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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022165928
(43)【公開日】2022-11-01
(54)【発明の名称】コーティング用組成物
(51)【国際特許分類】
   C09D 189/00 20060101AFI20221025BHJP
   C09D 7/65 20180101ALI20221025BHJP
   C09D 7/43 20180101ALI20221025BHJP
   A23L 3/00 20060101ALI20221025BHJP
【FI】
C09D189/00
C09D7/65
C09D7/43
A23L3/00 101A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022067113
(22)【出願日】2022-04-14
(31)【優先権主張番号】P 2021070975
(32)【優先日】2021-04-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
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(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河原 秀久
【テーマコード(参考)】
4B021
4J038
【Fターム(参考)】
4B021LA08
4J038BA181
4J038PB04
4J038PC02
4J038PC08
(57)【要約】
【課題】水溶性の氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質をアルミ板やプラスチック系素材、紙などにコーティングすることが可能となる、コーティング用組成物、及び当該コーティング用組成物を使用したコーティング層を有する物品の製造方法を提供する。
【解決手段】氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質、セリシン及びチロシナーゼを含有するコーティング用組成物、並びに(1)氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質及びセリシンを含む混合物を、チロシナーゼで処理し、チロシナーゼ処理物を得る工程、及び(2)物品の表面の一部又は全部に、前記チロシナーゼ処理物を接触させる工程を含む、コーティング層を有する物品の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質、セリシン及びチロシナーゼを含有するコーティング用組成物。
【請求項2】
前記セリシンが熱処理されたものである、請求項1に記載のコーティング用組成物。
【請求項3】
前記氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質がゼラチン分解物を含む、請求項1又は2に記載のコーティング用組成物。
【請求項4】
過冷却促進物質を更に含む、請求項1又は2に記載のコーティング用組成物。
【請求項5】
増粘剤を更に含む、請求項1又は2に記載のコーティング用組成物。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の組成物を用いて物品の表面の一部又は全部がコーティング処理された、コーティング層を有する物品。
【請求項7】
物品の表面の一部又は全部に、請求項1又は2に記載の組成物を接触させる工程を含む、コーティング方法。
【請求項8】
(1)氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質及びセリシンを含む混合物を、チロシナーゼで処理し、チロシナーゼ処理物を得る工程、及び
(2)物品の表面の一部又は全部に、前記チロシナーゼ処理物を接触させる工程
を含む、コーティング層を有する物品の製造方法。
【請求項9】
前記セリシンが熱処理されたものである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記混合物が過冷却促進物質を更に含む、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
前記混合物又はチロシナーゼ処理物に増粘剤を添加する工程を更に含む、請求項8又は9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング用組成物に関する。また、本発明は、上記コーティング用組成物を使用した、コーティング層を有する物品、コーティング方法、及びコーティング層を有する物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラップやプラスチック容器を用いて保存された食品や鮮魚が解凍後ドリップしてしまい、食品の品質や食感が低下することがある。また、食品を包装する紙類の冷凍劣化、細胞などを超低温で保存する容器の劣化、及びコンクリート表面からの冷凍損傷など、多くの氷結晶の巨大化によって起きる物理的現象が起因の劣化現象が認められている。
【0003】
これらの劣化を軽減するため、水溶性の氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質をアルミ板やプラスチック系素材、紙などに塗布することが考えられるが、実際には塗布することは困難であった。そのため、上記劣化現象を予防及び制御する手段は無かった。
【0004】
また、航空機、アンテナ、電線、電車、熱交換器、屋根等、比較的低温下で使用され得る物は、表面への氷付着を防止するためにコーティング処理されることがある。従来は、通常、撥水性材料でコーティングし、且つコーティング面を凸凹構造として一定の表面粗さを作り出すことにより、氷又は水とコーティング表面との接触面積を小さくし、これにより氷付着力を低下させていた。
【0005】
しかしながら、凸凹構造表面に対して垂直方向に風等で圧力がかかると、水が凸凹構造に入り込んでしまう。この状態で氷が形成されると、その氷はアンカー効果により強力に表面に付着することとなる。また、凸凹構造は、コーティング表面を脆くしてしまい、コーティング効果の持続性を低下させてしまうという問題もあった。このため、表面への氷付着力を低減できる新たなコーティング技術の開発が求められている。
