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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022163295
(43)【公開日】2022-10-26
(54)【発明の名称】ヒト免疫不全ウイルス不活性化剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/775 20060101AFI20221019BHJP
   A61P 31/18 20060101ALI20221019BHJP
   A61K 36/18 20060101ALI20221019BHJP
   A61K 36/13 20060101ALI20221019BHJP
   A61K 36/15 20060101ALI20221019BHJP
【FI】
A61K31/775
A61P31/18
A61K36/18
A61K36/13
A61K36/15
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021068147
(22)【出願日】2021-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】521161004
【氏名又は名称】学校法人明海大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】相見 光
(72)【発明者】
【氏名】進藤 大輝
(72)【発明者】
【氏名】坂上 宏
(72)【発明者】
【氏名】福地 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】淺井 大輔
【テーマコード(参考)】
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086FA04
4C086GA17
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA57
4C086NA14
4C086ZB33
4C086ZC55
4C088AB00
4C088AB03
4C088AC01
4C088BA08
4C088BA37
4C088CA26
4C088MA57
4C088NA14
4C088ZB33
4C088ZC55
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、安全性が高く、かつヒト免疫不全ウイルス(HIV)不活性化効果を有するHIV不活性化剤を提供することにある。
【解決手段】本発明は、リグニン誘導体を少なくとも含むリグニン成分を有効成分とし、
リグニン成分の固形分当たりの、抽出成分量のメトキシル基量に対する質量比が0.0001~0.5である、HIV不活性化剤を提供する。リグニン誘導体は、リグニンスルホン酸を少なくとも含むことが好ましい。リグニン成分の固形分当たりのメトキシル基量、リグニン成分の固形分当たりの抽出成分量は、それぞれ2.0質量%以上、1.7質量%以下が好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン誘導体を少なくとも含むリグニン成分を有効成分とし、
リグニン成分の固形分当たりの、抽出成分量のメトキシル基量に対する質量比が0.0001~0.5である、
ヒト免疫不全ウイルス不活性化剤。
【請求項2】
リグニン誘導体が、リグニンスルホン酸を少なくとも含む、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
リグニン成分の固形分当たりのメトキシル基量が、2.0質量%以上である、請求項1又は2に記載の剤。
【請求項4】
リグニン成分の固形分当たりの抽出成分量が、1.7質量%以下である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の剤。
【請求項5】
リグニン成分は、リグノセルロース原料の亜硫酸蒸解法による抽出物である、請求項1~4のいずれか1項に記載の剤。
【請求項6】
リグニン成分は、リグノセルロース原料の酸性条件の亜硫酸蒸解による抽出物に由来する成分である、請求項1~5のいずれか1項に記載の剤。
【請求項7】
酸性条件は、pH3以下の条件である、請求項6に記載の剤。
【請求項8】
口腔用剤である、請求項1~7のいずれか1項に記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)不活性化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
HIV感染症はマラリア、結核とともに世界3大感染症の一つであり、世界での新規感染者数は約180万人/年と推定されている。日本では、年間1,500人程度が新規感染者数として報告されており、国内での未診断者を含む生存者は、2015年末時点で約26,700人と推定されている。
【0003】
2000年代半ばまでは、無症候期のHIV感染者に対してはCD4陽性Tリンパ球数がある程度低下するまで治療を待つという考え方が主流であった。その主な理由として、薬剤の長期服用による副作用の懸念が払拭できなかったことが挙げられる。しかしながら、その後は早期治療の流れが加速している。その一因として、早期治療によりAIDS指標疾患だけでなく、非AIDS疾患(心血管疾患、悪性腫瘍、重篤な細菌感染症)の発生も減少することが判明したためである。また、現在の抗HIV療法では、HIV感染細胞を感染者の体内から完全には除去できない。そのため、治療を中断すると速やかに潜伏感染細胞からのウイルスのリバウンドが起こる。このことと、早期に治療を開始する流れも相まって、HIV感染者は長期に渡る服薬を行う場合がある。そのため、HIV不活性化剤としては、安全性の高いものを使用することが必要不可欠である。
