(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022163294
(43)【公開日】2022-10-26
(54)【発明の名称】単純ヘルペス不活性化剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/775 20060101AFI20221019BHJP
A61P 31/22 20060101ALI20221019BHJP
A61K 36/15 20060101ALN20221019BHJP
【FI】
A61K31/775
A61P31/22
A61K36/15
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021068146
(22)【出願日】2021-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】521161004
【氏名又は名称】学校法人明海大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】相見 光
(72)【発明者】
【氏名】進藤 大輝
(72)【発明者】
【氏名】坂上 宏
(72)【発明者】
【氏名】福地 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】淺井 大輔
【テーマコード(参考)】
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086FA04
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA57
4C086NA01
4C086NA14
4C086ZB33
4C088AB03
4C088AC02
4C088BA19
4C088CA21
4C088MA57
4C088NA01
4C088NA14
4C088ZB33
(57)【要約】
【課題】本発明は、単純ヘルペスウイルス不活性化剤の有効成分としてのリグニン誘導体の用途を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、一般式(1):-SO3M(式(1)中、Mは、水素原子、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、又はアンモニウムイオンを示す。)で表される基を有するリグニン誘導体を含み、一般式(1)で表される基のS含量の合計量が、リグニン誘導体の固形分量に対し0.5~20.0質量%である、ヘルペスウイルス不活化剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):-SO3M(式(1)中、Mは、水素原子、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、又はアンモニウムイオンを示す。)で表される基を有するリグニン誘導体を含み、
一般式(1)で表される基のS含量の合計量が、リグニン誘導体の固形分量に対し0.5~20.0質量%である、ヘルペスウイルス不活化剤。
【請求項2】
リグニン誘導体は、水への溶解性が1.0~100質量%である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
リグニン誘導体は、リグニンスルホン酸である、請求項1又は2に記載の剤。
【請求項4】
口腔用剤である、請求項1~3のいずれか1項に記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単純ヘルペスウイルスの不活性化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
単純ヘルペスウイルス(HSV:herpes simplex virus)は、口唇ヘルペス、単純ヘルペス脳炎、性器ヘルペス、皮膚疾患、眼疾患、新生児ヘルペスといった多様な疾患を引き起こす。HSV脳炎の場合、抗ヘルペスウイルス剤がある現在でも、10~15%の患者が死に至り、死亡と高度後遺症を含めた転帰不良率は33~53%と高く、社会復帰率も半数程度しかない。性器ヘルペスでは、約7割の患者に年3回以上の再発が認められ、患者のQOL(quality of life)を著しく低下させる。これらのHSV感染症に対しては、いくつかの抗ヘルペスウイルス剤が開発されているが、疾患によってはその効果は極めて限定的であることが知られている。ヘルペスウイルスの最大の特徴は、宿主に潜伏感染し、回帰発症(再発)を繰り返すことにある。そのため、抗ヘルペスウイルス剤としては、長期に渡って使用できる、安全性の確保された天然由来の成分が好ましいと考えられる。