【0006】
低温下で棲息する生物が、不凍タンパク質(antifreeze protein、以下、「AFP」と略記することもある)を生産することが明らかにされており、不凍タンパク質は、氷の再結晶化抑制や氷結晶形状制御などの効果をもたらし、細胞を凍結から身を守る手段として利用している。AFPは、例えば、植物、魚類、昆虫、植物、菌類、微生物などから見出されている。
【0007】
さらに、非特許文献1では、牛由来コラーゲンをアルカラーゼで加水分解して得られる600~2700 Daのサイズを有するコラーゲン分解物が、氷の再結晶化を抑制することができ、天然の不凍タンパク質と同じ氷再結晶化抑制作用を有することが報告されている。また、鶏、豚、サケなどに由来するコラーゲン分解物が不凍タンパク質と同じ氷再結晶化抑制活性があることが報告されている。
【0008】
セリシンは繭の生糸の主成分であるフィブロインの周りを覆っているタンパク質で、繭の形成に重要なタンパク質である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Agric. Food Chem. 2009, 57, 12, 5501-5509
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、水溶性の氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質をアルミ板やプラスチック系素材、紙などにコーティングすることが可能となる、コーティング用組成物を提供することを目的とする。また、本発明は、上記コーティング用組成物を使用した、コーティング層を有する物品、コーティング方法、及びコーティング層を有する物品の製造方法を提供すること目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ゼラチン分解物を生糸の成分である熱処理したセリシンと混合した後に、チロシナーゼを添加すると反応によって基材への接着性が生じ、基材表面にゼラチン分解物を接着させることが可能となるという知見を得た。
【0012】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のコーティング用組成物、コーティング層を有する物品、コーティング方法、及びコーティング用組成物の製造方法を提供するものである。
【0013】
項1.氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質、セリシン及びチロシナーゼを含有するコーティング用組成物。
項2.前記セリシンが熱処理されたものである、項1に記載のコーティング用組成物。
項3.前記氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質がゼラチン分解物である、項1又は2に記載のコーティング用組成物。
項4.過冷却促進物質を更に含む、項1~3のいずれか一項に記載のコーティング用組成物。
項5.増粘剤を更に含む、項1~4のいずれか一項に記載のコーティング用組成物。
項6.項1~5のいずれか一項に記載の組成物を用いて物品の表面の一部又は全部がコーティング処理された、コーティング層を有する物品。
項7.物品の表面の一部又は全部に、項1~5のいずれか一項に記載の組成物を接触させる工程を含む、コーティング方法。
項8.(1)氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質及びセリシンを含む混合物を、チロシナーゼで処理し、チロシナーゼ処理物を得る工程、及び
(2)物品の表面の一部又は全部に、前記チロシナーゼ処理物を接触させる工程
を含む、コーティング層を有する物品の製造方法。
項9.前記セリシンが熱処理されたものである、項7に記載の方法。
項10.前記混合物が過冷却促進物質を更に含む、項8又は9に記載の方法。
項11.前記混合物又はチロシナーゼ処理物に増粘剤を添加する工程を更に含む、項8~10のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のコーティング用組成物によれば、水溶性の氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質をアルミ板やプラスチック系素材、紙などにコーティングすることが可能となる。本発明により氷制御物質のコーティングが可能となることで、ラップやプラスチック容器で保存した食肉や鮮魚のドリップの軽減、細胞などを超低温で保存する容器の劣化の軽減、コンクリートの表面からの凍結損傷の軽減など多くの氷結晶によって起きる劣化現象を予防することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】タンパク質の接着性に対するチロシナーゼ反応時間の影響を示すグラフである。グラフの値は平均±標準偏差、n=4
図2】タンパク質の接着性に対するチロシナーゼ使用量の影響を示すグラフである。グラフの値は平均±標準偏差、n=4
図3】微生物培養用ウェルを用いたコーティング試験の結果を示す写真である。
図4】クライオチューブ中で赤インクを含む水を急速凍結させた結果を示す写真である。
図5】クライオチューブ中で赤インクを含む水を緩慢凍結させた結果を示す写真である。
図6】ラップで包んだ牛肉を-20℃で冷凍後に室温に戻した状態を示す写真である。
図7】フリーザーバッグに入れたブロッコリーをブランチング後、-20℃で一週間冷凍した結果を示す。
図8】ラップで包んだ赤インクを含む水を-20℃で凍結させた前後の状態を示す写真である。
図9】アルミ板に形成される霜の長さ(pixel)の経時変化を示すグラフである(ゼラチン分解物:チロシナーゼ25U/ml)。
図10】アルミ板への着霜の経時変化を示す側面からの写真である(ゼラチン分解物:チロシナーゼ25U/ml)。
図11】アルミ板に形成される霜の長さ(pixel)の経時変化を示すグラフである(ゼラチン分解物:チロシナーゼ12.5U/ml)。
図12】アルミ板への着霜の経時変化を示す側面からの写真である(ゼラチン分解物:チロシナーゼ12.5U/ml)。
