(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022162682
(43)【公開日】2022-10-25
(54)【発明の名称】電子顕微鏡及び試料汚染防止方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/26 20060101AFI20221018BHJP
H01J 37/244 20060101ALI20221018BHJP
【FI】
H01J37/26
H01J37/244
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067610
(22)【出願日】2021-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金子 武司
(72)【発明者】
【氏名】大越 方博
(72)【発明者】
【氏名】神保 雄
(72)【発明者】
【氏名】サンテ パーク
【テーマコード(参考)】
5C101
【Fターム(参考)】
5C101AA02
5C101BB01
5C101FF12
5C101GG04
5C101GG05
5C101GG31
(57)【要約】
【課題】電子顕微鏡において、試料上に汚染物質の堆積が生じないようにする。
【解決手段】汚染防止照射設備30は生成部32及びミラーユニット34を有する。生成部32は、レーザー光を生成する。ミラーユニット34は、レーザー光を反射するミラー面を有する。ミラー面で反射したレーザー光が対物レンズ20内の試料28に対して照射される。レーザー光はパルス列により構成される。試料観察前に試料28に対してレーザー光を照射すると、その後一定期間にわたって、試料28上に汚染物質の堆積が生じなくなる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に対して光軸に沿って電子線を照射する電子線照射部と、
前記試料に対して前記光軸に沿って汚染防止用のレーザー光を照射する汚染防止照射設備と、
を含むことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項2】
請求項1記載の電子顕微鏡において、
前記試料は、表面及び裏面を有する薄膜状の試料であり、
前記試料を透過した電子線を検出する検出部が設けられ、
前記試料に対する前記レーザー光の照射により、前記表面上及び前記裏面上の汚染物質の堆積が抑制される、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項1記載の電子顕微鏡において、
前記汚染防止照射設備は、少なくとも前記試料の一部を含む汚染防止照射領域に対して前記レーザー光を照射し、
前記汚染防止照射領域は、前記電子線の照射による観察領域をカバーする局所領域である、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項3記載の電子顕微鏡において、
前記汚染防止照射設備は、前記観察領域に対する前記電子線の照射の前に、前記汚染防止照射領域に対して前記レーザー光を照射する、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項5】
請求項4記載の電子顕微鏡において、
前記レーザー光は、前記試料上の汚染物質の堆積を抑制し得るように構成されたパルス列により構成され、
前記汚染防止照射設備は、前記試料に対して前記パルス列を構成する複数のパルスを間欠的に照射する、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項6】
請求項1記載の電子顕微鏡において、
前記汚染防止照射設備は、
前記レーザー光を生成する生成部と、
前記生成部と前記試料との間に設けられ、前記レーザー光を反射するミラー面を有するミラーユニットと、
を含む、ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項6記載の電子顕微鏡において、
前記電子線照射部を収容した鏡筒を含み、
前記生成部は前記鏡筒の外部に設けられ、
前記ミラーユニットは前記鏡筒の内部に設けられた、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項8】
請求項7記載の電子顕微鏡において、
電子線入口、電子線出口、及び、前記試料を収容する試料空間を有する対物レンズを含み、
