(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022164461
(43)【公開日】2022-10-27
(54)【発明の名称】筒状臓器関連病変モデルおよびその製造方法など
(51)【国際特許分類】
G09B 23/32 20060101AFI20221020BHJP
【FI】
G09B23/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021069962
(22)【出願日】2021-04-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医薬品等規制調和・評価研究事業 ヒト病態模擬試験システムHuPaSS(Human Pathological Simulator and System)の開発による先進的クラスIV治療機器の開発促進のための基盤創成 委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 清隆
(72)【発明者】
【氏名】熊澤 亮
(72)【発明者】
【氏名】高田 淳平
(72)【発明者】
【氏名】森脇 涼
【テーマコード(参考)】
2C032
【Fターム(参考)】
2C032CA03
(57)【要約】
【課題】心臓弁疾患などの筒状臓器の病変を実際の病変に近い形で模擬した新規な筒状臓器関連病変モデルの提供。
【解決手段】コラーゲン組織を含む筒状臓器または前記筒状臓器を構成する組織に関する病変を模擬した、筒状臓器関連病変モデルであって、筒状臓器のコラーゲン組織の少なくとも一部が分解された、筒状臓器関連病変モデル。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲン組織を含む筒状臓器または前記筒状臓器を構成する組織に関する病変を模擬した、筒状臓器病変モデルであって、
前記筒状臓器の前記コラーゲン組織の少なくとも一部が分解された、筒状臓器関連病変モデル。
【請求項2】
前記筒状臓器が心臓弁または心臓に接続する血管基部である、請求項1に記載の筒状臓器関連病変モデル。
【請求項3】
前記筒状臓器を構成する組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化された、請求項1または2に記載の筒状臓器関連病変モデル。
【請求項4】
前記筒状臓器を構成する組織のうちコラーゲン組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化され、その他の組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して同程度である、請求項3に記載の筒状臓器関連病変モデル。
【請求項5】
前記筒状臓器の弁輪面積およびその他のサイズや特徴量のうち少なくとも1つがそれぞれの正常組織と比較して拡張された、請求項1~4のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデル。
【請求項6】
動物から摘出された筒状臓器前駆体に対してコラーゲン分解酵素を適用して前記筒状臓器前駆体のコラーゲンを分解されて形成された、請求項1~5のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデル。
【請求項7】
僧帽弁逆流モデル、大動脈基部拡張モデル、左心室拡大モデル、右心室拡大モデル、左心房拡大モデル、右心房拡大モデルまたは血管瘤モデルである、請求項1~6のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデル。
【請求項8】
循環シミュレータの筒状臓器関連部分に、請求項1~7のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデルを組み込んだ、筒状臓器関連病変の模擬試験機器。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデルまたは請求項8に記載の筒状臓器関連病変の模擬試験機器を用いた医療機器の試験方法であって、
前記筒状臓器関連病変モデルに所定の医療機器を接触させることで、当該医療機器の特性試験を人体外で行う、医療機器の試験方法。
【請求項10】
前記筒状臓器関連病変モデルに異なる形状または異なるサイズの医療機器を接触させて循環流試験を行うことにより、当該医療機器の逆流抑制性能試験を人体外で行う、請求項9に記載の医療機器の試験方法。
【請求項11】
コラーゲン組織を含む筒状臓器または前記筒状臓器を構成する組織に関する病変を模擬した、筒状臓器病変モデルの製造方法であって、
動物から摘出された筒状臓器前駆体に対してコラーゲン分解酵素を適用して前記筒状臓器前駆体のコラーゲン組織の少なくとも一部を分解させる分解工程を含む、筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
【請求項12】
前記筒状臓器が心臓弁または心臓に接続する血管基部である、請求項11に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
【請求項13】
前記分解工程において、前記筒状臓器前駆体の内部に拡張用部材を挿入して前記筒状臓器前駆体を前記コラーゲン分解酵素の溶液に液浸する、または、
前記筒状臓器前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸し、前記筒状臓器前駆体の内部に拡張用部材を挿入する、請求項11または12に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
【請求項14】
