(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022162886
(43)【公開日】2022-10-25
(54)【発明の名称】処理方法、細胞培養方法、培地の製造方法、物質の製造方法、培地、細胞およびプログラム
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20221018BHJP
C12N 5/00 20060101ALI20221018BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALI20221018BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20221018BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20221018BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12N5/00
C12Q1/6813 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067943
(22)【出願日】2021-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】501048930
【氏名又は名称】株式会社 バイオミメティクスシンパシーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】漆畑 直樹
(72)【発明者】
【氏名】隠岐 勝幸
(72)【発明者】
【氏名】吉原 誠一
(72)【発明者】
【氏名】大西 啓介
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA20
4B063QQ08
4B063QQ53
4B063QR07
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QR77
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX01
4B065AA90X
4B065BB40
4B065BD01
4B065BD50
4B065CA44
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】目的に合った培地の開発に寄与する情報を得られる処理方法等を提供すること。
【解決手段】処理方法は、複数種類の培地41をそれぞれ使用して細胞を培養し、培地41の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データ51を取得し、前記培養データ51に基づいて、前記細胞特性値との相関を有する相関遺伝子を抽出する。培養は、継代培養により行ない、前記培養データは、前記継代培養のうちの複数の世代において取得する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、
培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを取得し、
前記培養データに基づいて、前記細胞特性値との相関を有する相関遺伝子を抽出する
処理方法。
【請求項2】
培養は、継代培養により行ない、
前記培養データは、前記継代培養のうちの複数の世代において取得する
請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
前記遺伝子発現解析結果は、複数の遺伝子と、それぞれの前記遺伝子の発現レベルとを関連づけた遺伝子プロファイルである
請求項1または請求項2に記載の処理方法。
【請求項4】
前記相関遺伝子は、前記細胞特性値と正の相関を有する正相関遺伝子、または、前記細胞特性値と負の相関を有する負相関遺伝子である
請求項1から請求項3のいずれか一つに記載の処理方法。
【請求項5】
化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出する
請求項1から請求項4のいずれか一つに記載の処理方法。
【請求項6】
前記相関遺伝子が前記細胞特性値との正の相関を有する場合、前記相関遺伝子の発現レベルを上昇させる化合物を抽出し、
前記相関遺伝子が前記細胞特性値との負の相関を有する場合、前記相関遺伝子の発現レベルを下降させる化合物を抽出する
請求項5に記載の処理方法。
【請求項7】
前記細胞特性値は、細胞の増殖能力または治療効果を示す
請求項1から請求項6のいずれか一つに記載の処理方法。
【請求項8】
複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、
培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、
前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、
化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、
抽出した前記化合物を含む第2培地を作成し、
前記第2培地を用いて細胞を培養する
細胞培養方法。
【請求項9】
複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、
培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、
前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、
化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、
抽出した前記化合物から選択した化合物を培地の基材に混合する
培地の製造方法。
【請求項10】
複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、
培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、
前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、
化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、
抽出した前記化合物を含む第2培地を作成し、
前記第2培地を用いて細胞を培養し、
培養した細胞から分泌された物質を抽出する
物質の製造方法。
【請求項11】
複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、
培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、
前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、
