力が掛かり続けることによる応力緩和により、車内を想定した高温環境下でボルトが緩む場合がある。その結果、ボルト締結部の電気抵抗が増加する可能性が懸念されている。
【0004】
そのため、従来より、応力緩和特性に優れたアルミニウム合金の開発が進められている。特許文献1では、170℃以下の温度域でも応力緩和することなく使用できる、かしめ加工用アルミニウム合金板を開示している。具体的には、当該アルミニウム合金板は、Cu:0.2乃至0.9質量%、Mg:0.6乃至1.4質量%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、不可避的不純物のうち、Si:0.8質量%以下、Fe:0.6質量%以下、Mn:0.15質量%以下、Cr:0.3質量%以下、Zn:0.3質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.15質量%以下に規制した組成を有している。そして、アルミニウム合金板は、板厚が1.0mmより厚く3.0mm未満であると共に、結晶粒径が35乃至300μmであり、導電率が50%IACS以下である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4009244号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のアルミニウム合金板は、応力緩和特性は向上しているものの、耐力が低いため、荷重をかけた場合に塑性変形する恐れがある。このように、従来のアルミニウム合金板では、導電性を確保しつつも、応力緩和特性と耐力を両立することが困難であるという問題があった。
【0007】
本発明は、このような従来技術が有する課題に鑑みてなされたものである。そして本発明の目的は、高い導電性を有しつつも、応力緩和特性及び耐力に優れた導電部材用アルミニウム合金板、及び当該導電部材用アルミニウム合金板を用いた端子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様に係る導電部材用アルミニウム合金板は、ケイ素:0.2~0.75質量%、銅:0.3~1.25質量%、マグネシウム:0.45~0.9質量%、亜鉛:0~2.0質量%、及び鉄:0~1.75質量%を含有し、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有する。そして、当該導電部材用アルミニウム合金板は、アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなる複数の晶出物及び複数の析出物が分散している。また、晶出物の粒子径が1μm以上であり、析出物の粒子径が1μm未満である。
【0009】
本発明の他の態様に係る端子は、上述の導電部材用アルミニウム合金板を備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高い導電性を有しつつも、応力緩和特性及び耐力に優れた導電部材用アルミニウム合金板、及び当該導電部材用アルミニウム合金板を用いた端子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態に係る導電部材用アルミニウム合金板を用いた端子を概略的に示す斜視図である。
図2】サンプルNo.1~18のアルミニウム合金板の製造工程を示すフローチャートである。
図3】実施例に係るサンプルNo.3のアルミニウム合金板の断面(RD-ND断面)を透過型電子顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
図4】実施例に係るサンプルNo.1のアルミニウム合金板の断面(RD-ND断面)を金属顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
図5】実施例に係るサンプルNo.1のアルミニウム合金板の断面(RD-ND断面)を走査型電子顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
図6】実施例に係るサンプルNo.1のアルミニウム合金板の断面(RD-ND断面)を走査型電子顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
図7】実施例に係るサンプルNo.2のアルミニウム合金板の断面(RD-ND断面)を走査型電子顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
図8A】シミュレーションにより求めた、アルミニウム合金板におけるケイ素含有量と応力緩和率との関係を示すグラフである。
図8B】シミュレーションにより求めた、アルミニウム合金板における銅含有量と応力緩和率との関係を示すグラフである。
図8C】シミュレーションにより求めた、アルミニウム合金板におけるマグネシウム含有量と応力緩和率との関係を示すグラフである。
