(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022164952
(43)【公開日】2022-10-31
(54)【発明の名称】トリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素発現ベクターおよび当該ベクターを用いた前記酵素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/63 20060101AFI20221024BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20221024BHJP
C12N 9/12 20060101ALI20221024BHJP
C12N 15/54 20060101ALN20221024BHJP
【FI】
C12N15/63 Z ZNA
C12N1/21
C12N9/12
C12N15/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021070071
(22)【出願日】2021-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】野口 惇
(72)【発明者】
【氏名】山中 直紀
(72)【発明者】
【氏名】服部 将人
(72)【発明者】
【氏名】寺尾 陽介
【テーマコード(参考)】
4B050
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD20
4B050LL03
4B050LL10
4B065AA26X
4B065AA26Y
4B065AA97Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA29
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】 遺伝子組換え大腸菌を用いてトリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素を製造する際用いる、前記酵素を大量に発現可能なプラスミドベクターを提供すること。
【解決の手段】 前記ベクターにおける複製起点を、pUC系プラスミドベクターが有する複製起点にすることで、前記課題を解決する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複製起点とトリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素をコードする遺伝子とを含む、前記酵素を宿主で発現させるためのプラスミドベクターであって、
前記宿主が大腸菌であり、前記複製起点が以下の(1)または(2)に示すポリヌクレオチドである、前記ベクター:
(1)配列番号7に記載の配列を少なくとも含むポリヌクレオチド、
(2)配列番号7に記載の配列を少なくとも含み、ただし148番目のチミン以外の1もしくは数個の位置での、1もしくは数個のヌクレオチドの置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上さらに生じ、かつ複製起点としての機能を有するポリヌクレオチド。
【請求項2】
Rom/Ropタンパク質をコードする遺伝子を含まない、または前記遺伝子を含むが当該遺伝子の発現が阻害された、請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
請求項1または2に記載のベクターで大腸菌を形質転換して得られる、形質転換体。
【請求項4】
請求項3に記載の形質転換体を培養することでトリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素を発現させる工程と、得られた培養物から発現された前記酵素を回収する工程とを含む、トリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素を宿主で発現させるためのベクター、および当該ベクターを用いた前記酵素の製造方法に関する。特に本発明は、前記酵素を宿主で大量発現可能なベクター、および当該ベクターを用いた前記酵素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
逆転写酵素の一つであるトリ骨髄芽細胞腫ウイルス(AMV)逆転写酵素は、cDNA合成等に必要な遺伝子工学試薬や遺伝子診断用酵素などに利用されている。
【0003】
AMV逆転写酵素の製造方法として、古くから、ニワトリを用いてAMVを増殖させ、得られたAMVから前記酵素を抽出・精製し、製造する方法が知られている(特許文献1)。しかしながら生産性に課題があった。
【0004】