化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、
抽出した前記化合物から選択した化合物を培地の基材に混合した
培地。
【請求項12】
複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、
培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、
前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、
化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、
抽出した前記化合物を含む第2培地を作成し、
前記第2培地を用いて培養した
細胞。
【請求項13】
複数種類の培地をそれぞれ使用して継代培養した細胞の複数の世代における培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを取得し、
前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出する
処理をコンピュータが実行する
プログラム。
【請求項14】
前記培地がAOF培地である、請求項1ないし13の何れか一つに記載の処理方法、細胞培養方法、培地の製造方法、物質の製造方法、培地、細胞、またはプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、処理方法、細胞培養方法、培地の製造方法、物質の製造方法、培地、細胞およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
統計的実験計画法(DoE:Design of Experiments)によりサポートされた集中的な多数の実験が、細胞培養培地の最適組成を決定するための現在の標準的な方法である。しかしながら、この方法は、時間がかかり、高価である。費用対効果の改善のためにエキソメタボロム・アッセイに基づく細胞培養培地の組成を最適化する方法が提案されている(特許文献1)。この技術を用いると、培地因子を介して、任意の多数の細胞機能を最適化することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、引用文献1の方法においては、組成の異なる多種類の培地を用いて細胞培養を行なう。したがって、最適化した培地を開発するまでには、膨大な実験時間と実験費用とを要する。
【0005】
一つの態様では、目的に合った培地の開発に寄与する情報を、比較的少数の実験で得られる処理方法等を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
処理方法は、複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを取得し、前記培養データに基づいて、前記細胞特性値との相関を有する相関遺伝子を抽出する。
【0007】
この処理方法において、培養は、継代培養により行ない、前記培養データは、前記継代培養のうちの複数の世代において取得する。
【0008】
この処理方法において、前記遺伝子発現解析結果は、複数の遺伝子と、それぞれの前記遺伝子の発現レベルとを関連づけた遺伝子プロファイルである。
【0009】
この処理方法において、前記相関遺伝子は、前記細胞特性値と正の相関を有する正相関遺伝子、または、前記細胞特性値と負の相関を有する負相関遺伝子である。
【0010】
この処理方法は、化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出する。
【0011】
この処理方法は、前記相関遺伝子が前記細胞特性値との正の相関を有する場合、前記相関遺伝子の発現レベルを上昇させる化合物を抽出し、前記相関遺伝子が前記細胞特性値との負の相関を有する場合、前記相関遺伝子の発現レベルを下降させる化合物を抽出する。
【0012】
この処理方法において、前記細胞特性値は、細胞の増殖能力または治療効果を示す。
【0013】
細胞培養方法は、複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、抽出した前記化合物を含む第2培地を作成し、前記第2培地を用いて細胞を培養する。
【0014】
培地の製造方法は、複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、抽出した前記化合物から選択した化合物を培地の基材に混合する。
【0015】
物質の製造方法は、複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、抽出した前記化合物を含む第2培地を作成し、前記第2培地を用いて細胞を培養し、培養した細胞から分泌された物質を抽出する。
【0016】
培地は、複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、抽出した前記化合物から選択した化合物を培地の基材に混合した培地である。
【0017】
細胞は、複数種類の培地をそれぞれ使用して細胞を培養し、培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを記録し、前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出し、化合物と遺伝子発現レベルとの関係を記録したデータベースに基づいて、抽出した前記相関遺伝子の発現レベルに影響する化合物を抽出し、抽出した前記化合物を含む第2培地を作成し、前記第2培地を用いて培養した細胞である。
【0018】
プログラムは、複数種類の培地をそれぞれ使用して継代培養した細胞の複数の世代における培地の種類と、遺伝子発現解析結果と、細胞の特性を示す細胞特性値とを関連づけた培養データを取得し、前記培養データに基づいて、細胞特性値と相関する相関遺伝子を抽出する処理をコンピュータが実行する。
【発明の効果】
【0019】
一つの態様では、目的に合った培地の開発に寄与する情報を、比較的少数の実験で得られる処理方法等を提供できる。また、別の態様によれば、本発明の処理方法によって製造された細胞、細胞からの分泌物、または、それらの分析によって得られた情報から特定の疾患の治療薬を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】目的に合った培地を作成する手順の概要を説明する説明図である。
【
図2】培養データを作成する手順の具体例を説明する説明図である。
【
図3】培養データDBのレコードレイアウトを説明する説明図である。
【
図4】
図1のステップS507に示す、濃度決定の手順を説明する説明図である。
【
図5】情報処理システムの構成を説明する説明図である。
【
図6】プログラムの処理の流れを説明するフローチャートである。
【
