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  • 特開-ダイヤモンド工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022163085
(43)【公開日】2022-10-25
(54)【発明の名称】ダイヤモンド工具
(51)【国際特許分類】
   C22C 26/00 20060101AFI20221018BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20221018BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20221018BHJP
   C22C 1/10 20060101ALI20221018BHJP
   C22C 1/05 20060101ALN20221018BHJP
【FI】
C22C26/00 Z
B23B27/20
B23B27/14 B
C22C1/10 E
C22C1/05 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022117875
(22)【出願日】2022-07-25
(62)【分割の表示】P 2021560840の分割
【原出願日】2020-12-04
(71)【出願人】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 高志
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
(72)【発明者】
【氏名】渡部 直樹
(57)【要約】      (修正有)
【課題】耐欠損性が向上したダイヤモンド工具を提供する。
【解決手段】ダイヤモンド工具は、ダイヤモンドを少なくとも刃先に有し、ダイヤモンドは、1または2以上のダイヤモンド粒子を含み、ダイヤモンド粒子は、ダイヤモンドの結晶構造からなるダイヤモンド相と、グラファイトの結晶構造からなるグラファイト相とを含む。ダイヤモンド粒子に対し、透過型電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法で、グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度とグラファイト相における炭素のσ結合、およびダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度との比Iπ*/Iσ*を求めた場合、刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*は0.1~2であり、かつ刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンドを少なくとも刃先に有するダイヤモンド工具であって、
前記ダイヤモンドは、1または2以上のダイヤモンド粒子を含み、
前記ダイヤモンド粒子は、ダイヤモンドの結晶構造からなるダイヤモンド相と、グラファイトの結晶構造からなるグラファイト相とを含み、
前記ダイヤモンド粒子に対し、透過型電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法で、炭素のK殻電子の励起に伴うエネルギー損失を測定することにより、前記グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度と、前記グラファイト相における炭素のσ結合、および前記ダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度との比Iπ*/Iσ*を求めた場合、前記刃先の表面における前記ダイヤモンド粒子の前記比Iπ*/Iσ*は0.1~2であり、かつ前記刃先の表面から前記刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置における前記ダイヤモンド粒子の前記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である、ダイヤモンド工具。
【請求項2】
前記刃先の表面から前記刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置における前記ダイヤモンド粒子の前記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である、請求項1に記載のダイヤモンド工具。
【請求項3】
前記ダイヤモンドは、単結晶ダイヤモンド、バインダレス多結晶ダイヤモンドまたは多結晶焼結ダイヤモンドである、請求項1または請求項2に記載のダイヤモンド工具。
【請求項4】
前記ダイヤモンド工具は、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面が交差する稜線とを含み、
前記すくい面は、前記稜線を介して前記逃げ面へと連なり、
前記ダイヤモンド工具は、前記すくい面の一部と、前記逃げ面の一部と、前記稜線とで刃先が構成され、
前記刃先の表面は、前記刃先の少なくとも一部の表面である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のダイヤモンド工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ダイヤモンド工具に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金をはじめとする非鉄金属、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)、セラミックス、セラミックマトリックス複合材(CMC)、超硬合金などの難削性の被削材を加工する場合、従来から刃先が実質的にダイヤモンドからなるダイヤモンド工具が汎用されてきた。しかしながらこの種の被削材に対しては、加工時に切削油(以下、「クーラント」とも記す)が使えない場合が多い。この場合、加工時に刃先の摩耗が激しくなるため、ダイヤモンド工具に対し耐摩耗性を向上させることが要請されている。
【0003】
上記の要請に対し、特開2005-088178号公報(特許文献1)は、放電加工によって逃げ面にグラファイト層を積極的に析出させたダイヤモンド焼結体工具を開示している。このダイヤモンド焼結体工具においては、上記グラファイト層が有する潤滑性によって逃げ面の耐摩耗性が向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-088178号公報
【発明の概要】
【0005】