【0003】
木材細胞壁の主要構成成分の一つであり、有機物として地球上第2位の蓄積量を誇るリグニンは、ある種の抗ウイルス活性を有することが報告されている。特許文献1は、木材のマイクロウェーブ加熱処理などにより得られたリグニン分解物が、インフルエンザウイルス(A型、B型、C型)などのオルソミクソウイルス科のウイルス、ネコカリシウイルス、ノロウイルスなどのカリシウイルス科のウイルスに対する抗ウイルス活性を示すことが開示されている。特許文献2にはリグニン、多糖、ペプチドのそれぞれの成分が一定の比率で含まれている複合体が、ヘルペスウイルス感染後の増殖阻害剤および潜状感染後の再発防止剤としての効果を有することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-1141号公報
【特許文献2】特許第2938916号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1~2に記載されているリグニンは、その調製に特殊な処理が必要であり、工業的な生産に適していないと考えられる。
【0006】
本発明は、単純ヘルペスウイルス不活性化剤の有効成分としてのリグニン誘導体の用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、下記の〔1〕~〔4〕を提供する。
〔1〕一般式(1):-SO3M(式(1)中、Mは、水素原子、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、又はアンモニウムイオンを示す。)で表される基を有するリグニン誘導体を含み、
一般式(1)で表される基のS含量の合計量が、リグニン誘導体の固形分量に対し0.5~20.0質量%である、ヘルペスウイルス不活化剤。
〔2〕リグニン誘導体は、水への溶解性が1.0~100質量%である、〔1〕に記載の剤。
〔3〕リグニン誘導体は、リグニンスルホン酸である、〔1〕又は〔2〕に記載の剤。
〔4〕口腔用剤である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、リグニン誘導体を有効成分とし、単純ヘルペスウイルスに対し良好な不活化効果を示す、不活化剤が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔リグニン誘導体〕
本発明の剤は、リグニン誘導体を有効成分として含む。
【0010】
-スルホ基-
リグニン誘導体は、一般式(1):-SO3Mで表されるスルホ基を含む。式(1)中、Mは、水素原子、ナトリウムイオン、カルシウム、カリウムイオン、マグネシウムイオン、又はアンモニウムイオンを表し、ナトリウムイオンが好ましい。リグニン誘導体は、置換基Mが異なる2種以上の一般式(1)で表される基を含んでもよい。
【0011】
-スルホ基S含量-
リグニン誘導体の、一般式(1)で表される基のS含量(硫黄原子の含有量:スルホ基S含量)の合計量(リグニン誘導体の固形分量に対する割合)は、通常は0.5質量%以上であり、好ましくは1.0質量%以上、より好ましくは1.2質量%以上である。これにより、一般式(1)で表される基を豊富に含み、リグニン誘導体が水溶性を示すことができ、ヘルペスウイルスに対し良好なウイルスの不活化効果を示すことができる。上限は、通常20.0質量%以下、好ましくは15.0質量%以下、より好ましくは12.0質量%以下である。これにより、適度な水溶性を示すことができ、効率よくウイルスの不活化効果を発揮できる。
【0012】
スルホ基S含量は、下記式(1)より算出できる。
式(1):
スルホ基S含量(質量%)=リグニン誘導体の全S含量(質量%)-無機態S含量(質量%)
【0013】
式(1)中、リグニン誘導体の全S含量及び無機態S含量は、いずれもリグニン誘導体の固形分量に対するS含量を示す。式(1)中、全S含量は、リグニン成分に含まれるすべてのS含量であり、ICP発光分光分析法により定量することができる。また、無機態S含量は、イオンクロマト法により定量したSO3含量及びSO4含量の合計量として算出できる。
【0014】
-水への溶解性-
リグニン誘導体は、水への溶解性が、通常1.0質量%以上、好ましくは3.0質量%以上である。ウイルスの不活化活性を有する部分化学構造とウイルスが接触する環境は水媒体中であるところ、上記範囲であることにより、適度な水溶性を有することができ、不活化活性に有利に働くものと推測される。上限は、特に限定されないが、100質量%以下であればよい。
【0015】
