(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022016429
(43)【公開日】2022-01-21
(54)【発明の名称】デファレンシャルギヤの差動制限トルクをモデル化し組み込むシミュレーションプログラムと、その制御方法
(51)【国際特許分類】
B60W 30/045 20120101AFI20220114BHJP
F16H 48/30 20120101ALI20220114BHJP
【FI】
B60W30/045
F16H48/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2021128608
(22)【出願日】2021-06-25
(31)【優先権主張番号】P 2020131073
(32)【優先日】2020-07-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】514267179
【氏名又は名称】芝端 康二
(72)【発明者】
【氏名】芝端 康二
【テーマコード(参考)】
3D241
3J027
【Fターム(参考)】
3D241BA17
3D241BC01
3D241BC02
3D241BC04
3D241CA03
3D241CC02
3D241CC14
3D241DA52Z
3D241DA53Z
3D241DB12Z
3D241DB13Z
3J027FB02
3J027HC24
3J027HE03
3J027HK05
3J027HK32
(57)【要約】
【課題】走行中ハンドルの操舵により旋回を始める際に左右輪間のデファレンシャルギヤのフリクションにより左右のタイヤに逆方向の前後力が生じ、旋回を妨げるヨーモーメントが発生する。
従来、この関係の解明が不足していたためシミュレーションプログラムに考慮されていなかったためシミュレーション精度が悪かった。
そのため適切なデファレンシャルギヤの制御方法が不明であり操舵応答特性の改善が図られていなかった。
【解決手段】上記デファレンシャルギヤのフリクションによる差動制限トルクはデファレンシャルギヤに作用する駆動トルクにほぼ比例する。この関係を正確に表現するモデルをシミュレーション計算に取り込み計算精度を向上した。
また操舵初期においてデファレンシャルギヤの差動制限トルクを低減し旋回を妨げる復元ヨーモーメントを低減し、操舵応答特性を向上した。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工学的な解析およびシミュレータの制御などに用いられる車両の操舵応答特性を計算するシミュレーションプログラムにおいて、ヨーレイトに比例し復元方向のヨーモーメントを発生し、そのヨーモーメントの上限値がデファレンシャルギヤの差動制限トルクより定められるヨーモーメント発生モデルを組み込んだことを特徴とする、車両の操舵応答特性計算シミュレーションプログラム。
【請求項2】
左右輪間に差動制限トルクを発生するデファレンシャルギヤを装着した車両において、旋回量の増加時に操舵速度に応じてデファレンシャルギヤの差動制限トルクを低減する(ゼロに近づける)、ことを特徴とするデファレンシャルギヤの差動制限トルクの制御方法。
【請求項3】
請求項2の制御手段として、左右輪間の差動制限トルクが駆動トルクに応じて増減する機構を持つデファレンシャルギヤを装着した車両において、旋回量の増加時に操舵速度に応じてデファレンシャルギヤの駆動トルク(すなわち原動機の出力トルク)を低減する(ゼロに近づける)、ことを特徴とするデファレンシャルギヤの差動制限トルクの制御方法。
【請求項4】
請求項2の制御手段として、左右輪間の差動制限トルクが制御可能な機構を持つデファレンシャルギヤを装着した車両において、旋回量の増加時に操舵速度に応じてデファレンシャルギヤの差動制限トルクを低減する(ゼロに近づける)、ことを特徴とするデファレンシャルギヤの差動制限トルクの制御方法。
【請求項5】
請求項2の制御手段として、左右輪間の差動制限トルクが駆動トルクに応じて増減する機構を持つデファレンシャルギヤを前輪または後輪に装着し、前軸と後軸の間に伝達トルクが可変にできるクラッチ機構を持つ四輪駆動車において、旋回量の増加時に操舵速度に応じて前軸後軸間のクラッチ機構の伝達トルクを低減する(ゼロに近づける)、ことを特徴とするデファレンシャルギヤの差動制限トルクの制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,デファレンシャルギヤの差動制限トルクをモデル化し組み込むシミュレーションプログラムと、その制御方法に関する。
に関する。
【背景技術】
【0002】
差動制限装置付きのデファレンシャルギヤ(以下LSDと記す)の差動制限トルクの特性は一般に旋回外輪に対する旋回内輪の駆動トルクの比を表すTBR(トルクバイアスレシオ)特性で表現される。(例えば「非特許文献1」参照)
【0003】
従来このTBR特性は旋回時の駆動性能を表現するために用いられており、車両の操舵応答特性と結び付けられることは無かった。
【0004】
