IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日立建機株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-故障確率評価装置 図1
  • 特開-故障確率評価装置 図2
  • 特開-故障確率評価装置 図3
  • 特開-故障確率評価装置 図4
  • 特開-故障確率評価装置 図5
  • 特開-故障確率評価装置 図6
  • 特開-故障確率評価装置 図7
  • 特開-故障確率評価装置 図8
  • 特開-故障確率評価装置 図9
  • 特開-故障確率評価装置 図10
  • 特開-故障確率評価装置 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022163426
(43)【公開日】2022-10-26
(54)【発明の名称】故障確率評価装置
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/00 20060101AFI20221019BHJP
【FI】
F16J15/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021068347
(22)【出願日】2021-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】新谷 寛
(72)【発明者】
【氏名】南谷 林太郎
(72)【発明者】
【氏名】津久井 洋
(72)【発明者】
【氏名】奥 信一
(72)【発明者】
【氏名】高見 弘樹
(57)【要約】
【課題】軸の稼動状態を考慮して、オイルシールの故障確率を高精度に評価できるオイルシールの故障確率評価装置を提供する。
【解決手段】故障確率評価装置100は、油温度データベース11、軸稼動時間データベース12、故障履歴データベース13、及び演算装置15を備える。演算装置15は、軸2の稼動時間を累積して軸2の総稼動時間を演算する。演算装置15は、油3の温度に対して対応する軸2の稼動時間を掛けて重み付けし、重み付けされた油3の温度を累積して軸2の総稼動時間で除して油3の平均温度を演算する。演算装置15は、最尤推定法又はベイズ推定法により、故障確率関数の係数を同定する。演算装置15は、軸2の総稼動時間及び油3の平均温度をパラメータとして含み且つ同定された係数を有する故障確率関数を用いて、オイルシール1の故障確率を演算する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械の可動部に使用され、稼動する軸の周りに配置されて、油を密封するオイルシールに用いられ、
複数の前記機械における前記油の温度の時系列データ、前記軸の稼動時間の時系列データ、及び前記オイルシールの故障履歴データを入力し、前記オイルシールの故障確率を前記機械毎に評価して出力する故障確率評価装置において、
前記複数の機械における前記油の温度の時系列データを記憶する油温度データベースと、
前記複数の機械における前記軸の稼動時間の時系列データを記憶する軸稼動時間データベースと、
前記複数の機械における前記オイルシールの故障履歴データを記憶する故障履歴データベースと、
前記油温度データベース、前記軸稼動時間データベース、及び前記故障履歴データベースを用いて、前記オイルシールの故障確率関数の係数を同定し、同定された前記係数を有する前記故障確率関数を用いて、前記オイルシールの故障確率を前記機械毎に演算する演算装置とを備え、
前記演算装置は、
前記機械毎に、前記軸の稼動時間を累積して前記軸の総稼動時間を演算し、
前記機械毎に、前記油の温度に対して対応する前記軸の稼動時間を掛けて重み付けし、重み付けされた前記油の温度を累積して前記軸の総稼動時間で除して前記油の平均温度を演算し、
前記複数の機械における前記軸の総稼動時間、前記油の平均温度、及び前記オイルシールの故障履歴の有無に基づいて演算される尤度を用いた最尤推定法又はベイズ推定法により、前記故障確率関数の前記係数を同定し、
前記軸の総稼動時間及び前記油の平均温度をパラメータとして含み且つ同定された前記係数を有する前記故障確率関数を用いて、前記オイルシールの故障確率を前記機械毎に演算することを特徴とする故障確率評価装置。