水への溶解量は、次のようにして算出できる。10g(乾燥重量)のサンプルを水300gに分散し、60分攪拌した後に濾過する。ろ液の質量及び固形分(ろ物を乾燥したもの)の質量を測定する。そして、ろ液の固形分の質量をサンプルの質量(10g)で割り、100倍することにより算出する。
【0016】
-リグニン誘導体の例-
本明細書において、リグニン誘導体とは、リグニンの分解物、リグニンの誘導体、リグニンの分解物の誘導体を意味する。リグニン誘導体は、粉体状でも、液体状でもよい。液体状のリグニン成分の調製方法は特に限定されないが、例えば、粉末状のリグニン成分を適当な溶媒(例えば水、水酸化ナトリウム水溶液など)に溶解して液体状のリグニン成分を得る方法が挙げられる。
【0017】
リグニン誘導体は、通常は木質バイオマス由来であり、その処理方法によって、構造及び物性が異なるいくつかの種類に分類される。リグニン誘導体としては、例えば、リグニンスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、ソーダ-アントラキノンリグニン、オルガノソルブリグニン、爆砕リグニン、硫酸リグニンおよびそれらの分解物などが挙げられる。これらのうち、一般式(1)で表される基(スルホ基)を含むものを用いることができ、リグニンスルホン酸が好ましい。リグニン誘導体は1種でも2種以上の組み合わせでもよいが、リグニンスルホン酸を少なくとも含むことが好ましい。
【0018】
-リグニンスルホン酸-
リグニンスルホン酸は、木質バイオマスから亜硫酸処理を経て調製される、スルホ基を有するリグニン誘導体である。リグニンスルホン酸の調製方法としては、例えば、リグノセルロース原料またはリグニンそのものを亜硫酸処理して調製する方法、好ましくは、リグノセルロース原料またはリグニンそのものを亜硫酸蒸解処理して調製する方法が挙げられる。
【0019】
(リグノセルロース原料)
リグノセルロース原料は、構成体中にリグノセルロースを含むものであれば特に限定されるものではない。例えば、木材、非木材等のパルプ原料が挙げられる。木材としては、たとえば、エゾマツ、アカマツ、スギ、ヒノキ等の針葉樹木材、シラカバ、ブナ等の広葉樹木材が挙げられる。木材の樹齢、採取部位は問わない。そのため、互いに樹齢の異なる樹木から採取された木材や、互いに樹木の異なる部位から採取された木材を組み合わせて用いてもよい。非木材としては、例えば、竹、ケナフ、葦、稲が挙げられる。リグノセルロース原料は、1種単独でもよいし、2種以上の組み合わせでもよい。
リグニンスルホン酸は、リグノセルロース原料以外の原料、例えば、リグニンから調製されてもよい。リグニンとしては、天然由来のもの、人工的に製造されたもの(例えば、ヒドロキシケイ皮アルコール類縁体の脱水素重合物)が例示され、いずれも利用できる。リグニンからのリグニンスルホン酸の調製は、例えば、リグニンを分解し、スルホン化する方法によることができる。
【0020】
(亜硫酸処理)
亜硫酸処理は、亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかをリグノセルロース原料に接触させて行うことができる。亜硫酸処理の条件は、特に限定されず、リグノセルロース原料に含まれるリグニンの側鎖のα炭素原子にスルホ基が導入され得る条件であればよい。
【0021】
亜硫酸処理は、亜硫酸蒸解法により行うことが好ましい。これにより、リグノセルロース原料中のリグニンをより定量的にスルホ化することができる。亜硫酸蒸解法は、亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液(例えば、水溶液:蒸解液)中で、リグノセルロース原料を高温下で反応させる方法である。当該方法は、サルファイトパルプの製造方法として工業的に確立されており、実施されているため、経済性及び実施容易性の面で有利である。
【0022】
亜硫酸塩の塩としては、亜硫酸蒸解を行う場合、例えば、マグネシウム塩、カルシウム塩、ナトリウム塩、アンモニウム塩が挙げられる。
【0023】
亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液における亜硫酸(SO2)濃度は、特に限定されないが、反応薬液100mLに対するSO2の質量(g)の比率が、1g/100mL以上が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には2g/100mL以上がより好ましい。上限は、20g/100mL以下が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には15g/100mL以下がより好ましい。SO2濃度は、1g/100mL~20g/100mLが好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には2g/100mL~15g/100mLがより好ましい。
