(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022164116
(43)【公開日】2022-10-27
(54)【発明の名称】転造平ダイス
(51)【国際特許分類】
B21H 3/06 20060101AFI20221020BHJP
B21H 3/02 20060101ALI20221020BHJP
【FI】
B21H3/06 A
B21H3/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021069400
(22)【出願日】2021-04-16
(71)【出願人】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】595120840
【氏名又は名称】大高精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104178
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100174344
【弁理士】
【氏名又は名称】安井 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】加藤 竜一
(57)【要約】
【課題】転造圧の負荷を分散できる転造平ダイスを提供する。
【解決手段】転造平ダイス1は、固定側ダイス2と移動側ダイス3を備える。固定側ダイス2は、食付き部21と仕上げ部22を備える。移動側ダイス3は、食付き部31と仕上げ部32を備える。このような構成を備える転造平ダイス1において、固定側ダイス2の食付き長さP1と移動側ダイス3の食付き長さQ1は互いに異なる。これにより、転造平ダイス1は、転造中に転造平ダイス1にかかる負荷のピークを2つに分散させ、ダメージが集中しないようにできる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸状のワークを挟んで相対移動することにより前記ワークを塑性変形させてネジ山を転造する第1ダイスと第2ダイスからなる転造平ダイスであって、
前記第1ダイス及び前記第2ダイスの夫々は、
転造方向始端側から後端側に向かって漸次高くなるように傾斜し、前記ワークの外周面に食付く食付き部と、
前記食付き部の後端から前記転造方向に対して平行に延び、前記食付き部によって前記外周面に転造された前記ネジ山の形状を仕上げる仕上げ部と
を備え、
前記第1ダイス及び前記第2ダイスの夫々の前記食付き部の前記転造方向に平行な長さである食付き長さが互いに異なること
を特徴とする転造平ダイス。
【請求項2】
前記第1ダイス及び前記第2ダイスのうち片方のダイスの前記食付き長さは、前記第1ダイスの全長の10%以上50%以下であって、
他方のダイスの前記食付き長さは、前記第1ダイスの全長の50%以上80%以下であること
を特徴とする請求項1に記載の転造平ダイス。
【請求項3】
前記第1ダイスと前記第2ダイスの夫々の前記食付き長さの差は、前記ワークの外周の1/2以上の長さであること
を特徴とする請求項1又は2に記載の転造平ダイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転造平ダイスに関する。
【背景技術】
【0002】
一組の転造平ダイスは固定側ダイスと移動側ダイスで構成され、軸状のワークを挟んで相対移動することによりワークを塑性変形させてネジ山を転造する。転造平ダイスは、食付き部と仕上げ部を備える。食付き部は、転造方向始端側から後端側に向かって漸次高くなるように傾斜し、ワークの外周面に食付く。仕上げ部は、食付き部の後端から転造方向に対して平行に延び、食付き部によって外周面に転造されたネジ山の表面を仕上げる。例えば、食付き部における始点の加工歯が、仕上げ部の加工歯に比べて、その歯丈が低く且つ歯先角および当該始点の加工歯間の谷角が大きい転造平ダイスが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
食付き部は固定側ダイスのみ、又は移動側ダイスと固定側ダイスの両方に設定されるのが一般的である。食付き部が両方に設定される場合、夫々の長さと勾配は互いに同一に設定される。転造によるワークの加工硬化と塑性量は、食付き部前半よりも後半の方が大きい。それ故、食付き部後半から仕上げ部の始まりにかけて転造圧の負荷が一箇所に集中してしまい、チッピングや摩耗が発生して寿命を低下させる要因になっていた。
【0005】