本開示に係るダイヤモンド工具は、ダイヤモンドを少なくとも刃先に有するダイヤモンド工具であって、上記ダイヤモンドは、1または2以上のダイヤモンド粒子を含み、上記ダイヤモンド粒子は、ダイヤモンドの結晶構造からなるダイヤモンド相と、グラファイトの結晶構造からなるグラファイト相とを含み、上記ダイヤモンド粒子に対し、透過型電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法で、炭素のK殻電子の励起に伴うエネルギー損失を測定することにより、上記グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度と、上記グラファイト相における炭素のσ結合、および上記ダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度との比Iπ*/Iσ*を求めた場合、上記刃先の表面における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.1~2であり、かつ上記刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、本実施形態に係るダイヤモンド工具の刃先の表面に位置したダイヤモンド粒子を、上記刃先の表面の法線方向と平行な面で切断することにより得た断面の一部を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
上記特許文献1に開示されたダイヤモンド焼結体工具は、刃先の表面に占めるダイヤモンドの割合が低下するため、超硬合金等の難削材の切削に対して刃先強度が不足し、もって欠損が多発する傾向がある点で改良の余地がある。したがって、グラファイト層の潤滑性に基づく優れた耐摩耗性を維持しつつ、難削材の切削に対して要求される刃先強度を十分に備えることによって耐欠損性にも優れるダイヤモンド工具の実現には至っておらず、その開発が切望されている。
【0008】
上記実情に鑑み、本開示は、特に耐欠損性が向上したダイヤモンド工具を提供することを目的とする。
【0009】
[本開示の効果]
本開示によれば、特に耐欠損性が向上したダイヤモンド工具を提供することができる。
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ね、本開示に到達した。具体的には、レーザを用いてダイヤモンド(たとえば単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンド)から工具形状を形成し、かつ刃先形状を仕上げ加工する工程において、刃先の表面に位置するダイヤモンド粒子のダイヤモンド相中に、その強度に悪影響が及ばない適度な量のグラファイト相を生成させることに注目した。この場合において本発明者らは、上記グラファイト相による潤滑効果により工具の摺動性が改善されることを知見し、もってダイヤモンド粒子に本来備わる硬さと相まって顕著に耐欠損性が向上したダイヤモンド工具に到達した。
【0011】
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
[1]本開示の一態様に係るダイヤモンド工具は、ダイヤモンドを少なくとも刃先に有するダイヤモンド工具であって、上記ダイヤモンドは、1または2以上のダイヤモンド粒子を含み、上記ダイヤモンド粒子は、ダイヤモンドの結晶構造からなるダイヤモンド相と、グラファイトの結晶構造からなるグラファイト相とを含み、上記ダイヤモンド粒子に対し、透過型電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法で、炭素のK殻電子の励起に伴うエネルギー損失を測定することにより、上記グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度と、上記グラファイト相における炭素のσ結合、および上記ダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度との比Iπ*/Iσ*を求めた場合、上記刃先の表面における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.1~2であり、かつ上記刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である。このような特徴を備えるダイヤモンド工具は、耐欠損性を向上させることができる。
【0012】
[2]上記刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1であることが好ましい。これにより、ダイヤモンド工具の耐欠損性をさらに向上させることができる。
【0013】
[3]上記ダイヤモンドは、単結晶ダイヤモンド、バインダレス多結晶ダイヤモンドまたは多結晶焼結ダイヤモンドであることが好ましい。これにより、単結晶ダイヤモンド、バインダレス多結晶ダイヤモンドまたは多結晶焼結ダイヤモンドを刃先に備えるダイヤモンド工具において、耐欠損性をさらに向上させることができる。
【0014】
[4]上記ダイヤモンド工具は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面が交差する稜線とを含み、上記すくい面は、上記稜線を介して上記逃げ面へと連なり、上記ダイヤモンド工具は、上記すくい面の一部と、上記逃げ面の一部と、上記稜線とで刃先が構成され、上記刃先の表面は、上記刃先の少なくとも一部の表面であることが好ましい。これにより、ダイヤモンド工具の刃先において耐欠損性を向上させることができる。
【0015】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の実施形態(以下、「本実施形態」とも記す)を詳細に説明する。以下の説明において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0016】
〔ダイヤモンド工具〕
本実施形態に係るダイヤモンド工具は、ダイヤモンドを少なくとも刃先に有するダイヤモンド工具である。上記ダイヤモンド工具は、刃先に有するダイヤモンド中のダイヤモンド粒子の特徴に基づき、この種の従来公知のダイヤモンド工具に比べ、顕著に耐欠損性を向上させることができる。このため本実施形態に係るダイヤモンド工具は、たとえば切削工具としてドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの用途に好適である。さらに上記ダイヤモンド工具は、ダイス、スクライバー、スクライビングホイール、ドレッサーなどの耐摩工具、ならびに研削砥石などの研削工具としての用途にも好適である。
【0017】
本明細書において「刃先」とは、ダイヤモンド工具が有する切れ刃のうち、被削材の加工に直接関与する部分を意味する。さらに上記「刃先」の表面を、「刃先の表面」と定義する。この「刃先の表面」の位置は、当該刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0μmの深さ位置である。本明細書において「すくい面」とは、切削時に上記被削材から削り取った切り屑をすくい出す面を意味し、「逃げ面」とは、切削時に上記被削材の被削面に対向する面を意味する。上記ダイヤモンド工具は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面が交差する稜線とを含むことが好ましい。この場合において上記すくい面は、上記稜線を介して上記逃げ面へと連なる。さらに上記ダイヤモンド工具は、上記すくい面の一部と、上記逃げ面の一部と、上記稜線とで刃先が構成され、上記刃先の表面は、上記刃先の少なくとも一部の表面(すくい面の一部の表面、逃げ面の一部の表面および稜線上の少なくともいずれか)であることが好ましい。本実施形態に係るダイヤモンド工具は、上記稜線と該稜線からすくい面側および逃げ面側にそれぞれ500μm離れた領域とで刃先が構成される場合がある。