前記拡張用部材の大きさを小型から大型に段階的に取り換えて、段階的に前記筒状臓器前駆体を拡張させる、請求項13に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
【請求項15】
前記液浸時間および前記拡張用部材の大きさを変化させることにより、前記筒状臓器の弁輪面積およびその他の大きさや特徴量のうち少なくとも1つを調整する、請求項14に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筒状臓器関連病変モデルおよびその製造方法などに関する。詳しくは、本発明は、筒状臓器関連病変モデル、筒状臓器関連病変の模擬試験機器、医療機器の試験方法および筒状臓器関連病変モデルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筒状臓器(管状や、袋状や、弁などの狭窄部形状である臓器や組織も広く含む)として、心臓などの実質臓器や、血管、消化管、尿管などが知られている。例えば、ヒトの心臓には4つの心臓弁が存在する。具体的には、右心房と右心室の間にある三尖弁(Tricuspid valve)、右心室と肺動脈の間にある肺動脈弁(Pulmonary valve)、左心房と左心室の間にある僧帽弁(Mitral valve)、左心室と大動脈の間にある大動脈弁(Aortic valve)である。例えば、大動脈弁は左心室が収縮を始めると同時に弁尖が開放して左心室から大動脈へ血液を送り込み、左心室が拡張を始めると同時に弁尖が閉鎖して大動脈から左心室への血液の逆流を防止する役割を担う。 これらの筒状臓器は、病変により形状が変化することがある。これらの筒状臓器に関する病変を本明細書では筒状臓器関連病変と言う。特に心臓弁または心臓に接続する血管基部に関する病変を本明細書では心臓弁関連病変と言う。心臓弁関連病変として、例えば、大動脈弁疾患や僧帽弁疾患が挙げられる。
【0003】
大動脈弁疾患としては、大動脈弁が機能不全となり正常に開閉しなくなってしまう大動脈弁弁膜症や大動脈弁輪拡張症が挙げられる。大動脈弁弁膜症は大きく二つに分けられ、大動脈弁狭窄症と大動脈弁閉鎖不全症に分類される。狭窄症は、弁の開きが悪くなることにより血流の流れが阻害される症状であり、一方閉鎖不全症は、弁の閉鎖が不十分になることにより血流が逆流する症状である。大動脈弁輪拡張症は、大動脈基部における拡張性病変を主体とし、大動脈瘤、大動脈弁閉鎖不全など多彩な病態を呈する。
これらの大動脈弁疾患の治療法として、人工弁による置換術や人工弁輪を用いた治療、自己の弁尖をできるだけ温存して形成する弁形成術がある。人工心肺を用いた開心術のリスクの高い患者や、青年期の患者に対して、高侵襲の現状治療ではなく低侵襲で短期間の入院で治療可能な新たな治療機器の開発が期待されている。しかし、開発する医療機器の性能を評価するモデルがなく、動物実験に関しても、大動脈弁閉鎖不全などを伴う個体を用意することは難しい。
【0004】
一方、血管に関して、手技者の技術を向上させることを目的として、実際の病変部を模した血管病変モデルが種々提案されている(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1には、硬さが異なる複数の小病変部から形成されている血管病変モデルが記載されている。特許文献1によれば、硬さの異なる複数の小病変部から病変モデルを形成することにより、実際の病変部に近似させることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の血管病変モデルは、アガロースゲルやシリコーンを用いており、生体組織を用いていない点で実際の病変部を模していると言い難いものであった。
【0007】
一方、特許文献1の生体組織を用いていない血管病変モデルの分野とは異なり、そもそも心臓病疾患の分野では、心臓弁疾患を実際の病変に近い形で模擬した心臓弁関連病変モデルは無いのが実情であった。
例えば、生体組織を用いた大動脈基部拡張モデルは現状ない。大動脈組織に人為的に切れ込みを入れ、組織壁を付け足すことで疑似的な組織拡張を模擬することはあるものの、臨床の病態からは離れている。したがって実際の大動脈基部拡張の病変に近い形での生体組織を用いた大動脈基部拡張モデルを作製して、大動脈弁形成術の効果を定量的に生体外で評価することが求められる。
また、生体組織を用いた僧帽弁疾患モデルも実用的なものは現状ほとんどない。ここで、僧帽弁疾患としては、僧帽弁狭窄症や僧帽弁閉鎖不全症を挙げられる。このうち僧帽弁閉鎖不全症とは、弁が正常に閉鎖せずに血液が逆流してしまう疾患である。左心室拡張に伴う弁輪拡張や乳頭筋変位によって生じるものを機能性僧帽弁閉鎖不全症と呼ぶ。これらの僧帽弁疾患を模擬した僧帽弁逆流モデルを作る際、張力をかけて弁輪を拡張させる等の手法が用いられるが、この方法は弁輪に余計な張力が発生してしまい、実際の病変に近い形での生体組織とは離れていた。そのため、弁形成術の効果を生体外で正確に計測できない問題があった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、心臓弁疾患などの筒状臓器の病変を実際の病変に近い形で模擬した新規な心臓弁関連病変モデルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、筒状臓器(例えば、心臓弁または血管基部など)のコラーゲン組織の少なくとも一部が分解された心臓弁関連病変モデルを用いることにより、心臓弁疾患などの筒状臓器の病変を実際の病変に近い形で模擬でき、新規アイデアに基づく治療機器や弁形成術の効果を定量的に生体外で評価できることを見出し、上記課題を解決した。 上記課題を解決するための具体的な手段である本発明の構成と、本発明の好ましい構成を以下に記載する。