図13】アルミ板に形成される霜の長さ(pixel)の経時変化を示すグラフである(コラーゲンペプチド:チロシナーゼ25U/ml)。
図14】アルミ板に形成される霜の長さ(pixel)の経時変化を示すグラフである(10%エタノール存在下コーティング)。
図15】アルミ板への着霜の経時変化を示す側面からの写真である(10%エタノール存在下コーティング:ゼラチン分解物)。
図16】アルミ板への着霜の経時変化を示す側面からの写真である(10%エタノール存在下コーティング:コラーゲンペプチド)。
図17】ラップで包んだ赤インクを含む水を-20℃で凍結させた後の状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0017】
なお、本明細書において「含有する、含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0018】
本発明のコーティング用組成物は、氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質、セリシン及びチロシナーゼを含有することを特徴とする。
【0019】
不凍タンパク質は、凝固点(凍る温度)を下げる機能、並びに氷結晶の表面に吸着して氷の再結晶成長を抑制する機能及び結晶化を制御する機能を有するタンパク質のことである。本発明で用いる氷制御物質は、氷再結晶化抑制活性を有するものであって、氷は無数の単結晶氷(氷核)でできており、それらが成長と融合を繰り返して時間と共に大きな塊になる“氷の再結晶化”を抑制する物質である。魚類(特開2004-83546号公報参照)、昆虫、植物(特開2001-245659号公報、国際公開第92/22581号、欧州特許公開第843010号公報、Plant Physiology, 119, 1361-1369(1999), Biochem. J., 340, 285-291(1999)参照)、菌類、微生物(特開2004-161761号公報参照)等が不凍タンパク質を有していることが明らかになっており、このような不凍タンパク質が氷再結晶化抑制活性を有することが知られている。不凍タンパク質は、熱ヒステリシスタンパク質、抗凍結タンパク質、氷結晶結合蛋白質、再結晶化阻害蛋白質、Antifreeze Protein (AFP)、Ice Binding Protein (IBP)、Ice Structuring Protein (ISP)などと称されることもある。本発明で用いる氷制御物質には、上記の不凍タンパク質も含まれる。
【0020】
また、本発明で用いる氷制御物質には、氷の再結晶成長を抑制する機能及び結晶化を制御する機能を有するペプチド、氷の再結晶成長を抑制する機能及び結晶化を制御する機能を有する糖タンパク質及び糖ペプチド(例えば、環状不凍糖ペプチド)、植物、魚類、昆虫、植物、菌類、微生物などの天然資源から抽出し精製したもの、菌培養と遺伝子組換え技術とを用いて生産したもの、化学合成によって生産したものなどが含まれる。
【0021】
魚類由来の不凍タンパク質としては、例えば、Alaに富むαらせん構造からなる分子量約3000~5000のAFPI、Cタイプレクチン様の構造モチーフからなる分子量約14000~24000のAFPII、複数のβ構造を含む球状構造からなる分子量約7000のAFPIII、αらせんを束ねた構造からなる分子量約12000のAFPIV、-Ala-Thr-Ala-の3残基の繰り返し構造から構成され、この中のThr残基の側鎖が糖鎖修飾を受けている分子量約3000~24000のAFGPが挙げられる。
【0022】
植物由来の不凍タンパク質としては、例えば、イネ科(カラス麦、四条大麦、スズメノカタビラ、ナガハグサ、コスズメノチャヒキ、冬ライ麦、冬小麦、ライ小麦、ホソムギ)、ユリ科(ヤブカンゾウ)、アブラナ科(ガーリックマスタード、フユガラシ、菜の花、芽キャベツ、キャベツ)、ニンジン、コマクサ属、ハツユキソウ、キク科(シオン属、セイヨウタンポポ)、コントンウッド、ヒメツルニチニチソウ、オオバコ科(ハラオオバコ、オニオオバコ)、ホワイトオーク、ナス科(ズルカマラ、ジャガイモ)、ハコベ、スミレ、レンギョウなどに由来する不凍タンパク質が挙げられる。また、カイワレダイコン抽出物(特開2007-153834号公報参照)、カイワレ抽出物、冬野菜スプラウト抽出物(特開2007-169246号公報参照)も挙げられる。
【0023】
不凍タンパク質の他の具体例としては、担子菌類(キノコ類、シイタケ、エノキ、ブナシメジ、エリンギ、ナメコなど)が分泌する不凍タンパク質(特開2004-24237号公報、特開2004-275008号公報参照)、昆虫の幼虫由来のペプチド(特表2002-507889号公報参照)、地衣類由来の不凍タンパク質(特表2002-508303号公報参照)が挙げられる。
【0024】
不凍タンパク質としては、その他にも、ゼラチン(コラーゲン)分解物が挙げられる。ゼラチン分解物は、ゼラチン(コラーゲン)を酵素(プロテアーゼ)などで加水分解することにより製造することでき、コラーゲンペプチドが含まれるものである。不凍タンパク質として使用できる限り、ゼラチンが由来する動物の種類、分解に使用する酵素(プロテアーゼ)の種類、製造方法などは特に限定されない。ゼラチン分解物に含まれるコラーゲンペプチドの分子量としては、不凍タンパク質として使用できる限り特に制限されず、例えば、5000 Da以下、好ましくは500~3000 Da、より好ましくは1000~2500 Daである。
【0025】
本発明に用いられる氷制御物質としては、上で列挙した種々の不凍タンパク質が使用可能であり、特に制限されることなく、適宜選択して使用することができる。
【0026】
氷制御物質は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
氷制御物質の含有量は、氷の再結晶成長を抑制する機能及び結晶化を制御する機能が得られる限り特に限定されないが、本発明のコーティング用組成物100質量%に対して、例えば0.001~20質量%、好ましくは0.01~10質量%、より好ましくは0.1~10質量%である。
【0028】