【0004】
リグニンは、木材細胞壁の主要構成成分の一つであり、有機物として地球上第2位の蓄積量を誇る。リグニンはある種の抗ウイルス活性を有することが報告されており、その中でもHIVに関連するものとして、以下のものが知られている。
【0005】
特許文献1には、天然のリグニンではないものの、リグニンの構造に類似した人工リグニンであるフェニルプロペノイド類の脱水素重合により得られる合成重合体が、HIVの不活性化に有効であることが開示されている。特許文献2では、事前にエタノール等の有機溶媒で抽出成分を十分に除去した木材チップや松かさや松の実より抽出したリグニンを主成分とする植物抽出組成物や、人工リグニンであるフェニルプロペノイド類の脱水素重合により得られる合成重合体が、HIVウイルスを含む抗ウイルス活性に有効であることが開示されている。特許文献3では、事前に有機溶媒で抽出処理した脱脂木粉を原料に用いて調製したリグニンを用い、そのリグニンをフェノールで改質したリグノフェノール系誘導体を用いた抗HIV-1プロテアーゼ剤に関する内容が開示されている。
【0006】
特許文献4では、エタノールを用いて精製・分画したリグニンスルホン酸カルシウムが、HIV抑制効果を有することが開示されている。特許文献5では、亜硫酸パルプ蒸解排液および/またはその加水分解物ないしはベース置換体を限外ろ過、ゲルろ過等により分画して得た分子量約5,000以上の画分が、HIV抑制効果を有することが開示されている。特許文献6では、クラフトパルプ蒸解排液とその加工物がHIV抑制効果を有することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2006/001364号
【特許文献2】特開平7-206601号公報
【特許文献3】特開2004-244366号公報
【特許文献4】特開平2-262524号公報
【特許文献5】特許第2602715号公報
【特許文献6】特開平3-120223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1~4には、リグニン組成物およびリグニン誘導体中の有害な抽出成分を、事前に有機溶媒により精製除去したと記載されているものの、大量生産の現場ではそのような精製処理は非現実的である。また、特許文献1~3の各成分は、リグニンと称されているものの、リグノセルロース材料の種類や分離方法によってその性質や性能が異なると予測され、工業的に入手できるリグニンとは言えない。
【0009】
特許文献5~6では、有機溶媒で抽出していない原料を用いて調製したリグニンがHIV不活性化に有効であることを開示しているものの、どういった条件で安全性の高いリグニン組成物が得られるかについては明らかにされていない。リグニンの抽出条件によっては、有害性の高い成分が混入してくる可能性が十分考えられるため、特許文献5~6の開示情報だけでは、安全性が高く、かつHIV不活性化効果を有するリグニン組成物を得るという観点からは、不十分である。
【0010】
上記のように、HIV抑制効果を有するリグニンに関しての情報が開示されているものの、産業的に利用するにあたり、HIV抑制効果があると同時に、安全性の高いという条件も両立するものを得るため条件に関する情報は、ほとんど知られていなかった。
【0011】
本発明の課題は、安全性が高く、かつHIV不活性化効果を有するHIV不活性化剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、下記の〔1〕~〔8〕を提供する。
〔1〕リグニン誘導体を少なくとも含むリグニン成分を有効成分とし、
リグニン成分の固形分当たりの、抽出成分量のメトキシル基量に対する質量比が0.0001~0.5である、
ヒト免疫不全ウイルス不活性化剤。
〔2〕リグニン誘導体が、リグニンスルホン酸を少なくとも含む、〔1〕に記載の剤。
〔3〕リグニン成分の固形分当たりのメトキシル基量が、2.0質量%以上である、〔1〕又は〔2〕に記載の剤。
〔4〕リグニン成分の固形分当たりの抽出成分量が、1.7質量%以下である、
〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の剤。
〔5〕リグニン成分は、リグノセルロース原料の亜硫酸蒸解法による抽出物である、〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の剤。
〔6〕リグニン成分は、リグノセルロース原料の酸性条件の亜硫酸蒸解による抽出物に由来する成分である、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の剤。
〔7〕酸性条件は、pH3以下の条件である、〔6〕に記載の剤。
〔8〕口腔用剤である、〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載の剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、リグニン成分を有効成分とし、安全性が高く、HIVに対し良好な不活化効果を示す、不活化剤が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔リグニン成分〕
本発明の剤は、リグニン成分を有効成分として含む。
【0015】
-リグニン誘導体-
リグニン成分は、リグニン誘導体から選ばれる少なくとも1種を含む。本明細書において、リグニン誘導体とは、リグニンの分解物、リグニンの誘導体、リグニンの分解物の誘導体を意味する。リグニン誘導体は、粉体状でも、液体状でもよい。液体状のリグニン成分の調製方法は特に限定されないが、例えば、粉末状のリグニン成分を適当な溶媒(例えば水、水酸化ナトリウム水溶液など)に溶解して液体状のリグニン成分を得る方法が挙げられる。
【0016】
