(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022164203
(43)【公開日】2022-10-27
(54)【発明の名称】免震機構
(51)【国際特許分類】
F16F 15/02 20060101AFI20221020BHJP
E04H 9/02 20060101ALI20221020BHJP
【FI】
F16F15/02 L
F16F15/02 E
E04H9/02 331E
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021069541
(22)【出願日】2021-04-16
(71)【出願人】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】磯田 和彦
(72)【発明者】
【氏名】劉 銘崇
【テーマコード(参考)】
2E139
3J048
【Fターム(参考)】
2E139AA01
2E139AC19
2E139BA04
2E139CA21
2E139CB05
2E139CC02
3J048AA05
3J048AC01
3J048AC06
3J048BC09
3J048BE10
3J048BG04
3J048EA38
(57)【要約】
【課題】任意の復元力特性を実現することができる免震機構を提供する。
【解決手段】免震機構1は、下部構造体11と下部構造体11に対して相対的に移動可能な上部構造体12との間に設置される免震機構1であって、水平面に沿う任意の方向に変位可能であるとともに、原位置に戻る復元力を有する傾斜滑り支承20と、金属材料が降伏することによって、上部構造体12の振動エネルギーを熱エネルギーに変換する鋼材ダンパー30と、を備え、傾斜滑り支承20の傾斜復元力が、傾斜滑り支承20の摩擦抵抗力と鋼材ダンパー30の降伏荷重との合計の0.5倍以上とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下部構造体と該下部構造体に対して相対的に移動可能な上部構造体との間に設置される免震機構であって、
水平面に沿う任意の方向に変位可能であるとともに、原位置に戻る復元力を有する傾斜滑り支承と、
金属材料が降伏することによって、前記上部構造体の振動エネルギーを熱エネルギーに変換する鋼材ダンパーと、を備え、
前記傾斜滑り支承の傾斜復元力が、前記傾斜滑り支承の摩擦抵抗力と前記鋼材ダンパーの降伏荷重との合計の0.5倍以上とする免震機構。
【請求項2】
下記の条件式(1)で表されている請求項1に記載の免震機構。
【数1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免震機構に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、免震構造において、自重を支持する支承として積層ゴムや滑り支承が一般的に用いられている。積層ゴムは、高性能であるが、コストが高く過大な変形に対処しにくいという問題がある。滑り支承は、ローコストで過大な変形にも対処しやすいが、地震後に残留変形が生じるという問題がある。両者を併用数することで、免震層の変位や残留変位を抑制する方法もあるが、両者のクリープや軸伸縮量の違いが問題となる。
【0003】
一方、ローコストな滑り支承に復元機能を加えたFPS(Friction Pendulum System)が実用化されている。これは上下の構造体に固定される滑り面(摺動面)を球面とし、この間に可動子となる部材を挟んだものである。FPSは、構造体の重量に関係なく、球面半径を振り子長さとした周期が免震層の固有周期となる。また、滑り面が球面であるため、原位置への復元機能を有している。しかし、原位置の近傍では球面の勾配がほとんどないため復元力が小さく、ある程度の残留変位は生じていた。FPSは、比較的軸力が小さい小規模な建物に採用されているが、滑り面の面積が大きく上下に大きな球面板が必要になる問題があった。
【0004】
これに対し、下記の特許文献1,2に、残留変位をより効果的に抑制できる傾斜滑り支承が提案されている。特許文献1,2に記載された傾斜滑り支承は、V型の傾斜面を滑り面として天地逆に十字配置し、交差部に摺動子を設けたものである。これは微小変位でも傾斜面の勾配により一定の復元力を持つため、従来のFPSやLRB(鉛入り積層ゴム)に比べて、残留変位を大幅に低減できる特徴をもつ。また、傾斜面の勾配や滑り面の摩擦係数を調整することで、種々の復元力特性を得ることができる。
図17に傾斜滑り支承の復元力特性を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-130216号公報
【特許文献2】特開2015-230033号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1,2に記載の傾斜滑り支承において、傾斜面の勾配や滑り面の摩擦係数は任意に設定できるわけではない。傾斜面の勾配は小さすぎると復元力が不足して残留変位が増大し、大きすぎると加速度が増大してしまう。このため、傾斜面の勾配θの適切な範囲は0.015≦tanθ≦0.045程度となる。滑り面の摩擦係数は摩擦材に依存するため、既存の製品から選択するしかなく、選択肢(摩擦係数の値)は限定される。このため、傾斜滑り支承の復元力特性(荷重-変位関係)は限られた範囲内から選定するしかなく、任意に設定することはできないとう問題点があった。
