(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022166663
(43)【公開日】2022-11-02
(54)【発明の名称】薄膜積層体
(51)【国際特許分類】
H01L 43/08 20060101AFI20221026BHJP
H01L 21/8239 20060101ALI20221026BHJP
H01F 10/30 20060101ALI20221026BHJP
H01F 10/14 20060101ALI20221026BHJP
H01F 10/16 20060101ALI20221026BHJP
H01F 10/28 20060101ALI20221026BHJP
G11B 5/39 20060101ALN20221026BHJP
【FI】
H01L43/08 Z
H01L27/105 447
H01F10/30
H01F10/14
H01F10/16
H01F10/28
G11B5/39
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021072025
(22)【出願日】2021-04-21
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 宏文
【テーマコード(参考)】
4M119
5D034
5E049
5F092
【Fターム(参考)】
4M119BB01
4M119BB03
4M119JJ03
4M119JJ04
5D034BA03
5E049AA04
5E049AA07
5E049CB02
5E049DB04
5E049DB12
5F092AA20
5F092AB01
5F092AB02
5F092AB06
5F092AC06
5F092AC11
5F092BB04
5F092BB05
5F092BB09
5F092BB10
5F092BB36
5F092BC18
5F092CA02
5F092CA03
(57)【要約】
【課題】トンネル磁気抵抗素子等に利用できる薄膜積層体を提供する。
【解決手段】本発明は、基板上に形成された下地部と、その下地部上に形成された機能部とを備える薄膜積層体である。下地部は、基板側から順に、結晶構造が体心立方格子であるbcc層と結晶構造が面心立方格子であるfcc層とが交互に少なくとも2回以上積層されてなる。bcc層は、Ta、V、W、MoまたはTiのいずれかからなる。fcc層は、Ni、CoまたはFeのいずれかを基材とする単体または合金からなる。bcc層の厚さ(X)に対するfcc層の厚さ(Y)の比率である厚さ比(Y/X)は0.2~3である。このような下地部は、少なくとも機能部に最も近いfcc層が、積層方向に(111)配向していると共に表面粗さ(Ra)が0.15nm以下となり、その上に形成される機能部の特性向上に寄与し得る。
【選択図】
図4A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に形成された下地部と該下地部上に形成された機能部とを備える薄膜積層体であって、
該下地部は、該基板側から順に、結晶構造が体心立方格子であるbcc層と結晶構造が面心立方格子であるfcc層とが交互に少なくとも2回以上積層されてなり、
該bcc層は、Ta、V、W、MoまたはTiのいずれかからなり、
該fcc層は、Ni、Co、NiとFeの合金またはCoとFeの合金のいずれかからなり、
該bcc層の厚さ(X)に対する該fcc層の厚さ(Y)の比率である厚さ比(Y/X)が0.2~3であり、
少なくとも該機能部に最も近い該fcc層は、積層方向に(111)配向していると共に表面粗さ(Ra)が0.15nm以下である薄膜積層体。
【請求項2】
前記bcc層はTaからなり、
前記fcc層はNiとFeの合金からなる請求項1に記載の薄膜積層体。
【請求項3】
前記基板は、Siの単結晶からなる請求項1または2に記載の薄膜積層体。
【請求項4】
前記機能部は、磁気により電気抵抗が変化する磁気抵抗部である請求項1~3のいずれかに記載の薄膜積層体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の薄膜が積層されてなる構造体等に関する。
【背景技術】
【0002】