図9A】シミュレーションにより求めた、アルミニウム合金板における亜鉛含有量と応力緩和率との関係を示すグラフである。
図9B】シミュレーションにより求めた、アルミニウム合金板における鉄含有量と応力緩和率との関係を示すグラフである。
図10】鉄含有量が0.05質量%、0.4質量%、0.5質量%、0.7質量%であるアルミニウム合金板の断面(RD-ND断面)を金属顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を用いて本実施形態に係る導電部材用アルミニウム合金板、及び当該導電部材用アルミニウム合金板を用いた端子について詳細に説明する。なお、図面の寸法比率は説明の都合上誇張されており、実際の比率と異なる場合がある。
【0013】
[導電部材用アルミニウム合金板]
本実施形態に係る導電部材用アルミニウム合金板は、アルミニウム合金の組成を最適化し、さらに微細な晶出物及び析出物をアルミニウム合金組織内に形成することにより、高い導電性を有しつつも、応力緩和特性及び耐力の向上を図ったものである。
【0014】
本実施形態に係るアルミニウム合金板は、ケイ素:0.2~0.75質量%、銅:0.3~1.25質量%、マグネシウム:0.45~0.9質量%、亜鉛:0~2.0質量%、及び鉄:0~1.75質量%を含有し、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金からなるものである。
【0015】
アルミニウム合金板における母材としてのアルミニウムは、純度99.7質量%以上の純アルミニウムを用いることが好ましい。すなわち、日本産業規格JIS H2102(アルミニウム地金)に規定されるアルミニウム地金のうち、Al99.70以上の純度のものを好ましく用いることができる。具体的には、純度が99.7質量%以上のAl99.70、Al99.94、Al99.97、Al99.98、Al99.99、Al99.990、Al99.995が挙げられる。このように本実施形態では、アルミニウム地金としてAl99.995のような高価で高純度のものばかりではなく、価格的にも手頃な純度99.7質量%以上のアルミニウム地金を使用することができる。
【0016】
ケイ素(Si)は、固溶強化により、アルミニウム合金板の強度の向上を図ることができる。しかし,ケイ素が0.75質量%を超えると、応力緩和特性及び導電性が低下する可能性がある。そのため、ケイ素は、アルミニウム合金板中に0.2~0.75質量%含まれることが好ましく、0.4~0.6質量%含まれることがより好ましい。
【0017】
銅(Cu)も固溶強化により、アルミニウム合金板の強度の向上を図ることができる。そのため、銅は、アルミニウム合金板中に0.3~1.25質量%含まれることが好ましく、0.3~0.8質量%含まれることがより好ましい。
【0018】
マグネシウム(Mg)は、導電率の低下を最小限にしつつ、アルミニウム合金板の強度を高めることができる元素である。しかし、マグネシウムが0.9質量%を超えると、得られるアルミニウム合金板の導電率や延性、靱性が低下する傾向がある。そのため、マグネシウムは、アルミニウム合金板中に0.45~0.9質量%含まれることが好ましく、0.6~0.9質量%含まれることがより好ましい。
【0019】
亜鉛(Zn)は、固溶強化により、アルミニウム合金板の強度の向上を図ることができる。そのため、亜鉛は、アルミニウム合金板中に0~2.0質量%含まれることが好ましく、0.5~0.9質量%含まれることがより好ましい。
【0020】
鉄(Fe)は、導電率の低下を最小限にしつつ、アルミニウム合金板の強度を高めることができる元素である。つまり、鉄は、固溶限が低く、アルミニウムと金属間化合物を生成する。そして、当該金属間化合物が分散することにより、アルミニウム合金板の強度を高めることができる。なお、後述するように、本実施形態のアルミニウム合金板は、アルミニウム、鉄及び銅を含有する金属間化合物からなる晶出物が分散していることが好ましい。アルミニウム合金板の内部に晶出物が分散していることにより、応力緩和率が低下しつつも、高い耐力と導電性を得ることが可能となる。そのため、アルミニウム合金板に晶出物を多数分散させる観点から、鉄は、アルミニウム合金板中に0~1.75質量%含まれることが好ましく、0.4~0.8質量%含まれることがより好ましい。
【0021】
アルミニウム合金板に含まれる可能性がある不可避不純物としては、ガリウム(Ga)、ホウ素(B)、マンガン(Mn)、鉛(Pb)、ナトリウム(Na)、カルシウム(Ca)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、スズ(Sn)、バナジウム(V)が挙げられる。これらは本実施形態の効果を阻害せず、本実施形態のアルミニウム合金板の特性に格別な影響を与えない範囲で不可避的に含まれるものである。そして、使用する純アルミニウム地金に予め含有されている元素も、ここでいう不可避不純物に含まれる。不可避不純物の量としては、アルミニウム合金板中に合計で0.15質量%以下であることが好ましく、0.12質量%以下であることがより好ましい。