【請求項2】
請求項1に記載の故障確率評価装置において、
前記故障確率関数は、ワイブル分布もしくは対数正規分布であって、前記油の平均温度をパラメータとして含むアレニウスの式で与えられた尺度パラメータを有することを特徴とする故障確率評価装置。
【請求項3】
請求項1に記載の故障確率評価装置において、
前記係数の確率分布を記憶する確率分布データベースを備え、
前記演算装置は、前記故障確率関数の前記係数をベイズ推定法によって同定するときに、前記確率分布データベースで記憶された前記係数の確率分布を事前分布として用いることを特徴とする故障確率評価装置。
【請求項4】
請求項1に記載の故障確率評価装置において、
前記演算装置は、前記機械毎に、現在の前記軸の総稼動時間及び前記油の平均温度に基づいて将来の前記軸の総稼動時間及び前記油の平均温度を演算し、将来の前記軸の総稼動時間及び前記油の平均温度に基づいて将来の前記オイルシールの故障確率を演算することを特徴とする故障確率評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械の可動部に使用されたオイルシールに用いられ、オイルシールの故障確率を機械毎に評価する故障確率評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
オイルシールは、機械(詳細には、例えば建設機械や自動車)の可動部に使用されている。オイルシールは、稼動する(詳細には、回転、往復、又は揺動する)軸の周りに配置されて、油を封じる。これにより、外部へ油が漏れないようにすると共に、外部からの異物の侵入を防ぐ。
【0003】
オイルシールの保全を適切なタイミングで実施するためには、オイルシールの寿命又は故障確率を評価することが肝要である。特許文献1は、油圧ポンプを構成するオイルシールの寿命を評価する方法を開示する。特許文献1では、油圧ポンプの作動油の温度とオイルシールの寿命との関係を表す寿命直線を用い、温度センサで計測されたタンク内の作動油の温度により、オイルシールの寿命を演算する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-327332号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
オイルシールの寿命又は故障確率は、オイルシールのリップ先端(言い換えれば、軸と接触する部分)の温度に大きく影響される。オイルシールのリップ先端の温度は、軸の稼動の有無によって変動する。軸が稼動している場合に摩擦熱が発生し、その影響でオイルシールのリップ先端の温度が油の温度より上昇する。リップ先端の温度の上昇量は、摩擦速度や潤滑状態に依存する。そのため、特許文献1のように、軸の稼動状態を考慮することなく、油の温度だけからオイルシールの寿命又は故障確率を評価する方法では、評価精度に限界がある。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、軸の稼動状態を考慮して、オイルシールの故障確率を高精度に評価できる故障確率評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、機械の可動部に使用され、稼動する軸の周りに配置されて、油を密封するオイルシールに用いられ、複数の前記機械における前記油の温度の時系列データ、前記軸の稼動時間の時系列データ、及び前記オイルシールの故障履歴データを入力し、前記オイルシールの故障確率を前記機械毎に評価して出力する故障確率評価装置において、前記複数の機械における前記油の温度の時系列データを記憶する油温度データベースと、前記複数の機械における前記軸の稼動時間の時系列データを記憶する軸稼動時間データベースと、前記複数の機械における前記オイルシールの故障履歴データを記憶する故障履歴データベースと、前記油温度データベース、前記軸稼動時間データベース、及び前記故障履歴データベースを用いて、前記オイルシールの故障確率関数の係数を同定し、同定された前記係数を有する前記故障確率関数を用いて、前記オイルシールの故障確率を前記機械毎に演算する演算装置とを備え、前記演算装置は、前記機械毎に、前記軸の稼動時間を累積して前記軸の総稼動時間を演算し、前記機械毎に、前記油の温度に対して対応する前記軸