(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022165005
(43)【公開日】2022-10-31
(54)【発明の名称】空孔欠陥形成方法、ダイヤモンドの製造方法、およびダイヤモンド
(51)【国際特許分類】
C30B 29/04 20060101AFI20221024BHJP
【FI】
C30B29/04 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021070157
(22)【出願日】2021-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下間 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】栗田 寅太郎
(72)【発明者】
【氏名】三浦 清貴
(72)【発明者】
【氏名】水落 憲和
(72)【発明者】
【氏名】藤原 正規
(72)【発明者】
【氏名】清水 雅弘
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077AA02
4G077AB01
4G077BA03
4G077FH08
4G077HA06
(57)【要約】
【課題】ダイヤモンドに高濃度の空孔欠陥を形成する。
【解決手段】ダイヤモンドの内部に空孔欠陥を形成する方法であって、ダイヤモンドの吸収波長に対して透明な波長を有するレーザーのパルス波形を整形して、レーザーのパルス光の位相に関する時間的な分散を補償するステップと、分散を補償したレーザーのパルス光を、ダイヤモンドの内部に複数回集光照射するステップと、を含む方法。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンドの内部に空孔欠陥を形成する方法であって、
前記ダイヤモンドの吸収波長に対して透明な波長を有するレーザーのパルス波形を整形して、前記レーザーのパルス光の位相に関する時間的な分散を補償するステップと、
前記分散を補償した前記レーザーの前記パルス光を、前記ダイヤモンドの内部に複数回集光照射するステップと、
を含む方法。
【請求項2】
前記ダイヤモンドの内部に集光照射する前記パルス光の数は、5×107以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ダイヤモンドの内部に集光照射する前記パルス光の数は、2.5×108以上である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記レーザーのパルスエネルギーは、60nJないし200nJの範囲であり、
前記レーザーのパルス幅は40フェムト秒以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記レーザーのパルスエネルギーは、150nJないし200nJの範囲である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記分散を補償するステップにおいて、前記パルス光に位相変調を行うことにより、第1の偏光成分からなる第1のサブパルス光と、前記第1の偏光成分に交差する第2の偏光成分からなる第2のサブパルス光との間に時間遅延を生じさせる、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
ダイヤモンドを準備するステップと、
請求項1~6のいずれかの方法により前記ダイヤモンドの内部に空孔欠陥を形成するステップと、
を含む、ダイヤモンドの製造方法。
【請求項8】
内部に形成されている空孔欠陥の濃度が1×1015cm-3以上であるダイヤモンド。
【請求項9】
前記空孔欠陥の濃度が3×1015cm-3以上である、請求項8に記載のダイヤモンド。
【請求項10】
前記空孔欠陥の濃度が1×1016cm-3以上である、請求項9に記載のダイヤモンド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンドに空孔欠陥を形成する方法、空孔欠陥を有するダイヤモンドの製造方法、および空孔欠陥が形成されたダイヤモンドに関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは、その優れた光学的、電気的、熱的特性から、光学素子やエレクトロニクスデバイス等への応用が期待されている。特に近年、ダイヤモンド内部に存在するNVセンター(Nitrogen Vacancy center)と呼ばれている窒素-空孔中心が注目を集めている。NVセンターは、ダイヤモンド内部の窒素不純物とそれに隣接する空孔欠陥との対からなり、空孔に電子が捕獲された状態において、電子スピンと呼ばれる磁気的な性質を示す。NVセンター中の電子スピンは、室温下でも長いコヒーレンス時間を有し、そのスピン状態は室温下で制御および検出可能であることから、量子コンピューティングへの応用や、磁場、電場等の高感度量子センサー等としての応用が期待されている。