【0022】
本実施形態のアルミニウム合金板は、アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなる晶出物及び析出物を含むことが好ましい。また、アルミニウム合金板は、複数の晶出物及び複数の析出物が内部で分散していることがより好ましい。このような晶出物及び析出物がアルミニウム合金板の内部で高分散することにより、高温雰囲気下での耐力が高まることから、応力緩和特性の向上を図ることができる。そして、アルミニウム合金板を端子材料として用いた場合でも、ボルト締結部の応力緩和を抑制しつつ、端子の塑性変形を抑えることが可能となる。
【0023】
上述のように、析出物は、アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなることが好ましい。そして、析出物は、アルミニウム及び銅に加えて、ケイ素及びマグネシウムが含まれていてもよい。つまり、析出物は、アルミニウム、銅、ケイ素及びマグネシウムを含有する金属間化合物からなることがより好ましい。このような析出物では、金属間化合物としてAlCuSiMg四元系のQ’相が形成される。そして、このQ’相には、時効硬化の進みを遅くする効果があることが知られている。そのため、析出物がアルミニウム合金板の内部に高分散することにより、高温雰囲気下での耐力が高まり、応力緩和率を低下させることが可能となる。
【0024】
アルミニウム合金板の強度を向上させるためには、転位の運動の障壁を大きくすることが有効である。アルミニウム合金組織中に析出物が介在する場合、転位線は析出物を切断しながら進むため、例えば、銅を含むような硬い析出物に対しては、転位は進みづらく、変形しづらくなる。一方、アルミニウム合金組織中に、析出物に比べて粒子径が大きい晶出物が介在する場合、転位線は晶出物を切断せずに回り込んで進むため、たとえ硬い晶出物が介在したとしても、析出物に比べて転位を進みづらくする効果は小さい。よって、晶出物よりも析出物の方が、応力緩和特性及び耐力の向上に対する寄与が大きい。
【0025】
析出物において、アルミニウムの含有量は90原子%以上であることが好ましい。また、析出物において、銅の含有量は0.1原子%以上であることが好ましく、0.5原子%以上であることがより好ましい。さらに、析出物において、ケイ素の含有量は0.3原子%以上であることが好ましく、1.5原子%以上であることがより好ましい。なお、析出物における各元素の含有量は、アルミニウム合金板を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し、析出物をエネルギー分散型X線分析法(EDX)で分析することで確認できる。
【0026】
アルミニウム合金板に分散する析出物の粒子径は1μm未満であり、300nm以下であることが好ましい。析出物の粒子径が1μm未満であることにより、高い応力緩和特性及び耐力の両立を図ることが可能となり、高温時における強度低下を抑制することが可能となる。なお、本明細書において、「析出物の粒子径」は、アルミニウム合金板の断面を顕微鏡で観察した場合、析出物の粒子の輪郭上における異なる2点間の最長距離をいう。
【0027】
上述のように、晶出物は、アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなることが好ましい。そして、晶出物において、アルミニウムの含有量は50原子%以上であり、銅の含有量は1原子%以上であることがより好ましい。具体的には、アルミニウム合金板を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、晶出物をエネルギー分散型X線分析法(EDX)で分析した結果、アルミニウムの含有量が50原子%以上であり、銅の含有量は1原子%以上であることが好ましい。このような組成の晶出物がアルミニウム合金板の内部に高分散することにより、高温雰囲気下での耐力が高まり、応力緩和率を低下させることが可能となる。なお、晶出物において、アルミニウムの含有量は55原子%以上であることがより好ましく、60原子%以上であることがさらに好ましい。また、晶出物において、銅の含有量は2原子%以上であることがより好ましい。
【0028】
晶出物は、アルミニウム及び銅に加えて、鉄及びケイ素が含まれていてもよい。つまり、晶出物は、アルミニウム、銅、鉄及びケイ素を含有する金属間化合物からなることが好ましい。このような組成の晶出物がアルミニウム合金板の内部に高分散することによっても、高温雰囲気下での耐力が高まり、応力緩和率を低下させることが可能となる。なお、晶出物において、鉄の含有量は10原子%以上であることが好ましく、15原子%以上であることがより好ましく、20原子%以上であることがさらに好ましい。また、晶出物において、ケイ素の含有量は3原子%以上であることが好ましく、5原子%以上であることがより好ましい。
