(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022162385
(43)【公開日】2022-10-24
(54)【発明の名称】ウイルス吸着材
(51)【国際特許分類】
B01J 20/24 20060101AFI20221017BHJP
C07K 16/10 20060101ALN20221017BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20221017BHJP
C12N 7/02 20060101ALN20221017BHJP
C07K 17/12 20060101ALN20221017BHJP
【FI】
B01J20/24 C
C07K16/10 ZNA
C12N15/13
C12N7/02
C07K17/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067208
(22)【出願日】2021-04-12
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100196575
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 満
(74)【代理人】
【識別番号】100160989
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 正好
(74)【代理人】
【識別番号】100197398
【弁理士】
【氏名又は名称】千葉 絢子
(72)【発明者】
【氏名】中村 水都
(72)【発明者】
【氏名】吉川 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】熊本 吉晃
(72)【発明者】
【氏名】吉田 穣
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 啓
(72)【発明者】
【氏名】松村 佑太
【テーマコード(参考)】
4B065
4G066
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA95X
4B065BD14
4B065CA44
4G066AA02D
4G066AC02B
4G066AC02C
4G066AC03B
4G066AC13C
4G066AC17C
4G066AC37B
4G066BA16
4G066BA20
4G066CA20
4G066DA07
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA61
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA34
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】ウイルス吸着性の高いウイルス吸着材の提供に関する。
【解決手段】本発明の一形態に係るウイルス吸着材は、アニオン性基を有するセルロースを含む。本発明の他の形態に係るウイルス吸着材は、基材本体と、アニオン性基を有するセルロースと、を含む改質基材と、前記改質基材に固定された、抗体又は金属の少なくとも一方と、を含む。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン性基を有するセルロースを含む
ウイルス吸着材。
【請求項2】
抗体をさらに含む
請求項1に記載のウイルス吸着材。
【請求項3】
金属をさらに含む
請求項1又は2に記載のウイルス吸着材。
【請求項4】
基材本体と、アニオン性基を有するセルロースと、を含む改質基材と、
前記改質基材に固定された、抗体又は金属の少なくとも一方と、を含む
ウイルス吸着材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスを吸着することが可能なウイルス吸着材に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルスや細菌など微生物由来の有害物質を除去する方法として、各種のフィルターを用いた濾過によるものや吸着剤を用いた物理吸着によるものなどが知られている。
【0003】
特許文献1には、シアル酸、シアル酸誘導体、これらを含む糖、糖タンパク質、糖脂質の少なくとも一種類をウイルス捕捉体としたウイルス除去フィルターが開示されている。同文献には、通常の居住空間において使用でき、インフルエンザ等のウイルスを効率よく除去することができる、と記載されている。
【0004】
特許文献2には、高度に微細繊維化された複数の撚り糸を含む繊維素材であって、ウイルスを捕捉する目的でウイルスに対する天然の受容体又はその一部又はその類似体を付着させるため、少なくとも1本の糸が臭化シアンで誘導体化されているものが開示されている。
【0005】
特許文献3には、茶の抽出成分を添着した不織布と耳に止める紐で構成された抗ウイルスマスクが開示されている。茶の抽出成分を添着した不織布は、緑茶あるいは紅茶成分から分離精製した抽出成分を純水に溶かし、軽く脱水後乾燥したものであることが開示されている。そして、これによれば、茶の抽出成分を不織布に添着したマスクで、工業的に容易に製造ができ、高い捕集性能を維持し、ウイルスを不活化し、再飛散を防止することができる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9-234317号公報
【特許文献2】特表2001-527166号公報
【特許文献3】特開平8-333271号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、COVID-19等のウイルスによる感染症の拡大の防止が急務となっている。これに伴い、よりウイルス吸着性の高いウイルス吸着材が求められている。
【0008】
本発明の課題は、ウイルス吸着性の高いウイルス吸着材の提供に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一形態に係るウイルス吸着材は、アニオン性基を有するセルロースを含む。
本発明の他の特徴は、特許請求の範囲及び以下の説明から明らかになるであろう。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ウイルス吸着性の高いウイルス吸着材を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係るウイルス吸着材を示す模式的な斜視図及びその一部を拡大した拡大図である。
【
図2】本発明の他の実施形態に係るウイルス吸着材を示す模式的な正面図及びその一部を拡大した拡大図である。
【
図3】(A)~(C)は、それぞれ、本発明のウイルス吸着材の構成例を示す図であり、ウイルス吸着材を拡大して模式的に示す図である。
【
図4】(A)~(C)は、それぞれ、本発明のウイルス吸着材の構成例を示す図であり、ウイルス吸着材を拡大して模式的に示す図である。
【
図5】(A)は、本発明の一実施形態に係るウイルス吸着材の製造方法を示すフロー図であり、(B)は、他の実施形態に係るウイルス吸着材の製造方法を示すフロー図であり、(C)は、さらに他の実施形態に係るウイルス吸着材の製造方法を示すフロー図である。
【
図6】(A)は、本発明の一実施形態に係るウイルス吸着材の製造方法を示すフロー図であり、(B)は、他の実施形態に係るウイルス吸着材の製造方法を示すフロー図である。
【
図7】(A)は、本発明の一実施形態に係るウイルス吸着材の製造方法を示すフロー図であり、(B)は、他の実施形態に係るウイルス吸着材の製造方法を示すフロー図である。
【
図8】本発明の一実施形態に係るウイルス吸着材の製造に用いられる製造装置を示す模式的な図である。
【
図9】本発明の実施例における、各サンプルに固定された抗体量の測定結果を示すグラフであり、横軸が各サンプル、縦軸が抗体(VHH)の量を示す。
【
図10】本発明の実施例に係る結果を示すグラフであり、各サンプルに対するSARS-CoV-2シュードウイルスの吸着率の結果を示すグラフである。同グラフにおいて、横軸は各サンプル、縦軸はSARS-CoV-2シュードウイルスの吸着率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において、数値の限界値や範囲が記載されている場合には、その端点を含む。また、数値的な限界又は範囲に含まれるすべての値及びサブレンジは、明示的に書き出す場合と同様に、具体的に記載しているものとする。
本明細書において、単数で記載されている名詞は、「1つ以上」の意味を包含するものとする。
本発明の多数の修正および変形は、明らかに、以下の教示に照らして可能である。したがって、添付の特許請求の範囲の範囲内で、本発明は、本明細書に具体的に記載されている以外の方法で実施され得ることが理解される。
本明細書に記載の全ての特許文献及び参考文献は、長々と記載されている場合と同様に、この参照により本明細書に完全に組み込まれる。
【0013】
[ウイルス吸着材]
本発明のウイルス吸着材は、アニオン性基を有するセルロースを含むことで、後述する実施例において示すように、高いウイルス吸着性を有する。本発明のウイルス吸着材は、例えば、ウイルス検査における検体などのウイルス含有液の濃縮や、ウイルスの捕捉及び/又は除去等に用いることができる。本発明のウイルス吸着材によれば、高いウイルス吸着性を有することで、これらの操作を高い効率で行うことができる。
なお、本発明において、ウイルスの「吸着」とは、ウイルス及び/又はその断片を選択的に結合することを意味する。ウイルスの断片は、例えば、ウイルスのタンパク質を含む。
また、「ウイルス吸着性」とは、ウイルスを吸着できる性質を意味し、例えば、ウイルスタンパク質の結合量や、ウイルスの吸着量により評価することができる。
【0014】
[アニオン性基を有するセルロース]
本発明のアニオン性基を有するセルロースは、セルロース中にアニオン性基を含むようにアニオン変性されたセルロースである。なお、以下の説明において、「アニオン性基を有するセルロース」を、「アニオン変性セルロース」とも称する。
【0015】
アニオン変性セルロースは、例えば、セルロースI型結晶構造を有することが好ましい。アニオン変性セルロースの結晶化度は、安定した構造のセルロースを得る観点から、好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上である。また、原料入手性の観点から、好ましくは90%以下、より好ましくは85%以下、更に好ましくは80%以下、更に好ましくは75%以下である。なお、本明細書において、セルロースの結晶化度は、X線回折法による回折強度値から算出したセルロースI型結晶化度であり、例えば後述の方法に従って測定することができる。なお、セルロースI型とは天然セルロースの結晶形のことであり、セルロースI型結晶化度とは、セルロース全体のうち結晶領域量の占める割合のことを意味する。セルロースI型結晶構造の有無は、X線回折測定において、2θ=22.6°にピークがあることで判定することができる。
【0016】
<セルロースの結晶化度の測定方法>
セルロースの結晶構造は、回折計(リガク社製、商品名:MiniFlexII)を用いて以下の条件で測定することにより確認する。
測定ペレット調製条件:打錠機を用いて直径7mm(約0.021g)のサイズの円板試験片を調製し、測定ペレットとする。
X線回折分析条件:ステップ角0.01°、スキャンスピード10°/min、測定範囲:回折角2θ=5~40°
X線源:Cu/Kα-radiation、管電圧:15kv、管電流:30mA
ピーク分割条件:バックグラウンドノイズを除去した後、2θ=13-23°の間の誤差が5%以内に収まるようにガウス関数でフィッティングする。
セルロースI型結晶構造の結晶化度は、上述のピーク分割により得られたX線回折ピークの面積を用いて以下の式(1)に基づいて算出する。
セルロースI型結晶化度(%)=[Icr/(Icr+Iam)]×100 …(1)
(式中、Icrは、X線回折における格子面(002面)(回折角2θ=22-23°)の回折ピークの面積、Iamはアモルファス部(回折角2θ=18.5°)の回折ピークの面積を示す。)
【0017】
アニオン変性セルロースにおけるアニオン性基の含有量としては、安定的な微細化及び修飾基導入の観点から、好ましくは0.1mmol/g以上、より好ましくは0.4mmol/g以上、更に好ましくは0.6mmol/g以上である。同様の観点から、その上限は、好ましくは3.0mmol/g以下、より好ましくは2.5mmol/g以下、更に好ましくは2.0mmol/g以下である。
アニオン変性セルロース中に含まれるアニオン性基は、カルボキシ基、スルホン酸基又はリン酸基であることが好ましく、セルロースへの導入効率の観点から、カルボキシ基であることがより好ましい。
【0018】
<アニオン変性セルロースのカルボキシ基含有量の測定方法>
乾燥質量0.5gの測定対象のセルロースを100mLビーカーにとり、イオン交換水又はメタノール/水=2/1の混合溶媒を加えて全体で55mLとし、そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mLを加えて分散液を調製する。測定対象のセルロースが十分に分散するまで該分散液を撹拌する。この分散液に0.1M塩酸を加えてpHを2.5~3に調整し、自動滴定装置(東亜ディーケーケー社製、商品名「AUT-701」)を用い、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を待ち時間60秒の条件で該分散液に滴下し、1分ごとの電導度及びpHの値を測定する。pH11程度になるまで測定を続け、電導度曲線を得る。この電導度曲線から水酸化ナトリウム滴定量を求め、次の式(2)により、測定対象のセルロースのカルボキシ基含有量を算出する。
カルボキシ基含有量(mmol/g)=水酸化ナトリウム滴定量×水酸化ナトリウム水溶液濃度(0.05M)/測定対象のセルロースの質量(0.5g) …(2)
【0019】
アニオン変性セルロースにおけるアニオン性基の対となるイオン(カウンターイオン)としては、例えば、Sブロック元素イオン及びDブロック元素イオンが挙げられる。Sブロック元素イオンとしては、製造時のアルカリ存在下で生じるナトリウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属イオンが挙げられる。Dブロック元素イオンとしては、第4周期に属する元素イオンが挙げられ、より具体的にはニッケル(II)イオンが挙げられる。なお、上記カウンターイオンは、後述する本発明の金属のイオンであることが好ましい。
【0020】
本発明において、アニオン変性セルロースは、ウイルス吸着材の基材として用いられてもよく、あるいは、後述するように、別の基材の表面改質処理に用いられ、当該基材の表面に固定されていてもよい。
【0021】
アニオン変性セルロースがウイルス吸着材の基材として用いられる場合、アニオン変性セルロースの繊維が集合体を構成していることが好ましい。
この場合のアニオン変性セルロースの平均繊維長は、良好な保形性を有する観点から、好ましくは1μm以上、より好ましくは5μm以上、更に好ましくは10μm以上、更に好ましくは25μm以上である。また、当該平均繊維長は、アニオン変性セルロースを微細化して比表面積を高め、ウイルスの吸着性を高める観点から、好ましくは1000μm以下、より好ましくは800μm以下、更に好ましくは500μm以下、更に好ましくは400μm以下である。アニオン変性セルロースの平均繊維長は、後述する測定方法によって測定することができる。
【0022】
本発明においては、原料のセルロースやアニオン変性セルロースに、例えば、生化学的処理及び/又は化学処理等を行って、前記の平均繊維長を有するように長さを調整することができる。化学処理としては、例えば塩酸や硫酸などによる酸加水分解処理、過酸化水素やオゾンなどによる酸化処理、水酸化ナトリウム等のアルカリによるアルカリ加水分解処理が挙げられる。アルカリ加水分解処理の条件や酸加水分解処理の条件は、例えば、特開2019-119983号公報の段落0034~0035を参考にすることができる。
【0023】
アニオン変性セルロースの平均繊維径は、生産効率の観点から、好ましくは1μm以上、より好ましくは5μm以上、更に好ましくは15μm以上であり、アニオン変性セルロースを微細化してウイルスの吸着性を高める観点から、好ましくは300μm以下、より好ましくは100μm以下、更に好ましくは60μm以下である。アニオン変性セルロースの平均繊維径は、後述する測定方法によって測定することができる。
【0024】