の稼動時間を掛けて重み付けし、重み付けされた前記油の温度を累積して前記軸の総稼動時間で除して前記油の平均温度を演算し、前記複数の機械における前記軸の総稼動時間、前記油の平均温度、及び前記オイルシールの故障履歴の有無に基づいて演算される尤度を用いた最尤推定法又はベイズ推定法により、前記故障確率関数の前記係数を同定し、前記軸の総稼動時間及び前記油の平均温度をパラメータとして含み且つ同定された前記係数を有する前記故障確率関数を用いて、前記オイルシールの故障確率を前記機械毎に演算する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、軸の稼動状態を考慮して、オイルシールの故障確率を高精度に評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の第1の実施形態における故障確率評価装置の構成を表すブロック図である。
図2】本発明の第1の実施形態におけるオイルシールの構造の具体例を表す図である。
図3】本発明の第1の実施形態におけるオイルシールで封じられた油の温度の経時変化の具体例を表す図である。
図4】本発明の第1の実施形態における油の温度の時系列データの具体例を表す図である。
図5】本発明の第1の実施形態にける軸の稼動時間の累積値の経時変化の具体例を表す図である。
図6】本発明の第1の実施形態における軸の稼動時間の時系列データの具体例を表す図である。
図7】本発明の第1の実施形態におけるオイルシールの故障履歴データの具体例を表す図である。
図8】本発明の第1の実施形態における演算装置で演算された油の平均温度及び軸の総稼動時間の具体例を表す図である。
図9】本発明の第1の実施形態による生存確率をKaplan-Meier法による生存確率と比較して示す図である。
図10】本発明の第2の実施形態における故障確率評価装置の構成を表すブロック図である。
図11】本発明の第3の実施形態における表示装置の画面の具体例を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の第1の実施形態を、図面を参照しつつ説明する。
【0011】
図1は、本実施形態における故障確率評価装置の構成を表すブロック図である。図2は、本実施形態におけるオイルシールの構造の具体例を表す図である。なお、図1においては、便宜上、1つの油圧ショベルのみ示す。
【0012】
本実施形態の故障確率評価装置100は、油圧ショベル200(機械)の可動部に使用されたオイルシール1に用いられ、オイルシール1の故障確率を油圧ショベル200毎に評価するものである。オイルシール1は、例えば油圧ショベル200に搭載されたパイロットバルブ(図示せず)又はセンタジョイント(図示せず)で使用されており、稼動する(詳細には、回転、往復又は揺動する)軸2の周りに配置されて、油3を封じる。これにより、大気4側へ油が漏れないようにすると共に、大気4側からの異物の侵入を防ぐ。
【0013】
油圧ショベル200は、各オイルシール1で封じられた油3の温度を計測する温度センサ5と、各軸2の稼動時間(詳細には、回転時間、往復時間、又は揺動時間)を計測する時間センサ6と、通信装置7とを備える。なお、例えば、パイロットバルブのオイルシール及びセンタジョイントのオイルシールとポンプの間で油3が循環するように構成されていた場合に、温度センサ5を共通化してもよい。そして、油圧ショベル200の演算装置(図示せず)は、温度センサ5の計測結果に基づき、パイロットバルブのオイルシールで封じられた油の温度と、センタジョイントのオイルシールで封じられた油の温度を演算してもよい。
【0014】
油圧ショベル200の通信装置7は、故障確率評価装置100の通信装置10との間で通信ネットワーク(詳細には、衛星通信、信号線、インターネット、又はイントラネット等)を構築している。油圧ショベル200は、温度センサ5及び時間センサ6の計測結果を、通信ネットワークを介し故障確率評価装置100へ送信する。
【0015】
油圧ショベル200の保全作業を行う作業者は、携帯端末300を保有する。携帯端末300は、作業者によって入力された油圧ショベル200の識別番号、故障した部品(詳細には、例えば、パイロットバルブのオイルシール、センタジョイントのオイルシール、又は他の部品等)、及び故障発生日時(又は故障発生日)などを、通信ネットワークを介し故障確率評価装置100へ送信する。