【0024】
亜硫酸処理のpH値は特に限定されないが、10以下が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には5以下がより好ましい。pH値の下限は、0.1以上が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には0.5以上がより好ましい。亜硫酸処理の際のpH値は、0.1~10が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には0.5~5がより好ましい。
【0025】
亜硫酸処理の温度は特に限定されないが、170℃以下が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には150℃以下がより好ましい。下限は、70℃以上が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には100℃以上がより好ましい。亜硫酸処理の温度条件は、70~170℃が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には100℃~150℃がより好ましい。
亜硫酸処理の処理時間は特に限定されなく、亜硫酸処理の諸条件にもよるが、0.5~24時間が好ましく、1.0~12時間がより好ましい。
【0026】
亜硫酸処理においては、カウンターカチオン(塩:一般式(1)で表される基の置換基Mを含む)を供給する化合物を添加することが好ましい。カウンターカチオンを供給する化合物を添加することにより、亜硫酸処理におけるpH値を一定に保つことができる。カウンターカチオンを供給する化合物としては、例えば、MgO、Mg(OH)2、CaO、Ca(OH)2、CaCO3、NH3、NH4OH、NaOH、NaHCO3、Na2CO3が挙げられる。カウンターカチオンは、マグネシウムイオン、ナトリウムイオンが好ましい。
【0027】
亜硫酸処理において、亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液を用いる場合、溶液には必要に応じて、SO2のほかに、上記カウンターカチオン(塩)、蒸解浸透剤(例えば、アントラキノンスルホン酸塩、アントラキノン、テトラヒドロアントラキノン等の環状ケトン化合物)を含ませてもよい。
【0028】
亜硫酸処理を行う際に用いる設備に限定はなく、例えば、一般に知られている溶解パルプの製造設備等を用いることができる。
【0029】
亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液から中間生成物を分離するには、常法に従って行えばよい。分離方法としては、例えば、亜硫酸蒸解後の亜硫酸蒸解排液の分離方法(例えば、ろ過)が挙げられる。
【0030】
亜硫酸処理により得られる(例えば、ろ過後のろ液又はろ過残渣として得られる)リグニンスルホン酸は、そのまま、または必要に応じて濃縮して有効成分であるリグニン誘導体として用いてもよい。一方、必要に応じてさらに他の処理を行ってもよい。これにより、純度の高い、及び/又は、適度なスルホン化度(S含量)を有するリグニン誘導体を得ることができる。他の処理としては、例えば、アルカリ処理、酸化処理、透析処理、及びこれらの組み合わせが挙げられる。
【0031】
(アルカリ処理)
アルカリ処理は、亜硫酸処理後のろ過残渣(不溶解物)やろ液、透析処理後の処理物に対して行うことが好ましい。アルカリ処理は、対象サンプルをアルカリ性条件下におけばよい。アルカリ性条件下におくとは、通常、pH値が8以上、好ましくはpH値が9以上の水溶液下におくことをいう。pH値の上限は、通常、14である。
【0032】
アルカリ処理においては、通常、アルカリ性物質を亜硫酸処理物に接触させる。アルカリ性物質は、特に限定されないが、例えば、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、アンモニアが挙げられる。中でも、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムが好ましい。アルカリ性物質は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0033】
亜硫酸処理物にアルカリ性物質を接触させる方法としては、亜硫酸処理物の分散液又は溶液(例えば、水分散液、水溶液)を調製し、該分散液又は溶液中にアルカリ性物質を添加する方法や、亜硫酸処理物にアルカリ性物質の溶液又は分散液(例えば、水分散液、水溶液)を添加する方法が例示される。