【0003】
ダイヤモンドにNVセンターを形成する従来の報告例としては、例えば下記非特許文献1および2が挙げられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】V. V. Kononenko, I. I. Vlasov, E. V. Zavedeev, A. A. Khomich, and V. I. Konov, “Correlation between surface etching and NV centre generation in laser-irradiated diamond”, Appl. Phys. A 124, 226 (2018). https://doi.org/10.1007/s00339-018-1646-x
【非特許文献2】V. V. Kononenko, I. I. Vlasov, V. M. Gololobov, T. V. Kononenko, T. A. Semenov, A. A. Khomich, V. A. Shershulin, V. S. Krivobok, and V. I. Konov, “Nitrogen-vacancy defects in diamond produced by femtosecond laser nanoablation technique”, Applied Physics Letters 111, 081101 (2017). https://doi.org/10.1063/1.4993751
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
量子コンピューティングへの応用には、多数のNVセンターの集まりであるアンサンブルNVセンターが重要である。アンサンブルNVセンターは、信号強度の増大による量子センサーの性能向上といった利点を有する。また、アンサンブルNVセンターが、異なる4つの配向を有するNVセンターの集合体である場合、そのようなアンサンブルNVセンターは、配向の違いによるゼーマン分裂幅の違いを利用して、磁場の3次元ベクトル成分を決定することが可能である等の利点を有する。
【0006】
よって、量子センサーへの応用では、センサーの測定感度を向上させるために、ダイヤモンドに多数のNVセンター(アンサンブルNVセンター)を形成して、NVセンターの濃度を高めることが有効になる。しかしながら、レーザー照射により作製されたNVセンターについて、濃度に関する定量的な評価はこれまでなされておらず、量子センサーへ応用できる程度の、高い濃度(例えば、約1015cm-3~1016cm-3、もしくはそれ以上の濃度)のNVセンターの形成に関する報告はこれまでなされていない。ダイヤモンドのNVセンターを量子センサー等へ応用するために、量子センサー等へ応用できる程度の、高い濃度のNVセンターを形成する手法が求められている。
【0007】
本発明は、ダイヤモンドに高濃度の空孔欠陥を形成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
(項1)
ダイヤモンドの内部に空孔欠陥を形成する方法であって、
前記ダイヤモンドの吸収波長に対して透明な波長を有するレーザーのパルス波形を整形して、前記レーザーのパルス光の位相に関する時間的な分散を補償するステップと、
前記分散を補償した前記レーザーの前記パルス光を、前記ダイヤモンドの内部に複数回集光照射するステップと、
を含む方法。
(項2)
前記ダイヤモンドの内部に集光照射する前記パルス光の数は、5×107以上である、項1に記載の方法。
(項3)
前記ダイヤモンドの内部に集光照射する前記パルス光の数は、2.5×108以上である、項2に記載の方法。
(項4)
前記レーザーのパルスエネルギーは、60nJないし200nJの範囲であり、
前記レーザーのパルス幅は40フェムト秒以下である、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
(項5)
前記レーザーのパルスエネルギーは、150nJないし200nJの範囲である、項4に記載の方法。
(項6)
前記分散を補償するステップにおいて、前記パルス光に位相変調を行うことにより、第1の偏光成分からなる第1のサブパルス光と、前記第1の偏光成分に交差する第2の偏光成分からなる第2のサブパルス光との間に時間遅延を生じさせる、項1から5のいずれか一項に記載の方法。
(項7)
ダイヤモンドを準備するステップと、
項1~6のいずれかの方法により前記ダイヤモンドの内部に空孔欠陥を形成するステップと、
を含む、ダイヤモンドの製造方法。
(項8)