巨大磁気抵抗効果(GMR:Giant Magneto Resistive effect)やトンネル磁気抵抗効果(TMR:Tunnel Magneto Resistance effect)等のように、ナノメートル領域(量子レベル)における電荷の流れ(電流)と磁気の流れ(スピン流)の相互作用から生み出される物理現象を、電子デバイスへ応用する研究開発(スピンエレクトロニクス/スピントロニクス)が盛んになされている。
【0003】
例えば、数nm程度の極薄の絶縁層(トンネル障壁)を(強)磁性体層(電極)で挟んでなる磁気トンネル接合部(MTJ:Magnetic tunnel junction)は、一対の磁性層の磁化(スピン)の向き(平行/反平行)によって電気抵抗が大きく変化し得る(トンネル磁気抵抗効果/下記の非特許文献1参照)。このようなMTJを有するトンネル磁気抵抗素子(TMR素子)は、例えば、不揮発性メモリの一種である磁気抵抗メモリ(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory)に利用される。MRAMは、従来の不揮発性メモリであるフラッシュ(Flash)メモリや揮発性メモリであるDRAM(Dynamic Random Access Memory)と比較して、低消費電力、高速動作または大容量化等が期待される。
【0004】
MRAMの高集積化には、TMR素子の磁気抵抗変化率(MR比:MagnetoResistance ratio)の向上や電圧特性の改善が求められる。MR比は、磁性層の磁化の向きが平行なときの電気抵抗(Rp)と磁性層の磁化の向きが反平行なときの電気抵抗(Ra)とから、MR比=100×(Ra-Rp)/Rp(%)として求まる。電圧特性は、TMR素子への電圧印加により磁気抵抗(MR比)が減少する度合であり、この減少度合が少ないことが望まれる。
【0005】
MgOをトンネル障壁に用いたFe(001)/MgO(001)/Fe(001)からなるエピタキシャルなMTJのMR比は、1000%超となり得ることが、非特許文献2、3により理論的に示されている。非特許文献2は、CoFeB/MgO/CoFeBからなるMTJのMR比が、室温で300%を超えることも実証している。但し、MR比が1000%を超えるMTJ(TMR素子)は未だ実現されてはいない。
【0006】
MR比の向上には、MTJにおける高い平坦性と配向性が必要であることが、非特許文献4により明らかにされている。MTJの平坦性は、結晶配向の乱れ、粒界の発生による電子のトンネル散乱等を抑制させるために必要である。MTJの高配向性は、トンネル障壁(絶縁層)と強磁性層の界面整合に必要である。
【0007】
MTJを有する代表的な薄膜積層体(TMR素子)を
図6に示した。MTJが基板に近い方がトップタイプ、MTJが基板から遠い方がボトムタイプと呼ばれる。いずれのタイプでも、MTJは、単結晶基板上に設けられた下地部上に形成されている。MTJで高平坦性と高配向性を得るためには、先ずその下地部において、高平坦性と高配向性を確保することが必要となる。これらに関連する記載が、例えば、下記の非特許文献5の他、特許文献1~4にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-253807
【特許文献2】特開2001-267658
【特許文献3】特開2002-171012
【特許文献4】特開2020-43165
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】M. Julliere, Phys Lett., 54A-3 (1975), pp. 225-226
【非特許文献2】W.H. Butler, X.-G. Zhang, T.C. Schulthess and J.M. Maclaren: Phys. Rev. B 63, 054416 (2001).
【非特許文献3】J. Mathon and A. Umerski: Phys. Rev. B 63, 220403 R (2001).
【非特許文献4】Y. M. Lee et al, Appl. Phys. Lett., 89, 042506 (2006).
【非特許文献5】Y. Sakuraba, J. J. Appl. Phys. 44-9A (2005), pp.6535-6537
【非特許文献6】M. Tsunoda and K. Takahashi,J. Vac. Soc. Jpn., 51, 9, (2008).
【非特許文献7】II-Jae Shin et al, Appl. Phys. Lett. 95 222501 (2009).