セリシンは、繭糸より抽出されるタンパク質であり、水との親和性に優れている。セリシンは、親水性溶媒、好ましくは水を用いて繭糸から抽出することができ、例えば、蚕繭や生糸など、繭糸を含んでなる原料を熱水に浸漬して処理することにより、原料中のセリシンを加水分解させて水中に溶出させることができる。このとき、必要に応じて、酸、アルカリ又は酵素を併用することもできる。次いで、抽出液を公知のタンパク質分離精製手法に従って精製することにより、高純度のセリシン水溶液を作製することができる。セリシンとしては、市販品を用いることもできる。
【0029】
本発明において使用するセリシンの平均分子量(重量平均分子量)は特に限定されず、例えば、1,000~100,000程度である。繭糸に含まれる天然のセリシンには、分子量が異なるいくつかの成分があることが知られている。また、セリシンはトリプシン等の酵素により分解されたものであってもよい。
【0030】
セリシンは、熱処理されたものを使用することが好ましい。熱処理を行うことで、水素結合が解離し、タンパク質を分離させることができる。熱処理の温度としては、70℃以上が好ましく、80℃以上がより好ましく、90℃以上が更に好ましい。熱処理の方法としては、例えば、セリシンを水溶液中で加熱することに行うことができる。また、熱処理の時間は、温度、セリシンの濃度等に応じて適宜調整すればよい。熱処理の時間は、例えば5分~5時間程度、好ましくは10分から3時間程度、より好ましくは15分~2時間程度である。セリシンの熱処理は、氷制御物質とセリシンとを混合する前に行われることが望ましい。
【0031】
セリシンの含有量は、氷制御物質を接着させることができる限り特に限定されず、本発明のコーティング用組成物100質量%に対して、例えば0.01~0.5質量%、好ましくは0.05~0.3質量%、より好ましくは0.1~0.3質量%である。
【0032】
本発明のコーティング用組成物は、更に過冷却促進物質が含まれていてもよい。過冷却促進物質は、過冷却促進物質が添加されている溶液において、凝固点での氷核生成を抑制するとともに、過冷却現象が生じる温度の下限を低くすることによって、過冷却を促進する機能を有する。これにより氷結晶(初期氷結晶粒子)が生成され始める温度を低くして、氷結晶粒子を生成されにくくする(不凍性溶液を氷結しにくくする)ことが可能である。氷制御物質と過冷却促進物質を組み合わせて使用することで、氷制御物質の効果を向上させることができる。
【0033】
過冷却促進物質としては、過冷却現象を促進する物質(抗氷核活性を有する物質)であれば特に限定されず、そのような物質としては、例えば、メラノイジン(特開2019-6883号公報参照)、餡粕の抽出物(特許第5322602号公報参照)、コーヒー粕の抽出物(特開第6423998号公報参照)、味噌の抽出物、バナナ皮の抽出物(特開2019-6876号公報参照)、日本酒の抽出物(特許第5608435号公報参照)、プリン塩基又はプリン塩基を有する重合体(国際公開第2016/167284号参照)、チロシンペプチド(国際公開第2016/178426号参照)などが挙げられる。
【0034】
メラノイジンとしては、還元糖とアミノ酸が反応して得られるメイラード反応物等が挙げられる。還元糖としては、還元性を有するアルドース及びケトースが挙げられ、好ましくは、グルコース、ガラクトース、マンノース、キシロース等である。アミノ酸としては、天然アミノ酸等が挙げられ、好ましくは、グリシン、セリン、スレオニン等である。また、メラノイジンは、味噌、醤油などの食品に含まれている。
【0035】
餡粕の抽出物の餡粕は、生餡の製造過程で生じるものであり、その原料は大豆等の豆類である。餡粕の抽出物の抽出方法は特に限定されず、熱水で抽出することが好ましい。また、抗氷核活性の多くは分子量3500以下の画分に存在することから、餡粕の抽出物としては分子量3500以下の画分を含むものを使用することが好ましい。
【0036】
コーヒー粕の抽出物としては、分子中に少なくとも芳香族炭化水素構造とカルボキシ基とを有する化合物を含むことが好ましい。コーヒー粕として使用するコーヒー豆は過冷却促進作用がより優れたものになるという点で焙煎されたものであることが好ましい。また、当該コーヒー粕の抽出物の製造方法としては、例えば、水によってコーヒー粕から抽出された水抽出物に対して、有機溶媒によって抽出処理を施すことが挙げられ、このような方法によって抽出を行うことで上記化合物を抽出することができる。
【0037】
バナナ皮の抽出物としては、バナナ皮を溶媒を用いて抽出して得られる抽出物又はその精製物である限り、特に制限されない。バナナ皮の抽出物の製造方法としては、例えば、バナナ皮をアルコールを用いて固液抽出し、得られた溶液を濃縮した後、水と混合し、得られた混合物を酢酸アルキルエステルを用いて液液抽出することが挙げられる。バナナ皮の抽出物としては、好ましくは塩化第二鉄呈色反応が陰性のものである。
【0038】
日本酒の抽出物としては、日本酒の含有成分を合成吸着剤(例えば、スチレン-ジビニルベンゼン系合成吸着剤)に吸着させ、該合成吸着剤に吸着された吸着物を日本酒からの抽出成分として含有することが好ましい。また、当該吸着物を酢酸エチルにより抽出し、該酢酸エチルで抽出された抽出物を日本酒からの抽出成分として含有することも好ましい。上記吸着物又は抽出物を限外濾過によって分子量3000以下画分に分画し、当該画分を日本酒からの抽出成分として含有することも好ましい。
【0039】
プリン塩基としては、プリン骨格を有する化合物であれば特に限定されず、例えば、アデニン、プリン、グアニン、ヒポキサンチン、キサンチン、テオブロミン、カフェイン、尿素、イソグアニン、テオフィリン等が挙げられる。中でも好ましくは、アデニン、アデニンの誘導体、カフェイン、カフェインの誘導体、尿素、及び尿素の誘導体である。プリン塩基を有する重合体としては、プリン塩基を繰り返し単位として有する重合体を意味し、プリン塩基は重合体に側鎖として存在する。そのようなものとして、例えば、ポリヌクレオチド、好ましくはデオキシリボ核酸(DNA)である。
【0040】
チロシンペプチドとしては、通常チロシンの2~6量体であり、好ましくは2~5量体、より好ましくは2~4量体、特に好ましくは2又は3量体である。
【0041】
過冷却促進物質は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0042】
過冷却促進物質の含有量は、凍結防止性能が得られる限り特に限定されないが、質量比で、氷制御物質1に対して、例えば0.001~10、好ましくは0.01~1である。
【0043】