AMVを用いないAMV逆転写酵素の製造方法として、タンパク質を安定的に大量生産可能な遺伝子組換え大腸菌を用いた製造方法が知られている。一例として、ColE1型複製起点を有するpKK177-3系プラスミドベクター(David C.LaPorteら,J.Biol.Chem.,260,15291-15297,1985)にAMV逆転写酵素をコードする遺伝子を挿入した発現ベクターを用いて製造する方法(特許文献2)や、おなじくColE1型複製起点を有するpTrc99Aプラスミドベクター(GenBank No.M22744)に前記酵素をコードする遺伝子を挿入した発現ベクターを用いて製造する方法(特許文献3)があげられる。しかしながら、工業的にAMV逆転写酵素を大量生産するためには、さらなる発現量の向上が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭60-091981号公報
【特許文献2】特開2002-315584号公報
【特許文献3】特開2013-146235号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、遺伝子組換え大腸菌を用いてトリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素を製造する際用いる、前記酵素を大量に発現可能なプラスミドベクターを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決するため鋭意検討した結果、プラスミドベクター中の複製起点を最適化することで、トリ骨髄芽細胞腫ウイルス(AMV)逆転写酵素を大量に発現できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち本発明は、以下<1>から<4>に記載の態様を包含する。
【0009】
<1>複製起点とAMV逆転写酵素をコードする遺伝子とを含む、前記酵素を宿主で発現させるためのプラスミドベクターであって、前記宿主が大腸菌であり、前記複製起点が以下の(1)または(2)に示すポリヌクレオチドである、前記ベクター:
(1)配列番号7に記載の配列を少なくとも含むポリヌクレオチド、
(2)配列番号7に記載の配列を少なくとも含み、ただし148番目のチミン以外の1もしくは数個の位置での、1もしくは数個のヌクレオチドの置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上さらに生じ、かつ複製起点としての機能を有するポリヌクレオチド。
【0010】
<2>Rom/Ropタンパク質をコードする遺伝子を含まない、または前記遺伝子を含むが当該遺伝子の発現が阻害された、<1>に記載のベクター。
【0011】
<3><1>または<2>に記載のベクターで大腸菌を形質転換して得られる、形質転換体。
【0012】
<4><3>に記載の形質転換体を培養することでAMV逆転写酵素を発現させる工程と、得られた培養物から発現された前記酵素を回収する工程とを含む、AMV逆転写酵素の製造方法。
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明においてAMV逆転写酵素とは、AMV(Avian Myeloblastosis Virus、トリ骨髄芽球症ウイルス等とも呼称される)が有する逆転写酵素のことである。AMV逆転写酵素の一例として、
(I)配列番号1(GenBank No.AAB31929)に記載のアミノ酸配列のうち8番目のスレオニンから865番目のアラニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチドや、
(II)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち8番目のスレオニンから865番目のアラニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基中の1もしくは数個の位置での、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上さらに生じ、かつ逆転写酵素活性、DNAポリメラーゼ活性およびRNase H活性を有するポリペプチドや、
(III)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち8番目のスレオニンから865番目のアラニンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基に対して70%以上の相同性を有し、かつ逆転写酵素活性、DNAポリメラーゼ活性およびRNase H活性を有するポリペプチド、があげられる。
【0015】
前記(II)の一例として、配列番号2に記載のアミノ酸配列を少なくとも含むポリペプチドがあげられる。配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドはAMV逆転写酵素の天然型バリアント(variant)であり、具体的には、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち8番目のスレオニンから865番目のアラニンまでのアミノ酸残基からなり、ただし当該アミノ酸残基において、以下に示す3箇所のアミノ酸残基の置換が生じたポリペプチドである;