リグニン誘導体は、通常は木質バイオマス由来であり、その処理方法によって、構造及び物性が異なるいくつかの種類に分類される。リグニン誘導体としては、例えば、リグニンスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、ソーダ-アントラキノンリグニン、オルガノソルブリグニン、爆砕リグニン、硫酸リグニンおよびそれらの分解物などが挙げられる。これらのうち、リグニンスルホン酸が好ましい。リグニン誘導体は1種でも2種以上の組み合わせでもよいが、リグニンスルホン酸を少なくとも含むことが好ましい。
【0017】
-抽出成分-
リグニン成分は、通常、抽出成分を含む。本明細書において抽出成分は、植物(例えばパルプ原料として用いられる植物、好ましくはスギ属植物、ヒノキ属植物、マツ属植物、カラマツ属植物、モミ属植物、ユーカリ属植物の木材)の抽出成分であり、木材の有機溶媒等の抽出処理により得られる微量成分である。抽出成分は、通常、色調、におい、耐久性、接着性、生物活性等の木材物性の決定因子であり、木材を化学的に特徴付ける成分であると言われている。樹木は、セルロース及びヘミセルロースの堆積、並びにリグニンの沈着により骨格が形成された後、心材形成と連動する抽出成分の蓄積を待って、初めて生物材料として完成する。抽出成分を得る際使用される有機溶媒としては、例えば、ヘキサン、ベンゼン、エーテル、アセトン、アルコールが挙げられる。木材に対する抽出成分の含有量は、通常、約5%以下である。
【0018】
抽出成分は、通常、低分子化合物を含む。その多くは分子量数千以下の二次代謝産物であり、一般には極めて多様であるが、芳香族抽出成分とテルペノイドに大別される。芳香族抽出成分としては、例えば、フラボノイド類、タンニン類、リグナン類、スチルベン類が挙げられる。抽出成分は、これらから選ばれる少なくとも1種を含む。
【0019】
フラボノイド類は、ジフェニルプロパン(C6-C3-C6)骨格を持つ化合物の総称であり、例えば、フラボン、フラバノン、カルコン、オーロン、イソフラボン、カテキン、ロイコアントシアニジンが挙げられる。タンニン類は、加水分解型タンニンと縮合型タンニンのいずれでもよい。加水分解型タンニンは、グルコースなどを核として、これに没食子酸などのフェノールカルボン酸がエステル結合した構造を有するタンニンであり、例えば、ガロタンニン、エラグタンニンが挙げられる。加水分解型タンニンは、酸、アルカリなどによる加水分解により単純なフラグメントに分解され得るところ、ガロタンニン及びエラグタンニンを加水分解すると、それぞれ没食子酸、エラグ酸が得られる。縮合型タンニンとしては、例えば、カテキン類又はロイコアントシアニジン類を前駆物質とする無定形高分子が挙げられる。
【0020】
リグナン類としては、例えば、リグナン及びその近縁物質が挙げられる。リグナン(レジノール)は、リグニンの構成単位と同じフェニルプロパン単位が、その側鎖β位間で炭素-炭素結合したC6-C3-C3-C6骨格を有する構造を有する。リグニンと異なり、分子内に不斉炭素をもち、光学活性を有する。リグナン近縁物質としては、例えば、リグニン骨格より炭素数が1個少ないC6-C3-C2-C6骨格を有するノルリグナン類が挙げられる。スチルベン類は、α、β-ジフェニルエチレン骨格を有する化合物であればよい。
【0021】
テルペノイドは、イソプレン単位(C58)が2個以上、鎖状または環状に結合した一連の化合物であればよい。イソプレノイド単位2、3、4、6個からなるテルペノイドをそれぞれモノテルペン(炭素原子数10)、セスキテルペン(炭素原子数15)、ジテルペン(炭素原子数20:例えば、アビエチン酸)、トリテルペン(炭素原子数30)というが、これらのいずれでもよい。
【0022】
抽出成分は、抽出成分の基本的な炭素骨格、置換基により多様な生理活性を有する。生理活性としては、例えば、微生物、昆虫、植物に対する生物活性(「抽出成分による木材の生物劣化抵抗性」、木材保存 34(2)、48-54、2008)、材の耐久性の向上、人体の健康への阻害作用、材の化学的、物理的加工(例えばパルプ化、漂白、セメント硬化)への阻害作用が挙げられる。
【0023】
-抽出成分/リグニン成分(質量比)-
リグニン成分においては、リグニン成分の固形分当たりの、抽出成分量のメトキシル基量に対する質量比が、通常0.5以下、好ましくは0.4以下、より好ましくは0.3以下、更に好ましくは0.2以下、更により好ましくは0.15以下である。下限は、0.001以上、好ましくは0.01以上である。質量比が上記範囲であることにより、安全性を確保しつつHIV不活化効果を良好に発揮できる。
【0024】
抽出成分は、その生理活性によっては安全性に影響することがある。また、一般にリグニンの構造中には芳香核に結合したメトキシル基が存在するため、メトキシル基量は、リグニン誘導体含量の指標である。そのため、上記質量比は、安全性及びHIV不活性化作用のバランスを表すと言える。
【0025】
-メトキシル基含量-
リグニン成分の固形分あたりのメトキシル基含量は、通常、2.0質量%以上、2,5質量%以上又は3.0質量%以上、好ましくは3.5質量%以上、より好ましくは4.0質量%以上である。上限は特にないが、通常20質量%以下である。
【0026】
-抽出成分量-
リグニン成分の固形分あたりの抽出成分量は、1.7質量%以下が好ましく、1.6質量%以下がより好ましい。下限は、通常、0.01質量%以上、好ましくは0.03質量%以上、より好ましくは0.05質量%以上である。
【0027】
メトキシル基含量は、ViebockおよびSchwappach法によるメトキシル基の定量法(「リグニン化学研究法」、P.336~340、平成6年、ユニ出版(株)発行、参照)により測定できる。抽出成分量は、JIS K 0102:2019記載のヘキサン抽出物質の測定法によって測定できる。
【0028】
-リグニンスルホン酸-