本発明の目的は、転造圧の負荷を分散できる転造平ダイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1の転造平ダイスは、軸状のワークを挟んで相対移動することにより前記ワークを塑性変形させてネジ山を転造する第1ダイスと第2ダイスからなる転造平ダイスであって、前記第1ダイス及び前記第2ダイスの夫々は、転造方向始端側から後端側に向かって漸次高くなるように傾斜し、前記ワークの外周面に食付く食付き部と、前記食付き部の後端から前記転造方向に対して平行に延び、前記食付き部によって前記外周面に転造された前記ネジ山の形状を仕上げる仕上げ部とを備え、前記第1ダイス及び前記第2ダイスの夫々の前記食付き部の前記転造方向に平行な長さである食付き長さが互いに異なることを特徴とする。これにより、転造中に転造平ダイスにかかる負荷のピークを2つに分散させ、ダメージが集中しないようにできる。従って、転造平ダイスは摩耗やチッピングの発生を遅らせることができるので、耐久性を向上できる。
【0007】
請求項2の転造平ダイスの前記第1ダイス及び前記第2ダイスのうち片方のダイスの前記食付き長さは、前記第1ダイスの全長の10%以上50%以下であって、他方のダイスの前記食付き長さは、前記第1ダイスの全長の50%超え80%以下であってもよい。第1ダイスの食付き長さの最適範囲、及び第2ダイスの食付き長さの最適範囲を夫々規定することで、転造平ダイスへの負荷を効果的に分散できる。
【0008】
請求項3の転造平ダイスの前記第1ダイスと前記第2ダイスの夫々の前記食付き長さの差は、前記ワークの外周の1/2以上の長さであってもよい。これにより、転造平ダイスにかかる負荷を相互に離れた2つの位置に分散できるので、転造平ダイスへの負荷を効果的に分散できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】転造平ダイス1でワークWを転造する状態を示す図である。
【
図2】転造平ダイス1を構成する(A)固定側ダイス2と(B)移動側ダイス3を示す図である。
【
図3】No1~5の転造平ダイスの夫々の食付き長さと食付き勾配角を示す表である。
【
図4】No1~3の転造平ダイスでワークを転造したときの各転造圧を示すグラフである。
【
図5】No4と5の転造平ダイスでワークを転造したときの各転造圧を示すグラフである。
【
図7】従来品の転造時における(A)押込み面積の累積量と(B)押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図8】No2の転造平ダイスの転造圧を示すグラフに、押込み面積の増加量を示すグラフを重ね合わせた状態の図である。
【
図9】シミュレーション評価の結果を示す表である。
【
図10】転造平ダイスD1の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図11】転造平ダイスD2の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図12】転造平ダイスD3の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図13】転造平ダイスD4の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図14】転造平ダイスD5の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図15】転造平ダイスD6の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図16】転造平ダイスD7の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図17】転造平ダイスD8の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【
図18】転造平ダイスD9の押込み面積の増加量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の実施形態を説明する。本発明は、下記の実施例に限定されず、適宜設計変更が可能である。説明を明瞭とする為、適宜図面において実際の寸法比率とは異なる寸法比率で示す箇所があるが、これにより本発明がその形状に限定して解釈されることはない。
【0011】
図1を参照し、転造平ダイス1の構成を説明する。
図1に示すように、転造平ダイス1は一組の固定側ダイス2と移動側ダイス3を備え、図示しない転造盤に取り付けられる。固定側ダイス2と移動側ダイス3の夫々の材質は限定しないが、例えば冷間ダイス鋼が用いられる。固定側ダイス2は略直方体状に形成され、一面に固定側転造面20を備える。移動側ダイス3は略直方体状に形成され、一面に移動側転造面30を備える。各転造面20,30には、ワークWの被加工部分をネジ形状とする為の加工歯(図示略)が複数設けられる。加工歯のピッチは、各転造面20,30の全面に亘ってボルト(図示略)のネジのピッチと等しい間隔に設定される。