【0029】
アルミニウム合金板に分散する晶出物の粒子径は1μm以上であり、5μm以上であることが好ましい。晶出物の粒子径が1μm以上であることにより、高い応力緩和特性及び耐力の両立を図ることが可能となる。また、これらの晶出物により、高温時における強度低下を抑制することが可能となる。なお、晶出物の粒子径の上限は特に限定されないが、例えば20μmとすることができる。また、本明細書において、「晶出物の粒子径」は、アルミニウム合金板の断面を顕微鏡で観察した場合、晶出物の粒子の輪郭上における異なる2点間の最長距離をいう。
【0030】
アルミニウム合金板において、晶出物の数は6000個/mm以上であることが好ましい。具体的には、アルミニウム合金板を金属顕微鏡で観察した場合、1mmあたりの晶出物の数が6000個以上であることが好ましい。これにより、アルミニウム合金板は、高い応力緩和特性を得ることが可能となる。
【0031】
なお、晶出物の粒子径は、アルミニウム合金板における鉄の含有量が多くなるほど大きくなる傾向がある。また、晶出物の個数も、アルミニウム合金板における鉄の含有量が多くなるほど増加する傾向がある。そのため、アルミニウム合金板に添加する鉄の含有量を調整することにより、晶出物の粒子径及び個数を制御することが可能となる。ただし、晶出物が多くなりすぎると、時効硬化の進みを遅れさせる析出物の生成にも影響を与えるため、上述のように、添加する元素の量を調整してアルミニウム合金の組成を最適化する必要がある。
【0032】
本実施形態のアルミニウム合金板は、JCBA T309:2004に準じて測定した、150℃で1000時間加熱した際の応力緩和率が30%以下であることが好ましい。また、アルミニウム合金板は、JIS H4000:2014に準じて測定した0.2%耐力が150MPa以上であり、導電率が45%IACS以上であることが好ましい。応力緩和率が30%以下であり、0.2%耐力が150MPa以上であることにより、アルミニウム合金板を端子材料として用いた場合でも、ボルト締結部の応力緩和を抑制しつつ、端子の塑性変形を抑えることが可能となる。また、導電率が45%IACS以上であることにより高い導電性を有することから、アルミニウム合金板を端子材料として好適に用いることができる。なお、応力緩和率は、一般社団法人日本伸銅協会 技術標準 JCBA T309:2004(銅及び銅合金薄板条の曲げによる応力緩和試験方法)に準じて測定することができる。なお、応力緩和率を測定する際の試験温度は、150±5℃とし、試験時間は1000時間±3%とする。また、0.2%耐力及び導電率は、それぞれJIS H4000:2014(アルミニウム及びアルミニウム合金の板及び条)に規定の引張試験及び導電率試験に準じて測定することができる。
【0033】
次に、本実施形態のアルミニウム合金板の製造方法について説明する。本実施形態のアルミニウム合金板は、JIS H4000:2014で規定されている規格品A6101のT7処理と同等の条件で熱処理を実施することにより、得ることができる。
【0034】
具体的には、まず、アルミニウム、ケイ素、銅及びマグネシウム、並びに必要に応じて鉄、亜鉛を、上記組成となるように融解して鋳造することにより、鋳塊を作製する。次いで、得られた板状の鋳塊に対して予備加熱(予備均熱)を施す。予備加熱の条件としては、例えば600℃で24時間とすることができる。次に、予備加熱後の鋳塊に対して、必要に応じて面削処理を行う。
【0035】
そして、予備加熱後の鋳塊に対して、均質化熱処理を行う。均質化熱処理により、合金成分や組織の均質化、過飽和に固溶した成分の析出、内部応力の除去等を行う。均質化熱処理の条件としては、500~560℃で4~10時間とすることができる。均質化熱処理の後、熱間圧延を行い、熱間圧延板を得る。この際、圧延率は、例えば90%とすることができる。次いで、熱間圧延板に対して冷間圧延を行い、冷間圧延板を得る。この際、圧延率は、例えば80%とすることができる。
【0036】
次に、冷間圧延板に対して、溶体化処理、焼入れ及び時効熱処理を行う。溶体化処理は、合金を均一状態にするため、520~550℃で15分以上行う。次いで、溶体化処理後の圧延板を急冷して、焼入れを行う。焼入れの際の冷却剤としては、例えば水を用いることができる。その後、圧延板に対して、時効熱処理を行う。時効熱処理の条件としては、190~270℃で4時間以上とすることができる。
【0037】
上述のように、本実施形態ではT7処理と同等の条件で熱処理を施すことにより、アルミニウム合金板の内部に晶出物及び析出物が形成されて高分散する。そのため、応力緩和特性及び耐力に優れた導電部材用アルミニウム合金板を得ることができる。
【0038】