配列番号1の280番目(配列番号2では273番目)のアルギニンのメチオニンへの置換、
配列番号1の311番目(配列番号2では304番目)のアルギニンのグルタミンへの置換、
配列番号1の402番目(配列番号2では395番目)のアスパラギン酸のグルタミン酸への置換。
【0016】
前記(III)において相同性とは、類似性(similarity)または同一性(identity)を意味し、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)等のアラインメント(alignment)プログラムを用いて決定できる。例えば、「アミノ酸残基の同一性」とは、blastpを用いて算出されるアミノ酸配列間の同一性を意味してよく、具体的には、blastpをデフォルトのパラメータで用いて算出されるアミノ酸配列間の同一性を意味してもよい。相同性は70%以上であればよく、80%以上、90%以上、または95%以上の相同性を有していてもよい。
【0017】
なお前述したAMV逆転写酵素はβ鎖と呼ばれるポリペプチドである。一方、AMV逆転写酵素にはβ鎖よりも低分子のポリペプチドであるα鎖も存在する。AMV逆転写酵素α鎖の一例として、
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち8番目のスレオニンから579番目のチロシンまでのアミノ酸残基からなるポリペプチドや、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち8番目のスレオニンから579番目のチロシンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基中の1もしくは数個の位置での、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上さらに生じ、かつ逆転写酵素活性、DNAポリメラーゼ活性およびRNase H活性を有するポリペプチドや、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち8番目のスレオニンから579番目のチロシンまでのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基に対して70%以上の相同性を有し、かつ逆転写酵素活性、DNAポリメラーゼ活性およびRNase H活性を有するポリペプチド、があげられる。
前記(ii)の一例として、配列番号2に記載のアミノ酸配列のうちN末端側572残基からなるポリペプチドである、配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドがあげられる。
【0018】
AMV逆転写酵素は、前述したβ鎖のモノマーやホモダイマー、前述したα鎖のモノマーやホモダイマー、ならびにα鎖とβ鎖とのヘテロダイマー(以下、「αβ体」とも表記する)などを構成することが知られているが、本発明のベクターを用いて宿主で発現させるAMV逆転写酵素はこれらのいずれの形態を有していてもよい。
【0019】
また、本発明におけるAMV逆転写酵素は、そのN末端側および/またはC末端側に、分析・精製を容易にするためのタグペプチドや、大腸菌での分泌発現を促すためのシグナルペプチド、ベクターの開始コドンやマルチクローニングサイト由来のペプチドなどが付加されていてもよい。一例として、前述したAMV逆転写酵素のN末端側に、マルチクローニングサイト由来のペプチド(メチオニン-グルタミン酸-フェニルアラニン)および開始コドン由来のメチオニンを付加した配列からなるポリペプチドがあげられる。
【0020】
本発明においてAMV逆転写酵素をコードする遺伝子(以下、AMV逆転写酵素遺伝子とも表記する)とは、AMV逆転写酵素と実質的に同一なタンパク質が発現可能な範囲で、当該遺伝子のヌクレオチド配列と実質的に相同的な配列を含む遺伝子であってもよいし、当該遺伝子のヌクレオチド配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズ可能な配列を含む遺伝子であってもよい。ここで「AMV逆転写酵素と実質的に同一なタンパク質」とは、具体的には、AMV逆転写酵素が有する3つの酵素活性(逆転写酵素活性、DNAポリメラーゼ活性およびRNase H活性)のうち少なくとも1つが、天然型AMV逆転写酵素と同等以上の活性を有するタンパク質のことをいう。例えば、AMVが本来有するAMV逆転写酵素遺伝子のヌクレオチド配列と、少なくとも70%以上(好ましくは80%以上、90%以上、または95%以上)の相同性を有したヌクレオチド配列を含む遺伝子から翻訳されたタンパク質であってよい。またここで「ストリンジェントな条件」とは、通常の状態と比較してDNA同士が二重鎖を形成し難い条件をいい、具体的には、42℃で、50%(v/v)ホルムアミド、0.1%(w/v) Bovine Serum Albumin(BSA)、0.1%(w/v) フィコール(商品名)、0.1%(w/v) ポリビニルピロリドン、50mmol/L リン酸ナトリウムバッファー(pH6.5)、150mmol/L 塩化ナトリウム、または75mmol/L クエン酸ナトリウムが共存する条件が例示できる。
