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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022165290
(43)【公開日】2022-10-31
(54)【発明の名称】フェノール類の定量方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/28 20060101AFI20221024BHJP
【FI】
C12Q1/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021070599
(22)【出願日】2021-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上杉 真以
(72)【発明者】
【氏名】三上 寿幸
(72)【発明者】
【氏名】山城 宏道
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QQ03
4B063QQ61
4B063QR02
4B063QS03
4B063QS28
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】小容量の生体試料を検体とする場合でも、精度よく、また簡便に短時間にフェノール類等の対象化合物を測定できる方法を提供することを課題とする。
【解決手段】検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を水溶液中で接触させる酵素反応工程、前記酵素反応の生成物の光学特性値を測定する測定工程、及び前記光学特性値から検体中の対象化合物量を定量する定量工程を含み、前記水溶液のpHが7.0以上9.5以下であり、前記対象化合物が4-アミノアンチピリンとのトリンダー反応において水素供与体となる化合物である、検体中の対象化合物を定量する方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を水溶液中で接触させる酵素反応工程、
前記酵素反応の生成物の光学特性値を測定する測定工程、及び
前記光学特性値から検体中の対象化合物量を定量する定量工程を含み、
前記水溶液のpHが7.0以上9.5以下であり、
前記対象化合物が4-アミノアンチピリンとのトリンダー反応において水素供与体となる化合物である、検体中の対象化合物を定量する方法。
【請求項2】
前記対象化合物が、フェノール類である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記水溶液のpHが7.5以上9.5以下である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記酵素反応工程は、検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を含む水溶液を調製することにより行われ、前記水溶液中のペルオキシダーゼ濃度が7 Unit/mL以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記光学特性値が、測定波長440~560nmの吸光度である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記測定工程が、前記酵素反応工程開始時から8分間以内の期間内で行われる、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記測定工程が、前記酵素反応工程開始時から5分間以内の期間内で行われる、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記測定工程が、前記酵素反応工程開始時から2分間以内の期間内で行われる、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記検体が生体試料である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
4-アミノアンチピリン、及びペルオキシダーゼを含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法に使用するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体中のフェノール類を定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フェノールの測定方法は、フェノールと4-アミノアンチピリン(4-AAP)に過酸化水素存在下でペルオキシダーゼ(POD)を作用させて、トリンダー(Trinder
)反応で生成する赤色キノン色素の吸光度を測定することにより行われてきた。かかる方法は、数百mLスケールの測定系で、ガラスビーズを用い、蒸留工程や抽出工程により試料中の共存物質の影響を排除する必要があり、また15分もの反応時間を要し、呈色の安定性を保つために冷却工程等を要するという、時間と手間のかかるものであり、主に水質検査に適用されている(非特許文献1)。一般的なペルオキシダーゼの至適pHは6.0~7.0とされており、最適pHは6.5付近とされている。また、従来ペルオキシダーゼと4-アミノアンチピリンを用いてフェノールの検出する際の反応はpH7.0付近で行われる(非特許文献1)。
また、JIS法では、フェリシアン化カリウムと4-アミノアンチピリンを用いる水質中フェノール類の分析法が定められているが、本呈色法は試料中の共存物質の影響を受けることから、蒸留などの試料の前処理が必要となっている(非特許文献2)。
【0003】
JIS法の呈色原理を利用し、反応助剤に酵素を用いた呈色法によるフェノール測定製品として市販されているものもある(例えば、共立理化学研究所の「パックテストフェノール」)。かかる製品は、工場排水や工程水等の検水中のフェノール測定用であり、数mL以上の検体を要し、測定には8分間以上の時間がかかり、目視による半定量測定の下限値は0.2mg/dLとされている。また、本製品は共存成分の影響が予想される場合には、蒸留等の前処理を行うことが推奨されている。
その他に、ガスクロマトグラフィー法や液体クロマトグラフィー質量分析法を用いて、生体試料中のフェノールを測定することも考案されているが、高価な装置が必要であること、また、前処理工程や操作手順が煩雑であり、測定に時間と費用がかかることが問題となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】宮本邦彦ら、衛生化学、24(4) 175-181 (1978).