図7】相関遺伝子抽出のサブルーチンの処理の流れを説明するフローチャートである。
【
図8】実施の形態2の培養データを作成する手順の具体例を説明する説明図である。
【
図9】実施の形態2の培養データDBのレコードレイアウトを説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[実施の形態1]
再生医学、細胞工学および遺伝子工学等の様々な研究分野で、実験に使用する細胞の培養が行なわれている。再生医療を実施する際にも、培養した細胞が使用される。食品や医薬品等に利用するたんぱく質およびペプチド等の製造にも、大量に培養した細胞が利用されている。または、これらの細胞から得られる細胞分泌物およびエクソソームなども、上記のような用途に使用されている。
【0022】
また、対象とする各種細胞に対して、主にその細胞の増殖率を向上させるための、様々な種類の細胞培養用の培地が市販されている。基本培地に血清等の動物由来成分のサプリメントを添加した動物由来成分含有培地のように、未知の成分が含まれる培地も使用されている。
【0023】
発明者らの知見によれば、培地の成分が、細胞培養時の増殖速度、培養した細胞の性質、および、細胞が分泌する物質の特性等に影響を及ぼす。
図1は、目的に合った培地を作成する手順の概要を説明する説明図である。まず、細胞の特性および遺伝的背景が均一な細胞が、複数種類の培地41にそれぞれ播種される(ステップS501)。
【0024】
図1においては、「培地S」、「培地T」、「培地U」の三種類の培地を図示する。以下の説明では「培地S」を培地41S、「培地T」を培地41T、「培地U」を培地41Uと記載する場合がある。培地41S、培地41Tおよび培地41Uのそれぞれの培地41に含まれる成分は未知で構わないが、異なる成分を含有する培地であるのが好ましい。
【0025】
なお、動物成分由来培地を使用する場合には、培地41に含有されるタンパクなどで細胞表面のタンパク等が被覆される恐れがある。したがって培地41は、細胞表面の素の状態を反映できるAOF(Animal Origin Free)培地、または、完全合成培地であることが望ましい。
【0026】
図1においては、シャーレ状の培養容器に入った培地41を円板形状により模式的に示すが、培養フラスコ、ローラーボトル、またはマルチウェルプレート等の培養容器を使用してもよい。なお、
図1においてシャーレ自体は図示を省略する。
【0027】
それぞれの培地41に播種した細胞が培養される(ステップS502)。その後、培地41ごとに、細胞特性値と遺伝子発現レベルとが測定される(ステップS503)。ここで、細胞特性値は、培地を作成する目的に沿って評価した細胞の特性である。細胞特性値の具体例については、後述する。
【0028】
遺伝子発現レベルは、遺伝子発現解析により測定された各遺伝子の量により定量化される。遺伝子発現解析は、例えば、培養した細胞中のmRNA(Messenger Ribonucleic Acid)、miRNA(Micro Ribonucleic Acid)およびLncRNA(Long Noncoding Ribonucleic Acid)等の塩基配列の種類と、それぞれの塩基配列の量とを測定する解析手法である。
【0029】
遺伝子発現解析は、たとえば次世代シーケンサ16(
図5参照)を用いて行なわれる。遺伝子発現解析は、マイクロアレイまたはリアルタイムPCR(Polymerase Chain Reaction)などの別法を用いて行なわれてもよい。以後の説明では、miRNAおよびLncRNA等のノンコーディングRNAも含めて、遺伝子発現解析で検出される塩基配列を遺伝子と記載する。以後の説明では、それぞれの培地41を用いた細胞特性値と遺伝子発現解析結果とをまとめたデータを培養データ51と記載する。培養データ51の例については、後述する。
【0030】
培養データ51のデータ解析により、発現レベルが細胞特性値と相関を有する複数の遺伝子が抽出される(ステップS504)。以後の説明では、ステップS504で抽出される遺伝子を、相関遺伝子と記載する。ステップS504のデータ解析手法については後述する。ステップS504においては、発現レベルが細胞特性値と正の相関を有する遺伝子と、負の相関を有する遺伝子との双方を抽出可能である。
【0031】
その後、遺伝子DB(Database)61を参照して、ステップS504で抽出した複数の相関遺伝子の発現に影響を及ぼす複数の化合物が抽出される(ステップS506)。以後の説明では、ステップS506で抽出される化合物を影響化合物と記載する。
【0032】
ここで、遺伝子DB61は、培養細胞に様々な化合物を添加した場合の遺伝子発現レベルの変動を記録したデータベースである。遺伝子DB61には、たとえば米国国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)が、LINCS(Library of Integrated Network-Based Cellular Signatures)プログラムで提供しているLINCSデータセットを利用できる。遺伝子DB61には、その他の研究機関または企業等が提供しているデータベース、あるいは自社での実験結果に基づく独自のデータベースを利用しても、それらを組み合わせて利用しても良い。
【0033】
前述のステップS506で抽出された影響化合物のそれぞれについて、適切な効果を示す濃度が決定される(ステップS507)。ステップS507において濃度を決定する方法の具体例については、後述する。濃度は、ステップS506で抽出した影響化合物のうちの一部のみについて決定されてもよい。
【0034】
典型的には、細胞の栄養源を含む基本培地を基材に使用して、ステップS507で決定した濃度になるようにそれぞれの影響化合物を混合することで、新たな培地が調合される(ステップS508)。以上により、目的に合った機能を有する第2培地42が完成する。
【0035】
図2は、培養データ51を作成する手順の具体例を説明する説明図である。以下では、培養により多数の細胞を得たい場合に適した第2培地42を作成する場合を例にして説明する。
図2においては、「培地S」について示すが、「培地T」および「培地U」等についても同様の処理が行なわれる。
【0036】
まず、「培地S」に、ステップS501と同種の細胞が播種される。「培地S」を用いて、継代培養が行なわれる。培養の目的が多数の細胞を得ることであるため、細胞特性値には細胞の増殖能力を示す値を使用する。培地Sを用いて、細胞の継代培養が行なわれる。たとえば、2代目とn代目の培養終了時に、増殖能力と遺伝子発現レベルとを測定する。測定は、継代培養の全世代に対して行なわれてもよい。
【0037】
以後の説明では、細胞の増殖能力を示す値を増殖能と記載する。増殖能は、たとえばPDL(Population Doubling Number :細胞分裂回数)である。PDLは、培地41に播種した細胞の数と、培養終了時の細胞の数との比に基づいて算出できる。細胞の数は、たとえばフローサイトメータまたはイメージングサイトメータ等の細胞測定装置17(