【0007】
そこで、本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、既存製品の限定された摩擦係数を用いながら任意の復元力特性を実現することができる免震機構を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を採用している。
すなわち、本発明に係る免震機構は、下部構造体と該下部構造体に対して相対的に移動可能な上部構造体との間に設置される免震機構であって、水平面に沿う任意の方向に変位可能であるとともに、原位置に戻る復元力を有する傾斜滑り支承と、鋼材ダンパーと、を備え、前記傾斜滑り支承の傾斜復元力が、前記傾斜滑り支承の摩擦抵抗力と前記鋼材ダンパーの降伏荷重との合計の0.5倍以上とする。
【0009】
また、本発明に係る免震機構は、下記の条件式(1)で表されていてもよい。
【数1】
【0010】
このように構成された免震機構では、復元力特性が摩擦力をμW+Fyとみなした傾斜滑り支承の復元力特性とほぼ同じになる。傾斜滑り支承の傾斜復元力が、傾斜滑り支承の摩擦抵抗力と鋼材ダンパーの降伏荷重との合計の0.5倍以上(換言すると、鋼材ダンパーの降伏荷重を、傾斜滑り支承の傾斜復元力の2倍-傾斜滑り支承の摩擦抵抗力以下)となるように鋼材ダンパーの諸元を調整することによって、残留変位を抑制しつつ、任意の復元力特性を実現することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る免震機構によれば、既存製品の限定された摩擦係数を用いながら任意の復元力特性を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係る免震機構を示す模式的な図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る免震機構の振動モデルの一例を示す図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る免震機構の傾斜滑り支承の分解斜視図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る免震機構の傾斜滑り支承を示し、(a)平面図であり、(b)(a)のb-b線断面図であり、(c)(a)のc-c線断面図である。
【
図5】本発明の一実施形態に係る免震機構の鋼材ダンパーを示す斜視図である。
【
図6】本発明の一実施形態に係る免震機構の鋼材ダンパーの復元力特性を示す図である。
【
図7】本発明の一実施形態に係る免震機構の復元力特性を示す図である。
【
図8】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証において傾斜滑り支承の復元力特性を示し、(a)摺動復元力を示し、(b)傾斜復元力を示す。
【
図9】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証において使用する地震波の波形を示し、(a)エルセントロ、(b)タフト、(c)八戸、(d)告示(神戸位相)、(e)告示(関東位相)、(f)告示(八戸位相)を示している。
【
図10】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証において使用する鋼材ダンパーの復元力特性を示す図である。
【
図11】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証結果を示し、(a)質点における加速度波形を示し、(b)質点における免震層の変位波形(告示神戸)を示し、(c)(b)の免震層の変位波形の局部拡大を示す。
【
図12】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証結果で復元力特性を示し、(a)傾斜滑り支承の傾斜復元力の履歴を示し、(b)傾斜滑り支承の摩擦復元力の履歴を示し、(c)鋼材ダンパーのせん断力の履歴を示し、(d)(a),(b)及び(c)の合成後の復元力特性を示す。
【
図13】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証結果でCase1の免震層の変位波形を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。
【
図14】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証結果でCase2の免震層の変位波形を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。
【
図15】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証結果でCase3の免震層の変位波形を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。