【非特許文献8】H. Maehara et al, Appl. Phys. Express, 4 033002, (2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1(および非特許文献4、6~8)は、MTJの下地層にRuを用いている。Ru(001)は、六方最密充填構造(hcp)の柱面方向に成長するため、凹凸の少ない平坦な下地層を形成し得る。しかし、Ruは稀少で高価な貴金属であるため、資源リスクや電子デバイスの高コスト化を招く。
【0011】
特許文献2は、NiCr合金からなる下地層を有する磁気交換素子を提案している。特許文献3は、Cu膜とNiFe合金膜またはCoFe合金膜とからなる下地層を有する交換結合素子を提案している。特許文献4は、NiAlまたはCoAlからなる下地層を有する磁気抵抗素子を提案している。これらの下地層では、平坦性と配向性を高次元で両立することは難しい。
【0012】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、平坦性と配向性を高次元で両立した下地部を有する薄膜積層体等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者がその課題を解決すべく鋭意研究した結果、特定のbcc層とfcc層を交互に積層してなる下地部は、優れた平坦性と配向性を発揮することを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べるような本発明を完成するに至った。
【0014】
《薄膜積層体》
(1)本発明の薄膜積層体は、基板上に形成された下地部と該下地部上に形成された機能部とを備える薄膜積層体であって、該下地部は、該基板側から順に、結晶構造が体心立方格子であるbcc層と結晶構造が面心立方格子であるfcc層とが交互に少なくとも2回以上積層されてなり、該bcc層は、Ta、V、W、MoまたはTiのいずれかからなり、該fcc層は、Ni、Co、NiとFeの合金またはCoとFeの合金のいずれかからなり、該bcc層の厚さ(X)に対する該fcc層の厚さ(Y)の比率である厚さ比(Y/X)が0.2~3であり、少なくとも該機能部に最も近い該fcc層は、積層方向に(111)配向していると共に表面粗さ(Ra)が0.15nm以下である薄膜積層体である。
【0015】
(2)本発明の薄膜積層体(単に「積層体」ともいう。)によれば、下地部の少なくとも最上面(機能部との界面側)において、優れた平坦性と配向性が確保される。これにより、下地部上に形成される機能部でも、優れた平坦性および/または配向性が得られ、積層体の性能向上が期待できる。
【0016】
本発明に係る下地部は、稀少なRuを用いずに形成されるため、積層体(ひいては電子デバイス等)の低コスト化や原料供給不安(資源リスク)の回避等も図られる。
【0017】
《薄膜積層体の製造方法》
本発明は、積層体としてのみならず、その製造方法として把握される。例えば、本発明は、基板上(例えば平坦な単結晶面上)に、該基板側から順に、結晶構造が体心立方格子であるbcc層と結晶構造が面心立方格子であるfcc層とが交互に少なくとも2回以上積層した下地部を形成する下地部形成工程と、該下地部上に機能部を形成する機能部形成工程とを備え、上述した薄膜積層体が得られる製造方法でもよい。
【0018】
《その他》
(1)本明細書では、特に断らない限り、一般的なミラー指数や格子定数(a軸、b軸、c軸等)を用いて配向性や結晶構造等を示す。また便宜上、代表的なミラー指数を用いて表記しているが、特に断らない限り、それらは等価な面または方向も含む。
【0019】
本明細書でいう「平坦(性)」とは、幾何学的な平面度に優れることではなく、表面の凹凸が少ないこと、または層の厚さ変化が少ないことを意味する。具体的な指標として、少なくとも機能部に最も近いfcc層の表面粗さ(Ra)が、0.15nm以下、0.14nm以下さらには0.13nm以下であるとよい。この表面粗さが確保される限り、各部または各層は、全体的に観て、平面に限らず、湾曲面等でもよい。
【0020】
「配向(性)」は、例えば、X線回折したときに、fcc単層から得られるピーク強度(I0)と、bcc層上に積層されたfcc層から得られるピーク強度(I)とを比較して判断できる。より具体的にいえば、それらの強度比(I/I0)が15以上、20以上さらには30以上であると好ましい。