図5参照)を用いて測定できる。
【0038】
なお、増殖能は、DT(Doubling Time :倍化時間)であってもよい。イメージングサイトメータを用いて、培養中の細胞を経時的に撮影した画像を解析することにより、DTを算出できる。増殖能は、分裂中の細胞が発現するPCNA (Proliferating Cell Nuclear Antigen)等の細胞周期タンパク質の量に基づいて測定されてもよい。継代2代目以降の増殖能は、当該世代における増殖能であっても、第1世代からの増殖能を積算した累計増殖能であってもよい。
【0039】
図3は、培養データDB52のレコードレイアウトを説明する説明図である。培養データDB52は、培養データ51を記録したデータベースである。培養データDB52は、継代回数フィールドと、培地番号フィールドと、培養結果フィールドとを有する。培養結果フィールドは、遺伝子発現レベルフィールドと、増殖能フィールドとを有する。遺伝子発現レベルフィールドは、「CNOT10」フィールド、「SLC39A11」フィールド等、遺伝子発現解析により検出されるそれぞれの遺伝子に対応するフィールドを有する。
【0040】
継代回数フィールドには、継代培養の世代が記録されている。培地番号フィールドには、使用した培地41に付与した識別用の番号が記録されている。培地番号フィールドの代わりに、または培地番号フィールドとともに、「培地S」、「培地T」等の培地41の名称等が記録されたフィールドが設けられていてもよい。それぞれの遺伝子発現レベルフィールドの各サブフィールドには、それぞれの遺伝子の発現レベルが記録されている。すなわち、
図3の遺伝子発現レベルフィールドの横一列には、培地番号フィールドに記録された培地を使用して培養した細胞で発現している遺伝子と、それぞれの遺伝子の発現レベルとを関連づけた遺伝子プロファイルが記録されている。
【0041】
たとえば遺伝子発現解析に次世代シーケンサ16を利用する場合、遺伝子発現レベルは(1)式により算出できる。(1)式を使用する場合、遺伝子発現レベルの単位はRPM(Reads Per Million mapped reads)である。
遺伝子Aの遺伝子発現レベル
=遺伝子Aにマップされたリードの数/マップされた全リードの数 ‥‥‥(1)
【0042】
増殖能フィールドには、細胞の増殖能力を示す増殖能が記録されている。なお、増殖能フィールドは、細胞特性値を記録するフィールドの一例である。培養データDB52は、一つの世代の一つの培地について、一つのレコードを有する。
【0043】
図1においてステップS504で示した、培養データ51のデータ解析により相関遺伝子を抽出する方法の概要を説明する。以下の説明においては、J種類の培地をそれぞれ使用して継代培養を行ない、それぞれの培地において、I種類の遺伝子の発現レベルを評価したデータが培養データDB52にK培養世代分記録されている場合を例にして説明する。
【0044】
以下の説明においては、培養データDB52の遺伝子発現フィールドに記録されている個々の遺伝子発現レベルを、Xijkと記載する。Xijkは、j番目の培地を使用した、k番目の継代培養世代におけるi番目の遺伝子の発現レベルを示す。遺伝子発現フィールドに記録されているデータの総数は、(I×J×K)個である。さらに以下の説明においては、培養データDB52の増殖能フィールドに記録された、増殖能を示す行列を、増殖能行列Qと記載する。増殖能行列Qは、J×K個の要素を有する。
【0045】
まず、(2)式から(4)式をすべて満たすように規格化した遺伝子発現レベルが算出される。
【0046】
【0047】
以下の説明では、規格化した遺伝子発現レベルxijk を要素とする3階のテンソルを、テンソルRと記載する。テンソルRの構成要素数は、(I×J×K)個である。
【0048】
次に、(5)式に示すように、テンソルRに対するテンソル分解が行なわれる。
【0049】
【0050】
なお、特異値行列であるufi、ugj、uhkは、いずれも直交行列である。テンソル分解は、たとえばHOSVD(Higher Order Singular Value Decomposition:高次特異値分解)等の公知の手法を用いて行なう。なお、HOSVDは、タッカー分解の一手法である。テンソル分解には、CP分解またはテンソルトレイン分解の公知の手法が用いられてもよい。
【0051】
次に、特異値行列ugjの各行に対応する特異値ベクトルと、増殖能行列Qとの間の相関係数が算出される。ここで特異値行列ugjは、培地41の種類に対応する特異値行列である。相関係数には、たとえばピアソンの積率相関係数が用いられる。なお、相関係数には、スピアマンの順位相関係数またはケンドールの順位相関係数等が用いられてもよい。
【0052】
その後、算出した相関係数の絶対値が大きい特異値ベクトルが選択される。以下の説明においては、選択された特異値ベクトルをuMjと記載する。ここで選択される特異値ベクトルuMjは、たとえば相関係数の絶対値が最も大きい1個の特異値ベクトルuMjである。他の行に比べて有意に相関係数の絶対値が大きい複数の特異値ベクトルuMjが選択されてもよい。
【0053】
その後、遺伝子の種類に対応する特異値行列ufiから、uMjに対応する特異値ベクトルuNiが抽出される。具体的には、まずコアテンソルG(f,g,h)から、g=Mである要素、G(f,M,h)が抽出される。抽出された要素のうち、最も大きい要素G(N,M,h)に対応するNが選択される。遺伝子の種類に対応する特異値行列ufiから、Nに対応する特異値ベクトルuNiが抽出される。
【0054】
ここで、uNiはガウス分布に従うという帰無仮説に基づいて、(6)式によりそれぞれの遺伝子iに対するP値であるPiが算出される。ここでP値は、帰無仮説に反する統計量が観測される確率を意味する。
【0055】
【0056】
その後、多重比較補正により、それぞれの遺伝子iに対応する補正P値であるPci が算出される。多重比較補正は、たとえばBenjamini-Hochberg法により行なわれる。多重比較補正は、HSD(Honestly Significant Difference)検定、Scheffe法、Dunnett法またはGames-Howell法等の任意の手法により行なわれてもよい。
【0057】
その後、補正P値Pciが所定の閾値以下である遺伝子が抽出される。抽出された遺伝子が、前述の相関遺伝子である。なお、相関係数が正である相関遺伝子は、増殖能と正の相関を有する正相関遺伝子であり、相関係数が負である相関遺伝子は増殖能と負の相関を有する負の相関遺伝子である。
【0058】
図4は、
図1のステップS507に示す、濃度決定の手順を説明する説明図である。細胞の種類および培養目的等に応じて選択した基本培地を基材に使用して、
図1のステップS506で抽出した影響化合物を混合した、複数の濃度調整培地49を作成する。表1に、影響化合物の濃度を示す。濃度の「M」はモル濃度を示す。