【0012】
転造盤において、固定側ダイス2と移動側ダイス3は、各転造面20,30が互いに向き合うように取り付けられる。各転造面20,30の間にワークWが挟持される。ワークWは丸棒状の母材であり、例えばクロムモリブデン鋼を熱処理することによって軽量化された高硬度の材料が採用される。この状態で、転造盤は、固定側ダイス2に対して移動側ダイス3を所定方向に沿って移動させる(U1中に示す矢印の方向)。所定方向とは、各転造面20,30に平行な方向であり、転造方向と一致する。ワークWは矢印の方向に回転しながら、各転造面20,30の加工歯により被加工部分が塑性変形されてボルトのネジ部分となる。これにより、ワークWが転造加工されてボルト(図示略)が製造される。
【0013】
図2を参照し、各転造面20,30を説明する。
図2(A)に示すように、固定側転造面20は、転造方向の始端25側から後端26側に向かって順に、食付き部21、仕上げ部22、逃げ部23を備える。食付き部21は、始端25側から後端26側に向かって漸次高くなるように傾斜し、ワークWの外周面に食付く部分である。仕上げ部22は食付き部21に隣接して設けられ、転造方向に対して平行である。仕上げ部22は、食付き部21によってワークWの外周面に転造されたネジ山の表面形状を仕上げる部分である。逃げ部23は仕上げ部22に隣接して設けられ、後端26側に向かって漸次低くなるように傾斜し、ワークWの外周面から離間する部分である。
【0014】
他方、
図2(B)に示すように、移動側転造面30も固定側転造面20と同様に、転造方向の始端35側から後端36側に向かって順に、食付き部31、仕上げ部32、逃げ部33を備える。なお、各部位は、固定側転造面20の食付き部21、仕上げ部22、逃げ部23と同様なので説明を省略する。
【0015】
そして、本実施形態は、固定側ダイス2の全長をL1、固定側転造面20の食付き部21の転造方向の長さ(以下「食付き長さ」と呼ぶ)をP1、食付き部21の食付き勾配角をαとする。移動側ダイス3の全長をL2、移動側転造面30の食付き部31の食付き長さをQ1、食付き部31の食付き勾配角をβとする。なお、転造方向の長さとは、転造方向に平行な長さを意味する。食付き勾配角とは、仕上げ部に対する食付き部の勾配角度を意味する。
【0016】
上記の各転造面20,30において、固定側転造面20の食付き長さP1よりも、移動側転造面30の食付き長さQ1の方が長い。具体的に言うと、食付き長さP1は、固定側ダイス2の全長L1の10%以上50%以下とし、食付き長さQ1は、固定側ダイス2の全長L1の50%以上80%以下とする。さらに、食付き長さP1とQ1の差は、ワークWの外周の1/2以上の長さとするのが望ましい。
【0017】
このように、転造平ダイス1において、固定側ダイス2の食付き部21の食付き長さと、移動側ダイス3の食付き部31の食付き長さを互いに異ならせる。これにより、転造平ダイス1は、ネジの転造中に固定側ダイス2と移動側ダイス3にかかる負荷のピークを2つに分散させ、ダメージが一箇所に集中しないようにできる。従って、転造平ダイス1は摩耗やチッピングの発生を遅らせることができるので、耐久性を向上できる。
【0018】
次に、食付き長さを異ならせたことによる転造中の転造圧の差異を検証する為、転造圧試験を行った。
図3に示すように、本試験では、No1~5の5つの転造平ダイス(固定側ダイスと移動側ダイス)を準備した。No1は2WAYの従来品であり、固定側ダイスの転造面の始端側と終端側に食付き部を設けたものである。食付き長さは24mm、食付き勾配角は1°40'である。No2は1WAYの従来品であり、固定側ダイスの転造面の始端側に食付き部を設けたものである。食付き長さは110mm、食付き勾配角は0°22'である。No3は1WAYの従来品であり、固定側ダイスと移動側ダイスの両方の転造面の始端側に食付き部を夫々設けたものである。固定側ダイスの食付き長さは110mm、食付き勾配角は0°22'である。移動側ダイスの食付き長さも110mm、食付き勾配角も0°22'である。
【0019】
No4は本発明品であり、移動側ダイスの食付き長さは120mm、食付き勾配角は0°11'である。固定側ダイスの食付き長さは24mm、食付き勾配角は0°50'である。No5も本発明品であり、移動側ダイスの食付き長さは145mm、食付き勾配角は0°09'である。固定側ダイスの食付き長さは24mm、食付き勾配角は0°50'である。No4とNo5では、移動側ダイスの食付き長さと食付き勾配角が互いに異なる。これら5つの転造平ダイスでワークWを転造したときの転造圧を測定した。なお、転造圧は、転造盤に取り付けられたピエゾセンサで測定した。ピエゾセンサは、転造時の圧力を感知して電圧に変換する機器である。