内部に形成されている空孔欠陥の濃度が1×1015cm-3以上であるダイヤモンド。
(項9)
前記空孔欠陥の濃度が3×1015cm-3以上である、項8に記載のダイヤモンド。
(項10)
前記空孔欠陥の濃度が1×1016cm-3以上である、項9に記載のダイヤモンド。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、ダイヤモンドに高濃度の空孔欠陥を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る空孔欠陥形成方法を実行する際に用いる光学システムの模式的な構成を示す図である。
【
図2】レーザーが出力するパルス光の時間波形の一例である。
【
図3】
図1に示すパルス整形器の模式的な構成を示す図である。
【
図4】パルス光の分散補償をパルス整形器に設定する際の模式的な構成を示す図である。
【
図5】実施例に係る検証結果を説明するための図であり、パルス光の数に対するNVセンターの濃度の変化をパルスエネルギー毎に示すグラフである。
【
図6】実施例に係る検証結果を説明するための図であり、(a)は横緩和時間T
2の測定に用いる光検出磁気共鳴(ODMR)法に基づくハーンエコー法によるパルスシーケンスであり、(b)~(e)はハーンエコー法による測定信号である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
【0012】
本発明の第1の態様によると、ダイヤモンドの内部に空孔欠陥を形成する方法が提供される。一実施形態に係る方法は、
ダイヤモンドの吸収波長に対して透明な波長を有するレーザーのパルス波形を整形して、レーザーのパルス光の位相に関する時間的な分散を補償するステップと、
分散を補償したレーザーのパルス光を、ダイヤモンドの内部に複数回集光照射するステップと、
を含む。
【0013】
一実施形態に係る方法では、ダイヤモンドの内部に集光照射するパルス光の数は、5×107以上である。好ましくは、ダイヤモンドの内部に集光照射するパルス光の数は、2.5×108以上である。
【0014】
一実施形態に係る方法では、レーザーのパルスエネルギーは、60nJないし200nJの範囲であり、レーザーのパルス幅は40フェムト秒以下である。より好ましくは、レーザーのパルスエネルギーは、150nJないし200nJの範囲である。
【0015】
一実施形態に係る方法では、分散を補償するステップにおいて、パルス光に位相変調を行うことにより、第1の偏光成分からなる第1のサブパルス光と、第1の偏光成分に交差する第2の偏光成分からなる第2のサブパルス光との間に時間遅延を生じさせる。
【0016】
本発明の第2の態様によると、ダイヤモンドの製造方法が提供される。一実施形態に係る製造方法は、
ダイヤモンドを準備するステップと、
本発明の第1の態様により提供される方法によりダイヤモンドの内部に空孔欠陥を形成するステップと、
を含む。
【0017】
本発明の第3の態様によると、ダイヤモンドが提供される。一実施形態に係るダイヤモンドは、内部に形成されている空孔欠陥の濃度が1×1015cm-3以上である。好ましくは、空孔欠陥の濃度が3×1015cm-3以上である。より好ましくは、空孔欠陥の濃度が1×1016cm-3以上である。
【0018】
なお、本発明の後述する実施例では、ダイヤモンド試料に照射するパルス光の数を5×105~5×108に増大させてNVセンターを形成しても、形成されたNVセンターの横緩和時間T2は、約1.6±0.2マイクロ秒~約2.4±0.2マイクロ秒の範囲内で大きく変動することはなく、ダイヤモンドの黒鉛化は抑えられている。
【0019】
[光学システム]
図1は、本発明の一実施形態に係る空孔欠陥形成方法を実行する際に用いる光学システムの模式的な構成を示す図である。
【0020】
光学システム10は、試料9を改質するための光源として用いるレーザー1と、レーザー光のパルス波形を整形するパルス整形器2と、波形が整形されたパルス光を試料9の内部に集光照射する対物レンズ3とを主に備える。レーザー1から照射されるパルス光Lpは、パルス整形器2においてパルス波形が整形されてパルス幅が制御され、対物レンズ3により集光されて試料9の内部の所定の深さに照射される。試料9はレーザー光の照射により改質される。レーザー1から照射されるパルス光Lpの進行方向は、全反射ミラー4により適宜調節される。
【0021】
光学システム10は、改質された試料9を観察するための構成として、ダイクロイックミラー5と、アバランシェ型のフォトダイオード等の光検出器6とをさらに備えることができる。レーザー1から出力されるパルス光Lpをパルス整形器2を通じて試料9に照射する光学系と、試料9からの反射光を光検出器6を通じて観察する光学系とは、共焦点光学系となっている。このような光学システム10は、例えば共焦点蛍光顕微鏡を用いて構成することができる。なお、光学システム10は、試料9の内部を改質する際には、ダイクロイックミラー5および光検出器6を備える必要はなく、共焦点光学系を構成する必要もない。
