(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022164876
(43)【公開日】2022-10-27
(54)【発明の名称】放射性ダストの飛散抑制方法
(51)【国際特許分類】
G21F 9/00 20060101AFI20221020BHJP
【FI】
G21F9/00 C
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139384
(22)【出願日】2022-09-01
(62)【分割の表示】P 2018052343の分割
【原出願日】2018-03-20
(71)【出願人】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】塚原 裕一
(57)【要約】
【課題】放射線下で高い飛散抑制効果が得られるとともに、周辺環境への影響が低く、カメラなどに付着しても容易に除去できる安価な放射性ダストの飛散抑制方法を提供する。
【解決手段】放射能汚染した飛散物に付着した放射性ダストの飛散を抑制する方法であって、アクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有する飛散防止剤を、放射能汚染した飛散物または放射性ダストに対して霧状または液滴状に散布するようにする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射能汚染した飛散物に付着した放射性ダストの飛散を抑制する方法であって、
あらかじめ水が入れられたタンクの中に、アクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有する飛散防止剤の原液を投入することによって、水で10倍に希釈した飛散防止剤を作製するステップと、
放射能汚染した飛散物または放射性ダストの近くに、遠隔操作が可能な遠隔散布装置を配置するステップと、
作製した飛散防止剤が前記タンク内で原液と水とに分離しないように前記タンク内で撹拌を行いつつ、配置した前記遠隔散布装置を遠隔操作して、前記タンク内の飛散防止剤を放射能汚染した飛散物または放射性ダストに対して霧状または液滴状に散布するステップを有することを特徴とする放射性ダストの飛散抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性ダストの飛散抑制方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、原子力発電所で爆発事故などが起きると、放射能汚染された飛散物が周辺に散乱することがある。これらは一般に高線量であるため作業員の手作業による撤去回収は困難であり、遠隔操作によるガレキ回収方法の適用が多々検討されている。しかし、ガレキには高線量の放射性ダストが付着していることから、不用意に触れることによりそのダストが舞上り、周囲の作業員を含め一般環境に向けて飛散するおそれがある。
【0003】
一方、従来の飛散抑制技術として、例えば、除染作業中に放射性物質が飛散することを防止する技術(例えば、特許文献1を参照)や、アスベスト除去作業中にアスベスト粉じんが拡散することを抑制する技術(例えば、特許文献2を参照)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-062894号公報
【特許文献2】特許第5403348号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者が、上述した放射性ダストの飛散抑制対策として、アスベスト粉じんの飛散防止剤として広く利用されている無機系薬剤の適用を検討したところ、以下のような問題があることが判った。
【0006】
(1)コストの問題
薬剤の材料費が高価である。
(2)周辺環境への影響
薬剤のpH値が高く、希釈してもpH値が10近くあり、海洋放流への配慮が必要である。
(3)放射線下での影響
放射線下による飛散抑制効果が不明である。
(4)カメラへの付着
薬剤がカメラのレンズ表面のガラスに付着すると、除去ができない。遠隔操作作業ではモニタリング用のカメラを必要とするため、カメラが見えにくくなることは致命的である。
【0007】