【0020】
結果について説明する。
図4に示すように、No1の転造平ダイスでは、移動側ダイスを60mm移動したときに転造圧の高いピークA1が現れたことから、転造による負荷が一箇所に集中していたことが分かった。No2と3の転造平ダイスにおいても、移動側ダイスを111mm移動したときに転造圧の高いピークA2が現れたことから、転造による負荷が一箇所に集中していたことが分かった。
【0021】
No1~3に対して、
図5に示すように、No4の転造平ダイスでは、移動側ダイスを57mm移動したときと、112mm移動したときに2つのピークA3とA4が夫々現れたことから、転造による負荷が二ヵ所に分散していたことが分かった。また、No5の転造平ダイスでも同様に、移動側ダイスを57mm移動したときと、122mm移動したときに2つのピークA3とA4が夫々現れたことから、転造による負荷が二ヵ所に分散していたことが分かった。以上の結果より、本発明品は従来品に比べて、転造による負荷を分散できることが実証された。
【0022】
次に、食付き長さを互いに異ならせたことによる耐久性の向上を検証する為、耐久性試験を行った。
図6に示すように、本試験では、従来品と本発明品の2種類で行った。従来品は1WAYで、固定側ダイスの転造面の始端側に食付き部を設けたものであり、食付き長さは110mm、食付き勾配角は0°28'である。本発明品の移動側ダイスの食付き長さは170mm、食付き勾配角は0°10'であり、固定側ダイスの食付き長さは80mm、食付き勾配角は0°19'である。転造するワークの加工条件について、ねじ呼び=M8×1.25、材質=SCM435、ねじ長=20mm、硬さ=39.5HRCとした。転造後の寸法について、素材径=φ7.088mm、外径=φ7.84mm、有効径=7.05mmとした。これらを条件としてワークの転造を繰り返し行い、ダイス寿命について判定すると共に、繰り返し転造した後のワーク、固定側ダイス、移動側ダイスの夫々の状態について観察した。
【0023】
結果について説明する。従来品のダイス寿命は14,000本であった。ダイス寿命時のワークにはバリが見られた。ダイス寿命時の移動側ダイスにおいて、食付き部と仕上げ部の何れにもチッピングが見られた。ダイス寿命時の固定側ダイスにおいても、食付き部と仕上げ部の何れにもチッピングが見られた。仕上げ部にチッピングが見られたことから、ワークの仕上げに影響し、ワーク表面にバリが発生したと推測される。
【0024】
本発明品においては、28,000本のワークを転造しても、ワークにバリが発生せず、異常が無かったことから、ワーク寿命は28,000本以上とした。28,000本を転造した後の固定側ダイスにおいて、食付き部と仕上げ部の何れにもチッピングが見られた。他方、移動側ダイスにおいては、食付き部にはチッピングが見られたが、仕上げ部にはチッピングが見られなかった。このことから、ワークにチッピングの影響が見られず、従来品よりも多くのワークを転造できたと推測される。以上の結果より、本発明品は従来品に比べて、耐久性が向上することが実証された。
【0025】
次に、転造時に転造平ダイスにかかる負荷と、ワークに対する1山当たりの押込み面積量との相関について説明する。
図7(A)のグラフは、従来品の転造時のワーク回転数と、ワークに対する一山あたりの押込み面積の累積量(mm
2)との関係を示す。従来品は、
図3に示すNo2の転造平ダイスである。この従来品で転造すると、ワーク回転数は固定側ダイスの全長において9.9回転、食付き部において4.9回転である。転造を開始すると、ワークに対して各ダイスの食付き部の山が押し込まれる。ワーク回転数に応じて一山あたりの押込み面積の累積量は上昇する。ワーク回転数が4.9回転の位置は、固定側ダイスの全長の中間位置に相当する。それ故、ワークは固定側ダイスの全長の中間位置で食付き部から仕上げ部へ移動する。仕上げ部において、押込み面積の累積量は0.16mm
2付近でほぼ一定になる。
【0026】
図7(B)のグラフは、従来品の転造時のワーク回転数と、ワークに対する一山あたりの押込み面積の増加量との関係を示す。上記の通り、転造を開始すると、ワークに対して各ダイスの食付き部の山が押し込まれるので、ワーク回転数に応じて一山あたりの押込み面積の増加量は上昇する。ワーク回転数が4.9回転を過ぎる位置、即ち固定側ダイスの全長の中間位置で、押込み面積の増加量は0.55mm
2で最大となる。ワーク表面にネジ山が形成され、ワークは食付き部から仕上げ部へ移動する。このとき、押込み面積の増加量は急激に低下して5.5回転でほぼ0になる。なお、
図7(B)では、押込み面積の増加量を分かり易く図示する為、仕上げ部において0になっているが、実際はネジ山の仕上げを行うため、転造平ダイスには転造圧がかかっている。