【0021】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、本明細書でいう「x~ynm」はxnm~ynmを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】実施例で製作した各試料(下地部)の模式図である。
【
図2】AFMによる各試料表面の観察像と表面粗さ(Ra)である。
【
図4A】bcc層に対するfcc層の厚さ比(Y/X)と表面粗さ(Ra)との関係を試料Aについて示した散布図である。
【
図4B】その厚さ比と表面粗さとの関係を試料Bについて示した散布図である。
【
図5A】その厚さ比とXRDピークの強度比(I(111)/I
0)との関係を試料Aについて示した散布図である。
【
図5B】その厚さ比とその強度比との関係を試料Bについて示した散布図である。
【
図6】従来のトンネル磁気抵抗素子に係る積層構造を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本明細書で説明する内容は、積層体のみならずその製造方法にも該当し得る。本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を本発明の構成要素として付加し得る。製造方法に関する構成要素は、物の構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0024】
《経緯と機序》
本発明の完成に至る経緯とその機序について、薄膜積層体の応用形態であるトンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を例示しつつ説明する。
【0025】
TMR素子は、極薄の絶縁層(トンネル障壁)を一対の磁性層(電極)で挟んだ磁気トンネル接合部(MTJ)を少なくとも一つ有する。TMR素子の磁気抵抗変化率(MR比)等の向上を図るためには、MTJの結晶配向(単に「配向性」という。)と平坦性とを高次元で両立する必要がある(既述の非特許文献5参照)。
【0026】
MTJの配向性は、絶縁層と磁性層の界面整合に必要となる。MgOからなる絶縁層の場合なら、例えば、各結晶の(001)面(c軸)を積層方向(厚さ方向)に揃えるとよい。
【0027】
MTJの平坦性は、結晶配向の乱れ、粒界で発生する電子のトンネル散乱の抑制等に必要である。MTJの平坦性は、例えば、その表面粗さでいうなら、Ra≦0.2nmが求められる。
【0028】
このようなMTJの実現には、その下地部にも、MTJと同等かそれ以上の配向性や平坦性が求められる。また、TMR素子の普及を図るためには、資源リスクの少ない原料を用いて、低コストで安定した生産を可能にする必要もある。そこで本発明者は、磁気抵抗素子に用いられる安価な材料であるパーマロイ(Ni-Fe合金)からなる薄膜を微結晶なTa膜(bcc層)上に積層することを着想した。
【0029】
これにより、Ta膜上のNi-Fe合金膜を、NiFe(111)に優先配向させることが実現できた。但し、Ni-Fe合金の結晶粒は成長し易いため、Ni-Fe合金膜は厚くなるほど平坦性が劣化した。またTa膜も厚くなると、結晶配向の乱れや欠陥が発生し易くなり、平坦性の確保が困難となった。
【0030】
そこで、Ta膜とNi-Fe合金膜を交互に2回以上積層することを着想した。これにより、各膜厚を薄くして高い配向性や平坦性と共に、所望の厚さの下地部の形成に成功した。
【0031】
Ta単体の結晶構造は体心立方格子(bcc)であり、Ni-Fe合金(例えばNi80Fe20合金)の結晶構造は面心立方格子(fcc)である。下地部の平坦性と配向性は、下地部を構成する各層の結晶構造と厚さとにより主に定まると考えられる。こうして、既述した本発明が完成されるに至った。以下、本発明の具体的な形態について詳述する。
【0032】
《積層体》
積層体は、基板と、基板上に形成された下地部と、下地部上に形成された機能部とを少なくとも有する。基板と下地部の間、下地部と機能部の間、機能部の上面側(基板の反対側)等には、一以上の層(インサート層)が介在していてもよい。また機能部は、直列または並列に、複数配置(配列)されていてもよい。
【0033】
(1)基板
基板は、下地部が形成される表面(成膜面)が単結晶面であるとよい。その単結晶面は、単結晶からなる基板自体の表面でもよいし、基板に形成された別な層(膜)でもよい。成膜面は、例えば、Siの単結晶面でも、その表面に形成された酸化膜等でもよい。
【0034】
(2)下地部