【0010】
[1] コラーゲン組織を含む筒状臓器または筒状臓器を構成する組織に関する病変を模擬した、筒状臓器病変モデルであって、
筒状臓器のコラーゲン組織の少なくとも一部が分解された、筒状臓器関連病変モデル。
[2] 筒状臓器が心臓弁または心臓に接続する血管基部である、[1]に記載の筒状臓器関連病変モデル。
[3] 筒状臓器を構成する組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化された、[1]または[2]に記載の筒状臓器関連病変モデル。
[4] 筒状臓器を構成する組織のうちコラーゲン組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化され、その他の組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して同程度である、[3]に記載の筒状臓器関連病変モデル。
[5] 筒状臓器の弁輪面積およびその他のサイズや特徴量のうち少なくとも1つがそれぞれの正常組織と比較して拡張された、[1]~[4]のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデル。
[6] 動物から摘出された筒状臓器前駆体に対してコラーゲン分解酵素を適用して筒状臓器前駆体のコラーゲンを分解されて形成された、[1]~[5]のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデル。
[7] 僧帽弁逆流モデル、大動脈基部拡張モデル、左心室拡大モデル、右心室拡大モデル、左心房拡大モデル、右心房拡大モデルまたは血管瘤モデルである、[1]~[6]のいずれか一項に記載の心臓弁関連病変モデル。
[8] 循環シミュレータの筒状臓器関連部分に、[1]~[7]のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデルを組み込んだ、筒状臓器関連病変の模擬試験機器。
[9] [1]~[7]のいずれか一項に記載の筒状臓器関連病変モデルまたは[7]に記載の筒状臓器関連病変の模擬試験機器を用いた医療機器の試験方法であって、
筒状臓器関連病変モデルに所定の医療機器を接触させることで、当該医療機器の特性試験を人体外で行う、医療機器の試験方法。
[10] 筒状臓器関連病変モデルに異なる形状または異なるサイズの医療機器を接触させて循環流試験を行うことにより、当該医療機器の逆流抑制性能試験を人体外で行う、[9]に記載の医療機器の試験方法。
[11] コラーゲン組織を含む筒状臓器または筒状臓器を構成する組織に関する病変を模擬した、筒状臓器病変モデルの製造方法であって、
動物から摘出された筒状臓器前駆体に対してコラーゲン分解酵素を適用して筒状臓器前駆体のコラーゲン組織の少なくとも一部を分解させる分解工程を含む、筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
[12] 筒状臓器が心臓弁または心臓に接続する血管基部である、[11]に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
[13] 分解工程において、筒状臓器前駆体の内部に拡張用部材を挿入して筒状臓器前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸する、または、
筒状臓器前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸し、筒状臓器前駆体の内部に拡張用部材を挿入する、[11]または[12]に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
[14] 拡張用部材の大きさを小型から大型に段階的に取り換えて、段階的に筒状臓器前駆体を拡張させる、[11]に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
[15] 液浸時間および拡張用部材の大きさを変化させることにより、筒状臓器の弁輪面積およびその他の大きさや特徴量のうち少なくとも1つを調整する、[14]に記載の筒状臓器関連病変モデルの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、心臓弁疾患などの筒状臓器の病変を実際の病変に近い形で模擬した新規な筒状臓器関連病変モデルを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、例1で血管基部前駆体として用いた、ブタ心臓から摘出した大動脈基部の写真である。
【
図2】
図2は、例1で用いた拡張用部材の一例の写真である。
【
図3】
図3は、例1において、拡張用部材を挿入した状態の血管基部前駆体の写真である。
【
図4】
図4は、例1の心臓弁関連病変の模擬試験機器における、拍動循環シミュレータの模式図である。
【
図5】
図5は、コラゲナーゼへの液浸時間と逆流率の関係の一例のグラフである。
【
図6】
図6は、例2の中度の大動脈弁閉鎖不全症モデルと、正常な基部モデルとの逆流率を比較したグラフである。
【
図8】
図8は、例2の中度の大動脈弁閉鎖不全症モデルと、正常な基部モデルとの弁輪面積を比較したグラフである。
【
図9】
図9は、例2の中度の大動脈弁閉鎖不全症モデルと、正常な基部モデルとの弁接合長さを比較したグラフである。
【
図10】
図10は、例11において、左心房から弁輪部までをコラゲナーゼ溶液に液浸した状態の心臓弁前駆体の写真である。
【
図11】
図11は、例11で用いた拡張用部材の一例の写真である。
【
図12】