【0021】
本発明におけるAMV逆転写酵素遺伝子の一例として、
AMV逆転写酵素(β鎖)である、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、かつ宿主である大腸菌におけるコドン使用頻度に最適化されたポリヌクレオチド(配列番号4)や、
AMV逆転写酵素α鎖である、配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、かつ宿主である大腸菌におけるコドン使用頻度に最適化されたポリヌクレオチド(配列番号5)があげられる。
【0022】
本発明のベクターにおけるAMV逆転写酵素遺伝子の位置は、プラスミドベクターの複製機能、所望の抗生物質マーカー、または伝達性に関わる領域を破壊しない範囲で適宜設定してよい。
【0023】
本発明のベクターは、複製起点として
(1)配列番号7に記載の配列を少なくとも含むポリヌクレオチド、または
(2)配列番号7に記載の配列を少なくとも含み、ただし148番目のチミン以外の1もしくは数個の位置での、1もしくは数個のヌクレオチドの置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上さらに生じ、かつ複製起点としての機能を有するポリヌクレオチド、
を用いることを特徴としている。配列番号7に記載の配列からなるポリヌクレオチド(以下、「改変ColE1型複製起点」とも表記する)は、配列番号6に記載のヌクレオチド配列からなるColE1型複製起点のうち、RNAI転写開始地点のすぐ上流(-1地点)の位置にある148番目のシトシン塩基をチミン塩基に置換したポリヌクレオチドであり(
図1)、多コピー型プラスミドベクターであるpUC系プラスミドベクターが有する複製起点と同じ配列である。なお改変ColE1型複製起点は前記置換を有し、かつColE1型複製起点と実質的に同一な機能を有している限り、1もしくは数個の位置での、1もしくは数個のヌクレオチドの置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上さらに生じてもよい。なお本明細書において「1もしくは数個」とは、一例として、1から50個、1から30個、1から20個、1から10個、1から9個、1から8個、1から7個、1から6個、1から5個、1から4個、1から3個、1から2個、1個、のいずれかを意味する。
【0024】
本発明のベクターは、例えば、
pUC系プラスミドベクターなど改変ColE1型複製起点を有するプラスミドベクターに公知の方法でAMV逆転写酵素遺伝子を挿入し作製してもよいし、
pBR系やpET系プラスミドベクターといったColE1型複製起点を有するプラスミドベクターに公知の方法でAMV逆転写酵素遺伝子を挿入後、前述したヌクレオチド置換(配列番号6の148番目のシトシン塩基をチミン塩基に置換)を導入し作製してもよいし、
pRSF系、pACYC系やpSC101系プラスミドベクターなど、改変ColE1型複製起点およびColE1型複製起点以外の複製起点を有するプラスミドベクターに公知の方法でAMV逆転写酵素遺伝子を挿入後、前記複製起点を改変ColE1型複製起点に置換して作製してもよい。
【0025】
なおpTrc99AプラスミドベクターにAMV逆転写酵素遺伝子を挿入後、前述したヌクレオチド置換(配列番号6の148番目のシトシン塩基がチミン塩基に置換)を導入して、本発明のベクターを作製すると、前記ベクターが、形質転換した大腸菌内で安定に存在できるため、好ましい。
【0026】
また本発明のベクターがRom/Ropタンパク質を発現しないベクターであると好ましい。具体的には、Rom/Ropタンパク質をコードする遺伝子を含まない態様、または前記遺伝子を含むものの当該遺伝子の発現が阻害された態様である。Rom/Ropタンパク質は、ホモ2量体を形成してColE1型プラスミド複製機構のRNAIおよびRNAIIと複合体を形成し、複製を負に制御する。つまりRom/Ropタンパク質を発現しないベクターを用いることで、宿主(大腸菌)におけるAMV逆転写酵素の発現量が増大する効果が期待できる。
【0027】
Rom/Ropタンパク質を発現しない本発明のベクターを作製するには、例えば、pTrc99AプラスミドベクターなどRom/Ropタンパク質をコードする遺伝子を含まないプラスミドベクターから前記本発明のベクターを作製すればよい。またpBR322プラスミドベクターやpET系プラスミドベクターなどRom/Ropタンパク質をコードする遺伝子を含むプラスミドベクターから前記本発明のベクターを作製する場合は、例えば、Rom/Ropタンパク質をコードする遺伝子の特定箇所を欠失させたり、前記遺伝子の特定箇所を他のヌクレオチドに置換したり、前記遺伝子の特定箇所に1もしくは数塩基挿入することで前記遺伝子を破壊したり、Rom/Ropタンパク質の転写や翻訳を阻害するポリヌクレオチドを挿入して、作製すればよい。