下地部は、bcc層とfcc層とが交互に少なくとも2回以上積層されてなる。bcc層は、Ta、V、W、MoまたはTiのいずれか(金属単体)からなる。fcc層は、Ni単体、Co単体、NiとFeの合金(Ni-Fe合金)、CoとFeの合金(Co-Fe合金)のいずれかからなる。Ni-Fe合金やCo-Fe合金は、薄膜の結晶構造がfccとなる限り、具体的な組成は問わない。敢えていうと、例えば、合金全体100at%に対して、Feが5~40at%さらには10~30at%含まれるとよい。なお、本明細書でいう合金には、金属間化合物も含まれる。
【0035】
bcc層やfcc層は、単結晶でも多結晶でもよい。多結晶の場合、微細な結晶粒が規則的に配列した擬似単結晶状であるとよい。例えば、bcc層は微細な多結晶層であり、fcc層はエピタキシャル成長した単結晶層となる。
【0036】
bcc層の厚さ(X)に対するfcc層の厚さ(Y)の比率である厚さ比(Y/X)は、例えば、0.2~3、0.4~2.5さらには0.6~2であるとよい。厚さ比が過小では下地部の配向性が低下し得る。厚さ比が過大では、配向性に加えて平坦性も低下し得る。
【0037】
各層または下地部の厚さは、積層体(素子)の仕様に応じて調整され得る。敢えていうと、bcc層の厚さ(X)は、例えば、5~25nm、7~20nmさらには9~18nmである。fcc層の厚さ(Y)は、例えば、3~20nm、6~18nmさらには9~16nmである。下地部全体の厚さは、例えば、30~80nmさらには40~60nmである。
【0038】
各bcc層または各fcc層は、それぞれの厚さが略同じでもよいし、異なっていてもよい。上述した厚さ比は、基板に近い側のbcc層とそれに隣接するfcc層(基板に遠い側)との各ペア間で算出する。いずれのペア間の厚さ比も、上述した範囲内にあるとよい。
【0039】
なお、本明細書でいう各層の厚さは、断面を電子顕微鏡(TEM等)で観察した画像(写真)に基づいて、厚さが安定している範囲で測定される最大厚さと最小厚さの算術平均値(中央値)として特定される。
【0040】
一対のbcc層とfcc層の積層回数は、2回でも3回以上でもよい。積層回数は、下地部の所望厚さに応じて調整され得る。但し、通常、交互に2回積層(bcc層/fcc層/bcc層/fcc層)されていれば足る。
【0041】
(3)機能部
機能部は、積層体の中核(素子の作動部)を構成する。機能部は、下地部上に積層された薄膜からなり、平坦性や配向性に優れるとよい。機能部の一例として、磁気により電気抵抗が変化する磁気抵抗部がある。磁気抵抗部の具体例として、例えば、巨大磁気抵抗部(GMR)やトンネル磁気抵抗部(TMR)等がある。巨大磁気抵抗部は、例えば、強磁性薄膜(F層)と非強磁性薄膜(NF層)を積層した多層膜からなる。トンネル磁気抵抗部は、例えば、絶縁層(トンネル障壁)を(強)磁性体層(電極)で挟んだ磁気トンネル接合部(MTJ)からなる。それらを構成する各層は、いずれも、通常、厚さが1~20nmさらには2~10nm程度の極薄膜からなる。
【0042】
《製造方法》
下地部を形成する下地部形成工程や機能部を形成する機能部形成工程などの積層工程は、例えば、物理気相蒸着法(PVD)、化学気相蒸着法(CVD)等の公知な薄膜法により行える。なかでも、PVDの一種である各種の真空蒸着法(スパッタリング、真空加熱蒸着、パルスレーザ蒸着等)を利用すれば、成分組成(ターゲット材質)の異なる各層の成膜が容易となる。真空蒸着は、例えば、10-5~10-9Paさらには10-6~10-8Pa程度の高真空下でなされるとよい。このときの基板温度は、例えば、室温付近(60℃以下さらには40℃以下)である。
【0043】
《用途》
本発明の積層体は、各種の電子デバイス(素子)等に用いることができる。例えば、磁気抵抗部(GMR、TMR等)を有する積層体は、磁気抵抗メモリ(MRAM)、磁気ヘッド等の記録媒体、心磁計や脳磁計等の磁気センサに利用され得る。
【実施例0044】
薄膜法により製作した種々の試料(薄膜積層体)の特性を評価した。これらに基づいて本発明をより具体的に説明する。
【0045】
《薄膜法》
(1)基板
基板には、酸化膜付きシリコン(Si)単結晶基板を用いた。この酸化膜上に後述する各層(薄膜)を成膜した。本実施例では、この基板を適宜「酸化膜付きSi基板」という。
【0046】
(2)成膜
成膜には、超高真空多元スパッタ装置(MPS-2000-C8 株式会社アルバック製)を用いた。基板の成膜面(酸化膜)は、予め、真空下で加熱クリーニング(600℃)した後、50℃以下まで冷却した。成膜前の到達真空度は1×10-7Paとした。ターゲット(原料)には、Ta(純金属)とNi80Fe20(Ni-20at%Fe合金/パーマロイ)を用意した。
【0047】