【0059】
【0060】
D1は、基本培地のみのいわゆるコントロールである。D2からD5の影響化合物の濃度は、いずれも例示である。ステップS501と同種の細胞が、複数の濃度調整培地49にそれぞれ播種される(ステップS521)。
【0061】
まず、それぞれの濃度調整培地49に播種した細胞が培養される(ステップS522)。その後、濃度調整培地49ごとに、細胞の増殖能が測定される(ステップS523)。濃度と増殖との関係を示すグラフの例を
図4の下部に示す。影響化合物の濃度がD3である場合に、最も増殖能が高い。したがって、この影響化合物の濃度は、D3であると定める。
【0062】
ここで、増殖能が高いと判定した付近の濃度を細かく区切った濃度調整培地49を使用して
図4を使用して説明した実験を繰り返し、影響化合物の適切な濃度を精度よく定めてもよい。なお、
図4を使用して説明した実験において、コントロールにくらべて顕著な効果が表れない場合には、その影響化合物は第2培地42に使用されない。
【0063】
上述の手順により、複数の影響化合物のそれぞれについて適切な濃度を決定できる。したがって、複数の影響化合物を、それぞれ適切な濃度で含む培地を決定できる。なお、
図4を使用して説明した実験において、一つの培地41に、複数の影響化合物が含まれていてもよい。複数の影響化合物の相互作用の影響を含めて、適切な濃度を決定できる。
【0064】
図5は、情報処理システム10の構成を説明する説明図である。情報処理システム10は、ネットワークで接続された情報処理装置20およびサーバ30を含む。情報処理システム10は、培養装置15、次世代シーケンサ16および細胞測定装置17を含んでもよい。
【0065】
情報処理装置20は、制御部21、主記憶装置22、補助記憶装置23、通信部24、読取部29およびバスを備える。制御部21は、本実施の形態のプログラムを実行する演算制御装置である。制御部21には、一または複数のCPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)またはマルチコアCPU等が使用される。制御部21は、バスを介して情報処理装置20を構成するハードウェア各部と接続されている。
【0066】
主記憶装置22は、SRAM(Static Random Access Memory)、DRAM(Dynamic Random Access Memory)またはフラッシュメモリ等の記憶装置である。主記憶装置22には、制御部21が行なう処理の途中で必要な情報および制御部21で実行中のプログラムが一時的に保存される。
【0067】
補助記憶装置23は、SRAM、フラッシュメモリ、ハードディスクまたは磁気テープ等の記憶装置である。補助記憶装置23には、培養データDB52、制御部21に実行させるプログラムおよびプログラムの実行に必要な各種データが保存される。通信部24は、情報処理装置20とネットワークとの間の通信を行なうインターフェイスである。
【0068】
情報処理装置20は、汎用のパソコン、タブレット、スマートフォン等である。情報処理装置20は、培養装置15または次世代シーケンサ16に内蔵されたコンピュータであってもよい。情報処理装置20は、大型計算機、または、大型計算機上で動作する仮想マシンであってもよい。情報処理装置20は、分散処理を行なう複数のパソコン、または大型計算機等のハードウェアにより構成されても良い。情報処理装置20は、クラウドコンピューティングシステムまたは量子コンピュータにより構成されても良い。
【0069】
制御部21は、読取部29を介して可搬型記録媒体96に記録されているプログラム97を読み込み、補助記憶装置23に保存してもよい。制御部21は、情報処理装置20内に実装されたフラッシュメモリ等の半導体メモリ98に記憶されたプログラム97を読みだしてもよい。さらに、制御部21は、通信部24および図示しないネットワークを介して接続される図示しない他のサーバコンピュータからプログラム97をダウンロードして補助記憶装置23に保存してもよい。
【0070】
サーバ30は、制御部31、主記憶装置32、補助記憶装置33、通信部34およびバスを備える。制御部31には、一または複数のCPU、GPUまたはマルチコアCPU等が使用される。制御部31は、バスを介してサーバ30を構成するハードウェア各部と接続されている。
【0071】
主記憶装置32は、SRAM、DRAM、フラッシュメモリ等の記憶装置である。主記憶装置32には、制御部31が行なう処理の途中で必要な情報および制御部31で実行中のプログラムが一時的に保存される。
【0072】
補助記憶装置33は、SRAM、フラッシュメモリ、ハードディスクまたは磁気テープ等の記憶装置である。補助記憶装置33には、遺伝子DB61、制御部31に実行させるプログラムおよびプログラムの実行に必要な各種データが保存される。通信部34は、サーバ30とネットワークとの間の通信を行なうインターフェイスである。サーバ30は、たとえばLINCSプログラム提供用のサーバである。
【0073】
培養装置15、次世代シーケンサ16および細胞測定装置17は、ネットワークに接続されないいわゆるスタンドアロン型の装置であってもよい。スタンドアロン型の装置を使用する場合には、培養担当者が継代培養の作業を行なうとともに、次世代シーケンサ16および細胞測定装置17を使用して、遺伝子発現レベルの測定と、増殖能の測定とを行なう。その後、培養担当者が測定結果を培養データDB52に記録する。
【0074】
情報処理装置20の制御部21は、ネットワークを介して次世代シーケンサ16から遺伝子発現レベルを取得して、自動的に培養データDB52に記録してもよい。制御部21は、ネットワークを介して細胞測定装置17から増殖能を取得して、自動的に培養データDB52に記録してもよい。
【0075】
培養装置15と、次世代シーケンサ16と、細胞測定装置17とは、連携して
図2を使用して説明した継代培養と、遺伝子発現レベルの測定と、増殖能の測定とを実行し、培養データDB52にデータを記録してもよい。図示を省略するロボットが、培養装置15と次世代シーケンサ16と細胞測定装置17とを操作してもよい。培養装置15と、次世代シーケンサ16と細胞測定装置17とは、一体の装置に構成されていてもよい。
【0076】
図6は、プログラムの処理の流れを説明するフローチャートである。
図6のプログラムは、
図1のステップS504で説明した相関遺伝子抽出の処理、および、ステップS506で説明した影響化合物抽出の処理を実行するプログラムである。
【0077】
情報処理装置20の制御部21は、培養データDB52から培養データ51を取得する(ステップS601)。制御部21は、相関遺伝子抽出のサブルーチンを起動する(ステップS604)。相関遺伝子抽出のサブルーチンは、培養データDB52に基づいて相関遺伝子を抽出するサブルーチンである。相関遺伝子抽出のサブルーチンの処理の流れは後述する。
【0078】