一方で、アニオン変性セルロースが基材の表面に固定される場合は、アニオン変性セルロースがさらに微細化処理されることが好ましい。この微細化されたアニオン変性セルロースを、「微細改質セルロース」とも称する。微細化処理の詳細については、後述する。
微細改質セルロースを基材の表面に固定することで、基材の表面が親水性の高い状態に改質され、ウイルスの吸着性が高まるものと考えられる。
【0025】
微細改質セルロースの平均繊維径は、取扱い性、入手性、及びコストの観点から、好ましくは1nm以上、より好ましくは2nm以上であり、取扱い性、寸法安定性及び溶媒分散性の観点から、好ましくは500nm以下、より好ましくは300nm以下、更に好ましくは200nm以下、更に好ましくは150nm以下、より更に好ましくは120nm以下である。微細改質セルロースの平均繊維径は、後述する測定方法によって測定することができる。
【0026】
微細化改質セルロースの平均繊維長としては、分散性の観点から、好ましくは50nm以上、より好ましくは80nm以上、さらに好ましくは100nm以上である。また、同様の観点から、好ましくは1μm以下、より好ましくは500nm以下、更に好ましくは300nm以下である。微細改質セルロースの平均繊維長は、後述する測定方法によって測定することができる。
【0027】
<セルロースの平均繊維径及び平均繊維長の測定方法>
測定対象のセルロースの平均繊維径が数百ナノメートル~数千マイクロメートルであると見込まれる場合、次のようにしてセルロースの平均繊維径を求めることができる。
測定対象のセルロースに脱イオン水を加えて、その含有量が0.01質量%の分散液を調製する。該分散液を湿式分散タイプ画像解析粒度分布計(ジャスコインターナショナル社製、商品名:IF-3200)を用いて、フロントレンズ:2倍、テレセントリックズームレンズ:1倍、画像分解能:0.835μm/ピクセル、シリンジ内径:6515μm、スペーサー厚み:500μm、画像認識モード:ゴースト、閾値:8、分析サンプル量:1mL、サンプリング:15%の条件で測定する。セルロースを100本測定し、それらの平均ISO繊維径を平均繊維径をとして、平均ISO繊維長を平均繊維長として算出する。
また、測定対象のセルロースの平均繊維径が数ナノメートル~数百ナノメートルであると見込まれる場合、次のようにしてセルロースの平均繊維径を求めることができる。
測定対象のセルロース、又はセルロース分散体に適切な溶媒を加えて、その濃度が0.0001質量%の分散液を調製し、該分散液をマイカ(雲母)上に滴下して乾燥したものを観察試料として、原子間力顕微鏡(AFM)(Digital instrument社製、Nanoscope III Tapping mode AFM、プローブはナノセンサーズ社製、Point Probe (NCH)を使用)を用いて、該観察試料中のセルロースの繊維高さ(繊維のあるところとないところの高さの差)を測定する。適切な溶媒とは、測定対象のセルロースが膨潤する溶媒であればよく、セルロースの場合は水やエタノールが好ましく、アニオン変性セルロース又は微細改質セルロースの場合はDMFやMEK、トルエンなどが好ましい。その際、該セルロースが確認できる顕微鏡画像において、セルロースを100本以上抽出し、それらの繊維高さから平均繊維径を算出する。繊維方向の距離より、平均繊維長を算出する。一般に、高等植物から調製されるセルロースナノファイバーの最小単位は6×6の分子鎖がほぼ正方形の形でパッキングされていることから、AFMによる画像で分析される高さを繊維の幅とみなすことができる。
【0028】
[抗体]
本発明のウイルス吸着材は、標的のウイルスをより効率的に吸着する観点から、抗体をさらに含むことが好ましい。
本明細書において、抗体の「標的」又は「標的ウイルス」とは、抗体が吸着可能なウイルスを意味する。
抗体は、ヒト及び家畜への感染が報告されている病原性のウイルスを標的とすることが好ましい。具体的には、ウイルスは、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、及びサポウイルスから選ばれる一種又は二種以上であることが好ましい。
【0029】
特に、抗体は、コロナウイルスに属するSARS-CoV-2を標的ウイルスとすることがより好ましい。SARS-CoV-2は、急性呼吸器疾患(COVID-19)の原因となるウイルスである。上記構成のウイルス吸着材によって、SARS-CoV-2を吸着及び除去することができるとともに、不活化させることが可能となる。したがって、上記構成のウイルス吸着材により、SARS-CoV-2の感染が防止され、COVID-19の拡大防止に貢献できる。
【0030】
本発明の抗体は、典型的には、標的ウイルスの一部と特異的に吸着することが可能なCDRを含む構造ドメインを有する。CDR(Complementarity Determining Region;相補性決定領域)とは、配列可変な抗原認識部位又はランダム配列領域を含み、超可変領域とも言われる。CDRのアミノ酸配列等により、標的ウイルスへの吸着性が制御される。
【0031】
抗体は、具体的には、IgG抗体、重鎖抗体、及びフラグメント抗体から選ばれる一種又は二種以上であることが好ましい。
IgG抗体は、重鎖(VH)及び軽鎖(LH)からなり、重鎖及び軽鎖がそれぞれCDR1,CDR2,CDR3の3つのCDRを有する。
重鎖抗体は、重鎖のみからなり、CDR1,CDR2,CDR3の3つのCDRを有する。
フラグメント抗体は、酵素や遺伝子工学的な手法を用いて断片化された抗体であり、Fab、F(ab')2、Fv、VHH抗体等を含む。
特に、抗体としてフラグメント抗体を用いることで、IgG抗体よりも抗体の分子量を小さくことができ、よりウイルス吸着材における抗体の含有量を向上させることができる。したがって、ウイルス吸着材における標的ウイルスの吸着量を向上させることができる。
【0032】
さらに、抗体は、フラグメント抗体の中でもVHH抗体であることがより好ましい。VHH抗体は、重鎖抗体のフラグメント抗体であって、ラクダ科動物の血清中から見出されたシングルドメイン抗体である。VHH抗体は、CDR1,CDR2,CDR3の3つのCDRを含む構造ドメインを有する。当該構造ドメインにおいて、3つのCDRは、例えば、N末端側からCDR1、CDR2、CDR3の順で存在する。
また、IgG抗体は動物培養細胞を用いて生産する必要があるが、VHH抗体は大腸菌や酵母で生産できる。また、VHH抗体は、遺伝子工学的に改変が容易であり、上述のタグ(ペプチド)の導入等が容易である。さらに、VHH抗体は、熱などに対しても耐性が高く、安定した吸着活性を維持できる。これらの特徴から、抗体としてVHH抗体を用いることで、安定したウイルス吸着性を有するウイルス吸着材を高い生産性で得ることができる。
【0033】
抗体の標的ウイルスがSARS-CoV-2である場合、抗体は、CDR1,CDR2及びCDR3を含む下記1)、2)又は3)の構造ドメインを1つ以上有することが好ましい。
1)の構造ドメインは、配列番号1で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR1と、
配列番号2で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR2と、
配列番号3で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR3と、を含む。
ここで、配列番号1で示されるアミノ酸配列はGSTFSDYVMAであり、配列番号2で示されるアミノ酸配列はTISRNGGTTTであり、配列番号3で示されるアミノ酸配列はVGGDGDSである。これらのCDR配列を有する抗体としてはCoVHH1(配列番号4)がある。
2)の構造ドメインは、配列番号5で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR1と、
配列番号6で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR2と、
配列番号7で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR3と、を含む。
ここで、配列番号5で示されるアミノ酸配列はDQIFDNYNMAであり、配列番号6で示されるアミノ酸配列はALSWGDSNTGであり、配列番号7で示されるアミノ酸配列はVTWLRGDYである。これらCDRを有する抗体としてはCoVHH-E5(配列番号8)がある。
3)の構造ドメインは、配列番号9で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR1と、
配列番号10で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR2と、
配列番号11で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDR3と、を含む。
ここで、配列番号9で示されるアミノ酸配列はGTIFSTNAMSであり、配列番号10で示されるアミノ酸配列はAITSGGNTNであり、配列番号11に示されるアミノ酸配列はPGVVTGSYDVRNYである。これらCDRを有する抗体としてはCoVHH-E9(配列番号12)がある。
【0034】
上記配列番号1~3、配列番号5~7、及び配列番号9~11で示される各アミノ酸配列において1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるCDRは、配列番号1~3、配列番号5~7、及び配列番号9~11で示されるアミノ酸配列からなるCDRに変異が導入されたCDRを意味する。また、CDR1、CDR2、CDR3に変異が導入されていても、SARS-CoV-2に対する吸着性を有している限り、本発明の抗体のCDRに包含される。
ここで、好ましい置換として、極性や大きさが類似のアミノ酸への置換が挙げられる。上記好ましい置換の例としては、スレオニン残基のアスパラギン残基、イソロイシン残基またはメチオニン残基への置換、フェニルアラニン残基のイソロイシン残基への置換、セリン残基のアルギニン残基またはアスパラギン残基への置換、アラニン残基のスレオニン残基への置換、アルギニン残基のセリン残基への置換、アスパラギン残基のチロシン残基への置換、グリシン残基のセリン残基への置換、バリン残基のフェニルアラニン残基またはイソロイシン残基への置換、アスパラギン酸残基のグリシン残基またはバリン残基への置換、が挙げられる。
置換されるアミノ酸の位置及び置換後のアミノ酸の種類は、特に限定されないが、以下に好ましい例を挙げる。
1)の構造ドメインにおいて、アミノ酸が置換される好ましい位置として、CDR1においては3、4、5又は10番目が挙げられ、CDR2においては3、4、5、6、7、8、9又は10番目が挙げられ、CDR3においては1、2、3又は4番目が挙げられる。
1)の構造ドメインにおいて、置換されるアミノ酸の位置及び置換後のアミノ酸の種類は、特に以下の組み合わせが好ましい。
CDR1においては、3番目のスレオニン残基のアスパラギン残基への置換、4番目のフェニルアラニン残基のイソロイシン残基への置換、5番目のセリン残基のアルギニン残基への置換、10番目のアラニン残基のスレオニン残基への置換、が好ましい。
CDR2においては、3番目のセリン残基のアスパラギン残基への置換、4番目のアルギニン残基のセリン残基への置換、5番目のアスパラギン残基のチロシン残基への置換、6番目のグリシン残基のセリン残基への置換、7番目のグリシン残基のセリン残基への置換、8番目のスレオニン残基のメチオニン残基への置換、9番目のスレオニン残基のイソロイシン残基への置換、10番目のスレオニン残基のメチオニン残基への置換、が好ましい。
CDR3においては、1番目のバリン残基のフェニルアラニン残基またはイソロイシン残基への置換、2番目のグリシン残基のアルギニン残基への置換、3番目のグリシン残基のバリン残基への置換、4番目のアスパラギン酸残基のグリシン残基またはバリン残基への置換、が好ましい。
【0035】
さらに、抗体は、上記アミノ酸配列のCDR1,CDR2及びCDR3を含む構造ドメインを有するVHH抗体であることがより好ましい。これにより、SARS-CoV-2に対する特異的な吸着活性を有しつつ、VHH抗体の上記利点を有する抗体が得られる。したがって、SARS-CoV-2に対して高い吸着性を有するウイルス吸着材を、高い生産効率で得ることができる。
【0036】
ウイルス吸着材の1g当たりにおける抗体の含有量は、ウイルス吸着材の抗体の含有量を十分に確保する観点から、好ましくは1mg/g以上、より好ましくは1.5mg/g以上、さらに好ましくは3mg/g以上である。また、ウイルス吸着材における抗体の密度を適切に制御し、抗体の標的ウイルスとの吸着活性を確保する観点や製造コストの観点から、ウイルス吸着材の1g当たりにおける抗体の含有量は、好ましくは60mg/g以下、より好ましくは30mg/g以下、さらに好ましくは15mg/g以下である。
抗体の含有量は、以下のように測定することができる。ウイルス吸着材から抗体を界面活性剤溶液等の公知のタンパク質溶出液で溶出し、溶出された抗体溶液中の抗体濃度を測定することで求めることができる。抗体濃度は、公知のタンパク質濃度測定法で求めることができるが、抗体特異的な測定法である、抗体測定用ELISAキットや電気泳動後にタンパク質染色液で染色後、抗体のバンドの量を定量することで求めることが好ましい。
【0037】
[金属]
本発明のウイルス吸着材は、ウイルスの吸着性を高める観点から、金属をさらに含むことが好ましい。
本発明の金属は、アニオン変性セルロースとの親和性を高める観点から、イオン化していることが好ましい。つまり、本発明のウイルス吸着材は、金属のイオンを含むことが好ましい。
特に、本発明のウイルス吸着材は、ウイルスの吸着性を高めるとともに、抗体を含む場合の抗体の配向性を高める観点から、Dブロック元素を含むことが好ましく、Dブロック元素イオンを含むことがより好ましい。Dブロック元素イオンは、アニオン変性セルロースに対するカウンターイオンとして、アニオン性基に結合することが好ましい。
Dブロック元素イオンは、Hisタグ等の特定のタグペプチドと結合されやすい。このため、抗体の一部(例えばC末端)に上記タグペプチドを導入することにより、Dブロック元素イオンが結合されたアニオン変性セルロースに、抗体を所望の配向で固定しやすくなる。これにより、セルロースの表面における抗体の配向が、標的ウイルスを吸着可能な配向に制御され、抗体の標的ウイルスに対する吸着性がより高められると考えられる。
【0038】
Dブロック元素としては、以下の元素が挙げられる。
第4周期に属する元素としては、スカンジウム(Sc)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)が挙げられる。
第5周期に属する元素としては、イットリウム(Y)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、テクネチウム(Tc)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、カドミウム(Cd)が挙げられる。
第6周期に属する元素としては、ランタン(La)、ルテチウム(Lu)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、レニウム(Re)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)、金(Au)、水銀(Hg)が挙げられる。
第7周期に属する元素としては、アクチニウム(Ac)、ローレンシウム(Lr)、ラザホージウム(Rf)、ドブニウム(Db)、シーボーギウム(Sg)、ボーリウム(Bh)、ハッシウム(Hs)、マイトネリウム(Mt)、ダームスタチウム(Ds)、レントゲニウム(Rg)、コペルニシウム(Cn)が挙げられる。
Dブロック元素としては、上記の中から選ばれる一種又は二種以上を用いることができる。
【0039】
このうち、Dブロック元素としては、ウイルスの吸着性をより高めるとともに、抗体の配向性をより確実に制御する観点から、第4周期に属する元素が好ましく、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)の中から選ばれる一種以上を使用することが好ましく、ニッケル(Ni)を使用することがさらに好ましい。
【0040】
[両親媒性重合体]
本発明のウイルス吸着材は、アニオン変性セルロースによるウイルス吸着性の向上作用をより確実に得る観点から、両親媒性を有するアニオン性又はカチオン性重合体の一種以上をさらに含んでいてもよい。本明細書において、両親媒性を有するアニオン性又はカチオン性重合体とは、アニオン性又はカチオン性の重合体であって、親水基と疎水基とを有するものを意味する。本明細書にいうアニオン性又はカチオン性の重合体とは、常にアニオン性又はカチオン性を帯びた重合体のみならず、pHの変化によりイオン性を帯びることがある重合体も含む。