リグニンスルホン酸は、リグノセルロース原料から亜硫酸処理を経て調製される、スルホ基を有するリグニン誘導体である。リグニンスルホン酸の調製方法としては、例えば、リグノセルロース原料またはリグニンそのものを亜硫酸処理して調製する方法、好ましくは、リグノセルロース原料またはリグニンそのものを亜硫酸蒸解処理して調製する方法が挙げられる。
【0029】
(リグノセルロース原料)
リグノセルロース原料は、構成体中にリグノセルロースを含むものであれば特に限定されるものではない。例えば、木材、非木材等のパルプ原料が挙げられる。木材としては、たとえば、エゾマツ、アカマツ、スギ、ヒノキ等の針葉樹木材、シラカバ、ブナ等の広葉樹木材が挙げられる。木材の樹齢、採取部位は問わない。そのため、互いに樹齢の異なる樹木から採取された木材や、互いに樹木の異なる部位から採取された木材を組み合わせて用いてもよい。非木材としては、例えば、竹、ケナフ、葦、稲が挙げられる。リグノセルロース原料は、1種単独でもよいし、2種以上の組み合わせでもよい。
リグニンスルホン酸は、リグノセルロース原料以外の原料、例えば、リグニンから調製されてもよい。リグニンとしては、天然由来のもの、人工的に製造されたもの(例えば、ヒドロキシケイ皮アルコール類縁体の脱水素重合物)が例示され、いずれも利用できる。リグニンからのリグニンスルホン酸の調製は、例えば、リグニンを分解し、スルホン化する方法によることができる。
【0030】
(亜硫酸処理)
亜硫酸処理は、亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかをリグノセルロース原料に接触させて行うことができる。亜硫酸処理の条件は、特に限定されず、リグノセルロース原料に含まれるリグニンの側鎖のα炭素原子にスルホ基が導入され得る条件であればよい。
【0031】
亜硫酸処理は、亜硫酸蒸解法により行うことが好ましい。これにより、リグノセルロース原料中のリグニンをより定量的にスルホ化することができる。亜硫酸蒸解法は、亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液(例えば、水溶液:蒸解液)中で、リグノセルロース原料を高温下で反応させる方法である。当該方法は、サルファイトパルプの製造方法として工業的に確立されており、実施されているため、経済性及び実施容易性の面で有利である。
【0032】
亜硫酸塩の塩としては、亜硫酸蒸解を行う場合、例えば、マグネシウム塩、カルシウム塩、ナトリウム塩、アンモニウム塩が挙げられる。
【0033】
亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液における亜硫酸(SO2)濃度は、特に限定されないが、反応薬液100mLに対するSO2の質量(g)の比率が、1g/100mL以上が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には2g/100mL以上がより好ましい。上限は、20g/100mL以下が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には15g/100mL以下がより好ましい。SO2濃度は、1g/100mL~20g/100mLが好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には2g/100mL~15g/100mLがより好ましい。
【0034】
亜硫酸処理のpH値は特に限定されないが、通常は10以下である。亜硫酸蒸解を行う場合、酸性下で行うことが好ましく、pH5以下がより好ましく、3以下が更に好ましい。これにより、リグニン誘導体(例えば、リグニンスルホン酸)を効率よく取り出すことができ、より高品質のパルプを得ることができる。pH値の下限は、0.1以上が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には0.5以上がより好ましい。亜硫酸処理の際のpH値は、0.1~10が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には0.5~5がより好ましく、0.5~3が更に好ましい。
【0035】
亜硫酸処理の温度は特に限定されないが、170℃以下が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には150℃以下がより好ましい。下限は、70℃以上が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には100℃以上がより好ましい。亜硫酸処理の温度条件は、70~170℃が好ましく、亜硫酸蒸解を行う場合には100℃~150℃がより好ましい。
亜硫酸処理の処理時間は特に限定されなく、亜硫酸処理の諸条件にもよるが、0.5~24時間が好ましく、1.0~12時間がより好ましい。
【0036】
亜硫酸処理においては、カウンターカチオン(塩:一般式(1)で表される基の置換基Mを含む)を供給する化合物を添加することが好ましい。カウンターカチオンを供給する化合物を添加することにより、亜硫酸処理におけるpH値を一定に保つことができる。カウンターカチオンを供給する化合物としては、例えば、MgO、Mg(OH)2、CaO、Ca(OH)2、CaCO3、NH3、NH4OH、NaOH、NaHCO3、Na2CO3が挙げられる。カウンターカチオンは、マグネシウムイオン、ナトリウムイオンが好ましい。
【0037】
亜硫酸処理において、亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液を用いる場合、溶液には必要に応じて、SO2のほかに、上記カウンターカチオン(塩)、蒸解浸透剤(例えば、アントラキノンスルホン酸塩、アントラキノン、テトラヒドロアントラキノン等の環状ケトン化合物)を含ませてもよい。
【0038】
亜硫酸処理を行う際に用いる設備に限定はなく、例えば、一般に知られている溶解パルプの製造設備等を用いることができる。