【0022】
図2は、レーザーが出力するパルス光Lpの時間波形の一例であり、強度自己相関波形の一例である。
図2の縦軸は、規格化された光強度を示す。本明細書中の以下の説明において特に言及しない限り、パルス幅は、パルス整形器2による時間波形整形後の値であり、
パルス幅=強度自己相関波形の半値全幅(FWHM: full width at half maximum)/1.5426
で算出した値を意味する。なお、パルスの波形はsech
2型であると仮定している。
【0023】
試料9には、本実施形態では合成ダイヤモンドを用いる。本実施形態では、試料9は、窒素不純物の濃度が高い例えばIb型のHPHT単結晶合成ダイヤモンドであり、例示的には、試料9に用いる合成ダイヤモンドの窒素濃度は約33ppmである。試料9は3軸ステージ(図示せず)上に載置されており、試料9上にレーザー光を照射する領域(X-Y平面)と、レーザー光の照射軸に沿った試料9の位置(Z軸)とが調節可能である。試料9へのレーザー光の照射は、大気中で室温下にて行うことができる。例示的に、室温は、約15℃ないし25℃の常温の範囲を含む約1℃ないし30℃の温度範囲を意味するが、これら温度範囲に限定されるものではない。
【0024】
レーザー1は、フェムト秒の時間的なオーダーを有するパルス幅でパルス光Lpを出力する。レーザー1が出力するパルス光Lpは、試料9の吸収波長に対して透明な波長を有している。これにより、レーザー1は、非線形吸収によってレーザーの集光点の近傍において試料9の改質を生じさせて、試料9の深さ方向も含めた空間選択的な位置制御を可能としている。試料9の吸収波長に対してパルス光Lpが透明な波長を有するとは、パルス光Lpの波長帯域が、試料9にパルス光Lpを照射しても、試料9の吸収スペクトルにおいてスペクトル線が現れないような波長帯域であることを意味する。試料9に照射されるパルス光Lpのエネルギーは、試料9の結晶格子により非線形に吸収される。本実施形態では、パルス光Lpは直線偏光しており、レーザー1には、中心波長が約800nmのパルス光を出力する再生増幅型のチタンサファイアレーザーを用いている。
【0025】
本実施形態では、レーザーのパルスエネルギーは、好ましくは約60nJないし200nJの範囲であり、パルス幅は約40フェムト秒である。後述するように、レーザーのパルス幅はパルス整形器2により整形することができ、例示するこの約40フェムト秒のパルス幅は、パルス整形器2による時間波形整形後の値である。本実施形態では、パルス光を出力する際の繰り返し周波数は約250kHzである。
【0026】
本実施形態では、レーザー光を従来(例えば約1秒間)よりも長い時間で試料9に照射する。レーザー光を試料9に照射する時間は、約2秒間ないし約5000秒間である。すなわち本実施形態では、レーザー1は、約5×105個ないし約1.25×109個の複数個のパルス光Lpを出力している。
【0027】
パルス整形器2は、レーザー光のパルス波形を整形してパルス幅を制御する。パルス光の位相φはテイラー展開により多項式による近似をすることができる。
【数1】
(式1)に示す多項式中、パルスの波形に寄与する項は二次関数以上の項である。よって、(式1)中のa
2の値を変更することにより、パルス幅を制御することができる。パルス整形器2は、後述する空間光変調器27と回折格子による分散素子25とにより、(式1)に記載されている二次の位相の項を制御することによって、照射レーザーパルスの時間波形を変化させて、パルス幅を調整する。パルス整形器2は、レーザーのパルス幅を約40フェムト秒以下に整形することができる。
【0028】
対物レンズ3は、時間波形整形後のパルス光を試料9の内部に集光照射する。本実施形態では、対物レンズ3は約50倍(開口数NA=0.80)の倍率を有し、試料9の表面から約15μmの深さに焦点を結ぶ。
【0029】
[パルス整形器および分散補償]
・パルス整形器
図3は、
図1に示すパルス整形器の模式的な構成を示す図である。パルス整形器2は、偏光制御部21と、ミラー22,23,24と、分散素子25と、集光素子26と、空間光変調器27(Spatial Light Modulator: SLM)とを備える。パルス整形器2は、入力されたパルス光Lpを分散素子25および空間光変調器27の順に通過させることにより、パルス光Lpの位相を波長毎に変調する。
【0030】
パルス整形器2は、レーザー1から出力されるパルス光Lpに位相変調を行うことにより、第1の偏光成分からなる第1のサブパルス光と、第1の偏光成分に交差する第2の偏光成分からなる第2のサブパルス光との間に、時間遅延を生じさせる。