本明細書において、両親媒性を有するアニオン性又はカチオン性重合体を、「両親媒性重合体」とも称する。
【0041】
本発明の両親媒性を有するアニオン性又はカチオン性重合体は、具体的には、溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下で非イオン性のモノマーの一種以上に由来する構成単位と、アニオン性又はカチオン性モノマーの一種以上に由来する構成単位と、を有する共重合体の一種以上を含むことが好ましい。両親媒性重合体は、二種以上の上記共重合体を含んでいてもよい。
本明細書において、上記共重合体を、「両親媒性共重合体」とも称する。
【0042】
本明細書にいう溶解パラメーターδとは、POLYMER HANDBOOK(J.Brandrup and E.H.Immergut、third edition)のVII/519に記載される方法で計算された値である。すなわち、溶解パラメーターδは、以下の式(3)で表される。
δ=((H-R×298.15)/V)1/2 〔単位:(cal/m3)1/2又は×2.046(MPa)1/2〕 …(3)
H:蒸発エンタルピー 〔単位:(cal/mol)又は(×4.186J/mol)〕
R:気体定数 〔単位:(1.98719cal/K・mol)又は(1.98719×4.186J/K・mol)〕
V:mol体積(cm3/mol)
なお、本明細書においては、Hは、以下の式(4)で経験的にあらわされることを利用して、標準沸点Tbより求めた。
H=-2950+23.7Tb+0.020Tb
2 〔単位:(cal/mol)又は(×4.186J/mol)〕 …(4)
Tb:標準沸点〔単位:K〕
モノマーの標準沸点TbはAldrich(2000-2001:JAPAN)試薬カタログ記載の値を使用し、沸点が減圧下で記載されている場合は同書の付表の圧力-温度計算表より常圧での沸点を求めた。また同書に記載ないモノマーおよび沸点の記載がないモノマーについてはGroup Contrbution法を用い、式(5)により25℃での溶解パラメーターδを求めた。
δ=ΣFi/V …(5)
F:モル吸引定数 〔単位:(cal/m3)1/2cm3/mol又は×2.046(MPa)1/2cm3/mol〕
なお、本明細書においてFはHoyの値を用い求めた。以下に、モノマーの溶解パラメーターδの計算例を示す。
【0043】
<計算例-1>
モノマー:アクリルアミド 分子量:71.08 Tb:235℃ 比重:1.12
H=-2950+23.7×508.15+0.020×(508.15)2
=14257.9
V=71.08/1.12=63.4
δ=((H-1.98719×298.15)/V)1/2
=14.7(cal/m3)1/2=30.1(MPa)1/2
【0044】
<計算例-2>
モノマー:ラウリルメタクリレート 分子量:254.4 比重:0.868
【表1】
【0045】
δ=(148.3×2+131.5×11+32.03+126.54+326.58+135.1)/(254.4/0.868)=8.1(cal/m3)1/2=16.6(MPa)1/2
【0046】
本明細書にいう非イオン性のモノマーとは、pHの変化によりアニオン性又はカチオン性を帯びることがないモノマーである。また、本明細書にいうアニオン性又はカチオン性モノマーとは、常にアニオン性又はカチオン性を帯びたモノマーのみならず、pHの変化によりイオン性を帯びることがあるモノマーも含む。
【0047】
両親媒性共重合体の重合に使用される非イオン性モノマーの溶解パラメーターは、好ましくは20.5(MPa)1/2以下、より好ましくは20.0(MPa)1/2以下、特に好ましくは18.0(MPa)1/2以下、更に好ましくは17.0(MPa)1/2以下である。
【0048】
溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下である非イオン性モノマーは、不飽和モノマーが好ましく、(メタ)アクリル酸の炭素数1~40、好ましくは炭素数2~24のアルキルエステル;炭素数1~40、好ましくは炭素数2~24の脂肪酸のアルケニルエステル(好ましくはビニルエステル);炭素数2~40、好ましくは3~24のアルキル変性(メタ)アクリルアミド;炭素数2~40、好ましくは3~24のアルコキシ変性(メタ)アクリルアミド;マレイン酸の炭素数1~40のモノ又はジアルキルエステル;フマル酸の炭素数1~40のモノ又はジアルキルエステル;スチレン、ビニルトルエン、α-メチルスチレン、エチレン、プロピレン、ブタジエン、イソブチレン、ジイソブチレン、ポリアルキレングリコール(メタ)アクリレート、アルコキシポリアルキレングリコール(メタ)アクリレート、ポリアルキレングリコールアルケニルエーテル、アルコキシポリアルキレングリコールアルケニルエーテル等が挙げられる。
【0049】
カチオン性モノマーは不飽和モノマーが好ましく、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、ジエチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、アリルアミン、ジアリルアミン及びトリアリルアミンや、これらの塩類及び四級アンモニウム塩が好ましい。これらの塩類として塩酸、硫酸、酢酸、燐酸等の無機酸及び有機酸の塩類が挙げられる。これらの四級アンモニウム塩としてメチルハライド(クロライド、ブロマイド等)、エチルハライド(クロライド、ブロマイド等)、ベンジルハライド(クロライド、ブロマイド等)、ジアルキル(メチル、エチル等)硫酸、ジアルキル(メチル、エチル等)炭酸、エピクロロヒドリン等の四級化剤との反応により得られる四級アンモニウム塩が挙げられる。
【0050】
なお、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、ジエチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、アリルアミン、ジアリルアミン、トリアリルアミンは共重合した後、塩酸、硫酸、酢酸、燐酸等の無機酸、有機酸の塩類で処理したものも用いることができる。
【0051】
両親媒性共重合体の重合には、上記した溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下である非イオン性モノマー及びアニオン性又はカチオン性モノマーと共に、前記の各モノマーに属さないモノマーを用いることができる。これらのモノマーの割合は、全モノマーに対して0~50モル%が好ましく、0~30モル%がより好ましく、0~10モル%が特に好ましい。また、必要に応じて架橋性モノマーを用いることができる。架橋性モノマーは、前記の各モノマーに属するものであってもよく、属さない他のモノマーであってもよい。
【0052】
両親媒性共重合体が、溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下である非イオン性モノマー単位とカチオン性モノマー単位からなる場合、各構成単位の割合(原料を基準とした割合)は、次のとおりである。
溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下である非イオン性モノマー単位は、溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下である非イオン性モノマーとアニオン性又はカチオン性モノマーの合計に対して、好ましくは0.5~60モル%、より好ましくは5~50モル%、より好ましくは7~40モル%、更に好ましくは10~30モル%である。この範囲は、上記非イオン性モノマー単位がラウリルメタクリレート、ジイソブチレン、スチレンである場合に特に好ましい。
【0053】
カチオン性又はアニオン性モノマー単位は、溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下である非イオン性モノマーとアニオン性又はカチオン性モノマーの合計に対して、好ましくは50~99.5モル%、より好ましくは50~95モル%、より好ましくは60~93モル%、更に好ましくは70~90モル%である。この範囲は、上記非イオン性モノマー単位がラウリルメタクリレートの場合に特に好ましい。
【0054】
両親媒性共重合体の重量平均分子量は、1000~100万が好ましく、3000~50万がより好ましく、1万~20万が特に好ましい。
両親媒性共重合体の重量平均分子量は、下記の条件でゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)にて測定したものである。換算分子量には、ポリエチレングリコール(GPC用の標準試料)を用いることができる。
<測定条件>
カラム:α-M×2(東ソー)
溶離液:50mM LiBr、1%酢酸/エタノール=70/30(体積比)
流速:1mL/min
カラム温度:40℃
検出器:RI
試料濃度:4mg/mL
注入量:100μL
【0055】
両親媒性共重合体の重合方法は特に限定されず、溶媒、重合開始剤を用いての溶液重合や塊状重合等の公知の重合方法を適用し、回分式又は連続式で行うことができる。
【0056】
両親媒性共重合体の重合に用いる溶媒としては、水;メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類;ベンゼン、トルエン、キシレン、シクロヘキサン、n-ヘプタン等の芳香族又は脂肪族炭化水素類;酢酸エチル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類;プロピレングリコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、フェニルグリコール類等のグリコール系溶剤等が挙げられる。これらの中でも、各モノマー及び生成する両親媒性共重合体の溶解性が良いことから、グリコール系溶剤、水及び炭素数1~4の低級アルコールから選ばれる一種又は二種以上が好ましい。
【0057】
両親媒性共重合体の重合に用いる重合開始剤としては、過硫酸アンモニウム、過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム等の過硫酸塩;過酸化水素;アゾビス-2メチルプロピオンアミジン塩酸塩、アゾイソブチロニトリル等のアゾ化合物;ベンゾイルパーオキシド、ラウロイルパーオキシド、クメンヒドロパーオキシド等のパーオキシド等が挙げられる。これらは一種又は二種以上を用いることができる。
この際、促進剤として、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、モール塩、ピロ重亜硫酸ナトリウム、ホルムアルデヒドナトリウムスルホキシレート、アスコルビン酸等の還元剤、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸ナトリウム、グリシン等のアミン化合物から選ばれる一種又は二種以上を併用することもできる。
【0058】
また、重合反応時には、必要に応じて連鎖移動剤を用いることができる。連鎖移動剤としては、メルカプトエタノール、メルカプトグリセリン、メルカプトコハク酸、メルカプトプロピオン酸、メルカプトプロピオン酸2-エチルヘキシルエステル、オクタン酸2-メルカプトエチルエステル、1,8-ジメルカプト-3,6-ジオキサオクタン、デカントリチオール、ドデシルメルカプタン、ヘキサデカンチオール、デカンチオール、四塩化炭素、四臭化炭素、α-メチルスチレンダイマー、ターピノレン、α-テルピネン、γ-テルピネン、ジペンテン、2-アミノプロパン-1-オール等が挙げられる。これらは一種又は二種以上を用いることができる。
【0059】
重合温度は、重合方法、溶媒、重合開始剤、連鎖移動剤の種類に応じて決められるが、通常、0~150℃の範囲内である。重合反応終了後、減圧乾燥、粉砕等の公知の精製処理をすることができる。
【0060】
なお、本発明のウイルス吸着材は、上記両親媒性重合体の一種以上に加えて、両親媒性重合体以外の一種以上の他の重合体をさらに含んでいてもよい。
【0061】
[改質基材を含むウイルス吸着材]
本発明のウイルス吸着材は、以下のような構成を有していてもよい。
すなわち、ウイルス吸着材は、改質基材と、改質基材に固定された、抗体又は金属の少なくとも一方と、を含む。
改質基材は、基材本体と、上記アニオン性基を有するセルロース(アニオン変性セルロース)と、を含む。つまり、改質基材は、基材の表面がアニオン変性セルロースによって改質された構成を有する。これにより、基材の表面がウイルスの吸着に適した状態に改質され、ウイルスの吸着性が高まるものと考えられる。
【0062】
(改質基材)
本発明の改質基材2は、一実施形態において、繊維Fとして構成され、全体として、繊維Fの集合体として構成される。この例は、
図1又は
図2に示される。
なお、
図1の拡大図には、抗体5が繊維集合体としての改質基材2の表面に密に配置されている態様を示しているが、
図2に示すように、抗体5が固定されていなくてもよい。あるいは、
図2においても、
図1と同様に、抗体5が固定されていてもよい。
繊維集合体として構成された改質基材2は、成形を容易にする観点から、繊維Fが塊状となった綿状、又はシート状であることが好ましい。シート状の繊維集合体としての改質基材2の例は、
図1に示される。綿状の繊維集合体としての改質基材2の例は、
図2に示される。
改質基材2が綿状の場合、改質基材2は、例えば、球体、楕円体若しくはこれらに類する形状、多面体若しくはこれに類する形状、錐体若しくはこれに類する形状、又はその他の形状から選択される任意の形状を有する。改質基材2は、これらのうち2以上の形状の構造体が組み合わされた構成を有していてもよい。
改質基材2がシート状の場合は、例えば、不織布、織布、編み地又はそれらの積層体で構成され、後述する改質基材2の比表面積を高める観点から、好ましくは不織布又はその積層体で構成される。シート状の改質基材2は、例えば、円形、楕円形若しくはこれらに類する形状、多角形状若しくはこれに類する形状、又はその他の形状から選択される任意の平面形状を有する。シート状の改質基材2は、広げた状態で用いられてもよく、あるいは、折り曲げ等によって変形された状態で用いられてもよい。
改質基材2のサイズは、ウイルス吸着材1の用途に応じて適宜決定できる。
【0063】
比表面積を高めてウイルスの吸着性を高める観点から、繊維Fのメジアン繊維径は、20μm未満であることが好ましい。
より詳細に、繊維Fのメジアン繊維径は、十分な比表面積を得てよりウイルス吸着性を高める観点から、好ましくは2μm以下、より好ましくは1μm以下、さらに好ましくは0.8μm以下である。
繊維Fのメジアン繊維径は、改質基材2の強度を高め、改質基材2の構造を維持することで、改質基材2の細孔構造の容積・表面積を高く維持し、より多くの標的ウイルスを吸着しやすくする観点から、好ましくは0.01μm以上、より好ましくは0.05μm以上、さらに好ましくは0.1μm以上である。
本発明の繊維Fにおける「繊維径」とは、円相当直径を意味し、「メジアン繊維径」とは、以下の方法で算出した繊維径を意味する。
【0064】
繊維Fの繊維径は、例えば走査型電子顕微鏡(SEM)の観察による二次元画像から繊維の塊、繊維の交差部分、ポリマー液滴といった欠陥を除いた繊維を任意に500本選び出し、繊維の長手方向に直交する線を引いたときの長さを繊維径として直接読み取ることで測定することができる。測定した500本の繊維径の分布からメジアン繊維径を求めることができる。
【0065】
本発明の繊維Fは、確実に比表面積を高める観点から、均一性の高い繊維径を有することが好ましい。このような観点から、改質基材2に含まれる繊維Fの繊維径の分散値は、好ましくは0.5以上、より好ましくは1以上であり、好ましくは2.5以下、より好ましくは2以下である。
本発明の繊維径の分散値は、上述のように500本の繊維の繊維径を測定し、これらの測定値から以下の式(6)に基づいて算出することができる。
分散値=|累積頻度90%径-累積頻度10%径|÷メジアン径(累積頻度50%径)
…(6)
【0066】
繊維Fの比表面積は、ウイルスの吸着可能な表面の面積を十分に得る観点から、好ましくは0.5m2/g以上、好ましくは1m2/g以上、好ましくは1.5m2/g以上、より好ましくは2m2/g以上である。
繊維Fの比表面積は、製造上の観点、及び抗体5を表面に固定しやすい構成を得る観点から、好ましくは300m2/g以下、好ましくは50m2/g以下、好ましくは30m2/g以下、より好ましくは10m2/g以下である。
繊維Fの比表面積とは、細孔径0.1μm~100μmにおける細孔容量から算出される改質基材2の単位質量あたりの表面積を意味する。