図12は、例11において、拡張用部材を挿入した状態の心臓弁前駆体の写真である。
【
図13】
図13は、例11で用いた弁輪縫合シートの一例の写真である。
【
図14】
図14は、例11の心臓弁関連病変の模擬試験機器における、拍動循環シミュレータの模式図である。
【
図15】
図15は、コラゲナーゼへの液浸時間と弁輪面積拡大率の関係の一例のグラフである。
【
図16】
図16は、大動脈弁病変モデルの製造方法の一例の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
[筒状臓器関連病変モデル]
本発明の筒状臓器関連病変モデルは、コラーゲン組織を含む筒状臓器または筒状臓器を構成する組織に関する病変を模擬した、筒状臓器病変モデルであって、筒状臓器の前記コラーゲン組織の少なくとも一部が分解された、筒状臓器関連病変モデルである。
特に、筒状臓器が心臓弁または心臓に接続する血管基部であることが好ましい。すなわち本発明の好ましい一態様は、心臓弁または心臓に接続する血管基部に関する病変を模擬した、心臓弁関連病変モデルであって、心臓弁または血管基部のコラーゲン組織の少なくとも一部が分解された心臓弁関連病変モデルである。 この構成により、心臓弁疾患などの筒状臓器の病変を実際の病変に近い形で模擬した新規な筒状臓器関連病変モデルを提供できる。
以下、本発明の筒状臓器関連病変モデルの好ましい態様の詳細を説明する。以下、筒状臓器関連病変モデルの好ましい態様について、臓関連病変モデルに絞って「本発明の心臓関連病変モデル」として説明することがある。ただし、本発明の心臓関連病変モデルの好ましい態様は、その他の本発明の筒状臓器関連病変モデルの好ましい態様にも当てはまり、本発明は心臓関連病変モデルに限定されない。
【0015】
筒状臓器としては、心臓などの実質臓器や、血管、消化管(食道、胃、十二指腸、小腸、大腸など)、尿管などの管腔臓器を挙げることができる。
心臓では、心臓弁または心臓に接続する血管基部などの病変が知られている。具体的な心臓弁関連病変モデルが模擬する病変を有する心臓弁または血管基部としては、三尖弁、肺動脈弁、僧帽弁、大動脈弁、大動脈基部組織などを挙げることができる。これらの中でも僧帽弁、大動脈弁、大動脈基部組織に関する疾患の患者数は多い。 心臓弁関連病変モデルは、病変を有する心臓弁または血管基部のみを有していてもよく、さらにその他の組織を有していてもよい。その他の組織としては、左心室・左心房・右心房・右心室・大動脈・肺動脈・肺静脈などを挙げることができる。
心臓弁関連病変モデルは、病変を有する心臓弁または血管基部が生体由来であることが好ましい。
【0016】
本発明の筒状臓器関連病変モデルは、筒状臓器を構成する組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化されたことが好ましい。その中でも本発明の心臓弁関連病変モデルは、心臓弁または血管基部を構成する組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化されたことが好ましい。
特に本発明の筒状臓器関連病変モデルは、筒状臓器を構成する組織のうちコラーゲン組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化され、その他の組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して同程度であることが好ましい。その中でも本発明の心臓弁関連病変モデルは、心臓弁または血管基部を構成する組織のうちコラーゲン組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化され、その他の組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して同程度であることが、心臓弁または血管基部組織を直接的に傷つけることなく拡張を行うことができる観点から好ましい。
例えば、大動脈基部組織の場合、大動脈は内膜・中膜・外膜の三層構造からなり、各層それぞれコラーゲン、平滑筋細胞、エラスチンの主に三種類の組織で構成されている。そのなかでもコラーゲン線維は組織内に分布しており、組織の結合・支持の役割を担い、組織の強度に大きく起因していると言える。そこで大動脈基部拡張を行うにあたり、大動脈組織のうちコラーゲン線維を破壊し、組織を脆弱化させることで大動脈基部の血管径を拡張させることが好ましい。
【0017】
本発明の筒状臓器関連病変モデルは、筒状臓器の弁輪面積およびその他のサイズや特徴量のうち少なくとも1つがそれぞれの正常組織と比較して拡張されたことが好ましい。その中でも本発明の心臓弁関連病変モデルは、心臓弁または血管基部の弁輪面積およびその他のサイズや特徴量のうち少なくとも1つがそれぞれの正常組織と比較して拡張または縮小されたことが好ましく、拡張されたことがより好ましい。
拡張される部分の形状は、所望の心臓弁関連病変モデルに応じて適宜決定できる。例えば、AVJ(弁輪)面積、STJ(交連部)面積、交連間距離などを挙げることができる。これらの中でも、弁輪面積を拡張させることが好ましい。弁輪面積の拡張の度合いは、所望の心臓弁関連病変モデルに応じて適宜決定できる。例えば、弁輪面積は、正常組織と比較して、30%以上拡張していることが好ましく、50%以上拡張していることがより好ましく、100%以上拡張していることが特に好ましい。その他の拡張される部分の形状の、好ましい拡張範囲も同様である。