【非特許文献2】JIS K 0102 28.1.2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
臨床現場において、生体試料中のフェノールやその誘導体を測定することの需要は高いが、従来法によるフェノール類を測定する方法では、前述の通り最短でも8分間の反応時間を要し、迅速な測定が求められる臨床現場の要請に応えられない。また、臨床現場で煩雑な操作を行うことなく短時間でフェノール類を測定できる方法が求められている。
かかる状況において、本発明は、小容量の生体試料を検体とする場合でも、精度よく、また簡便に短時間にフェノール類を測定できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一般的に、測定時間を短縮するためには、酵素反応速度を上げるために酵素量を増やし、あるいは反応条件を酵素の至適pHに近づけることや基質量を増加させることが行われる。しかし、短時間に精度よくフェノールを測定するために、上記の条件に関して検討し
たところ、ペルオキシダーゼの至適pHに近い条件になるよう調整していても、非特異的な呈色という予想外の問題が生じ、定量限界が上がり測定感度が悪化する問題が見出された。具体的には、後述の参考試験例1に示す通り、フェノールを含まないpH6.5の酵素反応系において、基質である4-アミノアンチピリン濃度を71μg/mL以上に増加させると、非特異的な呈色が顕著に増加することが判明した。また、後述の参考試験例2に示す通りフェノールを含まないpH6.5の酵素反応系において、ペルオキシダーゼ濃度を7Unit/mL以上にすると、反応速度は増加するが、非特異的な呈色が増加することが判明した。これらの問題点は従来全く知られておらず、本発明者らの検討によって初めて明らかになったものである。4-アミノアンチピリン又はペルオキシダーゼを増加させることにより反応速度を増加させようとすると、非特異的な呈色が顕著に増加してしまうことから、本発明者らはさらに、高い反応速度を保ちつつ非特異的な呈色が生じない反応条件を検討した。
【0007】
本発明者らが鋭意研究を行った結果、フェノールと4-アミノアンチピリンに過酸化水素存在下でペルオキシダーゼを作用させる酵素反応を、特定のpH条件下で行えば非特異的な呈色が抑制できることを見出した。さらにペルオキシダーゼ濃度を7Unit/mL以上に設定して反応を行うと、生体試料や少量の検体又は低濃度のフェノールを含む検体であっても、8分未満という従来よりも短時間に呈色反応が完了し、冷却工程がなくても吸光度の測定値のバックグラウンドやばらつきを抑えることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を水溶液中で接触させる酵素反応工程、
前記酵素反応の生成物の光学特性値を測定する測定工程、及び
前記光学特性値から検体中の対象化合物量を定量する定量工程を含み、
前記水溶液のpHが7.0以上9.5以下であり、
前記対象化合物が4-アミノアンチピリンとのトリンダー反応において水素供与体となる化合物である、検体中の対象化合物を定量する方法。
る、検体中の対象化合物を定量する方法。
[2]前記対象化合物が、フェノール類である、[1]に記載の方法。
[3]前記水溶液のpHが7.5以上9.5以下である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記酵素反応工程は、検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を含む水溶液を調製することにより行われ、前記水溶液中のペルオキシダーゼ濃度が7 Unit/mL以上である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記光学特性値が、測定波長440~560nmの吸光度である、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記測定工程が、前記酵素反応工程開始時から8分間以内の期間内で行われる、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記測定工程が、前記酵素反応工程開始時から5分間以内の期間内で行われる、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[8]前記測定工程が、前記酵素反応工程開始時から2分間以内の期間内で行われる、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[9]前記検体が生体試料である、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]4-アミノアンチピリン、及びペルオキシダーゼを含む、[1]~[9]のいずれかに記載の方法に使用するためのキット。