制御部21は、ステップS604で抽出した相関遺伝子のうち、正相関遺伝子をサーバ30に送信する(ステップS605)。サーバ30の制御部31は、正相関遺伝子を受信する(ステップS701)。制御部31は、遺伝子DB61から受信した相関遺伝子の発現レベルを上昇させる影響化合物を抽出する(ステップS702)。制御部31は、抽出した影響化合物を送信する(ステップS703)。
【0079】
情報処理装置20の制御部21は、影響化合物を受信する(ステップS607)。ステップS607で受信した影響化合物は、増殖能と正の相関を有する遺伝子の発現レベルを上昇させる化合物である。この化合物を多く含む培地を使用することにより、増殖能が高まることが期待される。
【0080】
制御部21は、ステップS604で抽出した相関遺伝子のうち、負の相関遺伝子をサーバ30に送信する(ステップS608)。サーバ30の制御部31は、負の相関遺伝子を受信する(ステップS704)。制御部31は、遺伝子DB61から受信した相関遺伝子の発現レベルを下降させる影響化合物を抽出する(ステップS705)。制御部31は、抽出した影響化合物を送信する(ステップS706)。
【0081】
情報処理装置20の制御部21は、影響化合物を受信する(ステップS609)。ステップS609で受信した影響化合物は、増殖能と負の相関を有する遺伝子の発現レベルを下降させる化合物である。この化合物の含有量を少なくするか、または除去した培地を使用することにより、増殖能が上昇することが期待される。
【0082】
制御部21は、ステップS607で受信した影響化合物およびステップS609で受信した影響化合物を表示する(ステップS610)。制御部21は処理を終了する。
【0083】
図7は、相関遺伝子抽出のサブルーチンの処理の流れを説明するフローチャートである。相関遺伝子抽出のサブルーチンは、培養データDB52に基づいて相関遺伝子を抽出するサブルーチンである。
【0084】
制御部21は、(2)式から(4)式に基づいて、培養データに含まれる遺伝子発現レベルを規格化する(ステップS631)。制御部21は、規格化した遺伝子発現データを、培地の種類、遺伝子発現レベルおよび継代回数の3つのモードを有する3階のテンソルであるテンソルRに構成する(ステップS632)。制御部21は、(5)式に示したテンソル分解を行ない、ステップS632で構成したテンソルRをコアテンソルGと3個の特異値行列とに分解する(ステップS633)。
【0085】
制御部21は、培養データDB52の増殖能フィールドに対応する増殖能行列Qを構成する(ステップS634)。制御部21は、培地の種類に対応する特異値行列ugiを構成するそれぞれの特異値ベクトルと、増殖能行列Qとの相関係数を算出する(ステップS635)。制御部21は、増殖能行列との相関係数が大きい特異値ベクトルuMjを抽出する(ステップS636)。
【0086】
制御部21は、特異値ベクトルG(f,g,h)から、ステップS636で抽出した特異値ベクトルuMjに対応する成分であるG(f,M,h)を抽出する。制御部21は、抽出したコアテンソルGの要素のうち、最も大きい要素G(N,M,h)を選択する(ステップS637)。制御部21は、遺伝子の種類に対応する特異値行列ufiから、Nに対応する特異値ベクトルuNiを抽出する(ステップS638)。
【0087】
制御部21は、(6)式に基づいてそれぞれの遺伝子に対するP値を算出する(ステップS639)。制御部21は、それぞれの遺伝子に対する補正P値を算出する(ステップS640)。制御部21は、補正P値が所定の閾値以下である相関遺伝子を抽出する(ステップS641)。その後、制御部21は処理を終了する。
[実験例]
ヒト脂肪組織から採取された間葉系幹細胞の増殖能を向上させる第2培地42の開発に関する実施例を説明する。培地41には、間葉系幹細胞の増殖培養向けに市販されている8種類の培地41を使用した。間葉系幹細胞を8種類の培地にそれぞれ播種して、9代の継代培養を行なった。3代目および9代目のそれぞれの培養細胞について、増殖能を自動セルカウンター(Curiosis社製 FACSCOPE B)で、遺伝子発現レベルを次世代シーケンサ(ThermoFisher Scientific(登録商標)社製 Ion Proton(登録商標) Semiconductor Sequencer)でそれぞれ測定して、培養データ51を作成した。増殖能は、PDLを用いて評価した。
【0088】
培養データ51に基づいて、培地の種類のモードは8要素、遺伝子発現レベルのモードは20812要素、継代培養世代数の要素は2要素のデータが培養データDB52に記録された。
図7を使用して説明した相関遺伝子算出のプログラムのステップS635で制御部21が算出した相関係数を表2に示す。
【0089】
【0090】
表2に示す相関係数に基づいて、制御部21はステップS636において培地番号1に対応する特異値ベクトルu1jおよび培地番号3に対応する特異値ベクトルu3jを、培地に関連する特異値ベクトルugjから抽出した。
【0091】
さらに制御部21は、コアテンソルG(f,g,h)からg=1およびg=3に対応する要素を抽出した。制御部21は抽出した要素のうち絶対値が最大である要素を選択した。制御部21は、遺伝子の種類に対応する特異値行列ufiから、選択した要素に対応する特異値ベクトルuNiを抽出した。
【0092】
制御部21は、特異値ベクトルuNiおよび(6)式に基づいて、それぞれの遺伝子iに対応するP値および補正P値を算出した。制御部21は、補正P値が閾値0.01以下である141個の遺伝子を抽出した。制御部21が抽出した遺伝子の内訳は、増殖能と正の相関を有する109個の正相関遺伝子、および、増殖能と負の相関を有する32個の負相関遺伝子である。
【0093】
109個の正相関遺伝子を、L1000データベースのサービスサイトに送信して、当該遺伝子の発現レベルを上昇させる約300個の影響化合物を受信した。32個の負相関遺伝子を、L1000データベースのサービスサイトに送信して、当該遺伝子の発現レベルを下降させる約300個の影響化合物を受信した。なお、L1000データベースは、前述のLINCSプログラムで提供されているデータベースの例示である。
【0094】
109個の正相関遺伝子の発現レベルを上昇させる影響化合物には、抗がん剤および抗菌剤等の、通常であれば細胞の増殖を抑制する化合物が含まれていた。当業者であれば、多数の細胞を得ることを目的とした第2培地42にこのような化合物を使用しようとは考えない。これらの化合物について、文献等を調査したが、細胞の増殖を促進する効果は報告されていなかった。
【0095】
これらの、通常は細胞の増殖を抑制する化合物について、
図4を使用して説明したようにそれぞれの影響化合物の濃度と増殖率との関係を調べたところ、細胞の増殖を促進する効果がいずれでも確認された。なかでも、ある種の抗がん剤については、100nMの濃度で最も高い増殖促進効果が得られた。確認のため、当該影響化合物を100nMの濃度で含む培地を用いてで20日間の培養を行なったところ、コントロールである基本培地に比べて増殖能が約20パーセント上昇した。