【0034】
アルカリ処理の温度は特に限定されないが、40℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましい。上限は、150℃以下が好ましく、120℃以下がより好ましく、110℃以下がさらに好ましい。
【0035】
アルカリ処理におけるアルカリ性物質の量は、亜硫酸処理物の固形分質量に対して、或いは、アルカリ処理抽出物を水性溶媒(例えば、水)に分散した水溶液又は分散液を調製する場合、水溶液又は分散液の質量に対して、0.5~40質量%が好ましく、1.0~30質量%がより好ましい。
【0036】
アルカリ処理の時間は特に限定されないが、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。上限は、10時間以下が好ましく、6時間以下がより好ましい。
【0037】
アルカリ処理に先立ち、必要に応じて、亜硫酸処理物の溶解、分散処理、濃度の調整(水等の水性溶媒の溶液又は分散液の調製)を行ってもよい。分散処理は、ディスクリファイナーの通過、ミキサー、ディスパーザーへの添加、ニーダー処理等により行うことができる。濃度の調整は、例えば、水等の水性溶媒を用いて行うことができる。
【0038】
(酸化処理)
酸化処理は、亜硫酸処理後に得られる処理物(例えば、ろ過後のろ液)、又はアルカリ処理後の処理物に対して行うことができる。酸化処理は、適宜酸化剤を用いて行えばよく、酸化剤が気体の場合、気体をろ液中に通気することにより行うことができる。酸化剤が液体の場合、液体をろ過残渣やろ液に添加することにより行うことができる。酸化剤は、空気、酸素、過酸化水素、オゾン、又はこれらの組み合わせが好ましい。酸化処理は、アルカリ条件で行うこと(アルカリ酸化処理)が好ましい。アルカリ酸化処理の処理pHは、通常8以上であり、10以上が好ましく、12以上がより好ましい。酸化処理の温度は、通常、20~200℃であり、好ましくは50~180℃である。酸化処理の時間は、通常、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。上限は、5時間以下が好ましく、3時間以下がより好ましい。
【0039】
(透析処理またはUF処理)
透析処理は、亜硫酸処理後に得られる処理物(例えば、ろ過後のろ液)に対して行うことができる。透析膜としては、例えば、セルロースアセテート等のセルロース系膜、エチレンビニルアルコール、ポリアクリロニトリル、ポリメチルメタクリレート、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン等の合成高分子系膜が挙げられ、分子量分画は通常5,000~100,000、好ましくは7,000~80,000、より好ましくは10,000~50,000である。
【0040】
透析処理の代わりに、UF処理を用いることができる。UF膜としては、公知のUF膜を用いることができる。例えば、中空糸膜、スパイラル膜、チューブラー膜、平膜が挙げられる。UF膜の素材は、公知のものを用いることができる。例えば、酢酸セルロース、芳香族ポリアミド、ポリビニルアルコール、ポリスルホン、ポリフッ化ビニリデン、ポリエチレン、ポリアクリロニトリル、セラミックが挙げられる。なお、UF膜は市販品であってもよい。
【0041】
UF膜の分画分子量は、5,000~30,000が好ましく、10,000~25,000がより好ましく、15,000~23,000がさらに好ましい。分画分子量が5,000以上のUF膜を用いると、処理液の分離速度が過度に遅くなることを防止し得る。また、分画分子量が30,000以下のUF膜を用いると、処理液からリグニンが分離されなくなることを防止し得る。
【0042】
UF膜を用いたUF処理による濃縮倍率は、任意に設定できる。すなわち、濃縮液の流出量が任意の量になった時に、UF処理を停止すればよい。好ましくは2~6倍に濃縮することが好ましい。2~6倍に濃縮とは、原液(黒液)量が1/2~1/6量になることを意味する。
【0043】
UF処理時の処理液の温度は特に限定されない。例えば、20~80℃が好ましく、UF膜材質の耐熱面を考慮すると、20~70℃がより好ましい。UF処理時の処理液のpH値は、2~11が好ましい。UF処理時の黒液の固形分濃度(w/w)は、2~30%が好ましく、5~20%がより好ましい。
【0044】
リグニンスルホン酸の製造方法の別の例としては、クラフトリグニンをスルホン化する方法が挙げられる。
【0045】
-クラフトリグニン-