このため、放射線下で高い飛散抑制効果が得られるとともに、周辺環境への影響が低く、カメラなどに付着しても容易に除去できる安価な飛散抑制方法の開発が望まれていた。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、放射線下で高い飛散抑制効果が得られるとともに、周辺環境への影響が低く、カメラなどに付着しても容易に除去できる安価な放射性ダストの飛散抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る放射性ダストの飛散抑制方法は、放射能汚染した飛散物に付着した放射性ダストの飛散を抑制する方法であって、アクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有する飛散防止剤を、放射能汚染した飛散物または放射性ダストに対して霧状または液滴状に散布することを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る他の放射性ダストの飛散抑制方法は、上述した発明において、タンク内の水に飛散防止剤の原液を添加して所定の希釈濃度の飛散防止剤を作製した後、タンク内を撹拌しつつ飛散防止剤を霧状または液滴状に散布することを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る他の放射性ダストの飛散抑制方法は、上述した発明において、飛散防止剤を霧状または液滴状に散布可能な散布装置を放射能汚染した飛散物または放射性ダストの近くに配置した後、この散布装置を遠隔操作して飛散防止剤を放射能汚染した飛散物または放射性ダストに散布することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る放射性ダストの飛散抑制方法によれば、放射能汚染した飛散物に付着した放射性ダストの飛散を抑制する方法であって、アクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有する飛散防止剤を、放射能汚染した飛散物または放射性ダストに対して霧状または液滴状に散布するので、放射線下で高い飛散抑制効果が安価に得られるとともに、周辺環境への影響が低く、カメラなどに付着しても容易に除去できるという効果を奏する。
【0013】
また、本発明に係る他の放射性ダストの飛散抑制方法によれば、タンク内の水に飛散防止剤の原液を添加して所定の希釈濃度の飛散防止剤を作製した後、タンク内を撹拌しつつ飛散防止剤を霧状または液滴状に散布するので、散布前に所定の希釈濃度の飛散防止剤を大量に準備することができるとともに、散布中にタンク内で飛散防止剤が分離することを防止することができるという効果を奏する。
【0014】
また、本発明に係る他の放射性ダストの飛散抑制方法によれば、飛散防止剤を霧状または液滴状に散布可能な散布装置を放射能汚染した飛散物または放射性ダストの近くに配置した後、この散布装置を遠隔操作して飛散防止剤を放射能汚染した飛散物または放射性ダストに散布するので、作業員がガレキ等の飛散物または放射性ダストの近くに立ち入らずに散布作業を行うことができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、粉じん飛散抑制効果の確認試験に用いた試験装置を示す図である。
【
図3】
図3は、ばく露試験結果(比較例)を示す図である。
【
図4】
図4は、ばく露試験結果(実施例)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明に係る放射性ダストの飛散抑制方法の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0017】
(本発明に至った経緯)
上述したように、アスベスト粉じんの飛散防止剤として広く利用されている無機系薬剤の適用には、上記の(1)~(4)の問題があったことから、本発明者は、放射線下で長期間ばく露されても飛散抑制効果を維持できるより低コストな薬剤を見出すため、後述する様々な試験を行った。この結果、アクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有するアスベスト粉じん用の飛散防止剤が好適であることが判り、本発明に至った。
【0018】
アクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有するアスベスト粉じん用の飛散防止剤としては、例えばファイバーコレクトがある。ファイバーコレクトはアスベスト対策工事で適用されており、有機系の材料で構成された水溶性の飛散防止剤である。
【0019】
次に、このファイバーコレクトを含めたいくつかの飛散防止剤に関する性能試験および試験結果について説明する。
【0020】
(飛散防止剤による粉じん抑制効果の確認試験)
まず、飛散防止剤による粉じん抑制効果の確認試験および試験結果について説明する。
【0021】
この試験は、周囲に浮遊する粉じん影響を受けないように、小型チャンバー内に希釈濃度ごとにサンプルを発じんさせ、デジタル粉じん計(0.1~10μm)で相対濃度を測定するものである。測定は発じん前の1分間バックグラウンドし、発じん後1分間粉じんの相対濃度を測定し、その値を評価した。