【0039】
亜硫酸及び亜硫酸塩の少なくともいずれかの溶液から中間生成物を分離するには、常法に従って行えばよい。分離方法としては、例えば、亜硫酸蒸解後の亜硫酸蒸解排液の分離方法(例えば、ろ過)が挙げられる。
【0040】
亜硫酸処理により得られる(例えば、亜硫酸溶液の不溶解物をろ過後のろ液又はろ過残渣として、好ましくはろ液として得られる)リグニンスルホン酸は、そのまま、または必要に応じて濃縮して有効成分であるリグニン誘導体として用いてもよい。一方、必要に応じてさらに他の処理を行ってもよい。これにより、純度の高い、及び/又は、適度なスルホン化度(S含量)を有するリグニン誘導体を得ることができる。他の処理としては、例えば、アルカリ処理、酸化処理、透析処理、及びこれらの組み合わせが挙げられる。
【0041】
(アルカリ処理)
アルカリ処理は、亜硫酸処理後のろ過残渣(不溶解物)やろ液、透析処理後の処理物に対して行うことが好ましい。アルカリ処理は、対象サンプルをアルカリ性条件下におけばよい。アルカリ性条件下におくとは、通常、pH値が8以上、好ましくはpH値が9以上の水溶液下におくことをいう。pH値の上限は、通常、14である。
【0042】
アルカリ処理においては、通常、アルカリ性物質を亜硫酸処理物に接触させる。アルカリ性物質は、特に限定されないが、例えば、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、アンモニアが挙げられる。中でも、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムが好ましい。アルカリ性物質は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0043】
亜硫酸処理物にアルカリ性物質を接触させる方法としては、亜硫酸処理物の分散液又は溶液(例えば、水分散液、水溶液)を調製し、該分散液又は溶液中にアルカリ性物質を添加する方法や、亜硫酸処理物にアルカリ性物質の溶液又は分散液(例えば、水分散液、水溶液)を添加する方法が例示される。
【0044】
アルカリ処理の温度は特に限定されないが、40℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましい。上限は、150℃以下が好ましく、120℃以下がより好ましく、110℃以下がさらに好ましい。
【0045】
アルカリ処理におけるアルカリ性物質の量は、亜硫酸処理物の固形分質量に対して、或いは、アルカリ処理抽出物を水性溶媒(例えば、水)に分散した水溶液又は分散液を調製する場合、水溶液又は分散液の質量に対して、0.5~40質量%が好ましく、1.0~30質量%がより好ましい。
【0046】
アルカリ処理の時間は特に限定されないが、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。上限は、10時間以下が好ましく、6時間以下がより好ましい。
【0047】
アルカリ処理に先立ち、必要に応じて、亜硫酸処理物の溶解、分散処理、濃度の調整(水等の水性溶媒の溶液又は分散液の調製)を行ってもよい。分散処理は、ディスクリファイナーの通過、ミキサー、ディスパーザーへの添加、ニーダー処理等により行うことができる。濃度の調整は、例えば、水等の水性溶媒を用いて行うことができる。
【0048】
(酸化処理)
酸化処理は、亜硫酸処理後に得られる処理物(例えば、ろ過後のろ液)、又はアルカリ処理後の処理物に対して行うことができる。酸化処理は、適宜酸化剤を用いて行えばよく、酸化剤が気体の場合、気体をろ液中に通気することにより行うことができる。酸化剤が液体の場合、液体をろ過残渣やろ液に添加することにより行うことができる。酸化剤は、空気、酸素、過酸化水素、オゾン、又はこれらの組み合わせが好ましい。酸化処理は、アルカリ条件で行うこと(アルカリ酸化処理)が好ましい。アルカリ酸化処理の処理pHは、通常8以上であり、10以上が好ましく、12以上がより好ましい。酸化処理の温度は、通常、20~200℃であり、好ましくは50~180℃である。酸化処理の時間は、通常、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。上限は、5時間以下が好ましく、3時間以下がより好ましい。
【0049】
(透析処理またはUF処理)
透析処理は、亜硫酸処理後に得られる処理物(例えば、ろ過後のろ液)に対して行うことができる。透析膜としては、例えば、セルロースアセテート等のセルロース系膜、エチレンビニルアルコール、ポリアクリロニトリル、ポリメチルメタクリレート、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン等の合成高分子系膜が挙げられ、分子量分画は通常5,000~100,000、好ましくは7,000~80,000、より好ましくは10,000~50,000である。
【0050】
透析処理の代わりに、UF処理を用いることができる。UF膜としては、公知のUF膜を用いることができる。例えば、中空糸膜、スパイラル膜、チューブラー膜、平膜が挙げられる。UF膜の素材は、公知のものを用いることができる。例えば、酢酸セルロース、芳香族ポリアミド、ポリビニルアルコール、ポリスルホン、ポリフッ化ビニリデン、ポリエチレン、ポリアクリロニトリル、セラミックが挙げられる。なお、UF膜は市販品であってもよい。
【0051】
UF膜の分画分子量は、5,000~30,000が好ましく、10,000~25,000がより好ましく、15,000~23,000がさらに好ましい。分画分子量が5,000以上のUF膜を用いると、処理液の分離速度が過度に遅くなることを防止し得る。また、分画分子量が30,000以下のUF膜を用いると、処理液からリグニンが分離されなくなることを防止し得る。
【0052】