縮小される部分の形状は、所望の心臓弁関連病変モデルに応じて適宜決定できる。例えば、弁接合長さcH、接合高さeHなどを挙げることができる。これらの中でも、弁接合長さを縮小させることが好ましい。弁接合長さの縮小の度合いは、所望の心臓弁関連病変モデルに応じて適宜決定できる。例えば、弁接合長さは、正常組織と比較して、10%以上縮小していることが好ましく、30%以上縮小していることがより好ましく、50%以上縮小していることが特に好ましい。その他の縮小される部分の形状の、好ましい縮小範囲も同様である。
これらの形状のサイズは、Micro-CTを用いて心臓弁関連病変モデルを撮像して計測できる。
【0018】
本発明の筒状臓器関連病変モデルは、心臓弁逆流モデル、筒状臓器拡大モデル、血管や消化管などの管瘤モデルなどを挙げることができる。例えば、本発明の筒状臓器関連病変モデルの好ましい例として、僧帽弁逆流モデル、大動脈基部拡張モデル、左心室拡大モデル、右心室拡大モデル、左心房拡大モデル、右心房拡大モデルまたは血管瘤モデルを挙げることができる。
血管瘤モデルとしては、血管の一部が病的に拡大したものが挙げられる。例えば大動脈瘤は、左心室の出口の大動脈に瘤が形成した血管であり、破裂による死亡リスクは極めて高いため、瘤が一定以上の大きさになると治療対象となる。
その中でも本発明の心臓弁関連病変モデルは、心臓弁逆流モデルであることが好ましい。心臓弁逆流モデルとしては、例えば大動脈基部拡張モデル、大動脈弁閉鎖不全症モデル、機能性僧帽弁閉鎖不全モデル、三尖弁閉鎖不全モデル、肺動脈弁閉鎖不全モデルなどを挙げることができる。これらの中でも、大動脈基部拡張モデル、大動脈弁閉鎖不全症モデル、機能性僧帽弁閉鎖不全モデルは、疾患に対する治療対象症例数が多い。
本発明の心臓弁関連病変モデルは、逆流率が30%未満の軽度の心臓弁逆流モデル、逆流率が30%以上50%未満の中度(中等度)の心臓弁逆流モデル、または逆流率が50%以上の重度の心臓弁逆流モデルのいずれとしても用いられる。これらの中でも、中度から高度の心臓弁逆流モデルであることが、新たな医療機器を取り付けて、その性能を評価する観点から好ましい。
本発明の心臓弁関連病変モデルは、正常な心臓弁または血管基部(動物から摘出した心臓弁前駆体または心臓に接続する血管基部前駆体)の逆流率に対して、逆流率が有意に増加していることが好ましく、例えば30%以上増加していることが好ましく、50%以上増加していることがより好ましい。
本発明における逆流率は、後述の実施例に記載の方法で算出できる。
【0019】
本発明の筒状臓器関連病変モデルは、筒状臓器(心臓弁または血管基部など)のコラーゲン組織の少なくとも一部が分解されていればよく、コラーゲン組織の分解方法は特に制限はない。コラーゲン組織の分解方法としては、コラゲナーゼやゼラチン分解酵素などのコラーゲン分解酵素の適用を挙げることができる。
すなわち、本発明の筒状臓器関連病変モデルは、動物から摘出された筒状臓器前駆体(心臓弁前駆体または心臓に接続する血管基部前駆体など)に対してコラーゲン分解酵素を適用して前記筒状臓器前駆体のコラーゲンを分解されて形成されたことが好ましい。
コラーゲン分解酵素としては特に制限はないが、その中でもコラーゲン分子中のペプチド結合を破壊する加水分解酵素であるコラゲナーゼが、選択的な加水分解をできる観点から好ましい。このようなコラゲナーゼを使用し、コラーゲンを分解することで、筒状臓器を構成する組織のうちコラーゲン組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して脆弱化され、その他の組織の強度がそれぞれの正常組織と比較して同程度の組織強度を低減されたモデルを調製できる。
コラーゲン分解酵素としては特に制限はなく、公知のものや市販のものを用いることができる。
【0020】
[筒状臓器関連病変モデルの製造方法]
本発明の筒状臓器関連病変モデルの製造方法は、筒状臓器関連病変モデルの製造方法は、コラーゲン組織を含む筒状臓器または筒状臓器を構成する組織に関する病変を模擬した、筒状臓器病変モデルの製造方法であって、動物から摘出された筒状臓器前駆体に対してコラーゲン分解酵素を適用して筒状臓器前駆体のコラーゲン組織の少なくとも一部を分解させる分解工程を含む、筒状臓器関連病変モデルの製造方法である。
特に、筒状臓器が心臓弁または心臓に接続する血管基部であることが好ましい。すなわち本発明の好ましい一態様は、心臓弁または心臓に接続する血管基部に関する病変を模擬した、心臓弁関連病変モデルの製造方法であって、動物から摘出された心臓弁前駆体または心臓に接続する血管基部前駆体に対してコラーゲン分解酵素を適用して心臓弁前駆体または血管基部前駆体のコラーゲン組織の少なくとも一部を分解させる分解工程を含む、心臓弁関連病変モデルの製造方法である。
【0021】
<分解工程>
分解工程では、動物から摘出された筒状臓器(心臓弁前駆体または心臓に接続する血管基部前駆体など)に対してコラーゲン分解酵素を適用して筒状臓器のコラーゲン組織の少なくとも一部を分解させる。
筒状臓器前駆体にコラーゲン分解酵素を適用する方法としては特に制限はない。例えば、筒状臓器前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸する方法が好ましい。
【0022】
本発明の筒状臓器関連病変モデルの製造方法は、分解工程において、筒状臓器前駆体の内部に拡張用部材を挿入して筒状臓器前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸する、または、筒状臓器前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸し、筒状臓器前駆体の内部に拡張用部材を挿入することが好ましい。その中でも本発明の心臓弁関連病変モデルの製造方法は、分解工程において、心臓弁前駆体または血管基部前駆体の内部に拡張用部材を挿入して心臓弁前駆体または血管基部前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸する、または、心臓弁前駆体または血管基部前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸し、心臓弁前駆体または血管基部前駆体の内部に拡張用部材を挿入することが好ましい。