【0028】
本発明のベクターに、AMV逆転写酵素の発現を制御するプロモーターをさらに有してもよい。前記プロモーターの一例として、trpプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、lacプロモーター、T7プロモーター、recAプロモーター、lppプロモーターがあげられる。中でも、tacプロモーターまたはT7プロモーターを前記プロモーターとして用いると、宿主におけるAMV逆転写酵素の発現量が増大するため、好ましい。
【0029】
本発明のベクターは、大腸菌内でAMV逆転写酵素を発現させるためのベクターである。当該大腸菌の好ましい態様として、大腸菌MV1184株、大腸菌GM31株、大腸菌HB101株、大腸菌JM101株、大腸菌BL21(DE3)株、大腸菌W3110株があげられる。中でも大腸菌W3110株が特に好ましい。なお前述した大腸菌に対し、ニトロソグアニジンやメタンスルホン酸エチル等の化学物質、紫外線、放射線等の従来公知の手段により変異処理した大腸菌変異株を使用してもよい。
【0030】
本発明のベクターを用いて大腸菌を形質転換するには、公知の方法(例えば、Method in Enzymology,216,469-631,1992,Academic PressやMethod in Enzymology,204,305-636,1991,Academic Pressに記載の方法)で行なえばよい。
【0031】
前述した方法で得られた本発明の形質転換体の培養は、公知の方法を利用すればよく、例えばLB(Luria-Bertani)培地や2YT培地を用いる方法があげられる。なお本発明のベクターに薬剤耐性遺伝子を有している場合、当該遺伝子に対応した薬剤を選抜剤として培地に添加すると、本発明の形質転換体を選択して培養できる点で好ましい。例えば、本発明のベクターがアンピシリン耐性遺伝子を有している場合、培地にアンピシリンやカルベニシリンを添加すればよい。また培地には、炭素、窒素、無機塩や、適当な栄養源を添加してもよい。培養温度は、例えば10℃以上40℃以下の範囲であればよく、好ましくは25℃以上37℃以下の範囲、より好ましくは37℃付近である。pHは例えば5.9以上8.1以下の範囲であればよく、好ましくはpH6.0付近である。培養時間は、例えば3時間以上であればよく、好ましくは16時間以上、より好ましくは50時間以上、さらに好ましくは72時間以上である。
【0032】
なお本発明のベクターがlacプロモーターやtacプロモーターなど誘導性のプロモーターを有している場合、IPTG(イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド)などの誘導剤を培地に添加し、AMV逆転写酵素の発現を誘導してもよい。この場合、培養開始時に誘導剤を添加してAMV逆転写酵素の発現を誘導させてもよいし、良好なAMV逆転写酵素の生産性が得られる程度まで菌体を増殖させた後に誘導剤を添加し、AMV逆転写酵素の発現を誘導させてもよい。好ましくは、培養液の濁度(660nmにおける吸光度)が概ね0.1以上20.0以下を示す増殖期間、より好ましくは濁度が0.5以上10.0以下を示す増殖期間に、誘導剤を添加する誘導操作を行ない、引き続き培養する方法が例示できる。IPTGの添加濃度は、一例として終濃度で概ね0.1mmol/L以上10.0mmol/L以下の範囲の中から適宜選択すればよいが、好ましくは1.0mmol/L以上10.0mmol/L以下の範囲、より好ましくは5.0mmol/L付近である。なお、誘導操作後(誘導剤添加後)の培養温度を大腸菌の至適培養温度よりも低い温度まで下げると好ましく、具体的には10℃以上30℃以下の範囲、より好ましくは15℃以上25℃以下の範囲、さらに好ましくは25℃付近である。具体的には、特開2014-113106号公報に記載の方法を用いると、AMV逆転写酵素を効率的に生産できる点で好ましい。
【0033】
本発明のベクターを用いて大腸菌からαβ体のAMV逆転写酵素を発現させる場合、AMV逆転写酵素α鎖の遺伝子と同酵素β鎖の遺伝子とを、本発明の形質転換体内で共発現させてもよい。この場合、前記α鎖の遺伝子および前記β鎖の遺伝子を含んだ本発明のベクターで形質転換して得られた本発明の形質転換体を用いて発現させてもよく、前記α鎖の遺伝子を含む本発明のベクターと前記β鎖の遺伝子を含む本発明のベクターとを選抜剤による選択圧などを利用して含ませた形質転換体を用いて発現させてもよい。後者の態様の場合、AMV逆転写酵素遺伝子の一方を改変ColE1型複製起点を有するプラスミドベクターへ挿入し、他方を改変ColE1型複製起点と和合性のある複製起点を有するプラスミドベクターへ挿入すると、両プラスミドベクターの安定的な保持や、AMV逆転写酵素をコードする遺伝子の発現量バランスを調整できる点で好ましい。また、αβ体のAMV逆転写酵素を製造する方法として、改変ColE1型複製起点を有するプラスミドベクターに、AMV逆転写酵素β鎖遺伝子を挿入したプラスミドベクターで形質転換した組換え大腸菌(形質転換体)を用いて、AMV逆転写酵素β鎖を発現後、大腸菌の内在性のプロテアーゼによってα鎖を形成することで、αβ体を製造する方法があげられ、本方法は本発明のベクター構築が容易な点で好ましい。