なお、特に記載が無い限り、本明細書に記載のペルオキシダーゼの酵素量を示す単位Unitはpurpurogallin unitである。1 purpurogallin unitは、20℃、pH6.0で20秒間に、pyrogallolから1.0 mgのpurpurogallinを生成する酵素量である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、吸光度の測定値のバックグラウンドやばらつきを抑えることができることができるため、測定可能濃度の下限を下げることができ、少量の検体又は低濃度のフェノール類等の対象化合物を含む検体に対しても、冷却工程を必要とせずに精度よく簡便に定量を行うことができる。また、酵素反応時間を短くしても測定値の変動が生じにくいため、測定にかかる時間を短縮することができる。そのため、数十μLスケールの多数の検体を、96ウェルプレートや尿試験紙を用いる等して、短時間に処理することができ、特に生体試料を検体とする臨床検査の効率化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の方法に係る酵素反応を表す概略図。POD:ペルオキシダーゼ
図2】フェノールを含まない酵素反応系において、4-アミノアンチピリン濃度毎に、pH6.5での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ。
図3】フェノールを含まない酵素反応系において、ペルオキシダーゼ濃度毎に、pH6.5での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ。
図4】検体中のフェノール濃度毎に、pH6.5での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(比較例1)。
図5】検体中のフェノール濃度毎に、pH7.0での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例1)。
図6】検体中のフェノール濃度毎に、pH7.5での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例2)。
図7】検体中のフェノール濃度毎に、pH7.6での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例3)。
図8】検体中のフェノール濃度毎に、pH7.7での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例4)。
図9】検体中のフェノール濃度毎に、pH7.8での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例5)。
図10】検体中のフェノール濃度毎に、pH7.9での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例6)。
図11】検体中のフェノール濃度毎に、pH8.0での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例7)。
図12】検体中のフェノール濃度毎に、pH9.5での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(実施例8)。
図13】検体中のフェノール濃度毎に、pH11.0での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(比較例2)。
図14】検体中のフェノール濃度毎に、pH11.3での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(比較例3)。
図15】検体中のフェノール濃度毎に、pH12.0での酵素反応後の反応液の吸光度の経時変化を示すグラフ(比較例4)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に、本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができるものである。
【0012】
本発明の方法は、検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ(POD)、及び過酸化水素を水溶液中で接触させる酵素反応工程、前記酵素反応の生成物の光学特性値を測定する工程、及び前記光学特性値から検体中の対象化合物量を定量する工程を含む。
【0013】
酵素反応工程では、検体中に含まれるフェノール類等の対象化合物と、4-アミノアン
チピリン及び過酸化水素とが、ペルオキシダーゼにより触媒される酸化縮合反応により結合して、赤色キノン色素が生成される(図1)。
酵素反応工程では、検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素が水溶液中で接触すれば、その添加順序は特に限定されない。例えば、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を含む水溶液を予め調製し、そこに検体を添加することで、反応を開始することができる。
【0014】