繊維Fの比表面積を高めることで、単位質量あたりの改質基材2の表面積が高められる。これにより、改質基材2のウイルス吸着可能な領域が大きくなり、ウイルス吸着材1のウイルス吸着量を高めることができると考えられる。また、ウイルス吸着材1が抗体5を含む場合には、改質基材2により多くの抗体5を固定することができ、これによってもウイルス吸着量を高めることができると考えられる。
【0067】
繊維Fの比表面積は、JIS R 1655に規定される水銀圧入法に準じて、以下の方法で測定することができる。詳細には、測定対象から0.02gの繊維集合体を測定サンプルとして切り出す。該測定サンプルを入れた測定セルを水銀ポロシメーター(オートポアIV9500、マイクロメリティックス社製)にセットし、測定環境22℃、65%RH、水銀の表面張力γ:480dyn/cm、接触角θ:140°、水銀注入圧力Pの測定範囲:0psia(0MPa)以上60000psia(413.685MPa)以下の条件で、水銀注入圧力Pを所定の範囲内で上昇させていったときの該測定サンプルの累積細孔容積V(mL/g)を測定する。次いで、下記の式(7)に従って換算した換算細孔径Q(μm)を横軸に、log微分細孔容積(dV/d(logQ);mL/g)との関係を縦軸にプロットし、細孔容積分布を得る。つまり、換算細孔径Qを横軸にとり、累積細孔容積Vを細孔径Qの対数値で微分した細孔容積を縦軸にとって、細孔容積分布を得る。
Q=4γcosθ/P …(7)
(γ:水銀の表面張力、θ:接触角、P:水銀注入圧力)
ここで得られた換算細孔径と該換算細孔径における細孔容量から該換算細孔径における細孔形状を円柱近似して表面積を求め、各換算細孔径ごとの表面積の積分値を測定サンプル重量で除した値を比表面積とする。
【0068】
(基材本体)
本発明の基材本体2aは、改質基材2の表面改質されていない本体部分である。基材本体2aは、樹脂を主体として含む。当該樹脂は、改質基材2を繊維集合体として形成する場合に、繊維Fを形成可能な樹脂であることが好ましく、製造上の観点から合成繊維であることが好ましい。
当該合成樹脂は、熱可塑性樹脂又はその他の樹脂から選ばれる一種又は二種以上を含む。
熱可塑性樹脂としては、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニル系樹脂、アクリル系樹脂、ポリイミド系樹脂、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂、ポリカーボネート樹脂等が挙げられる。これらの樹脂は一種を単独で、又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
ポリオレフィン系樹脂としては、ポリプロピレン、ポリエチレン、エチレン-α-オレフィンコポリマー、エチレン-プロピレンコポリマー等が挙げられる。
ポリエステル系樹脂としては、ポリエチレンテフタレート、ポリテトラメチレンテフタレート、ポリブチレンテフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリヒドロキシ酪酸、ポリヒドロキシアルカノエート、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネート、ポリ乳酸及び乳酸-ヒドロキシカルボン酸コポリマー等のポリ乳酸系樹脂、ポリブチレンナフタレート、液晶ポリマー等が挙げられる。
ポリアミド系樹脂としては、ナイロン6及びナイロン66、アラミド等が挙げられる。
ビニル系樹脂としては、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、酢酸ビニル樹脂、塩化ビニリデン樹脂、ポリビニルアルコール、ポリビニルアセタール、ポリビニルブチラール等が挙げられる。
アクリル系樹脂としては、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸エステル、及びポリメタクリル酸エステル等が挙げられる。
ポリイミド系樹脂としては、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂等が挙げられる。
芳香族ポリエーテルケトン系樹脂としては、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエテーテルエーテルケトンケトン等が挙げられる。
ニトリル系樹脂としては、ポリアクリロニトリル樹脂等が挙げられる。
基材本体2aが熱可塑性樹脂を含むことで、熱融着によりバインダー等を使うことなく接着、賦形が可能となる等の効果を有する。
【0069】
基材本体2aは、容易に繊維Fを細径化する観点から、熱可塑性樹脂を主体として含むことが好ましい。さらに、熱可塑性樹脂を用いて溶融電界紡糸法により繊維Fを形成すると、更に繊維Fを細径化させることができ、好ましい。
溶融電界紡糸法とは、高電圧が印加されている状態で繊維の原料となる樹脂を含む溶融液を電界中へ吐出することによって、吐出された溶融液が細長く引き伸ばされ、繊維径が細い繊維を形成することができる方法である。溶融電界紡糸法の詳細については後述する。
基材本体2aの原料(樹脂組成物)として熱可塑性樹脂を用いることで、加熱によって上記樹脂を含む溶融液が生成され、溶融電界紡糸法を用いて細径化した繊維Fが形成され得る。
【0070】
<樹脂組成物中の熱可塑性樹脂の含有量の測定方法>
樹脂組成物中の熱可塑性樹脂の含有量は、以下の方法で測定することができる。具体的には、樹脂組成物をNMR(核磁気共鳴)分析、IR(赤外分光)分析等の各種分析に供して、これらの分析によって得られる各シグナル、スペクトルの位置に基づいて、分子骨格の構造及び分子構造の末端の官能基構造を同定する。これによって、含有する樹脂の種類を同定し、各種熱可塑性樹脂に相当する分子構造を示す測定値の強度から各種樹脂組成部中に含まれる熱可塑性樹脂の量を算出する。そして、該算出値を合計することにより樹脂組成物に含まれる熱可塑性樹脂の含有量を測定することができる。
【0071】
基材本体2aが熱可塑性樹脂を含む場合、溶融電界紡糸法を安定的に実施する観点から、改質基材2の総質量に対する熱可塑性樹脂の含有量は、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは93質量%以上である。
また、後述する添加剤等を添加してより細径化及び/又は安定化した繊維Fを形成する観点から、改質基材2の総質量に対する熱可塑性樹脂の含有量は、好ましくは100質量%以下、より好ましくは99質量%以下、さらに好ましくは97質量%以下である。
【0072】
さらに、基材本体2aは、溶融電界紡糸法において安定した繊維形成性を得る観点から、融点を有する樹脂を含むことが好ましく、ポリオレフィン樹脂を含むことがより好ましい。ポリオレフィン樹脂は、融点を有する樹脂である。「融点を有する」樹脂とは、示差走査熱量測定法(DSC法)において、測定対象の樹脂を加熱していったときに、該樹脂が熱分解する前に、固体から液体へ相変化することに起因する吸熱ピークを示す樹脂のことである。
ポリオレフィン樹脂の重量平均分子量は、好ましくは1万以上、さらに好ましくは4万以上、また、好ましくは15万以下、さらに好ましくは10万以下である。重量平均分子量は、例えば特開2014-129614号公報に記載の高温サイズ排除型クロマトグラフィー(高温SEC)法又は高温ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(高温GPC)法を用い、重量平均分子量が既知であり且つ重量平均分子量がそれぞれ異なるポリスチレン標準試料(例えば、東ソー株式会社製の単分散ポリスチレン(型番:F450、F288、F128、F80、F40、F20、F10、F4、F1、A5000、A2500、A1000、A500及びA300))を前記高温SEC法又は高温GPC法に供して分子量較正曲線を予め作成し、該較正曲線と測定試料の結果とを比較することによって測定することができる。なお、ポリオレフィン樹脂の重量平均分子量の測定には、ポリオレフィン樹脂の溶離液にオルソジクロロベンゼンを用い、溶解温度を140~150℃として溶解したポリプロピレン樹脂の溶解液を用いて測定を行う。
【0073】
ポリオレフィン樹脂としては、例えばポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン-α-オレフィンコポリマー樹脂、エチレン-プロピレンコポリマー等が挙げられる。これらの樹脂は一種を単独で、又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
特に、基材本体2aは、ポリプロピレン樹脂を含むことがより好ましい。これにより、溶融電界紡糸法による繊維Fの形成を効率よく行うことができる。
【0074】
上記熱可塑性樹脂に加えて、基材本体2aは、添加剤として、下記成分(a)及び下記成分(b)から選ばれる一種又は二種以上を含むことが好ましい。これにより、詳細を後述するように、例えば、溶融電界紡糸法を用いてより細径化した繊維Fを形成することができる。
(a)アニオン性界面活性剤
(b)成分(a)以外の可塑剤、ポリオレフィンワックス及び石油ワックスから選ばれる一種又は二種以上
上記添加剤の好ましい組み合わせとして、基材本体2aは、下記成分(a)及び下記成分(b)を含む。これにより、成分(a)及び成分(b)のそれぞれが協働し、より細径化及び均一化した繊維Fが形成され得る。
なお、本明細書において、「基材本体2aの添加剤」とは、基材の表面を改質する材料ではなく、原料である樹脂組成物に添加される添加剤を意味する。
【0075】
成分(a)は、一般的に疎水性であるポリオレフィン樹脂等の熱可塑性樹脂を改質して、電場中で高い帯電量を発現させて細径の繊維を電界紡糸可能にするために用いられる。熱可塑性樹脂の帯電量をより向上させて紡糸性を高める観点から、成分(a)は、その融点が、併用される熱可塑性樹脂の融点以下であることが好ましい。
【0076】
本発明に用いられる成分(a)の中では、硫酸エステル塩やスルホン酸塩が特に好ましい。硫酸エステル塩とは、分子構造中の末端にアルキル基を有し、且つ分子構造中の任意の位置に硫酸基を有する有機化合物の塩を意味する。このような硫酸エステル塩としては、例えば、高級アルコール硫酸エステル塩(R-O-SO3M)等のアルキル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩(R-O-(CH2CH2O)n-SO3M)等のアルキルエーテル硫酸塩等が挙げられる。これらは単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0077】
スルホン酸塩とは、分子構造の任意の位置にスルホン酸基を有する塩を意味する。
本発明におけるスルホン酸塩は、有機スルホン酸塩であることが好ましい。有機スルホン酸塩とは、分子構造中の末端にアルキル基又は芳香環の少なくともいずれか1つを有する、及び/又は、分子構造中の一部にアルキレン基を有するスルホン酸塩である。
さらに、有機スルホン酸塩は、分子構造中の末端にアルキル基を有する、及び/又は、分子構造中の一部にアルキレン基を有することが好ましい。加えて、有機スルホン酸塩は、分子構造中に塩構造をもったスルホン酸基を有することがより好ましい。
【0078】
本発明に用いられる有機スルホン酸塩としては、例えば、アルキルスルホン酸塩(R-SO3M)、アルキルベンゼンスルホン酸塩(R-Ph-SO3M)、アルキルナフタレンスルホン酸塩(R-Np-SO3M)、オレフィンスルホン酸塩(R-CH=CH-(CH2)n-SO3M及びR-CH(-OH)(CH2)n-SO3M)、アルキルスルホこはく酸塩(R-OOC-CH2-CH(-SO3M)-COOM)、ジアルキルスルホこはく酸塩(R-OOC-CH2-CH(-SO3M)-COO-R)、α-スルホ脂肪酸エステル塩(R-CH(-SO3M)-COO-CH3)、アシルイセチオン酸塩(R-CO-O-(CH2CH2)-SO3M)、アシルタウリン塩(R-CO-NH-(CH2)2-SO3M)、アシルアルキルタウリン塩(R-CO-N(-R')-(CH2)2-SO3M)等のN‐アルキル‐N‐アシルアミノアルキルスルホン酸塩、β‐ナフタレンスルホン酸塩ホルマリン縮合物(M-O3S-Np-(CH2-Np(-SO3M))n-H)等が挙げられる。これらは単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0079】
上述した硫酸エステル塩及びスルホン酸塩において、Rは、直鎖又は分枝鎖のアルキル基を表し、その炭素数は好ましくは8以上、より好ましくは10以上、さらに好ましくは12以上であり、好ましくは22以下、より好ましくは20以下、さらに好ましくは18以下である。R'は、直鎖又は分枝鎖のアルキル基を表し、その炭素数は好ましくは5以下である。Phは、置換されていてもよいフェニル基を表す。Npは、置換されていてもよいナフチル基を表す。Mは一価の陽イオンを表し、好ましくは金属4イオンであり、さらに好ましくはナトリウムイオンである。nは、好ましくは6以上、より好ましくは8以上、さらに好ましくは10以上の数であり、好ましくは24以下、より好ましくは22以下、さらに好ましくは20以下の数を表す。これらの硫酸エステル塩及びスルホン酸塩は、これらのうち一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせた混合物として用いてもよい。
【0080】
これらの硫酸エステル塩及びスルホン酸塩のうち、アルキル硫酸塩、アルキルエーテル硫酸塩、アルキルスルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、オレフィンスルホン酸塩、及びN‐アルキル‐N‐アシルアミノアルキルスルホン酸塩のうち少なくとも一種を用いることが好ましく、アシルアルキルタウリン塩を用いることがさらに好ましい。成分(a)としてこのような成分を用いることによって、細い繊維径を有する繊維Fを一層効率よく溶融電界紡糸することができるとともに、紡糸された繊維Fに親水性を付与することができる。加えて、繊維径が均一化され、改質基材2の比表面積がより効果的に向上する。
【0081】
成分(a)として有機スルホン酸塩を用いる場合、有機スルホン酸塩の改質基材2の総質量に対する含有量は、電場中で高い帯電量を発現させて細径の繊維Fを電界紡糸可能にするとともに、紡糸された繊維Fの物性を親水化することが可能となる観点から、好ましくは0質量%超、より好ましくは3質量%以上、さらに好ましくは4質量%以上である。
また、細径の繊維Fの形成を可能とする観点から、上記含有量は、好ましくは15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは8質量%以下である。
【0082】
成分(a)以外の可塑剤、ポリオレフィンワックス及び石油ワックスから選ばれる一種又は二種以上である成分(b)は、上記熱可塑性樹脂を溶融して電界紡糸に供するときに、溶融した熱可塑性樹脂の流動性を高めて、より細径の繊維Fを製造可能にするために用いられるものである。
成分(b)は、その重量平均分子量がポリオレフィン樹脂等の熱可塑性樹脂よりも小さいものであることが好ましく、特に成分(b)としてポリオレフィンワックスを用いる場合には、好ましくは600以上、より好ましくは1000以上、さらに好ましくは1000超、一層好ましくは2000以上、また、好ましくは20000以下、より好ましくは10000以下、さらに好ましくは9000以下、一層好ましくは8000以下のものである。重量平均分子量は、ポリオレフィンワックスについては例えば上述したポリオレフィン樹脂と同様の方法で測定することができる。
石油ワックスの重量平均分子量も、ポリオレフィン樹脂等の熱可塑性樹脂よりも小さいものであり、好ましくは100以上、より好ましくは200以上、更に好ましくは250以上、一層好ましくは300以上、また、好ましくは1000以下、より好ましくは1000未満、更に好ましくは900以下、一層好ましくは800以下のものである。石油ワックスの重量平均分子量は、例えばガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)法(GC-MS装置、日本電子株式会社製、型番:JMS-T100GC)で測定することができる。
【0083】