氷制御物質及びセリシン(並びに過冷却促進物質)を混合して得られる混合物はチロシナーゼで処理される。このようにセリシンをチロシナーゼ処理することにより基材への接着性を生じさせることができる。
【0044】
チロシナーゼ(EC 1.14.18.1)とは、モノフェノールモノオキシゲナーゼ又はカテコールオキシダーゼとも呼ばれる酵素であり、フェノール類の酸化反応を触媒する。チロシナーゼは、セリシン中のチロシンと反応し、ドーパとなり、さらにドーパキノンとなって重合し粘性を持ち、基材への接着性が付与される。チロシナーゼとしては、担子菌類(例えば、マッシュルームなど)、糸状菌、細菌、植物、動物などに由来するものが挙げられるが、特に限定されず、どのような生物に由来するものであってもよい。
【0045】
チロシナーゼ処理で使用するチロシナーゼの量は、セリシン1 mgに対して、例えば、10~500U、好ましくは50~300U、より好ましくは100~200Uである。チロシナーゼ処理の温度は、特に限定されず、適宜決定することができ、例えば、20~50℃、好ましくは30~45℃、より好ましくは30~37℃である。また、チロシナーゼ処理の時間は、酵素の種類、反応温度などにより適宜決定することができ、特に限定されない。例えば、70分~7時間、好ましくは2時間~6時間、より好ましくは3~6時間である。チロシナーゼ処理におけるpHは、使用するチロシナーゼの至適pHに応じて適宜決定することができる。例えば、pH6~9、好ましくはpH6~8、より好ましくはpH7~8である。
【0046】
氷制御物質とセリシン(並びに過冷却促進物質)の混合物は、そのまま又は水などの溶媒に溶解若しくは分散させた状態でチロシナーゼ処理を行うことができる。チロシナーゼ処理の停止は、チロシナーゼを失活又は除去することにより行うことができる。失活操作は、加熱処理により行うことができる。
【0047】
本発明のコーティング用組成物は、ラップや紙などに塗布して使用する場合には、増粘剤を含むこと、すなわちチロシナーゼ処理物に増粘剤が添加されていることが望ましい。増粘剤は、チロシナーゼ処理の前又は後のいずれの時点で添加されてもよく、すなわち、氷制御物質及びセリシン(並びに過冷却促進物質)を含む混合物、又はチロシナーゼ処理物のいずれに添加されてもよい。
【0048】
増粘剤としては、特に限定されず、各種公知のものを広く使用することができ、例えば、キサンタンガム、ウェランガム、アラビアガム、ローカストビーンガム、ダイユータンガム、グァーガム、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、デキストリン、ペクチン、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸アンモニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなどが挙げられる。
【0049】
増粘剤の含有量は、特に限定されず、本発明のコーティング用組成物100質量%に対して、例えば0.1~5質量%、好ましくは0.2~2質量%、より好ましくは0.2~1質量%である。
【0050】
増粘剤は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0051】
本発明のコーティング用組成物は、粉末状等の固体状組成物であってもよく、コーティング処理の容易性等の観点から、液状組成物であることが好ましい。
【0052】
この場合の溶媒としては、コーティング用組成物に通常用いられるものである限り特に限定されない。溶媒としては、水、メタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトン等を含有してもよい。
【0053】
溶媒の含有量は、特に限定されず、本発明のコーティング用組成物100質量%に対して、例えば50~99質量%、好ましくは70~95質量%、より好ましくは80~90質量%である。
【0054】
溶媒は1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0055】
本発明のコーティング用組成物は、氷の再結晶成長を抑制する作用及び結晶化を制御する作用を奏する限りにおいて、上記以外の他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えばワックス系の撥水剤等が挙げられる。
【0056】
本発明のコーティング用組成物は、氷制御物質及びセリシンを含む第一剤と、チロシナーゼを含む第二剤を別々に調製し、使用前に第一剤と第二剤を混合する二剤型の組成物としてもよい。また、本発明のコーティング用組成物は、氷制御物質を含む第一剤と、セリシンを含む第二剤と、チロシナーゼを含む第三剤を別々に調製し、使用前に第一剤と第二剤と第三剤を混合する三剤型の組成物としてもよい。
【0057】
本発明のコーティング層を有する物品は、上記のコーティング用組成物を用いて物品の表面の一部又は全部がコーティング処理されたものであることを特徴とする。また、本発明のコーティング方法は、物品の表面の一部又は全部に、上記のコーティング用組成物を接触させる工程を含むことを特徴とする。
【0058】
本発明のコーティング層を有する物品の製造方法は、以下の工程を含むことを特徴とする。
(1)氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質及びセリシンを含む混合物を、チロシナーゼで処理し、チロシナーゼ処理物を得る工程、及び
(2)物品の表面の一部又は全部に、前記チロシナーゼ処理物を接触させる工程。
【0059】
物品は、本発明のコーティング用組成物でコーティング処理する対象物であり、コーティング処理し得る対象物である限り特に限定されない。物品として、好ましくは、0℃以下の環境で使用される物が挙げられる。このような物の具体例としては、(食品用の)ラップ及びプラスチックバッグ、(食品包装紙などの)紙、布、(食品、細胞、微生物、組織などの保存に使用される)プラスチック製容器、飲料容器、アルミニウムなどの金属板、航空機、船舶、電車、自動車等の乗り物、建造物の屋根や外壁、アンテナ、電線、防寒具、信号機、熱交換器、看板、コンクリート、これらの外気と接触し得る表面を構成する部品等が挙げられる。
【0060】