【0096】
それぞれの正相関遺伝子の発現レベルを上昇させる影響化合物あるいは負相関遺伝子の発現レベルを減少させる影響化合物を培地に添加して培地を製造することができる。また、一つの影響化合物だけでなく、それぞれの影響化合物を組み合わせて最も効果の高い組合せを選択して添加してもよい。この場合、添加する影響化合物の種類や濃度は適宜選択される。さらに、化合物間の相関関係のデータベースや文献情報からAI(人工知能)を用いてこれらの組み合わせを選択してもよい。ここでは複数の影響化合物を選択して、それぞれ適切な濃度を決定することにより、第2培地42を開発できた。以上で、本実施例の説明を終了する。
【0097】
本実施の形態によると、実施例で説明した間葉系幹細胞に加えて、たとえば胚性幹細胞およびiPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell:人工多能性幹細胞)等の多能性幹細胞、組織幹細胞および体制幹細胞等の多分化能幹細胞、ならびに皮膚の表皮細胞等の体細胞等の任意の細胞のそれぞれの増殖能を上昇させる第2培地42を提供できる。
【0098】
培地41は、ヒトの細胞向けに販売されているものに限定しない。たとえば、細菌用培地、真菌用培地および藻類用培地等の微生物培養向けの培地であっても、対象の細胞が死滅しない限りは使用できる。
【0099】
対象の細胞は、ヒトの細胞に限定しない。LINCSデータセットと同様の遺伝子DB61が用意されている任意の生物の細胞向けの培地を、本実施の形態の手法に基づいて開発できる。
【0100】
本実施の形態によると、実験例に例示したように当業者であれば目的とする培地の組成に加えようとは発想し得ないが、実際には効果を有する化合物を組成に加えた新しい培地を開発できる。このような新しい培地を開発して、培養に使用することで、目的の細胞を効率よく培養できる。
【0101】
[変形例1-1]
本変形例においては、継代培養は行なわれず、1世代分の培養データ51に基づいて第2培地42が作成される。すなわち、
図3を使用して説明した培養データDB52において、継代回数フィールドは不要である。
【0102】
図7を使用して説明したフローチャートのステップS632において、制御部21は規格化した遺伝子発現データを、培地の種類および遺伝子発現の2つのモードを有する2階のテンソル、すなわち行列に構成する。続くステップS633において制御部21は、たとえば非負値行列因子分解または特異値分解等の公知の手法を用いてステップS632で構成した2階のテンソルを分解する。以後の処理は、実施の形態1と同様である。
【0103】
[変形例1-2]
細胞の生存率が高い培地の開発を行なう変形例について説明する。細胞特性値に、増殖能の代わりに培養終了時の細胞の生存率を使用する。生存率は、培養終了時に生存している細胞の数と、全細胞数との比率により算出できる。
【0104】
[変形例1-3]
細胞の分泌物を増やす培地の開発を行なう変形例について説明する。分泌物には、たとえば細胞外小胞であるエクソーム、ならびに、エクソームの内部に含まれるホルモン等の機能性タンパク質およびRNA等を含む。これらの分泌物は細胞間の情報伝達に重要な役割を担っており、たとえば薬剤としての利用が期待される。本変形例においては、細胞特性値に培地に含まれる分泌物の量を使用する。
【0105】
なお、分泌物の総量を細胞特性値に使用しても、特定の分泌物の量を細胞特性値に使用してもよい。細胞特性値は、培地の用途に応じて適宜定めることが望ましい。
【0106】
[変形例1-4]
形態異常がある細胞の発生を抑止する培地の開発を行なう変形例について説明する。本変形例においては、細胞特性値に正常細胞率を使用する。正常細胞率は、形態に異常がない細胞と全細胞との比率である。正常細胞率は、たとえばイメージングサイトメータを用いて形態に異常がない細胞と、形態に異常がある細胞とをそれぞれ数えることにより測定できる。
【0107】
イメージングサイトメータにより、たとえば細胞の平均寸法または細胞の寸法のばらつき等、細胞の外観上の特性を定量化できる。これらの外観に関する値を細胞特性値に使用してもよい。
【0108】
1回の実験で、複数の細胞特性値を評価しても良い。複数の細胞特性値に共通する相関遺伝子の発現レベルを上昇させる影響化合物を使用することで、複数の効果を同時に発揮する第2培地42を開発できる。複数の細胞特性値に共通する影響化合物を使用することによっても、複数の効果を同時に発揮する第2培地42を開発できる。ここで、例えば併発する疾患の病状に合わせて、重みづけを行って影響化合物を組み合わせることができる。
【0109】
[実施の形態2]
本実施の形態においては、糖尿病性腎症の治療効果が高い間葉系幹細胞を培養する培地の開発に関する。実施の形態1と共通する部分については、説明を省略する。
【0110】
図8は、実施の形態2の培養データ51を作成する手順の具体例を説明する説明図である。
図8は、
図2を使用した手順の代わりに実施される手順を示す。
図8においては、「培地S」について示すが、「培地T」および「培地U」等についても同様の処理が行なわれる。
【0111】
「培地S」に、間葉系幹細胞が播種される。「培地S」を用いて、継代培養が行なわれる。たとえば、2代目とn代目の培養終了時に、細胞特性値と遺伝子発現レベルとを測定する。本実施の形態においては、細胞特性値には、培養した間葉系幹細胞を糖尿病性腎症の患者に投与した場合の治療効果を示す値、具体的には患者の空腹時血糖値を使用する。
【0112】
図9は、実施の形態2の培養データDB52のレコードレイアウトを説明する説明図である。培養データDB52は、培養データ51を記録したデータベースである。培養データDB52は、継代回数フィールドと、培地番号フィールドと、培養結果フィールドとを有する。培養結果フィールドは、遺伝子発現レベルフィールドと、空腹時血糖値フィールドとを有する。遺伝子発現レベルフィールドは、「HGF」フィールド、「AGER」フィールド等、遺伝子発現解析により検出されるそれぞれの遺伝子に対応するフィールドを有する。
【0113】
継代回数フィールドには、継代培養の世代が記録されている。培地番号フィールドには、使用した培地41に付与した識別用の番号が記録されている。培地番号フィールドの代わりに、または培地番号フィールドとともに、「培地S」、「培地T」等の培地41の名称等が記録されたフィールドが設けられていてもよい。遺伝子発現レベルフィールドの各サブフィールドには、それぞれの遺伝子の発現レベルが記録されている。すなわち、
図9の遺伝子発現レベルフィールドの横一列には、培地番号フィールドに記録された培地を使用して培養した細胞で発現している遺伝子と、それぞれの遺伝子の発現レベルとを関連づけた遺伝子プロファイルが記録されている。
【0114】