【0018】
ここで上記刃先の形状としては、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドとを組み合わせた形状などがある。このため刃先は、シャープエッジの形状となる場合、すくい面および逃げ面が交差する境界に稜線を有するが、ホーニングの形状を有する場合およびネガランドの形状を有する場合、上記稜線を有さないこととなる。しかしながら本明細書においては、これらの場合においても、ホーニングの形状部およびネガランドの形状部に、ダイヤモンド工具のすくい面を延長した仮想のすくい面と、逃げ面を延長した仮想の逃げ面と、これらの仮想のすくい面および逃げ面が交差する仮想の稜線とが存在するものみなして以後説明する。
【0019】
本実施形態に係るダイヤモンド工具は、上述のようにダイヤモンドを少なくとも刃先に有する。上記ダイヤモンド工具は、ダイヤモンドと台金とが接着層で結合されることにより一体化された構造を有することが好ましい。台金は、この種の工具に用いられる基材として従来公知のものをいずれも使用することができる。このような台金の素材としては、たとえば超硬合金(たとえば、WC基超硬合金、WCのほか、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼およびセラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)のいずれかであることが好ましい。
【0020】
台金の素材としては、これらの中でも超硬合金(特にWC基超硬合金)またはサーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これらの素材は、高温における硬度と強度のバランスに優れるため、ダイヤモンド工具が用いられる用途に対して好ましい特性を有している。台金としてWC基超硬合金を用いる場合、その組織中に遊離炭素、ならびにη相またはε相と呼ばれる異常層などを含んでいてもよい。さらに台金は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば超硬合金の場合、その表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合に表面硬化層が形成されていたりしてもよい。台金は、その表面が改質されていても所望の効果が示される。台金は、ダイヤモンド工具がドリルまたはエンドミルなどである場合、シャンクなどと呼ばれることがある。さらにダイヤモンド工具が刃先交換型切削チップなどである場合、台金は、チップブレーカを有するものも、有さないものも含まれる。また本実施形態に係るダイヤモンド工具は、台金を含まない態様であることができ、たとえばダイヤモンドのみからなる態様を有することができる。上記ダイヤモンド工具は、すくい面、逃げ面、ならびに上記すくい面および上記逃げ面が交差する稜線を含む刃先の少なくとも一部を覆う被膜を含むこともできる。
【0021】
<ダイヤモンド>
本実施形態に係るダイヤモンド工具は、上述のようにダイヤモンドを少なくとも刃先に有する。上記ダイヤモンドは、具体的には単結晶ダイヤモンド(以下、「SCD」とも記す)、バインダレス多結晶ダイヤモンド(以下、「BLPCD」とも記す)または多結晶焼結ダイヤモンド(以下、「PCD」とも記す)であることが好ましい。
【0022】
たとえばダイヤモンドがSCDである場合、当該SCDは、高温高圧合成(HPHT)法、化学気相蒸着(CVD)法などの従来公知の製造方法を実行することにより準備することができる。
【0023】
ダイヤモンドがBLPCDである場合、当該BLPCDは、グラファイトを出発材料として上記HPHT法によりダイヤモンド粒子に変換すると同時に、結合材を用いることなく上記ダイヤモンド粒子を焼結し、これらを結合させることによって準備することができる。たとえばBLPCDは、グラファイトを1800~2500℃および15~25GPaの高温高圧下でダイヤモンド粒子に直接変換させると同時に上記ダイヤモンド粒子を焼結することにより作製することができる。つまりBLPCDは、ダイヤモンド粒子同士が相互にバインダー(結合材)を介することなく結合した多結晶ダイヤモンドである。
【0024】
ダイヤモンドがPCDである場合、当該PCDは、ダイヤモンド粒子と結合材とを混合して得た混合物を焼結することにより準備することができる。この場合、上記PCDにおけるダイヤモンド粒子の含有量は、PCDの全体量(100体積%)に対し80体積%以上99体積%以下であることが好ましく、結合材と不可避不純物との合計の含有量が1体積%以上20体積%以下であることが好ましい。
【0025】
ダイヤモンド粒子の含有量は、PCDの全体量に対し80体積%以上である場合、ダイヤモンド粒子の物性に基づいてPCDの強度が高く維持されるため、耐欠損性が向上する。一方、ダイヤモンド粒子の含有量は、PCDの全体量に対し99体積%以下である場合、ダイヤモンド粒子同士の結合に必要な結合材の量を確保できるため、欠陥の増加を抑制することができる。これにより欠陥を起点にした欠損の発生を防ぐことができるので、耐欠損性が向上する。PCDにおけるダイヤモンド粒子の含有量は、より好ましくはPCDの全体量に対し85体積%以上97体積%以下である。
【0026】
上記結合材は、周期表における第8、9および10族元素(鉄族元素:Fe、Co、Ni)から選択される少なくとも1種の元素、ならびにこれらの相互固溶体のいずれかを含むことが好ましい。結合材は、具体的にはCo、Co-Fe、Ni-Coなどである。
【0027】
ここで上記SCDおよびBLPCDは、炭素の含有量が不純物元素を除いて実質的に100体積%である。上記不純物元素の含有率は、5質量%以下であることがより好ましい。不純物元素は、希土類元素、アルカリ土類金属、Co、Fe、Ni、Ti、W、Ta、CrおよびVからなる群より選ばれる1種以上の金属元素である場合がある。さらに不純物元素は、窒素、酸素、ホウ素、ケイ素および水素からなる群より選ばれる1種以上の非金属元素または半金属元素である場合もある。上記SCDおよびBLPCDは、不純物元素の含有率が0質量%であってもよい。不純物元素の種類および含有量は、たとえば二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)を用いることにより求めることができる。
【0028】
さらにダイヤモンドがBLPCDまたはPCDである場合、BLPCDまたはPCDを構成するダイヤモンド粒子のD50(平均粒径)は特に限定されず、たとえば0.005~100μmとすることができる。通常、D50が小さい方がBLPCDまたはPCDの硬度が高くなる傾向があり、粒径のばらつきが小さい方が、BLPCDまたはPCDの性質が均質となる傾向がある。
【0029】
BLPCDまたはPCDを構成するダイヤモンド粒子のD50は、走査電子顕微鏡(SEM、商品名:「JSM-7800F」、日本電子株式会社製)により撮影したBLPCDの組織写真を市販の画像解析ソフト(商品名:「WinROOF」、三谷商事株式会社製)を用いて解析することにより求めることができる。より具体的には、まず後述する製造方法に基づいて製造したダイヤモンド工具の刃先からBLPCDまたはPCDのサンプルを採取し、上記BLPCDまたはPCDのサンプルの表面を鏡面研磨する。次に、上記SEMを用いて5000~20000倍の倍率により上記サンプルの鏡面研磨面の反射電子像を観察することにより、反射電子像中から複数のダイヤモンド粒子を特定し、さらに上記画像解析ソフトを用いて上記反射電子像中の各ダイヤモンド粒子の円相当径を算出する。5視野以上を観察することによって100個以上のダイヤモンド粒子の円相当径を算出することが好ましい。