前記ミラーユニットで反射したレーザー光が前記電子線入口又は前記電子線出口を通じて前記対物レンズ内の前記試料へ照射される、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項9】
請求項8記載の電子顕微鏡において、
前記ミラーユニットは前記対物レンズに取り付けられた、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項10】
請求項9記載の電子顕微鏡において、
前記電子線入口は前記対物レンズの一方側の端部に設けられ、
前記対物レンズの内部において一方側へ偏移した位置に前記試料空間が設けられ、
前記ミラーユニットは前記対物レンズにおける前記電子線入口又はその近傍に設けられた、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項11】
請求項6記載の電子顕微鏡において、
前記ミラーユニットの一部又は全部が前記試料から放出された電子を受けるセンサとして機能する、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項12】
汚染防止用レーザー光を生成する工程と、
少なくとも試料の一部を含む局所領域としての汚染防止照射領域に対し、前記汚染防止用レーザー光を照射する工程と、
を含み、
前記試料に対して電子線を照射して前記試料を観察する前に、前記試料に対して前記汚染防止用レーザー光が照射される、
ことを特徴とする試料汚染防止方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡及び試料汚染防止方法に関し、特に、試料に対して汚染を防止する処理を施す技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡においては、試料への電子線の照射に伴って、試料上に汚染物質が徐々に堆積する現象が知られている。その現象は試料汚染(beam-induced specimen contamination)と呼ばれている。真空室内に存在していた残留ガスに含まれる炭素分子や、試料から放出されたガス中の炭素分子が、一定の化学変化を経て、試料の表面上に堆積すると考えられている。堆積する汚染物質は炭素化合物(具体的にはハイドロカーボン)である。
【0003】
試料汚染を防止する技術として、ビームシャワーが知られている(例えば特許文献1を参照)。これは、試料上において高倍率で観察する領域に対し、その観察に先立って、広がりをもった電子線(低倍率観察用の電子線)を照射するものである。ビームシャワーによる汚染抑制メカニズムについては厳密に解明されていない部分があるが、これに関し、ビームシャワーにより汚染物質が試料表面上の広い領域に付着又は堆積して汚染物質の局所的な堆積が防止されると理解する説、及び、ビームシャワーにより試料上に残留又は堆積している汚染物が取り除かれると理解する説がある。ビームシャワーによる汚染抑制の効果が持続する時間はあまり長くない。ある条件の下で、5分間のビームシャワー後において汚染抑制の効果が持続する時間は、例えば5分間程度である。ビームシャワーの実行又はその繰り返し実行により、試料観察過程それ全体の時間が増大してしまうという問題が指摘されている。
【0004】
試料汚染を防止する他の技術として、コールドトラップ、及び、プラズマやオゾンを利用した試料クリーニングが挙げられる。それらの技術は、試料における局所領域に対して限定的に汚染抑制を行うものではない。
【0005】
なお、特許文献2に開示された電子顕微鏡においては、試料の加熱変形のためにレーザー光が試料に照射されている。特許文献3に開示された電子顕微鏡においては、試料の焼灼加工のためにレーザー光が試料に照射されている。それらの技術は、試料汚染を防止することを目的とするものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004- 55261号公報
【特許文献2】特開2016-189326号公報
【特許文献3】特表2013-524466号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、試料汚染を効果的に防止することにある。あるいは、本発明の目的は、局所領域に対して試料汚染を防止するための処理を施すことにある。あるいは、本発明の目的は、試料汚染を防止するための処理の時間を短くすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る電子顕微鏡は、試料に対して光軸に沿って電子線を照射する電子線照射部と、前記試料に対して前記光軸に沿って汚染防止用のレーザー光を照射する汚染防止照射設備と、を含むことを特徴とする。