本発明に用いるペルオキシダーゼとしては、フェノール類等の水素供与体化合物と4-アミノアンチピリンとの酸化縮合反応(トリンダー反応)を触媒する酵素であれば、いかなる種類の酵素を用いてもよく、例えば植物由来、細菌由来、担子菌由来のペルオキシダーゼが挙げられる。これらの中でも、純度、入手の容易性、価格等の理由から、西洋ワサビ、イネ、大豆由来のペルオキシダーゼが好ましく、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼがより好ましい。具体的には、Peroxidase from horseradish(Sigma社製)、ペルオキシダーゼ 西洋わさび由来(和光純薬社製)、PO"AMANO"3(天野エンザイム社製)、及びPeroxidase(東洋紡社製)等が市販の
ものとして挙げられる。
本発明に係る酵素反応工程での水溶液におけるペルオキシダーゼの濃度は、好ましくは7Unit/mL以上、より好ましくは30Unit/mL以上である。また、上限は特に限定されないが、通常好ましくは300Unit/mL以下、より好ましくは71.4Unit/mL以下である。
なお、本明細書において「酵素反応工程での水溶液」は、検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を含有する混合液を指す。また、該水溶液における濃度及びpHに係る説明は酵素反応工程の開始時のものを指す。
【0015】
本発明に係る酵素反応工程での水溶液における4-アミノアンチピリン(分子量203.24)の濃度は、特に限定されないが、好ましくは71μg/mL(0.35mM)以上、より好ましくは91.5μg/mL(0.45mM)以上、さらに好ましくは178.6μg/mL(0.88mM)以上である。また、上限は特に限定されないが、通常は2032.4μg/mL(10mM)以下である。本発明に係る酵素反応工程での水溶液における4-アミノアンチピリンのモル濃度は、測定するフェノール類等の対象化合物の測定前に推定されるモル濃度の1倍以上、さらに好ましくは20倍以上が好ましい。上限は特に限定されないが100倍以下が好ましい。
【0016】
本発明に係る酵素反応工程での水溶液における過酸化水素の濃度は、特に限定されないが、好ましくは50μg/mL(0.005質量%)以上、より好ましくは150μg/mL(0.015質量%)以上である。また、上限は特に限定されないが、通常は1000μg/mL(0.1質量%)以下である。本発明に係る酵素反応工程での水溶液における過酸化水素のモル濃度は、測定するフェノール類等の対象化合物のモル濃度の1~100倍量、さらに好ましくは1~80倍量、より好ましくは20~60倍量である。
【0017】
本発明に係る酵素反応工程での水溶液のpHの下限は7.0以上であり、好ましくは7.5以上であり、より好ましくは8.0以上である。また、上限は9.5以下であり、好ましくは9.0以下である。
なお、ここでpHは酵素反応工程のときの温度における数値とする。
一般的なペルオキシダーゼの至適pHは6.0~7.0とされており、最適pHは6.5付近とされている。また、従来ペルオキシダーゼと4-アミノアンチピリンを用いてフェノールを検出する際の反応はpH7.0付近で行われる(非特許文献1)。これらに比べて本発明に係る酵素反応工程は、至適pHから離れた高いpH領域で行われる。
これは、後述の実施例で示されるように、pH7.0以上9.5以下の範囲において、酵素反応生成物の光学特性値を測定するときのバックグラウンドや反応時間の違いによる
ばらつきを抑えることができるためである。そうすると、測定可能濃度の下限値(定量限界)を下げることができ、光学特性値の測定の際のセル長が短くなりがちな少量の検体や、低濃度のフェノール類等の対象化合物を含む検体に対しても、精度よく簡便に定量を行うことができる。また、酵素反応時間を短くしても測定値の変動が生じにくいため、測定にかかる時間を短縮し、測定を含む検査全体を効率化することができる。
【0018】
本発明に係る酵素反応工程での水溶液のpHを所定の範囲に調整するには、当該水溶液に緩衝液を含有させればよい。緩衝剤の種類としては、特に限定されず、リン酸、Tris-HCl、CHES、MES、Bis-Tris、EDTA、TAPSO、Tricine、Bicine、TAPS、CAPS等任意に用いることができる。Tris-HCl、CHES、EDTA、TAPSO、Tricine、Bicine、TAPS、CAPS、を試験した結果、緩衝剤の成分により非特異的な発色が悪化しないことを確認した。
【0019】
本発明に係る酵素反応工程を行う温度は、ペルオキシダーゼが触媒作用を示す限りにおいて特に限定されないが、例えば20~60℃が好ましく、20~50℃がより好ましい。従来の測定法では呈色の不安定性を回避するために必要とされていた冷却工程は、本発明の方法では特段必要としない。
【0020】