【0030】
次いで、各円相当径を最小値から最大値まで昇順に並べて累積分布を求める。累積分布において累積面積50%となる粒径がD50となる。なお円相当径とは、計測されたダイヤモンド粒子の面積と同じ面積を有する円の直径を意味する。
【0031】
(ダイヤモンド粒子におけるグラファイトの存在比率(比Iπ*/Iσ*))
本実施形態に係るダイヤモンド工具において刃先に位置するダイヤモンドは、上述のように1または2以上のダイヤモンド粒子を含む。上記ダイヤモンド粒子は、ダイヤモンドの結晶構造からなるダイヤモンド相と、グラファイトの結晶構造からなるグラファイト相とを含む。上記ダイヤモンド粒子に対し、透過型電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法(以下、「TEM-EELS法」とも記す)で、炭素のK殻電子の励起に伴うエネルギー損失を測定することにより、上記グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度と、上記グラファイト相における炭素のσ結合、および上記ダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度との比Iπ*/Iσ*を求めた場合、上記刃先の表面における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.1~2であり、かつ上記刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である。これによりダイヤモンド工具は、耐欠損性を向上させることができる。
【0032】
上述のように本実施形態に係るダイヤモンド工具は、刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*は0.1~2であり、かつ刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である。これにより上記ダイヤモンド工具は、刃先においてその強度に悪影響が及ばない適度な比率でグラファイトを有することができる。この場合、刃先の表面のグラファイトがその軟質性に基づいて潤滑剤のような役割を果たすことにより、工具の摺動性を改善し、もって耐欠損性を向上させることができる。特に、上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置における比Iπ*/Iσ*は、0.001~0.1であることが好ましい。この場合、ダイヤモンド工具の耐欠損性をより向上させることができる。
【0033】
ここで図1を用い、刃先の表面に位置したダイヤモンド粒子について説明する。図1は、本実施形態に係るダイヤモンド工具の刃先の表面に位置したダイヤモンド粒子を、上記刃先の表面の法線方向と平行な面で切断することにより得た断面の一部を説明する説明図である。図1においてダイヤモンド粒子は、SCDである。すなわち図1示す断面は、上記SCDを構成する1粒のダイヤモンド粒子を、刃先の表面の法線方向と平行な面で切断することにより得たものである。図1のダイヤモンド粒子20は、刃先の表面から刃先内部領域13へ向かって第1領域11および第2領域12をこの順に有する。第1領域11は、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11aまでの領域である。第2領域12は、上記深さ位置11aとの界面より、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aまでの領域である。
【0034】
ダイヤモンド粒子20は、第1領域11、第2領域12および刃先内部領域13を一体不可分に有する。本明細書において「一体不可分」とは、第1領域11と第2領域12との界面、および第2領域12と刃先内部領域13との界面でダイヤモンド粒子20を構成する結晶格子がそれぞれ連続し、かつ第1領域11と第2領域12との界面、および第2領域12と刃先内部領域13との界面で上記結晶格子がへき開することがないことを意味する。すなわち本明細書において第1領域11と第2領域12との界面、および第2領域12と刃先内部領域13との界面の両者は、上記ダイヤモンド粒子20において、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11aおよび刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aにおいて、それぞれグラファイトの存在比率を表す比Iπ*/Iσ*を測定するために、ダイヤモンド粒子20の断面上に便宜上設けた界面を意味する。以下、グラファイトの存在比率を表す比Iπ*/Iσ*を、TEM-EELS法を用いて測定する方法について説明する。
【0035】
(TEM-EELS法を用いたグラファイトの存在比率(比Iπ*/Iσ*)の測定方法)
まず後述する製造方法に基づいてダイヤモンド工具を製造する。次いで上記ダイヤモンド工具の刃先からダイヤモンド(SCD、BLPCDまたはPCD、図1においてはSCD)のサンプルを採取し、アルゴンイオンスライサーを用いて上記サンプルを刃先の表面の法線方向と平行な面で切断することにより、厚み3~100nmの切片を作製する。さらに、上記切片を透過型電子顕微鏡(TEM、商品名:「JEM-2100F/Cs」、日本電子株式会社製)を用いて10万~100万倍で観察することにより上記サンプル中の刃先の表面に位置するダイヤモンド粒子20の断面透過像を得る。
【0036】
次に上記断面透過像において、上記ダイヤモンド粒子20における刃先の表面位置、ダイヤモンド粒子20における刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11a、およびダイヤモンド粒子20における刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aをそれぞれ特定する。さらに、電子エネルギー損失分光法(EELS法)を適用し、ダイヤモンド粒子20における刃先の表面位置、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11a、および刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aにおいて、1nmの観測スポットを刃先表面と平行な方向にたとえば10nmスキャンすることにより、炭素のK殻電子の励起に伴うエネルギー損失(Kエッジ)を観測する。以上により、ダイヤモンド粒子20の刃先の表面位置、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11a、および刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aにおける炭素のK殻電子の励起に伴う300eV付近のエネルギー損失曲線をそれぞれ描出する。