【0027】
押込み面積の増加量が最大のとき、転造面にかかる負荷は最大となる。ここで、
図4のNo2の転造圧のグラフに、
図7(B)の押込み面積の増加量のグラフを合わせると、
図8に示すように、2つのグラフの傾向はほぼ一致すると共に、転造圧のピークA2と一山あたりの押込み面積の増加量のピークとがほぼ一致する。これにより、転造時における転造平ダイスにかかる負荷と、ワークに対する一山当たりの押込み面積の増加量との間に相関があることが分かった。
【0028】
次に、転造平ダイス1の食付き長さの全長に対する最適な比率を検証する為、転造中にかかる負荷をシミュレーションして評価を行った。上記の通り、転造時における転造平ダイスにかかる負荷と、ワークに対する一山当たりの押込み面積の増加量との間に相関があることが分かった。そこで、本実施形態は、転造時の一山当たりの押込み面積の増加量を分析することで、転造時の転造平ダイスにかかる負荷についてシミュレーションを行った。本実施形態はそのシミュレーション結果を元に、固定側ダイス2の食付き長さP1と、移動側ダイス3の食付き長さQ1の最適範囲を規定する数値限定の評価を行った。なお、本評価では、固定側ダイス2を食付き長さが短い方、移動側ダイス3を食付き長さが長い方としているが、食付き長さが相互に逆の関係であってもよい。
【0029】
固定側ダイス2の全長L1は220mm、移動側ダイス3の全長L2は240mmである。
図9に示すように、固定側ダイス2については、食付き長さP1が11~121mmの範囲内である11種類を評価の対象とした。移動側ダイス3については、食付き長さQ1が99~187mmの範囲内である9種類を評価の対象とした。そして、11種類の固定側ダイス2と9種類の移動側ダイス3を相互に組み合わせてワークを転造したときの負荷について、一山当たりの押込み面積の増加量でシミュレーションを行い、◎、〇、×の3段階で評価した。食付き長さP1の比率は、固定側ダイス2の全長L1に対する比率である。食付き長さQ1の比率は、固定側ダイス2の全長L1に対する比率である。
【0030】
なお、食付き長さP1:Q1が110mm:99mm、121mm:55mm、121mm:110mmの組み合わせは、99mm:110mm、55mm:121mm、110mm:121mmの組み合わせと逆の関係、即ち固定側ダイス2と移動側ダイス3の食付き長さが逆であって互いに重複するので、評価を省略した。
【0031】
結果について説明する。
図9に示すように、固定側ダイス2の食付き長さP1が11mm(比率=5%)で、移動側ダイス3の食付き長さQ1が99~187mmの転造平ダイスは×とした。
図10に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が11mm:99mmの転造平ダイスD1の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量は2つのピークB1,B2に分散するが、転造初期に発生するピークB1が高いので、食付き初期の負荷が大きいと推測される。なお、上記範囲の転造平ダイスにおいては、同様の傾向が確認された。
【0032】
移動側ダイス3の食付き長さQ1が99mm(比率=45%)で、固定側ダイス2の食付き長さP1が22~99mm(比率=10~45%)の転造平ダイスも×とした。
図11に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が22mm:99mmの転造平ダイスD2の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB3,B4が中心点Mより食付き側に位置する。この構成の場合、移動側ダイス3の仕上げ部32の長さが長くなるので、仕上げ部22,32において欠けが生じ易くなる。また、移動側ダイス3の食付き長さQ1が短いことから、食付き側においてネジ山が盛り上がりきらず、仕上げ部22,32にさらに負荷がかかり、欠けがより生じ易くなる。これにより、ワーク表面に形成されるネジ山が早期に欠け易くなると推測される。なお、上記範囲の転造平ダイスにおいては、同様の傾向が確認された。
【0033】
移動側ダイス3の食付き長さQ1が187mm(比率=85%)で、固定側ダイス2の食付き長さP1が22~110mm(比率=10~50%)の転造平ダイスも×とした。
図12に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が11mm:187mmの転造平ダイスD3の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB5,B6は中心点Mより後端側で集中して発生し、さらに2番目のピークB6は転造の終盤に発生する。これは、移動側ダイス3の仕上げ部32が短くなり過ぎたことが原因と思われる。このことから、仕上げ部の終盤において負荷がかかると推測される。なお、上記範囲の転造平ダイスにおいては、同様の傾向が確認された。