【0034】
前述した方法で得られた形質転換体の培養液からAMV逆転写酵素を抽出するには、当該形質転換体による発現の形態によって、適宜抽出方法を選択すればよい。例えば、発現したAMV逆転写酵素が大腸菌内に蓄積する場合は遠心分離操作等により菌体を集めた後、酵素処理剤や超音波破砕等により菌体を破砕して抽出すればよい。なお前記抽出段階では核酸など種々の夾雑物が混在しているが、ストレプトマイシン塩酸塩やポリミンP(ポリエチレンイミン)などの除核酸剤を添加し、前記核酸と共沈させることで、効率的にAMV逆転写酵素を沈澱回収できる。さらに、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーといったクロマトグラフィーを単独または組み合わせて適用することにより、AMV逆転写酵素を高純度に精製できる。クロマトグラフィーを用いたAMV逆転写酵素精製の一例として、ポリプロピレングリコール基を導入した疎水性相互作用クロマトグラフィーを用いてAMV逆転写酵素を精製後、ホスホセルロース担体を用いたイオン交換クロマトグラフィーを用いてさらに精製することで、AMV逆転写酵素α鎖と、AMV逆転写酵素β鎖と、αβ体のAMV逆転写酵素とを、分離精製できる。
【発明の効果】
【0035】
本発明のトリ骨髄芽細胞腫ウイルス逆転写酵素を大腸菌で発現させるためのベクターは、複製起点としてpUC系プラスミドベクターが有する改変ColE1型複製起点を用いることを特徴としている。改変ColE1型複製起点を複製起点として用いるプラスミドベクターで形質転換して得られた形質転換体は、従来のベクターで形質転換して得られる形質転換と比較して、約3倍の菌体増殖度であった。また、本発明のベクターで形質転換して得られる形質転換体(組換え大腸菌)は、従来のベクターで形質転換して得られる形質転換体と比較し、前記酵素の発現量が約6倍に増大している。したがって本発明は、前記酵素の工業的製造に有用といえる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】ColE1型の複製起点と、本発明のベクターで用いる改変型ColE1型の複製起点とで、塩基配列を比較した図である。
【
図2】プラスミドベクターpTrcK-AMVEbの構造を示す図である。
【
図3】各プラスミドベクターで形質転換して得られた組換え大腸菌による、AMV逆転写酵素の発現量を、ウェスタンブロッティングで解析した結果を示す図である。
【実施例0037】
以下、実施例および比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら例に限定されるものではない。
【0038】
実施例1 改変ColE1型複製起点を有するトリ骨髄芽細胞腫ウイルス(AMV)逆転写酵素発現プラスミドベクターの構築
(1)配列番号4に記載のヌクレオチド配列からなるAMV逆転写酵素遺伝子の5’末端側に開始コドン(ATG)を、3’末端側に終止コドン(TAA)を、それぞれ付加したポリヌクレオチドを合成した。
【0039】
(2)あらかじめ制限酵素EcoRIおよびKpnIで消化したpTrc99Aプラスミドベクター(ただし、抗生物質耐性遺伝子をアンピシリン耐性遺伝子からカナマイシン耐性遺伝子に置換)に、(1)で合成したポリヌクレオチドを挿入後、当該ベクターで大腸菌JM109株(タカラバイオ)を形質転換した。
【0040】
(3)(2)で得られた形質転換体から、QIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン)を用いて組換えプラスミドを抽出し、ColE1型複製起点(配列番号6)を有するプラスミドベクターpTrcK-AMVEbを調製した(
図2)。
【0041】
(4)Q5変異導入キット(New England BioLabs)を用いて、(3)で調製したプラスミドベクターpTrcK-AMVEbのRNAI転写開始地点から-1位(配列番号6の148番目)に位置するシトシン塩基をチミン塩基に置換することで、改変ColE1型複製起点(配列番号7)を有するプラスミドベクターpTrcK-pUC-AMVEbを構築した(
図1)。
【0042】
(5)(3)および(4)で得られたプラスミドベクターを用いて、大腸菌W3110株をそれぞれ形質転換し、AMV逆転写酵素生産大腸菌を作製した。
【0043】
比較例1 各種複製起点を有するAMV逆転写酵素発現プラスミドベクターの構築
実施例1(4)において、複製起点を表1に示すRSF1030型(配列番号8)、CloDF13型(配列番号9)およびp15A型(配列番号10)のいずれかの複製起点に置換した他は、実施例1と同様な方法でAMV逆転写酵素生産大腸菌を作製した。
【0044】
【0045】
実施例2 AMV逆転写酵素の発現