このように、本実施形態の導電部材用アルミニウム合金板は、ケイ素:0.2~0.75質量%、銅:0.3~1.25質量%、マグネシウム:0.45~0.9質量%、亜鉛:0~2.0質量%、及び鉄:0~1.75質量%を含有し、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有している。そして、アルミニウム合金板は、アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなる複数の晶出物及び析出物が分散している。また、晶出物の粒子径が1μm以上であり、析出物の粒子径が1μm未満である。本実施形態のアルミニウム合金板は、少なくともケイ素、銅及びマグネシウムを所定量含んでおり、さらに複数の晶出物及び析出物が高分散している。このように、少なくともアルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなる晶出物及び析出物が高分散することにより、常温での0.2%耐力だけでなく、150℃の高温雰囲気下での0.2%耐力も良好となる。また、晶出物及び析出物が高分散することにより、応力緩和率の上昇も抑制することができる。さらに、本実施形態のアルミニウム合金板は、高い応力緩和特性及び耐力を有しつつ、導電性も優れているため、端子などの導電部材に好適に用いることができる。
【0039】
[端子]
本実施形態のアルミニウム合金板は、上述のように、高い導電性を有しつつも、応力緩和特性及び耐力に優れるため、導電部材に好適に用いることができる。導電部材は特に限定されないが、例えば端子、バスバー、コネクタ、リレー、スイッチ、リードフレームを挙げることができる。なお、本実施形態のアルミニウム合金板は、特に端子材料として用いることが好ましい。当該アルミニウム合金板は、高い応力緩和特性、耐力及び導電性を有するため、ボルト締結部に応力が掛かり続けた場合でもボルトが緩む可能性が低く、長期間に亘って導通を確保することができる。以下、本実施形態のアルミニウム合金板を用いた端子について説明する。
【0040】
本実施形態に係る端子10は、上述の導電部材用アルミニウム合金板を備えている。具体的には、端子10は、導電部材用アルミニウム合金板を、金型プレス加工等によって、図1の(a)に示すように成形されてなるものである。
【0041】
端子10は、相手接続部11と、相手接続部11に一体に形成された電線圧着部12とを有している。電線圧着部12は、基底部14と、基底部14の両側縁より延設された一対の導体加締め部16と、導体加締め部16の後方に連なる一対の被覆加締め部18とを有している。相手接続部11は、例えばボルトが挿通される取付孔13を有し、略矩形状に形成されている。そして、相手接続部11は、不図示の相手方端子と、ボルト及びナットにより接続される。
【0042】
電線20は、図1の(a)に示すように、複数の素線21が束ねられてなる導体23を有しており、素線21はアルミニウム合金からなる。絶縁体層24は、電気絶縁性の合成樹脂からなり、導体23の外周を包囲している。電線20の端末部は、絶縁体層24が剥がされて導体23が露出している。そして、この露出した導体23に端子10の導体加締め部16が接続される。
【0043】
このような端子10に電線20を接続する際には、まず、電線20の端末部に露出させた導体23及び絶縁体層24の前端を、基底部14の上面に載置する。そして、図1の(b)に示すように、導体加締め部16が導体23を覆うように加締められて導体23に圧着されると共に、被覆加締め部18が絶縁体層24の前端を覆うように加締められて絶縁体層24に圧着される。このようにして、端子10に電線20を接続することができる。
【0044】
ここで、端子10を不図示の相手方端子に接続する場合には、取付孔13にボルトを挿入してナットにより締結する。ただ、上述のように、アルミニウム合金板は応力緩和特性に優れるため、取付孔13の近傍に応力が掛かり続けた場合でも応力緩和が抑制されることから、ボルトが緩む可能性が低い。そのため、端子10と相手方端子との間の導通を長期間に亘って維持することが可能となる。
【実施例0045】
以下、本実施形態を実施例、比較例及び参考例によりさらに詳細に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
[実施例]
(アルミニウム合金板の作製)
図2に示すフローチャートに沿って、実施例に係るサンプルNo.1を作製した。具体的には、まず表1のサンプルNo.1に示す割合で、アルミニウム、ケイ素、銅、マグネシウム、亜鉛、鉄を秤量した。この際、アルミニウムは、JIS H2102のAl99.7を用いた。そして、秤量したアルミニウム、ケイ素、銅、マグネシウム、亜鉛、鉄を融解して溶湯を調製した後、金型に注入することにより、鋳塊を得た。なお、この鋳塊は、厚み50mm、幅145mm、長さ250mmの板状とした。
【0047】