分解工程において、筒状臓器前駆体の内部に拡張用部材を挿入して筒状臓器前駆体をコラーゲン分解酵素の溶液に液浸することが、筒状臓器前駆体の内部にコラーゲン分解酵素の溶液が導入されないようにし、かつ、筒状臓器に裂け目や亀裂が生じないようにする観点から、より好ましい。 拡張用部材の大きさや形状としては特に制限はないが、心臓弁前駆体または血管基部前駆体などの筒状臓器に裂け目や亀裂が生じないものであることが好ましい。筒状臓器の内腔にあわせて密閉できるサイズとすることが、筒状臓器前駆体の内部にコラーゲン分解酵素の溶液が導入されないようにする観点から好ましい。
【0023】
本発明の筒状臓器関連病変モデルの製造方法は、液浸時間および拡張用部材の大きさを変化させることにより、心臓弁または血管基部の弁輪面積およびその他の大きさのうち少なくとも1つを調整することが好ましい。
【0024】
本発明の筒状臓器関連病変モデルの製造方法は、拡張用部材の大きさを小型から大型に段階的に取り換えて、段階的に筒状臓器前駆体(心臓弁前駆体または血管基部前駆体など)を拡張させることが、裂け目や亀裂を生じさせずに所望の範囲まで筒状臓器関連病変モデルの形状を拡張させる観点から好ましい。特に、所望の範囲まで筒状臓器関連病変モデルの形状を拡張させようとした場合に、その大きさの拡張用部材を初めから筒状臓器前駆体に挿入すると裂け目や亀裂が入る場合であっても、拡張用部材の大きさを小型から大型に段階的に取り換えることで裂け目や亀裂を生じさせずに拡張できる。
図16に、大動脈弁病変モデルの製造方法の一例の概略図を示した。ブタから摘出された大動脈基部組織を筒状臓器前駆体として用いて、拡張用部材(上部)と拡張用部材(下部)を大動脈基部組織の両側から挿入して内腔(弁輪部)を塞ぎ、弁輪部に挿入する拡張用部材を段階的に大きくして、大動脈基部組織の外側をコラーゲン分解酵素の溶液で満たして液浸することが好ましい。なお、拡張用部材(上部)と拡張用部材(下部)は弁輪部に挿入する凸部と、平坦部を組み合わせた形状とすることが、平坦部を平面に設置する場合に安定させ、筒状臓器前駆体の内部にコラーゲン分解酵素の溶液が導入されないよる観点から好ましい。
【0025】
コラーゲン分解酵素の溶液への液浸時間は特に制限はなく、所望の心臓弁関連病変モデルの性能や形状にあわせて適宜設定できる。
例えば、大動脈基部拡張モデルの場合、液浸時間は9時間未満であることが軽度または中度の心臓弁逆流モデルを製造しやすい観点から好ましく、4~8時間であることがより好ましく、5~7時間であることが中度の心臓弁逆流モデルを製造しやすい観点から特に好ましい。
また、機能性僧帽弁閉鎖不全モデルの場合、液浸後の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルの耐久性の観点からは液浸時間がより少ないことが好ましく、液浸時間は1時間未満であることがより好ましい。一方、機能性僧帽弁閉鎖不全モデルの弁輪拡張の観点からは、液浸時間は5分間以上であることが好ましく、15分間以上であることがより好ましい。
【0026】
その他の分解工程の条件も特に制限はない。 コラーゲン分解酵素の溶液の濃度や酵素濃度は特に制限はなく、所望の心臓弁関連病変モデルの性能や形状にあわせて適宜設定できる。例えば、0.1%、125Unit/mlなどを例示することができるが、本発明はこの態様に限定されるものではない。
コラーゲン分解酵素の溶液の温度は特に制限はなく、例えば35℃~37℃とすることができるが、本発明はこの態様に限定されるものではない。
【0027】
[筒状臓器関連病変の模擬試験機器]
本発明の筒状臓器関連病変の模擬試験機器は、循環シミュレータの筒状臓器関連部分に、本発明の筒状臓器関連病変モデルを組み込んだ、筒状臓器関連病変の模擬試験機器である。
特に、筒状臓器が心臓弁または心臓に接続する血管基部であることが好ましい。すなわち本発明の好ましい一態様は、拍動循環シミュレータの心臓弁関連部分に、本発明の心臓弁関連病変モデルを組み込んだ心臓弁関連病変の模擬試験機器である。
拍動循環シミュレータなどの循環シミュレータとしては特に制限はなく、公知のものを使用してもよく、人工的に心臓を模してポンプ等を組み合わせて製造してもよい。また、拍動循環シミュレータは、心臓の全ての機能を模したものとする必要はなく、例えば心臓弁または血管基部が大動脈基部や僧帽弁である場合は、左心室や左心房の機能を模していてその他右心室や右心房の機能を省略したものであってもよい。
拍動循環シミュレータの拍動、例えば脈拍や流量は、適宜設定することができる。
循環シミュレータの筒状臓器関連部分に、本発明筒状臓器臓弁関連病変モデルを組み込む方法としても特に制限はない。
【0028】
[医療機器の試験方法]
本発明の医療機器の試験方法は、本発明の筒状臓器関連病変モデルまたは本発明の筒状臓器関連病変の模擬試験機器を用いた医療機器の試験方法であって、筒状臓器関連病変モデルに所定の医療機器を接触させることで、当該医療機器の特性試験を人体外で行う、医療機器の試験方法である。
このように本発明の筒状臓器関連病変モデルは、心臓弁疾患などの筒状臓器の疾患に対する新治療法の開発において、ヒトに代わる評価モデルとして有用である。 本発明の医療機器の試験方法は、筒状臓器関連病変モデルに異なる形状または異なるサイズの医療機器を接触させて循環流試験を行うことにより、当該医療機器の逆流抑制性能試験を人体外で行うことが好ましい。その中でも、心臓弁関連病変モデルに異なる形状または異なるサイズの医療機器を接触させて拍動流試験を行うことにより、当該医療機器の逆流抑制性能試験を人体外で行うことがより好ましい。