【0016】
故障確率評価装置100は、通信装置10、油温度データベース11、軸稼動時間データベース12、故障履歴データベース13、部品データベース14、演算装置15、及び出力装置16を備える。演算装置15は、その詳細を図示しないものの、プログラムを格納するROMと、プログラムに基づいて演算処理を実行するCPUと、演算処理の中間結果又は最終結果を一次的に記憶するRAMとを有する。油温度データベース11、軸稼動時間データベース12、故障履歴データベース13、及び部品データベース14は、ハードディスク等の記憶装置で構成されている。
【0017】
故障確率評価装置100の通信装置10は、複数の油圧ショベル200における油3の温度の時系列データ、軸2の稼動時間の時系列データ、及びオイルシール1の故障履歴データを受信(入力)する。
【0018】
油温度データベース11は、複数の油圧ショベル200における油3の温度の時系列データを記憶する。詳しく説明すると、各油圧ショベル200の温度センサ5は、例えば図3で示すように、一定のサンプリング周期Δt(例えば1分)ごとに、オイルシール1で密封された油3の温度を計測する。油温度データベース11は、例えば図4(a)で示すように、データ項目として、油圧ショベル200の識別番号(号機)、計測日時、及び油3の温度(計測値)を有し、それらの情報の組合わせであるレコード(図中の各行に相当)を記憶する。
【0019】
なお、油圧ショベル200から故障確率評価装置100へ送信するデータ量や、故障確率評価装置100で記憶するデータ量を低減するため、データのエッジ処理を行ってもよい。すなわち、油圧ショベル200の演算装置(図示せず)は、温度センサ5の計測結果に基づき、所定の期間(例えば1日)における油3の温度の平均値又は最高値を演算して送信してもよい。この場合、油温度データベース11は、例えば図4(b)で示すように、データ項目として、油圧ショベル200の識別番号(号機)、計測日、及び油3の温度(平均値又は最高値)を有し、それらの情報の組合わせであるレコード(図中の各行に相当)を記憶する。
【0020】
軸稼動時間データベース12は、複数の油圧ショベル200における軸2の稼動時間の時系列データを記憶する。詳しく説明すると、油圧ショベル200の時間センサ6は、例えば図5で示すように、一定のサンプリング周期Δt(例えば1分)ごとに、軸2の稼動時間を計測する。軸稼動時間データベース12は、例えば図6(a)で示すように、データ項目として、油圧ショベル200の識別番号(号機)、計測日時、及び軸2の稼動時間(計測値)を有し、それらの情報の組合わせであるレコード(図中の各行に相当)を記憶する。
【0021】
なお、油圧ショベル200から故障確率評価装置100へ送信するデータ量や、故障確率評価装置100で記憶するデータ量を低減するため、データのエッジ処理を行ってもよい。すなわち、油圧ショベル200の演算装置は、時間センサ6の計測結果に基づき、所定の期間(例えば1日)における軸2の稼動時間の累積値を演算して送信してもよい。この場合、軸稼動時間データベース12は、例えば図6(b)で示すように、データ項目として、油圧ショベル200の識別番号(号機)、計測日、及び軸2の稼動時間(累積値)を有し、それらの情報の組合わせであるレコード(図中の各行に相当)を記憶する。
【0022】
故障履歴データベース13は、複数の油圧ショベルにおける部品(詳細には、例えば、パイロットバルブのオイルシール、センタジョイントのオイルシール、又は他の部品等)の故障履歴データを記憶する。故障履歴データベース13は、例えば、データ項目として、油圧ショベル200の識別番号(号機)、故障部品、及び故障発生日時(又は故障発生日)を有し、それらの情報の組合わせであるレコードを記憶する。部品データベース14は、油圧ショベル200の部品情報を記憶する。演算装置15は、例えば部品データベース14で記憶された部品情報から「パイロットバルブのオイルシール」を選択し、これと照合することにより、故障履歴データベース13で記憶された「パイロットバルブのオイルシール」の故障履歴データを抽出する(図7参照)。
【0023】