次いで、得られた鋳塊に対して予備加熱処理(予備均熱処理)を施した。予備加熱処理は、600℃で24時間行い、昇温速度は40℃/hとした。次に、予備加熱後の鋳塊の表面を面削し、厚み45mm、幅140mm、長さ200mmとした。
【0048】
そして、面削後の鋳塊に対して、均質化熱処理を施した。均質化熱処理は、540℃で4時間行い、昇温速度は40℃/hとした。次いで、均質化熱処理後の鋳塊に対して熱間圧延を行い、熱間圧延板を得た。得られた熱間圧延板は、厚み5mm、幅200mm、長さ1120mmの板状であったことから、熱間圧延の圧延率は88.9%であった。
【0049】
次に、熱間圧延板を切断することにより、厚み5mm、幅200mm、長さ250mmの板状とした。そして、切断した熱間圧延板に対して冷間圧延を行い、冷間圧延板を得た。得られた冷間圧延板は、厚み1mm、幅200mm、長さ250mmの板状であったことから、冷間圧延の圧延率は80.0%であった。さらに、得られた冷間圧延板に対して、洗浄と矯正を施した。
【0050】
次に、得られた冷間圧延板に対して、溶体化処理、焼入れ及び時効熱処理を行った。溶体化処理は、540℃で0.5時間行った。焼入れは、冷却剤として水を用いて行った。時効熱処理は、200℃で8時間行った。これにより、実施例に係るサンプルNo.1のアルミニウム合金板を得た。
【0051】
さらに、サンプルNo.1と同じ製法により、表1に示す組成のサンプルNo.2~18のアルミニウム合金板を作製した。なお、サンプルNo.2~5は実施例に係るサンプルであり、サンプルNo.6~18は比較例に係るサンプルである。
【0052】
【表1】
【0053】
(評価)
<応力緩和率、0.2%耐力及び導電率の測定>
サンプルNo.1~18のアルミニウム合金板の応力緩和率を、JCBA T309:2004に準じて測定した。なお、応力緩和率を測定する際の試験温度は、150±5℃とし、試験時間は1000時間±3%とした。また、サンプルNo.1~18のアルミニウム合金板の0.2%耐力及び導電率を、JIS H4000:2014に準じて測定した。なお、サンプルNo.1~18のアルミニウム合金板の0.2%耐力は常温で測定し、さらにサンプルNo.1~5のアルミニウム合金板の0.2%耐力は150℃でも測定した。各サンプルの応力緩和率、常温での0.2%耐力、及び導電率を表1に纏めて示す。
【0054】
表1に示すように、実施例に係るサンプルNo.1~5は、応力緩和率が30%以下であり、常温での0.2%耐力が150MPa以上であり、導電率が45%IACS以上である。そのため、これらのサンプルは、導電性、応力緩和特性及び常温での耐力のいずれも優れていることが分かる。
【0055】
なお、表1に示すように、常温で測定した0.2%耐力は、サンプルNo.1が303MPa、サンプルNo.2が281MPa、サンプルNo.3が232MPa、サンプルNo.4が175MPa、サンプルNo.5が173MPaであった。また、150℃で測定した0.2%耐力は、サンプルNo.1が278MPa、サンプルNo.2が253MPa、サンプルNo.3が215MPa、サンプルNo.4が168MPa、サンプルNo.5が162MPaであった。このように、これらのサンプルにおける150℃の耐力は、常温の耐力から大きく低下していないことから、これらのサンプルは高温下でも塑性変形が抑制できることが分かる。また、銅合金の0.2%耐力は通常150~300MPaであることから、サンプルNo.1~5は銅合金と同等の耐力を有していることが分かる。
【0056】
これに対して、比較例に係るサンプルNo.6~9は、銅の含有量が過少であり、さらにサンプルNo.8については亜鉛が本実施形態の組成範囲外であった。そのため、応力緩和率が30%を超えて悪化する結果となった。また、比較例に係るサンプルNo.10~14は、ケイ素及びマグネシウムの含有量が過少であり、さらに鉄が過剰であった。そのため、0.2%耐力が150MPaを下回って悪化する結果となった。さらに、比較例に係るサンプルNo.15~18は、銅、マグネシウム及び/又は鉄の含有量が本実施形態の組成範囲外であった。そのため、応力緩和率が30%を超えて悪化する結果となった。
【0057】
なお、表1のサンプルNo.19~27は、特許文献1の実施例に記載されたNo.1~8及び10のサンプルにそれぞれ対応している。そして、表1では、特許文献1に記載の組成並びに応力緩和率、0.2%耐力及び導電率を示している。表1より、特許文献1のサンプルはケイ素及び/又はマグネシウムの含有量が本実施形態の組成範囲外であることから、耐力が不十分であることが分かる。つまり、銅合金の0.2%耐力は150~300MPaであるのに対して、特許文献1のサンプルは多くが100MPa以下であることから、銅合金と比べて耐力が不十分であることが分かる。また、特許文献1のサンプルで耐力が100MPaを超えるものについては、応力緩和率が銅合金と比べて高い。つまり、銅合金の応力緩和率は、150℃、1000時間の評価で30%程度であるのに対して、特許文献1のサンプルは40%近い値となっている。そのため、特許文献1のサンプルは、応力緩和特性と耐力が両立できていないことが分かる。