【実施例0029】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0030】
[例1~4]
<大動脈病変モデルの作製>
以下の手順で大動脈病変モデル(大動脈基部拡張モデル)の作製を行った。
ブタ心臓から摘出した大動脈基部を、動物から摘出された心臓に接続する血管基部前駆体として用いた。血管基部前駆体として用いた大動脈基部の写真を
図1に示した。弁輪の外径は24mmであった。
血管基部前駆体を、コラゲナーゼ溶液(SIGMA C0130-1G Collagenase from Clostridium histolyticum, for general use, Type I)に液浸し、大動脈組織内のコラーゲンを分解した。そのときの液浸条件は、濃度0.1%、酵素濃度125U/ml、温度35℃で、3時間(例1)、6時間(例2)、9時間(例3)または12時間(例4)、液浸させた。
【0031】
血管基部前駆体の内部に挿入する拡張用部材として、大動脈基部の形状に合わせて、大きさの異なる拡張用部材を作製した。拡張用部材の一例の形状を
図2に示した。
血管基部前駆体の内部に低拡大率の第一段階の拡張用部材を挿入して血管基部前駆体をコラゲナーゼ溶液に液浸した後、血管基部前駆体の内部に拡大率を段階的に大きくした拡張用部材を複数段階にわけて挿入し、最終的に
図2に示した大きさの拡張用部材を
図3のように挿入し、1時間放置し、例1~4の大動脈基部拡張モデルを作製した。なお、本明細書中、「拡大」および「拡大率」は、「拡張」および「拡張率」と同義である。
なお、血管基部前駆体の内部に大きさの異なる拡張用部材を複数段階にわけずに挿入する場合、例えば初めから
図2に示した大きさの拡張用部材を挿入する場合、入らないか、または、血管基部前駆体の拡張される部分に裂け目が生じる。
また、血管基部前駆体をコラゲナーゼ溶液に液浸してから、血管基部前駆体の内部に拡張用部材を挿入することもできるが、この場合も段階的に拡張しない場合は、血管基部前駆体の拡張される部分に裂け目が生じることがある。
【0032】
<心臓弁関連病変の模擬試験機器の作製>
拍動循環シミュレータの心臓弁関連部分に、例1~4で作製した大動脈基部拡張モデルを組み込んで、例1~4の心臓弁関連病変の模擬試験機器を作製した。モデルの左室側の出口部に円筒状に作製した大動脈血管を接続して大動脈弁周りの組織に縫合した。使用した拍動循環シミュレータを
図4に示した。この構成により、拍動循環シミュレータは、超音波流量計により時間における流量波形を取得でき、また圧力トランスデューサーを用いて左心室圧・大動脈圧を計測できる。
なお、P
1:左室心圧、P
2:大動脈圧、Q:大動脈弁流量を表す。
【0033】
<逆流率の評価>
コラゲナーゼへの液浸時間の違いによる大動脈基部の拍動性能を評価する目的で、作製した例1~例4の大動脈基部拡張モデルの逆流率を計測した。
ここで逆流率とは得られた流量波形の流入量(大動脈弁拍出量:Forward flow)に対する、逆流量(動的逆流量:Regurgitationと、静的逆流量:Leakageの合計)の割合であり、以下の式1で定義した。
【数1】
得られた逆流率の結果から作成した、コラゲナーゼへの液浸時間と逆流率の関係のグラフを
図5に示した。
図5に示すように液浸時間が9hである例3および12hである例4では、50%以上の逆流率が生じたため、重度の大動脈弁閉鎖不全症モデルとして用いられることがわかった。なお、例3および例4では、弁尖が溶けている形状であった。
液浸時間が3hである例1では、30%未満の逆流率が生じたため、軽度の大動脈弁閉鎖不全症モデルとして用いられることがわかった。
液浸時間が6hである例2では、30%以上50%未満の逆流率が生じたため、中度(中等度とも言われる)の大動脈弁閉鎖不全症モデルとして用いられることがわかった。さらに、例2の中度の大動脈弁閉鎖不全症モデル(拡大後)について、正常な基部(ブタ心臓より摘出した大動脈基部;拡大前)モデルの逆流率と比較した(n=6)。その結果を
図6に示した。
図6より、正常な基部モデルと比較して、液浸時間6時間とした中度の大動脈弁閉鎖不全症モデルは、逆流率に有意差があることがわかった。
【0034】
<形状の評価>
作製した大動脈基部拡張モデルが十分に拡張しているかを評価する目的で、Micro-CT(TDM1300-IS(ヤマト科学株式会社))を用いて作製したモデルの閉鎖形状を撮像した。撮像方法は大動脈側から空気圧80mmHgを負荷して弁形状を観察し、撮像したCTデータをもとにボリュームレンダリングソフト(Mimics Research(Materialize社))を用いて各部の計測を行った。
例2の大動脈基部拡張モデルと、液浸前の正常な基部(ブタ心臓より摘出した大動脈基部)モデルの大動脈基部形状を比較した。
計測項目は
図7に示す大動脈基部の断面の概略図における、弁輪面積(AVJ)と弁接合長さ(cH;接合長さとも言う)とした。
図8に示すように、正常な基部モデル(拡大前)と比較して、例2の大動脈基部拡張モデル(拡大後)は、弁輪面積(AVJ)が有意に増加していた。
また、
図9に示すように、正常な基部モデル(拡大前)と比較して、例2の大動脈基部拡張モデル(拡大後)は
図9に示すように弁接合長さ(cH)が有意に低減していた。
以上より、本発明によれば、弁接合性能を悪化させた大動脈病変モデル(大動脈基部拡張モデル)を作製できたことがわかった。