【0031】
偏光制御部21は、レーザー1と光学的に結合され、入力されたパルス光Lpの偏光面を回転させる光学素子である。偏光制御部21は、例えばλ/2板等の波長板や偏光素子等によって構成されている。これにより、パルス光Lpは、第1の偏光方向に沿った第1の偏光成分と、第1の偏光方向に交差する第2の偏光方向に沿った第2の偏光成分とを含む。一実施形態では、第1の偏光方向と第2の偏光方向とは直交する。
【0032】
ミラー22,23,24は、入力されたパルス光Lpの進行方向を分散素子25に向ける光学素子である。ミラー22,23,24は例えば全反射ミラーによって構成されている。ミラー22,23,24は、分散素子25との相対的な位置関係によっては省略することができる。
【0033】
分散素子25は、パルス光Lpを波長毎に分散する光学素子である。分散素子25は、例えば回折格子またはプリズムによって構成されている。回折格子では波長毎に回折角が異なるので、広い帯域の波長成分を有するパルス光Lpが回折格子に入射すると、各波長成分は互いに異なる方向に回折される。
【0034】
集光素子26は、分散素子25から拡がりながら出力されるパルス光Lpの各波長成分を、空間光変調器27上の異なる位置に集光させる光学素子である。集光素子26は、例えばシリンドリカルレンズによって構成されている。集光素子26は、分散素子25による波長の分散方向を含む平面内において屈折力(レンズパワー)を有し、波長の分散方向に垂直な平面内においては屈折力を有していない。
【0035】
空間光変調器27は、位相変調型の空間光変調器であって、分散素子25による分散後のパルス光Lpを波長毎に変調する。本実施形態では、空間光変調器27は、液晶型(Liquid Crystal on Silicon: LCOS)の空間光変調器によって構成されている。空間光変調器27の変調面は、複数の波長成分のそれぞれに対応する複数の変調領域を含んでおり、これら変調領域は、分散素子25による波長の分散方向に並んでいる。パルス光Lpの各波長成分は、対応する変調領域に入力されると、その変調領域が有する変調パターンに応じてそれぞれ独立に変調される。
【0036】
空間光変調器27に入力されるパルス光Lpは、偏光制御部21によって偏光面が回転された結果、空間光変調器27が変調作用を提供する偏光方向に対して回転する。これにより、パルス光Lpの偏光成分のうち、空間光変調器27が変調作用を提供する偏光方向に沿った偏光成分は、空間光変調器27により変調され、時間波形が変化する。
【0037】
・分散補償
図4は、パルス光の分散補償をパルス整形器に設定する際の模式的な構成を示す図である。
【0038】
図4に示すように、パルス光の分散補償をパルス整形器に設定する際には、
図1に示す光学システムのレーザー1およびパルス整形器2を含む光学系の後段に、集光光学系81と、波長変換素子82と、分光器83とを光学的に結合する。パルス光の分散補償は、制御ユニット84によりパルス整形器2に設定する。
【0039】
集光光学系81は、空間光変調器27と波長変換素子82との間に設けられ、波長変換素子82に向けてパルス光Lpを集光する。
【0040】
波長変換素子82は、パルス光Lpの位相に応じて、放射される光の強度スペクトルが変化する。波長変換素子82には、例えば、GaAs、GaP、ZnTe、KDP、BBO、BIBO、LiNbO3、KTP、LBO、またはCLBO等の非線形光学結晶を用いることができる。波長変換素子82からは、例えば第二次高調波、第三次高調波、および高次高調波等の数種類の光が放射される。なお、波長変換素子82から放射されるこれら数種類の光は、波長フィルタによって分離することができる。
【0041】
分光器83は、パルス光Lpを波長変換素子82に照射することにより波長変換素子82から放射される光の強度スペクトルを検出する。検出した光の強度スペクトルは、検出信号として制御ユニット84に出力する。
【0042】
制御ユニット84は、分光器83から出力される検出信号に基づいて、偏光制御部21および空間光変調器27を制御する。制御ユニット84は、例えば汎用コンピュータやパーソナルコンピュータ(PC)等の演算装置である。制御ユニット84は、偏光制御部21における偏光面の回転角を制御することにより、パルス光Lpの偏光方向を変更する。また、制御ユニット84は、空間光変調器27の位相パターンを制御することにより、パルス光Lpの時間波形を変更する。
【0043】
本実施形態では、パルス整形器2は、MIIPS(Multiphoton Intrapulse Interference Phase Scan)法に基づいて、パルス光の位相に関する時間的な分散を制御し補償する。これにより、レーザー1から照射されるパルス光の位相を揃えて、レーザーのパルス幅がさらに短縮されたフーリエ変換限界パルスを生成する。
【0044】