【0034】
固定側ダイス2の食付き長さP1が121mm(比率=55%)で、移動側ダイス3の食付き長さQ1が121~187mm(比率=55~85%)の転造平ダイスも×とした。
図13に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が121mm:176mmの転造平ダイスD4の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB7,B8が中心点Mより後端側に発生するので、転造後半において負荷が集中し、ワーク表面の仕上げに影響すると推測される。なお、上記範囲の転造平ダイスにおいては、同様の傾向が確認された。
【0035】
食付き長さP1:Q1が110mm:110mmの転造平ダイスは、比率が何れも50%で食付き長さが同じである。この場合、押込み面積の増加量のピークは一つであり、従来品のピークと一致するので×とした。
【0036】
食付き長さP1:Q1が99mm:110mmの転造平ダイスでは、押込み面積の増加量のピークは2つに分散するが、食付き長さP1とQ1の差がワーク外周の1/2以下で短いことから、2つのピークは互いに接近している。これにより、転造中にかかる負荷は従来品とほとんど変わらず、ほぼ一箇所に集中してしまうので、×とした。
【0037】
上記×と判定した以外の範囲、即ち、固定側ダイス2の食付き長さP1が22mm~110mm(比率=10%~50%)、移動側ダイス3の食付き長さQ1が110mm~176mm(比率=50%~80%)で、食付き長さP1:Q1が110mm:110mmの転造平ダイスと、食付き長さP1:Q1が99mm:110mmを省いた転造平ダイスにおいては、押込み面積の増加量のピークが中心点Mを挟むようにして2つに分散して発生するので、耐久性向上の効果があるものとし、その中で以下のように、◎又は〇の2段階でさらに評価を行った。
【0038】
図14に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が55mm:143mm(比率=25%:65%)の転造平ダイスD5の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB9,B10が中心点Mを挟むようにして発生するが、一つ目のピークB9が従来品のピークよりも高いことから〇と判定した。
【0039】
図15に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が77mm:110mm(比率=35%:50%)の転造平ダイスD6の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB11,B12が中心点Mを挟むようにして発生するが、一つ目のピークB11が従来品のピークよりも高いことから〇と判定した。
【0040】
図16に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が77mm:176mm(比率=35%:80%)の転造平ダイスD7の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB13,B14が中心点Mを挟むようにして発生するが、移動側ダイス3の仕上げ部32が短く、仕上げ部のワーク回転数が少ないことから〇と判定した。
【0041】
図17に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が99mm:143mm(比率=45%:65%)の転造平ダイスD8の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB15,B16が中心点Mを挟むようにして発生するが、一つ目のピークB15の勾配が、従来品のピークの勾配よりも小さく、ピークB15とP16が比較的近いので〇と判定した。
【0042】
図18に示すグラフは、食付き長さP1:Q1が77mm:143mm(比率=35%:65%)の転造平ダイスD9の押込み面積の増加量を示す。押込み面積の増加量の2つのピークB17,B18は中心点Mを挟むようにして互いに離間して発生し、ピークB17,B18は何れも従来品のピークよりも低いので、◎と判定した。なお、固定側ダイス2の食付き長さP1が66mm~88mm(比率=30%~40%)、移動側ダイス3の食付き長さQ1が121mm~165mm(比率=55%~75%)の転造平ダイスにおいて同様の傾向が確認できたので、それらの範囲においては◎と判定した。