【0009】
本発明に係る試料汚染防止方法は、汚染防止用レーザー光を生成する工程と、少なくとも試料の一部を含む局所領域としての汚染防止照射領域に対し、前記汚染防止用レーザー光を照射する工程と、を含み、前記試料に対して電子線を照射して前記試料を観察する前に、前記試料に対して前記汚染防止用レーザー光が照射される、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、試料汚染を効果的に防止できる。あるいは、本発明によれば、局所領域に対して試料汚染を防止するための処理を施せる。あるいは、本発明によれば、試料汚染を防止するための処理の時間を短くできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る走査透過電子顕微鏡を示す図である。
【
図8】第1実施形態についての第1変形例を示す図である。
【
図9】第1実施形態についての第2変形例を示す図である。
【
図10】第1実施形態についての第3変形例を示す図である。
【
図11】第2実施形態に係るミラーユニットを示す図である。
【
図12】第2実施形態についての変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0013】
(1)実施形態の概要
実施形態に係る電子顕微鏡は、電子線照射部、及び、汚染防止照射設備を有する。電子線照射部は、試料に対して光軸に沿って電子線を照射する。汚染防止照射設備は、試料に対して光軸に沿って汚染防止用のレーザー光を照射する。
【0014】
本発明者らの実験によれば、試料の観察前に、試料に対してレーザー光を照射すれば、試料における汚染物質の堆積を比較的に長い期間にわたって効果的に抑制できることが確認されている。また、既に汚染物質が堆積している試料に対してレーザー光を照射することにより、その汚染物質を取り除けることも確認されている。レーザー光の照射による汚染防止メカニズムについては現時点では詳しく解明されていないものの、試料におけるレーザー光照射部分が高温になっていると推認されることから、レーザー光の照射により、試料に付着している又は試料に含まれている汚染原因物質の脱離及び排出が促進されている可能性を指摘できる。
【0015】
実施形態においては、試料に対して、一定の条件を満たしたレーザー光(試料汚染防止用レーザー光)が照射される。すなわち、試料に対して、試料観察に支障をもたらすような試料損傷を生じさせることなく、且つ、試料における汚染物質の堆積を抑制できるように調整されたレーザー光が照射される。
【0016】
レーザー光は、試料に対して光軸に沿って照射される。つまり、試料に対して光軸方向又はそれに近い方向から、試料に対してレーザー光が照射される。対物レンズ内の電子線用通路を介してレーザー光が照射される場合、それは光軸に沿ったレーザー光の照射の一態様と言い得る。
【0017】
光軸に沿ってレーザー光を照射すれば、試料においてレーザー光が照射される領域を局所的な領域に限定でき、また、レーザー光が照射される領域の位置及びサイズの調整が容易となる。レーザー光が照射される領域が局所的な領域であれば、レーザー光が照射されていない領域の観察を行うこともできる。あるいは、最初のレーザー光の照射に起因して試料の一部にダメージが生じてしまっても、レーザー光の照射条件を変更した上で、試料の他の一部にレーザー光を照射した上で、当該他の一部を観察することが可能となる。
【0018】
試料の一方面側へ電子線が照射される場合、同じ一方面側へレーザー光が照射されてもよいし、試料の他方面側へレーザー光が照射されてもよい。透過型の電子顕微鏡に対して汚染防止照射設備が設置されてもよいし、走査型の電子顕微鏡に対して汚染防止照射設備が設置されてもよい。通常、試料の観察前に(電子線の照射前に)試料に対してレーザー光が照射されるが、電子線照射とレーザー光照射とを同時に並列的に行うことも考えられ、それらを時分割で交互に行うことも考えられる。なお、汚染照射防止設備を流用して、試料の観察中に試料に対して光反応用レーザー光(例えば比較的強いレーザー光)を照射してもよい。
【0019】
実施形態において、試料は、表面及び裏面を有する薄膜状の試料である。試料の裏面側には、試料を透過した電子線を検出する検出部が設けられる。試料に対するレーザー光の照射により、表面上及び裏面上の汚染物質の堆積が抑制される。すなわち、透過型の電子顕微鏡に対して汚染防止照射設備を設け、試料に対してレーザー光を照射した場合、試料の両面が同時に処理される。薄膜状の試料の概念には、薄片状の試料が含まれる。他の形態をもった試料(観察対象)に対してレーザー光が照射されてもよい。薄膜状の試料の厚みは、例えば、数百nm以下である。