空腹時血糖値フィールドには、培養した細胞を投与された患者の治療効果を示す値である、空腹時血糖値が記録されている。なお、空腹時血糖値フィールドは、細胞特性値を記録するフィールドの一例である。培養データDB52は、一つの世代の一つの培地について、一つのレコードを有する。
【0115】
図8に戻って説明を続ける。遺伝子発現レベルおよび空腹時血糖値を培養データDB52に記録し、実施の形態1と同様の手順で解析する。具体的には、まず、空腹時血糖値と相関を有する相関遺伝子を抽出する。その後、L1000データベースから、抽出した相関遺伝子の発現に影響する影響化合物を抽出する。
図4を使用して説明した手順と同様の実験により、影響化合物の濃度を決定する。影響化合物を、決定した濃度で含むように調合を行なうことにより、第2培地42が完成する。
【0116】
なお、培養した細胞を投与する患者の疾患は、糖尿病性腎症に限定しない。細胞特性値は、患者の空腹時血糖値に限定しない。任意の疾患と、当該疾患に関する治療効果を示す値の組み合わせを適宜使用できる。具体例については、変形例にて後述する。
【0117】
なお、使用する細胞は間葉系幹細胞に限定しない。たとえば、臍帯もしくは骨髄由来の幹細胞、IPS(Induced Pluripotent Stem)細胞、線維芽細胞または神経細胞などであってもよい。複数の種類の細胞のそれぞれについて細胞特性値を測定し治療効果の高い細胞と培地との組み合わせを選択してもよい。
【0118】
[変形例2-1]
本変形例は、患者の血中インスリン値を改善する効果が高い間葉系幹細胞を培養する培地の開発に関する。患者の血中インスリン値は、糖尿病の治療効果と関連する値の一つである。実施の形態2と共通する部分については、説明を省略する。
【0119】
本変形例においては、細胞特性値には培養した間葉系幹細胞を患者に投与した場合の、血中インスリン値を使用する。本変形例で使用する培養データDB52は、空腹時血糖値フィールドの代わりに血中インスリン値フィールドを有する。
図8を使用して、本変形例について説明する。実施の形態2と同様に、「培地S」等の培地41に間葉系幹細胞が播種される。「培地S」を用いて、継代培養が行なわれる。たとえば、2代目とn代目の培養終了時に、血中インスリン値と遺伝子発現レベルとを測定する。
【0120】
血中インスリン値および遺伝子発現レベルを培養データDB52に記録する。以後、実施の形態2と同様に相関遺伝子の抽出、影響化合物の抽出、および影響化合物の濃度を順次決定する。影響化合物を、決定した濃度で含むように調合を行なうことにより、血中インスリン値の改善効果を有する細胞の培養に適した第2培地42が完成する。
【0121】
[変形例2-2]
本変形例は、患者の尿中アルブミン値を改善する効果が高い間葉系幹細胞を培養する培地の開発に関する。患者の尿中アルブミン値は、糖尿病性腎症等の疾病の治療効果と関連する値の一つである。実施の形態2と共通する部分については、説明を省略する。
【0122】
図8を使用して、本変形例について説明する。実施の形態2と同様に、「培地S」等の培地41に間葉系幹細胞が播種される。「培地S」を用いて、継代培養が行なわれる。たとえば、2代目とn代目の培養終了時に、細胞特性値と遺伝子発現レベルとを測定する。本変形例においては、細胞特性値には培養した間葉系幹細胞を患者に投与した場合の、尿中アルブミン値を使用する。
【0123】
本変形例においては、細胞特性値には培養した間葉系幹細胞を患者に投与した場合の、尿中アルブミン値を使用する。本変形例で使用する培養データDB52は、空腹時血糖値フィールドの代わりに尿中アルブミン値フィールドを有する。
図8を使用して、本変形例について説明する。実施の形態2と同様に、「培地S」等の培地41に間葉系幹細胞が播種される。「培地S」を用いて、継代培養が行なわれる。たとえば、2代目とn代目の培養終了時に、尿中アルブミン値と遺伝子発現レベルとを測定する。
【0124】
尿中アルブミン値および遺伝子発現レベルを培養データDB52に記録する。以後、実施の形態2と同様に相関遺伝子の抽出、影響化合物の抽出、および影響化合物の濃度を順次決定する。影響化合物を、決定した濃度で含むように調合を行なうことにより、尿中アルブミン値の改善効果を有する細胞の培養に適した第2培地42が完成する。
【0125】
[変形例2-3]
培養した細胞の代わりに、または、培養した細胞とともに、上清液が患者に投与されてもよい。上清液は、培地から細胞を取り除いた後に、遠心分離等の処理により不純物を除去することで製造される。上清液には、細胞から分泌された分泌物が含まれる。上清液が投与された患者の治療効果を示す値を、細胞特性値に使用できる。
【0126】
培地から精製された、特定のたんぱく質またはRNA等の分泌物が患者に投与されてもよい。分泌物が投与された患者の治療効果を示す値を、細胞特性値に使用できる。
【0127】
第2培地42を使用して培養した細胞、上清液、および、分泌物が薬剤として医療機関に提供されてもよい。
【0128】
培地41に播種する細胞は、特定の患者から採取された細胞であってもよい。当該特定の患者の細胞を使用する再生医療等のオーダーメイド治療用の培養に適した、オーダーメイドの第2培地42を開発できる。
【0129】
[実施の形態3]
本実施の形態は、疾患モデル動物、例えば薬剤による誘導、あるいは遺伝子改変マウスなどの薬効薬理試験において、様々な疾患に応じた症状を改善する効果が高い間葉系幹細胞を培養する培地の開発に関する。疾患モデル動物に対して効果が高い間葉系幹細胞は、実際の患者に対しても高い効果を発揮する可能性が極めて高い。細胞特性値としては、(1)モデル動物の血中の病態マーカー、(2)組織切片を作成し、病理の観点から疾患の度合いをスコア化したもの、(3)組織からタンパク質及び/又はRNAを抽出してウェスタンブロット及び/又はqPCR(quantitative Polymerase Chain Reaction)による疾患マーカーの定量値、などが挙げられる。実施の形態2と共通する部分については、説明を省略する。
【0130】
各実施例で記載されている技術的特徴(構成要件)はお互いに組合せ可能であり、組み合わせすることにより、新しい技術的特徴を形成することができる。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものでは無いと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した意味では無く、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0131】
10 情報処理システム
15 培養装置
16 次世代シーケンサ
17 細胞測定装置
20 情報処理装置
21 制御部
22 主記憶装置
23 補助記憶装置
24 通信部
29 読取部
30 サーバ
31 制御部
32 主記憶装置
33 補助記憶装置
34 通信部
41 培地
42 第2培地
49 濃度調整培地
51 培養データ
52 培養データDB
61 遺伝子DB
96 可搬型記録媒体
97 プログラム
98 半導体メモリ