いずれの試料でも、成膜する厚さ(合計)は50nmとした。各層(膜)の厚さは、成膜速度と成膜時間の積から算出した。なお、成膜速度は0.1nm/sec以下とした。いずれの試料も、室温下で成膜した。
【0048】
《試料の製作》
図1に示す4タイプの試料を製作した。試料Aは、順に、Ta膜(bcc層/厚さ:Xnm)とNi
80Fe
20膜(fcc層/厚さ:Ynm)とが交互に2回積層されてなる。試料Bは、Ta膜(bcc層/厚さ:Xnm)とNi
80Fe
20膜(fcc層/厚さ:Ynm)とが順に1層ずつ積層されてなる。試料Cは、Ta膜(bcc層/厚さ:50nm)の単層からなる。試料Dは、Ni
80Fe
20膜(fcc層/厚さ:50nm)の単層からなる。
【0049】
試料Aと試料Bについては、表1に示すように、Ta膜の厚さ(X)とNi80Fe20膜の厚さ(Y)を種々変更して、試料A1~A7と試料B1~B8を製作した。
【0050】
《観察・測定》
(1)表面状態と表面粗さ
各試料(下地部)の最表面を、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope/株式会社日立ハイテクサイエンス社製E-SWEEP /Nano Navi Real)を用いて観察した。各試料の観察像を
図2に示した。
【0051】
また、各試料の表面粗さ(Ra:算術平均粗さ)を同じ原子間力顕微鏡を用いて測定した。得られた結果を表1と
図2に併記した。なお、走査エリアは500×500nmとした。
【0052】
(2)測定・解析
各試料の結晶構造を、X線回折装置(株式会社リガク製RINT-TTR II /使用X線:Cu-Kα線、θ/2θ:20~80°)を用いて最上面側から解析した。
【0053】
各試料について得られたX線回折パターン(単に「XRD」という。)を
図3A~3C(これらを併せて単に「
図3」という。)にそれぞれ示した。また、各XRDに基づいて、試料DのNiFe(111)のピーク強度(I
0)と、試料A1~A7および試料B1~B8の各NiFe(111)のピーク強度(I)との比である強度比(I/I
0)を求めた。得られた結果を表1に併記した。
【0054】
《評価》
表1および
図2に示した試料A1~A7(これらを併せて単に「試料A」という。)と試料B1~B8(これらを併せて単に「試料B」という。)について、厚さ比(Y/X)と表面粗さ(Ra)の関係を
図4A、4B(両者を併せて単に「
図4」という。)に示した。また、表1および
図3に示した試料A1~A7、B1~B8について、厚さ比(Y/X)と強度比(I/I
0)の関係を
図5A、5B(両者を併せて単に「
図5」という。)に示した。
【0055】
(1)表面状態
図2から明らかなように、試料B~Dの表面では、数十nm程度の結晶粒の分布が観られた。一方、試料Aの表面には、そのような大きな結晶粒の分布は殆ど観られなかった。
【0056】
また表1、
図2および
図4から明らかなように、試料C、Dの表面粗さ(Ra)はいずれも0.2nm以上であり、試料Bの表面粗さはいずれも0.16nm以上であった。一方、試料Aの表面粗さは、厚さ比(Y/X)が3以下ならいずれも0.15nm以下となった。
【0057】
これらから、厚さ比(Y/X)が3以下である4層構造の積層体(下地部)は、平坦性に優れることがわかった。これは、fcc層の厚さ(Y)を相対的に小さくすることにより、fcc層(Ni80Fe20膜)の粒成長が抑制されたためと考えられる。
【0058】
(2)配向
表1、
図3および
図5から明らかなように、試料DにはNiFe(111)の弱いピークしか観られなかった。つまり、Ni
80Fe
20膜のみ(単層)の場合、NiFe(111)の配向は僅かであることがわかった。なお、試料CにNiFe(111)のピークがないことは当然である。
【0059】
一方、試料A、Bのように、bcc層(Ta膜)上にfcc層(Ni80Fe20膜)を積層すると、NiFe(111)の強いピークが現れた。つまり、そのfcc層はNiFe(111)方向に高い配向性を有することがわかった。この傾向は、厚さ比(Y/X)が3以下となる範囲で顕著であった。
【0060】
また試料Aのように、4層構造の積層体(下地部)の場合、厚さ比(Y/X)が3以下となる範囲で、安定した強度比(I/I0)ひいては配向性が得られることもわかった。この理由は、一層あたりのNiFe層を薄くすることで結晶配向の乱れが抑制されたためと考えられる。
【0061】
このように、本発明の薄膜積層体は平坦性と配向性に優れた下地部を有し、その下地部上に形成される機能部の特性(性能)を向上させ得ることが確認された。
【0062】