なお、上述した通り、本実施形態の故障履歴データベース13は、オイルシールの故障履歴データだけでなく、他の部品の故障履歴データを記憶する。しかしながら、オイルシールの故障履歴データのみを記憶してもよい。更に、各油圧ショベル200にて1つのオイルシールだけが使用されている場合であれば、故障確率評価装置100は、部品データベース14を備えなくてもよい。
【0024】
演算装置15は、上述した油温度データベース11、軸稼動時間データベース12、及び故障履歴データベース13等を用いて、オイルシール1の故障確率関数の係数を同定する機能と、同定された係数を有する故障確率関数を用いて、オイルシール1の故障確率を油圧ショベル200毎に演算する機能とを有する。各機能の詳細を説明する。
【0025】
(1)故障確率関数の係数の同定機能
演算装置15は、オイルシール1の故障履歴が有る油圧ショベル200に関し、運用開始日時から初回の故障発生日時までの、若しくは、前回の故障発生日時から次回の故障発生日時までの、軸2の稼動時間の時系列データ及び油3の温度の時系列データを抽出する。そして、抽出された軸2の稼動時間の時系列データに含まれた軸2の稼動時間を累積して、軸2の総稼動時間を演算する。また、抽出された油3の温度の時系列データに含まれた油3の温度に対してそれぞれ対応する(言い換えれば、同レコードの)軸2の稼動時間を掛けて重み付けする。そして、重み付けされた油3の温度を累積し、軸2の総稼動時間で除することにより、油3の平均温度を演算する。そして、例えば図8のレコード20aで示すように、故障履歴有りの情報に関連付けられた、軸2の総稼動時間及び油3の平均温度の組合わせであるレコードを作成する。
【0026】
演算装置15は、オイルシール1の故障履歴が無い油圧ショベルに関し、運用開始日時から現在の日時までの、軸2の稼動時間の時系列データ及び油3の温度の時系列データを抽出する。そして、抽出された軸2の稼動時間の時系列データに含まれた軸2の稼動時間を累積して、軸2の総稼動時間を演算する。また、抽出された油3の温度の時系列データに含まれた油3の温度に対してそれぞれ対応する(言い換えれば、同レコードの)軸2の稼動時間を掛けて重み付けする。そして、重み付けされた油3の温度を累積し、軸2の総稼動時間で除することにより、油3の平均温度を演算する。これにより、例えば図8のレコード20bで示すように、故障履歴無しの情報に関連付けられた、軸2の総稼動時間及び油3の平均温度の組合わせであるレコードを作成する。
【0027】
オイルシール1の故障確率関数F(但し、油圧ショベルの番号i=1,2,…)は、例えばワイブル分布又は対数正規分布であって、軸2の総稼動時間sをパラメータとして含むと共に、尺度パラメータλ及び形状係数kを有する。尺度パラメータλは、例えば下記の式(1)で示すように、油3の平均温度T(絶対温度)をパラメータとして含むと共に、係数β,βを有するアレニウスの式で与えられる。なお、(気体定数R×係数β)は、活性化エネルギーに相当する。
【0028】
【数1】
【0029】
演算装置15は、複数の油圧ショベル200における軸2の総稼動時間、油3の平均温度、及びオイルシール1の故障履歴の有無(図8参照)に基づいて演算される尤度Lを用いた最尤推定法又はベイズ推定法により、上述した係数β,β,kを同定する。尤度Lは、下記の式(2)で表される。
【0030】
【数2】
【0031】
式中のfは、オイルシール1の故障確率密度関数であり、故障確率関数F(累積分布関数)をパラメータsについて微分したものである。f(s,λ,k)は、オイルシール1の故障履歴が有る各油圧ショベルにおけるオイルシール1の故障確率密度関数であり、Mは、オイルシール1の故障履歴が有る油圧ショベルの数である。f(s,λ,k)は、オイルシール1の故障履歴が無い各油圧ショベルにおけるオイルシール1の故障確率密度関数であり、Nは、オイルシール1の故障履歴が無い油圧ショベルの数である。
【0032】
演算装置15は、最尤推定法によって係数β,β,kを同定する場合であれば、尤度Lが最大となるように係数β,β,kを演算する。演算装置15は、ベイズ推定法によって係数β,β,kを同定する場合であれば、尤度Lとマルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC:Markov chain Monte Carlo)法を用いて、係数β,β,kの事後分布を求め、事後分布の中央値や平均値を係数β,β,kとして採用する。