UF膜を用いたUF処理による濃縮倍率は、任意に設定できる。すなわち、濃縮液の流出量が任意の量になった時に、UF処理を停止すればよい。好ましくは2~6倍に濃縮することが好ましい。2~6倍に濃縮とは、原液(黒液)量が1/2~1/6量になることを意味する。
【0053】
UF処理時の処理液の温度は特に限定されない。例えば、20~80℃が好ましく、UF膜材質の耐熱面を考慮すると、20~70℃がより好ましい。UF処理時の処理液のpH値は、2~11が好ましい。UF処理時の黒液の固形分濃度(w/w)は、2~30%が好ましく、5~20%がより好ましい。
【0054】
リグニンスルホン酸の製造方法の別の例としては、クラフトリグニンをスルホン化する方法が挙げられる。
【0055】
-クラフトリグニン-
クラフトリグニン(Kraftlignin)は、チオリグニン(Thiolignin)、サルフェートリグニン(Sulphate Lignin)とも呼ばれる。クラフトリグニンとしては、例えば、クラフトリグニンのアルカリ溶液、クラフトリグニンのアルカリ溶液をスプレードライして粉末化した粉末化クラフトリグニン、クラフトリグニンのアルカリ溶液を酸で沈殿させた酸沈殿クラフトリグニンが挙げられる。
【0056】
クラフトリグニンのアルカリ溶液の調製方法としては、例えば、クラフト法パルプ製造プロセス内を流れるNa2Sを含むアルカリ性溶液を電解酸化法により電解し、陰極側でNaOH溶液を生じさせる方法(特開2000-336589号公報)が挙げられる。クラフトリグニンのアルカリ溶液を酸で沈殿させた酸沈殿クラフトリグニンの調製方法としては、例えば、粉末状の酸沈殿クラフトリグニンの調製方法(国際公開第2006/038863号、国際公開第2006/031175号、国際公開第2012/005677号)が挙げられる。
【0057】
クラフトリグニンのスルホン化の方法は、通常の亜硫酸処理や亜硫酸蒸解処理によるスルホン化によればよく、また、「Development of New Lignin Derivatives as Soil Conditioning Agents by Radical Sulfonation and Alkali-Oxygen Treatment:木材学会誌,第43巻,第8号,669-677(1997)」に記載されている方法なども挙げられるが、上記方法に限定されず、他の方法によることができる。
【0058】
〔任意成分〕
リグニン成分は、リグニン誘導体を調製する際(例えば、亜硫酸蒸解の際)に原料より混入してくる抽出成分以外の成分、例えば、硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸マグネシウム、亜硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、硫酸カルシウム、亜硫酸カルシウム、塩化カルシウム、硫酸アンモニウム、亜硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、水酸化ナトリウム等の無機塩を含んでもよい。
【0059】
またリグニン成分は、抽出成分以外の成分として、糖類を含んでいてもよい。本明細書において、糖類は、少なくとも1種類の糖又は2種類以上の糖の組み合わせである。
【0060】
糖は、構成する炭素数に制限はなく、単糖、少糖、多糖のいずれでもよい。単糖としては以下が例示される:アルドトリオース、ケトトリオースなどの三炭糖;エリトロース、トレオース、エリトルロースなどの四炭糖;キシロース、リボース、アラビノース、リキソース、リブロース、キシルロースなどの五炭糖;マンノース、アロース、アルトロース、ルコース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトース、フコース、フルクトース、ラムノースなどの六炭糖、セドヘプツロースなどの七炭糖など。少糖としては以下が例示される:スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、ツラノース、セロビオースなどの二糖、ラフィノース、メレジトース、マルトトリオースなどの三糖、アカルボース、スタキオースなどの四糖、キシロオリゴ糖、セロオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、マンナンオリゴ糖などのオリゴ糖。多糖としては、グリコーゲン、でんぷん(アミロース、アミロペクチン)、セルロース、ヘミセルロース、デキストリン、グルカンが例示される。糖類、中でも多糖類は、パルプ等のリグノセルロース原料である植物成分に含有される多糖類、およびそれらが蒸解または漂白処理の際に分解および/または変性して生成するものを含んでもよい。
糖類は、通常、多糖、還元性糖、および/または糖変性物を含む。還元性糖は、還元性を示す糖であればよい。還元性糖は通常、塩基性溶液中でアルデヒド基またはケトン基を生じる。還元性糖としては、すべての単糖、マルトース、ラクトース、アラビノース、スクロースの転化糖などの二糖、および多糖などが例示される。糖変性物としては例えば、糖が酸化、スルホン化などの化学変性を受けてなる変性物、ヒドロキシル基、アルデヒド基、カルボニル基、または/およびスルホ基などの置換基で置換されている糖誘導体が挙げられる。
【0061】
還元性糖とは、還元性を示す糖であり、塩基性溶液中でアルデヒド基またはケトン基を生じる糖を意味する。還元性糖としては、すべての単糖、マルトース、ラクトース、アラビノース、スクロースの転化糖などの二糖、および多糖などが例示される。還元性糖は、通常、セルロース、ヘミセルロース、およびそれらの分解物を含む。セルロースおよびヘミセルロースの分解物としては、例えば、ラムノース、ガラクトース、アラビノース、キシロース、グルコース、マンノース、フルクトースなどの単糖、キシロオリゴ糖、セロオリゴ糖などのオリゴ糖が挙げられる。
【0062】