【0058】
ここで、表2及び表3では、JIS規格のアルミニウム合金板における組成及び調質、並びに応力緩和率、導電率、常温及び150℃での0.2%耐力を示している。表2及び表3から分かるように、JIS規格品の応力緩和率は、150℃、1000時間の評価で40%を超えており、銅合金と比べて応力緩和特性が不十分であることが分かる。また、本実施形態のアルミニウム合金板と組成が近似しているA6061及びA6101の応力緩和率は、それぞれ42%及び76%であり、応力緩和特性が不十分となっている。これに対して、本実施形態に係るアルミニウム合金板の応力緩和率は、150℃、1000時間の評価で30%以下となっており、応力緩和特性に優れていることが分かる。
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
<析出物のTEM-EDX測定>
実施例に係るサンプルNo.3のアルミニウム合金板の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し、析出物をエネルギー分散型X線分析法(EDX)で分析した。そして、析出物に含まれる元素と当該元素の濃度を測定した。図3では、サンプルNo.3のアルミニウム合金板の断面をTEMで観察した結果を示す。図3に示すように、アルミニウム合金板1の全体に高分散している析出物5を多数確認することができた。そして、表4では、析出物に含まれる元素と当該元素の濃度を示している。
【0062】
【表4】
【0063】
表4に示すように、析出物は、少なくともアルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなることが分かる。また、析出物は、アルミニウム及び銅に加え、ケイ素及びマグネシウムを含有する金属間化合物からなることが分かる。その金属間化合物としては、AlCuSiMg四元系のQ’相が形成されていると思われる。そして、析出物において、アルミニウムの含有量は90原子%以上であり、銅の含有量は0.5原子%以上であり、ケイ素の含有量は1.5原子%以上であった。このように、アルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなる複数の析出物が高分散することにより、高い導電率を有しつつも、応力緩和特性と耐力に優れたアルミニウム合金板が得られることが分かる。
【0064】
<金属顕微鏡観察>
実施例に係るサンプルNo.1における、圧延方向(RD)と板面法線方向(ND)が成す断面(RD-ND断面)を金属顕微鏡で観察した。サンプルNo.1のアルミニウム合金板1を観察した結果、図4に示すように晶出物2と結晶粒3を確認することができた。また、図4より、晶出物2は、アルミニウム合金板1の全体に高分散していることが分かる。さらに、アルミニウム合金組織中に、粒子径が1μm以上の晶出物2が多数確認でき、粒子径が5μmを超えるような大きな晶出物も数多く存在することが分かる。そのため、粒子径が1μm以上、好ましくは5μm以上の晶出物2が高分散することにより、応力緩和特性及び耐力が良好になることが分かる。
【0065】
ここで、図4の金属顕微鏡画像から、1mmあたりの晶出物2の個数を算出した結果、サンプルNo.1では6300個/mmであった。そのため、アルミニウム合金板において、晶出物の数が6000個/mm以上であることにより、応力緩和特性が良好になることが分かる。
【0066】
<晶出物のSEM-EDX測定>
実施例に係るサンプルNo.1及びNo.2のアルミニウム合金板の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、晶出物をエネルギー分散型X線分析法(EDX)で分析した。そして、晶出物に含まれる元素と当該元素の濃度を測定した。図5及び図6では、サンプルNo.1のアルミニウム合金板の断面をSEMで観察した結果を示し、図7では、サンプルNo.2のアルミニウム合金板の断面をSEMで観察した結果を示す。そして、表5では、晶出物に含まれる元素と当該元素の濃度を示している。
【0067】
【表5】
【0068】
表5に示すように、晶出物は、少なくともアルミニウム及び銅を含有する金属間化合物からなることが分かる。また、晶出物は、アルミニウム及び銅に加え、鉄及びケイ素を含有する金属間化合物からなることが分かる。そして、晶出物において、アルミニウムの含有量は60原子%以上であり、銅の含有量は2原子%以上であり、鉄の含有量は20原子%以上であり、ケイ素の含有量は6原子%以上であった。このように、アルミニウム、鉄及び銅を主成分とする晶出物が高分散することにより、高い導電率を有しつつも、応力緩和特性と耐力に優れたアルミニウム合金板が得られることが分かる。
【0069】