接触は、コーティング用組成物と、物品の表面の一部又は全部とが接触できる態様であれば特に限定されない。例えば、スプレー、塗布等が挙げられる。
【0061】
本発明のコーティング用組成物は、そのまま物品に接触させてもよいが、他のコーティング用組成物と混合してから物品に接触させてもよく、他のコーティング用組成物でコーティング処理された物品と接触させてもよい。
【0062】
工程(1)及び(2)は同時に行ってもよく、すなわち、物品の表面の一部又は全部に、氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質及びセリシンを含む混合物を接触させた状態で、チロシナーゼ処理を行うこともできる。
【0063】
物品と接触させる本発明のコーティング用組成物の量については、物品の表面の一部又は全部を覆うことができる量である限り特に限定されない。例えば、5 cm×5 cmの表面に対して0.5~10 mL、好ましくは1.5~5 mL程度とすることができる。
【0064】
コーティング処理後は、必要に応じて、乾燥、バインダー硬化処理等を行うことにより、コーティング膜を物品表面に形成することができる。
【0065】
本発明のコーティング用組成物は、氷再結晶化抑制活性を有する氷制御物質をアルミ板やプラスチック系素材、紙などにコーティングすることが可能である。氷制御物質のコーティングが可能となることで、ラップやプラスチック容器で保存した食肉や鮮魚の冷凍焼け及びドリップの軽減、冷凍飲料での不均一凍結の防止、細胞などを超低温で保存する容器の劣化の軽減、熱交換器の霜制御、電線及び信号機の雪付着防止、車のフロントガラスの氷結防止、コンクリートの表面からの凍結損傷の軽減など多くの氷結晶によって起きる現象を予防することが可能となる。本発明のコーティング用組成物でコーティングされた金属、樹脂等の対象物は、霜害を防除又は霜の付着を防止することができる。
【実施例0066】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0067】
試験例1:タンパク質の接着性に対するチロシナーゼ反応時間の影響
95℃で30分間処理したセリシン2.7 mg/ml (20 mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)中)を96穴ウェルに200μl添加し、マッシュルーム由来チロシナーゼ54Uを添加し、30℃で反応させた。反応開始から15分間で上澄み中のタンパク質量を測定してから、経時的に上澄み中のタンパク質量を測定した。Bradford法によってタンパク質量を測定し、反応0時間後のタンパク質量から反応後のタンパク質量の差を接着量とした。結果を図1に示す。図1から、一定の時間を超えると吸着する量が飽和状態になり、反応開始から3時間までは徐々に吸着量が増加するので、その間に徐々に接着していることが分かる。
【0068】
試験例2:タンパク質の接着性に対するチロシナーゼ使用量の影響
95℃で30分間処理したセリシン2.7 mg/ml (20 mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)中)を96穴ウェルに200μl添加し、マッシュルーム由来チロシナーゼを各種濃度添加し、30℃で反応させた。反応開始から2時間半で上澄み中のタンパク質量を測定した。Bradford法によってタンパク質量を測定した。結果を図2に示す。基質となるチロシン残基が一定であるので、チロシナーゼの量が一定の値を超えると吸着する量が飽和状態になった。
【0069】
試験例3:微生物培養用ウェルを用いたコーティング試験
95℃で30分間処理したセリシン2.7 mg/ml (20 mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)中) 500μlにゼラチン分解物(ゼラチンをアルカラーゼで処理し分子量5000以下としたもの) 2.7 mg/mlを500μl混合して30分室温においた。その混合液を微生物培養用24穴ウェルに添加し、マッシュルーム由来チロシナーゼ74Uを添加し、30℃で2時間半反応させた。セリシン、ゼラチン分解物、又はセリシンとゼラチン分解物の混合物をチロシナーゼ未処理及び処理した場合を比較した。反応後に市販赤インクを10μlずつ添加し、サイニクス社製CRYOPORTER CS80CPを用いて20℃から-25℃まで20分で急速凍結し、30分間保持させた。30分後の写真を撮影し、比較検討を行った。結果を図3に示す。
【0070】
図3から、セリシンとゼラチン分解物の混合物をチロシナーゼ処理することでタンパク質の接着が生じていることが分かる。また、赤色色素の均一性と透明な部分があるかないかで判断したが、セリシンとゼラチン分解物で処理したウェルは均一な氷結晶が形成されていた。
【0071】
実施例1:氷結晶制御物質含有コーティング剤によるクライオチューブのコーティング
95℃で30分間処理したセリシン0.5 mg/ml (20 mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)中)とゼラチン分解物0.5 mg/mlを混合した混合液1.8 mlをクライオチューブ中で30分間放置した。放置後にチロシナーゼ5U/mlを添加した。30℃で3時間反応させた後に反応液を破棄し、乾熱機60℃で乾燥させた。
【0072】
試験例4:クライオチューブを用いた氷結晶制御試験
実施例1で作製したクライオチューブを使用し、脱イオン水1.5 mlに市販赤インク10μlを添加して、プログラムフリーザー クライオポーターCS80-CP (サイニクス社製)を用いて、20℃で10分保持後に2℃/min (急速凍結)又は0.44℃/min (緩慢凍結)の速度で-20℃まで冷却をした。その後、-20℃で10分保持した。冷凍時の氷結晶の様子を写真撮影した。急速凍結の結果を図4に、緩慢凍結の結果を図5に示す。
【0073】
図4及び5から、未処理は赤色の氷の周りに透明なゾーンがあるが、処理チューブは透明なゾーンがなく、均一な結晶となっていた。
【0074】
実施例2:氷結晶制御物質含有コーティング剤のサランラップへの吸着