MIIPS法では、パルス光Lpを非線形光学結晶等の波長変換素子82に通すことにより、パルス光Lpの第二次高調波(second harmonics)を発生させて、その位相分散を分光器83により計測する。パルス整形器2は、分光器83により計測されたその位相分散を補償することにより、フーリエ変換限界パルスを生成する。本実施形態では、パルス整形器2は、例えば第二次高調波の強度が最大となるようにパルス光Lpの位相を変調させることにより、位相分散を補償し、パルス光Lpの位相を整合させる。
【0045】
なお、
図4に示す、波長変換素子82、分光器83および制御ユニット84を用いた位相分散の測定と、パルス整形器2に対する分散補償の設定とは、
図1に示す光学システム10を構成する前に一度行っておけば十分である。
【0046】
以下に本発明の実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。
【実施例0047】
本実施例では、本発明の上記した実施形態に係る光学システムを、共焦点蛍光顕微鏡を用いて構成した。上記した実施形態に記載した波長変換素子、分光器および制御ユニットを用いて位相分散の測定を行い、MIIPS法に基づいてフーリエ変換限界パルスを生成するように、パルス整形器に対する分散補償の設定を行った。分散補償の設定を施したパルス整形器を備える光学システムを用いて、レーザーのパルス光をダイヤモンドに照射して、ダイヤモンドの内部にNVセンターを形成した。
【0048】
本実施例では、本発明の上記した実施形態に係る空孔欠陥形成方法により、ダイヤモンドの内部にNVセンターを形成した。NVセンターの形成は、レーザー光の照射時間およびパルスエネルギーの様々な組み合わせで行った。NVセンターの濃度は、NVセンターから放射される蛍光の強度の測定値から推定した。NVセンターから放射される蛍光の強度は、フォトダイオードを用いて測定した。
【0049】
本実施例では、2つの事項について検証を行った。検証その1では、形成したNVセンターについて、濃度が従来の報告よりも向上しているか否かを検証した。検証その2では、形成したNVセンターについて、ダイヤモンドが黒鉛化しているか否かを検証した。
【0050】
<検証その1>
NVセンターの濃度について、本実施例に係る空孔欠陥形成方法によりダイヤモンドの内部に形成したNVセンターと、比較例である従来の報告においてダイヤモンドの表面または内部に形成されているNVセンターとの間で比較を行った。比較結果のグラフを
図5に示す。
【0051】
比較例に係る濃度は、従来の報告に記載されている蛍光強度の値に基づいて推定した。比較例に係る濃度を推定するうえで、報告に記載されていない条件および値については、条件および値を仮定した。比較例として挙げる従来の報告は、上記した非特許文献1および2の2つとした。なお以下の説明において、1ppm=1.76×1017cm-3である。
【0052】
・比較例1
比較例1として、非特許文献1に報告されている蛍光強度の最大値である約2.3(パルス光数約1.68×107)を用いて、NVセンターの濃度の推定値7.2×1014cm-3を得た。非特許文献1では、NVセンターは、表面アブレーションにより表面に形成されている。
【0053】
非特許文献1について、NVセンターの濃度は次のように推定した。
ダイヤモンド試料の窒素濃度:0.5ppm(270nmの吸収係数から算出)
パルス光未照射部の蛍光強度(Original PL signal):約0.28
蛍光強度の最大値:約2.3(パルス光の数約1.68×107)
パルス光未照射部のNV濃度がダイヤモンド試料の窒素濃度に対して0.1%であると仮定すると、パルス光照射部の最大濃度は、7.2×1014cm-3と推定された。
【0054】
・比較例2
比較例2として、非特許文献2に報告されている蛍光強度の最大値である約0.87(パルス光数約8.39×104)を用いて、NVセンターの濃度の推定値5.4×1014cm-3を得た。非特許文献2では、NVセンターは、表面アブレーションにより表面に形成されている。
【0055】
非特許文献2について、NVセンターの濃度は次のように推定した。
ダイヤモンド試料の窒素濃度:0.5ppm(270nmの吸収係数から算出)
パルス光未照射部の蛍光強度(Original PL signal):約0.14
蛍光強度の最大値:約0.87(パルス光の数約8.39×104)
パルス光未照射部のNV濃度がダイヤモンド試料の窒素濃度に対して0.1%であると仮定すると、パルス光照射部の最大濃度は、5.4×1014cm-3と推定された。
【0056】