可塑剤とは、高分子や合成樹脂に流動性を与え成形しやすくしたり、成形品に柔軟性を与えたりするために添加される物質を言い、嵩高い側鎖を有し、極性部と非極性部を有する化合物が用いられる。本発明に用いられる可塑剤は、例えば脂肪酸エステル、アルキルグリセリド、フタル酸エステル、トリメリット酸エステル、リン酸エステル、クエン酸エステル、エポキシ化植物油、低分子ポリエステルから選ばれる一種又は二種以上を含むことが好ましい。中でも脂肪酸エステル、アルキルグリセリド、クエン酸エステルから選ばれる一種又は二種以上を含むことがより好ましい。このうち脂肪酸エステルは炭素数14から22までの飽和脂肪酸のいずれかと炭素数14から22までを有するアルコールのいずれかで形成されるものを含むことが更に好ましい。アルキルグリセリドは炭素数14から22までの飽和脂肪酸のいずれかとのトリグリセリドを含むことが更に好ましい。クエン酸エステルは炭素数14から22までを有するアルコールとのトリエステルを含むことが更に好ましい。
【0084】
本発明に用いられるポリオレフィンワックスは、直鎖若しくは分枝鎖又は環式若しくは非環式の脂肪族飽和炭化水素の一種以上からなる合成物を指すものであり、好ましくは直鎖又は分枝鎖であり且つ非環式のアルカンである。ポリオレフィンワックスとしては、例えば、H-(CH2-CH2)q-Hで表されるポリエチレンワックス、H-(CH2-CH(CH3))q-Hで表されるポリプロピレンワックス、H-(CH2-CH2)r-(CH2-CH(CH3))s-H、H-(CH2-CH(CH3))s-(CH2-CH2)r-H及びH-(CH2-CH2-CH2-CH(CH3))t-Hで表されるエチレン‐プロピレン共重合ワックス等が挙げられる。これらは単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0085】
上述したポリオレフィンワックスの各化学式において、qは、好ましくは24以上、より好ましくは48以上、さらに好ましくは100以上の数であり、また好ましくは500以下、より好ましくは250以下、さらに好ましくは220以下の数を表す。r及びsは、それぞれ正の数であり、r及びsの総和として、好ましくは24以上、より好ましくは48以上、さらに好ましくは100以上の数であり、また好ましくは500以下、より好ましくは250以下、さらに好ましくは220以下の数を表す。tは、好ましくは12以上、より好ましくは24以上、さらに好ましくは50以上の数であり、また好ましくは250以下、より好ましくは125以下、さらに好ましくは110以下の数を表す。
【0086】
本発明に用いられる石油ワックスは、常温で固体の炭化水素であり、好ましくは直鎖若しくは分枝鎖又は環式若しくは非環式の脂肪族飽和炭化水素の一種以上から構成されおり、例えば、JIS K2235-1991で規定される石油ワックス等が挙げられる。その中でも、直鎖の脂肪族飽和炭化水素を主として含むパラフィンワックス、直鎖、分枝鎖及び環式の脂肪族飽和炭化水素をそれぞれ含むマイクロクリスタリンワックス等から選ばれる一種又は二種以上を含むことが好ましい。これらは単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0087】
これらのポリオレフィンワックス及び石油ワックスのうち、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、エチレン‐プロピレン共重合ワックス、エチレンワックス、パラフィンワックスのうち少なくとも一種を用いることが好ましく、ポリプロピレンワックス又はエチレン‐プロピレン共重合ワックス、の少なくとも一種を用いることがさらに好ましい。成分(b)としてこのような成分を用いることによって、繊維Fの原料を溶融して溶融電界紡糸に用いるときに、溶融液の流動性を高めて吐出及び延伸を効率よく行うことができ、その結果、より細径化かつ均一化された繊維を高い生産効率で製造することができる。
【0088】
上記添加剤に替えて又は上記添加剤に加えて、基材本体2aは、繊維Fの添加剤として、ヒンダードアミン系化合物及び/又はトリアジン系化合物を含んでいることが好ましい。ヒンダードアミン系化合物及び/又はトリアジン系化合物は、光安定剤として、製造後の繊維Fの品質の安定化に寄与する。
ヒンダードアミン系化合物は、2,2,6,6,-テトラメチル-4-ピペリジンを基本骨格とする化合物であり、熱や光に安定で,高分子化合物を着色しないという利点を有する。ヒンダードアミン系化合物としては、テトラキス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)ブタン-1,2,3,4-テトラカルボキシレート等が挙げられる。
トリアジン系化合物は、複素環式化合物の一種で、3個の窒素を含む不飽和の6員環構造を有する化合物である。トリアジン系化合物としては、1,2,3-トリアジン、1,2,4-トリアジン、1,3,5-トリアジン等が挙げられる。
【0089】
ヒンダードアミン系化合物及び/又はトリアジン系化合物の改質基材2の総質量に対する含有量は、製造後の繊維Fの品質の安定化を実現できる観点から、好ましくは0質量%超、より好ましくは3質量%以上、さらに好ましくは5質量%以上である。
また、細径の繊維Fを形成可能とする観点から、上記含有量は、好ましくは15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは8質量%以下である。
【0090】
基材本体2aは、上記以外の添加剤をさらに含んでいてもよい。当該添加剤としては、例えば酸化防止剤、上記以外の光安定剤、紫外線吸収剤、及び金属不活性剤などが挙げられる。酸化防止剤としては、フェノール系酸化防止剤、フォスファイト系酸化防止剤及びチオ系酸化防止剤などが例示できる。光安定剤及び紫外線吸収剤としては、ニッケル錯化合物、ベンゾトリアゾール類、ベンゾフェノン類などが例示できる。金属不活性剤としては、フォスフォン類、エポキシ類、トリアゾール類、ヒドラジド類、オキサミド類等が挙げられる。これらの添加剤は、単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。基材本体2aがこれらの添加剤を含む場合、改質基材2に含まれる上記添加剤の含有量は、0.01質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましく、また、10質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましい。
【0091】
なお、繊維Fが含む樹脂や添加剤の含有量や分子構造は、NMR、各種クロマトグラフィー、IR分析等の公知の技術やその組み合わせによって分子構造を特定し同定することができる。また、添加物の含有量は、上記の測定手段によって、上記の分子構造を示す部分の測定値の強度で測定することができる。
また添加剤については、測定対象となる繊維から添加剤を各種溶剤でソックスレー抽出・濃縮し、該濃縮液に対して熱分解ガスクロマトグラフ(GC-MS)分析を行うこともできる。ここで得られたマススペクトルより添加剤の化合物を同定するとともに、添加剤の含有量を算出することもできる。
【0092】
(アニオン性基を有するセルロース)
本発明において、改質基材2は、上述のアニオン性基を有するセルロース(アニオン変性セルロース)3を含む。アニオン変性セルロース3は、基材本体2aの表面に固定されていることが好ましい。この例は、
図3及び
図4の各図に示されている。これにより、基材本体2aの表面が親水性の高い状態に改質され、ウイルスの吸着性が高まるものと考えられる。
なお、
図3及び
図4において、ウイルス吸着材1の各部を斜線のハッチングで示しているが、このハッチングは各部の配置例を模式的に示すものであって、各部の分子構造等を示しているものではない。
なお、「アニオン変性セルロース3又は重合体が基材本体2aの表面に固定されている」とは、通常の保管状態及び使用状態において、その多くが基材本体2aの表面から脱落せずに固定された状態を維持していることを意味する。また、「基材本体2aの表面に固定されている」という表現は、基材本体2aの表面に直接接している態様のみならず、基材本体2aの表面に、他の材料を介して間接的に固定されている態様も含む。
【0093】
アニオン変性セルロース3は、基材本体2aの表面に直接固定されていてもよい。この例は、
図3(A)及び
図4(A)に示されている。
あるいは、アニオン変性セルロース3は、後述する両親媒性重合体6を介して基材本体2aに固定されていてもよい。つまり、アニオン変性セルロース3は、両親媒性重合体6上に固定されていてもよい。この例は、
図3(B)及び(C)、並びに
図4(B)及び(C)に示されている。
【0094】
(両親媒性重合体)
本発明において、改質基材2は、アニオン変性セルロース3の他、上述の両親媒性を有するアニオン性又はカチオン性重合体(両親媒性重合体)6の一種以上をさらに含んでいてもよい。両親媒性重合体6は、基材本体2aに固定されていることが好ましく、基材本体2aの表面に直接固定されていることがより好ましい。この例は、
図3(B)及び(C)、並びに
図4(B)及び(C)に示されている。
改質基材2が両親媒性重合体6を含むことで、基材本体2aの表面が疎水性の状態であっても、基材本体2aの表面を親水性の状態に改質でき、基材本体2aにアニオン変性セルロース3をより効果的に固定できるものと考えられる。
【0095】
(金属)
本発明のウイルス吸着材1は、改質基材2に固定された金属4を含むことが好ましい。この例は、
図3(A)及び(B)並びに
図4(A)及び(B)の各図に示されている。
本明細書において、「抗体5又は金属4が改質基材2に固定されている」とは、通常の保管状態及び使用状態において、抗体5又は金属4の多くが改質基材2の表面から脱落せずに固定された状態を維持していることを意味する。また、「改質基材2に固定されている」という表現は、改質基材2の表面に直接接している態様のみならず、改質基材2に、他の材料を介して間接的に固定されている態様も含む。
金属4は、イオン化していることが好ましく、電気的な親和性によって改質基材2に固定されていることが好ましい。
例えば、金属4は、上述のように、Dブロック元素イオンであることが好ましく、アニオン変性セルロース3のアニオン性基と結合していることが好ましい。なお、
図3(A)及び(B)並びに
図4(A)及び(B)では、金属4による層がアニオン変性セルロース3による層上に積層されているように示しているが、実際には、金属4のイオン等がアニオン変性セルロース3に局所的に結合されて存在していてもよい。
【0096】
(抗体)
本発明のウイルス吸着材1において、抗体5は、改質基材2に固定されていることが好ましい。この例は、
図3の各図に示されている。
なお、
図3では、抗体5を模式的に円形で示しているが、実際の形状は、図示の例に限定されず、分子構造に応じた種々の形状を採り得る。
例えば、抗体5は、アニオン変性セルロース3に直接固定されていてもよい。この例は、
図3(C)に示されている。あるいは、抗体5は、アニオン変性セルロース3に固定された金属4等を介して改質基材2に固定されていてもよい。この例は、
図3(A)及び(B)に示されている。
【0097】
標的ウイルスの吸着活性を有する多くの抗体5を改質基材2に固定する観点から、抗体5は、抗体5の分子と、改質基材2に含まれる分子又は金属4と、の親和性を利用して改質基材2に固定されることが好ましい。当該親和性を利用した抗体5と改質基材2との固定方法としては、例えば、共有結合、疎水結合、水素結合、静電結合、その他の分子間力(ファン・デル・ワールス力)による結合が挙げられる。
【0098】
抗体5は、標的ウイルスへの吸着活性が高い状態で改質基材2に固定されることが好ましい。このような観点から、抗体5は、CDRが標的ウイルスと吸着可能な配向で改質基材2に固定されることが好ましい。このため、抗体5は、CDRから立体構造上離れているC末端側で改質基材2に固定されることがより好ましい。
【0099】
抗体5の改質基材2に対する配向性を制御する観点から、抗体5は、タグペプチドを介して改質基材2に固定されていることが好ましい。当該タグペプチドは、抗体5のアフィニティタグとして機能し、改質基材2又は金属4と親和性の高いアミノ酸配列を有することが好ましい。当該タグペプチドは、抗体5をより好ましい配向に制御する観点から、抗体5のC末端に結合していることがより好ましい。これにより、抗体5のC末端側がタグペプチドを介して改質基材2に固定され、CDRが外側を向き、抗体5が標的ウイルスを吸着しやすい配向となる。
より具体的に、当該タグペプチドは、配列番号13(HHHHHH)で示されるアミノ酸配列を有するHisタグであることが好ましい。Hisタグは、上述のDブロック元素イオンとの親和性が高いため、改質基材2に金属4としてDブロック元素イオンが固定されている場合に、抗体5の配向性がより確実に制御される。
抗体5をより好ましい配向に制御する観点から、タグペプチドはヒンジペプチドを介して抗体5のC末端に結合していることが好ましい。より具体的に、当該ヒンジペプチドは、配列番号14~16で示されるアミノ酸配列から選ばれる一種又は二種以上のアミノ酸配列を含んでいることが好ましい。ここで、配列番号14で示されるアミノ酸配列はEPKTPKPQSである。配列番号15で示されるアミノ酸配列はGGGである。配列番号16で示されるアミノ酸配列はGGGSである。
【0100】
[ウイルス吸着材の製造方法]
本発明のウイルス吸着材の製造方法は、実施形態1として、
基材を形成する工程(S1)と、
形成された基材の表面を、アニオン性基を有するセルロースによって改質することで、改質基材を形成する工程(S3)と、を含む。この製造方法の例は、
図5(A)及び(B)に示されている。
実施形態2として、本発明のウイルス吸着材の製造方法は、上記工程S1及びS3に加えて、改質基材に抗体を固定する工程(S5)をさらに含んでいてもよい。この製造方法の例は、
図5(C)に示されている。
実施形態3として、本発明のウイルス吸着材の製造方法は、工程S1、S3及びS5に加えて、工程S1の後であって工程S3の前に、両親媒性重合体の一種以上によって基材の表面を改質する工程(S2)をさらに含んでいてもよい。この製造方法の例は、
図6(A)に示されている。
実施形態4として、本発明のウイルス吸着材の製造方法は、工程S1,S2,S3,及びS5に加えて、工程S3の後であって工程S5の前に、改質基材に金属を固定する工程(S4)をさらに含んでいてもよい。この製造方法の例は、
図6(B)に示されている。
実施形態5として、本発明のウイルス吸着材の製造方法は、工程S1,S2及びS3を含んでいてもよい。この製造方法の例は、
図7(A)に示されている。
さらに、実施形態6として、本発明のウイルス吸着材の製造方法は、工程S1,S2、S3及びS4を含んでいてもよい。この製造方法の例は、
図7(B)に示されている。
なお、本発明のウイルス吸着材の製造方法は、上記実施形態1~6に限定されるものではない。
以下、各工程について説明する。
【0101】
(基材の形成工程(S1))
基材の形成方法は、特に限定されないが、以下では、基材が上述の樹脂を主体とする繊維集合体として構成される場合の基材の形成方法について説明する。
上記繊維集合体における繊維は、細径の繊維を形成するための公知の紡糸法によって形成され、例えば、電界紡糸法(エレクトロスピニング)又は溶融電界紡糸法によって形成されることが好ましい。当該繊維は、細径の繊維をより生産性高く、且つ安定的に形成する観点から、溶融電界紡糸法によって形成されることがより好ましい。溶融電界紡糸法は、繊維の原料となる樹脂の溶融液を電場中に吐出して電界紡糸法により紡糸する方法であり、例えば特開2020-105458号公報の段落0048~0058に記載の方法を適用することができる。
【0102】
以下、溶融電界紡糸法によって繊維を形成する例について説明する。
図8に模式的に示すように、繊維製造装置10は、例えば、原料供給部10Aと、電極部10Bと、流体噴射部10Cと、捕集部10Dと、を備える。同図には、相互に直交するX軸及びY軸が記載されている。
原料供給部10Aと電極部10Bとは、X軸方向に相互に対向して配置される。原料供給部10Aと電極部10Bとの間の領域は、電場が発生する電場発生領域となる。
流体噴射部10Cと捕集部10Dとは、電場発生領域を挟んでY軸方向に相互に対向して配置される。
【0103】
原料供給部10Aは、熱可塑性樹脂等を含む原料組成物を供給するホッパー19と、ホッパー19に接続された溶融液生成部11と、生成された溶融液を吐出する吐出ノズル12と、を有する。
なお、溶融電界紡糸法による原料組成物の変質は実質的にないので、原料である原料組成物の組成と、製造物である繊維の組成とは実質的に同一である。つまり、原料組成物の組成は、繊維によって形成される上述の基材本体の組成と同一の組成を有していればよい。
溶融液生成部11は、ホッパー19から供給された原料組成物を加熱溶融して、原料組成物の溶融液Rを生成する。溶融液Rは、スクリュー等によって吐出ノズル12に供給される。