しかし、実際にはTBRで表現される左右輪の駆動トルクは車両にヨーモーメントを発生させ車両の操舵応答特性に影響を及ぼす。さらに特別な差動制限機構を持たないデファレンシャルギヤ(以下コンベデフと記す)においても1.0以上のTBRの値が存在し車両の操舵応答特性に影響を及ぼしていたが、従来操舵応答特性に対するその影響は考慮されていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】株式会社エフ・シー・シー DIFF FCC TRAC インターネット紹介ページ URL:https://www.fcc-net.co.jp/sustainability/regional-contribution/formula/product/
【0006】
【非特許文献2】「新編自動車工学ハンドブック」第8版1981年5月25日発行、編纂者 社団法人 自動車技術会、発行所株式会社 図書出版社、ISBN3053-705001-5306、5-37ページ
【0007】
【非特許文献3】「自動車の運動と制御」、著者 安部正人、発行所 学校法人東京電機大学 東京電機大学出版局、ISBN978-4-501-41920-2 C3053、P.240~241、及びP.102、103
【0008】
【非特許文献4】「サーキット走行入門」、著者 飯塚昭三、発行所 株式会社グランプリ出版、ISBN978-4-87687-367-8 C2053、P.162
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
デファレンシャルギヤ(LSDおよびコンベデフ)が車両の操舵応答特性に与える影響に関する解明が不足していたため、車両の操舵応答特性を計算する際にデファレンシャルギヤの影響が考慮されていなかったため計算精度が悪かった。
【0010】
またデファレンシャルギヤ(LSDおよびコンベデフ)が車両の操舵応答特性に与える影響に関する解明が不足していたため、デファレンシャルギヤに対する適切な制御ができず車両の操舵応答特性を向上することが出来なかった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第一に、デファレンシャルギヤ(LSDおよびコンベデフ)のTBR特性と車両に作用するヨーモーメントの関係を表す関係式を導出し車両の操舵応答特性を計算する際に用いることにより車両の操舵応答特性の計算精度向上を計る。
【0012】
第二に、デファレンシャルギヤ(LSDおよびコンベデフ)のTBR特性と車両に作用するヨーモーメントの関係を表す関係式から車両の操舵応答特性を向上するためのデファレンシャルギヤの制御方法を見出す。具体的には旋回量(操舵角、ヨーレイトなど)が増加する方向の操舵速度が生じた際にデファレンシャルギヤの差動制限トルクを低減(ゼロに近づける)し操舵初期の操舵応答特性を向上する。
【発明の効果】
【0013】
第一に、シミュレータに組み込まれている車両運動性能シミュレーションを含め車両運動性能シミュレーションの操舵応答特性の精度向上ができる。
第二に、操舵初期においてデファレンシャルギヤの差動トルクを低減(ゼロに近づける)することにより車両の曲がりにくさを解消できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】 デファレンシャルギヤの構造と摩擦トルクの説明図
【
図3】 デファレンシャルギヤのTBR特性の説明図
【
図4】 デファレンシャルギヤの差動制限トルクによるヨーレイトとヨーモーメントの関係図の一例
【
図6】 デファレンシャルギヤの摩擦トルクによる操舵応答特性への影響
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を
図1~
図11に基づいて説明する。
ここで実施例1は請求項1に対応する。実施例2~4は請求項2に対応し、実施例2は請求項3、実施例3は請求項4、実施例4は請求項5にそれぞれ対応する。
【実施例0016】
図1に非特許文献2の
図4-13を転記する。
図1はデファレンシャルギヤの構造と摩擦トルクの関係を示す。
図1は差動制限装置付きのLSDの説明図であるが差動制限装置無しのコンベデフにおいても原理は同一である。ただしコンベデフの場合は
図1に示す摩擦トルクTcの値が差動制限装置付きの場合に比べて小さい。
【0017】
図1において図の左側のシャフト1がドライブシャフトを介して左輪につながり、右側のシャフト2がドライブシャフトを介して右輪につながっている。
図1において駆動トルクは2T、この駆動トルク2Tはデファレンシャルギヤの作用により左右輪にTづつ等分される。
【0018】
図1はタイヤが空転しない状態で車が右旋回している状態を示す。
摩擦トルクTcは回転数の高い部分から低い部分に伝達されるので旋回内輪(
図1では右輪)のトルクを増加させ(T+Tc)、旋回外輪(
図1では左輪)のトルクを減少させる(T―Tc)。摩擦トルクTcは駆動トルクおよびエンジンブレーキトルクTに比例するのでαを比例定数とすると「数1」および
図2となる。
【数1】
【0019】
デファレンシャルギヤの左右輪のトルクの関係を表すTBR(トルクバイアスレシオ)は「数2」で定義される。
【数2】
TBRはコンベデフの場合は1.3程度、LSDの場合の3から5が一般的である。(「非特許文献1」参照」
【0020】
片輪のみのTBRの特性図を
図3に示す。
図3において破線は45度を示すラインでTBR=1.0の基準線を示す。TBRの特性は