糖変性物とは、糖が酸化、スルホン化などの化学変性を受けてなる変性物を意味する。糖変性物は、ヒドロキシル基、アルデヒド基、カルボニル基、または/およびスルホ基などの官能基が糖の骨格中に導入された糖誘導体であってもよいし、糖誘導体2つ(2種)以上が結合した化合物などが例示される。
【0063】
本発明の剤は、必要に応じてさらに他の任意成分を含んでいてもよい。他の成分としては、剤の用途に応じて、その用途において通常用いられる任意成分であればよく、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤、上述のリグニン誘導体以外のHIV不活性化剤が挙げられる。
【0064】
〔リグニン成分の用途〕
リグニン成分は、HIVに対し不活化作用を発揮できるので、HIV不活化剤として利用できる。HIVは、1型、2型に分類され、更にそれぞれのサブタイプに分類されるが、リグニン成分は、いずれに対しても効果を発揮できる。
【0065】
本発明の剤は、工業、洗浄、医療、食品、日用品等の各種分野において、消毒剤、洗浄剤、医薬、医薬部外品、化粧品等の各種剤として、生体又は物品のHIV不活性化を目的として使用できる。
【0066】
生体としては、ヒト、ペット、家畜、家禽、実験動物等の哺乳類・鳥類(例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、サル、シカ)等の動物を対象とし、中でも口腔用途(例えば、歯磨剤、洗口剤)として利用できる。
【0067】
物品としては、OA機器、家電製品、家具、車両、店舗、包装、空調機器、衛生用品、衣服、文房具、タッチパネル、自動販売機等の、ヒトが接触する可能性のある物品が挙げられる。物品の素材は特に限定されず、樹脂、布、金属のいずれでもよく、形状も限定されない。
【0068】
本発明の剤のリグニン成分の含有量は、用途、使用態様、適用対象などに応じて適宜設定すればよく、例えば0.00001~100質量%、好ましくは0.01~50質量%とすることができる。
【0069】
本発明の剤の剤形は特に制限されず、その用途に応じて適宜選択することができる。剤形としては、例えば液剤、乳剤、懸濁剤、分散剤、エアゾール剤等の液剤;錠剤、粉剤等の固形又は半固形剤等が挙げられる。本発明の剤が歯磨剤、洗口剤として用いられる場合の剤形としては、例えば、液剤、ペースト、ジェル、粉剤が挙げられる。
【実施例0070】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。以下の実施例は、本発明を好適に説明するためのものであって、本発明を限定するものではない。
【0071】
<実施例1>
木材チップ(ラジアータパイン)を亜硫酸蒸解法に基づき亜硫酸処理した。亜硫酸処理においては、SO2濃度4g/100mLの亜硫酸ナトリウムの溶液を用いて、温度140℃、pH2、処理時間3時間とした。次に不溶解物をろ別し、ろ液と残渣として中間組成物Aを得た。得られたろ液を固形分が50%となるまでロータリーエバポレーターで濃縮した。その後溶液のpHをNaOHでpH4.5に調整し、スプレードライヤーで粉末化して、実施例1のリグニンスルホン酸塩Aを得た(メトキシル基量6.1質量%、抽出物量0.2質量%、抽出物量/メトキシル基量:0.04)。
【0072】
<実施例2>
実施例1にて得られたリグニンスルホン酸塩Aを水に溶解して固形分が25%の水溶液となるように調製し、40%NaOHでpH13とした後、170℃で120分間アルカリ空気酸化した。その後、70%硫酸を加えてpH3とし、部分脱スルホン化したリグニンスルホン酸塩を分別沈殿させ、リグニンスルホン酸塩Bを得た(メトキシル基量10.8質量%、抽出物量0.8質量%、抽出物量/メトキシル基量:0.07)。
【0073】
<実施例3>
実施例2にて得られたリグニンスルホン酸塩B20部を100部の水に懸濁し、60℃に加温後に攪拌しながらpHが9となるまで1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を加えてリグニンスルホン酸塩Bを完全に溶解した。得られた溶液をスプレードライヤーで粉末化して、実施例3のリグニンスルホン酸塩Cを得た(メトキシル基量10.7質量%、抽出物量0.8質量%、抽出物量/メトキシル基量:0.08)。
【0074】
<実施例4>
木材チップ(ラジアータパイン)を亜硫酸蒸解法に基づき亜硫酸処理した。亜硫酸処理においては、SO2濃度2.5g/100mLの亜硫酸ナトリウムの溶液を用いて、温度140℃、pH3、処理時間3時間とした。次に不溶解物をろ別し、得られたろ液を固形分が50%となるまでロータリーエバポレーターで濃縮した。その後NaOHで溶液のpHを4.5に調整し、スプレードライヤーで粉末化した。得られた粉末を水に溶解して固形分が25%の水溶液となるように調製し、40%NaOHでpH12とした後、140℃で120分間アルカリ空気酸化した。その後、70%硫酸を加えてpH3とし、部分脱スルホン化したリグニンスルホン酸塩を分別沈殿させた。得られた部分脱スルホン化したリグニンスルホン酸塩の沈殿物を、ろ液が中性となるまで水で洗浄し、沈殿物の20部を100部の水に懸濁し、60℃に加温後に攪拌ながらpHが9となるまで1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を加えて沈殿物を完全に溶解した。得られた溶液をスプレードライヤーで粉末化して、リグニンスルホン酸塩Dを得た(メトキシル基量11.2質量%、抽出物量1.6質量%、抽出物量/メトキシル基量:0.14)。
【0075】
<実施例5>
実施例1にて得られたリグニンスルホン酸塩Aを水に溶解して固形分が25%の水溶液となるように調製し、透析膜(分子量分画:20,000、スペクトラ/ポア セルロースエステル透析用チューブ)を用い、3日間透析処理した。透析チューブ内の溶液を集め、25%となるまで濃縮し、スプレードライヤーにより粉末化してリグニンスルホン酸塩Eを得た(メトキシル基量11.1質量%、抽出物量0.09質量%、抽出物量/メトキシル基量:0.008)。