吐出ノズル12は、溶融液Rを電場中に吐出する部材であり、ノズルベース13と吐出ノズル先端部14とを有する。ノズルベース13と吐出ノズル先端部14は、例えば金属などの導電性材料によって構成され得るが、溶融液生成部11への電圧の印加を防止するため、図示しない絶縁性部材によって電気的に絶縁されていてもよい。吐出ノズル先端部14は、接地されている。吐出ノズル先端部14は、溶融液Rの流動性を維持するために、ヒータ(図示せず)等によって加熱されていてもよい。
【0104】
電極部10Bは、吐出ノズル12とX軸方向に対向して配置された帯電電極21と、これに接続された高電圧発生装置22と、を含む。
高電圧発生装置22によって帯電電極21に高電圧が印加されると、電極部10Bと吐出ノズル12との間に電場が発生する。これにより、この電場中に吐出された溶融液Rが帯電し得る。
【0105】
流体噴射部10Cは、電場に対してY軸方向に空気流Aを噴射することが可能な流体噴射装置23を有する。空気流Aは、例えば所定の温度以上に加熱されていてもよい。
【0106】
捕集部10Dは、空気流Aによって搬送され引き伸ばされた繊維Fを捕集することが可能に構成される。捕集部10Dは、流体噴射装置23とY軸方向に対向して配置された捕集シート24と、捕集シート24に接続された捕集電極27と、捕集電極27に接続された高電圧発生装置26と、捕集シート24を搬送する搬送コンベア25と、を有している。
高電圧発生装置26は、捕集電極27に対して高電圧を印加する。これにより、捕集電極27が負に帯電する。なお、捕集部10Dは、高電圧発生装置26を有さず、捕集電極27が接地されていてもよい。
捕集シート24は、捕集電極27に引き寄せされた繊維Fを表面に堆積させる。捕集シート24は、例えば長尺の樹脂製シートであり、原反ロール24aから繰り出されて搬送コンベア25に搬送される。
【0107】
以上の構成の繊維製造装置10を用いた繊維Fの形成方法について説明する。
まず、ホッパー19に充填された原料組成物が溶融液生成部11において溶融し、溶融液Rが生成される。生成された溶融液Rは、吐出ノズル12から電場に向けて吐出される。
【0108】
電極部10Bには高電圧が印加され、吐出ノズル12が接地されていることで、電極部10Bと吐出ノズル12との間に電場が発生する。電場に溶融液Rが吐出されることで、溶融液Rが帯電する。帯電した溶融液Rは、溶融液R自体に発生した自己反発力によって延伸されるとともに、帯電電極21に向けて電気的引力によって引き寄せされる。その際に、溶融液Rは、引力と自己反発力とによる延伸を繰り返して細い径の繊維状となり得る。
【0109】
さらに流体噴射部10Cの流体噴射装置23が、電場に吐出された溶融液Rに向けてY軸方向に空気流Aを吹き付ける。これにより、電場に吐出された溶融液Rがさらに延伸され、さらに細い径の繊維を形成しながらY軸方向に搬送される。この過程で引き伸ばされた繊維状の溶融液Rが固化し、繊維Fが形成される。形成された繊維Fは、捕集部10Dの捕集シート24に捕集される。
【0110】
以上のような方法により、非常に細い径の繊維Fを形成することができる。なお、溶融電界紡糸法による繊維製造装置10は、
図8に示す例に限定されず、例えば、特開2019-49078号公報の
図2、特開2016-204816号公報の
図1~6等に記載の構成を有していてもよい。
【0111】
本発明では、上述のように、繊維Fの原料組成物が熱可塑性樹脂、好ましくはポリオレフィン樹脂、より好ましくはポリプロピレン樹脂を含むことで、溶融電界紡糸法の適用に適した溶融液Rが生成されやすくなり、繊維Fがより細径化される。
また、原料組成物が硫酸エステル塩及び/又はスルホン酸塩等のアニオン性界面活性剤(成分(a))を含むことで、電場中に吐出された溶融液Rの帯電量が高められ、電界紡糸によって繊維Fがより一層細径化される。
また、原料組成物が成分(a)以外の可塑剤、ポリオレフィンワックス及び石油ワックスから選ばれる一種又は二種以上(成分(b))を含むことで、溶融液Rの流動性が高められ、繊維Fがより一層細径化される。
また、原料組成物がヒンダードアミン系化合物及び/又はトリアジン系化合物を含むことで、製造後の繊維Fの光安定性が高められる。
【0112】
捕集部10Dによって捕集された繊維Fは、捕集シート24等に堆積された堆積物の状態で、綿状又はシート状の繊維集合体として用いられてもよい。あるいは、繊維Fの堆積物は、加熱、プレス又は積層の少なくとも1つの方法によって、綿状又はシート状に成形され、繊維集合体が形成されてもよい。また、繊維Fを用いて公知の方法により織布や不織布を形成することで、シート状の繊維集合体が成形されてもよい。
以上のように、繊維集合体としての基材が形成される。
【0113】
(アニオン変性セルロースによる表面改質処理(S3))
続いて、形成された基材の表面を、アニオン性基を有するセルロース(アニオン変性セルロース)によって改質する。これにより、表面がアニオン変性セルロースによって改質された、改質基材を形成することができる。改質基材の表面は、アニオン変性セルロースによって、親水性の高い状態となり得る。
【0114】
本工程では、例えば、形成された基材を、アニオン変形セルロースを含む分散液に接触させる。接触方法としては、基材全体をセルロース分散液と十分に接触させる観点から、基材をセルロース分散液に浸漬させることが好ましく、あるいは、基材にセルロース分散液を噴霧等してもよい。
なお、アニオン変性セルロースの処理後には、基材を脱水及び/又は脱イオン水等で洗浄することが好ましい。
【0115】
一実施形態において、本工程(S3)は、例えば、アニオン変性セルロースを調製する工程(S3-1)と、アニオン変性セルロースを微細化する工程(S3-2)と、微細化されたアニオン変性セルロース(微細改質セルロース)と基材とを接触させる工程(S3-3)と、を含んでいることが好ましい。この例は、
図5(A)に示されている。なお、
図5(B)及び(C)、
図6並びに
図7の各図に例示する製造方法においても、工程S3が上記工程S3-1~S3-3を含んでいてもよい。
このような方法により、微細改質セルロースを基材上に付与することができ、基材におけるアニオン変性セルロースのコーティング性を高めることができる。
【0116】
(アニオン変性セルロースの調製工程(S3-1))
まず、原料のセルロースに酸化処理又はアニオン性基の付加処理を施して、少なくとも1つ以上のアニオン性基を導入してアニオン変性させることで、アニオン変性セルロースを調製する。
アニオン変性セルロースの原料であるセルロースとしては、セルロースI型結晶構造を有する観点及び環境負荷の観点から、天然セルロースを用いることが好ましい。天然セルロースとしては、例えば、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ等の木材パルプ;コットンリンター、コットンリントのような綿系パルプ;麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプ;バクテリアセルロース等が挙げられ、これらの一種を単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
原料のセルロースの平均繊維径としては、例えば、入手容易性の観点から、好ましくは1μm以上であり、同様の観点から、好ましくは100μm以下である。平均繊維長としては、例えば、入手容易性の観点から、好ましくは1000μm以上であり、同様の観点から、好ましくは10000μm以下である。
【0117】
原料のセルロースに導入されるアニオン性基としては、カルボキシ基、スルホン酸基又はリン酸基が挙げられるが、特にカルボキシ基が好ましい。
セルロースにカルボキシ基を導入する方法としては、例えばセルロースのヒドロキシ基を酸化してカルボキシ基に変換する方法や、セルロースのヒドロキシ基に、カルボキシ基を有する化合物、カルボキシ基を有する化合物の酸無水物及びそれらの誘導体からなる群から選ばれる一種又は二種以上を反応させる方法が挙げられる。
セルロースのヒドロキシ基を酸化処理する方法としては、例えば、特開2015-143336号公報又は特開2015-143337号公報に記載の、2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジン-N-オキシル(TEMPO)を触媒として、次亜塩素酸ナトリウム等の酸化剤及び臭化ナトリウム等の臭化物を原料のセルロースと反応させる方法が挙げられる。TEMPOを触媒としてセルロースの酸化処理を行うことによって、セルロース構成単位のC6位のヒドロキシメチル基(-CH2OH)が選択的にカルボキシ基に変換される。従って、本発明におけるアニオン変性セルロースは、セルロース構成単位のC6位がカルボキシ基であるセルロースが挙げられる。本明細書において、かかるセルロースを「酸化セルロース」という場合がある。
【0118】
(微細化処理工程(S3-2))
続いて、調製されたアニオン変性セルロースを微細化処理する。これにより、微細改質セルロースが形成される。
【0119】
微細化処理工程で使用できる装置としては、公知の分散機が好適なものとして挙げられる。例えば、平均繊維径がナノメートルサイズの微細改質セルロースを得る場合は、マスコロイダー等の磨砕機を用いた処理や溶媒中で高圧ホモジナイザー等を用いた処理を行うことで微細化することができる。
【0120】
微細化処理工程における分散媒としての溶媒は、例えば水及び親水性溶媒からなる群より選ばれる一種又は二種以上が挙げられる。親水性溶媒とは、水に混和する溶媒であり、メタノール、エタノール、2-プロパノール等の親水性モノアルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール等の親水性グリコール;グリセリン;アセトン等の親水性ケトン;N,N-ジメチルホルムアミド(DMF);N,N-ジメチルアセトアミド;ジメチルスルホキシド:コハク酸とトリエチレングリコールモノメチルエーテルとのジエステル等が例示される。これらは、単独で又は二種以上を混合して用いることができる。また、当該溶媒には、アニオン変性セルロースにおけるアニオン性基の対となるイオン(カウンターイオン)が含まれていてもよい。当該カウンターイオンとしては、上述のSブロック元素イオン及びDブロック元素イオンが挙げられる。
溶媒の使用量は、アニオン変性セルロースを分散できる有効量であればよく、アニオン変性セルロースに対して、好ましくは1質量倍以上、より好ましくは2質量倍以上、好ましくは500質量倍以下、より好ましくは200質量倍以下とすることができる。
微細化処理工程における、アニオン変性セルロースの固形分濃度は50質量%以下が好ましい。
【0121】
(微細改質セルロースと基材との接触処理工程(S3-3))
続いて、微細化されたアニオン変性セルロース(微細改質セルロース)と基材とを接触させる。具体的には、例えば、微細化処理後の、微細改質セルロースを含む分散液を基材に接触させる。あるいは、当該分散液をさらに調製した分散液を基材に接触させてもよい。
接触方法としては、基材をセルロース分散液に浸漬させることが好ましく、あるいは、基材にセルロース分散液を噴霧等してもよい。
【0122】
本工程における分散媒としての溶媒は、例えば水及び親水性溶媒からなる群より選ばれる一種又は二種以上が挙げられる。親水性溶媒は、上述の微細化処理と同様の親水性溶媒を用いることができる。また、当該溶媒には、アニオン変性セルロースにおけるカウンターイオンが含まれていてもよい。当該カウンターイオンとしては、上述のSブロック元素イオン及びDブロック元素イオンが挙げられる。
当該分散液における微細改質セルロースの固形分濃度は、基材上に十分な量の微細改質セルロースを付与する観点から、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.5質量%以上である。
また、コストを抑える観点から、当該濃度は、好ましくは0.1質量%以下、より好ましくは0.01質量%以下である。
【0123】
微細改質セルロース分散液に基材を浸漬させる場合の浸漬時間は、基材上に十分な量の微細改質セルロースを付与する観点から、好ましくは1分間以上、より好ましくは10分間以上、更に好ましくは30分間以上である。
また、生産性を高める観点から、当該浸漬時間は、好ましくは10時間以下、より好ましく3時間以下、更に好ましくは2時間以下である。
本工程における微細改質セルロース分散液の温度は、基材に対して微細改質セルロースを効率よく付与するとともに、基材の変性を防止する観点から、好ましくは4℃以上40℃以下である。
【0124】
(アニオン変形セルロースへの金属の固定化処理工程(S3-4))
さらに、一実施形態において、本工程(S3)は、アニオン変性セルロースに金属を固定する工程(S3-4)を含んでもよい。この例は、
図5(B)に示されている。なお、
図5(A)及び(C)、
図6並びに
図7の各図に例示する製造方法においても、工程S3が工程S3-4を含んでいてもよい。また、後述するように、工程S3-4は、
図5(A)に例示する工程S3-1~S3-3に組み合わせて実施されてもよい。
工程S3-4の後、例えば、当該金属が固定化されたアニオン変性セルロースと基材とを接触させることで、当該金属が固定化されたアニオン変性セルロースによる、基材の表面改質処理を行うことができる。
【0125】
本工程では、アニオン変性セルロースに金属を接触させることで、アニオン変性セルロースに金属を固定することができる。例えば、アニオン変性セルロースを、金属を含有する金属含有液に浸漬させることが好ましい。
一実施形態において、金属含有液は、金属イオンの溶液であることが好ましく、Dブロック元素イオン溶液であることがより好ましい。
金属イオンの溶液は、水、又は水溶性の液状の媒体に金属イオンを溶解させた液であることが好ましい。金属イオンの溶液としては、例えば、脱イオン水等の精製水又は緩衝液に金属イオンを溶解させた液を用いることができる。
例えば、金属含有液がDブロック元素イオン溶液である場合、Dブロック元素イオン溶液におけるDブロック元素イオンの濃度は、アニオン変性セルロースに十分な量のDブロック元素イオンを固定させる観点から、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上である。
また、コストを抑える観点から、当該濃度は、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下である。
【0126】
一例として、微細化処理工程(S3-2)の前に、アニオン変性セルロースに金属を固定化する処理(S3-4)を行ってもよい。
この場合、微細化処理における分散媒として、上記金属含有液を用いることができる。
この例の工程S3-4では、アニオン変性セルロースを、金属含有液に、好ましくは1時間以上、より好ましくは6時間以上、浸漬させる。これにより、セルロースのアニオン性基と金属とが相互作用し、アニオン変形セルロースに金属を固定することができる。この浸漬時には、上記相互作用を促進するため、液中のアニオン変性セルロースを攪拌することが好ましい。
【0127】
他の例として、微細化処理工程(S3-2)後であって、微細改質セルロースと基材との接触工程(S3-3)前の、微細改質セルロース分散液に金属を添加することで、アニオン変性セルロースに金属を固定化する処理(S3-4)を行ってもよい。この場合、例えば、金属含有液を微細改質セルロース分散液に添加してもよい。
この例の工程S3-4では、好ましくは1時間以上、より好ましくは3時間以上、金属が添加された微細改質セルロース分散液を攪拌してもよい。これにより、セルロースのアニオン性基と金属との相互作用を促進することができる。
【0128】
なお、本発明の製造方法においては、工程S3の工程S3-4において金属を固定化処理する方法の他、工程S3の表面改質処理を行った改質基材に対して、金属を固定化処理することもできる。これについては、工程S4において説明する。
【0129】
(両親媒性重合体による表面改質処理(S2))
一実施形態において、工程S1の後であって工程S3の前に、両親媒性重合体の一種以上によって基材の表面を改質してもよい。これにより、基材の表面が親水性の高い状態に改質され、アニオン変性セルロースがより固定されやすい状態となる。
上述のように、両親媒性を有するアニオン性又はカチオン性重合体は、具体的には、溶解パラメーターが20.5(MPa)1/2以下で非イオン性のモノマーの一種以上に由来する構成単位と、アニオン性又はカチオン性モノマーの一種以上に由来する構成単位とを有する両親媒性共重合体の一種以上を含むことが好ましい。両親媒性共重合体は、二種以上を使用してもよい。
【0130】
本工程では、例えば、形成された基材を、両親媒性重合体の溶液に接触させる。接触方法としては、基材を両親媒性重合体溶液に浸漬させることが好ましく、あるいは、基材に両親媒性重合体溶液を噴霧等してもよい。
なお、両親媒性重合体の処理後には、基材を脱水及び/又は脱イオン水等で洗浄することが好ましい。