【0043】
以上の結果より、転造平ダイス1は、食付き長さP1とQ1が互いに異なると共に、食付き長さP1が全長L1の10%以上50%以下、食付き長さQ1が全長L1の50%以上80%以下の各範囲内であることが好ましいと実証された。さらに、食付き長さP1が全長L1の30%以上40%以下、食付き長さQ1が全長L1の55以上75%以下の各範囲内であることがより好ましいことも実証された。また、食付き長さP1とQ1の差がワーク外周の1/2以上の長さにすることについても実証された。
【0044】
上記説明にて、固定側ダイス2は、本発明の「第1ダイス」の一例である。移動側ダイス3は、本発明の「第2ダイス」の一例である。
【0045】
以上説明したように、本実施形態の転造平ダイス1は、軸状のワークWを挟んで相対移動することによりワークWを塑性変形させてネジ山を転造する固定側ダイス2と移動側ダイス3からなる。固定側ダイス2は、食付き部21と仕上げ部22を備える。食付き部21は、転造方向の始端25側から後端26側に向かって漸次高くなるように傾斜し、ワークWの外周面に食付く部分である。仕上げ部22は、食付き部21の後端から転造方向に対して平行に延び、食付き部21によって外周面に転造されたネジ山の表面を仕上げる。移動側ダイス3は、食付き部31と仕上げ部32を備える。食付き部31は、転造方向の始端35側から後端36側に向かって漸次高くなるように傾斜し、ワークWの外周面に食付く部分である。仕上げ部32は、食付き部31の後端から転造方向に対して平行に延び、食付き部31によって外周面に転造されたネジ山の表面を仕上げる。このような構成を備える転造平ダイス1において、固定側ダイス2の食付き長さP1と移動側ダイス3の食付き長さQ1は互いに異なる。
【0046】
これにより、転造平ダイス1は、転造中に転造平ダイス1にかかる負荷のピークを2つに分散させ、ダメージが集中しないようにできる。従って、転造平ダイス1は摩耗やチッピングの発生を遅らせることができるので、耐久性を向上できる。また、耐久性が向上することから、例えば熱処理された硬い材質のワークも良好に転造できる。さらに、転造平ダイス1は、従来の転造設備に取り付けてワークWを加工できるので、コストは変わらない。
【0047】
また、上記実施形態の転造平ダイス1によれば、食付き長さP1とQ1が互いに異なることを前提とした上で、固定側ダイス2の食付き長さP1は、固定側ダイス2の全長L1の10%以上50%以下である。移動側ダイス3の食付き長さQ1は、固定側ダイス2の全長L1の50%以上80%以下である。固定側ダイス2の食付き長さP1の最適範囲、及び移動側ダイス3の食付き長さQ1の最適範囲を夫々規定することで、転造平ダイス1への負荷を効果的に分散できる。
【0048】
また、上記実施形態の転造平ダイス1によれば、食付き長さP1とQ1の差は、ワークWの外周の1/2以上の長さである。これにより、転造平ダイス1にかかる負荷を相互に離れた2つの位置に分散できるので、転造平ダイス1への負荷を効果的に分散できる。
【0049】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、種々の変更が可能である。上記実施形態では、固定側ダイス2の全長L1よりも、移動側ダイス3の全長L2の方が長いが、全長L1とL2は互いに同一でもよく、全長L1の方を長くしてもよい。固定側ダイス2の逃げ部23、移動側ダイス3の逃げ部33は省略してもよい。
【0050】
上記実施形態では、固定側ダイス2の食付き長さP1を、固定側ダイス2の全長L1の10%以上50%以下とし、移動側ダイス3の食付き長さQ1を、固定側ダイス2の全長L1の50%以上80%以下とするが、食付き長さP1を、固定側ダイス2の全長L1の50%以上80%以下とし、移動側ダイス3の食付き長さQ1を、固定側ダイス2の全長L1の10%以上50%以下としてもよい。また、食付き長さP1,Q1の夫々の最適範囲について、固定側ダイス2の全長L1を基準に規定するが、移動側ダイス3の全長L2を基準に規定してもよい。
【0051】
上記実施形態では、食付き長さP1とQ1について数値限定をしたが、食付き長さP1は、固定側ダイス2の全長L1の半分より短ければよく、食付き長さQ1は、固定側ダイス2の全長L1の半分より長ければよい。
【0052】
上記実施形態では、食付き長さP1とQ1の差は、ワークWの外周の1/2以上の長さとしたが、少なくとも食付き長さP1とQ1が互いに異なっていればよい。
【符号の説明】
【0053】
1 転造平ダイス
2 固定側ダイス
3 移動側ダイス
21 食付き部
22 仕上げ部
25 始端
26 後端
31 食付き部
32 仕上げ部
35 始端
36 後端
L1 全長
W ワーク