【0020】
実施形態において、汚染防止照射設備は、少なくとも試料の一部を含む汚染防止照射領域に対してレーザー光を照射する。汚染防止照射領域は、電子線の照射による観察領域をカバーする局所領域である。観察領域の概念には、観察点(分析点)が含まれ得る。実施形態において、汚染防止照射設備は、観察領域に対する電子線の照射の前に、汚染防止照射領域に対してレーザー光を照射する。
【0021】
実施形態において、レーザー光は、試料上の汚染物質の堆積を抑制し得るように構成されたパルス列により構成される。汚染防止照射設備は、試料に対してパルス列を構成する複数のパルスを間欠的に照射する。複数のパルスの間欠的な照射によれば、試料を適度に加熱しつつも、単位時間当たりの照射エネルギー量を低減でき、試料を保護できる。
【0022】
実施形態において、汚染防止照射設備は、生成部、及び、ミラーユニットを有する。生成部によりレーザー光が生成される。ミラーユニットは、生成部と試料との間に設けられ、レーザー光を反射するミラー面を有する。
【0023】
実施形態に係る電子顕微鏡は、電子線照射部を収容した鏡筒を有する。生成部は鏡筒の外部に設けられる。ミラーユニットは鏡筒の内部に設けられる。生成部が汚染原因物質の放出源とならないよう、また、鏡筒内のスーペースが限られていることから、生成部が鏡筒の外部に設けられる。電子線照射部の概念には、電子銃、コンデンサーレンズ等が含まれ得る。
【0024】
実施形態に係る電子顕微鏡は、電子線入口、電子線出口、及び、試料を収容する試料空間を有する対物レンズを有する。ミラーユニットで反射したレーザー光が電子線入口又は電子線出口を通じて対物レンズ内の試料へ照射される。
【0025】
実施形態において、ミラーユニットは対物レンズに取り付けられる。この構成によれば、ミラーユニットの位置決め誤差を低減でき、またミラーユニットの調整が容易となる。
【0026】
実施形態において、電子線入口は対物レンズの一方側の端部に設けられる。対物レンズの内部において一方側へ偏移した位置に試料空間が設けられる。ミラーユニットは対物レンズにおける電子線入口又はその近傍に設けられる。この構成によれば、ミラーユニットと試料の間の距離を小さくできる。よって、ミラーユニットの調整を容易化でき、また、試料における汚染防止照射領域を適正に画定することが可能となる。一方側及び他方側は、例えば、上側及び下側を意味する。
【0027】
実施形態において、ミラーユニットの一部又は全部が試料から放出された電子を受けるセンサとして機能する。検出される電子として、二次電子及び反射電子が挙げられる。
【0028】
実施形態に係る試料汚染防止方法は、第1工程、及び、第2工程を有する。第1工程では、汚染防止用レーザー光が生成される。第2工程では、少なくとも試料の一部を含む局所領域としての汚染防止照射領域に対し、汚染防止用レーザー光が照射される。試料に対して電子線を照射して試料を観察する前に、試料に対して汚染防止用レーザー光が照射される。
【0029】
この構成によれば、試料観察前に、試料に対して汚染防止用レーザー光が照射されるので、試料観察過程での汚染物質の堆積を効果的に抑制できる。試料に対して斜め方向からレーザー光が照射されてもよいが、その場合、試料の位置及び姿勢によっては試料へのレーザー光の照射が他の部材(試料ホルダ等)により制限又は阻害されたり、試料上において適正な位置に適正なサイズの照射領域を設定することが困難となったりする。試料に対して光軸に沿ってレーザー光を照射すれば、すなわち、電子線の照射方向(又は電子線の透過方向)とレーザー光の照射方向をほぼ一致させれば、上記問題が生じることを回避できる。
【0030】
(2)実施形態の詳細
図1には、第1実施形態に係る電子顕微鏡が示されている。図示された電子顕微鏡は、走査透過電子顕微鏡(STEM)である。走査透過電子顕微鏡は、収束照射モード及び平行照射モードを備える。収束照射モードでは、試料上において収束する電子ビーム(電子プローブ)が走査され、試料を透過した電子が検出される。平行照射モードでは、試料に対して広がりをもった電子ビームが照射され、試料を透過した電子が検出される。
【0031】
走査透過電子顕微鏡は、測定部10及び情報処理部12を有する。測定部10は、鏡筒13及び鏡筒ベース14を有する。それらの内部を真空にするための真空設備が設けられているが、その図示は省略されている。