【0131】
両親媒性重合体溶液は、水、又は水溶性の液状の媒体に両親媒性重合体を溶解させた液であり、例えば脱イオン水等の精製水又は緩衝液に両親媒性重合体を溶解させた液とすることができる。
両親媒性重合体溶液における両親媒性重合体の濃度は、基材上に十分な量の両親媒性重合体を付与する観点から、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上である。
また、コストを抑える観点から、当該濃度は、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下である。
【0132】
両親媒性重合体溶液に基材を浸漬させる場合の浸漬時間は、基材上に十分な量の両親媒性重合体を付与する観点から、好ましくは1分間以上、より好ましくは3分間以上である。
また、生産性を高める観点から、当該浸漬時間は、好ましくは10時間以下、より好ましく3時間以下である。
本工程における両親媒性重合体溶液の温度は、基材に対して両親媒性重合体を効率よく付与するとともに、基材の変性を防止する観点から、好ましくは4℃以上40℃以下である。
【0133】
(金属の固定化処理(S4))
一実施形態において、工程S3の後であって工程S5の前に、改質基材に金属を固定してもよい。
本工程では、改質基材に金属を接触させることで、改質基材に金属を固定することができる。例えば、改質基材を、金属を含有する金属含有液に浸漬させてもよい。あるいは、改質基材に金属含有液を噴霧等することで、改質基材を金属と接触させてもよい。なお、本工程の前に、改質基材を脱水及び/又は脱イオン水等で洗浄することが好ましい。
【0134】
一実施形態において、金属含有液は、金属イオンの溶液であることが好ましく、Dブロック元素イオン溶液であることがより好ましい。
金属イオンの溶液は、水、又は水溶性の液状の媒体に金属イオンを溶解させた液であり、例えば脱イオン水等の精製水又は緩衝液に金属イオンを溶解させた液とすることができる。
一例として、金属含有液がDブロック元素イオン溶液である場合、Dブロック元素イオン溶液におけるDブロック元素イオンの濃度は、改質基材上に十分な量のDブロック元素イオンを固定させる観点から、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上である。
また、コストを抑える観点から、当該濃度は、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下である。
【0135】
金属含有液に改質基材を浸漬させる場合の浸漬時間は、改質基材上に十分な量の金属を固定させる観点から、好ましくは1分間以上、より好ましくは3分間以上である。
また、生産性を高める観点から、当該浸漬時間は、好ましくは10時間以下、より好ましく3時間以下である。
本工程における金属含有液の温度は、改質基材に対して金属を効率よく固定させるとともに、改質基材の変性を防止する観点から、好ましくは4℃以上40℃以下である。
【0136】
(抗体の固定化処理(S5))
一実施形態において、工程S3の後、又は工程S3の後で、かつ工程S4の後に、改質基材に抗体を固定してもよい。
本工程では、改質基材を抗体に接触させることで、改質基材に抗体を固定することができる。具体的には、改質基材を、抗体を含有する抗体含有液に浸漬させてもよい。あるいは、改質基材に抗体含有液を噴霧等することで、改質基材を抗体と接触させてもよい。
なお、工程S5の前に、必要に応じて、改質基材を脱水及び/又は脱イオン水等の精製水によって洗浄してもよい。また、工程S5の前に、必要に応じて、改質基材を乾燥してもよい。乾燥方法としては、例えば、風乾、加熱による乾燥、自然乾燥等から選ばれる1又は2以上の公知の乾燥方法を用いることができる。このうち、改質基材の変性を防止しつつ、生産性を高める観点から、風乾が好ましく用いられる。乾燥温度は、改質基材の変性を防止する観点から、好ましくは4℃以上40℃以下である。
【0137】
抗体含有液は、好ましくは、水、又は水溶性の液状の媒体と抗体とを含む液であり、例えば緩衝液に抗体を分散させた液とすることができる。
抗体は、例えば、共有結合、疎水結合、水素結合、静電結合、その他の分子間力(ファン・デル・ワールス力)による結合等によって、改質基材上に固定される。上述のように、抗体は、配向性を制御する観点から、改質基材と親和性の高いペプチド(アフィニティタグ)を介して改質基材の表面に固定されることがより好ましい。
抗体含有液は、改質基材の親疎水性を制御して抗体と改質基材との親和性を高める観点から、抗体の他、界面活性剤、エタノール、緩衝液から選ばれる一種又は二種以上を含んでいてもよい。界面活性剤としては、抗体機能を低下させない観点から、非イオン界面活性剤が好ましく、アルキルグリコシドやポリオキシエチレンアルキルエーテル等が挙げられる。
抗体含有液における抗体の濃度は、改質基材上に十分な量の抗体を固定させる観点から、好ましくは0.01mg/L以上、より好ましくは0.1mg/L以上である。
また、コストを抑える観点から、抗体含有液における抗体の濃度は、好ましくは10mg/L以下、より好ましくは1mg/L以下である。
【0138】
抗体含有液中に改質基材を浸漬させる場合の浸漬時間は、改質基材上に十分な量の抗体を固定させる観点から、好ましくは15分間以上、より好ましくは1時間以上、更に好ましくは3時間以上、より一層好ましくは6時間以上である。
また、生産性を高める観点から、当該浸漬時間は、好ましくは36時間以下、より好ましくは24時間以下、更に好ましくは18時間以下、より一層好ましくは12時間以下である。
本工程における抗体含有液の温度は、改質基材に対して抗体を効率よく固定させるとともに、抗体及び改質基材の変性を防止する観点から、好ましくは4℃以上40℃以下である。
【0139】
なお、抗体含有液と反応させた後の基材を、必要に応じて、脱水及び/又は乾燥してもよい。乾燥方法としては、例えば、風乾、加熱による乾燥、自然乾燥等から選ばれる1又は2以上の公知の乾燥方法を用いることができる。このうち、抗体及び改質基材の変性を防止しつつ、生産性を高める観点から、風乾が好ましく用いられる。乾燥温度は、抗体及び改質基材の変性を防止する観点から、好ましくは4℃以上40℃以下である。
【0140】
抗体は、市販品であってもよく、あるいは公知の方法により作製されてもよい。例えば、VHH抗体の作製方法としては、ペプチド固相合成法とネイティブ・ケミカル・リゲーション(Native Chemical Ligation;NCL)法を組み合わせて作製することや遺伝子工学的に作製することができるが、本発明の抗体をコードする核酸を適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞に導入し、組換え抗体として産生させる方法が好ましい。
【0141】
組換え抗体として産生において使用される宿主細胞としては、例えば、大腸菌、枯草菌、カビ、動物細胞、植物細胞、バキュロウイルス/昆虫細胞又は酵母細胞等が挙げられる。抗体を発現させるための発現ベクターは、各種宿主細胞に適したベクターを用いることができる。発現ベクターとしては、例えば、pBR322、pBR325、pUC12、pUC13等の大腸菌由来のベクター;pUB110、pTP5、pC194等の枯草菌由来のベクター;pHY300PLK等の大腸菌と枯草菌で共用することができるシャトルベクター;pSH19、pSH15等の酵母由来ベクター;λファージ等のバクテリオファージ;アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルス等のウイルス;及びこれらを改変したベクター等を用いることができる。
これらの発現ベクターは、各々のベクターに適した、複製開始点、選択マーカー及びプロモーターを有しており、必要に応じて、エンハンサー、転写集結配列(ターミネーター)、リボソーム結合部位及びポリアデニル化シグナル等を有していてもよい。
さらに、発現ベクターには、上述の改質基材と親和性の高いタグペプチド(アフィニティタグ)を発現させるための塩基配列が挿入されていてもよい。
また、発現ベクターには、発現したポリペプチドの精製を容易にするため、FLAGタグ、Hisタグ(例えば配列番号13)、HAタグ及びGSTタグなどを融合させて発現させるための塩基配列が挿入されていてもよい。なお、上述のように、Hisタグは、アフィニティタグとして用いられてもよい。
さらに、発現ベクターには、タグペプチドを抗体のC末端に結合されるためのヒンジペプチド(例えば、配列番号14~16)を発現させるための塩基配列が挿入されていてもよい。
【0142】
発現させた本発明の抗体を培養菌体又は培養細胞から抽出する際には、培養後、公知の方法で菌体又は培養細胞を集め、これを適当な緩衝液に懸濁し、超音波、リゾチーム及び/又は凍結融解などによって菌体又は細胞を破壊したのち、遠心分離や濾過により、可溶性抽出液を取得する。得られた抽出液から、公知の分離・精製法を適切に組み合わせて目的の抗体を取得することができる。また抗体を細胞外へ分泌生産する宿主を用いた場合は、培養液より遠心分離や濾過により培養上清を取得する。得られた培養上清から公知の分離・精製法を適切に組み合わせて目的の抗体を取得することができる。
公知の分離、精製法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、SDS-PAGE等の主として分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーなどの電荷の差を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法又は等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法などが用いられる。
【0143】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
例えば、改質基材の形状は、
図1~2に示すものに限定されず、種々の形状を採り得る。
【実施例0144】
[アニオン変性セルロース(TCNF)の準備]
(アニオン変性セルロースの合成)
アニオン性基を有するセルロース(アニオン変性セルロース)を、以下のように合成した。
針葉樹の漂白クラフトパルプ繊維100gを9,90gの脱イオン水で十分に攪拌した後、該パルプ質量100gに対し、TEMPO 1.25g、臭化ナトリウム12.5g、次亜塩素酸ナトリウム28.4gをこの順で添加する。pHスタッドを用い、0.5M水酸化ナトリウムを滴下してpHを10.5に保持する。反応を120分間、20℃で行った後、水酸化ナトリウムの滴下を停止し、酸化セルロースを得る。0.01Mの塩酸及び脱イオン水を用いて、得られた酸化セルロースを十分に洗浄し、次いで脱水処理を行うことで、アニオン変性セルロース(TCNF)を得ることができる。
このようにして得られたTCNFは、カルボキシ基含有量が1.48mmol/g、平均繊維径が22μm、平均繊維長が720μmであった。これらの各値は、上述の測定方法に基づいて測定された。
【0145】
(Ni-TCNF分散液(A)の調製)
アニオン変性セルロース1質量部を、99質量部の100mMの塩化ニッケル(II)水溶液に浸漬し、室温で6時間撹拌した。その後、得られた混合物を、ホモミキサーを用いて、5000rpmで処理した。解砕後の混合物1質量部に対して、1質量部の脱イオン水を添加し、高圧ホモジナイザーを用いて、100MPaで1回、続いて150MPaで5回処理し、TCNF濃度が0.5質量%のNi-TCNF分散液(A)を得た。
【0146】
(TCNF分散液(D)の調製)
アニオン変性セルロースを水酸化ナトリウム水溶液によって中和し、Na型の変性セルロースの混合物を得た。混合物中のNa型の変性セルロースの濃度が1質量%になるように脱イオン水を添加し、高圧ホモジナイザーを用いて、150MPaで5回処理し、Na型のTEMPOセルロースナノファイバー(TCNF)の濃度が1質量%のゲルを得た。得られたゲル1質量部に対して9質量部の脱イオン水で希釈して、TCNF分散液(D)を得た。
【0147】
(Ni-TCNF分散液(B)の調製)
前記TCNF分散液(D)に対して、分散液中の塩化ニッケル(II)の濃度が2.22mMとなるように塩化ニッケル(II)六水和物を添加し、室温で3時間撹拌し、TCNF濃度が0.1質量%のNi-TCNF分散液(B)を得た。
【0148】
[両親媒性重合体の準備]
(両親媒性共重合体の合成)
両親媒性重合体として、90mol%のジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート(DMEMA)と、10mol%のラウリルメタクリレート(LMA)とを構成単位とする、共重合体の塩酸塩を合成した。当該共重合体の塩酸塩を、以下、「両親媒性共重合体」と称する。
両親媒性共重合体の合成方法は、次の方法に準じて行った。
温度計、撹拌機、滴下ロート、窒素導入管、及び還流冷却器を備えたガラス製反応容器に、溶媒として718質量部のジエチレングリコールモノメチルエーテル(MDG)を仕込み、反応容器内を窒素置換した。その後窒素雰囲気下で反応容器内を75℃まで昇温した。第1滴下ロートに、2119質量部のDMEMAと381質量部のLMAを混合し仕込んだ。第2滴下ロートに2,2'-Azobis(2,4-dimethylvaleronitrile)(V-65)を488質量部のMDGで溶解し仕込んだ。第1滴下ロート及び第2滴下ロートを6時間かけて反応容器に滴下し、75℃にて滴下重合を行った。滴下終了後に78℃に昇温し6時間熟成反応を行った。その後787質量部のMDGを添加し、室温まで冷却した。1024質量部の0.1M塩酸を添加し混合後、共重合体有効分36.5%の両親媒性共重合体を得た。
なお、原料の使用量から算出されたモノマー単位のモル比(DMEMA/LMA)は90/10である。
両親媒性共重合体の分子量は約15000、非イオン性モノマーの溶解パラメーターδは、16.6(MPa)1/2であった。
【0149】
(共重合体水溶液(C)の調製)
両親媒性共重合体の有効分濃度が1質量%になるように、前記両親媒性共重合体を緩衝液(47.35mMリン酸水素二ナトリウム+2.65mMリン酸水素二ナトリウム)で希釈して、25℃でのpHが8である水溶液を得た。この両親媒性共重合体の水溶液を、「共重合体水溶液(C)」とも称する。
【0150】
[基材(繊維集合体)の作製]
基材として、樹脂を主体とする繊維集合体を作製した。
図8に示す繊維製造装置10を用いて、原料の熱可塑性樹脂として、95質量%のポリプロピレン(PP;PolyMirae社製、MF650Y)と、5質量%のアシルアルキルタウリン塩(N-ステアロイル-N-メチルタウリンナトリウム(NSMT);日光ケミカルズ株式会社製、ニッコールSMT)とを溶融液生成部11内に供給し、これらを溶融液生成部11内で加熱溶融混練した後、繊維を製造した。製造条件は以下のとおりとした。
【0151】
・製造環境:27℃、50%RH
・溶融液生成部11内の加熱温度:220℃
・溶融液Rの吐出量:1g/min
・吐出ノズル先端部14(ステンレス製)への印加電圧:0kV(アースに接地されている。)
・帯電電極21(80mm×80mm、厚さ10mm、ステンレス製)への印加電圧:-40kV
・吐出ノズル先端部14と捕集部10Dとの間の距離:600mm
・流体噴射部10Cから噴出される空気流の温度:350℃
・流体噴射部10Cから噴出される空気流の流量:320L/min
【0152】
捕集された繊維は、210mm×297mm(JIS A4サイズ)に回収した。回収した繊維を、ハンドプレス機を用いて常温で10MPa、10秒間プレスすることで、不織布シート状の繊維集合体を作製した。この繊維集合体の坪量は10g/m2、厚みは50μmであった。
【0153】
繊維集合体の繊維のメジアン繊維径を以下のように測定した。
走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテク製S-4300SE/N)を用いて繊維集合体を観察し、繊維の塊、繊維の交差部分といった欠陥を除いた繊維を任意に500本選び出した。画像処理ソフト(三谷商事株式会社製WinROOF2013)を用いて各繊維の長手方向に直交する線を引いたときの長さを繊維径として測定した。測定した500本の繊維径の分布から、平均繊維径(メジアン繊維径)を算出した。
その結果、繊維集合体のメジアン繊維径は、0.5μmであった。
【0154】
[抗体(CoVHH1)の作製]
抗SARS-CoV-2抗体であるVHH抗体(Hisタグ付きCoVHH1)を作製した。CoVHH1は、標的として、SARS-CoV-2(2019-nCoV)Spike Protein(S1 Subunit,His Tag)(Hisタグ付きS1タンパク質、Sino Biological)を用い、cDNAディスプレイを用いてスクリーニングされたものである。