【0037】
最後に、ダイヤモンド粒子20の刃先の表面位置における観測より描出した上記エネルギー損失曲線から、グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度(Iπ*)と、グラファイト相における炭素のσ結合、およびダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度(Iσ*)とを得る。次いでIπ*をIσ*で除算することにより、比Iπ*/Iσ*を求めることができる。刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11aにおける観測より描出した上記エネルギー損失曲線、および刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aにおける観測より描出した上記エネルギー損失曲線からも、それぞれ同じ要領により比Iπ*/Iσ*を求めることができる。
【0038】
この場合、本実施形態に係るダイヤモンド工具は、上記刃先の表面におけるダイヤモンド粒子20の比Iπ*/Iσ*が0.1~2となり、かつ上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aにおけるダイヤモンド粒子20の比Iπ*/Iσ*が0.001~0.1となる。特に、上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11aにおけるダイヤモンド粒子20の比Iπ*/Iσ*は、0.001~0.1となることが好ましい。
【0039】
さらに上記刃先の表面におけるダイヤモンド粒子20の比Iπ*/Iσ*は、0.6~1であることが好ましく、上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置12aにおけるダイヤモンド粒子20の比Iπ*/Iσ*は、0.002~0.01であることが好ましい。上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置11aにおけるダイヤモンド粒子20の比Iπ*/Iσ*は0.002~0.01であることがより好ましい。
【0040】
ここで上述した測定方法においては、刃先のすくい面側および逃げ面側のそれぞれにおいて刃先の表面に位置するダイヤモンド粒子の断面透過写真を各1枚(合計2枚)準備するものとする。上記2枚のダイヤモンド粒子の断面透過写真に基づき、上記刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*、ならびに上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*を求めた場合、少なくともいずれかの断面透過写真において上述した比率を満たすことにより、測定対象としたダイヤモンド工具は耐欠損性を向上させることができる。上記ダイヤモンド工具は、上記2枚の断面透過写真の両者において上述した比率を満たす場合、耐欠損性をより顕著に向上させることができる。上記比Iπ*/Iσ*は、π*ピークのピーク値と、σ*ピークのピーク値との比を意味する。またπ*ピークおよびσ*ピークは、刃先の表面位置、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置、および刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置の測定箇所において、1nmの観測スポットを刃先の表面と平行な方向に、たとえば10nmスキャンして測定した結果を積算し、これをエネルギー損失曲線として描出することにより得ることができる。ここで、上記スキャンの長さである10nmは、1~100nmの間で任意に変更することができるものとする。
【0041】
なお、本実施形態に係るダイヤモンド工具においては、刃先のダイヤモンドがBLPCDまたはPCDである場合も、上述した上記ダイヤモンドがSCDである場合と同じ要領により、ダイヤモンド粒子の刃先の表面位置、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置、および刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置における各比Iπ*/Iσ*の値を求めることができる。
【0042】
また本実施形態に係るダイヤモンド工具は、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置、あるいは刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置において、刃先の表面に位置したダイヤモンド粒子とは異なる別のダイヤモンド粒子が存する場合がある。しかしこの場合であっても、グラファイトの存在比率を表す比Iπ*/Iσ*を測定する限りにおいては、上述した別のダイヤモンド粒子を刃先の表面に位置するダイヤモンド粒子であるとみなして上述したTEM-EELS法を適用し、それらの深さ位置における比Iπ*/Iσ*を求めるものとする。
【0043】
<作用効果>
本実施形態に係るダイヤモンド工具は、上述したように刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*が0.1~2であり、かつ上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*が0.001~0.1である。これにより刃先に位置するダイヤモンド粒子において、刃先の強度に悪影響が及ばない適度な量のグラファイト相を有することができる。この場合、上記グラファイト相がその軟質性に基づいて潤滑剤のような役割を果たすことにより、工具の摺動性を改善し、もって耐欠損性を向上させることができる。本実施形態に係るダイヤモンド工具は、上記グラファイト相の潤滑剤のような役割によって耐摩耗性も向上する。さらに本実施形態に係るダイヤモンド工具は、上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*が0.001~0.1であることが好ましい。この場合、耐欠損性をより向上させることができる。
【0044】
〔ダイヤモンド工具の製造方法〕
本実施形態に係るダイヤモンド工具は、刃先に対して実行される後述の刃先を仕上げ加工する工程を除き、従来公知のダイヤモンド工具の製造方法を行うことにより製造することができる。たとえば次の製造方法を用いることにより、本実施形態に係るダイヤモンド工具を製造することが好ましい。
【0045】
本実施形態に係るダイヤモンド工具の製造方法は、上記ダイヤモンド工具において刃先に位置するダイヤモンドを準備する工程(第1工程)と、上記ダイヤモンドを所定の工具形状に切出す工程(第2工程)と、上記工具形状に切出されたダイヤモンドを、ろう付けにより台金と接合する工程(第3工程)と、台金と接合したダイヤモンドに対しレーザ加工を実行することにより、ダイヤモンド工具の刃先を仕上げ加工する工程(第4工程)とを少なくとも含むことが好ましい。なお、ダイヤモンド工具がダイヤモンドのみからなる態様である場合、台金を用いないために上記第3工程を行う必要はなく、上記第2工程において所定の工具形状に切出したダイヤモンドに対し、直接レーザ加工を実行することによって、上記第4工程を行う場合もある。