本発明に係る酵素反応工程における酵素と基質とを反応させる時間の長さは任意である。酵素反応の時間は、酵素と基質との接触による反応開始時(通常は、反応試薬への検体の添加時又は検体への反応試薬の添加時)から、次の測定工程における光学物性値の測定時までの時間であってよい。あるいは、酵素と基質との接触による反応開始時から、任意の方法で酵素反応を停止させた時点までの時間であってもよい。
【0021】
酵素反応工程に続いて、酵素反応の生成物の光学特性値を測定する測定工程を行う。光学特性値としては、例えば吸光度や反射率や透過率が挙げられ、測定の容易さから吸光度が好ましい。また、光学特性値として酵素反応生成物の呈色度合いであってもよく、酵素反応後の呈色度合いを目視等で測る比色法でもよい。比色法の場合は、水溶液の状態での呈色度合いを測定する態様であってもよいし、尿試験紙のように試験紙上で酵素反応を行い試験紙上での呈色度合いを測定する態様にも適用できる。
吸光度を測定する場合の測定波長としては、フェノール類等の対象化合物と4-アミノアンチピリンとから生成されるキノン色素を検出できる限りにおいて特に限定されないが、好ましくは440~560nmで測定する。
【0022】
測定工程は、酵素反応工程中又は工程後に行われ、酵素反応工程開始時から好ましくは8分間以内、より好ましくは5分間以内、さらに好ましくは2分間以内の期間内で行われる。測定工程を行う最短のタイミングは特に限定されず、反応開始(通常は、反応試薬への検体の添加時又は検体への反応試薬の添加時)の直後であってもよい。反応系のpHを前述の範囲とすることで、酵素反応時間を短くしても測定値の変動が生じにくいため、酵素反応及び測定にかかる時間を短縮することができる。
【0023】
次いで、測定工程で得た光学特性値の測定値から検体中の対象化合物量を定量する定量工程を行う。定量工程は、通常、測定対象化合物を既知濃度で含む標準試料を用いて作成した検量線に基づいて、光学特性値の測定値を対象化合物濃度に換算することで行うことができる。あるいは、酵素反応後の呈色度合いを、段階的な測定対象化合物の既知濃度の標準色と比べて検体中の対象化合物の濃度を定量する、比色による定量でも行うことができる。酵素反応後の呈色度合いと測定対象化合物の既知濃度に対応する標準色とを目視で比べて検体中の対象化合物の濃度を求めることも定量に含む。
【0024】
本発明における検体としては、特に限定されないが、液体の検体が好ましい。生体試料であっても好適に測定することが可能である。生体試料としては、例えば、血液、尿、唾液、涙液、腹水、腹腔洗浄液、脳脊髄液、細胞又は組織の抽出液等が挙げられるがこれらに限定されない。また、これらの生体試料に任意の化学的又は物理的な処理を加えたものを検体としてもよい。例えば、生体試料中に含まれるフェニル硫酸をスルファターゼによりフェノールに変換したものを検体とすることもできる。
検体中のフェノール類等の対象化合物の濃度は特に限定されず、低濃度でも測定することができ、例えば好ましくは0.09mg/dL以上、より好ましくは0.12mg/dL以上である。また、上限も特に限定されないが、好ましくは20mg/dL以下である。測定に供する検体の元試料中の対象化合物の濃度が大きい場合等は希釈するなど、酵素反応を行う水溶液中での濃度は適宜調整してもよい。酵素反応工程での水溶液におけるフェノール類等の対象物濃度としては、好ましくは0.032mg/dL以上、より好ましくは0.043mg/dL以上である。また、上限も特に限定されないが、好ましくは7.1mg/dL以下である。
【0025】
なお、検体はフェノール類等の対象化合物を「含む可能性がある」ものであってよく、すなわち測定前に含む疑いがあるだけで足り、測定した結果として対象化合物を含んでいないことが判明しても本発明の方法の範囲に含まれるものとする。
【0026】
本発明の方法により測定対象化合物は、4-アミノアンチピリンとのトリンダー反応において水素供与体となる化合物である。通常、該化合物と4-アミノアンチピリンとのトリンダー反応の生成物は呈色する。そのような水素供与体化合物としては、フェノール系水素供与体や、アニリン系水素供与体が挙げられる。
フェノール系水素供与体としては、フェノール類が好ましく挙げられ、フェノール類は、フェノール骨格を有する化合物であれば特に限定されない。例えば、一般式(1)で表される化合物であってよい。
【0027】
【化1】
【0028】
一般式(1)において、R及びRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、又は水素原子又は炭素原子が複素原子で置換されていてもよい炭素数1~4の、アルキル基、アルケニル基、若しくはアルコキシ基を表す。前記アルキル基、アルケニル基、又はアルコキシ基の末端が芳香環に結合して環が形成されていてもよい。
かかるフェノール類としては、フェノール、o-クロロフェノール、m-クロロフェノール、p-クロロフェノール、2,3-ジクロロフェノール、2,4-ジクロロフェノール、2,5-ジクロロフェノール、2,6-ジクロロフェノール、o-メトキシフェノール、p-ブロモフェノール、o-クレゾール、o-アリルフェノール、3,5-ジメチルフェノール、8-ヒドロキシキノリン等が挙げられるが、これらに特に限定されない。また、検体又はその元試料において何らかの化学反応、酵素反応を経てフェノール類になるものも測定対象化合物に含まれてよい。