このような大動脈病変モデルに新開発する医療機器(例えば弁形成リング)を接触させて拍動流試験を行うことにより、当該医療機器の逆流抑制性能試験を人体外で行うことができるため、本発明の大動脈病変モデルは産業上の利用可能性が高い。
【0035】
[例11~13]
<僧帽弁逆流モデルの作製>
以下の手順で僧帽弁逆流モデル(機能性僧帽弁閉鎖不全モデル)の作製を行った。
ブタ心臓から左心房を残して摘出したブタ僧帽弁を、動物から摘出された心臓弁前駆体として用いた。ブタ僧帽弁の前尖のサイズを計測して記録した。
心臓弁前駆体(ブタ僧帽弁)の左心房から弁輪部までを、例1と同様のコラゲナーゼ溶液C0130-1Gに液浸し、僧帽弁および僧帽弁近傍組織内のコラーゲンを分解した。そのときの液浸条件は、濃度0.1%、酵素濃度125U/ml、温度37℃で、10分間(例11)、30分間(例12)または60分間(例13)、
図10に示すように液浸させた。
【0036】
心臓弁前駆体の内部に挿入する拡張用部材として、僧帽弁輪の形状に合わせて、大きさの異なる拡張用部材(サイザー)を作製した。拡張用部材の一例の形状を
図11に示した。拡張用部材の形状は
図11に示す交連間距離xに相当する横幅を有して角部を角取りされた上部曲線(丸囲いの符号1)、各個体の交連間距離を直径R(x/2)とする半円(丸囲いの符号2)、上部曲線(丸囲いの符号1)と半円(丸囲いの符号2)をつなぐ線分(丸囲いの符号3)から構成される。
心臓弁前駆体の内部に低拡大率の第一段階の拡張用部材を挿入して心臓弁前駆体の左心房から弁輪部までをコラゲナーゼ溶液に液浸した後、心臓弁前駆体の弁輪部の内部に拡大率を段階的に大きくした拡張用部材を複数段階にわけて挿入し、最終的に
図11に示した大きさの拡張用部材を
図12のように挿入し、所定の時間放置し、例11~13の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルを作製した。正常ブタ僧帽弁から強制的に疾患モデルを作製するため、正常ブタ僧帽弁から3サイズ分(交連間距離xを6mm増やす)の拡張を目標とした。
なお、心臓弁前駆体の弁輪部の内部に大きさの異なる拡張用部材を複数段階にわけずに挿入する場合、例えば初めから
図11に示した大きさの拡張用部材を挿入する場合、入らないか、または、弁輪部の拡張される部分に裂け目が生じる。
また、心臓弁前駆体をコラゲナーゼ溶液に液浸してから、心臓弁前駆体の弁輪部に拡張用部材を挿入することもできるが、この場合も段階的に拡張しない場合は、弁輪部に裂け目が生じることがある。
【0037】
<心臓弁関連病変の模擬試験機器の作製>
拍動循環シミュレータの心臓弁関連部分に、例11~13で作製した機能性僧帽弁閉鎖不全モデルを組み込んで、例11~13の心臓弁関連病変の模擬試験機器を作製した。拡張された僧帽弁モデルを、
図13に示す弁輪縫合シートに縫合して、拍動循環シミュレータに取り付けた。弁輪縫合シートは、計測されたブタ僧帽弁の前尖のサイズに適したものを用いる。使用した拍動循環シミュレータを
図14に示した。この構成により、拍動循環シミュレータは、超音波流量計により時間における流量波形を取得でき、また圧力トランスデューサーを用いて左心室圧・大動脈圧を計測できる。
なお、P
1:左室心圧、P
2:大動脈圧、Q:流量を表す。
【0038】
<機能性僧帽弁閉鎖不全モデルの評価>
作製した例11~13の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルの僧帽弁逆流率を計測した。ここで僧帽弁逆流率とは得られた僧帽弁流入量(左心室拡張期に僧帽弁が開放し、左心房から左心室への流入する量:Forward flow)に対する、僧帽弁逆流量(左心室収縮早期の僧帽弁の閉鎖挙動に伴う逆流量:Regurgitationと、僧帽弁閉鎖しているときの漏れ量:Leakageの合計)の割合である。僧帽弁逆流率は、上記式1に準ずる計算式で算出できる。
次に、例11~13の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルの弁輪面積拡大率を計測した。得られた結果を
図15に示した。
液浸時間10分の例11では、弁輪拡張前後で弁輪面積は18.1%増加し、正常なモデルでは12.7%であった僧帽弁逆流率が16.7%まで増加した。
液浸時間30分の例12では、弁輪面積は50.2%増加し、僧帽弁逆流率は16.5%から24.4%に増加した。
液浸時間60分の例13では、弁輪面積は52.2%増加し、僧帽弁逆流率は15.5%から20.5%に増加した。なお、液浸時間30分の例12および液浸時間60分の例13は同程度の約50%の弁輪面積の拡張効果があったが、液浸後のブタ僧帽弁組織の耐久性の観点からは、液浸時間がより少ない例12の方が好ましい。
以上の結果から、例11~13では、30%未満の僧帽弁逆流率が生じたため、軽度の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルとして用いられることがわかった。
さらに、液浸時間30分で、拡張用器材を段階的に大きくすることによって、逆流率60%の高度の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルとして用いられることがわかった。
さらに、例11~13の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルは、人工の僧帽弁を適用することで僧帽弁逆流量を定量評価するための病変モデルとしても用いられることがわかった。このような機能性僧帽弁閉鎖不全モデルに新しいアイデアに基づく医療機器や異なる形状またはサイズの医療機器を接触させて拍動流試験を行うことにより、当該医療機器の逆流抑制性能試験を人体外で行うことができるため、本発明の機能性僧帽弁閉鎖不全モデルは産業上の利用可能性が高い。