【0046】
<第1工程>
第1工程は、上記ダイヤモンド工具において刃先に位置するダイヤモンドを準備する工程である。第1工程では、具体的には、上記ダイヤモンドとしてSCD、BLPCDまたはPCDを準備する。SCD、BLPCDおよびPCDの三者はいずれも、これを得るための従来公知の製造方法を用いることにより準備することができる。たとえばSCDは、従来公知のHTHP法、CVD法などを用いることにより準備することができる。さらにBLPCDは、グラファイトを出発材料として従来公知のHTHP法を用いて焼結することによりダイヤモンド粒子に変換し、同時に上記ダイヤモンド粒子同士を結合させることにより準備することができる。PCDは、結合材と、従来公知のHTHP法等により製造したダイヤモンド粒子とを混合した混合物を焼結することにより準備することができる。
【0047】
<第2工程>
第2工程は、上記ダイヤモンド(SCDまたはBLPCD)を所定の工具形状に切出す工程である。第2工程についても、従来公知の方法により行うことができる。たとえば従来公知の放電加工機を用いた放電加工、研削加工機を用いた研削加工およびレーザ加工機を用いたレーザ加工の少なくともいずれかにより、上記ダイヤモンドを所定の工具形状に切出すことができる。換言すれば第2工程は、ダイヤモンドを所定の手段を用いて粗加工および精密加工することにより、所定の工具形状に切出す工程である。上記ダイヤモンドは、たとえばダイヤモンド工具が旋削加工用刃先交換型切削チップである場合、長さが2~6mm、幅が1~6mm、厚みが0.3~2mmのチップ形状として切出すことが好ましい。記ダイヤモンドは、たとえばダイヤモンド工具がドリルである場合、長さが0.5~5mm、直径が0.5~5mmの円柱体形状として切出すことが好ましい。
【0048】
<第3工程>
第3工程は、上記工具形状に切出されたダイヤモンドを、ろう付けにより台金と接合する工程である。第3工程についても、従来公知の方法により行うことができる。具体的には、上記工具形状に切出されたダイヤモンドにおける刃先が形成された側とは逆側となる端面に、台金をろう付けすることにより接合することができる。台金は、上述したように超硬合金などの従来公知の材料により準備することができる。たとえば上記台金の材料として、住友電気工業株式会社製のイゲタロイ(登録商標、材種:G10E、AFUなど)を好適に用いることができる。台金の形状は、上記ダイヤモンドの形状に対応させて形成することができる。さらに、ろう付けとしては、たとえば銀蝋を用いたろう付けが好適である。これにより次の工程(第4工程)において、上記ダイヤモンドに向けてレーザを照射することが便宜となり、上記ダイヤモンドの刃先を仕上げ加工に供することが容易となる。
【0049】
<第4工程>
第4工程は、台金と接合したダイヤモンドに対しレーザ加工を実行することにより、ダイヤモンド工具の刃先を仕上げ加工する工程である。第4工程により、刃先に位置したダイヤモンド粒子に上述した特徴を有するグラファイト相を形成することができる。第4工程では、刃先に位置したダイヤモンド粒子に対し、たとえば次に説明する条件の下でレーザ加工を行うことができる。
【0050】
たとえば第4工程では、ピコ秒レーザを用い、レーザ波長が532nm以上1064nm以下であり、レーザスポット径が半値幅として5μm以上70μm以下であり、レーザ焦点深度が0.5mm以上20mm以下であり、レーザ出力が加工点において1W以上20W以下であり、レーザ走査速度が5mm/秒以上100mm/秒以下であるレーザ照射条件の下で、ダイヤモンド工具の刃先を仕上げ加工することが好ましい。この場合において、刃先の表面において過度な加熱が起こることを回避するため、圧縮空気を加工部に吹きかけて冷却することが好ましい。たとえばボルテックスチューブ(虹技株式会社製)を用い、圧縮空気を加工部に吹きかけた場合、ボルテックス効果により室温よりも低い温度の冷風が得られ、より効果的に冷却を行うことができる。これによって刃先の表面のダイヤモンド粒子におけるダイヤモンドの結晶構造からグラファイトの結晶構造への変態を、刃先の強度に悪影響が及ばない適度な量に制御することができる。上記レーザ加工と併用する冷却条件は、ボルテックスチューブの動作条件を適宜調整することにより設定することができる。
【0051】
さらに上記のレーザ照射条件としては、必要に応じて1f(フェムト)秒以上1μ秒以下のレーザパルス幅、10Hz以上1MHz以下のレーザ繰り返し周波数を規定することが好ましい。
【0052】
上記のレーザ照射条件において、レーザスポット径が半値幅として5μm未満である場合、レーザパワーが低いために刃先の仕上げ加工が困難となる傾向がある。レーザスポット径が半値幅として70μmを超える場合、レーザパワーが高いためにダイヤモンドが割れる傾向がある。レーザ焦点深度が0.5mm未満である場合、デフォーカスにより刃先の仕上げ加工が困難となる傾向がある。レーザ出力が加工点において1W未満となる場合、レーザパワーが低いために刃先の仕上げ加工が困難となる傾向がある。レーザ出力が加工点において20Wを超える場合、レーザパワーが高いためにダイヤモンド割れる傾向がある。
【0053】
レーザ走査速度が5mm/秒未満である場合、レーザが刃先内部に深く入りすぎてダイヤモンドが割れる傾向があり、100mm/秒を超える場合、レーザによる加工がほとんど行われない傾向がある。レーザパルス幅が1f秒未満となる場合、レーザによる加工に過大な時間がかかる傾向があり、かつレーザ装置が極めて高価となる傾向がある。レーザパルス幅が1μ秒を超える場合、熱的加工が支配的となりダイヤモンドの結晶構造からグラファイトの結晶構造への変態が過多となる傾向がある。レーザ繰り返し周波数が10Hz未満となる場合、熱的加工が支配的となりダイヤモンドの結晶構造からグラファイトの結晶構造への変態が過多となる傾向がある。レーザ繰り返し周波数が1MHzを超える場合、照射されたレーザパルスのエネルギーが加工点において消費される前に次のレーザパルスが到達するため、加工点での熱負荷が大きくなりダイヤモンドの結晶構造からグラファイトの結晶構造への変態が過多となる傾向がある。
【0054】
<その他の工程>
本実施形態に係るダイヤモンド工具は、すくい面、逃げ面、ならびに上記すくい面および上記逃げ面が交差する稜線を含む刃先の少なくとも一部を覆う被膜を含むことができる。この場合、本実施形態に係るダイヤモンド工具の製造方法として、上記ダイヤモンド工具を被膜により被覆する工程を含むことが好ましい。この工程は、従来公知の方法を用いることができる。たとえばイオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法およびイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。さらに化学蒸着法によって上記ダイヤモンド工具を被膜により被覆することも可能である。
【0055】
<作用効果>