【
図16】本発明の一実施形態に係る免震機構の検証結果で残留変位とWtanθ/(μW+F
y)との関係を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。
【
図17】従来の傾斜滑り支承の復元力特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態に係る免震機構について、図面を用いて説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る免震機構を示す模式的な図である。
図2は、本発明の一実施形態に係る免震機構の振動モデルの一例を示す図である。
図1及び
図2に示すように、免震機構1は、下部構造体11と上部構造体12との間に設置される。免震機構1は、傾斜滑り支承20と、鋼材ダンパー30と、を備えている。下部構造体11と上部構造体12との間は、免震層13とされている。なお、傾斜滑り支承20及び鋼材ダンパー30の設置個数は、適宜設定可能である。
【0014】
傾斜滑り支承20は、上部構造体12を鉛直方向に支持しつつ水平方向に柔軟に変位させることができる免震装置である。傾斜滑り支承20は、周知の構成である。
【0015】
図3は、傾斜滑り支承20の分解斜視図である。
図4は、傾斜滑り支承20を示し、(a)平面図であり、(b)(a)のb-b線断面図であり、(c)(a)のc-c線断面図である。
例えば、
図3及び
図4に示すように、傾斜滑り支承20は、上部構造体12に固定される上部案内部材21と、下部構造体11に固定される下部案内部材22と、上部案内部材21と下部案内部材22との間に介装される摺動子23と、を有する。摺動子23は、上部案内部材21に対して水平一方向(図ではX方向として示す)にのみ摺動可能とされている。摺動子23は、下部案内部材22に対しては水平一方向と直交する水平他方向(図ではY方向として示す)にのみ摺動可能とされている。
【0016】
上部案内部材21及び下部案内部材22は、長尺のブロック状の部材である。上部案内部材21は、長手方向がX方向に沿うように配置されている。下部案内部材22は、長手方向がY方向に沿うように配置されている。
【0017】
上部案内部材21における下部案内部材22側を向く対向面(上部案内部材21の下面)には、長手方向に沿う溝24が形成されている。下部案内部材22における上部案内部材21側を向く対向面(上部案内部材21の上面)には、長手方向に沿う溝25が形成されている。
【0018】
溝24,25の深さは、長手方向の中央から両側に向かって漸次浅くなっている。溝24,25の底面は、緩慢なV形に傾斜する傾斜面とされている。
【0019】
上部案内部材21の溝24の底面は、X方向に沿って逆V形に緩慢に傾斜する下向きの上部傾斜面(傾斜面)26となっている。下部案内部材22の溝25の底面は、Y方向に沿ってV形に緩慢に傾斜する下向きの下部傾斜面(傾斜面)27となっている。
【0020】
摺動子23は、上部案内部材21の溝24及び下部案内部材22の溝25の内部に配置可能である。
図3に示すように、摺動子23の上面は、上部傾斜面26に対応して緩慢な逆V形に傾斜する上向きの傾斜面23uとされている。摺動子23の下面は、下部傾斜面27に対応して緩慢なV形に傾斜する下向きの傾斜面23dとされている。
【0021】
摺動子23の傾斜面23uが上部傾斜面26に密着し、傾斜面23dが下部傾斜面27に密着している。この状態で、摺動子23は上部案内部材21に対してはX方向にのみ摺動可能とされ、下部案内部材22に対してはY方向にのみ摺動可能とされ、それ以外の方向への変位や摺動は拘束されるようになっている。
【0022】
上部構造体12と下部構造体11との間で任意の水平方向への相対変位が生じた際には、摺動子23は上部傾斜面26に対してX方向に相対変位しつつ下部傾斜面27に対してY方向に相対変位する。このように、摺動子23は、上部構造体12と下部構造体11との間で生じる水平各方向(XY平面内の任意の方向)への相対変位に追随して変位する。
【0023】
摺動子23と下部案内部材22とがY方向に相対変位すると、摺動子23が下部案内部材22の下部傾斜面27を上るように下部案内部材22と相対変位する。これによって、摺動子23と下部案内部材22との相対変位がポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)として蓄積され、摺動子23が原位置に復元するための復元力(傾斜復元力)となる。摺動子23と上部案内部材21とがX方向に相対変位すると、上部案内部材21が摺動子23の傾斜面23uを上るように摺動子23と相対変位する。これによって、摺動子23と上部案内部材21との相対変位がポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)として蓄積され、摺動子23が原位置に復元するための復元力(傾斜復元力)となる。
【0024】