クラフトリグニン(Kraftlignin)は、チオリグニン(Thiolignin)、サルフェートリグニン(Sulphate Lignin)とも呼ばれる。クラフトリグニンとしては、例えば、クラフトリグニンのアルカリ溶液、クラフトリグニンのアルカリ溶液をスプレードライして粉末化した粉末化クラフトリグニン、クラフトリグニンのアルカリ溶液を酸で沈殿させた酸沈殿クラフトリグニンが挙げられる。
【0046】
クラフトリグニンのアルカリ溶液の調製方法としては、例えば、クラフト法パルプ製造プロセス内を流れるNa2Sを含むアルカリ性溶液を電解酸化法により電解し、陰極側でNaOH溶液を生じさせる方法(特開2000-336589号公報)が挙げられる。クラフトリグニンのアルカリ溶液を酸で沈殿させた酸沈殿クラフトリグニンの調製方法としては、例えば、粉末状の酸沈殿クラフトリグニンの調製方法(国際公開第2006/038863号、国際公開第2006/031175号、国際公開第2012/005677号)が挙げられる。
【0047】
クラフトリグニンのスルホン化の方法は、通常の亜硫酸処理や亜硫酸蒸解処理によるスルホン化によればよく、また、「Development of New Lignin Derivatives as Soil Conditioning Agents by Radical Sulfonation and Alkalike-Oxygen Treatment:木材学会誌,第43巻,第8号,669-677(1997)」に記載されている方法なども挙げられるが、上記方法に限定されず、他の方法によることができる。
【0048】
〔任意成分〕
本発明の剤は、リグニン誘導体を調製する際に副生する成分、例えば、硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸マグネシウム、亜硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、硫酸カルシウム、亜硫酸カルシウム、塩化カルシウム、硫酸アンモニウム、亜硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、水酸化ナトリウム等の無機塩を含んでもよい。
【0049】
また本発明の剤は、糖類を含んでいてもよい。本明細書において、糖類は、少なくとも1種類の糖又は2種類以上の糖の組み合わせである。
【0050】
糖は、構成する炭素数に制限はなく、単糖、少糖、多糖のいずれでもよい。単糖としては以下が例示される:アルドトリオース、ケトトリオースなどの三炭糖;エリトロース、トレオース、エリトルロースなどの四炭糖;キシロース、リボース、アラビノース、リキソース、リブロース、キシルロースなどの五炭糖;マンノース、アロース、アルトロース、ルコース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトース、フコース、フルクトース、ラムノースなどの六炭糖、セドヘプツロースなどの七炭糖など。少糖としては以下が例示される:スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、ツラノース、セロビオースなどの二糖、ラフィノース、メレジトース、マルトトリオースなどの三糖、アカルボース、スタキオースなどの四糖、キシロオリゴ糖、セロオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、マンナンオリゴ糖などのオリゴ糖。多糖としては、グリコーゲン、でんぷん(アミロース、アミロペクチン)、セルロース、ヘミセルロース、デキストリン、グルカンが例示される。糖類、中でも多糖類は、パルプ等のリグノセルロース原料である植物成分に含有される多糖類、およびそれらが蒸解または漂白処理の際に分解および/または変性して生成するものを含んでもよい。
糖類は、通常、多糖、還元性糖、および/または糖変性物を含む。還元性糖は、還元性を示す糖であればよい。還元性糖は通常、塩基性溶液中でアルデヒド基またはケトン基を生じる。還元性糖としては、すべての単糖、マルトース、ラクトース、アラビノース、スクロースの転化糖などの二糖、および多糖などが例示される。糖変性物としては例えば、糖が酸化、スルホン化などの化学変性を受けてなる変性物、ヒドロキシル基、アルデヒド基、カルボニル基、または/およびスルホ基などの置換基で置換されている糖誘導体が挙げられる。
【0051】
還元性糖とは、還元性を示す糖であり、塩基性溶液中でアルデヒド基またはケトン基を生じる糖を意味する。還元性糖としては、すべての単糖、マルトース、ラクトース、アラビノース、スクロースの転化糖などの二糖、および多糖などが例示される。還元性糖は、通常、セルロース、ヘミセルロース、およびそれらの分解物を含む。セルロースおよびヘミセルロースの分解物としては、例えば、ラムノース、ガラクトース、アラビノース、キシロース、グルコース、マンノース、フルクトースなどの単糖、キシロオリゴ糖、セロオリゴ糖などのオリゴ糖が挙げられる。