(1)実施例1および比較例1で作製したAMV逆転写酵素生産大腸菌を、適量のカナマイシンを含む2YT培地(トリプトン 16g/L、酵母エキス 10g/L、塩化ナトリウム 5g/L)3mLに植菌し、30℃、200rpmで一晩前培養した。
【0046】
(2)(1)の前培養液0.2mLを、適量のカナマイシンを含む2YT-PNa培地(トリプトン 16g/L、酵母エキス 10g/L、リン酸二水素ナトリウム・二水和物 14.5g/L、リン酸水素二ナトリウム・十二水和物 2.5g/L)20mLに植菌し、37℃、150rpmで3時間培養した。
【0047】
(3)培養液の一部を回収して分光光度計によりOD600nmを測定した後、残った培養液にIPTG(イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド)を終濃度5mmol/Lとなるように添加し、25℃、150rpmでさらに3日間培養した。
【0048】
(4)培養液の一部を回収して分光光度計によりOD600nmを測定した後、培養液を遠心分離することでAMV逆転写酵素を発現した大腸菌(形質転換体)を取得した。
【0049】
取得した形質転換体のうち、pTrcK-AMVEb(複製起点:ColE1型(配列番号6))で形質転換して得られた形質転換体と、pTrcK-pUC-AMVEb(複製起点:改変ColE1型(配列番号7))で形質転換して得られた形質転換体とで、OD600nmに基づく菌体増殖度を比較した結果を表2に示す。pTrcK-pUC-AMVEbで形質転換して得られた形質転換体(菌体増殖度:18.8)は、pTrcK-AMVEbで形質転換して得られた形質転換体(菌体増殖度:6.5)と比較し、IPTG誘導による菌体増殖度が向上していることがわかる。
【0050】
【0051】
実施例3 AMV逆転写酵素発現量の評価
(1)実施例2(4)で回収した各大腸菌を、破砕バッファー(グリセロール 10%(w/v)、リン酸カリウム 20mmol/L、ジチオトレイトール 4mmol/L、pH7.2)2mLに懸濁し、超音波破砕機UD-100(トミー精工)で破砕した。
【0052】
(2)(1)で得られた菌体破砕液を、ジチオトレイトールを含むSDS-PAGEサンプル緩衝液に添加し、98℃で5分間熱処理後、5%(w/v)から20%(w/v)濃度勾配SDS-ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動した。
【0053】
(3)電気泳動後、トランスブロットTurbo転写システム(Bio-Rad)を用いて、ゲル中のタンパク質をPVDFメンブレンに転写した。
【0054】
(4)(3)のメンブレンに対して、1次抗体として抗AMV逆転写酵素ラビットポリクローナル抗体を、2次抗体として抗ラビットIgG抗体-HRP(Bethyl)を、発色試薬としてSuper Signal West Pico PLUS(サーモフィッシャー)を用いて染色した。
【0055】
(5)(4)で染色したメンブレンを、Amersham Imager 680(Cytiva)を用いて撮影し、装置付属のAnalysis Softwareを用いて各バンドの輝度を定量解析した。
【0056】
各種複製起点を有するプラスミドベクターで形質転換して得られた形質転換体(組換え大腸菌)を用いてAMV逆転写酵素を発現させた際の発現量を、ウェスタンブロッティング解析による、pTrcK-AMVEb(複製起点:ColE1型(配列番号6))で形質転換して得られた形質転換体での発現量(バンドの輝度に相当)を1とした相対値で表した結果を、
図3に示す。pTrcK-pUC-AMVEb(複製起点:改変ColE1型(配列番号7))で形質転換して得られた形質転換体は、AMV逆転写酵素の発現量が約6倍となった。一方、pTrcK-RSF-AMVEb(複製起点:RSF1030型(配列番号8))、pTrcK-Clo-AMVEb(複製起点:CloDF13型(配列番号9))またはpTrcK-p15A-AMVEb(複製起点:p15A型(配列番号10))で形質転換して得られた形質転換体は、AMV逆転写酵素の発現量が減少または発現しなかった。以上の結果より、AMV逆転写酵素を大腸菌で発現させるためのベクターにおける複製起点を、ColE1型複製起点(配列番号6)のうち、少なくとも148番目のシトシン塩基をチミン塩基に置換した、改変ColE1型複製起点とすることで、前記酵素の発現量が向上することがわかる。
【0057】
配列番号7に記載のヌクレオチド配列は、pUC系プラスミドベクターが有する複製起点と同じ配列であり、当該複製起点はColE1型複製起点(配列番号6)と比較しコピー数が1.5倍になることが報告されている(Molecular Microbiology,6,3385-3393,1992)。しかしながら本実施例において、改変ColE1型複製起点による発現量向上の効果は、前記文献での報告値(1.5倍)を上回る約6倍であった。さらに前記文献では、培養温度を30℃以下にすると、ColE1型複製起点(配列番号6)と同等のコピー数に低下すると報告されているが、本実施例では、培養温度25℃においても発現量向上の効果が確認された。