(組成範囲のシミュレーション)
種々の組成を有するアルミニウム合金板を作製して実測した物性データ(応力緩和率、耐力、導電率)を基に、データ解析手法を用いたシミュレーションを実施することにより、目標物性を達成する組成範囲の検討を行った。なお、目標物性は、応力緩和率が30%以下、0.2%耐力が150MPa以上、導電率が45%IACS以上に設定した。
【0070】
ここで、応力緩和特性のシミュレーションには、非線形サポートベクター回帰を用いた。この手法によりケイ素、銅、マグネシウム、亜鉛、鉄及びマンガンの添加量に対して、応力緩和率の予測が可能となる。
【0071】
具体的には、応力緩和率を目標変数として、説明変数の候補にSi、Cu、Mg、Zn、Fe、Mnの添加量、及び元素の組み合わせた割合(例えばSi/Cuの比率)などを挙げ、その候補から最もモデルの性能が高くなるような組み合わせを探索した。なお、最終的には、説明変数を7種に決定している。モデルの精度は、決定係数(R)で表され、1に近いほど予測値と実測値の差が少ないことになる。そして、実測した物性データ(61サンプル)を、モデル作成用の教師データとモデル評価用のテストデータに85:15の割合で分割し、モデル作成及びモデル性能評価を実施した。このモデル作成及びモデル性能評価をランダムに30回繰り返し行い、モデル性能評価を行ったところ、30回の決定係数の平均は0.75という結果となった。これは十分なモデルの予測精度があることを示している。以上の方法から作成したモデルを使用して、応力緩和率の目標物性を達成する範囲を予測した。
【0072】
0.2%耐力については、種々の組成を有するアルミニウム合金板を作製して実測した0.2%耐力を基に、Ridge回帰によりシミュレーションを行った。
【0073】
導電率については、次の文献に記載されている、アルミニウムに対する各元素(Si、Cu、Mg、Zn、Fe、Mn)の最大固溶度(wt.%)、並びに、アルミニウムに各元素を添加した場合の平均比抵抗増加値(μΩ-cm)及び導電率減少値(%IACS/wt.%)を基に算出した。つまり、アルミニウム合金中に含まれるSi、Cu、Mg、Zn、Fe、Mnの添加量、並びに上記最大固溶度、平均比抵抗増加値及び導電率減少値から、アルミニウム合金の導電率を算出した。
横田 稔, 佐藤 謙一、「アルミニウム線」、軽金属、一般社団法人軽金属学会、1982年8月30日、第32巻、第8号、p.432-440
【0074】
シミュレーションの結果を表6並びに図8A図8B図8C図9A及び図9Bに示す。シミュレーションの結果より、ケイ素が0.2~0.75質量%、銅が0.3~1.25質量%、マグネシウムが0.45~0.9質量%、亜鉛が0~2.0質量%、及び鉄が0~1.75質量%の範囲である場合には、上述の目標物性を達成できることが分かった。
【0075】
【表6】
【0076】
[参考例]
図2に示すフローチャートに沿って、鉄含有量が異なるアルミニウム合金板を作製した。具体的には、まず、ケイ素の添加量が0.22~0.58質量%、銅の添加量が0~0.60質量%、マグネシウムの添加量が0.34~1.02質量%、亜鉛の添加量が0~0.70質量%となるように、各元素を秤量した。さらに、鉄の添加量が、それぞれ0.05質量%、0.4質量%、0.5質量%、0.7質量%となるように秤量した。そして、図2に示すフローチャートに沿って、鉄含有量がそれぞれ0.05質量%、0.4質量%、0.5質量%、0.7質量%であるアルミニウム合金板を得た。
【0077】
次に、得られたアルミニウム合金板における、1mmあたりの晶出物2の個数を算出した。具体的には、まず、アルミニウム合金板の断面を金属顕微鏡で観察した。図10には、各アルミニウム合金板の断面の観察結果を示している。次に、各画像における所定面積(0.14mm)中に存在する晶出物数を数え、1mmあたりの晶出物数を算出した。各アルミニウム合金板中の晶出物数を表7に纏めて示す。
【0078】
【表7】
【0079】
図10及び表7に示すように、アルミニウム合金板に添加される鉄の量が増加するほど、形成される晶出物の数も増えることが分かる。さらに、図10より、鉄の含有量が0.05質量%の場合には晶出物の粒子径が小さいが、鉄の含有量が増加するにしたがい、粒子径が大きな晶出物が増えることが分かる。そして、上述のように、高分散した晶出物が応力緩和特性及び耐力の向上に寄与していると推測される。さらに、アルミニウム合金板において、晶出物の数を6000個/mm以上とするためには、鉄は0.4質量%以上添加することが好ましいことが分かる。
【0080】
以上、本実施形態を説明したが、本実施形態はこれらに限定されるものではなく、本実施形態の要旨の範囲内で種々の変形が可能である。
【符号の説明】
【0081】
1 導電部材用アルミニウム合金板
2 晶出物
5 析出物
10 端子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
図10