【0029】
アニリン系水素供与体としては、N-エチル-N-スルホプロピル-3-メトキシアニリン(ADPS)、N-エチル-N-スルホプロピルアニリン(ALPS)、N-エチル-N-スルホプロピル-3-メチルアニリン(TOPS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリン(ADOS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリン(DAOS)、
N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリン(HDAOS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリン(MAOS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メチルシアニリン(TOOS)等が挙げられるが、特に限定されない。
【0030】
本明細書はさらに、本発明の方法に使用するためのキットを提供する。係るキットは、4-アミノアンチピリン、及びペルオキシダーゼを含む。好ましい態様では、過酸化水素や緩衝剤を含んでもよい。
【実施例0031】
以下に実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0032】
<参考試験例1>
以下の試薬を順に混合してフェノールを含まないpH6.5の混合液を調製し、混合液の4-アミノアンチピリンの量を0~2032.4μg/mLの範囲で変えたときの酵素反応系のバックグラウンドの呈色を検討した。
0.5M pH6.5Bis-Tris buffer 50μL
ペルオキシダーゼ(東洋紡社製)溶液 15μL(2Unit)
精製水 50μL
4-アミノアンチピリン(Wako社製)溶液 0~28.5mg/mL 10μL
0.33質量%過酸化水素水(Wako社製) 15μL
室温で、調製後から30分後まで1分毎に、混合液の492nmにおける吸光度をDTX800 Multimode Detector(BECKMAN COULTER社製)で測定した。
4-アミノアンチピリンの濃度0~2032.4μg/mLのうち、0~714μg/mLの吸光度の経時変化を図2に示す。4-アミノアンチピリンの濃度が36μg/mL以下の混合液の吸光度は0.04未満を示した。一方、4-アミノアンチピリンの濃度が714μg/mL~2032.4μg/mLを含む71μg/mL以上の混合液の吸光度は0.04以上を示し、濃度依存的に吸光度は増加した。71μg/mL以上の範囲では、フェノールを含まない酵素反応系において非特異的な呈色が顕著に増加した。
【0033】
<参考試験例2>
以下の試薬を順に混合してフェノールを含まないpH6.5の混合液を調製し、混合液のペルオキシダーゼの量を0~1286U/mLの範囲で変えたときの酵素反応系のバックグラウンドの呈色を検討した。
0.5M pH6.5Bis-Tris buffer 50μL
ペルオキシダーゼ(東洋紡社製)溶液 0~12000U/mL 15μL
精製水 50μL
4-アミノアンチピリン(Wako社製)溶液 2g/dL 10μL
0.33質量%過酸化水素水(Wako社製) 15μL
室温で、調製後から30分後まで1分毎に、混合液の492nmにおける吸光度をDTX800 Multimode Detector(BECKMAN COULTER社製)で測定した。
ペルオキシダーゼの各濃度の吸光度の経時変化を図3に示す。混合液のペルオキシダーゼの濃度が7Unit/mL以上の範囲では、フェノールを含まない酵素反応系において非特異的な呈色が増加した。
【0034】
<試験例1>
フェノールを0、0.01、0.025、0.05、0.1、0.25、0.5又は1.0mg/dLになるように精製水に溶解し、検体溶液を調製した。
以下の組成で反応溶液を調製した。
ペルオキシダーゼ(東洋紡社製) 270.9U/mL 15μL
4-アミノアンチピリン(Wako社製) 0.25g/dL 10μL
30質量%過酸化水素水(Wako社製)を180倍に精製水で希釈したもの 15μL
表1に記載の各緩衝液 500mmol/L 50μL
【0035】
【表1】
【0036】
室温で、各濃度の検体溶液50μLに、反応溶液90μLを添加し(反応開始時)、混合した(それぞれn=6)。実施例1~8、比較例1~4の反応液には表1に記載の緩衝液が含まれているため、反応液のpH、検体溶液と反応液との混合液のpHは表1に記載のpHとなる。反応開始から2分間後に、492nmにおける吸光度をDTX800 Multimode
Detector(BECKMAN COULTER社製)で測定した。横軸を検体溶液中の既知のフェノール濃度(x)、縦軸を吸光度の実測値(y)としてプロットし、一次式y=ax+bで表される検量線を得た。この検量線の傾き(a)及びブランクの標準偏差(SD)を、10×SD/aの式に当てはめて検体溶液に含まれるフェノールの定量限界Lを算出した。