【0155】
(遺伝子人工合成)
Hisタグ付きCoVHH1をコードする塩基を人工合成した。合成されるCoVHH1のアミノ酸配列は、配列番号4のC末端側に配列番号14のヒンジ配列を介したHisタグ配列(配列番号13)が付与された配列番号17となる。そのため、Hisタグ付きCoVHH1発現用の人工合成遺伝子は、配列番号17をコードする塩基配列の3'末端に終止コドンが付与された配列番号18となる。さらに、Hisタグ付きCoVHH1発現用の人工合成遺伝子をプラスミドベクターに挿入するための配列として、配列番号18に対して、GCAGCTCTTGCAGCA(配列番号19)が5'末端に、TCTATTAAACTAGTT(配列番号20)が3'末端に付加されたものをユーロフィン社で人工合成し、実験に供した。
【0156】
(Hisタグ付きVHH発現用プラスミドの構築)
pHY300PLKをベースとして作製された組換えプラスミドpHY-S237(特開2014-158430)をテンプレートとし、5'-GATCCCCGGGAATTCCTGTTATAAAAAAAGG-3'(配列番号21)と5'-ATGATGTTAAGAAAGAAAACAAAGCAG-3'(配列番号22)のプライマーセットとPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(TaKaRa)を用いたPCRによりプラスミド配列を増幅した。168株のゲノムをテンプレートとし、5'-GAATTCCCGGGGATCTAAGAAAAGTGATTCTGGGAGAG-3'(配列番号23)と5'-CTTTCTTAACATCATAGTAGTTCACCACCTTTTCCC-3'(配列番号24)のプライマーセットを用いたPCRによりspoVG遺伝子由来のプロモーターDNAを増幅した。得られたプロモーターDNAを、In-Fusion HD Cloning Kit(Takara)を用いてプラスミド配列に組み込み、spoVGプロモーターと連結されたVHH発現用プラスミドを構築した。5'-TGCTGCAAGAGCTGCCGGAAATAAA-3'(配列番号25)及び5'-TCTATTAAACTAGTTATAGGG-3'(配列番号26)のプライマーセットとPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(TaKaRa)を用いたPCRによりプラスミド配列を増幅した。得られたPCR断片に、上記人工合成遺伝子を含むDNAをIn-Fusion HD Cloning Kit(Takara)を用いて組み込み、人工合成VHH遺伝子を含むVHH発現用プラスミドを構築した。このHisタグ付きCoVHH発現用プラスミドをCoVHH1-His-pHYと呼ぶ。
【0157】
(組換え枯草菌の作製)
Bacillus subtiliS148株から、特開2006-174707号公報の段落0043から0048に記載されている方法に従って、細胞外プロテアーゼ遺伝子(epr、wprA、mpr、nprB、bpr、nprE、vpr及びaprE)を欠損させ、さらに特許第4336082の段落0026から0029に記載されている方法に従い、胞子形成に関与するsigF遺伝子を欠損させた。得られた細胞外プロテアーゼ多重欠損株をDpr8ΔsigFと記載する。枯草菌株Dpr8ΔsigFへのプラスミド導入は以下に示すプロトプラスト法によって行った。1mLのLB液体培地にグリセロールストックした枯草菌を植菌し、30℃、210rpmで一晩振とう培養した。翌日、新たな1mLのLB液体培地にこの培養液を10μL植菌し、37℃、210rpmで約2時間振とう培養した。この培養液を1.5mLチューブに回収し、1,2000rpmで5分間遠心し、上清を除去したペレットをLysozyme(SIGMA)4mg/mLを含むSMMP500μLに懸濁し、37℃で1時間インキュベートした。次いで、3,500rpmで10分間遠心し、上清を除去したペレットをSMMP400μLに懸濁した。この懸濁液33μLをプラスミドと混合し、さらに40%PEGを100μL添加してボルテックスした。この液にSMMPを350μL加えて転倒混和し、30℃、210rpmで1時間振とうした後、DM3寒天培地プレートに全量塗布し、30℃で2~3日間インキュベートした。
【0158】
(VHH産生)
作製した組換え枯草菌を1mLの50ppmテトラサイクリンを含むLB培地に植菌し、32℃で一晩往復振とうし、前培養液とした。Dpr8ΔsigFは、前培養液をひだ付き三角フラスコに入れた20mLの2×L-mal培地に1%接種し、30℃で72時間振とう培養した。培養終了時の培養液をマイクロチューブにて4℃、15,000rpm、5分間遠心し、上清を回収した。VHHについてはNi-NTAアガロースビーズ(富士フィルム和光純薬)を用い、キットのプロトコルに従って精製した。溶出液にはPBS(30mM イミダゾール)を用いた。また、SDS-PAGEにより目的タンパク質を検出した。
その結果、CoVHH1が合成されていることが確認された。
【0159】
[実施例及び比較例のサンプルの作製]
繊維集合体に対して異なる処理を行い、実施例1~12及び比較例1のサンプルを作製した。なお、比較例2のサンプルは、後述するように、いずれの処理も行っていない繊維集合体とした。
【0160】
[実施例1]
(TCNF分散液による処理工程)
繊維集合体を、当該繊維集合体に対して100質量倍のNi-TCNF分散液(A)に浸漬し、室温で60分間撹拌した。その後、Ni-TCNF分散液(A)から繊維集合体を取り出し、脱イオン水で濯いだ後、キムタオルで挟んで脱水し、表面改質処理がなされた繊維集合体を得た。
【0161】
(抗体固定化処理工程)
4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)バッファーを溶媒とした、濃度が1.0mg/mLのHisタグ付きCoVHH1溶液を調製した。
前記表面改質処理がなされた繊維集合体を1.25cm角に切断し、200μLの前記Hisタグ付きCoVHH1溶液に浸漬し、室温で60分間静置した。その後、溶液を取り除き、Hisタグ付きCoVHH1溶液から繊維集合体を取り出し、1mLイオン交換水を加えて転倒混和した。この操作を合計3回行った。溶液を取り除いた後、ピペットでシート内の余計な水分を吸い取り、Hisタグ付きCoVHH1(抗体)を固定化処理した繊維集合体のサンプルを得た。
【0162】
[実施例2]
(TCNF分散液による処理工程)
繊維集合体を、当該繊維集合体に対して100質量倍のNi-TCNF分散液(B)に浸漬した以外は、実施例1に記載のTCNF分散液による処理工程と同様の操作により、表面改質処理がなされた繊維集合体を得た。
【0163】
(抗体固定化処理工程)
実施例1に記載の抗体固定化処理工程と同様の操作により、抗体を固定化処理した繊維集合体のサンプルを得た。
【0164】
[実施例3]
(共重合体水溶液(C)による処理工程)
繊維集合体を、当該繊維集合体に対して100質量倍の共重合体水溶液(C)に浸漬し、室温で60分間撹拌した。その後、前記水溶液から繊維集合体を取り出し、脱イオン水で濯いだ後、キムタオルで挟んで脱水し、表面改質処理がなされた繊維集合体を得た。
【0165】
(TCNF分散液による処理工程)
続いて、共重合体水溶液(C)による表面改質処理がなされた繊維集合体を用いた以外は、実施例1に記載のNi-TCNF分散液(A)による処理工程と同様の操作を行った。
【0166】
(抗体固定化処理工程)
続いて、実施例1に記載の抗体固定化処理工程と同様の操作を行い、抗体を固定化処理した繊維集合体のサンプルを得た。
【0167】
[実施例4]
Ni-TCNF分散液(A)の代わりにNi-TCNF分散液(B)を用いた以外は実施例3と同様の操作を行い、抗体を固定化処理した繊維集合体のサンプルを得た。
【0168】
[実施例5]
(共重合体水溶液(C)による処理工程)
実施例3に記載の共重合体水溶液(C)による処理工程と同様の操作を行った。
【0169】
(TCNF分散液による処理工程)
続いて、Ni-TCNF分散液(A)の代わりにTCNF分散液(D)を用いた以外は、実施例1に記載のTCNF分散液による処理工程と同様の操作を行った。
【0170】
(塩化ニッケル(II)による処理工程)
前記TCNF分散液による処理工程によって得られた繊維集合体を、当該繊維集合体に対して100質量倍の100mMの塩化ニッケル(II)水溶液(E)に浸漬し、室温で10分間撹拌した。その後、前記水溶液から繊維集合体を取り出し、脱イオン水で濯いだ後、キムタオルで挟んで脱水し、表面改質処理がなされた繊維集合体を得た。
【0171】
(抗体固定化処理工程)
続いて、実施例1に記載の抗体固定化処理工程と同様の操作を行い、抗体を固定化処理した繊維集合体のサンプルを得た。
【0172】
[実施例6]
塩化ニッケル(II)による処理工程を行わなかった以外は、実施例5と同様の操作を行い、抗体を固定化処理した繊維集合体のサンプルを得た。
【0173】
[比較例1]
いずれの表面改質処理を行っていない繊維集合体に対して、実施例1に記載の抗体固定化処理工程と同様の操作を行い、抗体を固定化処理した繊維集合体のサンプルを得た。
【0174】
[実施例7]
抗体固定化処理工程を行わなかったこと以外は、実施例1に記載と同様の操作を行い、繊維集合体のサンプルを得た。
【0175】
[実施例8]
抗体固定化処理工程を行わなかったこと以外は、実施例2に記載と同様の操作を行い、繊維集合体のサンプルを得た。
【0176】
[実施例9]
抗体固定化処理工程を行わなかったこと以外は、実施例3に記載と同様の操作を行い、繊維集合体のサンプルを得た。
【0177】
[実施例10]
抗体固定化処理工程を行わなかったこと以外は、実施例4に記載と同様の操作を行い、繊維集合体のサンプルを得た。
【0178】
[実施例11]
抗体固定化処理工程を行わなかったこと以外は、実施例5に記載と同様の操作を行い、繊維集合体のサンプルを得た。
【0179】
[実施例12]
抗体固定化処理工程を行わなかったこと以外は、実施例6に記載と同様の操作を行い、繊維集合体のサンプルを得た。
【0180】
[比較例2]
表面改質処理及び抗体固定化処理工程のいずれの処理も行っていない繊維集合体のサンプルを、比較例2のサンプルとした。
【0181】
[固定化された抗体量の評価]
ブラッドフォード法を用いて、各サンプルに固定されたCoVHH1の抗体(以下、VHHとも称する)の量を測定した。
SDS-PAGEサンプルバッファーを調製し、各サンプル1枚に、50μLの当該バッファーを添加した。当該バッファーは、LDS Sample Buffer(4X)(Thermo)と、Sample Reducing Agent(10x)(Thermo)と、蒸留水と、を混合して調製した。これらの混合比率(体積比率)は、2.5:1:6.5とした。90℃で5分、室温でインキュベートし、サンプルに吸着したVHHを溶出させた。その後、その上清を回収した。20mLのPierce 660nm Protein Assay Reagent(thermo)に1gのIonic Detergent Compatibility Reagent(thermo)を溶解し、測定試薬を調製した。上清10μLと調製した測定試薬150μLを混合し、室温で5分インキュベートした。この混合液の660nmにおける吸光度を測定した。検量線用のBSAスタンダードから上清中のVHH量を算出した。
そして、VHHを固定化処理していないサンプルのVHH量をネガティブコントロールとして、VHHを固定化処理したサンプルのVHH量を算出した。具体的には、VHHの固定化処理以外は同一の処理を行った、実施例1及び7、実施例2及び8、実施例3及び9、実施例4及び10、実施例5及び11、実施例6及び12、比較例1及び2をそれぞれ比較した。実施例1の実測値から実施例7の実測値を減じた値を、実施例1のVHH量とした。実施例2の実測値から実施例8の実測値を減じた値を、実施例2のVHH量とした。実施例3の実測値から実施例9の実測値を減じた値を、実施例3のVHH量とした。実施例4の実測値から実施例10の実測値を減じた値を、実施例4のVHH量とした。実施例5の実測値から実施例11の実測値を減じた値を、実施例5のVHH量とした。実施例6の実測値から実施例12の実測値を減じた値を、実施例6のVHH量とした。比較例1の実測値から比較例2の実測値を減じた値を、比較例1のVHH量とした。
【0182】
【0183】
表2及び
図9に示すように、Ni-TCNF分散液(A)による処理を行った実施例1、共重合体水溶液(C)による処理及びNi-TCNF分散液(A)による処理を行った実施例3、並びに、共重合体水溶液(C)による処理及びNi-TCNF分散液(B)による処理を行った実施例4のサンプルに、多くのVHHが固定されていることがわかった。
【0184】
[ウイルスの吸着率の評価]
実施例1~12及び比較例1~2のサンプルを用いて、以下のようにSARS-CoV-2シュードウイルスの吸着率を測定した。
【0185】
(ウイルス含有溶液への繊維集合体の浸漬)
1.25cm角に切断された各サンプルを1.5mLチューブ(Protein LoBind tube、Eppendorf)に入れ、PBSで10000倍に希釈したSARS-CoV-2シュードウイルス(SARS-CoV-2_S pseudotyped lentivirus(Luciferase)、Vector Builder)溶液を500μL加え、室温でインキュベートした。その後、SARS-CoV-2シュードウイルス溶液を加えてから10分後及び30分後の溶液の上清を回収した。
【0186】
(吸着率の測定)
各サンプルとの接触前後の溶液中のSARS-CoV-2シュードウイルス量を定量することにより、各サンプルのSARS-CoV-2シュードウイルスに対する吸着率を求めた。各溶液中のSARS-CoV-2シュードウイルス量を測定するため、Droplet Digital PCR(ddPCR)を用いて、SARS-CoV-2シュードウイルス内の遺伝子コピー数の定量を行った。ddPCRにはQX200 AutoDG Droplet Digital PCR system(Bio-Rad)を用いた。まず、ドロップレットを作成した。1サンプルあたり11μLのddPCR EvaGreen Supermix(x2)(Bio-Rad)、0.3μLの10μM Forward primer、0.3μLの10μM Reverse primer、9.3μLのNuclease free water、1.1μLのSARS-CoV-2シュードウイルス溶液を混合し、ドロップレット反応液を調製した。プライマーはLuci1F(5'-CGACAAGGATATGGGCTCAC-3':配列番号27)とLuci1R(5'-TTCGCCTCTCTGATTAACGC-3':配列番号28)を用いた。Buffer Controlは、11μLのddPCR Buffer Control Kit for EvaGreen(x2)(Bio-Rad)、そして11μLのNuclease free waterを混合し調製した。反応液を22μLずつ96wellプレートに添加後、PX1 PCR Plate Sealer(Bio-Rad)を用いて180℃、5秒間の設定でホイルヒートシールによりシーリングし、AutoDG(Bio-Rad)を用いてドロップレットを作製した。全ドロップレットの作製が完了後、30分以内にドロップレットプレートにホイルヒートシールでシーリングした。次のPCRサイクリングは、シーリング後30分以内に実施した。PCRは、ProFlex PCR System(Life technologies)を用いて、95℃で5分間の後、95℃で30秒間と58℃で1分間を40サイクル、その後4℃で5分間、90℃で5分間、4℃でインキュベートの条件で行った。Ramp rateは2℃/秒に設定した。PCR後、ドロップレットプレートをプレートホルダーにセットし、Droplet Reader(Bio-Rad)を用いて陽性および陰性ドロップレットをカウントした。データ解析にはQuantaSoft(Bio-Rad)を用いた。Thresholdは5,000に設定した。
なお、
図10には、10分後に上清を回収したサンプルの結果を「10min接触」(斜線のバー)、30分後に上清を回収したサンプルの結果を「30min接触」(白いバー)として示している。表2には、30分後に上清を回収したサンプルの結果を示している。
【0187】
(吸着率の結果)
表2及び
図10に示すように、実施例1~12のサンプルは、繊維集合体にTCNFによる処理をしていない比較例1及び2と比較して、多くのウイルスを吸着できることがわかった。これらのうち、実施例3~6、実施例9~12のサンプルは、特に、多くのウイルスを吸着できることがわかった。