【0033】
油温度データベース11、軸稼動時間データベース12、故障履歴データベース13は、データを逐次蓄積しており、演算装置15は、所定の期間(例えば1年)ごとに、係数β,β,kを更新する。
【0034】
(2)故障確率の演算機能
演算装置15は、油圧ショベル200毎に、軸2の稼動時間の時系列データ及び油3の温度の時系列データに基づいて、軸2の総稼動時間s及び油3の平均温度Tを演算する。ただし、軸2の総稼動時間sを演算する際には、オイルシール1に故障履歴がない場合は油圧ショベル使用開始から現在までの総稼動時間を、故障履歴がある場合は、オイルシール1交換後から現在までの総稼動時間をsとする。そして、尺度パラメータλに対して、同定された係数β,βを代入すると共に、油の平均温度Tを代入する。そして、故障確率関数Fに対して、同定された係数kを代入すると共に、軸の総稼動時間sと前述の尺度パラメータλを代入する。この故障確率関数Fにより、各油圧ショベル200のオイルシール1の故障確率を演算する。
【0035】
演算装置15は、演算されたオイルシール1の故障確率(若しくは、生存確率)を、出力装置16を介し表示装置17へ出力して表示させる。あるいは、演算装置15は、演算されたオイルシール1の故障確率が所定の閾値以上であるかどうかを判定する。そして、演算されたオイルシール1の故障確率が所定の閾値以上である場合に、勧告指令を、出力装置16を介し表示装置17へ出力する。表示装置17は、勧告指令に応じて、例えば、「パイロットバルブのオイルシールの劣化が進んでいますので、交換を推奨します」のメッセージを表示する。なお、表示装置17は、例えば、携帯端末300や、他のユーザが所有するスマートフォンなどの無線通信機能を備える携帯機器、又は油圧ショベル200に搭載されたモニタなどである。
【0036】
上述した本実施形態によれば、オイルシール1の故障確率関数Fは、軸2の総稼動時間s及び油3の平均温度Tをパラメータとして含む。油3の平均温度Tは、軸2の稼動時間を掛けて重み付けされた油3の温度を累積して、軸2の総稼動時間sで除したものである。前述した故障確率関数Fを用いることにより、軸2の稼動状態(すなわち、軸2と接触するオイルシール1のリップ先端における温度上昇)を考慮して、オイルシール1の故障確率を高精度に評価できる。したがって、オイルシール1の保全を適切なタイミングで実施することができる。
【0037】
また、最尤推定法又はベイズ推定法によって故障確率関数Fの係数β,β,kを同定するときに、軸2の総稼動時間、油3の平均温度、及びオイルシール1の故障履歴の有無に基づいて演算される尤度Lを用いる。これにより、故障確率関数Fの係数β,β,kの同定精度を高めることができる。したがって、オイルシール1の故障確率を高精度に評価できる。
【0038】
本実施形態の効果について、図9(a)及び図9(b)を用いて補足説明する。図9(a)及び図9(b)は、本実施形態で演算されたオイルシール1の故障確率から換算された生存確率(=1-(故障確率))を、Kaplan-Meier法を用いて演算されたオイルシール1の生存確率と比較して示す図である。図9(a)は、オイルシールの故障履歴が有る複数の油圧ショベルから得られたデータに基づいて演算された場合(言い換えれば、油の平均温度が比較的高い場合)を示し、図9(b)は、オイルシールの故障履歴が無い複数の油圧ショベルから得られたデータに基づいて演算された場合(言い換えれば、油の平均温度が比較的低い場合)を示す。
【0039】
図9(a)で示すように油の平均温度が比較的高い場合であれば、Kaplan-Meier法による生存確率と本実施形態による生存確率はほぼ一致するものの、図9(b)で示すように油の平均温度が比較的低い場合であれば、一致しない。Kaplan-Meier法は、ノンパラメトリックな生存確率評価方法である。そのため、生存確率の関数形状が不明でも適用可能である一方で、稼動データが存在しない一定以上の時間領域で生存確率が評価できない。これに対し、本実施形態では、パラメトリックに故障確率関数を評価している。そのため、稼動データが存在しない一定以上の時間領域でも生存確率を評価可能である。
【0040】