算出した定量限界について、表2に示す基準の4段階で判定した。なお、表2に示す基準は、一般的な尿中フェノール基準値範囲0.12~3.56mg/dL及びその中央値1.78mg/dL(株式会社ビー・エム・エルによる。http://uwb01.bml.co.jp/kensa/search/detail/3802318)を参考として設定した。
【0037】
【表2】
【0038】
結果を表3に示す。pH6.5及び12では、「不可」の判定だった。pH7.0~11.3の範囲では、「可」、「良好」又は「より良好」であり、pH7.0~9.5の範囲では「良好」又は「より良好」であり、特にpH7.5~9.5の範囲では「より良好」と判定された。これらのpH範囲では、フェノール濃度0(ブランク)で検出される吸光度(バックグラウンド)を著しく小さく抑えることができたため、定量限界を下げることができたと考えられる。
参考例1及び参考例2の結果から、ペルオキシダーゼ及び/又は4-アミノアンチピリンの量を多く添加すると非特異的な呈色が増加するので、ペルオキシダーゼ及び/又は4-アミノアンチピリンの添加量が多い場合には、混合液のpHをpH7.0~9.5、より好ましくはpH7.5~9.5の範囲に調整することによるバックグラウンドの抑制効果は顕著である。しかし、混合液のpHをpH7.0~9.5、より好ましくはpH7.5~9.5の範囲に調整すれば、ペルオキシターゼ及び/又は4-アミノアンチピリンの添加量が少ない場合であっても同様にバックグラウンドを低減し、定量限界を下げることができる。
【0039】
【表3】
【0040】
<試験例2>
<試験例1>と同様に検体溶液と反応溶液を調製した。
【0041】
室温で、各濃度の検体溶液50μLに、反応溶液90μLを添加し(反応開始時)、混合した(それぞれn=6)。反応開始から1分毎に30分後までの間、492nmにおける吸光度をDTX800 Multimode Detector(BECKMAN COULTER社製)で測定した。実施例及び比較例の反応系毎に、横軸を時間、縦軸を吸光度の実測値としてプロットした(図4~15)。
【0042】
フェノール濃度0.5mg/dLの検体溶液を用いた各反応系における、反応開始2~15分後の吸光度を表4に示す。
【0043】
【表4】
【0044】
表4に示す吸光度を、試験例1で作成した反応開始2分後の検量線(表3)に当てはめて算出した、濃度換算値を表5に示す。
【0045】
【表5】
【0046】
各実施例・比較例において表5に示す換算濃度の最大値と最小値を選択し、既知濃度(0.5mg/dL)からのずれを2段階で判定した。判定基準は、反応開始後2~15分後の全てで既知濃度からのずれが25%以内の場合を〇とし、25%より大きい場合を×とした。
結果を表6に示す。pH7.5~9.5の範囲では「〇」と判定された。
反応開始から測定までにかかる時間にばらつきが生じると、従来の酵素反応法の条件であるpH7.0付近では測定誤差が25%以上生じてしまう。一方、pH7.5~9.5の範囲では、反応開始から測定までにかかる時間のばらつきの影響が小さく、25%以下に収まることが分かった。また、pH7.5~9.5の範囲では、ある一時点で作成した検量線、例えば反応開始2分後の検量線を用いて任意の反応時間で得た吸光度から試料中のフェノール濃度を換算することが妥当であることも認められた。
【0047】
また、図4からわかるようにpH6.5(比較例1)の場合は、吸光度の経時的な変化が大きいことが判明した。これは生成した色素が不安定であることによるものと考えられる。また比較例1は反応開始時点から8分経過する時点までは急激に吸光度が増加することがわかった。一方、図5に示されるpH7.0(実施例1)の場合は、反応開始時点から反応開始後2分後の時点、5分後の時点、及び8分後の時点でも吸光度の測定値はほぼ一定の値を示して安定し、反応開始後11分後以降は吸光度の測定値は低下する。図6から図12に示されるように、pH7.5からpH9.5(実施例2から実施例8)においても反応開始時点から反応開始後8分後の時点までの吸光度の測定値はほぼ一定の値を示す。そのためpH7.0からpH9.5の条件下で酵素反応を行い、反応開始時から8分以内に吸光度を測定することで、測定時間の誤差の影響を軽減することができる。
【0048】
【表6】
【0049】
試験例1および試験例2の結果から、pH7.0~9.5の条件下で、検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を反応させることで、良好な定量限界を得ることができ、反応を反応開始から8分以内に終了できることがわかった。またp
H7.5~9.5の条件下で、検体、4-アミノアンチピリン、ペルオキシダーゼ、及び過酸化水素を反応させることで、さらに反応開始から測定までにかかる時間のばらつきによるフェノールの測定値への影響も軽減できることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15