【0032】
鏡筒13内においては、光軸15に沿って、幾つかのユニットが配置されている。具体的には、鏡筒13内には、電子銃16、コンデンサーレンズ18、対物レンズ20、結像レンズ22(投影レンズ)、等が設けられている。光軸15は、電子線照射における中心軸である。
図1においては、鏡筒13内の各構成要素が模式的に表現されている。
【0033】
電子銃16により電子線が生成される。生成された電子線は、コンデンサーレンズ18を介して、対物レンズ20内へ進入する。コンデンサーレンズ18は、複数のレンズ要素により構成され、電子線に対して、選択されたモードに応じた光学的作用を及ぼす。
【0034】
対物レンズ20内に試料28が配置されている。試料28は、例えば、薄膜状(薄片状)の形態を有する。粉体等が試料28とされてもよい。試料ホルダ26によって、試料28が保持されている。試料28の位置及び姿勢は、図示されていない機構によって調整される。
【0035】
対物レンズ20は、ヨーク44及びコイル46を有する。ヨーク44に対してポールピース(磁極片)が組み込まれている。図示された構成例では、対物レンズ20内の上部に試料空間が存在し、その試料空間内に試料28が配置されている。対物レンズ20内において、ポールピースの位置は一方側(上側)に偏移しており、一方、コイル46の位置は他方側(下側)へ偏移している。もっとも、対物レンズ20内における上下方向の中間位置に試料空間が設定されてもよい。対物レンズ20は、光軸15に沿って形成された通路21を有し、通路21の上端が電子線入口21Aであり、通路21の下端が電子線出口21Bである。
【0036】
結像レンズ22は、複数のレンズ要素により構成される。鏡筒ベース14の内部は観察室24であり、そこには複数の検出器が配置されているが、それらの図示が省略されている。なお、コンデンサーレンズ18と対物レンズ20との間に収差補正器等が設けられてもよい。
【0037】
実施形態に係る走査透過電子顕微鏡は、汚染防止照射設備30を備えている。汚染防止照射設備30は、生成部32、及び、ミラーユニット34を有する。試料28への電子線の照射による試料の観察に先立って、試料28に対して汚染防止処理が施される。具体的には、試料28に対して汚染防止用レーザー光が照射される。すなわち、生成部32において、レーザー光が生成され、そのレーザー光が、ミラーユニット34が有するミラー面で反射し、反射後のレーザー光が試料28へ照射される。
【0038】
生成部32は、鏡筒13の外部に設けられており、ミラーユニット34は鏡筒13の内部に設けられている。これにより生成部32が汚染原因物質の放出源となることが防止されている。ミラーユニット34には、光軸に沿って微小の貫通孔が形成されており、その貫通孔を電子線が通過する。
【0039】
情報処理部12は、主制御部36及び汚染防止照射制御部38を有する。主制御部36は、走査透過電子顕微鏡を構成する各構成要素の動作を制御するものである。主制御部36の制御の下、汚染防止照射制御部38が汚染防止照射設備30における生成部32の動作を制御する。具体的には、レーザー光として一定のパルス列が生成されるように、生成部32の動作を制御する。
【0040】
情報処理部12は、プログラムを実行するプロセッサを有し、それは例えばCPUで構成される。主制御部36及び汚染防止照射制御部38の各実体はプログラムである。主制御部36には、入力器40及び表示器42が接続されている。入力器40はキーボード等により構成され、表示器42はLCD等により構成される。入力器40を用いてユーザーにより電子線照射条件が設定され、またレーザー光照射条件が設定される。入力器40を用いてユーザーにより動作モードが選択され、また汚染防止処理の実施の有無が選択される。表示器42には、電子顕微鏡画像としてTEM画像やSTEM画像が表示され、また必要に応じてスペクトル等の分析結果が表示される。
【0041】
図2には、対物レンズ20の上部が拡大断面図として示されている。対物レンズ20は、ヨーク44に組み込まれたポールピース48を有する。ポールピース48は、ギャップを介して互いに対向する上側部分48A及び下側部分48Bを有する。ギャップが試料収容空間49に相当する。上側部分48Aには光軸15に沿って通路64Aが形成され、下側部分48Bには光軸15に沿って通路64Bが形成されている。試料に照射する電子線が通路64A内を通過する。試料を透過した電子線が通路64B内を通過する。