セリシン(2.7 mg/ml) 20 mlを95℃で30分処理し、ゼラチン分解物(2.7 mg/ml)を20 ml加え、30℃で30分反応させた。反応後、チロシナーゼ5000Uを加えた後、リン酸緩衝液を40 ml加えた。それを浅長バット(外寸法:360×216×60 底寸法:340×190)に入れ、サランラップ(登録商標)を30×18 cmに切り浅長バットに浸した。30℃で2時間置いた後、乾燥させた。
【0075】
サランラップへの吸着量は、サランラップ1 cm2当たりゼラチン分解物は50μgであり、セリシンは17.8μgであった。セリシンの分子量が23500、ゼラチン分解物の分子量が500であることから分子比はセリシン:ゼラチン分解物=1:8.8となる。
【0076】
試験例5:牛肉に対する氷結晶制御試験
牛肉(オージービーフ:ランプ肉)を約100 gに切り、上記のタンパク質をコーティングしたサランラップに包んだ。また、コーティングしていないサランラップでも同様に行った。それを-20℃で3週間おいた後、室温に出した直後から、2時間まで30分毎に写真撮影した。0時間から2時間までの1時間毎の写真はjpeg形式に保存し、Image Jを用いて、ラップ内の霜発生具合を画像解析した。結果を図6及び表1に示す。
【0077】
図6から、冷凍庫から出して、室温においた場合、温度上昇とともに、サランラップ内に氷結晶が発生していた。表1から、処理したサランラップは、その量も少なく、その結晶が小さいために、早く解凍することが判明した。
【0078】
【表1】
【0079】
実施例3:氷結晶制御物質含有コーティング剤によるフリーザーバッグのコーティング
セリシン(2.7 mg/ml) 20 mlを95℃で30分処理し、ゼラチン分解物(2.7 mg/ml)を20 ml加え、30℃で30分反応させた。反応後、チロシナーゼ5000Uを加えた後、リン酸緩衝液40 mlを加えた。フリーザーバッグに4 mlずつ加え、30℃で3時間半置いた後、乾燥させた。
【0080】
試験例6:ブロッコリーに対する氷結晶制御試験
ブロッコリーを1房ずつ切り分けた後、95℃に70秒間入れ、ブランチング処理を行った。その後、-20℃で急速冷凍し、急速凍結させたブロッコリーを上記のコーティングしたフリーザーバッグに入れ、-20℃で1週間おいた。なお、コーティングしていないフリーザーバッグにも一定数入れた。処理後、凍結・解凍後に、彩度の測定を行った(CR-200b コニカミノルタ社)。なお、以下の式により色の鮮やかさの一般的な指標とされている彩度Cを算出した。
C=√(a)2+(b)2
また、凍結・解凍の際に生じたフリードリップ率を測定した。なお、余分な水分はキムタオル(登録商標)で吸水した。結果を図7及び表2に示す。
【0081】
図7から、フリーザーバッグをコーティングすることにより、ブロッコリーに接触している面から発生する氷結晶が少ないために外からの氷結晶発生が軽減できていた。そのために、表2から、色素の酸化などが軽減でき、彩度も維持されていることが判明した。
【0082】
【表2】
【0083】
試験例7:ブロック氷形成に対するコーティングサランラップの影響
フリーズラックを用いてサランラップの型を取り、水を80 ml加えて赤色色素を7μl加えた。その後、-20℃で18時間おいた後、取り出して、撮影及び画像解析を行った。撮影した映像はjpeg方式で保存し、その画像をフリーソフトImage Jで分析し、画像を二値化(白と黒)し、その値をヒストグラムで分布を作成した。ヒストグラムの値と実際の画像を比較しながら、白濁した氷結晶の範囲を決定し、全体のピクセル(面積)に対する白濁した結晶のピクセル(面積)の割合を百分率で示した。結果を図8に示す。
【0084】
図8から、処理したサランラップは、氷結晶面積率が高く、赤色色素が均一に分散しており、均一な氷結晶が形成されていたことが分かる。
【0085】
実施例4:氷結晶制御物質含有コーティング剤によるバイアルのコーティング
95℃で30分間処理したセリシン2.7 mg/ml (20 mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)中) 2.5 mlをゼラチン分解物(2.7 mg/ml) 2.5 mlと混合した。30分後にチロシナーゼ1250Uをチューブに1.5 mlずつ添加し、30℃で6時間反応させた。反応後にクリーンベンチ内で反応液を破棄し、クリーンベンチUVランプ照射下で、蓋を開けたチューブを12時間乾燥させた。
【0086】
試験例8:大腸菌の凍結保存試験
LB培地10 ml入った50 ml容三角フラスコに保存大腸菌を1白金耳接種し、37℃、105 rpmで24時間振とう培養した。振とう培養後に、OD660の吸光度を測定した(15倍希釈:希釈液は滅菌0.9%NaCl水)。そして、吸光度が0.1になるように希釈する条件を計算した(43.65倍)。培養液を滅菌0.9% NaCl水で希釈した希釈液を未コーティングチューブ3本、コーティングチューブ3本に1.5 mlずつ分注した後に、プログラムフリーザー クライオポーターCS80-CP (サイニクス社製)を用いて、室温より-20℃まで冷却をした。その後、-20℃で2週間保存した後に、プログラムフリーザーの温度を10℃にセッティングし、10℃になるまで、凍結チューブを装置内でおいた。
【0087】
その後、チューブを実験台に放置し、室温解凍した。OD660=0.1に調整した希釈液0.1 mlは、滅菌した0.9% NaCl水が9.9 ml入ったネジ付き試験菅(10 ml容)に添加した。添加後攪拌して、この希釈液0.1 mlを同様の滅菌した0.9% NaCl水9.9 mlに添加し、混合した。この希釈液で、104倍希釈になる。この2段階希釈液0.1 mlをあらかじめ調製しておいたLB寒天培地(シャーレ)の表面塗布培養を行った。塗布後、37℃で3日間培養した。この操作で、平板上のコロニー数(CFU)に105倍した数が生存CFUとなる。また、冷凍保存後の細胞数カウントも同様の操作で行った。生存率は、凍結前後の形成されたコロニー数で計算した。結果を表3に示す。
【0088】
表3から、処理下バイアルにより凍結保存後の大腸菌の生存率を向上できていた。これは、処理下バイアルの表面にあるゼラチン分解物が氷結晶を微小化させ、その微小な氷結晶の大きさによって、大腸菌の冷凍時の細胞外からの損傷を軽減できていると判断した。
【0089】
【表3】
【0090】
実施例5:氷結晶制御物質含有コーティング剤によるアルミ板のコーティング
(ゼラチン分解物、チロシナーゼ25U/ml)