以下において、上部案内部材21の上部傾斜面26、下部案内部材22の下部傾斜面27及び摺動子23の傾斜面23u、傾斜面23dを、単に「傾斜面」と称することがある。傾斜面を摩擦係数μの滑り面で構成し、傾斜角θは、tanθ=0.015~0.045になるように設定する。
【0025】
鋼材ダンパー30は、金属材料が降伏することによって、上部構造体12の振動エネルギーを熱エネルギーに変換するように構成されている。鋼材ダンパー30は、水平面内の任意方向に対してほぼ同じ復元力特性を有する。鋼材ダンパー30は、製品として市販されている周知の構成である。
【0026】
図5は、鋼材ダンパー30を示す斜視図である。
例えば、
図5に示すように、鋼材ダンパー30は、下部構造体11に固定される下側ベースプレート31と、上部構造体12に固定される上側ベースプレート32と、4本のU型鋼材33と、有している。U型鋼材33は、金属減衰部材である鋼製である。U型鋼材33は、下側ベースプレート31及び上側ベースプレート32と、ボルト34を介して接続されている。4本のU型鋼材33は、互いに90度ずれた状態で配置されている。なお、U型鋼材33の本数は適宜設定可能である。ダンパーの復元力特性を
図6に示す(実線は実験値であり、破線はモデル化を示す)。
【0027】
以下に、上記の免震機構1の作用効果について説明する。
鋼材ダンパー30の降伏変位(折点変位)は、20~30mm程度である。降伏後の2次剛性は初期剛性の1/60程度である。鋼材ダンパー30の負担荷重は、U型鋼材33の厚さや本数などを調整することにより自由に設定することができる。
【0028】
傾斜滑り支承20の傾斜角θのtanθ=0.015~0.045は、地震時に応答加速度の増大を抑制しつつ復元力を確保できる範囲として設定するものである。例えばtanθ=0.02(勾配が1/50)ではθ=1.1°に相当する。この勾配では免震層13の水平変位500mmに対する鉛直変位は10mmであり、従来のFPSと比較してもわずかな高さ変化に留まり、傾斜滑り支承20の高さを小さくできる。また、傾斜面(滑り面)は、球面でなく傾斜平面のため、安価に製造できる。
【0029】
免震層13に設置した全ての鋼材ダンパー30の降伏荷重(降伏変位時の荷重)Fy、免震層13に作用する全荷重(自重)W、傾斜面(滑り面)の摩擦係数μのとき、下記の式(2)を満たすことによって、残留変位をほぼなくすことができる。詳細については、後述する検証で説明する。
【0030】
【0031】
近年、摩擦係数μを小さくして免震性能を向上させた滑り支承が実用化されてきた。例えばθ=1.5°、摩擦係数μ=0.012のとき、全荷重Wに対する鋼材ダンパーの降伏荷重Fyの比は、下記の式(3)となる。鋼材ダンパーの降伏荷重Fyを自重Wの0.04倍以下にすればよいことが分かる。
【0032】
【0033】
免震層13に作用する軸力(自重)Wとする。
傾斜による復元力Frは、Fr=Wtanθと表される。一方、摩擦抵抗力FfはFf=μWと表される。降伏荷重Fyより、残留変位をなくすためには、下記の式(4)とする必要がありそうだが、この1/2以下の復元力でもほぼ残留変形をなくせることが時刻歴応答解析で確認されている。なお、鋼材ダンパー30のない摩擦だけの免震機構については、特願2011-201873(特開2013-64418号公報)で同様の結果が示されている。
【0034】
【0035】
免震層13に並列配置された傾斜滑り支承20と鋼材ダンパー30とを備える免震機構1の復元力特性は、
図7に示すように、各々の復元力を重ね合わせ
図7の右図(復元力特性)の太線となり、鋼材ダンパー30がない
図17と類似した特性となる。
図7の復元力特性は、摩擦力をμW+F
yとみなした傾斜滑り支承の復元力特性とほぼ同じになることから、本実施形態によれば、鋼材ダンパー30の諸元を調整することで摩擦係数μを調整するのと同様の効果が得られる。鋼材ダンパー30は、ローコストで諸元の調整も容易なので、摩擦係数μを一定値としたままでも所望の復元力特性に調整しやすい。
【0036】
免震機構1において、滑りを生じ始めるときの水平荷重F0は、傾斜面の摩擦係数μ=0.012、傾斜角θ=1.5°として、下記の式(5)で表される。
【0037】
【0038】
すなわち、免震層13に作用する水平荷重F
0が自重Wの0.038倍まで全く変位せず、これに鋼材ダンパー30の降伏荷重F
yを加えた値を上回ると滑りを生じることになる。したがって、
図17の鋼材ダンパー30がない傾斜滑り支承と同様、免震構造物に生じる応答加速度は滑りを生じることで頭打ちされることとなる。一方、積層ゴムやダンパーからなる一般的な免震構造では、積層ゴムの剛性があるため加速度の頭打ちができず、過大な入力時での加速度は免震機構1の方が小さくできる。また、FPSや積層ゴムを免震支承に使用した場合には、免震層の固有周期が存在しその周期で加振入力された場合には共振により応答が大きくなる特性があるが、免震機構1の場合には固有周期が存在しないので共振することがない。
【0039】
滑り支承は滑り出す際に大きな剛性変化がある(滑る前は剛性∞、滑り後は剛性0と変化する)ため、過大な加速度を生じやすいが、免震機構1によれば鋼材ダンパー30の剛性があるため剛性変化が小さくなり(滑る前は鋼材ダンパー30の初期剛性、滑った後は2次剛性へと変化する)、過大な加速度を生じにくくなる。