【0042】
試料ホルダ26は、ロッド52を有し、その先端に試料28が保持されている。ロッド52を介して、試料の位置及び姿勢を変更し得る。
【0043】
対物レンズ20とその上に設けられた部材(具体的にはコンデンサーレンズ18)との間には隙間54が存在し、その隙間54にミラーユニット34が設けられている。対物レンズ20の上に収差補正器が設けられる場合、対物レンズ20と収差補正装置との間にミラーユニット34が設けられる。
【0044】
ミラーユニット34は、ミラーブロック56及びミラーベース58により構成される。それらは例えばアルミニウム等の金属により構成される。ミラーブロック56は、ミラーベース58に固定されている。ミラーベース58がポールピース48の上側部分48Aに着脱可能に連結される。このように、ミラーユニット34が対物レンズ20における電子線入口又はその近傍に取り付けられている。
【0045】
ミラーブロック56は、貫通孔60を有する。貫通孔60は光軸15に沿って形成され、そこを電子線が通過する。ミラーブロック56は、傾斜面としてのミラー面62を有する。ミラー面62において、生成部からのレーザー光66Aが反射する。反射したレーザー光66Bは、通路64Aを経由して、試料28に照射される。
【0046】
図3には、生成部32の構成例が示されている。鏡筒のハウジング84に対してボックス状の生成部32が取り付けられている。ハウジング84は例えばステンレスにより構成される。ハウジング84の内部が真空空間であり、ハウジング84の外部が大気空間である。ハウジング84には、光学的透明性を有する窓86が設けられている。
【0047】
生成部32は、レーザー光源68、ミラー70,72、ビームエキスパンダー74、ミラー76,78、光学レンズ80、可動ミラー82等を有する。レーザー光源68において、レーザー光が生成される。具体的には、レーザー光源68は、レーザー光として、パルス列を生成する。ビームエキスパンダー74は、レーザー光の断面サイズを拡大する作用を発揮する。光学レンズ80は、対物レンズ内の所定位置おいて又は試料表面上においてレーザー光の焦点が形成されるように、レーザー光に対する光学的作用を発揮する。可動ミラー82は、レーザー光の照射方向を微調整するためのミラーである。
【0048】
生成部32内に、レーザー光を走査する機構を設けてもよいし、試料上におけるレーザー光の照射領域のサイズを可変する機構を設けてもよい。レーザー光源68の動作は、
図1に示した汚染防止照射制御部38により制御される。
【0049】
図4には、ミラーユニット34の具体例が示されている。ポールピースの上側部分48Aには、円形の開口部88が形成されている。その開口部88は、電子線入口に相当する。開口部88の内面にはねじ部88Aが形成されている。ミラーベース58は、リング状又は円筒状の形態を有し、その外面にはねじ部58Aが形成されている。ねじ部58Aとねじ部88Aとの係合により、ミラーユニット34がポールピースに着脱可能に固定される。
【0050】
ミラーブロック56の下端部がミラーベース58に固定されている。ミラーベース58の下端部以外の部分はミラーベース58の上側に露出している。ミラーブロック56には貫通孔60が形成されており、その上端が開口60aであり、その下端が開口60bである。貫通孔60は、光軸15に沿って形成されており、そこを電子線が通過する。開口60aはミラーブロック56の上面に形成され、開口60bはミラー面62に形成されている。
【0051】
ミラー面62において、生成部からのレーザー光66Aを反射する部分62Aは、開口60bを避けた位置に設定されており、図示の例では、開口60bから若干斜め上側へ偏移した位置に当該部分62Aが設定されている。よって、その部分62A以外の部分を斜面にする必要は必ずしもない。ミラー面62は、鏡面加工が施された面である。対物レンズの電子線入口又はその近傍にミラーユニット34が配置されているので、レーザー光66Bの照射方向を対物レンズ中の試料に合わせることが容易である。
【0052】
実施形態においては、試料(又は試料配置場所)における光軸通過点にレーザー光照射領域の中心が一致するように、レーザー光66Bの照射位置が調整される。また、試料におけるレーザー光照射領域のサイズ(直径)が所定のサイズとなるように、レーザー光の焦点位置等が調整されている。
【0053】
対物レンズにおいては、上記のように、上側に偏移した位置にポールピースが設けられ、同様に、上側に偏移した位置に試料が設けられている。対物レンズの上部にミラーユニット34を設置した場合、ミラーユニット34と試料との間の距離が短くなる。これによりレーザー光の照射経路長を短くできる。