セリシン(2 mg/ml) 40 mlを95℃で30分処理し、ゼラチン分解物(2 mg/ml)を40 ml加え、30℃で30分反応させた。反応後、チロシナーゼ25U/mlを加えた後、リン酸緩衝液を80 ml加えた。その反応液160 mlにアルミ板3枚(5×5 cm 3枚、150 cm2)を浸した。30℃でオーバーナイト置いた後、乾燥させた。
【0091】
(ゼラチン分解物、チロシナーゼ12.5U/ml)
セリシン(2 mg/ml) 40 mlを95℃で30分処理し、ゼラチン分解物(2 mg/ml)を40 ml加え、30℃で30分反応させた。反応後、チロシナーゼ12.5U/mlを加えた後、リン酸緩衝液を80 ml加えた。その反応液160 mlにアルミ板3枚(5×5 cm 3枚、150 cm2)を浸した。30℃でオーバーナイト置いた後、乾燥させた。
【0092】
(コラーゲンペプチド、チロシナーゼ25U/ml)
セリシン(2 mg/ml) 40 mlを95℃で30分処理し、コラーゲンペプチド(2 mg/ml)を40 ml加え、30℃で30分反応させた。反応後、チロシナーゼ25U/mlを加えた後、リン酸緩衝液を80 ml加えた。その反応液160 mlにアルミ板3枚(5×5 cm 3枚、150 cm2)を浸した。30℃でオーバーナイト置いた後、乾燥させた。
【0093】
(10%エタノール存在下コーティング)
セリシン(2 mg/ml) 40 mlを95℃で30分処理し、ゼラチン分解物又はコラーゲンペプチド(2 mg/ml)を40 ml加え、30℃で30分反応させた。反応後、チロシナーゼ25U/mlを加えた後、10%エタノールを含むリン酸緩衝液を80 ml加えた。その反応液160 mlにアルミ板3枚(5×5 cm 3枚、150 cm2)を浸した。30℃でオーバーナイト置いた後、乾燥させた。
【0094】
試験例9:アルミ板を用いた氷結晶制御試験
(1)使用装置 低温恒温器 IL603 (ヤマト科学社)
温度制御装置一覧
・温度調節計 SA100 (理化工業社)
・Programmable DC Power Supplies Z20-10 (TDKラムダ社)
・電磁開閉器 SC-5-1 (富士電機機器制御社)
・微小表面用温度センサ ST-55 (理化工業社)
(2)試験条件
試験片基板:アルミ板2種類 (50×50×1.5 mm、50×50×5 mm)
試験温度:10℃
試料表面温度:‐10℃
試験時間:30 min
電源出力:17.5 V
(3)観察機器
・オートフォーカスUSBデジタル顕微鏡 UM05 (ケニス社)
・LR5001 温湿度ロガー (日置電機社)
・PCマイクロスコープ SKM-S30C-PC (斎藤光学社)
・側視観察プリズム SKL-P01 (斎藤光学社)
・ピント調節機能付き(粗動)標準スタンド (斎藤光学社)
・マルチポジショナブルステージ SJ-SUS (アズワン社)
(4)観察方法
試験片を設置し、その上にプリズムを置き、真横からの観察を行った。測定の際には、試験片を設置した後、プリズムを通して見えるアルミ板の少し奥にピントを合わせ、その後、環境試験器内の温度を試験温度まで低下させた。観察及び試験片写真の取得はすべて外部に設置したPCを用いて行った。試験により、冷却水の温度が上昇するため試験を行う際には、冷却水中に氷を入れ、温度の上昇を抑えた。
(5)着霜の数値化
Photoshopを用いて画像解析を行った。一定間隔で10か所の霜の長さを測定し、その平均値を霜の長さとした。画像解析により得た値(pix)は、1 mmを345 pixとして単位の変換を行った。
(6)融解時間
ペルチェ素子上の温度を-10℃から20℃に設定し、アルミ板上の霜柱が完全に融解するまでの時間を、撮影した画像を解析することによって算出した。
【0095】
ゼラチン分解物(チロシナーゼ25U/ml)の結果を図9、10に示す。図9、10から、コーティングありのアルミ板はコーティングなしアルミ板と比べて長さが短い霜が形成されていたことが分かる。また、コーティングありのアルミ板は融解時間も120秒と、コーティングなしアルミ板180秒と比べて短かった。
【0096】
ゼラチン分解物(チロシナーゼ12.5U/ml)の結果を図11、12に示す。図11、12から、コーティングありのアルミ板はコーティングなしアルミ板と比べて長さが短い霜が形成されていたことが分かる。また、コーティングありのアルミ板は融解時間も130秒と、コーティングなしアルミ板160秒と比べて短かった。
【0097】
コラーゲンペプチド(チロシナーゼ25U/ml)の結果を図13に示す。図13から、コーティングありのアルミ板はコーティングなしアルミ板と比べて長さが短い霜が形成されていたことが分かる。
【0098】
10%エタノール存在下コーティングの結果を図14~16に示す。図14~16から、10%エタノール存在下コーティングありのアルミ板はコーティングなしアルミ板と比べてゼラチン分解物及びコラーゲンペプチド共に長さが短い霜が形成されていたことが分かる。
【0099】
実施例6:氷結晶制御物質及び過冷却促進物質含有コーティング剤の食品包装用ラップへの吸着
セリシン(1 mg/ml) 20 mlを95℃で30分処理し、ゼラチン分解物(1 mg/ml) 20 mlのみか、又は更に味噌エキス又はコーヒー粕エキス0.1 mg/mlを加え、30℃で30分反応させた。反応後、チロシナーゼ5000Uを加えた後、リン酸緩衝液を40 ml加えた。それを浅長バット(外寸法:360×216×60 底寸法:340×190)に入れ、食品包装用ラップ(リケンテクノス社)を30×18 cmに切り浅長バットに浸した。30℃でオーバーナイト置いた後、乾燥させた。
【0100】
試験例10:ブロック氷形成に対するコーティングラップの影響
フリーズラックを用いてラップの型を取り、水を50 ml加えて赤インクを加えた。その後、-20℃にオーバーナイト置いた後、取り出して、撮影を行った。結果を図17に示す。
【0101】
図17から、コーティングラップは、水のみ(ブランク)の場合よりもゼラチン分解物をコーティングすることにより赤色色素が均一に分散しており、均一な氷結晶が形成されていたことが分かる。さらに、横から見た時、過冷却促進物質を添加した方が、下から上へ均一に赤インクが分散していた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17