図2の実線で示しこの傾きがTBRの値になる。
【0021】
「数1」と「数2」の関係からαは「数3」となる。
【数3】
従ってコンベデフではα=0.13程度、LSDではTBR=4とするとα=0.6前後になる。
【0022】
これによりLSDの場合はもちろん、コンベデフであっても旋回時には、駆動トルク2Tに対し外輪の駆動トルクは(T―0.13×T)内輪トルクは(T+0.13×T)となり無視できない相違が生じる。この左右輪の駆動トルクの差(Tc=α×T)は駆動輪タイヤ半径R(ここでは0.3m)で除され左右輪の駆動力(F)の差(Fc=α×F)となり、トレッドd(ここでは1.5m)が掛け合わされ「数4」で示されるヨーモーメントMyとなる。
【数4】
【0023】
車重W、車速V、ころがり抵抗係数A、空気抵抗係数Bとすると一定速走行時の車両の走行抵抗2Fは、近似的には「数5」で求まる。
【数5】
【0024】
「数4」、「数5」から一定速走行時のデファレンシャルギヤの摩擦トルクTcにより生じるヨーモーメントMyは「数6」となる。
【数6】
【0025】
例えば車重1500kgの車両で、A=0.015、B=0.0625とすると車速140km/h一定速走行時の駆動力2Fは約120kgfとなり、旋回時にコンベデフで発生するヨーモーメントは旋回を抑制する復元方向に作用し大きさは「数4」よりMy=12kgfm程度、LSDではTBR=4とするとα=0.6となりMy=54kgfm程度となる。
【0026】
このデファレンシャルギヤで生じるヨーモーメントはいわゆるクーロンフリクションでであり、例えば上記条件においてはヨーモーメントの値がコンベデフでは12kgfm程度、LSDでは54kgfm程度以下ではデファレンシャルギヤは左右輪に回転数差が生じないデフロック状態となる。
【0027】
デフロック状態のヨーモーメントMzは「非特許文献」式(8.61)にて示される「数7」の通りヨーレイトrに比例して発生する。
【数7】
ここで Ks :タイヤの縦滑りに対する駆動制動力の係数
(今回の計算例ではスリップ率1.0に対し20000kgf)
d :トレッド(今回の計算例では1.5m)
V :車速 (今回の計算例では140km/h)
r :ヨーレイト(rad/sec:旋回開始後徐々に増加)
【0028】
以上のヨーモーメントの特性の第一象限のみを
図4にまとめて示す。ヨーレイトの小さい範囲ではヨーモーメントは小さくデフはロック状態となりヨーモーメントは「数7」によりヨーレイトに比例して生じる。従って
図4の特性図の原点からの傾き3は「数7」に示される車速と車両諸元とタイヤ特性で定まるので制御で変更することはできない。
【0029】
ヨーモーメントがデファレンシャルギヤの差動制限トルクにより生じるヨーモーメントに達するとヨーモーメントは「数4」または一定速走行時には「数6」に示す値Myの一定値となる。
【0030】
図4のMyの値は車速140km/h一定速走行時の値を示しているが、「数4」の関係からわかるように駆動トルクTに比例するため、例えば駆動トルクをゼロとすればこの値もゼロとなり、駆動トルクを増やす(加速状態)ことにより増加することもできる。
上記の通り
図4の特性図の線の傾きは制御できなかったが、
図4のMyの値は駆動トルクの増減により変更可能であり、駆動トルクによりMyの値が制御できることがわかる。実施例2、3、4ではこの関係を用いて制御を行う。
【0031】
実施例1ではデファレンシャルギヤの特性を
図4にてモデル化し、これを操舵応答特性シミュレーションプログラムに組み込むことを特徴とする。
例えば「非特許文献3」の
図3.29の車両運動のブロックダイアグラムに組み込んだ例を
図5に示す。
図5ではステアリングギヤレシオNを考慮している。また
図5においては
図4の特性を原点に対して点対称の特性として、左右の操舵に対応した形としている。
【0032】
一定速走行時のシミュレーション計算を行う場合にはMyは「数6」により容易に求まる。またシミュレーターのような駆動力を自由に制御する場合のシミュレーション計算ではMyは「数4」により算出できる。
実施例1では
図5のブロック6の追加により操舵応答特性のシミュレーション精度を向上することができる。
操舵角センサー9は既存のハンドル角に取り付けられた舵角センサーまたはEPSモーターに内臓された回転レゾルバーなどが使用できる。判断回路10は操舵角の増減を判断する、制御回路2内では操舵速度に応じて係数Kを算出する。実施例1では操舵速度を検出すると係数Kはゼロに近づく。制御の安定性確保のため操舵速度ゼロ付近にはわずかな不感帯を設けてある。車速制御部3では走行車速に対して係数KVを算出する。
KとKVは加算されエンジントルク指令値に掛け合わされる。従ってK+KVがゼロと算出されるとエンジントルク指令値はゼロとなる。K+KV=1.0ではエンジンは制御されない。
駆動トルクすなわち原動機のトルクに応じて差動制限トルクが増減するデファレンシャルギヤを持つ車両においては原動機のトルクを制御することによりデファレンシャルギヤの差動制限トルクを介してヨーレイトを制御し車両の操舵応答性を向上することができる。効果の大小の違いはあるが上記関係はコンベデフおよびLSD装着車で同一の関係があり同一の制御方法が有効である。