【0054】
図5には、グリッド90が示されている。グリッド90は、試料ホルダによって保持されるものであり、試料担体として機能する。グリッド90は、格子状のメッシュ部92を有する。その周囲は外枠92Aである。メッシュ部92により試料28が保持されている。メッシュ部92は複数の開口部96を有する。グリッド90に対して支持膜が設けられてもよい。
【0055】
対物レンズ内でのグリッド90の水平位置を調整することにより、観察領域98の位置が変更され、同時に、レーザー光の照射領域100の位置が変更される。図示の例では、観察領域98は、試料28における薄膜状の部分に設定されている。照射領域100は観察領域98をカバーしている。照射領域100は局所的な領域であり、試料28において照射領域100以外の領域(非照射領域)が存在している。
【0056】
図示の例では、照射領域100は円形であり、それは1つの開口部96を覆う程度のサイズ(直径)を有している。そのサイズは例えば1~100μmの範囲内において設定されてもよく、そのサイズを例えば30μmにしてもよい。照射領域100のサイズは、測定の目的、レーザー光の強度、試料の性状、等に応じて任意に定め得る。他の開口部内において試料の観察を行う場合、それに先立って当該開口部に対してレーザー光が照射される(符号101を参照)。その場合、実際には、グリッド90の位置が変更される。
【0057】
図6には、レーザー光を構成するパルス列102が示されている。実施形態においては、レーザー光源として、0.0001~500μW/μm
2の範囲内から出力強度を選択できるものを使用している。その範囲内の最小出力強度を選択した上で、レーザー光を連続波として試料へ照射した場合、試料を損傷させてしまう可能性があり、あるいは、レーザー光の強度が汚染防止効果の観点から見て必要以上の大きなものになってしまう可能性がある。そこで、実施形態においては、パルス列102を構成する複数のパルス104が間欠的に照射されている。
【0058】
照射期間Tは、例えば、0.5~50sの範囲内において定められる。パルス周期t1は、例えば、100μs~10msの範囲内において定められ、パルス幅w1は、例えば、1~50μsの範囲内において定められる。デューティ比を、例えば0.001~0.1の範囲内で定めてもよい。具体的には、例えば、T=5(s)、t1=1(ms)、w1=10(μs)であってもよい。その場合、デューティ比は0.01となる。
【0059】
実験によれば、試料(厚み200nm以下)に対して、上記のような弱いレーザー光を複数のパルスとして間欠的に照射した場合、5~25分にわたって試料における汚染防止効果が持続することが確認されている。すなわち、レーザー光の照射期間に対して60~300倍にも及ぶ長期間にわたる汚染防止効果が確認されている。実施形態によれば、汚染防止のための処理期間を大幅に短縮できる。
【0060】
なお、実験によれば、試料上に堆積している汚染物質に対して上記同様のパルス列を照射した場合、試料から汚染物質が取り除けることも確認されている。このことから、パルス列の照射により、試料の表面上に付着している汚染原因物質や試料に包含されている汚染原因物質がパルス列の照射により試料から脱離して真空吸引により排出された可能性を指摘し得る。パルス列の照射に代えて、より強度が低減された連続波を照射することも考えられる。
【0061】
図7には、
図1に示した走査透過電子顕微鏡の動作例が示されている。その内容は試料汚染防止方法に相当する。S10では、電子線の照射条件、及び、レーザー光の照射条件が設定される。S12では、試料における観察領域が光軸に対して位置決められる。S14では、観察領域をカバーする局所領域としての照射領域に対してレーザー光がパルス列として照射される。パルス列の照射期間は例えば数秒程度の非常に短期間である。S16では試料に対して電子線が照射され、試料を透過した電子線(又は電子)を検出することにより、二次元画像が形成される。その画像を通じて試料が観察される。画像と共に又は画像に代えて、スぺクトル等の分析結果が表示されてもよい。S18では、試料における他の位置の観察の要否、特にレーザー光の照射の要否が判断される。なお、観察が長時間にわたり、試料汚染防止効果が減退してきた場合には、同じ照射領域に対して再度のレーザー光照射を行ってもよい。
【0062】