本発明の第2の実施形態を、図10を用いて説明する。
【0041】
図10は、本実施形態における故障確率評価装置の構成を表すブロック図である。なお、本実施形態において、第1の実施形態と同等の部分は同一の符号を付し、適宜、説明を省略する。
【0042】
例えば新型の油圧ショベル200のリリース直後などの理由により、オイルシール1の故障履歴を有する油圧ショベルが極めて少ない状態では、故障確率関数Fの係数β,β,kの同定精度が低下する。
【0043】
そこで、本実施形態の故障確率評価装置100は、係数βの確率分布、係数βの確率分布、及び係数kの確率分布を記憶する確率分布データベース18を備える。確率分布データベース18は、例えば、保全作業者の経験に基づいて推定された係数の確率分布か、若しくは、旧型の油圧ショベルのデータから推定された係数の確率分布を記憶する。
【0044】
演算装置15は、故障確率関数Fの係数β,β,kをベイズ推定法によって同定するときに、確率分布データベース18で記憶された係数βの確率分布、係数βの確率分布、及び係数kの確率分布を事前分布として用いる。これにより、故障確率関数Fの係数β,β,kの同定精度を高めることができる。したがって、オイルシール1の故障確率を高精度に評価できる。
【0045】
本発明の第3の実施形態を、図11(a)及び図11(b)を用いて説明する。
【0046】
図11(a)及び図11(b)は、本実施形態における表示装置の画面の具体例を表す図である。なお、本実施形態において、第1又は第2の実施形態と同等の部分は同一の符号を付し、適宜、説明を省略する。
【0047】
本実施形態の演算装置15は、軸2の総稼動時間のトレンドを分析して、軸2の総稼動時間の関数を作成する。この関数を用いて、現在の軸2の総稼動時間から、将来(詳細には、例えば、3カ月後、6カ月後、又は1年後)の軸2の総稼動時間を演算する。また、油3の平均温度のトレンドを分析して、油3の平均温度の関数を作成する。この関数を用いて、現在の油3の平均温度から、将来(詳細には、例えば、3カ月後、6カ月後、又は1年後)の油3の平均温度を演算する。そして、尺度パラメータλに対して、将来の油の平均温度Tを代入し、故障確率関数Fに対して、将来の軸の総稼動時間sと前述の尺度パラメータλを代入する。この故障確率関数Fにより、将来のオイルシール1の故障確率を演算する。
【0048】
表示装置17は、例えば図11(a)で示すように、パイロットバルブのオイルシールに関し、複数の油圧ショベルにおける将来の故障確率を表示する。また、例えば図11(b)で示すように、油圧ショベルの号機毎に、パイロットバルブのオイルシールの将来の故障確率と、センタジョイントのオイルシールの将来の故障確率を表示する。これにより、保全作業の計画の一助とすることができる。なお、故障確率の表示は数値に限られず、たとえばグラフ表示であってもよい。また、故障確率の度合いに応じて異なる色で表示することとしてもよい。たとえば故障確率が1年後に90パーセント以上の号機は「赤」で、6か月後に50パーセントから70パーセントの号機は「黄」、50パーセント未満の号機は「青」で表示するなどする。もちろん、色の種類と故障の程度の組み合わせは一例であって、任意に設定しうる。このようにすることで、どの号機の故障確率が高まっているのか、一定の期間ごとおよび号機ごとの故障確率を直感的に把握することができ、効率的な部品交換の提案につなげることも可能になる。
【0049】
なお、以上においては、故障確率評価装置100の対象として、油圧ショベル200に搭載されたパイロットバルブやセンタジョイントに使用されたオイルシール1を例にとって説明したが、これに限られない。すなわち、故障確率評価装置100の対象は、油圧ショベルに搭載された他の機器に使用されたオイルシールでもよいし、あるいは、他の機械(詳細には、例えば油圧ショベル以外の他の建設機械又は自動車など)に使用されたオイルシールでもよい。
【符号の説明】
【0050】
1 オイルシール
2 軸
3 油
11 油温度データベース
12 軸稼動時間データベース
13 故障履歴データベース
15 演算装置
18 確率分布データベース
100 故障確率評価装置
200 油圧ショベル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11