【0052】
糖変性物とは、糖が酸化、スルホン化などの化学変性を受けてなる変性物を意味する。糖変性物は、ヒドロキシル基、アルデヒド基、カルボニル基、または/およびスルホ基などの官能基が糖の骨格中に導入された糖誘導体であってもよいし、糖誘導体2つ(2種)以上が結合した化合物などが例示される。
【0053】
本発明の剤は、必要に応じてさらに他の任意成分を含んでいてもよい。他の成分としては、剤の用途に応じて、その用途において通常用いられる任意成分であればよく、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤、上述のリグニン誘導体以外の単純ヘルペスウイルス不活性化剤が挙げられる。
【0054】
〔リグニン誘導体の用途〕
リグニン誘導体は、単純ヘルペスウイルスに対し不活化作用を発揮できるので、単純ヘルペスウイルス不活化剤として利用できる。単純ヘルペスウイルスは、1型、2型に分類されるが、リグニン誘導体は、いずれに対しても効果を発揮できる。
【0055】
本発明の剤は、工業、洗浄、医療、食品、日用品等の各種分野において、消毒剤、洗浄剤、医薬、医薬部外品、化粧品等の各種剤として、生体又は物品の単純ヘルペスウイルス不活性化を目的として使用できる。
【0056】
生体としては、ヒト、ペット、家畜、家禽、実験動物等の哺乳類・鳥類(例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、サル、シカ)等の動物を対象とし、中でも口腔用途(例えば、歯磨剤、洗口剤)として利用できる。医薬として用いる場合、口唇ヘルペス、単純ヘルペス脳炎、性器ヘルペス、皮膚疾患、眼疾患、新生児ヘルペス等、単純ヘルペスウイルスに起因して生じる疾病の症状緩和剤として利用できる。
【0057】
物品としては、OA機器、家電製品、家具、車両、店舗、包装、空調機器、衛生用品、衣服、文房具、タッチパネル、自動販売機等の、ヒトが接触する可能性のある物品が挙げられる。物品の素材は特に限定されず、樹脂、布、金属のいずれでもよく、形状も限定されない。
【0058】
本発明の剤のリグニン誘導体の含有量は、用途、使用態様、適用対象などに応じて適宜設定すればよく、例えば0.00001~100質量%、好ましくは0.01~50質量%とすることができる。
【0059】
本発明の剤の剤形は特に制限されず、その用途に応じて適宜選択することができる。剤形としては、例えば液剤、乳剤、懸濁剤、分散剤、エアゾール剤等の液剤;錠剤、粉剤等の固形又は半固形剤等が挙げられる。本発明の剤が歯磨剤、洗口剤として用いられる場合の剤形としては、例えば、液剤、ペースト、ジェル、粉剤が挙げられる。
【実施例0060】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。以下の実施例は、本発明を好適に説明するためのものであって、本発明を限定するものではない。
【0061】
<実施例1>
木材チップ(ラジアータパイン)を亜硫酸蒸解法に基づき亜硫酸処理した。亜硫酸処理においては、SO2濃度4g/100mLの亜硫酸ナトリウムの溶液を用いて、温度140℃、pH2、処理時間3時間の条件で行った。次に不溶解物をろ別し、得られたろ液を固形分が50%となるまでロータリーエバポレーターで濃縮した。その後NaOHでpH4.5に調整し、スプレードライヤーで粉末化して、リグニンスルホン酸塩A(スルホ基のS含量5.2質量%、水への溶解量100質量%)を得た。
【0062】
<実施例2>
実施例1にて得られた亜硫酸蒸解処理後のろ過残渣(不溶解物)をアルカリ処理し、アルカリ処理抽出物を得た。アルカリ処理においては、NaOH5重量%(対不溶解物固形分)を接触させ100℃にて2時間処理とした。その後、アルカリ処理抽出物をロータリーエバポレーターにて固形分が45%となるまで濃縮したのち、スプレードライヤーで粉末化して、リグニンスルホン酸塩B(スルホ基のS含量3.5質量%、水への溶解量100質量%)を得た。
【0063】
<実施例3>
実施例1にて得られたリグニンスルホン酸塩Aを水に溶解して固形分が25%の水溶液となるように調整し、40%NaOHでpH13とした後、170℃で120分間アルカリ空気酸化した。その後、70%硫酸を加えてpH3とし、部分脱スルホン化したリグニンスルホン酸塩を分別沈殿させ、リグニンスルホン酸塩C(スルホ基のS含量:1.3質量%、水への溶解量:3.0質量%)を得た。
【0064】