【0022】
粉じん飛散対象サンプルには、ルーフブロック(屋上ブロック、縦横寸法95mm×95mm)と、このルーフブロックを破砕し、0.3mmのふるいで粒度調整した微粉を用いた。
【0023】
図1(1)はルーフブロック微粉用の試験装置、(2)はルーフブロック衝撃・破砕用の試験装置である。
図1(1)の試験装置は、透明プラスチック製チャンバー1(幅400mm×奥行き400mm×高さ450mm)と、チャンバー1の上面中央に立設した縦筒2とからなる。チャンバー1内の底面中央には粉じん飛散対象サンプル5が置かれており、縦筒2内に入れた棒状ハンマー3(1kg)をサンプル5に落とすことによって、サンプル5から発じんさせ、拡散粉じんをチャンバー1内の粉じん計DMで測定する。一方、
図1(2)の試験装置では、鉄球4(1kg)をサンプル5に落として発じんさせる。
【0024】
飛散防止剤の希釈濃度は、原液、5倍、10倍、30倍とした。ルールブロック本体はブロックを飛散防止剤に浸漬させて乾燥させ、微粉はプラスチックシャーレに10g分取し、1.5kg/m2相当の飛散防止剤を添加後乾燥した。塗布量は1.5リットル/m2とした。
【0025】
本発明の実施例の飛散防止剤としてはファイバーコレクトを用い、比較例の飛散防止剤としてはAGUA-A3000、アステクターS、アステクターR(アステクターは登録商標)、水を用いた。
【0026】
表1は、試験結果の一覧表である。この表では、有姿のままの試験結果も併せて記載している。飛散抑制効果については有姿との比で表している。表中、比較例1は水、比較例2はAGUA-A3000、比較例3はアステクターS、比較例4はアステクターR、実施例はファイバーコレクトである。試験回数は、高濃度は3回、中濃度は5回実施し、有効数字一桁で評価を行っている。
【0027】
【0028】
図2は、試験結果を示したものである。(1)はルーフブロック微粉(衝撃)の粉じん飛散量(高濃度)、(2)はルーフブロック微粉(衝撃)の粉じん抑制効果(高濃度)、(3)はルーフブロック破砕時の粉じん飛散量(低濃度)、(4)はルーフブロック破砕時の粉じん飛散量(低濃度)である。
【0029】
図2(1)に示すように、高濃度粉じんでは、ファイバーコレクト(実施例)だけ、希釈されても粉じん抑制効果があるが、それ以外は水(比較例1)の抑制効果と変わらない。
図2(2)に示すように、飛散防止剤の相違により粉じん抑制効果に傾向が見られる。
図2(3)に示すように、低濃度粉じんでは全般的に水(比較例1)より粉じん抑制効果は高い。
図2(4)に示すように、飛散防止剤の相違により粉じん抑制効果に傾向が見られる。
【0030】
上記の試験結果から、実施例の飛散防止剤は、試験条件によりダストの発生量を最高1/200に抑制可能であり、比較例2の飛散防止剤よりもダスト抑制効果が8倍(1/25程度)以上高いことが確認された。さらに、粉じん飛散抑制効果、付着・固着性能、浸透性等の総合的な評価により実施例の飛散防止剤は原液のまま使用するのではなく、10倍に希釈すると効果が高いことが確認された。
【0031】
(放射線下における粉じん抑制効果の確認試験)
次に、放射線下における飛散防止剤による粉じん抑制効果の確認試験および試験結果について説明する。
【0032】
表2は、試験結果の一覧表である。表中、実施例はファイバーコレクト、比較例2はAGUA-A3000であり、それぞれ表に示される放射線下、非放射線下、送風条件下でばく露試験を行っている。放射線下とは、平均10mSv/h、累積吸収線量300Gy(≒300Sv)の放射線下である。
【0033】
図3に比較例2の試験結果を示す。
図3中の凡例で「(放)連続」とあるのは、放射線下で飛散防止剤を希釈倍率10倍で使用した場合(試験体Aを連続使用)である。また、「(放)交換」とあるのは、放射線下で飛散防止剤を希釈倍率10倍で使用した場合(試験体Bを毎回交換)である。
【0034】
図4に実施例の試験結果を示す。
図4中の凡例で「(放)連続-1倍」とあるのは、放射線下で飛散防止剤を希釈倍率1倍(原液)で使用した場合(試験体Aを連続使用)である。また、「(放)連続-10倍」とあるのは、放射線下で飛散防止剤を希釈倍率10倍(原液)で使用した場合(試験体Aを連続使用)である。
【0035】
【0036】
表2および
図4に示すように、実施例では、粉じん飛散抑制効果はばく露試験期間中(56週間)平均で2カウント以下(1回当たりの送風試験当たり)、飛散率では0.1%以下であった。さらに、ばく露期間中後半であっても大きく飛散抑制効果が変化することはなかった。また、非放射線下と放射線下では放射線下の方が飛散抑制効果が高い傾向が見られた。ばく露期間中の1年では飛散抑制効果に大きな差は見られなかった。このように、放射線下で1年間放置しても飛散抑制効果は変わらないことが判る。