【0076】
<実施例6>
撹拌装置及び温度コントローラーのついた3L容オートクレーブに、実施例5で得られたリグニンスルホン酸塩Eを含む下記の物質を所定量仕込んだ。
リグニンスルホン酸塩E: 500g
水酸化ナトリウム : 100g
水酸化カルシウム : 100g
水 :1,600g
【0077】
この混合液を撹拌下、140℃に加温後1時間保持し、その後70℃まで冷却し、空気を500ml/minで吹き込み、カルボキシル基量が4.0重量%になるまで反応を行い、実施例6のリグニンスルホン酸塩Fを得た(メトキシル基量9.7質量%、抽出物量0.08質量%、抽出物量/メトキシル基量:0.008)。
【0078】
<比較例1>
実施例1にて得た中間組成物Aをアルカリ処理し、アルカリ処理抽出物を得た。アルカリ処理においては、NaOH5重量%(対不溶解物固形分)を接触させ100℃にて2時間処理とした。その後、アルカリ処理抽出物をロータリーエバポレーターにて固形分が45%となるまで濃縮したのち、スプレードライヤーで粉末化して、比較例1のリグニンスルホン酸塩Gを得た(メトキシル基量1.9質量%、抽出物量1.8質量%、抽出物量/メトキシル基量:0.95)。
【0079】
[メトキシル基量の測定法]:
メトキシル基量は、ViebockおよびSchwappach法によるメトキシル基の定量法(「リグニン化学研究法」、P.336~340、平成6年、ユニ出版(株)発行、参照)によって測定した。
【0080】
[抽出成分量の測定法]:
抽出成分量は、JIS K 0102:2019記載のヘキサン抽出物質の測定法によって測定した。
【0081】
[HIVウイルス不活性化の測定試験法]:
実施例及び比較例で得られたサンプルについて、以下の手順でHIV不活性化試験を行った。
1.5mLチューブに種々の濃度の試験物質とHIVウイルスとを混ぜて室温で10分間静置し、混合物を96穴マイクロタイータープレートに移し、MT-4細胞を加えた。細胞数および感染力価は、3.0×104/well、 MOI:0.01とした。試験物質のMT-4細胞に対する細胞毒性を知るために、ウイルス非感染細胞を同様に種々の濃度の試験物質とともに培養を行った。CO2インキュベーターにて37℃で5日間培養した後、MTT法で生存細胞数を測定した。非感染細胞に対する50%傷害濃度(CC50)およびHIV感染に対する50%有効濃度(EC50)を求め、HIV不活性化の指標である選択係数(SI=CC50/EC50)を計算した。結果を表1に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
表1の結果より、すべてのサンプルに対して十分に低いEC50の値が得られたことより、実施例1~6よび比較例1のサンプルはHIVの不活性化作用があることが確認された。一方、安全性の指標である非感染細胞に対する50%傷害濃度(CC50)の値を見てみると、実施例1~6のサンプルは値が十分に高いため、安全性が高いことが分かるが、比較例1のサンプルの値は極めて低いことより、安全性が明らかに低いことが確認された。このことより、リグニンを抽出する溶液の液性によっては、HIV不活性化効果が高いリグニンが得られるものの、安全性の極めて低いサンプルも得られることは明らかである。
【0084】
木材中に含まれる抽出成分が、毒性を示すものがあることが知られており、リグニンスルホン酸塩を抽出する前にエタノール等の有機溶媒で抽出しない限り、抽出成分がリグニンスルホン酸塩へ不純物として混入することは避けられない。そのため、今回用いた実施例1~6および比較例1のサンプルは、程度は異なるものの、すべてのサンプルで不純物としての抽出成分を含んでいる。しかしながら、含有される抽出成分量に対するリグニン含有量の指標であるメトキシル基の比(抽出成分量/メトキシル基)を見てみると、比較例1のサンプルだけ値が高く、実施例1~6のサンプルは低く抑えられていることが確認できる。このことより、比較例1で用いた調製法では、リグニンスルホン酸塩に対して毒性の強い抽出成分が相対的に多く抽出されたことが、HIV不活性作用はあるものの、安全性が低くなった原因と考えている。比較例1の安全性が低い原因の一つとして、比較例1のサンプルがアルカリ性であることが考えられるが、実施例2のリグニンスルホン酸塩Bをアルカリに溶解した実施例3のリグニンスルホン酸塩C、および実施例5のリグニンスルホン酸塩Eをアルカリ処理した実施例6のリグニンスルホン酸塩FのCC50の値は、いずれも十分に高いため、サンプルの液性がアルカリ性であることが、安全性とは無関係であることが確認できる。このことも、安全性が抽出成分(不純物)に由来しているということを裏付けている。
【0085】
酸性条件下の亜硫酸蒸解で得られた実施例1~6のサンプルの安全性が高かった原因として、以下の理由が推測される。通常、リグニンと抽出成分は、両者ともにフェノール性水酸基やカルボキシル基等の酸性基を含有しているため、酸性の溶液には溶出しないが、アルカリ性の溶液には溶出することができる。そのため、アルカリ性の溶液で処理した場合には、リグニンだけでなく抽出成分も溶出してしまい、HIV不活性化に有効であるが安全性は低い画分が抽出される可能性がある。一方、亜硫酸蒸解ではリグニンに強力な親水性基であるスルホ基が導入され、スルホ基が導入されたリグニンスルホン酸塩は酸性の溶液でも溶ける強力な水溶性が付与される。抽出成分は、亜硫酸蒸解によってスルホ基が導入されないことが知られていることより、亜硫酸蒸解前後で水溶性に変化しない。このことより、酸性の亜硫酸蒸解処理を行うことにより、リグニンをリグニンスルホン酸塩として溶出させることができる一方、抽出成分は酸性の溶液のため溶出することができないため、抽出成分量とリグニン含有量の指標であるメトキシル基との比(抽出成分量/メトキシル基量)が十分に低い画分を得ることができたと推測している。