<実施例4>
実施例1にて得られたリグニンスルホン酸塩Aを水に溶解して固形分が25%の水溶液となるように調製し、透析膜(分子量分画:20,000、スペクトラ/ポア セルロースエステル透析用チューブ)を用い、3日間透析処理した。透析チューブ内の溶液を集め、25%となるまで濃縮し、スプレードライヤーにより粉末化してリグニンスルホン酸塩D(スルホ基のS含量:11.0質量%、水への溶解量:100質量%)を得た。
【0065】
<実施例5>
撹拌装置及び温度コントローラーのついた3L容オートクレーブに、実施例4で得られたリグニンスルホン酸塩Dを含む下記の物質を仕込んだ。
リグニンスルホン酸塩D: 500g
水酸化ナトリウム : 100g
水酸化カルシウム : 100g
水 :1,600g
【0066】
この混合液を撹拌下、140℃に加温後1時間保持し、その後70℃まで冷却し、空気を500ml/minで吹き込み、カルボキシル基量が4.0重量%になるまで反応を行い、リグニンスルホン酸塩E(スルホ基のS含量:9.7質量%、水への溶解量は100質量%)を得た。
【0067】
<比較例1>
「フミン酸」(富士フイルム和光純薬株式会社製;スルホ基のS含量0質量%、水への溶解量0.1質量%)を比較対照として用いた。
【0068】
[スルホ基のS含量の測定方法]:
スルホ基のS含量は、以下の式により求めた。
スルホ基のS含量(質量%)=全S含量(質量%)-無機態S含量(質量%)
(数式中のS含量は、いずれもリグニンスルホン酸の固形物量に対するS含量を示す。)
数式中、全S含量は、ICP発光分光分析法により定量した。また、無機態S含量は、イオンクロマト法により定量したSO3含量及びSO4含量の合計量を用いた。
【0069】
[リグニンスルホン酸の水への溶解量の測定法]:
リグニンスルホン酸の水への溶解量は、次のようにして算出した。10g(乾燥重量)のサンプルを水300gに分散し、60分攪拌した後に濾過した。ろ液の質量及び固形分(ろ物を乾燥したもの)の質量を測定した。そして、ろ液の固形分の質量をサンプルの質量(10g)で割り、100倍することにより算出した。
【0070】
[ヘルペスウイルス不活性化の測定試験法]:
実施例及び比較例で得られたサンプルについて、以下の手順でヘルペスウイルス不活性化試験を行った。ウイルスを感染させる細胞としては、アフリカミドリザルの腎臓由来のVero細胞を使用した。各サンプルは、リン酸緩衝生理食塩水(PBS、pH7.4)に溶解または懸濁し、12時間以上振とう処理した後に0.45μmのフィルターでろ過してから試験に使用した。
【0071】
HSV-1のウイルス濃縮液(MOI=1)に、所定量の実施例及び比較例記載のサンプルを添加し、3分後に1/100に希釈してMOI=0.01に戻して細胞に添加し、その後3日間培養した。後述の50%傷害濃度(CC50)測定用の非感染細胞を用いた検討では、上記と同量のサンプルをHSVに感染していない細胞に添加し、3分間処理後にサンプル液を吸引除去し、PBSで1回洗浄し、その後3日間培養した。試験後の生細胞数は、MTT試薬(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide)を用いて測定した。非感染細胞に対する50%傷害濃度(CC50)およびHSV感染に対する50%有効濃度(EC50)を求め、ヘルペスウイルス不活性化の指標である選択係数(SI=CC50/EC50)を計算した。結果を表1に示す
【0072】
【0073】
[表1の脚注]
※ フミン酸を用いた試験では、高濃度条件下でも感染細胞の生存率が上昇しなかったため、50%有効濃度(EC50)を求めることができなかった。
【0074】
表1の結果より、実施例1~5および比較例1のサンプルはいずれも、CC50の値が10mg/mL以上と高く、毒性は低いことが確認された。一方、感染細胞の生存率が上昇してEC50が確認できたのは実施例1~5(リグニンスルホン酸塩A~E)のみであり、比較例1(フミン酸)は添加量を増やしても感染細胞の生存率の上昇が確認できず、EC50の値を求めることができなかった。フミン酸はリグニンと同じく芳香核を有し、カルボキシル基やフェノール性水酸基を含む多塩基性の高分子有機物であるにもかかわらずヘルペスウイルス不活性化効果が確認できず、一方、所定量のスルホ基S含量を有するリグニンスルホン酸塩では同効果が確認できた。その理由として、各実施例のリグニンスルホン酸塩にはスルホ基が所定量のスルホ基S含量となるよう導入されており、そのためリグニンスルホン酸塩の水溶性が高く保たれ、ヘルペスウイルス不活性化に有効な部分化学構造がヘルペスウイルスに効率的に接触できるようになったことが原因であると考えられる。