図8には、第1実施形態についての第1変形例が示されている。図示されるように、対物レンズ106の下側にミラーユニット108を設け、試料112の下側から光軸に沿って試料112に対してレーザー光を照射してもよい。符号110は生成部を示している。電子線は試料112の上側から光軸に沿って試料112に対して照射される。
【0063】
図9には、第1実施形態についての第2変形例が示されている。図示された電子顕微鏡は、走査透過電子顕微鏡である、対物レンズ114の下側には、試料116を保持したステージが設けられている。対物レンズ114の上側にはミラーユニット120が設けられている。図示されていない生成部からのレーザー光がミラーユニット120で反射し、反射後のレーザー光が光軸に沿って試料116に照射されている。
【0064】
図10には、第1実施形態についての第3変形例が示されている。
図10において、
図7に示した工程と同様の工程には同一の工程番号が付されている。S12において、電子線及びレーザー光の照射条件が設定される。S14において、試料の位置決めがなされる。S20において、試料に対してレーザー光を照射しながら試料が観察される。その場合において、レーザー光の強度として、試料の観察を妨げず且つ試料汚染防止効果を得られる程度の弱い強度が設定される。S20では、電子線の照射とレーザー光の照射とが同時に並列的に実施される。それに代えてそれらの照射を時分割で切り替えてもよい。
【0065】
図11には、第2実施形態の要部が示されている。対物レンズの電子線入口にはミラーユニット122が着脱可能に設けられる。ミラーユニット122は、ミラーベース58及びミラーブロック56を含む。ミラーブロック56はミラー面62を有する。ミラーブロック56は、電気絶縁部材124を介して、ミラーベース58に取り付けられている。すなわち、ミラーブロック56は、電気的に浮いた状態にある。ミラーブロック56において、ミラー面62における反射部分を除いて、その表面全体を絶縁処理してもよい。
【0066】
試料から放出された電子(二次電子、反射電子)は、対物レンズの通路を介して、上方へ移動し、それがミラーブロック56に到達する。すると、ミラーブロック56から電子検出回路126へ電荷信号が出力され、電荷信号が電子検出回路126において検出信号に変換される。
【0067】
ミラーブロックが対物レンズの通路を覆う場合、コンデンサーレンズの下端面に検出器を配置することが困難となるが、上記第2実施形態によれば、ミラーユニット122を利用して電子の検出を行える。第2実施形態によれば、部品点数を削減できる利点を得られる。
【0068】
図12には、第2実施形態についての変形例が示されている。ミラーユニット130は、絶縁リング132、円板134、ミラー板140等を有する。絶縁リング132は電気的絶縁部材で構成される。円板134及びミラー板140は導電性部材、例えばアルミニウムで構成される。ポールピースの上側部分48Aに絶縁リング132が着脱可能に固定される。
【0069】
円板134及びミラー板140は電気的に浮いた状態にある。ミラー板140は傾斜しており、それはミラー面を有する。そのミラー面でレーザー光が反射する。円板134には光軸に沿って開口136が形成され、そこを電子線が通過する。円板134に形成された開口138をレーザー光が通過する。
【0070】
2つの開口136,138を除いて、対物レンズ内の通路の上側が円板134で塞がれているので、下方から運動してきた電子142は円板134に到達する。円板134から電子検出回路126へ電荷信号が出力される。この変形例によれば、電子捕集効率を高められる。円板に対して電圧を印加して電子を捕集し易くしてもよい。
【0071】
図1に示した構成において、光軸に対して交差する方向から(例えば斜め方向から)、試料に対してレーザー光を照射することも考えられる。その場合、試料へのレーザー光の照射が他の部材(試料ホルダ等)により妨げられたり、試料上の適切な位置に適切なサイズでレーザー光を照射することが困難になったりする問題が生じ易い。これに対し、光軸に沿ってレーザー光を照射すれば、そのような問題が生じない。また、
図1に示した構成において、レーザー光照射による汚染防止技術と、他の汚染防止技術とを組み合わせてもよい。例えば、コールドトラップを設けてもよく、また、プラズマやオゾンによる試料クリーニングを採用してもよい。
【符号の説明】
【0072】
13 鏡筒、15 光軸、16 電子銃、18 コンデンサーレンズ、20 対物レンズ、22 結像レンズ、24 観察室、26 試料ホルダ、30 汚染防止照射設備、32 生成部、34 ミラーユニット、38 汚染防止照射制御部。