【0037】
表2および
図3に示すように、比較例2では、粉じん飛散抑制効果はばく露試験期間中(2か月)平均で、2~6カウント、飛散率で0.1~0.4%程度であり、実施例より飛散防止性能が若干低い傾向であった。また、実施例と同様、非放射線下と放射線下では放射線下の方が飛散抑制効果が高い傾向が見られた。
【0038】
(放射性ダストの飛散抑制方法)
次に、本実施の形態に係る放射性ダストの飛散抑制方法について説明する。
【0039】
本実施の形態に係る放射性ダストの飛散抑制方法は、上述したアクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有する飛散防止剤(例えばファイバーコレクト)を、放射性ガレキ(放射能汚染した飛散物)に散布することによって、放射性ガレキに付着した放射性ダストの飛散を抑制するものである。この飛散防止剤は放射性ガレキにまんべんなくムラなく散布するため、以下の手順で散布を行うことが望ましい。
【0040】
(1)飛散防止剤の散布量は1度に数m3というように大量に散布することが多いため、飛散防止剤を入れるタンクにはあらかじめ水を満たしておき、その中に飛散防止剤の原液を投入することによって、水で所定の希釈倍率(例えば10倍)に希釈する。
(2)散布するためのノズルはまんべんなくムラなく散布するために、直線状に散布するノズルではなく、ミスト状(霧状)に散布するノズルや、円錐状に液滴を拡散するノズルを用いて液滴状に散布する。
(3)散布作業は数時間にわたることもあることから、飛散防止剤がタンク内で分離しないように散布作業中はタンク内部で撹拌を行う。
(4)散布作業は高線量下であるため、遠隔操作が可能な遠隔散布装置により散布を行う。このようにすれば、作業員が放射性ガレキの近くに立ち入らずに散布作業を行うことができる。
【0041】
本実施の形態によれば、以下のような効果が得られる。
(1)薬剤コストが安価である。例えば、本実施の形態の飛散防止剤によれば、飛散防止剤の費用を従来の1/2以下に抑えることができる。
(2)周辺環境への影響を低く抑えることができる。本実施の形態の飛散防止剤のpH値は7前後であるため、漏えいによる水質汚染のリスクを低減することができる。
(3)放射線下での影響を受けない。実在する高線量ガレキ付近を模擬した放射線下で実施した上記のばく露試験の結果、放射線下でも高い飛散抑制効果を確認できた。
(4)カメラに付着しても容易に除去できる。本実施の形態の飛散防止剤は有機系の材料であるため、付着した部分を例えばアルコールで拭きとることにより除去可能である。
(5)遠隔散布装置を用いて飛散防止剤を散布することができるため、高線量ガレキに確実に飛散防止剤を散布し、放射性ダストの飛散を抑制することが可能である。
【0042】
以上説明したように、本発明に係る放射性ダストの飛散抑制方法によれば、放射能汚染した飛散物に付着した放射性ダストの飛散を抑制する方法であって、アクリル系合成樹脂エマルジョンを主成分として含有する飛散防止剤を、放射能汚染した飛散物または放射性ダストに対して霧状または液滴状に散布するので、放射線下で高い飛散抑制効果が安価に得られるとともに、周辺環境への影響が低く、カメラなどに付着しても容易に除去できる。
【0043】
また、本発明に係る他の放射性ダストの飛散抑制方法によれば、タンク内の水に飛散防止剤の原液を添加して所定の希釈濃度の飛散防止剤を作製した後、タンク内を撹拌しつつ飛散防止剤を霧状または液滴状に散布するので、散布前に所定の希釈濃度の飛散防止剤を大量に準備することができるとともに、散布中にタンク内で飛散防止剤が分離することを防止することができる。
【0044】
また、本発明に係る他の放射性ダストの飛散抑制方法によれば、飛散防止剤を霧状または液滴状に散布可能な散布装置を放射能汚染した飛散物または放射性ダストの近くに配置した後、この散布装置を遠隔操作して飛散防止剤を放射能汚染した飛散物または放射性ダストに散布するので、作業員がガレキ等の飛散物または放射性ダストの近くに立ち入らずに散布作業を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
以上のように、本発明に係る放射性ダストの飛散抑制方法は、高線量のガレキ等を撤去回収する際の放射性ダストの飛散抑制に有用であり、特に、放射性ダストの飛散抑制を安価に行うのに適している。
【符号の説明】
【0046】
1 チャンバー
2 縦筒
3 ハンマー
4 鉄球
5 サンプル
DM 粉じん計