以上により、本実施形態に係るダイヤモンド工具を製造することができる。上記ダイヤモンド工具は、刃先の仕上げ加工時に刃先の表面のダイヤモンド粒子におけるダイヤモンドの結晶構造からグラファイトの結晶構造への変態が抑制されている。このため上記ダイヤモンド工具は、刃先の表面に位置したダイヤモンド粒子に対し、TEM-EELS法で炭素のK殻電子の励起に伴うエネルギー損失を測定することにより、グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度と、グラファイト相における炭素のσ結合、およびダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度との比Iπ*/Iσ*を求めた場合、上記刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.1~2となり、かつ上記刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1となる。もって上記の製造方法により、耐欠損性を向上させたダイヤモンド工具を得ることができる。
【0056】
〔付記〕
以上の説明は、以下に付記する実施形態を含む。
【0057】
<付記1>
ダイヤモンドを少なくとも刃先に有するダイヤモンド工具であって、
前記ダイヤモンドは、1または2以上のダイヤモンド粒子を含み、
前記ダイヤモンド粒子は、ダイヤモンドの結晶構造からなるダイヤモンド相と、グラファイトの結晶構造からなるグラファイト相とを含み、
前記ダイヤモンド粒子に対し、透過型電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法で、炭素のK殻電子の励起に伴うエネルギー損失を測定することにより、前記グラファイト相における炭素のπ結合に由来するπ*ピークの強度と、前記グラファイト相における炭素のσ結合、および前記ダイヤモンド相における炭素のσ結合に由来するσ*ピークの強度との比Iπ*/Iσ*を求めた場合、前記刃先の表面における前記ダイヤモンド粒子の前記比Iπ*/Iσ*は0.1~2であり、かつ前記刃先の表面から前記刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置における前記ダイヤモンド粒子の前記比Iπ*/Iσ*は0.001~0.1である、ダイヤモンド工具。
【0058】
<付記2>
上記刃先の表面における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.6~1であり、かつ上記刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は0.002~0.01である、付記1に記載のダイヤモンド工具。
【0059】
<付記3>
上記刃先の表面から上記刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置における上記ダイヤモンド粒子の上記比Iπ*/Iσ*は、0.002~0.01である、付記1または付記2に記載のダイヤモンド工具。
【実施例0060】
以下、実施例を挙げて本開示をより詳細に説明するが、本開示はこれらに限定されるものではない。以下の説明においては、試料1~試料9が実施例であり、試料10が比較例である。
【0061】
〔ダイヤモンド工具の製造〕
<試料1>
(第1工程)
カタログ番号「NF-DNMA150408」(住友電気工業株式会社)で規定される旋削用インサートを製造するべく、ダイヤモンド焼結体(PCD)を従来公知のHTHP法(圧力6GPa、温度1500℃で15分間焼結)を用いることにより準備した。このPCDを構成するダイヤモンド粒子の粒径(D50)は、10μmであった。
【0062】
(第2工程)
上記PCDに対し、市販のワイヤー放電加工機を用いることにより、頂角が55°の二等辺三角形(底辺6.5mm×高さ5mm)を切出した。なお上記の旋削用インサート形状は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面が交差する稜線とを含み、上記すくい面は、上記稜線を介して上記逃げ面へと連なる。さらに上記旋削用インサート形状は、上記すくい面の一部と、上記逃げ面の一部と、上記稜線とで刃先が構成される。具体的には、上記旋削用インサート形状は、上記稜線と該稜線からすくい面側および逃げ面側にそれぞれ0.5mm離れた領域とで刃先が構成される。
【0063】
(第3工程)
住友電気工業株式会社製の超硬合金であるイゲタロイ(登録商標、材種:G10E)を加工することにより台金を準備した。この台金と、上記の二等辺三角形に切出されたPCDとをろう付けにより接合した。
【0064】
(第4工程)
上記台金と接合したPCDを研削加工することにより刃先を形成した後、刃先のうち逃げ面側にのみ、以下の照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、上記刃先を仕上げ加工した。
【0065】
〈照射条件〉
レーザ波長:1064nm
レーザスポット径:40μm(半値幅)
レーザ焦点深度:1.5mm
レーザ出力:5W(加工点)
レーザ走査速度:10mm/min
レーザパルス幅:10ps(ピコ秒)
レーザ繰り返し周波数:200kHz。
【0066】
以上により、試料1の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。試料1の旋削用インサートは、少なくとも刃先にダイヤモンド(PCD)を有する。上記ダイヤモンド(PCD)は、2以上のダイヤモンド粒子を含む。刃先の表面に位置した上記ダイヤモンド粒子には、上記第4工程によってダイヤモンドの結晶構造からなるダイヤモンド相と、グラファイトの結晶構造からなるグラファイト相とが形成されている。
【0067】
<試料2>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先のうちすくい面側にのみ、試料1と同条件のレーザ加工を実行すること以外、試料1と同じ方法を用いることにより試料2の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0068】
<試料3>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先のうち逃げ面側およびすくい面側の両者に、試料1と同条件のレーザ加工を実行すること以外、試料1と同じ方法を用いることにより試料3の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0069】
<試料4>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先の逃げ面側に対してレーザ加工をする際に、上記刃先の逃げ面側にボルテックスチューブ(虹技株式会社製)を用いて圧縮空気を加工部に吹きかけて冷却し、かつレーザ出力を10Wとすること以外、試料1と同じ方法を用いることにより試料4の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0070】
<試料5>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先のすくい面側に対してレーザ加工をする際に、上記刃先のすくい面側にボルテックスチューブ(虹技株式会社製)を用いて圧縮空気を加工部に吹きかけて冷却し、かつレーザ出力を10Wとすること以外、試料2と同じ方法を用いることにより試料5の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0071】