【0040】
免震機構1の傾斜滑り支承20及び鋼材ダンパー30に加え、オイルダンパーを並列配置することもできる。オイルダンパーを並列配置することで、応答加速度をさらに低減することができる。
【0041】
次に、上記に示す免震機構1の残留変位に関する検証について説明する。解析モデルは、
図1及び
図2(1質点系)に示す構成とする。
【0042】
解析条件は、以下の通りである。
・全重量W=10000kN
・傾斜滑り支承:摩擦係数μ=0.012(摺動復元力を
図8の(a)に示す)(完全剛塑性とせず、実験結果をもとに折れ点変位0.2mmの初期剛性を設定する)
・傾斜滑り支承:傾斜角θ=1.5°(傾斜復元力を
図8の(b)に示す)
【0043】
パラメータは以下の通りである。
地震波は、下記の表1に示す通りであり、波形を
図9に示す。
【0044】
【0045】
鋼材ダンパーの降伏せん断力を
図10に示す。日鉄エンジニアリング株式会社製の免震NSUダンパー(登録商標)を使用する。
・降伏せん断力:F
yとする
・1次剛性の折曲がり点(降伏変位):20mmとする
・1次剛性k1:Fy/20mmとする
・2次剛性k2:1次剛性k1の1/60とする
【0046】
以下に、鋼材ダンパーの負担比(降伏荷重Fyの自重Wに対する比率)を変化させたときの解析を行い、残留変位の低減効果を検討する。傾斜面(滑り面)の傾斜角θ、摩擦係数μのとき、傾斜復元力F1及び履歴抵抗力F2は、下記の式(6)に示す通りである。
【0047】
【0048】
α=F1/F2を0.1~2.0まで変化させて時刻歴応答解析を行い、残留変位を計算した。下記の式(7)に示す。
【0049】
【0050】
ここでは、θ=1.5°,μ=0.012(低摩擦材)として6種類の地震動に対する応答解析を行い、α=0.3,0.5,1.0について各応答変位波形と残留変位を示すとともに、各地震動についてα=0.1~2.0と残留変位との関係からα≧0.5とすれば残留変位をほぼなくせることを示す。
【0051】
下記の表2に、解析に用いた鋼材ダンパー諸元(波形出力した分のみ抜粋)を示す。Wは建物自重である。
【0052】
【0053】
検証結果を
図11~
図16に示す。
図11では、(a)質点における加速度波形を示し、(b)質点における免震層の変位波形(告示神戸)を示し、(c)(b)の免震層の変位波形の局部拡大を示す。なお、F
y=Wtanθ/0.3-μW=0.0753Wである。
図12では、復元力特性を示し、(a)傾斜滑り支承の傾斜復元力の履歴を示し、(b)傾斜滑り支承の摩擦復元力の履歴を示し、(c)鋼材ダンパーのせん断力の履歴を示し、(d)(a),(b)及び(c)の合成後の復元力特性を示す。なお、Wtanθ=0.3(μW+F
y)(Case1の時の告示神戸波)である。
図13では、Case1の免震層の変位波形を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。なお、Wtanθ=0.3(μW+F
y)の時である。
図14では、Case2の免震層の変位波形を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。なお、Wtanθ=0.5(μW+F
y)の時である。
図15では、Case3の免震層の変位波形を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。なお、Wtanθ=1.0(μW+F
y)の時である。
図16では、残留変位とWtanθ/(μW+F
y)との関係を示し、(a)エルセントロNS(50)、(b)タフトEW(50)、(c)八戸NS(50)、(d)告示神戸、(e)告示関東、(f)告示八戸を示している。
【0054】
このように構成された免震機構1では、下記の数(8)を満たしている。これによって、復元力特性が摩擦力をμW+Fyとみなした傾斜滑り支承の復元力特性とほぼ同じになる。傾斜滑り支承20の傾斜復元力が、傾斜滑り支承20の摩擦抵抗力と鋼材ダンパー30の降伏荷重との合計の0.5倍以上(換言すると、鋼材ダンパー30の降伏荷重を、傾斜滑り支承20の傾斜復元力の2倍-傾斜滑り支承20の摩擦抵抗力以下)となるように鋼材ダンパー30の諸元を調整することによって残留変位を2mm以下にまで残留変位を抑制しつつ、任意の復元力特性を実現することができる。このように残留変位をほとんどなくせるため、地震後にジャッキ等を用いて建物を原位置に復元する作業は不要となり、地震後もそのまま継続使用することができる。
【0055】
【0056】
なお、上述した実施の形態において示した組立手順、あるいは各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【符号の説明】
【0057】
11…下部構造体
12…上部構造体
20…傾斜滑り支承
23d…傾斜面
23u…傾斜面
26…上部傾斜面(傾斜面)
27…下部傾斜面(傾斜面)
30…鋼材ダンパー
100…免震機構
F1…傾斜復元力
Ff…摩擦抵抗力
Fy…降伏荷重
θ…傾斜角
μ…摩擦係数