図5は、実施例に係る検証結果を説明するための図であり、パルス光の数に対するNVセンターの濃度の変化をパルスエネルギー毎に示すグラフである。異なる4種類の記号を用いて図中にプロットする4種類の折れ線グラフのデータは、本実施例に係る空孔欠陥形成方法によりダイヤモンドの内部に形成したNVセンターの濃度の測定値である。異なる2種類の囲み記号を用いて図中にプロットするデータは、比較例に係るNVセンターの濃度の推定値である。
【0057】
NVセンターの濃度について比較した
図5に示すグラフに基づいて、高い濃度のNVセンターを形成するための、レーザー光の照射時間およびパルスエネルギーの条件について検討した。形成目標とするNVセンターの濃度は、量子センサーにおいて高感度化が期待できる濃度である、約10
15cm
-3~10
16cm
-3とした。
【0058】
まず、本実施例に係る測定結果の概要について報告する。本実施例では、ダイヤモンド試料に照射するパルス光の数を増大させてゆくと、NVセンターの濃度は最初増加し、その後飽和または僅かに減少した。その後、照射するパルス光の数を増大させて測定データを取得し、パルス光の数が約2.5×107個~約5×107個の測定点において、NVセンターの濃度は約3~4×1015cm-3から再び増加した。さらに照射するパルス光の数を増大させて測定データを取得し、本実施例では、最終的には、約5×108個のパルス光をダイヤモンド試料に照射することにより、NVセンターの濃度の最大値約3×1016cm-3が得られた。NVセンターは、ダイヤモンド試料にレーザーのパルス光を照射した後にダイヤモンドをアニーリングすることなく形成されていた。
【0059】
なお、この測定結果において、パルス光の数の増加に伴いNVセンターの濃度が飽和または減少するという挙動は、NVセンターの形成と消滅とが競合するという観点から解釈することが可能であると推察された。
【0060】
本実施例に係るNVセンターの濃度の測定結果と、比較例1および2に係るNVセンターの濃度の推定値との比較を行った。考察結果は次の通りであった。
【0061】
本実施例によると、ダイヤモンド試料に約60nJのパルスエネルギーで約2.5×106個のパルス光を照射することにより、NVセンターの濃度が約1×1015cm-3であるダイヤモンドが得られた。得られた濃度の値は、比較例1および2に示すNVセンターの濃度のどの推定値よりも高い濃度であり、量子センサーにおいて高感度化が期待できる濃度の目標値の下限である約1015を達成していた。なお、パルスエネルギーが約100nJ、約150nJおよび約200nJの場合は、約1.25×106個のパルス光を照射することにより、NVセンターの濃度が約1×1015cm-3以上であるダイヤモンドが得られた。
【0062】
本実施例によると、ダイヤモンド試料に約5×107個のパルス光を照射することにより、NVセンターの濃度が約3×1015cm-3以上であるダイヤモンドが得られた。このNVセンターの濃度はどのパルスエネルギーにおいても得られた。得られた濃度の値は、一旦飽和したNVセンターの濃度が再び増加に転じた際の濃度であった。このパルス光の照射数は、比較例1および2のどちらにおいても達成されていないパルス光の照射数であった。得られた濃度の値は、比較例1および2に示すNVセンターの濃度のどの推定値よりも高い濃度であり、量子センサーにおいて高感度化が期待できる濃度の目標値の下限である約1015を達成していた。
【0063】
本実施例によると、ダイヤモンド試料に約2.5×108個のパルス光を照射することにより、NVセンターの濃度が約1×1016cm-3以上であるダイヤモンドが得られた。このNVセンターの濃度はどのパルスエネルギーにおいても得られた。このパルス光の照射数は、比較例1および2のどちらにおいても達成されていないパルス光の照射数であった。得られた濃度の値は、比較例1および2に示すNVセンターの濃度のどの推定値よりも高い濃度であり、量子センサーにおいて高感度化が期待できる濃度の目標値である約1016を達成していた。
【0064】
本実施例によると、ダイヤモンド試料に約150nJまたは約200nJのパルスエネルギーで最大で約5×108個のパルス光を照射することにより、NVセンターの濃度が最大で約3×1016cm-3であるダイヤモンドが得られた。このパルス光の照射数は、比較例1および2のどちらにおいても達成されていないパルス光の照射数であり、得られた濃度の値も、比較例1および2のどちらにおいても達成されていない濃度であった。
【0065】
<検証その2>
本実施例に係る空孔欠陥形成方法によりダイヤモンドの内部に形成したNVセンターについて、ダイヤモンドが黒鉛化しているか否かを検証した。
【0066】
検証は、公知の光検出磁気共鳴(Optically Detected Magnetic Resonance: ODMR)法により、NVセンターについて横緩和時間T2を測定することにより行った。ダイヤモンドにNVセンターを形成する際にダイヤモンドが黒鉛化されていると、この横緩和時間T2は減少する。