<試料6>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先の逃げ面側およびすくい面側の両者に対してレーザ加工をする際に、上記刃先の逃げ面側およびすくい面側の両者にボルテックスチューブ(虹技株式会社製)を用いて圧縮空気を加工部に吹きかけて冷却し、かつレーザ出力を10Wとすること以外、試料3と同じ方法を用いることにより試料6の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0072】
<試料7>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先の逃げ面側に対してレーザ加工をする際に、上記刃先の逃げ面側にボルテックスチューブ(虹技株式会社製)を用いて圧縮空気を加工部に吹きかけて冷却し、かつレーザ出力を3Wとすること以外、試料1と同じ方法を用いることにより試料7の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0073】
<試料8>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先のすくい面側に対してレーザ加工をする際に、上記刃先のすくい面側にボルテックスチューブ(虹技株式会社製)を用いて圧縮空気を加工部に吹きかけて冷却し、かつレーザ出力を3Wとすること以外、試料2と同じ方法を用いることにより試料8の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0074】
<試料9>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先の逃げ面側およびすくい面側の両者に対してレーザ加工をする際に、上記刃先の逃げ面側およびすくい面側の両者にボルテックスチューブ(虹技株式会社製)を用いて圧縮空気を加工部に吹きかけて冷却し、かつレーザ出力を3Wとすること以外、試料3と同じ方法を用いることにより試料9の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0075】
<試料10>
第4工程において、ダイヤモンド(PCD)からなる刃先の逃げ面側およびすくい面側の両者に対し、レーザ加工を行うことに代えて砥石を用いて研削加工を行うこと以外、試料3と同じ方法を用いることにより試料10の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)を得た。
【0076】
〔グラファイトの存在比率(比Iπ*/Iσ*)の測定〕
試料1~試料10の旋削用インサートの刃先(逃げ面側およびすくい面側の両者)の表面に位置した各ダイヤモンド粒子に対し、上述したTEM-EELS法を用いた測定方法をそれぞれ実行することにより、刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*、刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*、および刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*をそれぞれ求めた。結果を表1に示す。
【0077】
〔切削試験(耐欠損性試験)〕
試料1~試料10の旋削用インサートを用い、被削材として超硬合金(VM-40(寸法:直径φ60mm×長さ100mm)、硬度:HRA88)を準備し、当該被削材を以下の切削条件により切削した。本切削試験では、上記被削材を切削することによって刃先に欠損およびチッピングのいずれかの大きさが0.1mmを超えた時点で切削を中止し、試験の開始から当該時点に至る時間(単位は、分)を評価した。上記時間が長いほど耐欠損性が向上していると評価することができる。結果を表1中の「耐欠損性(min)」の項目に示す。
【0078】
<切削条件>
加工機:旋盤
切削速度Vc:10m/min
送り速度f:0.05mm/rev
切込み量ap:0.05mm/rev
切削油(クーラント):なし。
【0079】
【表1】
【0080】
〔考察〕
試料1、試料2、試料4、試料5、試料7および試料8の旋削用インサートは、上述した第4工程によって、刃先のすくい面側および逃げ面側の表面に位置した各ダイヤモンド粒子のいずれかにおいて、刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*が0.1~2となり、かつ刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*が0.001~0.1となるダイヤモンド工具が製造される例である。試料3、試料6および試料9のエンドミルは、上述した第4工程によって、刃先のすくい面側および逃げ面側の表面に位置した各ダイヤモンド粒子の両者において、刃先の表面におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*が0.1~2となり、かつ刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置におけるダイヤモンド粒子の比Iπ*/Iσ*が0.001~0.1となるダイヤモンド工具が製造される例である。試料10の旋削用インサートは、従来の砥石を用いた研削加工を用いてダイヤモンド工具が製造される例である。
【0081】
表1によれば、試料1~試料9の旋削用インサートは、いずれも試料10の旋削用インサートに比して耐欠損性が向上することが理解される。以上から、試料1~試料9の旋削用インサート(ダイヤモンド工具)は、従来に比して耐欠損性が向上していると評価することができる。なお表1によれば、試料3の旋削用インサートは、試料1~試料2に比してより耐欠損性が向上し、試料6の旋削用インサートは、試料4~試料5に比してより耐欠損性が向上し、試料9の旋削用インサートは、試料7~試料8に比してより耐欠損性が向上することも理解される。
【0082】
さらに試料1~試料10の結果に鑑みれば、本開示のダイヤモンド工具は、刃先にSCDを有する場合、およびBLPCDを有する場合であっても、試料1~試料9と同じ要領によって作製されることにより、従来の砥石を用いた研削加工により作製されたダイヤモンド工具に比べ、耐欠損性が向上することが示唆される。
【0083】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行ったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形したりすることも当初から予定している。
【0084】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0085】
11 第1領域、11a 刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.2μmの深さ位置、12 第2領域、12a 刃先の表面から刃先の表面の法線方向に沿って0.5μmの深さ位置、13 刃先内部領域、20 ダイヤモンド粒子。
図1