【0067】
検証には、濃度すなわち照射するパルス光の数を約5×105個~約5×108個の間で変化させてNVセンターを形成した複数のダイヤモンド試料を用いた。ダイヤモンド試料に照射するレーザーのパルスエネルギーは約150nJとした。
【0068】
図6は、実施例に係る検証結果を説明するための図であり、(a)は横緩和時間T
2の測定に用いる光検出磁気共鳴(ODMR)法に基づくハーンエコー法によるパルスシーケンスであり、(b)~(e)はハーンエコー法による測定信号である。
【0069】
(b)~(e)の測定信号に示すように、ダイヤモンド試料に照射するパルス光の数を5×105個~5×108個に増大させてNVセンターを形成しても、形成されたNVセンターの横緩和時間T2は、約1.6±0.2マイクロ秒~約2.4±0.2マイクロ秒の範囲内で大きく変動することはなく、さらに、もとのダイヤモンド試料に含まれるNVセンターの横緩和時間T2は約1.6±0.2マイクロ秒であり、ほぼ同じ値であった。これにより、本実施例に係る空孔欠陥形成方法によると、NVセンターを形成する際に生じる可能性があるダイヤモンドの黒鉛化は抑えられていることが確認された。
【0070】
なお、ダイヤモンド試料に照射するパルス光の数を7.5×108個以上に増大させると、NVセンターの濃度の減少が確認され、照射するパルス光の数をさらに増大させると、集光点付近は明らかに黒色となり、ダイヤモンド試料が黒鉛化することが確認された。
【0071】
また、ダイヤモンド試料に照射するパルス光の数を増大させながら、ダイヤモンド試料の黒鉛化が確認されたパルス光の数を確認した。パルスエネルギーが約60nJの場合は、約1.75×109個のパルス光を照射すると、ダイヤモンド試料が黒鉛化することが確認され、照射するパルス光の数がこの値よりも少ない約1.25×109個の場合には、ダイヤモンド試料の黒鉛化は確認されなかった。
【0072】
同様に、パルスエネルギーが約100nJの場合は、約5×109個のパルス光を照射すると、ダイヤモンド試料が黒鉛化することが確認され、照射するパルス光の数がこの値よりも少ない約7.5×108個の場合には、ダイヤモンド試料の黒鉛化は確認されなかった。パルスエネルギーが約200nJの場合は、約1×109個のパルス光を照射すると、ダイヤモンド試料が黒鉛化することが確認され、照射するパルス光の数がこの値よりも少ない約7.5×108個の場合には、ダイヤモンド試料の黒鉛化は確認されなかった。
【0073】
以上、本発明によると、ダイヤモンドに高濃度のNVセンターを形成することができる。従来、ダイヤモンドを黒鉛化することなくダイヤモンドにNVセンターを形成することは容易ではなく、ダイヤモンドに高濃度のNVセンター形成することは困難であった。本発明によると、形成されるNVセンターの濃度は、量子センサーにおいて高感度化が期待できる濃度である、約1015cm-3~1016cm-3の高濃度であり、NVセンターを形成する際にもダイヤモンドの黒鉛化は抑えられている。
【0074】
また、本発明によると、ダイヤモンドにレーザーのパルス光を照射した後にダイヤモンドをアニーリングすることなく、ダイヤモンドにNVセンターを形成することができる。アニーリング工程が不要になると、NVセンターを含む量子センサー素子を工業的に製造する際に低温プロセスを採用することが可能になり、量子センサー素子を大気中で室温下で製造することが可能になる。
【0075】
[その他の形態]
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0076】
上記した実施形態では、試料9としてダイヤモンドを用い、色中心として、ダイヤモンドの内部にNVセンターと呼ばれる窒素-空孔中心を形成しているが、ダイヤモンドの内部に形成する色中心はNVセンターに限定されない。NVセンターに代えて、珪素-空孔中心またはゲルマニウム-空孔中心をダイヤモンドの内部に形成してもよい。
【0077】
上記した実施形態では、レーザー1およびパルス整形器2により生成されるパルス光Lpのパルス幅はフェムト秒の時間的なオーダーを有しているが、ダイヤモンドを改質するために照射されるレーザーのパルス幅は、フェムト秒の時間的なオーダーに限定されない。ダイヤモンドの内部に高濃度のNVセンターを優先的に形成することができる限り、フェムト秒(10-15秒)以下の例えばアト秒(10-18秒)等の時間的なオーダーを有するパルス幅のレーザーをダイヤモンドに照射することができる。
【0078】
試料9に含まれている窒素不純物の濃度は、上記した実施形態において例示した濃度に限定されない。例えば量子センサーへの応用では、合成ダイヤモンドに含まれる窒素不純物の濃度は上記例示した約33ppm未満(例えば、約1ppm未満)であってもよいし、用いる合成ダイヤモンドもIb型に限定されずIIa型であってもよい。